紅魔舘での食事は大きく2種類に分けることができる。おっと、ここで言う食事とはメイド達が食べるものではなく、お嬢様や妹様、パチュリー様等、言わば紅魔館のトップの人たちが食べるものについてということである。お三方に、小悪魔さん、咲夜さん、そして私こと紅美鈴を含めた6人がそれにあたる。もちろんいつも一緒に食べるわけではなく、私は門番隊のみんなと一緒に食べることが多いし、パチュリー様や小悪魔さんなんかも、食事は別に摂ることが多い。ただ、今日は珍しくこの6人が勢ぞろいすることとなった。それというのも、お嬢様のこんな発言があったからである。
「ねぇ、咲夜」
「なんでしょうか?」
「たまには洋食以外のものが食べたいわね」
「なるほど、それでしたら和食でもお作り致しますか?」
「いや、中華がいいな」
「それでしたら、美鈴に作らせましょう。中華に関してなら、腕は確かです」
とまぁ、こんな流れだったと咲夜さんに聞かされた。そう、紅魔館の2種類の料理とは洋食と中華である。紅魔館には洋食派が多い上に、咲夜さんも洋食が得意なので、基本的に食事は洋食に偏っている。別に咲夜さんが中華を作れないわけではないのだが、一度私が披露した時に、何故かみんなからの評価が高かったことから、私が中華担当みたいな形になってしまったのだ。ともあれ、私も料理は好きなので、喜んでお受けしている。まぁ万が一失敗すると咲夜さんから千本ナイフの刑を受けるので、実はちょっとだけ怯えていたりもする。
そういう事情で、私はキッチンで中華料理に勤しんでいるわけである。
「め~いりん♪」
「わわっ!?」
フライパンを握っているところを突然後ろから抱きつかれて、声をあげてしまった。こんなことをするのは……
「もう、妹様、危ないですよ」
私が振り向いて注意すると、そこには舌をちょこっと出して「えへへ、ごめんね?」とかわいらしく謝る妹様の姿があった。
「何を作ってるの?」
「中華料理ですよ、お嬢様からご命令がありまして」
「お姉様が?あっ!じゃあ今日は美鈴も一緒に食べるの!?」
「ええ、久しぶりにみなさんと一緒に食べようと思います」
「やったー!!」
嬉しそうに笑うと、またぎゅっと私に抱きついてくる。そんな妹様を見ると、なんとなく私も嬉しくなってしまうから不思議なものだ。
「あ、それはそうと美鈴」
「なんですか?」
「妹様って呼んじゃダメって言ったでしょ、ちゃんと名前で呼んでよ」
「あ……えっと、フラン様?」
「うん!」
私がそう呼んだだけで、夏の向日葵のような笑顔になる。そこにいるのは本当に普通の女の子のようで、吸血鬼であることや、時折見せる狂気などを忘れさせてしまうようでもあった。
「私も何か手伝おうか?」
「いいえ、私に任せて、フラン様はお席にいてください」
「むぅ……まぁ美鈴がそう言うならそうしようかな」
少し不満げに口を尖らせる姿もどこか可愛らしかった。とは言え、フラン様に料理をさせると、お嬢様や咲夜さんに怒られてしまうし、おまけに料理経験もゼロに近いので、正直色々とまずいことになってしまうから、手伝わせるわけにはいかない。
「あ、お姉様。どうしたの?」
「……いいえ、なんでもないわよ」
再び料理に取り掛かろうとしたところで、フラン様とお嬢様の声が聞こえた。見れば、お嬢様はキッチンから出ようとしたフラン様と鉢合わせしたらしい。
(私に話でもあったのかな?)
ふと、お嬢様が一瞬こちらを見たが、私と目が合うとすぐに逸らしてしまった。
どこかお嬢様らしくないその仕草を私は不思議に思ったが、考えても仕方が無いことなので、料理に集中することにした。
料理は概ね好評だったらしく、私は特にお咎めを受けずに済んだ。というよりも咲夜さんやパチュリー様からはお褒めの言葉を頂いたくらいだ。妹様も食事の間はずっと楽しそうにしていたし、小悪魔さんも美味しかったですと言ってくれた。しかし、何故かお嬢様はほとんど口を開かなかった。料理が口に合わないのかとも思ったが、完食はしてくれていたし、そもそもまずかったなら、お咎めなしで済むわけがないのだ。何か変だとは思いつつも、直接聞くことも出来ず、私は部屋に戻り悩みを抱えたまま眠りへと落ちていった。
初めて紅魔館に来て、お嬢様と出会ったのはずいぶん前のことになる。その頃の私は、強さを追い求める武芸者であった。強さというのは実感しづらいものである。だから昔の私は、強い存在を倒すことで、自身の強さを証明できると考えていた。
そして私は吸血鬼、つまりお嬢様に目を付けた。そう、私はお嬢様を倒すために紅魔館にやってきたのだ。はっきり言ってお嬢様は強い。運命を操る程度の能力を使わなくとも、圧倒的な力、そして速さ、吸血鬼の特性をあわせれば、それだけでもう幻想郷でも指折りの強さと言える。それは今も昔も変わっていない。それでも私は闘った。何日も闘う中で、吸血鬼の弱点とも言えるものを理解した。日光である。明らかに日中よりも夜の方が動きが良い。というより、明らかに日光を避けて闘おうとするのだ、あるいはその弱点を突けば、とも思ったが、それでは強さの証明にはならない気がして、自ら日陰で闘うことを望んだ。そうやって何日も闘って、そして……
陽の光を体中に感じる。夏のこの時期には熱いくらいだ。というか熱すぎる。なんだろう、まるで直射日光に晒されているかのような……
「んぅ……あれ……私なんでこんなところでってええ!?なに!?ここどこ!?」
眠りから覚めた私は、辺りを見回して驚愕した。まず、外で寝ていた。それも石畳の上である。体があちこち痛いのはそのせいだろう。しかも日光ががっつり私を照らしていた。って熱いよ!なんなのこれ!?新しい修行か何かなの!?そんなの試した覚えないよ!!
混乱する頭を整理しようと必死になっていると、視界に見覚えのある建物が入ってきた。神社である。もしかしてここは
「博麗神社……?」
それがわかったところで、私の疑問は何も解決しなかった。
「ああ、起きたんだ」
不意に後ろから声がして振り返る。箒を胸の前で持ち、巫女姿をした少女、博麗霊夢が立っていた。
「あ、霊夢さん、えっと、これはどういうことですか?」
博麗神社の管理者である霊夢さんなら、私がこんなところで寝ているという異常事態について何か知っているかも知れない。そんな期待をしてみたのだが
「いやまぁ私も良くわかんないんだけどね。とりあえずあんたは寝てたから放置した」
「なぜ!?起こそうよ!そこは頑張って起こそうよ!」
「ゴメンネゴメンネー」
「あんた謝る気ゼロだろ!?」
「いやいや悪いと思ってるわよ、だからとりあえずお賽銭ちょうだい」
「会話の流れが意味わかんないんですけど!?どんだけお賽銭欲しいんだよ!?」
「寝る場所提供したんだから、代金寄越しなさいよ」
「それは本気で言ってるの!?」
「もう何でも良いから金よこせや」
「カツアゲ!!博麗の巫女がカツアゲしちゃってるよ!!」
というかどれだけ要求されても、私は一銭も持っていないのだ。霊夢さんは、私に興味がなくなったのか、さっさと神社の方に歩いていってしまう。っていやいや、ぼーっとしてる場合じゃない。私もすぐにその後を追った。
汚いから縁側で待ってろ、とあまりにもひどいことを言われたが、逆らうことも出来ず、私は腰を降ろした。
「ほら、これ」
霊夢さんは私に向かって封筒のようなものを差し出してくる。それを受け取ってみると、美鈴へ、と書かれていた。封を開けると、中には一枚の紙が入っていた。折りたたまれたそれを開いてみると
『クビ』
とだけ書かれていた。
「……えっ?」
わざわざ封筒まで用意して中身これだけかよ!?とかツッコミどころはたくさんあるのだが、その言葉の意味を考えると、咄嗟に言葉が出てこなかった。たぶんこれ、咲夜さんの字だ。状況は未だにわからないが、どう考えてもこれは紅魔館をクビってことだ。霊夢さんが「じゃーん、ドッキリでしたー」とかやるキャラじゃないことはわかっているので、これはつまりマジでクビってことだ。
「な、なんで?どうなってるの?」
「今朝咲夜が来てね、あんたを置いていくから、起きたら渡してくれって言われたのよ」
「そんな!急にクビなんて言われても困りますよ!!」
「私に言わないでよ……というか、そういうことなのね」
霊夢さんはクビのことまでは知らなかったらしく、少し神妙な顔を見せた。
「そう言えば、もう紅魔館には近づかないように伝えてくれって言われたっけ」
「そんな!荷物だっていっぱいあるのに!」
「だから私に言わないでってば……」
彼女の言うことも尤もなのだが、あまりに混乱していてうまく考えられない。どうして急にクビに?しかも近づくなってどういうこと?
ふと、私の脳裏に昨日の出来事が蘇る。料理を作ったこと、そしてお嬢様の妙な態度、まさかあれがフラグだったとでも……?
「今、お茶入れてあげるから、ちょっと待ってなさいよ」
「……はい」
霊夢さんの声は、ほとんど聞こえていなかった。
二人で縁側に座り、お茶を飲む。これだけなら、平和そのものなのだが、私の心の中はそれとかけ離れた状態である。
「つまり、料理のせいでクビになったってこと?」
「と言うよりも、それが決め手になったんだと思います……」
お嬢様は料理を食べる前から妙な雰囲気だった。いや、そもそも中華を所望したのも、私の最後のテストか何かだったのかもしれない。つまり、クビにするかどうかの境界にいた私が、あの料理で完全にクビになった、ということだと思う。
「ふぅん……なんかレミリアらしくないやり方な気もするけど」
「そう、ですね……あるいは咲夜さんの提案なのかもしれません」
そう考えると全てに納得がいく気がする。あまりに急すぎる通告ではあるが。
「まぁ、あれね。あんまり気を落とさないことよ」
意外な慰めの言葉に私は驚いた。霊夢さんがそんなことを言うなんて……
「あんたにもいいとこいっぱいあるわよ。たとえば……えっと……うん」
いいとこ見つかんないのかよ!せっかくの良い台詞が台無しだよ!
「と、とにかく元気出しなさいよ中国さん!」
「中国じゃねぇよ!ってかこの雰囲気で名前ネタ使うなよ!?」
「えっ!本名じゃないの!?」
「どう考えても違うでしょ!?」
「いや、みんなそう呼んでるから、あぁ、あだ名なのね」
「あだ名でもないっ……こともないのか」
「まぁ本名とか興味ないから中国でいいわ」
「よくねぇよ!そしてあんたはもうちょっと他人に興味持てよ!」
思わずリアルなダメ出しまでしてしまう。はぁ、こんなことしてる場合じゃないのに。
私はまだ熱いお茶をぐっと一気に飲み干すと、そのまま勢いよく立ち上がった。うん、気を強く持とう。それが私の能力でもあるんだし。
「あら、もう行くの?」
「はい、お嬢様や咲夜に事情を聞かないといけませんから」
そうとも、くよくよして大人しく引き下がるなんて私らしくないじゃないか。こうなったら力づくでもクビを撤回させてやる……のは無理かもしれないけど、理由くらいは聞かないと納得できない。
「お茶ありがとうございました、あと話し相手になってもらえて助かりました」
妙なテンションの会話も、きっと私のことを考えてくれたのだろう。
「別に、暇だったから相手しただけよ」
そう言ってお茶を飲む霊夢さんの頬が赤いのは、きっとお茶の熱さのせいではないだろう。
さようなら、ありがとう。心の中でそう呟いて私は空へと飛び立った。
「中国ー、お礼のお賽銭なら歓迎するからねー」
色々と台無しにするのが得意な巫女だった。
かつてお嬢様と闘った時は、私が敗北した。お嬢様の槍が私の右肩から胸の辺りに見事に突き刺さったのを覚えている。先端は貫通していて、もはや戦い続けることはできそうになかった。ただ、言い訳をさせてもらえるなら、あの槍は避けられないこともなかった。いや、いずれ負ける闘いではあったのだが、あの場面の私は槍を避けるくらいの力は残っていた。ただ、予想外の出来事が起きたのだ。紅魔館の近く、林のような場所で闘っていた私の目に飛び込んできた光景。女の子がいたのだ。しかも、槍を構えたお嬢様、私、女の子は直線上に並んでいた。女の子は状況に気づいていないのか、近くに咲いていた花に夢中だった。お嬢様もおそらく女の子に気づいていなかったのだろう。そのまま槍を投げたのだ。避ければどうなるか、もしかしたら、女の子には刺さらないかもしれない。槍はそれほど大きくないし、仮に地面に突き刺さっても生じる衝撃波はそれほど大きくないはず。頭でそう考えながら、体は一切動かさなかった。体全体に気を巡らせ、槍が完全に貫通してしまわないようにした。結果、槍は先端が貫通するに留まり、女の子はどうにか守ることができた。その場に倒れこむ私に、女の子が駆け寄ってくる。その時のことをよく覚えている。今まで闘っていたお嬢様に良く似た顔、私を見下ろす不安げな瞳、開いた口からわずかに見える吸血鬼の牙、私の意識はそこで途切れた。
霊夢さんと別れて、一路紅魔館へ、と思ったのだが、想像以上に空腹であることに気がついた。万が一お嬢様や咲夜さんと戦闘になった時、このままだと一瞬も抗えない。そんなことを考えていると、向こうから、猛スピードで何かが飛んできた。あれは……
「魔理沙さーん!」
向こうも私に気がついたか、若干方向を変えつつ、徐々に飛行速度を落として……ってぶつかる!?
「急停止!!っと、うまくいったな!ん?どうしたんだよ中国」
「心臓に悪いわ!というか中国の元凶あんたか!」
まぁ霊夢さんに影響のある第一人者と言えばこの人意外に考えられない。
「何を怒ってるのか知らんが、こんなところでどうしたんだ?さっき紅魔館に行ってきたが、お前がいなかったおかげで、楽々侵入できたぜ!」
「自慢げに不法侵入の話をしないでください!」
「楽々訪問できたぜ!」
「言い方の問題じゃないよ!?」
はぁ、と一つため息。まぁ魔理沙さんの行動は今に始まったことではないので、あまり気にしていない。
「紅魔館に変わった様子はありましたか?」
「いや、お前がいなかったことくらいだな」
ん~特に変な様子はなしか。何かしら事情があって私を放り出したのかという考えもあったのだけど、そういうわけでもないのかな。
その時、私のお腹がぐ~っといい音を立てて鳴った。
「ん、腹減ってるのか?」
「え、ええ、今朝から何も食べてなくて」
「なら、家に来るか?良いキノコを仕入れたんだよ」
魔理沙さんの家に行くと、明らかに遠回り、というか完全に寄り道である。けれど、お金のない私が食事にありつけるチャンスを逃すのはいけない気がする。私はその提案をありがたく受けることにした。
魔理沙さんの家は、なんというかカオスな所だった。掃除がされていないという意味でもカオスなのだが、置いてあるものの半分以上が見たこともないようなものだからだ。これがマジックアイテム、なのだろうか。とは言え、キッチンは意外に片付いていた。というより食べるスペースだけは確保されているという感じだ。
『まぁ待ってろって。キノコ焼いてやるから』
そう言われて、マジックアイテムを鑑賞していたのだが、しばらくするとキノコの良い匂いが漂ってきた。魔理沙さんはキノコを魔法の実験に利用するので、少々不安だったが、ずいぶん美味しそうな匂いだし、大丈夫だろう、たぶん。
「ほい、これがお前の分な」
テーブルにキノコが並べられ、おまけに白いご飯もついてきた。魔理沙さんと向かい合って座り、二人でいただきますをする。
「どれどれ……んっ!美味しい!これ美味しいですよ!!」
「そうだろそうだろ、これは私のオススメなんだよ」
ここまで盛り上げて実はまずい、なんてオチを予想していたのだが、それを裏切るくらいに美味しかった。今日ほど、魔理沙さんに感謝したことはない。というか今後一生ないと思う。
そうして、あっという間にキノコを食べ終えてしまった。
「うぅ……食べ過ぎました」
満腹になってしまって、今度は逆に闘えないし、そもそもこの状態で飛ぶのも辛い。もう少し休んでから行こう。そう考えていると、魔理沙さんがじっと私の方を見ていることに気がついた。
「ど、どうかしました?」
「うんにゃ、ただ、そろそろ事情を話す気になったかな、と」
魔理沙さんは、言いたくなきゃいいけどな、と付け加えると、私から視線を外した。むぅ、なかなか卑怯な人だ。そうされると話したくなってしまうじゃないか。
「えっと実はですね……」
私は博麗神社での出来事も含め、ここまでのいきさつを話した。
「ほぅ、なるほどな。それで今に至ると」
魔理沙さんは、意外にも真剣な顔で私の話を聞いていた。こんな落ち着いた
雰囲気もある人なのかと感心してしまう。
「すまん、よくわからなかったんだが、要するに何の話だ?」
「ってあんた何聞いてたんだよ!?」
感心した私がバカだったよ。というか要するまでもない程度の話なんだけどね。
「つまり私、紅魔館をクビになったんですよ」
「なるほどな。ドンマイ」
「軽くない!?もうちょっと重みのある言葉をくださいよ!」
「ダンベル」
「そういう重さじゃねぇよ!」
「友人の死」
「重いけどっ!重いけどっ!」
そういうことじゃないだろう、と思いつつ私はため息をついた。まぁいいや、この人に期待したのが間違いだったのだ。
「まぁあんまり聞いてなかったんだが、それはレミリアらしくないんじゃないか?」
「それは霊夢さんにも言われました。でも、咲夜さんも絡んでるなら納得がいくと思うんです」
「それにしたって、咲夜はお前の料理を誉めてたんだろ?レミリアだって全部食べてるんだしそれでクビになるって、やっぱり何か変じゃないか?」
意外にちゃんと聞いていたんだな、と思うと同時に、魔理沙さんの言葉に納得してしまう。仮にあの料理が最終テストであったなら、咲夜さんの行動に違和感はある。お嬢様のが完食したこともあわせると、不可解な点は多い。なら、クビの理由はもっと別にある?
「それにお前は紅魔館の中でも相当強いほうだろ?正直門番隊と比べりゃ、お前の強さは別格だ。勤務態度とかはともかく、実績もあるだろ。実際私も何度かやられてるし」
そうだ、いきなりクビになるということもおかしいのだ。勤務態度は……あまり良くはないかもしれないが、私よりもひどい者も大勢いる。なのに私だけがクビなったのは……
「魔理沙さん、ありがとうございました。私やっぱり紅魔館に行かなくてはいけないみたいです」
私がそう言うと、魔理沙さんは満足そうな顔でにかっと笑った。
「そうかそうか、実はパチュリーに言われてたんだよ。お前が紅魔館に行くようにそれとなく諭してくれないかってな」
「パチュリー様が?」
ちょっと待ってな、と魔理沙さんは服の内側から一枚の手紙を取り出す。また、クビの二文字しか書かれてないんじゃ、と不安になったが、私はその手紙を受け取って開いてみる。
『美鈴へ
あなたがクビになった理由を私なりに推察してみた。レミィの心の問題だと思うから、あくまで推 察だし、あるいはその前提も間違っているかもしれないけど、それでも読む気があるならこのまま 読み進めて』
そんな始まり方の手紙だった。私はそこで一度手紙から目を離し、ちらりと
魔理沙さんのほうを見る。すると、何故かふっと笑って
「私はちょっと用事があるから出かける。出ていきたい時は勝手にしてくれ」
それだけ言うと、魔理沙さんは席を立って、箒を片手に玄関へと向かった。どうやら私を一人にしてくれるつもりらしい。まったく、どうしてあんなにガサツなのに気遣いは人一倍できるのだろうか。きっとパチュリー様もこういうところが好きなのだろう。
「それと、人の家の物、勝手に持っていくなよ」
あんたがそれを言うのか。
霊夢も魔理沙も台無しにするのが得意なのは、もしかしたら類友ということかもしれない。
そうして私は手紙の続きを読み始めた。
紅魔館に近づく頃には、すっかり夜になってしまった。いや、あえてその時を待っていたのだ。だってこれから対峙するであろうお方は、太陽がひどく苦手なのだから。
この森を抜けて、湖を渡れば紅魔館。密かに近づくこともできないわけではなかったが、私は堂々とわかりやすい場所を飛んでいた。やがて、森を抜け、満月を映す湖のほとりにたどり着いた時、私は視界の端にその姿を捉えることになった。
「待っていたわよ、美鈴」
飛行をやめて、ほとりに佇むその方、レミリア=スカーレット様へと歩み寄る。意外にも、いや、あるいは予想通りか、咲夜さんの姿はどこにも見えなかった。
「お嬢様……」
「お前のことだから、必ずここに戻ってきてしまうと思っていた」
お嬢様は、さぞ怒りに震えているのかと思いきや、まるで湖の水面のごとく、おだやかな雰囲気を纏っていた。
「私をクビにした理由を教えてください!」
そんなお嬢様に向かって、私は叫んだ。
「何故急にクビなのですか!納得がいきません!」
「急ではないわよ、以前から考えていたことだから」
その言葉にわずかにたじろいだ私にお嬢様は続ける。
「昨日の料理が最後通告、あれは油が多すぎたわ」
「そんな!お嬢様は完食なさっていたではないですか」
「せめてもの慈悲のつもりよ」
らしくない、やっぱりお嬢様らしくない。努めて冷静に振舞うような姿も、不可解な行動に対する言い訳も、お嬢様らしくないことばかりだ。
「それは本音ですか?」
「なに?」
「本当は、私をクビにした本当の理由はフラン様のことではないんですか!?」
私がそう叫んだその瞬間、お嬢様の顔がわずかに歪んだのを見逃さなかった。よし、やっぱりそうだ。不意打ちで名前を出してよかった。これで確信が持てた。
私はずっと握りしめていた、一通の手紙を開いた。そう、パチュリー様の手紙だ。
「これは、パチュリー様が私に宛てた手紙です」
「パチェの?」
「ここに、お嬢様の真意が書かれていました」
「なっ!」
私は静かにそれを読み上げ始めた。
『私が推察した結果、おそらくあなたがクビになったのは妹様のことが関わっていると思う。貴方が来る以前から紅魔館にいた私だけど、妹様は今ほど明るい子ではなかった。地下に閉じ込められ、何重にも魔法の結界をほどこして、ずっと孤独で暗い子だった。それも仕方なかった。あの子の心は不安定で、放っておくとあらゆるものを破壊しかねない状態だった。でも、閉じ込めることで心はさらに不安定になってしまう。私もレミィも困っていた。そんな時、あなたが訪れた。私はあなた達の闘いに干渉するつもりはなかったから、図書館にずっとこもっていたけど、そのせいで妹様が封印を壊して、外に出て行ったことに気づくのが遅れてしまった。その後のことは、貴方の方が詳しいわね。貴方が紅魔館で働きはじめてから、妹様は妙にあなたに懐いていた。心も穏やかになり、私もレミィも良い拾い物をしたと思っていたのよ。でも、レミィは不安も抱いていたみたいね。妹様はあなたに甘えきっている。もっと言えば依存してしまっている。精神的な依存、ね。つまり自立できていないことが怖かったのね。いつまでたっても子供のままでいることが怖い。もし貴方が何かの拍子にいなくなったら、妹様はまた元に戻ってしまうかもしれない。それでは、意味が無いのよ。なんとか妹様を自立させなければ。大人になってもらわなければ。そして、そのためには、貴方という存在を遠ざけることが一番だとレミィは考えたのね。だからクビにした。以上が私の考える推察よ。そして私はこう思う。レミィは焦り過ぎている。妹様にはあなたが必要よ、だから、さっさと戻ってきなさい』
読み終えて、私はふぅ、と軽く息を吐いた。長い文章を読むのは慣れていないので少し疲れてしまった。
お嬢様の方を見ると、先ほどまでとは違って、顔を俯かせ、肩はわずかに震えているようであった。
やはり、この手紙に書かれていることは概ね正しいのだろう。
「お嬢様、私はまだ紅魔館の門番でいたいんです、お嬢様やフラン様のお側にお仕えしていたいんです」
「ダメよ」
静かな、しかしそれでいて怒気をはらんだ声だった。
「これ以上フランの側には置いておけない。このままだとあの子は駄目になってしまう」
「そんなことはありません」
「そんなことあるのよ!お前が来てから確かにフランは変わった、でもそれでは駄目なの!あの子は自分で変わらなければいけないの!」
まるで子供が駄々でもこねるかのように、ぶんぶんと首を振りながら叫ぶ。その姿が、妹を大切に思う姉の姿だということがよくわかった。お嬢様がフラン様のことをどれだけ考えているのか、どんな思いで私をクビにしたのか、痛いほど伝わってくる。
「私はね、たとえお前を殺してでもあの子を、フランを守ってみせる」
そう言って私を見据えるお嬢様の目が紅く輝いていた。吸血鬼の、本気の目。かつて私が闘った時と変わらない、紅いほどに紅く輝くその瞳。私は今まさに殺されようとしているにもかかわらず、それを美しく、そして愛おしいと思ってしまった。妹を思う姉が、その全てを懸けて闘おうという決意の瞳を、尊く、気高いものだと感じてしまった。けれども、たとえそれがどれほどの高潔さを秘めていても、それでも譲れないものがある。失くせない場所がある。
「私も、お嬢様を殴ってでも考えを改めさせます」
決意を込めて、その言葉をぶつけた。
「ならば、ここで死になさい!!」
一瞬の内にお嬢様の手に槍が握られていた。それをそのまま投擲してくる。半ば不意打ちのそれをぎりぎりで避けて、私は森の中へと飛翔する。
(危なかった……)
少しでも反応が遅ければあの槍は私の胸を完全に貫いていただろう。その威力を私は知っている。かつて一度はあれに貫かれたのだ。だからこそ、まずは距離をとる。木々など壁にすらならないが、視界を誤魔化すことはできるはずだ。振り返ると、お嬢様が私を追ってくるのが見えた。それを確認した後、私は一転してお嬢様に向かって猛スピードで突っ込んでいく。そのままの勢いで拳を突き出した。私とお嬢様の拳がぶつかり、あたりに衝撃をまき散らす。
(ぐっ)
気を操ることで、衝撃を外に流しつつ、残りを体中で受け止める。こうしなければ、私の拳は一瞬で粉々になってしまう。
「やあっ!」
お嬢様の横腹に向かって蹴りを放つも、すぐさま飛翔され空振りになる。
スピードではとても敵わない。なんとか接近して格闘戦に持ち込めば勝機はあると踏んだのだが、パワーも押し負けている気がする。
(でも、諦めるつもりはない!)
すぐさまお嬢様の姿を追いかける。夜の森は視界が悪い。しかし気の力を使えば、お嬢様の位置は把握できる。スピードの弱点を補えるはずだ。遠くにお嬢様の姿を捉える。このまま追いつく、と考えた矢先、お嬢様の体が無数の蝙蝠に分かれた。
(しまった、蝙蝠化!)
一瞬、対応を悩んでしまった。弾幕で打ち落とすか、あるいは一度退いて融合するのを待つか。その隙がいけなかった。
「はあああああ!!」
一瞬で元の姿に戻ったお嬢様は怒声と共に槍を放ってきた。ぎりぎり体を捻るが、わずかに腹のあたりを抉られる。衝撃に呻きつつも、次に来るであろうお嬢様の一撃に備え構えを取るが、その時にはもうお嬢様の拳が私の眼前に迫っていた。ほんとうに僅かな差で私の反応が勝り、回避するが、体勢は完全に崩れた。そして、先ほど抉られた腹に向かってお嬢様の拳がもう一度繰り出される。その一撃をもろに受けてしまった。気力を全力で使ったが、衝撃はほとんど殺しきれず、私は森の奥へとふっ飛んだ。いくつも木々を倒し、巨大な石にぶつかったところでその勢いはようやく止まった。
「ぐ、かはっ!」
口から何度も血を吐いた。木々や石にぶつかった衝撃はそれほどでもないが、殴られた一撃はかなりのダメージだった。痛みのおかげで意識が飛んでいないのはほんのわずかな不幸中の幸いといったところか。
なんとか立ち上がったところで、視界の先に槍を構えた佇むお嬢様に気がついた。
「美鈴、これが最後よ。二度と顔を見せないと誓うなら、命までは奪わない」
その言葉に、私は痛みを忘れて、にやりと笑ってしまった。
「何が、おかしい……?」
「やっぱり、お嬢様らしくない……ですよ。お嬢様は……そんな情けなどかける人じゃない……だから……私をクビにしたのも……きっと正気ではなかったからです……」
やはりお嬢様は自分の判断に絶対の自信を持てていないのだ。だから、最後の決断を私に委ねようとする。だから、まだ諦めない。きちんと話すことさえできれば。
「……もういい!死ね!美鈴!!」
しかし私の望みは叶わないようだ。それでも私は体中に気を込めて槍に耐える準備をする。
「美鈴!お姉様!」
不意に聞こえてきた声、私とお嬢様の間に割って入ってくる影、フランドール=スカーレット様の姿がそこにあった。
「お姉様!どうして!?どうして美鈴にこんなことするの!?」
「そこをどきなさいフラン!美鈴は今ここで私が殺す!」
お嬢様の言葉に、フラン様はびくっと体を震わせた。
「殺すって……なんで……」
「それがあなたのためなのよ、フラン」
「わけわかんないよ!私はそんなこと望んでない!」
「それでもあなたのためになる」
「うるさい!お姉様のバカ!」
子供のように泣き出してしまうフラン様。ふと、この幼さがお嬢様が恐れていることなのかもしれないと感じた。けれど、無理やり自立させようとすることが、正しいこととは思わない。私はぼろぼろの体でなんとかフラン様の側までたどりつく。
「フラン様……下がっていてください……これは私とお嬢様の闘いです」
「いやっ!美鈴は私が守るもん!殺させたりなんかしないもん!」
その言葉がどれほど嬉しかったか、言葉にすることはできない。守るべきものに守られることを情けないと思いつつも、こみ上げる喜びが止められない。
「……そうか、ならば、二人仲良くここで死ぬといい」
「お嬢様っ!?」
「我が槍にて滅せよ!!フラン!!美鈴!!」
お嬢様の右手に輝く槍が一際強い光を放ち、過去見たこともない大きさになると同時、その槍が放たれた。フラン様はその槍に向かって両腕を突き出していた。私は考えた。フラン様の破壊の力なら、あるいは槍に打ち勝てるかもしれない。吸血鬼の力があれば、お嬢様を倒せるかもしれない。そう頭の端で考えながら、しかし体は妹様の前に立ち、壁となるよう動いていた。
「美鈴!だめぇ!!」
たとえこの体が燃え尽きたとしても、妹様だけは守ってみせる。私に残された全ての力で、この愛しい方を守ってみせる。
「うおおおおおおお!!」
絶叫と共に体が虹色に発光する。かつて感じたこともないほどの力が溢れてくる。ああ、そうだ、かつて最強を追い求めた時とは違う。今の私が求めるものはきっと……きっとそれは、愛しい全てを守れる力だ。
そして次の瞬間、お嬢様の投げた槍は私の体を貫いた。
美鈴は静かに倒れた。槍は確かに美鈴の体に突き立っていた。しかし、体を貫通することは敵わず、かつてのように先端が突き出してはいなかった。
「美鈴!しっかりして!美鈴ってば!!」
フランは美鈴の体を必死で揺さぶっているが、反応はないようだ。
突如、雨が降り始めた。空はいつのまにか分厚い雲が立ち込めていて、満月もその姿を消していた。
私、レミリア=スカーレットはようやく冷静さを取り戻し始めていた。私は、自分が今何をしたのか理解できていなかったのだ。すなわち、愛する妹と、そして大切な従者に向かって、その命を奪うために自らの槍を投げたということを。今ならば美鈴の言っていたことがわかる。確かに私は正気を失っていたのかもしれない。しかし、今さらそれを認めたところでどうにもならない。私はふらふらとした足取りで、二人へと近づいた。
「来ないで!!美鈴に近寄らないで!!」
近づく私に気がついたフランが叫ぶ。しかし私は歩みを止めない。
「咲夜」
歩きながら、名前を呼ぶ。するとすぐに傘を手にした咲夜が現れる。
「フランを連れて帰りなさい。雨に濡れるのはまずいわ」
吸血鬼にとっては水も天敵である。この程度の雨、しかも森の木々が傘代わりになっているため、命の危機にはならないが、それでも危険であることに代わりはない。
「しかしお嬢様は……」
「構うな、必要であれば呼ぶ」
不安げな瞳の咲夜にそう告げると、わかりました、とだけ言って美鈴から離れようとしないフランを無理やり引き剥がし、姿を消した。
そして私と、美鈴だけが残された。雨に濡れた羽が痛む。しかし私よりも遥かに痛々しい姿が目の前にあるのだ。この程度耐えなくて何が吸血鬼か。
「うっ……あ……お嬢様」
美鈴は意識を取り戻したのか、虚ろな目で私の方を見ていた。
「フラン様は……?」
「咲夜が連れ帰った。傷一つないから安心していい」
美鈴は小さく、ほんとうにかすかな笑顔を浮かべた。もうほとんど力が残っていないのだろう。
「お嬢様……」
「なんだ?」
「一つだけ、お願いが……どうか……フラン様と仲良く……」
「……ああ、わかった」
そして美鈴はもう一度だけかすかに笑うと、その瞳を閉じ、体は力を失った。
無理やり美鈴から引き剥がされて、私は地下室に閉じ込められてしまった。咲夜はすぐにいなくなってしまって、私は一人、ベッドの中で泣いていた。どうして、どうして美鈴が……お姉様は何を考えていたの?……わからない……何もわからないよ……
しばらくそうしていると、地下室の扉が静かに開くのを感じた。咲夜の姿がそこにあった。
「妹様、お嬢様がお呼びです」
「いや、行きたくない」
押し殺した声でそう伝える。今、お姉様に会いたくないし、会ったら正気でいられるかわからない。
「では、伝言があります」
伝言?なんだろう?
「こほん、『わがままばかりの妹よ、私はいつまでたっても自立できないお前のことを本当に情けなく思う。今も咲夜の言うことを聞かず駄々でもこねているのだろう。そのままでいたいのならそれでもいい。しかしもしもすぐに私の部屋へきて、自立するための努力を怠らないことを誓うというのなら、お前の願いをひとつ聞いてやってもいい』とのことでした」
なんだそれ、意味がわからない。お姉様はいつも自分勝手なことばかり……私の願いをひとつ?
私は一瞬だけその意味を考えて、すぐにお姉様の部屋と走り出した。
部屋の前へとたどり着き、一度だけ深呼吸をすると、その扉を開こうと手を伸ばしかけ
「自立のためにその一、誰かの部屋に入る時はノックをする」
部屋の中から聞こえた声に慌てて手を引っ込めると、私はコンコンと扉を叩く。
「入っていいぞ」
許可を得た私はもう一度手を伸ばし、ゆっくりとその扉を開いた。
お姉様専用の大きなお部屋、その奥、優雅に椅子に腰掛けるお姉様の姿があった。
「遅かったわね、フラン。もう少し遅かったら願いの件は無効にするところだったぞ」
「ふざけないでお姉様!」
「自立のためにその二、すぐに叫んだりせず、常に冷静さを忘れない」
その言葉にぐっと唇をかみ締める。
「フラン、私に何か言うことがあるんじゃない?」
言うことはある。本当なら美鈴のことを山ほど責め立ててやりたい。でも、もしも私の願いが本当に叶うのなら、私が言うべきことは他にある。
「お姉様、私は今後、自立するための努力を怠らないことを誓います」
「口だけならなんとでも言えるわね」
「口だけじゃ!……口だけではありません、私は自立してみせます。大人になってみせます。お姉様のように素敵なレディになってみせます」
「フラン、私の目を見なさい」
お姉様の紅い目が私を見ていた。本気の時にだけ見せるその目に応えようと、私もまた自らの紅い目を輝かせた。どれくらいそうしていだだろう、やがてお姉様はふっと目を閉じて、あきらめたようにため息をついた。
「わかった、私の負けだわ」
「じゃあ!」
「ああ、願いをひとつ聞いてあげる」
願いごとひとつ、そんなもの決まっているじゃないか。
「美鈴を、美鈴を返して」
お姉様は私がそう言う事をわかっていたかのように微笑むと
「図書館へ行きなさい」
と、短く私に告げた。
紅魔館の図書館は広大な広さを誇っている。しかしそこに住む私、パチュリー=ノーレッジと司書である小悪魔の生活スペースは限られている。
「全くレミィも厄介なものを押し付けてくれたわね」
久しぶりの大魔法、喘息が落ち着いているから調子はいいものの、これだけ体力を使うと喘息を誘発しかねないというのに……。
「パチュリー!!」
遠くから誰かが駆けてくるのが見えた。なるほど、レミィの言っていたとおりの時間だ。
「妹様、どうしました?」
「美鈴は!?美鈴はどこ!?」
息を切らせて、私に掴みかからんとする妹様を見て、私はため息をついた。
「自立のためにその三、如何なる時も落ち着いて話をすること」
妹様は驚いた顔をして、しかしすぐに落ち着きを取り戻そうと深呼吸を始める。はぁ、これもレミィの言っていたとおりだ。妹様が走ってきたら、これを伝えるように言われていたのだ。恥ずかしい上に、その二とかぶってないかと指摘したのだが、軽くスルーされてしまった。
「パチュリー、教えて、美鈴はどこにいるの?」
息を整えた妹様が、先ほどとは打って変わって冷静な声で私に尋ねた。その姿に少しだけ感心しつつ
「こちらです」
と、美鈴の許へと案内した。
美鈴は図書館の広いスペースを利用して描いた巨大な魔方陣の中心に寝かせていた。
「美鈴……」
「妹様、近寄っても平気ですよ。ただし、動かしたりしないように」
私がそれを許可すると、妹様は一瞬走り出そうとして、しかしゆっくりと近づいていった。やがて中心までたどり着くと、美鈴の顔を愛おしそうに撫でるのだった。
「小悪魔、状況説明をお願い」
魔方陣の管理を任せて側に置いていた小悪魔にそう告げる。
「はい。美鈴さんはここに運ばれて来た時、すでに命を失いかけていました。そこで、治癒効果のある魔方陣を張って、美鈴さんの回復を図ると同時に、彼女の持つ気の能力にこちらから働きかけ、自らでも治癒を行ってもらい、二重に治癒することで、なんとか命を繋ぎとめることができました」
「じゃあ、美鈴は助かるの?」
「間違いなく助かります。この魔方陣はパチュリー様が作ったのですから、あいたっ」
「恥ずかしいことを言わないの、しかし妹様、美鈴はこのパチュリー=ノーレッジの名に懸けて必ず助けます」
私がそう告げると、妹様は美鈴の体に抱きつき、声をあげて泣きはじめてしまった。
(本当は自立のためにその四、涙は決して見せるな、を言わなければいけないのだけれど)
まぁ、今はいいでしょう。そもそもこの自立のためになんてレミィですら実践できているのか怪しいわけだし。
だから今だけは、子供のままでもいいでしょう。そうして私は小悪魔と共に、妹様と美鈴の姿を見守り続けていた。
中華料理は少し油っこいくらいがおいしいのだ、と私は思う。しかし、お嬢様はヘルシー思考な面があるので、油はおさえておく。
「め~いりん♪」
料理をする私の隣から声、そこにはにこにこと笑顔を浮かべるフラン様の姿があった。ただし、今日はエプロンに包丁姿をしている。
「次は何をすればいいの?」
「えっとですね、フラン様。ほんとに私に任せて頂いていいんですよ?」
私がそう言うと、ぷくっと膨れて
「もう、それじゃ意味がないもん!自立のために料理できるようになりたいの!」
「いやしかしですね、お嬢様も料理はしないわけで」
「むぅ、美鈴の意地悪……」
泣き出しそうな顔をしてしまう妹様を見て私は慌てた。
「わ、わかりました。では次はこちらをお願いします」
「うん!!」
すぐに笑顔が戻ってくる。私は仕方ないなぁと思いつつも顔がほころぶのを止められなかった。この笑顔をきっと守ってみせる。フラン様が大人になるまで、いや大人になってもきっと、私は私の意志で、このお方を守り通す。紅魔館のみんなを守り抜く。私という存在全てに懸けて、それを誓った。
「レミィ、あれはいいの?」
「……まぁ、プラスマイナスゼロで許すとしよう」
なんだかんだで甘い親友の姿を見て、ふっと笑みをこぼす。
今回の件は確かにレミィの暴走だったように思う。けれど、結果としてそれが荒療治になったのかもしれない。妹様は少しずつ大人になっているし、美鈴も甘やかしすぎないように気をつけようとしているらしい。まぁ実は一番甘いのがレミィだったりするのだけれど、それもまた親友の良いところだと思う。
そう言えば霊夢からは、めんどうに巻き込んだんだからお賽銭よこせとか言われたり、魔理沙からは、図書館の本全部よこせとか言われたりもした。まぁレミィは突っぱねたけど、私から少しだけお礼をしておこう。
レミィがいて妹様がいて、咲夜がいて美鈴がいて、小悪魔がいて私がいる。愛おしいこの場所が、どうか永遠のものであれ。
(だからちゃんと守りなさい、美鈴)
そうして私は、明日も来るであろう白黒の魔法使いが、紅の門番に打ち倒される姿を夢想するのだった。
お嬢様が暴走するところや正気に戻るところがちょっと急過ぎて、
もう少し説明があってもよかったんじゃないかなと思うのでこの点数で入れさせてもらいます
話の内容はいいんだけど、少し心理描写が足りないかな、と感じた。
あと、戦闘するんならもう少し長くしたほうがいいかも。
何日も戦ったっていう過去があるのに腹パン一発で撃沈するのは…。