「紅魔館対抗エアレミリア大会をやりましょう」
紅魔館でのある夜の食事中、そう言ったのはレミリアであった。咲夜が、まるで頭のどこかに傷む部分のあるような、苦い表情をして言った。
「お嬢様、エアレミリアとはどういうことですか? 失礼ですが、今でも結構影が薄いように見受けられますが……」
咲夜の毒の混じった返しに、レミリアはスプーンを振り回しながら叫んだ。
「違うちがーう! っていうかナチュラルに主をディスらないでよ! このバカさくやー!」
「それではこの大変低能な私にも、よーくわかるようにご説明を」
「ずいぶん腹の立つへりくだり方ね……。エアレミリア大会ってのは……」
レミリアは、他の連中に聞こえないように咲夜の耳元でひそひそと話した。
咲夜は、話を聞き終えるとふむふむと頷いた。
「なるほど、そういうことなら今すぐ手配して開催しましょう」
紅魔館一同は、食事を終えるや否やエアお嬢様大会の開催に向けて準備を始めた。と言っても、真面目に準備をしているのは咲夜とメイド妖精と美鈴ぐらいのもので、フランドールなんかは「また始まったよ……」と思いつつ部屋の隅でワインをちびちびと飲んでいた。
「ここに、第一回紅魔館対抗エアお嬢様大会を開催します! ルールは簡単! いかにお嬢様がそこに居るかのように振舞えるか! 司会はこの十六夜咲夜がお送りします。名誉ある審査員は、なんとレミリアお嬢様本人です!」
準備開始から約一時間後、総合司会である咲夜によって大会の開催が宣言された。
「えー、ただいまご紹介に預かりましたレミリア・スカーレットです。今日は私のためにこんな大会まで開いていただいて……本当に感動よ。ほんの思い付きともいえるイベントを、ここまで昇華してくれた紅魔館の皆には本当に感謝するわ。それでは、今日は目一杯楽しんでください!」
咲夜とレミリアによる始めの挨拶が終わると同時に、客席に座っているメイド妖精たちがわーっと拍手とした。
拍手の波が止むと、特別に作らせた舞台の上ににスポットライトが当たり、一人の妖怪が姿を現した。
「それでは、早速始めましょう! エントリーナンバー1番、我らが紅魔館の門番、紅美鈴です!」
咲夜が、そうアナウンスすると同時に美鈴の番が始まった。
「あ、えっとこんばんはレミリア様。今日は月が綺麗ですね。え、曇ってるって? あ、そういえばそうですけどほら! 雲越しに見える月も綺麗っていうか! そんなことは良いから用事は何か、ですか。むう、ほら、お話したいんですよお話。えーっとですね、ほら、この前レミリア様が私に誕生日プレゼントをくれたじゃないですか。私の名前にぴったりだって言ってくれたあの真っ赤なリボンをですね、貰った時、あの時、なんと言うか、心の中で赤い実がはじけたっていうか……!」
カーン。
レミリアが、横にあったチューブラーベル(テレビでやってる喉自慢のアレである)をつまらなそうに鳴らした。
その音と同時に、美鈴の頭の上に金タライが落ちてきて、鈍い音を立てた。
美鈴は、タライのヒットした衝撃により思い切り床へと転げ落ちた。
「はい失格ー、100点満点でF判定よ。ていうか幾らなんでもこれはベタだなーと思ってたところに『赤い実がはじけました』って……、あんた昭和何年生まれなのよ。聞いてるこっちの方が赤面するレベルよ」
「でも赤面してくれたなら勝ちですよね!!!」
がこーん。
起き上がって笑顔で言い切った美鈴に、もう一度金タライが振ってきた。
レミリアが、手をぱんっと叩くと、メイド妖精がやってきて動かなくなった美鈴を舞台の袖へと引っ張って行った。
「スタッフ、ご苦労。では次の方どうぞ」
「エントリーナンバー2番。我らが親愛なる妹君、フランドール・スカーレット!」
周囲に笑顔を振りまきながら現れるフランドール。咲夜に促されて前に出る。こほんと咳払いを一つしてパフォーマンスを開始した。
「はぁい。お姉さま、ご機嫌いかが? そういえば風のうわさで聞いたけど、最近霊夢とあんまり進展ないらしいじゃない? 恋は迷路、そしてシーソーゲーム。押すところは押さなきゃ駄目よ。霊夢は絶対押しに弱いから!私の勘だけど! 魔理沙と一緒で、私の気持ちをちゃぁんと受け取ってくれないと吸血しちゃうよ……? って脅せばころりと……」
ガンガンガンガン!
レミリアはチューブラーベルを力の限り叩いてフランドールのパフォーマンスを中断させ、ハンマーを投げつけた。しかし、ひょいと涼しい顔で避けられる。
「あ、あああああんた!? 何言ってんの!?」
「え? フラン、お姉さまが何を言ってるのかわかんなぁい」
顔を真っ赤にして、フランドールの胸ぐらを掴み揺するレミリア。先ほどまでのカリスマはどこへやら。大出血カリスマバーゲンセールである。吸血鬼だけに。
咲夜はそんな様子の姉妹をぼたぼたと鼻血を垂らしながら見守り、小悪魔は右往左往する始末。第一回紅魔館対抗エアお嬢様大会は姉妹同士による乱闘によって終結するかのように思えた。
「そこまでよ!」
乱れた空気がしんと静まる。その場にいる全員が声の発生源に目を向ける。
そこにいたのは、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジだった。
「あなた達、喧嘩するのはよしなさい」
「パチュリー……?」
「別にあなた達が喧嘩するのはいつもの事だから仕方ないわ。でも、紅魔館対抗エアお嬢様大会を途中でうやむやにしてしまうのは私が許さないわ──だって私がまだ目立ってないもの!」
場を沈黙が支配する。呆れたと言いたげにため息をつく咲夜。ぽかんとしている小悪魔。つかみ合ったまま動かないスカーレット姉妹。その他大勢妖精メイド。
「……はい。じゃあ次。エントリーナンバー3番。我らが紅魔館の誇る賢者。パチュリー・ノーレッジ様でーす」
咲夜がアナウンスすると共に、まばらに聞こえる拍手。初めのころの場の盛り上がりが嘘だったかのような空気の中、パチュリーは演技を開始した。
「レミィ。実は私、前から言いたいことがあったんだけど。私の地下図書館からある本がなくなったらしいの。最初は魔理沙の仕業だと思っていたのよね。魔理沙だって人間だし、そういうお年頃だし……。でも、その本がなくなったのって魔理沙がやってきた時じゃないの。レミィが私に話があると言ってきた時なの……。ねぇ、私には本当の事言って! 今なら私、あなたのこと咎めるつもりはないから。500歳なのに恋愛ノウハウ本を無断で持っていったなんて言わないから!」
ガンガンガン!
レミリアはチューブラーベルを力の限り鳴らし、ハンマーを投げつける。パチュリーは涼しげな顔で上半身を逸らし、それを避ける。
「あ、あんた達! 何なの、私に恨みでもあるの!?」
「えっ……。そんなつもりはなかったのだけれど」
「してやったり、みたいな顔で言われても説得力ないっての!」
ざわざわと騒ぎ出す妖精メイド達。「えっ、あのお嬢様が?」だの、「お嬢様も乙女だったのね……」などと聞こえてくる。噂好きの妖精の事だから紅魔館中にこの話は広まってしまうだろう。パパラッチの天狗にでも聞かれたら一巻の終わりである。社会的に。
「あー! うるさい、やかましい、静かにしろぉぉぉ!!」
会場をぶち壊すのもいとわないという様子で鬼のごとく怒り狂うレミリア。そんな中、一人の妖精メイドが声を上げた。
「お嬢様っ! その話は結局本当なんですかっ!?」
「そ、それは……!」
「はいはい、私語はそこまでにして。次は私の番だから」
「さ、咲夜!」
場の粛清に入ったのは紅魔館の完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜だった。メイド長である咲夜の言う事に妖精メイドは逆らえないので、自然に静かになっていく。
「はい、それでは次の方。エントリーナンバー4番。我らが紅魔館のパーフェクトメイド、十六夜咲夜さんです、どうぞー」
総合司会の咲夜に代わってアナウンスを務める小悪魔が合図を出す。
咲夜は苦しげな表情を浮かべながら演技を開始した。
「お嬢様……。私の命も、そう長くありません。永遠亭の医者にも、もう打つ手がないと言われました。……申し訳ありません。ずっとあなたのそばでお仕えするという約束を、破ってしまいました。私の事は、お忘れください。いなかったことにしておいてください。私がいなくなったとしても悲しまないでください。とても身勝手なお願いかもしれませんが……。言いたいことを一方的に言うだけでも、案外すっきりするものなのですね。少し、眠くなってきました。もうひと寝入りさせていただくことにします、おやすみなさ──」
「死なないでさくやああああああああああああああああああ!」
『エア』お嬢様大会であるにもかかわらず真に受けたレミリアが迫真の演技を続ける咲夜に飛びついた。
普段の行動にカリスマが感じられないと言われても、吸血鬼は吸血鬼。力は相当のものであるし、その時のレミリアは感情の高ぶりから力のコントロールができず、スピードはマッハを超えた。さながらその様子は紅い弾丸のようであったと後に美鈴は語る。
「っごふぅ!?」
……とても嫌な音が響いたのは言うまでもないだろう。
「さくやぁ!しっかりしてよぉ!」
馬乗りになって咲夜の襟首をつかみ、力いっぱい揺するレミリア。力なく振り回される咲夜。
小悪魔は妖精メイドにレミリアを止めにかかるよう指示し、マイクを握り自身はレミリアの説得にかかる。
「お、お嬢様! それ以上したら本当に……! あぁ、咲夜さんの魂が天に昇っていくぅ!」
「やだ、死んじゃやだよー!」
「いや、演技ですから! 実際のお話じゃないですから!」
「え、演技……!?」
小悪魔の一言によって徐々に力が抜けていくレミリア。目の端には涙が浮かんでいるところを見ると真に受けたことは明白であった。
「あ、あぁ。そんなの理解してるに決まっているじゃない。別に咲夜の演技が上手すぎたせいで感情が昂って先走ったなんてことはないわよ!」
どう見ても開き直ったようにしか見えないレミリアの態度はただ一人の犠牲を生んだことを除けばいつも通りのものだった。
その様子をパチュリーはやれやれと言いたげな表情で遠目から見ていた。
「メイド長……良いヤツだったわね」
「いや、勝手に殺しちゃ駄目でしょう!? せっかく誤解が解けたのに煽ってどうするんですか!」
主の笑えないボケに的確なツッコミを入れる従者小悪魔。
「まだまだね小悪魔。ツッコミもあなたの淹れる紅茶も……!」
音もなくすっと近寄ってきたパチュリーが小悪魔からマイクを奪う。
「パ、パチュリー様っ! おやめください!」
「あー、あー。 本日は晴天なりー本日は晴天なりー」
小悪魔の静止を振り払い、パチュリーは続ける。
「紅魔館の良い子のみんなー。このままじゃ咲夜が死んじゃうー。というわけで紅魔館一聡明な魔法使いである私が勘を働かせた結果、レミィ本人がこの大会に参加したら生き返ると踏んだわ」
「なっ、パチェ!? 何を言い出して……!?」
「ねー、みんなレミィがエアレミリアするとこ見たいよねー。さぁ、エントリーナンバー5番! われらが紅魔館の主! レミリア・スカーレットの登場ですっ!」
レミリアはパチュリーに目立ちたいとか言っていたけど結局私にそれをさせたかっただけなんじゃないのかと声を大にしてツッコみたかったが、そんな彼女の気持ちとは裏腹に、わぁっと盛り上がる会場。
いつも静止に入る咲夜はいないし、もともと面白いものに喰いつく性質の者が集まっているせいか、ボルテージはどんどん上がっていく。
「ほら、早くしないと、尺の問題もあるから……」
「尺って何よ、尺って! ああああ、もう! 分かったわよやればいいんでしょ!」
おおーと歓声が沸く。レミリアはどこからか椅子を二つ引っ張り出し、そのうちの一つに深く腰掛け、向かいの誰も座っていない椅子に話しかけ始めた。
「あ、もう一人の私。どうもどうも。元気にやってる? え? ドッペルゲンガーだから出会ったら死ぬって? あはは、ジョークがお上手なのね、流石私ね。大丈夫大丈夫、そんなヤワな体してないから。吸血鬼だし」
その場に居る全員が覚悟していたことではあったが空いた椅子に、ましてや自分が目の前にいるということを想定した上でフレンドリーに接している様子というのは、とてもシュールな光景であった。
「いやあ、聞いてよ。実はねー、私も結構大変なのよねえ。この前博麗神社に顔を出しに行ったときにね、珍しく霊夢が縁側でぐったりと寝転がっていたの。起こさないように近づいて行ったら無防備な顔して寝ていたのよね。それが、もー! 可愛くって! ほっぺつんつんして首筋にかぶりついて吸血したかったんだけども! 私も子供じゃないからね、一時の衝動で過ちを犯したりなんてしないわ。いやー、本当にアレは可愛かったわ……」
「レミィ、ストップ!」
パチュリーは口に手を当て、真っ青な顔をして叫ぶ。
「なんか生々しいから、もうレミィの優勝で良いと思う」
「えっ、なんか適当すぎよ! 確かにほっぺつんつんはしてしまったけどそれ以上はやってないわ!」
「結局やっちゃったの!? それに霊夢が好きな人って紫だとかいう噂もあるし」
「な、何ぃ!?」
あの、胡散臭い賢者がまさか、とは思うがどこか親しげな雰囲気があるという事に関しては思い返せば……。
「くっ、こうしてはいられないっ! 少し出かけるわ。小悪魔、後は任せたわよ!」
「えっ、ちょっと、お嬢様ぁ!」
レミリアは紅魔館を飛び出し、博麗神社へと向かっていった。
「レミィもまだまだ、青いわね……」
「いや、パチュリー様のせいでしょう!? 早く片付け手伝ってくださいよ……」
「あ、私ちょっと戻って本読まなくちゃいけないから。あとは頑張って!」
グッと親指を立て、颯爽と去っていくパチュリーの後姿を見つめる小悪魔の表情が引きつった笑顔だったのは言うまでもないだろう。
「……で、あんたは私のところに来たと。」
「そういうことよ」
頭から血を流しながらふふん、と胸を張るレミリア。霊夢はそんな様子のレミリアをじとーっと見つめる。
「いや、そこでなんで偉そうにするのよ」
「有り余るカリスマのせいかしら」
「有り余っているのはカリスマじゃなくて幼女臭じゃないのかしら」
「ひどいっ!? 結構気にしてるのに!」
博麗神社の縁側にて。霊夢の隣に腰かけているのは紅魔館を勢いよく飛び出していったレミリアだった。
神社に着くやいなや、境内の掃除をしている霊夢に詰め寄り「あ、あの、れ、れれれれれいむ!? あのスキマ妖怪の事が好きって本当!?」と、大声で叫んだ結果、持っていた箒でぶっ飛ばされた。
「流石霊夢……、私のライバルを名乗るだけはあるわね!」と笑顔で言われた霊夢はかなり引いていた。
「それでさ。なんでその……、私が紫の事を好きだとかそういう話になったわけ?」
「いや、さっきまで、紅魔館対抗エアレミリア大会をやっていたらさ……」
「エアレミリア大会って何!? 一体どういう趣旨なのよ」
「いかに私がいるようにふるまえるかを競うのよ! こういう催しを通じて──」
「あー、うん。分かった分かった」
「いや、軽くあしらいすぎじゃない!?」
「気のせいよ、多分」
霊夢の冷たい態度は今に始まったことではないが、傷心気味のレミリアには耐えきれなかったのだろう。瞳に涙がたまっていった。
ぎょっとした霊夢は慌ててあー、とかうー、とか唸り、きまりが悪そうにレミリアの頭に手を乗せる、そのままわしわしと頭を撫でた。
「……なによ、今日は優しいのね」
「今すぐ泣きそう奴に追い打ちかけるほど性格は曲がってないつもりだけど」
「も、もしかして霊夢、私の事好き?」
一瞬、空気が止まった。
「……うん? レミリアったら、どこに行っちゃったのかしら。私が悪かったからー。お願い出てきてー」
レミリアは目の前にいるはずなのに、棒読みで周囲をきょろきょろと見回しながら呼びかける霊夢。
常識的に見るとこの行動は異常である。しかし、その場に居合わせていたレミリアには霊夢の行動に心当たりがあった。
「ま、まさかっ! エアレミリア大会はまだ続いている……だと……!?」
「レミリアったらどうしたんだろう。もしかして、この前私が縁側でぐったりと倒れていた時に私のそばに寄ってきた事が関係してるのかしら……」
はぁ、とため息をついて誰に話しかけるでもなく霊夢は言った。それを聞いたレミリアの体が強張る。
「なんだか知らないけど、ううん……。私が寝ていると思ったんでしょうね。頬を突いてすごく楽しそうだったわね。何がそんなに面白かったのかしら……ねぇ」
今度はレミリアの方を見ながら、しかもにやにやといやらしい笑みを浮かべながらそう言い放った。
「う、う、うわああああああああん!!」
バレてないと思ったのに実はバレていた。そんなことよりも霊夢に嫌われてしまったのか。何かよく分からない感情が自分の中に積り、羞恥が頂点まで達し、爆発した後レミリアはその場から一目散に逃げた。
第一回エアレミリア大会優勝者 博麗霊夢
第二回エアレミリア大会の日程は未定です。
「が抜けてる?
お嬢様可愛いよ!
演技の描写短かすぎて結局ただの独り言で終わってるように感じました
ありがとうございました。
お嬢様がいるかのように”振舞う”のであるのに関わらず一番肝心な演技部分が全員ただ喋っているだけで終わっていました。
そのため演技者がどの様な表情仕草をしているかが文章からは全く読み取れません。特に咲夜さん。
また、台詞も一気に言っているためにその間のお嬢様の様子も最後まで全くわかりません。だんだん怒りが溜まって行くお嬢様。徐々に涙目になっていくお嬢様。そういう状況を混ぜながら演技を見られたらもっと面白かったと思います。