「年賀状。
それは新年のご挨拶。
毎年皆様は、ちゃんと出していますか?
年賀状、ちゃんと私が届けます。
妖怪の山は烏天狗、射命丸文、射命丸文でございます」
「あんた、新年早々何やってんのよ。参拝客の皆々様がお参りに来れないじゃないの」
「いいえ、霊夢さん。これは重要なことですよ!」
「そもそも、年賀状って何よ」
「えっ? 知らないんですか?!」
「知ったこっちゃないわ」
幻想郷に配達業者など存在せず、狭い里の中でほとんど事足りてしまうからだ。
里全員が知り合いであり、道行く人に挨拶をしてしまえばいい。
ちなみに、年賀状という風習がない幻想郷でどうやってそれを知りえたのか。
「スキマの紫さんに教えていただきました。あの方、隙あらば式神にされそうなので怖いんですけどね」
「……余計なことを」
「何か言いましたか?」
「いいえぇ?」
「胡散臭いですねぇ」
霊夢の表情は、面倒を体現していた。
無気力な表情に加え、眉をひそめて目はすわっている。
また何か厄介ごとが起きるのではないかと、警戒している。
静かな境内の中央で、文は未だ大声でまくし立てている。
霊夢はというと、まだ日も低いにも関わらずいつもの巫女服で茶をすすっていた。
ちなみに、妖怪神社と言われるだけあって人間の気配は露ほどもない。
悲しいことに、霊夢は言葉とは裏腹に参拝客のことを期待していなかった。
来る妖怪に賽銭をせびるのも、ただのポーズに近い。
もちろん、客も銭も増えるほうが嬉しいようだ。
「んで、その年賀状がどうしたのよ」
「ええ、妖怪の山で……というか天狗の企画の一つでして。元々は内部だけで実験しているのですけどね」
「じゃあ、私に持ち出すことないじゃないの。誰も知らないのでしょう?」
「紫さんは知ってますよ」
「あいつはいいわ。何かにつけて楽しんでるだけよ」
「でしょうねー」
文は霊夢に応じながら、肩にかけたかばんをごそごそと探る。
どうやら、何かを探しているらしい。
「……何を探しているのかしらないけれど、とりあえず中に入りましょ。さすがに寒くなってきたわ」
「あ、そうしますー」
「どうでもいいんだけど、冬でもそんなスカートで寒くないの?」
「腋を年中出している巫女に言われたくないですね」
「これは由緒正しい博麗の巫女服よ」
「それを言ったら、私だって由緒正しいボンボンですよ」
「そのボンボン、一体何なの?」
「さぁ?」
「あんたねえ……」
霊夢は続く言葉をため息に変えて、居間に上がった。
参拝客の出迎えは、一旦休憩とするらしい。
今でこそ静かではあるが、夜が明ける前に信心深い里の人間と妖怪は参拝に訪れた。
霊夢は彼らにお神酒を振る舞い、破魔矢なりお守りなりを販売した。
その他は、守矢神社や命蓮寺へと向かっている。
千客万来とはいかずとも、それなりに信仰がある博麗神社なのであった。
「うー、温いですよねえ」
「親父臭いわねあんた」
「失礼な。私は少女ですよ。風神少女ですよ?」
「へー」
「結構長い付き合いなのに信用してませんね?」
「付きまとってくるだけじゃないの」
「営業活動ですよ」
「里でやりなさいよ」
「これからやりますよ。里への配達もあるのです。なんだかんだで、天狗でも里に入れるのって私だけですから」
「じゃあ、さっさと行ったらいいじゃない」
「その前にお得意様には顔を見せなきゃじゃないですかー」
「はいはい、ありがとうございました」
「冷たいですねぇ。さて、そろそろ行きます。お茶ごちそうさまでした」
「ちゃんと障子閉めていきなさいよ」
「はーい」
「……どっちが年上なのか、わかりゃしないわね」
「お姉ちゃんとでも呼びましょうか?」
「うっさい」
あやや、ちょっと怒らせちゃいましたかね。
ちょっとからかったつもりでしたが、あそこまで顔を真っ赤にされるとは。
今、東に見える初日の出とどちらが紅いでしょうか?
可愛いですね。
さて、里への年賀状ですがあまり数はありません。
新聞を取ってもらっているところに、担当の烏天狗から。
麓の河童から、おそらく仲の良い人間へ。
山の巫女から、お世話になった人へ。
みんなマメですねえ。
それに、今年もよろしくーばかりで無難です。
もうちょっと、攻めていかないと進展も何もないんですけどねー。
天狗の家みたいにポストなんかないので、各お宅の戸口に差込です。
一応、里の人間の家はおおよそ把握しています。
地道に勧誘を続けた結果、住所がなくとも私はちゃんと覚えています。
人間が初日の出を見に出張っている間に、さっさと終わらせてしまいましょう。
さくさくさく。
初日の出なんか、いつもの夜明けと変わらないと思うのです。
千回近く見れば、ありがたみなんかありません。
それよりお仕事ですよ、お仕事。
実際、預かった分はほとんど終わっているんです。
残りは、私個人の分。
こういった活動が、新聞の人気を生むのです。
私の記事が面白いということが、最大の前提ですが。
人気が出てきたからって、それで終わりじゃないのがこの商売のつらいところです。
日々是努力。
「おや、天狗の……」
「射命丸ですよ、慧音さん。あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとうございます。射命丸さん、何をしているのかな?」
「年賀状の配達です」
「年賀状?」
霊夢さんにした説明を、もう一度。
そこは知識人と呼ばれる慧音さん、一度の説明で理解してくれました。
楽です。
流石です。
別に意図はないですし、慧音さんもそこのところはわかって下さったようです。
「まぁ、里の中だけだと必要ないみたいですけどね」
「外の広大な世界の事情はあるにせよ、悪くないと思う。年末年始はいろいろとバタバタするからなぁ」
「天狗も同じですよ。行事とか宴会とか宴会とか宴会とか」
「その通り、今年は怪我する奴がいないといいのだが」
「ですねえ。事後処理が面倒ですから」
「……それもあるが」
「さて、はい。慧音さんのお宅にも配ろうと思っていたので、ここでお渡ししちゃいますね」
「どうもありがとう」
「いえいえ、干支を無視しまくった絵ですけど許してくださいね」
「……烏の新年の挨拶とは、珍しい」
「天狗ですからねー」
大量印刷も、オーダーメイドも取り揃えております。
妖怪の山の烏印刷、烏印刷をごひいきに。
あ、新たなビジネスチャンスかもしれませんね。
来年とか、暑中見舞いの時に宣伝してみましょうか。
そして、里との契約を一手に引き受けて大幅なシェアを獲得。
中間マージンで大きな利益を……?
「涎が出てるぞー」
「おおっと、失敬失敬」
「腹でも減っているのか? ならば、宴会の餅くらいはご馳走するぞ」
「いえいえ、お構いなく。愛しの巫女のところにも届けなくてはなりませんので」
「そうか……なら、せめて何か持っていくといい。宴会の料理くらいはあるはずだ」
「慧音さんお手製でお願いしますねー」
「……味は保証しないぞ?」
慧音さんと巫女のつながりを強調し、私が仲立ちになる作戦。
まぁ、妖怪神社に近づく人間もあまりいないでしょうが。
それでも、人間と妖怪のどちらにも顔が利くのはやはり彼女ですから。
知らないところで好感度を上げておきましょう。
付き合いのある私も動きやすいですからねー。
「はい、これで二人のつまみくらいにはなると思う」
「これはこれは、ありがとうございます。今度天狗の酒でも持ってきますね」
「楽しみにしているよ」
社交辞令も完璧とか、この半獣さんは本当に連れて帰りたいですね。
侵入を許さない山からも、この里からも、その他からも怒られそうですが。
「ではでは、良いお年をー」
「まだ、年明けて数刻だぞ……」
「いいじゃないですか、残りを良くすごしてください」
返しを待たず、里の空を飛ぶ。
太陽は地平線を離れ、名実ともに年が明けた。
やはり、千年ほど繰り返せば普通の夜明けと違いが見出せない。
閉じた里なればこそ、徐々にこんな倦怠に似た感情を持つのかもしれない。
記者としては、大いに致命的。
「では、退屈しないように巫女と絡みに行きますか」
自分にそう言い聞かせて、私は神社に向けて空を駆けた。
「霊夢さーん、朝ごはんもらってきましたよー」
「ん?」
「ん? じゃなくて。たくあん食べないで」
「もうお雑煮作っちゃったわよ」
「汁物はないので大丈夫でしょう。餅も何個かもらいましたし」
いただいた料理を、食卓に並べてみた。
黒豆、ゆでた鶏肉、あんこ餅、黄な粉餅。
が、たくさん。
……たくさん。
どうみても、二人で食べられる量ではありません。
気を利かせてくれたのでしょうが、三が日をこれで賄えてしまいそうです。
黒豆とか桶一杯じゃないですか。
どういうことなの。
「これは食いでがありそうねー」
霊夢さん、早速手をつける。
私の記憶では大食いじゃなかった気がしますが、結構な速度でお食べになる。
お腹すいてたんですかね。
「あー、忘れないうちに。年賀状です」
「ん? 里にだけじゃなかったの?」
「貴女はいろんなところに繋がりありますからねー。山の巫女と河童からです」
「ふーん。こんな挨拶くらい、直接顔を見せたらいいのに」
「忙しいからですよ。巫女は特に、天狗全部を相手しなくちゃいけませんからね」
「まぁいいけどね。ところで、あんた早苗のことは名前じゃ呼ばないのね?」
「あー。連絡役は私ですけど、最近荒れていたみたいなのであまり親しくはないんですよ」
「ふうん」
「むしろ、はたて……別の烏天狗とか河童のほうが好きみたいですよ。機械とか、この年賀状の風習も知ってましたし」
あ、雑煮おいしい。
やる気がないように見えるのに、いろいろとそつなくこなしちゃうんですよね。
ずるい巫女さんです。
「そして、最後に控えるのは私の年賀状ですよ! 印刷を通さずに手書きで書いた一品物です!」
「手書き以外にどうやって書くのよ」
……そうでした、天狗の技術は他に流れていないのでしたね。
アピールポイント、マイナスいち。
ぐすん。
「ま、ありがたく受け取っておくわ。ありがと」
「どういたしまして……」
「んじゃお礼に、お守りでもあげましょうか」
霊夢さん、そう言うと居間から本殿へ姿を消してしまいました。
ううん、私も料理とか勉強するべきなんでしょうか。
霊夢さんの料理だけでなく、慧音さんのお手製も相当な味なんですよね。
出前ばかりとは……さすがに言えませんし。
「ほれ、これをあげるわ」
「ありがとうございます。ちなみに、これは何のお守りですか?」
「魔除け」
「へえ」
「妖怪よけにもってこい」
「ええ?! 私が持つとどうなるんですか?!」
「知らない」
「ひどいですね!」
もしかして、あのスペルカード同様に来るなってことですか!
ひどい!
泣いちゃいますよ私!
「まぁ、せっかくもらったのでもらいますけど」
「そうよ、もらえるものはもらっておくのよ」
「このお守りをネタに記事一個書いちゃいますからね!」
「どうぞどうぞ」
「ぐぅ、新年そうそうやられっぱなしとは……」
「本職ですから」
「かくなる上は、弾幕ごっこを」
「はい黄な粉餅没収ー」
「あああー」
霊夢さん、食事時に暴れるとわりとがっちり怒られます。
船を襲うのに、礼節が微妙に備わってるあたり厄介ですね。
「私の黄な粉……」
「ん、誰か来たみたいね」
境内に意識を向けると、確かに話が聞こえる。
陽も高くなって、幻想郷も活発になってきたのでしょうか?
「うぉーい、久々に帰ってきたよー」
あの声は……やばい、鬼の子が来ましたか。
「霊夢さん、私はお暇しますね」
「ああ、あんた鬼嫌いなんだっけ」
「元上司……? に会いたくないだけですよ」
「そう、気をつけて帰りなさいよ」
「了解です。そのうち取材に来ますからね!」
「来るな」
最後の言葉を聴かなかったことにして、私は裏口から脱出。
もうすっかり陽も上って、幻想郷が空から一望できるようになりました。
さてさて、霊夢さんは今年もそっけない有様でした。
色々アプローチしても、ヒラリとかわされてしまいますし。
本当に、興味の尽きない人間です。
……ああ、こうやって妖怪は彼女に懐柔されていくのですね。
よくわかりました。
勝手に懐いただけですけど、このままというのもいささかくやしいです。
このお守りも、何かの意趣返しなのかそれとも意味はないのか。
なんなのか。
まぁ、霊夢さんに関しては考えても詮無いことですね。
あきらめました。
はい。
さてと、年賀状も渡したことですし……山で宴会ですね。
流石に伊吹の鬼も来ないでしょう。
その後は……寝る!
拳を力強く握って、私はそう決意した。
振り返れば、朝日をバックに博麗神社が良く映える。
カメラを構えて、シャッター一つ。
うん、記事には使えなくともいい写真です。
引き伸ばして、部屋にでも飾りましょう。
私は、珍しく手を合わせて拝む。
朝日か、神社か、はたまた別の何かか。
願うことは、唯一つ。
今年も、いい年でありますように。
それは新年のご挨拶。
毎年皆様は、ちゃんと出していますか?
年賀状、ちゃんと私が届けます。
妖怪の山は烏天狗、射命丸文、射命丸文でございます」
「あんた、新年早々何やってんのよ。参拝客の皆々様がお参りに来れないじゃないの」
「いいえ、霊夢さん。これは重要なことですよ!」
「そもそも、年賀状って何よ」
「えっ? 知らないんですか?!」
「知ったこっちゃないわ」
幻想郷に配達業者など存在せず、狭い里の中でほとんど事足りてしまうからだ。
里全員が知り合いであり、道行く人に挨拶をしてしまえばいい。
ちなみに、年賀状という風習がない幻想郷でどうやってそれを知りえたのか。
「スキマの紫さんに教えていただきました。あの方、隙あらば式神にされそうなので怖いんですけどね」
「……余計なことを」
「何か言いましたか?」
「いいえぇ?」
「胡散臭いですねぇ」
霊夢の表情は、面倒を体現していた。
無気力な表情に加え、眉をひそめて目はすわっている。
また何か厄介ごとが起きるのではないかと、警戒している。
静かな境内の中央で、文は未だ大声でまくし立てている。
霊夢はというと、まだ日も低いにも関わらずいつもの巫女服で茶をすすっていた。
ちなみに、妖怪神社と言われるだけあって人間の気配は露ほどもない。
悲しいことに、霊夢は言葉とは裏腹に参拝客のことを期待していなかった。
来る妖怪に賽銭をせびるのも、ただのポーズに近い。
もちろん、客も銭も増えるほうが嬉しいようだ。
「んで、その年賀状がどうしたのよ」
「ええ、妖怪の山で……というか天狗の企画の一つでして。元々は内部だけで実験しているのですけどね」
「じゃあ、私に持ち出すことないじゃないの。誰も知らないのでしょう?」
「紫さんは知ってますよ」
「あいつはいいわ。何かにつけて楽しんでるだけよ」
「でしょうねー」
文は霊夢に応じながら、肩にかけたかばんをごそごそと探る。
どうやら、何かを探しているらしい。
「……何を探しているのかしらないけれど、とりあえず中に入りましょ。さすがに寒くなってきたわ」
「あ、そうしますー」
「どうでもいいんだけど、冬でもそんなスカートで寒くないの?」
「腋を年中出している巫女に言われたくないですね」
「これは由緒正しい博麗の巫女服よ」
「それを言ったら、私だって由緒正しいボンボンですよ」
「そのボンボン、一体何なの?」
「さぁ?」
「あんたねえ……」
霊夢は続く言葉をため息に変えて、居間に上がった。
参拝客の出迎えは、一旦休憩とするらしい。
今でこそ静かではあるが、夜が明ける前に信心深い里の人間と妖怪は参拝に訪れた。
霊夢は彼らにお神酒を振る舞い、破魔矢なりお守りなりを販売した。
その他は、守矢神社や命蓮寺へと向かっている。
千客万来とはいかずとも、それなりに信仰がある博麗神社なのであった。
「うー、温いですよねえ」
「親父臭いわねあんた」
「失礼な。私は少女ですよ。風神少女ですよ?」
「へー」
「結構長い付き合いなのに信用してませんね?」
「付きまとってくるだけじゃないの」
「営業活動ですよ」
「里でやりなさいよ」
「これからやりますよ。里への配達もあるのです。なんだかんだで、天狗でも里に入れるのって私だけですから」
「じゃあ、さっさと行ったらいいじゃない」
「その前にお得意様には顔を見せなきゃじゃないですかー」
「はいはい、ありがとうございました」
「冷たいですねぇ。さて、そろそろ行きます。お茶ごちそうさまでした」
「ちゃんと障子閉めていきなさいよ」
「はーい」
「……どっちが年上なのか、わかりゃしないわね」
「お姉ちゃんとでも呼びましょうか?」
「うっさい」
あやや、ちょっと怒らせちゃいましたかね。
ちょっとからかったつもりでしたが、あそこまで顔を真っ赤にされるとは。
今、東に見える初日の出とどちらが紅いでしょうか?
可愛いですね。
さて、里への年賀状ですがあまり数はありません。
新聞を取ってもらっているところに、担当の烏天狗から。
麓の河童から、おそらく仲の良い人間へ。
山の巫女から、お世話になった人へ。
みんなマメですねえ。
それに、今年もよろしくーばかりで無難です。
もうちょっと、攻めていかないと進展も何もないんですけどねー。
天狗の家みたいにポストなんかないので、各お宅の戸口に差込です。
一応、里の人間の家はおおよそ把握しています。
地道に勧誘を続けた結果、住所がなくとも私はちゃんと覚えています。
人間が初日の出を見に出張っている間に、さっさと終わらせてしまいましょう。
さくさくさく。
初日の出なんか、いつもの夜明けと変わらないと思うのです。
千回近く見れば、ありがたみなんかありません。
それよりお仕事ですよ、お仕事。
実際、預かった分はほとんど終わっているんです。
残りは、私個人の分。
こういった活動が、新聞の人気を生むのです。
私の記事が面白いということが、最大の前提ですが。
人気が出てきたからって、それで終わりじゃないのがこの商売のつらいところです。
日々是努力。
「おや、天狗の……」
「射命丸ですよ、慧音さん。あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとうございます。射命丸さん、何をしているのかな?」
「年賀状の配達です」
「年賀状?」
霊夢さんにした説明を、もう一度。
そこは知識人と呼ばれる慧音さん、一度の説明で理解してくれました。
楽です。
流石です。
別に意図はないですし、慧音さんもそこのところはわかって下さったようです。
「まぁ、里の中だけだと必要ないみたいですけどね」
「外の広大な世界の事情はあるにせよ、悪くないと思う。年末年始はいろいろとバタバタするからなぁ」
「天狗も同じですよ。行事とか宴会とか宴会とか宴会とか」
「その通り、今年は怪我する奴がいないといいのだが」
「ですねえ。事後処理が面倒ですから」
「……それもあるが」
「さて、はい。慧音さんのお宅にも配ろうと思っていたので、ここでお渡ししちゃいますね」
「どうもありがとう」
「いえいえ、干支を無視しまくった絵ですけど許してくださいね」
「……烏の新年の挨拶とは、珍しい」
「天狗ですからねー」
大量印刷も、オーダーメイドも取り揃えております。
妖怪の山の烏印刷、烏印刷をごひいきに。
あ、新たなビジネスチャンスかもしれませんね。
来年とか、暑中見舞いの時に宣伝してみましょうか。
そして、里との契約を一手に引き受けて大幅なシェアを獲得。
中間マージンで大きな利益を……?
「涎が出てるぞー」
「おおっと、失敬失敬」
「腹でも減っているのか? ならば、宴会の餅くらいはご馳走するぞ」
「いえいえ、お構いなく。愛しの巫女のところにも届けなくてはなりませんので」
「そうか……なら、せめて何か持っていくといい。宴会の料理くらいはあるはずだ」
「慧音さんお手製でお願いしますねー」
「……味は保証しないぞ?」
慧音さんと巫女のつながりを強調し、私が仲立ちになる作戦。
まぁ、妖怪神社に近づく人間もあまりいないでしょうが。
それでも、人間と妖怪のどちらにも顔が利くのはやはり彼女ですから。
知らないところで好感度を上げておきましょう。
付き合いのある私も動きやすいですからねー。
「はい、これで二人のつまみくらいにはなると思う」
「これはこれは、ありがとうございます。今度天狗の酒でも持ってきますね」
「楽しみにしているよ」
社交辞令も完璧とか、この半獣さんは本当に連れて帰りたいですね。
侵入を許さない山からも、この里からも、その他からも怒られそうですが。
「ではでは、良いお年をー」
「まだ、年明けて数刻だぞ……」
「いいじゃないですか、残りを良くすごしてください」
返しを待たず、里の空を飛ぶ。
太陽は地平線を離れ、名実ともに年が明けた。
やはり、千年ほど繰り返せば普通の夜明けと違いが見出せない。
閉じた里なればこそ、徐々にこんな倦怠に似た感情を持つのかもしれない。
記者としては、大いに致命的。
「では、退屈しないように巫女と絡みに行きますか」
自分にそう言い聞かせて、私は神社に向けて空を駆けた。
「霊夢さーん、朝ごはんもらってきましたよー」
「ん?」
「ん? じゃなくて。たくあん食べないで」
「もうお雑煮作っちゃったわよ」
「汁物はないので大丈夫でしょう。餅も何個かもらいましたし」
いただいた料理を、食卓に並べてみた。
黒豆、ゆでた鶏肉、あんこ餅、黄な粉餅。
が、たくさん。
……たくさん。
どうみても、二人で食べられる量ではありません。
気を利かせてくれたのでしょうが、三が日をこれで賄えてしまいそうです。
黒豆とか桶一杯じゃないですか。
どういうことなの。
「これは食いでがありそうねー」
霊夢さん、早速手をつける。
私の記憶では大食いじゃなかった気がしますが、結構な速度でお食べになる。
お腹すいてたんですかね。
「あー、忘れないうちに。年賀状です」
「ん? 里にだけじゃなかったの?」
「貴女はいろんなところに繋がりありますからねー。山の巫女と河童からです」
「ふーん。こんな挨拶くらい、直接顔を見せたらいいのに」
「忙しいからですよ。巫女は特に、天狗全部を相手しなくちゃいけませんからね」
「まぁいいけどね。ところで、あんた早苗のことは名前じゃ呼ばないのね?」
「あー。連絡役は私ですけど、最近荒れていたみたいなのであまり親しくはないんですよ」
「ふうん」
「むしろ、はたて……別の烏天狗とか河童のほうが好きみたいですよ。機械とか、この年賀状の風習も知ってましたし」
あ、雑煮おいしい。
やる気がないように見えるのに、いろいろとそつなくこなしちゃうんですよね。
ずるい巫女さんです。
「そして、最後に控えるのは私の年賀状ですよ! 印刷を通さずに手書きで書いた一品物です!」
「手書き以外にどうやって書くのよ」
……そうでした、天狗の技術は他に流れていないのでしたね。
アピールポイント、マイナスいち。
ぐすん。
「ま、ありがたく受け取っておくわ。ありがと」
「どういたしまして……」
「んじゃお礼に、お守りでもあげましょうか」
霊夢さん、そう言うと居間から本殿へ姿を消してしまいました。
ううん、私も料理とか勉強するべきなんでしょうか。
霊夢さんの料理だけでなく、慧音さんのお手製も相当な味なんですよね。
出前ばかりとは……さすがに言えませんし。
「ほれ、これをあげるわ」
「ありがとうございます。ちなみに、これは何のお守りですか?」
「魔除け」
「へえ」
「妖怪よけにもってこい」
「ええ?! 私が持つとどうなるんですか?!」
「知らない」
「ひどいですね!」
もしかして、あのスペルカード同様に来るなってことですか!
ひどい!
泣いちゃいますよ私!
「まぁ、せっかくもらったのでもらいますけど」
「そうよ、もらえるものはもらっておくのよ」
「このお守りをネタに記事一個書いちゃいますからね!」
「どうぞどうぞ」
「ぐぅ、新年そうそうやられっぱなしとは……」
「本職ですから」
「かくなる上は、弾幕ごっこを」
「はい黄な粉餅没収ー」
「あああー」
霊夢さん、食事時に暴れるとわりとがっちり怒られます。
船を襲うのに、礼節が微妙に備わってるあたり厄介ですね。
「私の黄な粉……」
「ん、誰か来たみたいね」
境内に意識を向けると、確かに話が聞こえる。
陽も高くなって、幻想郷も活発になってきたのでしょうか?
「うぉーい、久々に帰ってきたよー」
あの声は……やばい、鬼の子が来ましたか。
「霊夢さん、私はお暇しますね」
「ああ、あんた鬼嫌いなんだっけ」
「元上司……? に会いたくないだけですよ」
「そう、気をつけて帰りなさいよ」
「了解です。そのうち取材に来ますからね!」
「来るな」
最後の言葉を聴かなかったことにして、私は裏口から脱出。
もうすっかり陽も上って、幻想郷が空から一望できるようになりました。
さてさて、霊夢さんは今年もそっけない有様でした。
色々アプローチしても、ヒラリとかわされてしまいますし。
本当に、興味の尽きない人間です。
……ああ、こうやって妖怪は彼女に懐柔されていくのですね。
よくわかりました。
勝手に懐いただけですけど、このままというのもいささかくやしいです。
このお守りも、何かの意趣返しなのかそれとも意味はないのか。
なんなのか。
まぁ、霊夢さんに関しては考えても詮無いことですね。
あきらめました。
はい。
さてと、年賀状も渡したことですし……山で宴会ですね。
流石に伊吹の鬼も来ないでしょう。
その後は……寝る!
拳を力強く握って、私はそう決意した。
振り返れば、朝日をバックに博麗神社が良く映える。
カメラを構えて、シャッター一つ。
うん、記事には使えなくともいい写真です。
引き伸ばして、部屋にでも飾りましょう。
私は、珍しく手を合わせて拝む。
朝日か、神社か、はたまた別の何かか。
願うことは、唯一つ。
今年も、いい年でありますように。