新年もついにあと少しと押し迫った大晦日の夜。
いつも以上にきんきんに冷えた空気は嫌が応にも眠気を吹き飛ばしてくれる。
生憎の曇り空のため空を見上げても月は見えず、代わりに冷たい雪が顔に降り積もっていくのが分かる。
人里に新しくできたらしい寺が鳴らしているのかどうかは分からないが、鐘を突く音が人里のほうから響いてくる。
晴れているなら綺麗な半月が見えたはずだがまあ曇りなら仕方が無い、とふるふると首を振って顔に付いた雪を払い落として一つ深呼吸をする。
真っ白な森の中に真っ白な息が霧散していくのを彼女はじっと見つめる。
――冬は好きだが、この息が白くなって目に見えるようになることだけはなんとなく好きになれない。
なんだか自分というものが周囲に霧散していくような、存在が希薄になっていくような気がするのだ。
自分を構成する要素が真逆の白い霧になって口から抜けていく。自分という存在を構成する要素を全て吐き出してしまった時、そこに残っているのはただの抜け殻なのか、それとも体も残らないのか。
無論それが錯覚なのは分かっているし、他人に言ったところであんたみたいな奴がそんな感傷的なことを考えてるだなんて、とか笑われそうだ――
腹を抱えて笑う友人達の姿を想像して彼女は苦笑し、気を取り直して歩き始める。
足元に降り積もった雪は踏まれた形跡が無い、いわゆる新雪だ。
彼女は一歩一歩噛み締めるようにゆっくりと歩いていく。
この新雪を踏みしめる時の音が、また踏む時の感覚が格別に気持ちいい。
これ一つだけとっても冬という季節には価値があるくらいだと断言してもいいくらいだ。
雪が積もる音さえ聞こえてきそうな静寂の中を、新雪を踏みしめる音が切り裂いていく――
辺りを見回せば一面銀世界だが、中でも特に目を引く一際大きな杉の木があった。
雪が降り積もって真っ白になったそれに近づくと遠目に見た時の感じよりもよほど大きく、思わず見上げて目を見張る。
そういえば夏にこの辺りに来たときも、一面緑が生い茂る中で一際目を引いた大きな杉があったことを思い出して、時期が違えばここまで見られる景色も違うものだなぁと彼女は改めて感じた。
つい衝動に駆られて巨木をおもいきり揺さぶる。
ざざぁ、という大きな音とともにかなりの量の雪が彼女の頭上に降り注ぐ。
避ける暇もなくそれをまともに喰らい、腰の辺りまで雪に埋まった状態になってしまう。
まあこうなることは分かっていたのだが、衝動というものはいかんともしがたいものだ。
むしろ、こうならなければ拍子抜けしてしまったことだろう。
彼女は小さく笑ってから、大きく首を振って頭に積もった雪の塊を払う。
体を雪の中から引っこ抜いて服についた雪を払い落とした後上を向いて、座るのに手頃な枝を物色。
程無く見つかったその枝へとめがけて一息に飛び上がった。
やはり高い所から見る景色は、低いところのそれとは比べ物にならない。
高い所から見る景色はそれだけでなんとなく美しく見えてしまうものだ。その上、一面に降り積もった雪が余計に景色を美しく引き立てているというのだから反則である。
先程まで降っていた雪はいつの間にか止んでいた。
枝に積もった雪を払いのけて、座れるスペースを作ってそこに腰掛ける。
雲の隙間を通ってほんの僅かに降る月の光が、銀色の幻想郷を彼女の真紅の瞳の中に映し出していく。
普段より明るい人里がまず目に映る。そこから離れたところに別の光が見えるが、あれは神社だろう。
もっと向こうを見るとおぼろげにだが銀色に染まった妖怪の山も見える。
見渡す限り一面の雪景色で、世界のどこにも雪の積もっていない場所なんて存在していないかのようだ。
雪化粧を施された幻想郷を楽しんでいる内に、数えていた鐘の音がそろそろ百八になることに気が付く。
彼女はゆっくりと顔を上げて、空を見上げる。
冷たい風が頬を撫で、幽かな月の光に輝く金色の髪と、そこに結われた真紅のリボンがふわりと揺れる。
彼女は悲しげな、寂しげな、しかしそれでいて満足げな表情を浮かべて口を開く。
「今年とももうお別れだね。この一年も、楽しかったよ――」
彼女がそう呟いたのと同時に、百八つ目の鐘の音が辺りに鳴り響く。
しばらく響き続けたその音が途切れた時、彼女は先程のそれとは正反対の明るい表情へと変わっていた。
今年が終わり、今年が始まった瞬間だ――
彼女は少々名残惜しそうにしつつも腰を上げてひょい、と地面に飛び降りる。
漆黒のスカートがふわりと舞い上がろうとするのを彼女は慌てて手で押さえつける。
かなりの高さからの着地だというのに、その衝撃をまったく感じさせないほどゆったりと着地する。
スカートについている雪を静かに払ってから、彼女は改めてゆっくりと歩き始める。
歩いていくその先には、人間ではなく妖怪で賑わっているあの神社があった。
神社へと近づくにつれて、道には積もった雪は少なくなっていく。
大勢の妖怪が通ったために踏まれて解けてしまったのだろう。
しばらくして、神社の山門が目に入ってくる。
帰っていく妖怪達とすれ違うたびに会釈を返しながら、彼女は黙々と歩く。
結構な数の妖怪とすれ違ったが、未だ神社の中はてんやわんやの大騒ぎになっているらしく、人々――妖怪しかいないだろうけどこう表現するのが巫女へのせめてもの情けだ――の笑い声や怒鳴り声がここまで響いてくる。
鳥居へ続く階段を一歩一歩上っていくにつれて、神社の中から聞こえてくるそれらの音もだんだんと大きくなっていくのが分かる。
鳥居の下まで来て一旦立ち止まり、冷え切った手を暖めるために息を吐きかける。
そして神社の中を一通り見渡した後ゆっくりと鳥居を跨ぎ、彼女はこの大宴会の輪へと入っていった――
△▼△
「新年明けましておめでとー、霊夢、魔理沙に紫さん」
「あら、明けましておめでとう。今年はちょっと遅かったわね」
「数年ぶりに雪が積もった大晦日だったから。ついつい遠出しちゃったの」
「明けましておめでとう。ようやく来たの? 毎年毎年何してるのよ?」
「はいはいおめでとさん。ほんと、去年の内からさっさと来て盛り上がってたほうが絶対いいのにさ」
「あんた達は毎度毎度騒ぎ過ぎなのよ。一人には一人なりの楽しみ方ってものがあるの」
「皆で騒いだほうが楽しいだろう?」
「一人でゆっくりとした時間を楽しむのも悪くないよ。て言うか魔理沙食べすぎじゃない?」
「お前に言われたくないぜ……」
「明けましておめでとうルーミア。あんたはもう少し大人しくする事を覚えた方がいいわよ、魔理沙」
「おめでとー、アリス」
「おお、アリス。騒いでるか? 飲んでるか? 飲んでないんだろ? さあさあ私の酒を飲んでいけ」
「こらこら、絡み酒はやめなさい」
「おお、ルーミア。いつの間に来てはのは~」
「ついさっき。明けましておめでとー……チルノ、まさか周りに散らばってる一升瓶全部飲んだの?」
「どんだけのんらってあらひの勝手れしょ!」
「こらこらチルノあんまり他人に絡んじゃ……ありゃ、ルーミア来てたんだ。明けましておめでとー」
「明けましておめでとー。ミスティア、リグル」
「明けましておめでとう。毎年毎年飽きないねぇ、一人年越し」
「私に言わせれば毎年毎年早くからどんちゃん騒ぎしてるあんたたちも飽きないわよね」
「明けましておめでとう、ルーミア。立ち話もなんだし、そろそろ座って飲みなさいな」
「明けましておめでとー、可愛い吸血鬼とメイドさん。それじゃまずは一杯貰おっかな――」
△▼△
この宴会が完全に終わったのは元旦の夜も深まった頃である。
さすがにこれほど長い宴会が行われるのは、一年の内でもこの日だけ。
年越しと新年という大きな出来事が同時に起こるからこその大宴会だ。
年と別れるまでの時間をどう過ごすか、年を迎えた後の時間をどう過ごすか。
彼女は年と別れるまでの時間を一人で、年を迎えた後の時間を皆と一緒に、という形を取り続けている。
それは彼女なりの一年という時間に対する感謝の気持ちの表れなのかもしれない。
いつも以上にきんきんに冷えた空気は嫌が応にも眠気を吹き飛ばしてくれる。
生憎の曇り空のため空を見上げても月は見えず、代わりに冷たい雪が顔に降り積もっていくのが分かる。
人里に新しくできたらしい寺が鳴らしているのかどうかは分からないが、鐘を突く音が人里のほうから響いてくる。
晴れているなら綺麗な半月が見えたはずだがまあ曇りなら仕方が無い、とふるふると首を振って顔に付いた雪を払い落として一つ深呼吸をする。
真っ白な森の中に真っ白な息が霧散していくのを彼女はじっと見つめる。
――冬は好きだが、この息が白くなって目に見えるようになることだけはなんとなく好きになれない。
なんだか自分というものが周囲に霧散していくような、存在が希薄になっていくような気がするのだ。
自分を構成する要素が真逆の白い霧になって口から抜けていく。自分という存在を構成する要素を全て吐き出してしまった時、そこに残っているのはただの抜け殻なのか、それとも体も残らないのか。
無論それが錯覚なのは分かっているし、他人に言ったところであんたみたいな奴がそんな感傷的なことを考えてるだなんて、とか笑われそうだ――
腹を抱えて笑う友人達の姿を想像して彼女は苦笑し、気を取り直して歩き始める。
足元に降り積もった雪は踏まれた形跡が無い、いわゆる新雪だ。
彼女は一歩一歩噛み締めるようにゆっくりと歩いていく。
この新雪を踏みしめる時の音が、また踏む時の感覚が格別に気持ちいい。
これ一つだけとっても冬という季節には価値があるくらいだと断言してもいいくらいだ。
雪が積もる音さえ聞こえてきそうな静寂の中を、新雪を踏みしめる音が切り裂いていく――
辺りを見回せば一面銀世界だが、中でも特に目を引く一際大きな杉の木があった。
雪が降り積もって真っ白になったそれに近づくと遠目に見た時の感じよりもよほど大きく、思わず見上げて目を見張る。
そういえば夏にこの辺りに来たときも、一面緑が生い茂る中で一際目を引いた大きな杉があったことを思い出して、時期が違えばここまで見られる景色も違うものだなぁと彼女は改めて感じた。
つい衝動に駆られて巨木をおもいきり揺さぶる。
ざざぁ、という大きな音とともにかなりの量の雪が彼女の頭上に降り注ぐ。
避ける暇もなくそれをまともに喰らい、腰の辺りまで雪に埋まった状態になってしまう。
まあこうなることは分かっていたのだが、衝動というものはいかんともしがたいものだ。
むしろ、こうならなければ拍子抜けしてしまったことだろう。
彼女は小さく笑ってから、大きく首を振って頭に積もった雪の塊を払う。
体を雪の中から引っこ抜いて服についた雪を払い落とした後上を向いて、座るのに手頃な枝を物色。
程無く見つかったその枝へとめがけて一息に飛び上がった。
やはり高い所から見る景色は、低いところのそれとは比べ物にならない。
高い所から見る景色はそれだけでなんとなく美しく見えてしまうものだ。その上、一面に降り積もった雪が余計に景色を美しく引き立てているというのだから反則である。
先程まで降っていた雪はいつの間にか止んでいた。
枝に積もった雪を払いのけて、座れるスペースを作ってそこに腰掛ける。
雲の隙間を通ってほんの僅かに降る月の光が、銀色の幻想郷を彼女の真紅の瞳の中に映し出していく。
普段より明るい人里がまず目に映る。そこから離れたところに別の光が見えるが、あれは神社だろう。
もっと向こうを見るとおぼろげにだが銀色に染まった妖怪の山も見える。
見渡す限り一面の雪景色で、世界のどこにも雪の積もっていない場所なんて存在していないかのようだ。
雪化粧を施された幻想郷を楽しんでいる内に、数えていた鐘の音がそろそろ百八になることに気が付く。
彼女はゆっくりと顔を上げて、空を見上げる。
冷たい風が頬を撫で、幽かな月の光に輝く金色の髪と、そこに結われた真紅のリボンがふわりと揺れる。
彼女は悲しげな、寂しげな、しかしそれでいて満足げな表情を浮かべて口を開く。
「今年とももうお別れだね。この一年も、楽しかったよ――」
彼女がそう呟いたのと同時に、百八つ目の鐘の音が辺りに鳴り響く。
しばらく響き続けたその音が途切れた時、彼女は先程のそれとは正反対の明るい表情へと変わっていた。
今年が終わり、今年が始まった瞬間だ――
彼女は少々名残惜しそうにしつつも腰を上げてひょい、と地面に飛び降りる。
漆黒のスカートがふわりと舞い上がろうとするのを彼女は慌てて手で押さえつける。
かなりの高さからの着地だというのに、その衝撃をまったく感じさせないほどゆったりと着地する。
スカートについている雪を静かに払ってから、彼女は改めてゆっくりと歩き始める。
歩いていくその先には、人間ではなく妖怪で賑わっているあの神社があった。
神社へと近づくにつれて、道には積もった雪は少なくなっていく。
大勢の妖怪が通ったために踏まれて解けてしまったのだろう。
しばらくして、神社の山門が目に入ってくる。
帰っていく妖怪達とすれ違うたびに会釈を返しながら、彼女は黙々と歩く。
結構な数の妖怪とすれ違ったが、未だ神社の中はてんやわんやの大騒ぎになっているらしく、人々――妖怪しかいないだろうけどこう表現するのが巫女へのせめてもの情けだ――の笑い声や怒鳴り声がここまで響いてくる。
鳥居へ続く階段を一歩一歩上っていくにつれて、神社の中から聞こえてくるそれらの音もだんだんと大きくなっていくのが分かる。
鳥居の下まで来て一旦立ち止まり、冷え切った手を暖めるために息を吐きかける。
そして神社の中を一通り見渡した後ゆっくりと鳥居を跨ぎ、彼女はこの大宴会の輪へと入っていった――
△▼△
「新年明けましておめでとー、霊夢、魔理沙に紫さん」
「あら、明けましておめでとう。今年はちょっと遅かったわね」
「数年ぶりに雪が積もった大晦日だったから。ついつい遠出しちゃったの」
「明けましておめでとう。ようやく来たの? 毎年毎年何してるのよ?」
「はいはいおめでとさん。ほんと、去年の内からさっさと来て盛り上がってたほうが絶対いいのにさ」
「あんた達は毎度毎度騒ぎ過ぎなのよ。一人には一人なりの楽しみ方ってものがあるの」
「皆で騒いだほうが楽しいだろう?」
「一人でゆっくりとした時間を楽しむのも悪くないよ。て言うか魔理沙食べすぎじゃない?」
「お前に言われたくないぜ……」
「明けましておめでとうルーミア。あんたはもう少し大人しくする事を覚えた方がいいわよ、魔理沙」
「おめでとー、アリス」
「おお、アリス。騒いでるか? 飲んでるか? 飲んでないんだろ? さあさあ私の酒を飲んでいけ」
「こらこら、絡み酒はやめなさい」
「おお、ルーミア。いつの間に来てはのは~」
「ついさっき。明けましておめでとー……チルノ、まさか周りに散らばってる一升瓶全部飲んだの?」
「どんだけのんらってあらひの勝手れしょ!」
「こらこらチルノあんまり他人に絡んじゃ……ありゃ、ルーミア来てたんだ。明けましておめでとー」
「明けましておめでとー。ミスティア、リグル」
「明けましておめでとう。毎年毎年飽きないねぇ、一人年越し」
「私に言わせれば毎年毎年早くからどんちゃん騒ぎしてるあんたたちも飽きないわよね」
「明けましておめでとう、ルーミア。立ち話もなんだし、そろそろ座って飲みなさいな」
「明けましておめでとー、可愛い吸血鬼とメイドさん。それじゃまずは一杯貰おっかな――」
△▼△
この宴会が完全に終わったのは元旦の夜も深まった頃である。
さすがにこれほど長い宴会が行われるのは、一年の内でもこの日だけ。
年越しと新年という大きな出来事が同時に起こるからこその大宴会だ。
年と別れるまでの時間をどう過ごすか、年を迎えた後の時間をどう過ごすか。
彼女は年と別れるまでの時間を一人で、年を迎えた後の時間を皆と一緒に、という形を取り続けている。
それは彼女なりの一年という時間に対する感謝の気持ちの表れなのかもしれない。