から、ん、からん。
「ビール。あと人はなしで」
「いらっしゃ、あ、はい、ビールですね」
何時ものカフェーに何時もの様に入り、何時もの様に注文をする。
赤らむ顔と顔の合間に空いた席を眺める。何時もの席。何時も幾つも何時もに数え、と。
何時もと違うのは忙しさぐらいですか。
右手には百余枚の原稿用紙、左手にはあかぁい手提げ。
左手首に、軽い重さを感じておかしくなる。
「おや、阿求さま。お体は如何で」
「すこぶるとは言えませんけど、元気です。ありがとう」
「あきゅーちゃん、酌してくれないかぁい!」
「女給さん方に頼んでくださいな」
席への道すがら、見慣れた顔と言葉を交わす。
妖精が沼地で集会をしていた、だの、太吾郎のところの猫が猫又になった、だの有益な話も多い。太吾郎がどなたかは知りませんけど。
「ちんちん」
「鳴くな」
まあ、何時も通り。何時も同じ様なことを繰り返すわけです。違いなんて、温度と、服と、筆の進む速達ぐらい。
ああ、喉を通るビールの味も違うかも。
「どしたの?」
「何がでしょう」
「いや、なんか唾をごくんってしたから」
「忘れなさい、そういう恥ずかしいことは」
……私も知らぬうちに酒飲みになったものです。美味しいんですもん、書きながらのビール。
「お酒、楽しみ?」
「……ええ、まあ」
「でも、まだまだ時間かかりそうだけど。ほら忙しいみたいだし」
「そういう日もありますよ。それに、待つのも楽しむものですし」
そういうものかな、なんて呟いて、彼女は周りを見回して……、いい描写ですね、これ。今度なにかに使いましょう。
「ほら、あきゅ。お席へどうぞ」
「ありがとう」
引かれた椅子に腰を掛け、原稿の束をテーブルに置く。
散った文字がくるくると目に入り、軽く酔いそうになる。まだお酒は一滴も飲んでないんですけどね。
「私んとこもこれぐらい忙しいといいんだけど」
「走り過ぎて体温が上がって、蒸し鳥になるのが落ちです」
「新メニュー?お皿にタレひいて、裸になって横になると」
「今日のお夜食はそれですか。楽しみにしときますね」
「いや、えっと、今のは言葉のキャッチボールで、なんというか冗談で」
まあ、キャッチボールでもテニヌでも構いませんが、
「えっちなネタは禁止」
「ちん」
「鳴くな」
「いや、それは頑張っても無理だって。生まれてからずっとやってきたし」
……自覚してる癖は癖と呼べるんでしょうか。後世の学者さん方の知恵が試されそうですけど。
「これでも頑張ってるんだけどね。うまくいかないのは愛嬌で」
「まあ、他に変な癖が出ても困りますしね」
そんな風な。
私の目の前で、くるくると指を振るのを見ていると、そんな言葉が口から漏れそうに。
……あなたは指揮者かなにかですか。
「こんだけ客増えるなら、メニューにビール足すかなぁ」
「置き場所と保存方法はどうするんですか?」
「あー……、だね。どうしようもない」
「あ、から、だね、の間にどんな言葉があったのかはわかりませんけど、あなたの屋台だと厳しそうですから、屋台そのものを作り直すところから始めないといけないですもんね」
「ち……、」
鳴きそうになって口を押さえる様は、なんとも。
なんともには可愛らしいなり愛らしいなりを付け足して。
「お待たせいたしましたぁ。こちらビールおふたつです!」
とん、とんと大きめのグラスがテーブルに置かれました。ええ、ビールです。
ジョッキは飲み切るまでに温くなるんですよ、私だと。
「ありがとう。追加でなにか」
「つまめるものですね。こちらもお時間かかりますけど」
「閉店までにありつけるなら気にしませんから」
からからと笑い、ごゆっくりと言って去っていく店員を一瞥して、ビールを一口。
ああ、おいしい。涼しくなりましたけど、やっぱりいいものです。
「……で、なにを貴方はキラキラした目で見てるんですか」
「いや、あんな風に常連さんと話せたら楽しいだろうなって」
「それならば、まずは実行ですね」
顎に手を当て、少し考える。
「じゃあ……、いつものお願いします」
「はいよ。お水一丁お待ち」
「あの、いつものなんですけど」
「なあ、お客さん。あんた、毎回頼むものが違うから、同じなのは水しかないじゃないか」
まあ、たしかに同じものは頼まないですしね。
「でも、水を出すのはないですよ、やっぱり」
「そうかな?お客さんの要望に精一杯応えるとこうなるんだけど」
「なら、いつものを自分の料理と解釈して、今日のおすすめをどんと」
「私の蒸し焼き?」
「いやそれはもういいですから。それと、一週間あなただけ水風呂にします」
うわぁ、なんて言いながら顔をしかめるのを見てると、言い過ぎたかなとも思、いませんね。口は災いのもと。言霊なりなんなりは待ってはくれないのです。
忘れた頃にやってくることはあっても。
「で、常連を作りたいのさ」
「無理矢理話を戻しましたね。いるじゃないですか、たくさん」
「英雄は語る。ツケしかしないのは客とは言わないと」
「寡聞にして知りませんが、どちらの方でしょう、その英雄」
「香霖堂店主」
「次の版では半妖の項を作って英雄から移動させましょう」
言ってることは正しいとは思いますが、英雄らしくないですし。
「ツケじゃないお客さんほしいなぁ……」
「視力を奪って、ってのはなしですよ」
最近はいろいろ五月蠅いので。
「力は抑えてるからね。気持ちよーく歌ってたら、急に真っ暗になって死にかけたとか言われてさ、ぶん殴られて」
「なんとなく、ああ、あの人だなぁと思い浮かぶ方が幾人かいますが、忘れておいた方がいいんでしょうかね」
「忘れれない人が忘れるとか言わないの。思い出さないようにするならわかるけど」
まあ、そうなのですけど。夜中に音がするなと起きて、ごきかぶりが二、三蠢いていたのを今でも記憶していますし、ええ。
ああ、こわい。ビールで喉でも潤しましょう。
「あんまり、飲み過ぎちゃダメだよ」
「まだ一杯目の、それも半分ほどですけど。……飲まないんですか?」
「おつまみとか、一緒に食べないと体に悪いし」
「あなたは妖怪じゃないですか」
「人型なんだから、ある程度は人に倣うんだよ。弱いからね、力」
「それにしたって。大体、温くなったら美味しくないものですし」
「いいの、いいの。なんならあきゅが飲めばいいし」
「そういうわけには」
一人素面というのも、つらいものなんですから。
「じゃあ、一口飲んで、あとはあげる。おつまみ来たら、次の注文するから」
「一口だなんて、飲んだうちにはいらないんじゃ……」
「ああいう仕事してると、見てる方が楽しくなるんだよねぇ。付き合いで飲むことはあるけど、おかみさんも一杯、なんて」
「でも、結局そのお金もツケなんですよね」
「ちくしょう、あいつら次来たらぶん殴る」
恥ずかしいからやめなさい。その、両手をばたばたさせるの。
羽根もやめてください。本当に。
「あとは、ビールが少し苦手なのもあるけど。私は阿求と違って日本酒派」
「特別、ビールが好きというわけでもないですけどね」
飲めればなんでもいい、とも言いませんが。ただ、いつか飲んだカクテルとか言うのはあまり口に合わなかった、ような。
「飲む雰囲気と、飲む相手と、飲む私自身によって味も変わりますし、お酒の味は余り関係ないのかもしれない、のかも」
カクテルは、あの妙に軽い感じが受け付けなかった、ような。
……まあに続いてようなが癖になってしまいましたね。なんとも。
「酔いたいから飲む、ともまた違う、のかな。酔いたくて飲んでる人が、酔えなかったら哀しいかもね」
「鬼なんて皆さんそんな感じじゃないですか。蟒蛇なのに、酔ってるふりしてるのを二、三人……、二、三おには知ってますが」
「いやまあたしかに人じゃないけど」
遥か遠くに海の水を恐ろしいほど飲んだ神様がいるそうですが、それと同じことをお酒で出来そう、は言い過ぎですかね。
「飲む量すごいけど、払いがいいからね、鬼は。鬼が来たら他に客入れれないけど、普段の倍は売り上げ出るし、いいのやらわるいのやら」
「……本当、商売っ気が出ましたね、ここ最近は特に」
妖怪らしさがだんだんとなくなってるような気がするのですが。
……本当、実際何の妖怪なのかわからないんですよね。自己申告の夜雀も、たしかにそうなのかもしれないと思うは思いますけど、でも何処か違う様にも感じて。
「あの、ミス」
「おまたせしました、こちらチーズのベーコン巻きと揚げ胡椒パンです」
ガンっと、テーブルの横の方に料理なのかおつまみなのかわからないものが乗った皿が置かれました。私の言葉を遮りながら。
空気読んでくださいよ、店員さん。今ちょっとだい
「いただきます」
「それで、ミ、ああ、もう。あとにしましょう。いただきますっ」
「ん?そんなおなか減ってたの?」
「違います、よ」
おなかが減ってたのはあなたでしょう?そんな瞳をきらきらさせてお皿を見てたら、話をする気もなくなりますよ。
「伝票はこちらに置いておきますね。ではごゆっくり」
あ、まだいましたね、店員さん。
ゆっくりするつもりですけど、家でごろんと横なってゆっくりしたくもなってきたような。
「ベーコンかりかりしてる」
「……焼いてますから」
まあ、たとえ夜雀じゃなくても、ミスティアはミスティアですか。
「ほら、原稿しまうしまう。汚れるよ?」
「次の版では、ミスティははらぺこ妖怪と書き直すことにしましょう」
「そんながっついてないけど」
「がっついて食べてます。それはおつまみであってご飯じゃないんですから」
「パンとかみると、千切って少しずつ食べたくならない?」
もうただの雀でいいです。
「ご飯おいしいし、毎日楽しいし、最近はいいことばかり」
「簡単なしあわせですね」
「そだね。あきゅもいるし、これ以上ならどっかの半分かみさまに罰を当てられるよ」
「怖いですね、ありそうで」
「まあ、もうあったんだけどね」
……なんで黙ってますかね。そういうことを。
「いや、だって心配するでしょ?だから」
「いつからさとりの真似事ができるようになったんですか、あなたは」
「顔見てたらわかるって、これぐらい。阿求はわからない?」
「少しなら、わかりますけど」
機嫌が良さそうだな、とか、なにか怒ってる、とか。
それだけ、見てるってこと、なのでしょうかね。
……うれしいことば、なのかもしれませんね、これは。
「大丈夫。人間なんかよりはつよいんだから、阿求は気にしないでも」
「気には、します」
ビールを一口。
ベーコンを剥いでチーズを口に放り込んで、ごくり、と飲み込んだ。
「……おなかすきましたね」
「だね。もっとしっかりしたもの頼もっか」
「いえ、お酒はこれぐらいにして、」
きゅうと、腕を天井に向けて伸ばす。
「帰って、ごはんにしましょう。今日も、作ってくださるんでしょう?」
「水風呂にはいらなくていいなら、よろこんで」
あれは冗談だったのに。
「はいらなくていいですので、」
「うん。おいしいもの作ろう。今日は、いつもより力いれよう」
ミスティアが、ビールを一気に飲み干す。
結局飲むんですね、全部。もらえるかもと、少し期待してたんですけど。
「さて、帰ろう!ビール飲んだし」
「……まず、皿の中身を片付けてからですよ」
「あー、そうだね。…………ちん」
「鳴かない」
ああ、これっぽっちも進まなかった。でも、文字を紡ぐより楽しいですし。
今は、この毎日を楽しみましょう、私も。
「ビール。あと人はなしで」
「いらっしゃ、あ、はい、ビールですね」
何時ものカフェーに何時もの様に入り、何時もの様に注文をする。
赤らむ顔と顔の合間に空いた席を眺める。何時もの席。何時も幾つも何時もに数え、と。
何時もと違うのは忙しさぐらいですか。
右手には百余枚の原稿用紙、左手にはあかぁい手提げ。
左手首に、軽い重さを感じておかしくなる。
「おや、阿求さま。お体は如何で」
「すこぶるとは言えませんけど、元気です。ありがとう」
「あきゅーちゃん、酌してくれないかぁい!」
「女給さん方に頼んでくださいな」
席への道すがら、見慣れた顔と言葉を交わす。
妖精が沼地で集会をしていた、だの、太吾郎のところの猫が猫又になった、だの有益な話も多い。太吾郎がどなたかは知りませんけど。
「ちんちん」
「鳴くな」
まあ、何時も通り。何時も同じ様なことを繰り返すわけです。違いなんて、温度と、服と、筆の進む速達ぐらい。
ああ、喉を通るビールの味も違うかも。
「どしたの?」
「何がでしょう」
「いや、なんか唾をごくんってしたから」
「忘れなさい、そういう恥ずかしいことは」
……私も知らぬうちに酒飲みになったものです。美味しいんですもん、書きながらのビール。
「お酒、楽しみ?」
「……ええ、まあ」
「でも、まだまだ時間かかりそうだけど。ほら忙しいみたいだし」
「そういう日もありますよ。それに、待つのも楽しむものですし」
そういうものかな、なんて呟いて、彼女は周りを見回して……、いい描写ですね、これ。今度なにかに使いましょう。
「ほら、あきゅ。お席へどうぞ」
「ありがとう」
引かれた椅子に腰を掛け、原稿の束をテーブルに置く。
散った文字がくるくると目に入り、軽く酔いそうになる。まだお酒は一滴も飲んでないんですけどね。
「私んとこもこれぐらい忙しいといいんだけど」
「走り過ぎて体温が上がって、蒸し鳥になるのが落ちです」
「新メニュー?お皿にタレひいて、裸になって横になると」
「今日のお夜食はそれですか。楽しみにしときますね」
「いや、えっと、今のは言葉のキャッチボールで、なんというか冗談で」
まあ、キャッチボールでもテニヌでも構いませんが、
「えっちなネタは禁止」
「ちん」
「鳴くな」
「いや、それは頑張っても無理だって。生まれてからずっとやってきたし」
……自覚してる癖は癖と呼べるんでしょうか。後世の学者さん方の知恵が試されそうですけど。
「これでも頑張ってるんだけどね。うまくいかないのは愛嬌で」
「まあ、他に変な癖が出ても困りますしね」
そんな風な。
私の目の前で、くるくると指を振るのを見ていると、そんな言葉が口から漏れそうに。
……あなたは指揮者かなにかですか。
「こんだけ客増えるなら、メニューにビール足すかなぁ」
「置き場所と保存方法はどうするんですか?」
「あー……、だね。どうしようもない」
「あ、から、だね、の間にどんな言葉があったのかはわかりませんけど、あなたの屋台だと厳しそうですから、屋台そのものを作り直すところから始めないといけないですもんね」
「ち……、」
鳴きそうになって口を押さえる様は、なんとも。
なんともには可愛らしいなり愛らしいなりを付け足して。
「お待たせいたしましたぁ。こちらビールおふたつです!」
とん、とんと大きめのグラスがテーブルに置かれました。ええ、ビールです。
ジョッキは飲み切るまでに温くなるんですよ、私だと。
「ありがとう。追加でなにか」
「つまめるものですね。こちらもお時間かかりますけど」
「閉店までにありつけるなら気にしませんから」
からからと笑い、ごゆっくりと言って去っていく店員を一瞥して、ビールを一口。
ああ、おいしい。涼しくなりましたけど、やっぱりいいものです。
「……で、なにを貴方はキラキラした目で見てるんですか」
「いや、あんな風に常連さんと話せたら楽しいだろうなって」
「それならば、まずは実行ですね」
顎に手を当て、少し考える。
「じゃあ……、いつものお願いします」
「はいよ。お水一丁お待ち」
「あの、いつものなんですけど」
「なあ、お客さん。あんた、毎回頼むものが違うから、同じなのは水しかないじゃないか」
まあ、たしかに同じものは頼まないですしね。
「でも、水を出すのはないですよ、やっぱり」
「そうかな?お客さんの要望に精一杯応えるとこうなるんだけど」
「なら、いつものを自分の料理と解釈して、今日のおすすめをどんと」
「私の蒸し焼き?」
「いやそれはもういいですから。それと、一週間あなただけ水風呂にします」
うわぁ、なんて言いながら顔をしかめるのを見てると、言い過ぎたかなとも思、いませんね。口は災いのもと。言霊なりなんなりは待ってはくれないのです。
忘れた頃にやってくることはあっても。
「で、常連を作りたいのさ」
「無理矢理話を戻しましたね。いるじゃないですか、たくさん」
「英雄は語る。ツケしかしないのは客とは言わないと」
「寡聞にして知りませんが、どちらの方でしょう、その英雄」
「香霖堂店主」
「次の版では半妖の項を作って英雄から移動させましょう」
言ってることは正しいとは思いますが、英雄らしくないですし。
「ツケじゃないお客さんほしいなぁ……」
「視力を奪って、ってのはなしですよ」
最近はいろいろ五月蠅いので。
「力は抑えてるからね。気持ちよーく歌ってたら、急に真っ暗になって死にかけたとか言われてさ、ぶん殴られて」
「なんとなく、ああ、あの人だなぁと思い浮かぶ方が幾人かいますが、忘れておいた方がいいんでしょうかね」
「忘れれない人が忘れるとか言わないの。思い出さないようにするならわかるけど」
まあ、そうなのですけど。夜中に音がするなと起きて、ごきかぶりが二、三蠢いていたのを今でも記憶していますし、ええ。
ああ、こわい。ビールで喉でも潤しましょう。
「あんまり、飲み過ぎちゃダメだよ」
「まだ一杯目の、それも半分ほどですけど。……飲まないんですか?」
「おつまみとか、一緒に食べないと体に悪いし」
「あなたは妖怪じゃないですか」
「人型なんだから、ある程度は人に倣うんだよ。弱いからね、力」
「それにしたって。大体、温くなったら美味しくないものですし」
「いいの、いいの。なんならあきゅが飲めばいいし」
「そういうわけには」
一人素面というのも、つらいものなんですから。
「じゃあ、一口飲んで、あとはあげる。おつまみ来たら、次の注文するから」
「一口だなんて、飲んだうちにはいらないんじゃ……」
「ああいう仕事してると、見てる方が楽しくなるんだよねぇ。付き合いで飲むことはあるけど、おかみさんも一杯、なんて」
「でも、結局そのお金もツケなんですよね」
「ちくしょう、あいつら次来たらぶん殴る」
恥ずかしいからやめなさい。その、両手をばたばたさせるの。
羽根もやめてください。本当に。
「あとは、ビールが少し苦手なのもあるけど。私は阿求と違って日本酒派」
「特別、ビールが好きというわけでもないですけどね」
飲めればなんでもいい、とも言いませんが。ただ、いつか飲んだカクテルとか言うのはあまり口に合わなかった、ような。
「飲む雰囲気と、飲む相手と、飲む私自身によって味も変わりますし、お酒の味は余り関係ないのかもしれない、のかも」
カクテルは、あの妙に軽い感じが受け付けなかった、ような。
……まあに続いてようなが癖になってしまいましたね。なんとも。
「酔いたいから飲む、ともまた違う、のかな。酔いたくて飲んでる人が、酔えなかったら哀しいかもね」
「鬼なんて皆さんそんな感じじゃないですか。蟒蛇なのに、酔ってるふりしてるのを二、三人……、二、三おには知ってますが」
「いやまあたしかに人じゃないけど」
遥か遠くに海の水を恐ろしいほど飲んだ神様がいるそうですが、それと同じことをお酒で出来そう、は言い過ぎですかね。
「飲む量すごいけど、払いがいいからね、鬼は。鬼が来たら他に客入れれないけど、普段の倍は売り上げ出るし、いいのやらわるいのやら」
「……本当、商売っ気が出ましたね、ここ最近は特に」
妖怪らしさがだんだんとなくなってるような気がするのですが。
……本当、実際何の妖怪なのかわからないんですよね。自己申告の夜雀も、たしかにそうなのかもしれないと思うは思いますけど、でも何処か違う様にも感じて。
「あの、ミス」
「おまたせしました、こちらチーズのベーコン巻きと揚げ胡椒パンです」
ガンっと、テーブルの横の方に料理なのかおつまみなのかわからないものが乗った皿が置かれました。私の言葉を遮りながら。
空気読んでくださいよ、店員さん。今ちょっとだい
「いただきます」
「それで、ミ、ああ、もう。あとにしましょう。いただきますっ」
「ん?そんなおなか減ってたの?」
「違います、よ」
おなかが減ってたのはあなたでしょう?そんな瞳をきらきらさせてお皿を見てたら、話をする気もなくなりますよ。
「伝票はこちらに置いておきますね。ではごゆっくり」
あ、まだいましたね、店員さん。
ゆっくりするつもりですけど、家でごろんと横なってゆっくりしたくもなってきたような。
「ベーコンかりかりしてる」
「……焼いてますから」
まあ、たとえ夜雀じゃなくても、ミスティアはミスティアですか。
「ほら、原稿しまうしまう。汚れるよ?」
「次の版では、ミスティははらぺこ妖怪と書き直すことにしましょう」
「そんながっついてないけど」
「がっついて食べてます。それはおつまみであってご飯じゃないんですから」
「パンとかみると、千切って少しずつ食べたくならない?」
もうただの雀でいいです。
「ご飯おいしいし、毎日楽しいし、最近はいいことばかり」
「簡単なしあわせですね」
「そだね。あきゅもいるし、これ以上ならどっかの半分かみさまに罰を当てられるよ」
「怖いですね、ありそうで」
「まあ、もうあったんだけどね」
……なんで黙ってますかね。そういうことを。
「いや、だって心配するでしょ?だから」
「いつからさとりの真似事ができるようになったんですか、あなたは」
「顔見てたらわかるって、これぐらい。阿求はわからない?」
「少しなら、わかりますけど」
機嫌が良さそうだな、とか、なにか怒ってる、とか。
それだけ、見てるってこと、なのでしょうかね。
……うれしいことば、なのかもしれませんね、これは。
「大丈夫。人間なんかよりはつよいんだから、阿求は気にしないでも」
「気には、します」
ビールを一口。
ベーコンを剥いでチーズを口に放り込んで、ごくり、と飲み込んだ。
「……おなかすきましたね」
「だね。もっとしっかりしたもの頼もっか」
「いえ、お酒はこれぐらいにして、」
きゅうと、腕を天井に向けて伸ばす。
「帰って、ごはんにしましょう。今日も、作ってくださるんでしょう?」
「水風呂にはいらなくていいなら、よろこんで」
あれは冗談だったのに。
「はいらなくていいですので、」
「うん。おいしいもの作ろう。今日は、いつもより力いれよう」
ミスティアが、ビールを一気に飲み干す。
結局飲むんですね、全部。もらえるかもと、少し期待してたんですけど。
「さて、帰ろう!ビール飲んだし」
「……まず、皿の中身を片付けてからですよ」
「あー、そうだね。…………ちん」
「鳴かない」
ああ、これっぽっちも進まなかった。でも、文字を紡ぐより楽しいですし。
今は、この毎日を楽しみましょう、私も。