この冬、幻想郷に大寒波が襲来した。
猛雪が降り、氷精が騒ぎ、秋の神はよりいっそう沈み、地底の核エネルギー温泉は大繁盛、紅白の巫女はコタツに入ったまま出てこなくなり、式の式の猫はコタツではなく狐の尻尾で丸くなった。
そして、とある人里離れた小高い丘にも雪が積もり、その上には大きな雪の山が出来ていた。誰にも気付かれること無く。
その冬のある日、唐突に雪は止み、分厚い雲から太陽が顔を出し、わずかな時間ではあるが、さんさんと輝き、雪に埋もれた幻想郷に暖かい光を降り注がせた。
そしてこの丘では、暖かい日差しにより雪が融け、どさどさという雪が落ちる音をさせ、雪の山の正体が現れた。
それは樹だった。とても大きな樹、樹齢百年はゆうに超えるであろう大樹。それが一本だけ、丘の上でただ一本だけ立っていた。
その樹の枝は葉がただの一枚も無く枯れ落ち、その樹自体ももうすでに枯れているのではと思わせた。
思う人がいればの話ではあるが。
この樹がいったいどれぐらい前から立っているのか、それを知る人はおらず、この樹が今ここに在ることさえも知っている人はいないのであろう。
それほどまでに、この樹のもとに、この丘に、長い間人が立ち入っていなかった。
かつてはこの地にも多くの樹が立っていたのだろう。それも今は昔の話、今この丘には、雪に囲まれたたった一本の大樹が、寂しそうに立っているだけであった。
やがて雪は降ることを止め、季節は廻る。
身を裂くほどの寒さは和らぎ、雪に隠れていた生命は姿を現し、春告精が飛び回り、普通の魔法使いは宴会のためにアップを始め、氷精は春告精にケンカを売っていた。
この丘でも雪は融け、この樹の周りでは小さな命が芽吹いていた。
暖かくなるほどに緑が溢れてゆく。それでもこの樹の枝に緑の葉はつかなかった。
「ほらほら、みんなこっちこっち~」
「ちょっと、待ちなさいよぬえ…うわぁ」
「おぉ、これはすごい」
「よくこんなところにあるのを見つけれたね、ぬえ」
「前に散歩してる時にたまたま見つけたんだ。ね、すごいでしょ白蓮?」
「えぇ本当に、とても見事な…」
「…桜の樹ね」
その樹は桜だった、ただの一枚も葉をつけずに、この丘を桜色に染めていた。
「ぬえがいきなり花見をしようなんて言ったときは何かと思ったけど、こういうことだったのね」
「一輪ったらずっとなんかするんじゃないかって疑ってたもんね」
「そういうムラサもぬえにいろいろと言ってたじゃない」
「ほらほら二人とも、ここには花見に来たのですから。この見事な桜の手前、ケンカなど無粋ですよ」
「そうとも、せっかく持ってきたお酒が不味くなるよ」
「えっ、そんなの持って来てよかったの?」
「まぁこんな日ですし、よしとしましょう。さあ、始めましょうか」
久方ぶりにこの丘に、この樹のもとへ来た者たちは敷物を引き、つぎつぎと作ってきたお弁当を取り出し、花見を始める。
小さな賢将は毘沙門天の代理にお酌をし、船幽霊の船長はお弁当を勢いよく食べ始め、入道使いの尼僧はそれを見て呆れたように微笑み、その入道は桜を包むように漂い、魔法使いの僧侶はその膝の上に正体不明の少女を抱いて桜を見上げる。
静かな冬を越え、いつもよりも賑やかになった自らの根元に、よりいっそうの桜色を舞わせたその樹は
とても嬉しそうに、この丘に立っていた。
猛雪が降り、氷精が騒ぎ、秋の神はよりいっそう沈み、地底の核エネルギー温泉は大繁盛、紅白の巫女はコタツに入ったまま出てこなくなり、式の式の猫はコタツではなく狐の尻尾で丸くなった。
そして、とある人里離れた小高い丘にも雪が積もり、その上には大きな雪の山が出来ていた。誰にも気付かれること無く。
その冬のある日、唐突に雪は止み、分厚い雲から太陽が顔を出し、わずかな時間ではあるが、さんさんと輝き、雪に埋もれた幻想郷に暖かい光を降り注がせた。
そしてこの丘では、暖かい日差しにより雪が融け、どさどさという雪が落ちる音をさせ、雪の山の正体が現れた。
それは樹だった。とても大きな樹、樹齢百年はゆうに超えるであろう大樹。それが一本だけ、丘の上でただ一本だけ立っていた。
その樹の枝は葉がただの一枚も無く枯れ落ち、その樹自体ももうすでに枯れているのではと思わせた。
思う人がいればの話ではあるが。
この樹がいったいどれぐらい前から立っているのか、それを知る人はおらず、この樹が今ここに在ることさえも知っている人はいないのであろう。
それほどまでに、この樹のもとに、この丘に、長い間人が立ち入っていなかった。
かつてはこの地にも多くの樹が立っていたのだろう。それも今は昔の話、今この丘には、雪に囲まれたたった一本の大樹が、寂しそうに立っているだけであった。
やがて雪は降ることを止め、季節は廻る。
身を裂くほどの寒さは和らぎ、雪に隠れていた生命は姿を現し、春告精が飛び回り、普通の魔法使いは宴会のためにアップを始め、氷精は春告精にケンカを売っていた。
この丘でも雪は融け、この樹の周りでは小さな命が芽吹いていた。
暖かくなるほどに緑が溢れてゆく。それでもこの樹の枝に緑の葉はつかなかった。
「ほらほら、みんなこっちこっち~」
「ちょっと、待ちなさいよぬえ…うわぁ」
「おぉ、これはすごい」
「よくこんなところにあるのを見つけれたね、ぬえ」
「前に散歩してる時にたまたま見つけたんだ。ね、すごいでしょ白蓮?」
「えぇ本当に、とても見事な…」
「…桜の樹ね」
その樹は桜だった、ただの一枚も葉をつけずに、この丘を桜色に染めていた。
「ぬえがいきなり花見をしようなんて言ったときは何かと思ったけど、こういうことだったのね」
「一輪ったらずっとなんかするんじゃないかって疑ってたもんね」
「そういうムラサもぬえにいろいろと言ってたじゃない」
「ほらほら二人とも、ここには花見に来たのですから。この見事な桜の手前、ケンカなど無粋ですよ」
「そうとも、せっかく持ってきたお酒が不味くなるよ」
「えっ、そんなの持って来てよかったの?」
「まぁこんな日ですし、よしとしましょう。さあ、始めましょうか」
久方ぶりにこの丘に、この樹のもとへ来た者たちは敷物を引き、つぎつぎと作ってきたお弁当を取り出し、花見を始める。
小さな賢将は毘沙門天の代理にお酌をし、船幽霊の船長はお弁当を勢いよく食べ始め、入道使いの尼僧はそれを見て呆れたように微笑み、その入道は桜を包むように漂い、魔法使いの僧侶はその膝の上に正体不明の少女を抱いて桜を見上げる。
静かな冬を越え、いつもよりも賑やかになった自らの根元に、よりいっそうの桜色を舞わせたその樹は
とても嬉しそうに、この丘に立っていた。