「せんせいは何がほしいのぉ?」
「先生はね、皆の笑顔があれば何もいらないよ」
■■
上白沢慧音は寒がりである。
道行く人の息は白く、そのまま凍って雪になりそうだ。手を裾にしまい、首をすぼめて、冷たい外の空気に肌が触れぬようにしている。
上白沢慧音もその中の一人である。
ただ、その挙動を見せたのは風が吹いた一瞬で、またすぐに姿勢を正し、寒さもどこ吹く風と言った様子に戻る。
寺子屋を営む彼女のやせ我慢である。他人にだらしない姿を見せるわけにはいかない、と彼女は考えているのだろう。
ふと、彼女は一軒の絹織物屋に目が止まった。
軒先には、白い襟巻きが飾られている。
慧音は店主に悟られぬように、さりげなくその襟巻きを眺め、そして小さくため息をついた。流石に絹織物とだけあって、なかなかの値段である。
質素倹約の鬼のような彼女にとっては、手を伸ばしづらい。買えないことはないが、向こう三ヶ月は、さらに切り詰めて生活せねばなるまい。
慧音はそれを見なかったことにして、踝を返した。
と、
「わぁ! せんせーだ!」
そんな慧音の背に軽い衝撃が加わった。腰から前に回された小さな手。
慧音が振り返ると、そこには、私塾の中での健康赤丸妖怪っ娘、橙、ミスティア、チルノ、大妖精がいた。通称二面組。
「こんにちは、ちびちゃん」
慧音は抱きついた橙の頬を両手で挟み込んで、くいくいと軽く振る。
「あぁぁぁ、つめたいいい」
橙はそう言って、慧音の手を包み込んだ。
「橙の手はあったかいな」
「冬なんてどうってことないからね」
「いやそれは、チルノちゃんだけだから」
慧音に言われた橙の代わりに答えたチルノへ、嘆息に近いつぶやきを漏らす大妖精。チルノは夏場と同じ半袖の青いワンピースであったが、ほかの三人は袢纏を着こんで完全冬武装の体であった。
「まぁ私たちは、走り回ってきたからね」と、年長のミスティアが答える。
「そうか、元気なのは何よりだな」
息は白く吐き出す彼女たちであったが、血色の好い顔は元気そのものである。その子供の元気さに慧音は感心していた。大人になるとどうも寒さに対する抵抗が落ちるらしい。
代謝の問題なのか、それとも気の持ちようなのか。そんなことをつらつらと考えていると、目の前の橙から不平の声があがった。
「せんせい、いつまでさわってるの? つめたいよぉ」
「あぁ、ごめん。橙のほっぺがあまりに温いものだから、つい」
頬を膨らませた橙に、慧音は律儀に謝りながら手を離す。
「人肌が恋しい季節とはよくいったものだよね」
その様子を傍観していたミスティアが呟くと、
「じゃあアタイが温めてあげる!」
「え?」
言うが早いが、チルノは慧音の背におぶさり、首筋に腕を回した。
「アタイは寒くないからいくらでも触っていいよ!」
「あ、このバカ! おい……」
「いや、いいんだ。ミスティア」
チルノをひっぺがそうとするミスティアを制して、慧音はチルノの腕を抱いた。
「あぁ、あったかいよ」
しかし次の瞬間、里の全員が跳ね上がるほどのけたたましいくしゃみが、空に響きわたった。
■■
「けーね先生はやっぱりバカじゃないから風邪ひくんだね」
「お前のせいだろ、バカ」
「まぁまぁ、チルノちゃんも悪気があったわけじゃないし」
「せんせい、だいじょうぶかな」
四者四様。先ほどの光景に対するそれぞれの感想が漏れる。
「先生は寒がりなんだなぁ」
「そうみたいね」
結論はそれでまとまったようである。最もこの内の三人も別段寒さに強いというわけはないのであるが。
「そうだ!」
すると、突然チルノが大声を出した。びりびりと反響する声を耳の奥で聴きながら、大妖精は尋ねた。
「なぁに、大きな声出して」
「あれだよ、あれ」
「あれって?」
「好きな人にプレゼントをする」
「クリト「クリスマスだ、バカ!」
ミスティアがチルノを脳天を殴った。
素知らぬ顔をした橙は、少し思案して、口を開く。
「ちょっと、バレンタインがまじってるけど、いい考えじゃない?」
殴られたチルノがミスティアの頬を引っ張り返していたが、橙の発言に顔だけ彼女の方に向けた。弱まった力にミスティアは顔を振るって、両手から脱出する。
「ふぅん、で何をプレゼントする?」
「先生、服屋さんの前で見てたじゃん。マフラー」
「でも、あれ、わたしたちのおこづかいじゃ、むりだよ」
そもそもお小遣いをもらっているのは橙だけであるが、他三人もお金がないのは同じである。
「無いなら、作ればいいじゃん」
「お金を?」
「だいちゃんは、かんじんなところでぬけてるね……」
「手編みのマフラーなんてどうだ?」
「うわぁロマンチックだね」
「で、誰か編めるやついるの?」
「ん、それは」
「なんでみんな、わたしをみるの?」
「藍姉ちゃんに教えてもらうってことで」
■■
「それで、私のところにきたってことか」
「そうです、藍さま。作り方……わかりますよね?」
「作れないこともないが、しかし」
と、そこで藍は、自身の後ろを一瞥し、
「やる気あるのか?」
ふかふかもふもふの九本のしっぽでトランポリンをするチルノ以下共犯者ミスティアを見る。一方の大妖精も遠慮がちに、だが幸せそうな顔で、しっぽの先の手触りを確かめるようにしてゆっくりと撫でていた。
「あぁ、もうみんな、なにしにきたのよ!」
「はっ!!!」
「ごめん、ついもふもふしたくなってしまった」
「はいはい、じゃあ悪ガキども、こっち集合。前にきなさい。
今から、基本的な縫い方を教えるから、しっかり見ておきなさいね」
「はーい」
藍は編み棒を橙に持たせ、後ろから抱きかかえるようにして橙の小さな手を包み込む。
そして、橙の手を優しく握りながら、棒を動かしマフラーを編み始めた。
藍は手元をみずに、橙の背、正確にはうなじを見ているのだが、寸分狂わない手さばきで編んでいく。
そうとは知らない橙は感嘆の声を上げ、見守る三人も若干藍と距離を置きながらも、その技術を盗もうと目を光らせていた。
「わかったか? じゃあ、次はお前たちでやってごらん」
藍が促すと、各自、編み棒を片手に練習を始める。一方、藍に抱きかかえられた橙も、藍の手から離れて自分ひとりでやろうと張り切っていた。
棒をぐっと掲げてポーズをとって、いざ糸を編もうとしたところで、
「待て、橙はだめだ。棒の先が指に刺さって、死ぬかもしれない」
「だいじょうぶですよ、藍さま。それにいばらひめは、いとまきですよ」
「いいや、お前の柔肌に傷が付くなんて考えたら・・・・・・」
「うわぁ、すごい過保護」
「いいよ、こっちはこっちでやろうぜ」
藍は橙を制して、何やら違う世界で喚いているようだ。巻き込まれた橙を捨て置いて、その様子を見守りながら三人は作業を進める。
「チルノちゃん、見かけによらず器用だね」
「みかけは余計だよ」
――こうして慧音先生にプレゼントするマフラーを作り始めた私たちを待っていたのは、聖夜の締め切りに追われながら編み続け日々で、その後失敗して腹巻きになってしまったり幾度か諦めかけたが、その都度藍様の的確なサポートで奇跡的に間に合ったのであった!――
「ちぃちゃん、一体誰に言ってるのそれ……?」
「こまかいことはきにしないでよ。大ちゃん」
「まぁとにかく、間に合ってよかった」
ふぅ、と肩の力を抜いたミスティアが傍らを見ると、卓の上で突っ伏してよだれを垂らしてるチルノがいた。
「あらら、もう寝てるよ」
そう言ったミスティアもまぶたをこすり、大きく口を開ける。
明け方の太陽が薄く障子に差しこんでいる。その柔らかな光の中で、少しだけ、と言い訳をしながら、四人は静かな眠りについていった。
■■
徹夜明けに、仮眠を取った彼女たちは、日が頭上をまたいで傾こうとし始めるころ目を覚ました。
口を拭いながら、真っ先に目を覚ました大妖精が、皆を叩き起こす。
寝起きを乱暴に起こされた三人は、渋い顔を作り、大妖精を睨んだが、頭が覚醒して思い出したかのように、急いで立ち上がった。
彼女はあたふたと着物を正し、出かける準備を始めた。
互いにペアとなり、寝ぐせのついた髪を梳かしていく。物音に気付いた藍が、四人がいる子供部屋を覗きに来た。その光景を見て藍は残念そうな顔をしながらも、声には出さず、すぐに預かっていた外套を皆の前に持ってきた。
外出用の格好に着替えた彼女たちは、慧音へのプレゼントを携えて玄関を飛び出した。
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
小さくなっていく子供たちの背を送りながら、藍は手を振る。
その横に、突如亀裂が生じたかと思うと、黒い孔の中から紫が顔を出した。
「そういえば、藍」
「いらしてたんですか、紫様」
「あなた、橙からプレゼントもらったの?」
「橙の笑顔が最高の贈り物ですよ」
「表情と言葉が正反対だわ」
「うっ」
「不憫ね……」
■■
空は高く、風は冷たく。
その中、息を切らしながら駆けていく少女たち。
頬と鼻頭を真っ赤にしながらも、表情は明るく笑顔を振りまいて、彼女たちは走る。
やがて里の入り口をくぐり、街道を迎える。しかし、少女たちの足取りは軽く、速度を緩める気はないようだ。
だから、四つ角の死角から出てきた人影を避けることができず、そのままその女性の胸辺りにチルノは突っ込んだ。
ぎゅむ、という音を立ててチルノは跳ね飛ばされた。線の細い女性であったが、体幹が良いようでバランスを崩していなかった。
「おっと、ちゃんと前見て歩けって、あぁ」
彼女は面倒くさそうに頭をかきながら、尻もちをついたチルノに手を差し出した。すると、周りの少女たちを見て、さらにやれやれ、といった顔つきになった。
「炭焼きの姐さん」
「妹紅さん」
「もこーねえちゃん」
「暴力女!」
妹紅は、差しだしていた手のひらを握り、チルノの頭に振り下ろした。
「あ、痛!」
「妹紅お姉さまだ」
頭を押さえるチルノと、ため息を吐く妹紅。
その二人に大妖精が駆け寄った。
「あぁ、なんだかチルノちゃんがご迷惑をかけているようで」
「餓鬼の戯れだ、気にしちゃいないよ」
そう言いながらも、しっかり殴ってるいるじゃないか、とミスティアは思っていたが、口には出さずにいた。
と、邪気のない橙は、妹紅の脇に抱えた手荷物を見て尋ねた。
「おねえちゃん、なにもってるの?」
「あぁ? これか。いや今日はクリスマスだろ。散々甲斐性無しって言われてるからな、今年はちゃんと」
問われた妹紅は、何故か子供たちに照れながらも、包みを解いて、中身を彼女たちに広げた。
「ほら、この通り。上等なもんだろ。これならきっと慧音もって……あれ」
しかし、それを見た彼女たちは、「あっ」という声を漏らして、しゅんと項垂れてしまった。
突然のその様子に面食らってしまった妹紅は、周囲を見回し、そしてチルノが持っていた包みを見て、悟った。
「ん、チルノ。お前持ってるそれって」
■■
「ふぅん、そういうわけか」
里の外れの人気のない広場の木の下で、彼女たちは円を作って事情を話していた。
一通りの説明を受けた妹紅は、素直に感想を言う。
「慧音もいい生徒を持ったものだなぁ。感激して泣いちゃうかもしれないな」
「でも、被っちゃった」
「うん……」
褒めたことで気を良くするかと思いきや、逆に気落ちする面々を見て、妹紅は考え込んだ。
「ふむ」
このままマフラーを渡すことで、不利益を被るのは、彼女たちの方であろう。現に今非常に落胆している。だからと言って妹紅自身にも影響がないとは言えない。
というのも、あの優しく愚直な慧音のことである。二つのマフラーをもらい、一方のマフラーをしていなかったら、妹紅とちびっ娘たちのどちらかに申し訳が立たないと思うだろう。
それに、町中で自分が贈ったのと違うマフラーをしているところを、その贈った人に見られることも懸念するだろう。だから慧音が心を痛めるのは容易に予想できた。
あちらが立てばこちらが立たず。そしてこちらが立てばあちらが立たない。
妹紅は自身のマフラーと、少女たちが手で編んだマフラーを見比べる。そして乱暴に髪を掻き乱した。これ以上思考するのが面倒だったのだ。
「わかった」
そして妹紅は考えるを止めた。
「このマフラーは最初からなかったことにしよう」
「え」
問いかけの声が妹紅に届く前に、妹紅は襟巻きを手にした手を発火させる。紅い炎が白い布を焼く。オレンジ色の光が大気中にゆらゆらと踊り、紅蓮に包まれた白い襟巻きは、黒々と縮んでいった。
妹紅は自身の親指を噛んだ。とがった八重歯が肉に刺さり、赤い雫が指先に溢れた。彼女はその赤い珠を一滴、消し炭になった灰に落とした。そして灰に血が染み込むと同時に、もう一度手のひらに炎を宿らせる。その後、もう傷がふさがった左手を炭を中心にした篝火の中に入れた。その中から摘んだ指には、赤い糸が紡がれていた。
「ほら、ちょっとそれを広げてみな」
そう言って、妹紅はチルノが抱えた襟巻きを見る。促されたチルノは、言われた通りマフラーを広げ、妹紅の前に差し出す。
妹紅は、その白いキャンバスに絵を描く動作を思わせる挙動で、右腕を踊らせた。曲線を描き、交差した糸はやがて四枚の赤い翼を広げ、羽を休ませるような静かさでマフラーにリボンとして縫いつけられた。
「四分の一もいらなかったな。
まぁシンプルな中にワンポイントがあってもいいものだろ」
妹紅は、残った灰を無造作にもんぺに突っ込み、背を向けた。
「あの、妹紅さんいいんですか?」
大妖精が呼び止めると、妹紅は振り返る。
「気持ちがこもってる方が慧音も嬉しいだろうさ。私のも入ってるしな。あぁ、私がこんなことしたなんて言うなよ。恥ずかしいから」
言い終えた妹紅は、そっぽを向きながら笑い、そして片手をひらひらと掲げながら去っていく。
「ありがとうございます」
大妖精は深々と頭を下げる。ほかの二人もめいめい感謝の言葉を口にし、チルノもまた妹紅に声をかけた。
「ありがとう、キザな姉ちゃん!」
妹紅の肩がぴくっと震え、一瞬足が止まりかけた。が、何事もなかったかのように歩みを続ける。
彼女は意地っ張りだった。
■■
「とんとんとん」
「とんとんとん、せんせいいますかー?」
妹紅と別れた少女たちは、日が暮れぬうちに急いで慧音の私塾兼自宅を訪れていた。戸を叩く音に合わせて、歌うように「とんとんとん」と口ずさむ彼女たちの顔はにこにこと晴れやかな顔をしていた。
幾ばくもしないうちに、扉の向こうから、ととと、と音が聞こえ、引き戸を開いて上白沢慧音が現れた。
「やぁ、いらっしゃい」
「せんせい、こんにちはぁ」
「あぁ、こんにちは。外も寒いから。ほら中に入りなさい」
「はぁい」
と、戸の正面から横にずれた慧音の前を少女たちが駆けていく。マフラーを持っていたチルノは、慧音と目を合わせながら、背中に隠したそれが見えないように体で隠して、うちにあがる。
慧音はその笑顔を見て「うん?」とその意図をそれとなくチルノに表情で語りかけるが、チルノは笑って何も答えず、先に行ってしまった。
最後まで外に残っていた大妖精が「お邪魔します」と礼儀正しく頭を下げて入っていくのを見て、慧音は戸を閉めた。
居間に上がった子供たちはすでに畳に寝っ転がったりして、特に緊張した様子もなさそうである。慧音は、その様子を尻目に、お茶とお茶請けを取りに行き、人数分の茶碗に熱い玉露を注いだ。
お盆にそれらを乗せて居間に戻った。一人ひとりにお茶を渡している時に、ミスティアが尋ねる。
「先生は何やってたの?」
「んー、お年賀を書いていたんだよ」
そう言って慧音は卓の上に几帳面に積み上げられた葉書を一枚手に取る。流麗な筆遣いで、蛇のような墨字が紙面を踊っていた。崩し字、いや漢字をあまり読めない橙がそれを見て、少し顔を伏せた後、上目使いで小さく訊いた。
「えっとあの……せんせい、その……藍さまにへんなことかかないでくださいね」
内心びくびくと怯えながら訊く橙に、悪戯心が働いた慧音は、口元に小さな笑顔を作り、手にした葉書に書くような動作をした。
「ふふ、どうしようかなぁ? 動くものがあると、すぐそっちに目が行って集中しません、とでも書いておこうかな」
「もぉ、せんせい!」
拳を作った両腕を振り下ろしながら、橙は顔を赤く丸くした。その様子に、部屋の中で笑いが起こる。
「あはは、冗談だよ。――へっくしゅ」
と、皆の笑い声を塗りつぶして、慧音がくしゃみをした。
「せんせい、また風邪引いちゃったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、やっぱり冷えるからね」
そこで、四人は顔を見合わせにかっと笑った。
「じゃあそんなせんせいに」
「アタイたちから」
「とっておきのプレゼント!」
「はい、先生ちょっと屈んでください」
慧音が言われた通り腰を落とす前に「ほら、せんせい、はやくはやく」と橙と大妖精が慧音の背中を押す。
「え、何だ、何だ」と口に出しながら、慧音はその二人を見ようと首をひねった。その隙に、チルノは隠したマフラーを取り出して、ミスティアと一緒に、ふわりと雪が舞い降りるように慧音の首にそれを巻き付けた。
首に触れたこそばゆい感触に驚いた慧音が前を見ると、チルノとミスティアが、えへへ、と笑っている。その二人の横に、ひょこひょこと慧音の正面に橙と大妖精が、慧音の恰好を確かめるように歩いてくる。
「ちょっと先生立ってみてください!」
「せんせい、かわいい!」
立ちあがった慧音のすらっとした体に、白いマフラーが棚引く。母の手のような優しい温もりに包まれた慧音は、そっとマフラーを撫でる。
と、
「ねぇこれなら温かいでしょ?」
チルノは慧音に抱きつく。その腕を目を閉じ愛おしそうに優しく抱くと、慧音は微笑んだ。
「あぁ、あったかい。とってもあったかいよ」
「チルノちゃんだけ」
「ずるい」
「私たちも!」
慧音を独り占めしていたチルノに妬いた、大妖精と橙とミスティアは慧音に駆け寄る。
「あぁ、みんなも、ありがとう」
慧音は彼女たちの目線まで屈んで、一人ひとりの頭を撫でた。そして四人まとめて一緒に抱きしめた。
「わぷ」
四人はぎゅうぎゅうに締め付けられ、お互いの頬がすりあったり、胸で呼吸が苦しくなったりする体勢であったが、それでも満足そうに笑顔を咲かす。
クリスマスに咲いた、たおやかな五花の雪花。
残る一枚は……
■■
訪れる聖夜。子供は帰路に付き、いよいよ夜は暗い。
その中に、月光に照らされた銀髪の少女。
彼女は一軒の家の前で止まり、戸を叩く。
すると、申し合わせたかのようにすぐ、引き戸から光が漏れた。
「待っていましたよ、妹紅さん」
――
「どうしたんですか、なんだかよそよそしいですよ」
「あ、いや」
晩餐に招待されたというのに、妹紅の顔はぎこちなく、どこかそわそわしているように見えた。
食事中も上の空でぽーっと頬を赤くし、熱に浮かされていると慧音は心配したものだ。慧音は首を傾げた。特に体調も悪いわけでもなしに、いつもの調子とはやはり異なる。そこで、「あぁ」と慧音は納得した。
「別に、気にしなくてもいいですよ。だって……」
「あぁ、いや」
慧音の言葉を遮って妹紅が素っ頓狂な声をあげた。
「悪いけど、慧音そっち向いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「いいから!」
妹紅は、訝しがる慧音を強引に後ろへ向かせた。「何をするのだろう」と、慧音は不思議に思ったが、言いつけの通り後ろを向いたままでいた。若干部屋の光が明るくなった後、ごそごそと物音が聞こえ、その音がやむと妹紅の声がかかった。
「……こっち向いていいぞ」
慧音が振り返ると、そこには、赤いリボンを体に巻き付けた妹紅がいた。
「あの……その去年に引き続き、プレゼントがないなんて、あれだから、私の身一つで良ければ、その……もらってくれないか?」
と、妹紅が言っている間、慧音は真顔で妹紅の顔を覗き込んでいた。しかし。慧音の目線から逃れるように、妹紅の瞳はあっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろ。噛まずに言いきれたのは立派ではあったが、赤面して目を合わせられないようでは、合格点には達していないとも言える。
慧音はその言葉を聴いて、きょとんとしていたが、くすりと笑みを零した。
「じゃあ今夜は熱い口づけ で殺してあげます」
「ぇ」
妹紅が何やら反論しようとして口を開いたところを、慧音は人指し指を妹紅の唇に当てて封をした。
「今更、撤回なんてしませんよね? 今日は覚悟してください」
最後に残った六花のひとひら。月光に照らされ、散っていく。夜の熱い抱擁に雪の花は溶かされて、雫に水月を映して一つに混じり合う。
夜は未だ、終わらない。
「先生はね、皆の笑顔があれば何もいらないよ」
■■
上白沢慧音は寒がりである。
道行く人の息は白く、そのまま凍って雪になりそうだ。手を裾にしまい、首をすぼめて、冷たい外の空気に肌が触れぬようにしている。
上白沢慧音もその中の一人である。
ただ、その挙動を見せたのは風が吹いた一瞬で、またすぐに姿勢を正し、寒さもどこ吹く風と言った様子に戻る。
寺子屋を営む彼女のやせ我慢である。他人にだらしない姿を見せるわけにはいかない、と彼女は考えているのだろう。
ふと、彼女は一軒の絹織物屋に目が止まった。
軒先には、白い襟巻きが飾られている。
慧音は店主に悟られぬように、さりげなくその襟巻きを眺め、そして小さくため息をついた。流石に絹織物とだけあって、なかなかの値段である。
質素倹約の鬼のような彼女にとっては、手を伸ばしづらい。買えないことはないが、向こう三ヶ月は、さらに切り詰めて生活せねばなるまい。
慧音はそれを見なかったことにして、踝を返した。
と、
「わぁ! せんせーだ!」
そんな慧音の背に軽い衝撃が加わった。腰から前に回された小さな手。
慧音が振り返ると、そこには、私塾の中での健康赤丸妖怪っ娘、橙、ミスティア、チルノ、大妖精がいた。通称二面組。
「こんにちは、ちびちゃん」
慧音は抱きついた橙の頬を両手で挟み込んで、くいくいと軽く振る。
「あぁぁぁ、つめたいいい」
橙はそう言って、慧音の手を包み込んだ。
「橙の手はあったかいな」
「冬なんてどうってことないからね」
「いやそれは、チルノちゃんだけだから」
慧音に言われた橙の代わりに答えたチルノへ、嘆息に近いつぶやきを漏らす大妖精。チルノは夏場と同じ半袖の青いワンピースであったが、ほかの三人は袢纏を着こんで完全冬武装の体であった。
「まぁ私たちは、走り回ってきたからね」と、年長のミスティアが答える。
「そうか、元気なのは何よりだな」
息は白く吐き出す彼女たちであったが、血色の好い顔は元気そのものである。その子供の元気さに慧音は感心していた。大人になるとどうも寒さに対する抵抗が落ちるらしい。
代謝の問題なのか、それとも気の持ちようなのか。そんなことをつらつらと考えていると、目の前の橙から不平の声があがった。
「せんせい、いつまでさわってるの? つめたいよぉ」
「あぁ、ごめん。橙のほっぺがあまりに温いものだから、つい」
頬を膨らませた橙に、慧音は律儀に謝りながら手を離す。
「人肌が恋しい季節とはよくいったものだよね」
その様子を傍観していたミスティアが呟くと、
「じゃあアタイが温めてあげる!」
「え?」
言うが早いが、チルノは慧音の背におぶさり、首筋に腕を回した。
「アタイは寒くないからいくらでも触っていいよ!」
「あ、このバカ! おい……」
「いや、いいんだ。ミスティア」
チルノをひっぺがそうとするミスティアを制して、慧音はチルノの腕を抱いた。
「あぁ、あったかいよ」
しかし次の瞬間、里の全員が跳ね上がるほどのけたたましいくしゃみが、空に響きわたった。
■■
「けーね先生はやっぱりバカじゃないから風邪ひくんだね」
「お前のせいだろ、バカ」
「まぁまぁ、チルノちゃんも悪気があったわけじゃないし」
「せんせい、だいじょうぶかな」
四者四様。先ほどの光景に対するそれぞれの感想が漏れる。
「先生は寒がりなんだなぁ」
「そうみたいね」
結論はそれでまとまったようである。最もこの内の三人も別段寒さに強いというわけはないのであるが。
「そうだ!」
すると、突然チルノが大声を出した。びりびりと反響する声を耳の奥で聴きながら、大妖精は尋ねた。
「なぁに、大きな声出して」
「あれだよ、あれ」
「あれって?」
「好きな人にプレゼントをする」
「クリト「クリスマスだ、バカ!」
ミスティアがチルノを脳天を殴った。
素知らぬ顔をした橙は、少し思案して、口を開く。
「ちょっと、バレンタインがまじってるけど、いい考えじゃない?」
殴られたチルノがミスティアの頬を引っ張り返していたが、橙の発言に顔だけ彼女の方に向けた。弱まった力にミスティアは顔を振るって、両手から脱出する。
「ふぅん、で何をプレゼントする?」
「先生、服屋さんの前で見てたじゃん。マフラー」
「でも、あれ、わたしたちのおこづかいじゃ、むりだよ」
そもそもお小遣いをもらっているのは橙だけであるが、他三人もお金がないのは同じである。
「無いなら、作ればいいじゃん」
「お金を?」
「だいちゃんは、かんじんなところでぬけてるね……」
「手編みのマフラーなんてどうだ?」
「うわぁロマンチックだね」
「で、誰か編めるやついるの?」
「ん、それは」
「なんでみんな、わたしをみるの?」
「藍姉ちゃんに教えてもらうってことで」
■■
「それで、私のところにきたってことか」
「そうです、藍さま。作り方……わかりますよね?」
「作れないこともないが、しかし」
と、そこで藍は、自身の後ろを一瞥し、
「やる気あるのか?」
ふかふかもふもふの九本のしっぽでトランポリンをするチルノ以下共犯者ミスティアを見る。一方の大妖精も遠慮がちに、だが幸せそうな顔で、しっぽの先の手触りを確かめるようにしてゆっくりと撫でていた。
「あぁ、もうみんな、なにしにきたのよ!」
「はっ!!!」
「ごめん、ついもふもふしたくなってしまった」
「はいはい、じゃあ悪ガキども、こっち集合。前にきなさい。
今から、基本的な縫い方を教えるから、しっかり見ておきなさいね」
「はーい」
藍は編み棒を橙に持たせ、後ろから抱きかかえるようにして橙の小さな手を包み込む。
そして、橙の手を優しく握りながら、棒を動かしマフラーを編み始めた。
藍は手元をみずに、橙の背、正確にはうなじを見ているのだが、寸分狂わない手さばきで編んでいく。
そうとは知らない橙は感嘆の声を上げ、見守る三人も若干藍と距離を置きながらも、その技術を盗もうと目を光らせていた。
「わかったか? じゃあ、次はお前たちでやってごらん」
藍が促すと、各自、編み棒を片手に練習を始める。一方、藍に抱きかかえられた橙も、藍の手から離れて自分ひとりでやろうと張り切っていた。
棒をぐっと掲げてポーズをとって、いざ糸を編もうとしたところで、
「待て、橙はだめだ。棒の先が指に刺さって、死ぬかもしれない」
「だいじょうぶですよ、藍さま。それにいばらひめは、いとまきですよ」
「いいや、お前の柔肌に傷が付くなんて考えたら・・・・・・」
「うわぁ、すごい過保護」
「いいよ、こっちはこっちでやろうぜ」
藍は橙を制して、何やら違う世界で喚いているようだ。巻き込まれた橙を捨て置いて、その様子を見守りながら三人は作業を進める。
「チルノちゃん、見かけによらず器用だね」
「みかけは余計だよ」
――こうして慧音先生にプレゼントするマフラーを作り始めた私たちを待っていたのは、聖夜の締め切りに追われながら編み続け日々で、その後失敗して腹巻きになってしまったり幾度か諦めかけたが、その都度藍様の的確なサポートで奇跡的に間に合ったのであった!――
「ちぃちゃん、一体誰に言ってるのそれ……?」
「こまかいことはきにしないでよ。大ちゃん」
「まぁとにかく、間に合ってよかった」
ふぅ、と肩の力を抜いたミスティアが傍らを見ると、卓の上で突っ伏してよだれを垂らしてるチルノがいた。
「あらら、もう寝てるよ」
そう言ったミスティアもまぶたをこすり、大きく口を開ける。
明け方の太陽が薄く障子に差しこんでいる。その柔らかな光の中で、少しだけ、と言い訳をしながら、四人は静かな眠りについていった。
■■
徹夜明けに、仮眠を取った彼女たちは、日が頭上をまたいで傾こうとし始めるころ目を覚ました。
口を拭いながら、真っ先に目を覚ました大妖精が、皆を叩き起こす。
寝起きを乱暴に起こされた三人は、渋い顔を作り、大妖精を睨んだが、頭が覚醒して思い出したかのように、急いで立ち上がった。
彼女はあたふたと着物を正し、出かける準備を始めた。
互いにペアとなり、寝ぐせのついた髪を梳かしていく。物音に気付いた藍が、四人がいる子供部屋を覗きに来た。その光景を見て藍は残念そうな顔をしながらも、声には出さず、すぐに預かっていた外套を皆の前に持ってきた。
外出用の格好に着替えた彼女たちは、慧音へのプレゼントを携えて玄関を飛び出した。
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
小さくなっていく子供たちの背を送りながら、藍は手を振る。
その横に、突如亀裂が生じたかと思うと、黒い孔の中から紫が顔を出した。
「そういえば、藍」
「いらしてたんですか、紫様」
「あなた、橙からプレゼントもらったの?」
「橙の笑顔が最高の贈り物ですよ」
「表情と言葉が正反対だわ」
「うっ」
「不憫ね……」
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空は高く、風は冷たく。
その中、息を切らしながら駆けていく少女たち。
頬と鼻頭を真っ赤にしながらも、表情は明るく笑顔を振りまいて、彼女たちは走る。
やがて里の入り口をくぐり、街道を迎える。しかし、少女たちの足取りは軽く、速度を緩める気はないようだ。
だから、四つ角の死角から出てきた人影を避けることができず、そのままその女性の胸辺りにチルノは突っ込んだ。
ぎゅむ、という音を立ててチルノは跳ね飛ばされた。線の細い女性であったが、体幹が良いようでバランスを崩していなかった。
「おっと、ちゃんと前見て歩けって、あぁ」
彼女は面倒くさそうに頭をかきながら、尻もちをついたチルノに手を差し出した。すると、周りの少女たちを見て、さらにやれやれ、といった顔つきになった。
「炭焼きの姐さん」
「妹紅さん」
「もこーねえちゃん」
「暴力女!」
妹紅は、差しだしていた手のひらを握り、チルノの頭に振り下ろした。
「あ、痛!」
「妹紅お姉さまだ」
頭を押さえるチルノと、ため息を吐く妹紅。
その二人に大妖精が駆け寄った。
「あぁ、なんだかチルノちゃんがご迷惑をかけているようで」
「餓鬼の戯れだ、気にしちゃいないよ」
そう言いながらも、しっかり殴ってるいるじゃないか、とミスティアは思っていたが、口には出さずにいた。
と、邪気のない橙は、妹紅の脇に抱えた手荷物を見て尋ねた。
「おねえちゃん、なにもってるの?」
「あぁ? これか。いや今日はクリスマスだろ。散々甲斐性無しって言われてるからな、今年はちゃんと」
問われた妹紅は、何故か子供たちに照れながらも、包みを解いて、中身を彼女たちに広げた。
「ほら、この通り。上等なもんだろ。これならきっと慧音もって……あれ」
しかし、それを見た彼女たちは、「あっ」という声を漏らして、しゅんと項垂れてしまった。
突然のその様子に面食らってしまった妹紅は、周囲を見回し、そしてチルノが持っていた包みを見て、悟った。
「ん、チルノ。お前持ってるそれって」
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「ふぅん、そういうわけか」
里の外れの人気のない広場の木の下で、彼女たちは円を作って事情を話していた。
一通りの説明を受けた妹紅は、素直に感想を言う。
「慧音もいい生徒を持ったものだなぁ。感激して泣いちゃうかもしれないな」
「でも、被っちゃった」
「うん……」
褒めたことで気を良くするかと思いきや、逆に気落ちする面々を見て、妹紅は考え込んだ。
「ふむ」
このままマフラーを渡すことで、不利益を被るのは、彼女たちの方であろう。現に今非常に落胆している。だからと言って妹紅自身にも影響がないとは言えない。
というのも、あの優しく愚直な慧音のことである。二つのマフラーをもらい、一方のマフラーをしていなかったら、妹紅とちびっ娘たちのどちらかに申し訳が立たないと思うだろう。
それに、町中で自分が贈ったのと違うマフラーをしているところを、その贈った人に見られることも懸念するだろう。だから慧音が心を痛めるのは容易に予想できた。
あちらが立てばこちらが立たず。そしてこちらが立てばあちらが立たない。
妹紅は自身のマフラーと、少女たちが手で編んだマフラーを見比べる。そして乱暴に髪を掻き乱した。これ以上思考するのが面倒だったのだ。
「わかった」
そして妹紅は考えるを止めた。
「このマフラーは最初からなかったことにしよう」
「え」
問いかけの声が妹紅に届く前に、妹紅は襟巻きを手にした手を発火させる。紅い炎が白い布を焼く。オレンジ色の光が大気中にゆらゆらと踊り、紅蓮に包まれた白い襟巻きは、黒々と縮んでいった。
妹紅は自身の親指を噛んだ。とがった八重歯が肉に刺さり、赤い雫が指先に溢れた。彼女はその赤い珠を一滴、消し炭になった灰に落とした。そして灰に血が染み込むと同時に、もう一度手のひらに炎を宿らせる。その後、もう傷がふさがった左手を炭を中心にした篝火の中に入れた。その中から摘んだ指には、赤い糸が紡がれていた。
「ほら、ちょっとそれを広げてみな」
そう言って、妹紅はチルノが抱えた襟巻きを見る。促されたチルノは、言われた通りマフラーを広げ、妹紅の前に差し出す。
妹紅は、その白いキャンバスに絵を描く動作を思わせる挙動で、右腕を踊らせた。曲線を描き、交差した糸はやがて四枚の赤い翼を広げ、羽を休ませるような静かさでマフラーにリボンとして縫いつけられた。
「四分の一もいらなかったな。
まぁシンプルな中にワンポイントがあってもいいものだろ」
妹紅は、残った灰を無造作にもんぺに突っ込み、背を向けた。
「あの、妹紅さんいいんですか?」
大妖精が呼び止めると、妹紅は振り返る。
「気持ちがこもってる方が慧音も嬉しいだろうさ。私のも入ってるしな。あぁ、私がこんなことしたなんて言うなよ。恥ずかしいから」
言い終えた妹紅は、そっぽを向きながら笑い、そして片手をひらひらと掲げながら去っていく。
「ありがとうございます」
大妖精は深々と頭を下げる。ほかの二人もめいめい感謝の言葉を口にし、チルノもまた妹紅に声をかけた。
「ありがとう、キザな姉ちゃん!」
妹紅の肩がぴくっと震え、一瞬足が止まりかけた。が、何事もなかったかのように歩みを続ける。
彼女は意地っ張りだった。
■■
「とんとんとん」
「とんとんとん、せんせいいますかー?」
妹紅と別れた少女たちは、日が暮れぬうちに急いで慧音の私塾兼自宅を訪れていた。戸を叩く音に合わせて、歌うように「とんとんとん」と口ずさむ彼女たちの顔はにこにこと晴れやかな顔をしていた。
幾ばくもしないうちに、扉の向こうから、ととと、と音が聞こえ、引き戸を開いて上白沢慧音が現れた。
「やぁ、いらっしゃい」
「せんせい、こんにちはぁ」
「あぁ、こんにちは。外も寒いから。ほら中に入りなさい」
「はぁい」
と、戸の正面から横にずれた慧音の前を少女たちが駆けていく。マフラーを持っていたチルノは、慧音と目を合わせながら、背中に隠したそれが見えないように体で隠して、うちにあがる。
慧音はその笑顔を見て「うん?」とその意図をそれとなくチルノに表情で語りかけるが、チルノは笑って何も答えず、先に行ってしまった。
最後まで外に残っていた大妖精が「お邪魔します」と礼儀正しく頭を下げて入っていくのを見て、慧音は戸を閉めた。
居間に上がった子供たちはすでに畳に寝っ転がったりして、特に緊張した様子もなさそうである。慧音は、その様子を尻目に、お茶とお茶請けを取りに行き、人数分の茶碗に熱い玉露を注いだ。
お盆にそれらを乗せて居間に戻った。一人ひとりにお茶を渡している時に、ミスティアが尋ねる。
「先生は何やってたの?」
「んー、お年賀を書いていたんだよ」
そう言って慧音は卓の上に几帳面に積み上げられた葉書を一枚手に取る。流麗な筆遣いで、蛇のような墨字が紙面を踊っていた。崩し字、いや漢字をあまり読めない橙がそれを見て、少し顔を伏せた後、上目使いで小さく訊いた。
「えっとあの……せんせい、その……藍さまにへんなことかかないでくださいね」
内心びくびくと怯えながら訊く橙に、悪戯心が働いた慧音は、口元に小さな笑顔を作り、手にした葉書に書くような動作をした。
「ふふ、どうしようかなぁ? 動くものがあると、すぐそっちに目が行って集中しません、とでも書いておこうかな」
「もぉ、せんせい!」
拳を作った両腕を振り下ろしながら、橙は顔を赤く丸くした。その様子に、部屋の中で笑いが起こる。
「あはは、冗談だよ。――へっくしゅ」
と、皆の笑い声を塗りつぶして、慧音がくしゃみをした。
「せんせい、また風邪引いちゃったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、やっぱり冷えるからね」
そこで、四人は顔を見合わせにかっと笑った。
「じゃあそんなせんせいに」
「アタイたちから」
「とっておきのプレゼント!」
「はい、先生ちょっと屈んでください」
慧音が言われた通り腰を落とす前に「ほら、せんせい、はやくはやく」と橙と大妖精が慧音の背中を押す。
「え、何だ、何だ」と口に出しながら、慧音はその二人を見ようと首をひねった。その隙に、チルノは隠したマフラーを取り出して、ミスティアと一緒に、ふわりと雪が舞い降りるように慧音の首にそれを巻き付けた。
首に触れたこそばゆい感触に驚いた慧音が前を見ると、チルノとミスティアが、えへへ、と笑っている。その二人の横に、ひょこひょこと慧音の正面に橙と大妖精が、慧音の恰好を確かめるように歩いてくる。
「ちょっと先生立ってみてください!」
「せんせい、かわいい!」
立ちあがった慧音のすらっとした体に、白いマフラーが棚引く。母の手のような優しい温もりに包まれた慧音は、そっとマフラーを撫でる。
と、
「ねぇこれなら温かいでしょ?」
チルノは慧音に抱きつく。その腕を目を閉じ愛おしそうに優しく抱くと、慧音は微笑んだ。
「あぁ、あったかい。とってもあったかいよ」
「チルノちゃんだけ」
「ずるい」
「私たちも!」
慧音を独り占めしていたチルノに妬いた、大妖精と橙とミスティアは慧音に駆け寄る。
「あぁ、みんなも、ありがとう」
慧音は彼女たちの目線まで屈んで、一人ひとりの頭を撫でた。そして四人まとめて一緒に抱きしめた。
「わぷ」
四人はぎゅうぎゅうに締め付けられ、お互いの頬がすりあったり、胸で呼吸が苦しくなったりする体勢であったが、それでも満足そうに笑顔を咲かす。
クリスマスに咲いた、たおやかな五花の雪花。
残る一枚は……
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訪れる聖夜。子供は帰路に付き、いよいよ夜は暗い。
その中に、月光に照らされた銀髪の少女。
彼女は一軒の家の前で止まり、戸を叩く。
すると、申し合わせたかのようにすぐ、引き戸から光が漏れた。
「待っていましたよ、妹紅さん」
――
「どうしたんですか、なんだかよそよそしいですよ」
「あ、いや」
晩餐に招待されたというのに、妹紅の顔はぎこちなく、どこかそわそわしているように見えた。
食事中も上の空でぽーっと頬を赤くし、熱に浮かされていると慧音は心配したものだ。慧音は首を傾げた。特に体調も悪いわけでもなしに、いつもの調子とはやはり異なる。そこで、「あぁ」と慧音は納得した。
「別に、気にしなくてもいいですよ。だって……」
「あぁ、いや」
慧音の言葉を遮って妹紅が素っ頓狂な声をあげた。
「悪いけど、慧音そっち向いてくれるか?」
「なんでしょう?」
「いいから!」
妹紅は、訝しがる慧音を強引に後ろへ向かせた。「何をするのだろう」と、慧音は不思議に思ったが、言いつけの通り後ろを向いたままでいた。若干部屋の光が明るくなった後、ごそごそと物音が聞こえ、その音がやむと妹紅の声がかかった。
「……こっち向いていいぞ」
慧音が振り返ると、そこには、赤いリボンを体に巻き付けた妹紅がいた。
「あの……その去年に引き続き、プレゼントがないなんて、あれだから、私の身一つで良ければ、その……もらってくれないか?」
と、妹紅が言っている間、慧音は真顔で妹紅の顔を覗き込んでいた。しかし。慧音の目線から逃れるように、妹紅の瞳はあっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろ。噛まずに言いきれたのは立派ではあったが、赤面して目を合わせられないようでは、合格点には達していないとも言える。
慧音はその言葉を聴いて、きょとんとしていたが、くすりと笑みを零した。
「じゃあ今夜は熱い
「ぇ」
妹紅が何やら反論しようとして口を開いたところを、慧音は人指し指を妹紅の唇に当てて封をした。
「今更、撤回なんてしませんよね? 今日は覚悟してください」
最後に残った六花のひとひら。月光に照らされ、散っていく。夜の熱い抱擁に雪の花は溶かされて、雫に水月を映して一つに混じり合う。
夜は未だ、終わらない。
でも最後が気になるぜ!
ところで、誤用?
「今から、基本的な縫い方~」
→編み方
絵本のようなあたたかいお話で良かったです。
慧音、マフラーに妹紅の妖力(?)を感じてたらいいですね。