「メリークリスマース!!」
星々が輝く満天の夜空の中、今回の催しの張本人はそんなことをのたまった。
いつもの司書姿ではなく、サンタクロースの格好をした彼女は控えめに見ても可愛らしいと形容できることだろう。
今日は12月24日。俗に言うクリスマス。
何が悲しくて吸血鬼の私がクリスマスを楽しまなきゃらないのかと思ったが、それを口にするのも野暮と言うものだろう。
まぁ、それはいい。いや、本当は良くないけど、今私が気にしていることに比べたら些細なことだ。
だからこそ、私は彼女に改めて問わねばなるまいよ。
「ねぇ、小悪魔」
「にゃんじゃらほい? 妹様?」
普段ならその不思議そうな表情が苛立ちを誘うこと請け合いなんだろうけれど、生憎と今の私にはそれを気にする余裕もない。
何故ならば。
「なんでさ、私の衣装だけこんなに短いの?」
彼女のサンタ衣装と違って、私のサンタ衣装はスカートな上に丈の短いタイプだったからである。
しかも黒のハイソックスにガーターベルトなんて言うものまで着用してるものだから、恥ずかしくて仕方がないのだ。
スカートの裾を押さえて、彼女を睨みつけてはいるんだけれど、きっと小悪魔には上目遣いに見てるぐらいにしか見えないんだろうなァ。
「魔法少女使用という事でアレンジしたんですけど、気に入りませんか? 可愛らしいですのに」
「で、でも恥ずかしいよこの格好。ていうか、なんでこの寒い冬にミニスカートなのさ。少し動いたら見えちゃうよ……」
「心配要りません。絶対見えないように魔法かけてますんで」
「え、何その無駄な用意周到ぶり。その努力を別の方向に向けなよ」
「まぁまぁ、それはともかくそんなにお恥ずかしいですか?」
「じゃあさ、小悪魔は私の格好を見てどう思うの?」
ジト目で睨みつけてやれば、彼女は意に介した風もなく「んー」としばらく考え込む。
やがて結論が出たみたいで、彼女はいつになく真剣な表情で私の姿を嘗め回すように見つめ。
「性欲を持て余す」
「ふんっ!」
「眼がぁッ!!?」
すっ呆けたことをほざき始めたんで思わずチョキで顔面をぶち抜いた。
空中でゴロゴロと転がりまわるなんていう器用な真似をやってのける小悪魔を見て、うっかりやりすぎたとちょっぴり反省。
そんな私に声をかけたのは、この場にいるもう一人の同居人の紅美鈴だった。
「大丈夫ですよ、妹様。とっても可愛らしいのは私と小悪魔さんが保証します。それにほら、私に比べたら全然可愛いです!」
「すんませんでしたッ!!」
彼女の言葉に思わず全力で謝ってしまう私。
だって、仕方ないじゃないか。今の美鈴の格好、デフォルメされたトナカイのきぐるみなのだし。
私や小悪魔はサンタなのに、何故に美鈴だけトナカイなのか。しかも、サンタの大きな白い袋も彼女持ちというこの所業。
というか、あの衣装用意したの誰だよ。軽く嫌がらせじゃないのさ。
「妹様、衣装を気にしている暇はありません! 幻想郷の全ての子供達が待っています!!」
「小悪魔、なんか目が眼鏡外したのび○君みたいになってるんだけど。いや、それ以前になんで私がサンタの真似事なんかしなくちゃいけないの?」
「妹様が魔法少女だからです! 魔法少女とは愛と勇気と希望を振りまく愛らしい存在! つまり、妹様が魔法少女だから夢を振りまくサンタになるのは当たり前だったのです!」
「チェーンソー振り回したり地球を真っ二つにするような魔法少女が、愛と勇気と希望を振りまいてるとは到底思えないんだけど?
むしろ恐怖と悪夢と絶望を振りまいてる気がしないでもないんだけど。そんなのがサンタクロースってどうなの?」
「心配要りません妹様! 世界中探せばそんなサンタクロースの一人や二人ぐらい!!」
「居るわけないでしょうがそんなサンタクロース!! もしいたとしてもトラウマになること請け合いだよ!?」
平然と当たり前のようにのたまう彼女にツッコミを入れていると、美鈴がまぁまぁと割って入ってくれた。
相変わらず楽しそうな小悪魔を見やり、盛大なため息を一つこぼした私を誰が責められようか。
でもまぁ、サンタクロースの真似事って言うのも意外と面白いのかもしれない。
魔法少女=サンタクロースなんていう小悪魔の持論には到底賛成できないけれど、いつもの人助けじゃなくてこういったこともいい経験になるだろうし。
早苗は(小傘を弄るので)忙しいみたいだし、こいしも(姉を弄るので)忙しいみたいでこの場にはいないし、たまにはこんな頓狂なことに付き合うのも悪くない。
「それで、どう配るのさ? 誰が何を欲しいのかなんてわからないし、私プレゼントなんて用意してないよ?」
「良くぞ聞いてくれました妹様!」
んっふっふーと人差し指を立てて得意げな表情を浮かべる小悪魔。
説明したりするのが好きなのか、あるいはその場のノリでそんなに上機嫌なのか。
彼女は心底楽しそうな表情を浮かべて言葉を紡ぎ始めた。
「実は既に、我等司書隊総動員で幻想郷の子供達にクリスマスプレゼントのアンケート調査を実施しました!」
「仕事しろよお前等」
「その結果が今の私の手にある手帳にまとめられています!
そして、美鈴さんのもつ袋は魔界に繋がっていまして、魔界の神様が仕事そっちのけで私達のために手帳に記されたプレゼントを袋を通じて送ってもらう手はずになっています!!」
「無視かよ。ていうか仕事しろ魔界の神様」
でもまぁ、彼女の説明でなんとなくは理解できた。
美鈴のもつ袋の先で、いつぞやの魔界の神様がスタンバッているのを想像するとなんか色々シュールだけど、気にするのは止めとこう。
あとの問題は子供達の住処だけど、小悪魔のことだからどうせ場所の調べもついているんだろうし、まぁ大丈夫なはずだ。
彼女、こういったイベントにはとことんこだわるタイプだし。
「そんなわけで、早速一人目行きましょう!!」
「はいはい」
「ふふ、なんだか楽しくなってきましたねぇ」
小悪魔の言葉に呆れる私と、どこか楽しそうな美鈴の声。
私達は一箇所に集まって、小悪魔が持っている手帳を覗き込む。
ペラリとページがめくられ、そこに書き記されていたのは。
―――優しかったあの日のお母さん。(人里在住の撫子さん)
「……」
「……」
「……」
思わず、絶句した。
私や美鈴はおろか、あの小悪魔ですら言葉を無くしてどう反応したものかと視線を彷徨わせている。
いや、なんというかその……一発目からいきなり内容がヘヴィすぎるんだけど!?
「こ、小悪魔……これはさすがに、ちょっと……」
「撫子ちゃん、お母さん死んじゃったのかな?」
「ダメです美鈴さん! 赤の他人の私達がそんな詮索しちゃいけません!! 彼女には私がべつのプレゼントを考えますから、次にいきましょう!!」
小悪魔がそんなことを言葉にして、慌てた様子で次のページをめくる。
そうして、次に現われた文字はと言うと。
―――ドSじゃない優しいあの日のお姉ちゃん。(妖怪の山在住のアオさん)
「用意できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その文字を見て思わず叫んだ私は絶対に悪くない。そう信じてる。
「ていうか何でニ連続で人間要求してくるのさ!!? つーかあの日っていつだよ!!? いつの日のお姉ちゃんやお母さんなら満足なんだよお前等!!?」
「妹様、落ち着いてください! 無理に用意しろなんていいませんから!!」
思わずツッコミを入れた私に、美鈴が慌てた様子で止めに入る。
そ、そうだった。今日は美鈴がいるんだったっけ。
うぅ、思わず叫んじゃったけど、今思うとそれを美鈴に見られてたわけで。
そう思うと、途端に恥ずかしくなってきた。
「……小悪魔、できれば人物系は除外してくれると嬉しいなァと……」
「そうですねぇ。どうあがいたって用意できませんし、人物系の方々には後で○×小悪魔饅頭でもプレゼントしましょう」
「うわぁ、いらねぇ」
絶対ハズレにとんでもないもんが仕組まれてそうなシロモノに、私が思わず本音を漏らしたのも気にせずに小悪魔は次のページをめくる。
なんか釈然としなかったけれど、まぁいいかと半ば投げやりに納得した私は再び小悪魔の手帳に視線を移し。
―――弟か妹が……欲しいです、安○先生。(人里在住の太郎君)
「って、言ッてる傍から人物系じゃないのよッ!!」
「メメタァッ!!?」
思わず小悪魔にハイキックをぶち込んでしまう私だったのである。
よろよろと後退する小悪魔は、吹き出した鼻血を抑えるように鼻を摘む。
フッフッフッと怪しげな笑みを浮かべる彼女に、うっかり強く蹴りすぎて頭おかしくなったのだろうかと心配したのだが。
「く、黒ですか妹様。今日は大人ですね」
「どこ見ての感想だそれ!!? ていうかその鼻血ってつまりそういうことかコラッ!!?」
「ストーップ!! 妹様、ストップです!!」
その心配がまったく無駄だと悟って殴りかかろうとしたら、美鈴に羽交い絞めされて止められた。
チチィッ!! あと一歩であの小悪魔の息の根を止めれたというのに!!
そんなやり取りを交わしていると、ふと美鈴の持っていた袋が光り輝いて、私達は驚いて其方に視線を向けた。
「うそ、反応してる!!?」
「えぇ!!?」
「まさか本当に弟か妹が出てくるの!!?」
私達の驚愕も他所に、袋が開いて何かが飛び出した。
それを咄嗟にキャッチして、まさか胎児じゃないだろうなと不安になったけど固い感触からそれはなさそうだ。
光が収まり、視界が戻ってくる。
そうして私達の目に飛び込んだのは、ピンク色の液体が入った怪しいビンと一通の手紙だった。
それを、小悪魔がつらつらと読み上げていく。
「えーっと何々、『その薬をお父さんお母さんにこっそり飲ませましょう。一年以内には妹か弟が増えています!』……つまり、そういう薬?」
「渡せるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怪しげな薬を全力で分投げた私は何も間違ってない。こんなもん純真な子供に渡せると思っているほうが絶対に間違ってる!
私の叫びに同意だったのか、小悪魔も美鈴もうんうんと頷いてくれた。
つーか、何考えてんの魔界の神様!? 超ド級のあんぽんたんかよ!!? ツッコミどころ多すぎるわ!!
「小悪魔、次!!」
「はーい!」
私の急かすような言葉に文句の一つも言わず、小悪魔は次のページをめくってくれた。
なんか早速先行きが不安になった私達だけれど、一度やると決めたことはやらないといけないと思うわけで。
そうして、私達の目に飛び込んできた次の文字は。
―――小傘さんの使用済み衣服が欲しいです!(妖怪の山在住の東風谷早苗さん)
「なんで早苗の分まであるのよ!!? ていうか用意できるかそんな欲望丸出しのプレゼント!!?」
「……妹様、非常に言いにくいんですが人里の男の子の6割が早苗さんと同じ回答なんですけど……」
「人里の子供達は訓練された変態の集まりなの!!? その子たちの将来が果てしなく不安なんだけど!!?」
「ちなみに、残り4割が妹様の使用済み衣服をお望みなんですけど……」
「爆発しろ人間の里!!」
どうしよう、絶望しか感じない。
なんだって人里でそんなことになっているというのか。要するに人里の男の子のほぼ10割が変態的な格好に目覚めてるってことじゃないのよ!!?
保護者としての責任を果たしてよ親御さんの方々ッ!!? しっかり教育しろ!!
「まぁまぁ、妹様おちついて。小悪魔さん、次のは何がありますか?」
「うーん、そうですねぇ」
私をなだめながら美鈴が小悪魔に問いかけると、彼女もこれは無理だとわかっているのかペラリとページをめくる。
一度、二度と深呼吸を繰り返し、気持ちが落ち着いたのを確認してから私は改めて小悪魔の手帳を覗き込み。
―――身長と大人の魅力。(地底在住の古明地さとりさん)
「……むしろ私が欲しいよ」
私の口から思わず本音がこぼれた。
なまじ本人を知っているだけに、私も小悪魔も、そして美鈴も微妙な雰囲気のまま複雑な感情を胸に秘める羽目になったのである。
ていうか、さとりは子供にカウントしてイイの? どう考えても子供って年齢じゃないよね?
……見た目はともかく。
「小悪魔、他にはないの?」
「うーん、そうですねぇ」
私のつかれきった言葉に、彼女もどこか疲労の色が見える顔で手帳のページをめくる。
まだ配達もしちゃいねぇと言うのにこの疲労感。先が思いやられるったらありゃしない。
そうして、彼女がめくった先に記された文字は。
―――金。(博麗神社在住の博麗霊夢さん)
「って一文字かよ!! しかも内容が物欲的過ぎるんだけど!!?」
「シンプルイズベストですね」
「シンプルにも程があるでしょうが!!? ていうか内容が欲望まみれなんだけど巫女としてそんなんでイイの霊夢ッ!!?
ちくしょう、幻想郷の子供達はダメな奴ばっかりか!!?」
八雲紫、あなたには悪いけれど幻想郷はもう駄目かもしんない。いや、わりと大真面目に。
だって、どいつもコイツも子供らしからぬ欲望にまみれたプレゼント要求してくる始末。
子供は夢と希望に満ち溢れてるものだって話をいつか聞いた気がするけど、どいつもコイツも汚い欲望ばっかりじゃないか!
「妹様」
「何、美鈴」
疲れたように言葉を返しながら美鈴に視線を向ければ、彼女はにこやかに笑顔を浮かべながら下に指をさした。
一体なんだろうと不思議に思って、其方に視線を向けてみれば。
「……あ」
思わず、言葉がこぼれた。
いつの間にか、私達は人里のほうまで浮遊しながら流されていたらしい。
眼下に広がっていたのは、魔法の光で美しく彩られた人里の光景だった。
一体誰が教え広めたのやらと思って、東風谷早苗や多々良小傘が楽しそうにイルミネーションを飾る姿を見て、その答えを知る。
七色の光が、月明かりと提灯の明かりしかなかったはずの人里を明るく彩るその姿は、なんと美しいことか。
その明かりに照らされて、親と子が手を繋いで楽しそうに歩いている。踊っている。笑いあっている。
人間も、妖怪も。そんなの関係なく、ただ楽しそうに。
そんな、どこにでもありそうな、けれどもとても綺麗な、この日だけの幸せの情景。
「もしかしたら、私達のやろうとしていることは余計なお世話なのかもしれませんね。だってほら、子供達にとってのサンタクロースはきっと隣にいる誰かなんですから」
その言葉は、その声は、彼女らしいとても優しい声。
愛情や親愛の気持ちの込められた、けれどどこか遠くを見守るような、そんな言葉。
その言葉を聞いて、小悪魔は何を思ったのだろうか。
彼女はただ静かに瞑目して、そして開いていた手帳をそっと閉じた。
浮かんでいるのは自嘲の笑みか、それとも、もっと違う喜びの笑みだったのか。
「妹様、私達もあそこに行きましょう!」
「いいの? プレゼントなんて何も用意できてないけど?」
「いいんですよ。見てくれだけのサンタクロースでも、やっぱりクリスマスには欠かせません。
それに、……心配しなくても、子供達には『本当』のサンタクロースがプレゼントを届けてきてくれますよ」
彼女のいうとおり。サンタクロースのいないクリスマスなんて餡子の入っていない饅頭みたいなものだ。
なら、私達は見てくれだけでもサンタクロースらしく振舞わなければなるまいよ。
だって、魔法少女は愛や勇気や希望だけじゃなくて、夢を届けるのだって仕事なのだ。
だから、子供達へのプレゼントは―――子供達だけのサンタクロースに任せるとしよう。
小悪魔と、美鈴に視線を向ける。
すると二人は、穏やかな笑顔でコクリと頷いてくれた。
眼下に視線を向ければ、早苗と小傘がこちらに気がついたみたいでひらひらと手を振ってくれている。
思わず、苦笑がこぼれた。
せっかく脅かそうと思っていたのに、こんなにあっさり見つかるとは予想外だ。
でもまぁ、それでもいいか。私達がやることは変わりないんだし。
「二人とも、行くよ!! メリークリスマース!!」
そうして、私達は人里に舞い降りる。
七色の光で彩られた人里に、吸血鬼による聖夜のイベントを届けに。
▼
キィっと、軋んだ音を立てて部屋のドアが僅かに開いた。
部屋の主は疲れてすっかり夢の中。起きる様子がないことに安堵したのか、ドアを開けた張本人はほっと一安心したように中に忍び込む。
ソロリソロリと足音を殺して中に入れば、部屋の主である少女とは別に、もう二人の少女が一緒にベッドで眠りこけていて侵入者は呆れたようにため息をついた。
「まったく、相変わらず小悪魔に引っ掻き回されたのね。今回は美鈴も一緒だなんて」
起きる気配がないと悟って安心したのか、侵入者はそんな言葉をのたまう。
言葉とは裏腹に剣呑なものはなく、むしろどこか安堵の思いが混じった言葉。
侵入者は、部屋の主の少女の髪をさらさらと梳くように撫でる。
優しげな、愛しむような表情は、紛れもない眠りに落ちた少女に向けられたもの。
やがて、満足したのか侵入者はそっと起こさぬように、少女の傍らにプレゼントを置いた。
恐らく、両脇に眠る二人からのものであろうプレゼントと同じ場所に、丁寧に包装されたクリスマスプレゼントを。
ゆっくりと、侵入者は音もなくその場から立ち去った。
部屋から出ようとドアに手をかけて、ふと、侵入者は立ち止まってもう一度眠り続けている部屋の主に視線を向けた。
優しさと、温かさと、そして親愛の情を込めた、そんな笑顔で。
「メリークリスマス。よい夢を、フラン」
そんな言葉を残して、侵入者―――レミリア・スカーレットは部屋を後にした。
まるで子供達に夢を配る御伽噺のような、優しいサンタクロースのように。
星々が輝く満天の夜空の中、今回の催しの張本人はそんなことをのたまった。
いつもの司書姿ではなく、サンタクロースの格好をした彼女は控えめに見ても可愛らしいと形容できることだろう。
今日は12月24日。俗に言うクリスマス。
何が悲しくて吸血鬼の私がクリスマスを楽しまなきゃらないのかと思ったが、それを口にするのも野暮と言うものだろう。
まぁ、それはいい。いや、本当は良くないけど、今私が気にしていることに比べたら些細なことだ。
だからこそ、私は彼女に改めて問わねばなるまいよ。
「ねぇ、小悪魔」
「にゃんじゃらほい? 妹様?」
普段ならその不思議そうな表情が苛立ちを誘うこと請け合いなんだろうけれど、生憎と今の私にはそれを気にする余裕もない。
何故ならば。
「なんでさ、私の衣装だけこんなに短いの?」
彼女のサンタ衣装と違って、私のサンタ衣装はスカートな上に丈の短いタイプだったからである。
しかも黒のハイソックスにガーターベルトなんて言うものまで着用してるものだから、恥ずかしくて仕方がないのだ。
スカートの裾を押さえて、彼女を睨みつけてはいるんだけれど、きっと小悪魔には上目遣いに見てるぐらいにしか見えないんだろうなァ。
「魔法少女使用という事でアレンジしたんですけど、気に入りませんか? 可愛らしいですのに」
「で、でも恥ずかしいよこの格好。ていうか、なんでこの寒い冬にミニスカートなのさ。少し動いたら見えちゃうよ……」
「心配要りません。絶対見えないように魔法かけてますんで」
「え、何その無駄な用意周到ぶり。その努力を別の方向に向けなよ」
「まぁまぁ、それはともかくそんなにお恥ずかしいですか?」
「じゃあさ、小悪魔は私の格好を見てどう思うの?」
ジト目で睨みつけてやれば、彼女は意に介した風もなく「んー」としばらく考え込む。
やがて結論が出たみたいで、彼女はいつになく真剣な表情で私の姿を嘗め回すように見つめ。
「性欲を持て余す」
「ふんっ!」
「眼がぁッ!!?」
すっ呆けたことをほざき始めたんで思わずチョキで顔面をぶち抜いた。
空中でゴロゴロと転がりまわるなんていう器用な真似をやってのける小悪魔を見て、うっかりやりすぎたとちょっぴり反省。
そんな私に声をかけたのは、この場にいるもう一人の同居人の紅美鈴だった。
「大丈夫ですよ、妹様。とっても可愛らしいのは私と小悪魔さんが保証します。それにほら、私に比べたら全然可愛いです!」
「すんませんでしたッ!!」
彼女の言葉に思わず全力で謝ってしまう私。
だって、仕方ないじゃないか。今の美鈴の格好、デフォルメされたトナカイのきぐるみなのだし。
私や小悪魔はサンタなのに、何故に美鈴だけトナカイなのか。しかも、サンタの大きな白い袋も彼女持ちというこの所業。
というか、あの衣装用意したの誰だよ。軽く嫌がらせじゃないのさ。
「妹様、衣装を気にしている暇はありません! 幻想郷の全ての子供達が待っています!!」
「小悪魔、なんか目が眼鏡外したのび○君みたいになってるんだけど。いや、それ以前になんで私がサンタの真似事なんかしなくちゃいけないの?」
「妹様が魔法少女だからです! 魔法少女とは愛と勇気と希望を振りまく愛らしい存在! つまり、妹様が魔法少女だから夢を振りまくサンタになるのは当たり前だったのです!」
「チェーンソー振り回したり地球を真っ二つにするような魔法少女が、愛と勇気と希望を振りまいてるとは到底思えないんだけど?
むしろ恐怖と悪夢と絶望を振りまいてる気がしないでもないんだけど。そんなのがサンタクロースってどうなの?」
「心配要りません妹様! 世界中探せばそんなサンタクロースの一人や二人ぐらい!!」
「居るわけないでしょうがそんなサンタクロース!! もしいたとしてもトラウマになること請け合いだよ!?」
平然と当たり前のようにのたまう彼女にツッコミを入れていると、美鈴がまぁまぁと割って入ってくれた。
相変わらず楽しそうな小悪魔を見やり、盛大なため息を一つこぼした私を誰が責められようか。
でもまぁ、サンタクロースの真似事って言うのも意外と面白いのかもしれない。
魔法少女=サンタクロースなんていう小悪魔の持論には到底賛成できないけれど、いつもの人助けじゃなくてこういったこともいい経験になるだろうし。
早苗は(小傘を弄るので)忙しいみたいだし、こいしも(姉を弄るので)忙しいみたいでこの場にはいないし、たまにはこんな頓狂なことに付き合うのも悪くない。
「それで、どう配るのさ? 誰が何を欲しいのかなんてわからないし、私プレゼントなんて用意してないよ?」
「良くぞ聞いてくれました妹様!」
んっふっふーと人差し指を立てて得意げな表情を浮かべる小悪魔。
説明したりするのが好きなのか、あるいはその場のノリでそんなに上機嫌なのか。
彼女は心底楽しそうな表情を浮かべて言葉を紡ぎ始めた。
「実は既に、我等司書隊総動員で幻想郷の子供達にクリスマスプレゼントのアンケート調査を実施しました!」
「仕事しろよお前等」
「その結果が今の私の手にある手帳にまとめられています!
そして、美鈴さんのもつ袋は魔界に繋がっていまして、魔界の神様が仕事そっちのけで私達のために手帳に記されたプレゼントを袋を通じて送ってもらう手はずになっています!!」
「無視かよ。ていうか仕事しろ魔界の神様」
でもまぁ、彼女の説明でなんとなくは理解できた。
美鈴のもつ袋の先で、いつぞやの魔界の神様がスタンバッているのを想像するとなんか色々シュールだけど、気にするのは止めとこう。
あとの問題は子供達の住処だけど、小悪魔のことだからどうせ場所の調べもついているんだろうし、まぁ大丈夫なはずだ。
彼女、こういったイベントにはとことんこだわるタイプだし。
「そんなわけで、早速一人目行きましょう!!」
「はいはい」
「ふふ、なんだか楽しくなってきましたねぇ」
小悪魔の言葉に呆れる私と、どこか楽しそうな美鈴の声。
私達は一箇所に集まって、小悪魔が持っている手帳を覗き込む。
ペラリとページがめくられ、そこに書き記されていたのは。
―――優しかったあの日のお母さん。(人里在住の撫子さん)
「……」
「……」
「……」
思わず、絶句した。
私や美鈴はおろか、あの小悪魔ですら言葉を無くしてどう反応したものかと視線を彷徨わせている。
いや、なんというかその……一発目からいきなり内容がヘヴィすぎるんだけど!?
「こ、小悪魔……これはさすがに、ちょっと……」
「撫子ちゃん、お母さん死んじゃったのかな?」
「ダメです美鈴さん! 赤の他人の私達がそんな詮索しちゃいけません!! 彼女には私がべつのプレゼントを考えますから、次にいきましょう!!」
小悪魔がそんなことを言葉にして、慌てた様子で次のページをめくる。
そうして、次に現われた文字はと言うと。
―――ドSじゃない優しいあの日のお姉ちゃん。(妖怪の山在住のアオさん)
「用意できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その文字を見て思わず叫んだ私は絶対に悪くない。そう信じてる。
「ていうか何でニ連続で人間要求してくるのさ!!? つーかあの日っていつだよ!!? いつの日のお姉ちゃんやお母さんなら満足なんだよお前等!!?」
「妹様、落ち着いてください! 無理に用意しろなんていいませんから!!」
思わずツッコミを入れた私に、美鈴が慌てた様子で止めに入る。
そ、そうだった。今日は美鈴がいるんだったっけ。
うぅ、思わず叫んじゃったけど、今思うとそれを美鈴に見られてたわけで。
そう思うと、途端に恥ずかしくなってきた。
「……小悪魔、できれば人物系は除外してくれると嬉しいなァと……」
「そうですねぇ。どうあがいたって用意できませんし、人物系の方々には後で○×小悪魔饅頭でもプレゼントしましょう」
「うわぁ、いらねぇ」
絶対ハズレにとんでもないもんが仕組まれてそうなシロモノに、私が思わず本音を漏らしたのも気にせずに小悪魔は次のページをめくる。
なんか釈然としなかったけれど、まぁいいかと半ば投げやりに納得した私は再び小悪魔の手帳に視線を移し。
―――弟か妹が……欲しいです、安○先生。(人里在住の太郎君)
「って、言ッてる傍から人物系じゃないのよッ!!」
「メメタァッ!!?」
思わず小悪魔にハイキックをぶち込んでしまう私だったのである。
よろよろと後退する小悪魔は、吹き出した鼻血を抑えるように鼻を摘む。
フッフッフッと怪しげな笑みを浮かべる彼女に、うっかり強く蹴りすぎて頭おかしくなったのだろうかと心配したのだが。
「く、黒ですか妹様。今日は大人ですね」
「どこ見ての感想だそれ!!? ていうかその鼻血ってつまりそういうことかコラッ!!?」
「ストーップ!! 妹様、ストップです!!」
その心配がまったく無駄だと悟って殴りかかろうとしたら、美鈴に羽交い絞めされて止められた。
チチィッ!! あと一歩であの小悪魔の息の根を止めれたというのに!!
そんなやり取りを交わしていると、ふと美鈴の持っていた袋が光り輝いて、私達は驚いて其方に視線を向けた。
「うそ、反応してる!!?」
「えぇ!!?」
「まさか本当に弟か妹が出てくるの!!?」
私達の驚愕も他所に、袋が開いて何かが飛び出した。
それを咄嗟にキャッチして、まさか胎児じゃないだろうなと不安になったけど固い感触からそれはなさそうだ。
光が収まり、視界が戻ってくる。
そうして私達の目に飛び込んだのは、ピンク色の液体が入った怪しいビンと一通の手紙だった。
それを、小悪魔がつらつらと読み上げていく。
「えーっと何々、『その薬をお父さんお母さんにこっそり飲ませましょう。一年以内には妹か弟が増えています!』……つまり、そういう薬?」
「渡せるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怪しげな薬を全力で分投げた私は何も間違ってない。こんなもん純真な子供に渡せると思っているほうが絶対に間違ってる!
私の叫びに同意だったのか、小悪魔も美鈴もうんうんと頷いてくれた。
つーか、何考えてんの魔界の神様!? 超ド級のあんぽんたんかよ!!? ツッコミどころ多すぎるわ!!
「小悪魔、次!!」
「はーい!」
私の急かすような言葉に文句の一つも言わず、小悪魔は次のページをめくってくれた。
なんか早速先行きが不安になった私達だけれど、一度やると決めたことはやらないといけないと思うわけで。
そうして、私達の目に飛び込んできた次の文字は。
―――小傘さんの使用済み衣服が欲しいです!(妖怪の山在住の東風谷早苗さん)
「なんで早苗の分まであるのよ!!? ていうか用意できるかそんな欲望丸出しのプレゼント!!?」
「……妹様、非常に言いにくいんですが人里の男の子の6割が早苗さんと同じ回答なんですけど……」
「人里の子供達は訓練された変態の集まりなの!!? その子たちの将来が果てしなく不安なんだけど!!?」
「ちなみに、残り4割が妹様の使用済み衣服をお望みなんですけど……」
「爆発しろ人間の里!!」
どうしよう、絶望しか感じない。
なんだって人里でそんなことになっているというのか。要するに人里の男の子のほぼ10割が変態的な格好に目覚めてるってことじゃないのよ!!?
保護者としての責任を果たしてよ親御さんの方々ッ!!? しっかり教育しろ!!
「まぁまぁ、妹様おちついて。小悪魔さん、次のは何がありますか?」
「うーん、そうですねぇ」
私をなだめながら美鈴が小悪魔に問いかけると、彼女もこれは無理だとわかっているのかペラリとページをめくる。
一度、二度と深呼吸を繰り返し、気持ちが落ち着いたのを確認してから私は改めて小悪魔の手帳を覗き込み。
―――身長と大人の魅力。(地底在住の古明地さとりさん)
「……むしろ私が欲しいよ」
私の口から思わず本音がこぼれた。
なまじ本人を知っているだけに、私も小悪魔も、そして美鈴も微妙な雰囲気のまま複雑な感情を胸に秘める羽目になったのである。
ていうか、さとりは子供にカウントしてイイの? どう考えても子供って年齢じゃないよね?
……見た目はともかく。
「小悪魔、他にはないの?」
「うーん、そうですねぇ」
私のつかれきった言葉に、彼女もどこか疲労の色が見える顔で手帳のページをめくる。
まだ配達もしちゃいねぇと言うのにこの疲労感。先が思いやられるったらありゃしない。
そうして、彼女がめくった先に記された文字は。
―――金。(博麗神社在住の博麗霊夢さん)
「って一文字かよ!! しかも内容が物欲的過ぎるんだけど!!?」
「シンプルイズベストですね」
「シンプルにも程があるでしょうが!!? ていうか内容が欲望まみれなんだけど巫女としてそんなんでイイの霊夢ッ!!?
ちくしょう、幻想郷の子供達はダメな奴ばっかりか!!?」
八雲紫、あなたには悪いけれど幻想郷はもう駄目かもしんない。いや、わりと大真面目に。
だって、どいつもコイツも子供らしからぬ欲望にまみれたプレゼント要求してくる始末。
子供は夢と希望に満ち溢れてるものだって話をいつか聞いた気がするけど、どいつもコイツも汚い欲望ばっかりじゃないか!
「妹様」
「何、美鈴」
疲れたように言葉を返しながら美鈴に視線を向ければ、彼女はにこやかに笑顔を浮かべながら下に指をさした。
一体なんだろうと不思議に思って、其方に視線を向けてみれば。
「……あ」
思わず、言葉がこぼれた。
いつの間にか、私達は人里のほうまで浮遊しながら流されていたらしい。
眼下に広がっていたのは、魔法の光で美しく彩られた人里の光景だった。
一体誰が教え広めたのやらと思って、東風谷早苗や多々良小傘が楽しそうにイルミネーションを飾る姿を見て、その答えを知る。
七色の光が、月明かりと提灯の明かりしかなかったはずの人里を明るく彩るその姿は、なんと美しいことか。
その明かりに照らされて、親と子が手を繋いで楽しそうに歩いている。踊っている。笑いあっている。
人間も、妖怪も。そんなの関係なく、ただ楽しそうに。
そんな、どこにでもありそうな、けれどもとても綺麗な、この日だけの幸せの情景。
「もしかしたら、私達のやろうとしていることは余計なお世話なのかもしれませんね。だってほら、子供達にとってのサンタクロースはきっと隣にいる誰かなんですから」
その言葉は、その声は、彼女らしいとても優しい声。
愛情や親愛の気持ちの込められた、けれどどこか遠くを見守るような、そんな言葉。
その言葉を聞いて、小悪魔は何を思ったのだろうか。
彼女はただ静かに瞑目して、そして開いていた手帳をそっと閉じた。
浮かんでいるのは自嘲の笑みか、それとも、もっと違う喜びの笑みだったのか。
「妹様、私達もあそこに行きましょう!」
「いいの? プレゼントなんて何も用意できてないけど?」
「いいんですよ。見てくれだけのサンタクロースでも、やっぱりクリスマスには欠かせません。
それに、……心配しなくても、子供達には『本当』のサンタクロースがプレゼントを届けてきてくれますよ」
彼女のいうとおり。サンタクロースのいないクリスマスなんて餡子の入っていない饅頭みたいなものだ。
なら、私達は見てくれだけでもサンタクロースらしく振舞わなければなるまいよ。
だって、魔法少女は愛や勇気や希望だけじゃなくて、夢を届けるのだって仕事なのだ。
だから、子供達へのプレゼントは―――子供達だけのサンタクロースに任せるとしよう。
小悪魔と、美鈴に視線を向ける。
すると二人は、穏やかな笑顔でコクリと頷いてくれた。
眼下に視線を向ければ、早苗と小傘がこちらに気がついたみたいでひらひらと手を振ってくれている。
思わず、苦笑がこぼれた。
せっかく脅かそうと思っていたのに、こんなにあっさり見つかるとは予想外だ。
でもまぁ、それでもいいか。私達がやることは変わりないんだし。
「二人とも、行くよ!! メリークリスマース!!」
そうして、私達は人里に舞い降りる。
七色の光で彩られた人里に、吸血鬼による聖夜のイベントを届けに。
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キィっと、軋んだ音を立てて部屋のドアが僅かに開いた。
部屋の主は疲れてすっかり夢の中。起きる様子がないことに安堵したのか、ドアを開けた張本人はほっと一安心したように中に忍び込む。
ソロリソロリと足音を殺して中に入れば、部屋の主である少女とは別に、もう二人の少女が一緒にベッドで眠りこけていて侵入者は呆れたようにため息をついた。
「まったく、相変わらず小悪魔に引っ掻き回されたのね。今回は美鈴も一緒だなんて」
起きる気配がないと悟って安心したのか、侵入者はそんな言葉をのたまう。
言葉とは裏腹に剣呑なものはなく、むしろどこか安堵の思いが混じった言葉。
侵入者は、部屋の主の少女の髪をさらさらと梳くように撫でる。
優しげな、愛しむような表情は、紛れもない眠りに落ちた少女に向けられたもの。
やがて、満足したのか侵入者はそっと起こさぬように、少女の傍らにプレゼントを置いた。
恐らく、両脇に眠る二人からのものであろうプレゼントと同じ場所に、丁寧に包装されたクリスマスプレゼントを。
ゆっくりと、侵入者は音もなくその場から立ち去った。
部屋から出ようとドアに手をかけて、ふと、侵入者は立ち止まってもう一度眠り続けている部屋の主に視線を向けた。
優しさと、温かさと、そして親愛の情を込めた、そんな笑顔で。
「メリークリスマス。よい夢を、フラン」
そんな言葉を残して、侵入者―――レミリア・スカーレットは部屋を後にした。
まるで子供達に夢を配る御伽噺のような、優しいサンタクロースのように。
ちくしょう、ほのぼのオチが素直に楽しめねえw
相変わらず歪みねぇ小悪魔と冴え渡るフランちゃんのツッコミ、そして若人達の先行きが超絶不安な人里の聖夜に乾杯!
面白かったです!
…X`mas?エックスマス?
あと、たまにはおチビちゃんも思い出してあげてください。お願いします。
ギャグかと思ったらまさかのほのぼのだったw
僕が使用済みの服を欲しがってもおかしくないわけだ。
ホルモンとフェロモンをさとりに。
楽しませていただきました。
フランちゃん、僕はちびこあが欲しいです。
まあ、彼女へのプレゼントは胃薬が最良かも知れませんが…
ゲストの薄幸二人に吹いた(笑)
小悪魔は優しいナア
「爆発しろ人間の里!!」
ごめんなさいフランちゃん・・・俺その4割のうちの1人です!(キリッ