※拙作「クリスマス前哨戦~発端の在処~」(ジェネリック79)の続きとなります。
「用意できましたかー?」
「……ち、ちょっと待って。これ、ちょっと……えっと……」
「ああ、もう、違う違う! 袖の通し方が……」
「もうそろそろ、予定の時間ですよー」
声を上げる彼女の視線は、窓の外へと向いた。
しんしんと、雪の降る夜。
周囲は静寂に包まれ、ただ、空から舞い散る雪を見上げるだけの時間がそこにある。
これで、ゆらゆら揺らめくほのかな明かりがあれば、何ともムーディーな雰囲気漂う、素敵な夜になるだろう。
「……こ、これでいいの?」
「似合いますよ~」
彼女は、取り出したカメラで、ぱしゃっ、と一枚、写真を撮影した。
その写真の相手は言う。
「何だって、こんな露出度の高い服装を……!」
「……甘い。甘いですね。カスタードクリームの砂糖和えより甘いですよ!」
「食べたら確実に胸焼けしそうな甘さね」
彼女は、言った。
「古来より、女性が扮するサンタクロースは衣装がエロいと相場が決まってるんですよ! 幽香さん!」
――というわけだった。
数日前から、幻想郷の、一部の者たちの間に出回った一通の手紙がある。
きれいな便箋に書き出されたそれの宛先は『サンタクロース』であった。
古来より、『よい子にプレゼントを配る正体不明のいい人』の象徴であるサンタクロースであるが、昨今はその正体を察するものも多いと聞く。
そこで、彼女――射命丸文が提案したのが、『真に謎に包まれたサンタクロース』であった。
「か、風邪引いたらどうしてくれるのよ!」
「大丈夫ですよ。香霖堂のご主人からマイクロ八卦炉をお借りしてきました。暖房として充分です」
だが、提案したはいいものの、『誰がそのサンタクロースを演ずるのか』が最大の課題であった。
当初は自分が扮するつもりだったのだが、多くの人々の間ですでに面の割れている彼女では、『謎』の部分が薄すぎる。
友人に頼もうとしたのだが、『絶対にいや』と言われてしまった(理由は、文がもってきた衣装である)。
困ったなぁ、と思っていた文だったが、突如、光明が差し込むことになる。
それに名乗りを上げた人物――すなわち、今、彼女の前でミニスカへそ出し肩出し背中開き谷間見えのサンタルックに実を包んだ女性、風見幽香である。
なぜか。
いや、それを聞くのも愚問だと考えるものもいるだろう。
何せ、風見幽香と言えば、某誌には『友好度最悪の邪悪な妖怪』みたいな書き方をされる妖怪だ。
そして、事実、その力も強く、この幻想郷の中でもトップクラスと言ってもいいだろう。おまけにプライドも高く、加えてサディスティックで弱いものいじめが大好きで、自分に敵対する輩には容赦しない――というのが、一般の、幽香に対するイメージだ。
しかし、事実は違うのである。
「……恥ずかしい」
「似合うからよしですよ!」
こんな感じに、露出度の高い服を着れば頬を赤く染め、メインの趣味はお菓子作り。
普段の態度は、実は強がりをしているためであり、実は寂しがりの上に女の子たっぷりの性格。
――以上の一面は、一応、彼女は知り合い全部に対して隠しているつもりであった。もちろん、それがすでにおおっぴらに知れ渡り、『風見幽香』という妖怪に対するイメージが変わりつつあるのは周知の事実である。
それはともあれ、そんな彼女であるから、このような露出度の高い衣装を身にまとうことなど、断固として、首を縦に振らないと考えるのが当たり前だろう。
だが、今回のこの企画。考え出したのは、なんとこの幽香なのである。
その名もずばり、『幻想郷で一番のクリスマス大作戦』。
非常にネーミングセンスがださいのは勘弁してあげてほしい。本人は、『なんてハイソなネーミングなのかしら』と、割とマジで思ってるのだから。
そんなこんなで、知りたがりな代わりに、ちゃんとした『契約』をすれば、依頼をした方も困惑するほど口の堅い天狗二人に『協力』を申し出ていたのである。
そして、今日のこの日、クリスマスを『素敵なクリスマスにしよう』と発案し、二人に協力を願い出ておきながら、自分はやっぱり何もしない、出来ないのでは自分のポリシーに反する。
幽香は、その宣言の時、しどろもどろになりながらもそう言っていた。そうであるから、サンタクロースを演じるものが誰もいないのであれば、自分がやるしかない――それが、幽香の決意であった。
かくて、発案風見幽香、提案射命丸文の『クリスマス』がスタートするのだ。
「それに、幽香さん、普段はがっちり着込んでるんですから、たまには露出度の高い格好をしてもいいじゃないですか?」
「だ、だからって、こんな……」
「……着てから言うかな、普通」
「っていうか、あんた達、あったかそうな格好してるからいいけど……!」
提案者である文と、その友人、はたての格好は、端的に言って着ぐるみだった。
トナカイである。
しかもご丁寧なことに、幽香を乗せて引っ張る用のそりまで用意されていた(これも、事情を話したところ、香霖堂の主人が快諾して貸してくれたものである)。
「まあまあ。
さあ、そろそろ出発の時間ですよ。
それとも、やっぱりやめますか?」
「ぐっ……」
そこで、幽香は言葉に詰まった。しばらくの逡巡を経た後、「……行くわ」と、決意を瞳に浮かべてつぶやく。
文は、幽香に見えないようにガッツポーズをとった。
その友人の姿を見ていたはたては、『こうならないようにしないといけないな……』と、内心でつぶやいたのだった。
元々、幽香がこのようなことを考えたのは、一言で言うならば自立のためであった。
そして、その原因は、彼女自身の性格に大きなものがあるのは言うまでもないが、もう一つ、大きなものがある。
それが、以前、とある事情から親しくなり、彼女にとっての初めての『友達』となった女性――アリスだ。
これまで、彼女は何かと友人であるアリスを頼ってきた。困ったことがあれば、まず第一に彼女に相談した。同時に、彼女からかけられる言葉のほとんどに、強がりを言いつつもしっかりと従い、悪く言えば、甘えてきた。
極めつけは、今現在、彼女が建てた家であり、『友達たくさん計画』の拠点でもあるお店だ。
『かざみ』と名付けられた、その喫茶店を建設する費用は、全てアリスが出したのだ。おまけに、彼女が経営のほとんどを受け持ってくれており、幽香はと言えば、それが当然とばかりに過ごしてきた。
それは、完全に、相手に依存していたと言ってもいいだろう。
理由は一つ。彼女にとって、初めての『友達』がアリスだったからなのだ。アリスなら、いつでも私の味方でいてくれる――そう、彼女は思ったのだ。
しかし、いつしか彼女は考えるようになった。
――このままじゃいけない、と。
一方的に頼り、迷惑をかけるだけの関係を『友達』とは呼ばないのだ。
頼り頼られ、持ちつ持たれつが理想なのである。
アリスはきっと、思っているだろう。『正直、ちょっとうっとうしいな』と。
なぜかというと、幽香も、恐らく、このように自分に頼ってばかりいる相手がいたらそう思うだろうからだ。
アリスはそんなことは、決して口には出さない。いつでも、幽香に協力してくれた。だから、幽香も彼女に甘えてしまっていたのだ。
だからこそ、幽香は決意した。
『私だって強くなる!』
――と。
そのために、文の考えたプランに手をあげ、『幻想郷のサンタクロース』を演じることを渋る心を、自ら後押ししたのである。
――ついでに言うならば、打算もあった。
「見えてきましたね」
「っつーか、文。何、この状況」
「トナカイはそりを引っ張るものでしょう」
「……色々、都合が悪くない?」
幽香を乗せたそりを引っ張る二匹のトナカイ。その間に交わされる言葉は、何となく微妙であった。
――さて、そんな幽香の打算と言うのは、『お店の宣伝』である。
彼女の経営するお店は、実質、アリスの経営手腕によって経営を維持している状況だ。
しかし、最近は、そのアリスが『幽香の自立のため』と、お店のことにあまり関わらなくなったのだ。
当然、そうなると、お店の経営は店主の手腕一つにゆだねられてしまう。
ところが、幽香のお店は、有り体に言って繁盛していた。評判もよく、日々、訪れてくれる客も多い。
だが、この幻想郷には、甘味処は彼女の店だけではない。人里にもそのような店はたくさんある。加えて、この幻想郷に住まうもの達ならば、誰もが知っている、巨大なレジャー総合店舗『紅魔館』というものもあった(なお、元々、何の館だったかというツッコミは割愛する)。
幽香は、これまで、ある意味では自由に生きてきた。自分の心の赴くまま、『強がり』の自分を演じてきた。
その姿は、今、店の経営にも影響している。
端的に言うと、資金的な問題はさておくとしても、彼女は一切の宣伝を行わず、全てを口コミに頼る経営を続けているのだ。
おかげで、大きなイベント事が起きるたびに、彼女の店からは客足が遠のいている。その客を、周りの店に取られてしまっているのだ。
根強いファンと、地道な草の根活動は続いていても、時折やってくるアリスは警告する。
『幽香。ちゃんとお店を経営しないと、赤字になっちゃうわよ』
――と。
このままの経営方針を続けていては、きっと、自分の『決意』が揺らいでしまう。物理的にも精神的にも、もちろん経済的にも。
だから、幽香は今回の行事に便乗して、プレゼントを渡す対象の周囲にいる者たちに『お店をよろしくね』と売り込みをかけるつもりであった。そのための準備も万全だ。
少なくとも、彼女の中では、であるが。
「……えっと、『かざみでは、今年もクリスマス特別セールを行っています。ぜひ、足を運んでください。なお、こちら、クーポン券になります。お店にご持参頂けましたら、ケーキセットをプレゼントいたします』……」
「……あの、幽香さん。そういう言葉は、もっと笑顔で明るくはきはきと言ってくれませんか……?」
「何か後ろからお経が聞こえる感じなんだけど……」
「う……うぅ……」
すでに彼女の顔は真っ赤である。トナカイの鼻より真っ赤だ。
カンペがあっても引きつり笑い、セリフはつっかえつっかえ。そんな自分に決別するためにも、彼女は今夜、頑張らないといけないのだ。
「最初の目的地は紅魔館ですね」
「はい、幽香。これ」
「何これ?」
「人相を変えるための帽子とメガネですよ」
「いくらあんたでも、素のままだったらばれるでしょ。
今日のあんたは、あくまで『サンタクロース』なんだから。お菓子を一緒に配るのは、『これを一緒に渡してあげてって頼まれたから』って理由なんでしょ?」
「そ……それはそうだけど……」
「じゃ、ほら。つべこべ言わないでつけたつけた」
「……たかがメガネと帽子くらいで……」
「はい、鏡」
「……え? これ、私?」
そういうグッズは常に携帯しているはたての渡した手鏡に映る自分の姿を見て、幽香は前言撤回した。
人間、不思議なもので、たかが帽子とメガネだけでも印象は変わるものなのだ。
今の幽香の姿を一言で言うと、『魅惑の女家庭教師』と言った具合である。過去、幻想郷に、ここまで魅惑的なサンタクロースがいただろうかいやない。
「とうちゃーく」
しゃんしゃんしゃん、とベルが鳴る。
門の前に到着した三人を、早速、門番の美鈴が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「こんな夜中までお仕事、ご苦労様です」
「いえいえ。
えっと……お待ちしておりました、サンタクロースさん」
「はっ、はい! あ、あの、えっと、お、お手紙、み、見ました!」
「うちのお嬢様達の所にご案内しますので」
にこにこと笑う美鈴が一同の先にたって歩いていく。
幽香は、『本当にばれないものだなぁ』と内心で思っていた。
もちろん、先の挨拶は美鈴の社交辞令であったが、根が意外と単純な幽香は、あっさりころっと、自分の『変装』を信じてしまったらしい。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
開かれたドアの向こう。
そこに、咲夜が笑顔を浮かべて立っていた。さらにその後ろにずらっとメイド達が並び、『いらっしゃいませ』と三人に向かって頭を下げる。
それに萎縮せずに進んでいくのは文だけで、幽香とはたてはあっけに取られ、その場で思わず足を止めてしまっていた。
「今宵のクリスマスを彩ってくださるということで、大変、感謝しております」
「いえいえ。これも、私たちのお仕事ですよ」
「サンタクロース様も、わざわざありがとうございます」
「へっ?
い、いえいえ! その、よい子のためなら、えっと、頑張りますはい!」
「うふふ。左様ですか。
それでは、我が館の『よい子』のところにご案内いたします」
すすと音を立てず、一人のメイドが足を進めてきた。
彼女に案内されるまま、幽香とはたてが歩いていく。そして、その二人の姿が奥の扉に消えたところで、
「――さて」
入ってきたドアが閉じられる。
そして、途端に高まる気配。
「何のつもりですか?」
「あなたは行かないのかしら? 文」
「ええ。道案内と護衛ははたてさんにお願いしてありますから」
「護衛だなんて。
また物騒ね」
ざざっ、と、今度は音を立ててメイド達が左右に展開する。それを見据える文の瞳が鋭くなった。
「理由をお聞かせ願えますか?」
トナカイの着ぐるみの中から、文は風扇を取り出した。
その先端を、もこもこ着ぐるみの腕のまま、咲夜へと突きつける。その間抜けな姿に、咲夜の後ろで何名かのメイド達がずっこけたが、それはあんまり関係ない。
「うふふ……。
実はね、文。お嬢様から言われているの。ああ、お嬢様と言ってもフランドール様の方ね。
『サンタさんにお礼を言いたいから、私たちが起きるまで捕まえておいてね』って」
「……なるほど。
他にもたくさん、回らないといけないところがあるのですが」
「あら、そんなことは知らないわ。だって、お嬢様達が起きるまでに戻ってこられない可能性もあるでしょう?
それに、『その時に戻ってきます』と言う口約束だって、ねぇ?」
「監視をつけてもらうと困りますしね」
「そういうこと」
「普段はテーマパークなのに、こういう時は悪魔なんですね」
「たまにはカリスマを思い出させてちょうだい……お願いだから……」
「……ごめんなさい」
流れる微妙な空気を払拭するために、咲夜は『こほん』と咳払いをした。
「そういうわけで。
悪いのだけど、あなた達は、一晩、ここに泊まっていってもらうわ。美味しい食事ときれいなお部屋、最高のサービスはつけてあげるから心配しないでね!」
一閃される手から放たれるナイフ。
それを、文はひらりと回避した。彼女の遥か後方で、ちりんちりん、という金属の音がする。
「あいにくと、私たちはこの役目を投げ出すわけにはいきません」
「本音は?」
「すでに私の頭の中にあります……。
そう。『幻想郷に本物のサンタクロース降臨! そのお仕事に密着取材!』を書くために!」
「あなたも結局、打算まみれなのね」
「知らないんですか? 十六夜咲夜さん。
真実とは、誰かが作り上げるものなんですよ」
「あなたジャーナリストやめなさいよもう」
「ここで捕まるわけにはいきません!」
咲夜のツッコミ何のその。文は一転、攻勢に出た。
迫り来る天狗のスピードは、さすがの咲夜でも脅威なのか、後ろに下がる彼女を守るようにメイドたちが前に出る。そして、四方八方から放たれる無数の弾幕。
その隙間をかいくぐり、文は飛翔する。
どこからかドッグファイトなBGMが流れる中、攻撃を回避した彼女は、メイド達めがけて扇を一閃する。
「くっ! 相変わらず面倒ね!」
吹き荒れる突風に煽られ、何名かのメイドが墜落した。
風は姿かたちを持たないため、よけることが出来ない。咲夜も、何度も、文のこれには苦戦を強いられていた。
「あなた達は、私を狭いところへと追い詰めたことで、私の持ち味であるスピードと、それに伴う回避性能を殺したつもりなのでしょう。
確かに、それは間違いではありません。しかし、同時に、この閉じられた空間の中では天狗の操る風が猛威を振るうということを思い知るがいい!」
さらに一閃。
叩きつけるような風の衝撃に、さらに数名のメイドが床に這いつくばった。
辛うじて持ちこたえたもの達も、吹き荒れる風のすさまじさに動くことも出来ず、視線を咲夜へと向けている。
「ちっ……やってくれる……!」
その刹那、かちん、という音と共に周囲から色と音が消えた。
荒れ狂う風も形をこわばらせ、全てが停止する世界の中、彼女は文の背後へと接近する。そうして、文の扇を握ったところで、世界に色が戻った。
「時間を止めて接近……やってくると思ったよ」
「それくらいしか反撃手段もなかったからね」
「けど、人間の力で、妖怪の力にかなうとでも……!」
「思わないわ。
だけど、文」
「……何を……」
「これ、いらない?」
すっ、と咲夜が胸元に入れた手の先には、一枚の紙切れ。それを見て、文の動きが止まった。
「そ、それは……!」
「我が紅魔館の、半年間フリーパス!」
ぴしゃんごろごろ! と文の背後で雷が閃いた。
紅魔館フリーパス。それは、この紅魔館で提供される、ありとあらゆるサービスを受け放題という、ファンならずとも全ての消費者垂涎の一枚。
噂によれば、これを手に入れることが出来たものは、たとえ何百万、何千万、時には億を積まれたところで決して手放さないとまで言われるものだ。
「あなたが大人しく、私たちの味方になってくれるのなら、これをあげる。
ついでに、幽香たちを捕まえる手伝いをしてくれたら、一年間に延長してあげるわ。
さあ、どうする?」
「う……うぐぐ……!」
「つい最近の話なんだけどね? あなたが好みのケーキとか、た~くさん作ったの。よかったら、それもお土産にしてあげるんだけどな~」
目の前に漂う一枚の紙。
それは、ただの紙切れのはず。
だが、今の文には、それが黄金……いや、ダイヤモンドにも等しい『価値あるもの』に見えていた。
手が伸びそうだった。いや、むしろ、伸ばしたかった。たとえトナカイの着ぐるみのままであっても、そのもこもこした手で咲夜の前にかしずきたかった。
――しかし!
「ええいっ! わ、私は一介のジャーナリストとして、買収には屈しませんっ!」
文は、叫んだ。
彼女は咲夜から離れると、額から流れていた、何かやばい汗をぬぐう。そうして目を閉じて、深呼吸してクールダウン。
次に、かっと目を見開いた彼女の目には、決意の色があった。
「仲間を裏切ることなんて……私には出来ませんっ!」
「本音は?」
「新聞の売り上げ伸びそうだから!」
「あなた一度口を縫い合わせたほうがいいわよほんと」
一応、文の中では『新聞>紅魔館の素敵なサービス』であるらしかった。
それはともあれ、買収に失敗した咲夜は、やれやれ、と肩をすくめると、「それじゃ、改めて」と鋭い視線を文へと向ける。
文は、迷った。
また、あの誘惑攻撃を仕掛けてきたら……いや、咲夜のことだ、あの攻撃を上回る誘惑を繰り出してくるだろう。
その時、自分は堪えることが出来るだろうか。
新聞への情熱だけで、果たして、咲夜の攻撃を跳ね除けることが出来るだろうか。
彼女は歯噛みした後、思わず、目を見開いた。
「……そうだ!」
この手段があった。
たとえ咲夜の誘惑があろうとも、必ず、打ち破ることの出来る秘策が。
「全員、攻撃……!」
咲夜の声が響き渡るその瞬間、それを、一陣の突風がかき消した。しかも、それだけでは足りず、室内に響き渡ったのは――、
『っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
乙女の黄色い悲鳴だった。
「これぞ、天狗奥義! 『烈風スカートめくり』っ!」
説明しよう!
烈風スカートめくりとは、室内などの限定空間のみで使える奥義である! 天狗の技の一つである、風を操る力で下から上へと風を巻き起こすことで、乙女の鉄壁ガードを粉砕するのだ!
もちろん、「烈風っ! すかぁぁぁぁぁぁとめくりぃぃぃぃぃっ!」と実際には熱い叫びがこだまするのは言うまでもない!
しかし、この技は普段は決して使えない! なぜならば、その風に巻き込まれれば、自分の花園すら見事にさらしてしまうからである!
文が、今、この技を使えた理由はただ一つ。その着ぐるみが、彼女を守っていてくれるからだ!
大天狗:そんな技を使っても大丈夫か?
文ちゃん:大丈夫です、問題ありません。
「そしてすかさず撮影っ!」
「あ、文ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「さらに逃げーる!!」
「追いかけなさいっ! 全員っ! 追いかけてぼっこぼこにして雪の中に逆さまに埋めるのよっ!」
『はいっ! メイド長! 乙女の敵、許すまじっ!』
文の神速のシャッターが、魅惑の花園を見事に捉えていた。顔を真っ赤にして怒り狂う彼女たちが全速力で文を追いかける。
しかし、文は左手側のドアを開けると、その向こうへと一目散に飛んでいく。そのスピードは、限定空間内であって、多少衰えているとは言っても圧倒的だった。
「ふっ……念のために習得していた奥義が、こんなところで役に立つとはね」
ちらりと、文は後ろを見た。
あの場にいたメイド達全てが、怒りの形相で文を追跡してきている。全員、頭に血が上っているため、冷静な判断が出来なくなっているようだった。
「さあ、幽香さん、はたてさん! 私が身を挺して敵をひきつけている間に、頼みましたよ!」
「何か入り口が騒がしくない?」
「……そうね。何かあったのかしら」
「さあ……?」
案内役のメイドが首をかしげる。どうやら、咲夜たちの計画は、メイド達の中でも一部の限られた者たちの間にしか伝えられていないようだ。
幽香とはたてはさしたる妨害などもなく、『こちらです』と案内された部屋の前へ。
そうして、幽香が、音を立てないようにそっとドアを開いていく。
「……へぇ」
広い部屋の中、ベッドで眠る少女が二人。
彼女たちのすぐ側まで近づいて、思わず、幽香の顔に笑顔が浮かぶ。
「起きてると憎たらしいくせに、寝てる間はかわいいんだから」
特に、その姉の方のほっぺたをぷにぷにつついてから、幽香は手に持った袋の口を開ける。
「えっと、この子達は、おそろいのぬいぐるみ……っと」
ちなみに、品物は幽香の手作りである。彼女、お菓子作りだけではなく、こっちの方面に関しても多芸なのだ。
それを、「メリークリスマス」とささやいて、二人の枕元に置いていく。
ベッドの脇に提げられた、小さな、かわいい靴下の中にはお菓子をどっさりと入れて、後ろを振り返る。
彼女へと、メイドがぺこりと一礼した。隣のはたてが、幽香に向かってVサインを出す。
そして、幽香が部屋を後にしようとした、その時だ。
『女の敵ぃぃぃぃぃっ! 待てぇぇぇぇぇぇぇっ!』
……何やら、ものすごい騒音と轟音が響いてきた。
慌てたメイドがばたんと、ドアを叩きつけるように閉める。運悪く、幽香が外に出ようとしたときだったため、『へぶっ!』という間抜けな悲鳴を上げて、幽香は鼻を押さえてその場にうずくまった。
『ちょ、何よこれ!?』
『はたてさん逃げてください!』
『文、あんたまたなんかしたの!?』
『文ぁぁぁぁぁぁっ! 写真だけでも返しなさぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!』
『いやです! 咲夜さんのレースは私の宝物にしますっ!』
『泣かすわよマジで!』
「……んにゅ……。なにぃ……?」
そのやかましい騒音で、ベッドの上の天使が一人、目を覚ましてしまったようだった。
慌てて幽香が後ろを振り返る。
フランドールが、むにゅむにゅと、眠そうに目をこすりながら幽香へと視線を向けていた。
――止まる時。
彼女の視線は幽香に固定され、幽香は石化の魔法でもかけられたかのようにぴくりとも動けず。
「あ……」
幽香は窓から逃げ出そうと、立ち上がる。
しかし、
「サンタさんだーっ!」
目をきらきら輝かせたフランドールが、次に、ベッドに置かれたぬいぐるみと、提げた靴下の中のお菓子を見つけ、さらに顔を笑顔に染めて、幽香へと飛びついてくる。
「サンタさん、サンタさんだ!」
「あ、あああああの……!」
「ありがとう、サンタさん! プレゼント!」
「そ、そうね。あなた達、いい子にしていたから、ね?」
「おねえさま、おねえさま起きて! サンタさん来てくれたよ! サンタさん!」
フランドールがレミリアを起こしに向かう。
さすがに、これ以上の事態になると、自分の力ではごまかしがきかないと悟ったのか、幽香は窓に向かうと、その桟に足をかける。
そして、つと、室内を振り返ると、
「メ、メリークリスマス。来年もいい子にしてたら、また来るからね」
「はーい!
ほら、おねえさま、起きて起きて!」
「……何よ、フラン……。わたしは眠いの……」
「サンタさん、サンタさん!」
「え?
……あ、ほんと……」
「そ、それじゃあねっ!」
「あ、ま、待って!」
「ばいばーい!」
窓から飛び降りる幽香。すると、足下に、文とはたての姿があった。
彼女たちの引っ張るそりに飛び乗り、全速力で紅魔館から離脱していく。
雪の空に響く、『またねー!』という少女たちの声。
そして、それに重なって、『逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁ!』という怒りの声も、いつまでも、紅魔の屋敷に響いていたのだった。
「やれやれ。死ぬかと思いました」
「あんた、何したのよ」
「幽香さん。どうでしたか? 初サンタクロース」
「あ……えっと……悪くなかったわ」
「それはよかった」
答えなさいよ、あんた、とはたては文に視線を向けるのだが、文は答えを返してくることはなかった。
何とかかんとかメイド達の追撃を振り切った三人が次に目指すのは、幽明の境の先にある白玉楼である。
三人は、いつものように結界を越え、白玉楼へと辿り着く。そこに佇む屋敷の入り口には、今日は珍しい人物が、三人を待っていた。
「いらっしゃいませぇ」
「おお、幽々子さん」
「こんばんはぁ。あとぉ、うらめしやぁ~」
「リアル幽霊がやると迫力ありますねー」
「トナカイって美味しいのかしら」
「へるぷみーはたてさんっ!」
「しがみつくな!」
べしっ、と地面に叩きつけられ、文は沈黙した。
「それはともあれぇ」
すっ、と幽々子の空気が入れ替わる。
「お待ちしておりました。
さあ、サンタクロースご一行様。どうぞ奥へおあがりください」
先ほどまでのほわ~んとした空気はどこへやら。
怜悧な空気の漂う、しかし、優しい声音と眼差しの姿を見せる幽々子が、三人の前に立って歩いていく。
「えっと、あの……お、お手紙を出してくれた妖夢ちゃんはどちらに?」
「妖夢でしたら、すでに床についております。
今夜は、なるべく早く寝るようにと申し付けましたので」
ね? と視線を向けてくる幽々子。幽香は背筋を伸ばして、『そ、そうですか』と笑顔を浮かべたのだが、その笑顔は引きつり笑いになっていた。
当然のことだが、幽香の『変装』など、簡易なものである。幽々子の視線は、『あなたも大変ね』と言う色合いを、たぶんに含んでいた。
「こちらです」
すっ、と引き開けられるふすま。
長く伸びる廊下の向こう、小さな寝室に、白玉楼のちびっこ剣士の姿があった。
「うわ~、かわいい寝顔ですね~」
「ちょっと、文。あんた、不謹慎よ」
「何を言うのですか、はたてさん。ちゃんとフラッシュは切りましたから、一枚、寝顔を……」
「トナカイさん。今宵はとてもいい夜ですので、その夜を乱すような真似はおよしになってくださいまし」
「……はいごめんなさい」
いつのまにやら、片手に扇を取り出した幽々子に笑顔を向けられ、文は顔面蒼白になって後ろに引いた。
紅魔館では強気に出ることが出来た彼女だが、今回のは相手が相手である。下手したら、『文々。新聞の記者、謎の変死!』という見出しがはたての新聞の一面に載りかねないのだ。
「えっと、妖夢ちゃんは、かわいいお洋服……」
ちなみに、幽香の手縫いである。
普段は赤と白のチェック柄と言う目に痛い衣装を好む幽香であるが、これでセンスはなかなかだ。
取り出されたのは、妖夢のかわいらしさを存分に引き立てる、白のワンピースだった。スカートの裾などにはレースも入っており、これを作るだけでも相当な実力と苦労の伺える代物である。
「あら、この子ったら、こんなものを頼んでいたのね」
「やっぱり、女の子はかわいい格好をしたいと望むものよ」
優しい眼差しを妖夢に向けながら、そっと、幽香はその頭をなでていた。そんな彼女の背中へと、幽々子が微笑みと共に言葉をかける。
「それは、あなたもかしら? サンタクロースさん」
「……う、いや、それはその……」
言葉に詰まる幽香は、逃げるように踵を返すと、「メ、メリークリスマス!」と叫んで走っていってしまった。
それを見送っていたはたては、気を取り直すと、慌てて、硬直したままの文の手を掴んで「そ、それじゃ、また!」と幽香の後を追いかけていく。
その途中で一旦立ち止まり、「これ、おまけ!」と彼女は幽々子にお菓子の入った箱を投げ渡した。
どたばたどたばた。
騒々しい音は遠ざかり、やがて静寂が戻ってくる。
「かわいいお洋服、か。
どうして、この子は私の前でそういうことを言えないのかしらね」
遠慮しているのか、それとも、自分を押し殺しているのか。
何だか寂しいわね。
そうつぶやいた幽々子は、そっと、妖夢の頬をなでて『おやすみなさい』とその頭を優しく叩いたのだった。
「幽香さんは、かわいいお洋服を着てみたいんですか?」
「べっ、別に! 私には、そんなもの、似合わないもの!」
「そうでもないんじゃない? あんた、見た目はいいんだし」
「み、見た目とかそういうのはどうでもいいのよ!
その……雰囲気……とか……」
「どうですかね? はたてさん」
「わたしに聞くなっつの」
「あいたっ」
「ほ、ほら! 急ぎなさいよ! 今夜中に回りきれないでしょ!」
そりは幻想郷の空を行く。
次に向かう先は、竹林の奥の屋敷である。
ゆっくりと、その入り口の前にそりが舞い降りると、やはりと言うか何と言うか、出迎えのうさぎさんが立っていた。
「え? あれ? 幽香……」
「ゆ、ゆーか? 誰のことかしら? 私は、その、えっと……よ、よい子にプレゼントを配るサンタクロースよ!」
「え、いや、だって、その見た目とか声とか……」
「ど、どうでもいいでしょ、そんなこと! そんなことより、案内しなさい!」
そういう威圧的なサンタクロースはいないんじゃないかなぁ、と思いつつも、うさぎさん――鈴仙は、三人のみょうちきりんなサンタクロース一行を連れて、屋敷の中へと入っていく。
「ここは特別多かったですね」
「確かに。選別するのが大変だったわ」
「あの手紙って、文さん達が出していたんですか?」
「私たちは、こちらのサンタクロースのお手伝いですよ」
ね? と文。
はたては『わたしは別に、あんたの手伝いなんてしたつもりはないんだけどね』と、つんとした口調で返してくる。
文はそれを聞いて、「だそうです」とひょいと肩をすくめた。
鈴仙は、『また何か面白いことを考えたものだな』と思いつつも、それを言葉には出さず、三人を振り返る。
「さて、お手紙に書かせていただいたんですけれど、うちは子沢山でして」
「そうですね」
「あと、うちは広くて」
「みたいね」
「全速力で回らないと夜が明けますよ。リアルに」
三人とも、沈黙。
鈴仙はまず、右手のふすまを開いた。そこには、小さなうさぎの子供たちが、お母さんうさぎや友達同士ですやすやと眠っている光景がある。
「……名前とか……」
「こちらがリストになります」
そこには、事前に、鈴仙たちが仕込みを入れたのだろう。
部屋番号と布団の番号が書かれ、それぞれ、子供たちの名前と欲しいものがずらっと並んでいる。その分厚さ、軽く辞書のごとく。
「……全部で……えっと……400……?」
「はい」
「……道理で袋が重たいはずだと……」
ちなみに、今、幽香が背負っている袋のサイズは常識を遥かにぶっちぎっている。その中に人間の一人や二人は楽に入れるだろうと思われるほどだ。
「じゃあ、頑張りましょう」
後ろから文に背中を叩かれ、仕方なく、幽香はサンタクロースを再開した。
子供たち一人一人にプレゼントを枕元に置いて、用意されている靴下にお菓子を入れていく。
そのたびにきちんと『メリークリスマス』をささやいて、子供達の頭を優しくなでる姿は、紛れもないサンタクロースだった。
子供達を肩越しに見ながら、プレゼントを配り終わった幽香が戻ってくる。
その彼女へと、そんな言葉がかけられた。
「一部屋5分……ですか。ちょっと時間がかかりすぎですね」
「いや、だけど、子供に夢を与えるサンタクロースって、一人一人、ちゃんと頭をなでなでしてからとか……」
「気持ちはわかりますけど、それじゃ間に合いませんよ」
言葉に詰まる幽香。
鈴仙は、自分が言っていることが辛らつなことだとわかってはいるのだろうが、幽香に『役目』を果たさせるために、あえて心を鬼にするようだった。
仕方ない、と宣言した彼女は、文とはたてに何事かを告げる。
二人は最初、驚きの顔を浮かべたが、鈴仙から「これしかないんです」と後押しを受けて、その申し入れを受け入れることにしたらしい。
「え? あの……」
「急ぎます」
文が幽香の腕を掴んだ。はたては、鈴仙を後ろから抱えている。
そして――、
『加速ー!』
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「次の曲がり角を右! そこが次の寝室ですっ!」
「はい到着!」
ごん!
「急いでください、幽香さん! ここは10人ですよ!」
「あ、頭……頭ぶつけ……」
「ほら、幽香さん!」
「だーっ! もー!」
「配り終えましたか!?」
「まだ5人よ!」
「あと30秒以内に!」
「頭なでなでは!?」
「一人一秒で!」
「何それ!?」
「次行きます!」
「ち、ちょっと! あんた、掴んでるところちが……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ざりざりざりざりざりざり!
「次は左です! あのふすま!」
「幽香さん、急いでください!」
「到着っ!」
ずしゃっ!
「……こ、ころすき……?」
「ここは何人ですか!?」
「12人です!」
「ちょっとうるさくない?」
「大丈夫です! 師匠の特製眠り薬は、枕元でフジヤマがヴォルケイノしても目覚めませんから!」
「それ体に悪いでしょ絶対!」
「幽香さん、終わりましたか!?」
「お、おわ……って、また足ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
がんごんがんごんがんごんがんごん!
「あそこです!」
「幽香さん、急いで!」
ごりっ!
「あたま……あたまがわれるぅ……」
「……れいせんさまぁ……おしっこ……」
「はいはい、こっちですよ」
「ほら、急いで!」
「……あとで……あとでおぼえてなさいよあんたたち……」
そんなこんなで、全身ずったぼろになった幽香がプレゼントを配り終えたのは、それから1時間ほど後だった。
お疲れ様でした、と笑顔を向けてきた鈴仙のうさみみをくしゃくしゃにしてやってから、「はいこれプレゼント!」と彼女に新しい下着(黒)を押し付けて、三人は夜空へと舞い上がる。
「次は……えーっと、博麗神社ですね」
「あれ? 守矢じゃないの?」
「みたいです。
ところで幽香さん、そろそろ出血止められませんか? このままだと服がさらに赤くなっちゃいますよ?」
「あんたみたいなギャグ体質と一緒にしないでよ!」
ちなみに、文はどんな出血も5秒以内に止められる特技を持っていたりする。
帰り際に渡された、永琳印の傷薬などをぺたぺたしている幽香を連れて、二匹のトナカイ空を行く。
なお、このそりの速度はトナカイに扮した天狗二人が引っ張っているため、相当なものだ。乗っているのが人間だったら、間違いなく、レッドアウト現象を味わっているだろう。
その速度で移動したことで、無事、神社へと到着したのは、それから30分ほど後である。
「はい、霊夢さん。あ~ん」
「あ、あ~ん……って、早苗、その、恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃないですか。このケーキ、美味しいですよ」
「理由になってないし!」
「はい、あ~ん」
「……あ~ん」
ぱく、もぐもぐ、とフォークに刺したケーキを口にする霊夢。早苗の『美味しいですか?』と言う視線に、「美味しいわ」と応える。
そこに漂う空気たるや、言わずもがなのものだった。
「……なぁ、アリス」
「何?」
「私たち……思いっきり蚊帳の外じゃないか?」
その様を眺める魔理沙の顔は、かなりげんなりしていた。
完全に蚊帳の外に追い出されているのはさておきとしても、その場に満たされた空気に、色々と耐えられないらしい。
「紅魔館からまっすぐ家に帰ればよかったじゃない」
「霊夢のところで鍋やるって聞いてたからさぁ……。あ~……甘ったるいぜ……口からこんぺいとうが出てきそうだ……」
幸せを満喫している二人(どっちかと言えば早苗一人だが)を、生暖かい眼差しで見つめる魔理沙は、手元のグラスを傾ける。
中身は相当にアルコールのきつい日本酒のはずなのだが、熟した果実から作った、甘い果実酒の味がしたような気がした。
「霊夢さん、霊夢さん。はいこれ、クリスマスプレゼントです」
「わぁ、ありがと早苗……って、長っ!」
「ちょっと長さを間違えて……。
あ、だけど、これなら、ほら」
早苗は、霊夢に渡したマフラーの片方をとると、それを自分の首に巻き付ける。同時に、霊夢にも。
自然、二人の距離は縮まり、早苗はそれが当然のごとく、霊夢の隣に腰を下ろした。
「わ、ちょっと。あ、あんまりくっつかないで……」
「一本のマフラーに二人で、なんて、わたしの夢だったんですよ」
てへへ、なんて笑みを浮かべつつ、霊夢の肩に頭を預ける早苗。
「……もう」
そんな彼女をふりほどいたり、邪険にしたりなど、霊夢に出来るはずもなく、彼女の肩を抱き寄せるようにして、早苗との距離を縮めていく。
「……おい、アリス。暑いぜ」
「そう?」
「今は冬のはずじゃないのか!?」
博麗神社の、ごく一部の部屋だけ、その日は真夏であった。
たまらず、魔理沙は外へと飛び出し、雪の中に頭から飛び込んだ。5秒後、『寒いわ!』と自分でノリツッコミを入れつつ、室内へと戻ってくる。
「今年のクリスマスは幸せです」
「そ、そう……。
あ、あのね、早苗。その……私からもプレゼントがあるんだけど……」
「何っ!? 霊夢が誰かにプレゼント!? そんな出費をわざわざだと!?
さてはお前、霊夢じゃなくて靈夢だな!?」
「やかまし!」
早苗に「ちょっとごめんね!」とマフラーの半分を返して立ち上がった霊夢の、鋭い拳が空を切る。
しかし、それを魔理沙は空中三回転半ひねりと共に回避すると、びしぃっ、と斜め45度に構えてから霊夢に指を突きつけた。
「はっ、甘いぜ! お前の拳も蹴りも見切った私に、いつも通りの攻撃が通用すると思うなよ!」
「いい度胸ね、表に出なさい!」
「寒いからやだ!」
「それもそうね!」
「あんた達、ほんと、仲いいわね」
というわけで、呑み比べ勝負を始める二人。その様を、アリスは呆れ顔で見つめ、早苗は『全くもう』と、ちょっぴりふてくされている。
「で、霊夢。あなた、どんなプレゼントを早苗に用意したんだっけ?」
「あ、えっとね……これなんだけど」
唐突にアリスに聞かれ、霊夢は立ち上がる。
部屋の隅に置かれていた箱の中から、小さな小箱を取り出した彼女は、『はい』とそれを早苗に渡した。
早苗が『それじゃあ』とそれを開くのを、嬉しそうに眺める霊夢。
「うわぁ、きれいなかんざしですね」
果たして、取り出されたそれを見て、早苗が思わず声を上げる。
すると、霊夢の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「でしょ? それね、私の手作り。アリスに教えてもらって作ったのよ」
「ああ、アリスは手先、器用だもんな。
っていうか、それ、半分以上アリスが作ったろ?」
「い、いいじゃない、別に!」
どうやら、魔理沙の指摘は図星だったのか、霊夢が顔を赤くして声を上げる。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
そんな状況もどこへやら。
早苗は嬉しそうに、そして何となく照れくさそうに頬を桜色に染めながら、霊夢を見上げた。
その彼女の視線が、色々とやばかったのか、霊夢はそそくさと視線を外し、「……喜んでくれて嬉しいわね」と、こちらも照れくさそうにつぶやいた。
「つけてみたら?」
「あ、はい!
んしょ……っと。こんな感じで」
「おー、似合う似合う。あれだな、花嫁って感じだ!」
「は、花嫁って……」
思わず、かーっと頬を赤くする早苗。
もじもじする彼女を見て、さらに茶化そうとにやける魔理沙の肩に、ぽんと霊夢が手を置いた。
「魔理沙、ちょっと」
「ん? 何だ、霊夢」
「博麗秘奥義! 聖母殺人伝説(ジェノサイドエクストリーム)!」
「そうそういつもやられっぱなしだと思うなよ!
霧雨秘奥義っ! サニー・サイドアップ(目玉焼き)!」
ぴちゅーん。
見事なダブルノックアウトである。
「あんたら、ほんと、仲いいのね」
「……もう」
「……何か楽しそうね」
「そ、そうですか……?」
「修羅場に見えるんだけど……」
神社の母屋を眺める三人。
そのうち、幽香は何となく寂しそうな表情を浮かべ、トナカイ二人はその惨状に顔を引きつらせている。
この人と私たちと、見えてるものが違うんじゃなかろうか。そんな微妙な表情を浮かべるトナカイ達は、ある意味、恐る恐るサンタクロースの顔を見上げた。
ともあれ、幽香はごそごそと袋を探って、中からプレゼントを取り出す。それをじっと見つめてから、その視線を、わずかに上に上げる。
彼女の瞳の先には、何だか、一応、何だかんだでにぎやかな博麗神社の母屋の姿。
「……どうしよ」
「えーっと……渡しに行っても大丈夫だと思いますよ?」
「……そ、そう……ね」
「何か、私の居場所、あそこにないのよね」
そこで二人は、ようやく、その表情を変えた。
幽香の目に浮かぶ、一抹の『色』。それを悟ったのか、まず文が「大丈夫ですよ!」と声を上げ、はたてが「そうそう!」と幽香を後押しして、その肩を叩く。
そんな彼女の顔は、何となく、普段の『らしさ』を持たない顔だった。
眼差しは寂寥感を漂わせ、まとう雰囲気は、どこか遠くに大切なものを置き忘れてきたかのようだ。
「……やっぱりいいか」
手にしたプレゼントを、袋の中へと戻してしまいそうになる。
それを見て、はたてが文の背中を叩いた。
うなずいた文は、「じゃあ、私がプレゼント、渡してきますよ」と幽香からそれを、半ば奪い取るように受け取って、母屋へと歩いていく。
「先に離れてよっか」
「……そうね」
「メリークリスマース。
皆さーん。トナカイさんのプレゼント宅配便ですよー」
響く声に、四人の視線がそちらに向く。
最初に口を開いたのは霊夢だった。
「文……あんた、何その格好」
外に面した廊下の向こう。そこに佇む、一匹の奇妙な生き物を見て、目を点にしながら、霊夢は言った。
「似合いますか? トナカイのアルバイトです」
「いや、まぁ、どうでもいいけど……」
「何だ。あのサンタクロースの手紙って、結局、お前が犯人か」
「いえいえ。どうでしょうか」
どうぞ、と四人にプレゼントを差し出す文。
そして、踵を返すと「それでは、まだアルバイトの途中ですのでー!」と夜空に飛んでいく。
どこかから響く鈴の音に、『今年は凝ってるんだな』と、その場の何名かは思った。
「何が入ってるの? これ」
『博麗霊夢さんへ』と書かれた袋を開くと、中からはセーターが出てきた。ただ、毛糸を編みこんだだけではなく、凝った細工のなされた逸品である。
「うわ、すごーい……」
「……確かにすごいですね。わたし、負けました……」
「いやいや、そんなことないよ。早苗。
今年の冬は、早苗のマフラーにこのセーターのおかげで、うちの神社、暖房いらないかも」
「暖房くらいはつけてくださいよ」
ある意味、おのろけなセリフである。早苗は『冗談ばっかり』と笑った。
そんな早苗はというと、プレゼントの中身は香水だった。
瓶の蓋を取ると、かぐわしい花の香りが、かすかに香る。『うわぁ』と声を上げた彼女は、早速、それを自分に振りかけて、「霊夢さん、どうですか?」と霊夢に寄り添った。
「私は……何だこりゃ?」
「手袋ね」
魔理沙が普段身に着けている、五本指の形状をした手袋ではなく、親指以外の四本指の部分が一体となった手袋だ。
ただ毛糸で編みこんだだけではなく、所々に貼り付けられているのはカイロのようなものだろうか。一応、この手のアイテムは、河童謹製のものであるため、入手はそれほど難しくはない。
もっとも、それを手袋に使ったと言うのは、これまでに聞いたことのない使用方法ではあったが。
「何でこれ、指先のところだけ、こんな分厚いんだ?」
「あんたの盗癖が出ないようにじゃない?」
「失礼なことを言わないでくれ。私は物を盗むんじゃなくて、永遠に借りるだけだ」
「同じことでしょ」
ぺしん、とアリスの人形が、アリスに代わって魔理沙にツッコミを入れた。
とはいえ、口では何のかんの言いつつも嬉しかったのか、魔理沙は、『これ、あったかいなー』と手袋に包んだ手で自分のほっぺたを押さえた。
――そして、アリスは。
「ごめん。
ちょっと、私、用事があるのを思い出したから帰るわね」
プレゼントの袋を開くなり、立ち上がった。
魔理沙は「あー、それじゃ、私も帰るかな」とそれに続く。
「お二人さんは、この後、風呂に入って布団に入って、朝まで仲良くやってくれるんだしさ」
「そっ、そんなことするわけないでしょーが!」
「そ、そうです! それに、そういうことは、もっと……あ、でも、意外と普通……?」
「いやいや早苗! ちょっと、目! 目!」
「んじゃなー」
最後の最後で『反撃できたぜ』と言う顔をして、魔理沙は夜空に飛び去っていった。
アリスは、「風邪、ひかないようにね」と二人に言って、魔理沙に続く。
去り際に足下を見て、やれやれ、と肩をすくめてから。
「……っとにもう」
その視線を、前に向けたのだった。
「だいぶ夜も更けてきましたねー」
先ほどまで降っていた雪は上がり、空には星が浮かんでいた。
その星の位置を見る限りでは、今の時刻は夜の12時を過ぎたくらいか。もうちょっと急がないと、今夜中に、プレゼントを配り終えるのが難しくなるだろう。
文はそりを引くスピードを上げた。
そして、ちらっと、後ろを見る。
「ねぇ、幽香」
文と同じ事を考えたのだろう。
そりを引っ張りながら、はたてが口を開く。
「あんたさ、もしかして、寂しがり?」
「なっ……! そ、そんなこと、あるわけないじゃない!」
どことなくうつむいた視線を見せていた幽香が、慌てて顔を上げた。
先ほどまで髪の毛をいじっていた指先で、びしっとはたてを指差し、「い、急ぎなさい! ほら!」と命令する。
「ま、いいんだけどさ。
別に隠す必要、ないと思うんだけどね」
「別に隠してなんか……!」
「それだからって、あんたのこと、本気でバカにする奴なんていないわよ」
その言葉に、幽香は勢いを失った。
ふん、とそっぽを向いて、手元の袋をごそごそ探る。
「……ま、あんたはあんたなりに一生懸命なのよね」
「そうですね~。やっぱり、友達を作ると言うのは色々大変ですから……」
「文はちょっと黙ってて」
「はぐっ」
「今、あんた、すごくいいことやってると思うよ。わたし。
そんな風に一生懸命なところ、嫌いじゃないし。
今回、声をかけてきたのだって、最初はちょっと驚いたけどさ。あの時、あんたが言っていたこととか、今のあんたの顔とか、そういうのを見たら、『あ、なるほど』って思ったしさ。
サンタクロースがふてくされた顔してたら、幸せも配れないでしょ。ちゃんと笑いなさいよ」
ね、という言葉の後、はたては何も喋らなかった。
幽香は、そらしていた視線をトナカイ二匹に向ける。
あいにくと一人は、もう一匹のトナカイの抉るようなエルボーで失神しているが、もう一匹のトナカイは、心なしか、頬を赤くしているようだった。
自分の言葉が恥ずかしいと思っているのか、それとも、『何でこんなこと言ったんだろ』という不思議な思いに悩んでいるのか。
幽香は肩をすくめた。
「……ごめん」
その小さな呟きは、風の音にまぎれて消えていく。
そんな短いやり取りのうちに、次の目的地である天界へと向けて移動しようとしたその矢先、はたての視線が『ん?』と下に向く。
「ねぇ、文。あれ……」
「……ふ、ふふっ。さすがははたてさん……いいエルボーでした……」
「それはいいから。
あれ」
ようやく息を吹き返した文が、はたての示す方向に視線を向ける。そこに『お?』という相手の姿を認めて、文はそりを引っ張り、急降下をかけた。
そして、三人は、その『相手』に気づかれないように、近くの物陰に身を潜める。
「……はぁ……。世間はどこもかしこもクリスマス一色……なのに、私は未だに冬の女……」
「ねぇ、衣玖。もう帰ろうよ。
ほら、お店の営業時間も終わりって書いてあるんだし……」
「いいえ! 私はまだです! まだ飲みます!
お酒を追加してくださいっ!」
「はいよ」
「ちょっと! 何で煽るのさ!」
「ごめんなさいね、お嬢様。うちも商売だからさ。店主は客を諌めたり、時にゃ一喝したりするもんだけど、基本的にゃ、どんな時でも客の味方なのさ」
近頃、妖怪のみならず、人の間でも有名な赤提灯。言うまでもなく、ミスティアのお店である。
そこに飲んだくれてる天女と、それを何とかして連れ戻そうと四苦八苦する天人の姿があった。
「だからって……!」
「それにね、お嬢様。お酒は魔法の水なのさ。辛いことも悲しいことも、み~んな忘れさせてくれるもんなんだよ」
ちゃぷ、と瓶の中の液体を揺らす。
それの口を切って、天女――衣玖が突き出しているグラスの中へと、その中身を注いで行く。
――と、天人――天子の顔が『あれ?』という顔に変わった。
そのグラスから、不思議とお酒の『香り』がしないのに気づいたのだろう。
――……ああ、だから『魔法の水』なのか。
天子は小さくうなずいた。
「何かもう、みんなに気を使ってもらうのが申し訳なくて……。それだけならまだいいんですけど、もう何か色々と押し殺すのも辛くて……」
ごくごく、とグラスの中の液体を飲み干す。
「……はぁ。これ、水みたいで飲みやすいですねぇ」
「でしょう? もう一杯、いかがですか」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
天子がミスティアを見て、ぱくぱくと口を動かした。ミスティアは彼女に向けて、人差し指を唇に当てて、小さなウインクをする。
「心からみんなを祝福できない自分がいやになります……。ああ、こんなだから、私ってダメ天女なのかも……」
どうやらネガティブモードに突入したらしい。
カウンターに突っ伏す衣玖に、思わず、天子が声をかけた。
「あの……衣玖ってさ、結婚願望、あるの?」
しばしの沈黙。
起き上がった衣玖は、ミスティアからお酒をもらうと、それを飲みながら、
「……ある、といえばありますよ。
やっぱり、私だって女ですから……いつかは幸せな家庭を築いて、優しい家族に囲まれて……って。
周りのみんなが、そんな風に幸せにしているからよけいに……」
「その……。
それじゃさ、私と一緒にいるのは……幸せじゃない……とか?」
さやさやと、梢が鳴る。
寒い時期の、屋台の必須アイテムであるおでんが煮込まれた鍋が、くつくつといい音を立てている。
ミスティアは『これ、サービスです』と、その中から具を取り出して二人の前に並べた。
「いや、そりゃ……ね。私が色々、迷惑かけてるのはわかってるけど……。
何ていうか……んっと……」
「……幸せかどうか、ですか」
「……だってさ。
何か、衣玖が結婚するのって悔しいんだもん。
他の天女たちは、私のことを見ても、『ははー!』とか言って平伏するし……他の天人は、私のことなんて歯牙にもかけないし。そりゃ、不良にもなるわよ。
お父様とかもそうだしさ……。
だけど……衣玖は、ほら。
普段は口うるさいし、しつけに厳しいし、すぐに私のこと怒るけど……。
けど……そんな風に、私のこと考えてくれてるの、衣玖しかいないんだもん……。
衣玖が結婚しちゃったらさ、家族が第一になって、私のことなんかどうでもよくなっちゃうんじゃないかなとか……思ったりしてさ……」
そうして、ぽつぽつと、実は自分が、衣玖に出される見合い話のいくつかをご破算にしたことを告白した。ちなみに、そのお見合いの話を聞いた時、衣玖は嬉しそうに、天子に『今度、お見合いをすることになりました』と報告したものだ。
だから、許せなかったのだと言う。
要は、天子が嫉妬したのだ。彼女に近づく、誰とも知らない相手に。
「だから、その……ごめんなさい」
「……えっと……」
「私から離れたらやだ……」
彼女にとって、衣玖は『心許せる姉』というところか。
昔から、仲のいい兄弟にとって、どちらか片方が自分から離れてしまうのは嫌がるものだ。
「……その……」
「お二方は、比翼の鳥、って知ってますかい?」
そこで、唐突にミスティアが口を開いた。
最初に天子が「そりゃ知ってるわよ。あれでしょ? 仲のいい夫婦のたとえ」と回答する。続けて衣玖が「一緒に寄り添って空を飛ぶ、伝説の鳥ですよね」と付け加えた。
「そうですね。
あれも、確かに仰る通り、仲のいい夫婦のたとえで、一緒に寄り添って……寄り添わないと空を飛べない鳥のこと。
実にいい話だと思うんですがね。夫婦二人、力をあわせて困難を乗り越えていくってなもんでさ」
どうぞ、と空いたグラスに酒を注いで。
「けどね、その比翼の鳥も、普段は自分達の好き勝手に生きてるって知ってました?」
「え?」
「普段は、そんな仲のいい奴らもね、空を飛ぶとき以外は、自分の好き勝手に地上を歩き回ってるんですよ。
相手なんて、まるでいなかったみたいにね。
あたしゃ、それを聞いて、『ああ、なるほど』って思いましたよ。
四六時中、べったりくっついてるのもいいかもしれないけど、やっぱり、鳥でも相手に飽きが来るもんでさ。そんな時は相手から離れて、とことこのんびり、世の中見て回るんですよ。
そんでね、そんな風にすごしてて、『ああ、やっぱり寂しいな』とか思うと相手の所に戻ってきて、『悪かったよ、お前さん』『いやいや、俺のほうこそ』なんて話をしてさ、また一緒に空を飛ぶわけです。
どうですかい。なかなか面白い話でしょう」
ま、半分は私の作り話ですがね、と彼女。
「私はさ、思うわけですよ。
四六時中べったりくっついているのもいいけれど、それだと、やっぱり相手のこと、ひいては自分のことしか考えなくなっちゃうと思うんですよ。
でね、そうなってくると、生き物ってのは不思議なもんでさ。どんどん自分本位になってきて、本当に大切な相手のことすら、ぽいっと捨てちゃうわけでさ。今、その瞬間のことしか考えられなくなるわけですわ。
だから、たまにゃちょいと離れてみるのも大切なわけですよ。
ありきたりな言葉ですけど、価値の再確認、って言うんですか?
ほら、ごみとかでも、捨てちゃってから、『ああ、しまった』なんてこと思うでしょ?
ごみとたとえるのは失礼かもしれませんけど、人間関係ってのもそんなもんだと思うわけですよ。
オチも何もない話ですいませんけど、どうです? 伝承一つとっても、なかなか深くて面白い話でしょう。
それに何より、くっついてばっかりいると、周りにとって目の保養から目の毒になっちまいますよ」
あっはっは、と彼女は話のオチをつけて大きな声で笑った。
そして、つまらない話に付き合わせたお詫びですよ、と二人にがんもとちくわがプレゼントされる。
それを眺めていた二人は、互いに顔を見合わせて、何だかばつが悪くなったのか、つと身を離す。
――と、その時、天子の頭に何かが降ってきた。
『あいたっ』と悲鳴を上げる彼女の前に、その『何か』が鎮座する。
「……何これ? えっと……『メリークリスマス』……?」
「おや、今、話題のサンタクロースさんですか?
こりゃ面白い日だ。今日の天気は雪のち晴れ時々プレゼント、なんてね」
空を仰いでも、そこには誰の姿もない。
不思議に思いながら、天子はその包みを開いて『あっ』と言う声を上げた。
「どうされました?」
「……その……。
……はい。衣玖にプレゼント」
「え? それ……」
「い、いいから! 開けてみて!」
半分開けられたそれを開いて、衣玖は小さく声を上げた。
中から出てきたのは手鏡だ。精緻な細工のなされた縁取りが印象的な、ちょっとしたインテリアとしても飾っておける代物である。
「……これは?」
「その……私が手紙に書いたんだ。それ。
ほら、衣玖ってさ、いっつも『結婚できないのは、私に魅力がないから』って言ってるじゃない?
そんなことないんだよ! ほら、衣玖、美人だしさ! 鏡を見て、自信を持ってって言おうと思って……」
「……もう」
ふぅ、と衣玖は肩をすくめた。
そうして、手鏡を懐にしまうと、天子の頭を抱き寄せて、ぽんぽん、とそれを軽く叩く。天子は『また子ども扱いして……』とほっぺたを膨らませた。
「ありがとう」
「……うん」
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、いいんですよ。うちとしては、お客さんたくさん、商売繁盛が一番ですから」
「いいお話を聞かせていただきました」
「たはは。ありゃ、あたしの適当な作り話ですよ。
あんまり気にしないで、仲良くしてくださいな」
「はい」
ミスティアから勧められた料理を『美味しいです』と二人はきれいに平らげた。
そうして、帰りましょう、と衣玖は天子の手を取る。
続けて、『帰ったら、ゆっくり眠って、明日、私が出した宿題を片付けてもらいますからね』と微笑む。
天子はもちろん、『げー』という表情を浮かべるのだが、その目は、嬉しそうに笑っていた。
「いやぁ、天界に行く手間が省けましたね」
「いいクリスマスだったじゃない。あれ」
「幽香さんのプレゼントが、また一押ししましたね」
「……かもね」
「羨ましかったんですか?」
「別に」
また強がり言って、と内心で文はつぶやいた。
あの二人の後ろ姿を見ていた幽香の顔は、多分、しばらくの間、忘れられないだろう。
そんな文でも、その時の幽香の写真だけは撮らなかった。それだけは、絶対にやるまいと心の中で宣言したほどだ。
あの話を聞いている幽香の顔は、真剣そのものだった。その理由を、文はいくつか頭の中で考えたのだが、どれも言葉には出さず、また、彼女に探りを入れることもしなかった。
それをしたら、間違いなくはたてにひっぱたかれるだろうと思った。同時に、間違いなく、アリスを敵に回すだろうとも思ったのだ。
とりあえず、お茶を濁そうか。
彼女は「これから行く地底は温泉どころでもありますから、冷えた体もあったまりますよ」と二人に言う。
幽香は、さて、文の思惑に気づいただろうか。
それは楽しみね、と答えるだけだった。
――さて。
「待ちなさい! そこの怪しい三人組!」
そりを引っ張るトナカイ二匹が、かけられた声にぴたりと急ブレーキをかけた。
地底につながる道すがら。
いきなり現れたのは、一人の妖怪である。
「おや。あなたはパルスィさん。メリークリスマス」
「どこへ行くつもり?」
「いえ、ちょっと地底まで、クリスマスプレゼントを届けに」
サンタさんのお手伝いのアルバイトですよ、と文。
パルスィの視線はサンタクロース――幽香へ。
「……偽者ね」
「へ?」
「古来より、サンタクロースっていうのは、太って、真っ白なひげを蓄えたおじいさんと決まっているのよ。
何、その女。そこらの怪しい店のコンパニオンみたいな格好して。
そんな怪しい奴を地底に入れたとあっちゃ、地底の風紀が乱れるじゃない! ここを通すわけには……!」
「秘技! 桶符! 『キスメミサーイル』!」
『なのー!』
がこぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! という音がして。
パルスィは目をぐるぐる回しながら、その場に昏倒した。
「ったくもー。地霊殿のクリスマスパーティーに呼んだのに『私はそんなもの行かないわよ!』ってふてくされて、何してるかと思ったら……」
『パルスィちゃん、悪いことしちゃ、めっ、なの』
「いや聞こえませんて」
「それ以前に、何で筆談なのよ」
「あ、キスメって恥ずかしがりだから、あんまり喋らない子なのよ」
ちなみにあたしはヤマメ。この子の友達よ、よろしく。
などと手を差し出され、はたては顔を引きつらせた。
少なくとも、その『友達』を他人様めがけて投げつけるような輩に『よろしく』と言われて、『よろしく』と笑顔を浮かべられるほど、はたては豪胆な精神の持ち主ではなかったのである。
「あ、それと、パルスィってちょっと嫉妬深くてさ。あと、か~なり素直じゃなくて。
迷惑かけてごめんね」
「ああ……うん。まぁ……」
「サンタクロースも大変だね。
じゃ、キスメ。行くよ」
『はいなの』
「あたし達は、また別に、これからパーティーするんだ。よかったら、帰りにでも寄ってね。あっちの飲み屋にいるから」
ヤマメは目を回しているパルスィを肩に担ぐと、キスメを連れて去っていった。
何だかよくわからない展開に沈黙していた三人は、『とりあえず、急ぎましょう』の文の言葉でそれぞれに意識を取り戻し、一路、目的地――地霊殿へと向かっていく。
地獄の奥に佇む館への道案内は文だ。
そして、その入り口には、やっぱり出迎えの人間が立っていた。
「ようこそ、地霊殿へ」
「お邪魔します、お燐さん」
「お久しぶり、鴉の姐さん。そっちの二人は? 見ない顔だね」
「こちらは、私のトナカイ仲間のはたてさんで、こちらはサンタクロースさんです」
「ふぅん……。
ま、いいや。ついてきて。お手紙を書いた『いい子達』のところに案内するよ」
三人を連れ、燐が踵を返す。
その後に続く三人。
地霊殿の中は、これまでに回ってきた家屋のように、しんと静まり返り、夜の色に染まっていた。
「まず、ここだね」
一枚のドアの前で燐は足を止め、ゆっくりと、それを開く。
中は、空の寝室になっていた。ベッドの上で、掛け布団蹴っ飛ばして眠っている彼女の元に、一同は近づいていく。
「この子、何を頼んだの?」
「えっと……これかしら」
幽香が取り出したのは、『ゆで卵型抱き枕』だった。
燐が顔を引きつらせる。
「……何それ?」
「『かじってもかじっても減らないからこれが欲しい』って書いてあったんだけど……」
「……さすがお空……」
見れば、今現在も、空は自分の枕を抱きしめてはぐはぐかみついている。どんな夢を見ているのか、いまいちわからない光景だ。
とりあえず、サンタの仕事を果たす幽香。
彼女の頭のすぐ側に『ゆで卵型抱き枕』を置いて、ついでに、「風邪引くわよ」と、彼女が蹴っ飛ばしている掛け布団を、空の上にかけなおす。
それから、枕もとの靴下の中へ、幽香はお菓子を詰められるだけ詰めて『これでよし』と手を叩く。最後に、「メリークリスマス」と彼女は空の頭をなでた。
燐はそれを見て、『ああ』と何かに気づいたようだった。
しかし、それを口にすることはなく、『こっちだよ』と一同を連れて部屋を後にする。
「次はこいし様……」
と、廊下を歩き出そうとした、その時だ。
「サンタクロース、つっかまえったー!」
「きゃあっ!?」
「ほらほら、お燐! 見なよ! ちゃ~んといたじゃない、サンタさん!
ややっ? サンタなのにこの柔らかさと大きさは!?」
「や、やめなさいよ! こらー!」
どこからともなく、唐突に現れたこいしに胸をわしづかみにされて、幽香は慌てて彼女を、投げ飛ばす形で振りほどく。
しかし、さすがは腐ってもこいしと言うべきか、幽香の力で投げ飛ばされたにも拘わらず、くるりと空中で回転して体勢を整えると、『10.0』な着地を見せた。
「こんなサンタさんならおっぱ魔なこいしちゃんも大歓迎! プレゼントちょうだい!」
びしっ、と親指立てるこいしに、一同、思わず沈黙。
何だか微妙な空気の漂う中、幽香の視線は燐へと向く。
「……この子はいい子なの?」
「……いい子なんだ、普段は……うん……」
目をきらきら輝かせ、『ちょうだい、ちょうだい』と擦り寄ってくる姿は、確かに、幽香の保護欲などをかきたてるかわいらしい少女のそれなのだが。
先の態度がどうしても引っかかっているらしく、幽香は『わかったから近寄らないで』と相手をけん制しつつ、袋の中から包みを取り出す。
「わーい。なっにかな~」
その場でびりびりと包みを破くこいし。
果たして、中から出てきたのは、
「わーお。かわいい靴~」
少しだけ、アダルトな雰囲気を漂わせるハイヒールである。
早速、彼女はその靴へと履きかえるのだが、慣れないハイヒールでは歩くこともかなわないのか、いきなり「あ、折れた」とヒールをへし折ってしまった。
「……ねぇ、あれもこの人が作ったの?」
「みたいですよ」
「多芸すぎでしょ……」
あっという間に、ハイヒールじゃなくてローヒールになってしまったその靴を見て、顔を引きつらせている幽香を横目で見ながら、はたてはちょっぴり戦慄する。
「ありがと!」
ただ、それでもこいしが喜ぶ笑顔を見ると文句は言えないのか、引きつった顔のまま、何とか無理やり笑顔を浮かべて、一度、彼女の頭をなでる。
こいしは『もっともっと』と幽香にすりより、ひょいと抱きつく。
心なしか、幽香の胸の谷間を狙ったような気がするのは気のせいだ。
「え、ええ、どういたしまして……」
「ねぇ、お燐。接着剤ある?」
「いや、その……接着剤で直すものじゃないですよ……? それ……」
「え~?」
どうしよ? とこいし。
もちろん、壊れたハイヒールを直すには、ちゃんとした靴屋に持っていかなくてはいけないのだが。
こいしはそれを気にせず、『ま、いっか』で片付けてしまった。
「えっと、それじゃ……」
「お燐。お客様に立ち話は失礼でしょ」
「あ、さとり様……」
かけられた声に、燐が後ろを振り返る。ついでに、その視線をひょいと下に下げたりする辺りは『やっぱり』と言うべきか。
「こんばんは。サンタクロースさん。それから……トナカイさん?」
「あ、どうも」
「え、ええ……」
また唐突に現れた(小柄なため、気づかれなかったのかもしれない)さとりは、幽香から視線を天狗二人に移して、顔を引きつらせる。
彼女は、どうやら、ある程度、今回の件については想像はしていたようである。
もっとも、トナカイの着ぐるみ着た奴らもついてくるとは考えてはいなかったようだが。
「こちらにどうぞ。少し、休んでいってください」
燐に連れられ、幽香たちは歩き出す。その後ろをさとりと、「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 見て見て、これ!」とつっかえつっかえして歩くこいしがついていく。
やがて、燐に案内されたのは応接室だった。
ちなみに、そこには先客の姿もある。
「おや」
「こりゃまた珍しい三人組だね」
「あや、閻魔様に死神さまじゃないですか」
置かれたテーブルについている二人が、三人を見て、それぞれに声を上げる。
燐に勧められるまま、三人は席に着き、さとりとこいしが座ったところで(ちなみに、なぜかこいしは幽香の隣だった)それぞれにお茶が出された。
「今宵は、お疲れ様です」
「いえいえ、どうも」
「楽しいクリスマスの演出は大変でしょう?」
「そうでもないですよ。ね? はたてさん」
「へっ? あ、い、いや、その……まぁ、はい……」
「あ~、クリスマスか。いいねぇ。あたいも、昔はプレゼントをねだったもんだ」
「祭られるべき日を盛り上げようとする、その心意気。とても素晴らしい善行だと思います。
ところで小町。私のところには、特に手紙とかは届いていなかったようですが?」
「ああ、それは小町さんのせいじゃないんですよ。
いや、私も映姫さんのところにお伺いにあがろうかと思ったんですけどね。ちょうど、小町さんがお仕事でして。
さすがに死神の手助けなしに、三途の河は飛び越えられなくて」
「なるほど。私は忘れられていたわけではないんですね」
ぽつりと『よかった』と映姫はつぶやいた。
どうやら、彼女もクリスマスを楽しみにしている口らしい。あの性格で意外なことだが、閻魔もやはり、見た目に精神が引きずられていると言うことか。
その彼女へ、『よかったら今からでもいかがですか?』と、文があの手紙を差し出す。
映姫は、「ありがとうございます。お心遣いだけ受け取っておきますよ」と、やんわりとした笑顔で、それを拒否した。
「いかがですか? クリスマスは」
「そうですね。もうそろそろ、全部を回ることが出来そうです」
「それはよかった。
あとそれから、こいしへのプレゼント、ありがとうございました」
「いえいえ」
受け答えをするのはもっぱら文である。
幽香は、自分の『正体』をなるべく悟られないようにと無口に徹し、はたては、初めての相手ばかりに囲まれ、すっかり萎縮してしまっている。
ただ、相手は対峙した相手の心中を見透かすさとりと、人の隠された部分を暴く閻魔様だ。
はたてはともかくとして、幽香のことは、ある意味、無駄な抵抗であった。
「ところで、こいしさんは、なぜゆ……サンタさんにくっついているのですか?」
「だって、プレゼントくれたし! それに、柔らかいし!」
「……は?」
映姫の視線はさとりへ。
さとりは頭痛をこらえるような仕草を見せながら、『そういうことなんです』とお茶を濁した。
ちなみに、映姫の隣では小町が、『あたいも散々、触られたなぁ』とつぶやいている。
この間、こいしの手はわきわきと動き、視線はじっと、幽香の胸部に固定されていた。
「えー、こほん」
場の空気を払拭するために、映姫が一つ、咳払いをする。
「あなた達は、とても素晴らしいことをなさっています。今日の夜は有限ですし、まだまだ、これから回るところもあるのでしょうから、あまり長くお引止め出来ないのが残念です」
「そういえば、映姫さんはどうしてこちらに?」
「わたしがお誘いしたんです。日々のお仕事、お疲れ様です。たまには一緒にお鍋なんていかがでしょう、って」
そこで、ほぼ全員の視線が小町へ。
彼女は知らないふりをして口笛など吹きながら視線をそらした。
「まだまだたくさんの子供達が、あなた達を待っているでしょう。もう少しだけ、腰を落ち着けて体を休めたら、彼ら彼女らの枕元に行ってあげて下さいね」
と、そこで幽香が立ち上がった。
「えっと……あなたの分のプレゼントは用意できなかったんだけど、これでよかったらもらってちょうだい」
映姫の前に、どさっとお菓子の山を置く。それを見て、映姫が一瞬、目を丸くした。
「え? あ、いえ……え?」
その顔は明確に『どういう風の吹き回しですか?』と語っていた。
かつてのやり取りから、まさか、彼女がこういう態度に出てくるとは思っていなかったのだろう。まさに、閻魔ですら、意表をつかれる行動だった。
「見た目で判断するのは失礼だけど、『サンタクロースはよい子にプレゼントを配るもの』なんでしょ?」
そう言って、さとりの前にもお菓子をどっさりと。
さとりは澄ました表情で、『ありがとうございます』と幽香に頭を下げた。
映姫も、それに倣う……というか、ようやく気を取り直したのか、「あ、は、はい。ありがとうございます」とぎこちない礼を述べた。
「じゃ、このお茶を飲んだら出発しましょ。
いいわね? トナカイ」
「了解です」
「……何か不満だわ、その呼び方」
「……う~ん……。こっちはいまいち……」
「何か言った!?」
「こいしちゃんは何にも言ってないよ」
そんなこんなで、閻魔も手玉に取った幽香サンタは、何となく満足したように。そして、何となくつまらなさそうに、手元のお茶を一口したのだった。
時は連れて夜も更けて、サンタは行く行く幻想郷。
次なる目的地の命蓮寺に辿り着いたのは、深夜の2時を回ろうかというところだった。
「それじゃ、行きましょう」
やはり、ここでも先頭に立つのは文だ。
寺の門前へとやってきた彼女は、「すいませーん!」と大きな声を出しながら、境内へと入っていく。
それに幽香とはたてが続き、三人がそろって、母屋の引き戸の前に立ったところで、音もなくそれが開いた。
「……何だ、君たちだったのか」
出迎えに出てきたのはねずみだった。
彼女は三人をざっと見た後、「やっぱりそんなことだろうと思ったよ。本物のサンタクロースなんてやっぱりいないんだね」と、実に小生意気なことを言ってくれた。
主に幽香とはたての額に青筋が浮いたところで、そのねずみ――ナズーリンの肩が叩かれる。
「ん?
……ああ、何だ、ご主人。珍妙な客が来た……か……ら……」
振り返ったナズーリンの声が、徐々に小さく、そして引きつっていく。
そこに立った遣い――寅丸星の強烈な笑顔に、彼女は完全に萎縮していた。
星は言う。
「ナズーリン」
「……は、はい」
「そういうことは、ずぇったい、聖の前で言わないように」
「……わ、わかりました……」
「いいですね? 一言でも、聖の夢を壊すようなことを言ったら……」
みきみきめしっ! という何だか壮絶な音がした。
見れば、彼女が持っていた箒(何で持っていたかは不明)の柄が握りつぶされ、ひしゃげている。
「ようこそいらっしゃいませ、サンタクロースご一行様。本日は寒い中、当命蓮寺まで足を運んでいただき、恐悦至極に存じます」
『……は、はい』
三人とも、一様に声と顔が引きつっていた。
まさか、幻想郷に生きるもの全ての間で共通認識であった『寅丸星=へたれ』のイメージをぶち壊すようなシリアスを、彼女が見せるとは思っていなかったのだ。
なお、ナズーリンはその瞬間、『やばい……! 今のご主人はやばい!』と戦慄していた。と言うか、現段階でも、尻尾がぷるぷる震えている。
「立ち話もなんですので。どうぞ、中へおあがりください……と、やはり煙突から入ったほうがよろしいでしょうか?」
「い、いいえ! 大丈夫です! はい!」
あの幽香がびびっていた。
実は意外とかわいい性格で、普段の傲岸不遜な態度は演技の強がりだったとしても、やっぱり彼女は誰からも恐れられる『妖怪』であるにも拘わらずだ。
そうですか、と星は笑顔のまま、一同を案内して歩いていく。
「……ね、ねぇ。あれ、ほんとにあんたのご主人様……?」
「い、いや……そういう言い方は一部語弊を招くので取り消しを求めたいところだが……間違いない、あれは星だ。寅丸星だ」
「……そ、そうなの……」
ある意味、怖いもの知らずの文とはたても顔にいやな汗をだらだら流していた。
それほど、あの瞬間、星が一同に与えたインパクトは強烈だったのである。
「申し訳ありません。今日は、命蓮寺から二名ほど、外に出ておりまして。そのもの達をご紹介は出来ないのですが……」
「だ、大丈夫です!」
「そうですか。
ああ、それでは、こちらです」
どうぞ、とふすまが引き開けられる。
その向こうの光景を見て――思わず、一同は沈黙した。ナズーリンもだ。ついでに。
「あ、ほ、ほら、姐さん! サンタクロースよ、サンタクロース!」
「むにゅ……ごめんなさい、一輪……。私、10時以降は起きていられないの……」
「一晩中、頑張って起きてるんじゃなかったの!? っていうか、さっきまで、私が一生懸命に煎れまくったコーヒーの意味はっ!?」
……多分、この場……というか、この寺の中で、一番の『年上』である聖白蓮が、畳の上で座布団抱きしめて、ころんと丸まっている光景など、恐らく、この先一生、誰もが見ることは出来ないだろう。
部屋の中は、クリスマスのパーティーをしていたのか、寺なのにクリスマスツリーは飾ってあるわ、あちこちに電飾やらモールが飾ってあるわと言う状態だ(ちなみに電気は永江印の河童謹製発電機を使用)。
それでさぞかしはしゃいだのか、もはや揺すっても叩いても起きない白蓮に『どうしよう』と言う顔を浮かべている一輪の顔が、何とも切なかった。
ちなみにその後ろではとある入道が『若い者は早寝早起きが一番じゃ』と親父くさいコメントをしていた(もちろん、誰にも聞こえなかった)。
「えーっと……」
「……その……聖は、とても今日を楽しみにしていまして……。
来て頂いたサンタクロースをきちんとねぎらうようにとのお達しも受けていたのですが……」
「……その、楽しみにしていた当人が熟睡していたら詮無い話だな……」
これはある意味では、正しいサンタクロースの出迎え方なのかもしれないが。
しかし、やっぱり何ともいえない光景ではあった。
「やはり、羽目を外しすぎたのが問題じゃないかと……」
「……そうですね。やはり、聖を厨房に立たせて、料理を一緒に作ったのは間違いだったかもしれませんね……」
なお、この聖白蓮、料理の腕前は相当なものである。
ただし、問題は、その料理を作るのに異様な時間がかかるということだ。
手間と時間を全く惜しまず、妥協せずに料理を作るため、味噌汁一杯作るのにも最低3時間、悪ければどこぞへと材料を買いに出かけてしまうため、数日かかることもざらだった。
そして、それだけの労力を費やすものだから、料理を作った後の彼女の消耗は半端ではなかった。
それこそ、ご飯を食べて、お風呂に入ったらばたんきゅーだ。
「一輪が止めないからじゃないか?」
「何を言ってるのよ! それ言ったら、囃し立てたぬえと村紗はどうなるのよ!
あっ! あいつら、今日、出かけたのはこの状況をほったらかして逃げるためね!?」
「いやいや、あの二人は麓の村での『クリスマス撲滅会議』を叩き潰すために出陣したのですよ。主に聖の命令で」
ちょうどその時、どこか遠くから爆音が響いてきた。
誰もそれにツッコミを入れないまま、『さて、どうしよう』と言う空気が漂う。
「とりあえず……頼まれたプレゼントを持ってきたのだけど……」
「……仕方ありませんね。
私が代わりに受け取ります」
「ちなみに、聖は何を頼んだんだ?」
「あなた達、全員分のお茶碗とお箸のセットよ」
え? それもこの人が作ったの? みたいですよ、何でも窯元に知り合いがいるそうです。
そんな会話が後ろで交わされる中、開かれた包みの中からは、見事な茶碗と、美しい漆塗りの箸が出てきた。
しかもそれぞれに使用者の名前が彫られ、施された細工も違うと言う手の凝りようだ。
幽香が言うには、「手紙の中にデザインが入っていたの」ということらしい。恐らく、白蓮がデザインなどについては指定していたのだろう。
「……全く、この人は」
「相変わらずですね」
毒気の抜かれた表情を浮かべるナズーリン。やれやれと肩をすくめながら、先ほどまでの何か怖い笑顔を消し去った星。
ちなみに、一輪は『姐さん、ありがとうっ! ありがとうぅぅぅぅっ!』と号泣し、雲山が『わしゃあ、感激した! ここまで皆を思う聖白蓮殿の心意気に感激したっ!』と親父泣きしていた。
「あと、これ。みんなで食べてちょうだい」
「これは……お菓子ですか?」
「そう。和風の寺にはあわないだろうけど」
「いいえ。ありがとうございます。
それでは、これは聖が用意した靴下の中に入れておきます」
「うん。ありがとう」
「……なるほど」
「何?」
星は、白蓮が大事そうに抱えている靴下を引っ張って、彼女から取り上げつつ、言う。
「いえ。あなたみたいな、ちょっと変わった妖怪がいるから、聖も聖らしいことを考えるんだな、と」
「ほっときなさいよ」
「素晴らしいサンタクロースの贈り物でした。
よければ、また来年もいらしてください」
「残念ね。今年限りの気まぐれよ」
ふん、と幽香はそっぽを向いて、そのまま出口へと歩いていってしまった。
苦笑する星に、文が言った。「嬉しいから照れくさいんですよ」と。
「さあ、はたてさん。まだプレゼントは配り終わってませんよ。トナカイの本領発揮で頑張りましょう!」
「……はいはい。
あ、それじゃ、メリークリスマスってことで」
「ええ。また来年」
「今度は、聖がきちんと起きている時間に来てくれると嬉しいな」
「考えておきます」
それでは、とトナカイ二人が幽香の後を追いかける。
変わったサンタクロースだったな。
それを見送る二人の視線は、どこか、暖かなものだった。
その後もプレゼントを抱えて幻想郷の空を飛び回り、トナカイ改め、協力してくれた天狗二人にもきちんとプレゼントを渡した幽香サンタが家に戻ってきたのは、そろそろ日が昇ろうかという時刻だった。
さすがに体力自慢の妖怪でも、その日の強行軍は堪えたのか、『今日はお店、休みでいいか……』と思いながら厨房へと歩いていく。
そして、体を温めるためのホットミルクを用意して、いざ寝室へ、といったところで、
「え?」
唐突に、ドアが開いた。
もちろん、鍵はかけてある。この幽香、結構、防犯意識は高いのだ。
にも拘わらず、そのドアが開くと言うことは――、
「あ、ようやく帰ってきた」
「アリス!?」
このお店の協力者であり、幽香の一番最初の『友人』以外にはありえなかった。
「ほんとにもう。何でこういうことやるなら、私に教えてくれないのよ」
室内に入ってきたアリスは、着ていたコートを脱いで、『もう』という顔を幽香に向ける。
それを受けて、慌てて幽香は視線を逸らしながら、
「え? あ、あの、な、何のことかしら?
私はただ、お店のラインナップをそろえるために、材料の仕入れに……」
「それじゃ、今日も絶賛、幽香ちゃんのお店は開店しないとね?」
どうやら、表のドアにかけてあった『本日は閉店しました』のプレートを、しっかりと見てきたらしい。
意地悪な笑みを浮かべて、アリスは幽香の顔を覗きこむ。
「い、いいじゃない! そうね! わかったわ!」
そんな具合に、うまくアリスに乗せられてしまう幽香である。
しかし、アリスは小さく笑うと、「嘘よ、嘘。冗談」と幽香の肩を叩いた。
「頑張ったじゃない」
「だ、だから何の話よ」
「はいはい。それじゃ、そういうことにしといてあげるわ」
あくまでしらばっくれる幽香の態度に、アリスは『やれやれ』と笑った。
彼女は手にしていたコートを、手近なコートかけにかけると、そのまま、幽香に背を向けたまま口を開く。
「それじゃ、ここからは独り言ね」
「な、何よ、もう。私は忙しいんだから、手伝ってくれるならそれで……」
「幽香、ありがと。確か、あなたと一緒に話したわよね。『今年のクリスマス、何しよっか』って。
あなたは確か、『今年はアリスの手伝いはいらない。私一人で頑張る』って言ったわよね。何が出来るかな、って思って見てたけど、まさかこんなサプライズをしてくれるなんて思わなかったわ。
私、結構……ううん、相当、心配してたのよ。幽香が何をしてくれるのか、何が出来るかな、って。
あなたの方が、きっと年上なのに、私の方が年上ぶってごめんね」
ミルクを一口。
カップを包み込む手と、口元から、じんわりと暖かさが体に広がっていく。
「今日の日のために衣装も用意して、手伝いの相手まで用意して。わざわざ一生懸命、事前に仕込みも入れて。
きっと、みんな、あなたのプレゼントを喜んでると思うわ。
あ、もちろん、私もね。あなたからもらった毛糸の帽子、大切にするから」
手に持っていたそれを、ぽんぽん、とアリスは叩いた。
「幽香が一人で頑張ってるところって、やっぱり、何か見ていられなくてさ。結局、助け舟を出しちゃうんだけど、これからは必要ないかもしれないわね。
今日は本当に、幽香、すごかった。見直したわ」
アリスはそこで、幽香に向かって歩いていく。
彼女は上着のポケットから、すっとそれを取り出す。
「ここからは独り言じゃないわよ。
メリークリスマス、幽香。本当は違うものを贈るつもりだったから、こっちは急ごしらえで悪いんだけど、受け取って」
渡されたのは、幽香の姿を模したぬいぐるみだった。
それを受け取った彼女は、小さくつぶやく。
「……私、こんな顔したことない」
「そう? 結構、見てるような気がするな」
「私、こんなにかわいくない」
「そうでもないと思うけど?」
小さく、かわいい笑顔で笑っている、デフォルメされたぬいぐるみ。
その顔のところに、ぽたりと雫が落ちる。
「……どうしたの?」
「……何でもない」
「ん?」
「嬉しいだけよ! 何でもないの!」
初めて誰かからかけてもらった『メリークリスマス』に、我慢していたものが我慢できなくなってしまった。
とても優しいクリスマス。
心の中に溶けていって、そして、あったかくほぐれていくクリスマス。
一人じゃないクリスマス。
――いつもの強がりを吐き出すものの、あふれるものは抑えきれず、頬を伝っていく。
そんな彼女の顔を、アリスのハンカチが優しくなでた。
「今日はきっと、いつも以上にお客さんが来るから。
幽香は休んでて。私が、ちゃんと切り盛りしてあげる」
「……いい。私がやる」
「何で?」
「だって……だって……」
次の言葉は出てこなかった。
嗚咽をこらえながら、彼女は、涙ににじんだ視界で目の前を見た。
そこに見える相手の顔。それが、心配そうに、だけど、とても嬉しそうな表情を見せていた。
彼女は服の袖で目許をぬぐうと、にこっと笑う。
それは、彼女が腕に抱いているぬいぐるみよりも、もっとかわいい笑顔だった。
「だけど、一時間……二時間くらい寝かせて。いい?」
「ちゃんと用意が出来るなら」
「任せなさい! 私を誰だと思ってるのよ!」
「はいはい」
「もし、起きられなかったら起こしてね」
「やっぱりそうなるのね」
「それくらいいいじゃない。友達なんだし」
「友達を都合よく使わないでね」
彼女は踊るような足取りで、階段を上っていった。
その後ろ姿を眺めていたアリスは、思わず、その顔に笑顔を浮かべてしまう。
「普段は強がりな、とってもかわいい女の子、か。
私、やっぱりあなたの友達になってよかったわ」
隣にふよふよ浮かぶ人形が『マスターは寝なくて大丈夫?』と尋ねてくる。
アリスは「徹夜は慣れてるもの」と笑うと、さて、と踵を返す。
「幽香が起きてくるまでに、お店の用意、しとかないと」
お疲れ様、幽香。
それから、メリークリスマス。今日のあなた、すっごく素敵な『サンタクロース』だったわよ。
――こんなクリスマスもいいかもしれない。また来年もやろうかな。
そんなことを、彼女は思うのだ。
そして、そんな彼女を、カウンターの上で見守るぬいぐるみが、その日から『かざみ』に増えたのだった。
『クリスマス特別セール開催のお知らせ
来る12月24日、25日の両日において、「かざみ」にてクリスマスセールを行います。
当日は、クリスマス限定ケーキの販売の他、来店して頂いた皆様に店主からの、心からの贈り物をおまけとしておつけします。
また、このチラシをご持参頂きますと、お会計を2割引いたします。
是非、クリスマスには「かざみ」にいらしてくださいね。
執筆:風見幽香(店主)
なお、当日は混雑が予想されます。
お風邪を召したりなさいませんように、暖かい格好でご来店ください』
「用意できましたかー?」
「……ち、ちょっと待って。これ、ちょっと……えっと……」
「ああ、もう、違う違う! 袖の通し方が……」
「もうそろそろ、予定の時間ですよー」
声を上げる彼女の視線は、窓の外へと向いた。
しんしんと、雪の降る夜。
周囲は静寂に包まれ、ただ、空から舞い散る雪を見上げるだけの時間がそこにある。
これで、ゆらゆら揺らめくほのかな明かりがあれば、何ともムーディーな雰囲気漂う、素敵な夜になるだろう。
「……こ、これでいいの?」
「似合いますよ~」
彼女は、取り出したカメラで、ぱしゃっ、と一枚、写真を撮影した。
その写真の相手は言う。
「何だって、こんな露出度の高い服装を……!」
「……甘い。甘いですね。カスタードクリームの砂糖和えより甘いですよ!」
「食べたら確実に胸焼けしそうな甘さね」
彼女は、言った。
「古来より、女性が扮するサンタクロースは衣装がエロいと相場が決まってるんですよ! 幽香さん!」
――というわけだった。
数日前から、幻想郷の、一部の者たちの間に出回った一通の手紙がある。
きれいな便箋に書き出されたそれの宛先は『サンタクロース』であった。
古来より、『よい子にプレゼントを配る正体不明のいい人』の象徴であるサンタクロースであるが、昨今はその正体を察するものも多いと聞く。
そこで、彼女――射命丸文が提案したのが、『真に謎に包まれたサンタクロース』であった。
「か、風邪引いたらどうしてくれるのよ!」
「大丈夫ですよ。香霖堂のご主人からマイクロ八卦炉をお借りしてきました。暖房として充分です」
だが、提案したはいいものの、『誰がそのサンタクロースを演ずるのか』が最大の課題であった。
当初は自分が扮するつもりだったのだが、多くの人々の間ですでに面の割れている彼女では、『謎』の部分が薄すぎる。
友人に頼もうとしたのだが、『絶対にいや』と言われてしまった(理由は、文がもってきた衣装である)。
困ったなぁ、と思っていた文だったが、突如、光明が差し込むことになる。
それに名乗りを上げた人物――すなわち、今、彼女の前でミニスカへそ出し肩出し背中開き谷間見えのサンタルックに実を包んだ女性、風見幽香である。
なぜか。
いや、それを聞くのも愚問だと考えるものもいるだろう。
何せ、風見幽香と言えば、某誌には『友好度最悪の邪悪な妖怪』みたいな書き方をされる妖怪だ。
そして、事実、その力も強く、この幻想郷の中でもトップクラスと言ってもいいだろう。おまけにプライドも高く、加えてサディスティックで弱いものいじめが大好きで、自分に敵対する輩には容赦しない――というのが、一般の、幽香に対するイメージだ。
しかし、事実は違うのである。
「……恥ずかしい」
「似合うからよしですよ!」
こんな感じに、露出度の高い服を着れば頬を赤く染め、メインの趣味はお菓子作り。
普段の態度は、実は強がりをしているためであり、実は寂しがりの上に女の子たっぷりの性格。
――以上の一面は、一応、彼女は知り合い全部に対して隠しているつもりであった。もちろん、それがすでにおおっぴらに知れ渡り、『風見幽香』という妖怪に対するイメージが変わりつつあるのは周知の事実である。
それはともあれ、そんな彼女であるから、このような露出度の高い衣装を身にまとうことなど、断固として、首を縦に振らないと考えるのが当たり前だろう。
だが、今回のこの企画。考え出したのは、なんとこの幽香なのである。
その名もずばり、『幻想郷で一番のクリスマス大作戦』。
非常にネーミングセンスがださいのは勘弁してあげてほしい。本人は、『なんてハイソなネーミングなのかしら』と、割とマジで思ってるのだから。
そんなこんなで、知りたがりな代わりに、ちゃんとした『契約』をすれば、依頼をした方も困惑するほど口の堅い天狗二人に『協力』を申し出ていたのである。
そして、今日のこの日、クリスマスを『素敵なクリスマスにしよう』と発案し、二人に協力を願い出ておきながら、自分はやっぱり何もしない、出来ないのでは自分のポリシーに反する。
幽香は、その宣言の時、しどろもどろになりながらもそう言っていた。そうであるから、サンタクロースを演じるものが誰もいないのであれば、自分がやるしかない――それが、幽香の決意であった。
かくて、発案風見幽香、提案射命丸文の『クリスマス』がスタートするのだ。
「それに、幽香さん、普段はがっちり着込んでるんですから、たまには露出度の高い格好をしてもいいじゃないですか?」
「だ、だからって、こんな……」
「……着てから言うかな、普通」
「っていうか、あんた達、あったかそうな格好してるからいいけど……!」
提案者である文と、その友人、はたての格好は、端的に言って着ぐるみだった。
トナカイである。
しかもご丁寧なことに、幽香を乗せて引っ張る用のそりまで用意されていた(これも、事情を話したところ、香霖堂の主人が快諾して貸してくれたものである)。
「まあまあ。
さあ、そろそろ出発の時間ですよ。
それとも、やっぱりやめますか?」
「ぐっ……」
そこで、幽香は言葉に詰まった。しばらくの逡巡を経た後、「……行くわ」と、決意を瞳に浮かべてつぶやく。
文は、幽香に見えないようにガッツポーズをとった。
その友人の姿を見ていたはたては、『こうならないようにしないといけないな……』と、内心でつぶやいたのだった。
元々、幽香がこのようなことを考えたのは、一言で言うならば自立のためであった。
そして、その原因は、彼女自身の性格に大きなものがあるのは言うまでもないが、もう一つ、大きなものがある。
それが、以前、とある事情から親しくなり、彼女にとっての初めての『友達』となった女性――アリスだ。
これまで、彼女は何かと友人であるアリスを頼ってきた。困ったことがあれば、まず第一に彼女に相談した。同時に、彼女からかけられる言葉のほとんどに、強がりを言いつつもしっかりと従い、悪く言えば、甘えてきた。
極めつけは、今現在、彼女が建てた家であり、『友達たくさん計画』の拠点でもあるお店だ。
『かざみ』と名付けられた、その喫茶店を建設する費用は、全てアリスが出したのだ。おまけに、彼女が経営のほとんどを受け持ってくれており、幽香はと言えば、それが当然とばかりに過ごしてきた。
それは、完全に、相手に依存していたと言ってもいいだろう。
理由は一つ。彼女にとって、初めての『友達』がアリスだったからなのだ。アリスなら、いつでも私の味方でいてくれる――そう、彼女は思ったのだ。
しかし、いつしか彼女は考えるようになった。
――このままじゃいけない、と。
一方的に頼り、迷惑をかけるだけの関係を『友達』とは呼ばないのだ。
頼り頼られ、持ちつ持たれつが理想なのである。
アリスはきっと、思っているだろう。『正直、ちょっとうっとうしいな』と。
なぜかというと、幽香も、恐らく、このように自分に頼ってばかりいる相手がいたらそう思うだろうからだ。
アリスはそんなことは、決して口には出さない。いつでも、幽香に協力してくれた。だから、幽香も彼女に甘えてしまっていたのだ。
だからこそ、幽香は決意した。
『私だって強くなる!』
――と。
そのために、文の考えたプランに手をあげ、『幻想郷のサンタクロース』を演じることを渋る心を、自ら後押ししたのである。
――ついでに言うならば、打算もあった。
「見えてきましたね」
「っつーか、文。何、この状況」
「トナカイはそりを引っ張るものでしょう」
「……色々、都合が悪くない?」
幽香を乗せたそりを引っ張る二匹のトナカイ。その間に交わされる言葉は、何となく微妙であった。
――さて、そんな幽香の打算と言うのは、『お店の宣伝』である。
彼女の経営するお店は、実質、アリスの経営手腕によって経営を維持している状況だ。
しかし、最近は、そのアリスが『幽香の自立のため』と、お店のことにあまり関わらなくなったのだ。
当然、そうなると、お店の経営は店主の手腕一つにゆだねられてしまう。
ところが、幽香のお店は、有り体に言って繁盛していた。評判もよく、日々、訪れてくれる客も多い。
だが、この幻想郷には、甘味処は彼女の店だけではない。人里にもそのような店はたくさんある。加えて、この幻想郷に住まうもの達ならば、誰もが知っている、巨大なレジャー総合店舗『紅魔館』というものもあった(なお、元々、何の館だったかというツッコミは割愛する)。
幽香は、これまで、ある意味では自由に生きてきた。自分の心の赴くまま、『強がり』の自分を演じてきた。
その姿は、今、店の経営にも影響している。
端的に言うと、資金的な問題はさておくとしても、彼女は一切の宣伝を行わず、全てを口コミに頼る経営を続けているのだ。
おかげで、大きなイベント事が起きるたびに、彼女の店からは客足が遠のいている。その客を、周りの店に取られてしまっているのだ。
根強いファンと、地道な草の根活動は続いていても、時折やってくるアリスは警告する。
『幽香。ちゃんとお店を経営しないと、赤字になっちゃうわよ』
――と。
このままの経営方針を続けていては、きっと、自分の『決意』が揺らいでしまう。物理的にも精神的にも、もちろん経済的にも。
だから、幽香は今回の行事に便乗して、プレゼントを渡す対象の周囲にいる者たちに『お店をよろしくね』と売り込みをかけるつもりであった。そのための準備も万全だ。
少なくとも、彼女の中では、であるが。
「……えっと、『かざみでは、今年もクリスマス特別セールを行っています。ぜひ、足を運んでください。なお、こちら、クーポン券になります。お店にご持参頂けましたら、ケーキセットをプレゼントいたします』……」
「……あの、幽香さん。そういう言葉は、もっと笑顔で明るくはきはきと言ってくれませんか……?」
「何か後ろからお経が聞こえる感じなんだけど……」
「う……うぅ……」
すでに彼女の顔は真っ赤である。トナカイの鼻より真っ赤だ。
カンペがあっても引きつり笑い、セリフはつっかえつっかえ。そんな自分に決別するためにも、彼女は今夜、頑張らないといけないのだ。
「最初の目的地は紅魔館ですね」
「はい、幽香。これ」
「何これ?」
「人相を変えるための帽子とメガネですよ」
「いくらあんたでも、素のままだったらばれるでしょ。
今日のあんたは、あくまで『サンタクロース』なんだから。お菓子を一緒に配るのは、『これを一緒に渡してあげてって頼まれたから』って理由なんでしょ?」
「そ……それはそうだけど……」
「じゃ、ほら。つべこべ言わないでつけたつけた」
「……たかがメガネと帽子くらいで……」
「はい、鏡」
「……え? これ、私?」
そういうグッズは常に携帯しているはたての渡した手鏡に映る自分の姿を見て、幽香は前言撤回した。
人間、不思議なもので、たかが帽子とメガネだけでも印象は変わるものなのだ。
今の幽香の姿を一言で言うと、『魅惑の女家庭教師』と言った具合である。過去、幻想郷に、ここまで魅惑的なサンタクロースがいただろうかいやない。
「とうちゃーく」
しゃんしゃんしゃん、とベルが鳴る。
門の前に到着した三人を、早速、門番の美鈴が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「こんな夜中までお仕事、ご苦労様です」
「いえいえ。
えっと……お待ちしておりました、サンタクロースさん」
「はっ、はい! あ、あの、えっと、お、お手紙、み、見ました!」
「うちのお嬢様達の所にご案内しますので」
にこにこと笑う美鈴が一同の先にたって歩いていく。
幽香は、『本当にばれないものだなぁ』と内心で思っていた。
もちろん、先の挨拶は美鈴の社交辞令であったが、根が意外と単純な幽香は、あっさりころっと、自分の『変装』を信じてしまったらしい。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
開かれたドアの向こう。
そこに、咲夜が笑顔を浮かべて立っていた。さらにその後ろにずらっとメイド達が並び、『いらっしゃいませ』と三人に向かって頭を下げる。
それに萎縮せずに進んでいくのは文だけで、幽香とはたてはあっけに取られ、その場で思わず足を止めてしまっていた。
「今宵のクリスマスを彩ってくださるということで、大変、感謝しております」
「いえいえ。これも、私たちのお仕事ですよ」
「サンタクロース様も、わざわざありがとうございます」
「へっ?
い、いえいえ! その、よい子のためなら、えっと、頑張りますはい!」
「うふふ。左様ですか。
それでは、我が館の『よい子』のところにご案内いたします」
すすと音を立てず、一人のメイドが足を進めてきた。
彼女に案内されるまま、幽香とはたてが歩いていく。そして、その二人の姿が奥の扉に消えたところで、
「――さて」
入ってきたドアが閉じられる。
そして、途端に高まる気配。
「何のつもりですか?」
「あなたは行かないのかしら? 文」
「ええ。道案内と護衛ははたてさんにお願いしてありますから」
「護衛だなんて。
また物騒ね」
ざざっ、と、今度は音を立ててメイド達が左右に展開する。それを見据える文の瞳が鋭くなった。
「理由をお聞かせ願えますか?」
トナカイの着ぐるみの中から、文は風扇を取り出した。
その先端を、もこもこ着ぐるみの腕のまま、咲夜へと突きつける。その間抜けな姿に、咲夜の後ろで何名かのメイド達がずっこけたが、それはあんまり関係ない。
「うふふ……。
実はね、文。お嬢様から言われているの。ああ、お嬢様と言ってもフランドール様の方ね。
『サンタさんにお礼を言いたいから、私たちが起きるまで捕まえておいてね』って」
「……なるほど。
他にもたくさん、回らないといけないところがあるのですが」
「あら、そんなことは知らないわ。だって、お嬢様達が起きるまでに戻ってこられない可能性もあるでしょう?
それに、『その時に戻ってきます』と言う口約束だって、ねぇ?」
「監視をつけてもらうと困りますしね」
「そういうこと」
「普段はテーマパークなのに、こういう時は悪魔なんですね」
「たまにはカリスマを思い出させてちょうだい……お願いだから……」
「……ごめんなさい」
流れる微妙な空気を払拭するために、咲夜は『こほん』と咳払いをした。
「そういうわけで。
悪いのだけど、あなた達は、一晩、ここに泊まっていってもらうわ。美味しい食事ときれいなお部屋、最高のサービスはつけてあげるから心配しないでね!」
一閃される手から放たれるナイフ。
それを、文はひらりと回避した。彼女の遥か後方で、ちりんちりん、という金属の音がする。
「あいにくと、私たちはこの役目を投げ出すわけにはいきません」
「本音は?」
「すでに私の頭の中にあります……。
そう。『幻想郷に本物のサンタクロース降臨! そのお仕事に密着取材!』を書くために!」
「あなたも結局、打算まみれなのね」
「知らないんですか? 十六夜咲夜さん。
真実とは、誰かが作り上げるものなんですよ」
「あなたジャーナリストやめなさいよもう」
「ここで捕まるわけにはいきません!」
咲夜のツッコミ何のその。文は一転、攻勢に出た。
迫り来る天狗のスピードは、さすがの咲夜でも脅威なのか、後ろに下がる彼女を守るようにメイドたちが前に出る。そして、四方八方から放たれる無数の弾幕。
その隙間をかいくぐり、文は飛翔する。
どこからかドッグファイトなBGMが流れる中、攻撃を回避した彼女は、メイド達めがけて扇を一閃する。
「くっ! 相変わらず面倒ね!」
吹き荒れる突風に煽られ、何名かのメイドが墜落した。
風は姿かたちを持たないため、よけることが出来ない。咲夜も、何度も、文のこれには苦戦を強いられていた。
「あなた達は、私を狭いところへと追い詰めたことで、私の持ち味であるスピードと、それに伴う回避性能を殺したつもりなのでしょう。
確かに、それは間違いではありません。しかし、同時に、この閉じられた空間の中では天狗の操る風が猛威を振るうということを思い知るがいい!」
さらに一閃。
叩きつけるような風の衝撃に、さらに数名のメイドが床に這いつくばった。
辛うじて持ちこたえたもの達も、吹き荒れる風のすさまじさに動くことも出来ず、視線を咲夜へと向けている。
「ちっ……やってくれる……!」
その刹那、かちん、という音と共に周囲から色と音が消えた。
荒れ狂う風も形をこわばらせ、全てが停止する世界の中、彼女は文の背後へと接近する。そうして、文の扇を握ったところで、世界に色が戻った。
「時間を止めて接近……やってくると思ったよ」
「それくらいしか反撃手段もなかったからね」
「けど、人間の力で、妖怪の力にかなうとでも……!」
「思わないわ。
だけど、文」
「……何を……」
「これ、いらない?」
すっ、と咲夜が胸元に入れた手の先には、一枚の紙切れ。それを見て、文の動きが止まった。
「そ、それは……!」
「我が紅魔館の、半年間フリーパス!」
ぴしゃんごろごろ! と文の背後で雷が閃いた。
紅魔館フリーパス。それは、この紅魔館で提供される、ありとあらゆるサービスを受け放題という、ファンならずとも全ての消費者垂涎の一枚。
噂によれば、これを手に入れることが出来たものは、たとえ何百万、何千万、時には億を積まれたところで決して手放さないとまで言われるものだ。
「あなたが大人しく、私たちの味方になってくれるのなら、これをあげる。
ついでに、幽香たちを捕まえる手伝いをしてくれたら、一年間に延長してあげるわ。
さあ、どうする?」
「う……うぐぐ……!」
「つい最近の話なんだけどね? あなたが好みのケーキとか、た~くさん作ったの。よかったら、それもお土産にしてあげるんだけどな~」
目の前に漂う一枚の紙。
それは、ただの紙切れのはず。
だが、今の文には、それが黄金……いや、ダイヤモンドにも等しい『価値あるもの』に見えていた。
手が伸びそうだった。いや、むしろ、伸ばしたかった。たとえトナカイの着ぐるみのままであっても、そのもこもこした手で咲夜の前にかしずきたかった。
――しかし!
「ええいっ! わ、私は一介のジャーナリストとして、買収には屈しませんっ!」
文は、叫んだ。
彼女は咲夜から離れると、額から流れていた、何かやばい汗をぬぐう。そうして目を閉じて、深呼吸してクールダウン。
次に、かっと目を見開いた彼女の目には、決意の色があった。
「仲間を裏切ることなんて……私には出来ませんっ!」
「本音は?」
「新聞の売り上げ伸びそうだから!」
「あなた一度口を縫い合わせたほうがいいわよほんと」
一応、文の中では『新聞>紅魔館の素敵なサービス』であるらしかった。
それはともあれ、買収に失敗した咲夜は、やれやれ、と肩をすくめると、「それじゃ、改めて」と鋭い視線を文へと向ける。
文は、迷った。
また、あの誘惑攻撃を仕掛けてきたら……いや、咲夜のことだ、あの攻撃を上回る誘惑を繰り出してくるだろう。
その時、自分は堪えることが出来るだろうか。
新聞への情熱だけで、果たして、咲夜の攻撃を跳ね除けることが出来るだろうか。
彼女は歯噛みした後、思わず、目を見開いた。
「……そうだ!」
この手段があった。
たとえ咲夜の誘惑があろうとも、必ず、打ち破ることの出来る秘策が。
「全員、攻撃……!」
咲夜の声が響き渡るその瞬間、それを、一陣の突風がかき消した。しかも、それだけでは足りず、室内に響き渡ったのは――、
『っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
乙女の黄色い悲鳴だった。
「これぞ、天狗奥義! 『烈風スカートめくり』っ!」
説明しよう!
烈風スカートめくりとは、室内などの限定空間のみで使える奥義である! 天狗の技の一つである、風を操る力で下から上へと風を巻き起こすことで、乙女の鉄壁ガードを粉砕するのだ!
もちろん、「烈風っ! すかぁぁぁぁぁぁとめくりぃぃぃぃぃっ!」と実際には熱い叫びがこだまするのは言うまでもない!
しかし、この技は普段は決して使えない! なぜならば、その風に巻き込まれれば、自分の花園すら見事にさらしてしまうからである!
文が、今、この技を使えた理由はただ一つ。その着ぐるみが、彼女を守っていてくれるからだ!
大天狗:そんな技を使っても大丈夫か?
文ちゃん:大丈夫です、問題ありません。
「そしてすかさず撮影っ!」
「あ、文ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「さらに逃げーる!!」
「追いかけなさいっ! 全員っ! 追いかけてぼっこぼこにして雪の中に逆さまに埋めるのよっ!」
『はいっ! メイド長! 乙女の敵、許すまじっ!』
文の神速のシャッターが、魅惑の花園を見事に捉えていた。顔を真っ赤にして怒り狂う彼女たちが全速力で文を追いかける。
しかし、文は左手側のドアを開けると、その向こうへと一目散に飛んでいく。そのスピードは、限定空間内であって、多少衰えているとは言っても圧倒的だった。
「ふっ……念のために習得していた奥義が、こんなところで役に立つとはね」
ちらりと、文は後ろを見た。
あの場にいたメイド達全てが、怒りの形相で文を追跡してきている。全員、頭に血が上っているため、冷静な判断が出来なくなっているようだった。
「さあ、幽香さん、はたてさん! 私が身を挺して敵をひきつけている間に、頼みましたよ!」
「何か入り口が騒がしくない?」
「……そうね。何かあったのかしら」
「さあ……?」
案内役のメイドが首をかしげる。どうやら、咲夜たちの計画は、メイド達の中でも一部の限られた者たちの間にしか伝えられていないようだ。
幽香とはたてはさしたる妨害などもなく、『こちらです』と案内された部屋の前へ。
そうして、幽香が、音を立てないようにそっとドアを開いていく。
「……へぇ」
広い部屋の中、ベッドで眠る少女が二人。
彼女たちのすぐ側まで近づいて、思わず、幽香の顔に笑顔が浮かぶ。
「起きてると憎たらしいくせに、寝てる間はかわいいんだから」
特に、その姉の方のほっぺたをぷにぷにつついてから、幽香は手に持った袋の口を開ける。
「えっと、この子達は、おそろいのぬいぐるみ……っと」
ちなみに、品物は幽香の手作りである。彼女、お菓子作りだけではなく、こっちの方面に関しても多芸なのだ。
それを、「メリークリスマス」とささやいて、二人の枕元に置いていく。
ベッドの脇に提げられた、小さな、かわいい靴下の中にはお菓子をどっさりと入れて、後ろを振り返る。
彼女へと、メイドがぺこりと一礼した。隣のはたてが、幽香に向かってVサインを出す。
そして、幽香が部屋を後にしようとした、その時だ。
『女の敵ぃぃぃぃぃっ! 待てぇぇぇぇぇぇぇっ!』
……何やら、ものすごい騒音と轟音が響いてきた。
慌てたメイドがばたんと、ドアを叩きつけるように閉める。運悪く、幽香が外に出ようとしたときだったため、『へぶっ!』という間抜けな悲鳴を上げて、幽香は鼻を押さえてその場にうずくまった。
『ちょ、何よこれ!?』
『はたてさん逃げてください!』
『文、あんたまたなんかしたの!?』
『文ぁぁぁぁぁぁっ! 写真だけでも返しなさぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!』
『いやです! 咲夜さんのレースは私の宝物にしますっ!』
『泣かすわよマジで!』
「……んにゅ……。なにぃ……?」
そのやかましい騒音で、ベッドの上の天使が一人、目を覚ましてしまったようだった。
慌てて幽香が後ろを振り返る。
フランドールが、むにゅむにゅと、眠そうに目をこすりながら幽香へと視線を向けていた。
――止まる時。
彼女の視線は幽香に固定され、幽香は石化の魔法でもかけられたかのようにぴくりとも動けず。
「あ……」
幽香は窓から逃げ出そうと、立ち上がる。
しかし、
「サンタさんだーっ!」
目をきらきら輝かせたフランドールが、次に、ベッドに置かれたぬいぐるみと、提げた靴下の中のお菓子を見つけ、さらに顔を笑顔に染めて、幽香へと飛びついてくる。
「サンタさん、サンタさんだ!」
「あ、あああああの……!」
「ありがとう、サンタさん! プレゼント!」
「そ、そうね。あなた達、いい子にしていたから、ね?」
「おねえさま、おねえさま起きて! サンタさん来てくれたよ! サンタさん!」
フランドールがレミリアを起こしに向かう。
さすがに、これ以上の事態になると、自分の力ではごまかしがきかないと悟ったのか、幽香は窓に向かうと、その桟に足をかける。
そして、つと、室内を振り返ると、
「メ、メリークリスマス。来年もいい子にしてたら、また来るからね」
「はーい!
ほら、おねえさま、起きて起きて!」
「……何よ、フラン……。わたしは眠いの……」
「サンタさん、サンタさん!」
「え?
……あ、ほんと……」
「そ、それじゃあねっ!」
「あ、ま、待って!」
「ばいばーい!」
窓から飛び降りる幽香。すると、足下に、文とはたての姿があった。
彼女たちの引っ張るそりに飛び乗り、全速力で紅魔館から離脱していく。
雪の空に響く、『またねー!』という少女たちの声。
そして、それに重なって、『逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁ!』という怒りの声も、いつまでも、紅魔の屋敷に響いていたのだった。
「やれやれ。死ぬかと思いました」
「あんた、何したのよ」
「幽香さん。どうでしたか? 初サンタクロース」
「あ……えっと……悪くなかったわ」
「それはよかった」
答えなさいよ、あんた、とはたては文に視線を向けるのだが、文は答えを返してくることはなかった。
何とかかんとかメイド達の追撃を振り切った三人が次に目指すのは、幽明の境の先にある白玉楼である。
三人は、いつものように結界を越え、白玉楼へと辿り着く。そこに佇む屋敷の入り口には、今日は珍しい人物が、三人を待っていた。
「いらっしゃいませぇ」
「おお、幽々子さん」
「こんばんはぁ。あとぉ、うらめしやぁ~」
「リアル幽霊がやると迫力ありますねー」
「トナカイって美味しいのかしら」
「へるぷみーはたてさんっ!」
「しがみつくな!」
べしっ、と地面に叩きつけられ、文は沈黙した。
「それはともあれぇ」
すっ、と幽々子の空気が入れ替わる。
「お待ちしておりました。
さあ、サンタクロースご一行様。どうぞ奥へおあがりください」
先ほどまでのほわ~んとした空気はどこへやら。
怜悧な空気の漂う、しかし、優しい声音と眼差しの姿を見せる幽々子が、三人の前に立って歩いていく。
「えっと、あの……お、お手紙を出してくれた妖夢ちゃんはどちらに?」
「妖夢でしたら、すでに床についております。
今夜は、なるべく早く寝るようにと申し付けましたので」
ね? と視線を向けてくる幽々子。幽香は背筋を伸ばして、『そ、そうですか』と笑顔を浮かべたのだが、その笑顔は引きつり笑いになっていた。
当然のことだが、幽香の『変装』など、簡易なものである。幽々子の視線は、『あなたも大変ね』と言う色合いを、たぶんに含んでいた。
「こちらです」
すっ、と引き開けられるふすま。
長く伸びる廊下の向こう、小さな寝室に、白玉楼のちびっこ剣士の姿があった。
「うわ~、かわいい寝顔ですね~」
「ちょっと、文。あんた、不謹慎よ」
「何を言うのですか、はたてさん。ちゃんとフラッシュは切りましたから、一枚、寝顔を……」
「トナカイさん。今宵はとてもいい夜ですので、その夜を乱すような真似はおよしになってくださいまし」
「……はいごめんなさい」
いつのまにやら、片手に扇を取り出した幽々子に笑顔を向けられ、文は顔面蒼白になって後ろに引いた。
紅魔館では強気に出ることが出来た彼女だが、今回のは相手が相手である。下手したら、『文々。新聞の記者、謎の変死!』という見出しがはたての新聞の一面に載りかねないのだ。
「えっと、妖夢ちゃんは、かわいいお洋服……」
ちなみに、幽香の手縫いである。
普段は赤と白のチェック柄と言う目に痛い衣装を好む幽香であるが、これでセンスはなかなかだ。
取り出されたのは、妖夢のかわいらしさを存分に引き立てる、白のワンピースだった。スカートの裾などにはレースも入っており、これを作るだけでも相当な実力と苦労の伺える代物である。
「あら、この子ったら、こんなものを頼んでいたのね」
「やっぱり、女の子はかわいい格好をしたいと望むものよ」
優しい眼差しを妖夢に向けながら、そっと、幽香はその頭をなでていた。そんな彼女の背中へと、幽々子が微笑みと共に言葉をかける。
「それは、あなたもかしら? サンタクロースさん」
「……う、いや、それはその……」
言葉に詰まる幽香は、逃げるように踵を返すと、「メ、メリークリスマス!」と叫んで走っていってしまった。
それを見送っていたはたては、気を取り直すと、慌てて、硬直したままの文の手を掴んで「そ、それじゃ、また!」と幽香の後を追いかけていく。
その途中で一旦立ち止まり、「これ、おまけ!」と彼女は幽々子にお菓子の入った箱を投げ渡した。
どたばたどたばた。
騒々しい音は遠ざかり、やがて静寂が戻ってくる。
「かわいいお洋服、か。
どうして、この子は私の前でそういうことを言えないのかしらね」
遠慮しているのか、それとも、自分を押し殺しているのか。
何だか寂しいわね。
そうつぶやいた幽々子は、そっと、妖夢の頬をなでて『おやすみなさい』とその頭を優しく叩いたのだった。
「幽香さんは、かわいいお洋服を着てみたいんですか?」
「べっ、別に! 私には、そんなもの、似合わないもの!」
「そうでもないんじゃない? あんた、見た目はいいんだし」
「み、見た目とかそういうのはどうでもいいのよ!
その……雰囲気……とか……」
「どうですかね? はたてさん」
「わたしに聞くなっつの」
「あいたっ」
「ほ、ほら! 急ぎなさいよ! 今夜中に回りきれないでしょ!」
そりは幻想郷の空を行く。
次に向かう先は、竹林の奥の屋敷である。
ゆっくりと、その入り口の前にそりが舞い降りると、やはりと言うか何と言うか、出迎えのうさぎさんが立っていた。
「え? あれ? 幽香……」
「ゆ、ゆーか? 誰のことかしら? 私は、その、えっと……よ、よい子にプレゼントを配るサンタクロースよ!」
「え、いや、だって、その見た目とか声とか……」
「ど、どうでもいいでしょ、そんなこと! そんなことより、案内しなさい!」
そういう威圧的なサンタクロースはいないんじゃないかなぁ、と思いつつも、うさぎさん――鈴仙は、三人のみょうちきりんなサンタクロース一行を連れて、屋敷の中へと入っていく。
「ここは特別多かったですね」
「確かに。選別するのが大変だったわ」
「あの手紙って、文さん達が出していたんですか?」
「私たちは、こちらのサンタクロースのお手伝いですよ」
ね? と文。
はたては『わたしは別に、あんたの手伝いなんてしたつもりはないんだけどね』と、つんとした口調で返してくる。
文はそれを聞いて、「だそうです」とひょいと肩をすくめた。
鈴仙は、『また何か面白いことを考えたものだな』と思いつつも、それを言葉には出さず、三人を振り返る。
「さて、お手紙に書かせていただいたんですけれど、うちは子沢山でして」
「そうですね」
「あと、うちは広くて」
「みたいね」
「全速力で回らないと夜が明けますよ。リアルに」
三人とも、沈黙。
鈴仙はまず、右手のふすまを開いた。そこには、小さなうさぎの子供たちが、お母さんうさぎや友達同士ですやすやと眠っている光景がある。
「……名前とか……」
「こちらがリストになります」
そこには、事前に、鈴仙たちが仕込みを入れたのだろう。
部屋番号と布団の番号が書かれ、それぞれ、子供たちの名前と欲しいものがずらっと並んでいる。その分厚さ、軽く辞書のごとく。
「……全部で……えっと……400……?」
「はい」
「……道理で袋が重たいはずだと……」
ちなみに、今、幽香が背負っている袋のサイズは常識を遥かにぶっちぎっている。その中に人間の一人や二人は楽に入れるだろうと思われるほどだ。
「じゃあ、頑張りましょう」
後ろから文に背中を叩かれ、仕方なく、幽香はサンタクロースを再開した。
子供たち一人一人にプレゼントを枕元に置いて、用意されている靴下にお菓子を入れていく。
そのたびにきちんと『メリークリスマス』をささやいて、子供達の頭を優しくなでる姿は、紛れもないサンタクロースだった。
子供達を肩越しに見ながら、プレゼントを配り終わった幽香が戻ってくる。
その彼女へと、そんな言葉がかけられた。
「一部屋5分……ですか。ちょっと時間がかかりすぎですね」
「いや、だけど、子供に夢を与えるサンタクロースって、一人一人、ちゃんと頭をなでなでしてからとか……」
「気持ちはわかりますけど、それじゃ間に合いませんよ」
言葉に詰まる幽香。
鈴仙は、自分が言っていることが辛らつなことだとわかってはいるのだろうが、幽香に『役目』を果たさせるために、あえて心を鬼にするようだった。
仕方ない、と宣言した彼女は、文とはたてに何事かを告げる。
二人は最初、驚きの顔を浮かべたが、鈴仙から「これしかないんです」と後押しを受けて、その申し入れを受け入れることにしたらしい。
「え? あの……」
「急ぎます」
文が幽香の腕を掴んだ。はたては、鈴仙を後ろから抱えている。
そして――、
『加速ー!』
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「次の曲がり角を右! そこが次の寝室ですっ!」
「はい到着!」
ごん!
「急いでください、幽香さん! ここは10人ですよ!」
「あ、頭……頭ぶつけ……」
「ほら、幽香さん!」
「だーっ! もー!」
「配り終えましたか!?」
「まだ5人よ!」
「あと30秒以内に!」
「頭なでなでは!?」
「一人一秒で!」
「何それ!?」
「次行きます!」
「ち、ちょっと! あんた、掴んでるところちが……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ざりざりざりざりざりざり!
「次は左です! あのふすま!」
「幽香さん、急いでください!」
「到着っ!」
ずしゃっ!
「……こ、ころすき……?」
「ここは何人ですか!?」
「12人です!」
「ちょっとうるさくない?」
「大丈夫です! 師匠の特製眠り薬は、枕元でフジヤマがヴォルケイノしても目覚めませんから!」
「それ体に悪いでしょ絶対!」
「幽香さん、終わりましたか!?」
「お、おわ……って、また足ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
がんごんがんごんがんごんがんごん!
「あそこです!」
「幽香さん、急いで!」
ごりっ!
「あたま……あたまがわれるぅ……」
「……れいせんさまぁ……おしっこ……」
「はいはい、こっちですよ」
「ほら、急いで!」
「……あとで……あとでおぼえてなさいよあんたたち……」
そんなこんなで、全身ずったぼろになった幽香がプレゼントを配り終えたのは、それから1時間ほど後だった。
お疲れ様でした、と笑顔を向けてきた鈴仙のうさみみをくしゃくしゃにしてやってから、「はいこれプレゼント!」と彼女に新しい下着(黒)を押し付けて、三人は夜空へと舞い上がる。
「次は……えーっと、博麗神社ですね」
「あれ? 守矢じゃないの?」
「みたいです。
ところで幽香さん、そろそろ出血止められませんか? このままだと服がさらに赤くなっちゃいますよ?」
「あんたみたいなギャグ体質と一緒にしないでよ!」
ちなみに、文はどんな出血も5秒以内に止められる特技を持っていたりする。
帰り際に渡された、永琳印の傷薬などをぺたぺたしている幽香を連れて、二匹のトナカイ空を行く。
なお、このそりの速度はトナカイに扮した天狗二人が引っ張っているため、相当なものだ。乗っているのが人間だったら、間違いなく、レッドアウト現象を味わっているだろう。
その速度で移動したことで、無事、神社へと到着したのは、それから30分ほど後である。
「はい、霊夢さん。あ~ん」
「あ、あ~ん……って、早苗、その、恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃないですか。このケーキ、美味しいですよ」
「理由になってないし!」
「はい、あ~ん」
「……あ~ん」
ぱく、もぐもぐ、とフォークに刺したケーキを口にする霊夢。早苗の『美味しいですか?』と言う視線に、「美味しいわ」と応える。
そこに漂う空気たるや、言わずもがなのものだった。
「……なぁ、アリス」
「何?」
「私たち……思いっきり蚊帳の外じゃないか?」
その様を眺める魔理沙の顔は、かなりげんなりしていた。
完全に蚊帳の外に追い出されているのはさておきとしても、その場に満たされた空気に、色々と耐えられないらしい。
「紅魔館からまっすぐ家に帰ればよかったじゃない」
「霊夢のところで鍋やるって聞いてたからさぁ……。あ~……甘ったるいぜ……口からこんぺいとうが出てきそうだ……」
幸せを満喫している二人(どっちかと言えば早苗一人だが)を、生暖かい眼差しで見つめる魔理沙は、手元のグラスを傾ける。
中身は相当にアルコールのきつい日本酒のはずなのだが、熟した果実から作った、甘い果実酒の味がしたような気がした。
「霊夢さん、霊夢さん。はいこれ、クリスマスプレゼントです」
「わぁ、ありがと早苗……って、長っ!」
「ちょっと長さを間違えて……。
あ、だけど、これなら、ほら」
早苗は、霊夢に渡したマフラーの片方をとると、それを自分の首に巻き付ける。同時に、霊夢にも。
自然、二人の距離は縮まり、早苗はそれが当然のごとく、霊夢の隣に腰を下ろした。
「わ、ちょっと。あ、あんまりくっつかないで……」
「一本のマフラーに二人で、なんて、わたしの夢だったんですよ」
てへへ、なんて笑みを浮かべつつ、霊夢の肩に頭を預ける早苗。
「……もう」
そんな彼女をふりほどいたり、邪険にしたりなど、霊夢に出来るはずもなく、彼女の肩を抱き寄せるようにして、早苗との距離を縮めていく。
「……おい、アリス。暑いぜ」
「そう?」
「今は冬のはずじゃないのか!?」
博麗神社の、ごく一部の部屋だけ、その日は真夏であった。
たまらず、魔理沙は外へと飛び出し、雪の中に頭から飛び込んだ。5秒後、『寒いわ!』と自分でノリツッコミを入れつつ、室内へと戻ってくる。
「今年のクリスマスは幸せです」
「そ、そう……。
あ、あのね、早苗。その……私からもプレゼントがあるんだけど……」
「何っ!? 霊夢が誰かにプレゼント!? そんな出費をわざわざだと!?
さてはお前、霊夢じゃなくて靈夢だな!?」
「やかまし!」
早苗に「ちょっとごめんね!」とマフラーの半分を返して立ち上がった霊夢の、鋭い拳が空を切る。
しかし、それを魔理沙は空中三回転半ひねりと共に回避すると、びしぃっ、と斜め45度に構えてから霊夢に指を突きつけた。
「はっ、甘いぜ! お前の拳も蹴りも見切った私に、いつも通りの攻撃が通用すると思うなよ!」
「いい度胸ね、表に出なさい!」
「寒いからやだ!」
「それもそうね!」
「あんた達、ほんと、仲いいわね」
というわけで、呑み比べ勝負を始める二人。その様を、アリスは呆れ顔で見つめ、早苗は『全くもう』と、ちょっぴりふてくされている。
「で、霊夢。あなた、どんなプレゼントを早苗に用意したんだっけ?」
「あ、えっとね……これなんだけど」
唐突にアリスに聞かれ、霊夢は立ち上がる。
部屋の隅に置かれていた箱の中から、小さな小箱を取り出した彼女は、『はい』とそれを早苗に渡した。
早苗が『それじゃあ』とそれを開くのを、嬉しそうに眺める霊夢。
「うわぁ、きれいなかんざしですね」
果たして、取り出されたそれを見て、早苗が思わず声を上げる。
すると、霊夢の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「でしょ? それね、私の手作り。アリスに教えてもらって作ったのよ」
「ああ、アリスは手先、器用だもんな。
っていうか、それ、半分以上アリスが作ったろ?」
「い、いいじゃない、別に!」
どうやら、魔理沙の指摘は図星だったのか、霊夢が顔を赤くして声を上げる。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
そんな状況もどこへやら。
早苗は嬉しそうに、そして何となく照れくさそうに頬を桜色に染めながら、霊夢を見上げた。
その彼女の視線が、色々とやばかったのか、霊夢はそそくさと視線を外し、「……喜んでくれて嬉しいわね」と、こちらも照れくさそうにつぶやいた。
「つけてみたら?」
「あ、はい!
んしょ……っと。こんな感じで」
「おー、似合う似合う。あれだな、花嫁って感じだ!」
「は、花嫁って……」
思わず、かーっと頬を赤くする早苗。
もじもじする彼女を見て、さらに茶化そうとにやける魔理沙の肩に、ぽんと霊夢が手を置いた。
「魔理沙、ちょっと」
「ん? 何だ、霊夢」
「博麗秘奥義! 聖母殺人伝説(ジェノサイドエクストリーム)!」
「そうそういつもやられっぱなしだと思うなよ!
霧雨秘奥義っ! サニー・サイドアップ(目玉焼き)!」
ぴちゅーん。
見事なダブルノックアウトである。
「あんたら、ほんと、仲いいのね」
「……もう」
「……何か楽しそうね」
「そ、そうですか……?」
「修羅場に見えるんだけど……」
神社の母屋を眺める三人。
そのうち、幽香は何となく寂しそうな表情を浮かべ、トナカイ二人はその惨状に顔を引きつらせている。
この人と私たちと、見えてるものが違うんじゃなかろうか。そんな微妙な表情を浮かべるトナカイ達は、ある意味、恐る恐るサンタクロースの顔を見上げた。
ともあれ、幽香はごそごそと袋を探って、中からプレゼントを取り出す。それをじっと見つめてから、その視線を、わずかに上に上げる。
彼女の瞳の先には、何だか、一応、何だかんだでにぎやかな博麗神社の母屋の姿。
「……どうしよ」
「えーっと……渡しに行っても大丈夫だと思いますよ?」
「……そ、そう……ね」
「何か、私の居場所、あそこにないのよね」
そこで二人は、ようやく、その表情を変えた。
幽香の目に浮かぶ、一抹の『色』。それを悟ったのか、まず文が「大丈夫ですよ!」と声を上げ、はたてが「そうそう!」と幽香を後押しして、その肩を叩く。
そんな彼女の顔は、何となく、普段の『らしさ』を持たない顔だった。
眼差しは寂寥感を漂わせ、まとう雰囲気は、どこか遠くに大切なものを置き忘れてきたかのようだ。
「……やっぱりいいか」
手にしたプレゼントを、袋の中へと戻してしまいそうになる。
それを見て、はたてが文の背中を叩いた。
うなずいた文は、「じゃあ、私がプレゼント、渡してきますよ」と幽香からそれを、半ば奪い取るように受け取って、母屋へと歩いていく。
「先に離れてよっか」
「……そうね」
「メリークリスマース。
皆さーん。トナカイさんのプレゼント宅配便ですよー」
響く声に、四人の視線がそちらに向く。
最初に口を開いたのは霊夢だった。
「文……あんた、何その格好」
外に面した廊下の向こう。そこに佇む、一匹の奇妙な生き物を見て、目を点にしながら、霊夢は言った。
「似合いますか? トナカイのアルバイトです」
「いや、まぁ、どうでもいいけど……」
「何だ。あのサンタクロースの手紙って、結局、お前が犯人か」
「いえいえ。どうでしょうか」
どうぞ、と四人にプレゼントを差し出す文。
そして、踵を返すと「それでは、まだアルバイトの途中ですのでー!」と夜空に飛んでいく。
どこかから響く鈴の音に、『今年は凝ってるんだな』と、その場の何名かは思った。
「何が入ってるの? これ」
『博麗霊夢さんへ』と書かれた袋を開くと、中からはセーターが出てきた。ただ、毛糸を編みこんだだけではなく、凝った細工のなされた逸品である。
「うわ、すごーい……」
「……確かにすごいですね。わたし、負けました……」
「いやいや、そんなことないよ。早苗。
今年の冬は、早苗のマフラーにこのセーターのおかげで、うちの神社、暖房いらないかも」
「暖房くらいはつけてくださいよ」
ある意味、おのろけなセリフである。早苗は『冗談ばっかり』と笑った。
そんな早苗はというと、プレゼントの中身は香水だった。
瓶の蓋を取ると、かぐわしい花の香りが、かすかに香る。『うわぁ』と声を上げた彼女は、早速、それを自分に振りかけて、「霊夢さん、どうですか?」と霊夢に寄り添った。
「私は……何だこりゃ?」
「手袋ね」
魔理沙が普段身に着けている、五本指の形状をした手袋ではなく、親指以外の四本指の部分が一体となった手袋だ。
ただ毛糸で編みこんだだけではなく、所々に貼り付けられているのはカイロのようなものだろうか。一応、この手のアイテムは、河童謹製のものであるため、入手はそれほど難しくはない。
もっとも、それを手袋に使ったと言うのは、これまでに聞いたことのない使用方法ではあったが。
「何でこれ、指先のところだけ、こんな分厚いんだ?」
「あんたの盗癖が出ないようにじゃない?」
「失礼なことを言わないでくれ。私は物を盗むんじゃなくて、永遠に借りるだけだ」
「同じことでしょ」
ぺしん、とアリスの人形が、アリスに代わって魔理沙にツッコミを入れた。
とはいえ、口では何のかんの言いつつも嬉しかったのか、魔理沙は、『これ、あったかいなー』と手袋に包んだ手で自分のほっぺたを押さえた。
――そして、アリスは。
「ごめん。
ちょっと、私、用事があるのを思い出したから帰るわね」
プレゼントの袋を開くなり、立ち上がった。
魔理沙は「あー、それじゃ、私も帰るかな」とそれに続く。
「お二人さんは、この後、風呂に入って布団に入って、朝まで仲良くやってくれるんだしさ」
「そっ、そんなことするわけないでしょーが!」
「そ、そうです! それに、そういうことは、もっと……あ、でも、意外と普通……?」
「いやいや早苗! ちょっと、目! 目!」
「んじゃなー」
最後の最後で『反撃できたぜ』と言う顔をして、魔理沙は夜空に飛び去っていった。
アリスは、「風邪、ひかないようにね」と二人に言って、魔理沙に続く。
去り際に足下を見て、やれやれ、と肩をすくめてから。
「……っとにもう」
その視線を、前に向けたのだった。
「だいぶ夜も更けてきましたねー」
先ほどまで降っていた雪は上がり、空には星が浮かんでいた。
その星の位置を見る限りでは、今の時刻は夜の12時を過ぎたくらいか。もうちょっと急がないと、今夜中に、プレゼントを配り終えるのが難しくなるだろう。
文はそりを引くスピードを上げた。
そして、ちらっと、後ろを見る。
「ねぇ、幽香」
文と同じ事を考えたのだろう。
そりを引っ張りながら、はたてが口を開く。
「あんたさ、もしかして、寂しがり?」
「なっ……! そ、そんなこと、あるわけないじゃない!」
どことなくうつむいた視線を見せていた幽香が、慌てて顔を上げた。
先ほどまで髪の毛をいじっていた指先で、びしっとはたてを指差し、「い、急ぎなさい! ほら!」と命令する。
「ま、いいんだけどさ。
別に隠す必要、ないと思うんだけどね」
「別に隠してなんか……!」
「それだからって、あんたのこと、本気でバカにする奴なんていないわよ」
その言葉に、幽香は勢いを失った。
ふん、とそっぽを向いて、手元の袋をごそごそ探る。
「……ま、あんたはあんたなりに一生懸命なのよね」
「そうですね~。やっぱり、友達を作ると言うのは色々大変ですから……」
「文はちょっと黙ってて」
「はぐっ」
「今、あんた、すごくいいことやってると思うよ。わたし。
そんな風に一生懸命なところ、嫌いじゃないし。
今回、声をかけてきたのだって、最初はちょっと驚いたけどさ。あの時、あんたが言っていたこととか、今のあんたの顔とか、そういうのを見たら、『あ、なるほど』って思ったしさ。
サンタクロースがふてくされた顔してたら、幸せも配れないでしょ。ちゃんと笑いなさいよ」
ね、という言葉の後、はたては何も喋らなかった。
幽香は、そらしていた視線をトナカイ二匹に向ける。
あいにくと一人は、もう一匹のトナカイの抉るようなエルボーで失神しているが、もう一匹のトナカイは、心なしか、頬を赤くしているようだった。
自分の言葉が恥ずかしいと思っているのか、それとも、『何でこんなこと言ったんだろ』という不思議な思いに悩んでいるのか。
幽香は肩をすくめた。
「……ごめん」
その小さな呟きは、風の音にまぎれて消えていく。
そんな短いやり取りのうちに、次の目的地である天界へと向けて移動しようとしたその矢先、はたての視線が『ん?』と下に向く。
「ねぇ、文。あれ……」
「……ふ、ふふっ。さすがははたてさん……いいエルボーでした……」
「それはいいから。
あれ」
ようやく息を吹き返した文が、はたての示す方向に視線を向ける。そこに『お?』という相手の姿を認めて、文はそりを引っ張り、急降下をかけた。
そして、三人は、その『相手』に気づかれないように、近くの物陰に身を潜める。
「……はぁ……。世間はどこもかしこもクリスマス一色……なのに、私は未だに冬の女……」
「ねぇ、衣玖。もう帰ろうよ。
ほら、お店の営業時間も終わりって書いてあるんだし……」
「いいえ! 私はまだです! まだ飲みます!
お酒を追加してくださいっ!」
「はいよ」
「ちょっと! 何で煽るのさ!」
「ごめんなさいね、お嬢様。うちも商売だからさ。店主は客を諌めたり、時にゃ一喝したりするもんだけど、基本的にゃ、どんな時でも客の味方なのさ」
近頃、妖怪のみならず、人の間でも有名な赤提灯。言うまでもなく、ミスティアのお店である。
そこに飲んだくれてる天女と、それを何とかして連れ戻そうと四苦八苦する天人の姿があった。
「だからって……!」
「それにね、お嬢様。お酒は魔法の水なのさ。辛いことも悲しいことも、み~んな忘れさせてくれるもんなんだよ」
ちゃぷ、と瓶の中の液体を揺らす。
それの口を切って、天女――衣玖が突き出しているグラスの中へと、その中身を注いで行く。
――と、天人――天子の顔が『あれ?』という顔に変わった。
そのグラスから、不思議とお酒の『香り』がしないのに気づいたのだろう。
――……ああ、だから『魔法の水』なのか。
天子は小さくうなずいた。
「何かもう、みんなに気を使ってもらうのが申し訳なくて……。それだけならまだいいんですけど、もう何か色々と押し殺すのも辛くて……」
ごくごく、とグラスの中の液体を飲み干す。
「……はぁ。これ、水みたいで飲みやすいですねぇ」
「でしょう? もう一杯、いかがですか」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
天子がミスティアを見て、ぱくぱくと口を動かした。ミスティアは彼女に向けて、人差し指を唇に当てて、小さなウインクをする。
「心からみんなを祝福できない自分がいやになります……。ああ、こんなだから、私ってダメ天女なのかも……」
どうやらネガティブモードに突入したらしい。
カウンターに突っ伏す衣玖に、思わず、天子が声をかけた。
「あの……衣玖ってさ、結婚願望、あるの?」
しばしの沈黙。
起き上がった衣玖は、ミスティアからお酒をもらうと、それを飲みながら、
「……ある、といえばありますよ。
やっぱり、私だって女ですから……いつかは幸せな家庭を築いて、優しい家族に囲まれて……って。
周りのみんなが、そんな風に幸せにしているからよけいに……」
「その……。
それじゃさ、私と一緒にいるのは……幸せじゃない……とか?」
さやさやと、梢が鳴る。
寒い時期の、屋台の必須アイテムであるおでんが煮込まれた鍋が、くつくつといい音を立てている。
ミスティアは『これ、サービスです』と、その中から具を取り出して二人の前に並べた。
「いや、そりゃ……ね。私が色々、迷惑かけてるのはわかってるけど……。
何ていうか……んっと……」
「……幸せかどうか、ですか」
「……だってさ。
何か、衣玖が結婚するのって悔しいんだもん。
他の天女たちは、私のことを見ても、『ははー!』とか言って平伏するし……他の天人は、私のことなんて歯牙にもかけないし。そりゃ、不良にもなるわよ。
お父様とかもそうだしさ……。
だけど……衣玖は、ほら。
普段は口うるさいし、しつけに厳しいし、すぐに私のこと怒るけど……。
けど……そんな風に、私のこと考えてくれてるの、衣玖しかいないんだもん……。
衣玖が結婚しちゃったらさ、家族が第一になって、私のことなんかどうでもよくなっちゃうんじゃないかなとか……思ったりしてさ……」
そうして、ぽつぽつと、実は自分が、衣玖に出される見合い話のいくつかをご破算にしたことを告白した。ちなみに、そのお見合いの話を聞いた時、衣玖は嬉しそうに、天子に『今度、お見合いをすることになりました』と報告したものだ。
だから、許せなかったのだと言う。
要は、天子が嫉妬したのだ。彼女に近づく、誰とも知らない相手に。
「だから、その……ごめんなさい」
「……えっと……」
「私から離れたらやだ……」
彼女にとって、衣玖は『心許せる姉』というところか。
昔から、仲のいい兄弟にとって、どちらか片方が自分から離れてしまうのは嫌がるものだ。
「……その……」
「お二方は、比翼の鳥、って知ってますかい?」
そこで、唐突にミスティアが口を開いた。
最初に天子が「そりゃ知ってるわよ。あれでしょ? 仲のいい夫婦のたとえ」と回答する。続けて衣玖が「一緒に寄り添って空を飛ぶ、伝説の鳥ですよね」と付け加えた。
「そうですね。
あれも、確かに仰る通り、仲のいい夫婦のたとえで、一緒に寄り添って……寄り添わないと空を飛べない鳥のこと。
実にいい話だと思うんですがね。夫婦二人、力をあわせて困難を乗り越えていくってなもんでさ」
どうぞ、と空いたグラスに酒を注いで。
「けどね、その比翼の鳥も、普段は自分達の好き勝手に生きてるって知ってました?」
「え?」
「普段は、そんな仲のいい奴らもね、空を飛ぶとき以外は、自分の好き勝手に地上を歩き回ってるんですよ。
相手なんて、まるでいなかったみたいにね。
あたしゃ、それを聞いて、『ああ、なるほど』って思いましたよ。
四六時中、べったりくっついてるのもいいかもしれないけど、やっぱり、鳥でも相手に飽きが来るもんでさ。そんな時は相手から離れて、とことこのんびり、世の中見て回るんですよ。
そんでね、そんな風にすごしてて、『ああ、やっぱり寂しいな』とか思うと相手の所に戻ってきて、『悪かったよ、お前さん』『いやいや、俺のほうこそ』なんて話をしてさ、また一緒に空を飛ぶわけです。
どうですかい。なかなか面白い話でしょう」
ま、半分は私の作り話ですがね、と彼女。
「私はさ、思うわけですよ。
四六時中べったりくっついているのもいいけれど、それだと、やっぱり相手のこと、ひいては自分のことしか考えなくなっちゃうと思うんですよ。
でね、そうなってくると、生き物ってのは不思議なもんでさ。どんどん自分本位になってきて、本当に大切な相手のことすら、ぽいっと捨てちゃうわけでさ。今、その瞬間のことしか考えられなくなるわけですわ。
だから、たまにゃちょいと離れてみるのも大切なわけですよ。
ありきたりな言葉ですけど、価値の再確認、って言うんですか?
ほら、ごみとかでも、捨てちゃってから、『ああ、しまった』なんてこと思うでしょ?
ごみとたとえるのは失礼かもしれませんけど、人間関係ってのもそんなもんだと思うわけですよ。
オチも何もない話ですいませんけど、どうです? 伝承一つとっても、なかなか深くて面白い話でしょう。
それに何より、くっついてばっかりいると、周りにとって目の保養から目の毒になっちまいますよ」
あっはっは、と彼女は話のオチをつけて大きな声で笑った。
そして、つまらない話に付き合わせたお詫びですよ、と二人にがんもとちくわがプレゼントされる。
それを眺めていた二人は、互いに顔を見合わせて、何だかばつが悪くなったのか、つと身を離す。
――と、その時、天子の頭に何かが降ってきた。
『あいたっ』と悲鳴を上げる彼女の前に、その『何か』が鎮座する。
「……何これ? えっと……『メリークリスマス』……?」
「おや、今、話題のサンタクロースさんですか?
こりゃ面白い日だ。今日の天気は雪のち晴れ時々プレゼント、なんてね」
空を仰いでも、そこには誰の姿もない。
不思議に思いながら、天子はその包みを開いて『あっ』と言う声を上げた。
「どうされました?」
「……その……。
……はい。衣玖にプレゼント」
「え? それ……」
「い、いいから! 開けてみて!」
半分開けられたそれを開いて、衣玖は小さく声を上げた。
中から出てきたのは手鏡だ。精緻な細工のなされた縁取りが印象的な、ちょっとしたインテリアとしても飾っておける代物である。
「……これは?」
「その……私が手紙に書いたんだ。それ。
ほら、衣玖ってさ、いっつも『結婚できないのは、私に魅力がないから』って言ってるじゃない?
そんなことないんだよ! ほら、衣玖、美人だしさ! 鏡を見て、自信を持ってって言おうと思って……」
「……もう」
ふぅ、と衣玖は肩をすくめた。
そうして、手鏡を懐にしまうと、天子の頭を抱き寄せて、ぽんぽん、とそれを軽く叩く。天子は『また子ども扱いして……』とほっぺたを膨らませた。
「ありがとう」
「……うん」
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、いいんですよ。うちとしては、お客さんたくさん、商売繁盛が一番ですから」
「いいお話を聞かせていただきました」
「たはは。ありゃ、あたしの適当な作り話ですよ。
あんまり気にしないで、仲良くしてくださいな」
「はい」
ミスティアから勧められた料理を『美味しいです』と二人はきれいに平らげた。
そうして、帰りましょう、と衣玖は天子の手を取る。
続けて、『帰ったら、ゆっくり眠って、明日、私が出した宿題を片付けてもらいますからね』と微笑む。
天子はもちろん、『げー』という表情を浮かべるのだが、その目は、嬉しそうに笑っていた。
「いやぁ、天界に行く手間が省けましたね」
「いいクリスマスだったじゃない。あれ」
「幽香さんのプレゼントが、また一押ししましたね」
「……かもね」
「羨ましかったんですか?」
「別に」
また強がり言って、と内心で文はつぶやいた。
あの二人の後ろ姿を見ていた幽香の顔は、多分、しばらくの間、忘れられないだろう。
そんな文でも、その時の幽香の写真だけは撮らなかった。それだけは、絶対にやるまいと心の中で宣言したほどだ。
あの話を聞いている幽香の顔は、真剣そのものだった。その理由を、文はいくつか頭の中で考えたのだが、どれも言葉には出さず、また、彼女に探りを入れることもしなかった。
それをしたら、間違いなくはたてにひっぱたかれるだろうと思った。同時に、間違いなく、アリスを敵に回すだろうとも思ったのだ。
とりあえず、お茶を濁そうか。
彼女は「これから行く地底は温泉どころでもありますから、冷えた体もあったまりますよ」と二人に言う。
幽香は、さて、文の思惑に気づいただろうか。
それは楽しみね、と答えるだけだった。
――さて。
「待ちなさい! そこの怪しい三人組!」
そりを引っ張るトナカイ二匹が、かけられた声にぴたりと急ブレーキをかけた。
地底につながる道すがら。
いきなり現れたのは、一人の妖怪である。
「おや。あなたはパルスィさん。メリークリスマス」
「どこへ行くつもり?」
「いえ、ちょっと地底まで、クリスマスプレゼントを届けに」
サンタさんのお手伝いのアルバイトですよ、と文。
パルスィの視線はサンタクロース――幽香へ。
「……偽者ね」
「へ?」
「古来より、サンタクロースっていうのは、太って、真っ白なひげを蓄えたおじいさんと決まっているのよ。
何、その女。そこらの怪しい店のコンパニオンみたいな格好して。
そんな怪しい奴を地底に入れたとあっちゃ、地底の風紀が乱れるじゃない! ここを通すわけには……!」
「秘技! 桶符! 『キスメミサーイル』!」
『なのー!』
がこぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! という音がして。
パルスィは目をぐるぐる回しながら、その場に昏倒した。
「ったくもー。地霊殿のクリスマスパーティーに呼んだのに『私はそんなもの行かないわよ!』ってふてくされて、何してるかと思ったら……」
『パルスィちゃん、悪いことしちゃ、めっ、なの』
「いや聞こえませんて」
「それ以前に、何で筆談なのよ」
「あ、キスメって恥ずかしがりだから、あんまり喋らない子なのよ」
ちなみにあたしはヤマメ。この子の友達よ、よろしく。
などと手を差し出され、はたては顔を引きつらせた。
少なくとも、その『友達』を他人様めがけて投げつけるような輩に『よろしく』と言われて、『よろしく』と笑顔を浮かべられるほど、はたては豪胆な精神の持ち主ではなかったのである。
「あ、それと、パルスィってちょっと嫉妬深くてさ。あと、か~なり素直じゃなくて。
迷惑かけてごめんね」
「ああ……うん。まぁ……」
「サンタクロースも大変だね。
じゃ、キスメ。行くよ」
『はいなの』
「あたし達は、また別に、これからパーティーするんだ。よかったら、帰りにでも寄ってね。あっちの飲み屋にいるから」
ヤマメは目を回しているパルスィを肩に担ぐと、キスメを連れて去っていった。
何だかよくわからない展開に沈黙していた三人は、『とりあえず、急ぎましょう』の文の言葉でそれぞれに意識を取り戻し、一路、目的地――地霊殿へと向かっていく。
地獄の奥に佇む館への道案内は文だ。
そして、その入り口には、やっぱり出迎えの人間が立っていた。
「ようこそ、地霊殿へ」
「お邪魔します、お燐さん」
「お久しぶり、鴉の姐さん。そっちの二人は? 見ない顔だね」
「こちらは、私のトナカイ仲間のはたてさんで、こちらはサンタクロースさんです」
「ふぅん……。
ま、いいや。ついてきて。お手紙を書いた『いい子達』のところに案内するよ」
三人を連れ、燐が踵を返す。
その後に続く三人。
地霊殿の中は、これまでに回ってきた家屋のように、しんと静まり返り、夜の色に染まっていた。
「まず、ここだね」
一枚のドアの前で燐は足を止め、ゆっくりと、それを開く。
中は、空の寝室になっていた。ベッドの上で、掛け布団蹴っ飛ばして眠っている彼女の元に、一同は近づいていく。
「この子、何を頼んだの?」
「えっと……これかしら」
幽香が取り出したのは、『ゆで卵型抱き枕』だった。
燐が顔を引きつらせる。
「……何それ?」
「『かじってもかじっても減らないからこれが欲しい』って書いてあったんだけど……」
「……さすがお空……」
見れば、今現在も、空は自分の枕を抱きしめてはぐはぐかみついている。どんな夢を見ているのか、いまいちわからない光景だ。
とりあえず、サンタの仕事を果たす幽香。
彼女の頭のすぐ側に『ゆで卵型抱き枕』を置いて、ついでに、「風邪引くわよ」と、彼女が蹴っ飛ばしている掛け布団を、空の上にかけなおす。
それから、枕もとの靴下の中へ、幽香はお菓子を詰められるだけ詰めて『これでよし』と手を叩く。最後に、「メリークリスマス」と彼女は空の頭をなでた。
燐はそれを見て、『ああ』と何かに気づいたようだった。
しかし、それを口にすることはなく、『こっちだよ』と一同を連れて部屋を後にする。
「次はこいし様……」
と、廊下を歩き出そうとした、その時だ。
「サンタクロース、つっかまえったー!」
「きゃあっ!?」
「ほらほら、お燐! 見なよ! ちゃ~んといたじゃない、サンタさん!
ややっ? サンタなのにこの柔らかさと大きさは!?」
「や、やめなさいよ! こらー!」
どこからともなく、唐突に現れたこいしに胸をわしづかみにされて、幽香は慌てて彼女を、投げ飛ばす形で振りほどく。
しかし、さすがは腐ってもこいしと言うべきか、幽香の力で投げ飛ばされたにも拘わらず、くるりと空中で回転して体勢を整えると、『10.0』な着地を見せた。
「こんなサンタさんならおっぱ魔なこいしちゃんも大歓迎! プレゼントちょうだい!」
びしっ、と親指立てるこいしに、一同、思わず沈黙。
何だか微妙な空気の漂う中、幽香の視線は燐へと向く。
「……この子はいい子なの?」
「……いい子なんだ、普段は……うん……」
目をきらきら輝かせ、『ちょうだい、ちょうだい』と擦り寄ってくる姿は、確かに、幽香の保護欲などをかきたてるかわいらしい少女のそれなのだが。
先の態度がどうしても引っかかっているらしく、幽香は『わかったから近寄らないで』と相手をけん制しつつ、袋の中から包みを取り出す。
「わーい。なっにかな~」
その場でびりびりと包みを破くこいし。
果たして、中から出てきたのは、
「わーお。かわいい靴~」
少しだけ、アダルトな雰囲気を漂わせるハイヒールである。
早速、彼女はその靴へと履きかえるのだが、慣れないハイヒールでは歩くこともかなわないのか、いきなり「あ、折れた」とヒールをへし折ってしまった。
「……ねぇ、あれもこの人が作ったの?」
「みたいですよ」
「多芸すぎでしょ……」
あっという間に、ハイヒールじゃなくてローヒールになってしまったその靴を見て、顔を引きつらせている幽香を横目で見ながら、はたてはちょっぴり戦慄する。
「ありがと!」
ただ、それでもこいしが喜ぶ笑顔を見ると文句は言えないのか、引きつった顔のまま、何とか無理やり笑顔を浮かべて、一度、彼女の頭をなでる。
こいしは『もっともっと』と幽香にすりより、ひょいと抱きつく。
心なしか、幽香の胸の谷間を狙ったような気がするのは気のせいだ。
「え、ええ、どういたしまして……」
「ねぇ、お燐。接着剤ある?」
「いや、その……接着剤で直すものじゃないですよ……? それ……」
「え~?」
どうしよ? とこいし。
もちろん、壊れたハイヒールを直すには、ちゃんとした靴屋に持っていかなくてはいけないのだが。
こいしはそれを気にせず、『ま、いっか』で片付けてしまった。
「えっと、それじゃ……」
「お燐。お客様に立ち話は失礼でしょ」
「あ、さとり様……」
かけられた声に、燐が後ろを振り返る。ついでに、その視線をひょいと下に下げたりする辺りは『やっぱり』と言うべきか。
「こんばんは。サンタクロースさん。それから……トナカイさん?」
「あ、どうも」
「え、ええ……」
また唐突に現れた(小柄なため、気づかれなかったのかもしれない)さとりは、幽香から視線を天狗二人に移して、顔を引きつらせる。
彼女は、どうやら、ある程度、今回の件については想像はしていたようである。
もっとも、トナカイの着ぐるみ着た奴らもついてくるとは考えてはいなかったようだが。
「こちらにどうぞ。少し、休んでいってください」
燐に連れられ、幽香たちは歩き出す。その後ろをさとりと、「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 見て見て、これ!」とつっかえつっかえして歩くこいしがついていく。
やがて、燐に案内されたのは応接室だった。
ちなみに、そこには先客の姿もある。
「おや」
「こりゃまた珍しい三人組だね」
「あや、閻魔様に死神さまじゃないですか」
置かれたテーブルについている二人が、三人を見て、それぞれに声を上げる。
燐に勧められるまま、三人は席に着き、さとりとこいしが座ったところで(ちなみに、なぜかこいしは幽香の隣だった)それぞれにお茶が出された。
「今宵は、お疲れ様です」
「いえいえ、どうも」
「楽しいクリスマスの演出は大変でしょう?」
「そうでもないですよ。ね? はたてさん」
「へっ? あ、い、いや、その……まぁ、はい……」
「あ~、クリスマスか。いいねぇ。あたいも、昔はプレゼントをねだったもんだ」
「祭られるべき日を盛り上げようとする、その心意気。とても素晴らしい善行だと思います。
ところで小町。私のところには、特に手紙とかは届いていなかったようですが?」
「ああ、それは小町さんのせいじゃないんですよ。
いや、私も映姫さんのところにお伺いにあがろうかと思ったんですけどね。ちょうど、小町さんがお仕事でして。
さすがに死神の手助けなしに、三途の河は飛び越えられなくて」
「なるほど。私は忘れられていたわけではないんですね」
ぽつりと『よかった』と映姫はつぶやいた。
どうやら、彼女もクリスマスを楽しみにしている口らしい。あの性格で意外なことだが、閻魔もやはり、見た目に精神が引きずられていると言うことか。
その彼女へ、『よかったら今からでもいかがですか?』と、文があの手紙を差し出す。
映姫は、「ありがとうございます。お心遣いだけ受け取っておきますよ」と、やんわりとした笑顔で、それを拒否した。
「いかがですか? クリスマスは」
「そうですね。もうそろそろ、全部を回ることが出来そうです」
「それはよかった。
あとそれから、こいしへのプレゼント、ありがとうございました」
「いえいえ」
受け答えをするのはもっぱら文である。
幽香は、自分の『正体』をなるべく悟られないようにと無口に徹し、はたては、初めての相手ばかりに囲まれ、すっかり萎縮してしまっている。
ただ、相手は対峙した相手の心中を見透かすさとりと、人の隠された部分を暴く閻魔様だ。
はたてはともかくとして、幽香のことは、ある意味、無駄な抵抗であった。
「ところで、こいしさんは、なぜゆ……サンタさんにくっついているのですか?」
「だって、プレゼントくれたし! それに、柔らかいし!」
「……は?」
映姫の視線はさとりへ。
さとりは頭痛をこらえるような仕草を見せながら、『そういうことなんです』とお茶を濁した。
ちなみに、映姫の隣では小町が、『あたいも散々、触られたなぁ』とつぶやいている。
この間、こいしの手はわきわきと動き、視線はじっと、幽香の胸部に固定されていた。
「えー、こほん」
場の空気を払拭するために、映姫が一つ、咳払いをする。
「あなた達は、とても素晴らしいことをなさっています。今日の夜は有限ですし、まだまだ、これから回るところもあるのでしょうから、あまり長くお引止め出来ないのが残念です」
「そういえば、映姫さんはどうしてこちらに?」
「わたしがお誘いしたんです。日々のお仕事、お疲れ様です。たまには一緒にお鍋なんていかがでしょう、って」
そこで、ほぼ全員の視線が小町へ。
彼女は知らないふりをして口笛など吹きながら視線をそらした。
「まだまだたくさんの子供達が、あなた達を待っているでしょう。もう少しだけ、腰を落ち着けて体を休めたら、彼ら彼女らの枕元に行ってあげて下さいね」
と、そこで幽香が立ち上がった。
「えっと……あなたの分のプレゼントは用意できなかったんだけど、これでよかったらもらってちょうだい」
映姫の前に、どさっとお菓子の山を置く。それを見て、映姫が一瞬、目を丸くした。
「え? あ、いえ……え?」
その顔は明確に『どういう風の吹き回しですか?』と語っていた。
かつてのやり取りから、まさか、彼女がこういう態度に出てくるとは思っていなかったのだろう。まさに、閻魔ですら、意表をつかれる行動だった。
「見た目で判断するのは失礼だけど、『サンタクロースはよい子にプレゼントを配るもの』なんでしょ?」
そう言って、さとりの前にもお菓子をどっさりと。
さとりは澄ました表情で、『ありがとうございます』と幽香に頭を下げた。
映姫も、それに倣う……というか、ようやく気を取り直したのか、「あ、は、はい。ありがとうございます」とぎこちない礼を述べた。
「じゃ、このお茶を飲んだら出発しましょ。
いいわね? トナカイ」
「了解です」
「……何か不満だわ、その呼び方」
「……う~ん……。こっちはいまいち……」
「何か言った!?」
「こいしちゃんは何にも言ってないよ」
そんなこんなで、閻魔も手玉に取った幽香サンタは、何となく満足したように。そして、何となくつまらなさそうに、手元のお茶を一口したのだった。
時は連れて夜も更けて、サンタは行く行く幻想郷。
次なる目的地の命蓮寺に辿り着いたのは、深夜の2時を回ろうかというところだった。
「それじゃ、行きましょう」
やはり、ここでも先頭に立つのは文だ。
寺の門前へとやってきた彼女は、「すいませーん!」と大きな声を出しながら、境内へと入っていく。
それに幽香とはたてが続き、三人がそろって、母屋の引き戸の前に立ったところで、音もなくそれが開いた。
「……何だ、君たちだったのか」
出迎えに出てきたのはねずみだった。
彼女は三人をざっと見た後、「やっぱりそんなことだろうと思ったよ。本物のサンタクロースなんてやっぱりいないんだね」と、実に小生意気なことを言ってくれた。
主に幽香とはたての額に青筋が浮いたところで、そのねずみ――ナズーリンの肩が叩かれる。
「ん?
……ああ、何だ、ご主人。珍妙な客が来た……か……ら……」
振り返ったナズーリンの声が、徐々に小さく、そして引きつっていく。
そこに立った遣い――寅丸星の強烈な笑顔に、彼女は完全に萎縮していた。
星は言う。
「ナズーリン」
「……は、はい」
「そういうことは、ずぇったい、聖の前で言わないように」
「……わ、わかりました……」
「いいですね? 一言でも、聖の夢を壊すようなことを言ったら……」
みきみきめしっ! という何だか壮絶な音がした。
見れば、彼女が持っていた箒(何で持っていたかは不明)の柄が握りつぶされ、ひしゃげている。
「ようこそいらっしゃいませ、サンタクロースご一行様。本日は寒い中、当命蓮寺まで足を運んでいただき、恐悦至極に存じます」
『……は、はい』
三人とも、一様に声と顔が引きつっていた。
まさか、幻想郷に生きるもの全ての間で共通認識であった『寅丸星=へたれ』のイメージをぶち壊すようなシリアスを、彼女が見せるとは思っていなかったのだ。
なお、ナズーリンはその瞬間、『やばい……! 今のご主人はやばい!』と戦慄していた。と言うか、現段階でも、尻尾がぷるぷる震えている。
「立ち話もなんですので。どうぞ、中へおあがりください……と、やはり煙突から入ったほうがよろしいでしょうか?」
「い、いいえ! 大丈夫です! はい!」
あの幽香がびびっていた。
実は意外とかわいい性格で、普段の傲岸不遜な態度は演技の強がりだったとしても、やっぱり彼女は誰からも恐れられる『妖怪』であるにも拘わらずだ。
そうですか、と星は笑顔のまま、一同を案内して歩いていく。
「……ね、ねぇ。あれ、ほんとにあんたのご主人様……?」
「い、いや……そういう言い方は一部語弊を招くので取り消しを求めたいところだが……間違いない、あれは星だ。寅丸星だ」
「……そ、そうなの……」
ある意味、怖いもの知らずの文とはたても顔にいやな汗をだらだら流していた。
それほど、あの瞬間、星が一同に与えたインパクトは強烈だったのである。
「申し訳ありません。今日は、命蓮寺から二名ほど、外に出ておりまして。そのもの達をご紹介は出来ないのですが……」
「だ、大丈夫です!」
「そうですか。
ああ、それでは、こちらです」
どうぞ、とふすまが引き開けられる。
その向こうの光景を見て――思わず、一同は沈黙した。ナズーリンもだ。ついでに。
「あ、ほ、ほら、姐さん! サンタクロースよ、サンタクロース!」
「むにゅ……ごめんなさい、一輪……。私、10時以降は起きていられないの……」
「一晩中、頑張って起きてるんじゃなかったの!? っていうか、さっきまで、私が一生懸命に煎れまくったコーヒーの意味はっ!?」
……多分、この場……というか、この寺の中で、一番の『年上』である聖白蓮が、畳の上で座布団抱きしめて、ころんと丸まっている光景など、恐らく、この先一生、誰もが見ることは出来ないだろう。
部屋の中は、クリスマスのパーティーをしていたのか、寺なのにクリスマスツリーは飾ってあるわ、あちこちに電飾やらモールが飾ってあるわと言う状態だ(ちなみに電気は永江印の河童謹製発電機を使用)。
それでさぞかしはしゃいだのか、もはや揺すっても叩いても起きない白蓮に『どうしよう』と言う顔を浮かべている一輪の顔が、何とも切なかった。
ちなみにその後ろではとある入道が『若い者は早寝早起きが一番じゃ』と親父くさいコメントをしていた(もちろん、誰にも聞こえなかった)。
「えーっと……」
「……その……聖は、とても今日を楽しみにしていまして……。
来て頂いたサンタクロースをきちんとねぎらうようにとのお達しも受けていたのですが……」
「……その、楽しみにしていた当人が熟睡していたら詮無い話だな……」
これはある意味では、正しいサンタクロースの出迎え方なのかもしれないが。
しかし、やっぱり何ともいえない光景ではあった。
「やはり、羽目を外しすぎたのが問題じゃないかと……」
「……そうですね。やはり、聖を厨房に立たせて、料理を一緒に作ったのは間違いだったかもしれませんね……」
なお、この聖白蓮、料理の腕前は相当なものである。
ただし、問題は、その料理を作るのに異様な時間がかかるということだ。
手間と時間を全く惜しまず、妥協せずに料理を作るため、味噌汁一杯作るのにも最低3時間、悪ければどこぞへと材料を買いに出かけてしまうため、数日かかることもざらだった。
そして、それだけの労力を費やすものだから、料理を作った後の彼女の消耗は半端ではなかった。
それこそ、ご飯を食べて、お風呂に入ったらばたんきゅーだ。
「一輪が止めないからじゃないか?」
「何を言ってるのよ! それ言ったら、囃し立てたぬえと村紗はどうなるのよ!
あっ! あいつら、今日、出かけたのはこの状況をほったらかして逃げるためね!?」
「いやいや、あの二人は麓の村での『クリスマス撲滅会議』を叩き潰すために出陣したのですよ。主に聖の命令で」
ちょうどその時、どこか遠くから爆音が響いてきた。
誰もそれにツッコミを入れないまま、『さて、どうしよう』と言う空気が漂う。
「とりあえず……頼まれたプレゼントを持ってきたのだけど……」
「……仕方ありませんね。
私が代わりに受け取ります」
「ちなみに、聖は何を頼んだんだ?」
「あなた達、全員分のお茶碗とお箸のセットよ」
え? それもこの人が作ったの? みたいですよ、何でも窯元に知り合いがいるそうです。
そんな会話が後ろで交わされる中、開かれた包みの中からは、見事な茶碗と、美しい漆塗りの箸が出てきた。
しかもそれぞれに使用者の名前が彫られ、施された細工も違うと言う手の凝りようだ。
幽香が言うには、「手紙の中にデザインが入っていたの」ということらしい。恐らく、白蓮がデザインなどについては指定していたのだろう。
「……全く、この人は」
「相変わらずですね」
毒気の抜かれた表情を浮かべるナズーリン。やれやれと肩をすくめながら、先ほどまでの何か怖い笑顔を消し去った星。
ちなみに、一輪は『姐さん、ありがとうっ! ありがとうぅぅぅぅっ!』と号泣し、雲山が『わしゃあ、感激した! ここまで皆を思う聖白蓮殿の心意気に感激したっ!』と親父泣きしていた。
「あと、これ。みんなで食べてちょうだい」
「これは……お菓子ですか?」
「そう。和風の寺にはあわないだろうけど」
「いいえ。ありがとうございます。
それでは、これは聖が用意した靴下の中に入れておきます」
「うん。ありがとう」
「……なるほど」
「何?」
星は、白蓮が大事そうに抱えている靴下を引っ張って、彼女から取り上げつつ、言う。
「いえ。あなたみたいな、ちょっと変わった妖怪がいるから、聖も聖らしいことを考えるんだな、と」
「ほっときなさいよ」
「素晴らしいサンタクロースの贈り物でした。
よければ、また来年もいらしてください」
「残念ね。今年限りの気まぐれよ」
ふん、と幽香はそっぽを向いて、そのまま出口へと歩いていってしまった。
苦笑する星に、文が言った。「嬉しいから照れくさいんですよ」と。
「さあ、はたてさん。まだプレゼントは配り終わってませんよ。トナカイの本領発揮で頑張りましょう!」
「……はいはい。
あ、それじゃ、メリークリスマスってことで」
「ええ。また来年」
「今度は、聖がきちんと起きている時間に来てくれると嬉しいな」
「考えておきます」
それでは、とトナカイ二人が幽香の後を追いかける。
変わったサンタクロースだったな。
それを見送る二人の視線は、どこか、暖かなものだった。
その後もプレゼントを抱えて幻想郷の空を飛び回り、トナカイ改め、協力してくれた天狗二人にもきちんとプレゼントを渡した幽香サンタが家に戻ってきたのは、そろそろ日が昇ろうかという時刻だった。
さすがに体力自慢の妖怪でも、その日の強行軍は堪えたのか、『今日はお店、休みでいいか……』と思いながら厨房へと歩いていく。
そして、体を温めるためのホットミルクを用意して、いざ寝室へ、といったところで、
「え?」
唐突に、ドアが開いた。
もちろん、鍵はかけてある。この幽香、結構、防犯意識は高いのだ。
にも拘わらず、そのドアが開くと言うことは――、
「あ、ようやく帰ってきた」
「アリス!?」
このお店の協力者であり、幽香の一番最初の『友人』以外にはありえなかった。
「ほんとにもう。何でこういうことやるなら、私に教えてくれないのよ」
室内に入ってきたアリスは、着ていたコートを脱いで、『もう』という顔を幽香に向ける。
それを受けて、慌てて幽香は視線を逸らしながら、
「え? あ、あの、な、何のことかしら?
私はただ、お店のラインナップをそろえるために、材料の仕入れに……」
「それじゃ、今日も絶賛、幽香ちゃんのお店は開店しないとね?」
どうやら、表のドアにかけてあった『本日は閉店しました』のプレートを、しっかりと見てきたらしい。
意地悪な笑みを浮かべて、アリスは幽香の顔を覗きこむ。
「い、いいじゃない! そうね! わかったわ!」
そんな具合に、うまくアリスに乗せられてしまう幽香である。
しかし、アリスは小さく笑うと、「嘘よ、嘘。冗談」と幽香の肩を叩いた。
「頑張ったじゃない」
「だ、だから何の話よ」
「はいはい。それじゃ、そういうことにしといてあげるわ」
あくまでしらばっくれる幽香の態度に、アリスは『やれやれ』と笑った。
彼女は手にしていたコートを、手近なコートかけにかけると、そのまま、幽香に背を向けたまま口を開く。
「それじゃ、ここからは独り言ね」
「な、何よ、もう。私は忙しいんだから、手伝ってくれるならそれで……」
「幽香、ありがと。確か、あなたと一緒に話したわよね。『今年のクリスマス、何しよっか』って。
あなたは確か、『今年はアリスの手伝いはいらない。私一人で頑張る』って言ったわよね。何が出来るかな、って思って見てたけど、まさかこんなサプライズをしてくれるなんて思わなかったわ。
私、結構……ううん、相当、心配してたのよ。幽香が何をしてくれるのか、何が出来るかな、って。
あなたの方が、きっと年上なのに、私の方が年上ぶってごめんね」
ミルクを一口。
カップを包み込む手と、口元から、じんわりと暖かさが体に広がっていく。
「今日の日のために衣装も用意して、手伝いの相手まで用意して。わざわざ一生懸命、事前に仕込みも入れて。
きっと、みんな、あなたのプレゼントを喜んでると思うわ。
あ、もちろん、私もね。あなたからもらった毛糸の帽子、大切にするから」
手に持っていたそれを、ぽんぽん、とアリスは叩いた。
「幽香が一人で頑張ってるところって、やっぱり、何か見ていられなくてさ。結局、助け舟を出しちゃうんだけど、これからは必要ないかもしれないわね。
今日は本当に、幽香、すごかった。見直したわ」
アリスはそこで、幽香に向かって歩いていく。
彼女は上着のポケットから、すっとそれを取り出す。
「ここからは独り言じゃないわよ。
メリークリスマス、幽香。本当は違うものを贈るつもりだったから、こっちは急ごしらえで悪いんだけど、受け取って」
渡されたのは、幽香の姿を模したぬいぐるみだった。
それを受け取った彼女は、小さくつぶやく。
「……私、こんな顔したことない」
「そう? 結構、見てるような気がするな」
「私、こんなにかわいくない」
「そうでもないと思うけど?」
小さく、かわいい笑顔で笑っている、デフォルメされたぬいぐるみ。
その顔のところに、ぽたりと雫が落ちる。
「……どうしたの?」
「……何でもない」
「ん?」
「嬉しいだけよ! 何でもないの!」
初めて誰かからかけてもらった『メリークリスマス』に、我慢していたものが我慢できなくなってしまった。
とても優しいクリスマス。
心の中に溶けていって、そして、あったかくほぐれていくクリスマス。
一人じゃないクリスマス。
――いつもの強がりを吐き出すものの、あふれるものは抑えきれず、頬を伝っていく。
そんな彼女の顔を、アリスのハンカチが優しくなでた。
「今日はきっと、いつも以上にお客さんが来るから。
幽香は休んでて。私が、ちゃんと切り盛りしてあげる」
「……いい。私がやる」
「何で?」
「だって……だって……」
次の言葉は出てこなかった。
嗚咽をこらえながら、彼女は、涙ににじんだ視界で目の前を見た。
そこに見える相手の顔。それが、心配そうに、だけど、とても嬉しそうな表情を見せていた。
彼女は服の袖で目許をぬぐうと、にこっと笑う。
それは、彼女が腕に抱いているぬいぐるみよりも、もっとかわいい笑顔だった。
「だけど、一時間……二時間くらい寝かせて。いい?」
「ちゃんと用意が出来るなら」
「任せなさい! 私を誰だと思ってるのよ!」
「はいはい」
「もし、起きられなかったら起こしてね」
「やっぱりそうなるのね」
「それくらいいいじゃない。友達なんだし」
「友達を都合よく使わないでね」
彼女は踊るような足取りで、階段を上っていった。
その後ろ姿を眺めていたアリスは、思わず、その顔に笑顔を浮かべてしまう。
「普段は強がりな、とってもかわいい女の子、か。
私、やっぱりあなたの友達になってよかったわ」
隣にふよふよ浮かぶ人形が『マスターは寝なくて大丈夫?』と尋ねてくる。
アリスは「徹夜は慣れてるもの」と笑うと、さて、と踵を返す。
「幽香が起きてくるまでに、お店の用意、しとかないと」
お疲れ様、幽香。
それから、メリークリスマス。今日のあなた、すっごく素敵な『サンタクロース』だったわよ。
――こんなクリスマスもいいかもしれない。また来年もやろうかな。
そんなことを、彼女は思うのだ。
そして、そんな彼女を、カウンターの上で見守るぬいぐるみが、その日から『かざみ』に増えたのだった。
『クリスマス特別セール開催のお知らせ
来る12月24日、25日の両日において、「かざみ」にてクリスマスセールを行います。
当日は、クリスマス限定ケーキの販売の他、来店して頂いた皆様に店主からの、心からの贈り物をおまけとしておつけします。
また、このチラシをご持参頂きますと、お会計を2割引いたします。
是非、クリスマスには「かざみ」にいらしてくださいね。
執筆:風見幽香(店主)
なお、当日は混雑が予想されます。
お風邪を召したりなさいませんように、暖かい格好でご来店ください』
というわけでちょっとかざみまで行ってくる
良ければ一緒にどうですか?
面白かったです!
とにもかくにも、かざみでケーキを食い、その上で店長に結婚の申し込みw(
早く行かな。
ゆうかりんかわいいよゆうかりん。
>>「博麗秘奥義! 聖母殺人伝説(ジェノサイドエクストリーム)!」
>>「霧雨秘奥義っ! サニー・サイドアップ(目玉焼き)!」
ガンガン吹いたw
しかしまさか想創話で某サウンドノベルの杵築くんの台詞の改変が見れるとはw