入学式 八雲紫
「ご入学おめでとうございますわ。本校は知っての通り、自由な校風、文武両道。大いに学び、大いに活動し、大いに遊んで短い短い高校生活を青春してくださいな。さて、長話は好きじゃありませんわ。ただ今をもって、入学式を終わります」
一年 春 登校初日 博麗霊夢
「博麗霊夢です。特技や好きなことはとくにありませんが、高校では何か始めたいと思っています。よろしくお願いします」
ぱちぱちと乾いた拍手やうるさいほど大きな拍手まで、様々な拍手につつまれてゆっくり座る。
私が座ったのを確認すると、後ろの女の子が立ち上がった。
「パチュリー・ノーレッジです。本が好きです。よろしくお願いします」
人の自己紹介が終わると、私も皆に合わせて拍手をする。
乾いた拍手。
もともと高校生活に期待も夢も持っていない。ただでさえ家の神社が大変なのだから、部活動も入る気はない。
ただ、今の世の中、高校に行くのが普通かと思ったから適当に地元にあるこの高校を選んだだけだ。
全員の自己紹介が終わると担任の森近先生が教壇に立つ。
「えー、入学おめでとう。このクラスの担任をやることになった、地理の森近霖之助だ。一年間よろしく。何か質問ある人はいるかな」
森近先生の印象は、真面目そう。それでいて情熱家では無いように見える。授業の感じは分からないが、面倒くさくはなさそうだ。どうやら当たりを引いたように思える。
「ハイハーイ!」
小さいときから割と仲のいい魔理沙が元気よく手をあげる。
様子見という言葉を知らないのだろうか。初日からずいぶんと飛ばしているようだ。
「はい、霧雨さん」
「何歳ですかー」
「秘密だけど、まだまだ若いと言い張れる年齢だ」
「こんなに可愛い女の子達に囲まれて幸せですか?」
「一年間君達が問題を起こしてくれなければ」
魔理沙は上手くかわされてつまらなくなってしまったのか予想外に静かに座ってしまう。
「他に何かある人」
当たり前の話だが、環境が変わって初っ端からかっ飛ばそうとするのは魔理沙くらいだ。皆様子見。
「いないようなので今日は終わり。号令はぁ、とりあえず霧雨やってくれ」
ういーすというなんとも魔理沙らしい返事の後、よく通るまたもや魔理沙らしい声で号令をした。
学校が終わるとちらほら話始めたり、すぐに帰ったり皆思い思いに行動し始める。
私も帰ろうとすると、魔理沙が走ってきて机を叩いた。やめろ、ただでさえお前は目立ったんだ。皆見てる。
「よう、霊夢。また一緒だな。よろしくたのむぜ」
「よろしく、ほどほどに」
「どういう意味だそりゃ」
「ほどほどによろしく」
一年 夏 定期試験最終日 メルラン・プリズムリバー
起きて、出された朝食を食べて、歯を磨く。しゃこしゃこと音を鳴らせ、鏡に写る隈の強烈な自分の顔を眺める。
いやぁ戦った戦ったこの五日間。最大の敵は古典だった。赤点ではないだろうけど。
「水兵リーベー僕の船。七曲がりシップスクラークか」
今日の化学を乗り切れば、あとは体育の筆記というどうでもいいものを残すのみだ。
「変な姉さんアルゴンで狂ってキスの連続」
希ガスだって問題無い。
「メルラン」
リビングから姉さんに呼ばれる。
「いや姉さんじゃなくて、さっきのは希ガスの語呂合わせで」
「知っている」
ホッとし、歯ブラシを口にくわえたまま顔を出す。
「私は学校で勉強するからもう出るぞ。リリカの中学は今日無いから起こす必要は無い。あと放課後吹奏学部ミーティングやるから忘れるなよ」
「ほいさー」
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃーい」
「くれぐれも遅刻するな」
「はいはい」
鏡を見てほんのちょっと化粧をする。時間が無いというのに、こういうことは欠かさない限り、私はちゃんと女子高生の乙女をやれているのだろう。少なくとも姉さんよりは。
「よし、完璧!」
髪の毛の端っこをちょいちょいとつまんで、満足すると、私も何となく早めに行って学校で勉強したい気分になったから出発することにした。
「リッチな彼のルビーせしめてフランスへー♪」
アルカリ金属だってばっちりだ。
一年 秋 文化祭 犬走椛
文化祭当日、新聞部の射命丸先輩に呼び出され、ここが勝負時だと念を押された私は文化祭を楽しむことができず、雰囲気だけ味わいながらパシャパシャと写真を取っていた。
「調子はどう? 椛」
「いやーそりゃもう。楽しそうで楽しそうで。私もカメラを置いて楽しみたいですよ」
「甘い! 甘すぎる。記者たるものイベントがあればその身を削るのが普通でしょう」
「記者って、部活じゃないっスか」
そう言っている間に、三年のどこかのクラスがどっと笑って盛り上がっていたのでそこを一枚写真におさめる。
「規模はどうであれ、私達は記者なのよ。さてと、私は軽音部のライブでも見てくるわ」
射命丸先輩はどこかへ走って行ってしまう。
「ちぇー。別にいいと思うんだけどなー。文化祭の日くらい遊んだって」
先輩が走って行った方を見ていると、先輩がひょっこり校舎の壁から顔を出した。
「あとでアイスおごってあげる。三段!」
三本立てた指を残して顔が引っ込むと、その指もすぐに顔のあとを追いかけて行く。
しょうがないなぁ。どう考えても安時給だけど、頑張るか。
先輩が消えた校舎の入り口まで走る。
この校舎の玄関部分が縦長で良かったと思いながら、すぐにカメラを構え、一生懸命汗を流しながらカメラを手に走る先輩の写真を一枚取った。
「先輩のそーゆーとこは大好きっスよ」
一年 冬 冬休み 鈴仙・優曇華院・イナバ
こたつに座ってお茶を飲みながら鉛筆を動かすこと早二時間。終わらない……。
「鈴仙ー暇ー。姫は暇でおじゃるー」
こたつの反対側で先輩が思い切り伸びている。
「姫様邪魔しないでくださいよぅ。この量の宿題を三日後までにやらなきゃいけないんですから。というか姫様は終わったのですか?」
姫様というのは先輩のあだ名で、その理由はいつも家の中にいて古くからの親友の永琳先輩に全てを任せ、大きな家で絶賛ニート生活を繰り広げていることからついたらしい。箱入り娘ということだ。
ちなみに永琳先輩のことを、私は師匠と呼んでいる。将来薬学部に入りたい私は既に色々な知識を蓄えている永琳先輩を尊敬しているのだ。
今は宿題がピンチだというのに、姫様に呼び出され、こうなっているという状況だ。
「鈴仙ー暇ー。暇ー」
「だから、宿題をですね。姫様だって終わってないですよね?」
「宿題なんて学校始まってからやればいいのよ。てきとーに先生に謝りつつ、二日遅れくらいで出せれば御の字」
「どうなっても知りませんよ?」
「大丈夫だって。それより遊びましょうよー先輩命令よ」
どうしたものかと悩んでいると、師匠が部屋にお茶を持って入ってくる。
「宿題はちゃんとやりなさいな。鈴仙だって困っているでしょう」
「ちぇー。永琳は頭よくてちゃちゃっと出来ちゃうからそんなこと言えるのよ」
「化学、物理、数学だけですよ。英語は伸び悪いですし」
「とか言っててクラスではトップ張ってるわよね。いやがらせ?」
「そんなつもりありませんよ」
さすが師匠。姫様の興味のベクトルを私から勉強の方向へさりげなく向けさせるなど。一生ついていきます。
さて私も勉強しようと呟いて、鉛筆を動かし始める。
「鈴仙は私と永琳を楽しませるために何か面白いこと喋ってて。先輩命令よ」
ええー。
二年 春 春期大会 魂魄妖夢
道場で一人竹刀を振る。軽快に、しかし力強く踏み込みながら竹刀を振り続ける。
静かな道場の中、竹刀が空を切る音と、遠くから聞こえる学校のざわざわした音のみが聞こえる。
今日は春期大会の日だ。
私は、出られない。
何故かというと、この剣道部に人がいなさすぎて試合が出来ないからだった。
部員は一人。
割ときらびやかな校風の女子校では、剣道が人気無いのは仕方が無いのかもしれない。
でも、一人でも剣道をやる場所があるだけ幸せ者だと思う。
何より、打ち込める。
どれくらい時間が経っただろう。時計を確認すると、急いで竹刀を置き、胴垂れを外して道着を脱ぎ始めた。
今日大会に出ない人は普通の通常授業なのだ。文武両道がモットーのこの学校は部活だけをやっていればいいわけではない。
残りあと五分。遅刻すれすれだ。
「よーむー、よーむちゃんいるかしらー」
嫌な予感がする。このタイミングで絶対会いたくない人が来た。
「何ですか、幽々子先輩」
「妖夢が寂しがってると思ってね。こんな日にも大真面目に素振りでもしてるんじゃないかと思って」
「してましたよ、大真面目に」
幽々子先輩は剣道部のOGで、幽々子先輩が剣道部だったときも一人だったらしい。まぁ本人も殆どと言っていいほど活動してなかったけれど。
「あの、授業始まっちゃうんで、いいですか?」
「あららーせっかくOGが来たのにその扱い? ひどいわねぇ」
幽々子先輩を尻目に道着をたたむ。
しばらく沈黙が続いた後、幽々子先輩が口を開いた。
「寂しいかしら」
「いえ」
「毎日一人でどんな気分?」
「慣れました」
「そう」
幽々子先輩はそれきり喋らない。
チャイムがなった。あぁ、遅刻してしまったんだ。無遅刻無欠席だったのになぁ。
「私は寂しかったわ。誰か話し相手が欲しかった」
「……好きで、やってることですから。剣道」
「それはよかった。好きなのなら、続けなさい」
「もちろんです」
バッグを持って、剣道場を後にする。
思い出したように止まって、振り返った。
「幽々子先輩、今日は来ていただいてありがとうございました。何も無くて申し訳ございません」
「いいのよ。遅刻させちゃってごめんなさいね」
走り出そうとしたとき、幽々子先輩が声をかける。
「妖夢、後で道場にもう一度いらっしゃい。久々に、手合わせ願うわ」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二年 夏 夏休み 夕暮れ リグル・ナイトバグ
潮の香りが気持ちいい。夕暮れも何もかもが清々しい。
「気持ちよかったねー」
水着から着替えてきたルーミアが私の横に座る。
「チルノ寝ちゃった」
「チルノかわいーのだー」
「ミスティアは?」
「まだ着替えてるー」
オレンジ色の海をぼーっと眺める。チルノを膝の上に乗せてるからか、体温の低いチルノの肌が当たって気持ちがいい。
「楽しかったよね」
「うん楽しかったねー」
「私らいつまで、こうしてられるのかな。来年は三年生だし……」
柄にも無いことを言ってしまって、急に恥ずかしくなって横目でルーミアを見る。
ルーミアの金髪を夕日が照らして、綺麗な黄金色に輝かせていた。少し寂しげに笑うルーミアの顔を見ると、恥ずかしさがどこかに行ってしまった。もう、そういうことを言って、恥ずかしいとかじゃなくて、本当にそういう時期なのだと実感する。
「わははー、意外とここまで短かったからねー」
「うん。あっという間だった」
二人で並んで座っていると、ミスティアが着替えから帰ってきた。
「遅くなってごめんねぇ。帰る?」
「もう少しさ、ここでこうしてない?」
私が水平線の向こうに沈んでいくオレンジ色の太陽を指差すと、ミスティアは笑顔になってルーミアの隣に座った。
「綺麗だねぇ」
ミスティアもしんみりした顔になって、夕日を眺める。
「こうして遊んでいられるのも、あと半年くらいなのかなぁ」
ミスティアの発言に、私とルーミアは吹出した。
「丁度さっき同じ話してたとこ」
「そーなのだー」
本当に、あと少ししか無い。
「むにゃむにゃ。私達はずっと一緒だよ……むにゃむにゃ」
チルノの漫画みたいなタイミングの寝言に、私達全員笑ってしまった。
「チルノの言う通り、別に二年が終わっても、高校が終わっても一緒に居れば変わらないよね」
「そうだねー」
ルーミアが相変わらず悲しそうな笑顔で返事をすると、ミスティアが立ち上がって歌を歌い始めた。
私達はそれに耳を傾けて、ずっと夕日を見ている。
このまま、もう少し。
二年 秋 平日 古明地こいし
何でか妙に空に憧れる。寝そべった状態から手を一生懸命伸ばしても、当たり前のことだけれども空は遠い。だから私はこうしてこの屋上で毎日を過ごすんだ。
今は英語の授業だろうか。
絶賛サボタージュ中の私は、サボタージュする理由なんかを無駄に考えて、実際手を伸ばしても空なんか掴めるわけないから、屋上で大の字になって寝そべる。空でも飛べれば別なんだけれども。
気持ちよく秋風に当たっていると、カンカンと屋上への鉄階段を誰かが上がってくる音がした。
きたきた。割と待ってました。暇でしたもので。
「おっす、フランドール」
「はぁーサボるときは誘ってって言ったじゃん」
「サボタージュとは、人を誘ってするものじゃないのですよフランドールくん」
「まぁそれもそうね、っと」
フランドールは私の横に座ると、どこかから買ってきたのであろうお茶のペットボトルを開けて飲みだした。
「あ、いいなぁ。ちょうだい」
「はい」
「どーも」
喉も潤って、とうとう気分がいい。
このまま眠ってしまいたい気分だけれども、せっかくフランドールが来てくれたんだ。少しお話をしよう。
「そっちの授業何?」
「世界史。やっばいつまらない」
「ははは、フランドール本読むから好きそうなのに」
「本と世界史はちょっとしか関係無いわよ、ちょっとしか」
フランドールのクラスと私のクラスの距離はかなり離れている。
それでもこうしてよく二人で授業をサボったり、街をぶらぶらしたりしているんだ。
「フランドールは黙って座ってれば優等生なのにね。問題行動だらけで先生の注目の的。もったいない」
「こいしだってそうでしょ」
「私はほら、影薄いから。授業出ても印象に残らないし、授業出なくてもそんなに変わらないっていう」
あーとか言ってフランドールも寝転がる。
「こういうの、あんまりよくないことだよね」
フランドールがごろごろと回転しながら呟いた。
「ごめん、私もうそういう感覚無いの」
「そうかー」
ごろごろと転がって、私のすぐ横に止まる。
「フランドールは結構しっかりものだよね。なのに私なんかといていいの? 損するよ?」
「いいよ、こいしと一緒にいた方が楽しい」
「何それ」
遠くでどこかのクラスが体育をやっているのが聞こえる。あー寝よ寝よ。
「よし、とりあえず、寝よう」
「そうしよう! おやすみ」
「私も一人よりフランドールとの方が楽しいよ。おやすみ、フランドール」
何も無い日々の秋風が、本当涼しくて気持ちがいい。
二年 冬 クリスマス 封獣ぬえ
「お待たせ」
「う、うん。おう。おっす」
「いやーまさかクリスマスをぬえと過ごすことになるとは思わなかったわ」
しんしんと雪の降るクリスマスの夜、私の学友である村紗水蜜が待ち合わせの時間通りにやってきた。
「とりあえず、どっかいく? この辺は、ねぇ」
ムラサがちょっと周りを見ながら苦笑いする。センター街で待ち合わせしただけあって、クリスマスの夜である今日はさすがにカップルで溢れていた。
こんなところを女二人で歩いていたら負け組もいいところである。それは間違いないのだけれども。
……だからこそ、ここを選んだのに。
「うん、そーだね。どっか行こうか」
別段何かこのあとどこへ行くとか予定を組んでいたわけではない。ただ、ムラサとここで集合したかっただけなのかもしれない。
「よし、あっちに向かって、ひたすら歩こう」
ムラサがそういって指差した方向は、センター街から出る形になる方向。ムラサが、私の意見を聞く前に歩いて行ってしまったので、仕方無しについていくことにした。
道がどんどん暗くなる。明かりから遠のいていく。ガヤガヤとした空気が無くなって、気づけば周りは静かになっていた。
歩いている途中、ムラサを横目でちらちらと見る。
白のロングコートと濃い緑色のマフラーと髪の毛の黒が、ムラサの雪みたいに白い肌を強調させていて、目が放せない。
「いやーさっむいねぇ」
「寒いね。本当、こんな寒い日に呼び出してごめん」
「どうしたの? ぬえ会話にいつものキレが無いけど」
ムラサがこっちを振り向いた瞬間、私は思わず視線を逸らして前を向いてしまう。
「い、いや。ほら、今日寒いからさ。上手く思考が回らなくって」
上着のポケットに突っ込んだ手を内側に寄せて、寒がってることをアピールする。別にそんなに寒くないけど。
「手袋無いの?」
「忘れた」
「手、つなごうか?」
「えっ、えぇ!?」
「片方だけでもあったかくなるかもよ?」
そういってロングコートのポケットから突き出されたムラサの手も、手袋はされていなかった。白い肌が真っ赤になって、すっごく寒そう。
「うん、じゃあ」
なるべく素っ気ないフリをして手を握る。そしたらムラサも握り返してきてくれて、とうとう私の思考は止まってしまった。
その後暫く歩いて色々と話した気がするけど、私がちゃんと会話出来ていたのか覚えていない程度には上の空だった。後悔している。
気づけば学校の前にいて、ムラサが校門を乗り越えようとしていたところだった。
「ちょ、ちょちょちょっと。それはまずいんじゃない?」
「へーきへーき。カメラの場所は知ってるから」
「いやそういうわけじゃなくって」
「大丈夫だって。この近くに家ないから、誰も見てない聞いてない」
この私達の通う高校の周りには見事に何も無い。まるでそこだけ閉鎖された空間みたいに、ぽつんとある。だからムラサの言ってることは正しいんだけれども。
そんなことを言っている間に、ムラサは校門の内側に降りてしまう。
「ほら、行こうよ。別に大丈夫だって。いっつもいたずらしてる癖に、こういうときは尻込みするのね」
「分かったよぅ」
雪がちょっと乗っかって、凍りかけている冷たい門に手をかけてよじ登る。
足が校門の中に入ってしまうと、驚くほど罪悪感は無く、さも当然かのように歩けるから不思議だ。
「こっちこっち」
ムラサがつかつかと校舎に向かって歩いて行くのを、走って追いかける。
「あ、そこカメラの範囲」
「うわっと!」
「嘘だけど」
ムラサとクリスマスに一緒にいることで緊張しているせいか、思考が回らず、ムラサの冗談についていけない。情けない。
校舎の中に入ると、階段を登って屋上までやってきた。
三階建ての学校から見える風景は、お世辞にも圧巻というわけでは無いけれど、それでも遠くに見える町並みが雪とクリスマスのネオンに囲まれてとても綺麗だった。
上を見上げれば、上弦の月といったところだろうか。微妙な大きさの月が雲間から見え隠れしている。空からは黒い雲から白いぼたんがはらはらと顔に降り注ぐ。
「今何時?」
ムラサが聞いてきたので、私はポケットから携帯を取り出して時間を確認した。
「後十分でイブが終わる」
携帯をポケットにしまうと、ムラサがじっと私を見ているのに気がついた。やばい、やばいやばいやばい。目を逸らすタイミングを逃してしまったせいで、結果としてこっちもじっと見つめる形になってしまった。
心音が大きく聞こえ、握った手は汗だらけになり、緊張のあまりつばを呑む。
「ぬえさ」
ムラサが私を見つめ続ける。
「いいの?」
「はい?」
ムラサが目を離さない。私を放してくれない。
「好きなんでしょ? 告っちゃいなよ」
心臓が、跳ね上がる。
「ななな、何言ってるの!?」
「だから、私のこと好きなんでしょ? 分かるよ。分かってた。告っちゃいなよって。せっかくこういう特別な日なんだからさ」
ムラサが手を伸ばしてきて、私の手を握る。冷たかったけど、暖かい。
ムラサの目を見て、つばを飲み込む。そのつばを飲み込んだ音が予想以上に大きくなってしまって、ムラサに聞こえたのではないかという思いから、体中から汗が出る。ムラサが握っているこの手だって汗ばんできているはずだ。
「わ、私は……」
ムラサが笑う。
「なぁに?」
「わ、私は私は」
音が、消えた。
「ムラサが、好き」
空気が止まった。息が苦しい。心臓はばくばくと今にも破裂しそうで、手の汗は冷や汗に変わり、いつの間にか強い力でムラサの手を握ってしまっていた。
「そ、その、友達として、とかじゃなくて、女の子同士ってことはわかってるし……。なんというか……」
色々なことに戸惑いながら視線を泳がせていると、急にムラサが近づいてきて。
「よく出来ました」
顔から離れたムラサはすごく満足そうに笑っていて、一方の私は未だにあたふたとしている。
「い、今のって、その、えっと」
「あ、もしかして初めてだった? ちゅーするの」
街から大きな鐘の音と、沢山の歓声が響いて、クリスマスイブは終わった。
「私もぬえのことが大好きだよ」
三年 春 軽音楽部卒業ライブ レミリア・スカーレット
「皆ー今日は来てくれてありがとう!」
わあああという歓声が上がって、手を振ってくる聞いてくれている人達に、私も手を振り返す。
「私達、クイーンスカーレットのメンバーを紹介するわ。我がバンドの癒し系アンド良心、技術もしっかりあるドラム、美鈴ー!」
美鈴が私のコールとともに軽くソロを決める。するとまた歓声が上がった。
「私の小学校、中学校からの親友、ネクラ病弱本の虫なキーボーダー、パチュリー!」
一方のパチェはキーボードにふれもせずに手を振るだけだった。パチェらしいなぁ。
「続いて一個下から応援に来てくれてる二人を紹介するわ。パチュリーを尊敬してやまない本の虫ツー、恐ろしい程の安定感ベース、小悪魔ー!」
小悪魔もパチェを真似たのか、何もせずに手を振るだけ。
「ざっくざくに切り刻むようなリフが特徴の瀟洒なギタリスト、咲夜ー!」
ぴーんと一回弦を弾くだけにとどめ、指をゆらしてビブラートをつける瀟洒な咲夜。そんなところが気に入っているのよ。
そして咲夜がマイクに口をつける。
「そして、我らクイーンスカーレットのリーダーであり、我がままなお嬢様でもある、レミリア・スカーレットお嬢様ー」
咲夜のふざけたような調子のいいMCを聞くと、私は出来る限りギターをかき鳴らした。最後はライトハンド奏法で締める。
「咲夜後で覚えてなさい」
会場は軽い笑いに包まれ、咲夜も他のメンバーも皆笑っている。
「早いわねぇ。もう三年の春……。知っての通り、私達三年生はこのライブで部を引退よ。これが、最後。次の曲が、正真正銘最後のライブなのね」
少ししんみりした空気を感じているのか、会場全体が静かになる。
「私達は、これでばらばらになって、もう今まで見たいに練習とかでしょっちゅう顔を合わせること等は無くなっちゃうだろうけれど……」
息を、すぅっと大きく吸った。
「我が、クイーンスカーレットは、永久に、不滅です!」
同時に咲夜と美鈴、小悪魔によるリフがスタートし、会場は今までに無い盛り上がりを見せた。
「ラスト新曲! 私のフランがこんなに可愛いはずがない! 行くわよ!」
そして最後に会場は笑いで包まれた。
ただ一人、最前列で聞いていた私の不良妹だけは顔を真っ赤にして何か騒いでいたけれど、ちっとも聞こえなかった。
三年 夏 期末試験二週間前 古明地さとり
リビングルームに置いてあるソファでゆっくり本を読んでいると、ぶぶぶ、ぶぶぶとテーブルの上の携帯が震え始めた。
メールだ。
携帯を開いて、メールを確認する。スパムメールだったら許さない、などと許さなかろうがどうしようもない怒りを覚えつつ、メールを開いた。
差出人は水橋パルスィ。古くからの友人だ。唯一の友人と言っても過言では無いかもしれない。
内容はこうだ。
「試験範囲発表されたからプリント渡すですって?」
あぁもうそんな時期だったかしらね。
「さとりーさとりー来てあげたわよー」
家の目の前からメールしたのか、とあきれながらも玄関を開ける。
「おはよう、さとり。相変わらず不機嫌そうね、妬ましい」
「妬ましいって何よ」
「私のアイデンティティ。学校でやってくにはこういうの必要なのよ。あぁ妬ましい妬ましい」
そう言いながらずかずかと人の家に上がり込んでいく私の友人。
人の考えていることが、表情や仕草、微妙な言葉遣いでなんとなく分かる私にとって、彼女のように言いたいことをストレートに表現してくる人はつき合いやすかった。
「で、さとり、お茶」
「はいはい」
パルスィはどかっとソファに座ると、自分のバックを何やら漁り始めた。
大きな氷を二個だけ入れた麦茶を、パルスィの前に置く。
「いっつも思ってたんだけどさ、何で二個なの?」
「二個が一番ちょうどいいんですよ、この量を飲みきるのには」
「あ、これ試験範囲のプリント。ほい」
「あぁ、ありがとう。そこ置いといて、後で見るから」
麦茶を一気に飲み干して、だらしなくふやけるパルスィ。
「暑い、暑すぎるわ!」
何か言われたわけじゃないけど、プリントを持ってきて貰ったということもあってか、私の体は自然と動いてパルスィのコップに次の麦茶を注いでいた。
「さとりーあんたもさー学校来なさいって。不登校は良くないわよ」
「一週間に一回は行くように意識してますよ」
「人はそれを不登校っていう。あーあ、妬ましい妬ましい。自分で勉強出来るやつって本当妬ましいわぁ。嫉妬の雨霰よ」
「私だって好きで勉強してるわけじゃないんですから」
「何? 出来るやつの謙遜? 要らないわよ、そんなの」
よく見なくてもパルスィは汗だらけで、あんまりにもかわいそうだったので、エアコンの温度設定を低くしてあげる。
「こいしはちゃんとやってるかしら」
「あーあー。あんたによく似てサボりまくってるわよ。レミリアの妹と一緒にね」
「レミリア、レミリア……」
「あんたこの学年でよくレミリア知らないわね。ほら、いるじゃない。軽音部の、大言癖と思いきや普通に割と何でも出来るやつ」
「あぁ、スカーレットね」
「そっちの名前久々に聞いたわ」
パルスィに扇子を出してあげて、放り投げる。
「あ、気が利くじゃない。ありがとう」
「どういたしまして」
襟を掴んで広げ、ぱたぱたと中をあおぐパルスィ。正直男子がここにいたらとても出来るような格好ではない。
「はぁ、こいしったら悪い友達作っちゃって」
「いや、悪い友達なのはあんたの妹の方。フランドールをつれ回してる」
「あ、そう……」
クーラーが効いてきたのか、パルスィが仰ぐのをやめる。
何かやってないかしら、と思いテレビのリモコンに手を伸ばして電源を付ける。
「面白いものやってないわね」
「さとりいつも言ってるじゃない。テレビつまらないって。あれ、あんたいつも家で何してるの?」
「本読んだり、学校行ってない分勉強したり、音楽聞いたり、ゲームしたり」
「はぁー満喫してるようね。私なんかよりもずっと。妬ましい」
パルスィは麦茶を飲み干すと、後ろにでろんとふんぞり返った。
「外暑すぎる。ここが快適すぎて辛い」
「いいことじゃないですか」
あーとかいいながらパルスィが制服をぽいぽいと脱いで行く。
「女子校の高校生丸出しですね」
「共学だろーがやるやつはやるわよ」
私が返答に困って口を閉じると、微妙に私の言葉を待ってたパルスィもつられて黙りこくってしまい、しばらく沈黙が流れた。
「あんたも、学校来れば良いのに」
「嫌われ者ですから」
「そうでもないわよ。勇義とかヤマメとか幼なじみの連中も結構ぼやいてるわ。その内家に押し寄せてくるんじゃない?」
「まさか」
私が手で空をはたいて、あり得ないという意思表示をした瞬間に、ぶぶぶ、ぶぶぶ、という鈍い音が響いた。
見ると私の携帯が鳴っている。メールだ。
「ほら、噂をすれば」
「スパムメールだったら許さない」
私は携帯を開いてメールを開けてそれを見ると、携帯をパルスィに投げつけた。
放られた携帯はパルスィの腹に落ち、くぇなんて可愛げの無い声を出してからその携帯を拾って画面を見る。
「幸せ者ね」
「そうなのかも、しれないですね」
「もっと素直に喜べばいいのに」
「貴女にだけは言われたくないです」
パルスィがかこかこと何かを始めたので慌てて携帯を取り上げると、画面はメール送信中の表示がされていた。急いでキャンセルボタンを連打するも、どうやら間に合わなかったようだ。
「ちょ、何送ってんですか!」
「いやぁ変わりに返信しろってことかと思って、ほら投げてきたし」
急いで送信ボックスのメールを見ると、「元気ですよ。今パルスィが家に来てくれています」とメールが送られていた。
「人のメール使ってさりげなく自分のいい人ポイント稼がないでください」
「いいじゃない」
手に持っていた携帯がまたぶぶぶと鳴る。
「おぉそれは楽しそうだなー、今から行くわ。ですってどうしてくれるんですか」
「おぉそれは楽しそうだなー」
パルスィは今まで異常に後ろにのけぞってけらけらと笑っている。
「あぁ、もうどうするんですか。家だってこんなに汚いし、出すお菓子も無い。巻き込まれた不幸な人演じてていいですかね?」
「この幸せ者め。妬ましいわ」
その後私はえー、だのあついーだの駄々をこねるパルスィを責めながら部屋の片付けを急いでやった。
出すお菓子はないけれど、冷たい麦茶を出せば十分なのかもしれない。
三年 秋 センター直前模試直後 霧雨魔理沙
ペラペラと模範回答をめくりながら自分の回答と照らし合わせていく。
「あー!」
いきなり目の前の早苗が叫びだした。驚いて顔を上げると、ぷるぷると震える早苗の姿とそれをぼうっと眺めるすでに自己採点の終わった霊夢の姿があった。
何があったのかと思えば、早苗が問題用紙に自分の回答を写してなくて自己採点が出来ずにいたのだ。
「ばーかばーか」
「霊夢ひどいよぅー。うぅ……」
ほおづえをついた霊夢が早苗に絡む。
「おい早苗、でも霊夢の言ったことも本当だぜ。本番それやっちまうと、後々面倒だ」
「分かってますよぅ」
早苗は今まで自己採点が出来た部分だけの得点を、学校から渡された紙にため息を着きながら書いていた。物理やばいなーとつぶやきながら。
「物理か。なんなら私が教えてやろうか」
「魔理沙あんた物理出来るの?」
「それほどでもないぜ」
「まだ褒めてないわよ」
「音速が遅いな、霊夢」
霊夢が早苗の自己採点結果を手に持って眺める。
「うわ、これひどいわね」
「そーゆー霊夢はどうなんだよ」
霊夢の自己採点結果を手でつまむと、驚くような数字が並んでいた。
「はぁーなんじゃこりゃ。やっぱ出来るやつは違うねぇ」
「じゃあ私はなんとなく魔理沙のを……」
霊夢に自分の自己採点結果を取られて、私が霊夢の自己採点を見ている状態で、なんとなく三角形に回すのかと思ったのか、早苗が私の結果を手に取る。
「はぁ、すごいところはすごいって感じだなぁ。魔理沙は数学、物理、化学は強いっていう以外だめな感じ……」
「世界史も強いぜ」
霊夢が早苗に自己採点表を返したのを発端に、それぞれがそれぞれに返した。
「魔理沙あんた世界史ないでしょう」
「あったらの話だ、あったらの」
残り少なくなったパックのフルーツミルクを飲み干し、ストローを口にくわえたまま握りつぶした。
「ねぇ、早苗。あんた大学どこ行きたいんだっけ」
ははは、と笑いながらごまかす早苗を横目に、狙いを定めてゴミ箱に飲み物のパックを投げ入れる。
「ナイスショッ!」
「で、魔理沙はどうするのよ」
「普通に受験するぜ」
「だからどこに行くのよ」
「宇宙とか研究したいからな。理系のとこだ」
「夢があっていいわね」
「そういう霊夢はどうするんだよ」
そうねぇとか呟きながら何か考え事していつも通り無表情のまま目を合わせて逸らさない。
「まだ決めてないわ。まぁ神社継げって言われてるし、多分そうするわよ」
なんというか、私は、霊夢のことは好きだが、こういうところが気に食わない。
霊夢のこの、しょうがないでしょって目。そういうもんなのよって言わんばかりの目が大嫌いなんだよ。
「……そうか」
でも私じゃ何も言えない。私が言ったところで無駄だろうし、霊夢の家の事情にわざわざ私が首を突っ込むことでも無いことは分かっている。
「なぁ、お前ってしたいこととか無いのか? 将来の夢みたいな」
「んー別に無いわねー」
なんでそんな簡単に言えるんだよ。
「お前ってさ、こう……」
「何?」
「何でもないぜ」
結局のところ、私に何かを言う権利は無い。霊夢だって、本当はやりたいことがあるのかもしれないのに私ってば。
妙な罪悪感に囚われながら自分の自己採点用紙をクリアファイルに挟んで鞄にしまう。
「あーあ、私も受験してみたかったなー。皆みたいに。校外模試とかの喜びとか苦悩が、なんか羨ましいわ」
霊夢が立ち上がりざまにそんなことをつぶやいた。
「冗談よ。進路が決まってるようなものの分、楽させてもらってるわ。あなた達見てれば大変さくらい分かってるもの。私は受験なんてごめんよ」
鞄を担いでさっさと家路に付こうとする霊夢を追いかけるように私と早苗も急いで席を立つ。
「何かちょっと安心したぜ」
「何が」
「いーや、何でも無い」
霊夢のちょろっとこぼしたさっきの台詞は、霊夢の本心なんだろうということを思うと、たとえそれが叶わないことだとしてもそういう気持ちがあったということに安心したのだ。
よくよく考えれば変な話ではあるのだが。
「うーっし、早苗の家で反省勉強会でもするかー」
「えーなんでウチなんですかーいいって言われるか分かりませんよ?」
「土下座で頼み込め。こういうのはびりのヤツが背負うんだ」
「わかりましたーちぇー」
私はどこでも好きなことをやって、好きなように生きることにしている。早苗はなんとなくその場その場を上手く楽しめている。
霊夢は結局どこだろうと、自分を抑えて生活してしまっていた。それでも本人はそれなりに楽しんでいるのだろう。最後に、霊夢の本心のようなものが聞けてよかったと思う。あいつはいつも結局はぐらかすから、ぽつりと呟いてくれてよかった。それだけでも、本当によかったと思う。
「なぁ早苗ん家いくときコンビニ寄ろうぜ、コンビニ。肉マン食おう」
「えー肉マンよりはピザマンの方がー」
「ばかやろう、青春の味っていったら肉マンなんだよ。な、霊夢?」
霊夢は振り向き様にいいんじゃない、肉マン。と呟く。夏だったらソーダ味のアイスをコンビニの前で食べるのだけれど、あいにく季節は冬に近い。だからといってほかほかの肉マンというのもどうかと思うけど。
「な、いい意見だろ? 案外こういうどうでもいい思い出が一番心に残ったりするもんだ」
私もこの瞬間を忘れたくはないからな。
三年 冬 正月 博麗霊夢
今年もこの季節がやってきた。ウチのような小さい神社でも、この日だけはとても忙しい。小さい神社だからこそ、バイトの巫女さん等を雇うわけにも行かず、結局身内で頑張るしか無いというのが一番の要因だ。
まぁ大抵の人は近くにある別の大きな神社に行くし、ウチに来るのなんてこれこを私達の身内くらいな物なのだけれど。
たったそれだけの人数でも、大変なのだ。
「おはよう、それともこんばんはかしらね、博麗霊夢」
「ゆ……八雲、学長」
予想外の人物の登場に少し戸惑ってしまい、失礼なことに、つい紫などと下の名前で読んでしまうところだった。危ない。
「あら、紫って呼んでもらえるのかと思ったわ」
学長が笑顔を向けてくる。なんだか、いつもと違って優しい笑顔。
「初詣ですか」
「えぇ、それも。うまく貴女に会えてよかったわ。ちょっとお話いいかしら」
「……甘酒でも飲みますか?」
「焼酎がいいわ、お湯割り」
「そんなの用意してません。ちょっとあっちの縁側でまっててください」
学長がひらひらと手をふる境内を後にして、甘酒を取りに神社に入る。思えばどうして学長がわざわざここへ来たのだろうかという疑問もあるが、元々何を考えているかなんて分からないやつだし、普段の言動もおかしいし気にしないことにした。
あれ、何かがおかしい? 私は学長の普段なんて知らないはずなのに。
しかし今日はそんなことを困っている余裕は無いと考えを改め、学長に甘酒を運ぶため縁側へと向かう。
「お待たせしました」
「あら、ありがとう」
「では今日は忙しいのでこれで」
「あら、霊夢、ちょっとお話したいって言ったじゃない。学長命令よ」
なんだか怪しく、それでもどこか優しく微笑む。
「まぁ少しだけなら」
「そうこなくちゃね」
大晦日にあがった満月を眺めながら、甘酒片手に学長と腰をかけるというのも中々珍しい話だろう。
しかしなんだろうか、ずっとあるこの違和感は。
「ねぇ霊夢」
「何ですか?」
甘酒を傾けながら、学長が語りだす。
「霊夢は結局自分を縛るものに従い続けたのね。こんな夢のような世界でも、結局同じ。あ、あっちの方がよっぽど夢のような世界か」
「何を言って……」
学長がきょとんとしてこっちを見ているのに気がついて、言葉を止めた。
「もしかして、気づいてないの?」
学長がいきなりそんなことを良い出す。
「何にですか?」
「ふふ、ふふふ、あっはっはっはっはっは!」
今度は高笑いをしだした。何がそんなにおかしかったのだろう、何に私が気づいていなかったからおかしいのだろう。必死に考えると、何も出て来ない。だいたい、夢のような世界ってなんだ。ただの現実じゃないか。
そこまで考えて、思考が止まる。ここだ。さっきからここに違和感がある。
学長が人差し指を突きつけてきた。
「霊夢、ここは私の作った夢の世界よ。夢と現の境界線上にある世界。本物の霊夢はここには居ないわ。今頃ぐっすり眠ってるはずよ」
いきなりそんなことを言われて、驚きのあまり反応出来ずにいると、学長はさらに笑い続けた。
「あはははは、気づいてないのは多分貴女だけよぅやぁねぇ霊夢ー。普段誰よりも勘が優れてるというのに」
息を正しながら甘酒を舐め、また怪しく微笑む。学長が脇に持っていた紫色の扇子を広げ、縦に空を切ると、どういうわけか切った空中に裂け目のようなものが出来た。
「そろそろ皆来る頃ね」
学長が空を見上げたので、釣られて上空に目をやると、恐ろしくなるほど綺麗な満月が暗闇の中で確かに光っていた。ここまで綺麗な満月は見たことが無い。
「ほら、きた」
学長がまたこっちを見て、にっこりと笑っている。正確にはこっちの方を見て。私の後ろの方を見ているようだった。
振り返ると、ぽつりぽつりと学校の人達が境内からこの縁側の方へ向かってきていた。
「よぉー霊夢ー」
「魔理沙……」
魔理沙が学長の前まで来る。
「楽しかったなぁ、紫、ありがとな」
「どういたしまして」
「そんじゃ霊夢、あっち戻ってもよろしく頼むぜ。先戻ってるかんな。じゃまた明日」
それだけ言うと、手をひらひらとさせながら魔理沙は学長の開けた空間の隙間に入っていってしまった。驚くべきことにその中に入った魔理沙は消えてしまったのである。
「え、あ、ちょっと魔理沙!」
その隙間を確かめにいこうと立ち上がったところに、ぞろぞろと学校の面子が来て次々とその隙間に入っていってしまった。皆何も疑わず、さも当然かのように次々と隙間の中へ入っていく。
「霊夢ーあっちでも頑張ってねー」
「制服が少し名残惜しいですね……」
「霊夢さん、こっちでもなんかかっこよかったですよ」
「紫様をよろしくお願いします。お先に失礼します」
「制服結構似合ってましたよ」
「霊夢ー、また遊んでね」
「あんたも早く戻りなさい。月が出てるウチだけらしいわよ、気をつけて」
「れーいーむっ! 先に戻ってるわね」
「これからもよろしく。博麗の巫女として、頑張って」
何人が通ったのであろう、もう学校の人全員が通ったのではないだろうかというくらい、沢山の人が隙間に消えていった後、とたんに神社は静かになり、正月の寂れかけた神社に静けさが戻る。
しぃんとした虫も泣かない冬空の下、あっけに取られている私と学長が二人、何も喋らないで縁側に座っていればそうなるだろう。
「霊夢、貴女も帰りなさい」
学長が隙間を指さして言ってくる。
「どこにですか、私の家はここなんですけど……」
「たしかにここだけれど、違う場所のここよ。ここは夢の世界。いつまでたっても夢に浸っていては、現実の自分を見失っちゃうわよ」
どういうことだろう。つまりは……。
「ここは、偽物の世界なんですか?」
「いいえ、偽物とも違うわね。私がちょっと夢と現実の境界をいじって作った世界とでも言おうかしら」
「どこに、帰るのです?」
「もっと夢のような世界へ、よ。貴女の本当に居るべき世界。その世界に、貴女は必要なの」
立ち上がり、おそるおそる隙間に手を伸ばしてみる。
ぱちっと静電気のようなものが走って、指先を引っ込めた。
そのまま私は立ち尽くしてしまう。
もし、私が今まで生活してきた記憶が偽物の、その夢と現の境目の出来事なのだとしたら、昨日までの思い出は何なんだろうか。私が存在して、割と楽しかったあの生活はどこへいってしまうのだろうか。夢と同じように忘れてしまうのだろうか。急速に薄れて―――。
「そう、ですか。私は別の在るべき世界があって、その世界からは私は必要とされているんですね」
さっきの皆の反応を見ればなんとなくわかる。あっち、とはおそらく”元の世界”のことであろう。
よろしく、とか言っていた。やはり私にはあっちで何か重要な役割をこなしていたのだろう。
それに疲れて、ちょっとこうした夢を見てしまっていただけなのかもしれない。
思えば散々な夢だ。何もせず、無気力に高校生活を送ってしまった。
それでもこれが夢ならば、これが私の望んでいた生活なのだろうか。
こうして友達と喋って、笑って、なんとなく時間が過ぎていって、時間の経過に焦る毎日。実りがある生活をしていた記憶はない。ただ、ただこうして皆で過ごしてきた時間を、この隙間を通ったら忘れてしまう気がして。
「ここは、消えるんですか?」
「私が疲れ次第、無くなってしまうでしょうね」
「このことは、私や、皆は、覚えているのですか? あっちの世界で」
声がしゃくれる。
「夢、だから全部を覚えているというのは難しいわ。生活している中でデジャヴとして想起することはあるかもしれないわね」
私が、今の今まで本物だと思っていたもの全部が偽物だった。全部、無かった。
そう考えてしまったせいか、急に涙が出てきて、ぽろぽろと頬に流れていくのが止まらない。何年ぶりに泣いたのだろうか。少なくともこの三年間は泣かなかったと思う。いや、そうじゃない。この三年間なんて無かったんだっけ。
「霊夢……ちょっとこっちにきなさい」
学長に手招きされて、袖で涙を何度も何度も拭いながら近くによる。学長が縁側から立ち上がったと思ったら、手が伸びてきて私の頭に触れた。
「日頃から頑張っている貴女を楽しませるために、ご褒美のつもりでやったことだけれど、結果的に泣かせてしまったわね。ごめんなさい」
学長に撫でられて、どうにか涙が止まる。
「でも聞いて。もっと楽しむということを覚えて欲しかったの。どこまでも無重力に、全員の中間を取ろうとする貴女は、楽しむということを知らないわ。楽しいときや嬉しいときは思い切り笑っていいのよ。どうせ辛いときはどうあがいても苦い思いするしか出来ないんだから」
ね。と付け足した学長の笑顔は、今までの優しそうだけど、どこか怪しい笑顔とは違った。暖かい笑顔。
もう一度涙を拭いて鼻をすすり、顔を上げる。学長は手を引っ込めて扇子で隙間を指した。
「さぁ、もう行きなさい。帰れなくなるわ」
「ありがとう、ございます。むこうに戻ったら、私は今のことは忘れてるかもしれませんが、よくしてやってください」
「何言ってるの、当たり前じゃない。霊夢は私の秘蔵っ子なんだから。がんばりなさい」
「はい」
私は隙間まで歩いていき、手を伸ばした。
これを超えれば、夢から覚める。
そうしたら、もうこのそれなりに楽しかった三年間、いや、一夜の夢の記憶は急速に失われていってしまうかもしれない。
そでも私にやるべきことがあるのなら。
あぁ、どうせならこっちでもっとやりたいことやっとけばよかったな。
沢山の後悔や楽しかったことを思い出して、よしと満足したところで私は隙間に足を踏み込んだ。
冬 幻想郷 博麗霊夢
……寒い。寒すぎる。
冬至はとっくに過ぎたとはいえ、まだまだ朝は寒い。
雨戸の隙間から太陽光が漏れていて、今日が天気ということが分かる。まぁそうでなくても雀がよく鳴いているから分かるのだけれど。
起きたはいいけれど布団から出たくない。
しかし一応巫女として、朝起きてやらなければならないことはいくつかある。主に掃除なのだが。どうせ夕方暇になるのだからそのときに回してもいいのだけれど、途中天気が変わって雨でも降ったり、何か異変が起きて神社に居れなくなったりしたら面倒だと考え、意を決して布団から出る。
冷たい床を裸足で感じながら雨戸を開けるため廊下に出ると、一つの雨戸が既に開いていて、そこに魔理沙が座っていた。
「おーっす霊夢」
「あら、魔理沙がここにくるにしては早いのね」
「今日はなんか早く起きてな、目覚めもよかった。それに霊夢はいつもよりちょっと寝坊気味だったぜ」
ふーんと相づちを適当に返すと、魔理沙が立ち上がって靴を脱ぎ、残りの雨戸を一気に開ける。
こぉと木のこすれる妙な音と共に、我が家に沢山の光が降り注いだ。
「本当気持ちのいい朝ねぇ」
「それに今日はなんかいい夢みてな。この通り、すっきりお目覚なわけだ」
「へぇ、どんな夢みたのよ」
「霊夢が出てきてな、お前がそれはそれはつまらなそうに楽しそうにしてる夢だったぜ」
「何それ」
魔理沙は勝手に家に上がって、ちゃぶ台の前に座る。
彼女はたまにこうして私の家でご飯を食べるのだ。こっちだってきつきつでやってると言うのに。
お台所に立って、とりあえず余っていた大根でみそ汁でも作って、紅魔館から貰ってきたパンでいいだろうと考える。
大根を切っていると、何かを急に思い出した。夢の内容だ。夢っていうのは大抵こうしたなんとでもないことをしているときに、ふと思い出すものである。
「そういえば今日の私の夢でもあんた出てきたわ」
「へぇ、お前でも夢覚えてることあるんだな」
「何それ」
「で、何してたんだよ? 楽しかったか?」
「肉マン食べてた」
そういうと、魔理沙はどっと笑い出す。
「あっはっは! まったく霊夢、くくく。そーか。肉マンを覚えていたか」
「夢の中で肉マン食べてちゃいけませんかね? そうよどうせ私は飢えてますよ」
「肉マン食べたいな、後で紅魔館たかりにいこうぜ」
「あぁ、それいいわね」
簡単に作ったみそ汁とぱんをおぼんに乗せて、ちゃぶ台まで運ぶ。
「案外肉マンとかが一番思い出に残るもんだぜ」
「何それ」
「なんたって、ウマいだろ?」
「そうね」
肉マンを食べていた夢だったのだから、多分楽しい夢だったんだろう。
何より珍しくすっきりした気分だ。
夢の内容は思い出せないけど、夢ってそういうもの。
全然思い出せないことは悔しいけれど、そんなことよりも、夢のおかげでこれから肉マンを食べに行くという流れが出来たのが嬉しい。
夢の中の肉マンも多分おいしかったんだろうけど、紅魔館の肉マンはきっともっとおいしいはずだから。
時に、ゆゆ様は女性だからOGでは?
しかしキャラの設定が凄く私好みで、
特にさとりとパルスィの絡み、レミリアのバンド活動がツボでした。
最後も綺麗に落ちていてとても素敵なお話でした。
>8様
ごめんなさい。学パロやりたかったのですが、どうせやるなら私のやりたいようにやろうと思って私流にしてみました。
おぅまいがっ! おーじーですね。。。今日は遅いので、明日修正します。。。
ありがとうございます!
>23様
削りに削った結果こうなってしまいました。。。
登場させるキャラ設定だけに1ヶ月くらい無駄にかけましたからね! 実際絵にしてみたりして!
そこを好きでいてくれるってすっごく嬉しいです。
さとぱるは私も大好きです。自分でも多分一番好きですかね。レミリアは私の欲望でしょうか。
最後も色々パターン考えたのですが、どれが一番私らしいかなって考えてこれにしました。ありがとうございます。
でもまぁ、ボリューム増やしたらこのテンポの良さは保てなかったのかもしれない。
上の方も仰っていますが、設定がとても良くて落ちが綺麗。
さとぱるはいいよね!
>27様
ごめんなさい! リリカ登場させたかったのですが、学校お休みにさせていただきました。
テンポのことを考えて短くしたのですが、結果は少々削り過ぎ。この辺りの調整がまだ難しいです。
設定良く思っていただけるのは本当に嬉しいです。一番頑張ったところなので!
オチもなんだか好評な様なので一安心です。
さとぱるは最高だと思います!
ありがとうございました。
モブでもいいからこの学園に入学したいです