朝起きたら、ゾンビがモーニングコーヒーを持ってきた。
「おりぃいいいいん!?」
ねらり、と黄色い歯をさわやかにきらめかせて、ピシッとしたメイド服を着込んで傍に控えるゾンビを極力見ないようにしながら、私――古明地さとり――はとりあえずこういうことができるorするであろう可愛いペットの名前を呼んで怒鳴り声をあげた。
ここは地獄の釜の蓋、地霊殿。その食堂。いつもの通り、眠い目を半開きにして、ぼさぼさの寝癖頭をわしわしと撫でながら、おめざのコーヒーを取りに来た私を待っていたのは、なんとゾンビだった。
想像してみてほしい。朝起きて、おいしいコーヒーを飲もうと食堂の扉を開けたら、ちょっぴり酸っぱい匂いを漂わせながらぎくしゃくした動きで淹れたてコーヒーを持ってくるゾンビメイドと目を合わせてしまった時のことを。地獄跡に建つ不気味な洋館という素晴らしいロケーションの我が家ではあるが、いくらなんでも限度がある。そのようなものは居ない。ってかそんなものいらない。
「おりん!おりーん!?でてきなさーい!貴女の仕業だというのはわかっているのですよー?」
返事はない。ただし、気配は近くにある。
なら、こうしてやる。
「大サービスです。十秒待ちましょう!その間に出てこなければ、あなたの猫時代の男性遍歴をすみからすみまで旧都中にひろめてやりますよ!はーい、じゅうー!ごー!さんー!」
「にゃあああああああああ!」
「残念ゼロ―!」
あわてて物陰から飛び出してきたお燐が、涙目で私の服にしがみつく。
やっぱり近くにいたのね。最初の呼びかけは無視していたのかしら。へえ。
寝起き後で血圧も上がり切っていない私。機嫌の悪さも五割増。
「ひどい!ひどすぎます!十秒じゃないですよね?!どんな数え方ですか!法則性もなんもないじゃないですかー!ってか私の男性遍歴なんて、そんなもんどこで」
「‥‥うふふ。釣れた釣れた」
「にゃあ!?」
逃がさないように、服をつかむお燐の両手をぎゅう、と握る。
青ざめた表情がかわいい。
「男性遍歴?んなもん知らなくてもかまいません。さとりの嘘は武器なのですよ。私が言えば、白も黒。“心の読めるさとりが話した”という状況だけで嘘も真に受け取られるのです」
「ああっ、あああっ!?」
「さあ、覚悟はいいかしら?」
「ま、待ってください!ごめんなさいさとり様!いい子にするから、おねがいしま――」
「どーん!」
「ぎにゃー!」
両目と胸の目を最大サイズで開いて、三つの瞳でお燐の精神をえぐる。とりあえず、逃げられぬよう、心のスキマを無理矢理うにゅうにゅと埋めたり広げたりして気絶させた。これくらい朝飯前なのだ。怨霊も恐れ怯む地底一の嫌われ者をなめないで。
「‥‥で?どうしてこのようなことを?」
「あ、あひ、ひ、あ、あの、あのですね、これには、これには深いわけが」
「深い訳ですか?‥‥結構浅いみたいだけど?」
心が読めるというのも善し悪しで、こういう場面であっという間に核心にたどり着いてしまうのはなかなかつまらないもので。
せめて、尋問の雰囲気をもうちょっととだけ味わうために、自分の口から言わせるように、会話をつなぐことにする。
「さ、さとり様には浅いように見えてもあたいにとっては深い訳でして‥‥も、もう、理由はご存じなのですよね?心読んでいるんですよね?」
「私の口からその深い理由を言わせる気かしら?疲れちゃうわ」
「にゃううう」
泡を吹いてビクビクと痙攣し気絶していたお燐を自室のベットに横たわらせ、私はベッドサイドの椅子に足を組んで座り、コーヒーを飲みながらそのいたずら猫の尋問をしている。コーヒーは自分で淹れた。香ばしい匂いと心地よい苦みが寝起きの頭にしみわたっていく。
部屋の中から漂ってくる、酸っぱい匂いを押しのけて。
ベットを挟んで向こう側には、あのメイドゾンビが佇んでいる。手を前で重ね、おしとやかに待っている姿はなかなかに様になっているのだが、いかんせんゾンビである。ああ、腐臭が、腐臭が。
部屋の外で待たせておこうとしたのだが、どうも面倒なことに、なぜか私になついているらしく、片時も傍を離れようとしない。うう、嫌ぁ‥‥
にっこりねっちょり微笑みを浮かべるメイドゾンビのかぐわしき香りをコーヒーで押しのけつつ、わたしはいまだに顔の青い黒猫に、あごで回答をうながす。
「とりあえず、理由をちゃんと言ってごらんなさいな。怒る前に」
「あ、あの、あのですね」
この期に及んで、まだお燐は目を泳がせてどもっている。‥‥言おうが言うまいが結末は変わらないのだからさっさと言って楽になっちゃえばいいのに。
「‥‥それとも、また脳みそ捏ねられて魚みたいにぴくぴくはねたいの?」
「ご、ごめんなさい!わざとじゃないんです!」
「おー?」
震える体を無理やり起こし、お燐は手をついて私に頭を下げてきた。
ベットに頭をこすり付けて必死に頭を下げる彼女に、私は先を促す。
「なにが?」
「うう」
お燐はゆっくり顔を上げると、じっ、とこちらを見つめる。涙目が非常にかわいい。
心の中は、お願いだから殺さないでください、というフレーズで満たされている。そんなことはしません。ただ、早くしないとどうするか分かりませんよ。
「た、頼まれたんです。あの、地上の吸血鬼の従者さんに。い、十六夜、咲夜さん、に」
「うん」
「一日だけでいいから、あなたのゾンビフェアリー隊を貸してくれないかって」
「それで?」
「な、なんでも急なパーティーがあるとかで、人手が足りなくなったそうで、それで」
「ふむふむ」
「そ、それで、あたいのゾンビ妖精隊を貸しに行ったんですけど」
「うん」
「暴発しまして」
「‥‥」
「ど、どうしましょう」
「はしょらないで」
「うにゃぁ‥‥」
「つまるところ、あのメイドさんはいったい誰なのですか?」
「‥‥咲夜さんです」
「うあああ」
ああ、あああ、頭が痛いよう。‥‥ああ、神様、嘘だと言ってください。
尋問を楽しむとさっき言ったが、訂正する。現実逃避していただけ。メイドゾンビの正体は最初から分かっていた。
とどのつまり、この子が連れてきたと思しきメイドゾンビさんは、あの赤い館のメイドさん。
展開が重い?やかましいです。私だってこんな重い話なんかいらないです。
「‥‥ああ、確かに事故だと。うん。で、なに?暴発したフェアリーの弾が当たって気絶した彼女に、あわてた図書館の魔法使いが、蘇生法を使おうとしたと。でもそのときお燐も咲夜さんの霊体を留めようとしていたと。で、二人の術が、いい感じに錬金術的な混ざり方をして?まだ十分生きてたのに無理やりゾンビ化?ああー、なんというか、奇跡ね。無茶苦茶だわ」
話が進まないのでいつも通りお燐の心をごりごりと読む。ああ、なんでこんなことに。
一度あの現人神のところに八つ当たりに行かねばなるまい。こんなところで奇跡なんか発動させちゃダメだって、もう。奇跡を呼ぶのなら幻想郷中の奇跡はきっちり管理すべきである。そう思う。思わなきゃやってられません。
「‥‥で、いまパチュリーさんが元に戻す魔法練っているので、そのあいだ家で預かることになったと。そういうことですね」
「はい」
「どうして暴発を?‥‥パチュリーさんが指で突っついた?パチュリーさんが『この子たちにはこういう特徴があるのよ』って言って?咲夜さんは面白がって続いて?ああ、そして貴女は使用上の注意を怠ったと」
「は、はい‥‥」
「どーん!」
「ぎにゃああああああ!」
とりあえずお仕置きをしとく。出力はさっきの4割。これなら気絶しない程度の威力だから話を続けられる。何度もやったら廃人になるが。
「にゃ、にゃああ‥‥」
息も絶え絶えなお燐をじっとりと睨みつけながら、私は優しく話しかける。
「非常にかわいそうな状況ですし、うちにも責任がありますから、その魔法が用意できるまでの間の数日、かくまうことに関しては許可します。ここにいれば咲夜さんもあの姿をほかの人に見られなくて済むでしょうし。地底なら鬼がいるからおいそれと天狗も来ませんからね。いい選択です。でもね、お燐」
「は、はひ」
「居るなら居ると一言言ってください。わたし、ビジュアル的に怖いのは苦手です」
「す、すいませんでした‥‥」
「よろしい。では、お世話はあなたがしなさい?ね?」
「そ、それなんですが‥‥」
「なんです?‥‥この館の主人は私だから、私の世話をしたがってる?何?自由意思があるの?」
『あのう』
「わっ」
突然の声に、おもわず手に持ったマグカップを取り落とす。
ずっと黙っていたゾンビ咲夜さんがしゃべった。だいぶ声は濁ってるけど、喋った!
取り落としたコーヒーのマグカップが足元で転がる。黒いシミがベット枕元のカーペットに広がっていくが、そんなことを気にしていられる場面じゃない。
『申し訳ありません、どうにもご迷惑かと思ったんですが、こうでもしていないと落ち着かなくて』
「あ、あなた、意思あったんですか!?」
なんとなく先入観で、ゾンビに意思はないものと思って心を読まなかったのだが、なんと彼女、意識があった。
‥‥心が痛い。人として一番見られたくないであろう姿にしてしまったのに、その自分の姿を認識できる状態で存在させてしまっているのだ。謝っても謝りきれるものではない。
しかも散々驚いたり避けたり、しまいにはビジュアル的に怖いだのなんのと‥‥傷つけるような態度ばかりとってしまった。
‥‥妖怪にだってね、最低限の道徳心ぐらいありますよ。ええ。
『そんな泣きそうな顔、しないでください。彼女も言っている通り、事故だったのです。私も迂闊でした。それに、パチュリー様がちゃんと元に戻してくれるそうですし。いい経験だと思ってますわ』
「あ、あなたがそう思ってるなら、いい経験かもしれないけど」
『これでも悪魔の館に勤める身です。このくらいのアクシデント、覚悟しておりましたから。私は誰も攻めませんから、もうお燐さんを許してあげてください』
「そ、そう‥‥」
取り乱しもせず、淡々と冷静。うん。すごい瀟洒。が、ここまでくるとそれ以上に暢気。どうしてこの子はこの場面でぽわぽわと穏やかな表情をしていられるのだろう。
これくらいの肝っ玉がないと悪魔の館でなんか働けないのだろうか。‥‥そうだろうね。
私は椅子から立ち、咲夜さんに向き直ると、深く頭をさげる。
「わ、わかりました。寛大なお言葉、本当にありがとうございます。どうぞ、あなたが元に戻れるまでの間、ここでゆっくりお過ごしください。地霊殿は全責任を持って貴女を守護いたします」
『あ、そこまで畏まられなくても‥‥こちらこそ、滞在をお許しいただき感謝いたします。どうかよろしくお願いいたします。古明地さとり様』
「え、ええ」
『で、あの、お世話なんですけど‥‥』
「え!ええ!どうぞ、お好きなように‥‥と言いたいところなのですが、あまり体を痛めない範囲で、という条件だけは付けさせていただいていいですか」
『ありがとうございます』
言うと、あくまで瀟洒に、‥‥ちょっとぎしぎし音を立てながら、咲夜さんは頭を下げる。
‥‥ああ、けなげな子だ。どうすればこんな子に育つのだろう。
そう思い、目じりに浮かんだ涙をぬぐいつつ顔を上げた。あ、あれっ!?居ない!
『まずは早く拭かなくては、シミが落ちなくなります』
「のわー!」
いつの間にかゾンビ咲夜さんが足元に!彼女はかがみこんで、私が落としたコーヒーを拭きとっていた。
こ、これは、もしかしてっ‥‥
「の、能力、使えるんですか!?」
『あ、はい。だいぶ止めていられる時間、短いみたいですけど』
こともなげに言う咲夜さん。ぽんぽんとシミをガーゼで叩き、コーヒーを吸い取っている。ちゃんと下に吸い取り用の雑巾を置いて。
うん、手際はいいし、世話をしたいという条件も飲んだんだけど、正直その体で忙しそうにしてほしくない。なんだか、‥‥ちぎれそうで怖い。
それよりなにより、私はこれからしばらく「瞬間移動するゾンビさん」にお世話をされなくてはならないのだ。
こ、怖い、とっても怖い!
『はい、これで大丈夫かと』
「は!あ、ありがとう」
すっかりシミの落ちたミニカーペットを広げて見せる咲夜さん。
ほんのり得意げな顔はちょっぴりあどけなさも感じられて可愛い。可愛いんですよね?きっと!瞳孔が開きっぱなしじゃなければ!
『あ』
「ああっ」
カーペットが咲夜さんの手から落ちる。ちょっぴり重たかったのか、指の皮がめくれたのだ。‥‥ひいい、だから言わんこっちゃない!
あわててしゃがむと、カーペットを咲夜さんより先に拾い上げる。
「あ、あと、私がやりますから!とりあえずですね!安静にしててください!今のあなたの体はそれほど頑丈じゃないんですから!魔法が出来上がる前に体が崩れちゃったら元も子もないんですからね!」
『は、はい‥‥』
きょとん、とした顔でこちらを見つめる咲夜さんの背中を押して、隣の客間に案内する。
部屋をあてがい、ここに座っていてください、と椅子に座らせ、自室に戻る。
ベットの上では、黒猫がぷるぷる震えながら待っていた。
「‥‥この代償は高くつきますからね」
「は、はいいいい!」
マッハで土下座をするお燐を一瞥すると、私は急いで客間に戻った。
「遅いので心配になりまして」とか言って音もなく後ろに立たれた日には、きっと私は気絶する。
‥‥申し訳ないとは思ってます。でもね、怖いものは怖いんですから!
結論から言うと、5回ほど気絶した。
これでも私は海千山千のひねくれ怨霊達を相手にしてきた悟り妖怪。肝っ玉には自信があった。‥‥あったのだが、やっぱり見た目に恐いのはだめだった。
見た目、というかシチュエーション。普段だったら、たとえ相手の姿が見えなくても、気配や漏れた思考のおかげで私は身構えたり先手が打てる。のだけれども、いきなり目の前に青黒い顔が出現されてはそういう対応というか心の準備ができない。
そう。私の妹みたいな感じである。あの子はゾンビじゃないけどね。
たとえばお風呂上りに。
『タオルをお持ちしました』
「ひょわ」
トイレから出たら。
『あ、替えのトイレットペーパー入れときますね』
「んゅっ」
振り向いたら。
『一人でいるとなんだか手持無沙汰でして』
「のぉっ」
エトセトラエトセトラ。
「な、慣れなさい、慣れるのよ私‥‥」
これは試練だ。でなければ罰だ。
『さとり様って、結構可愛いところ、あるんですね』
今夜も驚かされてしまったが、なんとか失神しないで踏みとどまった。けっこうな悲鳴を上げてしまったが。
丑三つ時。ココアでも飲もうかと食堂に来た私。淹れたココアにバターでも入れようかと後ろを振り向いたら、当然のごとく暗がりの中から黄色い目がこちらを見つめていた。
曰く、『なんだか眠くなくて』屋敷の中を歩き回っていたらしい。うう、身も心もすっかりアンデットになっちゃって‥‥こんな時間に出歩くなんて、エンカウントしましょと言っているような行動をとった私もあほなのだけれど。
四つん這いで呼吸を整える私に、暢気な笑みを向けるゾンビ咲夜さん。は、はやく魔法、出来上がらないかしら‥‥こ、このままじゃ、咲夜さんより先に、私の体がもたない。
「いやー、咲夜さん、きれいな体してるねえ‥‥ああん」
『‥‥あ、あんまりいやらしい目したら、いくら何でも怒るわよ?』
「いやらしくないさぁ。本能だもの」
『うう、ケダモノ‥‥』
「にゃーん♪」
恐怖のエンカウントから一夜明けて。たのしそーに咲夜さんの清拭をするお燐の声が屋敷の廊下に漏れている。あの子は咲夜さんが来てからすごく楽しそう。もともと死体が趣味みたいな子だ。‥‥まさか今回のこと、わざとやったんじゃあるまいな。あとで探りを入れてやろう。
地底の隠れ家みたいなこの地霊殿。私のおかげで尋ねてくる妖怪もほとんどおらず、身を隠すのにはうってつけなこの場所なら、咲夜さんをかくまっておくのはお茶の子さいさいと気楽に思っていた私だったが、どうしてどうして障害はあるもので。特に身内。
『あーれー』
「なーんでこんなとこで死体が歩いてるのさ!ほら、あんたはこっち!地獄の釜が待ってるよ!」
「お空!だめ!そのゾンビさんは連れてっちゃダメ!いい子だから!待ちなさい!燃さないで!」
お空にさらわれそうになったり。
『あ、ちょっと、くすぐったいですわ』
「いやああ!シデムシ達!だめ!その人は餌じゃない!」
たかられたり。
「あ、あれ?あんた、たしか‥‥」
「どーん!」
「ぎええええええ!」
お酒を持ってきてくれた勇義にばれそうになったり。
「ご、ごめんなさい、勇義‥‥今は、すべて忘れて、眠って‥‥」
「うごごごごご」
勇義に馬乗りになって、ベアクローかまして精神撹拌をしながら、私は彼女にただ謝ることしかできなかった。
『さとりさまぁ、なんだかとってもエッチな光景ですねえー』
思考力がだんだんなくなってきているのか、ひたすらのんびりとしたゾンビ咲夜さんの呟きが背中にかかる。
ふえーん!まだか!もういやぁ!魔法はまだ?!紫もやし!
「できたわ」
「そうですか‥‥」
結局それから一週間かかった。
対面したパチュリーさんにいろいろ言いたいことはあったのだけれど、そんな気力もない。
ただでさえ真っ白な私の顔は蒼白通り越して土気色。あ、だんだん私もゾンビになってきてるのかも。
地霊殿の大広間には、紅魔館ご一行が到着して、魔法の準備にかかっていた。
頭に羽をはやした魔族らしき女の子と、門番の美鈴さんが大広間の床に無地のカーペットを広げ、その上に陣を描いている。
「ごぶさただったね、咲夜。は、しばらく見ない間にすっかり熟成しちゃって。むわー、すごいにおい」
『おじょーさまぁー』
「あー!くっつくなー!咲夜汁がー!」
『妹様ぁー』
「あははは!咲夜、フランケンシュタインモンスターみたい!ね、がおーって言って!がおーって!」
『がおー』
「あははははは!」
広間の端では従者と主人の感動‥‥のご対面が繰り広げられていた。
レミリアさんと、フランドールさんだったか。もうほとんど瀟洒さもなくなって、脳みそがとろけ始めた咲夜さんを躊躇なく相手できているところはさすがに悪魔といったところか。
ひとしきり対面を済ませると、レミリアさんがこっちに向かって歩いてきた。
「‥‥ありがとう。今日まで咲夜を世話してくれて、ですか。‥‥あ?自分の口から礼が言いたかったのに、無粋なやつ?ほっといてください」
「荒れてるねえ。ま、しょうがないけどね。ありがとう。今日まで咲夜を守ってくれて」
「礼には及びませんよ‥‥元はと言えばこちらにも非があるんですし」
「迂闊に手を出すアイツが悪い。子供じゃあるまいし、花火を覗くようなまねをするからだ」
「この一週間どれだけ心配したことか!ベットに潜って、咲夜が心配で泣きはらしたんだから!ああもう!戻ってきたら紅茶淹れさせまくって過労死させてやるんだから!そんでそのお茶を全部飲むんだからね!ですか」
「読むなー!!口に出さないでー!」
「ごめんなさい。趣味なもんで」
真っ赤になった顔がかわいい。永遠に幼き赤い月は伊達じゃないわね。
たまに私も小五ロりとか言われますけどね。‥‥知ってます?11歳て意外とませてるんですよ。
「パチェー、咲夜の腕が取れた―」
「わあああ!」
「ああ、お嬢ちゃんお貸し、あたいが付けるから。こういうの得意だからね」
「へー!うまいねー!あはは、つぎはぎできちゃってホントにフランケンだねえ、咲夜」
『がおおお』
かわいそうな場面が後ろで繰り広げられている。早く元に戻してあげてください、あの子を。
「準備オーライでーす」
頭羽つきの女の子が、片手をあげて合図する。
陣の周りには、燭台だの香炉だの生肉だのがいろいろ置かれ、さすがに本格的。
パチュリーさんはすでに陣の脇で呪文詠唱を初めており、魔法陣が青白く光りだしている。そこへ、ぎこちない足取りの咲夜さんを、レミリアさんとフランさんが手を取って引きつれてきた。そのまま、魔法陣の真中へ連れてゆき、座らせる。
「――――――――」
高速で唱えられるパチュリーさんの呪文は、人間の言葉とは思えないくらいランダムで高音。呪文というからには、あれも言葉なのだろう。
心を読んでみたが、怒涛のような術式と、澄んだ無心の精神だけで、私には何を考えているのかさっぱりわからなかった。
女の子はうなずきながら感動してそんな呪文を聞き入っていた。わかるんだ、あの子には。へえ。
レミリアさん、フランさん、美鈴さんは固唾をのんで陣の真中で光に照らされる咲夜さんを見つめている。
後ろでは、お燐と、いつの間に来たのかお空、そしてこいしまで、真剣な顔をして術を見ていた。
「―――――――――!―――――!」
パチュリーさんの額に汗が浮かぶ。呪文がひときわ高く、速く、唱えられる。
皆、固唾をのんで見つめている。光が強さを増した。咲夜さんだけが、不思議そうな顔で陣の光に照らされている。
「――――!――!――――――!」
呪文が、一層激しさを増して、魔法陣の光が、爆発していく。
クライマックス!
その時だ。
私が見た、ものは。
視界を塗りつぶす光の向こう。そこから漏れてくるもの。全くそれまで澄み渡っていたパチュリーさんの思考に、ぽつりと浮かんだ、悲鳴。
――――――!
術式は、失敗した。
「‥‥あ」
寝汗がひどい。真っ暗な闇の中に、ぼんやりと天井がうかぶ。
「‥‥夢」
体を起こす。ぎしり、となる背中が、眠りについていた時間の長さを教えてくれた。
ああ、覚めてしまった。夢から。
「役に、立たない薬ですね‥‥」
枕元に置かれた瓶の中身を、私はにらみつける。
空っぽのガラス瓶には、質素な和紙のラベルが貼られている。
「悪夢を見せる薬、ですか。はん。こんなもののどこが悪夢だっていうんですか」
ラベルにはこう書いてある。「胡蝶夢丸‐ナイトメア‐」と。
悪夢を強制的に見せる薬。月の薬師が、いつだったか、効くわよと言って、いたずらっぽい顔をして私に押し付けたっけ。
はん。ウソつきめ。詐欺だ。あれの、どこが悪夢だ。
ばあん!
「ひ!」
突然、ドアが強く叩かれる。小さく悲鳴をあげかけ、私はあわてて口を抑えた。
気が付いたのだ、あれらが。私が目覚めたことに。
ばあん!ばあん!
「いや、いやだ、もうやめて、おねがい、来ないで‥‥!」
毛布をかぶり、きつく耳をふさぐ。ドアを叩く音は一向に消えない。
「いやだ、もう、いや‥‥」
私の頭に浮かぶのは、さっきの夢の光景。
いや、
現実。
さっきまで見ていた、夢。それは、数か月前の記憶。
そう。あのゾンビ騒ぎは夢ではない。あれは私の記憶。それが悪夢として再生されただけ。
ばあん!ばばん、ばたん!
扉を叩く音が強くなる。数が増える。
あの日、あの魔法陣の光の中で。パチュリーさんが上げた悲鳴。
それは悲惨な、術式の失敗の悲鳴。
今となっては原因も理由も分からない。ただ、死者の魂を活性化させ、肉体を再生させる儀式が途中で失敗した、それだけは、あの羽根つきの子の心から読みとれた。
――――失敗すればどうなるのかも。
ばあん!
「いや‥‥いや‥‥!」
恐ろしい音から逃れるべく、私は枕元の瓶に飛びついて、必死に逆さにして振る。しかし、中身はもう、ない。
「薬‥‥薬‥‥夢を、なんでもいいから!」
あの時おこったこと。深淵から吸い上げた生命力が、支えを失ってまた深淵へと落ちてしまった、事故。
落ちる生命力は、周りの生命力を引き寄せ、巻き込み、一緒に落ちた。
そう。
ばあん!
「ひぃ‥‥」
あの日、あの広間にいた者。すべてが、生命力を吸い取られ、生ける屍と化した。
私は、ひどいことに、助かった。お燐が、お空が、こいしが、盾になってくれたから。
「なんで、助けたの‥‥!」
扉をたたく者たちは、あの日のあの人たちのなれの果て。
一人残され、部屋に逃げ込んだ私が、したことは、偶然にも持っていたあの薬を使って、夢の中へ逃げ込むことだった。
悪夢を、死ぬほど見た。それでも、夢の中では、あの子たちに、会えた。
だから、あれは悪夢ではなかった。
――――それももう、おしまい。薬は、もう、ない。
「あは、はははは、ははははは‥‥」
乾いた声で笑ってみる。涙はとっくに枯れ果てた。
かり、かりり‥‥
扉を叩く音が、ちいさな爪音に変わる。そのうちその音もなくなり、うごめく者たちはあきらめて、行ってしまった。
そして、私は、一人残される。
薬もなくなり、永遠に醒めない現実の中に。
「はは、ははは、あっはっはっは‥‥うああああああああああ!」
ああ、
神様、
嘘だと言ってください。
これが、悪夢じゃないなんて。
夢じゃないなんて!
‥
‥‥
‥‥‥‥‥
しかし、元々アンデッドなおぜうと妹様は何になったのだろうか……。
リーヴァー?
後味の悪さはゾンビ映画の醍醐味ですよねぇ
にしても術式失敗だらしねぇな
これはいい鬱エンド
しかし救いがねえ…
前半までは咲夜さん直して終了かなと思ってたらまさかのBAD END
哀れなさとりんに救いの手を
あと本文関係ないけどコメント欄が見えねえ(笑)
どうしてこうなった?
「はい、現実です」
シュールなギャグかと思ったら普通にホラーだったよ!
しかしどうしてこうなった
で、救いはあるのかな?
ゾンビ化しても最初は思考能力が残っているようですし、何とかなりそうな気もしますが野暮ってもんでしょうな
コメ云々はctl+Aで反転させればいいのでは
それでもおっかねえな。
確かにタイトルや背景が不穏な空気を出しているけど、前半の作中でももっと文章でそういう不穏な空気をかもし出してもらえたら良かったです。
でもゾンビ咲夜さん見る限り割とどうにかなりそうな気がするなあ。
思考までゾンビになってたら救えないけど…
お昼に途中まで読んで、帰ってきて全部読みきってビックリしたわ!
救いは無いんですか!?
最後で突き落とされました
落とし方が唐突でよかったです
ほのぼのから急転してのホラーオチ。ホラーとしては非常にうまい。
ナイトメアの使い方も秀逸です。
ただ、東方の世界観でホラー鬱エンドは賛否が分かれますね(^^;
落とし方と、それまでのギャグとのギャップが強すぎて、後味が非常に悪い。
ホラーものとしてはかなり良作ですが、東方のゆるい世界観にはちょっと…(^^;
東方の舞台設定をうまく使われてるのもすごいなーとは思うのですが。鬱だ……
非常に面白かったので、ホラーとして100点、東方として80点で90点を付けさせていただきます。
さて、これは演劇、これは演劇、これは演劇、これは演劇、これは演劇、これは演劇、こ(ry
しばらくすれば様子を見に来て万事解決して笑い話にしてくれるさ!
そしてうれしくて子どものように泣きじゃくるさとりんを、みんなが微笑みながらいい子いい子してくれるさ!
そうでも思わないとガクガクブルブル((((((゜゜;))))))))))
さぁ早く!この演劇を私が現実と認める前に!
……あ
うま
関係ないけど、さとりさまの能力からSIRENの視界ジャックを連想した。
不運と不運と不測の事態と相性の不一致におぜうのたぐった運命が全部悪い方向に転んだような印象。なんて奇跡。
もしもし、これは演劇ですか。ええ、これは演劇ですよね。いいえ、これは演劇です。
ホラーは大好きですがバッドエンドは超苦手です。本当にありがとうございました。
序盤のギャグの空気なければ最後まで読めませんでしたわー。
最後の最後まで読者に一抹の希望(夢オチ)を持たせて結局堕とす。素敵。でも嫌ぁぁ。
お見事な構成でした。
ここまでドスンと落とした作品を見るのは久しぶりです。
どうしようもない救いのなさも大好き。最高でした。
まさに「話運びのために登場人物を動かした」作品と言えるでしょう。無理して東方でやったから設定に不自然さが出た(例えばお空お燐はさとりの沢山居るペットの内のたった2匹でしかない点とかさとりはゾンビを恐れるような弱小妖怪じゃない点とか)感じがします。
まあ、そこは人それぞれ解釈の違いですしそういう作風を悪いとは言いません。
でもこれをこういう演劇としてみるなら、前半中盤からの終盤へのどんでん返しや明るさから一転した暗さのコントラストが中々面白いので100点だと思います。
ハッピーエンドがあると信じているからなー!!
意図的な悪意をもって起こされたものよりも、断然ホラーのポテンシャルがあるよね。
ううむ、見事でござった……これは演劇ry