カチカチとゼンマイ仕掛けの懐中時計が時を刻む。短針が指す数字は3――もうすぐ約束の時間だ。
文字盤から目を上げると、パーフェクトに整えられた応接室が視界に広がる。客人を迎える準備は十分。
「お客様をお連れしました」
「通してちょうだい」
約束の時間ピッタリに、咲夜がドアをノックする。
ドアの向こうの彼女へ通す様に言うと、ゆっくりとドアが開き、咲夜と連れられた少女が一人応接室に姿を現す。
赤みがかった紫の髪に、ハートの飾りが付いたカチューシャ。水色の上着にピンクのスカート。
そして、身体に纏わり付くコードと、その先に繋がる第三の目。
地霊殿の主人にして覚り妖怪――そして、私の客人、友人の古明地さとり。
さとりを案内し終えると、咲夜は音もなくその場から消える。部屋に残ったのは、私とさとりの二人だけ。
「ようこそ紅魔館へ。貴女を歓迎するわ」
「ご招待に預かり光栄です」
友人と会うにはちょっと大げさすぎるかもしれないけど、最初くらいは貴族らしくしてみるのも悪くないわよね。
「今日来てもらったのは、前言ったとおり、相談に乗って欲しい事があるの」
「ふむ、妹に避けられている様な気がすると」
「そうなのよ。この前の異変以来、それなりに良い感じだったのに、どうも最近様子がおかし……」
言い終えようとしたその瞬間、後ろでガラスがくだける轟音が炸裂した。
状況は全く分からないが、やるべき事は一つ。
飛び上がってテーブルの真ん中に手を着き宙返り。
軽やかにさとりの隣に着地し、両手を広げてさとりを庇う。
「どういうつもりからしら? 出てきなさい」
精一杯低くした、ドスを利かせた声で、未だ姿が見えない襲撃者に凄む。
「どういうつもりか聞きたいのはこっちの方だよ、お姉ちゃん」
反応は意外とすぐに返ってきた。
ガラスがくだけた窓から顔を覗かせたのは、大きな黄色いリボンがあしらわれた黒い帽子。
「こ、こいし?」
その声と姿に、さとりがうろたえた声を上げる。
窓枠をぴょんと跳び越えて絨毯に上に降り立ったのは、さとりの妹の古明地こいし。
可愛らしい笑みを浮かべているが、先ほどの破壊行動は恐らく彼女の手によるもの。穏便には済まない予感がする。
「そうですわ、お姉様」
「なっ――」
今度は私がうろたえる番だった。
背後から聞こえてきたのは、我が愛しの妹、フランの声。いつもと変わらない可愛らしい声。
でも、私には分かる。彼女の姉だから分かる。
彼女を愛しているから分かる。
彼女は、
妹は、
フランは――怒っている。
「私というものが有りながら、他の女を連れ込むなんてどういう事かしら?」
「親友の姉に手を出すなんて……」
「ま、待って、フラン」
「お、落ち着いて、こいし」
さとりと一緒に二人を宥めようとするけど、私たちの声など聞く耳を持たない様子。
むしろ、突き刺さる殺気がより鋭く強くなっていく。
「「少し頭冷やそうか」」
「ひとまず逃げるわよ、さとり!」
二人がスペルカードを構えたのを見て、先手を打って脱出する。
さとりを抱え上げながら飛び立ち、フランの真上の壁に飛びつく。
「あ、あの……高速機動は慣れてなくて……」
「じゃあ、これで慣れると良いわ。デーモンロードアロー!」
貼り付いた壁から、斜め下に真っ直ぐ突進する。
反射的に射線から飛び退いたこいしの脇を一瞬で通り過ぎ、ガラスが飛び散った窓枠を突き抜ける。
勢いを殺しながら中庭に降り立ち、腕の中のさとりの様子を窺う。
「ごめん、大丈夫?」
「なん……とか……」
あまり大丈夫では無さそうだ。良い具合に目にハイライトが無い。
休ませられる場所を探して周囲に視線を投げると、窓から飛び出してくる妹たちが視界を掠める。
ゆっくりしている暇は無さそうだ。
「もう少し辛抱してくれ」
「え、レミリ……」
さとりを抱えたまま、地を這う様な挙動のデーモンロードウォークで妹たちの弾幕を切り裂いていく。
さとりには申し訳ないけど、もう少し高速機動に付き合ってもらおう。
一人で妹たちの相手が出来ないという訳じゃないけど、さとりを守りながらだと話は変わってくる。
二人で協調するか、せめて一人で縛り無しでないと、妹たちを大人しくさせるのは難しい。
どちらを取るにせよ、一度安全な場所で体勢を立て直す必要がある。
だから、今は逃げの一手。妹たちを振り切ることだけを考えて飛び回る。
さとり、大丈夫よね……?
「ここならしばらく大丈夫そうね」
「そのようですね……」
私とさとりが居るのは、紅魔館の裏口の脇。
中庭を中心に、表側で引っかき回して弾幕を撒かせて、その弾幕隠れて妹たちの攻撃範囲から脱出してきた。
頭に血が上った彼女たちなら、出し抜けると踏んでの作戦だったけど、今のところうまくいっている様だ。
とはいえ、このまま逃げ続けるのもじり貧。何か手を考えなければ。
「私に出来るのは弾幕とさっきのみたいな高速機動。貴女は?」
「意識に眠るトラウマを呼び起こして弾幕に……早い話が弾幕のコピーですね」
「ふむ……例えば?」
さとりは黙って一枚のスペルカードを見せる。
書かれているのは、渦を巻く青白い稲光。
「一番強かった時のをご用意出来ますよ」
眉一つ動かさず、さとりが付け加える。
「良いもの持ってるじゃない」
これなら妹たちを相手しても不足はない。
とはいえ、宣言から制圧まで若干のタイムラグがある。普通に宣言していては潰されて終わり。
少しでも妹たちの注意を逸らさなければ、成功しない。
ある程度目立って、後隙が少なく離脱しやすいもの……あった。
「私が囮になるから、その間にそれで妹たちを。最後に割るのは私がやる」
「やりたい事は分かりました。勝算は?」
「友人は信用するものさ」
仕方ありませんね、という顔でさとりが微笑む。okという事だろう。
地面から軽く飛び立ち、低空飛行で建物の端まで向かう。後ろから同じようにさとりが続く。
陰から覗くと、中庭には散発的に弾幕が着弾し、ガレキを量産していた。
弾幕の密度は低い。条件はクリアされた。
「まずは私が二人の注意を逸らすから、その隙に貴女は遊泳弾を想起してちょうだい」
「その後はグングニルからシーリングフィアの衝撃波ですか。私も何か適当に重ねましょう」
「……ああ、頼む」
微妙なやりにくさを感じながら、スキルカードを四枚使う。これでシーリングフィアLVMAX。
「よし、準備は整った。後を任せて良いか?」
「友人は信用するものです」
「くくっ、そうだったな」
思わず零れた笑みを噛み殺して一枚目のスペルカードを取り出す。
カードの表を彩るのは、渦巻く真紅のオーラ。
「手筈通り頼むぞ、友人! 夜符「デーモンキングクレイドル」!」
斜め上方向の弾幕が切れるのを見計らってスペルカードを宣言。
真紅のオーラをまき散らしながら、弾幕の隙間を突進する。
錐もみ回転から解放されて自由になると、すぐ後ろに妹たちの弾幕が迫る。陽動は成功。後は回避してさとりを待つだけ。
空中ダッシュでグレイズしながら回避。
地上を見下ろすと、ガレキの隙間から青白い稲光が広がっていくのが見える。さとりも上手くやった様だ。
妹たちも気付いた様子だが、広がり始めたアレを止めるのは並の弾幕では不可能。
妹たちは自分たちのの弾幕がかき消されるのを見て回避を始める。
「気を付けなさい」
二枚目のスペルカードを取り出し、妹たちが逃げる方向へ照準を合わせる。
「その遊泳弾は八コスよ。夜符「バッドレディスクランブル」!」
再び真紅のオーラを纏って錐もみ回転しながら突進。さとりの遊泳弾から逃れようとする妹たちの行く手を阻む。
直前で回避行動を取ったらしく、直撃させることは出来なかったが、もとよりこれは移動用。本番はここから。
着地から慣性を殺しながら反転。砂煙の向こうに浮かぶ二人分のシルエットを見据えて、三枚目のスペルカードを取り出す。
「神槍……っ――」
スペルカードを構えた瞬間、言いようのない悪寒が全身を走った。
吸血鬼の直感が、妖怪の本能が、危ないと叫んでいる。
効力を発揮する寸前だったグングニルのカードを投げ捨てて回避行動に入る。
「「禁忌「クランベリートラップ」」」
直後、両側から愛しい妹の声。
そして、さっきまでいた場所に殺到する弾幕。
フランが二人。なんと甘美な響きだろうか。
しかし、ここは戦場。あまり悠長なことは言ってられない。
フランが二人と言う事はフォーオブアカインドの分身だろう。つまり、こいしと分身含めた五人が相手。
一方見えているのは、直接相手しているフラン二人と、砂煙の向こうに見えた二人の合計四人。
足りない一人がさとりに向かっていたら、早く合流しないと危ないことになる。
分身とは言えフランの危険度は折り紙付き。こいしにしたって、さとりよりは直接戦闘向けに見える。
そうとなれば、目の前の二人のフランを相手している暇はない。
分身なら二人とも片付けるのは造作もないが、本物が混じっていると厄介だ。ここはさとりとの合流を優先すべき。
再び迫るフランたちの弾幕をバックステップで回避し、間髪入れずにウォークで弾幕を切り裂き、フランたちの間を駆け抜ける。
相手の弾幕を盾にした奇襲は成功し、後ろに回った私に反応出来ていない。
その間にサーヴァントフライヤーを展開し、空中へ離脱。
フランたちは後ろから迫るフライヤーを捌くのに手間取っている様子。
こちらは悠々と遊泳弾の中心方向を確認し、シーリングフィアで飛び込む。
中心部に着地して、反動の飛び上がりから降下しながら状況を確認。
上空に、ゆっくりとした飛翔で弾幕を回避するさとりと、それを追うこいし。
「さとりっ!」
「「お姉様の相手は私よ」」
そして、再び両方から聞こえるフランの可愛らしい声。
反射的にバックステップ。かすったフランのツメがスカートの端を切り飛ばす。
さっき一瞬見えたさとりは回避に手一杯で余裕は無さそうに見えた。長くは保たないかもしれない。
しかし、こちらもこちらで、フラン二人の奇襲からの攻撃を捌かなければならない。
「夜王「ドラキュラクレイドル」!」
考えるより先に身体が動いていた。身体に纏った真紅のオーラが飛びかかってくるフランたちを弾き飛ばす。
切り返しには使えないが、飛び込みを狩ることぐらいは出来るスペル。無意識の選択もなかなか悪くない。
フランたちを弾き飛ばしながら上昇を続け、あっというまにさとりの目の前まで到達。
こいしをオーラに巻き込みながらさとりに抱きつく。
ここでスペル終了。
上昇が止まり、自由落下が始まる。
腕の中のさとりを庇って身体を反転させて自分が下になる。
さとりだって妖怪だから、それなりに身体は頑丈だろうけど、まあ気分の問題だ。
こんな、ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうな華奢な身体から地面に落ちるなんて気分が悪い。
「あ……え……」
腕の中のさとりが随分と可愛らしい声を漏らす。
普段のさとりと言えば、何事にも達観した様な喋り口が印象的。
なのに、こんな弱々しい声も出せるなんて、ちょっと意外で――そして、ステキだと……ってアレ?
「……」
「……」
腕の中に居たのは、薄緑の髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女――こいしだった。
どうしてさとりじゃないの。
っていうか、なんで顔赤くしてるのよ!?
ハグなんてただの挨拶じゃない、そうよ挨拶よ!
だから、その潤んだ瞳を――
「いっ――」
強かに背中を地面にぶつけた。
ちょっと予想外の事が起きた程度で動揺するなんて情けない。
だけど、全身を駆け巡る衝撃と痛みのおかげで、意識はハッキリしてきた。
こいしは私がクッションになって無事。
目をギュッと瞑って私にしがみついているのがちょっと可愛い……ってそうじゃなくて!
問題は跳ね飛ばしてしまったさとりの方。
フランは……まあ、大丈夫だろう。吸血鬼だし、何よりこの私の妹だ。この程度でケガするほど柔じゃ……
「お姉様……そんなに私の事が邪魔なの……? そんなにこいしがいいの……?」
「そうでしたか。私に近づいたのもこの為でしたか」
辺りの空気がピンと張り詰める。ゾクゾクとした悪寒が全身を這い上がり、冷や汗が垂れる。
右斜め前にフラン、反対側にさとり。二人とも手にはスペルカードを構えている。
「ま、待って、フラン! そういうつもりじゃないの! さ、さとり! お、お前なら、分かるだろ! 私の心を読めば!」
「言い訳は後で聞きますわ、お姉様」
「分かるには分かりますが、それとこれとは話が別。こいしに抱きつくなんて、そんな羨ま……もといけしからん事は、姉である私が許しません」
ああ……駄目だこいつら、話聞く気ねぇ!
っていうかこいつら、こいしごとぶっ飛ばす気満々過ぎる!
逃げるのは……無理そうだ。
十字砲火のポジションを取られてしまっているし、地面に打ち付けた時の痺れが取れてない。
どうすれば……!
「禁忌「レーヴァテイン」!」
「想起「グングニル」!」
必殺の槍が放たれる。
禁忌の剣が振るわれる。
悩んでいる時間はない。ともかくこの一撃を耐える!
「紅魔「スカーレットデビル」!」
軽く上体を起こしてスペルカードを切る。
瞬間的に真紅のオーラが立ち上り、同時に私とこいしの身体を引き上げる。
次の瞬間、足下をグングニルとレーヴァテインが貫いていく。
なおも全てを焼き切るオーラは燃え続け、巨大な紅色の十字架を造り上げる。
何者も寄せ付けない防御と最強の火力。「紅魔」の名を冠するに相応しいスペルだ。
スペルカードの効果時間が終わり、周囲の空気を灼き尽くしたオーラが収まると、身体はゆっくりと降下を始める。
バランスを崩したこいしを慌てて支えると、思いがけず俗に言うお姫様抱っこの体勢に。
フランもこうやって腕の中に収まってくれたら可愛いのに……。
「お姉様……」
「レミリアさん……」
そんなことを考えながら地面に降り立つと、フランとさとりの射る様な視線が身体を突き刺していく。
「フラン……さとり……」
「何かしら?」
「何でしょう」
……うん、これは何を言っても無駄だろう。
腹をくくるしかない。
「私に弁解の機会は有るかしら?」
返事は両側から繰り出された拳だった。
「ん……」
「……お目覚めですか」
ここは……天井は見慣れた紅魔館の天井で……
「気を失ってしまわれましたので、ひとまずレミリアさんの自室に運びました」
「ああ、そうか。ありがとう」
大分思い出してきた。
スカーレットデビルの後隙にフランとさとりからカウンターを入れられて……まあ、アフターケアはしっかりしてるから、水に流してやろう。
「それは助かります」
「……やっぱり、一発殴らせろ」
「あら、お姉様、もう起きたの?」
さらにフランの声も聞こえてくる。
相変わらず手厳しい。
「こうは言ってますが、結構心配してたので、ツンデレですね」
「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ!?」
「フランはお姉ちゃんのこと大好きだもんねー」
「こ、こいしも変な事言わないで!」
フランが私の事を好き……?
一体どういうこと?
大体、最近のフランは、私を避けてばっかりで……
「まあ、仕方ないよね。こんなに格好いいお姉ちゃんだものっ」
「おっ……と。いきなり飛びつくのは……っ」
サーッと辺りに冷たい空気が張り詰める。
……この感じは前にもあった。
そう、あの誤爆したドラキュラクレイドルの後……!
「さぁ、こいしから離れてもらいましょうか」
「お姉ちゃんは渡さないわよ……!」
「二人とも落ち着きなさい。ほら、貴女も」
今ならまだ戻れる……!
最悪の事態は避けれ……
「フランとお姉ちゃんこわーい。レミリアお姉ちゃん、守って?」
なんて事をいって、ぎゅっと私にしがみつく。
「……」
「……」
黙ってスペルカードを取り出す二人。
周囲の気温がガクッと下がり、全身を突き刺す殺気は鋭さを増した。
うん、最悪だ。
一体どういうつもりなのかしら……ちょっと可愛いのは否定出来ないけど。
……と、ひとまずは部屋から脱出しなければ不味そうだ。
アローで壁に貼り付いて……
「想起「ミゼラブルフェイト」!」
「禁弾「カタディオプトリック」!」
……なんで、垂直上昇して天井に張り付いてるのかしら?
これじゃまるでシーリングフィアじゃない……って、そう言えば、さっき書き換えたんだった。
グングニルの後に衝撃波を当てようって。
すっかり忘れてたわ……。
まあ、今更どうしようもない。
私に出来るのは、スキルを完走させて着地すること。
着地後の状況が絶望的だけど、出来る事をやるしかない。
二人のスペルが作り出す弾幕に向けて……って、あれ? シーリングの降下にグレイズって――
文字盤から目を上げると、パーフェクトに整えられた応接室が視界に広がる。客人を迎える準備は十分。
「お客様をお連れしました」
「通してちょうだい」
約束の時間ピッタリに、咲夜がドアをノックする。
ドアの向こうの彼女へ通す様に言うと、ゆっくりとドアが開き、咲夜と連れられた少女が一人応接室に姿を現す。
赤みがかった紫の髪に、ハートの飾りが付いたカチューシャ。水色の上着にピンクのスカート。
そして、身体に纏わり付くコードと、その先に繋がる第三の目。
地霊殿の主人にして覚り妖怪――そして、私の客人、友人の古明地さとり。
さとりを案内し終えると、咲夜は音もなくその場から消える。部屋に残ったのは、私とさとりの二人だけ。
「ようこそ紅魔館へ。貴女を歓迎するわ」
「ご招待に預かり光栄です」
友人と会うにはちょっと大げさすぎるかもしれないけど、最初くらいは貴族らしくしてみるのも悪くないわよね。
「今日来てもらったのは、前言ったとおり、相談に乗って欲しい事があるの」
「ふむ、妹に避けられている様な気がすると」
「そうなのよ。この前の異変以来、それなりに良い感じだったのに、どうも最近様子がおかし……」
言い終えようとしたその瞬間、後ろでガラスがくだける轟音が炸裂した。
状況は全く分からないが、やるべき事は一つ。
飛び上がってテーブルの真ん中に手を着き宙返り。
軽やかにさとりの隣に着地し、両手を広げてさとりを庇う。
「どういうつもりからしら? 出てきなさい」
精一杯低くした、ドスを利かせた声で、未だ姿が見えない襲撃者に凄む。
「どういうつもりか聞きたいのはこっちの方だよ、お姉ちゃん」
反応は意外とすぐに返ってきた。
ガラスがくだけた窓から顔を覗かせたのは、大きな黄色いリボンがあしらわれた黒い帽子。
「こ、こいし?」
その声と姿に、さとりがうろたえた声を上げる。
窓枠をぴょんと跳び越えて絨毯に上に降り立ったのは、さとりの妹の古明地こいし。
可愛らしい笑みを浮かべているが、先ほどの破壊行動は恐らく彼女の手によるもの。穏便には済まない予感がする。
「そうですわ、お姉様」
「なっ――」
今度は私がうろたえる番だった。
背後から聞こえてきたのは、我が愛しの妹、フランの声。いつもと変わらない可愛らしい声。
でも、私には分かる。彼女の姉だから分かる。
彼女を愛しているから分かる。
彼女は、
妹は、
フランは――怒っている。
「私というものが有りながら、他の女を連れ込むなんてどういう事かしら?」
「親友の姉に手を出すなんて……」
「ま、待って、フラン」
「お、落ち着いて、こいし」
さとりと一緒に二人を宥めようとするけど、私たちの声など聞く耳を持たない様子。
むしろ、突き刺さる殺気がより鋭く強くなっていく。
「「少し頭冷やそうか」」
「ひとまず逃げるわよ、さとり!」
二人がスペルカードを構えたのを見て、先手を打って脱出する。
さとりを抱え上げながら飛び立ち、フランの真上の壁に飛びつく。
「あ、あの……高速機動は慣れてなくて……」
「じゃあ、これで慣れると良いわ。デーモンロードアロー!」
貼り付いた壁から、斜め下に真っ直ぐ突進する。
反射的に射線から飛び退いたこいしの脇を一瞬で通り過ぎ、ガラスが飛び散った窓枠を突き抜ける。
勢いを殺しながら中庭に降り立ち、腕の中のさとりの様子を窺う。
「ごめん、大丈夫?」
「なん……とか……」
あまり大丈夫では無さそうだ。良い具合に目にハイライトが無い。
休ませられる場所を探して周囲に視線を投げると、窓から飛び出してくる妹たちが視界を掠める。
ゆっくりしている暇は無さそうだ。
「もう少し辛抱してくれ」
「え、レミリ……」
さとりを抱えたまま、地を這う様な挙動のデーモンロードウォークで妹たちの弾幕を切り裂いていく。
さとりには申し訳ないけど、もう少し高速機動に付き合ってもらおう。
一人で妹たちの相手が出来ないという訳じゃないけど、さとりを守りながらだと話は変わってくる。
二人で協調するか、せめて一人で縛り無しでないと、妹たちを大人しくさせるのは難しい。
どちらを取るにせよ、一度安全な場所で体勢を立て直す必要がある。
だから、今は逃げの一手。妹たちを振り切ることだけを考えて飛び回る。
さとり、大丈夫よね……?
「ここならしばらく大丈夫そうね」
「そのようですね……」
私とさとりが居るのは、紅魔館の裏口の脇。
中庭を中心に、表側で引っかき回して弾幕を撒かせて、その弾幕隠れて妹たちの攻撃範囲から脱出してきた。
頭に血が上った彼女たちなら、出し抜けると踏んでの作戦だったけど、今のところうまくいっている様だ。
とはいえ、このまま逃げ続けるのもじり貧。何か手を考えなければ。
「私に出来るのは弾幕とさっきのみたいな高速機動。貴女は?」
「意識に眠るトラウマを呼び起こして弾幕に……早い話が弾幕のコピーですね」
「ふむ……例えば?」
さとりは黙って一枚のスペルカードを見せる。
書かれているのは、渦を巻く青白い稲光。
「一番強かった時のをご用意出来ますよ」
眉一つ動かさず、さとりが付け加える。
「良いもの持ってるじゃない」
これなら妹たちを相手しても不足はない。
とはいえ、宣言から制圧まで若干のタイムラグがある。普通に宣言していては潰されて終わり。
少しでも妹たちの注意を逸らさなければ、成功しない。
ある程度目立って、後隙が少なく離脱しやすいもの……あった。
「私が囮になるから、その間にそれで妹たちを。最後に割るのは私がやる」
「やりたい事は分かりました。勝算は?」
「友人は信用するものさ」
仕方ありませんね、という顔でさとりが微笑む。okという事だろう。
地面から軽く飛び立ち、低空飛行で建物の端まで向かう。後ろから同じようにさとりが続く。
陰から覗くと、中庭には散発的に弾幕が着弾し、ガレキを量産していた。
弾幕の密度は低い。条件はクリアされた。
「まずは私が二人の注意を逸らすから、その隙に貴女は遊泳弾を想起してちょうだい」
「その後はグングニルからシーリングフィアの衝撃波ですか。私も何か適当に重ねましょう」
「……ああ、頼む」
微妙なやりにくさを感じながら、スキルカードを四枚使う。これでシーリングフィアLVMAX。
「よし、準備は整った。後を任せて良いか?」
「友人は信用するものです」
「くくっ、そうだったな」
思わず零れた笑みを噛み殺して一枚目のスペルカードを取り出す。
カードの表を彩るのは、渦巻く真紅のオーラ。
「手筈通り頼むぞ、友人! 夜符「デーモンキングクレイドル」!」
斜め上方向の弾幕が切れるのを見計らってスペルカードを宣言。
真紅のオーラをまき散らしながら、弾幕の隙間を突進する。
錐もみ回転から解放されて自由になると、すぐ後ろに妹たちの弾幕が迫る。陽動は成功。後は回避してさとりを待つだけ。
空中ダッシュでグレイズしながら回避。
地上を見下ろすと、ガレキの隙間から青白い稲光が広がっていくのが見える。さとりも上手くやった様だ。
妹たちも気付いた様子だが、広がり始めたアレを止めるのは並の弾幕では不可能。
妹たちは自分たちのの弾幕がかき消されるのを見て回避を始める。
「気を付けなさい」
二枚目のスペルカードを取り出し、妹たちが逃げる方向へ照準を合わせる。
「その遊泳弾は八コスよ。夜符「バッドレディスクランブル」!」
再び真紅のオーラを纏って錐もみ回転しながら突進。さとりの遊泳弾から逃れようとする妹たちの行く手を阻む。
直前で回避行動を取ったらしく、直撃させることは出来なかったが、もとよりこれは移動用。本番はここから。
着地から慣性を殺しながら反転。砂煙の向こうに浮かぶ二人分のシルエットを見据えて、三枚目のスペルカードを取り出す。
「神槍……っ――」
スペルカードを構えた瞬間、言いようのない悪寒が全身を走った。
吸血鬼の直感が、妖怪の本能が、危ないと叫んでいる。
効力を発揮する寸前だったグングニルのカードを投げ捨てて回避行動に入る。
「「禁忌「クランベリートラップ」」」
直後、両側から愛しい妹の声。
そして、さっきまでいた場所に殺到する弾幕。
フランが二人。なんと甘美な響きだろうか。
しかし、ここは戦場。あまり悠長なことは言ってられない。
フランが二人と言う事はフォーオブアカインドの分身だろう。つまり、こいしと分身含めた五人が相手。
一方見えているのは、直接相手しているフラン二人と、砂煙の向こうに見えた二人の合計四人。
足りない一人がさとりに向かっていたら、早く合流しないと危ないことになる。
分身とは言えフランの危険度は折り紙付き。こいしにしたって、さとりよりは直接戦闘向けに見える。
そうとなれば、目の前の二人のフランを相手している暇はない。
分身なら二人とも片付けるのは造作もないが、本物が混じっていると厄介だ。ここはさとりとの合流を優先すべき。
再び迫るフランたちの弾幕をバックステップで回避し、間髪入れずにウォークで弾幕を切り裂き、フランたちの間を駆け抜ける。
相手の弾幕を盾にした奇襲は成功し、後ろに回った私に反応出来ていない。
その間にサーヴァントフライヤーを展開し、空中へ離脱。
フランたちは後ろから迫るフライヤーを捌くのに手間取っている様子。
こちらは悠々と遊泳弾の中心方向を確認し、シーリングフィアで飛び込む。
中心部に着地して、反動の飛び上がりから降下しながら状況を確認。
上空に、ゆっくりとした飛翔で弾幕を回避するさとりと、それを追うこいし。
「さとりっ!」
「「お姉様の相手は私よ」」
そして、再び両方から聞こえるフランの可愛らしい声。
反射的にバックステップ。かすったフランのツメがスカートの端を切り飛ばす。
さっき一瞬見えたさとりは回避に手一杯で余裕は無さそうに見えた。長くは保たないかもしれない。
しかし、こちらもこちらで、フラン二人の奇襲からの攻撃を捌かなければならない。
「夜王「ドラキュラクレイドル」!」
考えるより先に身体が動いていた。身体に纏った真紅のオーラが飛びかかってくるフランたちを弾き飛ばす。
切り返しには使えないが、飛び込みを狩ることぐらいは出来るスペル。無意識の選択もなかなか悪くない。
フランたちを弾き飛ばしながら上昇を続け、あっというまにさとりの目の前まで到達。
こいしをオーラに巻き込みながらさとりに抱きつく。
ここでスペル終了。
上昇が止まり、自由落下が始まる。
腕の中のさとりを庇って身体を反転させて自分が下になる。
さとりだって妖怪だから、それなりに身体は頑丈だろうけど、まあ気分の問題だ。
こんな、ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうな華奢な身体から地面に落ちるなんて気分が悪い。
「あ……え……」
腕の中のさとりが随分と可愛らしい声を漏らす。
普段のさとりと言えば、何事にも達観した様な喋り口が印象的。
なのに、こんな弱々しい声も出せるなんて、ちょっと意外で――そして、ステキだと……ってアレ?
「……」
「……」
腕の中に居たのは、薄緑の髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女――こいしだった。
どうしてさとりじゃないの。
っていうか、なんで顔赤くしてるのよ!?
ハグなんてただの挨拶じゃない、そうよ挨拶よ!
だから、その潤んだ瞳を――
「いっ――」
強かに背中を地面にぶつけた。
ちょっと予想外の事が起きた程度で動揺するなんて情けない。
だけど、全身を駆け巡る衝撃と痛みのおかげで、意識はハッキリしてきた。
こいしは私がクッションになって無事。
目をギュッと瞑って私にしがみついているのがちょっと可愛い……ってそうじゃなくて!
問題は跳ね飛ばしてしまったさとりの方。
フランは……まあ、大丈夫だろう。吸血鬼だし、何よりこの私の妹だ。この程度でケガするほど柔じゃ……
「お姉様……そんなに私の事が邪魔なの……? そんなにこいしがいいの……?」
「そうでしたか。私に近づいたのもこの為でしたか」
辺りの空気がピンと張り詰める。ゾクゾクとした悪寒が全身を這い上がり、冷や汗が垂れる。
右斜め前にフラン、反対側にさとり。二人とも手にはスペルカードを構えている。
「ま、待って、フラン! そういうつもりじゃないの! さ、さとり! お、お前なら、分かるだろ! 私の心を読めば!」
「言い訳は後で聞きますわ、お姉様」
「分かるには分かりますが、それとこれとは話が別。こいしに抱きつくなんて、そんな羨ま……もといけしからん事は、姉である私が許しません」
ああ……駄目だこいつら、話聞く気ねぇ!
っていうかこいつら、こいしごとぶっ飛ばす気満々過ぎる!
逃げるのは……無理そうだ。
十字砲火のポジションを取られてしまっているし、地面に打ち付けた時の痺れが取れてない。
どうすれば……!
「禁忌「レーヴァテイン」!」
「想起「グングニル」!」
必殺の槍が放たれる。
禁忌の剣が振るわれる。
悩んでいる時間はない。ともかくこの一撃を耐える!
「紅魔「スカーレットデビル」!」
軽く上体を起こしてスペルカードを切る。
瞬間的に真紅のオーラが立ち上り、同時に私とこいしの身体を引き上げる。
次の瞬間、足下をグングニルとレーヴァテインが貫いていく。
なおも全てを焼き切るオーラは燃え続け、巨大な紅色の十字架を造り上げる。
何者も寄せ付けない防御と最強の火力。「紅魔」の名を冠するに相応しいスペルだ。
スペルカードの効果時間が終わり、周囲の空気を灼き尽くしたオーラが収まると、身体はゆっくりと降下を始める。
バランスを崩したこいしを慌てて支えると、思いがけず俗に言うお姫様抱っこの体勢に。
フランもこうやって腕の中に収まってくれたら可愛いのに……。
「お姉様……」
「レミリアさん……」
そんなことを考えながら地面に降り立つと、フランとさとりの射る様な視線が身体を突き刺していく。
「フラン……さとり……」
「何かしら?」
「何でしょう」
……うん、これは何を言っても無駄だろう。
腹をくくるしかない。
「私に弁解の機会は有るかしら?」
返事は両側から繰り出された拳だった。
「ん……」
「……お目覚めですか」
ここは……天井は見慣れた紅魔館の天井で……
「気を失ってしまわれましたので、ひとまずレミリアさんの自室に運びました」
「ああ、そうか。ありがとう」
大分思い出してきた。
スカーレットデビルの後隙にフランとさとりからカウンターを入れられて……まあ、アフターケアはしっかりしてるから、水に流してやろう。
「それは助かります」
「……やっぱり、一発殴らせろ」
「あら、お姉様、もう起きたの?」
さらにフランの声も聞こえてくる。
相変わらず手厳しい。
「こうは言ってますが、結構心配してたので、ツンデレですね」
「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ!?」
「フランはお姉ちゃんのこと大好きだもんねー」
「こ、こいしも変な事言わないで!」
フランが私の事を好き……?
一体どういうこと?
大体、最近のフランは、私を避けてばっかりで……
「まあ、仕方ないよね。こんなに格好いいお姉ちゃんだものっ」
「おっ……と。いきなり飛びつくのは……っ」
サーッと辺りに冷たい空気が張り詰める。
……この感じは前にもあった。
そう、あの誤爆したドラキュラクレイドルの後……!
「さぁ、こいしから離れてもらいましょうか」
「お姉ちゃんは渡さないわよ……!」
「二人とも落ち着きなさい。ほら、貴女も」
今ならまだ戻れる……!
最悪の事態は避けれ……
「フランとお姉ちゃんこわーい。レミリアお姉ちゃん、守って?」
なんて事をいって、ぎゅっと私にしがみつく。
「……」
「……」
黙ってスペルカードを取り出す二人。
周囲の気温がガクッと下がり、全身を突き刺す殺気は鋭さを増した。
うん、最悪だ。
一体どういうつもりなのかしら……ちょっと可愛いのは否定出来ないけど。
……と、ひとまずは部屋から脱出しなければ不味そうだ。
アローで壁に貼り付いて……
「想起「ミゼラブルフェイト」!」
「禁弾「カタディオプトリック」!」
……なんで、垂直上昇して天井に張り付いてるのかしら?
これじゃまるでシーリングフィアじゃない……って、そう言えば、さっき書き換えたんだった。
グングニルの後に衝撃波を当てようって。
すっかり忘れてたわ……。
まあ、今更どうしようもない。
私に出来るのは、スキルを完走させて着地すること。
着地後の状況が絶望的だけど、出来る事をやるしかない。
二人のスペルが作り出す弾幕に向けて……って、あれ? シーリングの降下にグレイズって――
そして無意識に修羅場に突き落とすこいしちゃんパネェ
途中まで姉同士いい感じだったのにw
ここで笑いましたw
妹に手を焼く姉同士、普通に仲良くしているのっていいですね。
友人相手にちょっと百合なことも思ってしまうレミリアが可愛い。
弾幕ごっこでは立体的な戦闘が行われていて格好いいです。
さとりとこいし、たしかにシルエットだけなら似ているから間違えるのも無理ないかも?
タイトルは普通に「姉妹の事情」、それと姉妹が二組出ているから「姉妹×2」で、「姉妹の二乗」とかけているのでしょうか。
またやってくださいな