「幽夢」
ぽつり、縁側に腰掛けて特に面白味もない庭を眺めながら呟く。
庭に面白味はないが、珍しく博麗としての修行を行っている霊夢を眺めるのは面白かった。
こんな珍しいことをしても、雨も降らなければ参拝客も訪れやしない。
そのことにため息を吐くのは私の役目ではないのだが、何故かため息が出てしまう。
そんな私の様子に気付いたのか、はたまた修行に飽きたのか、霊夢が動作を止めてこちらへと歩み寄ってくる。
そのまま縁側に座る。私の隣だ。
「幽夢って何よ?」
そっちか。てっきり飽きたと思っていた修行も、彼女の中では区切りのいいところまできちんとやっていたわけか。
ちなみに、先程まで霊夢が行っていた修行は体術だった。
人里にも、そうした道場がいくつかあるのは知っているが、霊夢の体術はそのどれにも当てはまらないらしい。
問答無用のパワーで捻じ伏せて戦ってきた私にとっては、体術なんて型にはまったものは不要だったしよくわからないのだが。
ただ、私にもわかることがある。
霊夢の体術は、歴代の博麗の巫女たちも体得していたものであるということを。
そしてその体術は、私を随分てこずらせてくれたものだということを。
そもそもの話、体術以前に博麗が人間としては規格外の戦闘力を持っていたこともあるのだけれど。
……そう言えば、霊夢とは未だ格闘戦で手合わせしたことが無かった。
まぁ、肉弾戦で彼女と戦いたいか、と問われれば「No」と即答するだろうけど。
霊夢も博麗の巫女。その力は歴代の巫女の中でも上位に位置するものだ。戦いの相手としては全く不足はない。
だが同時に、霊夢は私にとってかけがえのない存在なのだ。
彼女の体を殴るなんて、私には出来ない。
とは言っても、弾幕ごっこくらいはするのだけれど。要は物理的に傷つけるのが嫌なのだ、私は。
とにかく、そんな私に出来ることと言えば、今私の隣に腰掛けている愛しい彼女の笑顔を守ることだけだ。
守り続けていくことだけだ。いつまでも。
「ふふ、何だと思う?」
「質問を質問で返すのは感心しないわよ」
少しばかり非難がましい視線を向ける霊夢。
クイズ形式で会話をしていこうと振ったつもりだったが、どうにも彼女はノリが悪かった。
ちょっとは会話を楽しみたいところだったが、「結果よければ全てよし」をポリシーに異変解決に向かう霊夢は、会話においてもその信条を地で行くと暗に言っているので、私は大人しく従うことにした。
しかしながらこの風見幽香、幻想郷でも有数、いや最強の妖怪ではあるが、同時に乙女でもあるのだ。私の件の発言の意味するところを鑑みれば、多少の心の準備というものも必要である。
そこいらへんを、霊夢にも汲み取って欲しかったのだが、どうやらそういった心理的な方面では、自慢の勘も働かないようである。
「もう、しょうがないわねぇ……」
「何がしょうがないのよ」
「うーんと、ね。霊夢を眺めていて、ぼんやり考えていたんだけど、ね」
「ふむ」
「あのね……そのね……『幽夢』っていうのはね……」
「もったいぶらずに言いなさいよ……」
「私と霊夢の間に子供が出来たら――」
「ちょっと待たんかい」
折角答えようとしたのに、間髪入れずに割って入る霊夢。なんて空気の読めない。ここは黙って聞くべきだろうに。
「霊夢、今のはどうかと思うわ」
自分から聞いておいて、何という仕打ちだ。こんな子に育てた覚えは私にはまったく無いのだが。
「いいえ、まさに完璧なタイミングでのツッコミだったわ……。空気読みの女王、永江衣玖氏も納得のツッコミだわ……」
対する霊夢は、自分にまったく非がないことを主張している。納得のツッコミと自賛しているのに、肩を落として俯いている。
2度、3度そのままの姿勢で深いため息を吐いて――本人的には深呼吸だった――、意を決したように再度私に聞いてきた。
「幽香、もう一度聞くわ……幽夢っていうのは、何かしら?」
「私と霊夢に子供が出来たら、二人の名前から一字ずつ取って、幽夢。素敵だと思わない?」
「そうね、お互いの名前から一文字ずつ取っているなんて仲睦まじすぎじゃない。でも、いろいろとおかしいでしょうが」
「おかしい箇所なんてどこにもないじゃない」
「いい、幽香? そもそも私たちは女同士よ。そんな二人の間に子供が生まれるわけないじゃない。あと、当たり前のように結婚している前提もおかしいわ」
「幻想郷は全てを受け入れるのよ、霊夢。それはつまり不可能も可能になる、ということではなくて? あと、婚姻届の受け入れ準備もバッチリよ。霊夢が名前さえ書いてくれればいつでも役場に出せるわ」
バッと霊夢のために空けてある空欄を除いて必要事項を全て記入してある婚姻届を、何故か頭を抱えて悶えている彼女の前に突き出す。
「ぐぬぬ……確かに幻想郷は全てを受け入れるけど……! でも、あんたと結婚っていうのはちょっと……」
「どうしてよ、私は霊夢のことをとても愛しく思っているのに」
「いや、なんていうか、私にとって幽香は……お姉……ちゃん、みたいな……家族、みたいな関係だと思っている……から」
「……」
そう言って、霊夢は顔を赤くして俯いてしまった。
幼い時分は、よく言ってくれた「お姉ちゃん」という呼称を、久方ぶりに使ってくれた。
私は、霊夢が小さい頃から可愛がってきた。それこそ、実の姉のつもりで。
しかし、霊夢が正式な博麗の巫女の役目に就いてからは呼んでくれなくなった。
それでも、口では呼んでくれなくとも、心の中では私のことを「お姉ちゃん」と思ってくれていた。
それはつまり――。
「姉さん女房ということでいいのかしら?」
「違うわ!」
即答された。
「え、違うの?」
「何か悪いものでも食べたんじゃないの? 今日のあんた、明らかに脳内がお花畑よ……」
「あら、確かに私の脳内はいつもお花畑よ。そしてその中心にいるのは私と霊夢。二人でいつもイチャイチャしているわ……でも、空想だけじゃ物足りないから現実でもイチャイチャしましょう!」
ガバッと霊夢に飛びつく。
油断していたのか、あっという間に組み伏せることが出来た。
さぁ、目一杯イチャイチャしましょう!
「こっ、こら! やめんかー!」
「いいのよ、霊夢! リードは私がするわ! なんたって姉さん女房ですから!?」
「ひゃあっ! どこ触って……! この馬鹿姉……落ち着かんかー!!」
霊夢が懐から何やら御札を出すのが見えた瞬間、私は熱と電気が体中に走るのを感じ、そして視界は真っ白に染まった――。
私は縁側に腰掛けている。
一時前と変わらない位置だが、先程と違う点がある。
「霊夢、前が見えないわ。あと、すごく熱い。おまけにビリビリする」
額に御札が付けられているのだ。
何でも特別製らしく、全身に熱と痺れが襲ってくる。
その効果は、この私でさえ動くことが出来ないほどだ。
ただ、『ただいま反省中』と御札に書かれているのは、何とかしたいところだ。
見世物もいいところである。
こんなところを天狗にでも見つかってしまったら、それこそ霊夢に責任を取ってもらう他ない事態に陥ることだろう。
あ、それならそれでアリかもしれない。よし、早速チルノをエサに天狗と交渉……って動けないんだったわ。頓挫。
「そりゃ、御札は妖怪に効果があるものだもの。少しは頭が冷えたかしら?」
「御札を外してくれれば、冷えると思うわ」
「そう……じゃあ早苗から貰った妖力を奪っていく御札のほうがいいかしら? これならよく冷えるでしょう」
「酷いわ、霊夢。お姉ちゃんはそんなサディスティックな女の子に育てた覚えは無いわよ?」
よよよ、とわざとらしく泣いてみる。
霊夢は呆れたようにため息を吐く。
「……あんたを見て育ったから、こうなってるんじゃない……」
「ん、なに?」
「な、何でもないわ!」
何だろう、今すごく嬉しいことを言ってくれたような気がしたのだけれど、如何せん小声だったので聞き取れなかった。
「まったく……ちっとも反省していないわね……」
ゆらり、と霊夢が立ち上がり、私の傍らに寄ってきた。
そして、肩膝を突いて私の耳元で囁くように宣告する。
「これはおしおきを追加しないとダメなようね……」
「……!」
ゾワゾワ、と耳から全身へと怖気が通り抜ける。
この私が……恐怖を感じている?
あぁ……かつての可愛らしい向日葵のような笑顔を私に見せてくれた霊夢は一体いずこへ……?
そんな過去の情景に思いを馳せていると――。
「私がいいって言うまで、動いちゃいけないわよ?」
霊夢がそう釘を刺す。
私は、一体彼女がどんなおしおきをするつもりなのだろうか、とただただ身構えるしかなかった。
だが次の瞬間私が感じたのは、痛みでも熱さでもなく、やわらかい感触が膝に広がっただけであった。
「私は今から一眠りするから。起きるまでじっとしてなさい。御札もそのまま」
――おしおきは、膝枕だった。
むしろご褒美だった。
「幽香」
霊夢が口を開く。
「私たちが結婚するとかは、今は荒唐無稽にしか聞こえないけど……」
「うん……」
「……幽夢って名前は、確かに素敵な名前だと思うわ」
「ふふ、そうでしょう?」
「ええ……響きがとてもいいわ……」
かなりまどろみの中に落ちているのだろう。とろんとした、どこか甘えているような声。
「じゃあ、私は寝るわ……おやすみ……幽香お姉ちゃん」
そう言って彼女は目を瞑ったのだろう、しばらくすると規則正しい寝息を立て始めた。
「おやすみなさい、霊夢」
私は霊夢のそれに合わせて、彼女が起きるまで頭を撫でていた。
懐かしい響きの余韻を、感じながら。
だが待って欲しい、幽夢…ゆゆれいむの可能性もあるのではないか?
素敵なお話有難うございました
次も期待して待ってますよ~
後は作るだけですね
タイトルはそれとかけたのか、偶然なのか。
いいなぁ、幽香さんをお姉ちゃんって呼ぶ霊夢。
あとスキマの向こうでハンカチ噛んでる紫の姿が見えた気がした。
霊夢のお姉さんをしてる幽香はいいものだ。
まさかのお姉ちゃん幽香とは^^
ご馳走様でした!