「星、私は今日限定でサンタになります。南無サンタです、ふふっ、どうでしょうか」
「ふぇ?」
星は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
無理も無い、突然サンタのコスプレをした聖が、南無サンタですとか言ってきたら誰だって驚く。
聖なりのジョークというか、洒落のつもりかもしれないが、星にとってはそんなことはどうでもよかった。
普段黒っぽい服を着ているが、それと同じ色のままのサンタ服はとても違和感があるし、付け髭までつけているしで突っ込み所は多かった。
肩から背負っている白く大きな袋には、きっとたくさんのプレゼントが詰まっているのだろう。
「聖? 突然どうしたんですか。それに何故南無サンタの服は黒っぽいのでしょう」
「宗教の柵を越えて私はサンタとなり、子供たちに夢を届けるのです。あと色に関しては、サンタの服は昔は何色でも良かったそうですよ」
「あ、そうなんですか」
某飲料メーカーのテレビコマーシャルにより、赤が普通と思われてきたが、昔は何色でも良かったらしい。
そんな豆知識なども星にとってはどうでもよかった。
その暖かそうなサンタの服に身を包んだ聖はとても可愛らしい。
なんといっても、その母性溢れる胸が強調されているようでならなかった。
目線を離そうとしても、自然にそちらに目線が行ってしまう辺り、強力な磁石がしこんであるに違いないと星は推理した。
そもそも、なぜ聖がサンタのコスプレをしているかといえばもちろん、今日は楽しい楽しいクリスマスだからである。
子供達が夢を見て、恋人達は二人きりで過ごし、一部の人々は妬み苦しむ日である。
しかし、幻想郷にキリストの誕生を祝う人物などはいない。
ただ単にイベントが好きな妖怪、主に天狗によって広められてクリスマスが存在するのだ。
故に幻想郷の皆が、クリスマスには子供達にはプレゼントを渡し、夜は美味しいご馳走を食べる日として楽しんでいた。
幻想郷の賢者はこれには何も言わず、純粋に天狗を誉めたらしい。
楽しいことは多いほうが良いと言う言葉があったとかないとか。
「具体的に南無サンタはどういったことをしてくれるんでしょう」
「クリスマスにお肉を食べている人達から全力でお肉を取り上げる事です」
「えっ?」
「えっ?」
「冗談ですよね?」
「当たり前じゃないですか、ふふっ、本気だと思ったのですか?」
聖は嘘をついたり冗談を言ったりするのが変というか、センスがおかしい。
文が新聞を持ってきた際に、突然水を汲んだバケツを持ち出し、それに浸して掃除を始めるのだ。
文々。新聞って掃除を使う時に便利ですよね、と笑顔で言うのに対し、文は涙目になりながら帰っていった。
そのときに星が急いで謝りに行って、また新聞をもってきてくださいねと優しく微笑んだのは記憶に新しい。
「あぁ幻想の世界に雪が満ちる……」
一人呟いて、空を見つめていた。
ふわふわの雪が、ゆっくりと舞い降りてくる様は美しい。
ホワイトクリスマスと言うにふさわしい日であった。
「雪だけではありません、この日を待ちわびた子供達の夢も詰まっているのですよ」
「そうですね。子供達はこの日を待ち望んでいましたし」
「というわけで、星にもプレゼントです」
「ほんとですか?」
思わず隠していた尻尾をひょこっと出してしまった。
それをまた隠そうともせず、上下左右に振りまわす。
聖は慎重に袋を下ろし、がさごそと中を漁ると、あったと小さく声を上げ、プレゼントを手渡す。
綺麗に包装されたプレゼントを受け取り、星は鼻息を荒げた。
「あ、開けてもいいですか、聖」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます!」
急ぐようにして包装を剥がすと、中から真っ白の箱が姿を現した。
可愛らしい丸文字で星へと書かれていて、なんだか涙が出そうになる。
そんな気持ちをぐっと堪えて、丁寧に蓋を開けると、そこにあったのは何やら見た事の無い機械と小さな小道具が入っていた。
たくさんボタンがついていて、『あ』から『ん』までの全ひらがなが記されていた。
「こ、これは一体どういったものなのですか?」
「それはですね、付属のシールがあるのですが、そのシールに好きな文字を打つ事ができるんですよ。詳しくは説明書を見れば分かると思います」
「……なぜこれを私に?」
「なぜって、星はよく物を無くすでしょ? だからシールを付けておけば無くしても届けてくれると思ったのよ」
「はぁ、ありがとうございます」
想像していたプレゼントと違って少々がっかりした様子の星。
綺麗なペンダントとか、この時期は冷えるから聖手製のマフラーとかそんなものかと思っていただけに、ちょっぴりショックだったらしい。
「大事に使わせていただきます」
「えぇ、大切に使ってね。それじゃあ命蓮寺の他の皆にもあげて、それから外にも行ってくるわ」
「えっ? その格好で外にも出るんですか?」
「えっ、だめかしら?」
何の冗談を言っているんだと言わんばかりの星と、自身の中では当然だと思っていた事を問われて驚く聖。
そんな格好で人里にでも行ったら、あまりの可愛さに何か変な事をされるかもしれない。
あんなことやこんなことをされるなんて星には堪えられなかった。
一方で聖は、幻想郷の子供達の為に善事を尽くしてもいいではないかと、南無サンタとして当然の事を思っていた。
「聖の事ですし、きっと大丈夫だとは思いますが……。気を付けてくださいね?」
「え? まぁ、心配ありがとう、星。それじゃあ他の皆にも渡してくるわね」
そう言い残すと、星に背中を向けて歩き出した。
星は去っていく聖を見つめると、背後で大きな白い袋が上下していた。
空に昇るお天道様に手を合わせ、ぎゅっと目を閉じる
「聖が変な男に襲われませんように」
いらぬ心配ばかりをする星であった。
★
命蓮寺の皆も、聖のサンタコスには驚いたようではあったが、プレゼントを貰うことによってそんなことはどうでもよくなったみたいである。
改めて、大人だろうと子供だろうと、そして妖怪だろうとプレゼントを貰うことは嬉しいんだと思った。
妖怪には誕生日などが明確でない分、何かを貰うというのは特別な気がする、と以前星が言っていたのを聖は思い出した。
「誰かにものをあげると言うのは気持ちが良いものですね」
得意げに鼻歌を奏でながら、聖は人里へと向かう。
人里と命蓮寺とは非常に近い場所に位置しており、歩いて数分で着く。
買い物に行く際も便利で、良い場所に寺を建てられたものだと一人感心する聖であった。
やがて向こう側のほうにたくさんの家が連なる人里が見えた。
どこの屋根にも雪が積もり、雪降ろしをしているところも見られる。
そんな中、子供達は下で雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりと冬にしか楽しめない遊びを満喫していた。
子供達は遊ぶ事が仕事だと割り振っている幻想郷の大人達は、雪かきや雪降ろしを手伝えとは言わなかった。
聖は、無邪気に遊ぶ子供達を見て思わず頬が緩む。
あの子供達にプレゼントを渡したら、一体どんな表情をするのだろうかと思うと、にやにやが止まらなかった。
「あ、サンタさんだ!!」
「え? あ、ほんとだ! でも黒っぽいぞ!」
子供達が聖に気が付いたらしい。
ぎゅっと固めていた雪玉を放り投げ、雪だるまの胴体部分を放置し、一目散に聖目掛けて走ってきた。
しかし、その中の一部の子供が、まて、服が黒い、偽物だ! と叫んで雪玉を投げつけたのだ。
子供だから大したコントロールも無く、大体が外れるものの、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで、数発が直撃する。
ボスンという鈍い音と共に雪玉は砕け散り、黒い服に一部雪が残った。
「あ、やべ……」
「いいんですよ、ほらこっちにいらっしゃいな」
弾が当たりながらも直立不動で、顔だけはいつまで経っても笑顔のまま。
まるで常に笑っているピエロのような、そんな表情にも見える。
何か言うことがあるでしょうと無言のプレッシャーを放つ聖は、仮面を被った鬼のようだった。
「ご、ごめんなさい」
「謝る事は大切な事ですね。よくできました。さぁ皆さん、こっちにいらっしゃいな」
先ほどまでの空気は何処へやら、子供たちは笑顔で聖に駆け寄る。
あっという間に子供達に囲まれた聖は、子供達の目線に合わせるためにしゃがみこんだ。
子供達はサンタの登場に興奮したのか、聖の至るところを触り始めた。
サンタの服に、大きな白い袋、真っ白なひげに、帽子、そして胸。
子供達は純粋である、聖の胸に母性を感じたのだろう、仕方ない。
聖もそれには何も言わず、にっこりと笑顔で返した。
「それじゃあ皆にプレゼントをあげましょう」
「ほんと? やったー!」
聖の一言に、子供達の喜びが爆発する。
予想通りの反応に、聖も喜んだ。
事前にたくさんのお菓子を購入し、それを箱に詰めておいた聖に隙はなかった。
里の子供達の分だけプレゼントを用意してあるので、渡せない場合は寺子屋の先生に任せる予定である。
しかし、里の子供達は仲が良いのか、全員揃っているらしく、余り無くプレゼントを渡す事ができた。
「ありがとう、サンタさん!」
「ありがとぉ!」
「いえいえ、南無サンタは子供達にプレゼントと夢を運ぶのが仕事ですから」
「え?なむ……?」
「気にしないで下さい」
子供にはまだ難しかった様子である。
聖なりのジョークは空振りに終わるも、企画は大成功だったので何も問題はなかった。
「そのプレゼントの中に一つだけ当たりがあるんですよ?」
「ほんと!? 何が入ってるの?」
「私の教えを説いた本です」
「えーいらな――」
その時、子供達に電流走る。
まるで金縛りにあったかのように体は動かず、喋る事すらもままならない。
時が止まったような世界の中で、聖だけはにっこりと笑う。
「欲しいですよね?」
「欲しいです。すっごい欲しいです」
「よろしい」
強制的に欲しいと言わせた聖は、満足そうに一息つく。
一仕事したせいか、少しばかり汗まで垂れている。
手の甲でぐいっと拭うと、清々しい冬の空気が肺を満たした。
「あ、あれ聖じゃない?」
「え? んー、あぁ、ほんとだ」
向こう側から聞き覚えのある声が聞こえた。
ふと人里のほうを見ると、暖かそうな防寒具に身を包んだ霊夢と魔理沙がいた。
霊夢は脇を出しておらず、ちょっと大きめのコートを羽織り、魔理沙も真っ黒なコートに身を包んでいた。
「霊夢に魔理沙じゃありませんか。こんなところでどうしたんです?」
「それはこっちの台詞だぜ。なんっつー格好してんだ」
「南無サンタですよ。南無サンタは子供達にプレゼントと夢を運んでいたのですよ」
「え、南無サンタ?」
「忘れてください」
「色が黒いのが南無サンタなのか? 面白いサンタもいるもんだぜ」
「色は昔は何色でもよかったのです。そして南無サンタに関しては忘れてください」
「わかったわ、南無サンタ」
「……」
星が南無サンタ自体について突っ込まなかったのは優しさだったのかもしれないと聖は思った。
じゃなければこれほど他の人に突っかかれることなんてないはずである。
星の優しさを身に染みて感じるクリスマスであった。
「で、改めて聞きますが霊夢と魔理沙は何をしているんですか?」
「ん、今からクリスマスパーティの準備があるの。まぁでも、大体紫が外の世界でおーとぶるとか言うのを買ってきたり、ケーキとかお酒も買ってきたりしてるみたいだから、あまり買うものも無ければ準備する事もないんだけどね」
「霊夢は神社に住むものですが、クリスマスを楽しむのですね! 私と同じく、宗教の柵を越えてイベントを楽しむ思想なのですね! あぁ、固定概念に囚われない事はなんとすばらしい事でしょうか」
「え、別にそういうわけじゃ――」
「素晴らしい、素晴らしいですよ霊夢!」
霊夢の肩をがっしり掴み、満面の笑みで頷く聖。
霊夢の言葉など聞く耳持たずで、あぁ、幻想郷は素晴らしいところです、と呟いている。
ツイッターをやらせたら規制が入るくらいだ。
「そうだ、聖も覗いてくか? 聖のとこも多分クリスマスでご馳走はあるだろうし、一緒に食べるってことはないだろうけどさ」
「いいんですか?」
「もちろんだぜ」
突然の誘いに驚くも、元々霊夢や魔理沙達に会いに行く予定であった聖としては都合が良い。
パーティにお邪魔すると共に、お目当ての人物にプレゼントを渡す事ができる。
一石二鳥のこの手を逃す手はなかった。
「それじゃあお言葉に甘えて」
「決まりだな。それじゃ買うものは買ったし神社に帰ろうぜ」
「まるで自分の家に帰るような物言いね……」
小さく愚痴をこぼすも、魔理沙は無視し、三人は博麗神社へと向かった。
◆
神社の中ではもう既にドンちゃん騒ぎが始まっているらしい。
雪が降っているにも関わらず窓を開け放ち、外にまで騒ぎ声が聞こえている。
神社の辺りに建物がないからいいものの、人里でこんなことやってたら間違い無く苦情が来るレベルであった。
「あちゃぁ、やっぱりあいつらに待ってろってのが無理な注文だったわね」
「仕方ないさ。よし、じゃあ私達も早速合流するとするか。行こうぜ、聖」
「え、あぁ、はい」
少しばかり場の雰囲気に圧倒されながらも、魔理沙の言葉に従う事にした。
宴会場には八雲家の三人と萃香、レミリアと咲夜に、幽々子と妖夢、そして早苗とがいる。
もう既に顔を赤らめている者も見られ、相当飲んでいる様子であった。
「あら、サンタさんこんにちは。メリークリスマスですわ」
「えぇ、めりーくりすます」
「可愛らしい服装だねぇ、何処で調達してきたんだい?」
「手製ですよ。私は裁縫が上手ですからね!」
「へぇ……」
漫画なら背後にドヤァと付いているくらいのドヤ顔を浮かべる聖。
聖の服装を見ると、普通のお店で売っていてもおかしくないレベルではある。
ドヤ顔をする気持ちが分からなくもない。
最初はどうも、南無サンタです、と返そうとしたが、反応が目に見えるのでやめることにした。
こんなに人がいて賑やかな空気なのに、それをぶち壊してしまってはもう人前に出れない気がしたからである。
「聖さんって仏教じゃありませんでしたっけ? キリストの誕生祭なのにそんなことしてていいんですか?」
「おぉ、よくぞ聞いてくれました。今日くらい、その宗教の柵を超えて共にクリスマスを楽しみたいと思ってこのような衣装を着ているのです
「なるほど。そう言う考えもありですね。それにしても黒のサンタも意外といけますね」
「でしょう? 昔はサンタは色に拘らなかったらしいので、私も色に拘らずにこういった形でサンタになって見ました」
「南無サンタじゃないの?」
「え?」
途中まではいい感じで言ってたのに、霊夢が質問したせいで空気が一瞬固まる。
南無サンタとは何ぞや、と。
「南無サンタ? なにかしら?」
「何かさっき聖が私たちの前で南無サンタですって――」
「わぁああああああ!! それ以上言わなくていいです霊夢! 恥ずかしいですから!!」
「でも言った時は、どうですか! みたいな顔してたじゃない」
「そんなことまで言わなくていいんです!」
聖はハッとして辺りを見回すと、くすくすと笑っているのが目に見える。
あまりにも恥ずかしかったのか、全身から汗が流れ出てきた。
いそいそと汗をぬぐう聖を見て、レミリアは笑う。
「あっはっは、服はサンタに似てない黒色だけど、その分顔が真っ赤ね!」
「っ!?」
少し用事と挨拶がてらに寄ったつもりなのに、こんな恥ずかしい思いをするなんて考えもしなかった。
聖は強く息を吹き、冷静さを取り戻すことに努めた。
とにかく、早く用事を済ませないと色んな意味でやられてしまう気がするのだ。
「と、とにかく、私はちょっとした用事があるのです。霊夢、魔理沙、早苗、来てください」
聖に呼ばれた三人は、首をかしげながらも聖の言葉に従った。
聖は、自身の復活に無意識ながらも手伝ってくれた三人への恩返しがしたかったのだ。
最初の頃とはずいぶんと軽くなった袋の中から、プレゼントを三つ取り出す。
霊夢には赤い包装、魔理沙には黒の包装、早苗には緑の包装がしてあった。
リボンの色もそれに同じで、綺麗でとても可愛らしい。
「私からのプレゼントです。受け取ってください」
「あら、いいの? ありがと」
「ん、ありがたく貰うぜ」
「あ、ありがとうございますー」
南無サンタとしてとは言わず、私からの、聖自身のプレゼントであった。
一礼をし、それぞれがプレゼントを受け取ると、その場で包装を剥がし始めた。
包装を剥がす時は性格が現れるようで、霊夢と早苗は丁寧に剥がすのに対し、魔理沙はお構い無しにびりびりと破っている。
なんだかそれがおかしくて聖はクスッと笑った。
「でも何か変なものが入ってるんじゃないのか? さっきも人里で何か子供相手にやってただろうし」
「変なものってなんですか!? 虫とか入ってたら嫌なんですけど……」
「一体私をなんだと思っているのですか」
「南無サンタ」
「……」
安易に聞くものじゃないと思った瞬間である。
やがて包装をいち早く剥がした魔理沙が、一番乗りでその箱を開けた。
「お?」
ゆっくりと箱の中身を取り出すと、白と黒の長いマフラーが出てきた。
続いて霊夢と早苗が箱を開ける。
霊夢には優しいクリーム色をしたカーディガン、早苗には灰色のニット帽が入っていた。
そして、聖直筆の本。
「どれも私の手作りなんです」
「わぁ、ほんと裁縫上手なんですね! 今度教えて貰いたいです!」
「まぁ、本は上手か分からないけどな」
「何上手い事言ってんのよ……」
早苗は心底感動したらしく、ニット帽をまじまじと見つめていた。
他の二人も裁縫の腕前には驚いた様子で、毛糸でできたそれらを触っては目を丸めていた。
聖の本はいずれも箱の中に放置してあるのには、何も言わなかった。
「あらぁ、いいわねぇ。私達にはないの?」
「本ならありますよ」
「ないのね。残念だわ」
私も防寒具ほしいわぁと幽々子が呟く。
それにしても、復活を手伝ったと言っても無意識であったにも関わらずプレゼントをするなんて本当に善人である。
幻想郷中を探してもなかなかこれほどの者はいないだろう。
サンタのコスプレをするなんて、まだまだ若いねぇと萃香は笑い、思い出したように問いかけた。
「そうだ、聖は一緒に呑まないのかい?」
「私は命蓮寺のほうでちょっとしたパーティがあるので、遠慮させていただきます」
「あらそう、残念ねぇ……」
向こう側で紫がいかにも作った表情とジェスチャーで残念さをあらわにした。
感情が籠っていないその表情が歪んだかと思うと、紫はオートブルの中から骨付きのフライドチキンを取り出した。
一体何をするのかと思えば、隙間を使って聖まで詰め寄り、目の前で小さく振ってみせた。
「……なんでしょうか」
「少しくらい食べてったっていいでしょう。ほら、お肉なんていかが?」
「私は尼ですから、肉は食べないのです」
「あら、そうなのぉ? 美味しいのにぃ」
嫌みったらしく紫は言うと、わざとらしく聖の目の前で齧り付いた。
まだ暖かいフライドチキンは、齧りつくと共に肉汁が内側から滴り落ちてくる。
「ちょっと、畳の上に肉汁こぼさないでよ」
「ごめんなさいね霊夢。いやぁ、外はサクサク、中はジューシーで美味しいわぁ」
「な、何故そのような事をするのです、そんなに私を苛めて楽しいのですか!」
多少お腹が空いており、未だ食した事のない肉を美味しそうに目の前で食べている風景を、黙ってみているなんてできる筈がなかった。
美味しそうな臭いを漂わせ、皆で楽しそうにやっていれば自然とお腹の虫も鳴き出すものである。
涙目になりながらも聖は反抗した。
「さっき宗教の柵を越えてとか言ってたじゃない。なら、今日くらいはお肉を食べる日でもいいんじゃないかしら」
「そ、そんな言葉に釣られるほど私は弱くないですよ!」
「あら、そう。でも命蓮寺でもきっとお肉は出るはずよ? 尼なのは貴女と一輪だけであって、星とナズーリン、ぬえにムラサはお肉を食べるんでしょう? 堪えられるのかしら?」
「た、堪えられますよ! 私はずっと封印されていた時から様々なものを我慢してきたのです。これくらい、何ともありません」
断固として肉を食べない意を示す聖。
それを面白そうに弄る紫は、聖にとって邪心そのものであった。
「わ、私は用事が終わったんで帰ります! それではメリークリスマスっ!」
「は~い、メリークリスマス、南無サンタ」
満面の笑みで手を振る紫の頬を、思いっきり殴る事ができたらどれだけ楽になるだろうと聖は思った。
しかし、今はそんな事よりもいち早くここから逃げ出す事が先決であった。
いつまでもここにいたら洗脳されてしまう、そう聖は思ったのだ。
家に帰ればそんな気持ちや心も落ち着く筈だ、そう思い家路を急いだ。
●
あぁ、命蓮寺に肉の臭いが満ちる。
人里で調達したのだろう、鶏肉を熱々の油で揚げているところであった。
また、他にもから揚げやウインナーも皿に盛られているのが視界に映る。
聖は若干虚ろな目になりながらも、それをしっかりと見つめていた。
「あ、おかえりなさい聖。もうしばらくしたらご飯にしましょ――」
「た、滝に打たれてきます、星! ご飯になったら呼んでくださいっ!!」
誘惑に堪えきれそうになかった聖は、雪降る中、滝を目指して山へと飛んで行ってしまった。
突然凄まじいスピードで飛んで行くものだから、星はとにかく追いかける事をまず考える。
しかしその前に、料理を他の者に頼まなければならない。
星は信頼する部下の名前を叫んだ。
「え、ちょ、聖!? ナ、ナズーリン! ナズーリン早くきてぇ!!」
クリスマスの命蓮寺は、いつも以上に騒がしい。
■
「南無三んんんっ!! なっ、南無三んんんん!!」
「聖っ!! ひじりぃぃいいい!!」
妖怪の山に位置する、九天の滝に打たれ、震えながら叫ぶ聖を発見した星は、全速力で聖のもとまで駆けていく。
寒さで耳や手先の感覚がないが、それ以上に聖は大変な思いをしている筈である。
いち早く滝から出さないと聖の身が危ない。
「何してるんですか聖! 馬鹿な事はよしてください!!」
「離してしょおぉ! 私に肉なんて食べません! あいどんといーとみーと!!」
「何を言ってるんですか聖! ほら、はやくっ!」
力ずくで滝から救出した星は、息を切らしながらも聖に問う。
「一体どうしたと言うのですか聖。詳しく話してくださいませんか」
「紫さんが私を苛めたんです。私は悪くありません、お肉も悪くないんです。悪いのは全部紫さんなんです。あぁ、幻想郷は残酷なところです」
「落ち着いてください聖。紫さんが、お肉がどうしたと言うのですか」
「私の目の前でお肉に齧り付くのです。宗教の柵を越えてというのなら、今日くらい貴女も食べればいいじゃないって、誘惑するんです。あの人は魔女です、悪魔です」
「なるほど、そういうことだったのですか……」
ようやく事態を飲みこむ事ができた星は、くすっと笑った。
星は、大きなその胸をもまれたり、てっきり子供達に雪玉でもぶつけられて、似非サンタ扱いされたのかと思っていたのだ。
実際はそれもされているが、原因が違っただけで何故かほっとする。
星は、滝に打たれてびしょびしょになった聖をぎゅっと抱きしめ、耳元で呟く。
「今日くらい、一緒な物を食べて楽しみましょう、聖。ずっと封印されてきた貴女は、悪い事なんて何一つせずに、ずっと一つの思想を元に生きてきた。一年に一度くらい、仏様だって許してくれますよ、聖」
「ほんと? 私はお肉を食べてもいいの?」
「えぇ、構いません。ここは幻想郷です。自由に満ち溢れているのですから、聖が今日一日お肉を食べたところで誰も咎めたりはしませんよ」
「うぅ、しょお! 愛してますよ、しょぉおお!!」
「いいんですよ、今日くらいは私の胸で存分に泣いて下さい」
九天の滝の下、滝の轟音とふわりと舞い降りる雪の中で、二人は身を寄せ合った。
いい雰囲気の中でかっこいい事を言っておきながら、聖の胸がぴったりとくっついて恥ずかしいだなんて、星は言えなかった。
☆
「おかえり聖、ご主人様。聖は早くお風呂に入ると良い、沸かしてあるから」
気の利くナズーリンは、二人を出迎えると聖を風呂に入るよう促した。
クリスマスに風邪を引いたのでは話にならない。
聖にプレゼントを貰ったのだから、せめてもの恩返しだったらしいが、星はすぐに照れ隠しだと分かった。
嘘をつくのが下手だなぁと星は思いながらも、夜のパーティの準備を進めた。
聖が風呂から上がり、いつもの食卓へと向かうと、そこには豪華な食事が並べられていた。
もちろん聖が帰ってきた時に見た、フライドチキンやから揚げなども並んでいる。
「さぁ聖。一緒に食べましょうか」
「今日はお疲れ様でした、聖。今日は特別な日ですから、楽しくやりましょう」
「今日は私もお肉を食べることにしました。姐さんと一緒ですね」
「お腹空いたぁ。早く食べようよぉ」
「こう言う時くらい気の利いた言葉をかけれないのかい、ぬえ」
皆がみんな、笑顔で聖を迎える。
皆の温かさに涙しそうになるも、必死に堪えて座布団に座った。
「そうですね、皆も揃ったことですし、頂きましょう。両手を合わせて、いただきます」
いただきます、と皆が声を合わせると、食べたいものへと早速箸をのばした。
もちろん、聖はまず始めにフライドチキンを皿に乗せた。
今まで味わった事のない体験が、待ち構えているのだ。
毀れ出そうな涎を拭うと、口元へと運ぶ。
「いざ、南無三ッ」
小さく呟くと共に、ガブリと一気に齧り付くと、そこには未体験の新しい世界が広がっていた。
野菜や魚では決して味わう事のできない、油っこさと肉の旨み。
しっかりと噛む毎にあふれ出る肉汁は、口内の唾と絡み合い、美味しいという信号を脳に発し続けた。
喉下を通ると、お腹にずっしりと来る感じ。
どれもこれもが未体験だったことばかりで、感動に満ち溢れる。
「あぁ、私の中に肉が満ちる……。美味しいです、これがお肉ですか」
続いて二口目と行こうとした、その瞬間であった。
部屋の中に眩い光が一瞬満ちたかと思えば、僅かに空いた障子からはレンズがこんばんはをしていた。
クリスマスだと言うにも関わらずネタに飢えた新聞記者の登場である。
あの、眼前で新聞紙を水に浸されたことをまだ根に持っていたのかもしれない。
「あの聖白蓮がお肉を食べている……。あはぁ、これはネタになります。寒いクリスマスを飛びまわっていた価位がありましたよぉ」
一瞬にして凍りつく命蓮寺の食卓。
そして飛び去る射命丸に一同唖然としつつ、はっと我に返った星は、咄嗟に聖のほうを見た。
ぽかーんと口を開け、放心状態であったが、突如不気味なほどに笑い始めた。
「星」
「なんでしょう、聖」
「サンタの服を出して下さい。あの黒服を赤黒い服に変えて帰ってきますから」
「駄目です聖!! 落ち着いてください!!」
立ち上がり外へ飛び出そうとする聖の腰をがっしり星と一輪は掴む。
なんとか座らせると、二人係で聖を抑えた、つもりだった。
聖の得意な魔法、肉体強化で星と一輪を払いのけると、高笑いをしながら雪降る夜空をかけて行った。
「ナズーリン! 私と一緒に追いかけますよ! 他の皆さんは待機してて下さい」
「了解!!」
星とナズーリンは、何をしでかすか分からない恐怖の南無サンタを追いかけて行った。
血祭りになっていなければいいがと願いばかりである。
○
「ネタですぅ。これで面白い新聞が書けますよぉ……」
あの時の恨み晴らすべしと、新聞に筆を走らせる射名丸。
ずっと外で張っていたので、ストーブで暖かくなった部屋が今は天国のように思えた。
そんな時であった。
ドンドンドン。
リズム良く三回のノックが部屋に響いた。
こんな雪の降る夜に、しかもクリスマスの夜に何事だろうか。
射命丸は疑問に思いながらも、こんな寒い中待たせては悪いと思い、ドアへと走った。
「はーい。だれでしょ――」
「南無三ッ! 貴女に鉄槌と言う名のプレゼントを渡しに来ました!」
「いりません! そんなプレゼント望んでないのでお帰りください!!」
思いっきり扉を閉めようとするも、びくともしない。
それもその筈、肉体強化による馬鹿力相手ではどうすることもできない。
無理やり部屋の中に入った聖は、机の上にある書き駆けの新聞とカメラを見つけると、そのまま前進あるのみ。
例え射命丸が腕を掴もうが足にしがみつこうがお構い無しに進み続ける。
「や、やめてくださいぃ! 私が悪かったです! 謝りますからぁあ!!」
「謝っても新聞を発行することに変わりは無いのなら意味がありません。いざ、南無三!!」
書きかけの新聞を思いきり破いてくしゃくしゃにし、ごみ箱へと放り込む。
それだけではない。
射命丸のカメラはフィルム式ではないため、現像したその写真しかないのだ。
その写真を凄まじい握力で握り締め、ぱっと離すと世界にたった一枚しかなかった写真がそこにはあった。
「う、うわぁぁぁあああああ!! あんまりです! こんな仕打ちはあんまりですうわぁあああああ!!」
「良い子には素晴らしいプレゼントを、悪い子には鉄槌を下すのが南無サンタですよ、覚えておくといいです」
「聖!! あぁ、もう遅かったようですね……」
開け放たれたままだったドアから登場する星とナズーリンが目の当たりにしたのは、泣き崩れる射命丸とそれを見下すように立ち尽くす聖であった。
時既に遅し、聖はもう鉄槌を下した後であった。
「帰りましょう、星、ナズーリン。もう用はありません」
「そ、そうですね……。あの、文さん、気を落とさないでください、ネタなんて探せばいくらでもありま――」
「うわぁああん!! もう帰ってください!!」
「す、すみません。帰ります」
泣きながら帰れと叫ぶ射命丸を哀れみながら、星は部屋から立ち去る。
あぁ、最初から南無サンタに突っ込んで止めさせればよかったのにと、今更になって星は自分の行いを恨んだ。
優しさも時には罪になるのだと、実感した聖夜であった。
クリスマスはサイレントナイトだなんて、命蓮寺にとっては嘘でしかなかったのだ。
ただ、聖に振りまわされるという意味では、ホーリーナイトだったのかもしれない。
多すぎて諦めましたw
投稿前は校正をお願いします。
あれももう幻想入りかぁ…
我が家のはまだ生きてるかなぁ
自分の中では聖はどっしり構えてるイメージが強かったので
最後まで違和感が拭えないままだった。
突っ込まれたぐらいでうろたえる人とか説法とかできないんじゃないかな?
終盤までほのぼの命蓮寺だと思っていたら、まさかのスクープw
ここまでしなくても良かったような気もしますが、
紫様に知られたらずっと弄られるかも知れないから仕方がありませんね。
星ちゃんのプレゼントは…テプラw
でも最後が良かったです。
子ども達や主人公ズが羨ましいです。
ほのぼのさせてもらいました^^
良いお話、ご馳走様です。