Coolier - 新生・東方創想話

その一瞬を埋めるモノ

2011/01/11 01:34:53
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『その一瞬を埋めるモノ』










「私が見ている世界と、蓮子が見ている世界は、ほんの少しだけズレてるんだよ…?」


その時、メリーは寂しそうに笑った。
私は、何も言えなかった。だってそれは、紛う事のない事実だったから。
だから、返事をする代わりに、宙を見上げた。

大きな三角形が瞬いて紡ぎ出す、その時間は。


19時0分0秒00まで、あと00分23秒07。






今晩は、宇佐見蓮子です。

誰でもいいから、私の悩みを聞いてくれませんか?


いえ、大した悩みじゃないんです。きっと玄人の方なら、鼻で笑いたくなるような。

でも、私にはどうしても分からないんです。だって、1回しか経験したことないんですから。

その1回にしたって、つい昨日の事だし、勢いでしたようなものだし。


だから、どうしても分からないんです。2回目に踏み込めないんです。


えっと、あの。うん…、困ったなぁ。私、今、本当に困ってる。

あー…あの、うん、馬鹿みたいなんだけど。本当に。


2回目のキスって、いつ、どういうタイミングですればいいんでしょう?



「…誰に聞いてるんだか」


私はちゃぶ台に横顔を伏せたまま、それこそ誰にともなく呟いた。
そこに当たる、扇風機の風。黒のキャミソールから出た肩に当たって、少しだけ熱が奪われる。
しかし首振り設定のしてある扇風機は、すぐ彼方の方に風を送ってしまう。

茹だるようなとまではいかないが、湿気の高い夏の夜。エアコンのないうちは窓を全開にして扇風機を回すしかない。
本当は扇風機も私だけに当たるように固定したいが、「身体を冷やすから」とメリーに禁止されている。
しょうがないから薄着にして、安い棒アイスを咥えているわけである。

「…お?」

その棒アイスが妙に軽いので見やると、ソーダ味のアイスがごそっとちゃぶ台に落ちている。
あちゃあ、と私はようやく身体を起こし、幾枚かまとめたティッシュペーパーで拭きとる。
少し茶色い染みが残ったが、仕方ないだろう。

はぁ、と溜息が出る。
私は再びちゃぶ台に顔を伏せた。


暑いから考えがまとまらないし、考えがまとまらないから何も出来ない。
今日は一日中、ずっとこんな感じだった。

メリーの家にはエアコンがある。つい数日前までは、「暑いから」と言って彼女の家に入り浸る私は確かにいた。

いたのだけれど…。


「なんか期待してるみたいで、嫌なのよねぇ…」

棒だけになってしまった(元)アイスを歯でぴこぴこと動かして、呟いた。

ほんのりはソーダの味が残ったアイスの棒は、少しだけ甘かった。


そう、甘かったな…。


私は、昨日初めて味わった、あの感触を思い出す。

あの桜色で柔らかい、メリーの唇を。



昨日、メリーに告白した。


ずっと好きでした。そのたった一言だったけれど。



好きだって気付いたのは、何時だっただろうか。

確か、それはメリーの何気ない一言だったと思う。

私と出会ってからメリーは「今何時?」と聞いてくるのが当たり前になった。
そして、自分では時計をしないようになったのだ。

「何時?」と聞かれたって、星の出ていない昼や曇りの日は、私に時間はわからない。

だから、聞いたのだ。

「どうして、時計をしないの?」って。

そしたら、メリーは少しだけはにかんで答えた。


「だって、時間を教えてくれる蓮子の顔が、好きなんだもの」


その時、きっと、私は恋に落ちた。


それで、メリーが好きだって気付いてからずっと。
ずっと異性同士だからとか、その後の関係とか色んな事を考えていて。

考えて、嫌になって、それでも考えて考えて考えて。

結果、堪え切れなかったから、告白した。

あんなにたくさん考えた筈なのに、出てきたのはたった一言。


だけど、放課後の教室で、夕日と呼ぶには少しだけ早い陽の光を受けて、メリーは笑ってくれた。


「ありがとう。私も、蓮子が好き」


私がどれだけ考え抜いた上での告白だったのかも。
どれだけメリーが好きで出た言葉だったのかも。
その一言にどれほどの想いを込めたのかも。

きっと、全部メリーは分かってくれて。

それで、好きだと言ってくれた。


嬉しかった。だから、泣きながら抱きついた。

泣かなくていいのに、そう言いながら自分も少しだけ目を潤ませて、蓮子は私の涙を指の腹で拭ってくれた。

その優しさがまた嬉しくて、気持ちが零れそうな程溢れて来て、それでも零したくなかったから。

だから、キスした。


あとは、メリーの唇の柔らかさと、ほんのりとした甘さ、それとやけに耳についたセミの鳴き声しか、覚えていない。



そんな昨日の事を思い出して、私は暑い部屋で一人、にやにやしているのだった。

そう、恋人になった次の日。つまり今日は「幸せ」。その一言に尽きた。


「恋人だから」一緒に学校に行って。

「恋人だから」一緒にご飯を食べて。

「恋人だから」放課後の教室で何をするでもなく、手を握り合って。

「恋人だから」一緒に帰った。


全ての行動に「恋人だから」が付いて、それが「当たり前」だと言い張れる様になった。その資格を得た。
もちろん、言い張ったりはしないけれど。気持ちの問題。

きっと、これらの行動は全て、これから「いつも通り」だと言えるようになるんだと。

だから、きっと、キスだって。

キスだって「当たり前」になるんだ、ってそう思ってた。


思ってた、のに。


今日、メリーを家まで送って、少しだけゆっくりした後。

玄関先までメリーは見送ってくれて、あとはサヨナラをするだけの状況で。

私達は多分、互いに期待していたんだと思う。

きっと、相手から、「当たり前」に、おやすみのキスをしてくれるんだって。


そして、どっちも動き出さないのがなんとなくおかしくて、私達は顔を見合わせて、笑いあった。

メリーは部屋着のままで、やっぱりはにかんで頬を染めながら。


だから私は内心、溜息を小さく吐いて、やれやれと思った。

やれやれ、ここはやっぱり私から、ですかね、と。


悪い気はしなかった。桜色に頬を染めたメリーは押し倒したいくらい可愛かったから。

いっそ本気で押し倒してしまおうか、なんて冗談めいて考えながら、一歩踏み出そうとした時だった。



「また明日ね、蓮子」、と。



間の悪さを埋めるように、メリーは可愛く笑ったまま、言った。

言ってしまった。


きっと、メリーに悪気なんかなかった。メリーだって、2回目を期待してなかったなんてことはないって、分かってた。

だけどきっと、こんな間の悪さは初めてで。

きっと、2回目には仕切り直しが必要なんだと、メリーは考えたんだと思う。


だから、踏み出そうとした私の足は、止まった。

「さよなら」を告げられて、踏み込めない程度には、私だって初心者だった。


「あ、ああ、うん。またね、メリー!」


そう言ってメリーの家を飛び出した。
蒸し暑かった。走ったらすぐ汗が噴き出そうだった。けれど、走った。


馬鹿。


呟いたけど、それは誰にだったんだろう。

今思えば、私対メリーで8:2くらいだったと思うんだけれど。



そして、はじめの問いかけに戻る。

一度機を逃してからは余計、2回目のタイミングが分からなくなった。

そして、意識してしまっているから余計、2回目を望んでいる自分がいた。


「馬鹿」


もう一度、呟いてみる。今度は100%自分に向けて。

そう、馬鹿なのは私だ。


きっと、キスに特別なきっかけなんていらないのだろう。それは「恋人だから」。

だけど、言いだせなかった。言いだせないのに、メリーの唇をもう一度感じたい、と思う私は馬鹿だった。


ぼーっとした頭で、壁にかかったカレンダーを見る。そういえば、もうそろそろテスト期間だ。

でも確か、テスト期間の前に…何か…。クラスの子が言っていたような気が…。


「あ!!」


私はがばっと起き上がって、カレンダーを見やる。

確か、告白する前。メリーが私の部屋に来て、書いていった予定。

「今年は一緒にいけるといいわね」。そうメリーは言っていた。去年は行きそびれたから、と。

4日後。とびっきりのイベントがそこには書かれていた。


今思えば、メリーはこういうイベントがあったから仕切り直そうとしたのかもしれない。
それは多分、私に都合の良い解釈だろう。

けれど、この機会を逃す手はない。


そこに書いてあったのは、「花火大会」。


近所の河川敷で行われる、大規模でもなく、小規模でもない、なんとも中途半端な規模の花火大会。
去年は遠目に眺めただけだったが、「大」を取って「花火会」に変えた方がいいんじゃないか、なんて考えただけだった。


そうだ。今年は、これに、メリーと一緒に行けるんだ。

そして、ここで2回目を…!


私は暑さも気にせず、レポート用紙を広げ始めた。
そうと決まったら、綿密な計画を練らないといけない。

「ふふ…ふふふ…」

なんだか、口から聞いた事のない笑い声が漏れている気がしたが、気にしないことにした。
一心不乱に計算を始める。


計画の実行まで、あと、4日。






異変に気付いたのは、次の日だった。

始まったばかりの「いつも通り」に、メリーは私の部屋に迎えに来てくれて、寝ぼけ眼のまま私は家を出た。
ちなみに、メリーはこの日1限の授業を取ってないから、完全に私の為だ。本当に有難い。

だけど、歩き始めてすぐに気付いた。

より正確には、ぎこちなくメリーの手を握ろうとして、だ。


何か、硬いものが、手に当たった。


見やればすぐに分かった。それは、出会ってからずっと見なかったから、なんだか違和感しか感じなかった。


「メリー…それ、腕時計…?」

メリーはきょとん、として答えた。

「え、ああ…うん。そうよ?見れば分かると思うけど…。変な蓮子」

「あ、いや…うん。ごめん」

変な事聞いたね、と言うと、メリーはいつもの様に笑ってくれた。


そう、だから、私も笑った。

けれど、けれど。なんだか。


いつもの様に、学校まで歩く。


そして、何だかわからない不安だけが残った。

あまりにメリーが、いつもの様に笑ったのが、気になった。

だけどその細い銀の鎖の先、小さな時計が、あまりにも違和感がありすぎて。

違和感がありすぎたから、何も言えなかった。有無を言わしてくれないような、気がした。


そして、その日は手を繋げないまま。

手を繋げないまま学校に着いて、私達は分かれた。

メリーは図書館へ。私は教室へ。


休み時間になればすぐ会うのに、ひどく、不安だった。

けれど、言いだせないまま。






そんな日が3日、続いた。


何があった訳じゃない。だけど、ただなんとなく不安になる空気。

メリーが無理して笑ってないか。私はちゃんと笑えているか。そんな事を気にしてしまう様な。
今までとは違う、空気が続いた。


そして、確実に言える事は。

この2日、メリーは私に、「今、何時?」と聞く事はなかった。


それが、怖かった。私とメリーの繋がりが切れてしまったような、そんな怖さ。

「時計なんて外して、私に聞いてよ」

恋人になる前なら、胸を叩きながら軽い気持ちで言えた言葉は、酷く傲慢な気がして言う事が出来なくなった。


だから、花火大会にメリーを誘う時、私は緊張していた。

なんだか、誘っている事自体、「恋人なんだから一緒に行くよね」と言ってしまっているような感じがした。


だけど、これ以上不安になりたくなくて。

メリーと一緒に居たくて。


思い切って誘った。


「ね、ぇ、メリー」

「何?」

「明日って、ほら、花火大会だって、メリー、言ってたわよ、ね?」

メリーはああ、と今思い出したかの様に、なんでもない事の様に、答えた。

「そういえば、そうだったわね」

あわよくば、「じゃあ一緒に行きましょう」なんて言ってくれないかと思っていたけれど、そんな事はなく、メリーは次の言葉を待っているようだった。

怖い。けど、誘わなきゃ。


「良かったら、一緒に…」


「もちろん、良いわよ」


だけど、そんな私の不安を払拭するように、メリーは当たり前の様に、言ってくれた。

「ほんと!?」

「良いに決まってるじゃない…変な蓮子」

また、変なと言われてしまったけれど、そんな事気にしなかった。


なんだか、花火大会に一緒にいければ。

いければまた、前みたいに自然に恋人であれるような気がして。

ここ数日のぎこちなさや不安なんてなかった事になるような気がして。

だから、すごく嬉しかった。

そして、嬉しさに任せて一方的に告げた。それは、前のようにメリーを振り回す私が戻ってきたように。


「じゃあ、午後6時ちょうどに私の家の前ね!!」

「…ええ、分かったわ」


メリーは私の大好きな笑顔を見せてくれた。

そして、そのままメリーの手を握って、一緒に帰った。
少しだけここ数日より声のトーンを高くしながら。



そう。そうだ。

この時、メリーが「午後6時ちょうど」という時間を聞いた時の。

その笑顔に少しだけ翳が射したことに気づいていれば。



だけど、私は気付けなかった。

3日前に練った計画を実行に移せるのが嬉しくて、舞い上がっていたから。


2回目のキスをすればきっと、このぎこちなさも、不安も乗り越えて、「当たり前」の私達になれるのだと。

そう言い聞かせていたから。






次の日の午後6時5分前、正座したまま自室で待機している私の姿がそこにはあった。


どちらかと言えば、時間にルーズなはずだったんだけどなぁ…。
自分にこういう可愛い所があったとは、新発見。

そんな事を考えている内に、6時1分前、我が家のチャイムがぴんぽーん、と鳴った。


きたっ!


私はドアに駆け出したい心を抑えて、心臓のスピードを落とそうと努力しながら、ゆっくり玄関に歩み寄る。

かちゃ、と開けたそこには。


「め、めめ、メリーさん?」

「今晩は。…?どうしたの、蓮子」


言葉にできなかった。いや、だって、うん、え、うん、そこには。


「メリー、浴衣…?」

「最近の蓮子は見れば分かることばっかり口にするわね」


そう、メリーは浴衣だったのだ。

いつもの帽子は被らないで、すこし癖のある金髪を上で結わえ上げて。いつもは隠れてるうなじが眩しい。

抑えていた筈の心臓が、また高速運動を始めた。


「ご、ごめん!」

思わず叫んでしまった。


「何が?」

「だって私、浴衣なんて用意してないし…」

大丈夫、とメリーは少しうなじを隠しながら言う。見つめすぎちゃったかも。

「蓮子が用意してるなんてはじめから思ってないから」

「それも酷くない?」

だってそうでしょ?と言われて、言葉に詰まる。確かに。



こうやって、花火大会というイベントは、笑顔で幕をあけた。

うなじを隠したメリーの左手に、銀色の輝きがある事に目を伏せながら。






「晴れて良かったね」


少しだけ人波が増えてきた夜道を、二人で歩く。

宙には星空が瞬いている。雨が降ったら計画も何もなかったのだが、月も見える。

18時14分44秒37。計画も滞りない。


相変わらず蒸し暑い。さっき気温を測ったら30度だった。

ちらり、と横のメリーを見る。正確にはうなじを、だ。なんとなく涼しそうでうらやましい。

人通りが増えて、明らかにメリーは注目されてる気がする。道往く男性の視線がチラチラと気になるのだ。


ああ、そっか。

普通に見れば私とメリーは「女友達で花火大会に遊びに来たコ達」だもんね。そりゃそっか。


思ったより人が多いのね、なんていうメリーの横顔は、いつもより艶やかな気がして。すごくドキドキする。

そうだ、この艶やかで人目を引く少女は、私の恋人なんだ。

私は一人にやにやして、ちょっと早足になる。早足になったのは、スキップしそうになったのを抑えたから。
自分の格好がいつも通りなのは少しだけ残念だったけれど、それ以上にメリーが可愛くて、そんなメリーと一緒に歩いてる、それだけでただ嬉しかった。


まだ7時までは30分以上ある。大規模な花火大会ではないけれど、夜店は出ていたはず。
何をして時間を潰そうか。

それを考えるだけで、また、私の頬は緩むのだった。






「上手なものねぇ…」


「そ?」と言いながら私は次の金魚を器に掬った。7匹目。
メリーは早々に和紙を破いてしまった。金魚掬いはコツさえ掴めば簡単なんだけどなぁ…。

8匹目。飼う環境もないからこの子達はお店の人に返すつもりなのだけれど、私は掬える限り掬うつもりだった。

だって、ハラハラという音が聞こえてきそうな、タモを力強く握るメリーが可愛かったから。


「さ、いこっか。」

10匹目が私の和紙を完全に破いたところで、私は立ちあがってメリーに手を延べた。
メリーも当たり前のように握り返して立ち上がる。


やっぱり、誘って良かった。ほら、時計の事なんて気にならないくらい、楽しいじゃないか。


もうすぐ、打ち上げの時間だ。計画の場所まで行かないと。

計画の成果が待ち遠しくて、私は少し強くメリーの手を握った。

少しだけ硬いものが当たったけれど、気にしない様にしながら。






「…ここ、でいいの?随分人が多いみたいだけど」


「いいの。ここが一番綺麗に見えるって調べてきたんだから」

そうなの?とメリーは宙を見上げた。そして、次に左手の時計を見やる。

「確か、打ち上げは7時から…だったわよね?」

時間を私に聞かない事に少しだけちくりとしたものを心に感じながら、私は応えた。

「うん、7時」

あと8分か…。そう洩れたメリーの呟きも、気にしない様にしながら。

そして、宙を見上げた。デネブもアルタイルもベガも。綺麗な三角形が見える。

18時52分02秒31。計画の実行まで、あと少し。

私達の間に、ほんの少し沈黙が流れた。


そう、少しだけ間があったのだ。

そしてその間は、少しだけお祭りの様な雰囲気から、この3日間の堅くなった空気を、呼び戻してしまった。


だから、私は聞いてしまったのだ。それは、その間を埋める為だけに聞いた様にも思えたし、本当は、それだけが聞きたかったのかも知れなかったけれど。

きっと、聞いてはいけなかった。けれど、聞かなくてはいけなかったのだと思う。



「ねぇ、メリー」

「どうしたの?」


メリーはやっぱり笑っていた。けれど、ほんの少しだけ、無理をしている様な気がして。

思い切って、聞く。


「どうして、私に時間を聞いてくれないの?」


笑顔は、崩れなかった。けれど、その中にある「無理」の割合は、格段に増したのが分かった。


「あー…、うん、大した理由じゃないの」

「なら、教えて?」


下がらないよ、とい意志を見せる。ここまで来たら、下がれなかった。


「ほんとに、大した理由じゃないのよ」

「…」


そんな言葉が欲しいんじゃないから。だから、メリーから言うのを待った。


メリーは困ったなぁ、という表情を「作った」。

そっか、これから言うのは嘘なんだ。


「この時計、電波時計なの。小さいけれどね」

「…」


たまたま貰ったからね、試してみたくて。そうメリーは続けた。


やっぱり、嘘だった。私の知るメリーなら「誰誰に貰った」って言い方をするから。



誤魔化そうとするメリーが、嫌だった。

誰かに貰ったなんて嘘を吐くメリーは、見たくなかった。

だから。



怒鳴った。



「どうして?」

「何が?」

「どうして、私に嘘をつくの!?」


メリーの驚いたような瞳。

ああ、そっか。私は今、大好きな子に、怒鳴りつけてるんだ。

でも、止まれなかった。


「電波時計を試したいなら、尚更標準時が分かる私に聞くべきでしょう!?それに、『貰った』?誰に?言ってみてよ!」

「ぁ…」


メリーの口から、小さな声が漏れた。


周りの視線が集まっているのが分かる。恥ずかしかった。

けれど、ずっと怖かったから。怖くて言い出せなかったから。

堰を切った想いは、溢れ続けた。


「あの、蓮子…あのね」

メリーの言葉も遮って、その肩を掴んだ。
そして私は言う。ずっと抱えていた気持ちを。



「わたしはっ…!私は、メリーに時間を教えてあげられるのが、嬉しかったのに! 傍に居ていいって、思えたのに!」



言ってしまった。

つまりは、そういうことだった。


「恋人だから」なんて言葉は、全部後付けで、軽いものだった。

私が、メリーの傍にいれたのは、メリーが時間を聞いてくれたから。

傍に居ていいよ、って思えるその瞬間があるから、「恋人だから」なんて言えたんだ。


だから、その左手の輝きが、ずっと怖かった。

時計をしはじめたメリーが、私に時間を聞いてくれなくなったら。

「恋人だから」なんて軽い理由じゃ、メリーが私から離れてしまいそうで。



「お願いだから…、そんな、時計なんて、外してよ…」


涙声になっているのが分かる。肩を掴んだまま、顔も伏せてしまった。

けれど、最後まで伝えた。混じり気のない想いを。


直ぐにメリーの返事は、無かった。


けれどしばらくして、そっか、という呟きが聞こえた。

だから私は目尻を拭って、顔を上げた。



メリーは、寂しそうに、笑っていた。


「ごめんね、蓮子。ごめんなさい」

そして、そう言った。
何に謝っているのか、分からなかった。時計をした事、だけじゃない気がして。

「先ず、嘘を吐いてごめんなさい。これは、自分で買ったもの」

そういって、時計を指した。でも、と続ける。

「でもね、電波時計というのは本当。この時計は標準時から殆どずれる事がないの」


…? 何が言いたいのか、良く分からなかった。


「ごめんね、きっと何言ってるか分からないよね。でも、ちゃんと説明するから」

メリーはゆっくりと私の手を肩から外した。そして、曲がっていた私の帽子を真っ直ぐに直す。
それは、本当に優しい手つきだった。


「蓮子、答えてくれる?」

「…う、ん」

「『今』何時?」


久しぶりに聞かれた時間。私は宙を見て直ぐに答える。

「18時58分30秒21」

「ありがとう」

そしてまた、寂しそうに笑った。



「それは、『今』の時間を聞かれて、蓮子が認識したその瞬間の時間?それとも、言い終わった瞬間の時間?」


心臓が跳ねるのを感じた。

そ…れ、は。


「…。聞かれて、認識した瞬間の…時間」


そう。私が答える時間は、メリーが聞いた瞬間の「今」でも、私が言い終わった瞬間の「今」でもない。


メリーが知りたがった「今」よりも一瞬後。そして、言い終わった時にはもう過ぎている時間。


私は、メリーに「今」を教える事は、出来ない。



もちろん、そんな事は知っていた。私が教える時間は、メリーの望んだ時間「そのもの」ではない事なんて。

だけど、メリーはいつもはにかんで笑ってくれた。だから、私は気にしない様にしていたんだ。



やっぱり、そうなんだ、とメリーは言った。

どうして、笑ってるのに、消えてしまいそうな感じがするんだろう。


「私が蓮子に時間を聞くとね、一瞬だけ、私と蓮子は違う世界にいるんだよ」

そんなことない、と言いたかった。けれど。

言えなかった。だって、あの星を見て「今」を知る感覚は、私にしか分からないものだから。


「私は、それが嫌だった」

メリーは続ける。きっと、私と同じように、ずっと言えなかった言葉を。


「蓮子が告白してくれて、私は本当に嬉しかった。蓮子の恋人になれるんだって、泣きたいくらい嬉しかった。」

というより、本当はちょっとだけ泣いちゃったけどね、とメリーは笑う。

「だけど、恋人になったら、蓮子に時間が聞けなくなった。だって、聞いたら、蓮子が違う世界に居るような気がして。「恋人なのに」同じ世界にいないなんて、嫌だった」

少しだけ言葉を切った。意を決するように。言葉を強くして。

「だって、私は蓮子が、好き…だから。一緒に、一緒の世界を見たかった。同じ「今」の中で笑いたかった」

左腕の時計を、少し持ち上げた。

「だから、標準時が分かる時計が欲しかった。これなら、蓮子と同じ「今」が分かるでしょう?」


馬鹿みたいって、言われそうね。

そう、メリーは笑った。それは、自分に対する嘲笑に見えて。


「なのに…。なのに…ね?おかしいのよ?蓮子に時間を聞かないのが、聞けないのが、どうしようもなく寂しかったの。得意げに笑ってくれる蓮子が好きだったのに、私は何をしてるんだろう…って…!」


そうだ。この笑顔も、一生懸命作ってるんだね。「恋人だから」笑い合うのが当然だって、考えたんでしょ?

だけど、私達は、初心者だから。だから、無理なんだよ。


ね、メリー。もう、上手に笑えてないよ?



「ねぇ…蓮子…。どうしたらいいの? 大好きなのに、私が見ている世界と、蓮子が見ている世界は、ほんの少しだけズレてるんだよ…?」



私は、何も言えなかった。だってそれは、紛う事のない事実だったから。
だから、返事をする代わりに、宙を見上げた。

大きな三角形が瞬いて紡ぎ出す、その時間は。


19時0分0秒00まで、あと00分23秒07。




辛い想いをさせて。勝手に辛い想いをして。

ごめんね。ごめんね、メリー。

少しだけ泣きたかった。けれど、メリーが一生懸命笑ってるから、涙は零さない。


だから、宙を見上げ続けた。



早く。

たかだか20秒なんて、早く過ぎ去ってしまえ。

これ以上メリーに、笑い顔を浮かべさせるな。

これ以上メリーを、泣かせるな。



私は、強くメリーを抱きよせた。


「蓮子…?」


メリーのか細い声。


「大丈夫だよ」


私は答える。


大丈夫。


だって、私達は、これからなんだから。

一緒に見れない「今」なんかじゃなくて、「未来」を一緒に生きて行くんだから。


だから、大丈夫。


宙を見上げた。




19時00分00秒00まであと5秒。



4秒。



3。



2。



1。






シュボッという音が聞こえた。


19時00分00秒00ジャスト。1発目の、特大の花火が打ち上げられた音。


そして、夜空に、光の華が咲いた。これが、19時00分03秒34。



私は、動いた。


V=331.5+0.6t。高校生で習う、音の速さの公式。



今日の気温tは30度。故に、音の速さVは349.3m/s。


ここから花火までの距離はおよそ1050m。花火の高さは憶測だったのでこれはおよその値になってしまったが、誤差はそうないだろう。



つまり、花火が咲いてから、音が来るまでの時間は。


およそ、3秒。



そして、私には、その3秒が、正確に分かる。




3秒後。19時00分06秒34。



ドォン、という大きな音。上がる歓声と拍手。





そして。




私は、メリーの唇を塞いでいた。



さっきまで私達を物珍しそうに見ていた周囲は、1発目の花火の光に目を奪われている。


そして、ちぅ、という唇同士が触れ合う小さな音は、光の3秒後に来た音にかき消された。



時が止まったような、感覚。


雑多な人混みの中。けれど、私達だけの「今」の中で。


確かに、触れ合っていた。



周りに気付かれる前に、直ぐに唇を離す。


突然顔を持ちあげられたメリーは、きょとん、としていた。

けれど、直ぐに自分の唇に手を当てる。何があったかを、確かめるように。


私は言う。興奮の醒めないままに、強く。



「メリーが不安になる度、こうやって、同じ時間を分け合うから。これだったら、私達は同じ世界に居るって、感じられるでしょう?」



メリーは、まだ何が起きたのか分からなさそうに、唇を左手でこすっている。銀色の時計が目に入ったけれど、不思議と気にならなかった。

だけど、少しして、その唇の端が、上がった。




それは、私の大好きな。

メリーのはにかむ笑顔。


寂しげじゃない、最高の笑顔。




「蓮子、聞きたい事があるの」


何、と応じる。なんとなく、何が聞かれるかは分かっていた。


「『今』何時?」



19時03分18秒20。



そう答える代わりに、もう一度、メリーの柔らかい唇を塞いだ。





そっか。


「恋人だから」キスするんじゃないんだ。

何回目とか、理由とかもいらないんだね。



ただ、一緒に居る事を分け合う為に。


重ならない一瞬を埋める為に。




これから先の「未来」も、きっと。




また、後ろで花火の音が聞こえた。
(・д)こんばんわ、ななせです。
新成人の方はおめでとうございます。

が、お話は全く関係なく、蓮メリちゅっちゅ再びです。
若干季節外れですねw でも浴衣のメリーとか書いてて悶えました。何言ってんだ俺。

お楽しみいただければ幸いです。
ななせ
[email protected]
http://
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コメント



0.1080簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいです。
テーマも良く、読みやすかった
5.70名前が無い程度の能力削除
なんだか惜しいなぁ
8.100奇声を発する程度の能力削除
蓮メリちゅっちゅキター!!
9.100名前が無い程度の能力削除
何かもう素晴らしすぎる!
12.90名前が無い程度の能力削除
誤字?
>異性同士
>蓮子は私の涙を
18.無評価RGS削除
蓮子の能力に的を当てたテーマと、腕時計の理由を話す下りがとても良かったです。
それにしても蓮子計算早いなw
19.100RGS削除
得点入れ忘れ失礼しました。
22.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと泣きそうになりました。とても良かったです!
23.100名前が無い程度の能力削除
もっとちゅっちゅするべき
27.100非現実世界に棲む者削除
蓮メリちゅっちゅ、良いね。