しゅんしゅんしゅんしゅんお湯が湧いていた。私はやかんを火からおろすと、口を傾けてとぽとぽ湯たんぽに注ぐ。
姫様の部屋には光回線とPCと、3Dテレビとこたつと石油ファンヒーターが設置されているが、くわえて電気毛布を使うとブレーカーが落ちるとのことだったので湯たんぽを愛用されているのだ。
同時に使うことってそんなにないだろう、と思うがまあ、姫様のやることだからあんまり深くは追求しない。月人のやることは超越しずぎてて微妙に理解を越えている。
失礼します、と言って湯たんぽを持って部屋に入ると、姫様はすでに布団に入って寝ていた。寝ているところにうまいこと突っ込んで帰ろうか、と思って注意深く見てみると姫様は泣いていた。
枕に涙と鼻水をつけて、ぐずぐずの顔をこちらに向ける。鈴仙、と私の名を呼ぶ。
「鈴仙ちょっと手を握っていて」
「はい」
布団から這い出てきた手を握る。指が長くて、ピアノでもすればいいのにネトゲしかやらないんだからもったいない。
合わせた手の人差し指を動かして、姫様の手のひらに丸を描いてやった。姫様はくすぐったそうにして笑った。
どうして泣いているのですか、と訊いた。
答えは返ってこない。私は黙って座っている。寒くなったので、ファンヒーターを点けた。
そのまま二時間くらいじっとしていた。姫様は寝てしまったが、手を握ったままでいる。
こたつの中からてゐが出てきた。
「鈴仙ちゃん、何か食べ物もってこようか」
「あんたにものもらうと全部ドッキリになるからなあ……」
くっくっく、と笑いながらてゐは部屋を出て行く。何かあったかいものを持ってきてくれればいいんだけど。
テレビもPCも点いていないこの部屋はとても静かで、時間を強く意識させた。夜だ。冬の夜は朝が待ち遠しくもあるし、朝になれば他の季節よりも太陽が白く、眩しいように感じる。
姫様は何故泣いていたのだろうか。畏れ多いな、と思いながらも、私はハンカチに唾をつけて、姫様の目のあたりを擦ってやった。涙が乾くと、塩水だから、痒くなる。同じついているなら、唾のほうがいいだろう。姫様は目を閉じて口を開けて寝ていてもとてもきれいで、鼻も高くてかっこいいし、女の私でもどきどきするくらいだった。
つないでいた手が、ぎゅっと引っ張られて、私は布団の上に覆いかぶさるようになった。
「起きてたんですか」
「一緒に寝よ、寝よ」
姫様はわがままだから、言い出したら聞かない。一緒に寝た。服を脱げ、と言うので、下着姿になった。おっぱい揉まれたし、他いろんなところをすりすりされた。緊張していたので、気持ちいいどころではなかった。
「濡れないのね」
「怖くて、それどころじゃないんです」
「怖い? 私が?」
「ええ怖いです。殺されちゃうかもしれないし」
「そんなことしないわよ」
耳を触られると、そこだけは普段から姫様に手入れをしてもらっているところだったので、条件反射でふわーとした気持ちになった。「寝ろ、寝ろ、一緒に寝ろ」と姫様は言う。だったら、他のところを触らなければいいのに。
てゐが入ってきて、お雑煮を持ってきたんだけど、こたつの上に置きっぱなしにしててゐも布団に入ってきた。両側から姫様をあたためる。てゐの耳もしっぽも私よりもこもこしてるので、私よりあたたかいだろう。てゐ相手にはセクハラしないだろうし。私たちはそのまま寝てしまって、朝になると姫様はいなくなっていて私とてゐが抱き合って寝ていた。お雑煮を食べたらしく、「二日目なのでしょっぱかった」と器の横に書置きがしてあった。
◆ ◇ ◆
次の日も、湯たんぽを持って行くと姫様は泣いていたので、同じようにした。やっぱり途中からてゐがやってきて、一緒に寝た。その次の日も、そのまた次の日も同じだった。だんだん怖くなくなってきたので、これはそろそろ、貞操が危ないかな、と思いはじめてきた。
姫様のやることだから、しかたないけど。
と、てゐに言うと、てゐは呆れた顔をして、
「鈴仙ちゃん、姫様にお茶汲みもしてるでしょ。今度寝る前の最後のお茶のとき、湯のみにお茶の代わりに墨汁を入れていってみなよ」
と言う。わけがわからなかった。
「やってみればわかるよ。あれは姫様、つっこみ待ちなんだよ」
私は首をひねったが、おそるおそるそのとおりにしてみた。怒られるだろう、と思ったが、姫様はそれを見てくすくす笑うだけだった。
いつものように、湯たんぽを持って姫様の部屋に行くと、これまでと同じように姫様は布団に入っていた。枕が黒くなっていた。姫様の目から下の方に、黒い液体の跡が付いている。涙の通り道のところだった。きれいな顔が黒くて汚くなっていた。
私は呆然とした。
「墨汁はお茶と違って、目に入ると痛いのよ」
と姫様が言った。
なんて器用な姫様。
所謂イタズラ
お茶を目に垂らして泣いてるように見せてた
ネタばらしのために墨汁を目に垂らすのも異常ではあるが
こういう雰囲気は好き