小屋の窓から蒼い光が差さないことに驚いて、ああ、今日は晦日(つごもり)だったと直ぐに気づいた。だから月はなく、はじめから闇に慣れたぼくの眼だけが光っていたのに違いない。
ざんざ、ざんざ、と波の弾ける音だけが聞こえてくる。
寝床の中で幾度も幾度も身体をごろごろと転がしていると、幼いころから慣れ切ったはずの潮のにおいが、妙に厭わしいものに感じられて仕方がなくなって来た。だから、それから逃れるためにもっともっと身を転がしていると、頭の中身が次第に痺れていくように思った。潮のにおいは、あの子のにおいと同じなのだ。あの子はいつも、晦日の晩には浜に居て、どこか知りもしない遠くの遠くの場所を見つめているから。
ばかな女だと、仲間たちとはよく噂し合っていた。ああ、あれはおっ父が死んで、おかしくなったんじゃろ。かわいそうに。ああして気が違えてしまっては、もう嫁の貰い手も居ないだろ。口の端をさも可笑しいとばかりに歪ましてみんなは笑っていた。ぼくも笑っていた。そうすることが、誰かの語りを耳にするときの礼儀だったからだ。
ごくありふれた光景だった。仲間たちが、そうして彼女に蔑んだ眼を向けているのも。そうして、いつの間にかみだらな熱を帯びた息を吐き出して、その言葉に火が入り始めていることも。ぼくはみんなを諌めるようなことはしなかった。彼女のことを思い出すと、記憶の中の彼女が、ぼくの身体の真ん中に、ねぶるごとく執拗に絡みついてくるように感じられて、とても心地が良かったのだ。おそらくみんなも、そうだったのだろう。
闇に闇を塗りつけようと思って、精一杯に目蓋を閉じた。未だ何もしていないのに息が段々と荒くなっていくのが解った。自分以外に誰もいない小屋の中で、潮の――彼女のにおいが少しずつ人の形になろとしていた。ぼくの錯覚に生じた彼女は、もう生きてはいなかった。人のにおいを漂わせることをやめ、男をたぶらかす化け物みたいに、ぼくの頸に腕を絡みつかせた。ふたりの足が重なって、ぼくは束の間、どこへも繋がらない暗闇の中に落ち込んでいく。耳の付け根を這う生ぬるいものは舌だ。彼女はぼくの顔を舐めた。仔犬のごっこ遊びをするように、ただその場所だけを一心に舐め続けていた。ぼくもまた、両腕で彼女を押し戻して、その首を舐めた。海の水と同じ味とにおいがした。彼女は海から生まれたに違いない。そうして男を引きずり込もうとする怪異の類だ。それがぼくの思惟の中に姿を現して、今こうしている。
ぼくは、自分の股の間に手を差し伸べた。
干物の悪くなったのみたいな、厭らしいにおいがして理性が一瞬だけ引き戻される。それをはるかに超えてしまうくらい、強い強い欲望に幾度も触れ続けていた。しばらくすると、熱のかたまりになったその部分に“心地よい嫌悪”が走った。全身が痺れ、頭の中にちかちかとしたものが閃く。ぼくは未だ、自分自身でこの汚らしさを感じる以外の方法を取ったことはなかった。
すべて終わってしまうと、彼女はもうすでに跡形もなく消え失せていた。乾き切った唇を舐めると、近くにあったぼろ布で手のひらをぬぐった。潮のにおいはすでに薄れていて、部屋の壁に立てかけてある銛の、錆びついたにおいだけがやけに鼻についた。
――――――
あの子はやっぱり、いつもの浜に居た。よれよれになった、真白い襦袢だけ身につけて。
村の漁師連が、たくさんの船を置いているところ。未だ使わない網を木の柵に引っかけて、風に晒しているところ。辺りの地面に、どこかの子供が忘れていった風車が一本、突き立っている。最初、三枚あっただろう羽のうち、一枚だけが欠けたみっともない姿だ。海と陸(おか)とのいちばんの境であるその浜で、彼女は両手をぶらぶらと動かしながら、暗みとひとつに融け合った水平線の向こうに眼を向けている。ぼくから見えるうなじと頸筋は、さっきの夢想からすればはるかに汚らしかった。粉を吹いたみたいに汗の粒が張りついて、見ているだけで口の中が塩辛くなってくる。ここは、潮のにおいが強い。
サクサクいうぼくの足音に気づいたらしい彼女は、にわかに振り返り、とッ、とッ……と、まるで石畳の上でも飛ぶようにしてぼくの方へと近づいてくる。途中にある風車を引き抜くと、片輪になってしまったそれに「ふうーッ」と息を吹きかけた。かァら、かァらと力なく回転を始める様子を見、白痴めいた微笑を浮かべていた。
「あんた、何しに来たの」
「何でもねえ。おれは、眠れなかっただけなんだ」
「ふうん」
と、だけ答えると、彼女はまたぼくに背を向けて踵を返した。
なぜか、ぼくひとりだけがこの場に置いていかれるのが怖くなって、早足で彼女の後を追いかけた。どこか夢を見ているようにふらふらと進んでいく彼女。また、元いた場所にまで戻って来ると、風車を海に向けてぽいと放り投げてしまう。星明かりでどうにか、真白い渦を巻いていると判る波の動きに洗われて、風車は直ぐに陸まで押し戻されてしまう。それを彼女が足で弱々しく蹴りつけると、再び海に飲み込まれる。陸と海との行き来を何度も見比べていた彼女に、あと数歩のところまで近づくと、突然、彼女はぼくへ顔を向けた。そして、いたずらっぽく笑むままに、
「私もだよ」
そう言った。
「よくもまあ、飽きずに。こうやって浜に来るよなあ」
「うん、うん。だっておっ父が漁から帰って来なかったのも、こういう、月のねェ晩だったから」
なにひとつ、かなしむところも悪びれる様子もなしに、彼女は言いきる。ぼくは、あまりはっきりとしたその言葉を聞いて、無言にさせられた。
「こうやって待ってれば、いつか帰ってくるかもしんねえから」
そうか、と、慰めにもならない返答は、彼女に聞こえたのだろうか。
この村の男たちがみんな漁師になるように、この子のおっ父も漁師だった。それも、村いちばんの腕利きの漁師だった。どこに魚が潜んでいるのかを簡単に見破り、空模様や海の荒れ具合を予見させれば決して外れない。固く分厚い手に船の櫂を漕がせれば十人力、竿を握らせても網を引かせても、彼以上の漁師は村には誰も居なかった。彼が漁に出るならいつも大漁だから、まるでお守りのように、大事に大事に思われていた。
そんな人が死んだのは、本当に不思議なことだった。
何かの兆しというものは、そういうときに訪れるものだろうか。彼女のおっ父が死ぬ直ぐ前、あれだけたくさん捕れていたはずの魚が、まるで捕れなくなった。時化(しけ)というのでもなく、波も穏やかで、風だって強すぎず凪いでもいない。とても良い海だったのに、魚も貝も何もかも、まるで姿が見えなくなった。針にかかるのは腹の足しにもならない雑魚ばかり、網を引けども石と砂のかたまりだけ。
海の向こうから、ごうごうという雷みたいなうなり声を聞いたという者が居た。あまりたくさん魚が捕れるから、海が怒っているのだと言いだす者も居た。
誰にも、この凶事の原因など解らなかったけれど、海が怒っているのだという結論に、いつの間にかなっていた。つまり、あまりたくさん魚を捕りすぎたから。
すると、あれだけ大事にされていたこの子のおっ父は、迷信深い年寄りたちに煙たがられるようになっていった。彼がいちばんに有能な漁師だったから、彼がいちばんに海からの怒りを買っているのだと。もっと若い連中は何も言うようなことはなかったけれど、その眼に失望の色があったことだけは確かだ。あれだけたくさんの魚を捕って来たのに、今はこんなにも役立たず。
彼はそれでも何も言わなかった。家に溜めこんだぶんの干物や何かを大事に食べながら、毎日、漁に出続けた。何も捕れないのを知っていながら。
そして、あるとき、帰らなかった。晦日の日、いつものようにたったひとりで船を浜から押し出して、水平線の向こうに行ってしまった。月も風もなかったその晩、彼が乗っていた船だけが、きィこきィこと櫂をきしませながら、村まで戻って来た。彼は死んだ。海に落ちて死んだ。そういうことになった。誰もその最期を見届けないまま。
それからのことだ。
その娘である彼女がこうして、晦日の晩に浜へ出るようになったのは。
今でもこうして、帰って来ないおっ父を待っているのだ。
母は居ない。彼女を産んで直ぐのとき、死んでしまった。
この子は、もう、ひとりぼっちだ。
死んだこの子のおっ父のことを、海の化け物に魅入られたのじゃないかという者も居た。
もちろんそんなことが本当であるのか、誰にも判るはずはない。だけれどもひとつだけ確かなことは、海に憎まれているといわれた男がひとり、死んで、それでもなお“海は未だ怒って”いるのだということだ。叩き折られた竿が転がって、干からびた魚網が打ち捨てられているのももう見慣れてしまった。ぼくの小屋に立てかけてある銛も、みな錆びついてしまった。飢えて死んでしまう者さえ未だ居なかったけれど、この村はもう直ぐ終いなのかもしれなかった。代々、漁をすることだけで生き永らえて来た集落だ。今さら他の何かをしようと思っても、海のにおいは肉の一片、骨のひとかけら、髄のひとすくいにまで染みついていて、故郷を棄てることもできやしない。
そして、まるでそんな異変に連なるみたいにして、この子も少しずつおかしくなっていった。もう決して帰って来ないと村の大人たちから何度も言われているのに、毎月、おっ父が死んだ晦日の日には、月明かりを探るようにしてふらふらと、浜までやって来て父親の帰りを待っているのだ。ぼくたちには絶対に見ることのできない遠くの、遠くの、どこかを見定めているように、眠ることもなく、飽くこともなく、暁がやって来て夜が海の中に融けて消えて行く時間まで、そうして世界の端っこを見続けている。
気を違えた哀れな女。村の男たちがそういう口ぶりで彼女を見るときには、いつでもみだらな熱がこもっていた。
「寒くァねえのか」
急に心配になって、ぼくは彼女の元へ駆けた。
膝を少し曲げて立ち尽くす彼女の横顔が、上気しているように感じられた。本当のところはどうだったのか判らないけれど。わずかもぶれることをせずに海を見つめ続ける彼女の視線が、ぼくを向かないのは僥倖だったのかもしれない。
この子の頬は錆びついたみたいに汚れていた。それをときどき手のひらでぬぐいながら、彼女は唾をごくりと飲み込んでいる。耳を覆った髪の毛はごわごわと動き回り、ときおり陸まで及ぶ潮のしぶきを吸い込んで、毛の生え際が縮れ、ほつれている。額にかかる夜気の冷たさを気持ちよく思うのか、きゃッきゃッと声を上げては何度も微笑を浮かべていた。
「寒くァ、ねえの」
彼女が、ぼくの問いをまるっきりこちらに返して来る。
それに対して「いいや」と答えるのに精いっぱいで、ぼくはまた直ぐに黙り込んでしまう。彼女の眼は、やはりこちらを向かなかった。一心に相手を見つめているのは、ぼくひとりだけだった。
襦袢の下で、心の臓に押されて脈打つふたつの乳房を想像した。痩せた身体の真ん中にある、今にも壊れそうなみぞおちを突いてみたいと思った。黒い汚れの詰まった手足の爪を綺麗に洗ってやりたいと思った。こんなぼろぼろの着物でなく、もっと立派なのを着せてやりたいと思った。そうしてぼくの手でそれをびりびりと引き裂いて、その奥にある『女』に触れてみたかった。ぼくのいちばん奥底にある、もっとも厭らしいぼく自身が、熱と共に息をし始めていた。
だから、ぼくは彼女を犯していた。夢想の中で、寝床に現れる錯覚と交わっていた。
彼女の肉体はどこまでも海の物で、しかし、その姿だけでもぼくは自分のものにしたかった。ぼくは、そういうことを考えてしまうぼく自身が、世界の誰よりも大嫌いで、しかし、ぼくは、彼女のことが、ぼく自身よりも好きだった。気を違えた女のために、ぼくも気を違えてしまったのかもしれなかった。
「私、知ってんだよ」
何かを見透かすような声で彼女はつぶやく。
心の中を知られてしまったように怖気が走って、束の間、熱が冷めていく。何か弁解をしようと考えたけれど、口の中がからからに乾いて言葉がひとつもつくり出せないでいた。しきりに唇を舐めることしかできないぼくを――ようやく海から眼を離した様子で――彼女は見た。
「知ってる。何を……」
「金色の髪の毛した、へんな女の人が言ってたんだ。どこかに、人間も化け物も神さまも、生きてるのも死んでるのも、みんなで住んでるような場所があるって」
いひひ、と、彼女は笑う。
黄色く汚れた歯を唇の奥からぼくに見せながら。
ぼくも釣られて笑ってしまった。何もおかしくはないのに。でも、それは嘲りや何かとは明らかに違う感情であり、頬に走る引きつったような違和の感が、ひどく心地よいものであるように思えた。
「だから、ひょっとしたら、おっ父もそこに住んでるのかもしれないと思う」
さっきよりも一段、声を低くして、彼女はまた言った。
今度は笑っていなかった。至って真面目な顔つきで。
「このままおっ父が帰って来なかったら、私も、いつかそこに行ってみたいな」
「ああ、そうか。そうなのかあ」
「うん、うん。そうだよ」
間延びしきりの声を発するぼくに、彼女は足を砂に擦りながら近寄って来る。
そして、袂から伸びる垢じみた腕をぼくの頸に巻きつかせた。ぼくの耳に彼女の唇が近づく。ふ、ふう、ふ、と、小刻みの息づかいが触れた。舌で舐められるよりも、それはきっとくすぐったい感覚だった。夢想の中の感触よりも、幾らも乱暴な心地よさだった。
「あんたの他には、未だ誰にも言ったことがねえのさ、これは。秘密だよ。ふたりだけの」
「秘密。おれと、おまえの」
「そうだよ。私と、あんたの」
ざんざ、ざんざと波の音が弾け飛び、互いにうるさい無言を強いた。
彼女の告白は、細部まで聞き取ることが難しかったけれど、確かにそんなことを言っていた。ひどく嬉しかった。嬉しいはずなのに、ぼくはなぜか泣きたかった。吐き気のようなかなしさが、喉の奥からどんどんせり上がって来て、元より暗い視界を占領していく。
「その、へんな女の人っていうのは」
「わかんねえ。もしかしたら、物の怪かもしれねえ。旅の途中で、この辺りの海に来たって言ってたよ」
幾度も幾度も足下の砂を蹴っ飛ばしながら、彼女は続きを言った。
再び視線を海原に戻すと、すう――っと腕を上げ、指先を水平線に向けた。何かを指し示しているのだと気づいて、ぼくはそちらを見る。月のない、晦日の海。凪ぐこともせずに弱々しい風が吹き、暗夜をつくっている。暁までは未だ少し遠い。ざんざ、ざんざと夜が鳴る。その向こうを、彼女は指し示していた。
「見てよ、もう直ぐ。――――……“あれ”だよ」
どこか恍惚の影を漂わせて、彼女は言った。
最初、海の向こうにほの見えた光をぼくは夜明けが早まったせいだと思った。
しかし、天を舐めんとするように細長くたなびくそれは太陽の光などではなかった。意思あるものが連なった、生きた隊列に他ならなかった。金色の尾を引いて空に昇る素振りを見せたかと思うと、こちらを騙るごとく真横に伸びて行く。いっぱいに開いたぼくの眼の端から端、およそ浜から臨む海のすべてに光は足跡を留めるつもりらしかった。頭を振り、尾を揺さぶり、舌を突き出し、足をぶらつかせる。全体は巨大な海蛇のようにぐねぐねと動き回り、しかし、そのひとつひとつがまったく違う考えを持って踊っている。同時に、もっとも先頭を行くひときわ大きな光が確かな意思を持って、金色の列を先導している。確かに、“あれ”は生きている。どこに向かうでもなく、何を目指すでもなく、愉悦を食むままにして海を横切っている。
ぼくは思いきり眼を凝らした。彼女がいったい何を見たのか、確かめたかった。
先頭に居るのは、金色の髪の毛をした、ひとりの背の高い女だった。大きく膨らんだ帽子からその髪を垂らし、唇の端を歪ませて愉しげに歩いている。その直ぐ後ろに、たくさんの狐の尻尾を持ったもうひとりの女が従っている。先頭の女よりさらに背の高い彼女は、頭をぺこりと下げて、主人にかしずくしぐさを崩さなかった。その後ろを、数多の物の怪が連なっている。鳥の羽を震わして高らかに歌う少女が見えた。胸に抱いた大きくて赤い眼の珠をぐるぐると動かす者が居た。黒々とした翼を羽ばたかせて空を旋回する女が笑み、それを真下から見上げているのは瓢箪を片手にした小柄な奴だった。そいつの捻じれた二本の角を、指の爪を噛みながら忌々しげに睨む女。彼女の耳は尖っており、それを覆い隠さんばかりに巨大な傘を、下駄を履いた誰かが持ちあげている。
おそろしい光景だった。
幾つもの化け物が列を作り、それぞれに何かを喚き散らしながら海の上を闊歩している。昼を呪い、夜を称えるような、怨嗟の気配が感じられた。だけれどそれは安堵でもあった。この夜の中が、なにひとつ存在を許されないほど酷薄な物ではないと、少しずつ思うことができた。おそろしいものであり、しかし、金色の光はとてもきれいだった。極楽に咲く蓮の花に、地獄の燐火を灯したら、こんなきれいな火になるだろうか。そして、それは死んだ人たちの魂をもてあそび、いま生きているぼくたちを嘲り笑うための炎だろうか。
ぼくは、この炎の名前を知らない。だから、おそろしいものだとだけ確信して、美しさを唾と一緒に飲み込むことしかできやしないのだ。これが死を燃やして猛る炎だとするのなら、何て清らかな色をしているのだ。ぼくの知っているあらゆる情念の火の色よりも、ただ生のみを欠落した火の色の方が、はるかに、はるかに、美しい。
「ねえ」
「なに」
短く訊く彼女に、ぼくも短く答えてやる。
言葉こそそれほど大きな意味を持ち得ないものだったけれど、さっきよりも明らかに小さな声音には、心細さの色が漂っていた。
金色の列から眼を背け、彼女はぼくの顔を正面から見据えた。頬の内側が震え、唇が開かれようとする気配がした。意味ある言葉を転がし回り、ようやく言うべき何かを見つけたらしく、彼女は口を開く。
「あんたは、私の名前、知ってるの」
彼女の言葉をぼくが感覚したとき、世界のすべてが壊れたように沈黙した。
波の音も、足下の砂の感触も、遠くに見える金色の列も、何もかもが崩落して、無に帰っていくような気がした。嬉しくはなかった。かなしくもなかった。しかし、ただ虚しさだけが残った。初めから彼女は誰のものでもなかった――ぼくのものでも、彼女自身のものでさえも。それをむりやりに繋ぎ止めるような形をしているのだ、と、ぼくは考えた。いや、正しくは、そう考えたかった。姿だけを眼と憶えの中に留めるために。彼女が、何かにかどわかされてしまう前に。
「むらさ」
ぼくはつぶやく。
「むらさというんだ、おまえの名前は」
むらさ。彼女の名前は、むらさという。
父を亡くしたかわいそうな女。哀れで愚かな気違い女。
ぼくが、ぼく自身よりも好きな女。むらさ。
「ありがとう」
と、彼女は笑った。
口の端を、ほんのわずかに引き上げて、目蓋を細めながら笑って見せた。
この微笑は、きっと彼女の免罪のためだった。ぼくが、ぼくの厭らしさを忘れないようにするための、楔だった。
「でも、ごめんな。私は、あんたの名前を、知らないの」
――――――
「月のねェ晩が終わるころにはな、私、何だか血が出るんだ」
言葉の意味を図りかね、ぼくは格好だけうなずく。
続けるべき言葉を見つけられず、海に視線を向けていた。あの金色の光は、もう跡形もなく消え去ってしまっていた。天に昇るでもなく、海中に歿するでもなく、水平線を横切って、ある瞬間からふッと消え去ってしまった。まるで初めから、そんなものなど在りもしなかったように。中空にこじ開けた穴に、その身を隠してしまったように。
東の空では、夜が少しずつ溶け始めていた。
暁の熱にあぶられて、夜の冷たさがどろどろと海の中に落ち込んでいく。もう直ぐ、男たちが起き出して、今日の仕事に出かけて行くだろう。何も捕れないのを解っていながら。
「すごく、すごく、痛いんだよ。腹が、すごく、痛い」
消え入る声の響きが、海からの音にかき消されかける。ざんざ、ざんざと波は砕ける。浜にうずくまるむらさの声を打ち壊して、相も変わらず海は騒ぐ。痛い、痛いというのが今のことなのか、それとももう過ぎ去った出来事のことを言っているのか解らなくて、ぼくは彼女の背をぐしぐし撫でてやることしかできなかった。
腹を押さえてうなるむらさの着物。擦れてぼろぼろになったその端に、黒々としたものが染んでいる。彼女が裸足でいたことに、少しずつ姿を現し始めた日の光によってようやく気がついた。その脚を伝う、細長くて真っ赤な跡。錆びた鉄のにおいがした。腿の付け根から、血の流れが始まっているのだと、直ぐに覚った。彼女のくるぶしを伝った赤みが、音もなく砂に落ちた。
「私ももう直ぐ、海に行くよ」
はあはあと息を吐いて、立ちあがるむらさ。
ぼくの手を厭うようにして肩を震わせると、金色の光を差したときのように、いま昇りつつある太陽へと指先を向けた。が、本当は太陽なんかよりもっと先にある場所を差している。彼女だけが知っているところ。ぼくには絶対に目指せないところを。
「海の向こう側に、もしかしたら、人間や化け物がみんなでしあわせになれるところが居って、そこにおっ父が居るかもしれない」
彼女はまた、いひひと笑う。
その顔をもう、ぼくは見る気になれなかった。
「化け物も、化け物の娘も、しあわせに暮らせるんだ」
地上を熱する太陽の光が、また見慣れた朝をもたらそうとする。
すべてにとってはじまりであるそれは、ぼくにとっては終わりでしかなかった。夜の終わり。ぼくの中の厭らしいものの終わり。むらさに関する、幾つかのものの終わりだった。その渦中にあるむらさ自身は、ぼくの姿をすっかり忘れたように、海に向かって歩み始めていた。夜、彼女に会ったときみたいに追いかけることはぼくにはできなかった。また、そうする気にもなれなかった。何となく、そうしてはいけない気がしていた。彼女は帰ろうとしていたのだろうと思う。心地よい憶えの中に。未だ見つけ出すことのできていない、彼女のための彼女の中へと。
波打ち際で足をばたつかせるむらさの姿は、叶わない望みを悔しがる子供みたいに見えた。喜ぶでもなく涙するでもなく、ぼくはその場に腰を下ろした。そして、未だ夜の冷たさを留めたままの砂に両手を浸して、ここがぼくと彼女だけの、ちっぽけで、誰に語るにも値しない、くだらない世界だったという事実を、訥々と思い出していた。
「今の私が海に入れば」
むらさが言う。
「血の良いにおいが広がってく。それを嗅ぎつけた魚がやって来て、昔みたいに、たくさん、たくさん、魚も貝も捕れるようになるじゃろう」
それを最後まで聞き届けて、返事をせずにうなずいた
波の音はもう、ざんざ、ざんざ、とはしなかった。
彼女はやはり、ぼくを見なかった。ぼくも、そうであることを望み、もう二度と彼女の名前を呼ばなかったのである。
そうすることが、すべての終わりには必要なのだと解っていた。
――――――
むらさが、村はずれの崖から身を投げたのは、それから二日の後のことだった。遠くから、様子を眺めた人が居たという話だ。
直後に起こった大時化でどこかに流されてしまったのか、屍体はいつまでたっても見つからず、彼女が着ていた白襦袢だけが、ふわふわと波間を漂っていたらしい。そうして、その襦袢から、錆びた鉄みたいなにおいだけが、ほんのわずかに漂っていたらしい。
むらさは、死んだのではなく、融けて消えてしまったのだと思う。屍体が見つからないのはそういうわけで、あの朝の日に夜が海の中に融けて消えて行くのと同じころに、もう。水で満ちた桶にひと筋の蜜を垂らすみたいに、ごく小さな痕跡だけを残して。
そして不思議なことに、あれだけの不漁が嘘みたいに、また魚や貝が少しずつ捕れるようになっていった。以前ほどに大漁は頻繁ではなくなったけれど、死ぬでもなく生きるでもなく、死ぬまでの時間を食んでいくにはちょうど良いくらいの魚が捕れるようになった。魚を陸に上げた者たちは、みな口々に
「どうしてかわからねェが、錆びた鉄みたいなにおいが、少しだけする」
と、首をかしげていたけれど。
――――――
ぼくは夢の中で、彼女が空飛ぶ船を操っているのを見た。
見たこともないような、真っ白い服を着て。どこか遠くの、唐土(もろこし)の着物だろうか。聞いたこともない言葉で、よく解らない勇ましい節を口ずさみながら。
彼女のかたわらには彼女のおっ父は居なかったけれど、むらさを守るみたいに、何人かの仲間たちが常に寄り添っている。
青っぽい頭巾を被った女の人や、槍を持った虎みたいな人がいた。
ねずみの耳を生やした女の子や、やけにとげとげした翼を羽ばたかせる人がいた。
それから、いちばんの年嵩らしい女の人が、奥で笑っている。
夜が明けて、暁が海に融け込んでいくときの空を見ているみたいに、その髪の毛はきれいに変わっていく色をしていた。
なぜかは解らないけれど、その光景は数十年も後の――いや、数百年も後のものだという、不思議な確信があった。ぼくの知らない土地で、ぼくの知らない仲間たちと、ぼくの知らないことを話している。しあわせなむらさ。もう、ぼくが彼女に会うことはできないけれど。
しかし、たとえそれが決して手の届かない場所で起こる、はるかに先々の時代のことであったとしても、彼女がしあわせであるのなら、ぼくもきっとしあわせなのだと、今では思っている。むらさのしあわせが、いつまでも、続いていくのなら。
ざんざ、ざんざ、と波の弾ける音だけが聞こえてくる。
寝床の中で幾度も幾度も身体をごろごろと転がしていると、幼いころから慣れ切ったはずの潮のにおいが、妙に厭わしいものに感じられて仕方がなくなって来た。だから、それから逃れるためにもっともっと身を転がしていると、頭の中身が次第に痺れていくように思った。潮のにおいは、あの子のにおいと同じなのだ。あの子はいつも、晦日の晩には浜に居て、どこか知りもしない遠くの遠くの場所を見つめているから。
ばかな女だと、仲間たちとはよく噂し合っていた。ああ、あれはおっ父が死んで、おかしくなったんじゃろ。かわいそうに。ああして気が違えてしまっては、もう嫁の貰い手も居ないだろ。口の端をさも可笑しいとばかりに歪ましてみんなは笑っていた。ぼくも笑っていた。そうすることが、誰かの語りを耳にするときの礼儀だったからだ。
ごくありふれた光景だった。仲間たちが、そうして彼女に蔑んだ眼を向けているのも。そうして、いつの間にかみだらな熱を帯びた息を吐き出して、その言葉に火が入り始めていることも。ぼくはみんなを諌めるようなことはしなかった。彼女のことを思い出すと、記憶の中の彼女が、ぼくの身体の真ん中に、ねぶるごとく執拗に絡みついてくるように感じられて、とても心地が良かったのだ。おそらくみんなも、そうだったのだろう。
闇に闇を塗りつけようと思って、精一杯に目蓋を閉じた。未だ何もしていないのに息が段々と荒くなっていくのが解った。自分以外に誰もいない小屋の中で、潮の――彼女のにおいが少しずつ人の形になろとしていた。ぼくの錯覚に生じた彼女は、もう生きてはいなかった。人のにおいを漂わせることをやめ、男をたぶらかす化け物みたいに、ぼくの頸に腕を絡みつかせた。ふたりの足が重なって、ぼくは束の間、どこへも繋がらない暗闇の中に落ち込んでいく。耳の付け根を這う生ぬるいものは舌だ。彼女はぼくの顔を舐めた。仔犬のごっこ遊びをするように、ただその場所だけを一心に舐め続けていた。ぼくもまた、両腕で彼女を押し戻して、その首を舐めた。海の水と同じ味とにおいがした。彼女は海から生まれたに違いない。そうして男を引きずり込もうとする怪異の類だ。それがぼくの思惟の中に姿を現して、今こうしている。
ぼくは、自分の股の間に手を差し伸べた。
干物の悪くなったのみたいな、厭らしいにおいがして理性が一瞬だけ引き戻される。それをはるかに超えてしまうくらい、強い強い欲望に幾度も触れ続けていた。しばらくすると、熱のかたまりになったその部分に“心地よい嫌悪”が走った。全身が痺れ、頭の中にちかちかとしたものが閃く。ぼくは未だ、自分自身でこの汚らしさを感じる以外の方法を取ったことはなかった。
すべて終わってしまうと、彼女はもうすでに跡形もなく消え失せていた。乾き切った唇を舐めると、近くにあったぼろ布で手のひらをぬぐった。潮のにおいはすでに薄れていて、部屋の壁に立てかけてある銛の、錆びついたにおいだけがやけに鼻についた。
――――――
あの子はやっぱり、いつもの浜に居た。よれよれになった、真白い襦袢だけ身につけて。
村の漁師連が、たくさんの船を置いているところ。未だ使わない網を木の柵に引っかけて、風に晒しているところ。辺りの地面に、どこかの子供が忘れていった風車が一本、突き立っている。最初、三枚あっただろう羽のうち、一枚だけが欠けたみっともない姿だ。海と陸(おか)とのいちばんの境であるその浜で、彼女は両手をぶらぶらと動かしながら、暗みとひとつに融け合った水平線の向こうに眼を向けている。ぼくから見えるうなじと頸筋は、さっきの夢想からすればはるかに汚らしかった。粉を吹いたみたいに汗の粒が張りついて、見ているだけで口の中が塩辛くなってくる。ここは、潮のにおいが強い。
サクサクいうぼくの足音に気づいたらしい彼女は、にわかに振り返り、とッ、とッ……と、まるで石畳の上でも飛ぶようにしてぼくの方へと近づいてくる。途中にある風車を引き抜くと、片輪になってしまったそれに「ふうーッ」と息を吹きかけた。かァら、かァらと力なく回転を始める様子を見、白痴めいた微笑を浮かべていた。
「あんた、何しに来たの」
「何でもねえ。おれは、眠れなかっただけなんだ」
「ふうん」
と、だけ答えると、彼女はまたぼくに背を向けて踵を返した。
なぜか、ぼくひとりだけがこの場に置いていかれるのが怖くなって、早足で彼女の後を追いかけた。どこか夢を見ているようにふらふらと進んでいく彼女。また、元いた場所にまで戻って来ると、風車を海に向けてぽいと放り投げてしまう。星明かりでどうにか、真白い渦を巻いていると判る波の動きに洗われて、風車は直ぐに陸まで押し戻されてしまう。それを彼女が足で弱々しく蹴りつけると、再び海に飲み込まれる。陸と海との行き来を何度も見比べていた彼女に、あと数歩のところまで近づくと、突然、彼女はぼくへ顔を向けた。そして、いたずらっぽく笑むままに、
「私もだよ」
そう言った。
「よくもまあ、飽きずに。こうやって浜に来るよなあ」
「うん、うん。だっておっ父が漁から帰って来なかったのも、こういう、月のねェ晩だったから」
なにひとつ、かなしむところも悪びれる様子もなしに、彼女は言いきる。ぼくは、あまりはっきりとしたその言葉を聞いて、無言にさせられた。
「こうやって待ってれば、いつか帰ってくるかもしんねえから」
そうか、と、慰めにもならない返答は、彼女に聞こえたのだろうか。
この村の男たちがみんな漁師になるように、この子のおっ父も漁師だった。それも、村いちばんの腕利きの漁師だった。どこに魚が潜んでいるのかを簡単に見破り、空模様や海の荒れ具合を予見させれば決して外れない。固く分厚い手に船の櫂を漕がせれば十人力、竿を握らせても網を引かせても、彼以上の漁師は村には誰も居なかった。彼が漁に出るならいつも大漁だから、まるでお守りのように、大事に大事に思われていた。
そんな人が死んだのは、本当に不思議なことだった。
何かの兆しというものは、そういうときに訪れるものだろうか。彼女のおっ父が死ぬ直ぐ前、あれだけたくさん捕れていたはずの魚が、まるで捕れなくなった。時化(しけ)というのでもなく、波も穏やかで、風だって強すぎず凪いでもいない。とても良い海だったのに、魚も貝も何もかも、まるで姿が見えなくなった。針にかかるのは腹の足しにもならない雑魚ばかり、網を引けども石と砂のかたまりだけ。
海の向こうから、ごうごうという雷みたいなうなり声を聞いたという者が居た。あまりたくさん魚が捕れるから、海が怒っているのだと言いだす者も居た。
誰にも、この凶事の原因など解らなかったけれど、海が怒っているのだという結論に、いつの間にかなっていた。つまり、あまりたくさん魚を捕りすぎたから。
すると、あれだけ大事にされていたこの子のおっ父は、迷信深い年寄りたちに煙たがられるようになっていった。彼がいちばんに有能な漁師だったから、彼がいちばんに海からの怒りを買っているのだと。もっと若い連中は何も言うようなことはなかったけれど、その眼に失望の色があったことだけは確かだ。あれだけたくさんの魚を捕って来たのに、今はこんなにも役立たず。
彼はそれでも何も言わなかった。家に溜めこんだぶんの干物や何かを大事に食べながら、毎日、漁に出続けた。何も捕れないのを知っていながら。
そして、あるとき、帰らなかった。晦日の日、いつものようにたったひとりで船を浜から押し出して、水平線の向こうに行ってしまった。月も風もなかったその晩、彼が乗っていた船だけが、きィこきィこと櫂をきしませながら、村まで戻って来た。彼は死んだ。海に落ちて死んだ。そういうことになった。誰もその最期を見届けないまま。
それからのことだ。
その娘である彼女がこうして、晦日の晩に浜へ出るようになったのは。
今でもこうして、帰って来ないおっ父を待っているのだ。
母は居ない。彼女を産んで直ぐのとき、死んでしまった。
この子は、もう、ひとりぼっちだ。
死んだこの子のおっ父のことを、海の化け物に魅入られたのじゃないかという者も居た。
もちろんそんなことが本当であるのか、誰にも判るはずはない。だけれどもひとつだけ確かなことは、海に憎まれているといわれた男がひとり、死んで、それでもなお“海は未だ怒って”いるのだということだ。叩き折られた竿が転がって、干からびた魚網が打ち捨てられているのももう見慣れてしまった。ぼくの小屋に立てかけてある銛も、みな錆びついてしまった。飢えて死んでしまう者さえ未だ居なかったけれど、この村はもう直ぐ終いなのかもしれなかった。代々、漁をすることだけで生き永らえて来た集落だ。今さら他の何かをしようと思っても、海のにおいは肉の一片、骨のひとかけら、髄のひとすくいにまで染みついていて、故郷を棄てることもできやしない。
そして、まるでそんな異変に連なるみたいにして、この子も少しずつおかしくなっていった。もう決して帰って来ないと村の大人たちから何度も言われているのに、毎月、おっ父が死んだ晦日の日には、月明かりを探るようにしてふらふらと、浜までやって来て父親の帰りを待っているのだ。ぼくたちには絶対に見ることのできない遠くの、遠くの、どこかを見定めているように、眠ることもなく、飽くこともなく、暁がやって来て夜が海の中に融けて消えて行く時間まで、そうして世界の端っこを見続けている。
気を違えた哀れな女。村の男たちがそういう口ぶりで彼女を見るときには、いつでもみだらな熱がこもっていた。
「寒くァねえのか」
急に心配になって、ぼくは彼女の元へ駆けた。
膝を少し曲げて立ち尽くす彼女の横顔が、上気しているように感じられた。本当のところはどうだったのか判らないけれど。わずかもぶれることをせずに海を見つめ続ける彼女の視線が、ぼくを向かないのは僥倖だったのかもしれない。
この子の頬は錆びついたみたいに汚れていた。それをときどき手のひらでぬぐいながら、彼女は唾をごくりと飲み込んでいる。耳を覆った髪の毛はごわごわと動き回り、ときおり陸まで及ぶ潮のしぶきを吸い込んで、毛の生え際が縮れ、ほつれている。額にかかる夜気の冷たさを気持ちよく思うのか、きゃッきゃッと声を上げては何度も微笑を浮かべていた。
「寒くァ、ねえの」
彼女が、ぼくの問いをまるっきりこちらに返して来る。
それに対して「いいや」と答えるのに精いっぱいで、ぼくはまた直ぐに黙り込んでしまう。彼女の眼は、やはりこちらを向かなかった。一心に相手を見つめているのは、ぼくひとりだけだった。
襦袢の下で、心の臓に押されて脈打つふたつの乳房を想像した。痩せた身体の真ん中にある、今にも壊れそうなみぞおちを突いてみたいと思った。黒い汚れの詰まった手足の爪を綺麗に洗ってやりたいと思った。こんなぼろぼろの着物でなく、もっと立派なのを着せてやりたいと思った。そうしてぼくの手でそれをびりびりと引き裂いて、その奥にある『女』に触れてみたかった。ぼくのいちばん奥底にある、もっとも厭らしいぼく自身が、熱と共に息をし始めていた。
だから、ぼくは彼女を犯していた。夢想の中で、寝床に現れる錯覚と交わっていた。
彼女の肉体はどこまでも海の物で、しかし、その姿だけでもぼくは自分のものにしたかった。ぼくは、そういうことを考えてしまうぼく自身が、世界の誰よりも大嫌いで、しかし、ぼくは、彼女のことが、ぼく自身よりも好きだった。気を違えた女のために、ぼくも気を違えてしまったのかもしれなかった。
「私、知ってんだよ」
何かを見透かすような声で彼女はつぶやく。
心の中を知られてしまったように怖気が走って、束の間、熱が冷めていく。何か弁解をしようと考えたけれど、口の中がからからに乾いて言葉がひとつもつくり出せないでいた。しきりに唇を舐めることしかできないぼくを――ようやく海から眼を離した様子で――彼女は見た。
「知ってる。何を……」
「金色の髪の毛した、へんな女の人が言ってたんだ。どこかに、人間も化け物も神さまも、生きてるのも死んでるのも、みんなで住んでるような場所があるって」
いひひ、と、彼女は笑う。
黄色く汚れた歯を唇の奥からぼくに見せながら。
ぼくも釣られて笑ってしまった。何もおかしくはないのに。でも、それは嘲りや何かとは明らかに違う感情であり、頬に走る引きつったような違和の感が、ひどく心地よいものであるように思えた。
「だから、ひょっとしたら、おっ父もそこに住んでるのかもしれないと思う」
さっきよりも一段、声を低くして、彼女はまた言った。
今度は笑っていなかった。至って真面目な顔つきで。
「このままおっ父が帰って来なかったら、私も、いつかそこに行ってみたいな」
「ああ、そうか。そうなのかあ」
「うん、うん。そうだよ」
間延びしきりの声を発するぼくに、彼女は足を砂に擦りながら近寄って来る。
そして、袂から伸びる垢じみた腕をぼくの頸に巻きつかせた。ぼくの耳に彼女の唇が近づく。ふ、ふう、ふ、と、小刻みの息づかいが触れた。舌で舐められるよりも、それはきっとくすぐったい感覚だった。夢想の中の感触よりも、幾らも乱暴な心地よさだった。
「あんたの他には、未だ誰にも言ったことがねえのさ、これは。秘密だよ。ふたりだけの」
「秘密。おれと、おまえの」
「そうだよ。私と、あんたの」
ざんざ、ざんざと波の音が弾け飛び、互いにうるさい無言を強いた。
彼女の告白は、細部まで聞き取ることが難しかったけれど、確かにそんなことを言っていた。ひどく嬉しかった。嬉しいはずなのに、ぼくはなぜか泣きたかった。吐き気のようなかなしさが、喉の奥からどんどんせり上がって来て、元より暗い視界を占領していく。
「その、へんな女の人っていうのは」
「わかんねえ。もしかしたら、物の怪かもしれねえ。旅の途中で、この辺りの海に来たって言ってたよ」
幾度も幾度も足下の砂を蹴っ飛ばしながら、彼女は続きを言った。
再び視線を海原に戻すと、すう――っと腕を上げ、指先を水平線に向けた。何かを指し示しているのだと気づいて、ぼくはそちらを見る。月のない、晦日の海。凪ぐこともせずに弱々しい風が吹き、暗夜をつくっている。暁までは未だ少し遠い。ざんざ、ざんざと夜が鳴る。その向こうを、彼女は指し示していた。
「見てよ、もう直ぐ。――――……“あれ”だよ」
どこか恍惚の影を漂わせて、彼女は言った。
最初、海の向こうにほの見えた光をぼくは夜明けが早まったせいだと思った。
しかし、天を舐めんとするように細長くたなびくそれは太陽の光などではなかった。意思あるものが連なった、生きた隊列に他ならなかった。金色の尾を引いて空に昇る素振りを見せたかと思うと、こちらを騙るごとく真横に伸びて行く。いっぱいに開いたぼくの眼の端から端、およそ浜から臨む海のすべてに光は足跡を留めるつもりらしかった。頭を振り、尾を揺さぶり、舌を突き出し、足をぶらつかせる。全体は巨大な海蛇のようにぐねぐねと動き回り、しかし、そのひとつひとつがまったく違う考えを持って踊っている。同時に、もっとも先頭を行くひときわ大きな光が確かな意思を持って、金色の列を先導している。確かに、“あれ”は生きている。どこに向かうでもなく、何を目指すでもなく、愉悦を食むままにして海を横切っている。
ぼくは思いきり眼を凝らした。彼女がいったい何を見たのか、確かめたかった。
先頭に居るのは、金色の髪の毛をした、ひとりの背の高い女だった。大きく膨らんだ帽子からその髪を垂らし、唇の端を歪ませて愉しげに歩いている。その直ぐ後ろに、たくさんの狐の尻尾を持ったもうひとりの女が従っている。先頭の女よりさらに背の高い彼女は、頭をぺこりと下げて、主人にかしずくしぐさを崩さなかった。その後ろを、数多の物の怪が連なっている。鳥の羽を震わして高らかに歌う少女が見えた。胸に抱いた大きくて赤い眼の珠をぐるぐると動かす者が居た。黒々とした翼を羽ばたかせて空を旋回する女が笑み、それを真下から見上げているのは瓢箪を片手にした小柄な奴だった。そいつの捻じれた二本の角を、指の爪を噛みながら忌々しげに睨む女。彼女の耳は尖っており、それを覆い隠さんばかりに巨大な傘を、下駄を履いた誰かが持ちあげている。
おそろしい光景だった。
幾つもの化け物が列を作り、それぞれに何かを喚き散らしながら海の上を闊歩している。昼を呪い、夜を称えるような、怨嗟の気配が感じられた。だけれどそれは安堵でもあった。この夜の中が、なにひとつ存在を許されないほど酷薄な物ではないと、少しずつ思うことができた。おそろしいものであり、しかし、金色の光はとてもきれいだった。極楽に咲く蓮の花に、地獄の燐火を灯したら、こんなきれいな火になるだろうか。そして、それは死んだ人たちの魂をもてあそび、いま生きているぼくたちを嘲り笑うための炎だろうか。
ぼくは、この炎の名前を知らない。だから、おそろしいものだとだけ確信して、美しさを唾と一緒に飲み込むことしかできやしないのだ。これが死を燃やして猛る炎だとするのなら、何て清らかな色をしているのだ。ぼくの知っているあらゆる情念の火の色よりも、ただ生のみを欠落した火の色の方が、はるかに、はるかに、美しい。
「ねえ」
「なに」
短く訊く彼女に、ぼくも短く答えてやる。
言葉こそそれほど大きな意味を持ち得ないものだったけれど、さっきよりも明らかに小さな声音には、心細さの色が漂っていた。
金色の列から眼を背け、彼女はぼくの顔を正面から見据えた。頬の内側が震え、唇が開かれようとする気配がした。意味ある言葉を転がし回り、ようやく言うべき何かを見つけたらしく、彼女は口を開く。
「あんたは、私の名前、知ってるの」
彼女の言葉をぼくが感覚したとき、世界のすべてが壊れたように沈黙した。
波の音も、足下の砂の感触も、遠くに見える金色の列も、何もかもが崩落して、無に帰っていくような気がした。嬉しくはなかった。かなしくもなかった。しかし、ただ虚しさだけが残った。初めから彼女は誰のものでもなかった――ぼくのものでも、彼女自身のものでさえも。それをむりやりに繋ぎ止めるような形をしているのだ、と、ぼくは考えた。いや、正しくは、そう考えたかった。姿だけを眼と憶えの中に留めるために。彼女が、何かにかどわかされてしまう前に。
「むらさ」
ぼくはつぶやく。
「むらさというんだ、おまえの名前は」
むらさ。彼女の名前は、むらさという。
父を亡くしたかわいそうな女。哀れで愚かな気違い女。
ぼくが、ぼく自身よりも好きな女。むらさ。
「ありがとう」
と、彼女は笑った。
口の端を、ほんのわずかに引き上げて、目蓋を細めながら笑って見せた。
この微笑は、きっと彼女の免罪のためだった。ぼくが、ぼくの厭らしさを忘れないようにするための、楔だった。
「でも、ごめんな。私は、あんたの名前を、知らないの」
――――――
「月のねェ晩が終わるころにはな、私、何だか血が出るんだ」
言葉の意味を図りかね、ぼくは格好だけうなずく。
続けるべき言葉を見つけられず、海に視線を向けていた。あの金色の光は、もう跡形もなく消え去ってしまっていた。天に昇るでもなく、海中に歿するでもなく、水平線を横切って、ある瞬間からふッと消え去ってしまった。まるで初めから、そんなものなど在りもしなかったように。中空にこじ開けた穴に、その身を隠してしまったように。
東の空では、夜が少しずつ溶け始めていた。
暁の熱にあぶられて、夜の冷たさがどろどろと海の中に落ち込んでいく。もう直ぐ、男たちが起き出して、今日の仕事に出かけて行くだろう。何も捕れないのを解っていながら。
「すごく、すごく、痛いんだよ。腹が、すごく、痛い」
消え入る声の響きが、海からの音にかき消されかける。ざんざ、ざんざと波は砕ける。浜にうずくまるむらさの声を打ち壊して、相も変わらず海は騒ぐ。痛い、痛いというのが今のことなのか、それとももう過ぎ去った出来事のことを言っているのか解らなくて、ぼくは彼女の背をぐしぐし撫でてやることしかできなかった。
腹を押さえてうなるむらさの着物。擦れてぼろぼろになったその端に、黒々としたものが染んでいる。彼女が裸足でいたことに、少しずつ姿を現し始めた日の光によってようやく気がついた。その脚を伝う、細長くて真っ赤な跡。錆びた鉄のにおいがした。腿の付け根から、血の流れが始まっているのだと、直ぐに覚った。彼女のくるぶしを伝った赤みが、音もなく砂に落ちた。
「私ももう直ぐ、海に行くよ」
はあはあと息を吐いて、立ちあがるむらさ。
ぼくの手を厭うようにして肩を震わせると、金色の光を差したときのように、いま昇りつつある太陽へと指先を向けた。が、本当は太陽なんかよりもっと先にある場所を差している。彼女だけが知っているところ。ぼくには絶対に目指せないところを。
「海の向こう側に、もしかしたら、人間や化け物がみんなでしあわせになれるところが居って、そこにおっ父が居るかもしれない」
彼女はまた、いひひと笑う。
その顔をもう、ぼくは見る気になれなかった。
「化け物も、化け物の娘も、しあわせに暮らせるんだ」
地上を熱する太陽の光が、また見慣れた朝をもたらそうとする。
すべてにとってはじまりであるそれは、ぼくにとっては終わりでしかなかった。夜の終わり。ぼくの中の厭らしいものの終わり。むらさに関する、幾つかのものの終わりだった。その渦中にあるむらさ自身は、ぼくの姿をすっかり忘れたように、海に向かって歩み始めていた。夜、彼女に会ったときみたいに追いかけることはぼくにはできなかった。また、そうする気にもなれなかった。何となく、そうしてはいけない気がしていた。彼女は帰ろうとしていたのだろうと思う。心地よい憶えの中に。未だ見つけ出すことのできていない、彼女のための彼女の中へと。
波打ち際で足をばたつかせるむらさの姿は、叶わない望みを悔しがる子供みたいに見えた。喜ぶでもなく涙するでもなく、ぼくはその場に腰を下ろした。そして、未だ夜の冷たさを留めたままの砂に両手を浸して、ここがぼくと彼女だけの、ちっぽけで、誰に語るにも値しない、くだらない世界だったという事実を、訥々と思い出していた。
「今の私が海に入れば」
むらさが言う。
「血の良いにおいが広がってく。それを嗅ぎつけた魚がやって来て、昔みたいに、たくさん、たくさん、魚も貝も捕れるようになるじゃろう」
それを最後まで聞き届けて、返事をせずにうなずいた
波の音はもう、ざんざ、ざんざ、とはしなかった。
彼女はやはり、ぼくを見なかった。ぼくも、そうであることを望み、もう二度と彼女の名前を呼ばなかったのである。
そうすることが、すべての終わりには必要なのだと解っていた。
――――――
むらさが、村はずれの崖から身を投げたのは、それから二日の後のことだった。遠くから、様子を眺めた人が居たという話だ。
直後に起こった大時化でどこかに流されてしまったのか、屍体はいつまでたっても見つからず、彼女が着ていた白襦袢だけが、ふわふわと波間を漂っていたらしい。そうして、その襦袢から、錆びた鉄みたいなにおいだけが、ほんのわずかに漂っていたらしい。
むらさは、死んだのではなく、融けて消えてしまったのだと思う。屍体が見つからないのはそういうわけで、あの朝の日に夜が海の中に融けて消えて行くのと同じころに、もう。水で満ちた桶にひと筋の蜜を垂らすみたいに、ごく小さな痕跡だけを残して。
そして不思議なことに、あれだけの不漁が嘘みたいに、また魚や貝が少しずつ捕れるようになっていった。以前ほどに大漁は頻繁ではなくなったけれど、死ぬでもなく生きるでもなく、死ぬまでの時間を食んでいくにはちょうど良いくらいの魚が捕れるようになった。魚を陸に上げた者たちは、みな口々に
「どうしてかわからねェが、錆びた鉄みたいなにおいが、少しだけする」
と、首をかしげていたけれど。
――――――
ぼくは夢の中で、彼女が空飛ぶ船を操っているのを見た。
見たこともないような、真っ白い服を着て。どこか遠くの、唐土(もろこし)の着物だろうか。聞いたこともない言葉で、よく解らない勇ましい節を口ずさみながら。
彼女のかたわらには彼女のおっ父は居なかったけれど、むらさを守るみたいに、何人かの仲間たちが常に寄り添っている。
青っぽい頭巾を被った女の人や、槍を持った虎みたいな人がいた。
ねずみの耳を生やした女の子や、やけにとげとげした翼を羽ばたかせる人がいた。
それから、いちばんの年嵩らしい女の人が、奥で笑っている。
夜が明けて、暁が海に融け込んでいくときの空を見ているみたいに、その髪の毛はきれいに変わっていく色をしていた。
なぜかは解らないけれど、その光景は数十年も後の――いや、数百年も後のものだという、不思議な確信があった。ぼくの知らない土地で、ぼくの知らない仲間たちと、ぼくの知らないことを話している。しあわせなむらさ。もう、ぼくが彼女に会うことはできないけれど。
しかし、たとえそれが決して手の届かない場所で起こる、はるかに先々の時代のことであったとしても、彼女がしあわせであるのなら、ぼくもきっとしあわせなのだと、今では思っている。むらさのしあわせが、いつまでも、続いていくのなら。
読後感は、胸にくすぶるものが残る感じで、爽快さはほとんどなくて、ねっとりしてやな感じです。日常生活の気晴らしに読む感じじゃないと思いました。
個人的に熊野の補陀落渡海のような思想には共感できないので、読んでいてもあまり楽しくはありませんでした。もっと圧倒されるような閉塞感とセットで強調されていたら、まだ共感もできたかもしれませんが。
主人公の男については、別に主人公をさせなくても良かったのではないかと思ってしまうくらいに動きが無くて、嫌悪感が募りました。個人的に、感情移入する材料に欠けていました。
いろいろ文句を言っておいてなんですが、点数もこんな感じです。
作品から匂いが立ち昇ってくるようだ。生臭いけど、どこか懐かしい匂いが。
むらさの描写が生々しい。実際目の当たりにしたら引くかも知れないけど、根源的なエロスも同時に感じる。
彼女の匂いを嗅いだり、舐めたりしたかった『ぼく』にちょっと共感を覚えますね。
個人的な、本当に個人的な感想なんですけど、むらさの入水と最後の幻視は紫様が水平線という境界を弄った
あの晦の日に『ぼく』の目の前で起きて欲しかった。全ての境界が曖昧な朝ぼらけの世界でね。
ただもう少し改行欲しかったなあ
昨今のラノベみたいな勢いと萌えだけのものじゃなくて、
恋心と劣情の境界、幻想風景を描こうとする表現が心地よかった。
百鬼夜行のような妖怪の行列、「ぼく」が幻視した幻想郷のむらさなど、
読んでいてその場の風景、匂いが幻視できる、よい幻想小説だったと思います。
唯一、表現がやや婉曲で、言葉遣いが古いのが読む人を選ぶかな? と思ったのでこの点で。
人によっては言葉回しが鼻についたり、古い文体を不用意に強調しているように感じるかもしれませんね。
僕は幻想的な雰囲気がして好きなんですが。
文章の書き方なんかは全然違いますが、恒川光太郎さんの小説みたいな、
物寂しいけど美しい読後感が印象的でした。
なんというか、ネット上の横書きではなく、普通の本で読んでみたいですね。
潮の香りや夜明けなどの情景が綺麗に描写されていて素敵でした。
創想話でいうとシンペイ蛙ですか。個人的にはあれに並ぶ作品だと思います。
ただムラサが消えたあたりが唐突で、違和感があったのでこの点数です。
ぼくが空飛ぶ船を見る場面で軽い感動を覚えました。
心に染み入る良いお話をありがとうございました。
個人的には最後の夢で無理に救いに持っていかなくてもとは思いましたが、それ以上に浜の磯臭さが臭ってきそうな描写がとてもよかったです。
読み易くなるよう文体を構築したつもりだったのですが、まだまだ未熟だったようです。
コメント欄で作者が言うのは明らかに言い訳ですが、主人公に関しては無力感みたいなものを出したかったが故の描写でした。
また、本作はあくまで『東方projectの二次創作』であるため、
オリキャラの個性をあまり前面に押し出すのはおかしいのではないかという危惧もありました。
貴重なご意見ありがとうございます。次作に活かしていきたいです。
>14.
コチドリさんにコメントもらうのは初めてな気がします。
夜のにおいとむらさのエロス、楽しんでいただけたのならば幸い。
>17.
ありがとうございます。
このSS、読みにくいという指摘を度々受けたので、
推敲の際は改行等、読みやすさにも留意したいと思います…。
>18.
こういう青春小説っぽいのは書いたことないので不安でしたが、
楽しんでいただけたのなら、すごく嬉しい。
縦書き……俺も憧れます。
>19.
書き手としては嬉しい言葉です。
ありがとうございます。
>20.
退廃とかはとくに意識してませんでした。
やっぱり他者の目からの意外な感想は貴重なものです。
ありがとうございます。
>21.
どんなに手を尽くしても、それが非存在である限りは作者の夢想の産物ですが、
その夢想の一片でも伝えることができたのなら、作者の冥利に尽きます。
>23.
ありがとうございます。
どうしてもふたりを直ぐに別れさせる気にはなれなかった故の展開でした。
むらさと村紗水蜜が同一人物とは明記してませんが、
主人公の幻視したものに、束の間でも感動していただけて、良かった。
>25.
ありがとうございます。
心に残るほどの話が書けて、嬉しいと思います。
>29.
何とかして救済の余地を残したかったので、
主人公の夢の中に命蓮寺の面々を登場させました。
死別して終わり、の悲劇だけは納得がいかなかったのです…。
>31.
ありがとうございます。
たった一言でも、そう言って頂けると全てが報われます。
百鬼夜行は見せ場のはずなのにタメもなんもないからなんかパッとしない
主人公から見たムラサの描写は悪くない。月経はエロくてよい
全体的に、一人称なのに一人称の良さがない。主人公の視界が浅く平たいよう感じた
作者の見たいところはわかったけど「ぼく」がどこ見てるか結局わからなかった
自己投影しすぎないよう気をつけたのかもしれないが。
物語は、ふーんってかんじ。
ラストが普通すぎる。この話に普通の話のオチを装着してどーする!
無理矢理主人公を主人公の位置に押し入れた感が拭えない
主人公を道具にするなら道具のまま通すべきだった
なんというかこう、幽玄的でありながらそれでいてノスタルジィを覚えるような
そういった印象を受けました。
結局は手が届かなったという主人公と村紗の距離感、または無力感も良かったです。
浮かんでくる情景が綺麗で楽しく読めました。