薄汚れた窓の向こう側を仰ぎ見る。
するとそこには、天井を覆い尽くす焦げついた銀色が広がっていた。
それを見た少女はぶるりと身を震わせ、被っていた厚手の布団を体に強く巻きつける。
別に寒さを感じたわけではないのだが、外の景色に対する反射的な行動だった。
「ふ~む。久しぶりの雪ってことになるのかな?」
少女――古明地こいしは、ベッドの上で感慨深そうに呟いた。
ここ、地霊殿の一室であるこいしの部屋は非常に暖かい。地霊殿の真下には随時熱風が吹き荒れる灼熱地獄跡があり、地霊殿がその恩恵を一年中受けているためだ。
そのため、たとえ外で雪が降っていようと快適な気温で保たれているのだ。
当然、その分夏は暑くなるのだが。
あれは酷い季節だったと夏の地獄を懐かしく思い返していると。
「さ、さむい……。布団返してくれ……」
布団が横から引っ張られる感触がした。
こいしが首をそちらに向けると、白いシーツの上に若干よれた金色の髪が扇状に広がっていた。
そっと彼女の髪を掻きあげる。その下から、可愛らしい少女の寝顔が現れた。
霧雨魔理沙だ。
その服装は薄いシャツとドロワーズのみで、今の季節に全く似つかわしくない。
この格好の彼女を窓から放り出したら悲鳴を上げて走り回ることだろう。
まあ、する気は……あまりないが。惜しいけど。
「寒いから……返して」
魔理沙の瞳は固く閉じられているが、その手は貪欲に毛布を求めて伸ばされる。
しかし、こいしは魔理沙の手から逃げるようにベッドを降りた。
そして布団を持ったまま、寝起きで辛そうな彼女に笑いかける。
「だ~め。そろそろ起きる時間でしょ」
「起きるって……昨日は遅かったんだから寝かせてくれよ……」
「じゃあ雪を見に行かない? ほら、久しぶりの雪」
「ゆき~?」
魔理沙は頭を掻き回しながら、ようやく体を起こした。
その視線が外に向かう。雪景色を一瞥して、それから渋々といった顔で立ち上がった。
彼女の肢体が目の前に曝け出される。すらりと伸びた四肢に、少し小麦色に焼けた肌。
体躯は初めて会った時と同じように華奢だが、適度に鍛えられた筋肉が見え隠れしている。
肌が白くて筋肉も最低限しかない自分としては、彼女は実に健康的だと言わざるを得ない。
こいしは、しばし魔理沙をじっくり眺めていた。
その視線に気がついたのか。
「……なんだ? 魔理沙さんに見惚れたか?」
魔理沙は、にこやかにそんなことを口にした。
こいしは素直に頷く。むしろ言い当てられてびっくりしたくらいだ。
「うん、惚れ直した」
「ちょっ、いや待て待て待て、冗談だって」
「でもねぇ……いつ見ても綺麗だなぁって思うのよ私は」
そう言って、こいしは能力を発動しながら魔理沙の背中に回り込むように移動した。
自分は普通に歩いているだけなのだが、当の魔理沙からすれば『こいしが目の前で消えた』という認識なのだろう。
慌てた様子で左右に視線を彷徨わせ、こいしを探している。
そんな魔理沙の行動を微笑ましく思いながら、こいしは背後から魔理沙のシャツの中に手を潜り込ませた。
「うひゃ!?」
普段より一オクターブほど高い声を上げる魔理沙。
こいしは彼女の嬌声に耳を傾けつつ、無遠慮に色々な部位を赴くままに撫で回した。
「特にこの、お腹周りのさわり心地が良いのよね。ぷにぷにっとしてて」
「は、ははははは! ちょっと待って、そこは……!」
「ほどよい肉付きですべすべしてるし」
「こいしぃ、だからやめてってばぁ! そこ、弱いんだって!」
「上もなかなか……私の方がちょっと大きいかな?」
「やめろって、おらぁ!」
「げふぅ!?」
強烈な肘打ちがこいしの鳩尾に直撃した。
その衝撃に思わず呼吸が止まり、がっくりと膝をついてしまう。
けほけほ、と軽く咳をして痛みに耐えていると、その前に影が落ちる。
見上げると、あまり友好的ではない笑みを浮かべた魔理沙が仁王立ちをしていた。
「こいし、お触りは禁止だぜ? 違反者にはもれなくマスタースパークだ」
「……昨夜はあんなに喜んでくれたのに」
「そういうエロ親父発言も禁止だ!」
拳骨が頭上に落下してきた。
涙が出ないくらいには手加減された強さだった。
二人して着替えを済ませ、その後食堂へ向かった。
そこに向かう途中の廊下では、満足げに毛づくろいをしたり膨れた腹を押さえながら廊下の隅で寝転ぶペットの姿がちらほら見える。
彼女たちはこいしと魔理沙の姿を認めると、朝の挨拶をするように一声鳴いた。
何を言っているのかは分からないが、適当に挨拶を返して食堂に入った。
芳しい食事の残り香がこいしの鼻をくすぐる。
時計を見ると、朝とも昼とも判別がつきにくい時間帯。ざっと計算して十二時間は何も食べていないのだ。
それを意識した途端、ぐぅ~っと腹の虫が自己主張を始めだした。
(うわ、やばっ)
自分はもう立派なレディなんだからと言い聞かせるが、空っぽのお腹は強欲に食物を要求してくる。
やがてそれは最も聞いてもらいたくなかった、隣にいる霧雨魔理沙の耳にも届いたようだ。
彼女は本当に楽しそうな笑顔で顔を覗き込んできた。
近い、とっても近い。
「おやおやぁ、こいしさん? 可愛らしい唸り声ですねぇ」
「い、いいじゃない。お腹が空くのは生理現象なんだから。魔理沙だってそうでしょ」
「残念、今の私は食べなくたって平気なんだぜ。今は単なる習慣だしな」
鬼の首でも取ったかのように胸を張る魔理沙。
こいしはその無邪気な仕草に、歯を食いしばるほどの愛おしさを感じてしまった。
惚れた方の負け、とはよく言ったものだ。言い返そうとしても、頭が茹って言葉が出てこなかった。
こうなったら照れ隠しに、再び無意識で彼女を弄るしかない。
そう決意したとき。
「おはよう、こいし。魔理沙さん。今日は遅かったわね」
真後ろから、突然声をかけられた。
けれど驚くことはない。今まで毎朝欠かされたことのない相手からの挨拶だ。
後ろだろうが真上だろうが、あるいは床からだろうが動揺せずに返せる自信がある。
それは魔理沙も同じなのか、こいしと同じく冷静に振り返って片手を上げた。
「おはようさとり。相変わらず素敵な笑顔だな」
「あらお上手。こいしから私に乗り換えようというなら大歓迎ですよ」
「それは光栄だぜ。来世があるなら是非とも頼む」
「はい、いつまでもお待ちしています」
あはは、と軽やかな冗談の応酬を交わす二人を見て、こいしは口をへの字にした。
分かっている。冗談だというのは分かっているのだが、魔理沙の現恋人である自分としてはあまり聞きたくない冗談である。
抗議するようにじっとりと姉をねめつけると、さとりは早々に会話を切り上げて食卓を指差した。
「それでは食事にしましょうか。もうお昼に近いから、ちょっと重めですけど大丈夫ですか?」
「おお、問題ないぜ! この匂いはハンバーグとみた!」
「正解です。でもその前にちゃんと手洗いうがいをしてから。ね、こいし」
「……はーい」
若干面白くないが、逆らわずに頷く。
この二人は似たもの同士で、こちらを煽るような発言で反応を誘ってくるのだ。
嫉妬する表情が可愛いだとか、ふくれっ面がハムスターみたいだとか。
だからこそ、できるだけ無視するのが一番。ここ数年で、ようやく悟れた境地である。
でも、やはり虫の居所が悪いので。
「いてっ、こいし……尻を抓るな」
「ふん、知らないもん」
こうやってささやかに仕返しすることも、最近覚えたのだった。
姉を含めた魔理沙との食事は和やかに進行した。
とはいっても、古明地さとりはただお気に入りの紅茶を口にするだけだ。
彼女はすでに食事を終えているのだが、こいしたちと食卓を共にしたいが故に留まっている。
こいしは、一口大に切り分けたハンバーグを咀嚼しながら、そんな姉に話しかけた。
「お姉ちゃん、今日の予定は?」
「いつも通りよ。書類に目を通して地底を適当に巡回して、それでおしまい。あと食べながら喋るのはやめなさい」
ごっくん、と音を立てて肉塊を飲み込んだ。
徐々に体内の底から満たされていく、そういった感覚が湧き上がる。
横にいる魔理沙に視線を送ると、彼女もまたおいしそうに料理を頬張っていた。
その様子はいつも通りだ。
地霊殿での生活を満喫しているようで、その顔に陰りは一切見えない。
だが、こいしは魔理沙が気がかりだった。
――まだ、あのことを考えてるの?
そう聞きたい。聞きたいのだが、声に出ない。
色々な感情が渦巻いて止まないが、それを表に出すことはできなかった。
そんなこいしの胸中を察したのか、さとりが唐突に言い出した。
「そういえば、地上から宴会の招待状が届いたんですよ。幹事は山の神社の神様で、規模は大宴会だそうです。場所は守矢神社、日時は三日後の夕刻より。……行きますか?」
その言葉は二人に向いているようで、実際は魔理沙一人に傾けられていた。
昔ならば即答、落ち着いた今でもほんの数秒考えただけで参加を表明するはずの、宴会開催の知らせ。
けれど魔理沙は、しばし淡白な瞳でさとりを眺めた後。
「いや、やめとくぜ」
そう呟いて、食事を再開した。
半ば予想通りではあるが、実際にそうだったことで食堂の空気が途端に重くなる。
いつもならば、空気に敏感な魔理沙は取り繕うように冗談の一つでも飛ばしていただろう。
しかし彼女は黙々と箸を動かし、ついには朝食を平らげるまで口を開かなかった。
まだ食べ終わっていないこいしを余所に、魔理沙はよっこらせと腰を上げた。
「ちょっと行ってくるぜ」
そう言って、一人食堂を出て行った。
場の空気に耐えられなくなったのではなく、おそらく厠に行ったのだろう。
こいしは食堂を出て行く彼女の後姿を見つめながら、おもむろにさとりへ問いかけた。
「――どう? 魔理沙は」
突然で曖昧な質問。だが、さとりはすべて分かっているという表情で溜め息をついた。
その肩にある第三の眼が、鋭い瞳で魔理沙の去っていった方向を睨んでいる。
「変化はないわ。一ヶ月前から改善も悪化もしていない。このままじゃ良くないわね」
「……どういうこと?」
「停滞している、ということよ。変化があれば対応も考えられるけど、あるいは一生このままかも」
「私がやって、いいのかな?」
「あなたができないなら誰にも魔理沙さんは救えない。自信を持って、こいし」
穏やかに微笑みながら激励するさとり。
だが、こいしは力なく視線を落として首を横に振った。
「……でも、やっぱり怖いよ。お姉ちゃん……」
心が読めなくとも、妹の不安を誰よりも理解している。
それでも姉は、妹の小さな手を固く握り締めてやることしかできなかった。
そして、再び自分の部屋。
魔理沙が魔導書に目を通している隣で、こいしはその膝に頭を乗せて横になっていた。
温かくて良い香りのする、最高の枕である。
なのだが、さっき起きたばかりなので眠気はさっぱりやってこない。
「魔理沙~、すごい暇~」
「黙って寝てな。そのために貸してやってるんだから」
「そんなこと言われても~……ね、雪見に行きたい」
「ほれ、そこから存分に見るがよい。土と灰の入り混じる、地底にしかない雪景色だぜ」
魔理沙の指差した先は、起床時に目撃した、やはり錆び付いている銀色の空だった。
――地底では、冬になると雪が降る。
長年ここで生きてきたこいしにとっては至って普通の風物詩だが、地上から来た魔理沙は最初えらく驚いたものだ。
気象の条件がどうの、気温と冷却がどうの、と慌てふためく姿は、今となっては笑い話にしかならない。
地上の雪は基本的に銀色である。しかし地底の雪は若干黒味が混じっていた。
その理由は、天井の土埃や灼熱地獄跡から漏れ出した灰が混入しているからだとか。
魔理沙からそれを聞いて、こいしは以前のように降雪を喜べなくなった。
それでも、モノクロの雪は黒白の魔法使いを連想させるので嫌いではなかった。
こいしは柔らかな枕を存分に味わいながら、そんな追憶に耽っていた。
彼女とこんな関係になっていなかったあの頃が一番騒がしく、そして楽しい時間だったと振り返って分かる。
泣いて、笑って、喜んで、悲しんで、時には互いを傷つけ合って、その果てが現在で。
「……ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
本からは目を離さず、けれど間断なく返事をする魔理沙。
以前ならばこちらが何度も声をかけなければ気づいてくれない。だが、この頃は集中を欠いているようだ。
手を伸ばし、ページを捲る魔理沙の頬をそっと撫でる。
こそばゆそうに目を細める魔理沙の瞳が向けられる。――それは心を打つほどに、寂しげだった。
「雪、見に行きたいな」
再三の要求。
こいしの、熱を帯びた視線を、魔理沙は珍しく色の消えた表情で受け止めていた。
窓の外には雪が深々と降っている。焦げ付いた銀色。きっと縮こまるほど寒いはずだ。
地霊殿という温もりの中、あえて凍える外気に身を投げ出す。
それは、赤ん坊が母親のお腹から出てくる様相と酷似しているように思えた。
魔理沙はこいしの要望をどう解釈したのか。
「いいぜ」
今までの抵抗が嘘のようにあっさりと了承し、パタンと音を立てて魔導書を閉じた。
そしてこいしの後頭部と自分の膝の間に右手を差込み、ゆっくりとこいしの体を持ち上げる。
口付けできるほどに顔が接近するが、結局は触れずに交差して通り過ぎた。
魔理沙は戸棚に向かい、下から二段目の引き出しから青みがかったケープを取り出した。
それを手馴れた様子で着用し、立てかけてあった愛用の箒を取る。
「お前の準備はもういいのか?」
背中を向けたままの状態で、魔理沙が聞いてきた。
その言葉で、こいしはようやく自分はただ突っ立っていることに気がつき、急いで支度を済ませた。
そして魔理沙の横に並び、箒のない方の手をしっかり握りこんで部屋を出た。
玄関に向かう途中。
魔理沙は自分の部屋を通りがかった時、思い出したかのように頭を掻いた。
「あ、ちょっといいか? 帽子持っていかないと」
「わかった。じゃあ外で待ってる」
こいしは魔理沙を見送りながら廊下の壁に体重を預けた。
視線を四方八方に移すが、リラックスしているペット以外の姿はない。
仕方なく、扉を開いたままトレードマークである三角帽子を探す魔理沙を観察していた。
魔理沙の部屋は本や実験機材、茸などの雑多なものが散乱している。
足の踏み場もないように見えるが、本人は「理想的な物の配置だ」と言って憚らない。
しかし、ここは三十年ほど前から魔理沙の部屋だ。片付けろという文句は筋違いだろう。
最近は寝る場もなくなったらしく、よくこいしの部屋に寝泊りするようになっていた。
それ自体は嬉しいことだったが、それでもあの帽子を見失うことはなかったのに。
「あ、こいし様。おはようございます」
声をかけられて、こいしはびくりと動揺したように首を動かした。
相手は姉のペット、火焔猫燐だった。
燐は若干形式ばった笑顔を浮かべ、こいしに近づいた。
「朝ごはんの時は姿が見えませんでしたけど、魔理沙と一緒にお寝坊ですか?」
「うん、まあそう」
「ほどほどにしてくださいね。一緒にご飯が食べれなくてさとり様が寂しがってますから」
……そういう風には見えなかったが。
すると、燐はまるで飼い主を真似たかのように口端を吊り上げた。
「さとり様は素直じゃないんですよ。こいし様とは違ってね」
「……なんだか棘のある言い方ね。私がもっと反抗的になればいいってこと?」
「反対です。さとり様も、もっとこいし様と仲良くなりたいって言えばいいという意味です」
「ふ~ん。仲は悪くないと思うけどなぁ」
「魔理沙と比べれば雲泥の差ですよ。魔理沙にこいし様の隣を取られて以来、今も時々やきもち焼いてますから」
「お姉ちゃんもいい加減、妹離れすればいいのに……」
そう言いながら少女の身なりを確認すると、燐は使い込まれた猫車を転がしていた。
彼女が仕事――死体の持ち運びに使う猫車だ。
「今からお仕事?」
「はい。近頃サボってましたから、燃料が尽きてしまいましてね。お空に怒られちゃいました」
「……そう。お燐も気に入ってたものね」
「……それでは、行ってきます」
燐は話題を無理やり断ち切るように微笑んで、去っていった。
その足取りはとても軽快と呼べるものではなく、鉛のように重そうだった。
彼女は二重の意味で引きずっているようだ。
上手くもなんともない感想に、こいしは自嘲するように鼻を鳴らした。
そこに、少し皺のある帽子を被った魔理沙が現れた。
「お待たせ。それじゃ、行くか」
「うん」
再び手を繋ぎ、今度こそ地霊殿を出るべく玄関を目指す。
外の寒さを想像して、いち早く背中を寒気が走った。
細かな雪と灰の結晶が舞い落ちる。
地底は比較的風が強いので、下手すれば猛吹雪のように荒れ狂うのだが、今日は落ち着いたものだ。
おかげで身に着けた洋服と魔理沙の体温だけで充分に寒さを凌げていた。
足を踏み出すたびに、靴の下で雪が潰れて悲鳴を上げる。
ジャリ、ジャリと規則正しく耳に届く二対の音は、さながら未熟なカルテットのようだ。
しばらく歩いても飛ぼうとしないこいしの意志を尊重したのか、魔理沙も箒をしまって歩みを進めていた。
「魔理沙、ちょっと寄ってもいいかな?」
「いいぜ。別に用事もないしな」
その言葉を聞き届けて、こいしは旧都へ向かう道から外れた。
進む先は地霊殿の所有する広大な庭だ。霊烏路空が八咫烏を取り込んでからは、地上から持ち込まれた種子を使用しての家庭農園が機能しているらしい。評価は上々だとか。
だが、こいしはその地域を通り過ぎて更なる奥地に足を運ぶ。
ぐるりと地霊殿を一周するような形だ。旧都とは正反対の方角なので、意図的に向かわないと視界にすら入らない所である。
魔理沙も雰囲気を察してか余計なことを口にせず、唯々諾々とこいしについていった。
やがて、モノクロの積雪に表面を覆われた『大切な場所』に着いた。
この一帯だけは木々の一本すら存在せず、無造作に置かれた多数の石塔が立ち並んでいる。
ここは古明地さとりにとって、そして今では古明地こいしにとっても胸に秘めておきたい場所だった。
「魔理沙はここのこと、知ってた?」
静かな声で問いかける。
魔理沙は、いや、と首を振って否定した。
こいしは魔理沙の手を離し、最も近くに設置された膝下の高さの石塔に歩み寄る。
それに積もっていた雪を素手で払うと、表面を平らに加工しただけの簡素な墓石が現れた。
決して滑らかとはいえない石の正面を慈しむように触れる。すると、途中で小さな引っかかりを感じた。
たしかこの位置に、あの子の名前を刻んだはずだ。こいしはそう考えて覗き込んだ。
――掠れて読めない。
「地霊殿にはたくさんお姉ちゃんのペットがいるでしょ? 妖怪化して寿命を延ばす子が多いんだけど、それが出来なかったり環境に適応できなかったりすると、やっぱり死んじゃうんだよね。ここは、そういう子たちの寝床」
「…………」
「それで、この子は私が飼った最初のペット。ちっちゃいけどすごく元気で、よく私の部屋だけじゃなくて地霊殿内を好き勝手に走り回ってた。世話の手伝いをしてくれたお燐も呆れるくらいに、精一杯生きてた」
こいしは墓石に手を置いて撫でさすった。
まるで血すら通っていないこの石こそが、そのペット本人であるかのように。
優しく、優しく。
「たくさん遊んで、たくさん可愛がって、たくさん時間を共有して。我が侭ばかりで叱ったこともあるし、私があの子を怒らせて引っかかれたりもした。全部、大切な思い出だよ」
「…………そうか」
魔理沙は、重苦しく一言だけ呟いた。
その眉間には深々と皺が寄っており、愛らしい口元は真一文字にきつく引き絞られている。
組まれた腕はかすかに震えていた。心の堰を破壊せんとする激情を堪えているかのようだった。
こいしは見て見ぬ振りをして、墓石の前で手を合わせた。
そして祈る。あの子を心に思い描いて、願う。
私に勇気をください、と――。
こいしと魔理沙は妖怪たちが行きかう旧都の大通りを歩いていた。
灰色の雪は片時も降り止まず、しかし強くなりもしないでただ積み重なるだけである。
普段は宴会や喧嘩などと喧騒の絶えない街。しかし、雪に中てられたのかは定かではないが、いつもより幾分鳴りを潜めているように思える。
あるいは、自分たちが黙したまま歩いているからそう感じるのか。
魔理沙は目線を前方に固定しており、旧都に入ってから一度もこいしに視線を送らなかった。
こいしもまた何を話せばいいのか分からず、俯いて道なりに歩を進めるのみである。
唯一つ、手を繋いで互いの温もりを交換し合うことが二人のコミュニケーションとなっていた。
そこに。
「おーい、お二人さん! 久しぶりじゃないか!」
こいしが面を上げると、大柄で恰幅のいい女性が近づいてきた。
星熊勇儀だった。
「この頃とんと見ないから心配してたんだよ。相変わらず熱々なのは分かるけどね」
「はは、そういうお前は元気そうだな」
「久しぶり……うぐっ!?」
魔理沙は勇儀の勢いに乗せられたのか、淡い笑みを浮かべて言葉を返す。
しかしこいしは思わず鼻を押さえ、顔を背けてしまった。
勇儀から発せられる物凄い酒気が原因だった。こいしも酒を嗜み、勇儀が旧都でも指折りの酒豪であることは知っている。それでも、今まで嗅いだことのないほどの強烈な臭いがこいしの鼻を容赦なく襲ったのだ。
幸いか否か、勇儀がそれに気づいた様子はない。
「それにしてもすごい酔ってるな。今日は百年の一度の宴会か?」
「いんや、何もない。何にもない日だよ。とにかく飲みたくて飲んでるだけさ。ああ、もう浴びるほど飲んだけど飲み足りないね」
「鬼でも体に毒だろうに。なんなら酔い冷ましに弾幕ごっこでもやるか? その剛力を腐らせるのはもったいないだろ」
「弾幕ごっこかー……いいね、久しぶりだ。実に一ヶ月はやってないね。一ヶ月……一ヶ月?」
勇儀の笑みが凍り、やがてひび割れるように歪んでいく。
突然の変化に、こいしも魔理沙も驚愕して目を見開くばかりだ。
そして一秒も経たずに勇儀の立派な肉体が萎れるように崩れ落ちた。
轟音と共に。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その叫びと同時に、地底全体に地震でも起きたかのような振動が襲った。
原因は目の前にいる鬼、星熊勇儀。彼女が、山をも動かすとされるその両腕を、力の限り地面に叩きつけたのだ。
パラパラと頭上から少なくない砂が雪と一緒に舞い落ちてくる。
危険と判断した魔理沙がこいしの手を引き、すぐさま荒れ狂う勇儀から距離をとる。
勇儀はそれにすら気がつかず、ただただ拳で地面を殴った。
その双眸から、透明の雫を零しながら。
「なんで、なんでこんなに早く……! 別れも告げてないし、宴会だって千回もやっちゃいない! 早すぎるよ、人間であっても早すぎる! なあ、なんでお前さんは!」
ずしんずしん、と巨人の歩みの如き打撃が頑強な地底を揺さぶる。
いくら固い地盤で囲まれた旧都といえど、そう何発も鬼の拳を受け切れるわけもなく。
崩壊する、とその場にいた全員が戦慄したとき。
「くぉら、勇儀ー! 何しとんじゃお前はー!」
まさしく巨人が、勇儀の無防備な背中に降り立った。
十メートル以上は確実にあろうか、その頭についた二本の角が天井近くの雪雲すらも切り裂いて。
如何な屈強な鬼であろうと、構えていない状態で数百メートル上から落下した大鬼には潰されるしかない。
今までで一番の爆音を響かせて、その騒ぎは危ういところで収拾された。
「げっほげほ! だ、大丈夫かこいし!?」
「う、うん」
けれど、被害がなかったわけではない。
超重量の巨人が落ちてきたことによる衝撃で、勇儀を中心とした雪や土が捲りかえって周囲へ散乱したのだ。
魔理沙が咄嗟に張った防壁も危うく破られる寸前というほどの威力。もはや天災である。
周りの家屋や店も雪や泥が大量に舞い込み、かなりの損壊が出ているようだ。
雪煙が視界を隠しているが、それも徐々に落ち着きを取り戻し始め。
地面にめり込んだ勇儀の上に、小さな鬼が立っているのが見えた。
こいしも知っている人物。
勇儀と同じく山の四天王と呼ばれた鬼、伊吹萃香だった。
「おい、萃香!」
「あ~? ……久しぶりだね魔理沙」
魔理沙が声をかけると、萃香は胡乱げに瞳をこちらに向けてきた。
活発な彼女らしくない、ひどく疲れた表情だった。
こいしたちは萃香に駆け寄り、事の詳細を聞くことにした。
「一体全体、何があったんだ? 酒に呑まれる鬼だなんて笑い話にもならないぞ」
「何も。酔っ払いが酔っ払って暴走したってだけの話さ」
「おいおい、部外者には話せないってのか?」
「……んにゃ、そういうわけじゃないんだけどねぇ」
そう言うと、萃香は困ったようにこいしに視線を投げた。
正確にはこいし本人というよりも、こいしの左肩辺りにある閉じられた第三の眼に、だが。
こいしはそれだけで彼女の言わんとすることを理解し、言葉を紡いだ。
「お姉ちゃんには話さないし、仮にバレたとしても私がフォローするわ。実害はなかったって」
「……信じるよ。こいつが罰を受けるのは困るんでね。まあ、それでも伝えることはそうないんだ。許容量を越えるほどに飲んで暴走した鬼を私が止めたってだけさ」
「鬼が泥酔するほど!? どんだけ飲んだんだ?」
「ん~……だいたい、これくらいかね」
萃香が頭を捻りながら示した数値は、一年を通して地上で作られる酒量を越えていた。
先ほどとは違った意味で目を丸くする二人を尻目に、萃香は自身の身の丈の倍はある勇儀を軽々と背負う。
そして誰もが息を呑んで見守る中、立ち去るかと思われたが。
「ああそうだ、忘れてた」
萃香はふいに魔理沙を見やった。
「あんた、地上じゃ死んだって噂されてるよ。あいつの後を追ったってね」
「……馬鹿らしい」
魔理沙は心底くだらないといった表情で吐き捨てた。
しかし心の読めないこいしにも、魔理沙が少なからず動揺しているのが伝わってきた。
もしくは、こいしだからこそ分かったのかもしれない。
「ようするに、ちっとは顔を見せろってことだよ。あれから一度も地上に来てないだろ?」
「……用事が無いんだ。茸の貯蔵も充分だし、研究はここでも出来るしな」
「新しい山の神は酒に弱くて幹事も満足にできやしない。みんな物足りないんだよ、ムードメーカーがいなくてね。あいつもいなくなったことだし」
「……考えとくよ」
魔理沙の言葉を聞き、萃香は一つ頷いて歩き出した。
その背中に、未だ意識を失いながらも悔恨の言を口にする友人を乗せて。
こいしたちは彼女たちを黙って見送る。
小さくて大きな鬼の姿が完全に消える刹那、かすかな声が耳に届いた。
「――まったく、忙しすぎて悲しんでもいられやしない」
それはあるいは、風の声だったのだろうか。
「そろそろ帰ろうぜ」
「え?」
こいしは魔理沙の呟きに、思わず顔を上げた。
二人は騒ぎから逃れるように歩き続け、地底と地上を結ぶ大橋が間もなく見えるであろう、旧都の外れに着いていた。
そこで、魔理沙は帰宅の意志を示したのだ。
「で、でもさ……」
「雪はもう降ってないし、そろそろ寒くて限界なんだ」
魔理沙は努めて明るく提案する。
直感的にこいしは、半分は事実で半分は嘘だと悟った。
雪雲の範囲から外れたことで雪はすでに疎らとなっており、目を凝らさなければ見つけられないほどに薄くなっている。
しかし、寒いから帰りたいだなんて嘘だろう。彼女は寒さに耐える仕草を欠片も見せていないし、何より魔理沙が『寒いから帰ろう』だなんて弱音を吐くのは長年過ごした中で初めてだった。
(ううん、魔理沙は本当に辛いんだ)
こいしは魔理沙の表情の裏側を敏感に嗅ぎ取った。
きっと彼女は、勇儀や萃香から感じられた『地上の匂い』から逃げたいのだ。
このまま接していれば、傷を負った心から真っ赤な血潮が溢れるのだと確信している。
そして自分は今、魔理沙を救うという名目で傷口を素手でこじ開けようとしているのだ。
それが本当に正しいのか、こいしには判断がつかなかった。
その考えに、魔理沙から嫌われたくないという『逃げ』がなかったとは言えない。
だが、このまま進んでいいものか――。
迷う心情も露わに、こいしは小刻みに震える口を開く。
「あ、あの魔理沙……」
そこに。
「あらぁ、魔女とさとり妖怪のバカップルじゃない。いつも仲が良さそうで妬ましいわ」
この場にとてもそぐわない、非常に暢気な声が響いた。
二人が揃って振り返ると、そこには金髪緑眼の女性が立っていた。
何が可笑しいのか、口元にはひどく楽しげな笑みを浮かんでいる。
旧都へ買い物に行っていたらしく、片手に一本の酒瓶を吊り下げ、もう片方には食べ物らしき袋が提げられていた。
彼女は、闖入者に驚いて硬直する二人の脇を素通りし、そのまま橋へと向かった。
橋姫。まるでその名を体現するかのように。
「ちょうどいいわ、あんたたちも飲む?」
女性――水橋パルスィは橋の中央まで進み、荷物を傍らに置いて欄干に体重を預ける。
そしてどこから出したのやら、小さな杯を三つ並べて視線を寄越してきた。
相伴の誘いのようだ。
「いや、私たちは……」
「う、うん! 私、すごく喉渇いたし!」
咄嗟の判断だった。
こいしは思考時間を引き延ばす策としてパルスィの提案を受けたのだ。
嫌そうに眉を顰めていた魔理沙だが、こいしが杯を取ったと同時に、観念したように溜め息をついた。
こいしが望むなら――。
そんな声が聞こえてきた気がして、こいしは知らず破顔した。
魔理沙も杯を受け取ったのを見計らい、パルスィが三人の杯に酒を存分に注いだ。
飲み難くない程度で、満杯に。
その見事なさじ加減に魔理沙が感嘆の言葉を洩らす。
「へぇ、ずいぶん慣れてるな」
「まあね。私はあんまり飲めないから、飲まされないために習得しておいたのよ」
「すごいね、私にも教えてくれない?」
「いいわよ。たいして難しい技術でもないし」
あまり喋ったことのないパルスィとの会話はスムーズに進んだ。
パルスィが思った以上に会話を楽しんでいたからだ。妬ましい妬ましいと口にするだけかと思いきや、細かな気配りやウィットに富んだ話題もするので、いつしか二人の表情は明るくなっていた。
しかし酒瓶はたったの一本。ほんの十分程度で無くなってしまった。
元気を取り戻した魔理沙がいち早く不満の声を上げる。
「おい、もうないのか? これくらいじゃ飲んだ気にならないぜ」
「残念だけどおしまい。在庫がなくて、この一本を手に入れるのだって相当苦労したんだから」
「どうして? 旧都が酒不足になるはずないけど」
こいしは以前姉の言っていたことを思い出した。
さとり曰く、旧都は酒好きの街だからたとえ天変地異が起ころうと酒だけは無くならないだろう、だとか。
けれど、パルスィは困ったように苦笑いをした。
「そのはずなんだけどね~。どっかの馬鹿が一ヶ月ほど飲みまくってるから、どこも品薄状態なのよ。朝から晩まで、独りになっても何かを頭から追い出すみたいに飲みまくってるの。妬ましくもならないわ」
「……へぇ」
「あの直情的な鬼だからこそ、でしょうけどね。あなたもでしょう? 霧雨魔理沙」
不意に、パルスィの緑眼が鋭く魔理沙を射抜いた。
その有無を言わさない瞳は、まるで魔理沙を問い詰めるかのように鈍く光っている。
白を切るように、魔理沙は空の杯に視線を落とした。
「何の話だか、さっぱり分からんな」
「近頃地上に行くあなたを見ないわ。以前は少なくとも一ヶ月に数回は帰ってたのに。地上に行きたくない理由でもあるのかしら?」
くすくすと笑う橋姫。
魔理沙は不愉快そうに顔を背けるに留まった。
だが、パルスィが止まることはない。
「そう、一ヶ月前までは。一ヶ月前までは普通に帰ってたわよねぇ。それどころか、最近は箒に乗る姿すらも見かけない。どうせ、その子の好意に甘えて引き篭もってるんでしょう?」
「うるさいな。お前には関係ないことだろう」
「嫉妬を司る私だからこそ、ある。以前からびしびし伝わってたのだけど、今もなのね。――なら忠告しておくわ。その嫉妬は役にも立たないし、それどころか命すらも奪いかねない。早々に捨てることね」
「お前に関係ないって言ってんだろ!」
魔理沙の怒声が閑散とした橋に響き渡った。
こいしはその声にびくりと体を震わせるが、パルスィは至って平気な顔で微笑している。
いや、微笑というより憫笑だった。
泣き喚く子供を見守るような、そんな母性すらも感じさせられる。
「諦めなさい。それは在ってはならない嫉妬よ」
「パルスィ、お前……!」
我慢ならなくなったのか、魔理沙がパルスィの襟首を力強く握り締めた。
こいしは慌てて止めさせようとするが、それはすぐに制止された。
他ならぬ、水橋パルスィによって。
パルスィは手を上げてこいしを押しとどめ、橋姫としての意見を鋭く発した。
「私が一番嫌いな嫉妬はね、死者に対する嫉妬よ。誰も報われず、誰も望まず、一生成就することのない嫉妬。それは不毛としか表現できない茨道。何より、目を塞ぐことで現実はおろか隣り合う者まで無視をするわ」
「何を……」
パルスィは苦しそうに顔を歪めながらも、決して笑みを消さず目も逸らさない。
そして、決定的な一言が橋姫の口から飛び出した。
「目を覚ませ! あなたが妬む博麗霊夢は、とっくに死んだのよ!」
古明地こいしは、博麗霊夢についてそれほど多くは知らない。
博麗の巫女、幻想郷の守護者、博麗大結界の担い手。そういった肩書きのある人間であると知識として持っていただけだ。
だが、山の神社で弾幕ごっこをした霧雨魔理沙から紹介されたのは、大仰しい二つ名とはかけ離れた人物だった。
平和とお茶をこよなく愛する、不思議な魅力を持つ巫女。
しかし、一度異変となれば通りかかった妖怪を容赦なく退治する、きわめて『強い』巫女だった。
あらゆる意味で無双。力が強い妖怪ほど彼女の在り方に惚れこみ、行動を共にすることを望んだ。
それは、こいしが惚れた霧雨魔理沙とて同じだった。
とはいえ、魔理沙は博麗霊夢とは相当昔からの腐れ縁だったそうで、周りの妖怪とは少し事情が違うようだが。
幾度となく魔理沙の口から霊夢の武勇伝や愚痴や羨望の言葉を聞かされ、多分に嫉妬したこともある。
魔理沙の異変解決も博麗霊夢に触発されてのことなので、こいしも彼女に感謝しないわけでもなかった。
けれど博麗霊夢はそういった己の周囲に関心を寄せず、ただ流れゆく風のように人生を歩み。
――そして一ヶ月前、唐突に死んだ。
風船を割ったような、乾いた音が虚空を走った。
ある程度予測はしていたので驚きはせず、無感情に『平手で殴られたのか』とだけ思った。
予想された範囲、いや相手が彼女であるならば軽く済んだ方だろう。
パルスィはそう考え、目の前で必死の形相で歯を食いしばる少女を眺めた。
霧雨魔理沙。普通だった魔法使い。今はもう、ただの魔法使い。
ただ、存在が変わったとて彼女の光が色あせたわけではない。少女が女性へと脱皮して変質するように、彼女もまた普通の魔法使いからただの魔法使いに変質しただけのこと。
可能性を存分に模索し、その上で決定した彼女が実に妬ましかった。
そんな無駄なことを思考している間に、彼女は背を向けて走り去ってしまった。
かける声もするべき行為も、もはや自分にはない。
あとは、横で呆然としている少女の役割なのだから。
パルスィは自失している少女、古明地こいしに声をかける。
「ちょっと、大丈夫?」
「え? ……いや、うーんと……だめ?」
こいしは空笑いしながら首をかしげた。
気持ちは分からないでもないが、今はぼんやりしている場合ではない。
魔理沙が去っていった方角を指差し、分かりやすく状況を説明してやる。
「あなたの恋人、あっちに行ったわよ。結構『抉った』から今頃泣いてるかも」
ここまで言われてようやく頭が働きだしたのか、一瞬で蒼白な顔色になると。
「わかった! なんていうかもう、あとで仕返しさせてね!」
「はいはい、待ってるわ」
いつものゆったりした動作はどこへやら、少女は空を飛ぶことも忘れて急ぎ去っていった。
パルスィはくっくと笑い、再び欄干にもたれかかった。
心を閉ざしたあの少女もずいぶんと勇ましくなったものだ。まあ、恋をすれば人は変わるらしいので当然の反応といえばそうなのだが。
「妬ましい……ああ、本当に妬ましいわぁ」
あの二人が妬ましい。楽しそうにここを通過されるのは妬ましい。空を飛ぶ時に手を繋いで、あるいは魔法使いの箒に二人乗りをされると妬ましい。互いに信頼しあった表情が妬ましい。さり気なく愛を伝える仕草が妬ましい。
妬ましくて妬ましくて、笑いが止まらないほどである。
思い返して悦に入っていると、小さな痛みが口端を突いた。
不思議に思って触れてみる。すると、赤い雫が白い親指を伝った。
どうやら殴られた拍子に歯がぶつかったらしい。口の中で鉄の味が広がる。
「ふふっ、必要経費ね。お酒ももうちょっと分けてあげて良かったかしら」
傷を差し引いても、今の気分は最高だった。
先ほど魔理沙が言ったとおり、魔理沙の事情に自分が関係ないのは自覚している。
けれど、魔理沙に放った言葉はまぎれもなくパルスィの本心だった。
死者への嫉妬などくだらない。生涯を費やしても、生者が死者を追い越せないのは明白だからだ。
嫉妬とは願いである。ああなりたいという夢にも似た他者への憧れが腐敗すると、その対象を恨み憎しみをぶつけたくなる。そんな汚い感情こそが、パルスィの愛して止まない『嫉妬』なのだ。
だからこそ、魔理沙が抱いていた嫉妬は見るに耐えなかった。正視していられないほど無垢で、救いがない。
故に、パルスィは魔理沙の傷口を突っついた。かき回した。
魔理沙の嫉妬が消えるように。こいしが前に進めるように。彼女たちが幸せになれるように。
そして何より――パルスィは、魔理沙とこいしが織り成す幸せを妬むのが好きだった。
「はは、ははははは! もっと幸福になりなさい! もっと愛し合いなさい! それが、私の願い!」
たった独りの世界で、狂ったように哄笑を上げる。
橋姫はただひたすらに他者の幸せを妬み続ける。それは同時に、他者の幸せを願い続けることでもあった。
こいしは奔走した。
旧都を覆う雪景色の下を潜り抜け、ひたすら走った。
魔理沙と一緒に入ったことのある居酒屋を覗き、人の気配も感じられない路地を駆け抜け、驚く住人を無視してひたすらあの少女を探した。
しかし、いくら探しても特徴的な三角帽子は見つけられない。
こいしは焦る気持ちを抑えようともせず、ただ魔理沙が無事であることを祈りながら走り続けた。
幾たび首を振っただろうか、どれほど足を回しただろうか、何度雪道で転んだだろうか。
そんなことを一切考えず、とにかく魔理沙を探した。
一旦は彼女が地霊殿に戻ったのかと思い、屋敷中を徹底捜索もした。だが、帰ってきていなかった。
(魔理沙っ! いったい、どこにいるの!?)
もともと強くはない少女の心が絶望と共に疲弊していく。
妖怪は精神に依存する。そのため、心の消耗に伴ってこいしの体が疲労により重くなっていった。
それでも諦めず、とにかくまだ見ぬ場所を捜索していく。
やがて足ががくがくと痙攣し、ようやく休息を考え始めた時。
「……そういえば、あそこは」
ふと、まだ探していない場所を思い付いた。
だがそこは、現状を考える上で最もありえないと、心のどこかで断定していた所だ。
こいしは神に縋るような気持ちで、のろのろと足を向けた。
そこは地霊殿の裏側に位置する、家族が安らかに眠る庭。
――墓場だ。
モノクロの積雪の上に、真新しい足跡を発見した。
それは数時間前に自分たちがつけたものではなく、新たに誰かが来た証拠だ。
ここを知るのは地霊殿でも自分を含めた、一握りの人物だけである。
果たして、彼女はそこにいた。
トレードマークの帽子を脇に放り投げ、その太陽を思わせる金髪には細かな雪が積もっている。
彼女は座っていた。下は雪で冷たいだろうに、そんなものは関係ないといわんばかりに直接地面に胡坐をかいている。
その姿を見つけた瞬間、安堵の感情が湧き上がった。それと同じように、不安もよぎった。
微動だにせず背中を向ける魔理沙が、どうしてか知らない他人に思えたのだ。
そんな考えが一瞬でも脳裏を掠めたのが許せなくて、こいしは勇気を振り絞って彼女に歩み寄った。
雪の掻き分ける音が場の静寂を掻き乱す。
それに気づいたのか、少女がちらりと振り返った。
魔理沙だった。難題に取り組んでいるかのように懊悩する横顔だったが、それは魔理沙だった。
彼女はこいしの姿を認めると、再度墓の方に顔を戻した。
こいしは駆け寄りたくなる衝動を堪えて、努めてゆっくりと歩を進める。
あと三歩、というところで。
「なあ、こいし。お前がパルスィに頼んで、あんなことを言わせたのか?」
魔理沙がずけりと聞いてきた。
こいしの胸中に苦悶と困惑が渦巻き、その歩を止めるに至った。
その言葉はまるで『お前は私を裏切ったのか?』と詰問しているようだった。
「っ……ううん」
弱々しく首を振り、こいしは否定した。
すると魔理沙は鷹揚に頷き、安堵したように息を吐いた。
「だろうな。お前は……みんな、優しいから。だから私もつい甘えたくなる」
「魔理沙……?」
「あいつが死んだって聞いて、寝言は寝て言えって思った。どうせ地底に篭ってた私を騙して、慌てふためくのを宴会でネタにしようとしてるんだって考えた。私もそれに乗った振りをして、博麗神社に行ったんだ。そしたら……本当に、動かなくなってた」
その声は乾いていた。
思えば、あの件で魔理沙が泣いているところは見ていない。
彼女は強いから泣かないのか、あるいは隠れて泣いているものだと思っていた。
もしかしたら、今まで泣けなかったのだろうか。
「あいつはまだ四十代だったんだぜ? 信じられるか、寿命だなんて。あいつは病気一つ引いたこともないし、後遺症が残る怪我なんてありえない。あいつは、ようやく後継者が出来て、喜んでて、あいつの人生はこれからで……」
彼女は決して博麗霊夢の名を呼ばなかった。
霊夢、と一度口にしてしまえばその死が確定するとでも思い込んでいるかのように。
「笑ってたんだ。やっと楽ができるって、土産の酒を美味そうに飲んでた。まだまだ現役で、純粋な魔法使いになった私との弾幕ごっこだって、勝率は変わらないほど強かった。お茶と団子の組み合わせは最高ねって毎回嬉しそうに報告してきた。なのに、あいつは……あいつは!」
心情を吐露する魔理沙を前に、こいしは愕然と立ち竦んだ。
彼女が密かに苦しんでいるのは知っていた。心を読める姉からも教えてもらっていた。けれど、まさかここまでとは想像もしていなかった。
彼女の言葉は愚痴ですらない。まさしく吐血だった。
心に負った傷から鮮血が溢れかえり、彼女の口内から止めどなく零れる。
しかも、その吐き出す行為は治療ではなく自傷に近かった。
「分からないんだ……自分の感情が、さっぱり理解できないんだ。かけがえのない友人だった。少なくとも、私はそう思ってた。なのに……全然悲しくない。涙も出てこないし、流してやろうとも思えない。私はこんなに薄情だったのか? もしかして、目の上のたんこぶがいなくなったと喜んでるのか? なんなんだよ、ちくしょう!」
魔理沙は地団駄を踏むように傍らの地面を殴りつけた。
何度も何度も、やがて積もった雪に拳から飛び散った血が染みこむようになってもなお殴った。
「魔理沙!?」
「くそ、くそぉ!」
こいしが咄嗟にその手を掴むが、魔理沙は意に介さず殴り続ける。
彼女の手を自身の胸に仕舞い込むように抱きしめて、ようやく魔理沙は停止した。
息を荒げ、厳しい眼差しは変わらず立ち並んだ墓標たちを睨みつけている。
その先で博麗霊夢が立っているのかのように。
霧雨魔理沙は苦痛に喘いでいた。
胸の奥底に存在する自身の心を掻き毟り、その傷が治癒しないよう自ら傷口を広げている。
口から凄烈に血液を垂れ流しながらも、その行動は去る友人に『いかないで』と駄々をこねる幼子のようで。
それを悟った瞬間、こいしの中である想いが確固たる形になっていくのを自覚した。
(そう、魔理沙を助けてあげたい。力になりたい。一緒に背負ってあげたい――)
胸の奥にあるものを包むように拳を握る。
魔理沙の鬱々とした激情を消してやれるかはわからない。
もしかしたら、この勝手な行動に怒って嫌われるかもしれない。
それでもこいしは、決意した。
今までの躊躇いを、恐怖を、その全てを勇気に変えて。
右手で閉じられた第三の眼をそっと撫で、こみ上がる感情のままに魔理沙を後ろから抱きしめる。
「……こいし?」
「ねえ魔理沙。魔理沙は私のこと、好き?」
吐息が耳をくすぐるほどの近距離から、唐突な質問。
魔理沙は単純に事実を口にした。
「ああ、好きだぜ」
それを聞くと、こいしは本当に嬉しそうな声色で囁いた。
「そう――私も、大好き」
その言葉を皮切りに、こいしの第三の眼が異常な熱を発し始めた。
二人の体はこれ以上になく密着しているため、その異変は魔理沙にも容易に伝わる。
「おい、こいし!? 何やってんだ!?」
「――……」
こいしは答えない。
黙祷するように目を閉じて、全力で『あること』に没頭していた。
魔理沙は彼女のしていることを確認しようと体を捩るが、びくともしない。
仕方なく顔だけを横に向けると、目前に淡い赤光を放つ第三の眼が目に入った。
訝しむように魔理沙がそれに目を凝らした途端、固く閉じられた第三の眼に変化が現れた。
かつて、心を読む少女が絶望して自ら潰した『第三の眼』。
――その瞼がぴくりと痙攣し、
――驚愕する魔理沙の目の前で、
――徐々に開いていった。
蒼穹――。
少女はぼけっと口を半開きにして、無為に上空を眺めていた。
なんてことはない。ただ、空の青さに心を奪われただけだ。
あるいは、正面も後ろも見たくないから、その先に空しかない上を見上げているのかもしれない。
そんな皮肉を思いつき、少女はあまりのくだらなさに小さく笑った。
「魔理沙、どうしたの?」
いきなり声をかけられた。
周囲に誰かいるとは思っていなかった。吃驚しながらも平静を装いつつそちらに目を向ける。
袖も触れるほど近くに、沈んだ表情の古明地こいしが寄り添うように立っていた。
「あ、ああ……なんでもないぜ」
少女――霧雨魔理沙は誤魔化すように笑みを浮かべた。
さりげなく視線を巡らせると、自分は箒に乗っていて、その進路方向には寂れた博麗神社があるようだ。
さらに自分たちのみならず、博麗霊夢と認識のある人妖が揃って博麗神社へ向かっている。その顔は一様に暗く、あるいは涙すら流している者もいた。
魔理沙はこのシチュエーションに合致する事柄を反射的に考え、愕然としながら思い当たった。
擦れた声が耳を打ち、脳内で反響する。
「……もしかして、霊夢の葬式か」
「本当に大丈夫? 辛いなら降りて休んでもいいんだよ?」
「いや、大丈夫だ。急ごう」
こいしの気遣いを柔らかく辞退し、深呼吸をしてから発進した。
心臓が飛び出そうなほどに激しく鼓動する。
魔理沙は自然と暴走しかける呼吸を鎮めるように、遠くに確認できる博麗神社を静かに見据えた。
境内に降り立つと、そこはすでに目頭を押さえる者やすすり泣く声で充満していた。
悪戯好きの三妖精は人目も憚らずに大声で泣きじゃくり、他にも感情に任せて泣き崩れる妖怪も少なからずいる。
そして意外にも、こういった別れに慣れていそうな古参妖怪ですら、嗚咽を洩らさないよう努力しているように見えた。
神社を一望しただけで、今日……正確には昨日この世を去った人物がいかに大きな存在であったかが分かる。
皆は魔理沙の顔を見ると、気まずそうに目をそらした。
おそらく、自分はここにいる誰よりも激しく泣くのだと思われているのだろう。
だが、瞳はこれ以上になく乾ききっていた。
たぶん今日も泣くことはないはずだ。なんせ、霊夢の遺体を見せられた昨日でさえ涙は流れなかったのだから。
「こいし、霊夢に会いに行くがお前はどうする?」
こいしの返事はなかった。
どうしたのかと隣を見てみると、彼女は声を殺して泣いていた。
周囲へと視線を巡らせる。そうしたら、誰も彼もが泣いていた。
この場にいて泣いていないのが自分だけという奇妙な疎外感を覚える。
しかし、そんな考えを振り払うように首を振り、こいしを置いて博麗神社の居住区へと入っていった。
――そこに、博麗霊夢がいるはずだ。
葬式の段取りはいたってシンプルだった。
棺桶の中で眠る霊夢に別れを告げて、おしまい。
持ち時間は一秒から一分の間。誰もが精一杯、充分に時間を使って霊夢にさよならの挨拶をする。
冷たくなった霊夢はそれに何の反応も示さず、それがさらに涙を誘うようだ。
吸血鬼、亡霊、蓬莱人、天人、魔法使い、さとり妖怪、などなど。
魔理沙は彼女たちが涙する場面を珍しいと心のどこかで思いながら、肩を落として去る彼女たちを見送った。
ちなみに、霊夢の魂はすでに三途の川を渡って閻魔の判決を受けたらしい。彼女は迷わず転生の道を選び、静かに礼を言って裁判所を後にしたそうだ。いつものように、マイペースに。
となると、別れの言葉を言える存在はすでにこの空っぽの肉体しかないため、霊夢がいないと知りつつも皆はここに集まってくる。
何の感情も浮かばない。まるで出来のいい映画でも観賞している気分だ。
長い列を作る人妖をぼんやりと眺めていると、傍にいた八雲紫が急に話しかけてきた。
それは独り言のように、薄ぼやけた声色だった。
「霊夢ね、亡くなる直前に『魔理沙はどこかしら』と聞いてきたのよ」
「へぇ。あいつが私を呼ぶなんて珍しいな。スキマでも何でも使えばよかったのに」
皮肉でもなんでもなかったのだが、紫は苦しむように顔を歪めた。
「そうね、そうしていればよかったわ。いないって答えたら『ならいいわ』と返されたものだから」
「しかし、なんだって誰も霊夢が息を引き取る瞬間を見てないんだ? 誰かしらいたんだろ?」
「私がいたし、萃香もいた。でも私たちが揃って席を外している間に、あの子は倒れたのよ」
「持病もなかったし突発的な病気もない。掠り傷ひとつ負っていなかった」
「そうなの。急いで永遠亭の医者に見せたけど、手遅れだった。もしかしたら何らかの病気があったのかもしれないけど、解剖なんてさせたくはなかったから」
紫は扇子を広げ、その美貌を隠した。
一応礼儀に則って視線は向けなかった。
「永琳が嘘をつく理由がない。毒殺したってなら話は別だが」
「それこそ理由がないわ。博麗の巫女を殺せば博麗大結界がこれ以上になく不安定になる」
「でも、霊夢にはもう後継者がいるんだろう? ほら、あのチビ助」
魔理沙は霊夢の棺の横で正座する小さな背中を指差した。
霊夢が十年ほど前に拾ってきた孤児。突然『こいつ、私の跡取りだから』と紹介してきたのだ。
数時間はああやっているのに音を上げないが、苦痛を無視しているのか強情なのか。
血の繋がりはないのに、雰囲気がどことなく霊夢に似ていた。
「今までの復讐で殺したっていう線はないのか?」
「それはまずない。永遠亭の住人が霊夢を恨んでいるなんて話は聞いてないし、何より状況が整いすぎてた」
「状況?」
「博麗大結界の管理が霊夢の手から完全に離れて、その後に霊夢は死んでいる。結界の管理は少しずつ手放させてたから、その状態を完璧に把握していたのは私と藍を除き、霊夢ただ一人。まるで結界が自分の手から離れるのを見計らっての死としか思えない」
「なら、犯人はお前たちか?」
いつもの癖で心にもない軽口を言ってしまった。
案の定、鋭い殺意を宿した目で睨まれる。悪かったと小さく頭を下げると、紫は深い溜め息をついた。
「自然死。だが、霊夢はまだ四十代だったろ」
「霊夢は歴代最強の霊力を身に宿した巫女。その強すぎる霊力が寿命を大幅に費やした、とも考えられるけど確証はないわね」
「なら話は簡単だぜ。あいつは死んでないってことだ」
「え?」
言うやいなや、魔理沙は棺桶の前につかつかと歩いていく。
何事かと怪訝そうな視線に囲まれる中、魔理沙はおもむろに棺の上蓋を取り外した。
「な、なにをしているの!?」
後ろで悲鳴のような声が聞こえた。
しかしその一切を無視して、魔理沙は固くなった霊夢の肩を掴んで力の限り前後に揺さぶった。
「おい、霊夢! お前いつまでこんな芝居を続けてるんだ、さっさと起きろ!」
「やめてください! 死者に触れないでください!」
「はん、ドッキリにかからないから強行する気か? 生憎、魔理沙さんは警戒心で生きてんだ。並大抵のことで驚くかよ!」
「魔理沙ぁ、お願いだから止めてぇ!」
それでも霊夢は目を覚まさない。それどころか、口角が小さく上げているようにも見える。
こうなれば力ずくで、と強烈な平手打ちでもお見舞いしてやろうと手を振り上げたとき。
視界が暗転し、唐突に足場が消えた。
体勢を立て直す猶予もなく、魔理沙は下へ下へ際限なく落ちていった。
気づくと、森の中で倒れていた。
体を起こして周囲の状況を確認すると、こちらを見下ろす形で紫がスキマに座っていた。
その顔に、隠しきれない憤怒の形相を浮かべて。
「死者を冒涜するなんて、何を考えているのかしら?」
魔理沙は鼻で笑って返した。
すると紫は一変して哀れみの表情となり、それこそ狂人でも眺めるかのような目つきになる。
「ああ、霊夢が死んだことで心の安定が崩れたのね。永遠亭で入院することをお勧めするわ」
「あなたは頭の病気ですってか? 霊夢の死んだ振りを丸々信じた馬鹿は言うことが立派でいいね」
「……霧雨魔理沙。あなたには、あれが死んでいないと?」
「……いや、あの体は間違いなく死んでいた」
それについては異論はなかった。
触った瞬間のぞっとする冷たさに、あまりに強張った肉体。これだけなら人形でも再現できる。
だが、かすかに臭った腐敗臭。さすがにそんなものまで生成してドッキリなどやらないだろう。
「じゃあ、何が言いたいの?」
「あれは霊夢じゃなくて別人の死体だ。霊夢によく似た、別の人間だ」
「――くだらない。少しは骨がある人間だと思っていたが、所詮は道具屋の家出娘か」
「普通の魔法使いはとっくに廃業した。今はただの、魔法使いだ!」
心底侮蔑した眼差しを真正面から見据え、箒を取り出して空へ飛び出す。
紫もまた同じ高さまで舞い上がり、背後にスキマを出現させた。――その数、ざっと百は越える。
懐から相棒の八卦炉を取り出して構えた。
純粋な魔法使いとなった今はもう、茸に頼らなくても恋符は自由に撃てるようになっている。
「枚数の提示は必要か? なんなら殺し合いでもかまわないぜ」
「死闘を禁じたのは他ならぬ私と……先代の博麗の巫女よ。私が従わずにして誰が従う」
「――霊夢はもう、過去の人間か」
その言葉が決定的だったのだろう。
紫はそれまで浮かべていた憤怒を完全にかき消し、能面のような『笑み』を顔に貼り付けた。
それと同時に紫の総身から爆発的な妖気が溢れ出す。
肌がひりつく。全身の毛が逆立つ。唇が急速に乾いていく。
彼女の瞳を直視するだけで、心臓がスキマ越しに鷲掴みされたかのような緊張に包まれる。
「はっ、本気ってわけか……!」
魔理沙は唇を舐め上げ、どんな攻撃に対応できるように肩の力を抜いた。
久しく感じる、魂の底から震え上がらせられる死の予感。
魔理沙にはどうしてか――それが、とてつもなく愛おしいものに感じられた。
「一度、生と死の境界を彷徨いなさい。不憫な元人間」
「楽しげだな。妖怪ってのはそうでなくちゃ、退治のし甲斐がないぜ!」
かくして、ただの魔法使いとすきま妖怪は激突した。
結論から言えば、自分は敗北した。
弾幕が駆け抜けたことによる裂傷、様々な物がぶつかったことによる打撲、何度か木に衝突したことによる骨折、紫の式である八雲藍の体当たりによる内臓損傷。全身の怪我は実に多岐にわたった。
人間の時にこれほど苛烈な弾幕を受けたことはない。なので、こちらが妖怪であることを考慮した弾幕なのだろう。
それ以上に、私情が多分に含まれているだろうが。
魔理沙は激痛に呻きながら冷たい地面に身を横たわらせていた。
「あ~、ちくちょう……いってえ」
何とか仰向けに体勢を変え、朦朧とする目で空を見上げる。
いつの間にか、数え切れないほどの星が瞬いていた。
「頭は冷えたかしら?」
幾分柔らかくなった紫の声が、頭上から聞こえてきた。
「冷え冷えで凍りつきそうだぜ」
そう言うと、さもおかしそうに笑う気配が伝わってきた。
苦労して視線を上に持ち上げる。そこには自分と同じように服をボロボロにしながらも、優雅に微笑む紫がいた。
けれど笑顔は長続きせず、すぐに落ち着いたように声が平坦化する。
「どこに行きたい? 魔法の森か、それとも可愛い恋人ちゃんがいる地霊殿?」
「送ってくれるのか?」
「まあ、私も随分発散させてもらったしね。それくらいのお礼はしてあげるわよ」
「……じゃあ、博麗神社で」
すると紫はたちまち険しい表情に移り変わったが――結果的に、その願いは届いたらしい。
再び体を預けていた大地が消失し、無数の瞳に見つめられながら勢いよく降下していく。
その途中で。
「博麗霊夢は死んだわ。悲しい、本当に悲しい現実だけれどね」
扇子に隠された八雲紫の面に、透明な線が入っている……気がした。
煌煌と灯る月の光を、薄汚れた石畳が淡く反射する。
ここ一週間は雨も降っていないのに、境内は異様なほどに水気を帯びていた。
時折乾いた風がその水分を存分に攫っていくも、それでも粘っこさすら感じられる空気は消えることがない。
まるで、この博麗神社そのものが涙しているかのようだった。
住人が一人減り、否応なく静けさの増した縁側。
その空間がいきなりぱっくりと割れ、そこから黒白いものが落ちてきた。
それは地面に体を強か打ちつけ、やがて痛みに耐えかねたように転げまわる。
「いっっっって~~~~! あのスキマババァ、なんつぅ乱暴な……!」
そう言って魔理沙がスキマを睨みつけると、スキマはまるで笑うかのように半月型になり――消えていった。
魔理沙は傷だらけの体をおして縁側に辿り着き、ごろんと横になった。
ここでこうやって寝転がるのは慣れたものだった。遊びに来て日向ぼっこをしているうちに、弾幕ごっこの手当てを手伝ってもらっている間に、霊夢と共にお茶を飲んでいて眠気が差した時に。
ほんの数週間前のことだ。だというのに、いやになるほど懐かしい。
「霊夢は、本当にいないのか……?」
仮に、今すぐ林の中から知人たちが満面の笑みで出てきて『実はドッキリでした!』と言ったなら、魔理沙は臆面もなく喜んで笑われるだろう。
しかし、そんな気配は一切なく、寂れた神社は静寂に包まれている。
魔理沙が溜め息を洩らして林に背を向けるように体勢を変えると……細やかな足が目に入った。
途端、体中の痛みも吹き飛び、体を起こして叫んだ。
「霊夢!?」
「たしかに私は霊夢ですけど、あなたは先代のことを言っているのでしょう?」
「……なんだ、チビ助か」
冷やかな声。何の感情も見えない瞳。
昨日、正式な博麗の巫女となった『博麗霊夢』である。
この小さな巫女は孤児の時に霊夢によって別の名をつけられていたが、就任した際にそれを捨てて『博麗霊夢』を受け継ぐことになったのだ。
それは他の誰でもない、目の前の少女の意思である。
小さな巫女は寝間着姿だった。大方、泥棒か何かと思って飛んできたのだろう。
見知った顔で安心しているかと思いきや、眉根に皺を寄せてとても十代には見えないほど剣呑な顔つきをしている。
「チビ助はやめてもらいたいと何度もお願いしたはずですが」
「そりゃあ仕方ない。チビなんだからな」
「あと数年もすれば、時間の止まった魔女なんてすぐに追い越しますよ」
「じゃあ、あと数年はチビ助と呼ばせてもらおう」
小さな巫女は深々と息を吐いて、台所の方へ歩き去っていった。
再び寝床に入るものだと思ったが、十分ほどして湯飲みを二つ持ってきて魔理沙の隣に腰を下ろした。
無言で差し出されたそれを受け取ると、中は湯気が立つほどに熱々のお茶だった。
特に礼を言うわけでもなく湯飲みに口を付ける。熱湯が傷に染みたが、堪えて飲んだ。
霊夢の頃とは違い、しっかりと味のついた緑茶だった。
「なんだ、博麗神社は色と味のあるお茶が出せるんだな」
「先代の遺品を整理していたら見つけたので、出してみました。高級品らしいですよ」
淡々とした口調だった。
朝の非礼に怒っている様子もないし、まったくもっていつも通りの対応である。
それどころか、こちらの外見を一瞥して失礼なことを言い放った。
「汚い格好ですが、どこぞの妖精にでも苛められましたか。手当ての必要性は?」
「ないぜ。苛められてもいない。若輩ながら一応は妖怪だからな。寝てりゃ治るさ」
「そうですか。なら治る前に泥だらけになった縁側を掃除してってくださいね」
この言葉遣いは、間違いなく親から受け継いだものだ。
少し癪に障ったので、言葉に毒を含めてやった。
「お前こそ、霊夢の遺品整理とは素早い対応だな。まるで霊夢が死ぬって分かってたみたいだ」
「そうですね。あの人は何も言いませんでしたけど、なんとなく分かってました」
「……どういうことだ」
「一週間ほど前から急に忙しくなったんです。弾幕ごっこの指南、お札の作成方法、今後必要になるであろう物の置き場など、色々と口うるさく教えてくれました。あの、幻想郷一面倒くさがりでぐーたらな、あの人が」
そこで初めて、小さな巫女は小さく口元を綻ばせた。
彼女は、決して博麗霊夢を母と呼ばない。それは生前の霊夢が「私はあんたの母親じゃないから」と固く禁じたからだ。なので、霊夢本人には『霊夢さん』と、それ以外の人には『あの人』と呼んでいた。
おそらく、前者はもう二度と使われないだろう。
「あの霊夢が、かぁ。そりゃあおかしいな。異変レベルだぜ」
「だから薄々感じてました。いっそのこと、妖怪の賢者に相談することも考えましたが」
「じゃあお前さんは、霊夢が他殺や自殺ではなく自然死だと思ってるのか」
「理由は分かりません。ただあの人を顧みるに、それ以外の事実はありえない。あの人は最強でしたから」
心なしか、小さな巫女は誇らしげに胸を張った。
博麗霊夢は自殺するほど軟弱な人間ではなく、他殺されるほど脆弱な人物ではない。ならば、彼女は己の寿命に従って死んだのだ。
それを、たった一言で言い表していた。
しかも驚いたことに、自分も彼女とまったく同じ見解だった。
「だよな。霊夢は強かった。どんな異変も、どんなに強い奴も最後には必ずぶっ飛ばしてたしな」
「次々と現れる強大な妖怪も、遠慮なく容赦なく叩き潰して仲良くなる。私にはとてもできそうにないですね」
「お前は大根みたいに頭が固いからな。反面、あいつはコンニャクみたいに不確かなものだったが」
「褒められたと思っておきますよ。大根の方が好みなんで」
魔理沙と巫女は、まったく同時に噴き出した。
他の誰もいない縁側で、軽やかに上がる二種類の笑い声が響いた。
そしてひとしきり笑い終えると、彼女は鋭い瞳を向けてきた。
「一つ聞かせてください。あなたは、先代が死んで悲しくないんですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「これは勘ですが、あなたはこの件でほとんど泣いていないと思います」
「……博麗の巫女の勘も受け継がれたのか」
彼女の指摘は正しかった。
霊夢が死んだと判明した昨日、そして今日。魔理沙は一度も涙を流していない。
魔理沙自身、首を傾げるほど目が乾いているのだ。
それを誤魔化すように、魔理沙はお茶を啜った。
「お前だって葬儀中は泣かなかったじゃないか」
「私は昨夜散々泣きました。泣いて泣いて、布団を一式駄目にしました。でも、あなたは?」
真摯な瞳が、魔理沙の心を覗くかのように向けられた。
どくん、と心臓が一度だけ跳ねた。
「悲しい……はずなんだけどな。どうも、霊夢が死んだって気がしないんだ」
「あれだけ決定的な証拠を見せられても、ですか?」
霊夢の遺体。そして、霊夢の魂が閻魔の裁きを受けたという言。
これらはもはや疑いようの無い証拠だ。冷静になった魔理沙には、それが容易に飲み込めた。
だが、瞳はいつまで経っても水分をもたらさない。
悲しいという感情でさえ、今の自分には遠い他人事のように思えるのだ。
――あるいは、自分は博麗霊夢の死を悲しんでいないのかもしれない。
「悲しんでいないはずがない。だって、ずっと憧れていた存在だったんだから」
巫女が黄泉へ旅立った今でさえ、彼女は巫女の背中を見続けている。
それは、傍にいた自分が最も知っていることだ。
「……特に、あなたは先代との幼馴染と聞きました。それも致し方ないことかもしれませんね」
「あなたが教えてくれた。異変を解決するのは霊夢を意識してたから。悠々と空を飛ぶ彼女に、並び立ちたかったから」
悲しくないというのは嘘だ。彼女は無意識のうちに、自分の心すら偽っている。
悲しみを感じないのは、それが途方もなく大きすぎるから。大きすぎて、それが何なのか理解できなかったから。
「相変わらず、人の好意を受け取れない人ですね。いえ、妖怪ですか」
「悲しすぎて、それをどう表現すればいいか分からなかったんだよ。――ねえ、魔理沙」
魔理沙、と呟いた途端。
神社の縁側が、小さな巫女が、霧雨魔理沙の視界が、鉄球を叩きつけられた鏡のようにひび割れ、
そして崩壊した。
少女は、何もない暗闇の中を一人立ちすくんでいた。
訪問していた博麗神社は霞のように消え去り、今はその名残さえも見出せない。
完全なる闇の中、完璧な無音。だが、少女の心にある感情は恐怖ではなく、悲しみだった。
「……そう。魔理沙は、自分が悲しんでいることすら分からなかった」
両の瞳を閉じ、反芻するように今までの記憶を繰り返し思い出す。
その全てを心に刻みつけ、たとえ永劫の時を経ようとも忘却することのないように。
そんな少女の左肩には、ぎろりと開かれた第三の眼があった。
少女――古明地こいしは、霧雨魔理沙の記憶を追体験していた。
本来さとり妖怪の持つ読心とは、今回のように他者の記憶を丸々抜き出せるほどの力はない。
というより、そもそも普通のさとり妖怪はそんなことをしないのだ。
さとりならば読み取った情報を言語化する。それも、あくまで表層心理の部分のみである。
しかし実に数百年ぶりの読心を試みたこいしは、表層深層関係なく『霧雨魔理沙の心』そのものを読み取ったのだ。
心とは常に変化するものであり、それは本人が体験した過去、つまりは記憶に強く影響される。
つまり、こいしは霧雨魔理沙の心に一番色濃く残っている一ヶ月前のあの日を、自分の心に投影していた。
こいしはそんな小難しい理屈を直感的に理解する。
つい先ほどまで『霧雨魔理沙』だったこいしは、魔理沙の心情を完全な形で己が内に得たのだ。
だがそのことにより、こいしは今の今まで自分が『古明地こいし』であることを忘れていた。
それを思い出させてくれたのは――。
「声が、聞こえる」
そう呟いて、正面を凛と見据える。
すると、天地を覆っていた闇が真っ二つに引き裂かれ、その間から輝かしい光の道が現れた。
眩しさなど感じない。これはどんなに強くともこいしを苦しめることはない、星の光だから。
こいしは迷うことなく前に踏み出し、その光の道を力強く駆け上がる。
確信がある。この先に彼女が待っていると。きっと彼女は、帰ってきた自分を優しく抱擁してくれると。
そして、視界が一瞬にして純白に染め上がり――。
「――こいし! おい、眼を開けろって!」
気がつくと、大粒の涙を零す魔理沙の顔が目の前にあった。
彼女がこれほどに泣きじゃくる姿は初めてだ。それも、心底悲しそうに涙を流している。
だが、その涙を止めようとは思わなかった。悲しいのならば、泣けばいいのだから。
こいしはゆっくりと魔理沙の頬を伝い落ちる透明の雫に手を伸ばした。
「……魔理沙、泣いてる」
すると魔理沙は口角を無理やり上げたかのような、ひどく歪な笑みを浮かべた。
「そりゃあ、涙も流れるさ。お前だって泣いてるじゃないか」
指摘されて、ようやく自分の眼から止めどなく流れる涙の存在に気づいた。
ぽたりぽたり、と熱を帯びた水滴が下の積雪に落ちていく。
魔理沙に抱きしめられていた。彼女の右腕に背中を支えられ、左手で気遣うように頬を撫でられている。
上空からは未だに雪が降り続いているが、寒さはまったく感じなかった。
「魔理沙はね、悲しんでるんだよ」
「恋人に突然倒れられたら、泣くに決まってるぜ」
すん、と同時に鼻を鳴らす。
それだけで、心が通じ合った気がした。
「ううん、違う。魔理沙は霊夢が死んだのが悲しいから、泣いてるんだよ」
「こいし、お前何を言って……」
「魔理沙の心に、大きな霊夢がいたの。空みたいに広くて大きい、霊夢が。それが無くなって、ぽっかり空いたところに色んなものが流れ込んでた。でも、それは本当は一つだったの。悲しいってこと。私が流してる涙は、今まで泣けなかった魔理沙の分だよ」
魔理沙は驚愕に目を見開いた。
自分を見つめるこいしの瞳に、有無を言わさない共感が滲み出ていたからだ。
否、それは共有だった。
かつて魔理沙が体験したものをまったく同じように、こいしもまた体験してきたかのようだった。
その瞳は半端な強がりの殻を容易に剥ぎ取り、魔理沙の傷ついた心を露わにしていく。
いつしか、自分の目から新たな涙が溢れ出てきた。
先ほどの涙は、こいしとも別れるのではないかという恐怖の涙。
しかし、たった今流れ始めた涙は、自身の感情を昇華するための涙だった。
徐々に震えだす声もそのままに、魔理沙は目の前の少女に問いかけた。
「あ、あのさ」
「うん」
「霊夢、死んじゃったんだよな」
「うん」
「もう、いないんだよな」
「うん」
「私、悲しいんだ、よな」
「うん」
「じゃあ……もう、泣いていいんだ、よな?」
彼女はとっくに涙を流していた。
けれど、今度はかけがえのない友人を失ったことを認める、別れの涙。
それは一ヶ月前、彼女がどうしても流せなかった、大切な涙。
こいしは、両手を大きく広げて魔理沙を招いた。
自分も涙を流しながら、彼女と共に未来へ進むために。
「――うん。一緒に」
魔理沙は泣いた。こいしも泣いた。
二人してむせび泣いた。天まで届けと言わんばかりに、とにかく泣いた。
恥も外聞もなく、泣いた。
そしてようやく、溜まっていた感情は雪が解けるように流れ去っていった――。
雪が降っていた。
黒と白銀の入り混じった独特の雪景色が、薄暗い地底を鮮やかに覆い隠している。
焦げ付いた銀色の空から、モノクロの結晶が舞い降りる。
そんな光景を、少女は眺めていた。
爛々と輝く瞳は軽やかに落下していく雪の粒を追い、視界から消えたら再び視線を上に戻す。
その行為を、飽きもせずに繰り返していた。ただひたすら、祈るかのように。
やがて、そんな彼女に近づく人物が現れた。
黒白の三角帽子に、白いエプロンドレスを身に着けた少女。
霧雨魔理沙である。
彼女は雪に見惚れる少女の背後に忍び寄るように、足音を立てずに歩いている。
そして、その手が少女の肩に触れようとしたとき。
「魔理沙、ずいぶん遅かったね」
少女が、唐突に言葉を発した。
魔理沙はばつが悪そうに両手を挙げ、謝るように手を合わせた。
「悪い悪い、ちょっと探し物に時間を食ってな」
すると、少女はむくれたように頬を膨らまし、振り返って魔理沙を鋭い視線で射抜いた。
「嘘つき。お姉ちゃんと楽しくおしゃべりしてたんでしょ。この浮気者」
そう抗議する少女――古明地こいしの左肩には、瞼を開いた第三の眼があった。
今日は、地上で開催される大宴会の日。
開催場所は守矢神社。開催日時は夕刻より。開催者は守矢の神が一柱、東風谷早苗である。
その招待状は天界より地底まで、まんべんなく早苗の知人へと送られている。
当然魔理沙とこいしのところにも届いており、二人はこれより守矢神社へ向かおうとしていた。
地上も地底と同じく雪が降っているらしく、両者はしっかりと防寒着を着込んでいる。
そんな二人、というよりこいしを心配する人物。
こいしの姉である古明地さとりは、慌てたようにこいしの外観をチェックしていた。
「ハンカチは持った? ティッシュは? 手袋は忘れてないわよね、マフラーも問題ない……ああ、心配よ心配! こいし、やっぱり私と一緒に行きましょう!」
そんな姉を、こいしは苦笑しながら抑える。
「大丈夫だってお姉ちゃん。友達だっているし、それにほら! 魔理沙もいるんだから」
「ああああ、心配よ心配……。苛められないかしら暴力振るわれないかしら泣かされないかしら」
「おいおい、信用無いなぁ。万が一そんなことする奴が居たらぶちのめしてやるぜ」
「だってだってだって~、第三の眼が開いてから初めての地上じゃない。心配で心配で心配で……」
おろおろと無為に体を揺り動かすさとりを、こいしたちは困ったように見つめた。
――三日前のあの時から、こいしの第三の眼はずっと開いている。
ひとしきり泣いて地霊殿に帰った後。玄関で迎えてくれたさとりは、こいしの第三の眼を見て卒倒した。
「こここここいしの眼がひひひひ開いて~~~~……むきゅあ」
直立不動で倒れたさとりは、そのまま二時間ほど意識を失っていた。
そして目覚めた時、看病していたこいしの顔を見て、さとりは再び卒倒した。
それからは、さとりはこいしを過剰に心配する姉へと変貌したのだ。
それも仕方ないことだとこいしは思っているが。
「ああもう、何でこんな時まで仕事があるのよ! 書類を確認するだけの簡単な仕事ですって!? ふざけんな、あのチビ閻魔め!」
「……閻魔が聞いてたら殺されかねない発言だな」
「お姉ちゃん、口調が崩れてるよ。お願いだから人前ではやめてね?」
本気で嫌なので心を込めてお願いすると、さとりは荒げた息を整えて魔理沙を見やり。
ぺこり、と頭を下げた。
「魔理沙さん。こいしをどうか、お願いします。必ずあとで追いつきますので」
そう言って、姉は魂も抜け出しそうな溜め息をつきながらこの場を去った。
こいしは魔理沙と共にそれを見送り、やがて顔を合わせて頷いた。
「それじゃ、行くか」
「うん。行こう、魔理沙」
魔理沙から素手が差し出される。
こいしはそれを手に取り、玄関の扉を開け放った。
薄らいだ雪の中、こいしは魔理沙の箒に便乗しながらその背中にしがみついていた。
緩やかに流れていく地底の風景は、雪に包まれていることで未だに活気が戻っていないようにも思える。
だが、永劫降り続く雪は存在しないように、永劫活気の戻らない旧都など絶対にありえない。
そのことを固く信じているこいしは、旧都も冬眠しているだけだと疑わなかった。
一方、箒を走らせる魔理沙はずいぶんと緊張しているようだった。
なにぶん一ヶ月ぶりの地上だ。生まれ故郷とはいえ、しばらく地底に篭っていたので不安が強いらしい。
『眼』を開いているこいしには、そのことが伝わっていた。
「魔理沙、大丈夫?」
「……おう。怖いっちゃ怖いが、一人じゃない分気が楽だぜ」
素直に心境を口にする魔理沙。
これもまたあの日から変化したことだと、こいしは嬉しくなった。
意地っ張りで素直じゃない魔理沙は、あの日以来少しずつだが心の声を言葉にするようになっていた。
今までは不安を感じても臆面に出さず、自分ひとりの力で何とかしようと躍起になっていた。
しかし彼女は、不安を言葉にしてこいしに伝えることが多くなっていた。
まあ、単純に心を読まれるから偽れなくなっただけかもしれないが。
こいしとしては、魔理沙が寄りかかってくれている気がして満更でもなかったりする。
旧都の街道に立ち並ぶ篝火に沿って、こいしたちは飛ぶ。
そして地底と地上を結ぶ橋が遠くに見えてきたとき、魔理沙が急に減速をした。
こいしは首をかしげ、前方の魔理沙を覗き込んだ。
「魔理沙ー? どうかした?」
「……いや、橋を見て思い出した。こいしに聞きたいことがあるんだ」
「うん、なに?」
「あのな、その、えーと」
魔理沙は何かを言いたそうに口を動かすが、それは何の意味も無い言葉の羅列になる。
咄嗟に心を読もうと、第三の眼が魔理沙の背中を睨みつけるが、こいしはそれを手で制した。
――彼女は、大切なことを必死に言おうとしている。
それを読心で先読みするのは趣に欠けるだろうと考えたのだ。
「む、むぐぐ……」
亀の如き速さの中、時間だけが黙々と流れる。
こいしは魔理沙の背中に頬を寄せながら、静かにその時を待った。
そして。
「こ、こいし!」
「なあに?」
「あのさ、変なこと聞くけど……私のこと、嫌ったりしてないか?」
こいしは自分の耳を疑った。
ずいぶん悩むものだから、てっきりプロポーズとかそういった類のことかと思いきや、よもやの嫌ってないか発言。
さすがのこいしも、その発言にむっときて言い返した。
「何よそれ。まさか、他に好きな人でもできたの?」
その剣呑な声色に気づいたのか、魔理沙が慌てて否定する。
「いや、そういうことじゃないんだ! ……実はさ、ここ一ヶ月で」
「ふんふん」
「ずいぶん情けない姿を見せてたみたいだし……その、幻滅されてないかなと不安になって」
「……はあ。魔理沙にしては本当にくだらないこと、聞くのね」
あからさまに落胆してみる。
すると、魔理沙はいつになく肩を落として落ち込んでいた。
……本当にくだらない。さすがに勘違いされたままではよろしくないので、フォローしておこう。
その背中にぴったりとくっつき、耳元で呟く。
「魔理沙。魔理沙は、私のこと嫌いになってない?」
「な、なってない! 絶対にならないから!」
「だって、私の第三の眼、開いちゃったじゃない。これからはずっと心を読まれるんだよ?」
魔理沙は、むぅ、と唸って考え出した。
その沈黙に少しだけ不安になってその心を覗き込むと、彼女はありとあらゆる状況で心を読まれた場合をシミュレートしていた。中には、こちらが赤くなるほどに際どい状況すらも真面目に思考している。
やがて、至極真剣に結論を出した。
「こいしなら大丈夫だろ。これからもやっていけるさ」
「そ、そう。ありがと……」
思いの外照れてしまい、声が尻すぼみになっていく。
それでも、伝えたいことは伝えなければならない。
「だ、だから、私が魔理沙を嫌うこともありえないから! そこは信用して!」
「――信用した。すまなかったな、くだらないこと聞いて」
そう言うと、魔理沙は徐々に速度を上げ始めた。
地底を一気に駆け抜けるのだ。そういう意志が、彼女から強く伝わってきた。
刹那、眼下にある橋が目に映った。
あそこにはあの人物がいるはずだ。あるいは一足先に宴会場へ行っているかもしれないが、彼女の性格上それは考えにくい。
ならば――ここで、先日の仕返しをさせてもらおう。
「ねえねえ、魔理沙。ちょっとこっち向いて」
「あー? どうした、こい……」
こいしは振り向いている最中の魔理沙の頭に手を添え、力ずくでこちらに引き寄せる。
さらに顎を軽く持ち上げながら、ぺろりと素早く自分の唇を潤して。
「む、むぐぅ……!?」
「ん~~~~」
濃厚に、唇を合わせた。
突然のことに目を白黒させる魔理沙を余所に、こいしはひたすら彼女の口を貪り続ける。
舌も使われた情熱的なキスは、実に三分以上も行われ。
こいしが艶かしい吐息を吐きながら離れると、魔理沙の頬はものの見事に上気していた。
「ここここ、こいし? いきなり、いったい……」
「お世話になったから、これくらいは見せ付けてあげないとね」
誰に? と真っ赤な顔で聞いてくる魔理沙を急かし、地上に繋がる洞穴に入る。
そして、背後から強い視線と思念を感じ取って。
「……あなたたち、本当に妬ましいわ」
こいしは、その目論見が見事に成功したことを――愛しい人の背中で覚った。
するとそこには、天井を覆い尽くす焦げついた銀色が広がっていた。
それを見た少女はぶるりと身を震わせ、被っていた厚手の布団を体に強く巻きつける。
別に寒さを感じたわけではないのだが、外の景色に対する反射的な行動だった。
「ふ~む。久しぶりの雪ってことになるのかな?」
少女――古明地こいしは、ベッドの上で感慨深そうに呟いた。
ここ、地霊殿の一室であるこいしの部屋は非常に暖かい。地霊殿の真下には随時熱風が吹き荒れる灼熱地獄跡があり、地霊殿がその恩恵を一年中受けているためだ。
そのため、たとえ外で雪が降っていようと快適な気温で保たれているのだ。
当然、その分夏は暑くなるのだが。
あれは酷い季節だったと夏の地獄を懐かしく思い返していると。
「さ、さむい……。布団返してくれ……」
布団が横から引っ張られる感触がした。
こいしが首をそちらに向けると、白いシーツの上に若干よれた金色の髪が扇状に広がっていた。
そっと彼女の髪を掻きあげる。その下から、可愛らしい少女の寝顔が現れた。
霧雨魔理沙だ。
その服装は薄いシャツとドロワーズのみで、今の季節に全く似つかわしくない。
この格好の彼女を窓から放り出したら悲鳴を上げて走り回ることだろう。
まあ、する気は……あまりないが。惜しいけど。
「寒いから……返して」
魔理沙の瞳は固く閉じられているが、その手は貪欲に毛布を求めて伸ばされる。
しかし、こいしは魔理沙の手から逃げるようにベッドを降りた。
そして布団を持ったまま、寝起きで辛そうな彼女に笑いかける。
「だ~め。そろそろ起きる時間でしょ」
「起きるって……昨日は遅かったんだから寝かせてくれよ……」
「じゃあ雪を見に行かない? ほら、久しぶりの雪」
「ゆき~?」
魔理沙は頭を掻き回しながら、ようやく体を起こした。
その視線が外に向かう。雪景色を一瞥して、それから渋々といった顔で立ち上がった。
彼女の肢体が目の前に曝け出される。すらりと伸びた四肢に、少し小麦色に焼けた肌。
体躯は初めて会った時と同じように華奢だが、適度に鍛えられた筋肉が見え隠れしている。
肌が白くて筋肉も最低限しかない自分としては、彼女は実に健康的だと言わざるを得ない。
こいしは、しばし魔理沙をじっくり眺めていた。
その視線に気がついたのか。
「……なんだ? 魔理沙さんに見惚れたか?」
魔理沙は、にこやかにそんなことを口にした。
こいしは素直に頷く。むしろ言い当てられてびっくりしたくらいだ。
「うん、惚れ直した」
「ちょっ、いや待て待て待て、冗談だって」
「でもねぇ……いつ見ても綺麗だなぁって思うのよ私は」
そう言って、こいしは能力を発動しながら魔理沙の背中に回り込むように移動した。
自分は普通に歩いているだけなのだが、当の魔理沙からすれば『こいしが目の前で消えた』という認識なのだろう。
慌てた様子で左右に視線を彷徨わせ、こいしを探している。
そんな魔理沙の行動を微笑ましく思いながら、こいしは背後から魔理沙のシャツの中に手を潜り込ませた。
「うひゃ!?」
普段より一オクターブほど高い声を上げる魔理沙。
こいしは彼女の嬌声に耳を傾けつつ、無遠慮に色々な部位を赴くままに撫で回した。
「特にこの、お腹周りのさわり心地が良いのよね。ぷにぷにっとしてて」
「は、ははははは! ちょっと待って、そこは……!」
「ほどよい肉付きですべすべしてるし」
「こいしぃ、だからやめてってばぁ! そこ、弱いんだって!」
「上もなかなか……私の方がちょっと大きいかな?」
「やめろって、おらぁ!」
「げふぅ!?」
強烈な肘打ちがこいしの鳩尾に直撃した。
その衝撃に思わず呼吸が止まり、がっくりと膝をついてしまう。
けほけほ、と軽く咳をして痛みに耐えていると、その前に影が落ちる。
見上げると、あまり友好的ではない笑みを浮かべた魔理沙が仁王立ちをしていた。
「こいし、お触りは禁止だぜ? 違反者にはもれなくマスタースパークだ」
「……昨夜はあんなに喜んでくれたのに」
「そういうエロ親父発言も禁止だ!」
拳骨が頭上に落下してきた。
涙が出ないくらいには手加減された強さだった。
二人して着替えを済ませ、その後食堂へ向かった。
そこに向かう途中の廊下では、満足げに毛づくろいをしたり膨れた腹を押さえながら廊下の隅で寝転ぶペットの姿がちらほら見える。
彼女たちはこいしと魔理沙の姿を認めると、朝の挨拶をするように一声鳴いた。
何を言っているのかは分からないが、適当に挨拶を返して食堂に入った。
芳しい食事の残り香がこいしの鼻をくすぐる。
時計を見ると、朝とも昼とも判別がつきにくい時間帯。ざっと計算して十二時間は何も食べていないのだ。
それを意識した途端、ぐぅ~っと腹の虫が自己主張を始めだした。
(うわ、やばっ)
自分はもう立派なレディなんだからと言い聞かせるが、空っぽのお腹は強欲に食物を要求してくる。
やがてそれは最も聞いてもらいたくなかった、隣にいる霧雨魔理沙の耳にも届いたようだ。
彼女は本当に楽しそうな笑顔で顔を覗き込んできた。
近い、とっても近い。
「おやおやぁ、こいしさん? 可愛らしい唸り声ですねぇ」
「い、いいじゃない。お腹が空くのは生理現象なんだから。魔理沙だってそうでしょ」
「残念、今の私は食べなくたって平気なんだぜ。今は単なる習慣だしな」
鬼の首でも取ったかのように胸を張る魔理沙。
こいしはその無邪気な仕草に、歯を食いしばるほどの愛おしさを感じてしまった。
惚れた方の負け、とはよく言ったものだ。言い返そうとしても、頭が茹って言葉が出てこなかった。
こうなったら照れ隠しに、再び無意識で彼女を弄るしかない。
そう決意したとき。
「おはよう、こいし。魔理沙さん。今日は遅かったわね」
真後ろから、突然声をかけられた。
けれど驚くことはない。今まで毎朝欠かされたことのない相手からの挨拶だ。
後ろだろうが真上だろうが、あるいは床からだろうが動揺せずに返せる自信がある。
それは魔理沙も同じなのか、こいしと同じく冷静に振り返って片手を上げた。
「おはようさとり。相変わらず素敵な笑顔だな」
「あらお上手。こいしから私に乗り換えようというなら大歓迎ですよ」
「それは光栄だぜ。来世があるなら是非とも頼む」
「はい、いつまでもお待ちしています」
あはは、と軽やかな冗談の応酬を交わす二人を見て、こいしは口をへの字にした。
分かっている。冗談だというのは分かっているのだが、魔理沙の現恋人である自分としてはあまり聞きたくない冗談である。
抗議するようにじっとりと姉をねめつけると、さとりは早々に会話を切り上げて食卓を指差した。
「それでは食事にしましょうか。もうお昼に近いから、ちょっと重めですけど大丈夫ですか?」
「おお、問題ないぜ! この匂いはハンバーグとみた!」
「正解です。でもその前にちゃんと手洗いうがいをしてから。ね、こいし」
「……はーい」
若干面白くないが、逆らわずに頷く。
この二人は似たもの同士で、こちらを煽るような発言で反応を誘ってくるのだ。
嫉妬する表情が可愛いだとか、ふくれっ面がハムスターみたいだとか。
だからこそ、できるだけ無視するのが一番。ここ数年で、ようやく悟れた境地である。
でも、やはり虫の居所が悪いので。
「いてっ、こいし……尻を抓るな」
「ふん、知らないもん」
こうやってささやかに仕返しすることも、最近覚えたのだった。
姉を含めた魔理沙との食事は和やかに進行した。
とはいっても、古明地さとりはただお気に入りの紅茶を口にするだけだ。
彼女はすでに食事を終えているのだが、こいしたちと食卓を共にしたいが故に留まっている。
こいしは、一口大に切り分けたハンバーグを咀嚼しながら、そんな姉に話しかけた。
「お姉ちゃん、今日の予定は?」
「いつも通りよ。書類に目を通して地底を適当に巡回して、それでおしまい。あと食べながら喋るのはやめなさい」
ごっくん、と音を立てて肉塊を飲み込んだ。
徐々に体内の底から満たされていく、そういった感覚が湧き上がる。
横にいる魔理沙に視線を送ると、彼女もまたおいしそうに料理を頬張っていた。
その様子はいつも通りだ。
地霊殿での生活を満喫しているようで、その顔に陰りは一切見えない。
だが、こいしは魔理沙が気がかりだった。
――まだ、あのことを考えてるの?
そう聞きたい。聞きたいのだが、声に出ない。
色々な感情が渦巻いて止まないが、それを表に出すことはできなかった。
そんなこいしの胸中を察したのか、さとりが唐突に言い出した。
「そういえば、地上から宴会の招待状が届いたんですよ。幹事は山の神社の神様で、規模は大宴会だそうです。場所は守矢神社、日時は三日後の夕刻より。……行きますか?」
その言葉は二人に向いているようで、実際は魔理沙一人に傾けられていた。
昔ならば即答、落ち着いた今でもほんの数秒考えただけで参加を表明するはずの、宴会開催の知らせ。
けれど魔理沙は、しばし淡白な瞳でさとりを眺めた後。
「いや、やめとくぜ」
そう呟いて、食事を再開した。
半ば予想通りではあるが、実際にそうだったことで食堂の空気が途端に重くなる。
いつもならば、空気に敏感な魔理沙は取り繕うように冗談の一つでも飛ばしていただろう。
しかし彼女は黙々と箸を動かし、ついには朝食を平らげるまで口を開かなかった。
まだ食べ終わっていないこいしを余所に、魔理沙はよっこらせと腰を上げた。
「ちょっと行ってくるぜ」
そう言って、一人食堂を出て行った。
場の空気に耐えられなくなったのではなく、おそらく厠に行ったのだろう。
こいしは食堂を出て行く彼女の後姿を見つめながら、おもむろにさとりへ問いかけた。
「――どう? 魔理沙は」
突然で曖昧な質問。だが、さとりはすべて分かっているという表情で溜め息をついた。
その肩にある第三の眼が、鋭い瞳で魔理沙の去っていった方向を睨んでいる。
「変化はないわ。一ヶ月前から改善も悪化もしていない。このままじゃ良くないわね」
「……どういうこと?」
「停滞している、ということよ。変化があれば対応も考えられるけど、あるいは一生このままかも」
「私がやって、いいのかな?」
「あなたができないなら誰にも魔理沙さんは救えない。自信を持って、こいし」
穏やかに微笑みながら激励するさとり。
だが、こいしは力なく視線を落として首を横に振った。
「……でも、やっぱり怖いよ。お姉ちゃん……」
心が読めなくとも、妹の不安を誰よりも理解している。
それでも姉は、妹の小さな手を固く握り締めてやることしかできなかった。
そして、再び自分の部屋。
魔理沙が魔導書に目を通している隣で、こいしはその膝に頭を乗せて横になっていた。
温かくて良い香りのする、最高の枕である。
なのだが、さっき起きたばかりなので眠気はさっぱりやってこない。
「魔理沙~、すごい暇~」
「黙って寝てな。そのために貸してやってるんだから」
「そんなこと言われても~……ね、雪見に行きたい」
「ほれ、そこから存分に見るがよい。土と灰の入り混じる、地底にしかない雪景色だぜ」
魔理沙の指差した先は、起床時に目撃した、やはり錆び付いている銀色の空だった。
――地底では、冬になると雪が降る。
長年ここで生きてきたこいしにとっては至って普通の風物詩だが、地上から来た魔理沙は最初えらく驚いたものだ。
気象の条件がどうの、気温と冷却がどうの、と慌てふためく姿は、今となっては笑い話にしかならない。
地上の雪は基本的に銀色である。しかし地底の雪は若干黒味が混じっていた。
その理由は、天井の土埃や灼熱地獄跡から漏れ出した灰が混入しているからだとか。
魔理沙からそれを聞いて、こいしは以前のように降雪を喜べなくなった。
それでも、モノクロの雪は黒白の魔法使いを連想させるので嫌いではなかった。
こいしは柔らかな枕を存分に味わいながら、そんな追憶に耽っていた。
彼女とこんな関係になっていなかったあの頃が一番騒がしく、そして楽しい時間だったと振り返って分かる。
泣いて、笑って、喜んで、悲しんで、時には互いを傷つけ合って、その果てが現在で。
「……ねえ、魔理沙」
「なんだ?」
本からは目を離さず、けれど間断なく返事をする魔理沙。
以前ならばこちらが何度も声をかけなければ気づいてくれない。だが、この頃は集中を欠いているようだ。
手を伸ばし、ページを捲る魔理沙の頬をそっと撫でる。
こそばゆそうに目を細める魔理沙の瞳が向けられる。――それは心を打つほどに、寂しげだった。
「雪、見に行きたいな」
再三の要求。
こいしの、熱を帯びた視線を、魔理沙は珍しく色の消えた表情で受け止めていた。
窓の外には雪が深々と降っている。焦げ付いた銀色。きっと縮こまるほど寒いはずだ。
地霊殿という温もりの中、あえて凍える外気に身を投げ出す。
それは、赤ん坊が母親のお腹から出てくる様相と酷似しているように思えた。
魔理沙はこいしの要望をどう解釈したのか。
「いいぜ」
今までの抵抗が嘘のようにあっさりと了承し、パタンと音を立てて魔導書を閉じた。
そしてこいしの後頭部と自分の膝の間に右手を差込み、ゆっくりとこいしの体を持ち上げる。
口付けできるほどに顔が接近するが、結局は触れずに交差して通り過ぎた。
魔理沙は戸棚に向かい、下から二段目の引き出しから青みがかったケープを取り出した。
それを手馴れた様子で着用し、立てかけてあった愛用の箒を取る。
「お前の準備はもういいのか?」
背中を向けたままの状態で、魔理沙が聞いてきた。
その言葉で、こいしはようやく自分はただ突っ立っていることに気がつき、急いで支度を済ませた。
そして魔理沙の横に並び、箒のない方の手をしっかり握りこんで部屋を出た。
玄関に向かう途中。
魔理沙は自分の部屋を通りがかった時、思い出したかのように頭を掻いた。
「あ、ちょっといいか? 帽子持っていかないと」
「わかった。じゃあ外で待ってる」
こいしは魔理沙を見送りながら廊下の壁に体重を預けた。
視線を四方八方に移すが、リラックスしているペット以外の姿はない。
仕方なく、扉を開いたままトレードマークである三角帽子を探す魔理沙を観察していた。
魔理沙の部屋は本や実験機材、茸などの雑多なものが散乱している。
足の踏み場もないように見えるが、本人は「理想的な物の配置だ」と言って憚らない。
しかし、ここは三十年ほど前から魔理沙の部屋だ。片付けろという文句は筋違いだろう。
最近は寝る場もなくなったらしく、よくこいしの部屋に寝泊りするようになっていた。
それ自体は嬉しいことだったが、それでもあの帽子を見失うことはなかったのに。
「あ、こいし様。おはようございます」
声をかけられて、こいしはびくりと動揺したように首を動かした。
相手は姉のペット、火焔猫燐だった。
燐は若干形式ばった笑顔を浮かべ、こいしに近づいた。
「朝ごはんの時は姿が見えませんでしたけど、魔理沙と一緒にお寝坊ですか?」
「うん、まあそう」
「ほどほどにしてくださいね。一緒にご飯が食べれなくてさとり様が寂しがってますから」
……そういう風には見えなかったが。
すると、燐はまるで飼い主を真似たかのように口端を吊り上げた。
「さとり様は素直じゃないんですよ。こいし様とは違ってね」
「……なんだか棘のある言い方ね。私がもっと反抗的になればいいってこと?」
「反対です。さとり様も、もっとこいし様と仲良くなりたいって言えばいいという意味です」
「ふ~ん。仲は悪くないと思うけどなぁ」
「魔理沙と比べれば雲泥の差ですよ。魔理沙にこいし様の隣を取られて以来、今も時々やきもち焼いてますから」
「お姉ちゃんもいい加減、妹離れすればいいのに……」
そう言いながら少女の身なりを確認すると、燐は使い込まれた猫車を転がしていた。
彼女が仕事――死体の持ち運びに使う猫車だ。
「今からお仕事?」
「はい。近頃サボってましたから、燃料が尽きてしまいましてね。お空に怒られちゃいました」
「……そう。お燐も気に入ってたものね」
「……それでは、行ってきます」
燐は話題を無理やり断ち切るように微笑んで、去っていった。
その足取りはとても軽快と呼べるものではなく、鉛のように重そうだった。
彼女は二重の意味で引きずっているようだ。
上手くもなんともない感想に、こいしは自嘲するように鼻を鳴らした。
そこに、少し皺のある帽子を被った魔理沙が現れた。
「お待たせ。それじゃ、行くか」
「うん」
再び手を繋ぎ、今度こそ地霊殿を出るべく玄関を目指す。
外の寒さを想像して、いち早く背中を寒気が走った。
細かな雪と灰の結晶が舞い落ちる。
地底は比較的風が強いので、下手すれば猛吹雪のように荒れ狂うのだが、今日は落ち着いたものだ。
おかげで身に着けた洋服と魔理沙の体温だけで充分に寒さを凌げていた。
足を踏み出すたびに、靴の下で雪が潰れて悲鳴を上げる。
ジャリ、ジャリと規則正しく耳に届く二対の音は、さながら未熟なカルテットのようだ。
しばらく歩いても飛ぼうとしないこいしの意志を尊重したのか、魔理沙も箒をしまって歩みを進めていた。
「魔理沙、ちょっと寄ってもいいかな?」
「いいぜ。別に用事もないしな」
その言葉を聞き届けて、こいしは旧都へ向かう道から外れた。
進む先は地霊殿の所有する広大な庭だ。霊烏路空が八咫烏を取り込んでからは、地上から持ち込まれた種子を使用しての家庭農園が機能しているらしい。評価は上々だとか。
だが、こいしはその地域を通り過ぎて更なる奥地に足を運ぶ。
ぐるりと地霊殿を一周するような形だ。旧都とは正反対の方角なので、意図的に向かわないと視界にすら入らない所である。
魔理沙も雰囲気を察してか余計なことを口にせず、唯々諾々とこいしについていった。
やがて、モノクロの積雪に表面を覆われた『大切な場所』に着いた。
この一帯だけは木々の一本すら存在せず、無造作に置かれた多数の石塔が立ち並んでいる。
ここは古明地さとりにとって、そして今では古明地こいしにとっても胸に秘めておきたい場所だった。
「魔理沙はここのこと、知ってた?」
静かな声で問いかける。
魔理沙は、いや、と首を振って否定した。
こいしは魔理沙の手を離し、最も近くに設置された膝下の高さの石塔に歩み寄る。
それに積もっていた雪を素手で払うと、表面を平らに加工しただけの簡素な墓石が現れた。
決して滑らかとはいえない石の正面を慈しむように触れる。すると、途中で小さな引っかかりを感じた。
たしかこの位置に、あの子の名前を刻んだはずだ。こいしはそう考えて覗き込んだ。
――掠れて読めない。
「地霊殿にはたくさんお姉ちゃんのペットがいるでしょ? 妖怪化して寿命を延ばす子が多いんだけど、それが出来なかったり環境に適応できなかったりすると、やっぱり死んじゃうんだよね。ここは、そういう子たちの寝床」
「…………」
「それで、この子は私が飼った最初のペット。ちっちゃいけどすごく元気で、よく私の部屋だけじゃなくて地霊殿内を好き勝手に走り回ってた。世話の手伝いをしてくれたお燐も呆れるくらいに、精一杯生きてた」
こいしは墓石に手を置いて撫でさすった。
まるで血すら通っていないこの石こそが、そのペット本人であるかのように。
優しく、優しく。
「たくさん遊んで、たくさん可愛がって、たくさん時間を共有して。我が侭ばかりで叱ったこともあるし、私があの子を怒らせて引っかかれたりもした。全部、大切な思い出だよ」
「…………そうか」
魔理沙は、重苦しく一言だけ呟いた。
その眉間には深々と皺が寄っており、愛らしい口元は真一文字にきつく引き絞られている。
組まれた腕はかすかに震えていた。心の堰を破壊せんとする激情を堪えているかのようだった。
こいしは見て見ぬ振りをして、墓石の前で手を合わせた。
そして祈る。あの子を心に思い描いて、願う。
私に勇気をください、と――。
こいしと魔理沙は妖怪たちが行きかう旧都の大通りを歩いていた。
灰色の雪は片時も降り止まず、しかし強くなりもしないでただ積み重なるだけである。
普段は宴会や喧嘩などと喧騒の絶えない街。しかし、雪に中てられたのかは定かではないが、いつもより幾分鳴りを潜めているように思える。
あるいは、自分たちが黙したまま歩いているからそう感じるのか。
魔理沙は目線を前方に固定しており、旧都に入ってから一度もこいしに視線を送らなかった。
こいしもまた何を話せばいいのか分からず、俯いて道なりに歩を進めるのみである。
唯一つ、手を繋いで互いの温もりを交換し合うことが二人のコミュニケーションとなっていた。
そこに。
「おーい、お二人さん! 久しぶりじゃないか!」
こいしが面を上げると、大柄で恰幅のいい女性が近づいてきた。
星熊勇儀だった。
「この頃とんと見ないから心配してたんだよ。相変わらず熱々なのは分かるけどね」
「はは、そういうお前は元気そうだな」
「久しぶり……うぐっ!?」
魔理沙は勇儀の勢いに乗せられたのか、淡い笑みを浮かべて言葉を返す。
しかしこいしは思わず鼻を押さえ、顔を背けてしまった。
勇儀から発せられる物凄い酒気が原因だった。こいしも酒を嗜み、勇儀が旧都でも指折りの酒豪であることは知っている。それでも、今まで嗅いだことのないほどの強烈な臭いがこいしの鼻を容赦なく襲ったのだ。
幸いか否か、勇儀がそれに気づいた様子はない。
「それにしてもすごい酔ってるな。今日は百年の一度の宴会か?」
「いんや、何もない。何にもない日だよ。とにかく飲みたくて飲んでるだけさ。ああ、もう浴びるほど飲んだけど飲み足りないね」
「鬼でも体に毒だろうに。なんなら酔い冷ましに弾幕ごっこでもやるか? その剛力を腐らせるのはもったいないだろ」
「弾幕ごっこかー……いいね、久しぶりだ。実に一ヶ月はやってないね。一ヶ月……一ヶ月?」
勇儀の笑みが凍り、やがてひび割れるように歪んでいく。
突然の変化に、こいしも魔理沙も驚愕して目を見開くばかりだ。
そして一秒も経たずに勇儀の立派な肉体が萎れるように崩れ落ちた。
轟音と共に。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その叫びと同時に、地底全体に地震でも起きたかのような振動が襲った。
原因は目の前にいる鬼、星熊勇儀。彼女が、山をも動かすとされるその両腕を、力の限り地面に叩きつけたのだ。
パラパラと頭上から少なくない砂が雪と一緒に舞い落ちてくる。
危険と判断した魔理沙がこいしの手を引き、すぐさま荒れ狂う勇儀から距離をとる。
勇儀はそれにすら気がつかず、ただただ拳で地面を殴った。
その双眸から、透明の雫を零しながら。
「なんで、なんでこんなに早く……! 別れも告げてないし、宴会だって千回もやっちゃいない! 早すぎるよ、人間であっても早すぎる! なあ、なんでお前さんは!」
ずしんずしん、と巨人の歩みの如き打撃が頑強な地底を揺さぶる。
いくら固い地盤で囲まれた旧都といえど、そう何発も鬼の拳を受け切れるわけもなく。
崩壊する、とその場にいた全員が戦慄したとき。
「くぉら、勇儀ー! 何しとんじゃお前はー!」
まさしく巨人が、勇儀の無防備な背中に降り立った。
十メートル以上は確実にあろうか、その頭についた二本の角が天井近くの雪雲すらも切り裂いて。
如何な屈強な鬼であろうと、構えていない状態で数百メートル上から落下した大鬼には潰されるしかない。
今までで一番の爆音を響かせて、その騒ぎは危ういところで収拾された。
「げっほげほ! だ、大丈夫かこいし!?」
「う、うん」
けれど、被害がなかったわけではない。
超重量の巨人が落ちてきたことによる衝撃で、勇儀を中心とした雪や土が捲りかえって周囲へ散乱したのだ。
魔理沙が咄嗟に張った防壁も危うく破られる寸前というほどの威力。もはや天災である。
周りの家屋や店も雪や泥が大量に舞い込み、かなりの損壊が出ているようだ。
雪煙が視界を隠しているが、それも徐々に落ち着きを取り戻し始め。
地面にめり込んだ勇儀の上に、小さな鬼が立っているのが見えた。
こいしも知っている人物。
勇儀と同じく山の四天王と呼ばれた鬼、伊吹萃香だった。
「おい、萃香!」
「あ~? ……久しぶりだね魔理沙」
魔理沙が声をかけると、萃香は胡乱げに瞳をこちらに向けてきた。
活発な彼女らしくない、ひどく疲れた表情だった。
こいしたちは萃香に駆け寄り、事の詳細を聞くことにした。
「一体全体、何があったんだ? 酒に呑まれる鬼だなんて笑い話にもならないぞ」
「何も。酔っ払いが酔っ払って暴走したってだけの話さ」
「おいおい、部外者には話せないってのか?」
「……んにゃ、そういうわけじゃないんだけどねぇ」
そう言うと、萃香は困ったようにこいしに視線を投げた。
正確にはこいし本人というよりも、こいしの左肩辺りにある閉じられた第三の眼に、だが。
こいしはそれだけで彼女の言わんとすることを理解し、言葉を紡いだ。
「お姉ちゃんには話さないし、仮にバレたとしても私がフォローするわ。実害はなかったって」
「……信じるよ。こいつが罰を受けるのは困るんでね。まあ、それでも伝えることはそうないんだ。許容量を越えるほどに飲んで暴走した鬼を私が止めたってだけさ」
「鬼が泥酔するほど!? どんだけ飲んだんだ?」
「ん~……だいたい、これくらいかね」
萃香が頭を捻りながら示した数値は、一年を通して地上で作られる酒量を越えていた。
先ほどとは違った意味で目を丸くする二人を尻目に、萃香は自身の身の丈の倍はある勇儀を軽々と背負う。
そして誰もが息を呑んで見守る中、立ち去るかと思われたが。
「ああそうだ、忘れてた」
萃香はふいに魔理沙を見やった。
「あんた、地上じゃ死んだって噂されてるよ。あいつの後を追ったってね」
「……馬鹿らしい」
魔理沙は心底くだらないといった表情で吐き捨てた。
しかし心の読めないこいしにも、魔理沙が少なからず動揺しているのが伝わってきた。
もしくは、こいしだからこそ分かったのかもしれない。
「ようするに、ちっとは顔を見せろってことだよ。あれから一度も地上に来てないだろ?」
「……用事が無いんだ。茸の貯蔵も充分だし、研究はここでも出来るしな」
「新しい山の神は酒に弱くて幹事も満足にできやしない。みんな物足りないんだよ、ムードメーカーがいなくてね。あいつもいなくなったことだし」
「……考えとくよ」
魔理沙の言葉を聞き、萃香は一つ頷いて歩き出した。
その背中に、未だ意識を失いながらも悔恨の言を口にする友人を乗せて。
こいしたちは彼女たちを黙って見送る。
小さくて大きな鬼の姿が完全に消える刹那、かすかな声が耳に届いた。
「――まったく、忙しすぎて悲しんでもいられやしない」
それはあるいは、風の声だったのだろうか。
「そろそろ帰ろうぜ」
「え?」
こいしは魔理沙の呟きに、思わず顔を上げた。
二人は騒ぎから逃れるように歩き続け、地底と地上を結ぶ大橋が間もなく見えるであろう、旧都の外れに着いていた。
そこで、魔理沙は帰宅の意志を示したのだ。
「で、でもさ……」
「雪はもう降ってないし、そろそろ寒くて限界なんだ」
魔理沙は努めて明るく提案する。
直感的にこいしは、半分は事実で半分は嘘だと悟った。
雪雲の範囲から外れたことで雪はすでに疎らとなっており、目を凝らさなければ見つけられないほどに薄くなっている。
しかし、寒いから帰りたいだなんて嘘だろう。彼女は寒さに耐える仕草を欠片も見せていないし、何より魔理沙が『寒いから帰ろう』だなんて弱音を吐くのは長年過ごした中で初めてだった。
(ううん、魔理沙は本当に辛いんだ)
こいしは魔理沙の表情の裏側を敏感に嗅ぎ取った。
きっと彼女は、勇儀や萃香から感じられた『地上の匂い』から逃げたいのだ。
このまま接していれば、傷を負った心から真っ赤な血潮が溢れるのだと確信している。
そして自分は今、魔理沙を救うという名目で傷口を素手でこじ開けようとしているのだ。
それが本当に正しいのか、こいしには判断がつかなかった。
その考えに、魔理沙から嫌われたくないという『逃げ』がなかったとは言えない。
だが、このまま進んでいいものか――。
迷う心情も露わに、こいしは小刻みに震える口を開く。
「あ、あの魔理沙……」
そこに。
「あらぁ、魔女とさとり妖怪のバカップルじゃない。いつも仲が良さそうで妬ましいわ」
この場にとてもそぐわない、非常に暢気な声が響いた。
二人が揃って振り返ると、そこには金髪緑眼の女性が立っていた。
何が可笑しいのか、口元にはひどく楽しげな笑みを浮かんでいる。
旧都へ買い物に行っていたらしく、片手に一本の酒瓶を吊り下げ、もう片方には食べ物らしき袋が提げられていた。
彼女は、闖入者に驚いて硬直する二人の脇を素通りし、そのまま橋へと向かった。
橋姫。まるでその名を体現するかのように。
「ちょうどいいわ、あんたたちも飲む?」
女性――水橋パルスィは橋の中央まで進み、荷物を傍らに置いて欄干に体重を預ける。
そしてどこから出したのやら、小さな杯を三つ並べて視線を寄越してきた。
相伴の誘いのようだ。
「いや、私たちは……」
「う、うん! 私、すごく喉渇いたし!」
咄嗟の判断だった。
こいしは思考時間を引き延ばす策としてパルスィの提案を受けたのだ。
嫌そうに眉を顰めていた魔理沙だが、こいしが杯を取ったと同時に、観念したように溜め息をついた。
こいしが望むなら――。
そんな声が聞こえてきた気がして、こいしは知らず破顔した。
魔理沙も杯を受け取ったのを見計らい、パルスィが三人の杯に酒を存分に注いだ。
飲み難くない程度で、満杯に。
その見事なさじ加減に魔理沙が感嘆の言葉を洩らす。
「へぇ、ずいぶん慣れてるな」
「まあね。私はあんまり飲めないから、飲まされないために習得しておいたのよ」
「すごいね、私にも教えてくれない?」
「いいわよ。たいして難しい技術でもないし」
あまり喋ったことのないパルスィとの会話はスムーズに進んだ。
パルスィが思った以上に会話を楽しんでいたからだ。妬ましい妬ましいと口にするだけかと思いきや、細かな気配りやウィットに富んだ話題もするので、いつしか二人の表情は明るくなっていた。
しかし酒瓶はたったの一本。ほんの十分程度で無くなってしまった。
元気を取り戻した魔理沙がいち早く不満の声を上げる。
「おい、もうないのか? これくらいじゃ飲んだ気にならないぜ」
「残念だけどおしまい。在庫がなくて、この一本を手に入れるのだって相当苦労したんだから」
「どうして? 旧都が酒不足になるはずないけど」
こいしは以前姉の言っていたことを思い出した。
さとり曰く、旧都は酒好きの街だからたとえ天変地異が起ころうと酒だけは無くならないだろう、だとか。
けれど、パルスィは困ったように苦笑いをした。
「そのはずなんだけどね~。どっかの馬鹿が一ヶ月ほど飲みまくってるから、どこも品薄状態なのよ。朝から晩まで、独りになっても何かを頭から追い出すみたいに飲みまくってるの。妬ましくもならないわ」
「……へぇ」
「あの直情的な鬼だからこそ、でしょうけどね。あなたもでしょう? 霧雨魔理沙」
不意に、パルスィの緑眼が鋭く魔理沙を射抜いた。
その有無を言わさない瞳は、まるで魔理沙を問い詰めるかのように鈍く光っている。
白を切るように、魔理沙は空の杯に視線を落とした。
「何の話だか、さっぱり分からんな」
「近頃地上に行くあなたを見ないわ。以前は少なくとも一ヶ月に数回は帰ってたのに。地上に行きたくない理由でもあるのかしら?」
くすくすと笑う橋姫。
魔理沙は不愉快そうに顔を背けるに留まった。
だが、パルスィが止まることはない。
「そう、一ヶ月前までは。一ヶ月前までは普通に帰ってたわよねぇ。それどころか、最近は箒に乗る姿すらも見かけない。どうせ、その子の好意に甘えて引き篭もってるんでしょう?」
「うるさいな。お前には関係ないことだろう」
「嫉妬を司る私だからこそ、ある。以前からびしびし伝わってたのだけど、今もなのね。――なら忠告しておくわ。その嫉妬は役にも立たないし、それどころか命すらも奪いかねない。早々に捨てることね」
「お前に関係ないって言ってんだろ!」
魔理沙の怒声が閑散とした橋に響き渡った。
こいしはその声にびくりと体を震わせるが、パルスィは至って平気な顔で微笑している。
いや、微笑というより憫笑だった。
泣き喚く子供を見守るような、そんな母性すらも感じさせられる。
「諦めなさい。それは在ってはならない嫉妬よ」
「パルスィ、お前……!」
我慢ならなくなったのか、魔理沙がパルスィの襟首を力強く握り締めた。
こいしは慌てて止めさせようとするが、それはすぐに制止された。
他ならぬ、水橋パルスィによって。
パルスィは手を上げてこいしを押しとどめ、橋姫としての意見を鋭く発した。
「私が一番嫌いな嫉妬はね、死者に対する嫉妬よ。誰も報われず、誰も望まず、一生成就することのない嫉妬。それは不毛としか表現できない茨道。何より、目を塞ぐことで現実はおろか隣り合う者まで無視をするわ」
「何を……」
パルスィは苦しそうに顔を歪めながらも、決して笑みを消さず目も逸らさない。
そして、決定的な一言が橋姫の口から飛び出した。
「目を覚ませ! あなたが妬む博麗霊夢は、とっくに死んだのよ!」
古明地こいしは、博麗霊夢についてそれほど多くは知らない。
博麗の巫女、幻想郷の守護者、博麗大結界の担い手。そういった肩書きのある人間であると知識として持っていただけだ。
だが、山の神社で弾幕ごっこをした霧雨魔理沙から紹介されたのは、大仰しい二つ名とはかけ離れた人物だった。
平和とお茶をこよなく愛する、不思議な魅力を持つ巫女。
しかし、一度異変となれば通りかかった妖怪を容赦なく退治する、きわめて『強い』巫女だった。
あらゆる意味で無双。力が強い妖怪ほど彼女の在り方に惚れこみ、行動を共にすることを望んだ。
それは、こいしが惚れた霧雨魔理沙とて同じだった。
とはいえ、魔理沙は博麗霊夢とは相当昔からの腐れ縁だったそうで、周りの妖怪とは少し事情が違うようだが。
幾度となく魔理沙の口から霊夢の武勇伝や愚痴や羨望の言葉を聞かされ、多分に嫉妬したこともある。
魔理沙の異変解決も博麗霊夢に触発されてのことなので、こいしも彼女に感謝しないわけでもなかった。
けれど博麗霊夢はそういった己の周囲に関心を寄せず、ただ流れゆく風のように人生を歩み。
――そして一ヶ月前、唐突に死んだ。
風船を割ったような、乾いた音が虚空を走った。
ある程度予測はしていたので驚きはせず、無感情に『平手で殴られたのか』とだけ思った。
予想された範囲、いや相手が彼女であるならば軽く済んだ方だろう。
パルスィはそう考え、目の前で必死の形相で歯を食いしばる少女を眺めた。
霧雨魔理沙。普通だった魔法使い。今はもう、ただの魔法使い。
ただ、存在が変わったとて彼女の光が色あせたわけではない。少女が女性へと脱皮して変質するように、彼女もまた普通の魔法使いからただの魔法使いに変質しただけのこと。
可能性を存分に模索し、その上で決定した彼女が実に妬ましかった。
そんな無駄なことを思考している間に、彼女は背を向けて走り去ってしまった。
かける声もするべき行為も、もはや自分にはない。
あとは、横で呆然としている少女の役割なのだから。
パルスィは自失している少女、古明地こいしに声をかける。
「ちょっと、大丈夫?」
「え? ……いや、うーんと……だめ?」
こいしは空笑いしながら首をかしげた。
気持ちは分からないでもないが、今はぼんやりしている場合ではない。
魔理沙が去っていった方角を指差し、分かりやすく状況を説明してやる。
「あなたの恋人、あっちに行ったわよ。結構『抉った』から今頃泣いてるかも」
ここまで言われてようやく頭が働きだしたのか、一瞬で蒼白な顔色になると。
「わかった! なんていうかもう、あとで仕返しさせてね!」
「はいはい、待ってるわ」
いつものゆったりした動作はどこへやら、少女は空を飛ぶことも忘れて急ぎ去っていった。
パルスィはくっくと笑い、再び欄干にもたれかかった。
心を閉ざしたあの少女もずいぶんと勇ましくなったものだ。まあ、恋をすれば人は変わるらしいので当然の反応といえばそうなのだが。
「妬ましい……ああ、本当に妬ましいわぁ」
あの二人が妬ましい。楽しそうにここを通過されるのは妬ましい。空を飛ぶ時に手を繋いで、あるいは魔法使いの箒に二人乗りをされると妬ましい。互いに信頼しあった表情が妬ましい。さり気なく愛を伝える仕草が妬ましい。
妬ましくて妬ましくて、笑いが止まらないほどである。
思い返して悦に入っていると、小さな痛みが口端を突いた。
不思議に思って触れてみる。すると、赤い雫が白い親指を伝った。
どうやら殴られた拍子に歯がぶつかったらしい。口の中で鉄の味が広がる。
「ふふっ、必要経費ね。お酒ももうちょっと分けてあげて良かったかしら」
傷を差し引いても、今の気分は最高だった。
先ほど魔理沙が言ったとおり、魔理沙の事情に自分が関係ないのは自覚している。
けれど、魔理沙に放った言葉はまぎれもなくパルスィの本心だった。
死者への嫉妬などくだらない。生涯を費やしても、生者が死者を追い越せないのは明白だからだ。
嫉妬とは願いである。ああなりたいという夢にも似た他者への憧れが腐敗すると、その対象を恨み憎しみをぶつけたくなる。そんな汚い感情こそが、パルスィの愛して止まない『嫉妬』なのだ。
だからこそ、魔理沙が抱いていた嫉妬は見るに耐えなかった。正視していられないほど無垢で、救いがない。
故に、パルスィは魔理沙の傷口を突っついた。かき回した。
魔理沙の嫉妬が消えるように。こいしが前に進めるように。彼女たちが幸せになれるように。
そして何より――パルスィは、魔理沙とこいしが織り成す幸せを妬むのが好きだった。
「はは、ははははは! もっと幸福になりなさい! もっと愛し合いなさい! それが、私の願い!」
たった独りの世界で、狂ったように哄笑を上げる。
橋姫はただひたすらに他者の幸せを妬み続ける。それは同時に、他者の幸せを願い続けることでもあった。
こいしは奔走した。
旧都を覆う雪景色の下を潜り抜け、ひたすら走った。
魔理沙と一緒に入ったことのある居酒屋を覗き、人の気配も感じられない路地を駆け抜け、驚く住人を無視してひたすらあの少女を探した。
しかし、いくら探しても特徴的な三角帽子は見つけられない。
こいしは焦る気持ちを抑えようともせず、ただ魔理沙が無事であることを祈りながら走り続けた。
幾たび首を振っただろうか、どれほど足を回しただろうか、何度雪道で転んだだろうか。
そんなことを一切考えず、とにかく魔理沙を探した。
一旦は彼女が地霊殿に戻ったのかと思い、屋敷中を徹底捜索もした。だが、帰ってきていなかった。
(魔理沙っ! いったい、どこにいるの!?)
もともと強くはない少女の心が絶望と共に疲弊していく。
妖怪は精神に依存する。そのため、心の消耗に伴ってこいしの体が疲労により重くなっていった。
それでも諦めず、とにかくまだ見ぬ場所を捜索していく。
やがて足ががくがくと痙攣し、ようやく休息を考え始めた時。
「……そういえば、あそこは」
ふと、まだ探していない場所を思い付いた。
だがそこは、現状を考える上で最もありえないと、心のどこかで断定していた所だ。
こいしは神に縋るような気持ちで、のろのろと足を向けた。
そこは地霊殿の裏側に位置する、家族が安らかに眠る庭。
――墓場だ。
モノクロの積雪の上に、真新しい足跡を発見した。
それは数時間前に自分たちがつけたものではなく、新たに誰かが来た証拠だ。
ここを知るのは地霊殿でも自分を含めた、一握りの人物だけである。
果たして、彼女はそこにいた。
トレードマークの帽子を脇に放り投げ、その太陽を思わせる金髪には細かな雪が積もっている。
彼女は座っていた。下は雪で冷たいだろうに、そんなものは関係ないといわんばかりに直接地面に胡坐をかいている。
その姿を見つけた瞬間、安堵の感情が湧き上がった。それと同じように、不安もよぎった。
微動だにせず背中を向ける魔理沙が、どうしてか知らない他人に思えたのだ。
そんな考えが一瞬でも脳裏を掠めたのが許せなくて、こいしは勇気を振り絞って彼女に歩み寄った。
雪の掻き分ける音が場の静寂を掻き乱す。
それに気づいたのか、少女がちらりと振り返った。
魔理沙だった。難題に取り組んでいるかのように懊悩する横顔だったが、それは魔理沙だった。
彼女はこいしの姿を認めると、再度墓の方に顔を戻した。
こいしは駆け寄りたくなる衝動を堪えて、努めてゆっくりと歩を進める。
あと三歩、というところで。
「なあ、こいし。お前がパルスィに頼んで、あんなことを言わせたのか?」
魔理沙がずけりと聞いてきた。
こいしの胸中に苦悶と困惑が渦巻き、その歩を止めるに至った。
その言葉はまるで『お前は私を裏切ったのか?』と詰問しているようだった。
「っ……ううん」
弱々しく首を振り、こいしは否定した。
すると魔理沙は鷹揚に頷き、安堵したように息を吐いた。
「だろうな。お前は……みんな、優しいから。だから私もつい甘えたくなる」
「魔理沙……?」
「あいつが死んだって聞いて、寝言は寝て言えって思った。どうせ地底に篭ってた私を騙して、慌てふためくのを宴会でネタにしようとしてるんだって考えた。私もそれに乗った振りをして、博麗神社に行ったんだ。そしたら……本当に、動かなくなってた」
その声は乾いていた。
思えば、あの件で魔理沙が泣いているところは見ていない。
彼女は強いから泣かないのか、あるいは隠れて泣いているものだと思っていた。
もしかしたら、今まで泣けなかったのだろうか。
「あいつはまだ四十代だったんだぜ? 信じられるか、寿命だなんて。あいつは病気一つ引いたこともないし、後遺症が残る怪我なんてありえない。あいつは、ようやく後継者が出来て、喜んでて、あいつの人生はこれからで……」
彼女は決して博麗霊夢の名を呼ばなかった。
霊夢、と一度口にしてしまえばその死が確定するとでも思い込んでいるかのように。
「笑ってたんだ。やっと楽ができるって、土産の酒を美味そうに飲んでた。まだまだ現役で、純粋な魔法使いになった私との弾幕ごっこだって、勝率は変わらないほど強かった。お茶と団子の組み合わせは最高ねって毎回嬉しそうに報告してきた。なのに、あいつは……あいつは!」
心情を吐露する魔理沙を前に、こいしは愕然と立ち竦んだ。
彼女が密かに苦しんでいるのは知っていた。心を読める姉からも教えてもらっていた。けれど、まさかここまでとは想像もしていなかった。
彼女の言葉は愚痴ですらない。まさしく吐血だった。
心に負った傷から鮮血が溢れかえり、彼女の口内から止めどなく零れる。
しかも、その吐き出す行為は治療ではなく自傷に近かった。
「分からないんだ……自分の感情が、さっぱり理解できないんだ。かけがえのない友人だった。少なくとも、私はそう思ってた。なのに……全然悲しくない。涙も出てこないし、流してやろうとも思えない。私はこんなに薄情だったのか? もしかして、目の上のたんこぶがいなくなったと喜んでるのか? なんなんだよ、ちくしょう!」
魔理沙は地団駄を踏むように傍らの地面を殴りつけた。
何度も何度も、やがて積もった雪に拳から飛び散った血が染みこむようになってもなお殴った。
「魔理沙!?」
「くそ、くそぉ!」
こいしが咄嗟にその手を掴むが、魔理沙は意に介さず殴り続ける。
彼女の手を自身の胸に仕舞い込むように抱きしめて、ようやく魔理沙は停止した。
息を荒げ、厳しい眼差しは変わらず立ち並んだ墓標たちを睨みつけている。
その先で博麗霊夢が立っているのかのように。
霧雨魔理沙は苦痛に喘いでいた。
胸の奥底に存在する自身の心を掻き毟り、その傷が治癒しないよう自ら傷口を広げている。
口から凄烈に血液を垂れ流しながらも、その行動は去る友人に『いかないで』と駄々をこねる幼子のようで。
それを悟った瞬間、こいしの中である想いが確固たる形になっていくのを自覚した。
(そう、魔理沙を助けてあげたい。力になりたい。一緒に背負ってあげたい――)
胸の奥にあるものを包むように拳を握る。
魔理沙の鬱々とした激情を消してやれるかはわからない。
もしかしたら、この勝手な行動に怒って嫌われるかもしれない。
それでもこいしは、決意した。
今までの躊躇いを、恐怖を、その全てを勇気に変えて。
右手で閉じられた第三の眼をそっと撫で、こみ上がる感情のままに魔理沙を後ろから抱きしめる。
「……こいし?」
「ねえ魔理沙。魔理沙は私のこと、好き?」
吐息が耳をくすぐるほどの近距離から、唐突な質問。
魔理沙は単純に事実を口にした。
「ああ、好きだぜ」
それを聞くと、こいしは本当に嬉しそうな声色で囁いた。
「そう――私も、大好き」
その言葉を皮切りに、こいしの第三の眼が異常な熱を発し始めた。
二人の体はこれ以上になく密着しているため、その異変は魔理沙にも容易に伝わる。
「おい、こいし!? 何やってんだ!?」
「――……」
こいしは答えない。
黙祷するように目を閉じて、全力で『あること』に没頭していた。
魔理沙は彼女のしていることを確認しようと体を捩るが、びくともしない。
仕方なく顔だけを横に向けると、目前に淡い赤光を放つ第三の眼が目に入った。
訝しむように魔理沙がそれに目を凝らした途端、固く閉じられた第三の眼に変化が現れた。
かつて、心を読む少女が絶望して自ら潰した『第三の眼』。
――その瞼がぴくりと痙攣し、
――驚愕する魔理沙の目の前で、
――徐々に開いていった。
蒼穹――。
少女はぼけっと口を半開きにして、無為に上空を眺めていた。
なんてことはない。ただ、空の青さに心を奪われただけだ。
あるいは、正面も後ろも見たくないから、その先に空しかない上を見上げているのかもしれない。
そんな皮肉を思いつき、少女はあまりのくだらなさに小さく笑った。
「魔理沙、どうしたの?」
いきなり声をかけられた。
周囲に誰かいるとは思っていなかった。吃驚しながらも平静を装いつつそちらに目を向ける。
袖も触れるほど近くに、沈んだ表情の古明地こいしが寄り添うように立っていた。
「あ、ああ……なんでもないぜ」
少女――霧雨魔理沙は誤魔化すように笑みを浮かべた。
さりげなく視線を巡らせると、自分は箒に乗っていて、その進路方向には寂れた博麗神社があるようだ。
さらに自分たちのみならず、博麗霊夢と認識のある人妖が揃って博麗神社へ向かっている。その顔は一様に暗く、あるいは涙すら流している者もいた。
魔理沙はこのシチュエーションに合致する事柄を反射的に考え、愕然としながら思い当たった。
擦れた声が耳を打ち、脳内で反響する。
「……もしかして、霊夢の葬式か」
「本当に大丈夫? 辛いなら降りて休んでもいいんだよ?」
「いや、大丈夫だ。急ごう」
こいしの気遣いを柔らかく辞退し、深呼吸をしてから発進した。
心臓が飛び出そうなほどに激しく鼓動する。
魔理沙は自然と暴走しかける呼吸を鎮めるように、遠くに確認できる博麗神社を静かに見据えた。
境内に降り立つと、そこはすでに目頭を押さえる者やすすり泣く声で充満していた。
悪戯好きの三妖精は人目も憚らずに大声で泣きじゃくり、他にも感情に任せて泣き崩れる妖怪も少なからずいる。
そして意外にも、こういった別れに慣れていそうな古参妖怪ですら、嗚咽を洩らさないよう努力しているように見えた。
神社を一望しただけで、今日……正確には昨日この世を去った人物がいかに大きな存在であったかが分かる。
皆は魔理沙の顔を見ると、気まずそうに目をそらした。
おそらく、自分はここにいる誰よりも激しく泣くのだと思われているのだろう。
だが、瞳はこれ以上になく乾ききっていた。
たぶん今日も泣くことはないはずだ。なんせ、霊夢の遺体を見せられた昨日でさえ涙は流れなかったのだから。
「こいし、霊夢に会いに行くがお前はどうする?」
こいしの返事はなかった。
どうしたのかと隣を見てみると、彼女は声を殺して泣いていた。
周囲へと視線を巡らせる。そうしたら、誰も彼もが泣いていた。
この場にいて泣いていないのが自分だけという奇妙な疎外感を覚える。
しかし、そんな考えを振り払うように首を振り、こいしを置いて博麗神社の居住区へと入っていった。
――そこに、博麗霊夢がいるはずだ。
葬式の段取りはいたってシンプルだった。
棺桶の中で眠る霊夢に別れを告げて、おしまい。
持ち時間は一秒から一分の間。誰もが精一杯、充分に時間を使って霊夢にさよならの挨拶をする。
冷たくなった霊夢はそれに何の反応も示さず、それがさらに涙を誘うようだ。
吸血鬼、亡霊、蓬莱人、天人、魔法使い、さとり妖怪、などなど。
魔理沙は彼女たちが涙する場面を珍しいと心のどこかで思いながら、肩を落として去る彼女たちを見送った。
ちなみに、霊夢の魂はすでに三途の川を渡って閻魔の判決を受けたらしい。彼女は迷わず転生の道を選び、静かに礼を言って裁判所を後にしたそうだ。いつものように、マイペースに。
となると、別れの言葉を言える存在はすでにこの空っぽの肉体しかないため、霊夢がいないと知りつつも皆はここに集まってくる。
何の感情も浮かばない。まるで出来のいい映画でも観賞している気分だ。
長い列を作る人妖をぼんやりと眺めていると、傍にいた八雲紫が急に話しかけてきた。
それは独り言のように、薄ぼやけた声色だった。
「霊夢ね、亡くなる直前に『魔理沙はどこかしら』と聞いてきたのよ」
「へぇ。あいつが私を呼ぶなんて珍しいな。スキマでも何でも使えばよかったのに」
皮肉でもなんでもなかったのだが、紫は苦しむように顔を歪めた。
「そうね、そうしていればよかったわ。いないって答えたら『ならいいわ』と返されたものだから」
「しかし、なんだって誰も霊夢が息を引き取る瞬間を見てないんだ? 誰かしらいたんだろ?」
「私がいたし、萃香もいた。でも私たちが揃って席を外している間に、あの子は倒れたのよ」
「持病もなかったし突発的な病気もない。掠り傷ひとつ負っていなかった」
「そうなの。急いで永遠亭の医者に見せたけど、手遅れだった。もしかしたら何らかの病気があったのかもしれないけど、解剖なんてさせたくはなかったから」
紫は扇子を広げ、その美貌を隠した。
一応礼儀に則って視線は向けなかった。
「永琳が嘘をつく理由がない。毒殺したってなら話は別だが」
「それこそ理由がないわ。博麗の巫女を殺せば博麗大結界がこれ以上になく不安定になる」
「でも、霊夢にはもう後継者がいるんだろう? ほら、あのチビ助」
魔理沙は霊夢の棺の横で正座する小さな背中を指差した。
霊夢が十年ほど前に拾ってきた孤児。突然『こいつ、私の跡取りだから』と紹介してきたのだ。
数時間はああやっているのに音を上げないが、苦痛を無視しているのか強情なのか。
血の繋がりはないのに、雰囲気がどことなく霊夢に似ていた。
「今までの復讐で殺したっていう線はないのか?」
「それはまずない。永遠亭の住人が霊夢を恨んでいるなんて話は聞いてないし、何より状況が整いすぎてた」
「状況?」
「博麗大結界の管理が霊夢の手から完全に離れて、その後に霊夢は死んでいる。結界の管理は少しずつ手放させてたから、その状態を完璧に把握していたのは私と藍を除き、霊夢ただ一人。まるで結界が自分の手から離れるのを見計らっての死としか思えない」
「なら、犯人はお前たちか?」
いつもの癖で心にもない軽口を言ってしまった。
案の定、鋭い殺意を宿した目で睨まれる。悪かったと小さく頭を下げると、紫は深い溜め息をついた。
「自然死。だが、霊夢はまだ四十代だったろ」
「霊夢は歴代最強の霊力を身に宿した巫女。その強すぎる霊力が寿命を大幅に費やした、とも考えられるけど確証はないわね」
「なら話は簡単だぜ。あいつは死んでないってことだ」
「え?」
言うやいなや、魔理沙は棺桶の前につかつかと歩いていく。
何事かと怪訝そうな視線に囲まれる中、魔理沙はおもむろに棺の上蓋を取り外した。
「な、なにをしているの!?」
後ろで悲鳴のような声が聞こえた。
しかしその一切を無視して、魔理沙は固くなった霊夢の肩を掴んで力の限り前後に揺さぶった。
「おい、霊夢! お前いつまでこんな芝居を続けてるんだ、さっさと起きろ!」
「やめてください! 死者に触れないでください!」
「はん、ドッキリにかからないから強行する気か? 生憎、魔理沙さんは警戒心で生きてんだ。並大抵のことで驚くかよ!」
「魔理沙ぁ、お願いだから止めてぇ!」
それでも霊夢は目を覚まさない。それどころか、口角が小さく上げているようにも見える。
こうなれば力ずくで、と強烈な平手打ちでもお見舞いしてやろうと手を振り上げたとき。
視界が暗転し、唐突に足場が消えた。
体勢を立て直す猶予もなく、魔理沙は下へ下へ際限なく落ちていった。
気づくと、森の中で倒れていた。
体を起こして周囲の状況を確認すると、こちらを見下ろす形で紫がスキマに座っていた。
その顔に、隠しきれない憤怒の形相を浮かべて。
「死者を冒涜するなんて、何を考えているのかしら?」
魔理沙は鼻で笑って返した。
すると紫は一変して哀れみの表情となり、それこそ狂人でも眺めるかのような目つきになる。
「ああ、霊夢が死んだことで心の安定が崩れたのね。永遠亭で入院することをお勧めするわ」
「あなたは頭の病気ですってか? 霊夢の死んだ振りを丸々信じた馬鹿は言うことが立派でいいね」
「……霧雨魔理沙。あなたには、あれが死んでいないと?」
「……いや、あの体は間違いなく死んでいた」
それについては異論はなかった。
触った瞬間のぞっとする冷たさに、あまりに強張った肉体。これだけなら人形でも再現できる。
だが、かすかに臭った腐敗臭。さすがにそんなものまで生成してドッキリなどやらないだろう。
「じゃあ、何が言いたいの?」
「あれは霊夢じゃなくて別人の死体だ。霊夢によく似た、別の人間だ」
「――くだらない。少しは骨がある人間だと思っていたが、所詮は道具屋の家出娘か」
「普通の魔法使いはとっくに廃業した。今はただの、魔法使いだ!」
心底侮蔑した眼差しを真正面から見据え、箒を取り出して空へ飛び出す。
紫もまた同じ高さまで舞い上がり、背後にスキマを出現させた。――その数、ざっと百は越える。
懐から相棒の八卦炉を取り出して構えた。
純粋な魔法使いとなった今はもう、茸に頼らなくても恋符は自由に撃てるようになっている。
「枚数の提示は必要か? なんなら殺し合いでもかまわないぜ」
「死闘を禁じたのは他ならぬ私と……先代の博麗の巫女よ。私が従わずにして誰が従う」
「――霊夢はもう、過去の人間か」
その言葉が決定的だったのだろう。
紫はそれまで浮かべていた憤怒を完全にかき消し、能面のような『笑み』を顔に貼り付けた。
それと同時に紫の総身から爆発的な妖気が溢れ出す。
肌がひりつく。全身の毛が逆立つ。唇が急速に乾いていく。
彼女の瞳を直視するだけで、心臓がスキマ越しに鷲掴みされたかのような緊張に包まれる。
「はっ、本気ってわけか……!」
魔理沙は唇を舐め上げ、どんな攻撃に対応できるように肩の力を抜いた。
久しく感じる、魂の底から震え上がらせられる死の予感。
魔理沙にはどうしてか――それが、とてつもなく愛おしいものに感じられた。
「一度、生と死の境界を彷徨いなさい。不憫な元人間」
「楽しげだな。妖怪ってのはそうでなくちゃ、退治のし甲斐がないぜ!」
かくして、ただの魔法使いとすきま妖怪は激突した。
結論から言えば、自分は敗北した。
弾幕が駆け抜けたことによる裂傷、様々な物がぶつかったことによる打撲、何度か木に衝突したことによる骨折、紫の式である八雲藍の体当たりによる内臓損傷。全身の怪我は実に多岐にわたった。
人間の時にこれほど苛烈な弾幕を受けたことはない。なので、こちらが妖怪であることを考慮した弾幕なのだろう。
それ以上に、私情が多分に含まれているだろうが。
魔理沙は激痛に呻きながら冷たい地面に身を横たわらせていた。
「あ~、ちくちょう……いってえ」
何とか仰向けに体勢を変え、朦朧とする目で空を見上げる。
いつの間にか、数え切れないほどの星が瞬いていた。
「頭は冷えたかしら?」
幾分柔らかくなった紫の声が、頭上から聞こえてきた。
「冷え冷えで凍りつきそうだぜ」
そう言うと、さもおかしそうに笑う気配が伝わってきた。
苦労して視線を上に持ち上げる。そこには自分と同じように服をボロボロにしながらも、優雅に微笑む紫がいた。
けれど笑顔は長続きせず、すぐに落ち着いたように声が平坦化する。
「どこに行きたい? 魔法の森か、それとも可愛い恋人ちゃんがいる地霊殿?」
「送ってくれるのか?」
「まあ、私も随分発散させてもらったしね。それくらいのお礼はしてあげるわよ」
「……じゃあ、博麗神社で」
すると紫はたちまち険しい表情に移り変わったが――結果的に、その願いは届いたらしい。
再び体を預けていた大地が消失し、無数の瞳に見つめられながら勢いよく降下していく。
その途中で。
「博麗霊夢は死んだわ。悲しい、本当に悲しい現実だけれどね」
扇子に隠された八雲紫の面に、透明な線が入っている……気がした。
煌煌と灯る月の光を、薄汚れた石畳が淡く反射する。
ここ一週間は雨も降っていないのに、境内は異様なほどに水気を帯びていた。
時折乾いた風がその水分を存分に攫っていくも、それでも粘っこさすら感じられる空気は消えることがない。
まるで、この博麗神社そのものが涙しているかのようだった。
住人が一人減り、否応なく静けさの増した縁側。
その空間がいきなりぱっくりと割れ、そこから黒白いものが落ちてきた。
それは地面に体を強か打ちつけ、やがて痛みに耐えかねたように転げまわる。
「いっっっって~~~~! あのスキマババァ、なんつぅ乱暴な……!」
そう言って魔理沙がスキマを睨みつけると、スキマはまるで笑うかのように半月型になり――消えていった。
魔理沙は傷だらけの体をおして縁側に辿り着き、ごろんと横になった。
ここでこうやって寝転がるのは慣れたものだった。遊びに来て日向ぼっこをしているうちに、弾幕ごっこの手当てを手伝ってもらっている間に、霊夢と共にお茶を飲んでいて眠気が差した時に。
ほんの数週間前のことだ。だというのに、いやになるほど懐かしい。
「霊夢は、本当にいないのか……?」
仮に、今すぐ林の中から知人たちが満面の笑みで出てきて『実はドッキリでした!』と言ったなら、魔理沙は臆面もなく喜んで笑われるだろう。
しかし、そんな気配は一切なく、寂れた神社は静寂に包まれている。
魔理沙が溜め息を洩らして林に背を向けるように体勢を変えると……細やかな足が目に入った。
途端、体中の痛みも吹き飛び、体を起こして叫んだ。
「霊夢!?」
「たしかに私は霊夢ですけど、あなたは先代のことを言っているのでしょう?」
「……なんだ、チビ助か」
冷やかな声。何の感情も見えない瞳。
昨日、正式な博麗の巫女となった『博麗霊夢』である。
この小さな巫女は孤児の時に霊夢によって別の名をつけられていたが、就任した際にそれを捨てて『博麗霊夢』を受け継ぐことになったのだ。
それは他の誰でもない、目の前の少女の意思である。
小さな巫女は寝間着姿だった。大方、泥棒か何かと思って飛んできたのだろう。
見知った顔で安心しているかと思いきや、眉根に皺を寄せてとても十代には見えないほど剣呑な顔つきをしている。
「チビ助はやめてもらいたいと何度もお願いしたはずですが」
「そりゃあ仕方ない。チビなんだからな」
「あと数年もすれば、時間の止まった魔女なんてすぐに追い越しますよ」
「じゃあ、あと数年はチビ助と呼ばせてもらおう」
小さな巫女は深々と息を吐いて、台所の方へ歩き去っていった。
再び寝床に入るものだと思ったが、十分ほどして湯飲みを二つ持ってきて魔理沙の隣に腰を下ろした。
無言で差し出されたそれを受け取ると、中は湯気が立つほどに熱々のお茶だった。
特に礼を言うわけでもなく湯飲みに口を付ける。熱湯が傷に染みたが、堪えて飲んだ。
霊夢の頃とは違い、しっかりと味のついた緑茶だった。
「なんだ、博麗神社は色と味のあるお茶が出せるんだな」
「先代の遺品を整理していたら見つけたので、出してみました。高級品らしいですよ」
淡々とした口調だった。
朝の非礼に怒っている様子もないし、まったくもっていつも通りの対応である。
それどころか、こちらの外見を一瞥して失礼なことを言い放った。
「汚い格好ですが、どこぞの妖精にでも苛められましたか。手当ての必要性は?」
「ないぜ。苛められてもいない。若輩ながら一応は妖怪だからな。寝てりゃ治るさ」
「そうですか。なら治る前に泥だらけになった縁側を掃除してってくださいね」
この言葉遣いは、間違いなく親から受け継いだものだ。
少し癪に障ったので、言葉に毒を含めてやった。
「お前こそ、霊夢の遺品整理とは素早い対応だな。まるで霊夢が死ぬって分かってたみたいだ」
「そうですね。あの人は何も言いませんでしたけど、なんとなく分かってました」
「……どういうことだ」
「一週間ほど前から急に忙しくなったんです。弾幕ごっこの指南、お札の作成方法、今後必要になるであろう物の置き場など、色々と口うるさく教えてくれました。あの、幻想郷一面倒くさがりでぐーたらな、あの人が」
そこで初めて、小さな巫女は小さく口元を綻ばせた。
彼女は、決して博麗霊夢を母と呼ばない。それは生前の霊夢が「私はあんたの母親じゃないから」と固く禁じたからだ。なので、霊夢本人には『霊夢さん』と、それ以外の人には『あの人』と呼んでいた。
おそらく、前者はもう二度と使われないだろう。
「あの霊夢が、かぁ。そりゃあおかしいな。異変レベルだぜ」
「だから薄々感じてました。いっそのこと、妖怪の賢者に相談することも考えましたが」
「じゃあお前さんは、霊夢が他殺や自殺ではなく自然死だと思ってるのか」
「理由は分かりません。ただあの人を顧みるに、それ以外の事実はありえない。あの人は最強でしたから」
心なしか、小さな巫女は誇らしげに胸を張った。
博麗霊夢は自殺するほど軟弱な人間ではなく、他殺されるほど脆弱な人物ではない。ならば、彼女は己の寿命に従って死んだのだ。
それを、たった一言で言い表していた。
しかも驚いたことに、自分も彼女とまったく同じ見解だった。
「だよな。霊夢は強かった。どんな異変も、どんなに強い奴も最後には必ずぶっ飛ばしてたしな」
「次々と現れる強大な妖怪も、遠慮なく容赦なく叩き潰して仲良くなる。私にはとてもできそうにないですね」
「お前は大根みたいに頭が固いからな。反面、あいつはコンニャクみたいに不確かなものだったが」
「褒められたと思っておきますよ。大根の方が好みなんで」
魔理沙と巫女は、まったく同時に噴き出した。
他の誰もいない縁側で、軽やかに上がる二種類の笑い声が響いた。
そしてひとしきり笑い終えると、彼女は鋭い瞳を向けてきた。
「一つ聞かせてください。あなたは、先代が死んで悲しくないんですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「これは勘ですが、あなたはこの件でほとんど泣いていないと思います」
「……博麗の巫女の勘も受け継がれたのか」
彼女の指摘は正しかった。
霊夢が死んだと判明した昨日、そして今日。魔理沙は一度も涙を流していない。
魔理沙自身、首を傾げるほど目が乾いているのだ。
それを誤魔化すように、魔理沙はお茶を啜った。
「お前だって葬儀中は泣かなかったじゃないか」
「私は昨夜散々泣きました。泣いて泣いて、布団を一式駄目にしました。でも、あなたは?」
真摯な瞳が、魔理沙の心を覗くかのように向けられた。
どくん、と心臓が一度だけ跳ねた。
「悲しい……はずなんだけどな。どうも、霊夢が死んだって気がしないんだ」
「あれだけ決定的な証拠を見せられても、ですか?」
霊夢の遺体。そして、霊夢の魂が閻魔の裁きを受けたという言。
これらはもはや疑いようの無い証拠だ。冷静になった魔理沙には、それが容易に飲み込めた。
だが、瞳はいつまで経っても水分をもたらさない。
悲しいという感情でさえ、今の自分には遠い他人事のように思えるのだ。
――あるいは、自分は博麗霊夢の死を悲しんでいないのかもしれない。
「悲しんでいないはずがない。だって、ずっと憧れていた存在だったんだから」
巫女が黄泉へ旅立った今でさえ、彼女は巫女の背中を見続けている。
それは、傍にいた自分が最も知っていることだ。
「……特に、あなたは先代との幼馴染と聞きました。それも致し方ないことかもしれませんね」
「あなたが教えてくれた。異変を解決するのは霊夢を意識してたから。悠々と空を飛ぶ彼女に、並び立ちたかったから」
悲しくないというのは嘘だ。彼女は無意識のうちに、自分の心すら偽っている。
悲しみを感じないのは、それが途方もなく大きすぎるから。大きすぎて、それが何なのか理解できなかったから。
「相変わらず、人の好意を受け取れない人ですね。いえ、妖怪ですか」
「悲しすぎて、それをどう表現すればいいか分からなかったんだよ。――ねえ、魔理沙」
魔理沙、と呟いた途端。
神社の縁側が、小さな巫女が、霧雨魔理沙の視界が、鉄球を叩きつけられた鏡のようにひび割れ、
そして崩壊した。
少女は、何もない暗闇の中を一人立ちすくんでいた。
訪問していた博麗神社は霞のように消え去り、今はその名残さえも見出せない。
完全なる闇の中、完璧な無音。だが、少女の心にある感情は恐怖ではなく、悲しみだった。
「……そう。魔理沙は、自分が悲しんでいることすら分からなかった」
両の瞳を閉じ、反芻するように今までの記憶を繰り返し思い出す。
その全てを心に刻みつけ、たとえ永劫の時を経ようとも忘却することのないように。
そんな少女の左肩には、ぎろりと開かれた第三の眼があった。
少女――古明地こいしは、霧雨魔理沙の記憶を追体験していた。
本来さとり妖怪の持つ読心とは、今回のように他者の記憶を丸々抜き出せるほどの力はない。
というより、そもそも普通のさとり妖怪はそんなことをしないのだ。
さとりならば読み取った情報を言語化する。それも、あくまで表層心理の部分のみである。
しかし実に数百年ぶりの読心を試みたこいしは、表層深層関係なく『霧雨魔理沙の心』そのものを読み取ったのだ。
心とは常に変化するものであり、それは本人が体験した過去、つまりは記憶に強く影響される。
つまり、こいしは霧雨魔理沙の心に一番色濃く残っている一ヶ月前のあの日を、自分の心に投影していた。
こいしはそんな小難しい理屈を直感的に理解する。
つい先ほどまで『霧雨魔理沙』だったこいしは、魔理沙の心情を完全な形で己が内に得たのだ。
だがそのことにより、こいしは今の今まで自分が『古明地こいし』であることを忘れていた。
それを思い出させてくれたのは――。
「声が、聞こえる」
そう呟いて、正面を凛と見据える。
すると、天地を覆っていた闇が真っ二つに引き裂かれ、その間から輝かしい光の道が現れた。
眩しさなど感じない。これはどんなに強くともこいしを苦しめることはない、星の光だから。
こいしは迷うことなく前に踏み出し、その光の道を力強く駆け上がる。
確信がある。この先に彼女が待っていると。きっと彼女は、帰ってきた自分を優しく抱擁してくれると。
そして、視界が一瞬にして純白に染め上がり――。
「――こいし! おい、眼を開けろって!」
気がつくと、大粒の涙を零す魔理沙の顔が目の前にあった。
彼女がこれほどに泣きじゃくる姿は初めてだ。それも、心底悲しそうに涙を流している。
だが、その涙を止めようとは思わなかった。悲しいのならば、泣けばいいのだから。
こいしはゆっくりと魔理沙の頬を伝い落ちる透明の雫に手を伸ばした。
「……魔理沙、泣いてる」
すると魔理沙は口角を無理やり上げたかのような、ひどく歪な笑みを浮かべた。
「そりゃあ、涙も流れるさ。お前だって泣いてるじゃないか」
指摘されて、ようやく自分の眼から止めどなく流れる涙の存在に気づいた。
ぽたりぽたり、と熱を帯びた水滴が下の積雪に落ちていく。
魔理沙に抱きしめられていた。彼女の右腕に背中を支えられ、左手で気遣うように頬を撫でられている。
上空からは未だに雪が降り続いているが、寒さはまったく感じなかった。
「魔理沙はね、悲しんでるんだよ」
「恋人に突然倒れられたら、泣くに決まってるぜ」
すん、と同時に鼻を鳴らす。
それだけで、心が通じ合った気がした。
「ううん、違う。魔理沙は霊夢が死んだのが悲しいから、泣いてるんだよ」
「こいし、お前何を言って……」
「魔理沙の心に、大きな霊夢がいたの。空みたいに広くて大きい、霊夢が。それが無くなって、ぽっかり空いたところに色んなものが流れ込んでた。でも、それは本当は一つだったの。悲しいってこと。私が流してる涙は、今まで泣けなかった魔理沙の分だよ」
魔理沙は驚愕に目を見開いた。
自分を見つめるこいしの瞳に、有無を言わさない共感が滲み出ていたからだ。
否、それは共有だった。
かつて魔理沙が体験したものをまったく同じように、こいしもまた体験してきたかのようだった。
その瞳は半端な強がりの殻を容易に剥ぎ取り、魔理沙の傷ついた心を露わにしていく。
いつしか、自分の目から新たな涙が溢れ出てきた。
先ほどの涙は、こいしとも別れるのではないかという恐怖の涙。
しかし、たった今流れ始めた涙は、自身の感情を昇華するための涙だった。
徐々に震えだす声もそのままに、魔理沙は目の前の少女に問いかけた。
「あ、あのさ」
「うん」
「霊夢、死んじゃったんだよな」
「うん」
「もう、いないんだよな」
「うん」
「私、悲しいんだ、よな」
「うん」
「じゃあ……もう、泣いていいんだ、よな?」
彼女はとっくに涙を流していた。
けれど、今度はかけがえのない友人を失ったことを認める、別れの涙。
それは一ヶ月前、彼女がどうしても流せなかった、大切な涙。
こいしは、両手を大きく広げて魔理沙を招いた。
自分も涙を流しながら、彼女と共に未来へ進むために。
「――うん。一緒に」
魔理沙は泣いた。こいしも泣いた。
二人してむせび泣いた。天まで届けと言わんばかりに、とにかく泣いた。
恥も外聞もなく、泣いた。
そしてようやく、溜まっていた感情は雪が解けるように流れ去っていった――。
雪が降っていた。
黒と白銀の入り混じった独特の雪景色が、薄暗い地底を鮮やかに覆い隠している。
焦げ付いた銀色の空から、モノクロの結晶が舞い降りる。
そんな光景を、少女は眺めていた。
爛々と輝く瞳は軽やかに落下していく雪の粒を追い、視界から消えたら再び視線を上に戻す。
その行為を、飽きもせずに繰り返していた。ただひたすら、祈るかのように。
やがて、そんな彼女に近づく人物が現れた。
黒白の三角帽子に、白いエプロンドレスを身に着けた少女。
霧雨魔理沙である。
彼女は雪に見惚れる少女の背後に忍び寄るように、足音を立てずに歩いている。
そして、その手が少女の肩に触れようとしたとき。
「魔理沙、ずいぶん遅かったね」
少女が、唐突に言葉を発した。
魔理沙はばつが悪そうに両手を挙げ、謝るように手を合わせた。
「悪い悪い、ちょっと探し物に時間を食ってな」
すると、少女はむくれたように頬を膨らまし、振り返って魔理沙を鋭い視線で射抜いた。
「嘘つき。お姉ちゃんと楽しくおしゃべりしてたんでしょ。この浮気者」
そう抗議する少女――古明地こいしの左肩には、瞼を開いた第三の眼があった。
今日は、地上で開催される大宴会の日。
開催場所は守矢神社。開催日時は夕刻より。開催者は守矢の神が一柱、東風谷早苗である。
その招待状は天界より地底まで、まんべんなく早苗の知人へと送られている。
当然魔理沙とこいしのところにも届いており、二人はこれより守矢神社へ向かおうとしていた。
地上も地底と同じく雪が降っているらしく、両者はしっかりと防寒着を着込んでいる。
そんな二人、というよりこいしを心配する人物。
こいしの姉である古明地さとりは、慌てたようにこいしの外観をチェックしていた。
「ハンカチは持った? ティッシュは? 手袋は忘れてないわよね、マフラーも問題ない……ああ、心配よ心配! こいし、やっぱり私と一緒に行きましょう!」
そんな姉を、こいしは苦笑しながら抑える。
「大丈夫だってお姉ちゃん。友達だっているし、それにほら! 魔理沙もいるんだから」
「ああああ、心配よ心配……。苛められないかしら暴力振るわれないかしら泣かされないかしら」
「おいおい、信用無いなぁ。万が一そんなことする奴が居たらぶちのめしてやるぜ」
「だってだってだって~、第三の眼が開いてから初めての地上じゃない。心配で心配で心配で……」
おろおろと無為に体を揺り動かすさとりを、こいしたちは困ったように見つめた。
――三日前のあの時から、こいしの第三の眼はずっと開いている。
ひとしきり泣いて地霊殿に帰った後。玄関で迎えてくれたさとりは、こいしの第三の眼を見て卒倒した。
「こここここいしの眼がひひひひ開いて~~~~……むきゅあ」
直立不動で倒れたさとりは、そのまま二時間ほど意識を失っていた。
そして目覚めた時、看病していたこいしの顔を見て、さとりは再び卒倒した。
それからは、さとりはこいしを過剰に心配する姉へと変貌したのだ。
それも仕方ないことだとこいしは思っているが。
「ああもう、何でこんな時まで仕事があるのよ! 書類を確認するだけの簡単な仕事ですって!? ふざけんな、あのチビ閻魔め!」
「……閻魔が聞いてたら殺されかねない発言だな」
「お姉ちゃん、口調が崩れてるよ。お願いだから人前ではやめてね?」
本気で嫌なので心を込めてお願いすると、さとりは荒げた息を整えて魔理沙を見やり。
ぺこり、と頭を下げた。
「魔理沙さん。こいしをどうか、お願いします。必ずあとで追いつきますので」
そう言って、姉は魂も抜け出しそうな溜め息をつきながらこの場を去った。
こいしは魔理沙と共にそれを見送り、やがて顔を合わせて頷いた。
「それじゃ、行くか」
「うん。行こう、魔理沙」
魔理沙から素手が差し出される。
こいしはそれを手に取り、玄関の扉を開け放った。
薄らいだ雪の中、こいしは魔理沙の箒に便乗しながらその背中にしがみついていた。
緩やかに流れていく地底の風景は、雪に包まれていることで未だに活気が戻っていないようにも思える。
だが、永劫降り続く雪は存在しないように、永劫活気の戻らない旧都など絶対にありえない。
そのことを固く信じているこいしは、旧都も冬眠しているだけだと疑わなかった。
一方、箒を走らせる魔理沙はずいぶんと緊張しているようだった。
なにぶん一ヶ月ぶりの地上だ。生まれ故郷とはいえ、しばらく地底に篭っていたので不安が強いらしい。
『眼』を開いているこいしには、そのことが伝わっていた。
「魔理沙、大丈夫?」
「……おう。怖いっちゃ怖いが、一人じゃない分気が楽だぜ」
素直に心境を口にする魔理沙。
これもまたあの日から変化したことだと、こいしは嬉しくなった。
意地っ張りで素直じゃない魔理沙は、あの日以来少しずつだが心の声を言葉にするようになっていた。
今までは不安を感じても臆面に出さず、自分ひとりの力で何とかしようと躍起になっていた。
しかし彼女は、不安を言葉にしてこいしに伝えることが多くなっていた。
まあ、単純に心を読まれるから偽れなくなっただけかもしれないが。
こいしとしては、魔理沙が寄りかかってくれている気がして満更でもなかったりする。
旧都の街道に立ち並ぶ篝火に沿って、こいしたちは飛ぶ。
そして地底と地上を結ぶ橋が遠くに見えてきたとき、魔理沙が急に減速をした。
こいしは首をかしげ、前方の魔理沙を覗き込んだ。
「魔理沙ー? どうかした?」
「……いや、橋を見て思い出した。こいしに聞きたいことがあるんだ」
「うん、なに?」
「あのな、その、えーと」
魔理沙は何かを言いたそうに口を動かすが、それは何の意味も無い言葉の羅列になる。
咄嗟に心を読もうと、第三の眼が魔理沙の背中を睨みつけるが、こいしはそれを手で制した。
――彼女は、大切なことを必死に言おうとしている。
それを読心で先読みするのは趣に欠けるだろうと考えたのだ。
「む、むぐぐ……」
亀の如き速さの中、時間だけが黙々と流れる。
こいしは魔理沙の背中に頬を寄せながら、静かにその時を待った。
そして。
「こ、こいし!」
「なあに?」
「あのさ、変なこと聞くけど……私のこと、嫌ったりしてないか?」
こいしは自分の耳を疑った。
ずいぶん悩むものだから、てっきりプロポーズとかそういった類のことかと思いきや、よもやの嫌ってないか発言。
さすがのこいしも、その発言にむっときて言い返した。
「何よそれ。まさか、他に好きな人でもできたの?」
その剣呑な声色に気づいたのか、魔理沙が慌てて否定する。
「いや、そういうことじゃないんだ! ……実はさ、ここ一ヶ月で」
「ふんふん」
「ずいぶん情けない姿を見せてたみたいだし……その、幻滅されてないかなと不安になって」
「……はあ。魔理沙にしては本当にくだらないこと、聞くのね」
あからさまに落胆してみる。
すると、魔理沙はいつになく肩を落として落ち込んでいた。
……本当にくだらない。さすがに勘違いされたままではよろしくないので、フォローしておこう。
その背中にぴったりとくっつき、耳元で呟く。
「魔理沙。魔理沙は、私のこと嫌いになってない?」
「な、なってない! 絶対にならないから!」
「だって、私の第三の眼、開いちゃったじゃない。これからはずっと心を読まれるんだよ?」
魔理沙は、むぅ、と唸って考え出した。
その沈黙に少しだけ不安になってその心を覗き込むと、彼女はありとあらゆる状況で心を読まれた場合をシミュレートしていた。中には、こちらが赤くなるほどに際どい状況すらも真面目に思考している。
やがて、至極真剣に結論を出した。
「こいしなら大丈夫だろ。これからもやっていけるさ」
「そ、そう。ありがと……」
思いの外照れてしまい、声が尻すぼみになっていく。
それでも、伝えたいことは伝えなければならない。
「だ、だから、私が魔理沙を嫌うこともありえないから! そこは信用して!」
「――信用した。すまなかったな、くだらないこと聞いて」
そう言うと、魔理沙は徐々に速度を上げ始めた。
地底を一気に駆け抜けるのだ。そういう意志が、彼女から強く伝わってきた。
刹那、眼下にある橋が目に映った。
あそこにはあの人物がいるはずだ。あるいは一足先に宴会場へ行っているかもしれないが、彼女の性格上それは考えにくい。
ならば――ここで、先日の仕返しをさせてもらおう。
「ねえねえ、魔理沙。ちょっとこっち向いて」
「あー? どうした、こい……」
こいしは振り向いている最中の魔理沙の頭に手を添え、力ずくでこちらに引き寄せる。
さらに顎を軽く持ち上げながら、ぺろりと素早く自分の唇を潤して。
「む、むぐぅ……!?」
「ん~~~~」
濃厚に、唇を合わせた。
突然のことに目を白黒させる魔理沙を余所に、こいしはひたすら彼女の口を貪り続ける。
舌も使われた情熱的なキスは、実に三分以上も行われ。
こいしが艶かしい吐息を吐きながら離れると、魔理沙の頬はものの見事に上気していた。
「ここここ、こいし? いきなり、いったい……」
「お世話になったから、これくらいは見せ付けてあげないとね」
誰に? と真っ赤な顔で聞いてくる魔理沙を急かし、地上に繋がる洞穴に入る。
そして、背後から強い視線と思念を感じ取って。
「……あなたたち、本当に妬ましいわ」
こいしは、その目論見が見事に成功したことを――愛しい人の背中で覚った。
いいラブラブでした!
こうも見せ付けられちゃ、もうそれしか出てこないっすよ。
素敵なこいマリでした。
橋姫マジイケメン。
それぞれのキャラがらしくて良かったです。
わたしは…今、モーレツに感動している!!
何かもう「自己解釈」とか「原作云々」というディメンションを遥かに超えたプリズム的超高速感動空間をスク水的な何かで漂っている!!
分かったのだ!!
これが!いや、この物語様があたし個人の琴線的な何かちぎれてはならないアレな何かをスプライトしたと言うことを!!
最高だぁぁぁああああ!!
こいマリだけでも素晴らしいのに霊夢を絡めてのこの演出
もうそれしか言えない
私の中で「こいマリ良いね」とかそんな安っぽい単語じゃ片づけられないくらい。
でも自分の足りないボキャブラリではすごく良い作品でしたとしか言えない……悲しい。
久しぶりにSSの世界観に浸らせていただきました。
あなたの描くラブに至るまでの極上の、こいマリ……期待してます。
魔理沙とこいしについては、ちょっと私の持つ言葉では言い表せません。
素敵でした