「妖夢、大事な話があるからちょっと座ってちょうだい」
「はあ」
夜も更けたしそろそろ寝るかなと自室で寛いでいたら、幽々子様にそんなことを言われた。
我ながら、炭酸の抜けたサイダーみたいな返事だと思った。仕方ない、幽々子様の「大事な話」は、八割方、うんにゃ九割大事じゃない。場合によっては話ですらない。
「豚カツに味噌が付いていないから」という理由で閻魔より長い説教をされるのは、全世界探しても私だけだと思う。なんという有難くないオンリーワン。花屋の店先に並ぶつもりは無いんだけど世界に一つだけすぎる。
とはいえ、愚痴ったって仕方が無い話だ。それが仕事なんだから。よっこい正一と向かい側に座り込む。幽々子様は真剣な表情をしていたけども、構いやしない。話の中身はどうせ味噌カツやら石狩鍋やらだ。
「それで、お話というのは何でしょうか?」
「私の家族が見つかったわ」
家族。
ふむ。家族ってどういう料理だっけ……。
作り方どころかどんな料理かすら思い出せなくなっている。私もボケたか。
いや待て、幽々子様がまたぞろドマイナーなモノをリクエストしてるだけかもしれない。そうだ、そうに違いない。
「ええと、そのカゾクっていうのは、南米あたりの郷土料理ですか――?」
「何言ってるの妖夢? 私の家族よ、日本人よ。純ジャパよ」
「え……あ、ああ家族、家族ね! なるほど……って、え? 家族って、幽々子様のですか?」
「最初からそう言ってるじゃないのよ」
めちゃくちゃ大事な話じゃないか。誰だ味噌カツとか抜かした奴。
普段から石狩鍋の話とかばっかする人が悪いんだ。そうだそうに違いない。
いやしかし、家族が見つかったとなると、不思議なことが一つ有る。
「ですが幽々子様? あなたのご親族は、その、とっくに亡くなっておいでなのでは……」
「いやいや妖夢、ところがぎっちょん。奇跡的に一人ほど生きてたみたいなのよ。私も全然知らなかったのだけどね」
成る程と納得しかけたけれど、ちょっと待った。それは奇跡的どころの話じゃない。鶴瓶もビックリだ。
幽々子様は亡霊だ。そして、そうなったのは恐ろしく昔だと聞く。つまり、ご親族が今更「生きて」見つかるはずがない。
妖怪が馬鹿みたいな寿命をしているせいで忘れがちだけども、人間はたかだか百年で死ぬ。
さらに言えば、一度輪廻してからでは既に遅い。輪廻すると「幽々子様の肉親」としての記憶は失われるからだ。
前世の記憶なんてものは、阿礼乙女ぐらい特殊じゃないと引き継げない仕様なのだ。強くてニューゲーム出来ないのがこの世なのである。とっても世知辛い。
で、経過時間的にはとっくに輪廻しているはず――下手すりゃ、三四回ぐらいやっていてもおかしくない。つまり記憶が残っているはずもなく。
家族が生きていない根拠なんて、パッと思いつくだけでもそれくらい沢山あった。
逆に、生きてるって方は思いつかない。
「いやいや幽々子様、『生きてた』って、無理でしょそんなん。あなた亡霊暦何年ですか」
「私だってビックリしたわよ。でも実際問題として生きてるんだから、しょうがないじゃない。まあ、明日会わせてあげるわ」
「……はあ、ええと、楽しみにしておきます」
「ええ。楽しみにしておいてちょうだい」
幽々子様はそう言い残すと、私の部屋を後にした。
色々と気にはなるけれど、まあ明日になれば対面できることだ。
とりあえずとっとと寝るかと思って横になったけれど、寝る間際に人と話したせいか、中々寝付けない。
しかたなくさっきの話を反芻してみた。やっぱり信じがたい。与太話としか思えない。
「そうよねぇ」
ぬっ。
「うぉぉぉぉ――!!?」
祖父の教えでは、「いいか、何が起きても動じるな。いわゆる『おはし』だ。大きくて、はしたない、お尻」ということだったけども、寝てる最中に目の前にいきなり生首が現れたら誰だって驚くと思う。よってこれはセーフだ。
役に立ちそうにない『おはし』を忘れ慌てるあまり、布団から飛び上がった。そのまま二刀で叩き斬りかけたところで、生首の正体に気づく。
「ああなんだ紫様ですか……からかうのは御自分の式だけになさって下さいますか」
「あらつれない。真面目な話をしに来たのに」
「はいはい、今度はどこのアンチエイジングコスメがお勧めなんですか?」
「いやだから、マジで真面目な話だってば。幽々子のことよ」
む。
幽々子様のことと聞けば、邪険にすることもできない。何せこの人は、幽々子様の唯一に近いご友人だ。
ましてタイミングがタイミングだし。
アンチエイジングコスメの話だったら丁重にお帰り願ってたところだけど。
「あの話は聞いた?」
「あの話というと、見つかった家族のことですか」
紫様は頷いた。どうやらこの人も、例の与太話を聞かされたクチらしい。
笑い話として適当に受けておけばいいものを、この人は真剣そのものな表情をなさっていた。明日は雨か。
「紫様。幽々子様が何を出してくるか、まあ楽しみに待ちましょうよ。何を勘違いしたのやら……」
「いや、そういうわけにもいかないわ。あの子が騙されてる可能性だってあるんだから」
「騙すって……、あの人を騙してどうするんですか。まして肉親だなんて厳しい嘘までついて」
「さあ……けれど、幽々子の能力を考えると、相応のメリットは有るわよ?」
死に誘う程度の能力――亡霊なら誰しもその傾向を持ち合わせているのだけれど、幽々子様のは特に顕著だった。
通常のそれが望むと望まざるとに関わらず発現してしまうのに対し、あの人は意識して制御できる。
しかも精度も圧倒的。外傷も証拠も一切残さず、しかも完璧なタイミングで相手を殺せるというのは、暗殺にピッタリだ。確かに、人によっては魅力的だろう。
しかし、それを狙って近づいたのだとしても、わざわざ肉親を騙る意味が無い。近しいほどバレやすくなってしまうのだから。
「そこまで面倒な手を打つ奴が居ますかね? いつボロが出るか分かりもしないのに」
「そこなのよね……誰かの陰謀にしちゃ、やり口がずいぶん間抜けなのよ。まさか真性のバカってこともあるまいしね……。とにかく、私が言いたいのは、幽々子の祖父とやらを手放しで信用しちゃ駄目よってこと」
それはちょっと抵抗もあるのだけど、結局頷いた。何せそもそも死んでいるはずなのだ。あちらさんに害意が有ろうが無かろうが、用心するに越したことはないだろう。
「話はこれで終わりよ。それじゃ」
伝えるだけ伝えると、紫様はまた隙間の中に引っ込んでいった。
あの人は心配しすぎな気もする。でもまあ、本物の肉親だったとしても、その人がロクデナシな可能性は有るわけで。
従者の私が見極めるべきなのだろう。
いずれにせよ、事は明日だ。今日はもう、さっさと寝よう。
「おやすみ」
「待たせたわね三人とも。ちょっと待ってなさい、すぐ連れて来るわ」
翌日。
白玉楼の客間には、幽々子様に私、紫様に藍さんの四人が集まっていた。
幽々子様は、祖父をまとめてお披露目するらしい。準備のためにいったん奥へ引っ込んだ。
しゃちほこばってた藍さんが姿勢を崩し、ため息を吐く。
「やれやれ、ウン百年もやってるのに、未だに従者らしく堅苦しくっていうのは慣れないな……。ところで紫様、コレは一体何の集まりなんです?」
「あれ、藍さん聞いてなかったんですか?」
藍さんは頷いた。――紫様よ、従者をからかうのも大概にしてあげてください。
「実は、幽々子様の御祖父様が見つかったとかなんですよ」
「へぇ、それはめでたいな……いや待て。祖父が見つかるだと? 生きて? おかしいだろうそれは、亡霊歴何年だあの人」
彼女は、私とほとんど同じリアクションを返した。常識人連合の面子的には、やはり信じがたかったか。
幽々子様? あの人はちゃらんぽらん組合名誉会員。
「紫様、まさか幽々子様はボケなさったんでは……」
「ちょっと藍。どっちの意味のボケか知らないけど、多分妖夢に失礼よ。だいたいアレが呆けてるように見えた? そんなのは……まぁいつものことで、だけどあの子は常に正気よ」
それは確かだ。
幽々子様はボケていない――痴呆ではない、という意味で。私だって伊達に長年従者やってない。それくらい分かる。
だから考えられるのは、幽々子様がボケてる――ツッコミ待ちという意味の方で――か、或いは、
「騙されているのかも……、でも、これも」
「昨日の晩に話したわね、可能性は薄い」
「あー、二人とも? どういうことです?」
藍さんは全く話に付いて来れていない。説明してあげときましょうよ紫様。
「悪意のある誰かが、幽々子を騙しているって可能性よ。でも露見のリスクが高すぎるのよね……」
「ふむ。そんな小難しく考えずとも、相互に勘違いしているだけなのでは?」
「なるほど。それは有りうるわね」
「藍さん、どういう意味ですか?」
紫様は納得なさったらしいけども、私にはイマイチ分からなかった。
「ああ、つまりこうだ。御祖父様とやらは幽々子様を自分の孫娘だと思い込み、幽々子様は御祖父様を自分の御祖父様と思い込んでいる……。互いが互いを血縁者だと思い込んでいるだけじゃないかってことさ」
「なるほど……だけど実際は」
「それぞれの探している相手は別に居る、赤の他人というわけだ。何と言うか、身内の出来事じゃなきゃ喜劇と笑えるんだろうがね」
なるほど。それなら詐欺師説よりは筋が通る。
まるで漫画か何かみたいな勘違いだけど、事実は小説やジョジョより奇妙なものでもある。
「まあ、いずれにせよ私達がするべき事は、見極めよね……」
紫様がそう締めくくったとき、幽々子様が戻ってきた。
「お待たせ。準備できたから呼ぶわね……御祖父様ぁー、いいわよー」
幽々子様が呼びかけると、その人は客間の奥の部屋から入ってきた。
背はずいぶん小さい。私よりも下かな? 縮んでしまったのだろうか。幽々子様の御祖父様となれば、歳をとってるはずだし。
服装は、青基調に白のアクセントがついた上下繋ぎ。ワンピースといった方がわかりやすいか。殿方も着るのかなあ、そういうの。
あと、髪色は幽々子様とは違って薄青だ。遺伝しなかったのか。でも緩めのウェーブがかかってるというか、縮れ気味なところは同じか。で、後ろにリボンを結んでいる。
そして背中には、羽のようなものが付いていた。
ずいぶん若々しい人で、なんだか服装が少女趣味だけど、これは――、
「あたい」
三人同時に目を見合わせた。視線は同じ事を喋っていた。
――これアイツじゃね?
三人同時に頷いた。青髪・青リボン・青ワンピに氷の羽。
これは……チルノ……。
そして一斉に幽々子様を見た。満面の笑みだ。
二人が私を見た。私は視線で伝えた。
――ガチでボケてる時の顔ですアレ。ツッコミ待ちです。下手な返しすりゃ殺されますよ。
なんという事か、幽々子様はマジのボケをかましていた。全力と書いてマジだった。
どう返せっていうの? と紫様に視線で問い質されたが、比較的常識人な私に分かろうものか。幽々子様に聞いていただきたい。
これはもう、ボケの域を通り過ごしている。なんというか、シュルレアリスム?
いずれにせよ言えることが一つ有る。どうしてこうなった。
「あたい」
そうこうしている間にも、チルノは盛んに自己主張していた。堪えろ私。笑ったら死ぬ。
幽々子様は相変わらずガチの顔だった。半端なことをすれば文字通り命がない。突っ込むのに非常に勇気が要る。
――ちょっと、妖夢行きなさいよ。
――嫌ですよ! おもっくそ貧乏クジじゃないですか!
これへのツッコミは私には駄目だ。絶対に無理だ。不条理すぎて、常識人・苦労人ポジの私には手に負えない。
どうせボケの不条理さは同じくらいなんだから、紫様が処理すればいい……と思ったのだけど、あの人は全力でソッポを向きはじめた。ちくしょうめ、逃げる気か。
「あたい」
「わちき」
チルノは自己主張を続けている。あと変なのも混じって、場は混沌としてきた。
平然としているのは幽々子様だけで、そして多分彼女も内心ドヤ顔のツッコミ待ちだ。
下手な行動を取れば恐ろしい結末が待っていて、下手じゃない行動を取るのははまず不可能という理不尽窮まりない状況。この戦い、最初に動いた奴が死ぬ――。
「お初にお目にかかります、幽々子様の御祖父様。私は八雲藍と申します。こちらは私の主、八雲紫です」
唐突に口を開いた藍さんは恭しく口上を述べ、三つ指まで付いてみせた。笑ってはいけないシリーズにも出ないようなシュールさの中で、あまりにも真摯な態度。眼差しは真剣味を孕んでいた。
この人はひょっとして、真に受けてるのかしらん?
危険な香りに感づいた紫様が彼女の服の裾を引っ張るけれど、まるで気づかない。幽々子様は相変わらず、恐ろしさを湛えた女神の笑みだった。
紫様が再度裾を引っ張る。瞬間、藍さんは勢いよく立ち上がった。そしてその手を振りかぶる。
「いやぁそれにしてもお若くていらっしゃる、ってこれチルノやないかーい!!」
そして目にも留まらぬ速度で、幽々子様に突っ込んだ。
神速で突き出された手は強い風圧を呼び、幽々子様の胸を揺らす。ぷッるんぷるんだ。私は死にたくなった。涙を流してハンカチを噛む。
それにしても藍さんは勇者だ。それは間違いない。私には、あんな無謀もとい果敢なノリツッコミは出来ない。
幽々子様が満面の笑みを崩した。
判定は、マルか、それともバツか。二つマルを付けてちょっぴり大人だ。
「……藍? あなたが何を言っているのか分からないわ……これは私の御祖父様よ?」
「あたい」
「おどろけー」
結論からいえば、マルでもバツでもなかった。
ただ当惑した声と、困り顔と、チルノの自己主張が有るばかりだった。あとなんか空気読めないの。
瞬間、私と紫様は目を見合わせる。
――どういうこと? 幽々子はボケをかましてるんじゃなかったの?
問い掛けられるが、私にも分からない。
しかし一番辛いのは藍さんだ。彼女は引き下がれない。涙目で私達に助けを求めて来たけれど、ご愁傷様としか言いようがない。
幽々子様は藍さんのツッコミを、本気で理解しかねているらしかった。つまり彼女は、チルノを自分の祖父だと思い込んでいるらしい。無論、ボケではなく。
従者という私の立場を差し引いても、ああ見えて幽々子様はしっかりした方だ。そんな間違いをしているなんて思えない。でも状況は、そんな「ありえない」を現している。
紫様は眉間にグランドキャニオンみたいな皺を寄せている。何とかしてこの謎を解こうとしているようだけど、芳しくないらしい。
あの人に分からないなら、私に分かるはずがない。そう思った瞬間、思わぬところから答えが与えられたのだった――。
「あたいったらさいぎょうね!」
まぁ、それはいつものことだからまぁいいとして。
少しオチが弱い感じがしましたのでこの点数で
ああ、かつての狂人さんが帰ってきたぁ…って感じでした。
オチのくだらなさが最高。
どうやら今年も健在であるようで何よりですw
もってけ!
後、今年もよろしくお願いします。
チルノは男じゃねえ
今年も狂人クオリティを楽しみにしています
小傘に突っ込むのが正解なのか??
ああもうもってけお年玉!
いや、大きくてはしたないお尻は卑怯だろ……
ついげきのオチで笑いながら叩いてたテーブルが腹筋崩壊…!!何をいっているのか(ry
いやぁ喚く狂人はんはホンマパないでっせぇ…
今年もよろしくお願いしますよ、狂人さんっ!
面白くはあるんだけどなぁ
どや顔ゆゆさまと藍さまの蛮勇にこの点数を捧げますw
相変わらずのクオリティに安心しましたw
最後のオチで再び歯磨き粉が。こんどは画面にも・・・・。
吹いちゃったんで100点持ってってください。