オリジナル設定を含みます。
苦手な方はご注意ください。
私は朝の日差しに眼を覚まし、モゾモゾとベッドから這い出た。
チュンチュンという雀の鳴き声が聞こえる。どうやら今日も良い天気の様だ。
早速気を良くした私は、外に行く事を決めた。
今日は一日、散策をして過ごそう。
ドアまで進みそっと押してみると、おや、ドアは開いていた。
恐らく昨日の夜、“彼女”はカギをかけずに寝てしまった様だ。何と不用心な。
そう思っていると、私の這い出たベッドがにわかに動き出した。
バサバサと動き、途端に上掛けを撥ね退けて“彼女”――霧雨魔理沙が眼を覚ました。
薄着姿の彼女はゆっくりと体を起こし、何処を見るでもなく眼を開いている。
そして寝ぼけ眼で私を見据え、ボンヤリと口を開く。
「おや珍しい。こんな朝から活動的だなんてな。今日は雪でも降るんじゃないか?」
余計なお世話だ、と思う。と言うか、窓から出て行かないだけ有難く思って欲しいものだ。
そう思った所で口は開かない。
言った所で無駄だ、と言うのもあるが、何。単に私は無口なのだ。
なので、彼女に軽く視線を送るに留め、私は外へと繰り出した。
朝の強い日差しがたまらない。こんな陽気な朝は無性に体を動かしたくなるものだ。
ソレは私も例外では無く、軽くジャンプなどしながら道を行く。
私が彼女の家に世話になってどの位経つだろうか?
それまでは何時もフラフラとしていた様に思う。
定住する事も無く、日がな一日気の赴くままに過ごしていた。
いや、それは今も同じではあるが。
ともかく、私にもようやく定住先ができ、しかも彼女は食事まで用意してくれるのだ!唯でさえ大食漢の私にである!
余りの有難さに涙が出る程に、彼女には礼をしてもし尽くせないだろう。
とは思った所で出来る事は無いので、今日も私はさながらプ―太郎かヒモの如く暮らすのだ。
さて半時も散策した頃。
見覚えのある顔を見つけた。
フワフワと宙空を舞いながら進む妖精たち。
名をサニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルド。私の余り多くない知り合い達である。
彼女らには一度御馳走になった事があるのだが、その時の大食い振りのせいか、余り好かれてはいないように感じる。
事実ほら、彼女らは私を見るなり、
「ほら見てスター!あの大食いの悪魔が闊歩しているわ!」
「うわホントだ!ほら、アッチ行け!しっ、しっ」
「…そんなに邪険にしちゃ可哀想じゃない?ま、同意見なんだけどね」
酷い言われ様だ。だが彼女らに被害が出る程食べたのは事実なのだから仕方ないだろう。
唯一口調の緩やかだったルナに心中で感謝を述べつつ、私はその場を去った。
何処に向かうでもなく、森を進んでいると急に開けた場所に出た。
大きな湖。程近くには赤い洋館。
ここは霧の湖と呼ばれる場所だ。特段見る様なものは無いが、落ち着いた雰囲気が非常に好ましい。
気に入ったので少しばかりここでボンヤリと湖の動きでも眺めていよう。
そう思った矢先に、幼い声が響いた。
「だからさぁ。あたしは強いじゃん?妖精では最強と言っていいじゃん?で、霊夢ともいい勝負する事もある訳よ。んで、霊夢は神様とか強い妖怪とも互角に戦える。だから、あたし≒霊夢≒神様という式が成り立つと思うんだよ」
「いや、そのりくつはおかしい」
二人の妖精が賑やかに議論しているようだ。
青くて騒がしい方がチルノ。妖精の割に力が強い、と魔理沙が溢していたのを思い出す。成程確かに、妖精には過ぎる程力のある事が私にも感じ取れた。
その隣の落ち着いた緑色の事は解らない。が、それでも妖精にしては力のある方だと思われる。大妖精、と言ったところか。
「そもそもさ。霊夢と良い勝負って言っても、やる気無下げにあしらわれてるだけじゃん。それでも凄いけど、その式は成り立たないよ」
「ん~?そーかなぁ。そんなもんかなぁ。……ん?」
おや、まずい。チルノとバッチリ目が合ってしまった。
何やらキラキラした眼で見つめてくる。止めてくれ、そんな興味有り気に見るのは。
嫌な予感がし、すぐさま立ち去ろうとしたが間に合わず、私はチルノに捕まえられてしまった。
「なにコレ!カワイー!!」
「ん~?あんまり見たこと無い感じだなぁ…。キミ、何処から来たの?」
可愛いとは心外な。私はこれでも男らしいと自負していると言うのに。
それにその子供に向けて語りかけるような口調は止めて欲しい。相応に年は取っているのだ。少なくとも子供では無い。
しかし私は口を開かずダンマリを決め込む事にした。ついでにツーンとそっぽも向いておこう。
そんな私の様子を見て、チルノが言う。
「ねぇ、コレ、美鈴に見せに行こうよ!」
美鈴と言うのは先程見た赤い洋館に住んでいる門番である。
個人的に、彼女には好感を持っている。その頼りになりそうな背中に軽い憧れがある、と言う方が近いか。
彼女と知り合いになれると言うのであれば願っても無い事だ。
私は早く連れて行け、と言う様に首を動かした。
「そうだね。美鈴ならどう言うかな」
チルノの言葉を受けて緑髪が言う。が、最早私の興味はそこには無いのだった。
「めーいりーん、あーそびまーしょ~!」
チルノが元気に言う。そんなに声を出さずとも聞こえるだろう。
なにせ、今門の真ん前に居て、美鈴とは十メートルも離れていないのだから。
歩み寄るチルノに嫌な顔一つせず美鈴は応対する。
「今日はチルノ、大妖精。けど、御免ね。昨日大目玉喰らっちゃったから、今日は遊んであげられないのよ」
そう言って美鈴は苦笑いを浮かべる。恐らく昼寝をし過ぎたのだろう。魔理沙から聞き及んでいる。いつも門番は寝てばかり、と。
チルノはえー、と声を上げつつも、遊べない事はあっさりと受け入れたようだった。
「んー、まぁいいや。じゃあ美鈴、コレあげる!!」
そう言って私を指す。ちょっと待って欲しい。私の扱いは物と同様なのか!?
納得の行かない所だ。抗議の意味で私は大きく体を震わせた。
「チルノ、この子凄い怒っているよ?何かしたの?」
大妖精――図らずも大当たりだった――は私が体を震わせている意味がわからない様だ。
何と言う事だ。これ程に解りやすくアピールしていると言うのに、それでも伝わらぬとは。そう思っていると、
「二人とも。それは貴方達がこの子の事を物の様に扱ったからよ。コレとか言っちゃだめよ」
何と、彼女は理解してくれた。流石紅美鈴である。
私は彼女の眼を見た。私の考えが伝わらないものか、と。
すると、
「御免ね。今日は誰も入れるなって言われてるの。だから君も入れてあげられないわ。門番の仕事に専念しないといけないから相手もしてあげられないの」
申し訳なさそうに断られてしまった。とはいえ、私にとっても予期しない来訪だったのだ。謝られる事も無いだろう。
そう伝えようと思ったのだが、急に前に出たチルノのせいで出来なかった。
「明日だったら遊べるのね?」
「残念だけど明日なら遊べるのね?」
二人の妖精は口々に明日の約束を取り付けようとしている。
どうやら私への興味も無くなってしまった様だ。妖精の興味とはなんと移ろいやすいのか。
しかし、そもそも私の予定は散策であった。
今日はもうここに予定も無い。私は妖精の興味が再度私に向かないうちに立ち去る事とした。
来た道とは全く違う方向へ進んでみた。しかし、元の通りが大きく長いのだろう。結局知った道に出てしまった。
まぁこれも悪くは無い。知った道とて、新たな発見が有るやも知れん。そう思い直し、緩々進んでいく。
とは言えども、見知った、しかも変化の無い道である。新たな発見等易々とは見つからない。
やはり湖をグルッと回ったりしていた方が良かったか。等と考えていると。
「なにコレ可愛いー!!」
先程聞いたようなセリフが、先ほどよりもっと上の方から聞こえて来た。
それが何か確認する間もなく、体を掴まれた私は上空へと浮かび上がって行く。
下を見れば自分の進んできた道が見える。成程、綺麗に整備された道だ。変化が無い分、より綺麗に見える。上から見下ろせばこんなに違うものなのだな。
などと感心している場合ではない。自分を掴むモノが何なのか確かめようと上に目線をやる。
しかしよく見えない。見えたのは黒く大きな羽と、大きなマント。
何とも怪しい。何処に連れ去られるかもわからない。
その恐怖から身を震わせ、逃れようかとも思ったが、私は空を飛べない。こんな所で手を放されたら地面に激突するだけである。
下手に反抗できないまま、私はこの正体不明の黒い羽根に身を任せねばならないのだ。
「さとり様に見せてペットにして貰おー!新しい仲間にしてもらおー!えへへへぇ、さとり様、喜んでくれるかなー?」
上機嫌な正体不明の声が聞こえる。
不機嫌な私は如何にかしなければと思案したが、何も思い浮かばなかった。
さて、観念した私は純粋に高所からの眺めを楽しむことにした。
上空など私の様に力の無い者には滅多に行けない場所である。
この状況では出来る事など無いのだから、せめて楽しまなければ勿体ないだろう。
そうして呆と眺めて行くうちに妖怪の山が近付いてきた。と言う事はこの黒羽は天狗なのだろうか?
その推測は妖怪の山と繋がる大穴――旧都への入り口を見ることで間違いだと気付いた。
天狗ならば、好き好んで旧都、つまり鬼の居た場所へ向かおうとは思わない。
しかし天狗で無いのならこの黒羽の正体は何なのだろうか……?
内心ドキドキしながら行く末を眺めていたのだが、旧都の上空をそのまま通過してしまった。
その先に見える建物の事は私にはわからない。
西洋風の建築物。単純に豪華絢爛という言葉の似合う、近寄りがたさを感じさせるものだった。
私は黒羽の手によって、その建物の中へと運ばれていく。
中は落ち着いた雰囲気を感じさせる内装だった。
それでいてここに慣れていない者にとっては落ち着けない、正しくここに住むモノにとって都合の良い建物と言えるだろう。
降り立った黒羽は私を床に下ろし叫んだ。
「さとりさまー!可愛い子連れてきましたー!」
広いホールの中に響き渡る声。
私は振りかえり、ようやく黒羽の正体を見た。
大きな羽に大きなマント。魔理沙よりも大分高い身長。
長い黒髪、右腕に付けられた、筒の様なモノ。
胸元の大きな眼の様なモノ、やや幼く感じる顔。
ハッキリ言って見た目からは情報の多すぎる少女だった。
今さっきの大声に反応して、奥の扉が開いた。
「そんなに大声出さずとも聞こえているわ……。全く、お燐に言われていたでしょう?思った事をそのまま言葉にするなと」
扉を開けて出て来た少女は何と言うか、見た目は少女なのだが、その佇まいがソレを感じさせない。
と言うのも、髪の毛は軽く乱れ、服はよれている。眼の下には隈が有り、見るからに疲れた様子だったからである。
その疲れた様子の少女は続ける。
「本当に貴方は……考えている事も口に出す事も同じなのねぇ…。悩みが無さそうで羨ましい限りだわ」
そう言って溜息きを吐く。
確かに正反対の様子を現している様に感じる。
その言葉をどう受け取ったのか、黒羽はえへへぇ、と笑って頭を掻いていた。
「それで」
ギシ、と音を立てて椅子が鳴る。
あの後私達は疲れた様子の少女――さとりと言う様だ――の出て来た部屋へ通された。
彼女はその真ん中に設えられた机に着いたのだ。
私達はその眼の前に居る。
「お空。つまり、『貴方は“この子”をペット仲間にしたいと思って連れ去って来た』。そう言う訳ね?」
「ハイ!そのと―りです!」
満面の笑みで答える、お空、と呼ばれる少女。さとりの口調は責めている様子なのだが、お空は褒めて欲しそうに眼を閉じている。
それにしても、何と言う事だ。
私は自分の思考に没頭していたから話を聞いていなかったのだが、このままでは私は此処に永住しなくてはならなくなってしまうようだ。
連れ去られた挙句、住処に帰れないなんて正しく誘拐犯のやり口ではないか。
さとりがスッ、と私に目線を向けたので、出来得る限りの抗議の気持ちを込めて彼女と視線を合わせ、本日初めての声を上げた。
「キシャァー!!」
まぁ人語など出る事は無いのだが。
「――お空、ダメよ。この子は、魔理沙の家の子だもの。連れて来た貴方が責任を持って返しに行きなさい」
「えぇー!?」
叫ぶお空。しかし私も叫び出したい気持だった。
正直伝わると思わなかった気持ちが伝わったことは嬉しかった。しかし、何故魔理沙の家に住んでいる事まで解ったのだろうか?
訝しんで軽く警戒していると、
「大丈夫。怖がらなくてもいいわ。ただ、少し心が読めるだけよ」
と、あっさりネタを教えてくれた。
心を読む。しかし、彼女は私の住処まで言い当てて見せた。これは心と言うより“記憶を読んでいる”に近いのではないか?
「それはね、貴方が色んな言葉に反応して様々な情景を思い浮かべるのを、少し横から眺めさせてもらっている、という感じね。だからお空が嘘をついていない事も分かっているのよ」
成程。便利な能力である。
しかし、少しばかり気味が悪いのも事実だ。
「そうね。けれど利の方が多いの。こうして統治する立場なら特に、ね」
ふむ。それは確かに納得のできる話だ。
私がさとりと会話していると、
「さとりさまー!私もこの子とお話したいですよぅ。さとりさまばっかりずーるーいー!」
お空が言葉を挟んできた。
「さとりさまー。この子の名前は何て言うんですかー?名前呼びたい、呼びながら捏ね繰り回したいー!」
そういってジタバタする。
可愛がってくれる分には構わないが、彼女に捏ね繰り回される事を想像すると、何故か大怪我する気がしてならない。
「名前、ねぇ。……残念ながら、この子には名前が無いわね。まだ付けられていないみたいよ」
そう、まだ私は名前を付けて貰っていない。魔理沙は少し考えていたのだが、飽きてしまったのか寝てしまい、その後名づけてくれる様子は無い。
「じゃー私達で名前付けちゃいましょうよ―。何にしようかなー!」
名を付けてもらえるのなら、こだわる必要は無いのだろう。
しかし何故だろう。私は魔理沙以外に名づけられる事に、奇妙な拒否感を感じていた。
「だめよお空。日も落ちるわ。早く魔理沙の家に帰してあげなさい。今すぐに。これは命令よ」
私の心を読んだのか、即座にさとりは命令を出した。
不満そうなお空ではあったが、命令に逆らうつもりは無い様で、私に近づいてきた。
――さとり、感謝する。魔理沙に名づけて欲しいのはその通りだが、お空に名づけられるとなんだ、げろしゃぶとかフーミンとか、そういう名前をつけられる気がする。それは嫌だからな。
さとりは穏やかに笑って、
「全くね。なら魔理沙に良い名前を付けて貰いなさいな。私も貴方の名前を呼べる事を心待ちにしているわ」
ふんわりと浮かんだ笑顔。その美しさをいつか見たような気がした。
その笑顔に見とれている間に、私の体は掴まれていた。
そうして私はお空の手によってこの洋館を去るのだった。
私は今森の中を進んでいる。
というのも、お空が命令を忘れたのか、私を森の中へほっぽり出してしまったからだ。
幸い土地勘のある場所だったから良かったものの、些か遠い。
魔理沙邸に辿りつく前に日は落ちてしまうだろう。
そうなれば猿やら犬やらが活動を始める。もしかすると今、私は絶体絶命の危機に在るのかも知れない。
遂に日は落ちてしまった。
犬の遠吠えやキィキィという猿の声も聞こえて来た。これはもうヤバイかも知れん。
襲い来る危機感と恐怖。少しの葉擦れにすら怯える始末。
ああ、早くあの家に帰らなければ。
その時――
ガサガサッ!!
大きな音を立てて傍の茂みが動いた。
明らかに自分よりも大きな影。そして素早さも力強さも自分を遥かに超えるのだろう。
ああ、死にたくない!まだ名も無いのに!
けれど私にできる事など無く、体を丸めて最後の瞬間を待った。
だが、爪や牙による一撃は飛ばず、飛んで来たのは言葉だった。
「あれぇ?何処に行ったかと思ったら、こんなとこに来てたのか。全く、心配かけさせるぜ」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこに居たのは白と黒の魔法使い。
私の居候先の主、霧雨魔理沙だった。
先程までの緊張が一気にほぐれ
私は魔理沙に抱きついてしまった。
「おいおい、どうしたんだよ?何か怖い目にでもあったのか?」
例え声を上げても彼女には通じないだろう。だから私は黙り込んで、彼女の体温を感じるに留めた。
彼女の箒に一緒に乗って帰宅の途に就いた。
その安心感はこの上なく、空から見る夜の風景は、昼のそれと同様に美しくかった。
家に辿りつき、中に入るとすぐに私はベッドに潜りこんだ。
今日は中々に面白い一日ではあった。
新たな出会いも在った。初めて旧都にも行った。
もう二度と夜中に外に出ないと、ある種の決意も固める事になった。
一日を回想しながら私はまどろみに呑まれていく。
そして今日一日で最も意識した言葉を思い出す。
“名前”。
私にはそれが無い。未だ私は唯の――
いや。古くからの伝統に従って、こう言うとしよう。
吾輩はツチノコである。名前はまだ無い。
いつか魔理沙に名を付けて貰い、ソレをさとりに呼んで貰える日は来るのだろうか?
その日を思いながら、私は眠りに落ちた。
ほのぼのした気分になれますねぇ
あしらわれてる?
なかなか良かったです。