Coolier - 新生・東方創想話

スタアゲイザア

2011/01/06 09:18:25
最終更新
サイズ
36.1KB
ページ数
1
閲覧数
3665
評価数
24/97
POINT
5960
Rate
12.21

分類タグ



 拳を振るう。
 早朝の冷えた空気を切る拳。
 精神修養の一環として始めた拳法だったが思いの外性に合った。
「ふぅ――」
 呼吸に至るまで気を巡らし体の隅々まで知覚し操る。
 紅魔館で教わったばかりの俄か套路だが――面白い。
 拳を引き蹴りで空を切る。下半身は袴で覆われているのだがそれでも鋭く動かせる。
 袴では蹴り難いとばかり思っていたからこれも面白かった。拳法の動き、というより考え方の賜物か。
 着た服に合わせて動かせる――自在に己の身体を操れるのがこうも楽しいものとは思わなかった。
 無心に――というには些か楽しみ過ぎた感もあるが、手足を振るっているうちに大分陽が高くなった。
 存分に温められた肌からは湯気が上っている。そろそろ切り上げるとしよう。
 寺の敷地内とはいえ上半身はサラシのみ、下半身は袴のみでは人に見られては具合が悪い。
「おや眼福」
 と、思った矢先だったのに。
 慌てて縁側に置いておいた服を引っ手繰り羽織る。
「お、おはようございますナズーリン」
「うむ、おはようご主人様」
 そこに居たのは釣竿を持った私の部下、ナズーリンだった。
「……朝釣りですか?」
 よくよく見れば魚籠まで持っている。しかし彼女に釣りの趣味などあったろうか?
「ああ、余りにも暇なんで釣りでもしてみようかと思ってね」
「だから暇なら働いてくださいよ。寺の仕事は山ほどあるんですから」
 目下の悩み事である彼女の怠け癖。これといって役目の無いナズーリンは兎角働かない。
 単に働かないというだけなら私が彼女の分まで働けばいいのだが問題は彼女がそれを気に病むことである。
 自身の生活を無職ライフと楽しんでいるかのように称しながらも裏では胃を痛めてたりするのだ。
 難儀である。
「命令されればやるよ」
 皮肉気な笑みを返される。その狙いが私に命令させることにあるのはわかるが……
 彼女は働く気がないのではなく、自ら働くのを良しとしないだけなのである。
 つまり、彼女は「寅丸星の部下」という己の立ち位置を崩さないようにしているのだ。
 命蓮寺の仲間の一人、ではなくその半歩外に居る自分という在り方を誇示している。
 彼女は協調を好まない。常に半歩引いたところからものを言う。決して仲間に加わろうとはしない。
 出自を辿れば密偵などをしていたというのだからしょうがないのかもしれないが――
 ――難儀である。
「ふぅ……」
 鍛錬をしていた時とは違う、気の抜ける吐息。
 権謀術数の世界で生きてきた彼女の在り方を否定するつもりはないが、もう少し気を許して欲しい。
 もうそんなことをする必要はないのだ、好きなように生きて構わない――と幾度も説いてきた。
 しかし心身に染み付いた生き方を変えるというのは生半なことではないと逆に説法される始末である。
 こういうのは、聖の方が得意なのだろうが……なにせ彼女が気を許してくれるのは私だけ。
 故に得意でもない弁舌を揮わねばならぬ。難儀だ。
「ところで、あなたも珍しい格好をしているね?」
「え? ああ、はい」
 話しかけられ、応えようとするも頭が上手く切り替わらない。
 こんなところも彼女を説得しきれぬ弱さの表れなのだろうなと気が重くなる。
「最近拳法を始めまして……朝の鍛錬をしていたのです」
「ほう、私も護身術程度なら心得があるがそれはいいね」
 ……予想外に食い付かれた。ナズーリンが拳法を? 初耳である。
「だが見たところ……どうも、ね」
「え? な、なにか間違ってますか?」
 なにせ始めたばかり。俄仕込みもいいところなので自信など欠片もない。
「うん。まずは、そうだな」
 ナズーリンは釣竿と魚籠を置き近寄ってくる。
 型を見てくれるのだろうか。それはとても助かる。
「まずはこう」
 足を開かされ腰を落とされる。ふむ、これは確か拳を打つ時の構えだ。
「それでこう」
 背に手を回され背筋を伸ばさせられる。ふむふむ。
「そしてこうして」
 背に伸びた手と腰に伸びた手が動いてサラシと袴の紐を解きふむふむ。
「チェストーっっっ!!!」
 思わず崩拳を放った。
 我ながら見事過ぎる一撃はナズーリンの矮躯をぶっ飛ばし彼女は塀を突き破って消えていった。
 ……師よ、未だ未熟な套路ですが天魔調伏の一撃――打てるようになりました。
 別に死んじゃいないけど赤毛の師匠の笑顔が天に浮かびます。
 あ、天の師匠に死んでないですよーって突っ込まれた。
 幻聴だった。
「いやはや過去最大級の突っ込みだったね」
「平然としてるなあ! 思わず本気で打ったのに!」
 折れたのか外れたのか首をごきりと鳴らしながらナズーリンは戻ってきた。
 相変わらず回復早いなあもう! そういう特殊能力持ってましたっけ!?
「あなたのちちしりふとももを拝む為なら地獄からも舞い戻ろう」
 ああもう無駄に格好いいな! 無駄に! 無駄な場面でだけ!
「朝っぱらから全開ですね! ちったぁ自粛してくださいよ!」
「はっはっは無理を言う。そんな真面目そうなかわいい顔されたら手癖も悪くなるさ」
「なっがい前振りだったなあチクショウ! 今度こそ真面目にいけるかと思ったのに!!」
 筋書きは誰だ! ナズーリンか!?
 っていうか塀ぶち抜いちゃったよ! どうしよう!
「取り乱しつつもサラシと袴を直しているあなたに悲しみを禁じ得ない」
「せめてそこは驚いてくれ!!」
 悲しむな! 私が悲しくなるから!
 ……などと心中口頭で絶叫してても話は進まない。よーしよし深呼吸深呼吸。
 私は冷静だー。私は冷静だー。私は冷静だー。……私は冷静だ。
「ところで私があのような一撃を喰らいつつも概ね無事だった原因であるジョギング中にぶっ飛ぶ私のクッションとなって塀を突き破った船長についてはどうしようかご主人様」
「ムラサー!」
 大事だー!
 慌てて駆け寄れば塀の穴の向こうでぐったりしてるムラサの姿。
 犯人は私。
「ムラサ! しっかり! しっかりしてください!」
 抱き上げがっくんがっくん揺する。
「一応突っ込んでおくと脱力し切った状態でそれやられると頭部の重量で首の骨が折れるよご主人様」
 なんて頚椎骨折の多いシリーズなんだ……!
 じゃない! ええと揺するのが拙いなら……どうすれば!? そういえば介抱とかしたことがなかった!
「いやまあ生きてるんだけどね」
「じゃあなんでぐったりしてるんですかあなたはー!」
 腕の中でおはようとか言ってくるムラサを怒鳴りつける。
 ちくしょうさっきから叫びっぱなしだ。ご近所迷惑極まりない。
 聖や一輪たちはもう起きてるだろうから本当にご近所さんにだけ申し訳なかった。
 お寺の朝は早い。だけど一般家庭はそうじゃない。
「だっていきなり横っ跳びで塀ぶち抜くとかびっくりっていうかどっきりっていうか」
「すみませんでした。本当にすみませんでした」
「妖怪だからまあ頑丈なのよね。だけど流石に肋骨全滅はきつかったがふう」
「ムラサああああああぁぁぁぁぁっ!!」
 大事のままじゃないかー!
 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………場面転換の区切りじゃないですよ?
「ムラサ、貴様、何しとる」
「寅丸のおっぱい揉んでみた」
 うん。そうか。場を和ませてくれてるんだね。
 流石は海の女を自称するだけあって気が利くね。
 私は堅物だからそんなとこまで頭が回らないものなあ。
 だからって地の文でもみもみとか擬音を記したりしないぞ?
 はっはっはっは。はっはっはっはっはっはっは。あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは。
「もう少しだけ……このままで」
 顔面に下段打ち。
 卵が潰れるような音がした。




 そして場面転換。
 私はナズーリンの釣りについてきていた。
 趣味が釣りというわけではない。寺に居難かったのである。
 逆上していたとはいえ仲間を病院送り半歩前までボコってしまっては当たり前だ。
 首にギプスしたムラサは「あと3揉みでチャラ」と言ってくれたが丁重に断り他で償うことにした。
 おかげで今晩は寺の衆全員連れてお寿司を食べに行くことになった。もちろん私の奢りで。
 私と聖は玉子とお稲荷さんと河童巻きとかんぴょう巻きくらいしか食べれないのだが。
 まあ使い道のない私の財布は大丈夫として――芸風変わったなあムラサ。
 昔はあんなにはっちゃけてなかったように思うんだけどもしかして美化されてるんだろうか私の中で。
 いやいや。昔のムラサは「寺のマスコットの立ち位置をナズーリンとぬえに奪われる」なんて部屋でぶつぶつ言ってたりしなかったしなかったしなかったんだってば!
 なんか開いてはいけない記憶の扉を開きそうだ……
「なにを踊っているんだいご主人様」
 ゆるりと釣竿を構えたままナズーリンはこちらを見た。
「ああいえ……ちょっと過去との軋轢が」
「またわけのわからないことで創作ダンスを」
 悶えてただけで踊っていたわけではない。
 まあちょっと無意識に習ったばかりの套路が混じってリズミカルになっていたかもしれないが。
 しかし――様になっているな、彼女は。
 訊けば釣りは趣味ではないそうなのだが、初心者には見えない。
 思えば彼女は何事もそつなくこなすというか――様にならない姿を想像できないというか。
 何時でも何処でも飄々としているからか何でもこなしそうな雰囲気がある。
 しかし結構遠くまで来たなぁ。霧の湖か……向こう岸にぼんやり見える影が紅魔館だろうか。
 確かここでは五尋もある魚が釣れるとか釣れないとか。2・3年前に新聞で読んだっけ。
 ……冷静に考えてみればなんだ五尋って。人喰い魚の類じゃないのかそれは。
「さて」
 周囲を窺い竿を置きナズーリンは立ち上がる。
 なんだろう、座りっぱなしで腰に来たのだろうか。
「脱ごうか」
「待て」
 何故きょとんとする。疑問符を浮かべたいのはこっちの方だ。
「一応釈明を聞こう」
「ふむ……認識に齟齬が有っては大変だからね」
 やれやれと肩を竦めるナズーリン。
 呆れ顔を見せないだけマシだと思おう。
「そうだな――私はこう考えた。霧の湖なんて見通しの悪い釣り場にのこのこ付いて来たご主人様。しかも釣り客もそうは居ないこの冬に。二人っきりになるのは承知の上だと判断しああこれは遠回しなアピールだなよしならば私が怖気づくわけにはいくまいリードは任せて貰おうと思い立ち脱ごうとしたのだ」
「詳細な解説ありがとう。だから私もしっかり突っ込むがいい加減その階段を数段飛ばすような発想の飛躍を改めろ。私はあなたが何処に行くのかなんて知らなかったから付いて来ただけであって釣り客が少ないなんて考えもしなかった上にアピールなんざ一切してないこの寒いのに何をする気だ貴様はぁ!!」
「大丈夫だご主人様。私たちは妖怪だ。頑張れば風邪は引かない」
「頑張ってどうにかなるものじゃない! そも風邪を引くような真似をしようとするな!」
「野外プレイと云うものに憧れていたのだよ」
「諦めろ! 忘れてしまえ!」
「ついでに何と問われればナニと答えよう」
「何時の時代のおっさんだ!」
 二言三言喋るだけなら格好いいのになんだろうなあこいつはもう!
 なんでそんなに自分の格好よさを壊すのに熱心なんだろうなあ!
 あはは帰りたいなもう!
「ま、格好よさではあなたに遠く及ばないよ」
「当たり前のようにモノローグ読まないでください。最近独り言の癖がついたのかと真剣に悩んでるんです」
 ――まあ、言動……の一部が格好いいのであって、ナズーリン本人の容姿はどちらかと言えば可愛らしい。
 大きな赤い目も柔らかな灰色の髪もその小さな体によく似合っている。
 反対に私は可愛らしさとは無縁だ。
 目は鋭いし髪は硬くて跳ねてるし体のでかさなんて何をかいわんや。
 私より大きいのなんて一人くらいしか心当たりありませんよははは。
 ああ……ナズーリンのように小さくて可愛らしい外見になりたかったなー……
「どうせなら私たちの外見が逆だったらよかったのですがね」
「はは、それは困るな。私はあなたの外見込みで惚れたのだよ」
 どきりとしてしまう。褒められるのは、慣れてない。
 いや、正確には――忘れてしまった感覚だ。
 千年の昔には聖に褒められもしたが……長く彼女は封印されていた。
 戻ってきたのなんてついこの間のことである。
 勿論戻ってきてからもお褒めの言葉は頂いているが……やはり、忘れている故に慣れない。
「無い物ねだりかな?」
「耳に痛い。その通りですね。私も悟りには程遠い」 
「寺の方々はあなたの可愛らしさに気づいていると思うがね」
 できればそれを知っているのは私だけでいて欲しかったが。
 そんな後半は呟くような声だった。
 ……本当に、一々格好いい。
 可愛らしさなんて欠片ほどにしかない私が、ときめいて惚れ直してしまうほどに。
 なんと応えればいいのかわからなくて視線を逸らす。
 逸らした先には置かれた釣竿。糸は垂れたままで――引いてはいない。
「あー……釣れませんね」
「そうだね。あなたはつれない」
 うぐぅ。
 肩を竦め皮肉気に笑って、彼女は座る。
 やはり彼女の方が私より一枚二枚と言わず百枚は上手だ。
 弁舌では千年経っても彼女には敵わないのだろうな……
「しかし船長も頑丈だね。あなたに殴られて原型を留めているなんて」
「え、ええ。そうですね。流石はムラサといったところで――」
「そこで手加減した、と思わないのがあなたらしい」
 笑う気配。こちらを見ずに、釣竿を構えたまま彼女は笑っているようだった。
「そんな――昔から彼女とはよくケンカをしましたし。あの頃から手加減なんて……」
 私はそれほど器用ではない。まあケンカといってもじゃれ合いのようなものだったけれど。
 でも私には……手加減をした、なんて記憶はない。むしろムラサは強いからと安心していたような……
「無意識に手加減をしたんじゃないのかい? 本気のあなたに殴られても平気なのなんて、鬼の四天王くらいだよ。船長も強力な妖怪だが――彼女の強さは妖力を巧みに操る点にある。肉体の強さじゃあない」
「無意識……ですか?」
 正直ぴんとこない。確かにナズーリンの観察眼は優れているが、それはどうなのだろう。
 ムラサが肉体面ではなく精神面で強い妖怪だというのは合っていると思うが。
 それに、私は妖獣上がり。肉体面での強さは並の妖怪など比べ物にならない。
 部分部分を見れば正論、のようにも聞こえるけれど。
「私は誰よりもあなたを理解している。この私が言うんだから間違いないさ」
 見なくてもわかる。
 彼女は、笑みを深めた。
「あなたは優しいよ。きっと、あの寺では白蓮殿と同等か、それ以上にね」
 それは、流石に過大評価だと思うのだけれど。
 聖以上なんてあり得ないし、一輪や雲山だって私などより……
 ムラサだって、普段はおちゃらけてるけどここぞという時は誰よりも頼りになるのだし。
「ま、己を過小評価することにかけては右に出る者がいないあなたには馬耳東風かな」
「……ここはせめて馬の耳に念仏と言って欲しかったですね。私たちは寺の者なのですし」
 ボケで流して欲しかった。気恥ずかしくて堪らない。
 こんなの、褒め殺しじゃないか。
「……ムラサが凄いだけですよ。彼女は昔から」
「そんなことより魔法少女って素顔のままなのに何故正体バレないのか語り合わないか」
「確かに気にはなってましたけどそこまで魔法少女に造詣深くありませんよ私は!」
 うわ、露骨に話逸らされた。
 しかも乗ってしまった。降り方がわからない。
「幸い幻想郷には現役魔法少女がわんさか居るし研究しようじゃないか」
「そのうちの約半数が『もうそういう歳じゃないから……』ってヤな顔してたの忘れましたか」
「うちにも居るし」
「ひ、聖は……いやほら……千歳以上です……し」
「まああのグラマラスバディで『少女』は無理があるよね」
「うちじゃ一輪と一・二を争うスタイルの良さですからね……」
 ……そも『大魔法使い』って肩書きがある魔法少女ってのはどうなんだろう。
 最初からLv99って主人公に向いてないような気がするんだけれど。
「ふむ……『大魔法少女マジカル★ヒジリン』か………………ごめん聞かなかったことにしてくれたまえ」
「あ、はい。うん。う、うわ……?」
 おかしいな。非常に教育上よろしくない格好をした聖しか思い浮かばないぞ……?
 肩とか丸出しでみじっかいスカートで……? いやあの、聖って身長170cmあるんですけど……?
「ご主人様! 考えちゃダメだ!」
「む、難しいですよ! なんか異常にインパクトあって忘れられないんですよこれ!」
「気持ちはわかるが流石に白蓮殿でこういう妄想は許されないだろう!?」
「そうだけど! そうなんだけど!」
 うわー! ゴスロリの人がよくつけてる小さいシルクハットみたいなのとかー!
 いやちょっと胸強調し過ぎじゃないですか!? そんなベルトで……!?
「元からかなりゴスい服だから想像しやすいのはわかるが落ちつけご主人様ー!」
 だってこれ止まらないって! うわっ! 聖足ながっ!
「それもうご主人様のキャラじゃないだろ!? キャラ崩壊はやめてくれ!」
「そんなこと言われても……! ダークサイドに堕ちるのが魅力的過ぎて!」
「……っく! しょうがない――私がその妄想通りの格好をするから落ちついてくれ!」
「な、ナズーリンが――!?」
 いつの間にか彼女は立ち上がり私の袖を握っていた。
 揺すられていたのか――そんな彼女を見下ろす。
 小さい。
 小さくて可愛らしい。
 ナズーリン。
 私の従者。
 私の、恋人。
 何百年も私と共に生きてくれた、たった一人の少女。
 そんな――聖の、あの格好を……? 強調しても全く意味がない胸元――さらに短くなるスカート。二―ソックスは外せない。勿論黒だ。黒以外あり得ない。大きな耳を片方隠す小さな帽子にチョーカーを加えベルトがジャラジャラ付いたコルセットに不必要なまでにでかいリボン当然無意味にファンシーになりがちなステッキは蝙蝠の羽をあしらう等の黒いデザインでいやいや待て待てその前に要所要所に彼女の瞳と同等に赤い紅玉をいやこれは胸元のブローチ程度に抑えた方が見栄えがいい薄い胸が強調され無意味だった筈の『胸を強調』というデザインが活かされる――さらに脱ぎたがりな振りをしてくる割には全く脱がない彼女が露出度高めの服を着るという希少性――!
「是非ともよろしくお願いします」
「え。落ちついちゃうんだ」
「前からあなたには黒いドレスが似合うと思っていた」
「こんな時に格好いい顔しないでくれたまえ」
「可愛らしさと相反する筈の淫靡な色気が同居するこの服はあなたにこそ相応しい」
「…………私の横だと目立たないだけであなたも相当に変態だよね……」
 頼むから私以外の少女に手を出さないでくれって。出すものですか。
 まったくひとのことをロリコンロリコンと隙あらば貶めてくれて。
 半目の視線が突き刺さる気がするが気のせい気のせい。
 禁欲的でお馴染のこの寅丸星が変態なわけないでしょうに。
 ただ私は純粋に魔法少女スタイルのあなたを見たいだけだ。
 それにしても『マジックダウザー★ナズーリン』か……あり、だな。
「よもや数行も使って細密に想定されるなんて思わなかった……」
「なんのことかわからないな、ナズーリン」
「声に出てたのだよ」
「なんのことかわからないな! ナヂューリン!」
「噛むな。私の名はナズーリンだ」
 本気で怒られた。
 ごめんなさい。
「まさかあなたに本気で貞操の危機を抱くとはね……私も精進が足りない。あなたを理解しているとはとても言い切れないな。あなたへの評価を改めないといけないね」
「はっはっは。言いたい放題じゃないですかナズーリン」
「変態カップルか――なんか虚しさを覚えるよ」
「いや私は……うん、ごめん。手遅れですよね。自覚あるから睨まないでください」
 だってナズーリンのこと好きなんだもん。多少はタガ外れますよ私だって。
 多少じゃなかったろと突っ込まれたらボケてお茶を濁すしかないが。
「多少じゃなかったろ」
「その通りですごめんなさい」
 自主的に正座した。主従逆転の瞬間だった。
 というかまだ口に出してたのか私は。どこまで冷静さを失ってるんだろう。
 っつーか好きって言っちゃったよ。わあどうしよう。
 また恥ずかしい展開かと身構えたが彼女は頭痛を堪えるように眉間を押さえるばかりだった。
「流石にね……『マジックダウザー★ナズーリン』はないよ……」
 だだ漏れだった。
 明け透けだなあ私。
「まあ……約束だ。その服は作っておくよ……」
 渋々といった様子で彼女は手帳に書き込み始める。
 だだ漏れだった妄想か――よく暗記出来たなあ、あれ。
 ……うん。そろそろ帰ってこようね? 私。
 いつまでも現実逃避しててもダメだよ? 私。
「ステッキはちょっと工作に自信がないから省いていいかな……」
「え。あ、じゃあ私が作ります。それは外せません。決めポーズ的に」
「工作に自信がないとか苦手とかいうレベルじゃないだろあなたは」
 もうそれも作っておくよと投げやりな返事。
 やばい。楽しみ過ぎる。現実に帰ってこれない。
「……私を受け入れたりさ、前から変態ではあったけどここまでじゃなかったよね?」
「おかしなことを。可愛い者を愛でるのに何故躊躇する必要があるのです」
「それもう私のキャラだよね!? ご主人様の芸風じゃないよね!?」
「私が変わったとするならそう、あなたへの愛に狂ったのですよ」
「責任重大過ぎて目眩がしてきたよ……」
 偶には変化球も投げないとね。
 なんて言葉じゃもう挽回できないかな? ははっ。
 ――――どうしようはっちゃけ過ぎた。
「……先達の意見を聞きたいのですが、戻れますかね?」
「いや……無理じゃないかな……一度壊れに行った者は帰れない」
「そう、ですか」
 ああ、空が遠い。
 冬だから空が高く感じるのは当然だけれどそれでも遠く感じてしまう。
 ムラサ――あなたもこうなることを承知の上で芸風変えたんですか……?
「……なんか、急に肩身が狭くなったような気がします」
「そういうものさ。変態は世に認められない……」
「まあ……健全を標榜するならまず敵視されるものでしょうし」
「ならば私はパブリック・エネミーを自称しよう」
「格好いい!!」
 なんだこの格好よさ!
 淡々と、しかし目をギラつかせて……! 決闘前の武士の如く!
 さっきまでの悄然とした姿などどこにも無い。
 あるのはただ、迷いを捨てた求道者の熱さ……!
「いや――己の道を信ずるのだから、ただ漠然と『敵』を名乗るのも情けないね。覚悟と、信念を籠めて――名乗ろう。私は、パブリック・エネミー・ナンバーワンだ」
「格好よ過ぎる! 惚れそうだ!」
「惚れてなかったのかい?」
「ばっちり惚れてますよ」
「むう」
 最近気づいたのだけれど。
 こう、ストレートに言われると弱いんですよね。
 まったく、かわいい子だ。
 うん。今更言ったって恥の上塗りだけれど。
 それでもやっぱり――私を狂わせることが出来るのは、あなただけだ。
 ナズーリン。
 彼女の隣に座り直す。
 水面で揺れるだけで引かれない釣り糸を眺める。
「釣れませんね」
「うん。寺の者だけにボウズだね」
「はは、捻りが足りませんよ」
 冷たい風が吹き抜ける。
 それでも霧は晴れないけれど。
 ただ、心地良かった。
「平和ですね」
 そんな言葉が漏れる。
 平和を噛み締めるなど、この数百年で幾度あっただろうか。
 きっと、一度も――なかった。
 私が廃寺に籠り続けた数百年は静かだったけれど、あれは決して平和などではなかった。
 ただ静かなだけ。時が流れ往くのを眺めることすらない無為な日々。
 何の目的も無く、生きていただけの数百年。
 なのに、苦く思わないのは……彼女がずっと付き添ってくれていたからだ。
 ナズーリンがずっと、私を支えてくれていたから――尚の、こと。
「よい時代になりました」
 彼女と共にこの平和を噛み締めれることが、喜ばしかった。
 見ればナズーリンの横顔には笑顔。やや、皮肉気ではあったけれど。
「理想の世界。あなたにとって理想郷かな?」
「理想郷――」
 それは、どうなのだろう。
 現代の幻想郷は理想郷、なのだろうか。
 少なくとも私の知識としての理想郷とは極楽浄土であり、ここは、今は、そうではないと思う。
 私は八苦を滅せず、煩悩塗れのまま生きているし――悟りを開くなど夢のまた夢のままだ。
 だけど。けれども。
「――そうなのかもしれません」
 笑みと共に、そんなことを呟いた。
 このままの私では悟りに至れないのは明白だというのに笑えてしまう。
 昔の私なら杓子定規に否定しただろうけれど、今はそんなこと出来ない。
 この、ナズーリンを求める欲を否定することなんて、出来ない。
 聖が居て、一輪が居て、雲山が居て、ぬえが居て、ムラサが居て――
 ナズーリンが居てくれる。
 なにより……ナズーリンが、心から笑える世界。
 信仰でも、聖でもなく、彼女を中心に考えてしまうけれど。
 悟りを捨て、欲のままに生きる妖怪である私にとってここは――理想郷だ。
「私は、この世界で生きるのがとても楽しい」
 やはりこの幻想郷は極楽浄土なのかもしれない。
 誰も彼もが無理をせずに笑える世界。
 そう、少なくとも私にとっては……極楽浄土に等しいのだ。
「よく笑うようになったね」
 見れば、彼女は視線を水面に落としたまま。
「あなたが笑えるのなら、ここは理想郷なのだろうね」
 苦笑してしまう。
 丸っきり同じ、対象が互い違いというだけで同じことを考えていた。
「昔のあなたの笑顔は、見ていて痛々しかった」
 …………?
「そう、ですか?」
「そうだよ。まるで血を流しながら微笑んでいるようだった」
 ……想像するのも憚られる絵面だ。
 無理を、していたということなのだろうけれど。
 でも、彼女の前では無理に笑ったことなど無い筈。
 彼女の忠勤を称え、彼女と共に生きられる喜びで笑っていた筈。
 確かに、聖を助けられなかった後悔に苛まれてはいたけれど……
 仲間たちを助けられなかった己の弱さを許せなかったけれど。
 それでも彼女に向けたのは、心からの笑みだった――筈。
「まあ――昔のあなたに笑えと言う方が酷だ」
 そんなことは――ない。
 それならば、あなたの方が笑えなかった筈だ――ナズーリン。
 あなたに比べれば寅丸星の苦悩など……吹けば散る塵芥だ。
 私がどれだけの傷を負っていようとそれは古傷でしかなかった。
 だが、彼女は、ナズーリンは――常に真新しい傷を負っていた。
 密偵としての数百年。誰も彼も騙し続けた数百年。
 数百年もの間傷つき続けて――いた。
 ナズーリンの人格を語る上で欠かせない要素が一つある。
 彼女は――後悔はしても反省はしない。
 字面だけ見れば小癪な性格だと思わなくもないが、事実はもっと陰惨で凄惨だ。
 そう生きねばならなかった。そうとしか生きられなかった。
 後に悔いることはあっても省みて反する道を選ぶなんて、出来なかった。
 省みる暇があるなら悔いながらも前へ進まねばならなかった。
 このまま進めば苦痛しかないと理解しても、前へ。前へ。
 省みないのなら、省みれないのなら、教訓など苦痛の予告でしかない。
 そんなの、苦行とさえ呼べない。
 どれだけ悔いても改めることが出来ぬ人生。生きながらにして地獄に等しい。
 そんな地獄の数百年を――彼女は駆け抜けた。
 彼女に言わせれば寅丸星の過ごした数百年もとんでもないものではあるらしいのだが、それでも私は思う。
 比べ物にならないと。比べるまでもないと。
 だって、彼女の生き方は――摩耗だ。
 私のそれとは似て非なる。私は風化で、彼女は摩耗。
 鑢がけられながらも立ち止まらないで――欠けても削れても走り続けて。
 私が野晒しの岩なら彼女は坂を転がり落ちる岩だ。どちらが酷いかなんて――目に見えている。
「……それを言うなら、ナズーリン、あなたの方が」
「いや、立ち止まったまま自罰を続けたあなたの苦しみには敵わないよ」
 変われなかったという一点においては、同じかもしれない。
 救われぬ数百年間という意味では、同じなのかもしれない。
 でも、受動的と能動的では……やはり、違うと、思う。
「私は……ただ変わらなかっただけです。あなたのように変われなかったわけではない。事実、私は、幾度も差し伸べてくれたあなたの手を拒み続けていたのですから」
 数百年の間、片手で足りる数だけど、彼女は私に変わろうと言ってくれた。
 過去を忘れろと、毘沙門天の代理ではなく寅丸星として生きろと。
 それを拒み続けた罪は――消せない。
「ふふ」
 苦笑、していた。
「私もあなたも、頑固者だねえ。互いに譲れないようだ」
 彼女に合わせるわけではないけれど、私も苦笑を浮かべる。
 そう、きっと、互いの根底には罪悪感がある。
 私は彼女の救いを拒んだ罪。
 彼女は私を救えなかった罪。
 この世は決して極楽浄土ではない。
 苦しみに満ち満ちた、悲しい世界。
 だけど、それでも……全ての苦しみを背負った上で――
「頑固者で、よかったと、今は思います」
「へえ、何故だい?」
「こうして、あなたと共に――理想とする今に辿り着けました」
 変わらないまま。
 変われないまま。
 それでも幸せを掴めた。
 この苦界を極楽浄土に等しいと思えるほどの、幸せを。
「理想、か」
 重い声。
「本音を言えば――ね、今は私の理想には程遠いよ」
 少なからず、その言葉に衝撃を受けた。
 この幸せを共有できていると、彼女も幸せだと信じて疑わなかった。
「ナズーリン」
「ん、ああいや……今が不幸だというわけじゃない。ただ、理想とは違うだけだ」
 胸を撫で下ろすも真意がわからない。
 理想そのものではない、というくらいはわかるけれど。
 だがそれは強く言葉にする程のものなのだろうか?
 彼女は多少のズレくらいで文句を言うような妖怪ではなかったのに。
「いい機会だから、全て吐き出してしまおうか」
 訝しむ気配を察したのか、彼女は語り始めた。
「今は平和で、幸せだ。得難いもので、あなたが理想郷だと言うのも頷ける。でも、ね」
 赤い眼が――私を見る。
「私の理想は幻想郷が大結界に閉じられてからの百年だった。毘沙門天と縁を切り、あなたと二人きり。他には誰も居ない二人だけの廃寺の暮らし。あれが私の望みだったよ」
 理解出来なかった。
 あの百年が? あなたも、私も――苦しんだ、最後の百年。
 私は風化し、彼女は摩耗した――あの百年が?
 ナズーリンは、にこりと笑う。
「あなたを独占出来ていたんだからね」
 一瞬、何を言われたのかわからなくて、理解して、顔が熱くなるのを自覚した。
 ストレートに言われて弱いのは、私も同じだ。流石に恥ずかしい。
 私に対して貪欲なのは、それだけ私を想ってくれているのだとわかるから――
 どう返せばいいのかもわからなくなって、ただ、恥ずかしい。
「――……今だって」
 独占、してるじゃないですか。
 気恥ずかしさに声が消えてしまう。
 きっと彼女には届かない、呟き。
 そう思ったけれど、返事はしっかりと為された。
「今は――独占出来てるとは言えない」
 苦笑。
 苦い笑みで、彼女はそう言った。
「そんな、ことは……私は、あなたの」
「違うんだよご主人様」
 首を横に振られる。
 否定。
 何が違うというのか。
 私は彼女だけのものだと、思うのだけれど。
「ほら、この間あなたと手を繋いで歩いたろう」
「え、あ。ああ、そういうこともありましたね」
「その話を船長にしたんだ」
 話しちゃうんだ。
 別に何も悪いことはしてないけどそんなこと話されたら恥ずかしい。
 っていうか秘密厳守の密偵キャラは何処に消えたんだおまえ。
 いやまあいい。そういう話をするくらいムラサと打ち解けてくれたというのが嬉しい。と思おう。
 ……あれ? 冒頭の私の悩みってもしかしてまるで無駄だったの? わぁい杞憂だー。
「そしたらあの女早速ご主人様の胸を揉みやがった」
「うん?」
「この私より先に踏み込みやがった。私でさえ触れたのは背中と手と腰くらいなのに」
「な、ナズーリンさん?」
「油断ならない。一見明るい女こそ策を弄してくる悪女なのだ」
 そ、そうかなあ?
「そうだ、邪魔で害悪なあの女、石を抱かせてここに沈めないか」
「怖いこと言い出すなぁ!」
「わかった。山に埋めよう」
「わかってない! そんな方向性の理解は求めてない!」
「私としても心苦しいがそれならしょうがない。焼こう」
「心苦しさを微塵でも見せてからそういうことは言え!」
「もしや食って隠滅しろというのか。確かに骨を齧るのは好きだが」
「始末する方向から離れろ! いい加減長い!」
「うむ。長々と続けてはボケも破綻するね」
 ボケてたつもりだったんだ……目が本気の色だったよ? 見間違いかなあ。
「真面目な話にしよう。あなたにも気づかれない完全犯罪を五十四通り思いついた」
「思いつき過ぎだろう!? ああもう突っ込みどころ間違えた! ええと、だああああっ!」
 もう吠えるしかなかった。
 がおーとか言っちゃうぞもう。がおー。
「まあまあ。実を言うと私と船長はそんなに仲が悪いわけでもないのだよ」
 本当か。今抹殺計画練ってたじゃないかおまえ。しかも完全犯罪。
 思い切り殺意告白してる私も気づかないとかいうとんでもない完全犯罪。どんなだ。
「仲良しこよしだ。この間もボクシングに興じてね。7ラウンドでKO負けした」
「負けちゃったんだ!?」
 勝てよそこは! そっちからそんな風に振ったんだから!
 なんで自信満々に敗北を告げてるんだろうこの子……
「粘ったんだがね……船長も足にきてたし、あそこで顎にもらいさえしなければ。どうも顎が脆いな私は」
 いやそんなボクシングでの弱点告白されても……
 っていうか千年クラスの妖獣に素手で勝ったんだムラサ……幽霊じゃなかったのかあなたは。
 確かにナズーリンはパワー系の妖獣じゃないけど素手で勝つって。妖力無しでって。
 なんかどんどん私の中のムラサ像が崩れていくんだけど。誰か止めて。
「はぁ……いや、杞憂ですよそれ。ムラサはあれで悪戯好きですから、あなたをからかってるんでしょう」
 長い付き合いだ。ムラサの悪ノリくらいは察しが付く。
 そんな警戒心を露わにしなくても大丈夫。全部冗談。
 聖の時もそうだったけれど、自称するだけあって嫉妬深いなあナズーリン。
「はぁ……この鈍感タイガーは」
「うん?」
 今なんか言ったか。
「是非ともこの話題は掘り下げたいところだが、やめておこう」
「え。何故です。言いたいことがあるのなら言ってしまった方がよいでしょう」
「ご主人様。暖簾に腕押しって知ってるかい」
 馬鹿にされてるのだろうか。
「糠に釘でもいい」
 馬鹿にしてるんだろうなあ。
「ま、船長のは本当に冗談だろうね」
 溜息をつきながらそう言った。
 本音――らしい。いまいち、読み切れないのだけれど。
「私は嫉妬深いからね。そんな冗談にも肝を冷やしてしまうのさ」
 それは、それこそ……杞憂だと、思うのだけれど。
 私にそんな魅力はないし、ナズーリンという恋人が居るのだし。
 ふと見れば、彼女は喉を鳴らして笑っていた。
「……なんですか」
「いや済まない。色々といじわるをしてしまったようだね」
 薄々感づいてはいたけど、やっぱりからかわれていたのか。
 どうにも、彼女に振り回されてしまうな、私は。
「遠回りしたが、私が言いたいのは、昔より今のあなたの笑顔が好きだってことだよ」
 色々口惜しいがね。
 短く、付け加えられた。
 ……なんなんだ、今日は。
 どうしてこう、要所要所で私を赤面させるのだろう。
 ボケ倒すとかひたすら真面目とかは何度もあったがこんなの初めてだ。
 対処し切れない、変化球である。
「……ナズーリン」
「なにかな?」
 私は。
「今の私の方がと、あなたは言いましたが……」
 私は直球しか投げれない。
「今私が笑えているのは、聖たちだけじゃなくあなたのおかげでもあります」
 気恥ずかしさに目を逸らしながら、真っ直ぐに告げる。
「あなたが変わらず傍に居てくれているから、笑えているんです」
 返事はない。
 彼女は、どのような顔でこの言葉を受け取ったのだろう。
 赤面するナズーリンなんて想像も出来ないけど、彼女も恥ずかしがったりするのだろうか。
 いや、苦笑されているのかもしれない。こんな直球、彼女には通じないかも――
「やれやれ」
 耳に届く声に、反射的に顔を上げる。
「最後には、必ず負けてしまうな、あなたには」
 覗く横顔。
 浮かぶのは、微笑みだった。
 苦笑ではなく、微笑み。
 直球は――届いたらしい。
 ……うん。口惜しがる必要なんてない。
 千年の孤独から私を救ってくれたのは、ムラサでも聖でもなく……あなたなのだから。
 数百年もこんな私に……寄り添ってくれた、あなただけなのだから。
「よっ」
 引いた様子もないのに彼女は釣竿を振った。
 場所を変えるのかな? 釣り糸が水面から――
「あれ、餌」
「始めから付けてないよ」
 その言葉通り、釣り糸の先には針しか付いていない。
 随分釣れないと思ったら……これでは釣れようがなかった。
 ずっと、何時間も――釣竿を構えただけだった?
「……何故そんな小芝居を?」
「あなたは色々と忙しい方だからね。こうでもせねば息抜きもさせられない」
 息抜き、って。
「そんなことせずとも」
「そう、ムラサ船長に教わったのだよ」
 彼女の名を出されると、弱い。
 ずっと昔、ナズーリンと出会う前は、こうやって強引に連れ出されたものだった。
 修行ばっかしてるとかえって体に悪いとか言って……気遣ってくれた。
 まったく、何時の間にそんなに仲好くなったのやら。
 ムラサも口が軽いなあ。
「なんて、連れ出せたのは偶然だし、目的は息抜きじゃなかったりするんだけどね」
 皮肉気に笑いながら彼女は立ち上がる。
 帰り支度はもう済んだようだが――目的が違うって?
 だらだらと続けた雑談が目的、というわけではないだろうし。
 彼女が目的と言うからには、もっと明確な何かがあると思う。
 考えも纏まらぬままつられて立ち上がる。
 霧でわかり難かったが、もう夕暮れ――を幾分か過ぎた頃のようだった。
 私は虎で、夜目が利くので尚更気づかなかったのだろう。
「……少し歩こうか」
 言われるままに彼女の後についていく。
 やがて霧も薄れ、ごく普通の夜闇に包まれる。
 何もない野原。冬の、冷たい風が吹く。
 こんな所に連れてきて何をするというのだろう。
 本当に何もない。木々さえ視界の端に僅かに見える程度で……
「ナズーリン……?」
「空を見てくれないか」
 首を傾げながら見上げる。
 そこには――満天の、星空があった。
 彼女ばかり注視していたから、気づかなかった。
 雲一つない、遮るもののない――言葉を失うほどの、星空。
 圧倒されてしまう。なんて、美しいのだろう。
「私は星を見るのが好きなんだ」
 呟くような声。
「昔は、夜空を見上げる度に――あなたを思い出していた」
 微笑む気配が伝わる。
 彼女は星空を見上げて、笑っていた。
 星。寅丸――星。
 私の名は、この金色の眼が星のようだからとつけられたものだけど。
 以前、彼女は私のことを夜空の星に喩えたけれど。
 本当に、空に輝く星だと言われたのは、初めてだった。
「これを――見せてくれようと?」
 なんと応えてよいのかわからず問うてしまう。
 彼女は苦笑も肩を竦めもせずにそうだねと答えた。
「あなたと二人きりの時間が欲しかった」
 私の手に、彼女の小さな手が、触れる。
「数百年作れなかった、あなたとの思い出を作りたかった、ってところかな」
 触れるだけ。
 指先が触れるだけ。
 少女の手は何も掴むことなく引かれようとしている。
 その手を、掴んだ。何も考えずに、衝動のままに、掴んだ。
 ――普段の言動に誤魔化されてしまうけれど、彼女の本質は臆病者だ。
 どれだけ過激なことを言おうと、深入りは避けてしまうのが彼女だ。
 手を繋ぐ。
 少女に出来ないのなら、私から。
 彼女が歩み寄ってきてくれるのをただ待つなんて出来ない。
 歩み寄ることに怯えてしまう少女に、手を差し伸べねば。
 私たちは恋人同士。
 どちらかが一方的になんて許されない――対等な関係なのだから。
 ナズーリンは、ほんの少しだけ驚いて、黙って私の手を受け入れてくれた。
 二人で星を見上げる。
「あなたが星を見るのが好きだなんて、知りませんでした」
「趣味と言えるほどでもないし、口にすることはなかったから」
 どこか気恥ずかしそうな声。
 今視線を下ろして彼女を見れば、赤面した顔が見れるのだろうか。
 なんとなく、卑怯な気がするからそれはしないけれど。
「――聞いた話だけど、星は、空の彼方で燃えているんだって」
 誤魔化すように彼女は雑学を口にした。
 微笑んで、乗ってあげる。
「そうなんですか? 燃える星なんて、太陽みたいですね」
「うん、夜空で輝くのは、太陽のような星らしいよ。とても熱いんだそうだ」
 ふうん。星に、熱いイメージはないけれど。
 きゅ、っと、繋いだ手を握り返される。
「あなたの手は、冷たいね」
 風で冷えたから――と言いかけて、やめる。
 彼女が言いたいのはそういうことじゃないだろう。
「私は体が大きいですからね。熱が隅々までは行き渡らないんでしょう」
 あえて察したことは言葉にしない。
 きっと、彼女が言いたいのはイメージとしての星。
 燃えていると知っても、熱いと知っても、太陽とは反対のイメージ。
 つまりは、私のことなのだろう。
 太陽でも月でもない、星。
 夜空で仄かに輝く星。
 私も握る手に力を籠める。
「あなたの手はあたたかいですね」
「ん……」
 冷たい星は、今はもう、寒くない。
 ――さて、私も彼女に倣って、例え話でもしようかな。
 意趣返しと言うわけではないけど、普段言えないことを言ってしまうのもいいだろう。
 話術が苦手な私に言えることなんて大したことはないけれど。
 彼女の心に残る、思い出を色濃くするのも、いいだろう。
「私も人に聞いた話なんですけどね」
 星を見上げたまま口を開く。
「夜空にはいっぱい星があるように見えますけど、星同士はとても離れたところにあるんだそうです。星同士は近づけない。どんなに願っても顔を見ることすら叶わない」
 彼女の手を握ったまま言葉を紡ぐ。
「寂しいですよね」
 返事はない。
 どう受け取られたのか、彼女は黙して語らない。
 ただ、私の手を握る力だけが強くなっていた。
 視線を下ろす。
 彼女に向ける。
 ナズーリンはもう星を見上げておらず、俯いていた。
 いつからそうしていたのか、微動だにしない。
 声をかけようとして――先んじられる。
「…………しょうがないな」
 ゆっくりと見上げられる。
 彼女の赤い眼は、星空ではなく私を見ていた。
「なら、ネズミは星を追いかけよう」
 微笑んで――私を見ていた。
「いつか、自分が独りじゃないって……お星さまが気付くまで」
 見上げるだけじゃなく、手を伸ばして、追いかけると――彼女は言った。
 星を見るのが好きだと、手が届かないものを見上げるだけだった彼女が、言った。
 冷たい風が吹く。
 冬の野原は凍えるような寒さだけど、今は耐えられる。
 握られた手。そこだけは、どうしようもないほどに熱かった。
 ナズーリンの、小さな熱が――私をあたためてくれていた。
「――ありがとうございます」
「おや、この場で礼を言うのはおかしいね。まるであなたが寂しがってたみたいじゃないか」
「はてさて。どうなんでしょうね。もう昔のことは思い出せません」
「何故だい?」
「それは」
 星を見上げ続けた彼女を見つめる。
 ずっとずっと、星に寄り添い続けてくれた少女を見つめる。

「もう寂しくないからですよ」

 私の傍で輝いてくれる、小さな星を見つめてそう囁いた。
新年明けましておめでとうございます

七十七度目まして猫井です

半年ぶりのナズ星でした

そして一年以上ぶりの変態ナズーリンでした

本年もよろしくお願い申し上げます

ここまでお読みくださりありがとうございました


※2012/11/7 改行を修正しました
猫井はかま
http://lilypalpal.blog75.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3580簡易評価
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
19.100名前が無い程度の能力削除
あけましておめでとうございます。
星が堕ち、いやオチた!!
21.100奇声を発する程度の能力削除
とても楽しく読めました!
24.100名前が無い程度の能力削除
星さんの芸風が……! 芸風が……!
マジックダウザー★ナズーリンで吹きました!
26.100名前が無い程度の能力削除
この作品を読んだあと、私は100点を付ける以外の行動が思い浮かばなかった
しかし100点では足りない
楽しく読ませてただきました。
27.100名前が無い程度の能力削除
>死んでないですよー
めーりんwwwww

>なんて頚椎骨折の多いシリーズなんだ……!
そう言われるとやなシリーズだなww

>「いやまあ生きてるんだけどね」
いや死んでるだろw

>現役魔法少女
別に正体隠してる奴いねーだろw

>ゴスロリの人がよくつけてる小さいシルクハットみたいなのとかー!
どこで見たしwww
30.100名前が無い程度の能力削除
Good job
32.100名前が無い程度の能力削除
あけましておめでとうございます。

貴方がかかれるナズ星、続編待っておりました。


いつものナズだと油断していたら、まさかのはっちゃけ星ちゃん。半年の月日はこうも人を変えるのかっ
34.100名前が無い程度の能力削除
変態カップルキタコレ
35.100名前が無い程度の能力削除
もうあれから一年なんて信じたくない…
星がブッ飛びすぎて月日が怖い。でも猫井さんのナズ星は大好物。つまり、いいぞもっとやれ、と言いたいだけなのです。
38.80名前が無い程度の能力削除
いつになったらこの二人は先に進むんだ……!
44.100名前が無い程度の能力削除
星さんが向こう側へ行ってしまわれたw
45.100名前が無い程度の能力削除
星さんがピリオドの向こう側へ逝ってしまわれた…
47.100名前が無い程度の能力削除
全てが、つつまれて
48.100名前を忘れた程度の能力削除
星ちん、帰ってこ・・・無理だな。
変態カミングアウト同士、お幸せにw
55.100名前が無い程度の能力削除
ナズの変態っぷりに安心した
56.100七星削除
100点じゃ足りない。いつものテンポのやりとりも大好きですが、
静かに気持ちを語り合うしっとりとしたナズ星にまんまと殺られました。五十五番目の方法で。
実にけしからないのでもっとやってください。
氷点下4℃の寒空の下、全裸でお待ちしています。
58.100アン・シャーリー削除
ナズ星と聞いて
かわいいぜ……
61.100名前が無い程度の能力削除
ああ、変態ナズーリン久しぶりに会えて嬉しいよ。
67.100euclid削除
> だってナズーリンのこと好きなんだもん。

ここが可愛すぎてオトされちゃいました。
あゝしかしでも最後はやっぱりかっこよく決めるなこの星ちゃん。
そしてナズーリンが可憐な少女に思えて仕方がない。
68.100名前が無い程度の能力削除
続編まってました!
とても楽しかったですー!
77.100名前が無い程度の能力削除
最高だwww
78.100名前が無い程度の能力削除
もうこのナズ星にはこの勢いのまんまでどこまでも突っ走ってって欲しいwwww
大好きだー!!!!
86.100名前が無い程度の能力削除
過去作のナズーリンのヤンデレっぷりを考えかると殺る気まんまんにみえる…

星さんガチでムッツリだったんですね
まあナズは似合うだろうし聖はエロいからしょうがない