Coolier - 新生・東方創想話

三妖精の日々 ぷらす

2010/12/24 02:59:37
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注意書き

・作品集127に作者の投稿した「三妖精の日々」というタイトルの作品がありますが、内容にはこれといった関連性はありません。
・個人的な解釈等が少し含まれておりますが、世界観に支障を来たすものでは無いと思いますので、ご安心ください。


それでは温かいお茶を飲みつつ、お楽しみください








 窓から差し込む光で、目を覚ました。

「んにぅ……。朝かぁ……。」

 妖怪・簀巻き布団が芋虫のように動き出す。日の光を求めるように、窓へと。

「……っほ!」

 そうして日向に辿り着くと、掛け声一つ。布団という名の繭からサニーミルクは羽化した。そのまま一気に窓を開け放つ。
 外は晴天。しかし今の季節は冬だ。窓の開放と共に冷たい風が侵入する。

「寒いっ!!」

 薄着のまま冬の風を浴びたサニーは布団に戻る。再び妖怪・簀巻き布団がここに誕生した。


 妖怪・簀巻き布団とは
 主に冬に現れる。妖怪・炬燵と並んで極めて凶悪な妖怪であり、人妖問わず食べてしまう恐ろしい妖怪。これまで食われた者は数知れず。今も被害者は増加中であるという。
 簀巻き布団の妖力は凄まじく、一度捕まれば脱出は困難である。心地よい空間は外の寒さを忘れ、安らぎと安息を約束するそこは正に理想郷。包まれたものは穏やかに、夢の世界へと誘われる。
 勿論サニーも例外ではなく、その妖力と魅力に屈し、夢の世界へと旅立って行った。

 こうして、簀巻き布団の犠牲者は増えていくのだ。






 サニーが簀巻き布団の犠牲となった1時間後。部屋の外から声が響いた。

「サニー、いつまで寝てるのよー。」

 いつもなら、朝からハイテンションで起きてくるはずなのに、今日はなかなか起きてこない。そのため朝食の準備を終えたルナは様子を見に来た。
 部屋をノックしても返事は無い。仕方なく部屋の戸を開ける。
 直後ルナの視界に映ったのは、サニーが凶悪妖怪に食われている光景だった。

「くー……」
「…………はぁ。」

 凶悪妖怪を前に溜息を一つ。恐れることなく近づいていく。その手がこの妖怪の弱点、横腹を正確に捉え、

「起きなさいっ!」

 一気に引っ張り上げることで妖怪は撃退され、犠牲者が解放される。
 妖怪が吐き出した犠牲者は勢いよく壁に向かっていき、

「みぎゃっ!」

 壁に激突した。このように、撃退する際には勢いが強いと犠牲者に大打撃を与えてしまうので、注意が必要だ。お仕置きも兼ねているのであれば、心置きなく引っ張るといい。

「ぬわぁあああ!!? 寒ぅ! 痛いっ! 寒いぃぃ!」

 夢の世界からいきなり現実に引き戻されたサニーは、寒さで飛び起き、全身の痛みで床を転げまわる。しかし冷たい床はさらに寒さを加速させる。

「目は覚めた? おはようサニー。早く着替えなよ。朝ごはんもう出来てるわよ。」
「うぅぅぅ…寒いぃぃっ、私の布団はっ!?」
「天気も良いし、布団も干しておきましょうか。」
「あぁぁぁ! 私の布団を返してぇぇ! おのれルナ! 私の布団を人質に捕るとはなんと卑劣なっ!」

 サニーが布団を探している一瞬の間、既にルナは手際よく布団を干し始めていた。
 無情にもサニーを包んでいた布団は日光に晒される。共に寒さを耐え忍んだ戦友を助けられなかったことに絶望し、自分の無力さを呪った。

「ああ……私に力が無かったばかりに……。」
「あのね……いつまでやってるのよ…。早く着替えてご飯にしましょうよ。」
「あ、そだね。お腹空いちゃったー。」

 まあ過ぎたことはしょうがないしどうもで良い。過去に囚われてはいけないのだ。サニーは戦友のことなど綺麗さっぱり忘れ、食事を優先した。
 さらば戦友よ。君の事は多分もう忘れている。


 それは何処にでもある、いつもの朝の光景。






 ひとまず朝食を済ませた三人。今は食後のティータイム。
 本日は晴天。窓から日光が降り注ぎ、家の中に日向を作る。そこは暖かく、今の季節を忘れさせてくれる空間だ。窓から差し込む日光を浴びて昼寝。冬場はこれがなかなか良い。炬燵や布団も良いが、それとはまた一味違った、穏やかな一時がそこにはある。
 妖精達はあえて炬燵を使わず、日の光と暖かい飲み物で体を温めていた。たまにはこういうのも、なかなか悪くない。

「冬は寒くて嫌よねー。お日様出てる時間短いしさー。」
「まあ心頭滅却すれば火もまた涼しってよく言うじゃない。気持ちの問題なのよ。」
「いや、それは何か違うと思う。」
「そうよ。月とスッポンくらい使い方が間違っているわよスター。」
「いやぁ……それも違うと思うんだけど。」
「まったく、サニーは言葉の意味を知らないのね。ここで正しくは『雲泥の差』よね。言葉は意味を考えて、正しく使わないと。」
「いや、それも間違ってると思うんだけど……。そういうあなたも間違っていたら説得力無いわよ。」
「なるほど、私もスターも五十歩百歩ってことね。」
「まあそれは合ってるかな。」
「得意気に言うことじゃないけどね。」

 この後もサニーとスターの言い合いは続いた。時々ルナが溜息をつきながらツッコミを入れて発言を訂正する。それは外から見れば、仲の良い姉妹のようで、微笑ましいと思う光景だった。
 本人達は真剣なのか別にそうでもないのか、どっちかわからない。だが二人の論争は白熱し、徐々に論点がずれていく。最初はルナのツッコミにも反応していた二人だが、次第にツッコミへの反応が薄くなっていき、ルナも諦め始めていた。

「だから月っていうのは、巨大な亀の甲羅なのよね。だから兎はその甲羅の中に家を作って住んでいるのよ」
「でも竹林の兎も自称月の兎らしいわよ。もしそうだったら亀の甲羅の中に家を作ろうとしているはずじゃない? 永遠亭って言ったかしら、あのお医者さんのところ。どう見ても亀の甲羅で作られているとは思えなかったわ。普通の木造よ。」
「ふむ、いや待ってスター! あそこは妖怪の住む館よ。つまり、妖術で亀の甲羅を木に見せかけているかもしれないわ!」
「そういえば……あの兎は幻覚も見せることができるらしいわよね。……まさか幻覚で外見を木造建築物に見せかけているのかしら……。」
「なんのためにそんなことする必要があるのよ……。」
「それよスター! 竹林から抜け出せないような妖術を使うんだし、建物の見た目を欺くことなんて楽勝なはずよ。」
「はぁ……なんかもう、いいや……」
「そうね、その辺りはサニーの能力と少しだけ似ているところがあるわ。でもそれだけではあの兎が月の兎だって決めることができないわよ。普通の妖怪だって、見た目を欺くことはできるはずよ。」
「む、それもそうね。じゃあもしかしたらアレは嘘をついているのかもしれないわ。」
「なるほど、それならば納得がいくわ。でもなんで月の兎だなんて嘘をつく必要があったのかしら……。」
「それはね──」

 話の軌道は明後日の方向に向かっていた。いつからそんな話になったのか、今となっては誰にもわからない。きっと数分後にはさらに話が違う方向に向かっているだろう。もはや軌道修正不可能な領域に達している。
 最初はツッコミを入れていたルナも疲れてきたようで、徐々に口数を減らし、読書に専念することにした。耳栓が無いため、集中しづらいのだが。
 結局二人の論争は昼前になっても決着が着かず、本人達が、話の論点がずれてきていることに気付くまで続いた。

 そして最初の話はなんだったかで再び議論が始まる。それを見たルナは溜息をついて本を閉じ、昼食の準備を始めた。二人の論争は、まだまだ終わりそうもない。







 昼食を終え、昼休みのティータイム。
 いつの間にか議論は終わったようで、三人の家には静かな時間が訪れていた。
 しかし、その静寂をサニーが破った。

「そういえばさ、今年の秋ってやけに短くなかった?」
「あー。夏が長かったからじゃない? 天狗の新聞によると今年は秋の神様が夏バテしてたらしいわよ?」
「神様も夏バテするのね。」
「暑いとやる気が起きなくなるのは神様も一緒なのかしらね。」
「寒くても動く気が起きなくなるけどねー。」

 昼を過ぎると多少気温が上がるが、それでも外は風が吹くと家に篭りたくなる程度には寒い。
 妖精達は炬燵を出し、みかんを食べる。何をするわけでもなく、だらだらと昼時を過ごしていた。

「もう冬かぁ……。夏は日が長いからいいんだけど、冬は日の入りまでが短いし、寒いからなぁ……」
「私は逆に夜が長い冬のほうがいいかな。」
「私は夏でも冬でもどっちでもいいわ。どちらかって言えば冬だけど。お鍋が美味しい季節だし。」
「む。二人とも夏の魅力がわかっていないようね。」
「サニーこそ。冬の魅力がわかっていないようね。」
「ふふふ、二対一よサニー。冬派のほうが優勢ね。」
「ぬぬぬ……。」


 夏派か冬派かで意見が分かれ、今度はルナも混ざり議論が始まった。
 だがこの場に夏派は一人。サニー側が劣勢だった。
 夏派の勝利のため、良い考えは無いか頭を捻るサニー。それを見てルナとスターは勝利を確信し始めた頃、閃いた。

「そうだっ! 他の皆にも好きな季節は何か聞けばいいのよ! そうすればどっちが好かれているのか、はっきりするじゃない!」
「なるほど、多数決で決めるわけね。」
「なかなか面白そうな考えよね。じゃあ周りの妖精達に聞いてまわりましょうよ。」
「二人とも覚悟しなさい! ぎゃふんといわせてあげるんだからっ!」


 冬は日の入りが早い。先ほどの案が出たのは日が傾き始めている頃だった。
 三人は早速聞きに行こうとしたが、これからの時間帯は徐々に気温が下がっていく。結局炬燵の妖力に負けた三人は、明日聞きにいくことにした。







 翌日。

 天気は快晴。風も無く、出かけるには丁度良い天気だ。
 三人は予定通り周囲の妖精達にアンケートを取るべく、家を出発したのだった。

 天気が良いとはいえ、気温は昨日よりも低い。寒さが苦手な妖精はあまり外に出ない。そのため、今居るのは寒さに強い冬の妖精や、ただ単に元気が有り余っている妖精くらいだ。
 そんな状態で調査など捗るわけもなく、最初から躓いてしまった三人はどうするべきか、悩んでいた。

「ぬぅ……思ったよりも妖精がいないわね……。」
「昨日よりも寒いからね。やっぱり外に出るのが億劫なのよ皆……。」
「私達も家でのんびりする?」
「うぅー……それはそれで負けを認めるようで、なんだか嫌だわ……。」

「おや、こんにちは。何か面白そうなことでもありましたかね? それとも実行中でしょうか。」

 唐突に現れ、声を掛けてきたのは天狗の新聞記者、射命丸文。三人とも面識のある妖怪だった。
 そして予想外の登場は、諦めて帰ろうと考え始めていた三人にとって助け舟となるものだった。

「そうだわっ! いいこと思いついた!」
「む? 記事にできそうなことでしたら、是非とも教えていただきたいのですが。」

 すかさずペンと手帳を構える文。どうやら記事のネタに飢えている様子で、それはサニーにとって好都合だった。

「いいことって何?」
「ふっふっふ。それを今から説明するわよっ! ちょっと耳を貸して。」

 内緒話をするように四人は円を作ってその場に身を屈める。

 サニーが考え付いたこと。それは天狗の新聞を利用し、幻想郷の人妖にアンケートをとることだった。天狗の行動力、しかも大量にばら撒く新聞を利用すれば、人里どころか、幻想郷中から多数の意見を集めることも不可能ではないだろう。
 この発想は、文の興味を引くには十分なものであった。丁度新聞のネタを探していたこともあり、この提案を快諾した。
 人里など、人口の多い場所は文の新聞に任せ、三人は人里から離れた場所の意見を集めることになった。

「じゃあ私達は何処で聞き込みをすればいいかしらね。」
「んー。人里から離れているっていうと……魔法の森だけど、あそこ魔理沙さんやアリスさん以外に誰か住んでいるのかしら……。」
「確かにあそこは木が多いけど、あんなじめじめしてるところに住んでる妖精なんているかなー?」
「ふーむ。植物がたくさんあって森のように湿気が多くない場所のほうがいいんですか?」
「まあ、私の場合はそうかな。じめじめしたところは好きじゃないし。」
「私も暗いのは別にいいんだけど、湿気が多いのは嫌ね。」
「んー私は特にこだわりはないかな。森ならキノコの盆栽にも困らないし。」
((まだやってたんだ……))
「ほほう、だったら太陽の畑なんかはどうですか? あそこなら人里から離れていますし、妖精がいっぱい居ますよ。ちょっと新聞が配りづらい場所ですしね。」
「へー、太陽か。うん、私にぴったりの場所ね! じゃあそこに行きましょうよ!」
「えっ!? う、うーん……。」
「そこにいけば調査も捗りそうね。」
「では、私は今からアンケートを作ってきますから、調査は明日から開始にしませんか?」
「わかったわ。それまでは二人との勝負はお預けね。」
「太陽の畑……むー……」
「ルナはさっきからなんで唸っているのかしら?」
「では、そういうことでっ!」

 そういって文は山へと飛び立っていった。
 残された三人も家に帰ることにする。
 実行は明日。
 絶対に負けないからね! と互いに意気込むサニーとスター。
 だが、ルナだけはずっと何かを考えていた。

(太陽の畑……太陽の畑……前に本か新聞で見たような気がするんだけど、なんだったかしら? うーん……。)

 その名前を聞いた時、不安に思ったのだが、何故不安を感じるのか思い出せない。そして思い出せないことはさらに不安を増幅させる。

(まあ、朝起きたら思い出すかもしれないし、今日は早めに寝よう。)










「文々。新聞でーす。アンケートへのご協力をお願いしまーす。」

 翌日の朝。人里に烏天狗の元気の良い声が響き渡る。
 彼女は人里に限らず、幻想郷中の空を飛びまわり、いつものように紙の束を次々と放り投げていく。
 幻想郷ではよく見る光景だ。天狗たちは勝手に作った新聞を、号外と称してばら撒いていくことがある。だが、今日彼女が撒いているのは、新聞のように纏まった紙束ではなかった。
 纏まっていない、薄い紙の束は風に煽られて散り、ひらひらと宙を舞いながらゆっくりと降下していく。

 声を聞いて「またいつものことだろう」と思っていた者も、降ってくる紙に違和感を感じ取り、興味を持って次々と手にとっていく。
 紙にはただ一言、こう書かれていた。




                           “あなたの好きな季節は、なんですか?”











 同じ頃、妖精達は文に教えられた場所に向かっていた。

「ふっふっふ。とうとう決着をつける日が来たわね……。覚悟しなさい二人とも!」
「ふふふ、こっちだって負けないわよサニー!」
「うぅ……二人とも本当にいくの?」

 サニーは“太陽の畑”と呼ばれている場所ならば、自分が勝つに違いないという絶対の自信を持っていた。夏は太陽が最も力を持ち、地上を温める季節。それは植物にとって成長の季節でもある。そこから多くの恵みをもたらす生命の季節。その夏を象徴する“太陽”の名を冠する場所ならば、夏を選ばないはずがない。そう考えていた。
 スターは現時点で自分達が優勢であることに、余裕を持っていた。正直に言うと夏でも冬でもどちらでもいい彼女だが、「面白そうだから」という理由で勝負に乗り、張り合った。彼女には負けないという根拠は特に無い。だが、優勢であることは勝利に近いということである。相手がいくら頑張ろうと、差を埋められなければ意味は無い。相手よりも一歩進んでいる。たったそれだけだが、自信を持つためには十分だ。
 ルナは朝、“太陽の畑”について思い出した。あそこには『凶悪な妖怪』が住んでいると書かれていたことを。
 勿論二人には思い出したことを話した。だが勝負を前にテンションが上がっている二人は

「凶悪な妖怪が居ても、いつもみたいに姿を消して逃げちゃえばいいのよっ!」
「妖精がたくさん住んでいるっていうんだから、きっと大丈夫よ。危険になる前に能力を使ってパッパって逃げちゃえばいいし。」

 とのことだ。酒でも飲んでいるんじゃないかと思えるほど、楽観的な意見だった。妖精が多く居る。その話が本当であれば、妖怪が妖精に危害を加えるようなことはないのだろう。そうかもしれないが、怖いものは怖い。
 結局は二人の勢いに負け、ずるずると引き摺られるように着いてきてしまっている。

「二人は逃げ足速いからいいんだろうけどさ……。」

 『逃げればいい』そうはいっても、一番逃げ足の遅いルナにとっては心配事だらけだった。







 太陽の畑。夏には無数の向日葵が覆うこの場所にも、向日葵以外の花は存在する。季節ごとに様々な植物が息づくこの場所は、自然の化身である妖精には居心地の良い場所なのかもしれない。

 太陽の畑の中心から少し離れた場所にある花畑。
 そこの草陰に三人は今、隠れていた。

(ちょっと、なんで隠れているのよっ! あの人に聞こうって言い出したのはサニーでしょ!?)
(だって怖いじゃん! 凶悪妖怪って噂なんでしょ!?)
(さっきまでの勢いはどうしたのよー!!)

 三人の視線の先に居るのは、ここでよく見かける妖怪、風見幽香。
 最初はサニーを先頭に、勢いよく進んでいた三人だったが、彼女の姿を見るなり何か本能的に察したのだろうか。嘘のように慎重になり、今に至る。

(ど、どうする?)
(い、一応何か危害を加えない限りは温厚って話だったような……。)
(このままじゃ埒があかないわね……いっそのこと当たって砕ける……?)
(一回休みになるのは嫌よ……)
(ここに居るだけでも妖力が伝わってくる気がするわ……。)
「そこのあなた達? こそこそ隠れていないで用があるのなら堂々と来なさい。それとも、何かやましいことでもあるのかしら?」
(((ヒィ!!!)))

 気付かれていた。という事実に身体が強張る。
 だが彼女はこちらを振り向くわけでもなく、ただ花畑を穏やかな表情で眺めているのみだ。

(い、いい? 二人とも。危なくなったら一気に能力を使って逃げるわよ……。)
(覚悟を決めるしかないわね……。)
(うぅ……だから嫌だったのよぉ……。)
「聞こえなかったのかしら? それとも、やっぱり何かやらかしているのかしらね?」
(((こんなところ来なきゃ良かったぁぁぁぁぁ!!!)))

 それは三人の心の叫びだった。



 直後に覚悟を決めた三人は、隠れていた草陰から飛び出す。
 いつの間にか三人のほうへ向いていた幽香は、先ほどまでの表情を崩さずに言った。

「ふふ、素直な妖精達ね。ようこそ太陽の畑へ。畑を荒らさないのであれば歓迎するわよ。」








 恐怖でガチガチに固まっている三人に対し、幽香は上機嫌だった。

「ふふ、妖精が近くに居ると、花が生き生きとするわね。」
「あ、はは、そ、そう、なんですか……。」
(ねえルナ、この人凶悪な妖怪なんでしょ? 私達、食べられちゃったりしないわよね……?)
(し、知らないわよそんなことっ! ただ新聞とか本には凶悪な妖怪って──)
「聞こえているわよ?」
(((ヒィィィ!!)))

 緊張のせいで上手く能力を制御できていなかったのか、会話が筒抜けになっていたようだ。

「まったく、人を何だと思っているのかしら? そんなことするわけないでしょう。あんなものただの見栄よ見栄。」

 やれやれ、と表情を崩す幽香。
 さっきの会話を聞かれ、機嫌を損ねたかもしれないと身構えた三人に向け、続けて言う。

「妖怪なんだから、恐れられるのが普通じゃない? だからちょっと新聞とか幻想郷縁起の取材とかにもオーバーに答えたんだけどね。まあ予想以上に効いたみたいでほとんど人が来なくなったわね。そのおかげか畑は荒らされないけど。」

 その言葉に少し警戒が解けたのか、三人は構えを解く。それを見た幽香はさらに言葉を続ける。

「妖精は自然の化身。植物にも力を与えてくれるわよね、妖精の力を得た植物は一層力強く、美しくなるわ。妖精に限らず、花を愛でる心があるのならば、歓迎するわよ。周りを見てみなさい。あなた達と同じような妖精や、子供が居るでしょう? 畑を荒らさないのなら、好きにしてくれて構わないわ。さあ、そろそろ肩の力を抜きなさいな。いくらなんでも、そんなに固くなっていたらこっちもやりづらいのよ。」

 そこまで聞き終えたところで、ようやく肩の力が抜け、一息つく。
 言われてみれば、周りの畑には妖精達に混じって人間の子供や妖怪がちらほら居るのがわかる。
 それを見てさらに安心したせいで、一気に全身の力が抜けて、地面にへたり込む。
 極限まで張り詰めていた緊張が解かれたことで、立って居られないほどの疲れが押し寄せてきたのだ。
 そんな彼女達を見た幽香は苦笑し、

「まったくもう。」

 そういった彼女の顔は『凶悪妖怪』の肩書きなんて嘘のような、花を愛するただ一人の少女だった。







「それで、何か私に用があってここに来たんじゃないの?」

 幽香の一言で忘れかけていた本来の目的を思い出す。

「あれ? でも私達用があるって言ってないような?」
「やっぱり上級の妖怪は頭の中を読めるのかしら…。」
「『やっぱり』って何よ……。あなた達は私に一体どんな印象を持っているのかしら……。ただ耳が良いだけよ。隠れてこそこそ話していたあなた達の声は、全部筒抜けだったってこと。」

 その言葉を聞いた瞬間、三妖精と幽香の間に数メートルの距離が開いた。そこまで怖がらなくてもいいじゃないかと、ちょっと傷ついた。
 身を寄せ合って警戒態勢を取られると、怒りよりもなんだか可哀想になってくる。

「別に話の内容に対して怒っていないわ。そもそも、私は弱い者虐めが趣味なわけじゃないし。さっきも言ったでしょう? 畑を荒らさないのであれば、誰でも歓迎するって。」

 なんとか警戒を解かせるため、三人をなだめようとする。怖がられるのは自分がそう広めたのだから仕方ないが、そのせいでなかなか本題に入れないのは誤算だった。

 十数分後、なんとか再び警戒を解いた三人は、これまでの経緯を話した。
 議論になった理由を聞いた幽香は、そのあまりのくだらなさ、妖精らしさに笑ってしまった。
 それを見た三人は、こちらは真剣なのだと主張すると、今度は腹を抱えて笑った。
 同時に妖精とはここまでくだらないことで本気になることができるのか。と幽香はそれを少し羨ましく感じた。
 笑い続ける幽香を見て三人は、そこまでおかしいものか、と不思議に思った。

 しばらく笑い続けて、ようやく落ち着いたところで、三人の質問へと答える。その表情は優しく、柔らかい笑みだった。

「あなた達、私がなんて呼ばれているのか知っているかしら?」
「へ? え、えーっと……。」
「フラワーマスター、でしたっけ…?」
「そう、でもちょっと惜しいわね。正確には『四季の』フラワーマスターよ。」

 ルナの回答に少々訂正を加え、幽香は言う。

「どんな季節にも必ず花は咲くわ。春風に舞う花、夏の日差しを受けて力強く育つ花、秋に稔りと美しい彩を見せる花、冬の寒さに耐えて雪の白に映える花。全ての季節、全ての植物を愛しているからこその『フラワーマスター』よ。春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の、それぞれの魅力があるわ。その魅力に気付き、魅力を知り、好きになろうとしなければどんな季節も好きにはなれない。あなた達妖精も、もう少し広い視野を持ってこの幻想郷を見てみなさい。きっと、今まで気付かなかった世界の美しさを知ることができるでしょう。」

 言い終わると共に、風が吹いた。



 もう冬だというのに、不思議とその風は温かかった。







「いやぁ~失敗しました。アンケートの回収方法を考えていなかったので、集計に時間がかかってしまいましたよ。」

 太陽の畑に行ってから数日後、文がアンケートの集計結果を持って三人のところへやってきた。
 気になる集計の結果は、冬は少なく、夏が比較的多かった。しかし、秋と春が圧倒的に多い。『好きな季節』なのだから、まあ当然だろう。

「冬は少数派なのかなー。」
「夏は割りと人気があるじゃない。」
「春が結構人気だけど、花粉症の人には嫌われているみたいね。」
「およ? 冬か夏かで対立していた気がしますが、いつの間にか和解していたんですか?」
「まあね。」
「サニーも、冬の魅力が解りはじめたのよ。」
「ルナも、夏の魅力を結構考えてたけどね。」
「ふむ、まあこちらとしては良い記事のネタが手に入って十分得しましたけどね。あ、これ今回の新聞です。どうぞ。また何か面白そうなことあったら教えてください。では今後とも、文々。新聞をよろしくー。」

 そういって文は飛び去っていった。


 あれから三人は、それぞれの季節の魅力を考えてみることにした。
 今までよりも少しだけ、視野を広げてみたのだ。


 彼女達の目に映る世界は、どれほど広がったのだろうか。
ジェネと合わせて合計9回目の投稿となります、生芋こんにゃくという者です。
まだ投稿ボタンを押す感覚に慣れません。押すのが怖いです。

以前こちらに投稿した物同様、三妖精の日常をイメージしたSSですが、お楽しみいただけたでしょうか。
なんとなく微笑ましく思ったり、和んでいただけたら作者としては嬉しいです。

読んでくださいました皆様、ありがとうございました。

>奇声を発する程度の能力様
誤字報告ありがとうございます。修正致しました。
生芋こんにゃく
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コメント



0.640簡易評価
5.100奇声を発する程度の能力削除
>あそこ魔理沙さにゃアリスさん以外に誰か住んでいるのかしら
にゃ?
とても和みました。
季節は秋が一番好きです
13.100名前が無い程度の能力削除
冬ーっ だってレティが来てくれるから!
14.100冬葵削除
三月精それぞれのやり取りが可愛くて楽しかったです。
あと冒頭の妖怪に笑いましたw犠牲者はかなり多そうですねw
好きな季節はどれかというと秋ですねー。
どの季節も捨てがたいですが。
16.100名前が無い程度の能力削除
全部の季節が好きだから「どの季節が一番好きか」なんて疑問を抱くのかもしれませんね
18.100名前が無い程度の能力削除
比良坂版幽香が自然に頭に浮かんだ
これは良い幽香
21.100名前が無い程度の能力削除
面白いと感じました、日本の四季それぞれに良いところがあるというのはその通りだと思いました、また向日葵畑を見てみたいですね・・・