※この作品の4割5分ぐらいは作者の妄想で出来ています。 ついでに残りの8割5分7厘は惰弱でできています。
鬼は外、福は内。
この節分の時期にもなると鰯の頭、柊やらと共に巷を賑わす炒り豆のともであるその掛け声が響き渡る。
鰯の頭も信心からとは良くぞいったもので、鬼が忌み嫌う豆が飛び交うこの時節。
鬼やら邪気やらが徘徊するには、少々清浄な雰囲気が漂っている。
そんな清らかな臭いのする幻想郷。そのなかでも、ひときわ濁った空気を醸し出す土地があった。
その場所は『博麗神社』と人には呼ばれる。
濁った空気には妖気、特に鬼気と言った類のものが色濃く香り、その香りはまるで酔っ払い共の宴会の後のよう。
そんな博麗神社の境内。そこには一人の人、女性がいた。
彼女の名は博麗霊夢。当代博麗の巫女にして、妖怪退治屋を副業としている者だ。
彼女はただ、何をするでもなくその縁側で傍らに箒を立てかけながら茶を啜っていた。
彼女に怠慢と言うなかれ。巫女と言うものは愛想を振り向いていればいいように見えて、その実なかなかに大変な職業なのだ。
特に、この博麗神社のように神主がその組成に深く関わって来ない神社においては殊更である。
神事の段取りから掃除やお祓いに至るまで、全て巫女の采配に任されているとなればその心労推し量りかねると言えよう。
だから、彼女がこの節分の時節に豆も撒かなければ柊も飾らず鰯の頭を刺さぬとしても、だ。
責めることはできないだろう。
たとえ、彼女が普段から思いつきで神事を行ったり、ろくな修行もせずに掃除に勤しんでいても、である。
それ故だろう。
この節分の時節、夜も遅くに鳥居をくぐる小さな影の頭に蔦の絡みつく大きな2本の角が付いているのは。
霊夢は中に彷徨わせていた視線の端にその姿を認めたかと思えば、懐から極々自然な動きで札を4枚取り出した。
そして、これといった声を掛けることもなく札をその影の方向に投げつける。
しかし、影はそれを意にも介した様子はなく手に持ったひょうたんの中身を一口 グビリ と飲んだかと思えば、その口から火を吐き出し飛んできた札を燃やし尽くす。
ひと通り火を吹き終わった小さな影は、苦笑をしつつも口を開く。
「やれやれ、ずいぶんな挨拶だねぇ。仮にも節分だ。鰯の頭も刺さずにいるからにはこうなることは解ってたんじゃないかね?」
語りかけられた霊夢は札を投げつけた体勢から再び茶をすする体勢に戻り、何をするでもなく湯のみの中の茶で喉を潤した後、
「巫女は神に仕えるから信心なんて不確定な物に依る鰯に頼ってられないのよ」
と、答える。
しかし、影が
「その実は?」
と問えば
「面倒だったのよ」
などと、とりだて取り繕うでもなしに恥ずかしげもなくその本音を暴露する霊夢。
そんな巫女に影は苦笑し、
「まあ、ここには鬼を酢にして食うような巫女がいるから柊なんてのは要らんのかもしれんがね」
などとのたまう。
それを聞いた霊夢から反論し、
「そんな怖い巫女が居るなんて初耳。気を付けないと。あなたも気をつけなさい、ちなみに私は酢の物より浅漬のほうが好みなの」
「巫女に漬物が付けられるのかい?」
「あら、巫女が一人しか神様を祀っちゃいけない訳でもないわよ?」
「とんだ巫女もいたものだ」
「空は飛べるわね。なんせ妖怪が飛ぶから、飛べないと話にならないの」
「それはご苦労なことで」
「そういう訳で、出ていってくれるかしら可愛い小鬼さん?」
「私はあまり飛ばないから、出て行く理由がないね」
「あなたが『伊吹萃香』であるだけで退治には名目がたつのよ?」
「おおこわいこわい。ところで私にも座布団をくれないかね。まだこの時期は縁側に素で座るには寒すぎる」
「ホーミングアミュレットなら有るわよ?」
そんなやりとりが交わされる。
伊吹萃香 と呼ばれた影。彼女は霊夢の物騒な言葉を意にも解さず、縁側に座った。
かと思えば顔をしかめる。
「なんだい、つまみもろくに無いのかい。いつ宴会があるとも解らんだろう?」
「勝手に人の台所漁るんじゃないの」
霊夢は呆れた顔をしつつも隣に座る小鬼に煎餅を差し出す。
萃香はそれを受け取ったものの、少しかじると
「なんだい、醤油かい。酒には塩せんべいが合うんだがねぇ」
「文句あんなら返しなさい、この呑んだくれ」
ブーブーと文句をたれる小鬼に、ますますその顔に浮かべる呆れを深めた霊夢はその手から煎餅を取り上げようとする。
が、伸ばした手は煎餅をまるで霞のようにすり抜ける。
「おいおい、誰も食べないなんていってないだろう。これだから巫女って生き物は」
「生き物は?」
「食べてもいいなんて言い伝えられるのさ」
「どこぞの門番もいってたわね……結構有名な話なのかしら?」
「いや、どこぞの門番と話してたってどこぞの吸血鬼が言っていた」
そう、話す彼女に霊夢は軽く目を見開き
「あら、あんたレミリアとは仲が悪かったんじゃなかったかしら」
と問う。
たしかにこの小鬼、伊吹萃香とレミリア・スカーレット。紅魔館の主とは互いを「吸血鬼風情」「泥臭い土着の民」などと呼び合うほどの仲の良さで知られている。
それに対する萃香は、口を開き
「確かにあの吸血鬼はいけ好かないが……」
と語り始める。
その続きを彼女が紡ごうとしたときに、
「土着民に知識を施してやるのも貴族のつとめなのよ」
と、鳥居の方角から幼さの抜けない声が聞こえてきた。
見れば、そこには日傘をさした年端も行かぬ少女が立っている。
それだけならば良いのだが、彼女の背にはその身が人ならざるものであることを示す蝙蝠の羽がたたまれていた。
「なんだ、吸血鬼風情が何しに来た」
それを嫌悪も隠さずに出迎える萃香。
その萃香とは対照的にまるでその来訪を予想していたかのような面持ちで
「あら、いらっしゃいレミリア。お茶は自分でいれなさいよ?」
と迎える霊夢。
レミリアは促されるままに、萃香とは霊夢を挟んだ反対側の縁側に腰をおろす。
そんなレミリアに対し、萃香は
「あんまりわがままだから自分の館から追い出されたかね、貴族様」
と、挑発を行うがレミリアは意外や意外。何時もなら10割増で買うような暴言を投げかけられたというのに、その顔に苦い笑みを貼りつけて
「ええ、まあ似たようなものかしらね」
と嘆息する。
そんな彼女の様子に出鼻をくじかれた萃香は、烏がポラリスユニークを食らったような顔つきになる。
それを見たレミリアは言葉を続け、
「うちのメイドが節分だからと言ってねぇ」
と零した。
それを聞いた萃香は態度を一転させ、同情を表した面持ちで
「そういやあんたも鬼の類だったねぇ……心中お察しするよ」
とレミリアを慰めた。
普段は敵対する彼女たちも、この節分の頃のみは同じ被害者なのだ。
レミリアは肩を落とし
「そもそも、豆は炒るものじゃないのよ。発酵させて食べるから美味しいんだわ」
と愚痴をこぼすが、それに待ったをかけたのは萃香である。
「豆を発酵させる?馬鹿言ってるんじゃないよ。やっぱり豆は豆腐に限る。アレを冷奴にしてそいつをツマに日本酒。これが豆の味わい方ってもんよ」
と、酒飲みの思考全開で語り出す。
「あらあら、これだから下賎な土着民は困るわ。日本酒なんて米にカビが生えたようなものじゃない。やはり、じっくりと熟成させたワインを片手に納豆をたしなむ。これが最高の味わい方ってものよ」
レミリアも、負けじと自らの豆の味わい方を披露するが、さすがにワインに納豆が合うものだろうか。
「納豆と果実酒を一緒にだって?あんた正気かい!?」
萃香もやはり信じがたし といった表情でレミリアに食って掛かる。
互いに一歩も譲らずといった体で一触即発の空気が流れる。
仲の大変いいことなのだが、両人共に一歩調理を間違えれば自らの体を焼くような代物にそこまで熱くなれるとは、やはり妖怪の思考回路は人のそれとは違うらしい。
そんな空気の中、今まで黙っていた巫女が唐突に口を開く。
「レミリア、あんた納豆が好きなのよね」
投げかけられた問にレミリアは一瞬唖然としながらも
「ええ、好きだけどそれがどうかしたのかしら?」
と釈然としない面持ちで返す。
そんなレミリアの様子を見た霊夢は
「なら、今うちにある納豆食べる?正直私のお腹にはあわなくて、どう処分したものかと考えあぐねていたのよ」
と言う。
「くれるってならもらっとくけど……あんまり変な納豆出さないでよ?さすがに最高品質のものは求めないから」
レミリアはなおも釈然としない物を抱えた顔つきのまま返す。
「そ、じゃあ取ってくるから待ってなさい」
そういって立ち上がった霊夢に不満の声を投げかけたのは伊吹萃香その人である。
「おい、霊夢。わたしとそいつで随分と扱いが違うじゃないか。差別のつもりかい?」
少々苛立った面持ちで問いただす彼女に霊夢は、
「別に?ただ、あんたがほしがりそうな物は家には無かったってだけよ」
と一言で切り捨て、待機所の方へと向かった。
憮然とした顔になる萃香に、レミリアは
「おやおや、フラれたようだね。ま、あんたみたいな粗暴な鬼じゃあしょうがないかもしれんがね」
とあからさまな挑発を行う。
それに釣られた萃香は、なにおう と身を乗り出すが、レミリアはなおも見下し笑う様な表情を変えること無くニヤニヤと笑う。
またも流れる一触即発の空気に終止符を打ったのは、この騒ぎの元凶たる博麗霊夢であった。
「はい、持ってきたわよ」
そう、霊夢が差し出したものを見た両人。その表情はひきつって見える。
「これは……霊夢。わたしが言うのも変だが、これは納豆じゃないんじゃないか……?」
萃香が引きつった顔のまま問いかけ、
「豆を植えて稗が出るぐらいの覚悟はしていたけど、まさか稗どころか砂利粒が出てくるとはね……」
と、レミリアもこぼす。
「ちょっと変わってるけど、発酵してる豆だからこれは納豆よ。変なことをいうわね」
そう反駁する霊夢に両者は
「「それは発酵じゃなく腐敗と言うんだ!!」」
と異口同音にまくしたてた。
それもそのはず。
霊夢の手にあるそれは、確かに糸を引いているものの納豆のそれとは違い、アンモニア臭を漂わせており、豆の形をとどめていない。
つまり、有体に言ってしまえば、腐って原型をとどめていない大豆であったであろうモノの成れの果てだった。
あゝ霊夢。何がお前をそこまで追い詰めてしまったというのか。何たる無情か、博麗神社にはおわせぬ神よ。どうかこのレ・ミゼラブルに救いを与え給え。
そのような視線にさすがの巫女もひるんだのか、
「な、何よ。腐敗も発酵も似たようなものじゃない」
などと、反駁する口調は弱々しい。
なんやかんやと騒いでいる境内も、ふと見れば既に月が天頂に輝き深夜の様相を呈していた。
ひと騒動あり。しばらくしてで落ち着いた萃香が、霊夢に疑問を投げかける。
「で、結局何で節分だってのに何の行事もしなかったんだい?」
霊夢は何を考えているか解らぬ無表情のまま、
「言ったでしょう。面倒だったのよ」
と、答える。
しかし、萃香はそれに対し
「いいや、嘘だね」
と、食い下がる。
嘘を嫌う鬼の前だ。これ以上は何を言っても無駄だろう。そう、判断したのか霊夢は無表情のまま、ふ と縁側を立つ。
そして、境内の中ほどまで歩みを進めると身体を反転、振り向き萃香に尋ねた。
「この幻想郷はすべてを受け入れる。均しく、平等に。それは知っているわね?」
「ああ、それは紫から聞いている。だが、まさか自分は幻想郷と同じように全てに平等たらん なんて事は言ってくれるなよ?博麗の巫女。そんな陳腐な解答は望んでいやしないんだ」
萃香は、それに対して答えた。
霊夢は萃香のその言葉を受けて尚、無表情を崩すこと無く続けた。
「その『まさか』よ。伊吹山の鬼。博麗の巫女は幻想郷の均衡を司る暴力装置。だから、節分だからと言ってヒトに肩入れしてはならないの」
萃香はそれを聞くと、声を荒らげ
「やめろ!!わたしはそんな言葉が聞きたいわけじゃない!!」
しかし、霊夢はそれを気にもとめず言葉を続ける。
「それは妖怪に対してもそうだし、常に何者にも味方してはならない。それが博麗の巫女と言うことよ。理由はそれだけ。解ったかしら?」
そう告げる霊夢に、萃香は
「黙れぇ!!」
と逆上し周囲の土砂を萃め、霊夢へと投げ打つ。
霊夢はそれを避けようとするが、それが霊夢の居た所へと到達する前に土砂の塊は紅い一条の閃光に蹴散らされた。
閃光の出所を見れば当然であろう。そこには永遠に紅い幼き月の姿。
砕かれた側である小さな百鬼夜行はその姿を認めると
「何のつもりだ吸血鬼!!」
と詰め寄る。
レミリアはその躰を受け止めると、
「これだから土着民は短気で困るわ」
と嘲った。
憤慨する萃香に、レミリアは一瞥をくれた後霊夢へと向き直り、
「博麗の巫女 としての名分はわかったわ。だけど、それだけならここに結界も何も張らずにいる理由にはならない。だって結界を張れば鬼も入れないが人も入れない。それなら肩入れはしていないわ。だけどお前はそれをしなかった。何故かしら?」
と、問いかけた。
霊夢はそれを聞くと無表情だった表情を崩し、ヤレヤレ といった風体で
「ええ、そうよ。たしかに博麗の巫女としての立場があったのは理由の1つではあったけど全てではないわ」
と語りだした。
「な、なら何で?」
そう、聞く萃香にレミリアは少し黙っていろ と咎めた後霊夢に先を促した。
霊夢は心底面倒そうな口調で先を続け、
「だって、ここにまで結界張っちゃったらあんたらの居場所がなくなっちゃうじゃない」
とのたまった。
「な、ならそいつは博麗の巫女としての立場とやらに矛盾するんじゃない?」
萃香がなおも問い詰めると、霊夢は気だるげに
「私は一言もうちに来いなんて言ってない。あんたらが墓場にでもどこにでも行ってればいいものを、たまたまうちに来ただけよ」
と答えた。
霊夢はそのまま、
「さ、これで気も済んだでしょう。私は寝るからあんたらもとっとと寝なさい」
と言いおいて待機所へと引っ込んでしまった。
呆然としてる萃香にレミリアは
「やれやれ、夜は私たちの時間なのだけれども。ねえ?小鬼」
と語りかけた。
萃香は呆けたまま、
「わたしはね、霊夢が人としての好意でここに招き入れてくれたと思っていたんだ。だけど、それは勘違いだった。のか?」
とひとりごとのように呟いた。
レミリアはやれやれといった風で、子どもを諭すように話しかけた。
「あなたがそう思いたいのなら、それは構わないわ。まあ、霊夢本人は引っ込むときに顔がなにやら赤かったようだけど。照れでもしていたのかしらね?」
言われた萃香はハッ と振り向きレミリアに
「じゃ、じゃあ……」
と何かを期待するような顔を向ける。
それに対してレミリアは
「さあね。あんまり敵に塩を送りたくもないしあとは自分で考えたら?まあ、あなたと私では敵にすらならないかも知れないけど」
萃香は、そのまま普段道理の不敵な表情へと戻って
「あんたの様な吸血鬼風情が、我ら鬼に敵う訳もないものね」
と、挑発を挑発で返す。
「まあ、私のような貴族とあなたのような土臭い土着民じゃ格が違いすぎますもの」
いつぞやのようなセリフを吐くレミリアに萃香はその意を得たりとばかりに、
「その格の違い、試してみる?」
と言い放つ。
「そうね。格の違いを見てみるのも良いわね」
そう、レミリアが言い放った瞬間。
萃香が大きく踏み込みレミリアに拳をぶつけんと迫る。
レミリアも既に解っていたかの様に身を翻して宙空へと躍り出る。
まったくもって仲の良い二人の何時もの喧嘩は、あまりの喧騒に腹を立てた霊夢が夢想封印を放ち両者相倒れるまで続くが、倒れたその顔はどこか晴れやかなものだったのは気のせいではないだろう。
追うものあれば追われるもの有り。清すぎるものはあまりにも不安定で、儚くもろい。清濁あわせ飲んでこそ、この箱庭は循環し。営みを続けていけるのだ。
願わくばこの小さな箱庭がいつまでも続かんことを。
やっぱり霊夢さんはツンデレなんやな・・・
あと、初投稿おめでとうございます。