Coolier - 新生・東方創想話

何も見えない世界で

2011/01/28 00:10:02
最終更新
サイズ
32.7KB
ページ数
1
閲覧数
1896
評価数
3/29
POINT
1340
Rate
9.10

分類タグ


 ――痛い。痛い。
 暗い夜には思い出す。血を吐き呻く、彼女の姿を。


 ――助けて。……を、助けて。
 暗い夜には思い出す。首に巻きつく、血濡れの腕を。


 ――ごめんね、一緒にいられなくて……ごめんね。
 暗い夜には思い出す。酷くかすれた謝罪の声を。


 ――絶対許さない……人間も、妖怪も、皆、皆…っ!
 暗い夜には思い出す、あの日に芽生えた殺意の記憶。

 あらゆるモノへの――復讐心を。


     ◆


「絶対許さないからな! 覚えとけよパチュリイイイイイイイイッ!」
 普通の魔法使い・霧雨魔理沙の絶叫が空に木霊する。
 魔理沙は箒に乗って空中を暴走していた。
 今日もいつもの様にパチュリ―の図書館からの強奪を敢行した魔理沙であったが、その帰路、突然盗んだ本が爆発したのだ。長年の盗みに呼応するかのようにその質を向上させ続けた盗人対策が、遂に今日その牙を剥いたのである。
 それは子供だまし程度の爆発であったが箒に乗る魔理沙には絶大な効果を発揮し、完全にコントロールを失った箒は、持ち主を乗せたまま空をめちゃくちゃに飛び回った。そしてあろうことか、箒はまっすぐ地底の入口へと向かっていき、魔理沙を望みもしない地底ツアーへといざなってしまった。
「い、いやああああああっ! 誰かとめて、とめてええええええ!」
 洞窟に反響する魔理沙の、珍しく乙女っぽい悲鳴。
 暴走した箒に乗って仄暗い洞窟を進む恐怖。いつ壁にぶち当たるかも分からない戦慄を味わいながら、魔理沙は洞窟を奥へ奥へと進んでいく。否、進まされていく。
「ぜっ!?」
「ふにっ!?」
 そしてようやく小さな何かに激突し、暴走は止まった。
 箒から振り落とされた魔理沙は地面へと着地し、打ちつけた頭を押さえたままポテッと地面に崩れ込んだ。
「いてて……全く災難だぜ。パチュリ―め、明日必ず新開発の爆発魔法をおみまいしてやる」
 そう強い台詞を吐く魔理沙だが、身体の状態は芳しくなかった。
 よほど堅いものに打ちつけたのだろう。出血こそしていないが酷く目眩がし、ろくに歩く事も出来ない。
 こんな所を妖怪に襲われたら万事休す。絶対絶命である。
「ヤバいな……でも――」そう言って魔理沙は微笑を浮かべた。
「大丈夫だ、問題ないぜ。神は私を愛している。もう私は今日とんでもなく不合理でどこまでも理不尽な戒めを受けたんだ。これ以上の不幸を、私に押しつける訳がない!」
 どこから湧いてくるのだと言いたくなる根拠0の自信を満々にする魔理沙。それを知ってか知らずか、そんな彼女の元へ近づく、一つの影があった。
「――おい! そこにいるのは誰だ!」
 魔理沙はすぐその気配に気づき、ミニ八卦炉を向けた。
 かすかだが感じる妖気。岩陰に妖怪が隠れているのが、妖気に敏感な魔理沙には手に取るように分かった。
「隠れたって無意味だぜ? 早く出てこい……私は気が短いんだ」
 火炉を向けたままそう命令するが、返事は無い。
 魔理沙は精神を研ぎ澄まし、弾幕を放つ準備を終えた。
「三秒だけ待ってやる。三――零! 吹き飛べ、マスタースパアアアアアアアアク!」
 呪文を唱え、敵を粉砕しようとする魔理沙。が、しかし――
「って、何だこりゃーっ!?」
 火炉から出た光は本当に微々たるもので、攻撃どころか辺りを照らすのにも不十分な程弱々しかった。
「こんなんじゃ虫も殺せない……というか逆に虫が集まってくるじゃないか! まさかこんな時に――故障!?」
 混乱し、考えがまとまらない。あたふたと手が宙を空ぶる。
 その間に、影はどんどん魔理沙の方へと近づいていく。
「く、クソ、こーりんのバカ! もう口利いてやらないんだからな!」
 覚悟を決めた魔理沙は、爆弾を常備してあるスカートの中へ自らの手を突っ込んだ。
「あれ? スカートがやけに、デカい……?」
 そしてようやく、彼女は自分の身体の違和感に気づいた。
「何だこれ? どうなってるんだ……?」
 自分の服を見やり、手に取って伸ばしてみる。尺の余った服がだらんと手に垂れさがった。
 違和感の正体は不明であるが、今は深く考える暇すらない。

「――っ!?」背後で、岩の転がる音。
 爆弾を手に振り返るが、そこにあったのは古ぼけた巨大な桶だけ。しかしその桶からは、確かな妖気が漏れている。
「だ、誰なんだよ……お前」
 恐怖を押し殺して問うが、返事はない。
「なるほど、返事が出来ない位お腹が空いたって訳か……どうしても私が食べたいって訳か……くくく、そうかそうか」
 魔理沙は唾を飲み込み、爆弾を持つ手を思い切り振りかぶった。
「そんなにお腹が空いたなら……特製爆弾(スイーツ)を喰わせてやるぜっ!」
「ひゃうんっ!」
 だがその瞬間、桶が倒れて緑の髪を二つにまとめた幼い少女――釣瓶落としのキスメが中から転がり出てきた。
「お、お前は確か……」
 思わず魔理沙は爆弾の投擲を中止し、その場に立ち尽くした。
「あ~れ~」
 立ち尽くす魔理沙の元までキスメはコロコロと転がり、二人はほぼ同時にその目を合わせた。
「んんっ?」
 少女がもの不思議そうな顔で魔理沙を見つめる。
「な、何だよ……」
 その眼力にたじろぎ、一歩後ずさる魔理沙。
 キスメの身体は意外と大きかった。いや、大きすぎた。
 以前は魔理沙より小さかった身長が、魔理沙を見下ろせる位に伸びている。その背丈は明らかに異常なものであった。
 それを見て魔理沙はまず真っ先に自分の眼を疑ったが、キスメの次の台詞をもって、その疑惑は晴れる事となる。
「ねぇ、坊や……どうしたの? 迷子に……なっちゃった? お母さんとはぐれちゃったの?」
「はァ……? 一体何を言って――」
「まだ小さいのに一人でこんな所にいちゃ危ないよ。お姉ちゃんと一緒に安全な場所へ移動しようね」
「…………え? 小、さい?」
「小さいじゃないの。だって坊や、まだ五才位でしょう?」
 ――おいおい、コイツはまさか……。
 鈍感な魔理沙も、ようやくさっきから感じていた違和感の正体に気づいた。
 そのショックで、思わずその場でうなだれてしまう。
「もしかして立てないの? ほら……お姉ちゃんがおんぶしてあげるから、ひとまずお姉ちゃんのお家にいこ? ね?」
 自分へ伸ばされたキスメの手が、また一段と大きい。
「……悪夢だ」
 そう、キスメが大きいのではなく、魔理沙の方が縮んでいたのだ。
 恐らく原因はさっきの爆発。パチュリ―が仕込んだ盗人対策は盗人を爆死させる為のものではなく、盗人を幼児退行させる為のものだったのである。
 自分の手を見ると、その手はまるで五歳児のもののように小さい。事実、きっと五歳辺りまで肉体年齢が低下しているのだろう。
 この身体では満足に魔法を使う事はおろか、空を飛んで地上へ帰る事も出来ない。しばらくの間、大嫌いな地底の妖怪達の世話にならなくてはならない。
 魔理沙はこれからの事を思い、軽く嘆息した。
「ど、どうしたの……? どこか痛い所でもあるの?」
 そんな表情の魔理沙を、キスメが心配そうに見つめる。そして、「よしよし」と優しく魔理沙の頭を撫で始めた。
「ちょ……おま、やめ……っ!」
 自分より弱い妖怪にそんな子供扱いを受けるのが気恥しく、必死にその手から逃れようとする魔理沙。しかし五歳児の力で妖怪に抗えるはずもなく、その恥辱から逃れる事は出来なかった。
 十分に魔理沙を撫で撫でし終えたキスメは、魔理沙の小さな身体をヒョイとだっこして、洞窟の更に奥へと進み始めた。
「お、おろせって。自分で歩ける、から……」
「嘘はダメ。さっきフラフラしてたの……私見てたんだから」
「う、うぅ……」
 それ以上魔理沙は反論する事が出来ず、魔理沙はしぶしぶキスメの腕の中におさまるのを承諾した。
 ――まさかこの歳でだっこされるとは思ってなかったぜ……しかも、こんな弱っちい奴に……。
 魔理沙は余りの自分の情けなさに少しだけ泣いた。
「そう言えば・・・・・坊や、名前は何て言うの・・・・・?」
 必死に公開処刑に耐える魔理沙の気持ちも知らないで、キスメがふいにそんな質問を問う。
「魔理……」
「マリ……?」
 魔理沙は一瞬本当の名前を言いかけたが、以前キスメを含む地底の妖怪達を片っ端から撃墜した事を思い出し、言うのを控えた。
 ――もっと一般人らしい名前……そうだ、太田とかにしよう。
 魔理沙はそんな事を思いつき、偽名を伝えようと口を開いた。
「私の名前はお……」
「もしかして、マリーちゃんって言うの…? 可愛い名前だね」
 キスメのすがすがしい位の勘違いに、魔理沙は言葉を失くした。
「私はね……キスメっていうの。妖怪だけど……あなたを獲って食べたりはしないから、安心してね?」
 そう言って、キスメは優しく微笑みかける。
「怪我が治るまでの間……私がマリーちゃんのお世話をしてあげる。遠慮せずに、不自由な事があったら何でもお願いしてね…?」
 キスメの温かい手が、再び魔理沙の頭へと伸びる。
「なら――」
 魔理沙はその手を、自らの小さな手で止めた。
「なら、あんまり私の頭を撫でないでくれ……嫌いなんだ」
「ご、ごめんね……もう、しないから……」
 申し訳なさそうに手を引っ込めるキスメ。
 魔理沙はその謙虚な姿に、何だか違和感を覚えた。
 ――コイツ、本当に妖怪かよ。
 人間に対して甘く、優しく、それでいて謙虚……こんな妖怪は見た事が無い。本当に、彼女は忌み嫌われた妖怪の一人なのだろうか。
「もうすぐ、街が見えてくるよ」
 そう言って、再びキスメは魔理沙に向かって微笑んだ。
「きっと皆、マリーちゃんの事を可愛がってくれるよ。本当に皆、優しい人ばっかりだから……」
 その話を聞いた魔理沙は「そんなバカな」と心の中で一蹴し、遠くに見える街の灯りを見やった。
 ――地底の妖怪に限って、そんな事がある訳ない。
 魔理沙だって、偏見や見聞だけで地底の妖怪達を嫌っている訳ではなかった。魔理沙には地底の妖怪達に心を開けない、確固たる理由があった。
 霊夢やアリスの様な親しい友人達には、決して話す事が出来ない、歪んだ理由があったのである。
「あの人を殺した連中が、優しい訳ないじゃないか……。」

 魔理沙のその悲しい呟きは誰の耳に入る事もなく――風に呑まれて消えていった。


     ◆


 魔理沙を抱えたまま桶に乗り、賑やかな旧都の街並みを進んでいくキスメ。そんな彼女に気づき、一人の少女が近づいてきた。
「おー、やっぱりキスメじゃないか。探したんだよ、全く」
 ふわっと膨らんだ独特のスカートを穿く土蜘蛛の女の子――黒谷ヤマメが呆れたように嘆息する。
「待ち合わせ場所にいつまで経っても来やしないなんてさぁ、流石に酷いんじゃないのかい?」
 その言葉を聞き、キスメはしょんぼりと肩をすくめた。
「それはヤマメちゃんが……いつまで経っても来てくれなかったからだよ」
「ほえ? 約束は十二時からのはずだろ?」
「バカ……それはお昼を食べようって決めた時間。約束は九時からだよ」
「な……っ!?」
 キスメの言葉を聞いて、ヤマメの顔が見る見るうちに林檎の様な赤色に染まった。
「ご、ごご、ごめんごめん! 本当、わざとじゃないんだよっ! 信じておくれ!」
 両手を合わせて必死に謝罪を繰り返すヤマメに対して、キスメは冷ややかな視線を送る。
「どうだか……どうせ、またさとりさんの家でお茶でもしてたんでしょ? そんなにさとりさんが好きなら……もうさとりさんと結婚しちゃいなよ」
「い、今さとりのことは関係ないでしょうさ! それに、さとりと私は、アンタが思ってる様な関係じゃ――」
「信じられない」
「キースーメーっ!」
 ――何だ、この二人。仲が良すぎて気持ちが悪いぞ……。
 キスメの腕の中の魔理沙は、完全に置いてけぼりを喰らっていた。
「お、おやおや~、一体その子はどうしたのかなぁ~」
 自分に分の悪い流れを変えようと、ヤマメは話題を無理やり魔理沙の方へ移した。
 キスメはしばらく釈然としない表情を浮かべていたが、すぐにそれ以上の追撃を諦め、しぶしぶと引き下がった。
「この子はマリーちゃん。さっき三角岩の近くで見つけたの」
「三角岩……? 子供の癖に、よく一人であんな所まで来れたわね」
 感心するヤマメを見て、キスメはうなずく。
「きっと迷子だと思うの……お母さんとお父さんを探してあげたいなって……私……」
「ったく……どうせそんな事だろうと思ったよ」
 ヤマメはやれやれと深い溜息をついた。
「で、その子――マリーちゃん、だっけ?」
 ぐいっと魔理沙の鼻っ柱に顔を寄せるヤマメ。その顔は何だかとても面白いものでも見るかのような目をしている。
「マリーちゃんの両親を探すあてはあるのかい?」
「それは……」
「あんた一人で子供の面倒が見れるのかい?」
「が、頑張って……やるよ」
「子育ての仕方も分からないのにかい?」
「う、うう……っ」
「しっかたない子だね……全く」
 涙を浮かべてうつむくキスメの頭を、ヤマメが優しく撫でる。
 そして胸を張って言った。
「それじゃあここは、この地底のアイドル様が人肌剥いでやりますかね」
「そ、それを言うなら一肌脱ぐだよ! 人肌を剥いだりしたら……た、退治されちゃう」
 顔を真っ赤にしてツッコミを入れるキスメを見て、ヤマメはカラカラと明るく笑う。
「まぁーまぁー。細かい事は置いといて、早速キスメの家でご飯にしようじゃないか。約束すっぽかしたお詫びに、腕振るっちゃうよ」


     ◆


 キスメ宅。ヤマメが食事の準備をしている間、キスメは鏡の前でマリーの乱れた髪を整えてあげていた。
 ただし、その髪型は――
「で、できたーっ。やっぱり……マリーちゃんにはツインテールがとってもよく似合ってるの」
「……ありがとうのぜ」
 その髪型は……キスメ自身と同じツインテールであった。
「ご飯出来たよ――ってマリーちゃん、その髪型……うぷぷっ」
 エプロン姿のヤマメは、ツインテールのマリーを見た瞬間、口に両手を添えて必死に笑いを堪え始めた。
 霧雨魔理沙、その生まれ始めてのツインテール経験は嘲笑と共に彼女のメモリーへ記憶される事となった。
 魔理沙は思った。――いっそ殺してくれ、と。
 魔理沙の気高きプライドは、幼児化して二時間ほどにしてもう既にズタボロの状態であった。
「わ、笑うなんて酷いよヤマメちゃん……マリーちゃん、とっても可愛いじゃない」
「可愛いよ、うん。確かに可愛いよ。でもちょっと、私にも事情というものが――うくくっ、ぷはははははは!」
 ヤマメはもう大爆笑であった。
 そして魔理沙は半泣きであった。
 たっぷり大笑いしてヤマメがキスメに頬をはたかれた後、三人はテーブルへと着席した。
 テーブルには白い湯気を漂わせる美味しそうなクリームシチュー、焼き立てのパンにシーザーサラダ、そして綺麗に焼き目のついた鳥の丸焼きが並んでいる。
 魔理沙は思わず唾を飲み込んだ。
「ヤマメちゃん特製ディナーだよ。遠慮せずに食べな」
 ――よ、妖怪が作った料理なんて……。
 魔理沙はそんな事を思い、始めは料理に手をつけるのを躊躇った。
 しかし、そんな事は食べ始めるとすぐに気にならなくなり、結局妖怪の作った料理でお腹をぱんぱんに膨らませて、人生で食べたパンの総計を大幅に更新する事となった。
 自分ではこんな料理作れないし、作ってくれる両親も今はいない。
 心から美味しいと思える料理を食べるのは、とても久々であった
「シチューのおかわりって……大丈夫か?」
「オーケーオーケー。やっぱり子供は素直なのが一番さ」
 そう言ってヤマメは満足そうな笑みを浮かべ、後ろから魔理沙の頭をわしわしと撫でまわした。魔理沙は一瞬抵抗しようとしたが、ヤマメやキスメの幸せそうな表情にそんな気も削がれ、仕方なく、黙ってヤマメの手を受け入れる事にした。
「あっ、ズルいよヤマメちゃん! 私も撫でる!」
「順番さ、順番」
「……しまった」
 強固な壁も一度穴が開けば脆いものである。一度頭を撫でるのを受けいれた魔理沙は、案の定、それからはもう二人に好き放題弄ばれる羽目になってしまった。
 ヤマメの後にはすぐキスメにも頭を撫でまわされ、ヤマメには高い高いをされ、あげくキスメに肩車されたまま旧都をぐるりと一周することが勝手に確定予約。そして実行。
 それはまさに、凌辱と恥辱に彩られた地獄巡りであった。
「やぁ、キスメちゃん。可愛い子を連れてるな」
 街の通りに店を出す、一つの目の妖怪が話しかけてきた。どうやら顔なじみらしく、キスメはその妖怪と親しげに話し始める。
「この子はね、マリーちゃんっていうの。親とはぐれて地底まで落ちて潜ってきちゃったみたい」
「そいつぁ大変だ! よーし、嬢ちゃん、おじさん特製黒りんご飴でも食べて元気だしな! 美味いぞ!」
「…………」
 魔理沙は目の前に出された棒付きの黒い飴を、無言で受け取った。
 そして、どんな反応を示すべきか戸惑い、妖怪と飴とを見比べた。
「マリーちゃん、お礼言って」と、キスメ。
 魔理沙は思い出したように、うつむきながら「ありがとう」と、お礼を言った。
「ちゃんと相手の目を見て言わなきゃダメだよ」
 キスメは眉をつり上げてそう言った。
 ――何でお前に親みたいな事言われにゃならんのだ。
 心の中で愚痴を漏らしながらも、魔理沙は目の前の妖怪の、大きな一つ目と目を合わせた。
「あ、ありがとう」
 一つ目の妖怪がにっと歯を見せて笑う
「気にすんな。妖怪皆兄弟。困った時はお互いさまだ」
「マリーちゃんは人間だっての」
 ヤマメのそんなツッコミに、どっと周囲に笑いが起きた。
 魔理沙もそれにつられて、少しだけ笑った。
「おっ、キスメちゃん。その子はまさか、遂にヤマメちゃんと……」
「ちょいと男女の境界をイジって貰ってさ……ヤッちゃったよ」
 そう言ってヤマメは溜め息。キスメは紅潮。
「や、ヤマメちゃんのバカ!」
「ぶへっ!?」ヤマメの頭へどこからかタライが落ちてきた。
「バカか……コイツら」
 魔理沙はキスメの腕の中で一人嘆息した。
 こんな感じのやり取りを繰り返しながらキスメが出会う知り合い全てにマリーを紹介していったおかげで、小一時間もするとマリーはすっかり旧都のアイドルとなっていた。

「可愛いなぁ、食べちゃいたいくらいだよ」
「アンタのその大口で言われると冗談に聞こえないねぇ……」
「よし、力比べをしようじゃないか」
「姐さん落ちつきな。この子はまだ子供だよ」
「キスメちゃんの小さい時みたいで可愛いぜ。よくおねしょを――」
「お、おじさん……私の子供時代の話は……ちょっと……」

 はじめにキスメが言った通り、出会う人は皆笑顔でマリーを受け入れて、優しい言葉をかけてくれた。たくさんの妖怪に頬っぺたを触られ、頭を撫でられ、たくさんの食べ物を食べさせられ――まるで自分の家族の様に図々しくも温かく魔理沙を可愛がってくれた。
 ――これ程の屈辱を受けたのは生まれて初めてだぜ……。
 繰り返される愛情表現という名の辱めに、魔理沙は思わず逃げ出したくなったが、キスメの腕の中ではそれも叶わなかった。
 顔を真っ赤にして必死にそれに耐え続けるしかなかった。
 そんな様子に気づいたヤマメが、クスリと微笑し、魔理沙の耳元で囁く。
「お疲れ、魔法使いさん」
 魔理沙は目をパチクリさせてヤマメを見やった。
 しかしヤマメはとぼけた顔でしらんふりをし、さりげなく「内緒」のジェスチャーを示してみせた。
「アイツ……一体何のつもりだ……?」
 
 マリーちゃん祭りの影響で旧都はその日――異変が起きた日以来の大きな賑わいを見せた。
 その大騒ぎは夜遅くまで続き、ふと気づくと、歳も種族も関係なく地底の誰もが笑顔を見せていた。心の底から笑っていた。
「キスメちゃん、おじさんと結婚しておくれよォ……」
「一反木綿おじさんは本当、誰にだってそういうんだから」
「おじさんの事が嫌いなの? 嫌いではないでしょ?」
「……えっと」
「そこで悩む!? マ、マリーちゃんはおじさんの事好きだよなァ?」
「ロリコンは嫌いですわ」
「う、うわああああああああああああん!」
 そして、騒動の中心である魔理沙自身も笑っていた。
 皆の笑い声につられるようにだんだんと笑い出してしまい、気づけば、最初の沈黙っぷりが嘘の様によく話し、よく笑う少女となっていた。
 そんな魔理沙の姿にキスメとヤマメは安堵し、二人一緒にその頭へ手を伸ばし、優しく撫でた。
 魔理沙は突然二人に撫でられた事に驚き、すぐさま振り向いたが、何も文句は言わなかった。
 いや、何か文句を言いたくなる嫌悪感などに、襲われなかった。
「楽しかった……?」キスメが思いがけず尋ねる。
 呆気にとられた魔理沙はしばらく沈黙していたが、顔を真っ赤に紅潮させて、囁くように言った。
「楽しかったぜ……あ、ありがとよ」
「もう、忘れちゃったの?」
 キスメの優しい微笑みに、魔理沙の心臓がトクンとなった。
「ありがとうは――」
「ちゃ、ちゃんと、相手の目を見て言う……」
「よろしい」
 そう言って、キスメは魔理沙をぎゅっと強く抱きしめた。
「大好きだよ……マリーちゃん」
「キスメお姉、ちゃん……」
 全身へキスメの体温が伝わり、身体の力が緩んでいく。
 頭によぎるのは、子供の頃の記憶。
 いつだって自分を抱きしめてくれた母の笑顔、体温、そして優しさ。
「マリーちゃんは絶対……お姉ちゃんが守ってあげるからね
「あ、あっ、……ううっ、うう、……」
 魔理沙はその抱擁を受け入れ、久しぶりに感じる他者の温もりに、思いがけず涙を流した。
 何故涙が出たのかは、自分でも分からない。ただ分かるのは――キスメや地底の皆が心から自分を愛してくれている事、ただそれだけだった。
 それが何より嬉しく、そして何より哀しかった。
 ――私が守ってあげるからね。
 自分の母親を殺したモノ達に愛される事が――何より哀しかった。


     ◆

 ――今から十五年前。魔理沙の当時住んでいた村で、一人の男が前例のない奇病に感染した。
 全身から膿がこぼれ出し、働く事は勿論まともに食事する事すら不可能な状態となった男は、すぐに寝たきりの生活を余儀なくされてしまった。病名が不明では対処のしようもなく、過去に例の無い早さで進む悪化の進行に家族が混乱している間に、病人はたった三日で命で落とす事となった。
 その衝撃な事件に村人達はすっかり怯え、病原の感染を防ぐ為に徹底した衛生管理と健康診断が行われる事が決まった。
 本当の地獄は……それから後であった。
 それ以降、村人に感染者が出れば迷わず隔離されるようになった。
 更には、僅かに感染の疑いのある者まで容赦なく虐げ、監禁するようになった。
 しかし、どれだけ対策を練った所で感染者の発生は防げず、村人はどんどん疑心暗鬼となり、村は酷く陰鬱とした雰囲気に包まれていった。
 そして遂に、最悪の事件が村で発生した。
 事件は深夜、男の断末魔と同時に始まった。皆が寝静まった時間帯に、一匹の人食い妖怪が村へ侵入し、村人達を襲い始めたのだ。
 妖怪一匹ならば村の住人達が協力して対処出来る程度の脅威のはず、であったが……互いに疑心暗鬼の彼らが協力など出来る訳もなく、村には無残にも死体の山が積み重なる事となった。
 それはまさしく……幻想郷の歴史に残る地獄絵図であった。

 魔理沙は恐怖に震えていた。自分が監禁されている物置の外で起きている虐殺に怯え、必死に声を押し殺していた。
「きゃはははははは! きゃはははははははははは!」
 金色の髪を逆立てた男が一人、また一人と村人達が殺していく。どうやら魔理沙がいることには気づいていないようであった。
 感染者の疑惑をかけられて監禁された事が、皮肉にも魔理沙の命を救う結果となったのである。
 どれだけ時間が経っただろう。村が完全な沈黙に包まれた頃、物置の扉を叩く者が現れた。そしてその者は鍵を開けて中への侵入を試み始めた。
 魔理沙は必死にどこかから逃げ出そう足掻いたが、どうする事も出来ず、虚ろな眼でその者と目を合わせた。
「魔理沙……? そこに、いるの……?」
 それは肩と胸から大量の出血をする魔理沙の母であった。
 既に視力の残っていない眼で魔理沙を探す母に魔理沙は慌てて駆け寄り、懸命に言葉をかけた。
「魔理沙……? そこにいるの? いたら返事をして頂戴。何だかお母さん、身体が凄く痛いの……痛くて痛くて、堪らないの……一体、どうしたのかしら……」
 魔理沙は出せる限りの声で母へ呼びかけた。呼びかけ続けた。
 しかしその声は虚しく部屋に響くばかりで、母の耳に届くことはなかった。
「誰か……誰か魔理沙を助けてあげて……早く、村から逃がしてあげて……あの妖怪が来る前に、早く……ごほっ! ごほっ!」
 母が口から大量に吐血してその場に崩れ込んだ。そんな母の冷たい身体を魔理沙は涙ながらに抱き締めて、自分の体温を分け与えようと必死に力を込めた。
 母は血塗れの腕を魔理沙の首へ回し、おぼろげな眼で、魔理沙を見つめた。
「魔理沙……魔理沙……?」
 魔理沙がその呼びかけに応えると、母は涙を流しながら謝罪を繰り返し始めた。
「魔理沙……守れなくてごめんね……ずっと、傍にいてあげられなくて、ごめんね……」
 魔理沙はそんな母の言葉に、何も返事をする事が出来なかった。
 泣いて母にすがる事も、その謝罪を拒絶する事も出来ず、どんどん冷たくなっていく母の身体を、更に強く抱きしめる事しか出来なかった。

 人々の絶えた村に、魔理沙の悲痛な叫びが木霊した。


     ◆


 旧都からの帰路。整備されず巨大な岩のたくさん突き出た道を、騒ぎ疲れて眠ってしまったキスメをおんぶし、マリーを入れた桶を抱えたヤマメが進んでいく。
 どちらも子供とはいえ、二人を抱えているのにものともしないヤマメの様子に、魔理沙は驚いて尋ねる。
「重たくないのか……?」
「地底のアイドルはこんなんじゃ潰れないさね」
 アイドルって普通非力なものだろ……と魔理沙は小さな声でツッコミを入れた。そんな魔理沙を見てヤマメは「たはは」と笑う。
「キスメの奴、すっかり大きくなって。昔はあんなにも小さかったのに……お姉ちゃんだなんて……ふふっ、全く、まいったまいった」
「キスメを育てたのはヤマメなのか?」
「まぁ、世話ってほどでもないんだけど。今のアンタ位だったね、そう言えば。キスメを川で拾ってきたのも」
「拾ってきた?」
 ヤマメは遠くを見つめる様に、その目を細めた。
「ああ。私が心から死にたいと願っていた時だよ。自分という存在の重みに耐えられなくなりそうだった時、この子は現れたんだ。そしてこんな私に……生きる意味を与えてくれたんだよ。だから私は、この子の為なら命を張れる。自分の全てを捧げる事が出来るんだ」
 なんてね、と軽くおどけて見せるヤマメ。
 わざと道化を演じ、自分の陰を見せないその姿は、どこか普段の魔理沙と似ている気がした。
 そんな彼女へ、魔理沙は問う。
「土蜘蛛。一体、お前は何を企んでるんだ?」
「はてな……アイドルに陰謀は似合わないよ?」
「力仕事も似合わないと思うけどな」
 桶の中からヤマメの顔を見上げ、魔理沙は続けて問うた。
「お前、私が霧雨魔理沙だって気づいてるだろ?」
「だとしたら何だい? マリーと呼ぶのはやめて欲しい、とか?」
「とぼけるなよ。なぁ、土蜘蛛」
 魔理沙は刺すような鋭い眼でヤマメを見た。
「お前らを傷つけた私に、どうしてお前は優しく出来る」
「それはお互い様だろう……?」
 ヤマメが目を細めて魔理沙を見つめる。
「アンタ、地底の連中の中でも特別、私ら土蜘蛛を嫌っているみたいだけど……それはどうしてだい?」
「やっぱり……お前も知っていたんだな」
「私らの情報網を舐めないで欲しいねぇ。私は旧都一の情報通と名高いんだから」
 ケラケラと、ヤマメが自嘲するように笑った。
「自分達を傷つけた相手と、私らが傷つけた相手には特別詳しいんだよ――私ら土蜘蛛はね。霧雨道具店の一人娘さん」
「あの時の事件は……やっぱりお前らが原因か」
「ああ。あの日――十五年前、人間の村一つを壊滅させたのは、私らの群れから離れた一人の男だ。私の幼馴染が起こした事件だよ」
「幼馴染……? 関わりが、あったのか……?」
「ああ。家族のいなかったアイツにとって、私はお姉ちゃんみたいな存在だった。まさに、今のアンタと、キスメみたいな関係だった」
 ヤマメの笑みが、酷く悲しげな色を帯びるのを、魔理沙は感じた。
「そして、だからこそ……私がアイツを殺した。アイツの罪の償いを、アイツの代わりにしてやる為に、ね」
 魔理沙が冷淡な眼でヤマメを見る。
「つまり、これはその罪滅ぼしだ、って言いたいのか? 言っとくが私は――」
「そんなんじゃないさ。私はあの事件を言い訳する気もなければ、罪滅ぼしを果たそうとも思っちゃいない。お前さんだって私を殺そうだなんて思わないだろう?」
 ヤマメは一つ嘆息し、言葉を続けた。
「私はただ、キスメを傷つけたくなかっただけさ。せっかく見つけた妹分が、実は前に自分をボコった人間だった、なんて知ったら傷ついちゃうからね」
「勝手に妹分にするなよ」魔理沙が顔を赤くして頬を膨らませる。
「結構まんざらでもなかっただろ? マリーちゃん」
「バカか! こんな、ツインテールなんかにされて……どれだけ恥ずかしかったと思ってる……」
「あはは、似合ってるから良いじゃない」
 ヤマメは苦笑し、魔理沙の頭を優しく撫でる。
「お、お前……!?」
「まぁまぁ。ここにいる間だけでも子供でいなって」
「どういう意味だ!」
 魔理沙が腕を振り回すのを見て、ヤマメは口笛を吹きながら魔理沙の頭から手を離した。
「そのままの意味さ。私らのことを家族だって思って欲しいって事だよ。特に、キスメをね」
「誰がお前らなんか、お前らなんか……」
 魔理沙は涙を浮かべながらヤマメを睨んだ。
「母さんを殺した奴らを――どうして家族だなんて思わなきゃならないんだよッ!」
 魔理沙はそう言ってから自分の失言に気づいたが、もう出てくる言葉は止められず、堰を切った様に泣き始めた。
「私はずっと恨んできたんだ……人間も妖怪も、皆、皆……だから魔法を学んだ……人間の里を去った……。それなのに、こんな私に皆優しくしてくれて、愛してくれて……私の復讐心を、消してくれて……だんだん、皆の事を、好きになってしまって……」
 それは、ずっと誰にも言えなかった事だった。
 自分が本当に魔法を習った理由、自分の心の底に今でも眠っている殺意、そして復讐心。
 誰にも言えず、ずっと隠してきた真実(おもい)が、口から溢れだしていく。
「ずっと嫌っていた地底の妖怪達まで……母さんを殺した犯人のお前達まで好きになってしまったら……一体私は、どうすれば良いっていうんだよぉぉぉおおおおっ!」
 大粒の涙を流して、魔理沙はヤマメに向かって叫んだ。
 ヤマメはそんな魔理沙を優しく抱きよせ、そして言った。
「そんなに誰かを殺したいなら……私を殺せば良いさ」
「な、何を言って……」
「お前がどうしても自分を許せないと言うなら……私を殺させてやるって言ってるのさ。だから――」
 魔理沙の鼻先をつまんで、ヤマメは笑った。
「だからもう、自分を許してあげな。母親を救えなかった自分を責めるのは、もうやめなよ。アンタの罪は私が一緒に背負ってやるから。だからこれからは……自分の幸せの為に生きなさい」
「――――ッ」
 その言葉を聞いて、魔理沙の目に再び大粒の涙が浮かんだ。
 涙はそのまま頬を伝い、桶の中へと落ちていく。
 ぽたり、ぽたり。それはまるで、雨の雫の様であった。
「ははっ、やっぱりアンタとキスメって似てるわね。キスメと同じで泣き虫さんなんだから」
「へっ……泣き虫だって許されるんだぜ」
 ごしごしと涙をぬぐい、魔理沙は不細工な笑顔を作ってみせた。
「何たって私は今――子供だからな」
「ふふっ、存分に甘えるが良いよ。キスメお姉ちゃんにね」
「んん……っ」
 突然ヤマメの背中でキスメが声を発し、二人は驚いて同時にキスメの方を見る。
「マリーちゃん……」
「ど、どうした……?」
 そう尋ねて、魔理沙はごくりと固い唾を飲み込んだ。
「ちゃんと……お礼を……言い、なさい……」
「…………ぷっ、ぷはははははは!」
 ヤマメと魔理沙は目を見合わせ、声を出して笑った。
 それは何とも可愛らしい寝言であった。
「キスメの奴、すっかりおねえちゃんだねェ」
「本当、頼りになるお姉ちゃんだよ」
 魔理沙は呆れて嘆息し、小さい声で囁いた。
「ありがとうな……キスメお姉ちゃん」


     ◆


 それから数日間、魔理沙はキスメと生活を共にした。
 キスメは事あるごとに魔理沙へ礼節の注意をし、その度に魔理沙はしぶしぶその言葉に従った。キスメと一緒に地底の色々な場所を見て回り、多くの妖怪と出会い、親しくなった。
 そして怪我が完治して地上へ帰る事が決まった日には――地底の妖怪達に対するわだかまりは、完全に魔理沙の心から消えていた。
「世話になったな」
 地底の入口に立ち、魔理沙は二人の友人を振りかえった。
「私上最悪の暮らしだったが……二人のおかげで楽しかったぜ」
「どうしても、行っちゃうの…?」
「わがまま言うんじゃないよ、キスメ」
 うつむいて両目に涙を滲ませるキスメの額を、ヤマメが小突いた。
「マリーにも帰るべき場所があるんだ。お前なら……その大切さがよく分かるだろ?」
 ヤマメの言葉にうなずき、反論をやめるキスメ。しかし今度は「人里まで見送りたい」と言い始め、マリーを自分の桶に入れたまま放そうとしなかった。
 その強情っぷりに二人は折れて、人里の近くまで三人で行く事を決めた。そしてその途中、しばらく歩いていると――
「お、お前らは……!?」
 茂みの中から現れた中年の男性数人と、三人は鉢合わせた。
「おおっ、丁度良い所に人間が」
「せっかくだからこの人達に、マリーちゃんを……きゃァ!?」
 近くへ寄ったキスメに、人間達は躊躇なく蹴りをかました。
 桶から吹き飛ばされ、キスメの小さな身体が地面を転がる。
「キスメ!? お前ら、何をするんだよ!?」
 魔理沙の怒声も無視して、人間達は三人の周囲を囲んだ。
「貴様ら、地底の妖怪だな……っ!」
「汚らわしい妖怪どもめ! どうしてこんな所を歩いている!」
 間髪いれず、男性の一人が腰の刀を抜いてヤマメへと突きつけた。
 男の目には、明らかなる殺意が見える。
「ふぅ……穏やかじゃないね」ヤマメは微笑し、嘆息した。
「人間の子供を一人届けにきただけだよ」
 ほら、と桶の中から魔理沙を取り出してみせるヤマメ。
 そんな彼女へ、男性は情けの欠片すら見せず斬りかかった。
「ヤマメ!?」
「ヤマメちゃん!?」
「くくっ……乱暴だねェ……」
 ヤマメはそれを避ける事なく、左腕でその斬撃を受けた。
 勢いよく血が吹き出る、ヤマメが無言のまま右手でその刀身を掴む、男は恐れて刀を引こうとしたが――ヤマメの怪力の前に、それは無意味であった。
「ウチらが怖いのか…? なァ? どうなんだい?」
「こ、この人食いどもが……っ!」
「ふーん、娘が妖怪に喰われた、って所かい? お気の毒にね」
 そう言ってヤマメは、手中の刀を握力で握り砕いた。
「だからと言って……幼子の傍で刃物振り回して良い理由にはならないだろうがッ! マリーが怪我したらどうするんだい!」
「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!?」
 人間は悲鳴を上げながら地面へ崩れ落ちた。
 その眼にはもう、戦意は残っていない。
「おい、ヤマメ! う、腕が……血が、たくさん……」
「大丈夫、舐めりゃあ治るよ」
「ば、バカか……どうして、お前は……」
 魔理沙の言いたい言葉を察知して、ヤマメは笑った。
「嫌われる事には慣れているのさ、私達はね」
「そ、そんな事言うなよ…っ! お前らはあんなにも――」
 魔理沙の脳裏に、地底の妖怪達の笑顔がよぎった。
「あんなにも、良い奴じゃないか……ッ!」
「マリーちゃん」
 涙を流す魔理沙を、キスメが後ろから抱きしめた。
 悔しさに震える魔理沙の身体に、キスメの温もりが伝わる。
「私達の事は良いから。マリーちゃんはお母さん達の元にお帰り」
「でも……でも、それじゃあお前らが!」
 キスメの方を振り返り、気づいた。
 キスメが目に涙を溜めて、必死に悔しさに耐えている事に。
 悔しくない訳が無かった。
 何もしていないのに罵倒され、大切な友人を傷つけられ、何も感じない訳が無かった。
 それでも、キスメは耐えている――ここで手を出せば、自分だけでなく地底の住人全てに迷惑をかけるが故に。
 そして何より――魔理沙を無事に人間の元へ届けるが為に。

 魔理沙はもう何も言わなかった。
 無言で人間の元へ近寄り、その優しさの全く感じせない無骨な腕の中に収まった。そんな魔理沙の姿を、後ろからキスメとヤマメが名残惜しそうに見つめていたが、すぐに茂みに隠れて、その姿も見えなくなった。
「本当に、気味の悪い連中だったな」男の一人が呟く。
「ああ。あれが村の伝承に残ってる地底の妖怪か……恐ろしいったらない。次に見つけたら、必ず仕留めてやる」
「村の連中にももっと声をかけよう。妖怪は駆逐せねばならん」
「…………」
 魔理沙は無言で人間達の話に耳を傾けていた。
 聞けば聞く程、不愉快になる会話だ。
 ――何故コイツらはアイツらを嫌うんだ。
 ――何故コイツらは伝承などでキスメ達を見るんだ。
 ――何故コイツらは、こんなにも、こんなにも――ッ!
「お前も災難だったな。どこの子かは知らんが……妖怪達に囲まれて、それはそれは不愉快だったろう?」
「―――ッ!」
「いてっ!?」
 魔理沙は思わず男の腕を振り払った。地面に落ち、身体を打つ。
 だがそんな痛みは、今はもう全く気にならない。
「い、一体何を……」
「私もお前らと同じだった……だから、多くは言わない」
「はァ?」
 魔理沙は男達にミニ八卦炉を向け、盛大に叫んだ。
「皆まとめて……吹き飛びやがれ!」

 ――マスタースパーク!

 数日間沈黙を守っていた火炉が、遂に火を吹いた。
 カッと周囲が明るくなり、男達の痛烈な叫びが周囲に響く。
 木々が押し倒され、砂煙が周囲を満たしていく。
 視界が元に戻る頃には、既に男達の姿は見えなくなっていた。
「ハァ……ハァ……ざまぁ……みやがれ……」
 息を切らして、自分の手を見る。
 その手はよく見慣れた自分の手――元の大きさに戻っていた。
 ぽたりぽたりと、その手に涙の雫が落ちて弾ける。今、その手を握ってくれる者のいない事が――無性に寂しく思えた。
「ははっ……アイツらがせっかく我慢したってのに、私がキレちゃ世話ないな……」
 魔理沙はその場に崩れて、声を殺して泣き始める。
 この数日間で、魔理沙はすっかり泣き虫となっていた。
「情けないな……キスメの泣き虫が移っちまったぜ」
「キスメお姉ちゃんだろ?」
 その声を聞いて魔理沙は顔を上げる。その眼に、見慣れた二人組の姿が映った。
「お、お前ら……どうして!?」
「忘れ物を届けに来たのさ。ほれ、魔法使いの帽子(トレードマーク)。キスメが見つけてくれてたんだよ」
 魔理沙は驚いて、キスメの顔を見た。
 キスメは申し訳なさそうに、帽子を前へ突き出している。
「ごめんね……魔理沙さん。本当は始めから気づいてたの……その、小さくなる瞬間を、見ちゃってたから」
 涙を流しながら、キスメはしょんぼりとうつむいている。
 魔理沙は微笑み、その小さな両手を自分の手で包んだ。
「謝らなくて良いぜ。この数日間、本当に楽しかったからな」
 魔理沙の顔を、顔を赤くしたキスメが見つめる。
「あ、ありがとう……魔理沙さん」
「もう忘れたのか?」ちっちと指を振る魔理沙。
 キスメが大きな瞳をぱちくりさせた。
「――お礼を言う時は相手の目を見て、だろ?」
 キスメと魔理沙はお互いの顔を見合い、大きな声で笑う。
「それじゃあ、言おうか――」

「ありがとう、お姉ちゃん」
「ありがとう、マリーちゃん」

 森の中に、二人の楽しそうな声が響き渡った。


「めでたしめでたし、ってね」
 ヤマメが地面に顔を埋める人間――自分に斬りかかった男の尻の上に座って、一つ溜息をついた。 
 グリマリ読んだ時に「え? ヤマメちゃんの事嫌い過ぎじゃない? これは間違いなく過去に何かあったな、何とかしてヤマメちゃんと仲直りして欲しいな、そしてついでにキスメちゃんにメロメロになって欲しいな、ヤマメちゃんにナデナデされて顔に真っ赤になって欲しいなうっきょおおおおおおおおおい!」と思ってから約一年半、遂にこんな私得な作品を描いてしまいました……。

 本当に、お目汚し申し訳ないです。

 半年ぶりの新作がこんなもので良いのかと自分でも疑問でしたがどうしても書きたかったのですキスマリちゅっちゅっ。
 
 キスメと魔理沙をメインに書くはずがどんどんヤマメちゃんの存在感がぐれいどおっぴ。
 ヤマメちゃんは本当に恐ろしい子。

 キスマリを他に描いてる人はいないのかと検索してみたらレイマリの本が出てきました……Oh。
藤八景
http://twitter.com/#!/fuzihati
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1070簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
少しはヤマメの過去を描いても良かったんじゃなかろうか。
いや、個人的に興味があるだけだが。
16.80とーなす削除
ちょっとストーリーの重厚さと壮大さに対して文量が少なすぎた感じ。
わがままを言えば、これだけ設定や展開がたくさんあるのなら、どっしり腰を据えてやって欲しかったな、と思います。
というわけで、シリアスシーンが急すぎてなかなかノリ切れなかったです。
コメディシーンは好きなんですが。お姉ちゃんぶるキスメにときめいて仕方ない。
27.100中岡削除
いがった!(`・ω・´)
濃密!(`・ω・´)
土蜘蛛に陰謀は似合いませんな(´・ω・`)