「藍さま、質問があります」
時は年末。夏の残暑の反動なのか、近年まれに見る極寒となった今年も残りあとわずか。
しんしんと降る雪が窓際まで積もっている。
先日藍が自分の式神、橙にせがまれ一緒に作った雪だるまの下半身も三分の一が埋まってしまった。朝の雪かきが大仕事になることは目に見えている。
紅魔館の前の池では氷の妖精を中心に妖精たちがきゃっきゃわんわんと騒いでいるだろう。
なにせ、ここまで盛大な冬は久しぶりだ。白玉楼の幽々子たちの起こした長い冬の異変以来かもしれない。久しぶりの冬真っ盛りに冬の妖怪も喜んでいるに違いない。
さてさて、ここ幻想郷の賢者こと八雲紫が住まいでは、式神八雲藍が冬眠中の主に代わって年末年始の準供に追われていた。
とはいっても、冬眠していなくても藍がすべてやることには変わりない。
この時期いつもはマヨヒガで暮らしている式神の式神、橙が藍の手伝いを行うことになっている。年末年始、今年の終わりと新しい年の始まりを溺愛する自分の式神と一緒に過ごしたいと思うのは変なことだろうか。
とはいっても、毎年この時期には博麗神社にて「忘年会あ~んど新年会どっちもオールでフィ~ヴァ~しようぜ」(前年度の宴会名)が八雲紫主催ということで行われている。
もちろん紫は冬眠中である。ではなぜこんな面倒なことを企画するのか。それは、彼女が八雲紫であるが故である。これ以上の言葉は必要ない。
そんな冬眠中の紫に代わりこの宴会は、実質藍と霊夢、それに冬場は博麗神社に居候中の伊吹萃香が中心となって行うことになっている。
稀に、妖夢や咲夜、早苗に鈴仙などが手伝いに来てくれるが、基本的に彼女らは自分たちのことで忙しい。本当に忙しい。
そのため、藍と霊夢たちが準供を進めるしかないのだ。故に、年末年始は計画的に準供を進めておく必要があった。余裕をもった計画が大切です。
さて、年越し蕎麦用の蕎麦も打ち終り残るは門松、鏡餅用のお餅の準供となった。
門松に使う材料は既に橙が妖怪の山から採ってきている。
もち米も、秋に収穫された豊穣の神様監修のものを里から分けてもらった。
更に門松の方は橙に任せているのでもうそろそろ出来あがるころであろう。となると、残る準供は鏡餅用のお餅をつくくらいであろうか。
貰ったもち米を適量取り出し、水洗い。
この時期の水洗いは冷たさが手に辛い。
人であろうと妖怪であろうと冷たいものは冷たい、寒いものは寒い。
さっと水洗いをすませて、長年使いなれたセイロにすのこを敷き、蒸し布巾を広げ、その中に水気を切ったもち米を流し込む。あとはもち米をならして布巾で包むようにたたみ蒸すだけ。
何年も同じ工程を繰り返してきただけあり、藍の手さばきに無駄な動きはない。
ちょうどもち米を蒸し始めた頃だろうか。
門松担当の橙が出来上がったお手製の門松をもって入ってきた。
外はまた雪が降り始めたようで、肩や頭には少し雪が積もっている。
「藍様、門松出来上がりました」
「そうかい。どれ、見せて御覧」
橙が門松担当になって早数年。
全行程を担当するようになってからはまだほんの少ししかたっていない。
しかし、それでも藍を唸らせるほどの門松が出来上がっている。
教えた藍が上手かったのか、教わった橙が器用だったのか、それとも両者か。
今回の門松も、十分な出来であり、藍のお墨付きを得た橙はうれしそうにほほ笑んだ。
と同時にはくしゅん。
突然の雪で体が冷えたのだろう。
すでに大体の準供は終わったので、この辺で囲炉裏を囲んで一休みすることにした。
冬のこの時期、囲炉裏の温かさは本当に天国である。
温かいお茶を口に運び,囲炉裏を囲んでまったりとしていると、猫舌の、まだまだ熱を保ったお茶に悪戦苦闘中の橙が思い出したように切り出したのが、冒頭へとつながる。
自分の式神は、いつも好奇心旺盛でどんなものにも興味を持つことが長所の一つであると母親ならぬ式親の心で感心している藍は、快く応じた。
「鏡餅って、どうして鏡餅なんですか?」
さて、今日の質問はちょっとばっかり難題だ。
この前の、紫様がまだ冬眠する前に快適な冬眠ライフを送るがために外界から取り寄せた“くうきせいじょうき”を見て「あれは何ですか!?」と二股の尻尾をピンと跳ねさせてわくわくと聞いてきたときはそのまま「紫様に聞いてごらん。きっと教えてくれるから」と自分の主にキラーパスをすればよかったのだが、今回はそうもいかない。
あの時は、“くうきせいじょうき”と取扱に関連した書籍とにらめっこを小一時間ほど続けた後、拳を振り上げた所で止めに入って代わりにあれこれやったわけで、キラーパスがそのままカウンターになるとは思いもよらなかった。
書籍を片手に”くうきせいじょうき“を動かした時の二人の目の輝きと言ったら――。
さてさて、話をもどそうか。
鏡餅、藍がこの後炊きあがったもち米を自家製の臼でついて造る代物であるのだが、さて、どういったものか。
「鏡餅、かい? 」
「はい。」
「由来とか、意味とかでいいのかな? 」
「由来、ですか?」
「鏡餅はね、丸い円形をしているでしょ。あの形が、鏡に似ているから鏡餅と呼ばれるようになったんだよ」
「鏡って、あの鏡ですか?」
指を指した橙の指線をたどると、確かにがかけられていた。
少し大きめの、橙にも見えるくらいの四角い鏡だ。
歯磨きや寝癖を直す、後は藍の膝に座って髪を梳かしてもらった後に確認のために設供されている。
鏡に映る、藍に梳かしてもらった自分の髪を見ては何かしらのポーズをしてみるのは、橙の癖であり、鏡はいつも素敵に映してくれている。
「そうだね。そこの鏡は四角いけど、円形の鏡もあるだろ。元々鏡っていうのは特別な霊力が宿っていると考えられてきて、祭具の時にはよく使用されていたんだよ。ちなみに昔は鏡餅の前に鎧や兜を供えたりしたことから具足餅とも呼ばれたりしてたんだよ。また、鏡餅の“鏡”と“鑑みる”をかけて良い手本や規範に照らして考えると言う意味でかんがみもち、と読んでいたのが鏡餅となったともいわれているね。或いは、大物主神の娘である大田田根子に、大国主命が“元日、荒魂の大神に紅白の餅を祭れば幸福が訪れる”と教えたことに由来するとも言われているし、由来は色々あるんだよ」
「そんなにあるんですか。なんだかどれも正しそうに聞こえますよ?」
「由来なんてそんなものだよ。何が正しくて何が間違っていたかなんてコロコロかわるものさ」
「じゃあ、この鏡餅はどうして供えるんですか? 」
「そうだね。一応鏡餅は神様と人を仲介するもので鏡餅を食べて、一年の幸せを願うというものかな。人間はよく神頼みとかをしているだろ? 困った時の神頼み、と言っては何か大事な事の近くになると神社やら神殿やらにお参りする、それと同じものさ」
「では、今からつく鏡餅は、誰に対して、何のために供えるんですか? 」
おや、そうきたか。今度は少し考え込んだ。
確かに、私たち妖獣、急いては妖怪が神様を信じるなんてあまり聞くことはないだろう。
どちらかというと真逆の位置にいるような存在であるわけだ。中には神様を信仰していたり、逆に敵対心をもっていたりするものもいるし、最近では妖怪から信仰を集めようと神様自ら出向いてきたり、かと思うとどこかの風祝は妖怪退治に快楽を覚えてたり覚えていなかったりと、最近の幻想郷は混とんとしてきている。
元からそうかもしれない。
それに、こと幻想郷に関しては神様が実際里に下りてきたり買い物をしていたり、弾幕ごっこをしていたり暴飲暴食で自分の巫女にしばかれていたりとハチャメチャだ。
鏡餅を介して神様とつながるはずが、この幻想郷では神様直接とつながることもできる。
そうなると、鏡餅の役割とは一体なんなのだろうか。
なるほど、橙の疑問ももっともではある。
色々と、疑問に持つ内容のレベルが高くなってきたことに、自身の式神の成長を感じうれしくなった藍。顔に出さぬよう、心の中で頬を緩めることとしよう。
「橙は、困った時は神様にお願いごとをするかい?」
「いいえ。まず、自分で解決できるまでがんばって、それでもだめなら藍様に助言をもらいます」
「なら、神様の事はキライかい? 例えば、そうだね。よく見かける妖怪の山の神社にいる帽子を被った神様は?」
「神様はあまりよく知りませんし、なのでどちらかと言えば嫌ですが諏訪子様でしたらよく遊んでもらっています」
基本的に妖怪の山で修行しているため、諏訪子とは面識がありよく弾幕ごっこなどに付き合ってもらっている。
最も、あの鬼畜神様ロリカエルは外見に反して腹黒で、笑顔で林一つふっ飛ばしたり容赦なくとどめを刺したりと、えげつない一面をもっているので藍本人はあまり好きではないのだが、どうやら橙とはいい関係を保っているようだ。
例に出したのが諏訪子なのは少し悲しい。
何せ、あの神は信仰を自分の子孫にまかせっきりにして自分は一日中遊んでいたりとほぼ隠居ライフを過ごしていたりしているので、他の神様を出したかったが、いかんせん。
先にも言った通り、橙とはいい関係であるわけだ。
巷では風見幽香がアルティメットサディスティッククリーチャーなどと言われたりもしているらしいが、藍としてはあの合法ロリガエル人妻バージョンの方がよっぽどサディスティックなんじゃないかと思ってたりしている。
いや、風見幽香がアルティメットサディスティッククリーチャーじゃないとは言っていないし、あくまで藍個人の意見である。うん、あのお方は、キットココロヤサシイアイアフルルオカタに決まっているじゃないか。
「なら橙は、その神様と会話する時、鏡餅が必要かい? 」
「いえ、そんなものなくても諏訪子様とは話せます。ん? 何で鏡餅が出てくるんですか?」
「橙以外の、そうだね、里の人間たちの中には、そうはいかない人もいるだろ?」
「そうですか?」
「まあ、この例えはちょっと無理があったかな。うん、ごめん。少しわかんなくなっちゃったね」
一息にとお茶を手に持つ。
橙の成長がうれしくて、つい話がおかしな方向になってしまっていたようだ。
まだまだ未熟だな、と反省の色は隠す藍はお茶を飲み終わり、ゆっくりと床に置いた。
「要するに、鏡餅の本来の意味では、私達が鏡餅を飾るのには全く意味が無いわけだよ」
「無意味、ですか?」
「無意味、とは違うかな。鏡餅を飾ることの本来の意味は、別にどうでもいいんだよ。目的は、別にあるんだから。とっても単純で、簡単な理由がね」
「何ですか、その単純で、簡単な理由って?」
「飾った方が正月っぽいから」
「正月っぽい、と」
「そ。門松にしろ、鏡餅にしろ、妖怪である私たちには正直どうでもいいものだろ。でも、正月を楽しむにはやはり、あった方が落ち着く。これはもう里の正月のあり方に依存している形なんだけどね。そういうものが無かったら、正月なんてただの冬の一日で終わっちゃうだろ?」
「なんとも、いい加減な理由なんですね」
「ここは幻想郷だよ。いい加減も含めて楽しまないと損、といってたよ」
「紫様、ですか」
「そう。当の本人は冬眠していて正月なんて楽しんでいるのか怪しいんだけどね」
どうだい? と疑問が解決したか尋ねると、生半可な返事ではい、と応えた。
しかたが無い、橙はまだ妖怪だ。姿が人間に近いとは言っても、人間とは違う。
確かに、変といえば変なものである。
妖怪が人間のまねごとをしているのだ、矛盾やらも出てくる。
何より、こんなことを気にすること自体、変なのである。
本来妖怪は、ズボラな生き物である。気がつけば四季が廻ってた、なんでよくあることだ。腹が減れば食べる、眠くなったら寝る、ムカいたら殴る、そんな簡単な存在。
一方の人間は、あれこれ色々と考えすぎなのだ。
しかし、私たちは式神だ。
幻想郷の賢者たる八雲紫に仕える式神。
藍の知る橙と、成長している今の橙の差を懐かしみながら、思わず頬が緩んでしまった。
橙の成長を日に日に感じては、感傷的になり過ぎている自分を鏡で見て恥ずかしいと感じる藍の親心、式心に、あとどれくらいで橙も気がつくのだろうか。
「そろそろ、臼を出しにいこうか。温まったかい?」
「はい。もう十分です!」
元気な返事に先ほどまでの疑問は吹き飛んだようだ。
さて、これから餅つきが始まるのだが、これが意外と力加減の難しいこと。
というわけで、神社で今日もきままにお茶を飲んでいるだろう、巫女にでも頼むとすることに。
蔵に向かう途中、今度は何を持って、どのようにして丸めこもうかと頭を悩ませる藍があるものをもって神社にくまであと少し。
神社で宴会の準供をしながらきままにお茶を飲む巫女が、藍に見事に丸めこまれるまであと少し。
橙が藍も驚くほど成長して、立派な式神になるまではまだ先の事。
いまから、とても楽しみである。
時は年末。夏の残暑の反動なのか、近年まれに見る極寒となった今年も残りあとわずか。
しんしんと降る雪が窓際まで積もっている。
先日藍が自分の式神、橙にせがまれ一緒に作った雪だるまの下半身も三分の一が埋まってしまった。朝の雪かきが大仕事になることは目に見えている。
紅魔館の前の池では氷の妖精を中心に妖精たちがきゃっきゃわんわんと騒いでいるだろう。
なにせ、ここまで盛大な冬は久しぶりだ。白玉楼の幽々子たちの起こした長い冬の異変以来かもしれない。久しぶりの冬真っ盛りに冬の妖怪も喜んでいるに違いない。
さてさて、ここ幻想郷の賢者こと八雲紫が住まいでは、式神八雲藍が冬眠中の主に代わって年末年始の準供に追われていた。
とはいっても、冬眠していなくても藍がすべてやることには変わりない。
この時期いつもはマヨヒガで暮らしている式神の式神、橙が藍の手伝いを行うことになっている。年末年始、今年の終わりと新しい年の始まりを溺愛する自分の式神と一緒に過ごしたいと思うのは変なことだろうか。
とはいっても、毎年この時期には博麗神社にて「忘年会あ~んど新年会どっちもオールでフィ~ヴァ~しようぜ」(前年度の宴会名)が八雲紫主催ということで行われている。
もちろん紫は冬眠中である。ではなぜこんな面倒なことを企画するのか。それは、彼女が八雲紫であるが故である。これ以上の言葉は必要ない。
そんな冬眠中の紫に代わりこの宴会は、実質藍と霊夢、それに冬場は博麗神社に居候中の伊吹萃香が中心となって行うことになっている。
稀に、妖夢や咲夜、早苗に鈴仙などが手伝いに来てくれるが、基本的に彼女らは自分たちのことで忙しい。本当に忙しい。
そのため、藍と霊夢たちが準供を進めるしかないのだ。故に、年末年始は計画的に準供を進めておく必要があった。余裕をもった計画が大切です。
さて、年越し蕎麦用の蕎麦も打ち終り残るは門松、鏡餅用のお餅の準供となった。
門松に使う材料は既に橙が妖怪の山から採ってきている。
もち米も、秋に収穫された豊穣の神様監修のものを里から分けてもらった。
更に門松の方は橙に任せているのでもうそろそろ出来あがるころであろう。となると、残る準供は鏡餅用のお餅をつくくらいであろうか。
貰ったもち米を適量取り出し、水洗い。
この時期の水洗いは冷たさが手に辛い。
人であろうと妖怪であろうと冷たいものは冷たい、寒いものは寒い。
さっと水洗いをすませて、長年使いなれたセイロにすのこを敷き、蒸し布巾を広げ、その中に水気を切ったもち米を流し込む。あとはもち米をならして布巾で包むようにたたみ蒸すだけ。
何年も同じ工程を繰り返してきただけあり、藍の手さばきに無駄な動きはない。
ちょうどもち米を蒸し始めた頃だろうか。
門松担当の橙が出来上がったお手製の門松をもって入ってきた。
外はまた雪が降り始めたようで、肩や頭には少し雪が積もっている。
「藍様、門松出来上がりました」
「そうかい。どれ、見せて御覧」
橙が門松担当になって早数年。
全行程を担当するようになってからはまだほんの少ししかたっていない。
しかし、それでも藍を唸らせるほどの門松が出来上がっている。
教えた藍が上手かったのか、教わった橙が器用だったのか、それとも両者か。
今回の門松も、十分な出来であり、藍のお墨付きを得た橙はうれしそうにほほ笑んだ。
と同時にはくしゅん。
突然の雪で体が冷えたのだろう。
すでに大体の準供は終わったので、この辺で囲炉裏を囲んで一休みすることにした。
冬のこの時期、囲炉裏の温かさは本当に天国である。
温かいお茶を口に運び,囲炉裏を囲んでまったりとしていると、猫舌の、まだまだ熱を保ったお茶に悪戦苦闘中の橙が思い出したように切り出したのが、冒頭へとつながる。
自分の式神は、いつも好奇心旺盛でどんなものにも興味を持つことが長所の一つであると母親ならぬ式親の心で感心している藍は、快く応じた。
「鏡餅って、どうして鏡餅なんですか?」
さて、今日の質問はちょっとばっかり難題だ。
この前の、紫様がまだ冬眠する前に快適な冬眠ライフを送るがために外界から取り寄せた“くうきせいじょうき”を見て「あれは何ですか!?」と二股の尻尾をピンと跳ねさせてわくわくと聞いてきたときはそのまま「紫様に聞いてごらん。きっと教えてくれるから」と自分の主にキラーパスをすればよかったのだが、今回はそうもいかない。
あの時は、“くうきせいじょうき”と取扱に関連した書籍とにらめっこを小一時間ほど続けた後、拳を振り上げた所で止めに入って代わりにあれこれやったわけで、キラーパスがそのままカウンターになるとは思いもよらなかった。
書籍を片手に”くうきせいじょうき“を動かした時の二人の目の輝きと言ったら――。
さてさて、話をもどそうか。
鏡餅、藍がこの後炊きあがったもち米を自家製の臼でついて造る代物であるのだが、さて、どういったものか。
「鏡餅、かい? 」
「はい。」
「由来とか、意味とかでいいのかな? 」
「由来、ですか?」
「鏡餅はね、丸い円形をしているでしょ。あの形が、鏡に似ているから鏡餅と呼ばれるようになったんだよ」
「鏡って、あの鏡ですか?」
指を指した橙の指線をたどると、確かにがかけられていた。
少し大きめの、橙にも見えるくらいの四角い鏡だ。
歯磨きや寝癖を直す、後は藍の膝に座って髪を梳かしてもらった後に確認のために設供されている。
鏡に映る、藍に梳かしてもらった自分の髪を見ては何かしらのポーズをしてみるのは、橙の癖であり、鏡はいつも素敵に映してくれている。
「そうだね。そこの鏡は四角いけど、円形の鏡もあるだろ。元々鏡っていうのは特別な霊力が宿っていると考えられてきて、祭具の時にはよく使用されていたんだよ。ちなみに昔は鏡餅の前に鎧や兜を供えたりしたことから具足餅とも呼ばれたりしてたんだよ。また、鏡餅の“鏡”と“鑑みる”をかけて良い手本や規範に照らして考えると言う意味でかんがみもち、と読んでいたのが鏡餅となったともいわれているね。或いは、大物主神の娘である大田田根子に、大国主命が“元日、荒魂の大神に紅白の餅を祭れば幸福が訪れる”と教えたことに由来するとも言われているし、由来は色々あるんだよ」
「そんなにあるんですか。なんだかどれも正しそうに聞こえますよ?」
「由来なんてそんなものだよ。何が正しくて何が間違っていたかなんてコロコロかわるものさ」
「じゃあ、この鏡餅はどうして供えるんですか? 」
「そうだね。一応鏡餅は神様と人を仲介するもので鏡餅を食べて、一年の幸せを願うというものかな。人間はよく神頼みとかをしているだろ? 困った時の神頼み、と言っては何か大事な事の近くになると神社やら神殿やらにお参りする、それと同じものさ」
「では、今からつく鏡餅は、誰に対して、何のために供えるんですか? 」
おや、そうきたか。今度は少し考え込んだ。
確かに、私たち妖獣、急いては妖怪が神様を信じるなんてあまり聞くことはないだろう。
どちらかというと真逆の位置にいるような存在であるわけだ。中には神様を信仰していたり、逆に敵対心をもっていたりするものもいるし、最近では妖怪から信仰を集めようと神様自ら出向いてきたり、かと思うとどこかの風祝は妖怪退治に快楽を覚えてたり覚えていなかったりと、最近の幻想郷は混とんとしてきている。
元からそうかもしれない。
それに、こと幻想郷に関しては神様が実際里に下りてきたり買い物をしていたり、弾幕ごっこをしていたり暴飲暴食で自分の巫女にしばかれていたりとハチャメチャだ。
鏡餅を介して神様とつながるはずが、この幻想郷では神様直接とつながることもできる。
そうなると、鏡餅の役割とは一体なんなのだろうか。
なるほど、橙の疑問ももっともではある。
色々と、疑問に持つ内容のレベルが高くなってきたことに、自身の式神の成長を感じうれしくなった藍。顔に出さぬよう、心の中で頬を緩めることとしよう。
「橙は、困った時は神様にお願いごとをするかい?」
「いいえ。まず、自分で解決できるまでがんばって、それでもだめなら藍様に助言をもらいます」
「なら、神様の事はキライかい? 例えば、そうだね。よく見かける妖怪の山の神社にいる帽子を被った神様は?」
「神様はあまりよく知りませんし、なのでどちらかと言えば嫌ですが諏訪子様でしたらよく遊んでもらっています」
基本的に妖怪の山で修行しているため、諏訪子とは面識がありよく弾幕ごっこなどに付き合ってもらっている。
最も、あの鬼畜神様ロリカエルは外見に反して腹黒で、笑顔で林一つふっ飛ばしたり容赦なくとどめを刺したりと、えげつない一面をもっているので藍本人はあまり好きではないのだが、どうやら橙とはいい関係を保っているようだ。
例に出したのが諏訪子なのは少し悲しい。
何せ、あの神は信仰を自分の子孫にまかせっきりにして自分は一日中遊んでいたりとほぼ隠居ライフを過ごしていたりしているので、他の神様を出したかったが、いかんせん。
先にも言った通り、橙とはいい関係であるわけだ。
巷では風見幽香がアルティメットサディスティッククリーチャーなどと言われたりもしているらしいが、藍としてはあの合法ロリガエル人妻バージョンの方がよっぽどサディスティックなんじゃないかと思ってたりしている。
いや、風見幽香がアルティメットサディスティッククリーチャーじゃないとは言っていないし、あくまで藍個人の意見である。うん、あのお方は、キットココロヤサシイアイアフルルオカタに決まっているじゃないか。
「なら橙は、その神様と会話する時、鏡餅が必要かい? 」
「いえ、そんなものなくても諏訪子様とは話せます。ん? 何で鏡餅が出てくるんですか?」
「橙以外の、そうだね、里の人間たちの中には、そうはいかない人もいるだろ?」
「そうですか?」
「まあ、この例えはちょっと無理があったかな。うん、ごめん。少しわかんなくなっちゃったね」
一息にとお茶を手に持つ。
橙の成長がうれしくて、つい話がおかしな方向になってしまっていたようだ。
まだまだ未熟だな、と反省の色は隠す藍はお茶を飲み終わり、ゆっくりと床に置いた。
「要するに、鏡餅の本来の意味では、私達が鏡餅を飾るのには全く意味が無いわけだよ」
「無意味、ですか?」
「無意味、とは違うかな。鏡餅を飾ることの本来の意味は、別にどうでもいいんだよ。目的は、別にあるんだから。とっても単純で、簡単な理由がね」
「何ですか、その単純で、簡単な理由って?」
「飾った方が正月っぽいから」
「正月っぽい、と」
「そ。門松にしろ、鏡餅にしろ、妖怪である私たちには正直どうでもいいものだろ。でも、正月を楽しむにはやはり、あった方が落ち着く。これはもう里の正月のあり方に依存している形なんだけどね。そういうものが無かったら、正月なんてただの冬の一日で終わっちゃうだろ?」
「なんとも、いい加減な理由なんですね」
「ここは幻想郷だよ。いい加減も含めて楽しまないと損、といってたよ」
「紫様、ですか」
「そう。当の本人は冬眠していて正月なんて楽しんでいるのか怪しいんだけどね」
どうだい? と疑問が解決したか尋ねると、生半可な返事ではい、と応えた。
しかたが無い、橙はまだ妖怪だ。姿が人間に近いとは言っても、人間とは違う。
確かに、変といえば変なものである。
妖怪が人間のまねごとをしているのだ、矛盾やらも出てくる。
何より、こんなことを気にすること自体、変なのである。
本来妖怪は、ズボラな生き物である。気がつけば四季が廻ってた、なんでよくあることだ。腹が減れば食べる、眠くなったら寝る、ムカいたら殴る、そんな簡単な存在。
一方の人間は、あれこれ色々と考えすぎなのだ。
しかし、私たちは式神だ。
幻想郷の賢者たる八雲紫に仕える式神。
藍の知る橙と、成長している今の橙の差を懐かしみながら、思わず頬が緩んでしまった。
橙の成長を日に日に感じては、感傷的になり過ぎている自分を鏡で見て恥ずかしいと感じる藍の親心、式心に、あとどれくらいで橙も気がつくのだろうか。
「そろそろ、臼を出しにいこうか。温まったかい?」
「はい。もう十分です!」
元気な返事に先ほどまでの疑問は吹き飛んだようだ。
さて、これから餅つきが始まるのだが、これが意外と力加減の難しいこと。
というわけで、神社で今日もきままにお茶を飲んでいるだろう、巫女にでも頼むとすることに。
蔵に向かう途中、今度は何を持って、どのようにして丸めこもうかと頭を悩ませる藍があるものをもって神社にくまであと少し。
神社で宴会の準供をしながらきままにお茶を飲む巫女が、藍に見事に丸めこまれるまであと少し。
橙が藍も驚くほど成長して、立派な式神になるまではまだ先の事。
いまから、とても楽しみである。
>ちょこちょこと投降
→「投稿」
>気おつけたいな
→気「を」つけたいな
最後の最後で(ノ∀`)
そして最後がww
僭越ながら…誤字報告をば…
本来妖怪は、ズボラな生き物である。気がつけば四季が廻ってた、なんでよくあることだ。腹が減れば食べる、眠くなったら寝る、ムカいたら殴る、そんな簡単な存在。
なんでよくある→なんてよくある
ムカいたら→ムカついたら…でしょうかね。
そして後書きの橙が酷すぎる件…まぁ親も親だしね、結構すぐ暴走しちゃうんだね、仕方ないねw
3>>橙かわいいよ。けど、藍様の方がもっとかわry
7>>安心の橙ブレイクです
9>>きっと、今頃諏訪子様にお説教をくらっている頃でしょうね。
11>>橙「私の藍様への妄想は108式では収まらないぜ!!」諏訪子「だから黙れよ色式神」
いや、うん、誤字あったねやっぱり。
ごめんなさい。多分次回作もすぐ出せます。
何もなければ?
ではまたノシ