拙作、作品集133『ナズーリンのパンティー』より一部設定を流用していますが、別に読まなくても大丈夫です。
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クリスマスである。
「私たちは成年を迎えた立派なレディーですから、プレゼントはもらえませんよね、ナズーリン」
「欲しいんだろう。プレゼント」
「はい」
「どんな下着がいいか……」
「下着以外で」
断られた。
けっこう長い時間をかけて、ご主人に似合う下着をカタログ取り寄せたりして調べていたのに、水の泡になった。困った。
「じゃあ、ご主人はどんなプレゼントが欲しいんだい」
「それは」
と言って、私の頭をなでる。背が高いと思って、偉そうだ。
「ナズーリンが考えてください。私も、ナズーリンが喜んでくれるようなプレゼントを考えることにします。ふふ、楽しみですね」
と言って、あごに指をつけてフムフムと考えながら行ってしまった。
困った。
私は一流のダウザーで、失せ物探しならどんなものだってすぐさま見つけてみせるが、人に贈り物をするとなるとからきし弱い。この前も、一輪の誕生日にグラニュー糖の詰め合わせをプレゼントしてしまってなんか微妙な雰囲気になった。
あの時の失敗を、ご主人で繰り返すわけにはいかない。
私は頭をひねった。そもそも、クリスマスとは何の日だったか。そのへんから考えていくほうが、真面目なご主人には受けがいいんじゃないかと思った。
クリスマスはイエス・キリストの聖誕祭で、サンタクロースというなんかやたら赤くてひげもじゃのおじいさんが幼女の枕元の靴下にプレゼントを入れていってくれるという伝説がある。
幼女じゃなくても別にいいが、幼女のほうがサンタさんも嬉しいだろう。
サンタクロースは4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教のニコラウスさんに起源があって、このニコラウスさんがある日貧しさのあまり三人の娘を嫁がせることのできない家を知った。あんまりにもお金がないので、娘は身売りされそうになっていたのだ。かわいそうになったニコラウスは、真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。金貨は煙突を通り、暖炉にかけられてあった靴下の中に見事にじゃらじゃら入った。おかげで娘は身売りから逃れ、無事お嫁に行くことができた。
いい話だ。
ここから導きだされる教訓は、
1.贈り物は現金がBest
2.でも現金を贈るとご主人がお嫁入りしてしまう
3.でも現金を贈らないとご主人が身売りしてしまう
「ガッデム!」
私は叫んだ。何という究極の二択。
ご主人の身売りなど論外だが、お嫁に行ってしまうのも困る。
ご主人は永遠に私のご主人であり、おパンツ着せ替え用生体マネキンとして生きていってもらいたい。
懊悩する私に声をかける者がいた。なんかババくさい声だなと思ってそのとおりに言ったら超人パワーで殴られた。殴られた感じだと、超人強度は4100万パワーはありそうだった。
「君は……サムソン・ティチャー……?」
「白蓮です」
白蓮だった。へいこら謝って許してもらった。ババくさいというよりは、落ち着いていて、しっとりした声で、それは白蓮の見た目よりかはるかに経験を重ねているように聞こえるのだったが、まあ、実際そのとおりなのだからしかたない。
やあ白蓮、今日も髪のグラデーションがナウいフィーリングだね、それってまじチョベリグ、と私は言った。
白蓮はちょっと照れたようだったが、すぐに気をとりなおして、
「あなたはその調子で、星も口説いているのでしょう」
「口説いてなんかいない。私は思ったことを言っているだけだよ。繰り返すがほんとうに口説いていない。微妙なのは謝るが」
「星は、あなたの告白を待っています」
「え」
ドキドキした。何だそれは。
「新手のドッキリかい?」
「違いますよ。私にはわかるのです。あなたたちふたりはお互いに恋をしています。素直になれないだけ」
「わかったようなことを言うね……」
顔が熱くなった。
クリスマスだからかもしれないが、白蓮もテンションが上がっているようだった。宗教違うのにいいのかな、と思ったが、今更だ。
恥ずかしさをこらえていると、白蓮が私の頭をなでた。ご主人といい、何だってでかい奴らは私の頭をなでるのだろう。
「ナズーリン、心のままに生きなさい。ジレンマを抱え込んでしまってはいけないわ。そのままだと、この前読んだ『NANA』のレンみたいなことになってしまうわ」
「タクミとレイラがやっちゃったのは、正直どうかと思ったね」
うんうん、と白蓮はうなずく。
私もうなずいた。察するに白蓮は少女漫画の話をしたいだけだったようだが、ジレンマを抱え込んでいる、というのは、たしかにちょうどそのとおりでもあった。
それじゃだめ、と、われらが姐さんが言うのだから、そのとおりにしてやろう。
◆ ◇ ◆
屋根の上を歩く。月が満月から、少し欠けている。
雪が降らなくてよかった。私はネズミだから、寒さには弱い。猫ほどじゃないけど、寒くなると体がこわばって、何もできなくなってしまう。
鼻の下に手をやった。自分の息が指にかかった。いつもはもっと静かに呼吸をしているように思う。私はふところに手をやると、今夜何度目になるのか数えるのも馬鹿らしいが、ご主人への贈り物の、小さな袋がきちんとそこにあるのをたしかめた。サンタさんのプレゼント袋としてはかなりしょぼいが、私はみんなのサンタさんではない。完全オーダーメイド、ご主人専用の特注品だ。そのへんは我慢してもらおう。
サンタ服は白蓮に相談したら、嬉々として用意してくれた。たんすから普通に出てきたのでびっくりしたが、ミニスカだったのでさらにびっくりした。
全体的に真っ赤な衣装に身を包み、ちょろちょろ進んで私はご主人の部屋の上まで来た。命蓮寺は聖輦船が変形したもので、飛び立つときはがちょんがちょん変形して船の形になるのがかっこいい。村紗だけではなく、白蓮を慕うものみんなの自慢だ。屋根に穴あけるのは気が引けたが、煙突がないんだからしかたなかった。
「せーのっ」
村紗の部屋から拝借してきたアンカーを背中まで振り上げ、思い切り振り下ろそうとしたそのときだった。
「待てぇーい!」
と声がして、私の体にしゅるしゅるしゅると何かが巻きついた。自由を奪われて、私は派手にすっ転んでしまった。アンカーが手を離れて庭のほうに吹っ飛んでドラム缶風呂に入ってた一輪をなぎ倒してそのへんに突き刺さった。
「あんた、サンタね。もしやと思ってこちらのほうへ来てみたら、やっぱり勘が当たった」
「観念してプレゼントを渡しな。何、ちゃんと返すさ。私が死んだあと、香典返しでな」
「Alice Margatroid! YES I AM!」
巫女と魔理沙とアリスだった。
なんかアリスが半身になってビシッと右手を下ろして人差し指を地面に向けるポーズをとっていてカッコ良かった。
すると、この身に巻き付いているのはアリスの糸か。見えないくらい細いくせに丈夫で、まったく身動きがとれない。
「いったい何の用だい。すまないがこれ、外してくれないか」
焦っていたが、つとめて冷静を装って言う。
あまり騒ぐとご主人に感づかれてしまうかもしれない。
「お前、ナズーリンか? 赤い服を着ていたから気づかなかったぜ。でも、その服を着てるってことは、サンタだよな」
「そうだが、だから何の用だ」
「巫女、魔法使い、人形遣い。この三人が揃って聖なる夜に出歩いて、赤い服の奴を片っ端から狙っている。得られる解答はひとつだな」
魔理沙は帽子のつばをぴん、と上げてカッコつけると、
「サンタ狩りだ」
と言った。
超絶に頭悪そうだった。霊夢は得心したように腕を組んでうんうんとうなずいている。アリスは先程のポーズから移行してマイケル・ジャクソンみたいなポーズになっていた。あいかわらず手足の末端がビシッとしていて一ミリも動かなくてすごくカッコ良かった。
「何なんだそれは。サンタを襲って、どうするんだ」
「知れたこと。プレゼントを奪い、換金して、神社の運営資金にあてるのよ。具体的にはお肉食べるわ……その前にお米」
「お前のことだから、この前の宝塔みたいなお宝を持ってるんだろ?」
「何かカッコイイから参加したわ」
アリスがカッコ良すぎて好きになってしまいそうだった。ご主人がいなければ、心が動いていただろう。
こんな馬鹿どもにこの夜を邪魔させるわけには行かない。
私は唯一自由に動かせたしっぽを使って、縛られたまま何とかバランスをとって立ち上がった。が、その瞬間、巫女の陰陽玉が飛んできて私のあごに当たり、また倒れてのびてしまった。
「きゅう」
「もともとお前は近接戦闘が得意なタイプじゃないだろ。おとなしくよこせ」
魔理沙が私の体をごそごそまさぐり、ふところに手を入れる。そ、それはまずい。
「や、やめろ」
「へっへっへさわぐんじゃねーよおとなしくしてたほうがみのためだぜ天井のしみでもかぞえてればすぐにおわるしなによりそのほうがきもちいいってもんだぜ」
「ら、らめぇ」
しっぽでダウジングロッドを操って耳の穴から脳みそ掻きだしてやろうかと思った時だった。
「そこまでです!」
凛とした声が響いた。よく聞く声の、けれど滅多に聞くことのない声色の、怒気を含んだ厳しい声。
月に照らされてご主人が立っていた。
「ナズーリンは私の僕。それ以上の狼藉、許しはしません。離れなさい」
「ふん、上役が出てきやがったか。ちょうどいい、干支の終わりに宝物でも吐き出してもらおうか」
魔理沙は私から離れると、ご主人に向き直った。
(なんてことだ……)
ご主人に気付かれず、プレゼントを置いてくるのが今回のミッションだったのに。あとサンタ服を着ているのを見られて恥ずかしい。
それにしても、と私は思った。月光に照らされたご主人は美しかった。冬の月の光はとても冷たく見える。風が吹いていた。金色の短い髪が少し乱され、獣の鬣のようだ。同じように金色の瞳が、揺るぎもせずにこちらを見据える。ご主人はまるで、一枚の絵のように見えた。
私は少し息を止め、そして吐き出した。口で吐いたそれは少し白くなった。鼻で息をするのと、口でするのと、どちらが静かだろうか?
こういうご主人を見ると、私はもう、何もできなくなってしまう。
ご主人が少しずつ、近づいてくる。魔理沙は気圧されたのか、じりじりと後ろに下がる。
魔理沙の後ろから、アリスが声をかけた。何だか怒っているようだった。
「魔理沙」
「ん? 何だアリス」
ぼごん、と派手な音を立てて魔理沙が一回転した。
アリスに殴られたのだった。
「セクハラ野郎には天誅よ」
ぱんぱん、と手を払う。すごく怖かった。けれど人形が何体かすぐさま気絶した魔理沙のもとへ向かって、様子をみているのを見ると、いろいろ気を使ってはいるんだろうな、と思った。
巫女を見ると、両手を上げて我関せずのポーズをしていた。
あっけに取られた私とご主人が顔を見合わせたときだった。
「曲者、死ねえ!」
怒りに震えた全裸の一輪が声を張り上げ、その命に従い、雲山の巨大な拳が固まっていた私たちを上空から打ちぬいて潰した。
屋根に穴が空いて、真下のご主人の部屋に私たちはぼとぼと落ちた。
巫女だけは避けていて、そのままふわふわ飛んで帰っていった。
◆ ◇ ◆
「ひどい目にあったね」
「まったくです」
私たちは仲良くベッドを並べて永遠亭に入院していた。骨の二三本折れたくらいなら我慢するが、さすがに内蔵のほとんどと頭蓋骨が潰れていたので医者に行くよりしかたなかった。ご主人は丈夫なので頭蓋骨は無事だったが、私に付き合って泊まってくれた。
「明日には帰れるでしょう。それで、ナズーリン」
「ん」
「私にプレゼントを届けに来たんでしょう。いただけますか」
「今ここでそれを言うかなあ……」
私は頭を抱えた。頭蓋骨が痛かった。でもそれより恥ずかしかった。包帯ぐるぐるで、病院のベッドでなんて、あんまりにもロマンチックじゃないじゃないか。
「といいつつ、実はもう、ナズーリンのふところから落ちたのを拾っているのです」
「ええっ」
焦って横を見ると、ご主人が私の袋を両手のひらで捧げるようにして持っていた。真面目な瞳でじっくりそれを見ている。まるで凝視すれば、透けて中身が見えるとでもいうように。屋根の上で見た瞳とは全然違って、でも同じくらい真剣なんだろう、と私は思った。
「開けて、いいでしょうか」
私はため息をつくと、
「開けたいんだろう。開けるといいよ」
と言った。ご主人は笑顔で、
「はい」
と言う。開けると、中から銭貨がじゃらじゃら出てきた。銅貨が多いが、中には銀貨、少しだが金貨もあって、けっこうな金額になる。とはいえ財宝を集める程度の能力を持つご主人にとっては数える価値もないくらいの小銭だろうけど、今の私の全財産だ。
「お金、でしょうか」
ご主人はきょとんとした顔をしている。サンタクロースの由来となった、聖ニコラウスの逸話を教えてあげた。
「そんなわけで、お金をあげると娘はお嫁に行ってしまうし、お金をあげないと身売りをしてしまうんだ」
「ふむ。身売りは嫌ですね」
「だろう」
「だからと言って、お嫁に行く、というのも……もらい手がありません」
ご主人はさみしそうに言った。
「ナズーリンは、私の面倒を見るのがもう嫌になったんでしょうね。お嫁に行ってしまえ、というのも、わかりますけど、残念ながら愛嬌がなくって、行き遅れの身です。なるべく頼らないようにしますので、今しばらくおいてやってはいただけませんでしょうか」
「ああ、いや、そうじゃないんだ。そう思うと思ったけど。だからここで言うのは嫌だったんだよ」
私は一息ついて、気合を入れると、
「クリスマスのプレゼントは、お金をあげるのが一番いいみたいで、ご主人が身売りをするなんてのは論外だし、でも、お嫁に行ってしまうのも困るんだ。どうしようかって悩んだよ」
「はい」
「だから、ご主人、私と結婚してはくれないだろうか」
緊張して、心臓が口から飛び出そうだったが、何とか話を続ける。
「白蓮が言ってたんだ。ジレンマを抱えるのはよくない、って。お嫁に行かせるのが嫌だったら、お嫁にもらえばいいんだ、って思ったよ。どうだろう。甲斐性なしの私だけど、ご主人の失せ物を探すのは得意だよ。似合う下着を見つけるのなら得意中の得意だ。そういえばこの前、よさげなカタログを見つけたから、今度一緒に見よう。ご主人?」
弾みがつきすぎて、口がぺらぺら回って、止まらなくなりそうだったので無理やり止めた。止めたら恥ずかしさで死ぬかと思ったが生きていた。横を見ると、ご主人が真っ赤な顔でわたわたしながら、
「ふ、ふつつかものですがっ!」
と言った。
一緒に入院していた魔理沙とアリスが「やだ、あの人たち、やらしー」みたいな視線でこちらを見ていた。
私はご主人に負けないくらい真っ赤になりながら、暴れるご主人の手を捕まえて、指をからめてやった。
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クリスマスである。
「私たちは成年を迎えた立派なレディーですから、プレゼントはもらえませんよね、ナズーリン」
「欲しいんだろう。プレゼント」
「はい」
「どんな下着がいいか……」
「下着以外で」
断られた。
けっこう長い時間をかけて、ご主人に似合う下着をカタログ取り寄せたりして調べていたのに、水の泡になった。困った。
「じゃあ、ご主人はどんなプレゼントが欲しいんだい」
「それは」
と言って、私の頭をなでる。背が高いと思って、偉そうだ。
「ナズーリンが考えてください。私も、ナズーリンが喜んでくれるようなプレゼントを考えることにします。ふふ、楽しみですね」
と言って、あごに指をつけてフムフムと考えながら行ってしまった。
困った。
私は一流のダウザーで、失せ物探しならどんなものだってすぐさま見つけてみせるが、人に贈り物をするとなるとからきし弱い。この前も、一輪の誕生日にグラニュー糖の詰め合わせをプレゼントしてしまってなんか微妙な雰囲気になった。
あの時の失敗を、ご主人で繰り返すわけにはいかない。
私は頭をひねった。そもそも、クリスマスとは何の日だったか。そのへんから考えていくほうが、真面目なご主人には受けがいいんじゃないかと思った。
クリスマスはイエス・キリストの聖誕祭で、サンタクロースというなんかやたら赤くてひげもじゃのおじいさんが幼女の枕元の靴下にプレゼントを入れていってくれるという伝説がある。
幼女じゃなくても別にいいが、幼女のほうがサンタさんも嬉しいだろう。
サンタクロースは4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教のニコラウスさんに起源があって、このニコラウスさんがある日貧しさのあまり三人の娘を嫁がせることのできない家を知った。あんまりにもお金がないので、娘は身売りされそうになっていたのだ。かわいそうになったニコラウスは、真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。金貨は煙突を通り、暖炉にかけられてあった靴下の中に見事にじゃらじゃら入った。おかげで娘は身売りから逃れ、無事お嫁に行くことができた。
いい話だ。
ここから導きだされる教訓は、
1.贈り物は現金がBest
2.でも現金を贈るとご主人がお嫁入りしてしまう
3.でも現金を贈らないとご主人が身売りしてしまう
「ガッデム!」
私は叫んだ。何という究極の二択。
ご主人の身売りなど論外だが、お嫁に行ってしまうのも困る。
ご主人は永遠に私のご主人であり、おパンツ着せ替え用生体マネキンとして生きていってもらいたい。
懊悩する私に声をかける者がいた。なんかババくさい声だなと思ってそのとおりに言ったら超人パワーで殴られた。殴られた感じだと、超人強度は4100万パワーはありそうだった。
「君は……サムソン・ティチャー……?」
「白蓮です」
白蓮だった。へいこら謝って許してもらった。ババくさいというよりは、落ち着いていて、しっとりした声で、それは白蓮の見た目よりかはるかに経験を重ねているように聞こえるのだったが、まあ、実際そのとおりなのだからしかたない。
やあ白蓮、今日も髪のグラデーションがナウいフィーリングだね、それってまじチョベリグ、と私は言った。
白蓮はちょっと照れたようだったが、すぐに気をとりなおして、
「あなたはその調子で、星も口説いているのでしょう」
「口説いてなんかいない。私は思ったことを言っているだけだよ。繰り返すがほんとうに口説いていない。微妙なのは謝るが」
「星は、あなたの告白を待っています」
「え」
ドキドキした。何だそれは。
「新手のドッキリかい?」
「違いますよ。私にはわかるのです。あなたたちふたりはお互いに恋をしています。素直になれないだけ」
「わかったようなことを言うね……」
顔が熱くなった。
クリスマスだからかもしれないが、白蓮もテンションが上がっているようだった。宗教違うのにいいのかな、と思ったが、今更だ。
恥ずかしさをこらえていると、白蓮が私の頭をなでた。ご主人といい、何だってでかい奴らは私の頭をなでるのだろう。
「ナズーリン、心のままに生きなさい。ジレンマを抱え込んでしまってはいけないわ。そのままだと、この前読んだ『NANA』のレンみたいなことになってしまうわ」
「タクミとレイラがやっちゃったのは、正直どうかと思ったね」
うんうん、と白蓮はうなずく。
私もうなずいた。察するに白蓮は少女漫画の話をしたいだけだったようだが、ジレンマを抱え込んでいる、というのは、たしかにちょうどそのとおりでもあった。
それじゃだめ、と、われらが姐さんが言うのだから、そのとおりにしてやろう。
◆ ◇ ◆
屋根の上を歩く。月が満月から、少し欠けている。
雪が降らなくてよかった。私はネズミだから、寒さには弱い。猫ほどじゃないけど、寒くなると体がこわばって、何もできなくなってしまう。
鼻の下に手をやった。自分の息が指にかかった。いつもはもっと静かに呼吸をしているように思う。私はふところに手をやると、今夜何度目になるのか数えるのも馬鹿らしいが、ご主人への贈り物の、小さな袋がきちんとそこにあるのをたしかめた。サンタさんのプレゼント袋としてはかなりしょぼいが、私はみんなのサンタさんではない。完全オーダーメイド、ご主人専用の特注品だ。そのへんは我慢してもらおう。
サンタ服は白蓮に相談したら、嬉々として用意してくれた。たんすから普通に出てきたのでびっくりしたが、ミニスカだったのでさらにびっくりした。
全体的に真っ赤な衣装に身を包み、ちょろちょろ進んで私はご主人の部屋の上まで来た。命蓮寺は聖輦船が変形したもので、飛び立つときはがちょんがちょん変形して船の形になるのがかっこいい。村紗だけではなく、白蓮を慕うものみんなの自慢だ。屋根に穴あけるのは気が引けたが、煙突がないんだからしかたなかった。
「せーのっ」
村紗の部屋から拝借してきたアンカーを背中まで振り上げ、思い切り振り下ろそうとしたそのときだった。
「待てぇーい!」
と声がして、私の体にしゅるしゅるしゅると何かが巻きついた。自由を奪われて、私は派手にすっ転んでしまった。アンカーが手を離れて庭のほうに吹っ飛んでドラム缶風呂に入ってた一輪をなぎ倒してそのへんに突き刺さった。
「あんた、サンタね。もしやと思ってこちらのほうへ来てみたら、やっぱり勘が当たった」
「観念してプレゼントを渡しな。何、ちゃんと返すさ。私が死んだあと、香典返しでな」
「Alice Margatroid! YES I AM!」
巫女と魔理沙とアリスだった。
なんかアリスが半身になってビシッと右手を下ろして人差し指を地面に向けるポーズをとっていてカッコ良かった。
すると、この身に巻き付いているのはアリスの糸か。見えないくらい細いくせに丈夫で、まったく身動きがとれない。
「いったい何の用だい。すまないがこれ、外してくれないか」
焦っていたが、つとめて冷静を装って言う。
あまり騒ぐとご主人に感づかれてしまうかもしれない。
「お前、ナズーリンか? 赤い服を着ていたから気づかなかったぜ。でも、その服を着てるってことは、サンタだよな」
「そうだが、だから何の用だ」
「巫女、魔法使い、人形遣い。この三人が揃って聖なる夜に出歩いて、赤い服の奴を片っ端から狙っている。得られる解答はひとつだな」
魔理沙は帽子のつばをぴん、と上げてカッコつけると、
「サンタ狩りだ」
と言った。
超絶に頭悪そうだった。霊夢は得心したように腕を組んでうんうんとうなずいている。アリスは先程のポーズから移行してマイケル・ジャクソンみたいなポーズになっていた。あいかわらず手足の末端がビシッとしていて一ミリも動かなくてすごくカッコ良かった。
「何なんだそれは。サンタを襲って、どうするんだ」
「知れたこと。プレゼントを奪い、換金して、神社の運営資金にあてるのよ。具体的にはお肉食べるわ……その前にお米」
「お前のことだから、この前の宝塔みたいなお宝を持ってるんだろ?」
「何かカッコイイから参加したわ」
アリスがカッコ良すぎて好きになってしまいそうだった。ご主人がいなければ、心が動いていただろう。
こんな馬鹿どもにこの夜を邪魔させるわけには行かない。
私は唯一自由に動かせたしっぽを使って、縛られたまま何とかバランスをとって立ち上がった。が、その瞬間、巫女の陰陽玉が飛んできて私のあごに当たり、また倒れてのびてしまった。
「きゅう」
「もともとお前は近接戦闘が得意なタイプじゃないだろ。おとなしくよこせ」
魔理沙が私の体をごそごそまさぐり、ふところに手を入れる。そ、それはまずい。
「や、やめろ」
「へっへっへさわぐんじゃねーよおとなしくしてたほうがみのためだぜ天井のしみでもかぞえてればすぐにおわるしなによりそのほうがきもちいいってもんだぜ」
「ら、らめぇ」
しっぽでダウジングロッドを操って耳の穴から脳みそ掻きだしてやろうかと思った時だった。
「そこまでです!」
凛とした声が響いた。よく聞く声の、けれど滅多に聞くことのない声色の、怒気を含んだ厳しい声。
月に照らされてご主人が立っていた。
「ナズーリンは私の僕。それ以上の狼藉、許しはしません。離れなさい」
「ふん、上役が出てきやがったか。ちょうどいい、干支の終わりに宝物でも吐き出してもらおうか」
魔理沙は私から離れると、ご主人に向き直った。
(なんてことだ……)
ご主人に気付かれず、プレゼントを置いてくるのが今回のミッションだったのに。あとサンタ服を着ているのを見られて恥ずかしい。
それにしても、と私は思った。月光に照らされたご主人は美しかった。冬の月の光はとても冷たく見える。風が吹いていた。金色の短い髪が少し乱され、獣の鬣のようだ。同じように金色の瞳が、揺るぎもせずにこちらを見据える。ご主人はまるで、一枚の絵のように見えた。
私は少し息を止め、そして吐き出した。口で吐いたそれは少し白くなった。鼻で息をするのと、口でするのと、どちらが静かだろうか?
こういうご主人を見ると、私はもう、何もできなくなってしまう。
ご主人が少しずつ、近づいてくる。魔理沙は気圧されたのか、じりじりと後ろに下がる。
魔理沙の後ろから、アリスが声をかけた。何だか怒っているようだった。
「魔理沙」
「ん? 何だアリス」
ぼごん、と派手な音を立てて魔理沙が一回転した。
アリスに殴られたのだった。
「セクハラ野郎には天誅よ」
ぱんぱん、と手を払う。すごく怖かった。けれど人形が何体かすぐさま気絶した魔理沙のもとへ向かって、様子をみているのを見ると、いろいろ気を使ってはいるんだろうな、と思った。
巫女を見ると、両手を上げて我関せずのポーズをしていた。
あっけに取られた私とご主人が顔を見合わせたときだった。
「曲者、死ねえ!」
怒りに震えた全裸の一輪が声を張り上げ、その命に従い、雲山の巨大な拳が固まっていた私たちを上空から打ちぬいて潰した。
屋根に穴が空いて、真下のご主人の部屋に私たちはぼとぼと落ちた。
巫女だけは避けていて、そのままふわふわ飛んで帰っていった。
◆ ◇ ◆
「ひどい目にあったね」
「まったくです」
私たちは仲良くベッドを並べて永遠亭に入院していた。骨の二三本折れたくらいなら我慢するが、さすがに内蔵のほとんどと頭蓋骨が潰れていたので医者に行くよりしかたなかった。ご主人は丈夫なので頭蓋骨は無事だったが、私に付き合って泊まってくれた。
「明日には帰れるでしょう。それで、ナズーリン」
「ん」
「私にプレゼントを届けに来たんでしょう。いただけますか」
「今ここでそれを言うかなあ……」
私は頭を抱えた。頭蓋骨が痛かった。でもそれより恥ずかしかった。包帯ぐるぐるで、病院のベッドでなんて、あんまりにもロマンチックじゃないじゃないか。
「といいつつ、実はもう、ナズーリンのふところから落ちたのを拾っているのです」
「ええっ」
焦って横を見ると、ご主人が私の袋を両手のひらで捧げるようにして持っていた。真面目な瞳でじっくりそれを見ている。まるで凝視すれば、透けて中身が見えるとでもいうように。屋根の上で見た瞳とは全然違って、でも同じくらい真剣なんだろう、と私は思った。
「開けて、いいでしょうか」
私はため息をつくと、
「開けたいんだろう。開けるといいよ」
と言った。ご主人は笑顔で、
「はい」
と言う。開けると、中から銭貨がじゃらじゃら出てきた。銅貨が多いが、中には銀貨、少しだが金貨もあって、けっこうな金額になる。とはいえ財宝を集める程度の能力を持つご主人にとっては数える価値もないくらいの小銭だろうけど、今の私の全財産だ。
「お金、でしょうか」
ご主人はきょとんとした顔をしている。サンタクロースの由来となった、聖ニコラウスの逸話を教えてあげた。
「そんなわけで、お金をあげると娘はお嫁に行ってしまうし、お金をあげないと身売りをしてしまうんだ」
「ふむ。身売りは嫌ですね」
「だろう」
「だからと言って、お嫁に行く、というのも……もらい手がありません」
ご主人はさみしそうに言った。
「ナズーリンは、私の面倒を見るのがもう嫌になったんでしょうね。お嫁に行ってしまえ、というのも、わかりますけど、残念ながら愛嬌がなくって、行き遅れの身です。なるべく頼らないようにしますので、今しばらくおいてやってはいただけませんでしょうか」
「ああ、いや、そうじゃないんだ。そう思うと思ったけど。だからここで言うのは嫌だったんだよ」
私は一息ついて、気合を入れると、
「クリスマスのプレゼントは、お金をあげるのが一番いいみたいで、ご主人が身売りをするなんてのは論外だし、でも、お嫁に行ってしまうのも困るんだ。どうしようかって悩んだよ」
「はい」
「だから、ご主人、私と結婚してはくれないだろうか」
緊張して、心臓が口から飛び出そうだったが、何とか話を続ける。
「白蓮が言ってたんだ。ジレンマを抱えるのはよくない、って。お嫁に行かせるのが嫌だったら、お嫁にもらえばいいんだ、って思ったよ。どうだろう。甲斐性なしの私だけど、ご主人の失せ物を探すのは得意だよ。似合う下着を見つけるのなら得意中の得意だ。そういえばこの前、よさげなカタログを見つけたから、今度一緒に見よう。ご主人?」
弾みがつきすぎて、口がぺらぺら回って、止まらなくなりそうだったので無理やり止めた。止めたら恥ずかしさで死ぬかと思ったが生きていた。横を見ると、ご主人が真っ赤な顔でわたわたしながら、
「ふ、ふつつかものですがっ!」
と言った。
一緒に入院していた魔理沙とアリスが「やだ、あの人たち、やらしー」みたいな視線でこちらを見ていた。
私はご主人に負けないくらい真っ赤になりながら、暴れるご主人の手を捕まえて、指をからめてやった。
エンターティメント!
…クリスマス?何それ?
「ギャザー」の続きを楽しみにしております。
しかし、ナズーリンミニスカで身動きできないくらい拘束されたら見えるんじゃ………あ、ちょっと天狗に用があったのでいってきますね