「わぁ、雪だ」
窓の外にちらちらと降る白い結晶を見て、ユキは声を出した。
「……神綺様もこまめ」
マイもその後ろから言う。
魔界神である神綺は外の世界に合わせ、寒くなるこの季節には雪を降らせたりする。
「ねぇマイ、外出ない?」
「……こたつで蜜柑といきたいんだけど」
「やっぱり、駄目だよね?」
上目遣いでマイを見るユキ。
マイは思わず生唾を飲む。
「……仕方ない」
「え、いいの?ありがとうマイ」
無邪気に微笑むユキはマイの手をとる。
「なら、行こう!」
「……ん」
「うわぁ、寒い!寒いね、マイ!」
「……さみぃ」
笑って空を見上げるユキとは対照にマイは体を縮こまらせている。
「そんなマイには……じゃじゃーん!マフラー!」
今までどこに持っていたのか、ユキは長いマフラーを取り出した。
「……手作り?」
「ううん、市販の」
ユキはあははと笑う。
「ほんとは自分で作ろうと思ったんだけど……不器用なもので」
白黒のしましま模様のそれは、長さは1メートルと50センチはあるだろうか。小柄なユキやマイでなくても長すぎるくらいだ。
「ほらマイ、くるくる~」
ユキはマイの首にそれを優しく巻き付ける。マイも黙ってされるがままでいる。
「そしてこっちも……くるくる~」
マイの首に巻いて余った部分をユキは自らの首に巻く。
「……恋人じゃないんだから」
「えー、嫌?」
「……ん……嫌じゃない」
その言葉にユキは微笑んで、再び空を見た。
「マイは……雪は好き?」
「……寒くなければ」
その言葉にユキは「それじゃ溶けちゃうよ」と笑い、降ってきた雪を手の平に乗せた。
雪はすぐに体温で溶け、後には小さな小さな水溜まりだけが残る。
「私は好き。綺麗だし……私と同じ名前だから。……でも、儚いのがちょっと嫌かな?」
「…………」
マイは何も言わず、黙って聞いていた。
「なんかさ、私も最期はあんな風にあっさりと消えちゃうのかなー。とか思っちゃう。……それだったら凄く寂しいし、悲しいから」
「…………」
マイはまだ何も言わない。
同じマフラーを巻いたユキの隣で、静かに白い息を吐いた。
「地面に落ちて、溶けちゃう雪を見てると、私が今までやってる事なんて、最期には意味が無くなる。そんな気がして」
「……そんな事無い」
口を開いたマイは、ユキと向かい合う。
「……ユキと雪は違う……あくまでもユキはユキ。……やることに意味が無い訳が無い。……もしそうだったら、……いつもユキと一緒にいた私も……無駄な事をしてる」
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「……いいの、無意味じゃないから。……それに……雪だって……たくさん降れば降り積もる」
「うん……そうだね。そうだよ。……もう、私は何センチメンタルになってるんだ!私らしく無い!よし、マイ、ちょっと街まで出掛けよう!」
「……ん」
頷くマイの手に、ユキはそっと自分の手を絡める。
マイの頬が微かに朱に染まった。
「行こ、マイ」
「……よかろう」
長いマフラーを巻いた二人の小さな魔法使いは、肩を寄せて歩く。
「あら、二人で楽しそうね」
「ユキとマイですか?」
自室の窓から外を眺めていた神綺の後ろから、夢子も同じように外を見る。
「仲良しなのは良いことね。……ねぇ、夢子ちゃん」
「何ですか?」
「私達も、外に出ない?」
「……駄目と言ったら?」
そう言う夢子は既に諦めの表情を浮かべている。
「無理矢理連れてく♪」
「はぁ……神綺様、お仕事が……」
「今日の分は終わったし良いじゃない」
「……さて、神綺様、こちらの書類は一体何でしょうか?」
「ま、まだあったの!?」
「仕方ないですから、これが終わったなら外行きましょう」
夢子は小さく笑う。
「流石夢子ちゃん、アメとムチの使い分けが上手いわね。実の母親まで手玉に取るとは……」
「無駄口叩いてないで、早く終わらせないと外出られませんよ?」
「むむ、そうだった!行くわよ!魔界神パワー!」
「マイ、あーん」
「……あーん」
「あはは、なんか楽しいね」
ユキマイ二人は、街中のレストランに入り、ユキはマイの口にチョコパフェを運ぶ作業を楽しそうにこなしている。
「マイはさ、私と神綺様だったらどっちが好き?」
「……ユキ」
「マイ、抱き着いていい?」
「……公共の場で抱くのはどうかと思います」
その間もユキはマイの口にチョコパフェを運ぶ。
「公共の場じゃなきゃいいの?」
「……ユキの癖に揚げ足を取ってくるか」
「いつまでも変わらないユキちゃんだと思わない方がいいよ」
ユキは不適に笑う。
「………………まぁ、家なら……」
「そっか……あはは」
「……笑うな」
顔を赤くしたマイはユキを睨みつける。
「だって今のマイ凄く可愛いよ?」
「……むぅ」
言葉が続かず、マイは俯いてしまう。
その間にユキは少しだけ余っているチョコパフェを平らげ、空にする。
「んじゃ、そろそろ次行こっか?」
「……ん」
マイは短く返事をして、ユキに続いた。
会計はユキが済ませ、再び一つのマフラーを二人で巻いてから外に出る。
「さむーい!寒いね、マイ!」
「……寒いのとかマジパス、私のトラウマが刺激される」
マイは早口で呟く。
「あ~、外から来たやつにボコボコにされたね~。足手まといの私と一緒だったから」
ユキはマイの顔を覗き込む。
「……いや、それは、その……」
「あはは、うそうそ。マイは、先にやられた私がとどめさされないように注意を逸らしてくれたんでしょ?」
「……別に、違う」
マイはぷいと顔を逸らす。
その顔が赤いのに気付かぬふりをしてユキは笑いかける。
「今更だけど、ありがとね」
「……だから違う」
「はいはい、そういう事にしておくよ」
「……むぅ、ユキの癖にどんどん小癪に」
「あはは」
声を出して笑ったユキの口から白い息が流れ出す。
「次はどうしようか?」
「……新しい靴下が欲しい」
「じゃあ、買いに行こう!」
「終わった!エンドオブ魔界神!あれ?これだとなんか私が終わるわね……」
「お疲れ様です」
「それじゃあ夢子ちゃん!お出かけしましょ!」
「……分かりました、約束ですものね」
「いやっふぅ!魚肉ソーセージ買い溜めしましょ」
「頼みますから前みたいに何個も箱買いしないて下さいよ……?」
「大丈夫よ、腐らない程度に買うから。あら、ユキちゃんマイちゃん、おっかえりー」
「ただいま、神綺様!」
「……ただいまです」
「あ、私達今からお出かけだからお留守番よろしくね」
「「サーイエッサー」」
神綺の言葉に二人は見事にハモった返事をした。
「くれぐれも悪戯しないこと。あと、おやつは冷蔵庫のプリンと、サイダーかオレンジジュース好きな方を飲んで良いから」
夢子は人差し指を立て、言い聞かせるように言う。
「は~い」
ユキは手を振って神綺と夢子を見送った。
「プリン、プリン、嬉しいな~♪」
変な歌を口ずさみながらユキは笑顔になる。
「……私が取ってくる」
「ん?珍しいね、マイが自分から」
「……たまには」
「じゃあ、お願い。私は先に部屋に行ってるから」
廊下を走っていくユキの背中を見て、マイは溜め息をつく。
それからゆっくり食堂へと歩きだす。
「あら?マイ様、どうかしましたか?」
食堂では数人のメイドが机や床の掃除をしていた。
「……おやつ」
「あ、もうそんな時間ですね。私がお持ちしましょうか?」
「……いい、自分で取る」
「そうですか、分かりました。あ、他のもの勝手に取らないでくださいね?」
マイは無言で頷くと食堂の奥、厨房に入り冷蔵庫を開ける。
中から二つのプリンとサイダーとオレンジジュースの瓶を一つずつ取り出す。
それらをお盆に乗せ、軽やかな足取りで自室の前まで行き、扉を開けた。
部屋にいたユキは窓の外を見ていてマイに気付いていないようだ。
「雪……積もって……」
そしてそう小さく呟いた。
「……やっぱりまだ気にしてるじゃない」
マイはお盆を卓上に置いた。
その音で初めてユキはマイがいることに気付く。
そんなユキを尻目にマイは部屋から出ようとする。
「どこいくの?」
「……トイレ」
素っ気なく返してマイは足早に部屋を出た。
「……ふぅ」
吐く息は白い線を描く。
「……仕方ない」
ちらちらと弱い雪が降り続ける中、マイは暖かい格好もせずにいた。
雪を見てから目を閉じ、小さく何かを呟く。
するとマイの足元に魔法陣が現れた。
それから右手を前方に向け、意識を集中させる。
マイは自分が持つ全ての魔力を使うつもりだった。
もっと雪を降らせる為に。
相棒の喜ぶ顔を見るために。
マイは白い空を睨みつけ、指を鳴らした。
静かな空にその音が響き渡る。
雪の降る強さは強くなる。
しかし、降り積もるまではまだ足りない。
「……降れ」
指を鳴らす。
「……降れ」
指を鳴らす。
「……降れ」
指を鳴らす度にマイの魔力は消費されていく。
魔界人にとって魔力は生命の源。使い続ければ命までもが枯れ果ててしまう。
「……降れって」
指を鳴らす。
もう左腕が上がらなくなった。
「……降れよ」
指を鳴らす。
足が動かなくなった。
マイは前のめりに倒れる。
額からは血が流れているにも関わらず、それでも尚、
「……何で降らない」
指を鳴らす。
指が動かなくなった。
そこまでしても、雪は強くならない。
弱々しくマイの上に落ちる。
「……ちくしょう」
私の魔力じゃ、足りない
私の力じゃ、ユキを喜ばせられない
こんなになっても、無理なんて
なんて、無樣なんだろう
マイは自嘲気味に笑みを浮かべ、目を閉じた。
かろうじて死にはしない、か……
こんなことなら、いっそ死んでしまった方が……
そこまで考えた時だった。
マイの視界に大きな雪が入って来た。
無理矢理体を動かし、仰向けになる。
空には無数の雪が舞い、マイに降り注ぐ。
「……私じゃ、ない」
マイ一人でここまでの事は出来ない。
いや、それ以前にこんなに広い範囲、魔界全土に及ぶような天候操作が出来るのなんて最初から一人しかいないのだ。
後でお礼を言っておこう。
そしてマイは小さく笑った。
「マイ!マイ!」
自分の名前を呼びながら駆けてくる相棒を見つけたから。
「マイ!どうしたの!?もうほとんど魔力無いよ!」
「……トイレで使いすぎた」
「そんな訳ないじゃん!」
マイを抱き抱えたユキは強く抱きしめる。
それからユキはマイの唇に自らの唇を重ねる。
暖かい魔力が流れ込んでくるのをマイは感じた。
「無理しないで……お願い……」
「……ごめん」
ユキの為にやったとは口に出さず、マイは素直に謝る。
「……でも、それより」
弱々しくマイは空を指差す。
「あ……雪が……」
マイの事しか目に入っていなかったらしく、そこで初めて気付いたユキ。
「……積もれ積もれ」
「…………うん!あはは、積もれ積もれ!」
結局、この雪はマイが降らせたものでは無かったが、それで良いと思っていた。
無駄な事じゃない。
マイはそう思っていた。
一粒の雪でしかないけど、それはきっと後に繋がるはずだと思うから。
それに、通過点がどうであれ、結局はユキの笑顔が見れたから。
それで充分だった。
「……ユキ」
「何?」
「……笑顔、可愛い」
「あはは、ありがと。でもね……」
「今のマイも、良い顔してるよ」
窓の外にちらちらと降る白い結晶を見て、ユキは声を出した。
「……神綺様もこまめ」
マイもその後ろから言う。
魔界神である神綺は外の世界に合わせ、寒くなるこの季節には雪を降らせたりする。
「ねぇマイ、外出ない?」
「……こたつで蜜柑といきたいんだけど」
「やっぱり、駄目だよね?」
上目遣いでマイを見るユキ。
マイは思わず生唾を飲む。
「……仕方ない」
「え、いいの?ありがとうマイ」
無邪気に微笑むユキはマイの手をとる。
「なら、行こう!」
「……ん」
「うわぁ、寒い!寒いね、マイ!」
「……さみぃ」
笑って空を見上げるユキとは対照にマイは体を縮こまらせている。
「そんなマイには……じゃじゃーん!マフラー!」
今までどこに持っていたのか、ユキは長いマフラーを取り出した。
「……手作り?」
「ううん、市販の」
ユキはあははと笑う。
「ほんとは自分で作ろうと思ったんだけど……不器用なもので」
白黒のしましま模様のそれは、長さは1メートルと50センチはあるだろうか。小柄なユキやマイでなくても長すぎるくらいだ。
「ほらマイ、くるくる~」
ユキはマイの首にそれを優しく巻き付ける。マイも黙ってされるがままでいる。
「そしてこっちも……くるくる~」
マイの首に巻いて余った部分をユキは自らの首に巻く。
「……恋人じゃないんだから」
「えー、嫌?」
「……ん……嫌じゃない」
その言葉にユキは微笑んで、再び空を見た。
「マイは……雪は好き?」
「……寒くなければ」
その言葉にユキは「それじゃ溶けちゃうよ」と笑い、降ってきた雪を手の平に乗せた。
雪はすぐに体温で溶け、後には小さな小さな水溜まりだけが残る。
「私は好き。綺麗だし……私と同じ名前だから。……でも、儚いのがちょっと嫌かな?」
「…………」
マイは何も言わず、黙って聞いていた。
「なんかさ、私も最期はあんな風にあっさりと消えちゃうのかなー。とか思っちゃう。……それだったら凄く寂しいし、悲しいから」
「…………」
マイはまだ何も言わない。
同じマフラーを巻いたユキの隣で、静かに白い息を吐いた。
「地面に落ちて、溶けちゃう雪を見てると、私が今までやってる事なんて、最期には意味が無くなる。そんな気がして」
「……そんな事無い」
口を開いたマイは、ユキと向かい合う。
「……ユキと雪は違う……あくまでもユキはユキ。……やることに意味が無い訳が無い。……もしそうだったら、……いつもユキと一緒にいた私も……無駄な事をしてる」
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「……いいの、無意味じゃないから。……それに……雪だって……たくさん降れば降り積もる」
「うん……そうだね。そうだよ。……もう、私は何センチメンタルになってるんだ!私らしく無い!よし、マイ、ちょっと街まで出掛けよう!」
「……ん」
頷くマイの手に、ユキはそっと自分の手を絡める。
マイの頬が微かに朱に染まった。
「行こ、マイ」
「……よかろう」
長いマフラーを巻いた二人の小さな魔法使いは、肩を寄せて歩く。
「あら、二人で楽しそうね」
「ユキとマイですか?」
自室の窓から外を眺めていた神綺の後ろから、夢子も同じように外を見る。
「仲良しなのは良いことね。……ねぇ、夢子ちゃん」
「何ですか?」
「私達も、外に出ない?」
「……駄目と言ったら?」
そう言う夢子は既に諦めの表情を浮かべている。
「無理矢理連れてく♪」
「はぁ……神綺様、お仕事が……」
「今日の分は終わったし良いじゃない」
「……さて、神綺様、こちらの書類は一体何でしょうか?」
「ま、まだあったの!?」
「仕方ないですから、これが終わったなら外行きましょう」
夢子は小さく笑う。
「流石夢子ちゃん、アメとムチの使い分けが上手いわね。実の母親まで手玉に取るとは……」
「無駄口叩いてないで、早く終わらせないと外出られませんよ?」
「むむ、そうだった!行くわよ!魔界神パワー!」
「マイ、あーん」
「……あーん」
「あはは、なんか楽しいね」
ユキマイ二人は、街中のレストランに入り、ユキはマイの口にチョコパフェを運ぶ作業を楽しそうにこなしている。
「マイはさ、私と神綺様だったらどっちが好き?」
「……ユキ」
「マイ、抱き着いていい?」
「……公共の場で抱くのはどうかと思います」
その間もユキはマイの口にチョコパフェを運ぶ。
「公共の場じゃなきゃいいの?」
「……ユキの癖に揚げ足を取ってくるか」
「いつまでも変わらないユキちゃんだと思わない方がいいよ」
ユキは不適に笑う。
「………………まぁ、家なら……」
「そっか……あはは」
「……笑うな」
顔を赤くしたマイはユキを睨みつける。
「だって今のマイ凄く可愛いよ?」
「……むぅ」
言葉が続かず、マイは俯いてしまう。
その間にユキは少しだけ余っているチョコパフェを平らげ、空にする。
「んじゃ、そろそろ次行こっか?」
「……ん」
マイは短く返事をして、ユキに続いた。
会計はユキが済ませ、再び一つのマフラーを二人で巻いてから外に出る。
「さむーい!寒いね、マイ!」
「……寒いのとかマジパス、私のトラウマが刺激される」
マイは早口で呟く。
「あ~、外から来たやつにボコボコにされたね~。足手まといの私と一緒だったから」
ユキはマイの顔を覗き込む。
「……いや、それは、その……」
「あはは、うそうそ。マイは、先にやられた私がとどめさされないように注意を逸らしてくれたんでしょ?」
「……別に、違う」
マイはぷいと顔を逸らす。
その顔が赤いのに気付かぬふりをしてユキは笑いかける。
「今更だけど、ありがとね」
「……だから違う」
「はいはい、そういう事にしておくよ」
「……むぅ、ユキの癖にどんどん小癪に」
「あはは」
声を出して笑ったユキの口から白い息が流れ出す。
「次はどうしようか?」
「……新しい靴下が欲しい」
「じゃあ、買いに行こう!」
「終わった!エンドオブ魔界神!あれ?これだとなんか私が終わるわね……」
「お疲れ様です」
「それじゃあ夢子ちゃん!お出かけしましょ!」
「……分かりました、約束ですものね」
「いやっふぅ!魚肉ソーセージ買い溜めしましょ」
「頼みますから前みたいに何個も箱買いしないて下さいよ……?」
「大丈夫よ、腐らない程度に買うから。あら、ユキちゃんマイちゃん、おっかえりー」
「ただいま、神綺様!」
「……ただいまです」
「あ、私達今からお出かけだからお留守番よろしくね」
「「サーイエッサー」」
神綺の言葉に二人は見事にハモった返事をした。
「くれぐれも悪戯しないこと。あと、おやつは冷蔵庫のプリンと、サイダーかオレンジジュース好きな方を飲んで良いから」
夢子は人差し指を立て、言い聞かせるように言う。
「は~い」
ユキは手を振って神綺と夢子を見送った。
「プリン、プリン、嬉しいな~♪」
変な歌を口ずさみながらユキは笑顔になる。
「……私が取ってくる」
「ん?珍しいね、マイが自分から」
「……たまには」
「じゃあ、お願い。私は先に部屋に行ってるから」
廊下を走っていくユキの背中を見て、マイは溜め息をつく。
それからゆっくり食堂へと歩きだす。
「あら?マイ様、どうかしましたか?」
食堂では数人のメイドが机や床の掃除をしていた。
「……おやつ」
「あ、もうそんな時間ですね。私がお持ちしましょうか?」
「……いい、自分で取る」
「そうですか、分かりました。あ、他のもの勝手に取らないでくださいね?」
マイは無言で頷くと食堂の奥、厨房に入り冷蔵庫を開ける。
中から二つのプリンとサイダーとオレンジジュースの瓶を一つずつ取り出す。
それらをお盆に乗せ、軽やかな足取りで自室の前まで行き、扉を開けた。
部屋にいたユキは窓の外を見ていてマイに気付いていないようだ。
「雪……積もって……」
そしてそう小さく呟いた。
「……やっぱりまだ気にしてるじゃない」
マイはお盆を卓上に置いた。
その音で初めてユキはマイがいることに気付く。
そんなユキを尻目にマイは部屋から出ようとする。
「どこいくの?」
「……トイレ」
素っ気なく返してマイは足早に部屋を出た。
「……ふぅ」
吐く息は白い線を描く。
「……仕方ない」
ちらちらと弱い雪が降り続ける中、マイは暖かい格好もせずにいた。
雪を見てから目を閉じ、小さく何かを呟く。
するとマイの足元に魔法陣が現れた。
それから右手を前方に向け、意識を集中させる。
マイは自分が持つ全ての魔力を使うつもりだった。
もっと雪を降らせる為に。
相棒の喜ぶ顔を見るために。
マイは白い空を睨みつけ、指を鳴らした。
静かな空にその音が響き渡る。
雪の降る強さは強くなる。
しかし、降り積もるまではまだ足りない。
「……降れ」
指を鳴らす。
「……降れ」
指を鳴らす。
「……降れ」
指を鳴らす度にマイの魔力は消費されていく。
魔界人にとって魔力は生命の源。使い続ければ命までもが枯れ果ててしまう。
「……降れって」
指を鳴らす。
もう左腕が上がらなくなった。
「……降れよ」
指を鳴らす。
足が動かなくなった。
マイは前のめりに倒れる。
額からは血が流れているにも関わらず、それでも尚、
「……何で降らない」
指を鳴らす。
指が動かなくなった。
そこまでしても、雪は強くならない。
弱々しくマイの上に落ちる。
「……ちくしょう」
私の魔力じゃ、足りない
私の力じゃ、ユキを喜ばせられない
こんなになっても、無理なんて
なんて、無樣なんだろう
マイは自嘲気味に笑みを浮かべ、目を閉じた。
かろうじて死にはしない、か……
こんなことなら、いっそ死んでしまった方が……
そこまで考えた時だった。
マイの視界に大きな雪が入って来た。
無理矢理体を動かし、仰向けになる。
空には無数の雪が舞い、マイに降り注ぐ。
「……私じゃ、ない」
マイ一人でここまでの事は出来ない。
いや、それ以前にこんなに広い範囲、魔界全土に及ぶような天候操作が出来るのなんて最初から一人しかいないのだ。
後でお礼を言っておこう。
そしてマイは小さく笑った。
「マイ!マイ!」
自分の名前を呼びながら駆けてくる相棒を見つけたから。
「マイ!どうしたの!?もうほとんど魔力無いよ!」
「……トイレで使いすぎた」
「そんな訳ないじゃん!」
マイを抱き抱えたユキは強く抱きしめる。
それからユキはマイの唇に自らの唇を重ねる。
暖かい魔力が流れ込んでくるのをマイは感じた。
「無理しないで……お願い……」
「……ごめん」
ユキの為にやったとは口に出さず、マイは素直に謝る。
「……でも、それより」
弱々しくマイは空を指差す。
「あ……雪が……」
マイの事しか目に入っていなかったらしく、そこで初めて気付いたユキ。
「……積もれ積もれ」
「…………うん!あはは、積もれ積もれ!」
結局、この雪はマイが降らせたものでは無かったが、それで良いと思っていた。
無駄な事じゃない。
マイはそう思っていた。
一粒の雪でしかないけど、それはきっと後に繋がるはずだと思うから。
それに、通過点がどうであれ、結局はユキの笑顔が見れたから。
それで充分だった。
「……ユキ」
「何?」
「……笑顔、可愛い」
「あはは、ありがと。でもね……」
「今のマイも、良い顔してるよ」
>エンドオブ魔界神!
吹いたwww