Coolier - 新生・東方創想話

アナタとワタシの創想話

2011/01/07 02:45:18
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――組まれた腕を枕にして彼女は眠る。
僅かに覗く額を目にして思う。

もし、彼女の瞼の裏側が黒色ならば良し。
もし、彼女の瞼の裏側が夢色ならば。

ならば。今すぐにでも、叩き壊そう。
叩いて、起こして、私を見せよう。
黒色と茶色の二つを混ぜ合わせた色彩の髪を丁寧に梳きながら。
そんなことを考えた。



――私の日常は暇だった。

日常が暇。暇が日常。
二つの言葉の意味が曖昧になるほどに、退屈だった。
それも、そうだろう。
私自身が、何の活動にも興味を持たなかったのだから。
如何なる集団にも属さない生活に、変化があるわけでもなし。

生きながら寝ているようだった。
そんな自分にも、興味はないのだから、どうしようもない。

しかし、そんな私の心を動かすものがあった。

中庭。そう呼ばれるだけなのに。
彩度の低い建物に囲まれながらも、この場所は色に溢れている。

落ちた日の後の、昇った暗闇に照らされても。
ここだけが、緑に包まれていて。
それはある種の結界なのかもしれない。そう思った。

中央に。私は目を見た。一人で佇む女性の目だった。

夜を照らす星だった。
眼白は僅かばかりのくすみも無く。下草の緑を映し。
瞳を縁取る青みを帯びた輪は、水に混ざったように澄んでおり。花壇の花を捉えている。
中央の紫色をした瞳は外灯の光を取り込こみ。暗い空に反射させるのだった。
それらが光を宿しているように、仄かに浮かんでいて。
反射した煌きが、零れない涙だった。

とても。美しいと思った。

秀麗な世界に私を写したいと、そう思った。

その視線の先に何があるのか気になって、空を見上げたけれども。
変わったものなど、何もなく。
彼女が何を見詰めているのかは、分からなかったけれど。
きっと、私には見えないものを見ているのだろうと思った。

だから。その瞳に私を描くためには、私も目を開かなくてはならないと。
そう思った。



――正直に述べよう。

私には友達が少ない。
それは、あまり人付き合いが得意でないせいであるのだが、別に改善したいとも思わない。
加えて異国の風貌なのも一因だろう。

もっと正確に言うと、私が友達だと思う人物が少ない、である。
明確にするならば。
私が友人だと思っているのは一人だけしかいない。

そのことで、特別寂しいと思ったこともなく。不便を感じたこともない。
中途半端な関係をたくさん絡ませるよりも。大事にしたいものとだけ、強く繋がっていたいと。
そんな風に思うのだ。

時々。そんな彼女の隣りにいると、激しい衝動に襲われることがある。
一言では表しきれない数多の感情が、彼女に起因して私を支配するのだ。
それはきっと。雑多な日常にして、彼女が変わらずに私の中で、両手一杯に存在し続けるからであろう。



机に突っ伏している彼女の横の席で足を止める。

「おはよう」

そう声を掛けて腰を下ろす。
初めから期待はしていなかったが、返事はない。
もちろん、屍ではない。

肩を緩く揺さぶっても、何の反応も無いのを見るに。
深めの眠りに入っているのだろう。
顔を隠すような体勢なので、寝顔を見ることはできないのを、少し残念だと思う。

夢を見ているのだろうか。それとも、何も見ていないのだろうか。
そんなことを心で考えながら。何とはなしに。

脇に置かれた彼女のトレードマークの帽子を取って、自分の頭に乗せる。
以前、彼女に言われて被ってみたのだが、似合わないと笑われたものだ。
人にやらせておいて、それを笑うのだから、なんとも理不尽だと思った。
私的には、なかなかに悪くないと思うのだけれど。

帽子を弄くりながら隣の寝姿を眺める。
寝苦しいのか、肩を大きめに揺らして呼吸をして。
時折。唸るような声が腕の隙間から漏れ出てくる。
そんな様子を見ていると、なんだか笑みが零れそうな気分になるのだった。

「私得状態」とでも言おうか。
普段。近くにいるのに触れることのない彼女に。
触ることのできる機会。

そっと手を伸ばす。

触れるか触れないかの微妙な間隔で彼女の髪を撫でる。
流れから外れた髪の毛が私の手のひらを刺激し、こそばゆい。
手のひらに触れた毛は、もっと撫でられたいとでも言うように吸い付いてくる。
しっとりとした肌にさらさらとした髪がねだる。



優しい茶色の髪だった。瞳の色と同じ色の。

夜を見上げる私を、じっと見つめていた茶色。
幾重の硝子に包まれたように優しく、朧気な瞳だった。
輝く好奇と儚い興味を内包した眼球は、ひどく、美しかった。

空に向けた視線は、宙に。大地に。彼女に。瞳に。
私に向けられた視線は、瞳に。空中に。夜空に。星に。

星を仰ぐ彼女の目は、無数の星を取り込んで。
今までに見たどれよりも美しい時計だっだ。
目に宿した星は、瞳の文字盤に描かれた数字となって煌き。
三つの光は、その身を伸ばして、針になった。

その時計を欲しいなあ、と。
私の目が見れるのは、お世辞にも綺麗とは言えないものだから。
羨ましいと思った。



髪を梳く。
彼女の心に、私はこのように触れることができるだろうか。

執拗に求めてくるそれに答えるために、深く触れた。
髪に包まれた頭皮に私の温度が伝わるように、ゆっくりとさする。
その髪が私と同じ体温を宿すように。
彼女の頭を。
瞳と同じ色の髪に隠れた彼女の心を、私の心は、確かに撫でていた。

きっと。

そう胸を張って言えるのは。彼女に心を撫でられた記憶があるから。

彼女みたいに時間に詳しくないので、いつのことかは思い出せないけれど。
暖気に包まれた教室で、うたた寝をしてしまって。
目を覚ました時。

「髪の毛、跳ねてたよ」

と、私の頭を撫でながら、微笑む彼女がいて。
寝ぼけてはいたが、その彼女の手のひらを、確かに心地良いと思ったのだ。


だから。髪を梳くように。
あの記憶を手のひらに込めながら。
指が抜ける。
水に触れているように、するりと。

すると、彼女は小さく身体を振るわせ。
そうして目を覚ました。

その震えは生理現象だろう。
けれど、それは悪寒を感じたときのそれに似ているように見えたのだった。

気のせいであるのは分かっている。
分かっているけれど、悲しい。

とても悲しいのだ。
彼女は私が髪に触れるのを許してくれていないのだと。

私の彼女に対する感情と、彼女の私に対する感情に、差がある。
それを思い知らされるようで。

自分の髪の毛が少しだけ、逆立つ感覚がした。

「ん、あ、おはよう」

薄く柔らかな笑みを纏って、眠そうな声で彼女が言う。

「おはよう。気持ちよく寝れた?」

厚く剥がれそうな笑みを貼り付けて、私は問う。

「なんだか、家で寝たよりも良く寝れた気がするわ」

心を読む目を持たないのに。
どうしてか、この人は持っているのかと疑うほどに。
私の心の求める言葉を持っているのだろう。
いつの間にか、薄く削がれた笑みは、自然と顔と一つになっていたのだった。

そんな私の顔を見て、彼女も笑う。

「やっぱり似合わないね」

笑い声を抑えて身体を揺らす彼女の頭に、帽子を返してやる。
ぐりぐりと帽子越しに頭を撫でて。
そのまま、額に指をずらし。
言ってやる。

「寝痕ついてる」
「嘘でしょ?」
「残念、本当。稲妻みたいなのついてる」

慌てて前髪を弄るのを見ながら、今度は私が笑うのだった。



――何を見ていたの。

そう訊ねられた。
けれども、何を見ていたわけでもなかったので。
答えることは私にはできなかった。

「何が見えるの」
「境目」
「随分と気持ち悪いものが見えるのね」

でも。と、彼女は続ける。
私の奥を覗きながら、彼女は続ける。

「素敵な目だね」

そうして。彼女は空を見上げるのだった。
見上げる彼女に、私は聞く。

「何が見えるの」
「後、三十秒で時計の短針が動くわ」
「気持ち悪い目ね」

だから、私は。

「でも」

と続けた。



――今日は独りだ。飯が不味い。

人々が自分勝手に発する言葉が、壁に反響して形を失う。
数多の料理から漂う香りが混じり、空気を過激にする。

そんな食堂。

私の向かいの席は空で。
居るべきは居らず。
机の上の一人分の皿。

その中身も半分ほどにまで減っている。
彼女の不在という調味料は、あまりに奇天烈で箸を鈍らせるのだった。

忘れ物をしたらしく

「先に食べてて」

との言葉を残して駆けて行くのを見送ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

壁に掛けられた長針のゆっくりだが、大股に歩いていて。
私の感情を煽るのだった。

不安か。疑念か。それとも孤独か。そのどれでもないのか。
忘れ物を取りに行くだけにしては、あまりに遅い彼女。

彼女を心配し、私を心配する。

別の場所で。

今にも、私ではない誰かと会話をしているかもしれない。
友人とおしゃべりしているだろうか。
他人と笑いあっているのかもしれない。

寂しさに齧られた思考は、手の上を飛び降りて。
勝手な考えを持ち帰る。
だから、そう考えずにはいられない。

私の一人だけの友達。唯一の人。
いつも前の席にいる彼女が、そこにいないだけで。
こんなにも心辛いとは思ってもみなかった。

味を損なった料理が口内を転がる。
耳を煩わせていた騒ぎ声は、微塵も気にならない。
時計の針の動きだけが私の視界を支配するのだった。



――空に座る星はあの時のように、中庭に佇む私たちを見ている。

「調子でも悪いの」
「ううん。いつも通り」

彼女の胸には、幾つかの付箋が貼られたノートが抱かれている。
忘れ物とはこれのことらしく。
わざわざ家にまで取りに戻っていたそうだ。
私は、てっきり教室にペンか何かを忘れてきたのだとばかり思っていたが。
自宅にまで行っていたのだから、それは時間もかかるというものだ。

「それなら良かった」

言って、彼女は息をつく。
その音一つだけが聞こえる世界に、私たちはいた。

短いようで、長い間を過ごす。
秒針はきっと、半周の半分も動いてはいないだろう。
そうして、声がする。

「秘封倶楽部。どうかしら」

静かに発せられた声は口を抜け、空気に伝わり、空へと響いた。

「どういうこと」

「サークル。あなたとわたし。どうかしら」

彼女の問いは、空気を震わせ。私の耳殻に集まり。鼓膜を撫でる。

秘封倶楽部。とても素敵な響きだと思った。

私と彼女の間。歩幅にしすれば。一歩。
その一歩を踏み出してくる。
彼女の身体が、瞳が近付いてきて。

お互いが見合い。

視線を逸らすことなど、しない。させない。させてはあげない。
だから。彼女の瞳に私が映り。映った私の瞳に彼女がいる。
僅かにでも首を動かしたなら、口付けてしまうのではないだろうか。

近いなあ、と思う。
心地良い距離だった。

彼女のノートには如何なるものが書かれているのだろうか。
それを知るのはこれから。

空の星は、スポットライトだった。

私と彼女の目に、光が躍った。
2011年はどんな物語が紡がれるのでしょう。
今からとても楽しみです。
作品を書かれている方も、まだ書いたことのない方も。
アナタの 創想話を ワタシは 読みたい。

読んで下さってありがとうございました。
もえてドーン
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コメント



0.950簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
すらすらと読めて面白かったです
私もこういう友人が欲しかった…orz
14.90名前が無い程度の能力削除
すごくいい雰囲気でした
15.90即奏削除
ブラボー!
最初の一歩のなんて素敵なことでしょう。
とても面白かったです。
22.90名前が無い程度の能力削除
良かったです。