「って、改訂版求聞史紀に載せようと思います。いいですね」
「ちょっと待て」
私は、言いたいことだけ言ってさっさと帰ろうとする稗田阿求の肩を掴んだ。
「何ですか。私はおうちに帰って求聞史紀の編纂をするんです」
「だから! それを待てと言ってるの!」
あなたは今日からチスイコウモリですと言われて、はいそうですかと引き下がれるか。
「手を、放して、ください。なんて強引な方ですか」
「こっちのセリフよ! というか、力強っ!?」
ずるずると引きずられる。吸血鬼の力を以ってしても止まらないなんて。
「あなた……本当に、人間……?」
「人間ですよ。ただ、あなたが吸血鬼ではなくなったというだけです」
「どういう、こと、なの」
やれやれ、と溜め息を吐き、阿求はこちらに向き直った。
「神力、霊力、魔力、気力、精神力が充満しているこの幻想郷では、イメエジというものが何よりも重要。神々に対する信仰、日本妖怪に対する畏れ。そういったものは、幻想郷で生を営んでいる以上、西洋の怪物であるあなたも対象外ではありません」
「つ、つまり?」
「幻想郷の人間の認識におけるあなたの存在というものが、強い吸血鬼という種族から、ただのチスイコウモリという認識になり変わってしまっているのです」
「なんで!?」
まずそこが問題だろう。なぜそんな認識が広まってしまったのか。
「さぁ、きっかけは小さいことだったんじゃないですかね。『いつもえばってるレミリアたんが実はただのチスイコウモリでした、とかだったら萌えね?』『なにそれかわいい』みたいな」
「ぶっ殺すわよ!?」
「私に言わないでくださいよ」
幻想郷にもオタクっているのか。まさか、私のフィギュアとか売買されていないだろうか。
「されてますよ。キリッバージョンと、うーうーバージョン」
「あるのかよ!」
「ちなみに、メイドの姿をした銀髪女性が購入したという情報が入ってます」
「咲夜ぁ!!」
「どうどうどう」
「ええい、宥めるな!」
「いいじゃないですか、もう。別に困ることなんてないんだから」
「急にやる気無くなるな!」
「大体、運命を操る、なんて曖昧な能力、こちらとしても求聞史紀に書く時に迷ったんですからね。質問されたらなんて答えようって。本人に聞いてくださいなんて言ったら、きちんと取材したのかというツッコミが入りそうですし、かと言って万人が納得するような答えなんてないし」
「え、なにそれ、私のせいなの?」
明らかにお前のせいで苦労した、的なオーラ、そして視線が突き刺さる。私か? 私がいけないのか?
「だ、だって……本当にそういう能力なんだし、仕方がないじゃない……」
「じゃあ具体的に説明してくださいよ」
「具体的になんて……こう、感覚よ」
「はん」
鼻で笑われた。
「話になりません。もういいじゃないですか。血を吸う程度の能力とかで。間違えようがありませんよ」
「いいわけないでしょ!」
「その通りよ!」
私が怒鳴ったところで、親しんだ声が混ざってきた。
「パチュリー!」
「話は聞かせてもらったわ、レミィ。あとは私に任せなさい」
なんて頼もしい。ここまで動きやすい大図書館は自動車図書館くらいに他ないだろう。
「具体的には、どうすれば?」
パチェは自信満々に言った。
「レミィだけでなくて、他の奴らも皆、そういう風に貶めてしまえばいいのよ。そうすれば、皆平等よ!」
「それはどういう事?」
「そうね。例えば八雲紫って、なんかカマキリっぽいじゃない。レミィがチスイコウモリになるように、八雲紫もカマキリの妖怪にしてしまえばいいのよ!」
目から鱗だった。
自分の評価を相対的に上げるために、なんの躊躇いもなく他者を貶めるという発想がパチェの中にあるということと、パチェが私のために色々考えてくれているということに対してだ。
「ふふ、ふ……乗ったわ。パチェ。おい、稗田」
「はいはい、なんでしょう」
皿を食らわば毒まで……だっけ。まぁいい。
「私のことをチスイコウモリと書くことは認めよう。どうせ翻らないことなのでしょうし」
「まあ、そうですね」
「だが、条件がある」
「……と、いうと?」
自分でも、悪い顔をしていたと思う。
「私たちも求聞史紀の編纂に参加させろ」
阿求は、話にならない、と肩をすくめた。
「冗談じゃありません。なぜそうなるんです。第一、私にメリットがありません」
「いいじゃない。編纂と言っても私たちが介入するのは、ほんの数人の項目だけよ」
「だめです。私には今まで求聞史紀を執筆してきたという誇りがあるんです」
小娘が生を言いよる。年は向こうが上らしいけど。
「誇り……ねぇ」
その言葉に、パチェが冷笑を浮かべる。
阿求も気に障るところがあったのだろう。明らかに不機嫌な視線をパチェに向けた。
「……なんですか?」
「いえねぇ、里の人間の噂に左右されて求聞史紀の内容を変える人間がのたまう誇りとは、一体どれほど埃っぽいのかしらって思っただけよ」
「この……ッ!」
「印刷費の負担、及び販売ルートの確保」
「――!?」
パチェの言葉に、激昂しかけた阿求が固まる。
「名家とは言え、営利目的で編纂したわけではない本を薄利販売して懐が痛まないってことはないわよね。それに、稗田家は商才でのし上がった家ではないでしょう。紅魔館の人海戦術で販売ルートの確保もしてあげるわよ」
「く……卑怯な!」
パチェすげえ。いつからこんなに頼もしい女になった。伊達に図書館でカビてたわけではなかったわけだ。熟成されたチーズだったってわけだ。
「卑怯? 交渉と言ってほしいわね。それで、どうするの?」
阿求は、口に手を当て俯いた。今、必死で損得計算をしていることだろう。
パチェの手腕に舌を巻いていると、こしょ、とパチェが耳打ちしてきた。
「勢いであんなこと言っちゃったけど、いいわよね?」
あはー、パチェの甘い吐息が耳をくすぐる。
「ええ、ええ。もちろんいいわよ。パチェ大好き」
「あら、そんなこと言っても何も出ないわよ」
と冷静に対応しているつもりでも、耳は真っ赤になっちゃうのがパチェの可愛いところだ。
「……決めました」
阿求が決意した表情で言った。
「……乗りましょう。これも幻想郷をより良くしていくためです」
「ああ言えば賄賂を受け取ったことにならないと思ってる」
「幻・想・郷・の・ためです」
「はいはい」
「ともあれ、取引は成立ね」
「もー好きにしてください」
ふむ。さて、どうするか。私の下がったカリスマを相対的に上げるためには、貶める相手もそれなりの相手でなくてはならない。ぱっと思いつくのは……。
「幽々子。西行寺幽々子よ。まずはあいつにするわ」
「何を書けばいいんですか?」
「そうね……。あいつの正体は、ピンクの吸い込み風船よ。プププランドの住人。ほら、なんでも吸い込むし、髪の毛ピンクだし。うん、決定。あいつはピンクの悪魔よ! 華胥の亡霊なんてカッコいい二つ名は許さないわ!」
「うわー、ひどいですね……」
他人事のように言う阿求。共犯者だという自覚が足りない。
「よし、この調子でどんどん行くわよ、パチェ!」
「オーケィ、レミィ!」
一瞬のアイ・コンタクト。
それだけで、友の――いいや、ここはあえて戦友(とも)と呼ぼう。
戦友(とも)のやる気が伝わってくる。
本気と書いてマジと読ませるような目だった。
本気と書いてノリノリと読ませるほうが正しいかも知れない。
どっちでもいい。
パチェが頼もしい戦友であることに変わりは無い。
ごめんね、パチェ。
実は今まで、私は、貴女の事を、ヴィクトリア朝のふわふわパジャマの紫モヤシだとしか認識していなかったんだ。
もう、その認識は改めるよ。
今度から貴女は、私の中で、紫キャベツにランクアップよ。
大躍進。
二階級特進だ。
ブロッコリーとカリフラワー。
赤いきつねと緑のたぬきぐらいの差があるわ。
……あれ?
白いのがブロッコリーよね?
ま、どっちでもいいわ。
私、ブロリー――ん? 合ってるわよね?――もカリフラワーも嫌いだから食べないし。
残すし。
まぁ、それはさておき。
「さぁ、次は――最近、人間の里に出来たとかいう寺の連中に行きましょう! あのナムサンとか言う奴よ!」
「レミィ。ナムサンでは無くて聖よ。……ハッ! ひじり……ひじき……! 聖は、実は悟りを開いたひじきの化身とかはどうかしら!」
「そ れ だ WA ! さすがはパチェ。流石は紫キャベツ!」
「……それ、どういう意味?」
「何でもない口が滑ったいや褒め言葉だ。それで、それで!? ひじきで、他には!?」
「そうね……彼女の法衣、黒いじゃない。つまりは、あれもひじきよ! 彼女はひじきであるが故に、服もひじきなのよ! つまりは、スッパにひじりを貼り付けているのよ!」
「へ、変態だわ!?」
「ええ。HENTAIよ」
「素晴らしい。それ、採用!」
最早、私は興奮冷めやらぬと言う感じだった。
パチェと二人なら、天下を取れる。
そんな風にさえ錯覚した。
いや、錯覚ではない。
とれるだろう、天下ぐらい。
ああ……いいなぁ。
楽しいなぁ、この作業。
相手の預かり知らぬところで、相手の運命を思うように弄れる辺り、実に私らしくていいぞ。
運命を統べるカリスマたる、私に相応しい作業だ。
私も、その内に求聞史紀ならぬ紅聞史紀を編纂とかするか。
私を頂点においた、真の幻想郷の姿をありありと描き出す歴史書だ。
後世、それを読んだ者たちは私の名を高らかに唱え上げるだろう。
レ ミ リ ア う ー ! !
と。
紅い月を仰ぎ見て万歳三唱。
平伏す民を王座に座り見下ろす私と、その傍らに佇むパチェ。
私は言うわ。
誇り高きチスイコウモリの王として。
「――こんなにも月が紅いから。本気で吸うわよ」
やばい。
格好良く無いかしら?
いいえ。
寧ろ、超☆格好良いわ。
さすがは、私。
チスイコウモリになっても、私のカリスマは留まることをしらない。
ひじきとかに成り果てた奴らとは、雲山の差ね!
「レミィ。雲泥の差よ」
「――細かいことはいいのよ! んで次はあいつよ、幽香!」
性悪女のいやらしい顔を脳裏に浮かべ、そしてすぐさまはたいて散らす。一秒だって考えていたくない! そも、常日頃からあいつは気に入らないのだ。幻想郷最強だのなんだのと、この私を差し置いて偉そうな事を!
「えっ……ゆ、幽香さんですか」
と、それまでのどこかまだ飄々としていた阿求の顔が、突然引きつった。
「何よ」
「いや、うーん……。幽香さんをいじるのはさすがにちょっと恐いのですが……」
「……おい」
ぴくり、と自分でもはっきりと分かるくらい、こめかみのあたりが痙攣する。
「お前、私のことはチスイコウモリだのなんだのとおちょくって……そのくせ幽香は恐いだと? ちょっと、そのあたりを詳しく説明してもらおうか」
「あ、いや、ええと、その」
目の前いる存在が恐ろしい吸血鬼だという事をそろそろ思い出させてやろうか、と怒気をまとって牙を剥いて見せる。するとさすがにこのあんぽんたん娘もいくらかは気づいたようで、一歩二歩、後ずさりをして、愛想笑いを浮かべた。
さぁてもう少し脅かしてその細い首筋をちょいと味見でもさせてもらおうか、なんて舌なめずりをしたところで、
「なんなら、私が教えましょうか?」
平坦な口調のパチュリーがぼそりと余計な口出しをした。
「……いや、それは結構」
折角ホラー映画のワンシーンみたいな雰囲気だったのに、気が抜けてしまった。無遠慮な友人をジト目で睨む。
「ちゃちゃいれないでよ」
「話が進まないでしょ」
阿求がこれ幸いとばかりに、おべっかを言った。
「ゆ、幽香さんは、貴方ほど心が広くありませんから、あは、あはは」
見え透いたお世辞が軽く牙を疼かせるけれど、まぁ、いいでしょ。二人きりじゃなかったのを感謝しなさい。
「……もういいわ。けれど求聞史紀にはしっかり書きなさいよ。でないと、寝てる間に吸血鬼にしちゃうからね」
「は、は、は……で、どうしましょう」
カクン、と脱力するように阿求は溜め息をはいたのだった。
さて、とこちらも気を取り直す。
「風見幽香だけど、たいそうに名前なんか残してやる事はないの。どうせ年中ヒマワリ畑でぼーっとしてるだけの奴なんだから」
「はぁ」
「だから、これで十分よ……『のうかりん』」
「は?」
「の、う、か、り、ん」
阿求はなんとも言えない表情で、唇を小さくぱくぱくさせながら、のうかりん……のうかりん……と何度か呟いていた。「え? まじでそんな事かかなきゃいけないの?」と、受け入れがたい現実を必死で受け入れようとしているよう。
隣でパチェが「え、え? もしかしてシャレ? レミィそれはどうかと思うの」などとのたまっていたが、無視する。
「能力は、そうね……畑を耕す程度の能力」
「そ、それは……なんとも友好度の高そうな妖怪ですね」
「いや友好度は極悪よ。なんてったって、『のうかりん』は知らない者が畑に近寄ると、『オラの大根さとるな!』って顔を真っ赤にしながら肥やしを投げつけてくるんだから」
「こ、こやし……」
「あぁ、どうせ『のうかりん』なんだしそこまで上品に表現しなくていいか。つまり、うんk……」
「わーわー! 肥やしでいいです肥やしで! ゆ、幽香さんに殺されます……」
「うふふ。しっかりと求聞史紀に明記して、後の幻想郷に真実を伝えてね」
とびきりチャーミングな笑顔でにっこりと笑ってみせると、なぜか、阿求は稗田一族の滅亡を予感したかのような、ひからびた笑みを見せたのだった。
「いい笑顔ね、レミィ!」
パチェは、しっかりと褒めてくれたのだけど。
「はぁ……」
溜め息を吐く阿求をよそに、私たちは満足のいく編纂に肩を組んだのだった。
後日。編纂が終わり、求聞史紀は幻想郷に行き渡った。
私たちが編纂に携わった人物らは、しっかりとカリスマを落ち込ませ、相対的に私の評価も上がったということになる。
それはいい。それはいいのだが……。
「はぁい、チスイコウモリさん」
「ご機嫌よう。吸血コウモリさん」
「嗚呼……法の世界に、怒りが満ちる……!」
この状況は、まずいんじゃなかろうか……。
「どうせ私は吸い込み風船だから~。チスイコウモリくらい……丸飲みしちゃうわよ?」
「紅魔館一帯を私の畑にしたので。さっさと立ち退かないとアレぶつけるから」
「他者を不当に貶め、真実を悪戯に捻じ曲げる! 誠に許し難く無知蒙昧である! いざ、南無三──!」
「ちょ、ま――」
幽々子、幽香、聖の怒りを受け、蝶が舞い、緑が生い茂り、経文が飛び交う中――紅魔館は爆発した。
終わり
「ちょっと待て」
私は、言いたいことだけ言ってさっさと帰ろうとする稗田阿求の肩を掴んだ。
「何ですか。私はおうちに帰って求聞史紀の編纂をするんです」
「だから! それを待てと言ってるの!」
あなたは今日からチスイコウモリですと言われて、はいそうですかと引き下がれるか。
「手を、放して、ください。なんて強引な方ですか」
「こっちのセリフよ! というか、力強っ!?」
ずるずると引きずられる。吸血鬼の力を以ってしても止まらないなんて。
「あなた……本当に、人間……?」
「人間ですよ。ただ、あなたが吸血鬼ではなくなったというだけです」
「どういう、こと、なの」
やれやれ、と溜め息を吐き、阿求はこちらに向き直った。
「神力、霊力、魔力、気力、精神力が充満しているこの幻想郷では、イメエジというものが何よりも重要。神々に対する信仰、日本妖怪に対する畏れ。そういったものは、幻想郷で生を営んでいる以上、西洋の怪物であるあなたも対象外ではありません」
「つ、つまり?」
「幻想郷の人間の認識におけるあなたの存在というものが、強い吸血鬼という種族から、ただのチスイコウモリという認識になり変わってしまっているのです」
「なんで!?」
まずそこが問題だろう。なぜそんな認識が広まってしまったのか。
「さぁ、きっかけは小さいことだったんじゃないですかね。『いつもえばってるレミリアたんが実はただのチスイコウモリでした、とかだったら萌えね?』『なにそれかわいい』みたいな」
「ぶっ殺すわよ!?」
「私に言わないでくださいよ」
幻想郷にもオタクっているのか。まさか、私のフィギュアとか売買されていないだろうか。
「されてますよ。キリッバージョンと、うーうーバージョン」
「あるのかよ!」
「ちなみに、メイドの姿をした銀髪女性が購入したという情報が入ってます」
「咲夜ぁ!!」
「どうどうどう」
「ええい、宥めるな!」
「いいじゃないですか、もう。別に困ることなんてないんだから」
「急にやる気無くなるな!」
「大体、運命を操る、なんて曖昧な能力、こちらとしても求聞史紀に書く時に迷ったんですからね。質問されたらなんて答えようって。本人に聞いてくださいなんて言ったら、きちんと取材したのかというツッコミが入りそうですし、かと言って万人が納得するような答えなんてないし」
「え、なにそれ、私のせいなの?」
明らかにお前のせいで苦労した、的なオーラ、そして視線が突き刺さる。私か? 私がいけないのか?
「だ、だって……本当にそういう能力なんだし、仕方がないじゃない……」
「じゃあ具体的に説明してくださいよ」
「具体的になんて……こう、感覚よ」
「はん」
鼻で笑われた。
「話になりません。もういいじゃないですか。血を吸う程度の能力とかで。間違えようがありませんよ」
「いいわけないでしょ!」
「その通りよ!」
私が怒鳴ったところで、親しんだ声が混ざってきた。
「パチュリー!」
「話は聞かせてもらったわ、レミィ。あとは私に任せなさい」
なんて頼もしい。ここまで動きやすい大図書館は自動車図書館くらいに他ないだろう。
「具体的には、どうすれば?」
パチェは自信満々に言った。
「レミィだけでなくて、他の奴らも皆、そういう風に貶めてしまえばいいのよ。そうすれば、皆平等よ!」
「それはどういう事?」
「そうね。例えば八雲紫って、なんかカマキリっぽいじゃない。レミィがチスイコウモリになるように、八雲紫もカマキリの妖怪にしてしまえばいいのよ!」
目から鱗だった。
自分の評価を相対的に上げるために、なんの躊躇いもなく他者を貶めるという発想がパチェの中にあるということと、パチェが私のために色々考えてくれているということに対してだ。
「ふふ、ふ……乗ったわ。パチェ。おい、稗田」
「はいはい、なんでしょう」
皿を食らわば毒まで……だっけ。まぁいい。
「私のことをチスイコウモリと書くことは認めよう。どうせ翻らないことなのでしょうし」
「まあ、そうですね」
「だが、条件がある」
「……と、いうと?」
自分でも、悪い顔をしていたと思う。
「私たちも求聞史紀の編纂に参加させろ」
阿求は、話にならない、と肩をすくめた。
「冗談じゃありません。なぜそうなるんです。第一、私にメリットがありません」
「いいじゃない。編纂と言っても私たちが介入するのは、ほんの数人の項目だけよ」
「だめです。私には今まで求聞史紀を執筆してきたという誇りがあるんです」
小娘が生を言いよる。年は向こうが上らしいけど。
「誇り……ねぇ」
その言葉に、パチェが冷笑を浮かべる。
阿求も気に障るところがあったのだろう。明らかに不機嫌な視線をパチェに向けた。
「……なんですか?」
「いえねぇ、里の人間の噂に左右されて求聞史紀の内容を変える人間がのたまう誇りとは、一体どれほど埃っぽいのかしらって思っただけよ」
「この……ッ!」
「印刷費の負担、及び販売ルートの確保」
「――!?」
パチェの言葉に、激昂しかけた阿求が固まる。
「名家とは言え、営利目的で編纂したわけではない本を薄利販売して懐が痛まないってことはないわよね。それに、稗田家は商才でのし上がった家ではないでしょう。紅魔館の人海戦術で販売ルートの確保もしてあげるわよ」
「く……卑怯な!」
パチェすげえ。いつからこんなに頼もしい女になった。伊達に図書館でカビてたわけではなかったわけだ。熟成されたチーズだったってわけだ。
「卑怯? 交渉と言ってほしいわね。それで、どうするの?」
阿求は、口に手を当て俯いた。今、必死で損得計算をしていることだろう。
パチェの手腕に舌を巻いていると、こしょ、とパチェが耳打ちしてきた。
「勢いであんなこと言っちゃったけど、いいわよね?」
あはー、パチェの甘い吐息が耳をくすぐる。
「ええ、ええ。もちろんいいわよ。パチェ大好き」
「あら、そんなこと言っても何も出ないわよ」
と冷静に対応しているつもりでも、耳は真っ赤になっちゃうのがパチェの可愛いところだ。
「……決めました」
阿求が決意した表情で言った。
「……乗りましょう。これも幻想郷をより良くしていくためです」
「ああ言えば賄賂を受け取ったことにならないと思ってる」
「幻・想・郷・の・ためです」
「はいはい」
「ともあれ、取引は成立ね」
「もー好きにしてください」
ふむ。さて、どうするか。私の下がったカリスマを相対的に上げるためには、貶める相手もそれなりの相手でなくてはならない。ぱっと思いつくのは……。
「幽々子。西行寺幽々子よ。まずはあいつにするわ」
「何を書けばいいんですか?」
「そうね……。あいつの正体は、ピンクの吸い込み風船よ。プププランドの住人。ほら、なんでも吸い込むし、髪の毛ピンクだし。うん、決定。あいつはピンクの悪魔よ! 華胥の亡霊なんてカッコいい二つ名は許さないわ!」
「うわー、ひどいですね……」
他人事のように言う阿求。共犯者だという自覚が足りない。
「よし、この調子でどんどん行くわよ、パチェ!」
「オーケィ、レミィ!」
一瞬のアイ・コンタクト。
それだけで、友の――いいや、ここはあえて戦友(とも)と呼ぼう。
戦友(とも)のやる気が伝わってくる。
本気と書いてマジと読ませるような目だった。
本気と書いてノリノリと読ませるほうが正しいかも知れない。
どっちでもいい。
パチェが頼もしい戦友であることに変わりは無い。
ごめんね、パチェ。
実は今まで、私は、貴女の事を、ヴィクトリア朝のふわふわパジャマの紫モヤシだとしか認識していなかったんだ。
もう、その認識は改めるよ。
今度から貴女は、私の中で、紫キャベツにランクアップよ。
大躍進。
二階級特進だ。
ブロッコリーとカリフラワー。
赤いきつねと緑のたぬきぐらいの差があるわ。
……あれ?
白いのがブロッコリーよね?
ま、どっちでもいいわ。
私、ブロリー――ん? 合ってるわよね?――もカリフラワーも嫌いだから食べないし。
残すし。
まぁ、それはさておき。
「さぁ、次は――最近、人間の里に出来たとかいう寺の連中に行きましょう! あのナムサンとか言う奴よ!」
「レミィ。ナムサンでは無くて聖よ。……ハッ! ひじり……ひじき……! 聖は、実は悟りを開いたひじきの化身とかはどうかしら!」
「そ れ だ WA ! さすがはパチェ。流石は紫キャベツ!」
「……それ、どういう意味?」
「何でもない口が滑ったいや褒め言葉だ。それで、それで!? ひじきで、他には!?」
「そうね……彼女の法衣、黒いじゃない。つまりは、あれもひじきよ! 彼女はひじきであるが故に、服もひじきなのよ! つまりは、スッパにひじりを貼り付けているのよ!」
「へ、変態だわ!?」
「ええ。HENTAIよ」
「素晴らしい。それ、採用!」
最早、私は興奮冷めやらぬと言う感じだった。
パチェと二人なら、天下を取れる。
そんな風にさえ錯覚した。
いや、錯覚ではない。
とれるだろう、天下ぐらい。
ああ……いいなぁ。
楽しいなぁ、この作業。
相手の預かり知らぬところで、相手の運命を思うように弄れる辺り、実に私らしくていいぞ。
運命を統べるカリスマたる、私に相応しい作業だ。
私も、その内に求聞史紀ならぬ紅聞史紀を編纂とかするか。
私を頂点においた、真の幻想郷の姿をありありと描き出す歴史書だ。
後世、それを読んだ者たちは私の名を高らかに唱え上げるだろう。
レ ミ リ ア う ー ! !
と。
紅い月を仰ぎ見て万歳三唱。
平伏す民を王座に座り見下ろす私と、その傍らに佇むパチェ。
私は言うわ。
誇り高きチスイコウモリの王として。
「――こんなにも月が紅いから。本気で吸うわよ」
やばい。
格好良く無いかしら?
いいえ。
寧ろ、超☆格好良いわ。
さすがは、私。
チスイコウモリになっても、私のカリスマは留まることをしらない。
ひじきとかに成り果てた奴らとは、雲山の差ね!
「レミィ。雲泥の差よ」
「――細かいことはいいのよ! んで次はあいつよ、幽香!」
性悪女のいやらしい顔を脳裏に浮かべ、そしてすぐさまはたいて散らす。一秒だって考えていたくない! そも、常日頃からあいつは気に入らないのだ。幻想郷最強だのなんだのと、この私を差し置いて偉そうな事を!
「えっ……ゆ、幽香さんですか」
と、それまでのどこかまだ飄々としていた阿求の顔が、突然引きつった。
「何よ」
「いや、うーん……。幽香さんをいじるのはさすがにちょっと恐いのですが……」
「……おい」
ぴくり、と自分でもはっきりと分かるくらい、こめかみのあたりが痙攣する。
「お前、私のことはチスイコウモリだのなんだのとおちょくって……そのくせ幽香は恐いだと? ちょっと、そのあたりを詳しく説明してもらおうか」
「あ、いや、ええと、その」
目の前いる存在が恐ろしい吸血鬼だという事をそろそろ思い出させてやろうか、と怒気をまとって牙を剥いて見せる。するとさすがにこのあんぽんたん娘もいくらかは気づいたようで、一歩二歩、後ずさりをして、愛想笑いを浮かべた。
さぁてもう少し脅かしてその細い首筋をちょいと味見でもさせてもらおうか、なんて舌なめずりをしたところで、
「なんなら、私が教えましょうか?」
平坦な口調のパチュリーがぼそりと余計な口出しをした。
「……いや、それは結構」
折角ホラー映画のワンシーンみたいな雰囲気だったのに、気が抜けてしまった。無遠慮な友人をジト目で睨む。
「ちゃちゃいれないでよ」
「話が進まないでしょ」
阿求がこれ幸いとばかりに、おべっかを言った。
「ゆ、幽香さんは、貴方ほど心が広くありませんから、あは、あはは」
見え透いたお世辞が軽く牙を疼かせるけれど、まぁ、いいでしょ。二人きりじゃなかったのを感謝しなさい。
「……もういいわ。けれど求聞史紀にはしっかり書きなさいよ。でないと、寝てる間に吸血鬼にしちゃうからね」
「は、は、は……で、どうしましょう」
カクン、と脱力するように阿求は溜め息をはいたのだった。
さて、とこちらも気を取り直す。
「風見幽香だけど、たいそうに名前なんか残してやる事はないの。どうせ年中ヒマワリ畑でぼーっとしてるだけの奴なんだから」
「はぁ」
「だから、これで十分よ……『のうかりん』」
「は?」
「の、う、か、り、ん」
阿求はなんとも言えない表情で、唇を小さくぱくぱくさせながら、のうかりん……のうかりん……と何度か呟いていた。「え? まじでそんな事かかなきゃいけないの?」と、受け入れがたい現実を必死で受け入れようとしているよう。
隣でパチェが「え、え? もしかしてシャレ? レミィそれはどうかと思うの」などとのたまっていたが、無視する。
「能力は、そうね……畑を耕す程度の能力」
「そ、それは……なんとも友好度の高そうな妖怪ですね」
「いや友好度は極悪よ。なんてったって、『のうかりん』は知らない者が畑に近寄ると、『オラの大根さとるな!』って顔を真っ赤にしながら肥やしを投げつけてくるんだから」
「こ、こやし……」
「あぁ、どうせ『のうかりん』なんだしそこまで上品に表現しなくていいか。つまり、うんk……」
「わーわー! 肥やしでいいです肥やしで! ゆ、幽香さんに殺されます……」
「うふふ。しっかりと求聞史紀に明記して、後の幻想郷に真実を伝えてね」
とびきりチャーミングな笑顔でにっこりと笑ってみせると、なぜか、阿求は稗田一族の滅亡を予感したかのような、ひからびた笑みを見せたのだった。
「いい笑顔ね、レミィ!」
パチェは、しっかりと褒めてくれたのだけど。
「はぁ……」
溜め息を吐く阿求をよそに、私たちは満足のいく編纂に肩を組んだのだった。
後日。編纂が終わり、求聞史紀は幻想郷に行き渡った。
私たちが編纂に携わった人物らは、しっかりとカリスマを落ち込ませ、相対的に私の評価も上がったということになる。
それはいい。それはいいのだが……。
「はぁい、チスイコウモリさん」
「ご機嫌よう。吸血コウモリさん」
「嗚呼……法の世界に、怒りが満ちる……!」
この状況は、まずいんじゃなかろうか……。
「どうせ私は吸い込み風船だから~。チスイコウモリくらい……丸飲みしちゃうわよ?」
「紅魔館一帯を私の畑にしたので。さっさと立ち退かないとアレぶつけるから」
「他者を不当に貶め、真実を悪戯に捻じ曲げる! 誠に許し難く無知蒙昧である! いざ、南無三──!」
「ちょ、ま――」
幽々子、幽香、聖の怒りを受け、蝶が舞い、緑が生い茂り、経文が飛び交う中――紅魔館は爆発した。
終わり
そしてあっきゅんのその後は一体どうなったのだろう……
ところでひじりんの評価はむしろ高まったと思われるのだがその辺誰か詳しく。
いやあ面白かったです。
楽しく読めました
面白かったです。
パチェとレミリアの掛け合いに腹抱えて笑いました。
ふっくらビクトリア朝パジャマがこんなところで聞けるなんて……。
誤字かな。
吸血鬼の力を以ってしても
-> 吸血鬼の力を以てしても
スッパにひじりを貼り付けているのよ!
-> スッパにひじきを貼り付けているのよ!
予想通りのひどさで満足した。
レミリアがチスイコウモリの妖怪というSSは俺も考えてたけど負けた!この発想は無かったぜ!
しかし合作の良い所であり悪い所でもある作者が変わる事により
文、ノリの違い、ギャグの質のレベルが少し大きく開いてたかなと思いました。
長々と要らない事を言いましたが
最後に一つ、とても面白く笑える作品でした。また御三人様の合作に期待しております。
幽々子様はやはりピンクの吸い込み風船ですよね。
さすがのレミリアも、あの三人相手ではどうしようもないですねww
そして爆発オチww
良かったです!
そういえば、おこったひじきさんは個人的に珍しい気がします
・・・おぜうは馬かよw
幻想郷でフィギュアというと・・・容疑者は
預言者3人。おめでとう!
何故かこの一文で吹いた