「私は貴方のことが好きよ」
異変の時のイラついてる顔でも無く。
宴会の時の楽しそうな顔でも無く。
妖怪退治をする時の真剣な顔で無く。
お腹が空いたとしょんぼりした顔で無く。
彼女が好きな人たちに纏わり疲れてるときのウザそうだが嬉しそうな顔でも無く。
邪気の無い。
満面の笑みで彼女はそう言い、自身の頬をかいた。
そして私は舌を噛む。
じわりと口の中に血が広がる。
「アナタさんが好き、と」
「違う違う、私は射命丸文の事がだいだいだーいすきよ」
また舌を噛む。
口の中に血が広まり、じんわりと痛む。
「そうですか、では次の質問ですが…」
「ちょっと待って」
「なんですか」
「私はアナタのこと、射命丸文のことが好きって言ってるのよ」
何を言ってるのだろうか。
常日頃から色々な妖怪、神様、人間を侍らせて好きと言ってる貴方が。
「常日頃から皆に言ってるじゃないですか」
「あいつらは好き、貴方の事は大好きなのよ」
舌を噛む。
強く噛み締めて、自分の舌が千切れそうな程に噛む、痛い。
「そうですか、で次の質問なんですが」
「…私は貴方が好き、私が好きじゃないところが好き」
真剣に笑いつつ、頬へと手をあてがわれ撫でられ、耳朶が触られる。
いつもの事だ、今更反応する事も無い。
そして私は舌を噛み締める。
何かを話してしまいそうになるのを噛み締め、我慢する。
もう口の中は血の味しかしない。
この人は卑怯だ。
そんな事を言われたら、私は自分の気持ちを言えない。
私の事を嫌っていると思ってると思わせておかねばならない。
純粋に、私の事を信じてる瞳を見せられて反論なんてできるはずは無い。
「大好きよ」
彼女に抱きしめられる。
金縛り、凍結、もしかしたら体が石になってしまったのかも知れない。
両手が動かない、両足も動かない。
動かせるのは目線ぐらいだ、その目線もどこを見てるかわからない。
私はおかしくなってしまったのだろうか。
だから舌を噛み締める。
噛み締め、噛み締め、血が広がる。
あまりの血の量に声も出せない。
体が動かせず、話すこともできない、見ることもできない。
家畜だってもっとマシな待遇だ。
私の待遇について一度話し合う必要があるかも知れない。
考えはするが実際出来るはずもないが。
話そうとすると私は言葉を飲み込むために舌を噛む。
言ってはいけない。
もし言ってしまって
彼女が悲しそうな顔をしたらどうしようか。
彼女が傷ついてしまったらどうしようか。
彼女が私に見向きもしなくなってしまったらどうしようか。
彼女が私の事を嫌ってしまったらどうしようか。
そんなことはあったらいけない。
もしがある限り私は実行に移せない。
だから私は言葉を飲み込み、黙って抱きしめられたままいる。
「ねえ文」
「………」
返答しようにも話せない。
どうやらあまりに強く噛み締めたため舌が千切れたらしい。
「ねえ聞いてるの?」
「……」
甘えるような、優しい声を私の耳元で言わないで欲しい。
どんどん正気で無くなっていくから。
「血の匂い…文ごめんなさいね」
彼女はくすりと笑うと、あっさり私の唇を塞ぎ舌を入れてくる。
「んっ……」
口の中を彼女の舌に犯される。
こくこくと彼女の喉がなる音が聞こえる。
動かなかった手が少し動く、手が震える。
ひどく震える。
「くぅん……」
その間にも私の口の中は彼女に隅々まで舐めまわされる。
ダメだ、これはダメだ。
これ以上されてはいけない。
されたらダメだ。
身体を引き離すために震える両手で彼女の肩に力を込める。
しかし彼女は私の背中にまわした手で、私の身体を強く抱きしめ離さない。
くちゅり、くちゅりと唇から音がする。
血も、舌も、頬の裏も、歯の裏も丹念に舐め取られている。
その間にも千切れた舌から出血は続いている。
もしかしたらこれは夢なのかも知れない。
現実なんて碌でも無い。
私がいくら彼女のことを想っても、彼女は色々な人たちに囲まれ愛されている。
そこに私の場所は無い。
彼女が私のことを好きになるはずがない。
何しろ私は彼女に優しくしたことは無い。
ただの記者とインタビューを受ける人間として接して来た。
愛され、優しくされ、懐かれている彼女が私なんかに目を向けるはずがない。
私の友は新聞、恋人も新聞だけなのだ。
「んんっ…んっ…っ!」
私の口の中を犯す彼女から逃れようと身体を揺するが、強く強く抱きしめられてるため効果は無い。
そうして私は彼女の舌を噛み締めた。
「痛っ」
その瞬間彼女は舌を離し、私の口から血が垂れ、彼女の口からも血と唾液が垂れ私と彼女の服にかかる。
「はあっ、はあっ…あーもう一体何をするんですか」
彼女に怒鳴りつける。
彼女は私の顔を見つめている。
「文が怪我のこと黙ってるから悪いのよ」
「それにさっさと離れてください、邪魔です」
口から垂れている血を拭う。
彼女は自分の口から垂れてる血を掌に溜め、こくんと鳴らし飲む。
「治癒で治してあげたわ、どう?」
「どうもこうも、人の質問に答えないでこんなことするなんて不快です」
不快なはずが無い。
しかしこう言わないとダメだ。
私は彼女を嫌っている、彼女は嫌ってる私が好き。
続いて出そうな言葉を治して貰った舌をまた噛む。
「ごめんなさいね、怪我してる文見たら放っておけなくて」
「放っておいてください」
「でもね、貴方が私の事嫌ってるのは知ってるけど…」
そこで言葉が止まる。
この間に
嫌ってなんていません
と言えたらどんだけ楽になれるだろうか。
しかし楽になれるだけだ。
そこに救いは無い。
だから何か言おうとしてる彼女の言葉を遮る。
「私に抱きつくのをやめてください」
「ごめんなさい」
そういい背中にまわされた手を離し、離れる。
「私に近寄らないでください」
「ごめんなさい」
最初のインタビューをしてる距離まで、離れる。
「私は貴方みたいな人間は嫌いなんです、でも博麗の巫女だから渋々来てるんです、わかってるんですか」
「ごめんなさい」
舌を噛む。
しばらくはご飯も碌に食べられそうに無い。
口の中が血の味しかしない。
「あの、文」
「………」
「私、貴方の事、射命丸文という天狗を愛しているわ」
「………」
聞きたくない。
返答も碌に出来ない言葉なんて、聞きたくない。
また舌が千切れた。
今日はもう帰ろう。
インタビューも碌に出来ない。
ご飯も治るまで食べられない。
私は貴方のことが大嫌いです。
こんなにも好きなのに、まったく伝わってないところが。
嫌ってるなんて私の事を想ってるところが。
私のことをまったく考えてくれないところが。
無言で、彼女に背を向け手を振る。
何しろ舌が千切れて話せないのだ。
ならもう帰るしかない。
余計なことをされる前に。
余計なことをする前に。
「許して、文」
本当に彼女は酷い。
最低の巫女だ。ここぞという時に魔法をかけてくる。
ただの人間なのに、天狗の私に魅了の魔法をかけるなんてどうしているのだろうか。
その一言だけで、大嫌いな貴方のことがこんなにも、こんなにも愛しい。
愛しすぎて、愛しすぎて、正気を失いそうになるぐらい愛しい。
大嫌いだけど
何をされても許せる。
どんな酷いことをされても許せる。
殺されたとしても私は許せる。
何をしたとしても、私は彼女を許せる。
大嫌いだから。
大好きだから。
口の中に溜まった血を飲み込み、なんとか言葉を捻り出す。
「また来ます」
「ええ待ってるわ、文」
顔は向けない。
身体も向けない。
そして神社から出た、飛ぶ。
私は正常だ。
だから霊夢さんを嫌っている。
だから早く私の正常を壊して欲しい。
そうすれば私は壊れられる。
そうすれば。
そうすれば。
「ほうふれば、はたしは…」
舌が千切れてるため、声に出せない。
自分で噛み切ったというのに忘れていた。
「霊夢ひゃん」
霊夢さんが私を壊してくれる未来を
ふぅ…………
素晴らしいです、病み最高。
久しぶりにケチャさんのあやれいむを読めて、とても幸せな気分であります。
ありがとうございます。
この病んでる二人の関係になぜか引き寄せられます。