Coolier - 新生・東方創想話

私達の眼球キッス

2010/12/17 22:16:45
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*作品集130「メリーに首ったけ」から、メリー=ビアン、蓮子=ノンケ、という設定だけを流用して、展開から結末まで全て新たに作り直しました。なので、ストーリー上の関連は一切ありません。






 早くなった秋の夕刻。蓮子が大学の研究室で論文用の実験を行っていると、背後で、ガチャリと研究室のドアのノブが鳴った。誰か来たかな、と一瞬顔を向ける。が、いっこうにドアは開かれる気配がない。おや? と片眉をあげ、手を止めて今度は肩ごと向けて注視する。

(気のせい……?)

 と蓮子が思い始めた頃に、ようやくドアは開いた。いや、開き始めた、と言うか。ドアは、まるでホラー映画のようなもったいぶり方で、ゆっくりと押し開けられていくのだ。

(な、何なのよ)

 若干警戒しながら眉をひそめる。まさか大学構内で泥棒や変質者に出くわしたりはしないだろうが……。
 ドアの隙間が、人間一人がギリギリ横歩きで通り抜けられるかな、というくらいになった時だ。
 見覚えのある顔がヒョイッと現れた。

「およ?」

 ゼミの後輩である。特別親しい仲ではないけれど、何度か一緒に調べ物をしたり食堂で一緒にご飯を食べた事がある。だがそれはさておき、蓮子は首をかしげた。彼女はこの研究室には関係ない学生のはずだった。

「どうしたの?」

 後輩がその呼びかけに気づいて、蓮子と目が合う。

「あ! せ、先輩!」

 後輩はぎょっとした顔をして、それから、ささっと研究室に入ってきて、バンッ!とやかましい音でドアをしめた。後輩は室内をきょろきょろと見回して、他に誰もいないのを確認したようだった。それから、トトトトと早足で蓮子のそばにやってくる。
 どうも様子がおかしい。

「蓮子先輩。お、お話があります。ちょっと、い、い、いいですか!?」

 あからさまに声は裏返って、顔は真っ赤に強張って、おまけに両の拳をギュッとにぎっちゃったりなんかして。いつもはどちらかというと物静かな性格の後輩だ。その緊張っぷりは何かの喜劇のようだった。とにかく必死な感じはよく伝わってきて、ちょっと気おされてしまう。

「え、ええ。私を探してたの?」
「はい。こ、こここ、ここではなんなので、場所を変えませんかっ」
「う、うん。いいけど……」
 
 後輩は一瞬ほっとしたような顔をした。けれど、すぐにまた固い顔になって「では」とだけ言って蓮子を連れ出した。一緒にならんで廊下を歩く。後輩は、歩く姿までガチガチに緊張していた。適当に話かけても、「はい」、とか、「ええ」、とか口数の少ない返事のみ。

(あー……これはもしかして)

 この時にはもう、蓮子はおおむね後輩の用件に察しがついていたのだった。相手は違うが、これまでにも似たような事があった。

(やれやれ。またかぁ)

 と、内心で溜め息を吐きつつ、連れてこられたのは夕焼けの差し込む空き教室だった。

「それで、何の話?」

 なるべく、優しく声をかける。
 二人でこっそりと講義室に忍び込んでから、後輩はまだ一言も口を開いていない。ただ、組んだ両の手のひらをもじもじとさせながら俯いている。 夕日に染まる幻想的な沈黙の空間。時折どこか遠くの廊下から足音や会話のこだまが届いてくる。もちろん教室には二人きり。多分、悪くないムードなのだろう。
 けれど蓮子の心内は冷め切っていた。後輩には悪いとは思うのだが。

「あ、あのっ」

 後輩はいよいよ覚悟を決めたようで、握りこぶしに力をこめて、心を吐き出したのだった。
 そしてそれは、おおむね蓮子の想像通りの話だった。

「私、先輩には打ち明けます。先輩なら……きっと聞いてくれるって……今日こそは絶対言おうって……」

 一度深呼吸をしてから、後輩は打ち明けた。

「あの、私……ビアン、なんです!」

(あぁ先にそれを伝えるパターンか)

 相当に勇気をふりしぼっているであろう彼女には悪いと思うが、蓮子は特に驚きもせずくだらない分析をしていた。

(まぁ、まずはワンクッションあったほうが、聞くほうも理解しやすいよね)

 単刀直入に、好きです、とだけ言ってくる娘も過去にはいた。たしかはじめての被同性告白経験の時もそうだった。あれはたしか高2の夏だったか。初めての事でさすがに動揺して、つい相手に奇異の目を向けてしまって、あの時は悪いことしたなぁ、と今でも後悔している。

「えっ?」

 と、蓮子は一応は驚いたふりをした。相手も驚かれることを想定しているだろうから、その想定どおりに動いてあげるのが世話無くていいのだ。
 蓮子は場慣れしてしまっている自分に、苦笑いをする。

「それで、私……先輩の事が好きなんです!」
「ええっ……!!」

 衝撃の告白がはじけて、一瞬、教室は音の真空状態になった。……のだろう、彼女にとっては。
 しかし、その告白を受けたとうの蓮子は……。

(うー……何で私ってこう……レズの人に好かれるんだろう)

 運動場から聞こえてくる、カキーンというどこか間の抜けた音に耳を澄ましながら、どうしたものかなぁ……なんて考えていた。百合の花影も薔薇の香りも、心中には一切ない。今年にはいって三度目の経験に、ただうんざりしていた。

(やっぱメリーか? メリーと普段よく一緒にいるし、休みも結構一緒に行動してるし、そういう話を他の友達にしてるし……なんか、そういう趣味だとおもわれるのかしら? いやけど、メリーと会うまえから何度か告白された事あるし……うーん……)

「友達、からでもいいです! 私と付き合ってくださいっ」

 蓮子は結構本気で悩んでいたために、半ば自己世界に埋没してしまっていた。それで、後輩の気合のこもった声に、驚く。

「……ハッ! あ、ああ、ええと……うーん……」

 見ると、後輩は腰を前方に45度曲げたお願いしますポーズで蓮子に頭をさげている。
 蓮子は逃げ場を求めて、窓の夕焼けに目をやった。

(うー……助けてメリー)

 赤い空に、メリーの他人事な笑みが浮かんでいた。





「――なんて事があってさ。まいっちゃった。何で助けてくれなかったのよメリー」

 蓮子は占領したソファーにうつ伏せになりながらメリーに愚痴った。
 大学から近い、蓮子のワンルームマンション。
 今は、メリーも一緒にそこにいた。メリーは、大学の帰りが遅くなった日などは自宅に帰らず蓮子のアパートに泊まる。その日の晩御飯と食後のデザートが宿代だ。
 今夜のメニューは近所のスーパーの惣菜とケーキ。それに加えて蓮子が炊いた米である。すでに二人とも晩を食べ終わって、ケーキをつついている。

「さぁ。私がでしゃばって、勘違いされて修羅場になるのが嫌だったのかもね」

 メリーは適当に話をあわせて蓮子をあしらった。カーペットに座りソファーを背もたれにしてテレビを見ている。きっと、蓮子の話よりもテレビに意識が向いているのだろう。

「あー……まぁそんな風になっちゃうかもしれないなぁ」
「それでー? 返事は?」

 メリーの片手間な質問が、蓮子はちょっと気に入らない。まぁ、愚痴を聞いてもらっているのだから我慢するのだが。

「そりゃ、ごめんなさいしたに決まってるじゃない」
「あら、かわいそ」

 メリーはひょいと肩をすくめただけで、テレビから目を離さなかった。
 蓮子はその投げやりな態度に、むぅ、と頬を膨らませる。蓮子はメリーに相手をしてほしいのだ。蓮子の丁度目の前に、メリーの後頭部がある。蓮子は、流れ落ちる綺麗な金髪をひょいと一房、握った。親指と人差し指の腹で髪をこすると、細くて柔い繊細な感触が伝わってくる。

「ねぇメリー? 私ってなんかそういう、レズっぽい雰囲気ある? 引き寄せてるのかなぁ」
「んー」

 メリーは一言、気の無い返事をよこしただけだった。

「……むぅっ!」

 蓮子はすねて、くぃっくぃっと少し強めにメリーの髪を引っ張った。

「ちょっと! 痛いじゃない」

 と、さすがにメリーが振り向いた。
 蓮子はそのメリーに鼻を突き合わせる。

「だって。メリーったら話を聞いてくれないんだもの」
「聞いてるわよっ。蓮子の言った事を考えてたの!」
「……ふん、そりゃごめんなさいでした」

 蓮子は悪びれもせず唇をピルピルさせた。
 
「もぅ! ……蓮子って、男勝りと言うか、ひょうひょうとしているというか、わが道を行く性格でしょう? ビアンの娘達にとっては、それが頼もしく思えるのかもね。女性でありながら、男性的な魅力を持ち合わせてるって感じかな? それに、面倒見もいいしね。……実際の蓮子は、結構、かまってちゃんなのにね。まったく、枝毛になっちゃうじゃない」

 メリーは、引っ張られた髪を迷惑そうに整えながら言った。

「ふぅん、なるほど。けどイヤに詳しいじゃない。……まさかメリーも私のこと!」

 蓮子がふざけると、メリーの表情がゴキブリの交尾を見てしまったような顔になった。

「やめてよ気持ち悪い。それに詳しくて当たり前よ。一応精神分野の専攻ですから」

 メリーの嫌そうな顔は、まさに蓮子の期待通りの反応で、蓮子は楽しくなってケタケタと笑う。

「ひっどーい。けど、そっか……私も罪作りな女ねぇ」

 メリーは、馬鹿ね、というような顔をしてまたテレビの方を向いてしまった。
 蓮子はそんなメリーの後頭部を眺めながら、とりとめもない思考に走った。

「彼女、大丈夫かなぁ……。私が断ったらね、あの娘、泣き出しちゃったのよ」
「あら」
「泣きながらうったえるの。どうか自分がレズだって事は誰にも言わないでくださいって。もう見ててかわいそうでならなかった」
「まぁ、蓮子なら言いふらしたり蔑んだりはしないはず、とは考えてたと思うけれどね。でなきゃカミングアウトしないでしょ」
「そりゃもちろんそんな事はしないわよ。けど、慰めるのに必死だったんだから。これからも仲良くしようね、これからも友達でいようね、って」

 と、それまでテレビに目を向けていたメリーが、振り向いた。そして蓮子を非難した。

「ちょっと……蓮子ったらそんな事言ったの?」
「え……な、なんでよ。いけない?」

 メリーは、大きな溜め息をついた。

「あのねぇ、考えてみてよ。ふった相手に、仲の良い友達でいようねー、なんてわざわざ伝えて、それって追い討ちじゃない」
「え、ええー……?」

 半ばこんがらがった頭で蓮子は弁解する。

「ち、違うわよ。私は、貴方がレズだろうが一切気にしないよって言いたかっただけで……。これからも友達だよって……」
「ハァ……だからその言葉が余計でしょ……」

 メリーに白い目で見られて、蓮子がうぐっと声を詰まらせる。それからソファーに顔を埋めて、足をばたつかせた。

「あぁーん、ややっこしぃよぉ!」
「デリカシーの無い人……」

 呆れた言葉を言い捨てて、メリーはまたテレビに戻ってしまった。
 罰が悪くて、しばらくは蓮子も黙って、一緒にテレビを眺める。
 それでもやはり、後輩の事が気になってしまう。次会った時、あの娘はいつもの笑顔を見せてくれるのだろうか、などと考えて、蓮子はふと思い出した。

「ねぇメリー? 授業で聞いた気がするけど。何十年か前に、レズやゲイを治療する薬ができたんじゃなかった?」

 記憶をさぐるように、メリーの頭が傾いた。

「あぁ……たしかにあったわね」
「ほとんど普及しなかったんだっけ」
「うん。大きな人権運動が起こって、結局この国では認可されなかったの。ゲイ、ビアンの人達にとっては自分達の心を抹殺される事だったから。あなた達の感情は病気だ、って突然一方的に宣告されるなんて、とても受け入れられなかったのよ。『治療』っていう呼び方だって拒否した」

 それからすっとメリーが振り向いた。その瞳は奇妙に感情が見えなくて、蓮子は一瞬たじろいだ。

「私や蓮子だって、この瞳の事。病気だから治せなんて言われたら、どうする?」
「そりゃあ……」

 蓮子は想像して、憤りを感じた。

「余計なお世話だ! って怒る。この目だって私なんだもの」
「でしょ。人の心はそういうもの。たとえ自分が異端だと理解しても、己を否定することは難しい。ねぇ蓮子、何故その薬の事を聞いたの?」

 メリーが蓮子をじっと見つめて、問いかけた。蓮子はまた、メリーの瞳にいくらかの圧迫を感じた。

「なんとなくだけど……」
「ビアンはその薬を使うべきなんだ、なんて事考えてないわよね」

 メリーの冷たい声を聞いて、蓮子はようやくメリーのまとった無言の圧力を理解した。友人の良識を危ぶんでいたのだ。それを分かったと同時に、蓮子は少し声を怒らせる。

「馬鹿にしないでよメリー。私はそこまで了見の狭い人間じゃないつもりよ。そりゃあ同性愛は受け入れられないけど、だからと言ってその感情を否定したりなんかしないわ」

 蓮子が強くそう言うと、メリーは安心したように、微笑んだ。そしてまたテレビに目を向けた。

「そう。よかった」
「あたりまえじゃないの」

 それでなんとなく話に一段落がついて、蓮子はソファーから起き上がった。

「さて、私、明日早いからそろそろ寝るね」
「ん。私はもう少しテレビみてるから。お休み蓮子」
「あいよ。お休みメリー」

 歯を磨いて。着替えと、簡単なお肌の手入れを済ませて。蓮子はベッドに入った。
 後でメリーもベッドにもぐってくるのだから、真ん中には陣取らず片方は開けておく。
 二つならんだ枕を眺めて、男じゃなくて同性と枕を並べて寝ることになるとはね、と蓮子は苦笑いをした。
 
 ――ま、こんな気心が知れた親友がいるんだから。結構良い大学生活よね。

 ささやかな満足感を抱きながら、蓮子は枕に頬擦りをする。





 ――夢を見た。
 自分――幼い蓮子が、目を輝かせて天を仰いでいる。まるで銀河を間近で眺めているような、膨大な数の星が暗黒の空を輝かせていた。

「すごい星だなぁ蓮子」

 父の腕に抱かれている。そうして二人は一緒に星空を眺めていた。
 周りは昔住んでいた家の近所の公園らしかった。よく家族で遊びに行っていた場所だ。
 父の腕に守られて蓮子は何の不安もなく素直な瞳で星を眺めた。
 蓮子はふとある事を思い出した。7時になったら家に帰ってくるようにと、母に告げられていたのだ。そして今、もう7時になっている。星がそう蓮子に教えている。だから、父に伝えた。

「お父さん。7時だよ。帰らなきゃ」
「おや。もう?」

 父はそう言ってあたりを見回した。それから怪訝そうな顔をして蓮子に聞いた。

「蓮子? 時計はどこだい?」

 蓮子は当然のごとく答えた。

「お星さまよパパ。星を見れば分かるもの」

 蓮子は得意満面な笑顔で空を指した。
 だが唐突に、何の前触れも無しに父の顔が恐ろしげな表情に変った。小学校の頃一番嫌いだった鬼ババ教師みたいな顔に。

「嘘をつくんじゃない。星を見ただけで時間がわかるものか!」
「え? え?」

 突然の父の急変に蓮子は怯えた。
 怯えながら、嘘じゃないと何度もうったえた。けれど父はまったく取り合わなかった。
 そしてまた違う声が、蓮子の背後から浴びせかけられた。

「嘘つき!」
「え!?」
「嘘つき! 蓮子ちゃんの嘘つき!」

 後ろを振り向けば、覚えのあるような無いような顔の人間達が蓮子をとり囲んでいて、一斉に指をさした。そして口々に蓮子を罵った。

「嘘つき! 嘘つき! 蓮子は嘘つき!」
「違う! 違うよ!」

 あたりの景色は消えて、蓮子は暗闇に放り投げ出された。そしてあらゆる方向から恐ろしげな声が降ってくる。その中には父や母の声もあった。

「嘘じゃない! 信じて!」

 蓮子はしゃがみこんで耳をふさいだ。それでも、恫喝は何重もの山彦になって蓮子を取り囲んだ。
 今や周りのすべては暗黒になり、蓮子の世界は己を罵倒する人々の声に満たされた。

「やめて。やめてよぉ」
 
 自分の懇願さえも千の罵声にかき消されて聞くことをできない。

「嫌……誰か助けて……」

 そうして、心が死んでしまいそうになった、その時。
 そっと誰かが蓮子の肩に触れた。
 恐る恐る振り向く。するとそこに、

「蓮子」

 メリーがいた。
 暗闇の中に、柔らかな微笑みをたずさえて、メリーが立っている。
 メリーが蓮子に手を差し伸べて、二人の手が重なった。

「蓮子。今何時?」

 暗い闇の中で、メリーの声だけははっきりと聞こえた。
 気がつけば、蓮子をおどかしていた罵声は止んでいた。蓮子は再び夜の公園に立っていた。
 空には、全天を埋め尽くすまばゆい星々。父と眺めた空より、はるかに美しい。
 
「今は……」

 蓮子は星を見つめて、時間を答えた。また嘘つき呼ばわりされるのかと、不安を顔に浮かべながらメリーを伺う。
 だが、

「15分も遅刻!」

 メリーはちょっと怒った顔をして蓮子の肩を小突いた。けれど蓮子の言葉を信じてくれる。
 ほっとして、蓮子に笑顔が戻った。

「あはは。ごめん」
「もう……。じゃあ行くよ? 蓮子」

 メリーは呆れたように笑って、蓮子の手をとった。
 その手がとても暖かくて、蓮子の不安はもう何もかも吹き飛んでいた。その代わりに浮き立つようなワクワクする感情が心に流れ込んでくる。

「うん。行こうメリー!」

 蓮子は大きく頷いて、二人は共に並んで走り出す。
 二人の向かう先にはたくさんの楽しい未来が――





 ――夢から覚めて、視界に飛び込んできたのは闇に混ざったメリーの寝顔だった。

 一瞬、脳が、現実と夢を混同する。すぐに意識が覚醒してその二つを明確に分けた。
 体感で深夜二時か、三時か。
 自分が先にベッドに潜った後、しばらくしてメリーもベッドに入ってきた事を夢うつつに覚えている。
 そのメリーは今、蓮子の隣で無防備な寝顔をさらしながらスゥスゥと静かな寝息を立てている。蓮子は夢の中と同じ安心を、友の寝顔に抱いた。
 いつの間にか横向きになっていた姿勢を仰向けに戻し、暗い天井を見つめる。
 蓮子は今しがたの夢を思い返した。

「嘘つき、か」

 現実にはあんな言われを受けた事は無い。あれはきっと、蓮子が心の底で抱えている孤独感があのような夢になったのだろう。蓮子はそっと瞼を閉じて、瞳に手をあてた。

(私はずっと、この目が嫌いだった……)

 時々、自分の人生は夢ではないかと思う。科学では原理を説明できないこの奇怪な瞳。いつか目が覚めて、馬鹿な夢だったな、と笑う日が来る。そんな妄想にとらわれる事がある。
 だがこの世界は知りうる限り現実で。不可解な能力を備えた自分を、蓮子は恐ろしくも思う。世界の異端者であることが怖い。

「でも。今は」

 けれど今は、メリーがいる。メリーだけは自分の全てを知って理解してくれる。生まれてはじめて出あった、自分と同じ、歪みを共有する仲間。

「メリーと出会って……メリーが私を支えてくれて、初めて私は自分を好きになれたんだよ」

 日本人離れした美しい顔の友人に、心を寄り添う。世の中のどれほどの男どもが彼女の寝顔を見たがっているのかと想像して、おかしな優越感に浸ってクスリと笑った。
 蓮子は毛布の中でもぞもぞと手を動かして、こっそりとメリーの手を握った。互いの全てをわかちあった、かけがえのない純粋な友情がそこにある。

(ううん。友情なんて言葉じゃ足りない……もっと特別な……)
 
 蓮子は繋いだ手の平の暖かさに何よりの安心を得て、再び眠りにつく――





 二度目の――夢――

 今度は奇妙な、倒錯した夢だった。

 ――メリーが私にキスしてる……

 夢独特の、ぼんやりとした暗い色彩の世界で、目の前にはメリーの顔。メリーは瞳を閉じて、美しい金のまつげと前髪。唇と頬とが触れている。柔らかい。

「メリー……?」

 夢の蓮子が呟いた。触れ合っているお互いの唇が、ふにゃふにゃと押し合う感触。
 するとメリーがビクンと震えて、頭一つ分顔を離した。どことなく怯えた感じの目で蓮子を見下ろす。

「メリー……?」

 再びそう呟いた、その次の瞬間である。

「――え?」

 それはまるで寄せて返す津波のように、突如、これが現実であるという感覚がはっきりと蓮子を飲み込んだ。

「えっ!?」

 困惑と驚きを腕に込めて、自分を覗き込んでいるメリーを押しのける。
 飛び起きて、自分の意識をたたき起こす。
 深夜、電気の消えた自分の家、ベッドの上。今日の記憶――ご飯を食べた後、後輩に告白された話をメリーにして、自分は先に寝て、あとからメリーがベッドに入ってきて――。そして、今しがたの唇の感触。隣にいるメリー。
 すべて現実の感覚だった。
 
 唇に残った生暖かい感触に――鳥肌がたった。
 
「何してるのメリー!?」

 蓮子の性の価値観が一斉に拒否反応を起こした。
 唇をぬぐいながら呆然とする。
 メリーの強張った顔を、暗がりの中で凝視する。

「れ……蓮……子……その……」
「馬鹿じゃないの!? 何なのよもう!」

 唇に残るメリーの感触が、蓮子にヒステリックな悲鳴を上げさせた。ぬぐってもぬぐっても、後から後から嫌悪感がわいてくる。何が起こっているのか、まったく理解できない。
 蓮子はベッドから飛び出して、乱暴に蛍光灯のスイッチを入れた。
 暗がりの部屋に、目障りな眩しい光が広がる。
 蓮子はベッドの上のメリーを睨んだ。
 メリーは体を縮こませて、俯いている。その肩が小さく震えていた。
 だが、肩が震えているのは蓮子も同じだった。

「説明してよメリー! ねぇ? どういうこと!?」

 怖い。気持ち悪い。理解できない。同性にキスされたという現実が受け入れられない。
 目の前にいるメリーが、知らない誰かに思えてゾッとした。

「なんでこんな気持ち悪い事するの!?」

 叩きつける蓮子の怒声に、メリーは小さく呟いた。
 それは、消えてしまいそうな、震える声だった。蓮子が知っている凛としたメリーの影はもはやどこにも無かった。
 
「そ、の……寝ぼけて……つい……」

 それが真実だったならいい、と蓮子は思う。だが蓮子とメリーの深い仲が、メリーは嘘をいっていると蓮子に見破らせてしまう。

「そんなふうじゃないでしょ……!?」

 嫌悪と非難が、蓮子の心にあふれた。メリーはそれを感じて怯えるように、ただ頭をたれて、顔を青くしている。

「……ごめん……」

 メリーのかすれた呟きが、蓮子に非情な現実を突きつけた。

「本気で私に……してたの……?」

 メリーの行為をキスと呼ぶことさえ蓮子の心には耐えがたかった。もっとおぞましい別の何かだった。

「なんで……? なんでメリーが私に、するの……? 意味わかんない……なによそれ……」

 考えたくもない可能性が、すでに蓮子の頭の中にはある。だから声が震えた。体も震えた。親友との絆が、震えていた。この現実から逃げ出したかった。
 蓮子は言った。苦痛に喘ぐ悲しげな声だった。

「メリー。帰って。私どうしていいかわからない」
「蓮、子」

 重たい沈黙。
 蛍光灯の音が、虫の羽音のごとく騒いで耳障りに。

「出て行って」
「……」

 メリーは死にかけた小動物のような動きで、ようやく体を引きずってベットから降りた。鞄と、ドレスを手にとって、寝まきのまま、よろよろと玄関に向かった。
 蓮子は時計を見た。午前四時前。……寒空に追い出してメリーにこの後どうしろというのか。まだ電車も無い時間だ。
 ためらった後、蓮子は玄関に向かうメリーにかすれた声をかけた。感情の無い声だった。

「……待ってメリー。ソファーで寝て」

 蓮子はそれだけ言って、すぐに電気を消して、ベッドに逃げ込んだ。メリー用の枕を床につき落として、ベッドの真ん中で身を埋めた。頭まで毛布をかぶって、ソファーには背を向けた。
 それでも、メリーが動く音からは逃げられなかった。よろよろとしたその足音は玄関からまっすぐにソファーに向かって、メリーがソファーに倒れこむ音が聞こえた後は、何も聞こえなくなった。
 ただ小さな泣き声で、

「ごめんなさい」

 とだけ聞こえた。
 音がなくなって、闇の世界で蓮子はあらゆる混乱に襲われた。
 メリーに、友人に、キスをされた。その現実を処理するすべが、蓮子の心には無かった。友人との楽しい日々が、これからの未来が、突然何もかも真っ暗になってしまったようだった。悲しみか、苦しみか、叫びだしたくなるような負の衝動が、心の中で渦巻いた。
 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
 体感で三十分ほども苦しみ続けた後、蓮子は毛布から頭を出して囁いた。暗がりになれた瞳に、ぼんやりとソファーが見える。その上に横たわる、メリーの姿も。

「……メリーはレズなの?」

 暗い部屋に、囁きが広がる。離れてしまったメリーのところまで、たしかにその言葉は届いた。
 暗闇の奥から、切なげな返事が投げ返されてきた。

「私ずっと、蓮子。貴方の事が好きだった。……ごめん」

 その言葉は未知の怪物となって蓮子に襲い掛かった。今までにうけた告白のどれよりも、蓮子の心を脅かした。
 蓮子はまた頭まで毛布を被った。ベッドの上で、蓮子は一人ぼっちになった。ふいに涙が一筋こぼれて頬と枕を濡らした。





 朝日がカーテンを照らす頃、メリーはそっと帰っていった。蓮子はそれに気づいていたけれど、声をかけることができなかった
 酷いことを言ってしまったという後悔はあったし、それを謝りたい気持ちもあった。けれど心に、メリーを拒否する気持ちが粘りついてしまっている。
 メリーの足音が遠くに消えて、蓮子はベッドから降りて、洗面台で顔を洗う。鏡に映っているのは、一睡もしていない酷い顔。
 部屋にもどって、メリーが眠っていたソファーに目を向ける。メリーが枕代わりにつかったであろうクッションに、大きな染みができていた。
 涙だろうか。涙だとしたら、蓮子と比べ物にならないくらいに、メリーは泣いたのだ。
 友人の気持ちを考えると蓮子は胸が痛んだ。だが、唇に残るキスの感触はどうしようもなく不快で、その友情をもかき消そうとする。

「メリー……」

 カーテンを開ける。
 朝日眩しく、空は青い。だが、そんな陽の光も蓮子の心までは照らしてくれなかった。
 蓮子は、今日は大学休もうか、とさえ考えてしまう。けれど、気持ちになんとか活を入れて、大学へ行った。家にいたら、泣いてしまいそうだった。
 講義は何一つ頭に入らず、講師の声は耳から耳へと素通りしてゆく。頭の中にあるのはメリーの事だけだった。正確には、メリーとのこれからの関係、というべきか。

 ――メリーはレズで、そして私の事が好き? ……どうしたらいいの?

 その問題の解を求める事は、どんな定理の証明よりも難しく思えた。メリーは得がたい大親友であり、また異能を共有する仲間なのだ。簡単に縁を切って、はいそれでお終い、なんて事は蓮子自身も望んでいない。
 けれども、メリーが同性愛者であるという事実は、軽くない。いや、ただ同性愛者であるだけなら、まだよかった。性癖はどうあれ、メリーの人格は信じている。だが……その思いが自分に向いているとなると。
 答えが、でない。
 その日、大学でメリーと会う事はなかった。あるいは不可抗力でメリーとすれ違えるかもしれないと思っていたのだが。
 帰宅して、味気のない晩御飯を食べる。ふとカレンダーに目がとまって、明日が週半ばの祝日である事を思い出した。明日は、秘封倶楽部の活動予定だった。

「……どうしよ」

 一度電話してみようか、と思う。けれど、躊躇ってしまう。

「ああもう……私はどうしたいのよ……!」

 苛立って、テーブルに拳を振り下ろす。ガシャンと、空になっていた茶碗が跳ねた。
 結局、電話することは出来なかった。そしてまた、メリーから電話が来る事も無かった。
 翌朝、蓮子は一人で目覚め、一人でご飯を食べる。そして、一人で秘封倶楽部の活動をはじめる。家の玄関を開けると、晴れやかな秋の朝空が、どこまでもむなしく広がっていた。青が眩しすぎて、蓮子は手をかざしながら目をしかめた。
 日本三夜景地の一つ、六甲山系摩耶山の山頂展望台『掬星台』。蓮子は、訪れる予定の無かったその場所に向かっていた。本来の目的地はそこから電車でいくつか駅をへだてた神戸元町の諏訪神社だった。信濃の諏訪地方に鎮座する諏訪大社の、分社である。
 諏訪は蓮子とメリーのお気に入りの探索スポットだった。美しい自然と諏訪湖に今も残るいくつかの不思議な伝承。過去数回にわたって諏訪を訪れ、二人で共に諏訪中を巡った。だが今はその楽しい思い出が足かせとなって、諏訪の分社に向かう蓮子の足を引き返させた。
 さりとて家に帰る気にもなれず、蓮子は神戸や三ノ宮をぶらつき、果てはこんなところまできてしまったのだった。
 山頂直通ロープウェイを降りて、地上800メートルの広い展望台に出る。
 景色を一望した蓮子の口から率直な感嘆がもれた。

「綺麗」
 
 秋の黄昏に空が燃えている。地平の彼方からやってくる深い藍と、去ってゆく橙の鮮やかなグラデーション。淡い雲がせめぎあう二色の炎に照らされてひときわ白を映えた。
 悠久の大パノラマがほんの一時だけ心の淀みを忘れさせる。
 視線を空から大地に下ろせば、彼方までかすむ広大な大阪平野と、瀬戸内海。そして天と地との境界には、生駒から和歌山へ連なる山脈群が、大気の向こうにおぼろげに浮かぶ。空を飛んでいるような、そんな錯覚すら覚えた。  
 この眺めにいったい何百万人の人間が内包されているのだろう、と夢想する。
 数え切れないほどの人間が世界にいるのに――

(私は今、独り……)

 乙女じみた感傷に浸って、蓮子は自嘲的な笑みを浮かべた。随分と心が弱っているらしい。とは言え、自分を客観視して笑う余裕が、まだこの時はあったのだ。
 しかし、空にまたたく一番星を見つけたとき、それも崩れた。

「16時39分17秒」

 星が蓮子に時間を教えた。蓮子の顔から笑みが消えた。
 星を見る時、蓮子はどうしようも無い孤独感に襲われる。自分の行いは、異常だ。星に時間を教わるなどという事があるはずがない。物理屋である蓮子の感性もそれを否定する。そんな時蓮子は己の存在が幻であるかのように思えて心もとない。
 
 ――私は何者?

 己の存在に対する根源的な不安が、いつも蓮子には付きまとってきた。
 自己を証明するために理論物理学を求め、また自分というオカルトを認めたいがために秘封倶楽部だってつくった。日常の中に、自分の居場所を作りたかった。けれどまだ、心の乾きを潤すことはできずにいる。
 それでもやっと、自分を受け止めてくれるただ一人の人間を、同じ異能を抱える仲間を、蓮子は得たのだ。そのはずだった。

「メリー。マエリベリー・ハーン。そうよ……彼女は私の半身……」

 まさに、いなくなって初めて其の大切さが……、だった。
 誰よりも大切な人を自分は遠ざけてしまった。
 藍を強めていく果ての無い空に、蓮子はたった一人で投げ出されてしまった。

「……っ」

 蓮子は星を見るのが怖くなった。何か得たいの知れない存在がその瞬きに潜んでいるように思えて、それ以上空を見ていられなくなった。けれど、そこは山の頂上の開けた場所で、どちらをむいても空が視界にもぐり込んでくる。蓮子は眼を開けていられなくなって、眼を閉じた。すると今度は暗闇が恐ろしくなった。蓮子はしゃがみこんで膝を抱えた。
 いつもなら、あの夢のようにメリーが孤独を癒してくれるのに……!

「メリー……」

 メリー。メリー。メリー。
 閉じた瞼にメリーの顔ばかりが浮かんだ。 
 メリー。メリー。メリー。
 自分はいつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか。そんな事を考える余裕さえ、もはや蓮子にはなかった。錯乱といってもよい。メリーをもとめて心が喘いだ。
 蓮子は薬の切れた中毒患者のようなせわしなさで携帯を取り出した。親指を痙攣させ電話帳を検索する。

『マエリベリー・ハーン』

 ディスプレイに浮かぶ無機質なその文字さえもが、蓮子には、いとおしかった。
 同じ星のこの空の下に、メリーという人間が今も確かに生きているのだと思うと、とりとめのない恍惚があふれた。と、同時にそんな相手と離れ離れになっているこの現実がどうしようもなく悲しかった。それで蓮子はもう我慢ならなくなって――

 ――唐突に、あの晩のメリーのキスを、蓮子は理解できたような気がした。
 求めてやまない人が自分の側にいて、でも気持ちを伝える事ができなくて。それはどんなに辛い事なのか。メリーを渇望する今の蓮子には、それが痛いほど理解できた。メリーはそんな気持ちをずっと抱えて。ずっとずっと耐えて、そしてとうとう我慢できなくなったのだろう。あのキスはあふれ出した想いそのものだったに違いない。

「メリー」

 メリーの気持ちに心が重なって、蓮子の目から涙がこぼれた。
 
「ごめんねメリー。好きになってあげられなくて」

 自分にとってメリーは誰よりも求めて止まない相手なのに、その気持ちにこたえてあげることができないなんて、自分は何と歪んだ人間なのだろう。蓮子は己の身勝手な精神を嫌悪した。
 本能的な寂しさがメリーを強く求めているのに、本能的な性の価値観がメリーを頑なに拒んでもいる。
 いっそ自分もレズビアンだったなら全てのすれ違いは解決できるのに、とそんな事さえ考えた。
 蓮子は自分の脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまいたかった。

「メリーと話さなきゃ。私、一方的に……あんな酷い事を」

 後悔と同時に、心は決まった。
 さよならなんてしたくないと、メリーに伝えなくてはならない。

「今まで通りの友達でいてほしいって……ああ、それじゃだめだ、友達じゃあ……」

 一昨日メリーに言われた、「デリカシーの無い人」、の言葉を思い出す。

(……そうか、あれはつい数日前の事だった……)

 あれから二日しかたっていないのに、随分と昔の事に思える。

「あの時間に戻りたい、メリーとさよならなんてしたくない……そうよ、それが私の伝えたい事だわ」

 メリーならきっとその願いに応えてくれる。蓮子はその希望にしがみついた。自分にだけ都合のいい話なのかもしれない。けれど蓮子には他にどうすることもできないのだ。
 立ち上がって、遠くを見やる、瀬戸内海が、消えかけた橙に僅かに燃えていた。蓮子は思い切ってメリーに電話をかけた。

 トゥルルル、トゥルルル……

 コール音に、緊張が高まる。だが……

『……お客様は、ただいま電話に出ることができません……』

 無機質な声が、蓮子を拒絶した。

「……メリー……」

 さけられているのだろうかと嫌な考えが浮かんで、顔をしかめる。ともあれ蓮子は伝言を残した。
 
『メリー。できたら今日、会いたい。会って話をしたい。電話で話すだけでも、いいから……。私、この間は酷い事言った。ごめんなさい。会って謝りたいの。許してほしい』




 メリーから電話がかかってきたのは、日付が変ろうとする頃だった。
 その時蓮子は机に向かってもんもんとしていた。
 メリー専用の着信メロディがなって、蓮子はまさに椅子から飛び上がった。充電器に刺さっていた携帯をあわてて手にとり、二つ折を開く。
 画面には、間違いなくマエリベリー・ハーンの表記があった。
 携帯を手にとるのは素早かったのに、画面を確認してから通話ボタンを押すまでは、倍以上の時間がかかった。

「……もしもし。メリー?」
『……蓮子』

 お互いに、不安を隠そうとして隠しきれていない、そんな低く沈んだ声だった。
 蓮子は、たった二日会っていないだけなのに、メリーの声が懐かしくてたまらなかった。
 二人ともに相手の出方を伺っているのか、少しの間、会話は無かった。

「……メリー。本当にごめん。私、あんな事言っちゃいけなかった。すごく後悔してる」

 蓮子は普通に話そうとするのに、どうしても、声に暗さが残った。
 僅かに緊張を感じさせるメリーの声が返ってきた。 

『……ううん。いいの』
「よくないよ」
『私のほうこそ。ごめんね』

 何に対しての『ごめん』なのかという疑問と、やっとメリーと話せた安心と、慎重に話をしなきゃという意識が、蓮子に冷や汗を浮かべさせる。
 
「……ねぇ、聞いて。私はこれからもメリーと一緒にいたい。二人で話し合って……なんとかできないかな」
 
 少し、メリーの返事には間があった。
 嫌な予感がして、蓮子の表情を強張らせた。

『……ありがとう。私も蓮子と一緒にいたい』
「よかった……」

 蓮子はほっと頬を緩ませた。
 だが、続くメリーの言葉が再び蓮子の顔を凍りつかせた。

『でも、今は一人にしてほしいの』
「え……」
『蓮子といると辛いの。声を聞くのも……』
「メリー。で、でも」
『私にキス、してくれる?』

 蓮子にはメリーのその言葉が不協和音の塊のように響く。蓮子の常識とは相容れない感覚なのだ。

「……それは……」
『気持ち悪い?』
「……っ」

 蓮子は何も答えられなかった。
 それなのに、沈黙の言葉が、蓮子の明確な意志をメリーに伝えてしまう。蓮子の顔が精神の苦痛に歪む。

「ごめんっ……」
『気にしないで。しかたないよ。それに私のはただの失恋の痛手だから。しばらくしたら……きっと平気になる』

 メリーは無理に笑っている。それが痛々しくて、蓮子の心を切り刻む。

「メリー。私達、友達でいられるよね」
 
 言ってはいけないと思いつつ、聞いてしまう。
 少し間をおいて戻ってきた返事は、ひどくたよりなかった。

『…うん。きっと』
「きっとじゃ嫌よメリー!」
『だって私、まだ蓮子の事が好きだもの』

 蓮子は眉を寄せて唇を噛んだ。友人が自分を好きだといってくれた事は嬉しい。けれど、メリーの好きと蓮子の好きは違うのだ。メリーはセクシュアリティな感情を込めて蓮子を思う。そのすれ違いが蓮子には耐え難い。


『じゃあ、もう切るね。また……気持ちが整理できたら連絡するから』
「待って!」

 反射的に呼び止めた。それから口にでた言葉は、紛れも無い真心だろう。

『何?』
「メリーは誰よりも大切な人だから。連絡、私、本当に待ってるから」

 電話の向こうで、メリーの小さな深呼吸が聞こえた。

『ありがとう。蓮子』

 そして、通話は切れた。途絶えてしまった携帯電話を見つめながら、蓮子は立ち尽くした。メリーが遠くへ行ってしまったようで寂しかった。

「ハァ……」

 友達、という言葉はやはり彼女を傷つけたのかもしれない。メリーの最後の声はどこか寂しげだった。

「馬鹿馬鹿……私の馬鹿……」

 なぜあの晩、自分はもっと落着いてメリーに接する事が出来なかったのだろう。もっと落着いてちゃんと親友の気持ちを聞いてあげられていたなら、きっとこんな事にはならなかったのに。
 痛みをともなった後悔が胸にたまって、ズシンと蓮子を押しつぶした。




 ようやく待ちに待った連絡が来たのは、最後に電話で話してから一週間後の夜である。蓮子にとっては長い長い一週間だった。
 学校で何度かメリーを見かけることもあった。そのたびに駆け寄りたくなるのを我慢した。電話しそうになった時も、何度もあった。

「一番辛いのはメリーなんだから」

 そう自分に言い聞かせて、耐えた。
 そして今日、蓮子が丁度風呂からあがってバスルームから片足を踏み出した時だ。部屋の奥の机の上で携帯が鳴っているのに気づいた。
 メリーからの着信だった。蓮子はバスタオルもまとわず慌ててドタドタと部屋を走って、雫があたりに飛び散るのも構わず携帯に掴みかかった。風呂上りのほてった柔肌には秋夜の冷気がそうとう堪えるはずだが、今は気にもならなかった。
 ディスプレイには、間違いなく『マエリベリー・ハーン』と表示されていた。
 ごくりと唾を飲んで、蓮子は携帯を耳にあてた。

 何と声をかけようか迷って、結局妙な挨拶が押し出されてしまった。

「お……おっす」

 電話口の向こうで、メリーの吹き出す音が聞こえた。

『なにそれ』

 久しぶりに聞いた、メリーの声。笑っていた。少し不自然なくらいに、暗さが無かった。きっと意識して明るく振舞っているのだろう。つい、こちらも力んでしまう。

「あ、いや、お風呂から飛び出して慌てちゃって。あはは。まだ体も拭いてないの。カーペットが濡れちゃった』
『え、裸なの? ……もう。そんなに慌てなくていいのに。じゃあいったん切るから、蓮子がかけなおして。寒いのに風邪をひくわよ』
「あ、う、うん。じゃ」

 電話はきれた。
 久々の会話は奇妙に滑らかで、しかし十数秒とたたずに終った。それがなんだかまぬけで、気が抜けた。あるいはそれが二人の日常の帰還を表しているようにも思えて、蓮子は可笑しかった。
 とは言え、蓮子はバスタオルで体を拭きながら、「メリーは今頃私の裸を想像しているのかな」、なんて邪推してしまって、どうしてもやはり、少し変ってしまった二人の関係を感じてしまう。
 それでもメリーが再び連絡をくれたという事が何よりも嬉しくて、蓮子は数分も経たないうちに電話をかけなおした。いつもならお肌の手入れや柔軟体操やらで十分二十分は時間をとられるのだが、全部すっとばした。

「メリー」
『蓮子』
「……」
『……』

 さっきとは違って、何を話すべきか、聞くべきか、戸惑いが沈黙を生んだ。もちろんメリーの思いを聞きたい。だが、デリケートな会話なのに相手の顔を見て話せないというのが、どうにもやりにくい。 

「……明日の夜、家にこない? ゆっくり二人でご飯食べながらさ。メリーとお喋りしたい」
『え……うん。そうね。じゃあ晩御飯、買っていくね』

 メリーがあっさりと了承してくれて、ほっとする。

「ご飯とお味噌汁は用意しとくから、いつもみたいに、適当に惣菜をお願い」
『うん。いつもどおりに』

 いつもみたいに、いつもどおりに――なんでもないその言葉が、今の二人にとっては何か特別な魔法の文言のようだった。きっと二人の願いが込められた希望の言葉なのだ。

『……蓮子。元気だった?』
「ん……元気だけど寂しかった。ずっとメリーの連絡を待ってたんだからね。何度こっちから電話しそうになったか」
「……」

 メリーは一言、二言、言葉にならない音を口から漏らしたようだ。蓮子はその吐息に、メリーの安心を感じたような気がした。

『……そっか。ありがと。じゃあ、また明日ね』
「うん。また明日……」

 静かに、何か厳かな儀式のように、蓮子は携帯を耳から離す。
 電話を終えて、蓮子はしばらくじっとディスプレイに目を落とした。画面の向こうから、メリーが同じようにこちらを覗き見ているような気がする。

「話し合えば、きっと何とかなる」

 蓮子は、自分がメリーをどれだけ大切に思っているか、メリーがいないと自分がどれだけ寂しいか、伝えなければならないと思った。あるいはそれはメリーに辛い思いをさせることなのかもしれない。けれどちゃんとそれをメリーに伝えなければ、これからの二人の未来はくだらない嘘の触れ合いになるに違いなかった。
 二人のすれ違いは何も解決していない。話合いはまだまだこれからなのだ。
 けれど自分とメリーなら必ず理解しあえると、蓮子は心から信じていた。





 翌日。目が覚めた時から、蓮子はずうっと緊張しっぱなしだった。メリーに何をどう話そうかと考えているとあっという間に日が過ぎて、夜。蓮子は飯を炊いた後、意味も無く部屋を片づけたり、鏡を見て髪の乱れを気にしたりして、そわそわとメリーを待った。
 手持ちぶさたにテレビのチャンネルをちょいちょいと回していると、呼び鈴が鳴った。

「来たっ」

 蓮子は玄関に飛んでいった。
 玄関の戸を、開ける。

「……こんばんわ」

 メリーが惣菜屋の買い物袋を片手にさげて、少し瞳を大きくしながら、現れた蓮子をみつめていた。
 蓮子は曖昧な態度を一切取らず、にっこりと笑った。

「やっとねメリー。お腹がすいたわ」

 メリーは二度瞬きをした後、微笑んで、買い物袋を持ち上げた。

「蓮子の好きそうなのを選んでたのよ」

 持ち上げた袋からは、胃袋を刺激するいい匂いがした。





 カーペットに小さなテーブルを広げて、二人でご飯をつつきながら、たわいも無い話をおかずにする。一週間分の話題が溜まっていたのだから余計に会話がはずんだ。お互い腹にイチモツを抱えていると分かっていてもごく自然にそんな世間話を楽しめてしまうのが蓮子とメリーの仲なのだ。
 蓮子は自分とメリーの相性の良さを、心から嬉しく感じるのだった。

「ふぅ。ごちそうさま。おいしかったし、えへ、楽しかった」

 少しはにかみながら蓮子が茶碗に箸を寝かせる。ほとんど同時にメリーも茶碗を空にした。うさぎ柄とひつじ柄の、二人の茶碗。

「さて……と」

 後ろ手を付きながら、どこを見るでもなく蓮子が呟いた。
 それに呼応してメリーも小さく息をつく。

「ん……」

 場の空気の味が、暖かくてほのかに甘いホットミルクから渋みとコクのある冷緑茶に変ったのを感じながら、蓮子は口端を上げた。

「恥ずかしい事言うけどさ。私、メリーと一緒にいる時間が最高に大好きよ」

 それを口火にして、互いに避けていた話題に、二人はそろそろと踏み込んでいった。

「メリーがレズビアンだからって、それは変らない」
「……ありがと」

 俯いて微笑んだメリーの顔は、けれどどこか寂しさの影があって、そう単純な感情ではないのだと蓮子に感じさせた。

「黙っててごめんね。とても仲のよかった友達が、私がビアンだと告白したせいで疎遠になってしまった事があったから……怖くて」
「そっか……。その友達の事も、その……好き、だったの?」

 自分自身、意図のはっきりしない質問だった。一歩踏み込んでみたというところだろうか。メリーは一呼吸してから答えた。

「ううん。その娘の事は違う。ただ私を理解してほしかったの。本当の自分を知ってくれる人がほしかった……」

 蓮子は頷きながら、自分がしばしばうなされる悪夢の事を思い出していた。

「メリーのその気持ちわかる。私も、この瞳の事を誰にも言えないけど、それって寂しい。時々……本当につらい」
「知らなかった。蓮子がそんなふうに思ってたなんて」
「……夢を見るの。私が星を見て時間を言うと、友達や家族が、私の事を嘘つきって罵るのよ。そんな事あるわけないだろってね。それで恐ろしくて、私は耳をふさいでしゃがみこんでしまうの」

 夢を話すのは、初めての事だ。メリーは静かな瞳でじっと、時折頷きながら、蓮子の話に耳を傾けていた。

「でもね、そんな時必ずメリーが助けてくれるの」
「私が?」
「泣いている私の肩にメリーが手を触れて、笑いかけてくれるのよ。……うぅ。なんか照れるなぁこんな夢の話。……でも、ね。だから分かる。もしメリーがいなかったら、私の事を理解してくれる人は誰もいないんだもの。メリーがその友達に告白した気持ちも、それから臆病になってしまったことも、すごく共感できる」
「……蓮子」

 メリーは言葉少なげにうつむいて、顔を少し歪ませた。瞼の間から伺える青い瞳が僅かに潤んでいるように見える。

「でも……」

 と、蓮子は言った。
 どれだけメリーを大切に思っても、どうしても覆せないただ一つの気持ちがある。それだけははっきりと伝えなければならなかった。それはこれからの二人の関係の大前提なのだ。
 蓮子はメリーが顔をあげるのを待った。
 メリーが蓮子の沈黙に気づいて、上目使いに視線を送って、二人の視線が交わって。
 お互いに十分に気持ちが整ってから、蓮子は告げた。

「私は恋人にはなれない」

 メリーの瞳はそれまでの潤いを捨て、一瞬鋭く揺れる。それから何かをこらえる様な眼をして、蓮子の瞳を覗く。
 蓮子は息をするのも忘れてメリーの反応を待った。
 
「……私ね、この一週間ずっと悩んだわ。やっぱり蓮子とさよならするべきなのかもって」

 蓮子は冷たい手で両の肺をわしづかみにされた心地だった。けれど、じっと我慢してメリーの言葉に耳を傾ける。

「蓮子が私と変らず親友でいてくれる事はとっても嬉しい。私がビアンである事実を受け止めてくれたから。だから、後は私が自分の気持ちに踏ん切りをつければ、それで良いんだって思ったの。でも……」

 メリーは蓮子に微笑みかけた。ただの笑みではなかった。泣き顔かとも思える、メリーの心のうちがそのまま現れたかのような顔だった。

「でも駄目だったの」

 蓮子は己の血管の一本一本が言い知れぬ不安に冷えていくのを感じている。

「だって、私と蓮子はどこまでいってもただの友達。じゃあ私は、もしいつか蓮子に彼氏ができた時、笑っておめでとうを言わなきゃいけないの? ……言えるわけないわ……ごめんね。全部私の我がまま」
「メリーが謝る必要なんてない」
「ううん。せっかく蓮子が私と友達でいたいと言ってくれるのに……私はそれだけじゃ嫌なの。自分勝手だわ」
「そんな事無い。メリーの気持ちは当然だと思う。……自分勝手なのは私だ。私、メリーがこれからも友達でいてくれるってかってに考えて、メリーにたよりきってた。自分の事しか考えてなかった……」

 メリーが気持ちを忘れられないと言ったら、どうしよう? 蓮子もそれを考えなかったわけではない。けれど、深く考える事をさけていた。その先にチラつく結論が、怖かったからだ。

「いつか蓮子が私の事を迷惑に感じるようになる……それを思うと怖いの。今だって蓮子と一緒にいて楽しいはずなのに、不安でしかたないの」
「待って、待ってよ……じゃあメリーは本当に、私とはもう一緒にいられないって言うの……?」

 だがメリーは、首をふった。

「私は蓮子と友達でいたいと思ってる。でも、それで本当にいいのか分からない。……だから蓮子に会いに来たの」
「え……?」
「一人で考えてもどうしようもないって気づいたの。蓮子と話して決めようって」

 メリーの心には今、不安定に揺れる天秤があるのだと気づかされて、蓮子の背筋に冷たい緊張が走る。
 この瞬間の一言一言が、二人の未来を分けるのだ。
 蓮子は、すくんでしまっている自分に気づいて、己の心で尻を叩いた。

「……二人とも一緒にいたいと思ってるのよ。なら一緒にいようよ」

 もちろんメリーは簡単には納得しない。

「一緒にいたいと思っても、そこから先が全く違う。私は……私は蓮子と恋人になりたい。でも蓮子にとって私はただの友達――」
「ただの友達なんかじゃないっ」

 蓮子はメリーの言葉を遮って、立ち上がった。自分で自分の尻を叩いたおかげで、気持ちが発奮している。

「蓮子?」

 机を回り込んでメリーの隣に膝をつく。
 驚いているメリーの手をとって、蓮子は睨み付けんばかりにメリーと顔を付き合わせる。

「私がどれだけメリーの事を大切に思っているか、メリーはちっとも分かってない」

 メリーはつながれた二人の手に少し眼を落として、口を尖らせた。

「蓮子はあまりそういう事を言ってくれないじゃない」
「これから話すから、ちゃんと聞いて」

 蓮子は切々と語った。
 自分にとってメリーがどれだけ特別な存在か。会えない間、会えなくなるかもと思った時、どれだけ辛かったか。諏訪山でこっそりと泣いた事も、正直に明かした。
 メリーは時々恥ずかしそうに頬を緩めたり、蓮子の寂しがりな本音に少し驚いたりしながら、話を聞いていた。
 蓮子が話し終わってホゥと息をつく。
 メリーは少し顔を赤らめながら、どう受け止めたらいいのか戸惑っているようだった。

「蓮子は……」

 か細い声で、メリーが言った。

「私の事をどう思ってるの? 今のだけ聞くと、まるで告白されてるみたいなのに……」
「あのね……私も自分の気持ちがよくわからないの」
「……」
「メリーとキスしたいとかそんな風には思えないけど、メリーとは絶対に離れたくない。……誰にもわたしたくない、なんて風にも思う」
「それって友情? それとも……愛情?」
「分からない。 愛情とか好きとかじゃないと思うけど……あぅ、ごめんね……でも絶対、この気持ちはただの友情なんかじゃないとも思う」

 互いに、蓮子自身どう理解していいのか分からず、手を握ったまま無言で見つめ合う。

「はは……正直、私もいっそレズだったらいいのにね」
「蓮子ったらひどい……やっぱりデリカシーがない」
「え?」
「だって、そんな風に言われたらよけい蓮子を好きになっちゃうじゃない。ビアンじゃないくせに……」

 そう言いながら、瞼の端を人差し指の背でこすった。メリーの瞳は濡れていた。
 自分の気持ちが少しはメリーに届いたのだろうか、と蓮子は思う。

「実際、蓮子はどう思うの?」
「え? どうって、それは今言ったよ」
「ううん。私が貴方を好きなことについて、どう感じる? やっぱり、気持ち悪い?」
「それは……」
「気を使わずに正直に言って。必要な事なのよ。お互いの違いを理解し合いたい」
「……それって、これからも私と一緒にいてくれるって事?」
「私だって、できるなら蓮子と一緒にいたいもの。そのためにはっきりと蓮子の気持ちを知っておきたい」
「う、うん。……ええとね、よく、分からないって感じ……かな。同性に恋愛をするってどんな気分なんだろうって。理解できないから、メリーが私に向ける気持ちが少し怖くもある。メリーが私にキスしたいと思う気持ち
少しは想像できる。けれどやっぱり自分がその感情を抱く事はないと思うし、その……本当にごめんだけど、考えると、どうしてもちょっと気持ち悪いって感じてしまう」

 蓮子がたどたどしく話して、蓮子はぎこちなく微笑んだ。

「……ちゃんと話してくれて、ありがとう蓮子」

 メリーは気丈にそう笑ったけれど、心にある失望を隠し切る事はできないようだった。気配のふしぶしにそれが現れているのだ。
 そして蓮子はそんなメリーを慰めずにはいられない。

「ねぇメリー。私はメリーの事を世界一大切な友達だと思ってるし、もし私が男だったら、け、結婚しちゃってもいいってくらいよ。あはは……。それなのに、キス、とか、抱き合うとか考えるとやっぱり気持ち悪いって思ってしまうの。私おかしいのかな」

 メリーはまたいくらか瞳をうるませながら、笑った。

「馬鹿ね蓮子。おかしいのは私よ。私が……ビアンだから……」

 とても一言では表せないような、複雑な思念を感じるメリーの表情だった。笑っているのか、泣いているのか、困っているのか、喜んでいるのか、呆れているのか、蓮子には分からなかった。

「私……あの薬を手にいれて使おうかって考えた」

 『薬』とは同性愛を治療するという薬に違いない。

「あの薬って……メリー……」
「私だって、それくらい悩んだのよ」
「私に言う資格はないかもしれないけど……今までのメリーを殺すなんて事、してほしくない」
「私だってしたくない。でも」
「もし、私のせいでメリーが望まずにそんな事をしなきゃいけないなら……私……私はメリーと一緒にいられない」
「……私がビアンじゃなければ、普通の親友でいられるのよ」
「メリー」

 蓮子はメリーを握る手にギュッと力を込めた。

「レズビアンはメリーの生き方なんでしょう。それを否定することなんてないわ。私は今のメリーのすべてが大切なのよ。メリーが私のせいで自分を殺してしまうなんて耐えられない」

 メリーは俯いて瞳を隠した。涙が一つ、カーペットを濡らした。

「蓮子は我がまますぎるわ。ビアンじゃなくなれば、私はこんなに悩まなくてすむのに。私にビアンでいろだなんて」
「もちろん、メリーが本当にそうしたいなら、私はもちろん受け入れる。けどメリーはそんな事したくないんでしょう。だったら……お互いに少しづつ歩み寄って、ありのままの二人で一緒にいようよ。そのために、二人で話しあってるんでしょう?」
「……蓮子は、じゃあ、私にどう歩み寄ってくれるの?」

 一寸、蓮子は考えた。それから、メリーの瞳をまっすぐに見て、はっきりとった。

「彼氏とかつくらないし、そうね、結婚もしない。メリーがずっと私の一番」

 蓮子の言葉を聴いて、メリーがぽかぁんと呆れたような顔になった。
 蓮子だって馬鹿な事を言っていると自分で思う。けれど嘘をついているとは思わなかった。蓮子の胸にはそれほど強い想いがある。

「ずっとって、いつまでよ」
「ずっとは、ずっとよ」
「大学を卒業しても? 三十路になっても?」
「もちろん」

 また二、三粒、俯いたメリーの顔から涙が落ちた。

「嘘つき……!」

 メリーは泣きながら小さく怒鳴った。

「そんな先の事分からないでしょ。気持ちは変るんだからっ」
「不確定な未来の事を恐れて、今の自分の気持ちに背をむけないで。私はそれくらいメリーが大切。それは絶対よ。ね、メリー顔をあげて」
「……嫌。恥ずかしい」
「お願い。メリーの顔を見せて」

 少しためらってから、メリーはしぶしぶ恥ずかしそうに顔を上げた。髪がふわりと揺れてメリーのいい匂いがふっと漂ってくる。眉は弱って、瞳は赤く潤んで、唇はキュッと結ばれて、頬は紅潮し。
 蓮子はメリーのそんな表情をはじめて見た。
 頬に流れる二筋の涙が、蓮子をドキリとさせた。涙とは、それ自体に人の感情が流れているように思えた。

「ジロジロ見ないで」

 少し顔を背けながら、メリーが鼻声で呻いた。

「……メリーの泣き顔、可愛いなぁって」
「馬鹿っ」

 蓮子が茶化すとメリーはまた俯いてしまった。
 感情の高ぶりがメリーの震える肩に現れている。すがるような声で、メリーは求めた。

「私のためにそこまで言ってくれるなら恋人になってよ……。なんで駄目なの? 私とずっと一緒にいてくれるんでしょう? それって愛情じゃないの? 私の恋人になってよ蓮子……」

 それはきっと、メリーが理性で押さえ込んでいた恋の欲望そのものの声なのだ。
 なのに、やはり蓮子は

「メリー……ごめんね。許して」

 俯いていたメリーの頭が、また少しうなだれたように思えた。

「何を許せばいいのか分からないわ」
「歪な私の心を、よ。……メリーの事が誰よりも大切なのに、私の頭にはくだらない価値観がこびりついてもいる。私も……こんな自分が嫌よ」

 誰よりも大切な目の前の女性の、その心からの願いを叶えて上げられない自分を蓮子は殺してしまいたかった。

「……じゃあその代わりに抱きしめて」

  メリーは、震える声で呟いた。

「え?」
「外国では友人どうしでも親愛の意味でハグするでしょ? ……それでいいから抱いて」
「……分かった」
 
 映画で見るような、男同士や女同士の親友が抱き合うシーン。それを想像すると、いくらかは、抱き合うことへの違和感も薄れた。

 ――でもきっとメリーは……

 少し考えてメリーは頭を振った。なんだっていいじゃないか。メリーがどんな気持ちで自分と抱き合うか、そんな事にまで自分が口出しできるはずがない。

「じゃ、じゃあメリー……するね」
「ん」

 ずっと膝立ちだった蓮子は、カーペットにお尻を据えて乙女座りになる。それからおずおずとメリーの肩に手をかけた。
 向い合って座るメリーは少し前かがみになって、そのまま、蓮子の鎖骨の辺りに顔を埋めた。
 蓮子の鼻頭にメリーの金髪が触れる。メリーの香りがいっそうはっきりと鼻腔に流れてくる。
 良い匂いだとは思う。それでもどこか、蓮子の頭にこびりついた男女観がその香りをわずかに拒否するのだった。
 メリーが蓮子の背中に手を回して、ぎゅっと二人の体を密着させる。ここまでするのってやっぱり親友同士のハグじゃあないよね、などと考えつつも蓮子はメリーにならって手を回す。メリーの腰は、華奢で女の子らしい。抱き心地自体はとても気持ちよいのだが。やはり気持ちがどこか、抵抗した。
 それから壁かけ時計の秒針が三回転して、メリーはまだ無言で蓮子にすがっていた。

「……メリー、あの、いつまでこうしてるのかな?」
「私が良いって言うまで、このままでいて」
「は、はい」

 鎖骨にメリーの暖かい吐息を感じながら、蓮子も黙した。
 時折窓の外から聞こえてくる夜の世界の音や、無音の中にのみうまれる静かな耳鳴りを聴きながら、蓮子は、メリーが今どんな気持ちでいるのかと想像した。
 ――そしてふと、悲しくなった。
 二人は心から互いを求めてやまない。なのに、蓮子とメリーの間には地平の果てまで続く巨大で分厚いガラスの壁があって、それが二人を隔てている。そのガラスには小さな穴が開いていて、そこから手を伸ばせばお互いの手を握り合うことはできるし、話もできる。だがけして、心からお互いの体を抱きしめあう事はできないのだ。ガラス越しに体を触れ合わせる真似事をするだけで。
 蓮子の感情が荒れ、流れそうになる涙を必死でこらえた。

「メリー。さよならなんて言わないで」

 メリーの頬が小さく頷いて、蓮子の肌を優しく撫でた。





 翌朝。
 眼を覚ました蓮子は、隣にいたはずのメリーの姿が消えているのに気づいて、飛び起きて叫んだ。

「メリー!?」

 部屋を見回す。
 メリーは、いない。

「メリー……どこなの……?」

 心臓がものすごい速さで脈打って、背筋のあたりに嫌なものがザァっと広がった。
 
 ――昨晩。二人で10分近くも無言で抱き合った。メリーはときどき腕にきゅっと力を入れなおしたり、二人の胸を押し合わせたり、頬で蓮子の胸をさすったり、まるで、蓮子の感触を肌に刻み込もうとしているようだった。いやきっとそうなのだろう。蓮子も何も言わずにただメリーの体を抱き寄せていた。自分がこれほどにメリーを抱きしめてあげられることは、多分、そうそう無いのだ、と思う申し訳なさがそうさせた。
 逢瀬の終わりは唐突だった。メリーは前触れなくふっと蓮子から体を離し、

「握手しよ」

 と、まだいくらか潤んでいる目で笑ったのだ。
 蓮子が戸惑いながらそれに応じると、

「今日からまた私達は友達」

 と微笑んだのだ。
 蓮子はあっけにとられながらもなんとか、

「す、末永くよろしく」

 とおかしな返事をかえした。
 それから二人は、どこかむずがゆい空気の中、食べ終わった食器を一緒に片付け、順番に風呂に入り、眠るまでの時間をくつろいだのだった。
 二人はそうやってこれからも一緒にいるのだと思ったのに。
 メリーは違ったのだろうか……?
 目の前の景色が遠くなって、キィンキィンと頭の中で鋭い音がなりはじめ――

「どうしたの蓮子?」
「へ?」

 突然にメリーの声が蓮子の耳に飛び込んできた。
 声のした方に目を向けると、ベランダ窓のカーテンの端から、メリーの首がにょっきりと生えていた。
 
「メ、メリー……何してるの」
「天気がいいから。ベランダで朝日を眺めてたの」
「あ……ああ……そうだったの」

 蓮子はどっと力が抜けて、その場でカクンと首を前に落とした。
 メリーはそんな蓮子の内心を見透かしたのか、ベランダから部屋に戻って、クスクスと笑った。

「心配しなくても黙って出て行ったりしないわよ」
「べ、べつにそんなんじゃ」

 蓮子は頬を膨らませようとしたけれど、ほっとしてしまった気持ちが遥かに強くて、できなかった。不貞寝するようにまたベッドに横になる。
 メリーがしゃっとカーテンを開いて、薄暗かった部屋を明るい光が照らした。

「まぶしー……」

 頭まで毛布にもぐって、蓮子はだらしない声で呻いた。

「起きないと、もう七時よ」
「んー……」
「今日は朝一の授業なんでしょ?」
「そうなのよねー……」

 けれど蓮子はどうにも起きる気になれなかった。というより、大学に行く、という気になれない。
 メリーと気持ちを打ち明けあった昨晩の特別な時間が、まだ蓮子をふわりと宙に浮かせているのだ。

「ねぇメリー?」

 毛布から顔の上半分だけだして、蓮子はメリーに言った。

「今日さぁ大学、休まない?」
「うん? 何で?」
「何でって言うかさ……今日は二人で家にいたいなぁ……」
「何それ。まるで私達が恋人にでもなったみたいじゃない」

 メリーがまたクスクスと笑って、蓮子は今度こそ頬を膨らませた。

「ちょっとメリー。それって私へのあてつけ?」
「まさか。ありのままを言っただけよ。私達は仲直りしてまた親友になったんでしょ?」

 メリーは蓮子を見下ろしながらにっこりと笑った。
 朝日の中でのせいか、メリーの笑顔が蓮子には飛びきり爽やかに思えた。
 
「何よメリー……。えらくさっぱりした顔じゃない」
「蓮子とはこれからもずっと友達。そう決めたのよ。あぁ久方ぶりに気持ちが良い朝。迷いが無いって、素敵な心地ね」

 メリーは昨日の泣きべそがまるで嘘だったかのように、晴れ晴れと笑っている。
 蓮子はそれを毛布の下から恨めしそうな眼で見つめていた。

「さいですか……」

 蓮子は今だメリーへの思いの納め場所に困っているのだ。ただの友情とも言えずさりとて恋心とも言えず、これまでにない感情であって、落としどころを決めかねていた。
 しかしそれがメリーだけにしか向けられない特別な気持ちである事に変りはなく、二人で一緒にもっとその感情を愛でていたかったのだが……。

「さぁさぁ。起きなさい。パンを焼いておいてあげるから、とっとと顔を洗って」

 メリーは昨晩の泣き顔なんて無かったかのようにいつもの様子に戻ってしまっていた。気持ちの切り替えが素早いのがメリーらしいといえばメリーらしいのだが……。 

「んもう、わかったわよぉ……」
 
 蓮子は自分だけが取り残されたような、そんな寂しさを感じていた。
 けれど、その寂しさをメリーに伝えて甘える事は、蓮子にはできなかった。

(まぁ、メリーが笑ってるならそれでいいよね)

 求められても答えてあげられないという負い目。その負い目のために、蓮子は自分の気持ちを押し殺した。
 負い目を感じる付き合いというのは健全な関係ではないと思う。けれど、どうしようもない。
 本当はその負い目も寂しさも、メリーに慰めてほしいけれど、それはあまりに自分勝手だろう、と蓮子は思う。それにきっと、慰めてもらった事自体に、また負い目を感じてしまうに違いなかった。
 




 数日たったある夜の事。それまでと変ることなくメリーは蓮子の家に転がり込み、蓮子もまた表面上は今まで通りそれを歓迎した。そうしてソファーにならんで一緒にテレビを見ていた時だ。
 メリーには癖がある。ソファーに一緒にならんで座る時、手を繋ぎたがるのだ。「手を繋ぐのが好きなの。暖かいし、なんだか落着く」とはメリーの談だが、その真意は違うところにあったのかもしれない、と今は考えてしまう。 
 そしてこの夜も、メリーは蓮子に求めた。
 メリーの手が蓮子の手に、すっと触れた。その瞬間である。

「あっ」

 蓮子はほとんど意識せず、熱湯に触れてしまったかの様にシュッと手を引いた。
 馬鹿、と蓮子は自分に唾棄する。
 この数日、蓮子はメリーとのスキンシップを極端に避けていた。無造作に腕を絡めたり、突然後ろから抱きついたり、今までは当たり前のように行っていた事も全てやめた。嫌がっているわけではない。メリーの恋心に波風をたたせないためだ。
 けれど今の反応は、明らかに誤りだった。メリーが今のをどう思うか。蓮子は想像して、悔やんだ。横目でチラリと、メリーの顔色を伺う。メリーは何にも気づいていない様子で、だが不自然なくらいにただじっと、テレビを見ていた。しかし、今の蓮子の大げさな動きに気づいていないはずがないのだ。
 
「メリー……その、ごめん、手を繋ぐのが嫌だったわけじゃないの。つい」
「ん? 何?」

 メリーは、一体なんの話し?、という顔でそう言った。気を使ってくれているに決まっている。
 蓮子は申し訳なくなって、今度は自分からメリーの手の平を握ろうとした。けれどメリーはやんわりとその手を引いてしまった。

「いいの。ありがとう」

 こんなくだらない事でメリーに気を使わせてしまった自分が情けなくて、蓮子はうなだれて自分の太ももと終わりのない睨めっこを始める。

「……蓮子?」

 心底うなだれている蓮子を見かねたのか、メリーが一度引いた手のひらをかえしてくれる。
 蓮子はしっかりとその手を握り返した。よくよく落着いてみればその手は暖かくて心地よい。そこにあるのは純粋な思いやりの気持ちなのに、蓮子は自分の色眼鏡が嫌だった。

「メリー。私は自分が嫌になる」
「……気にしないで。あるがままでいようって言ったじゃない。蓮子と一緒にいられるのなら私はそれで十分」

 大人びたメリーの笑み。
 蓮子は、自分が人と違う部分を持っているためにいつも孤独感にさいなまれていた。けれどメリーはそんな蓮子の倍、周りと異なる部分を抱えてきたのだ。その差が、笑みに現れるのかもしれない。

「でも、私は……」

 ――メリーを全部受け止めてあげたいのに

 そう思う心の裏にあるのは、恋にも劣らぬ独占欲なのだと、蓮子自身気づいている。
 自分を認めてくれるメリーという存在を誰にも奪われたくない。ならばメリーの全てをがっちりとがんじがらめにしておかねばならない。それなのに性的にメリーを拒んでしまう自分の価値観が、蓮子は許せない。
 そんな蓮子の葛藤には気づかず、メリーがくすくすと笑った。

「な、何よ」
「だって……こういう時って普通は、ビアンの方が変に気を病んでぐじぐじするのに、ノンケの蓮子がビアンの私に慰められてるなんて、なんだか可笑しくて」

 そう言ってまたメリーは笑った。気取ったところのない、可愛い笑みだった。

「わ、笑わないでよっ」

 蓮子は文句を言いながら、それでも、どうしようもなく癒されてしまう自分を感じていた。手の平に感じるぬくもりと、メリーの笑い声が、心を軽くする。
 それから日付が変って、深夜。二人は以前と同じように枕を並べて眠る。
 電気を消して十分ほど。暗い天井をみつめる蓮子の目は、まだ冴えていた。仰向けのままチラリと横目で隣のメリーを伺う。目を瞑ってはいるけれど、まだ寝息は立っていなかった。

「ねぇメリー。起きてる?」
「ん……?」

 メリーがうっすらと瞼を開ける。
 蓮子は自身も横向きになって、メリーと向い合った。

「私が眠ってる時ならさ……キス、してもいいよ」
「……蓮子。あのね」

 メリーは少し呆れた顔をしながら、よいせと自分も横向きになった。
 二人で向かい合って瞳を交わす。メリーの瞳には少し、蓮子を咎めるような色があった。

「気をつかわないでって、言ったはずよ」
「そうじゃないの。そうでもしないと……フェアじゃないわ」
「フェア?」
「だって、メリーは今でも我慢してるんでしょ。私への……その……気持ち。私はメリーと一緒にいたくて、一緒にいる。そのくせメリーの気持ちには応えてあげられないなんて。私って、自分勝手だわ。だから……」
「馬鹿。それが変な気をつかってるっていうのよ」
「そうかな」
「そうよ。それに……蓮子がそんな事言うから、余計に私の気持ちを刺激するのよ」

 メリーは冗談まじりではあるが少し怒った顔をして、蓮子に背中を向けてしまった。

「あ……」

 メリーの背中は黙りこんでしまって、蓮子はハァと自分に溜め息をついて、また仰向けになった。  
 今メリーはどんな顔をしているのだろう。メリーの顔を覗き込んで、身を寄せてあげられればいいのに。
 それを出来ない自分が、蓮子はやはり嫌いだった。




 それからまた幾日か経ったある平日。大学にいた蓮子は次の講義までの時間を、友人と共にキャンパスを適当にぶらついて時間つぶししていた。
 友人と話をしながらふと目線を遠くにやると、少し先のベンチにメリーの姿を見つけた。隣には短髪の、体育会系っぽい女学生がいて、二人で楽しそうに会話をしている。
 蓮子は、友達かな、と特に気にとめなかったのだが、

「あぁ。あの人知ってる」

 と、蓮子の視線を追った友人が、ベンチを見てうわずった声を上げた。

「メリーの隣に座ってる子?」
「そうそう。蓮子は知らない?」
「うん。なになに有名人なの?」

 友人は噂好きする笑顔を浮かべながら、わざとらしく蓮子の耳元に口をやって、こしょこしょと言った。

「あの人私らの一コ上の先輩なんだけど、自分がレズビアンだって公言してるのよ」
「……へぇ。そーなの」 
「あら、あんまり驚かないのね」
「そんな事ないけど」

 むしろ逆。そうとうにギクリとしたからそれを隠すために平静を装っているのだ。
 
「けど、もしかしてハーンさんも……そうなの?」
「そうなのって、何が」
「だからさ、レズなの?」
「し、知らないわよ」
「あんたらメチャ仲良いじゃん。あやしー。というかじゃあ蓮子もそうなの……!?」

 友人は一歩引いて、蓮子に怯えるようにして我が身を抱いた。

「アホ!」

 蓮子は持っていたバインダーで友人の肩を叩いた。そして、楽しげに話をしているメリーを横目にそそくさとその場を立ち去ったのだった。

(レズビアンであるメリーが、レズを公言している人と、仲よさそうにしている)

 何か、もやもやとしたものを胸のうちに抱えてしまう。
 心を取り出して観察するとすぐにそのもやもやの正体が分かった。
 嫉妬だ。
 ただの嫉妬ではない。危機感を伴った、強い嫉妬だ。なぜなら、メリーと話をしていたあの女学生は、蓮子と同じ立ち位置にいるのだ。つまり、異端を共有する仲間。メリーと蓮子は不思議な瞳を共有し、そして、あの女子生徒はメリーとレズビアンという生き方を共有している。
 メリーにとっての特別な存在が自分以外にもいることが、蓮子は嫌なのだ。メリーをとられるかも、という子供じみた、けれど本物の恐怖。
 その晩、メリーを家に招いた蓮子はさっそく大人気ない唾付けをはじめたのだった。


「ねぇねぇメリー」
「なに?」
「今日の昼間。大学でメリーを見たわ」
「あら。声をかけてくれればいいのに」
「……だってメリーは友達ととても仲よさそうにお喋りをしていたもの」
「ふぅん?」

 晩ご飯のカレーをつつきながらメリーは人事みたいに気のない返事をした。もっとな反応ではあるのだが、蓮子は自分の言葉にこめた言外の意図に気づいてほしいのだ。

「メリーと一緒にいた人。あの人もレズなんですってね」

 レズ、という単語にはメリーも顔を上げた。そしてすぐにピンときたようだった。

「あぁ、あの時の話ね。私も蓮子に気づいてたよ? でも蓮子だって友達と話をしてたじゃない」
「え、そっちも気づいてたの?」
「うん。歩いてくるのが見えてたもの」
「そ、そう」

 なら手ぐらいふってよ、とは思ってもさすがに言えない。女々しい。

「で……あの人はメリーがレズだって事、知ってるの?」
「うん。私が告白した」
「え……」

 そういう意味ではないと分かっていても、告白、という単語にドキリとしていまう。

「とっても前向きな人なのよ。自分がビアンだって事を堂々と宣言してて、ぜんぜん引け目に感じないの。それで、私みたいにクローゼットしてる人の話をこっそり聞いてくれたりするの。さっぱりした性格で友達の多い人だから、あの人と話してるイコールそくビアンって事にもならないし、こっそり悩み相談する人が結構多いみたいよ。もちろん、それが誰かって、言うような人じゃないわ」

 メリーの笑顔に、その人に対する特別な尊敬を感じて、蓮子は鬱屈する。一方ではそんな自分がどうしようもなく器の小さい人間に思えて、余計にもんもんとしてしまうのだ。

「メリーも、その人に何か相談してるの?」
「私は相談というか、ただ話をさせてもらってるだけ。同じビアンの人とお喋りする機会って、無いからね」
「……悪かったわね。私は話を聞いて上げられなくて」

 内なる陰が声になってしまった。スプーンをくわえながら、もごもごと愚痴る。

「へ?」

 とメリーがきょとんとした顔をした。
 少しの間、蓮子の顔色をうかがっていたメリーだが、突如、目と口が急角度で弧を描いてニヤァといやらしい表情になった。

「えぇー……? 何それ蓮子もしかしてヤキモチ?」
「ち、違うわよ!」

 蓮子は唾を飛ばして、三つの三日月を貼り付けたメリーの忌々しい顔を睨む。
 実際、単純な嫉妬ではない。自分に対する嫌悪、と言った感情の方が強い。だがメリーはそれを違った風に受け取ったらしかった。

「蓮子ったら意外と安いのね。ふふ」
「だからぁ!!」

 かってに決めてかかるメリーに腹がたって、蓮子は本当の気持ちは説明してあげなかった。

「……時々、蓮子がビアンじゃないのを忘れそうになる」

 メリーはひとしきりニヤニヤした後、今度は少し寂しそうな顔になってそう言った。蓮子はそこに込められた気持ち全てを把握することはできなかった。
 そんな事があって蓮子はメリーとの間にある溝をまた意識してしまった。だから、その日蓮子はメリーの手の平を握って眠ろうとした。毛布の中でもぞもぞと手を動かして、隣で横になるメリーの手を握る。

「蓮子……?」

 メリーはきっと、その手に込められた蓮子の気持ちを分からない。二人の間の、さして幅の無い、だが深い深い溝。それが以心伝心をどこまでも阻んだ。





 その深夜。
 蓮子は唇に何かやわらかい感触を得て、目を覚ました。
 メリーの匂いも、している。
 何が起こっているのかはすぐに分かった。
 メリーが蓮子にキスしているのだ。

(気をつかうなって言ったくせに)

 それでも蓮子は寝たふりをしていた。内から沸く嫌悪感を必死に耐えながら、ただじっと目を瞑る。
 メリーは注意深く、静かに、ゆっくりと優しく、何度も何度もキスをした。唇が触れ合うだけの儚い口づけ。はがゆさを数でおぎなおうとしているのだろうか。
 
 ――私が眠ってる時ならキスしてもいいよ

 蓮子がそう告げたときメリーはその言葉を一蹴した。
 なのに、メリーは結局はその言葉にすがっているのだろうか。蓮子がいたずらにメリーの気持ちに触れて、高ぶらせてしまったのだろうか。思えば、蓮子がメリーの秘めたる思いを知ったあの夜も、蓮子はメリーの手を握って眠ったように思う。
 メリーにしてみれば好きな人と手を握って一つ同じベッドで眠るのだから、どれだけ心乱された事だろう。
 とすれば、メリーがキスを我慢できなくなったのは結局自分のせいで……。
 蓮子は己の不用意さを悔やんだ。
 
 ――いつまでこんな関係が続くのだろう? 

 蓮子はふとそう考えて、そして恐ろしくなった。
 メリーは今でもきっと蓮子の事が好きで、けれどノンケの蓮子を気遣って、その気持ちを押さえ込んでいる。蓮子はそんなメリーの気持ちに答えてあげる事はできないのに、そのくせメリーと離れ離れになるのは嫌で、自己の歪な心への嫌悪を重ねながら、メリーを離すまいとしている。
 結局、いつまでたっても二人は幸せにはなれないのかも。メリーもそれを悟って、自分と同じレズであるあの先輩のところに行ってしまうのでは――突然そんな不安が膨れ上がって、蓮子の心をおどかした。
 メリーはあてない思慕を、こうやって深夜にこっそりと一人で処理する以外にしようがなく、そしてそうさせているのは蓮子自身で。メリーを苦しませている自分が、蓮子はどうしようもなく情けなかった。

(やば……泣いちゃいそう)

 そんな自分に何も言わず笑って側にいてくれるメリーの事を想うと、蓮子はとうとう溢れだす涙を止められなくなってしまった。何かと鬱々としがちだった蓮子の心は随分ともろくなってしまっていたのだろう。
 悔しさと、見えない未来への恐怖と、感謝と、沢山の感情がない交ぜになった涙だった。

「……ひっ……うっく……っく……すん……」

 慌てたのはメリーだ。眠っていると思った蓮子が突然嗚咽を始めたのだから、無理もない。

「蓮子!? 起きてたの!? ご、ごめん、ごめんね。嫌だったよね」

 メリーは申し訳なさそうに謝りながら、ベッドから出て行こうとした。
 蓮子は起き上がり、メリーの手を掴んで、涙交じりの声で止めた。

「駄目、行かないでメリー!」
「で、でも、私、蓮子を泣かせてしまうなんて」
「違う。メリーのせいじゃないの、私が……ひっく」
 
 と、また嗚咽の発作がきて、蓮子は両腕で顔を覆った。メリーに泣いているところを見られたくなくて、必死に声を殺す。けれど、小さなしゃっくりみたいに、何度も声がもれた。

「ああどうしよう……」
 
 メリーは何度か蓮子の肩や腕に手をあてながらも、自分が触ると嫌がられるかもとでも思ったのか、すぐに手を離す。けれどやっぱり心配でたまらないようで、また蓮子の体に触れて……そんな事をおろおろと繰り返していた。
 早くメリーの勘違いをといてあげなければと思うのに、後から後から涙があふれて、蓮子は歯がゆかった。
 一分か二分か、ようやく発作がおさまって、蓮子は涙をぬぐって、鼻をすすりながら、弱々しく笑った。

「えへへ、ごめんね。びっくりさせて」

 メリーはにこりともせず、心配そうな顔で蓮子を見つめている。

「蓮子。何で泣くの? キスが嫌だったんじゃないの?」

 自分を責めているメリーの内心が蓮子にはありありと感じられた。
 ベッドの上で並んで上体を起こしている二人。蓮子はそっと自分の肩
をメリーに触れさせた。互いの肌が触れる感覚は、それだけで少し気持ちを落着かせてくれる。

「キスが嫌で泣いたんじゃないの。してあげられない自分が嫌で、泣いたのよ」
「蓮子……」

 メリーは、二度三度何かを言いかけて、そのまま俯いた。
 メリーの手の平が動いて、触れ合う肩の下で、蓮子の手のひらに重なった。

「蓮子。お願いだから信じて。私は今のままで十分幸せ」
「もちろん信じてるわ」

 メリーがきゅっと蓮子の手を握った。

「なら自分を嫌いだなんて思わないで。私は今の貴方が好きなのよ」
「……そうだね」

 メリーが幸せでいてくれるならそれが何よりだと蓮子は思う。けれどどうしても、自分の心の中にいる自分自身への裏切り者が許せない。

「ねぇメリー」
「何?」
「あのね……。……やっぱ、なんでもない」
「何よ。言って」
「……。あのね、ありがと」
「……うん」

 蓮子が口にしようとしたのは、本当は違う事だった。
 けれど、言えばメリーは怒ると思った。だから話せなかった。

「寝よっか。メリー」
「う、うん」
「私が眠ったら、またキス、していいからね」
「馬鹿。泣いちゃうくせにそんな事言わないで」
 
 まだいくらかそわそわとしているメリーの気配を隣に感じながら、蓮子は閉じた瞼の裏に、今しがたメリーに言いかけた言葉を反響させていた。

 ――ねぇメリー。レズビアンになる薬ってあるのかな?




 日常などというものは所詮は幻なのだと、蓮子は実感していた。
 台所の包丁を取り出して、自分の腕を切断してみるといい。それだけで今までの日常は終る。いや道具を使う必要すらない、自分自身の指で眼球をえぐりだせば、やはり日常は終る。日常なんてものは本質的に存在していない。日常という時間の実体は、つまり生物が進化の過程で獲得した生きるための良識なのだろう。
 そんな事を考えてしまう自分は良識を失いつつあるのかもしれないと、蓮子はチリチリとした危機感を頭の片隅に感じ取っていた。

「やっぱりあるんだ! レズになれる薬……!」

 蓮子はパソコンに向かい、ドイツの医療系フォーラムにアクセスしている。レズビアンになる薬の情報を追って、たどり着いたのである。ドイツ語で記されたそのホームページの記述には、同性愛者に転換する薬の存在が確かに肯定されていた。
 昨晩に――日付的には今日だが――蓮子がメリーに聞きそびれた質問の答えが、目の前にある。
 ほぅ、と息をついて窓を見やると、空はすでにその色を赤に変え始めていた。
 今朝、大学に行くメリーを見送った後、蓮子は服も着替えず食事もとらず、ひたすらパソコンに張り付いていた。レズになる薬について調べるためである。
 日本では治療薬すら認可されていないのだから、蓮子は具体的な情報を得るために海外のホームページにアクセスしなければならなかった。もちろん言語の壁があったが、ある程度は学習していたし、専門用語は辞書を片手に何とか解読していった。比較的優秀な己の頭脳に蓮子は感謝した。

「……日本でも手に入れられるのかな」

 薬事法についてツラツラと検索する。その中で何度か、「個人輸入」という単語が目に付いた。そこから「個人輸入代行業者」にたどりつくのにはそう時間はかからなかった。
 蓮子の瞳はぎらつき、頬は紅潮した。頭の片隅にあった危機感はほとんど消えて、得体の知れない高揚が脳を席巻している。自前で薬を手に入れる事はけして100%安全でないことは分かっていたが、今は、薬を手に入れられるかもしれない、という期待が蓮子を盲目にしていた。
 蓮子はいくつかの業者のサイトに問い合わせをした。海外で処方されている同性愛指向を高める薬を輸入できるか、という事だ。可能性をもとめて海外の業者にもメールを送った。
 何通かのメールを送り終えて、蓮子は椅子の上でがっくりと体の力を抜いた。

「何やってんだろ、私。嘘みたい」

 乾いた笑い声が部屋に広がる。

「レズビアンになる薬を買うって……何よそれ。あはは」

 そんなことがありえるのか? そんな事を本気でしようとしているのか? 奇妙な非現実感を味わっていた。
 日常を踏み外すなんて事は、簡単だ。そもそもが、日常なんてものは多数の人間があやふやな意思で編み上げた細い糸のようなものなのだから。
 蓮子は自分の胸に手をあてて、呟いた。

「ねぇ蓮子。本当にそれでいいの? 本当にレズになるの? メリーに何て言うの?」

 輸入業者からの最初の返信がくるまでの数日間蓮子は自問し続けた。
 問い合わせに対するメールの返信は――YES。





「大学休んで海外旅行なんて、妬ましいわねメリー。しかも一週間」
『だから旅行じゃないってば。故郷の親戚の結婚式。一族そろって祝うのが習慣なの』
「似たようなもんじゃないの」
『もう。ちゃんとお土産買ってくるから、おとなしく待ってなさい』
「私も学校さぼって外国に行きたいよー」
『……なら一緒にくる?』
「え……さ、さすがに駄目でしょ。結婚式に……」
『まぁ、ね。……じゃ、そろそろ切るわよ。また帰ってきたら連絡するから』
「あ……ねぇ、メリー……」
『ん?』
「……。……いや、ブランド物のバッグお願い」
『はいはい、帰ってきたらしまむらのバッグを買ってあげる。じゃあね、バイバイ』
「またねー」

 携帯を耳から話して、蓮子は溜め息をついた。

「結局言えなかった……」

 レズになるという薬を注文して、もう二週間が過ぎていた。
 あと数日中には届くはずである。
 また何の偶然か、メリーは明日から一週間ちょっとの間、祖国に里帰りする事になっていた。
 せめて薬を使うのはメリーと話をしてからにしようと思って、何度か話そうとした。けれど、とうとう言えなかった。メリーはきっと反対するし、激怒するだろう、そう思うと口が固まった。蓮子は、どうしてもレズビアンになりたかったのだ。メリーのためでもあるが、自分のためでもあった。蓮子は自分の中にある不協和音に、もう、耐えられなかった。

「……メリーには黙っていよう。二人とも幸せになれるのだから、悪い嘘じゃない……よね」





 翌日、大学から返ってくると玄関の受け口に不在通知票が挟まっていた。早かったなと驚きつつ蓮子はすぐさま通知表に記載されていた配送ドライバーの携帯に連絡し、再送を頼んだ。
 三十分ほどたって、あっさりと荷物は届いた。
 蓮子は椅子に座って机の上に置いた小包を眺めた。近所のケーキ屋でショートケーキを何切れか買ったときに貰うような大きさで、無地の白包装紙でくるまれている。蓮子は、何かの冗談を見ているような気分だった。
 注文して、お金を振り込んで、特にトラブルもなく今日それが届いた。
レズビアンになれるという薬が、だ。これが冗談でなくて何なのか。すごい世の中になったものだと蓮子は他人事のように笑った。 
 ちなみに、三万円近くもした。二日に一回の皮下注射、それが15回分。
 包装紙をはがすと、ドイツ語の表記と医学的?な感じのする模様が描かれた外装が現れる。口を開けて、中身を取り出した。

「うわ……」

 無色の液体が入った透明なアンプル。そして、注射筒と、針。それらが15組。何かひどく生々しいものを感じさせられた。
 普通に生きていたら、自分で自分に注射器をうつなんて事は経験しないだろう。自分のしようとしているのはそういう事なのだと、あらためて蓮子は唾をのまされる。
 けれど、もう後悔はしないと決めたのだ。

「メリーと心を分かち合えるようになるなら……どんな事だってしてみせるわ」

 怖気づきそうになった己の心を、蓮子は鼓舞した。
 もちろん一度医者に相談するのが安全だとは分かっている。けれど出来なかった。同性愛、というキーワードが蓮子に恥を感じさせる。自分の体の健康と天秤にかけられるものではないとわかっても、どうしても抵抗があった。
 蓮子は薬の注意書きを取り出して、辞書を片手に丹念に読み込んでいく。
 使用法や注意書きは絶対に内容を読み違えないように、何度も読み返した。個人で手に入れたのだから、責任は全て自分でとらねばならない。

「二日に一回。就寝の前。注射は必ず皮下注射を行う。静脈注射は避けること。また二ヶ月以上の連続使用はさけること。神経に異常をきたす可能性があり……怖いわね……。体質に不適応な場合は使用を避けること」

 おおまかに言うと、そんな内容であった。薬の作用についての理屈の説明も載っていたが、今は読んでも仕方が無いので飛ばした。

「そこらへんの薬に載ってる注意書きとあまり変らないのね」

 それがとても奇妙に思えた。なにせレズビアンになるというトンデモ薬である。
 読み終えて、蓮子はふと田舎にいる両親の事を思っていた。今までの人生を思い返したといってもよい。
 レズビアンになって、自分は何か変ってしまうのだろうか。いやもちろんレズビアンになるという事自体が大きな変化なのだが、もっと、自分を根本から変えてしまうような何かが起こるのだろうか。ぬぐってもぬぐいきれない不安がとめどなくわいてくる。
 その時、携帯がなった。
 メリーからのメールだった。

『今から飛行機に乗ります。おみやげ楽しみに』

 メリーらしい簡素な内容。
 蓮子は二、三分考えて、それから返信した。

『メリーが日本に帰ってきたら、ちゅーしてあげる』

 薬の効果を信じるならば、メリーが日本に帰ってきた時、蓮子はそれができる人間になっているはずであった。

『馬鹿』

 とだけメリーからメールが返ってきた。
 蓮子はそのあと、晩御飯を食べる気にもなれず、ずっとアンプルと注射器を眺めていた。
 窓の外から聞こえる町の音が、どこか遠くに聞こえた。




 翌朝に目が覚めた時自分は違う人間になっているのだろうか。
 眠りに落ちる前、蓮子は最後にそんな事を考えた。
 そして蓮子は窓の向こうにすずめの鳴き声を聞いた。閉じていた瞼をゆっくりと開ける。カーテンがボンヤリと白く光っていた。朝、だった。
 体を起こして前方に腕を伸ばす。調子を確認しようと、拳を握って、開く。メリーの事を考えてみる。自分の全部を理解してそれでも側にいてくれる大切な人。メリーとのキスを想像した。少し、気持ち悪いと思ってしまった。

「……何も変って……ないよね……?」

 安心と、そして落胆。
 蓮子はパジャマを捲って左肘の内側を確認した。関節部の少し手のひら側に、赤い、小さな点。注意していなければ見逃してしまいそうな小さな小さな紅点。
 だがそれが、今までの自分との別れを証明しているのだ。 
 ――昨晩、蓮子は薬をうった。
 危なげな手つきでたどたどしくアンプルから注射器で薬液を吸出し、左腕の袖を捲って、蓮子は深呼吸をした。まるで自分が麻薬中毒患者になったような心持だった。また構えてみて分かったが、自分に注射をするのはかなり勇気が必要だった。
 自分は取り返しのつかない事をしようとしているのではないか、いまさらそんな事が頭に浮かぶ。

「……さっさとやれ! 蓮子!」

 蓮子はメリーの事だけを考えた。メリーの笑顔を思い浮かべながら、思い切って細い注射針を鋭角に腕に突き刺した。チクリと鋭い痛み。注射針が己の肉にもぐっていくさまに見入る。1cm、ほとんど針を全て、押し込んだ。いつのまにか、息を止めていた。空気を吸おうとするが緊張のあまり肺が固まってしまって、横隔膜も動かない。蓮子は呼吸をあきらめて、ぐいと親指で注射器の背を押した。ほとんど抵抗なく、するすると液体が細い針を通って自分の体に入ってくる。錯覚なのか、少し腕がしびれたような気がした。液体を全て押し込んで、蓮子は注射針を抜いた。抜き方が悪かったのか、またチクリと痛んだ。針を抜いて、己の腕を凝視する。針が刺さっていた場所に、ぷっくりと血の半球が生まれた。消毒液をしみこませたガーゼで注射跡を押さえる。蓮子はそのまま一分ほど、呆然と硬直していた。息をしていたのか止めていたのか、もう覚えていない。

「やっちゃった……本当にやっちゃった……」

 己の体に何か異常がないか、じっと神経を凝らす。何も、変化は無かった。
 その後は、何をする気にもならず蓮子はすぐに眠った。妙な話だがメリーに隣にいてほしかった。本当は注射をうつのだってメリーに見ていてほしかった。二人で見守りながら、新しい日々を迎えたかったのだ。現実はそれとはかけ離れている……。
 とにもかくにも、そして夜が明けた――

「ちゃんと効くのかな。この薬」

 せっかちすぎるとは思うが、やはりその不安だった。個人輸入の薬なのだから、そもそも絶対の保証は無いのだ。輸入業者自体がいいかげんな製造元と組んで、安くて粗悪な品を使って詐欺まがいの販売を行う事もあるらしい。
 心底悩んで注射をうったのだから、肩すかしはくらいたくなかった。

「次は、明日の夜か」

 朝食をぱくつきながら、蓮子はカレンダーを眺めた。メリーが返ってくるという来週までには、何か心情の変化があってほしかった。




 特に何の変化も実感できないまま、二度目の注射を行った。まだ一度目の注射の跡が残っている。早く消えてほしいな、と蓮子はげんなりした。注射を終えてからはまたすぐベッドにはいった。

(そうそう急激に効果が現れるものでもないのかな)

 まだ体には何の違和感もなく、蓮子は前回ほどは緊張せず、比較的すんなりと眠りに落ちていった。
 だが、その予想は早々に外れる事になったのだった。




 その晩、蓮子はおかしな夢を見た。

(私の方から、メリーにキスをしてる……?)

 メリーは眠り姫。暗闇の中に目をつむって横たわっている。そのメリーに四足獣のごとく蓮子が覆いかぶさり、ちゅっちゅっ、と軽いキスを繰り返しているのだ。キスは唇にだけではなかった。他にも首筋や、頬、瞼、額。動物が自分の縄張りをマーキングするように。
 そのうちにメリーが目を覚ました。メリーはうっすらと目を開けて、覆いかぶさっている蓮子の顔を見上げた。そして小さく微笑んで、蓮子の頬を撫でた。
 その瞬間、傍観しているほうにまで、夢の蓮子の心がゾクリと震えて波立ったのが伝わった。蓮子は両腕でメリーの頭を抱え込み、そしてその唇にむしゃぶりついた。さきほどまでの軽いキスとは比べ物にならないくらいの、あらあらしい口づけだった。蓮子はメリーの唇を何度も吸い、嬲り、己の舌を強引にねじ込んだ。メリーの柔い唇に蓮子のベロが裂けいって、そしてとうとうメリーの口腔内に――



 
 はっと目が覚めて、まず飛び込んできたのはドッドッドッドッという、何か重いものが連続で体内に打ち付けられているような、鈍い音だった。蓮子は呆然としたまま、にわかに明るくなりはじめている天井を眺めた。それからすぐにその音が自分の心臓の鼓動だと気づいた。恐ろしいほどの速さで脈打っている。脈拍のたびに振動さえ体に感じた。呼吸もまた速くなっていた。
 蓮子はベッドから起き上がって、胸を押さえた。

「な、何よ今の夢」

 夢の中にいた自分の行いが蓮子を唖然とさせた。まるで、というより獣そのものだった。己の欲望のままにメリーを捕食していた。
 そこで、蓮子はハタと気づいた。

「……私、メリーにキスしたいと思ってる……」

 唇が、疼いていた。夢の中で感じたあの柔らかい感触を、もう一度味わいたいと思ってしまっていた。蓮子はまた愕然とした。
 気持ち悪いとか、汚いとか、そういう感情はほとんど無かった。僅かには残っているのだが、心の大部分は、己の唾液とメリーの唾液が肉の上で交じり合うあの妖艶な感覚を欲していた。

「何これ……何これ……」

 性欲、と表現するにはまだ早い感覚だったが、今までに感じた事のない気持ちで、蓮子は戸惑う。ただ、頬は上気し、頭が熱くなって、自分が興奮しているらしい、という事だけは理解できた。そしてまた、欠けていたパズルの最後のピースがカチリとはまったような、そんな気分でもあった。
 蓮子はその日大学を休んだ。
 まぬけな話だが、薬の効果を目の当たりにして、急に怖くなったのだ。
 ウェブで同名の薬の使用による薬害報告を調べる。そもそも日本国内には情報が無かったし、アメリカ、ドイツにおいても特別大きな事件は起こっていなかった。使用によって体調をくずしたり偏頭痛持ちになったりという報告はあったが、いずれも使用を止めれば体調は戻ったらしい。
 薬剤師会にも問い合わせの電話をした。恥ずかしいなんて言ってられなかった。
 オペレーターの女性が困ったような口調で応えた。

『同性愛嗜好を高める薬……ですか?』
「はい。あの、個人輸入での購入を考えているのですが、薬の使用について何かトラブル事例の報告が無いかと確認しておきたくて……」

 何かうしろめたくて、すでに注射しているとは言えなかった。

『個人輸入ですか……。安全面を考えると、まずは医師に相談するのがよいと思いますよ』
「はぁ、まぁ、そうだとは思うのですが……」

 オペレーターは口ごもった蓮子の気持ちを察したのか、最初の問い合わせについて応えてくれた。

『日本ではその種の薬の使用報告自体があまり無くて、情報と言えるものは無いんですよ。そうですね……薬の名前と、成分名は分かりますか? よろしければ確認を取りますが』
「あ、はい。お願いします。ウェブで調べるのでちょっと待ってください」

 蓮子は薬箱を取り出してオペレーターに伝えた。なにぶんドイツ語表記である。正しく名前を伝えるのにひどく苦労した。
 確認するので一度かけなおすと言われ、電話をきった。そわそわと待つこと20分近くして、携帯がなった。

『日本ではまだ認可されていない薬物が3種含まれていますね。ですが、特別それらが問題にされているという報告は今のところありませんでした』
「そうですか」
『でもやはり、まずは専門の者に相談するのがもっとも安全ですよ。お体の事ですから、何か問題が起こってからでは……』
「……はい。あの……考えてみます。ありがとうございました」

 携帯をきって、相談しにいくとすれば何科になるのだろうか、なんて事を考えた。

「内科……いや精神科かな?」

 けれど本当に相談に行く事はないだろうと思った。後ろめたさと、また恥ずかしさ。変な夢をみただけで医者に駆け込むというのも、馬鹿みたいだった。

「……勝手に薬をうってるのが一番の馬鹿よね」

 昼過ぎ、思いつくことをあらかた調べて、蓮子は一応の安っぽい安心感を得た。昼を買いがてら外に出る事にする。

「通行人の女性にドキッとしたりしないでしょうね」

 滑稽だが本当にそんな事が心配になっていた。実際は、そんな事は無くて、いつもの自分と何一つ変らないように思えた。
 だが、違うところもあった。
 メリーに対する想いだ。
 昨晩の夢と、メリーに寝込みの唇を奪われた夜の事を思い出す。その事について以前は感じていたはずの嫌悪感が、確実に薄れていた。
 突然変ってしまった自分の感性が、やはりまだ恐ろしかった。





 そんな恐ろしさも日ごとに薄れていった。自分が変った、と意識する事も無くなっていった。
 その代わりになんともいえない幸福感が蓮子の心を満たすようになった。
 
「大好きなメリーと、キスをしたいと思える。抱き合いたいと思える。なんで今までそんな当たり前の事ができなかったんだろう!」

 夜更け、蓮子は枕にメリーの顔を浮かべて何度も口付けをした。
 やっと本当の自分になれたと、そんなことさえ考えた。
 ただ、薬の注射の時だけは、今の自分が夢ではないかと思う。
 自分の今の気持ちが結局薬によるものなのではないかと、恐怖した。いくつかの宗教の根強い国では、『根本的な感情は人為的に操作されるべきではない』という理由でこの種の薬が認可されなかったという。

「けど、私は違う」

 と蓮子は首をふる。

(私は薬を使う以前からメリーの事が大好きだった。友達以上の気持ちがあった。ひょっとすると……私は一種の性同一障害だったのかもしれない。ビアンであるはずの人間がノンケとして育ってしまった)

 メリーの求めに応えて上げられない自分を、蓮子はどれだけ悔やんだか。その苦しみからようやく解放されたのだ。蓮子にとって、これは必要不可欠な『治療』だった。
 四度目の注射を終えて、メリーの帰国までもう幾日も無かった。
 深夜、蓮子はベッドに横たわりながら、メリーの事を想った。

(メリーが日本に帰ってきたら……今までできなかった事をいっぱいしてあげよう。……私が、したいだけかな?)
 
 んふふ、と妙な含み笑いをして、いつもメリーが使っている枕を抱きしめてめちゃくちゃにする。顔を埋めて思い切り息を吸うと、枕自体の和臭に混じってメリーの匂いがした。またたびを吸った猫みたいにふにゃりと体の力が抜ける。

(ちゅーして、抱き合って、一緒にお風呂に入ったりなんかして……それから……それから……)

「……それから……」

 ジワァと、脊椎の辺りに間欠泉が染みだした。熱いさざ波が全身に広がっていく。

(二人ともお互いの事が大好きで……健康的な人間で……そんな二人が一緒のベッドで……)

 顔面と、胸の奥に新しい間欠泉が噴出した。それから、下腹部にも。さざ波はうねりとなって体中を席巻する。全身が高揚感に満たされて、ゾクリと背筋に電気が走った。
 無意識に足をくねらせて内股をこすり合わせてしまっている自分に気づく。

「ん……」

 右腕にメリーが乗り移って、勝手に動き出した。

「メリー、早く会いたいよ。今まで……ごめんね」

 切なげな声が漏れて、メリーの枕が蓮子の吐息で湿った。





 メリーが帰国して、今日、蓮子の家にやってくる。お土産を渡すのと、久しぶりに一緒に晩御飯を食べるのと。明日は二人とも学校なのでメリーはそのまま蓮子の家に泊まっていく予定になっていた。

(メリーが泊まっていく!)

 いつもやっている事だけど、今日は、それに特別な意味を香ってしまう。
 蓮子はソファーの上で膝を抱えて緊張しながら、今か今かとメリーを待っていた。
 二日前、メリーから帰国の予定を告げる電話があった。久々に効いたメリーの声はとても魅惑的で、まるで高級なフィドルか何かの弦楽器みたいに美しく切なく響いた。蓮子は帰国の知らせに小躍りしながら、一方ではひどく緊張していた。今、メリーにあったら自分はどうなってしまうのだろうか。声を聞いただけでも、これまでとはまったく違う魅力を感じてしまった。本人に直にあったら、どうなってしまうのか……。
 僅かに早まった己の鼓動に耳をすませていると、インターホンがなった。
 蓮子はごくりと唾を飲み込んだ。そしてソファーから立ち上がり、そろそろと玄関へ向かう。ドアノブを掴んだ。一呼吸おく。そして、開けた。そこに――メリーがいた。

「ただいま。蓮子」

 くいっと小さく首を傾げて、メリーが笑った。

「お、おかえりメリー」

 蓮子はそう言って、そのまま固まった。息が止まるほど魅力的な女性が、目の前にいる。
 メリーが、メリーではなくなっていた。別に何か外見上の変化があったというわけではない。けれど蓮子には、目の前にいるメリーがまったく変って見えた。
 澄んだ蒼の大きな瞳と柔らかい金髪の鮮やかな色合い。色の白い、ふっくらとしたほっぺた。少し小さいけどくっきりとして高い鼻。ふにっとしたピンクの唇と、すらっとした顎。優しい微笑み。細い首に、なで肩気味の肩からしゅっと伸びる両腕。小ぶりな胸のふくらみがにわかに扇情的でドレスの下に潜む魅惑的な肉体を想像させる。
 一陣の突風が足元から吹き上げて、蓮子の感情を全て空に吹き飛ばしてしまった。一瞬の真空状態の後、舞い上がっていた感情が落下してくる。その感情の落下の衝撃は蓮子の心をやすやすと突き破って、心ごと何もかも、ストンと地に落ちてしまった。
 恋に、蓮子は落ちた。一目ぼれと言ってもいい。

「……蓮子? どうしたの? 寒いからはいっていい?」
「あっ!? う、うん。ごめん。どうぞどうぞ」

 蓮子ははっとしてメリーを招きいれ、メリーが靴を脱ぐ様や、玄関から部屋に向かう背中をつぶさに見つめた。すべてが蠱惑的で、こんな女性と身近にいながら、何も感じなかった今までの自分が信じられなかった。
 そしてまた気づいた。自分は今メリーに一目ぼれをしたが、自分とメリーはもう長い付き合いである。そして互いの気持ちも理解している。ならば、もう、二人の間に一切の壁は無いのだ。

 ――もう何も我慢する事はない

 全身でマグマが沸き立った。武者震いがして、ハァと短く鋭い息が漏れた。
 先に部屋に入ったメリーは手に抱えていた荷物を床において、背伸びをした。

「あぁ、重かった。……そういえば蓮子、私にちゅーしてくれるとか言ってなかったかしら?」

 メリーが冗談ぽく笑いながら蓮子を振り返ろうとした。
 その時だ。蓮子はメリーを振り返らせず、後ろからぎゅっとあらあらしく抱きしめた。右腕をおへそのあたりに、左腕は脇から乳房の下に、ほとんど羽交い絞めのように抱きすくめた。二人の体が隙間無く密着した。

「蓮子!?」

 メリーが驚いたような声を上げる。
 蓮子はかまわずメリーのうなじに鼻を埋めた。そのまま息を吸う。混じりけの無いメリーの香りが蓮子の脳髄を撃った。

「きゃっ。ちょ、ちょっと! くすぐったいわよ!」
「メリー……やっと、やっと……」

 興奮のあまり、声が震える。

「ねぇどうしたのよ蓮子」
「私、とっても寂しかった」
「え?」
「メリーに会えなくてすごく寂しかった。でもそのおかげで、私、素直になれた。自分の本当の心を見つけた」
「それって、どういう……」
「メリー。こっちむいて」

 蓮子はいったん腕を解いて、メリーの肩を回した。
 戸惑いながらメリーが振り向く。その顔がほんのり赤くなっていた。またそれが蓮子のマグマを吹き上がらせた。

「いったい何? どうしたの――」

 メリーは言い切ることが出来なかった。蓮子がメリーの唇にかぶりついたからだ。

「――!?」

 蓮子は再びメリーの体を抱き寄せ羽交い絞めにした。メリーは僅かに抵抗したが、すぐにおとなしくなった。瞳だけは驚愕に開かれて、きょろきょろとあたりをさ迷っていた。
 蓮子は一度唇を離す。

「っぷはぁっ! れ、れん――!?」

 口を開きかけたメリーの唇を再び蓮子がふさぐ。メリーは鼻でふーふーと息をしていた。蓮子は片手でメリーの頭を抑えて、欲望のまま野蛮なキスをなんどもねじりこむ。技術も何も無い、ただ激しいだけのキス。するとだんだんとメリーの瞳の動きが緩慢になって、とうとう瞼が落ちた。蓮子はそれを確認してから自身も瞼を閉じて、暗闇の世界で、メリーの柔らかい唇の感触だけを、一片の凹凸も逃さずに感じ取った。
 どれほどの時間そうしていたのか分からないが、唇を離したとき、互いの唇が、互いの唾液で濡れていた。
 メリーは体を震えさせながら、その場に崩れ落ちて、尻をついた。

「……何、何なの? 蓮子、説明して……」

 唇を押さえ、メリーは呆然としている。
 蓮子も膝をおろして、そしてそっとメリーの耳元で囁く。

「メリー。私は貴方が好きなの。それ以上の説明がいるかしら」

 メリーは混乱しながらうっすらと涙の浮かんだ目で、蓮子を凝視する。
 蓮子の心が三度目の噴火を起こした。

「今までごめん。でもこれからは私、メリーの気持ちに応えるから」

 蓮子はメリーをカーペットの上に押し倒した。

「きゃっ。ちょっ……れ、蓮子!」
「もう辛い思いはさせない。寂しい思いもさせない。ずっとずっと、メリーを抱いてあげる」
「待って! ちょっと待ってよ蓮子!」

 蓮子の体の下で、メリーが暴れる。
 蓮子がメリーの片腕を抑えると、メリーの声がにわかに悲鳴の色を帯びた。

「止めて! お願いよ蓮子!」
「メ、メリー……」

 一瞬蓮子が怯んで、メリーが腕を振り払う。床に倒れたまま、はだけかけた己の服を直しながら、蓮子を睨み上げた。うっすらと涙が浮かんでいた。

「蓮子の馬鹿! こんな……急に」

 非難の色と戸惑いの色が混在していた。

「ねぇ蓮子、本当に一体どうしちゃったの?」
「どうって、私はただ素直になっただけ」
「キスだってあんなに嫌がってたのに」
「メリー。お願いよ私を信じて。私……メリーがほしい」

 二人はじっと見つめ合う。メリーは困惑しながら、小さく呟いた。

「本当? 無理してない?」

 蓮子は大きく頷いた。
 メリーはさぐるように蓮子の顔色をうかがった後、くっと眉を寄せて、今までの苦しみを吐き出すように、息を吐いた。

「よく分からないけど……でも……嬉しい……」
「メリー、じゃあ」
「……ちゃんと、ベッドの上で……」

 メリーがもぞもぞと立ち上がる。

「メリー……大好き!」

 蓮子がその腰にタックルを決めるように掴みかかって、またメリーを押し倒した。

「きゃ! だから乱暴にしな――」

 もう何度目になるのか、蓮子はまた荒ぶる若い力でメリーの口をふさいだ。もう、今度はとめなかった。だんだんとメリーの体も蓮子を求めるようになって、蓮子は理性のタガを放り投げて本能のままにメリーをむさぼった。
 その夜二人は、これまで触れ合う事が出来なかった日々を全て取り戻そうとして、どこまでも激しく、深く、互いの身体をぶつけ合った。





 雨の音で、目が覚めた。
 ザァァ、と途切れる事のないノイズが蓮子の眠りを終らせる。
 ゆっくりとまぶたを開く。すると、薄暗闇の中、メリーのブルーの瞳がじっと、自分を覗き込んでいた。

「……メリー。いつから私の寝顔をのぞいてたの?」
 
 枕に顔を横たえたまま、くすりと囁く。

「ずっと、よ」

 メリーがゆるりと微笑む。

「そう」

 静かに口元で笑みを作って、蓮子はメリーの体に寄った。
 毛布の下で、遮るものの一切無い二人の体が、擦れあう。シルクに触れているような、さらっとした感覚だった。そして、とても暖かい。互いに互いの体を満たしあいながら、どちらともなく呟く。

「雨ね」
「ええ」
「何時かな?」
「たぶん七時くらい」

 雨の音にみたされた暗く静かな部屋で、恋人達の囁き声はお互いにしか届かない。とろけたような、甘い二人の声。

「起きなきゃ遅刻ね」
「何に?」
「大学」
「……べつにいいじゃない」
「そうね」
「今日はずっと、二人で……いよ?」
「うん」

 肌と肌のこすれる音が、時折ちゅっちゅと湿った音を伴いながら、また始まる。けれど雨音がそれを包み込んで、二人の世界を邪魔するものはもう何もなかった。





 抱きしめあって、疲れたら眠って、また抱き合って、いつの間にか夜になっていた。二人の体臭はすでに混ざり合って、どちらも区別がつかなくなってしまっていた。ともあれ匂うのはよろしくないから、二人はつれだって風呂に入った。
 特別広くない湯船だから、メリーがさきに座って、その膝に蓮子が座った。

「気持ちいぃ……」

 蓮子がうわずった猫みたいな顔で呻いた。
 メリーに抱かれながら熱い湯船に浸かっていると、まるで胎児に戻ったような心地だった。心の中さえも、今までの人生のどの瞬間よりもあたたかい。
 メリーは蓮子を抱きながら、黒髪のうなじに口付けをしたり、蓮子のお腹やおっぱいをふにふにと揉んだりして、じゃれていた。

「メリー。今度二人で温泉にいこうよ。箕面とか有馬とか」
「いいわね。広い湯船でゆったり」

 湯気のこもった風呂場に二人の声が反響する。

「ねぇ蓮子」
「ん?」
「私のいない間に、何かあった?」

 顔には出さないが、蓮子はギクリとする。不自然にならないよう、何気なく応えた。

「夢をみたのよね」
「夢?」
「私がメリーにキスしてる、夢」
「ふぅん」
「そしたら不思議と、メリーとそういう事もしたいな、って思えちゃった」
「……それだけ?」
「うん……」
「本当に不思議ね……」

 全てが嘘ではない。夢を見たのは事実。
 蓮子は湯に腕をもぐらせて、後ろでにメリーの腰と尻を撫でた。

「理由なんていいじゃない。私はメリーとやっと一つになれた。それが何より幸せよ」
「……そうね。私もずっと蓮子とこうしたかった」
「ふふ、ごめんね今まで」

 蓮子はしぶきをたてながら体の向きを変えて、メリーと向い合う。蓮子はメリーの膝に馬乗りになっているから、座高の関係で、蓮子の胸にメリーが顔をうずめるような恰好になる。抱きしめあって、メリーが蓮子の乳房に頬を寄せる。自分の胸とメリーの頬が押し合う感触が蓮子には気持ちよい。

「でもよかった……」

 メリーが言った。

「うん?」
「私ね。ビアンじゃなくなる薬、本当に使おうかと思ってた」
「え……」
「もちろん、蓮子と相談してからだけどね。里帰りして……故郷のおばあちゃんに蓮子との事、相談したの」
「そう……なの?」

 蓮子は話の流れを掴めずにいた。おばあちゃんの話など、メリーから聞いたことがない。

「蓮子に話した事なかったけど、私ね、おばあちゃんが二人いるの」
「父方と、母方のおばあちゃん?」
 
 メリーはううんと首を横にふった。湯に浸かった金髪が、それにあわせて泳いだ。

「ううん。母方のおばあちゃん。父方の祖母も含めると全部で3人おばあちゃんがいる事になる」
「ええ……? よ、よく分からないんだけど……?」

 そんなパターンがありえるのか? と家系図を浮かべてみるがさっぱりわからない。

「乳母とか、再婚とか、そういう事……?」
「それもはずれ。私のおばあちゃん達……つまり、ママのお母さん達はね、ビアンの夫婦なの」
「へ……!?」

 そんな話も、そういう類の話もまったく寝耳に水である。蓮子の頭のなかで三人の女性の相関図がやっと成り立った。けれどそれでもまだ頭が混乱している。

「え……? え……? つまりメリーのおばあちゃんは、女性同士のカップルで、その間に生まれたのがメリーのお母さん?」
「そういう事ね」
「ど、どうやってメリーのお母さんを生んだの?」
「精子バンクで精子を買ったの。そして人工授精。他にも一人、おじがいるのよ」
「へぇー……はぁー……なるほど……」

 理屈は理解できたが、蓮子にとってはあまりに常識はずれな話で、まだあっけにとられてしまう。

「すごい。そっか……そんな方法があるんだ……」
「おばあちゃん達、今でもとても仲がいいのよ。でも……ママはそんなおばあちゃん達が理解できないみたい」

 メリーの表情に悲しげな色が混ざる。

「周りから変な目で見られたり、いじめられた事があるんだって。それで、おばあちゃん達の事を恨んでたみたい」
「そんな……そんなのって」
「おじさんは理解してくれてて、それにママだって大人になってからは、おばあちゃん達の事も理解できるようになったみたいなんだけど、それでもやっぱりまだ抵抗があるって……。できれば普通の両親がほしかったって、私に言ったことがあるの。おばあちゃんには絶対ばらすなって言われてるけどね」
「そう、なんだ……」

 話を聞くうち、蓮子には一つとても気になる事があった。

「ねぇメリー? メリーのママは……その、自分の娘がビアンだってこと……」
「……まだ、知らないの。恐くて……言えない」
 
 メリーの顔は、本当に寂しそうで、切なそうで、蓮子はぎゅっとメリーの頭を抱きしめた。

「おばあちゃん達にはね、日本に来る前に打ち明けたわ。二人とも、何も言わずに私を抱きしめてくれた。……今の蓮子みたいにね。ふふ」
「それでメリーは私との事をおばあちゃんに……」
「うん。大学の女の子に好きな人ができたのって。でもその人はノンケで、私がビアンなのを理解して受け入れてはくれたけど、恋人にはなれない。なのにその人は、自分も恋人を作らないから、私とずっと一緒にいてほしいって言うの……って」

 と、メリーが突然ぷっと笑った。

「そしたら、おばあちゃん達なんていったと思う?」
「え? な、なぁに?」
「二人とも顔を見合わせて、『変な人だねぇ』って。ふふふ。その通りよね。まぁおばあちゃん達にも、まだこの瞳の事は話していないからね。私達の絆を知らないからしかたないのだけれど」
「う、うー……」

 蓮子は気はずかしくなって、メリーの頭頂部に顔を埋めた。湿った髪の匂い。

「でね……その人は自分がビアンじゃない事で悩んでる。私の気持ちに応えてあげられない事に悩んでるみたいだから、私が薬を使ってノンケになればいいのかなって」
「……それで、おばあちゃん達は何ていったの?」
「相手と話し合って二人で決めなさいって。二人の人生なんだから、二人にとって一番良いと思える選択を一緒に考えて、そしてそれを信じなさい。それがどんな選択であっても、私達は応援するよ……って」

 遠い空の下にいるメリーの祖母たちの思いやりに、蓮子は唸った。一見、自分達で考えろ、と突き放したようにも思えるがそうではない。孫の選択を信じて、尊重して……そしてまた同時に自分達の幸せは自分達で掴むのだよ、と諭してくれている。

「すごい包容力……年の功かしら」

 感心しながら一方、心の奥では、メリーに相談もせず自分一人で薬をうってしまった事に大きな後ろめたさを感じている。けれどそれについては、メリーには黙っているとすでに強く決めていたから、顔には一切でない。

「二人もいろいろ苦労したみたいよ。結局、幸せを信じて二人で協力していくしかないって」
「ふぅん……でもメリー」

 蓮子はうつ伏せのままメリーの体に倒れこむように、しだれかかった。浮力が働いているから、重くはないだろう。きゅっとメリーを抱きしめて、二人の乳房が押し合った。メリーの鎖骨に口付けをする。

「もう、そんな事で悩む必要はないよ」

 メリーが蓮子の頭を抱いて、撫でた。

「ええ、そうね。ちょっと驚いたけど……よかった。ねぇ。本当に、私のために無理、してるんじゃないよね?」
「もうっ。メリーの馬鹿」

 金髪の中の耳たぶを探り当てて、甘噛みをしながら蓮子は囁く。

「昼間にしたような事、無理してたらできると思う?」

 艶かしい蓮子の声に、メリーの首筋がカァッと熱くなった。
 メリーは湯船に口を埋めて、ぼこぼこと何かを言った。おおかた、「馬鹿」、とか「エッチ」、とかそんな事だろう。蓮子はそんなメリーが可愛くて、またキューっと抱きしめた。

「ね、メリー。立って?」
「え? う、うん」

 ばちゃばちゃと音を響かせながら、二人で風呂桶に立ち上がる。熱く湿った蒸気の中で、蓮子はメリーのほてった体を抱きしめた。お湯に濡れた二人の体は摩擦を弱めて、触れ合った体がすりすりと心地よく擦れあう。腕に力を込めるたび、胸が、おなかが、ふとももが、むにむにともみ合う。二人はこれ以上無いくらいに密着して、深いキスを交わした。互いに相手の背中に回した腕で、肩甲骨や背骨の窪み、お尻を愛撫しあう。その度に、ぱちゃり、ぱちゃりと湯が跳ねた。

「メリー」
「ん?」

 ほんの1cmほど唇を離して、互いに視線を混ぜあう。
 熱い溜め息を感じあいながら、蓮子は告白した。

「私達も……結婚しよ」

 メリーはくっくっと笑った。

「学生の身分で、気が早いわよ」
「まぁ、ね。ふふ」

 蓮子だって半分はまだ冗談である。けれどもう半分の気持ちは……。
 
「いつか大学を卒業して二人がちゃんと自立できるようになったら……一緒にメリーのお母さんに会いにいくよ。そして許してくれるまで頭を下げる」
「蓮子」

 メリーは感極まった表情になって、ぎゅっと、さらに強く蓮子を抱いた。
 
「ママが許してくれないなら、その時は、もういい。二人で駆け落ちするわ」
「おやまぁ、普段は大人しいくせに、メリーは激しいんだから」
「もう。そういう事言わないで。馬鹿」
「また赤くなった。可愛いわ。ふふ」
「やめてったら! ……けど、蓮子のパパとママは……?」

 両親の事を考えると、蓮子の心が僅かに曇る。驚くのは間違いない。その後どんな反応をされるかは、予想できなかった。

「あ、あー……。まぁ、うちの両親は……まぁ、なんとかなると思うよ。多分……」
「そうかしら」

 蓮子は心のモヤを吹き飛ばそうとするように、メリーの鎖骨に噛み付いた。

「まぁ、そういう事はおいおい、ね。今は……メリーと幸せに溺れていたいわ」
「んっ……退廃的ね」

 痛た気持ちよさそうにメリーが艶かしい喘ぎをもらす。

「でも、私も同じ気持ちよ。蓮子、大好き……」
「私も大好きよメリー……」

 互いの全身を駆使した深い愛撫が始まって、またぱちゃぱちゃと、湯の音が響いた。
 なんだかナメクジの交尾みたいね、と蓮子が言うと、メリーがちょっと顔をしかめた。




「メリー……今日も休んじゃおうよ」

 次の朝。蓮子はメリーの腕に抱かれながら、おねだりした。

「だーめ。今日はちゃんと大学に行くわよ。このままだと蓮子、ずぅっと家からでないでしょ」
「え~……いいじゃない。もう一日だけ」
「もう、我がまま言わないの」

 メリーはそういいながら、蓮子のおでこにキスをする。
 蓮子はむぅっと頬を膨らませた後、目の前にあるメリーのサクランボにかじりついた。

「んっ……もう、蓮子ってば」
「じゃあ……せめて一時間目は遅刻していこうよ。ねぇ、お願い」

 メリーの蕾を転がしながら、上目使いで訴える。同時に、毛布のしたでメリーの腰やふとももを、愛撫する。

「しかたないんだから……」

 メリーはそう呆れて見せながら、その瞳と吐息にはもう艶やかなものが混じりはじめていた。
 



 
 すずめの鳴き声が遠のいた頃、二人はベッドから出て、熱いシャワーで一緒に体を清めた。それから遅めの朝食をとって、二人で家をでる。少し冷たい秋の晴風がふいて、二人の距離を縮めた。メリーが自然に蓮子の腕に寄り添う。蓮子は少し照れながら、それを受け入れた。
 そんな軽いふれあいは、以前から行っている。けれど今は、ただ腕を組んでいるだけなのに、メリーと深い部分で繋がれているような、そんな気持ちになるのだ。
 大学での二人は一見すると以前と何も変っていなかった。それは二人ともが高いモラルを備えた人間だからでもあるが、根本的な部分では以前の二人となんら変るところがないからかもしれない。けれど、体を通じあえた事は、蓮子に深い安心を与えて、以前よりも心に余裕を持てるようになった。




 中庭のベンチで、メリーと件の先輩がお喋りしているのを見かけた。蓮子は、ととと、と近づいて、何も含むところなく明るく挨拶をした。

「こんにちわっ」

 二人が顔を上げて、蓮子の顔を見とめる。

「あ、蓮子」
 
 メリーがにっこりと返事を返すと、その隣にいた先輩が、あぁ、という顔をした。

「あなたが宇佐見さん?」
「はい。初めましてー」
 
 すると先輩はニコリと素敵な笑みを見せた。

「おめでとう」
「え?」
「ハーンちゃんから聞いたよ。二人とも、よかったね」

 おや、と思って蓮子がメリーに視線を向ける。メリーは、ごめん、と片手を立てて、苦笑いしていた。

「嬉しくて、言っちゃった。私達の事」
「あ、そうなんだ。ううん、全然かまわないわよ」

 先輩は二人の仲の良いやり取りを嬉しそうに眺めていた。
 
「けど、少し驚いたわね。宇佐見さんはノンケだと聞いてたのに」
「あはは……自分でも驚いてます」
「もしかすると無意識にクローゼットしていただけで、本当はビアンだったのかもね。後天的に目覚めるっていう話は時々聞くから」
「へぇ……」

 あまり、長引かせたくない話題ではあった。だから早々に話題を変えて、先輩は恋人いるんですか、なんて違う話に持っていく。
 こっそりと秘密のビアンを共有する三人は、30分ほど楽しくお喋りをした。
 少し、場の雰囲気が平坦になってきた頃、先輩が少し声色を弱めて、言った。

「……いろいろとね、苦労する事もあると思うよ。二人がこの先も付き合っていくなら、なおさらね」
「そう……なんですか?」

 蓮子が、メリーと顔を見合わせる。

「学校というモラトリアムの中にいる時は、まだ安心よ。けれど社会にでるとね。例えば……この国では同性婚がまだ法的に認められていないから、二人が親族であると証明できないの。だから、すごく歯がゆい思いをする事もある。」

 先輩は言い終えてから、水を差してしまったな、という顔をして、すっと二人の手をとった。

「……辛いけれど、どうにもならない事は、世の中にたくさんある。でもね。二人で力を合わせれば、きっとどんな困難にだって立ち向かえる。頑張って」

 先輩と別れてから、蓮子はメリーに言った。

「素敵な先輩ね」
「そうでしょ」

 振り向いて、先輩の背中を見送る。ビアンだと公言する決意をしたのは、きっとそれだけ様々な経験をしたからなんだろうな、と蓮子は尊敬を抱いた。


 

 その夜。蓮子は注射をうちながら、もうまったく罪悪感を感じなくなっていた。むしろ、必要な事なのだとすら思っている。この薬のおかげでメリーと幸せになれたのだ。もうメリーに打ち明けてしまおうかな、なんてことさえ考える。とは言え、やっぱりまだ恐い。もしメリーが激怒して、この蜜月が終ってしまったら、と思うと、腰が引けた。
 蓮子は布団に入りながら、メリーにメールをうった。

『おやすみメリー! 明日は寝坊しないでね!』

 明日は土曜日で、サークル活動を行う予定だった。二人とも、サークル活動というよりもデート気分ではあった。

『あなたもね蓮子。お休み』

 メリーらしい淡白な文章だった。メリーは長文メールを面倒くさがる。
 メリーの枕を抱き枕にして、蓮子は眠った。新品のベッドシーツが心地よい。以前使っていたシーツは、メリーと家に篭っていた間に、汚してしまっていた。その事を思い出して、顔を赤くする。今度からバスタオルを引いておいたほうがいいかしら……と申し訳なさそうに同じく顔を赤らめていたメリーを思い出して、蓮子はクスクスと笑った。
 何もかもが幸せで、恐いくらいだった。





 翌朝、目が覚めてすぐ、蓮子は気づいた。体がおかしい。

「……何これ、頭が痛い……」
 
 異常はそれだけではなかった。体全体が熱を持っているし、気だるい。少し体を起き上がらせて気づいたが、吐き気もあった。どうも風邪らしい。

「嘘でしょ……なんでいきなり今日に限って……」

 風邪をひくような心あたりもなかった。一瞬ちらとあの薬が頭に浮かぶが、意識して打ち消す。それに使い始めて二週間近くがたっているのだから、今更なはずである。
 ともあれ蓮子は起き上がって、机の上にある携帯電話を取ろうとした。けれど、思った以上に風邪は酷いようだった。一歩ごとに頭痛が酷くなるし、今にも嘔吐しそうになる。なんとか携帯を手にするとすぐさまベッドによろよろと引き返して、倒れこんだ。毛布を被りなおす力もなく、体を投げ出してもぞもぞと電話をかける。

『もしもーし。蓮子、おはよー』

 着替えか何かの最中だったのか、メリーの声ははずんでいた。
 しゃべろうとして、喉が引っ付いているのに気づく。げっげ、と汚く喉をならした。

「もしもし……メリィー……」

 まるで、お岩さんが酒枯れしたみたいな声だった。

『ちょっと、何よその声。風邪ひいたの?』

 メリーの声が責めたてる。

「そうみたいぃ……」
「んもぉー……裸で寝てたんじゃないでしょうね」
「違うわよ。起きたらいきなりこんな状態で私だってびっくりしてるんだから……」

 通話口にメリーの盛大な溜め息が吹き付けられていた。細かい砂嵐が蓮子をちくちくと刺す。

『……それで、どうなの? 立てないくらいしんどいの?』
「今ね、ベッドから机に携帯を取りにいったんだけどね、死にそうになっちゃった……」
『熱はあるの?』
「多分……。体温計をとりにいく元気が無いから、わかんないけど……」
『そう……』
「ごめんねメリー。今日、いけない」
『当たり前でしょ!』

 しかられてしまった。気まずくなって黙っていると、メリーが唐突に言った。

『じゃあ、今からいくから』
「……ふぇ? どこに?」
『馬鹿、蓮子の家にきまってるでしょ』
「えっ。お、お見舞いにきてくれるの?」
『どうせご飯も準備できないくらいなんでしょう? 誰かさんのせいで今日一日暇になったから、看病しにいってあげるわよ』
「……メ、メリィ~……」

 弱った心にメリーの言葉がうれしくて、吹き替えのエディ・マーフィが涙ぐんだような声がでた。メリーが言った照れ隠しの皮肉なんて、どこ吹く風である。

「私、メリーの恋人でよかったよぉ……」
『はいはい……じゃあ悪いけど、私がついたら玄関の鍵だけあけてね』
「はやくきてねメリー……」
『しっかり体を温めておくのよ』

 それだけ言って、携帯はきれた。蓮子はえもいえぬ幸福感にまみれながら、布団にもぐった。




 メリーは結構な荷物を抱えて、蓮子の家にやってきた。聞くと、蓮子が寝ている間にやるつもりの大学の課題と、どうせ今日は家に泊まるだろうからその着替え、そして食事の材料だった。
 メリーは荷物をおいて、さっそくおかゆを作った。蓮子はベッドの中で不快感に耐えながら、キッチンから聞こえてくる調理の音に、昔おばあちゃんの家に帰省していた時の懐かしさを感じていた。
 しばらくして、メリーが湯気のたったどんぶりを持ってベッドの側にやってきた。

「体を起こせる?」
「ん……なんとか」

 蓮子は起き上がって、おかゆのはいったどんぶりを受け取ろうとした。けれど、メリーは渡してくれなかった。

「メリー?」

 蓮子が首をかしげる。するとメリーはレンゲにおかゆをすくって、そしてふーふーと息をかけた。そしてそのまま、レンゲを蓮子の口の前にかざした。そして言った。

「はい。あーん」
「メ、メリー……じ、自分で食べるからっ」

 恋人だとか以前に、二十歳を過ぎてそれは恥ずかしかった。けれど、メリーは絶対にレンゲを譲らなかった。それどころか、我がまま娘をしかる母親のような目で睨んで、早く食べて、と強制してくれる。
 蓮子はあきらめて、小鳥のごとく口をあけた。

「あ、あーん……」

 いささか照れをのこしながら、レンゲにぱくつく。
 おコメの甘さと、梅果汁のすっぱさが適度に混じった、おいしいおかゆだった。口の中が暖かい。吐き気の中でも、これなら食べられそうだった。

「おいし」

 蓮子がそういうと、メリーはたいそう満足げな笑みを浮かべて、また粥をすくうのだった。
 食事の後は、タオルを湯でしぼり、体を拭いてくれた。

「メリー……さっきから、おっぱいばっかりふいてるでしょ」
「あら、そう? ふふふ」
「えっち……」

 とは言うものの、暖かいタオルで乳房を撫でられるとそこから全身にむかってジワァとなんともいえない暖かさが広がっていく。文句をいいながらも、蓮子は気持ちよさそうな顔でそれを受け入れていた。
 また少しして。

「ちょっとトイレ」
「あ、じゃあ私が連れて行ってあげる」
「ひゅい!?」

 蓮子は、それだけは抵抗した。

「いや! 絶対いや! 一人でいけるから!」
「頭が痛いんでしょ。暴れちゃだめ」
「メリーが暴れさせてるのよっ」
「もう、今更恥ずかしがる事ないじゃない。こないだベッドを汚した時に、見たんだから」

 蓮子の顔が爆発した。もともと熱かった頭がさらにのぼせて、頭痛とあいまってクラクラする。

「メ、メ、メリーだって汚したくせに! 私だけがしたみたいに言わないで!」
「くさい仲って言うでしょ? ほら、いくわよ」
「いやー! いやーー!!」

 メリーは横たわる蓮子の両脇に手を回して、立ち上がらせようとする。蓮子は必死に抵抗して、メリーの顔を何度もぽかぽかと叩いた。それでようやく諦めてくれたのだった。
 けれど立ち上がってふらついた蓮子は結局メリーの肩を借りる事になって、メリーにトイレのドアの前で待機されてしまう。メリーが聞いていると思うと、緊張してなかなか用を足せないのであった。

「蓮子、まだ。……あ、もしかして、小さい方じゃあなかったの……?」
「馬鹿馬鹿馬鹿! メリーの変態!」
 
 ドンッ、と蓮子はトイレのドアに蹴りを入れたのだった。
 ひとしきり騒いだあと、メリーは持ってきた課題をテーブルに広げて、取り掛かり始める。

「さぁ、少し寝なさい蓮子」
「うん……」

 蓮子はベッドに横たわりながら、その横顔を眺めていた。
 二人の部屋に、スゥっと、静かな時間が流れ込んだ。
 メリーが来てくれなかったら、きっと寂しかったろうなぁと蓮子は思う。町の唸り声を聞きながら、八畳の部屋に一人、ベッドに横たわる……世界に取り残されたようなそんな気分になるものだ。けれど今は、メリーが側にいてくれる。幼い頃に実家で家族に守られていた時のような、そんな暖かさがあった。

「メリー……来てくれてありがと」
「どういたしまして」

 にっこりと笑うメリーの顔を最後に、蓮子は目をつむった。
 鼓動と連動するように耐えがたい頭痛が襲ってくるし、たびたび寝相を変えないと、どうにも吐きそうになる。
 けれど、メリーがすぐそこにいてくれると思うと、そんな不快感も、少しだけ和らぐのだった。




 どれくらい時間がたったか、蓮子は唇に違和感を覚えて、目を覚ました。
 案の定、メリーにキスされていた。
 
「何してるのよメリー……」
「あら起きちゃった」

 窓の空を見るに、夕方の少し手前の頃だろうか。4、5時間、寝ていたようだ。
 メリーは悪びれもせず、すぐにでもまたキスをしそうな様子で笑っていた。ベッドの横に腰掛けて、上半身を傾けている。二人の顔は10センチも離れていない。

「課題、終っちゃって。暇だったのよね」
「もー……風邪がうつっても知らないよ」
「人にうつせば治るらしいわよ」
「私が治っても、メリーが倒れてたら意味ないじゃない」
「その時は、蓮子が私を看病してね」
「私もこっそり寝込みに唇を奪ってあげる」
「そしてまた蓮子が風邪をひくのね」
「ループだねぇ」

 くっくっく、と二人で笑う。

「で、どう。少しはマシになった? 歩けそうなら病院に行きましょうよ」
「そうねぇ……」

 意識を体の方々に飛ばす。まだ体はだるいし頭に濃いモヤがかかっているものの、不快感そのものはほとんど消えていた。

「だいぶよくなったみたい。でもこの分だと、大人しく眠ってれば明日には治ってるかも」
「病院でお薬をもらうほうが確実だと思うけど」
「んー……大丈夫だよ。こうしてればきっと治る」

 そう言って、蓮子はメリーの手の平を握った。

「単純な体ね」

 メリーはそう笑った後、もぞもぞとベッドの中に潜り込んでくる。

「メ、メリー? その、今はさすがにちょっと……」

 蓮子はどきっとして延髄と下腹部に僅かな疼きを感じたけれど、やはりまだ、体がだるい。

「馬鹿。違うわよ。すること無くなっちゃったし。私も寝るの。それに、風邪の時は体をあたたかくしなきゃ」

 蓮子を抱き枕にするように、メリーがぴっとりと体を寄り添う。たしかにとても、あたたかくて気持ちよかった。メリーの香りも漂ってきて、癒されてしまう。
 半身をメリーに抱かれながら、蓮子は夢うつつに言った。

「ねぇメリー」
「ん?」

 寝言のような細い囁きでメリーが答える。

「こうやってじぃっと一緒にいるのもいいねぇ」
「そうね。何もせず、こうやって……」

 メリーが蓮子の首筋に、甘える猫みたいにして顔をすり寄せた。
 蓮子も顔を傾けて、メリーに頬を寄せる。
 ゆるやかに過ぎる時間の中で、二人の吐息が混ざって溶けた。



 
 看病のおかげか、夜になる頃には不快感も大分治まってきた。しかし、もう大丈夫だから、と蓮子がベッドからでようとすると、

「治りかけが大事なんだから。油断しちゃだめよ」

 とメリーが口やかましく肩を押さえる。
 そのまま、また晩御飯のお世話をされて、お風呂代わりに体を拭かれて、蓮子は寝たきり老人になった気分を味わいながらも、満足げにしているメリーの様子に、まぁいいか、と苦笑いするのだった。

「じゃ、寝ましょ」

 病人である蓮子にあわせたのか、夜10時を少しすぎた頃、メリーは早々に部屋の明かりを消した。
 ごそごそと、蓮子の隣にメリーが体を横たえる。
 その手を、蓮子が握った。

「ねぇ。メリー?」

 自分で思った以上に、甘ったるい声がでてしまった。 

「なに?」
「今日はね、ありがとう」
「どういたしまして。明日の朝、すっかり元気になってるといいわね」
「もう、元気よ? それでね……今日はずっと寝てたから、あんまり眠くないのよねー……」
「風邪なんだから、寝るのが仕事でしょ?」
「でもでも、まだ時間も早いし……折角メリーが家にきてるんだし……ね?」
 
 猫撫で声を出しながら、蓮子はメリーの体に擦り寄った。肩に頬擦りをして、毛布の下ではふとももと足の先をさわさわと絡みつけていく。
 すると擦り付けられていた蓮子の鼻を、メリーが人差し指でブニィと押した。

「ふがっ」
「だめっ。今日は大人しくしてなさい」
「え~、大丈夫よぅー……」
「何もせず抱き合ってるのもいいねって、蓮子も言ったでしょ」
「そうだけどさぁ……」
「駄目ったら駄目! さぁ、言う事を聞きなさい」

 メリーは駄々っ子に向けるような一方的な笑みを浮かべて、蓮子をベットに押し付けた。それから毛布をかぶせなおして、蓮子は口元まで布団に飲み込まれた。蓮子は拗ねた目をして、自分をいいように寝かしつけるメリーを睨んでいた。メリーはその視線に気づいて、やれやれ、と呆れ笑いを浮かべて、額にキスをして蓮子をなだめた。

「お休み」

 メリーは優しく無慈悲に言い捨てて、蓮子に背を向けてしまった。

「うー……」

 蓮子はその背中を恨めしげに睨んだ。どう求めてもメリーは答えてくれないだろう。しかたなく、メリーの背中にコバンザメみたいに張り付いて、柔らかい温もりを求める。物足りないけれど、それはそれで、心地よい。

「おやすみメリー」

 蓮子が言うと、寝息か、返事か、メリーが小さく喉を鳴らした。




 翌日の日曜。朝の気配に起こされた時にはもう、蓮子の体はすっかり回復していた。病に奪われた一日を取り戻すために、2人は連れ立って、一日遅れのサークル活動にいそしむ。明るい太陽の下で、蓮子とメリーはともに楽しい休日を過ごした。けれど日が暮れると、メリーは家に帰ってしまった。残される蓮子は不満だったが、あまりにも外出が多いと両親がいい顔をしない、とメリーに言われ引き下がった。日本に帰国して以来メリーは蓮子の家に入り浸りがちだったのだ。
 そして今蓮子は一人、八度目の注射を行おうとしている。
 ぺりぺり、と肘の絆創膏を剥がす。今まで絆創膏に隠されていた場所には、見ていると何か嫌な気分にさせられる赤い点々が、蓮子の肌を汚していた。数えてみると点は五つあった。これまでに七度注射を行っているから、二つは消えたのだ。時間がたてば跡は消えるのだ、と改めて安心する。蓮子は集まった点々の外側に狙いをつけて、新たに針を刺した。針の痛みにはすでに慣れていた。根元まで差し込んで、あとは注射器の背を押すのみ、というところで蓮子はふいに不安に襲われた。

「もしまた体調を崩したら、やっぱりこの薬のせい……よね」

 そうなればこの薬は止めて、違う薬を探さなければならない。薬がみつからないという事は無いだろう、と思う。けれど、その薬を新たに手にいれるまでには、どうしても日数がかかるだろう。薬の使用を止めたとき、自分の同性愛嗜好がどうなるのか、それを蓮子は恐れた。また以前の誤った価値観に突然逆戻りしてしまったら、メリーは怪しむだろうし、悲しむに違いなかった。

「……大丈夫よ。きっと」

 頼りないその言葉が、精一杯の励ましだった。
 蓮子は指に力を入れて、体に液体を押し込んだ。





 次の朝、目が覚めて、蓮子の顔が青くなった。
 体がおかしい。すぐに分かった。頭が痛くて、吐き気がして、体があつぼったい。数日前の症状と全く同じだった。あの時よりひどいという事はないが、ましだという事もなかった。

「やっぱり、あの薬……」

 自分には合っていないのかもしれない。誰にぶつけていいのか分からない恨みが吹き上がって、神様の馬鹿、と蓮子は呻いた。二週間、夢のような時間を与えてくれたあの薬に、突如裏切られた。いや、従順な態度をみせながら、その実、体の奥底でこっそりと反逆の準備をしていたのだ。

「急いで違う薬を探さないと。注文した薬、キャンセルできるかしら……」

 蓮子は起き上がろうとした。だが、できなかった。体を起こすだけで今にも嘔吐しそうで、ふたたびベッドに倒れこむ。動いた分不快感がさらに増してしまった。とても、異国の言葉を読み解けそうな気分ではなかった。

「まいった……メリーに連絡なんかしたら、きっと心配かけちゃうし……。大学は休んで、寝てるしかないか」

 こないだの今日である。心配もするだろうし何かおかしいと思うだろう。薬を使っている事をこんな形で知られたくはない。
 蓮子は止まない頭痛に呻きながら、無理やりに目を瞑った。

「……寂しいね。ははは」

 数日前のあの日は、良かった。もちろんあの日も気分は最悪だったけれど、実家で家族に守られていた頃みたいに、安心していられた。メリーが暖かく自分を守ってくれていた。けれど今はどうだ。薄暗い部屋で一人、病に襲われて、気遣ってくれる人もいない。
 だがその事態を招いたのは概ね自分のせいなのだ。蓮子はほぞを噛んでいた。

(新しい薬が届くまで、どうしよ……)

 夜になる頃には体はほとんど回復していた。そんな所まで同じ症状だった。陰鬱な気分になりながら、新しい薬の注文を行った。業者から注文承認のメールが返ってきていないか蓮子は三十分ごとに受信ボックスをのぞいた。配達日時を早く知りたかった。けれどその日は結局メールは無かった。前回注文したときも、応答は翌日だった。それでも蓮子は、返信の確認を止められなかった。




 九度目の注射は、やめた。
 しかしどっちにころんでも、明日の朝、自分は憂鬱な気分になるに違いなかった。症状が現れなければ、やはり体調不良は薬のせいなのだという事になって、新しい薬が来るまでの間、自分の心に怯えなければならない。だがもし、明日の朝に症状がでたら……その時は自分の体を本当に心配しなければならない。原因不明の体調不良。あるいはすでにこの薬が体に深刻な問題を引き起こしているのかもしれない。ぞっとした。
 この時には業者から注文承認の連絡が帰ってきている。
 三週間後。業者の示した配達予定日に、蓮子の気が遠くなった。
 ひょっとして平静でいられるのは今日が最後なのかもしれないと、蓮子は暗い考えに襲われる。

「メリーに電話しよ……」

 もし明日からの自分が変ってしまうなら、その前に、なんでもいいからメリーと話しておきたかった。

「おおげさね、おおげさ。ははは……」
 
 笑い声は、乾いていた。

『もしもーし』

 少しぶっきらぼうだけど、自分を歓迎してくれているメリーの声。

「やぁメリーさん、こんばんわ」

 いつもと変らないように、努めて明るく、軽い声で喋る。

『はいはい蓮子さん、こんばんわ』
「先に言うけど別に用事は無いのよね~。今なにしてるのん?」
『あはは。何それ。今ね、日曜日に諏訪山で撮った写真を見てたの』
「あ、もう現像できたんだ。私もみたーい」
『じゃあ、明日、大学終わりに家にきになよ』
「うん。いくいくー」

 ――安易に明日の約束なんてしちゃいけなかったのに

 言ってから後悔して、顔をしかめた。
 その日は、中々寝付けなかった。次に目が覚めた時、自分はどうなっているのか……。




 朝が恐いなんて、受験の合格発表以来だろうか、と蓮子は思う。今日その一日で、自分の道が決まるのだから。もちろん、結果はすでに決まっていて、単に自分が知らないだけなのだけれど。シュレディンガーの憐れな猫さんの事がふと蓮子の頭に浮かんだ。まぁ、あれはまた別の話だが。しかし猫は可愛いのだから、かわいそうじゃないか。どうせならゴキブリとか万人の嫌われ者にすればいいのだ。シュレディンガーのゴキブリ。……だめだ。とても恐くて中を覗けない。
 馬鹿な事を考えて、ともあれ、朝である。
 蓮子は、恐る恐るベッドに体を起こした。

「……。どこも、何ともない、よね」 

 頭痛も、吐き気も、だるさも、全く無い。健康そのものに思えた。やはりあの薬が黒だったのだろう。病の原因がわかった事はまぁ良いのだが……。
 蓮子は失望と安心がない交ぜになった溜め息を吐いた。

「三週間か……長いなぁ」




 その日はまだ、何の違和感もなくメリーに接する事ができていた。
 夜、メリーの実家におじゃまして、晩御飯をご馳走になったあと、メリーの部屋で一緒に写真を見る。
 何度か、キスもした。最初は恐る恐るだったけれど、いつも通りの気持ち良いキスだと分かってからは、もう少し激しく、メリーの肩を抱いた。

「メリーの口の中。さっき食べたしょうが焼の味がするね」

 と言ったら、睨まれたあと、お返しに舌を噛まれた。
 気持ちは高まっていったが、メリーの実家である。さすがにキスで留めた。
 いつもと変らない、心ときめく二人の時間だった。
 異変が始まったのは、その数日後だった。
 蓮子の家にメリーを招いて、深夜。ベッドの中で求め合っていた時。
 蓮子はおのれの肌を撫でるメリーの唇に、何か、いつもと違うものを感じた。快感とは違う、ざわつく感じ。互いの舌を確かめあっているときに、その違和感ははっきりとした。いつもの甘い唾液の味が、消えていた。その代わりに、まるで粘液にまみれた気持ちの悪いナメクジを舐めているような嫌悪感を、僅かに感じた。それでもまだ自分の体を偽る事はできていた。だが、はっきりと、心の中に冷たい何かが流れ込んできていた。
 メリーが蓮子の洞窟に侵入すると、いつもならば、快感そのものが体内に潜り込んできたように感じるのに、この時は、異物が入ってきた、という拒否感があった。

(あぁ、とうとう、きてしまったんだ)

 大きな重い塊が、蓮子の心にズシンと落ちた。

「……蓮子、どうしたの? 今日は気分が乗らない?」

 めずらしく蓮子の上になっているメリーが、ちょっと心配そうに、物足りなさそうに、蓮子の頬をなでた。

「ううん、昨日課題で徹夜だったから、少し疲れてるだけ」
「そう。じゃあ、今日は私が沢山動くね」

 メリーはいつも以上に乱れてくれた。日常では比較的淑女なメリーの、秘めていた牙をむき出しにしたその姿は、いつもなら蓮子の心を激しく燃え上がらせるのに、今は、どこか穢い物を見せ付けられている気分だった。

 


 次の日。恐ろしい事が起こった。メリーは家に帰って、蓮子は一人、憂鬱な気分でソファに座っていた。ふとベッドを眺めて、昨晩のいびつな情事を思い出した。
 その瞬間である。蓮子は猛烈な嘔吐感に襲われた。吐きそう、などというものではなく、まさにその瞬間、胃から内容物がせりあがるのを喉の奥にはっきりと感じた。
 蓮子はトイレに駆け込んだ。しゃがんで、便器に顔を向けたとたん、口から大量の吐しゃ物が噴出した。
 胸から上に猛烈な力みがかかって、体内から出てくるものをすべて押し出していく。吐き終えてからも、しばらくの間は、げぇげぇと喉がなって呼吸が一切できなかった。急激に力がかかったために、胸筋が痛い。ようやく空気を吸えるようになると、便器にたまった、すっぱい匂いの白い液体に蓮子は顔をしかめ、口の中にのぼる味をいまいましく思いながら、レバーを引いて嘔吐物を流した。
 台所で口をゆすぐ。
 まだ、嘔吐感はあった。吐くものが無いので、助かっているという状態だろう。
 だが蓮子はそれよりも嘔吐感をうんだものの正体に気づいて、愕然とした。
 嘔吐感を呼ぶのは、メリーとの情事の記憶であった。
 例えば、メリーの小さな洞窟を舐めたという記憶。舌触りや、味、匂い、すべてが蓮子に吐き気を覚えさせる。この間まで、それらはとても煽情的でかぐわしい記憶だったのに、今は、気持ち悪い事をしたのだという強烈な嫌悪感がある。他にも、メリーと体を重ねた記憶全てが、蓮子にはおぞましいものに感じられた。
 だが奇妙な事に、その一方でまだ、メリーの体を愛しく思う感情も残っている。
 それは、とても恐ろしい事だった。

「何……これ……嫌! こんなの嫌ぁ!」

 可愛がっている愛猫のもこもことした柔らかい腹を、自分の足で踏み潰そうとしているような、異常な感覚。まったく異なる二つの価値観が蓮子の脳に同時に居座って、互いを激しく攻撃しあっていた。
 メリーを強く欲しているのに、思い返すたびに、吐き気を催してしまう。

「っゲェ! うゲェェ」

 だすものの無くなった体内から、胃液が逆流する。蓮子は床に倒れこんで、涙を流した。

「だめ……こんなのだめッ!」

 あれほど幸せだったメリーとの時間を、自分の体が拒否している。何者かに体を奪われたような、不気味な感覚だった。自分で自分が理解できない。
 蓮子はもう、心が耐えられなかった。

「薬……薬……!」

 四つんばいになって、嘔吐感に耐えながらよろよろと床を進み、薬を隠してある戸棚に移動する。
 蓮子は震える手で、アンプルと注射器を取り出した。腕の絆創膏を剥がす余裕はなかった。絆創膏の少し外側に、針を突き刺す。そして一気に薬を流し込んだ。

「はぁ、はぁ、……うええっ、うげぇっ」

 不快感はすぐには消えない。蓮子は泣きながら、胃液を吐いた。酸性に、喉が焼ける。風呂場から洗面器を持ってきて、蓮子はベッドにもぐりこんだ。そして、できるだけ何も考えないでいようとした。けれど、ベッドの香りがメリーの肢体を思い出させて、再び蓮子を苦しめた。そしてまた、メリーとの思い出に吐くほどの嫌悪を感じている事が信じられなくて、受け入れられなくて、蓮子は泣いた。するとまたメリーを考えてしまって、蓮子は胃液を吐くのだ。蓮子は、本当に気が狂ってしまいそうだった。




 ほとんど気を失うように眠りに没して、次に目が覚めたときは、夜だった。

「……頭痛い」

 三度目の、同じ症状だった。体も熱く、そして昼間とは少し感じの違う慢性的な嘔吐感。
 もう、あの薬が原因である事は疑いようがない。
 しかし、メリーに対して感じていた嫌悪感は、消えていた。蓮子にとっては、体調よりもむしろそちらのほうが重要だった。

「でも、注射の度に倒れるんじゃぁ、たまらないわよ……」

 そうは思うが、メリーとの記憶を貶めるようなあの感情は、二度と味わいたくなかった。
 翌々日の夜、蓮子は迷った末に、また注射を行った。けれど、一本丸々うてば、また明日はベッドから立てなくなるだろう。蓮子は、薬を三分の一だけ注射する事にした。

「生兵法は怪我の元って言うけど……」

 用量を減らしたからといって、そう都合よく何もかもが等分されてくれるのだろうか。全て蓮子の都合の良い想像である。けれど、使うも地獄、使わぬも地獄なら、迷っていても仕方ない、と腹に力を入れて、蓮子は少しだけ、えいや、と注射を打った。
 薬液の入った注射器は、冷蔵庫に入れて保管する。そもそもあと5アンプルしか残っていないのだから、少しずつ使わなければ、かなりの日数をまったくの薬無しですごす事になる。もう、それは不可能だった。
 そして、翌朝。
 
「ん……ちょっとはマシかな」

 やはり頭痛はあった。けれど、ベッドから立ち上がれないほどのものではなく、少し気張れば、大学にもいけそうだった。だるさはあるが、嘔吐感はほとんどなかった。メリーへの感情も今のところおかしくは無い。

「あと三週間。なんとかごまかしきれるかな」

 僅かに見えた希望に蓮子はすがった。新しく届いた薬を使って、また同じような事が起こるなどとは、もう、考えたくもなかった。





「蓮子……少し痩せた?」

 蓮子の腕の中で、メリーが囁いた。蓮子はギクリとした。

「なんだか、そんな気がするけれど」

 言いながら、メリーは蓮子の胸の蕾を口に含んだ。同時にその手が蓮子のわき腹や、下腹部の両脇にある腸骨棘のでっぱりを撫でた。
 蓮子の部屋である。二人は窓辺に座って星を眺めながら、一つの毛布にくるまっていた。毛布のしたの二人の体は、生まれたままの姿だ。向い合って、蓮子の胸にメリーが顔を埋めている。交わりを終えたばかりの体には、まだ火照りが残っていて、互いの体を温めている。

「……私はいつも上になるからね。メリーの負担にならないように、ダイエットしてるのよ」

 ごまかして、蓮子はメリーの頭を撫でた。

「そうなの。ふふ。ありがと」

 メリーがまた、蓮子の桜にキスをする。

「んっ……メリーのためなら何だって……」

 メリーの頭を抱いて、頬擦りをする。後ろ手にメリーの背中を愛撫した。
 メリーの艶かしい吐息を蕾に感じながら、蓮子はこっそりと顔をしかめた。
 騙し騙しに薬を使うようになってから、十日近く。あまり食事を取っていなかった。弱い嘔吐感が常にあって、食欲がでないのだ。一日の食事量は以前の半分以下になっていたし、食べる物も自然と、うどんや、スープなど胃に負担がかからないものになっていった。そんな調子なのだから少しくらいは、体重も減るだろう。体力も衰えている。顔にはださなかったけれど、今も少し疲れている。
 
(でも、その代わりにメリーをこうして抱いてあげられるもの)

 それ以上に大切な事があるだろうか。
 恋人との交わりを思い返して嘔吐するなど、蓮子には耐えられなかった。

「蓮子。ね……もう一回……」

 そよ風のメリーの声が、蓮子の耳にはいるやいなや、暴風となった。心と理性をかき乱され、蓮子は高ぶりのまま、メリーを押し倒す。毛布の動きが一瞬おくれて、絡み合う二人の肢体が月の元にさらされる。

「あっ……蓮子、ベッドにいこうよ。カーペットの上でなんて」
「ダメ。もう、我慢できない」
「もう……」

 本当のところは、ベッドまでメリーを運ぶのが億劫だったのだ。けれど、メリーは上手く雰囲気にのまれてくれた。





 また、違う日。

「蓮子、ずっとここに絆創膏してるのね」

 一緒にお風呂に入って、体の洗いっこをする。お互いに向い合って、相手の体の隅々まで、観察して、触って、石鹸の泡をのこす。その最中にメリーが指摘した。
 蓮子は極自然に答えた。

「関節にあるから治りにくいのよね。それと、治りかけってかゆくなるじゃない? 掻いちゃって、また傷がね。あはは」

 頻繁に互いの体を見せ合っているのだから、気づかれないはずはない。蓮子はとうに言い訳を準備していた。

「変な所に傷をつくるのね」
「虫刺されが痒くてさ、つい力を入れすぎて、膨れ上がってた肉までこそげおとしちゃって……」
「うわっ。止めてよ、鳥肌が立ちそう」

 メリーは顔をしかめた後、その絆創膏に手を伸ばした。蓮子は、すっと腕を下げた。

「メリー。折角耐水性の高級な絆創膏を張ってるんだから、はがしちゃだめよ」
「そうなの? でもずっと付けっぱなしだとよくないんじゃないかしら」
「一日か二日に一度は張り替えてるよ」
「ふぅん……」

 それ以上追求される事はなかったけれど、蓮子はいくらかの焦りを感じていた。こればかりはいつまでも隠しておけない。メリーもたびたび気になっていたから、今あらためて話題にしたのだろう。
 新しい薬が届いて、体が落着いたら、一度ゆっくりメリーと話をしようかとは思っている。

(なら、今すぐ話せばいい。変な言い訳をしてないで)
 
 自分でもそうは思う。けれど話せずにいる。情けないけれど、まだ打ち明ける事が恐いのだ。メリーが怒ってしまって今の幸せな時間が失われるかも、と思うと恐いのだ。

(ズルズル引き伸ばしても、きっと良い結果にはならないだろうけど……でも……)

 一度引きの姿勢に入ると、気持ちを持ち直すのは難しい。さまざまな不安事を抱えて、蓮子はすでに打ち明ける機会を逸してしまっていた。
 メリーはだんだんと蓮子の様子が普通でない事に気づき始めていたようだった。小さな疑問が重なって、何か、漠然とした違和感を生んでいるのだろう。
 新しい薬の到着まであと数日という日、蓮子の家で一緒に晩御飯を食べている時、メリーがぼそっと言った。

「蓮子……最近元気ないよね。ちゃんとご飯食べてる?」

 蓮子は慌てて遅くなっていた箸を働かす。

「う、うん。もちろん。とってもおいしいよ。メリーが作ってくれたご飯」

 きっと心配してのことだろう。その日の夕食はメリーが全て手作りしてくれた。八宝菜と、牛肉の大根おろし和えに、お味噌汁。あっさり過ぎでもなく、くど過ぎでも無く、舌の楽しいメニューだった。けれど蓮子は薬のせいで食欲が下がっている。このごろは晩御飯などはうどん玉一袋を食べるので精一杯な有様だった。折角の手料理なのだから、すみやかに全部たいらげなければ、とは思うのだが、どうしても箸が遅くなる。先のメリーの心配も、それを見かねたに違いない。

「そう? よかった」
「うん。うん。メリーはいいお嫁さんになるよ」
「じゃあ、蓮子がもらってね」

 いったんはそうやって笑うメリー。蓮子もそれに笑い返して、箸をせわしなく動かしてあれこれと口に含んでみせる。……メリーがそんな自分の様子をじっと伺っているのが、視界の端に見えていた。

(心配してる……なぁ)

 その視線に気づかないふりをしながら、蓮子は無理やり牛肉を飲み込んだ。顔色には見せないが、正直飲み込むのが辛い。平常時に食べる焼き鳥の塩焼きは絶品でも、吐きそうな時にはその味を浮かべるだけで胃が暴れる。あの感じに近い。
 また蓮子には他にも気がかりな事があった。

(薬、おとついからうってない……まずいよね……)

 毎回の使用量が減ったからか、24時間に一度は薬を注射を行わないと、あの忌々しい感覚が、だんだんと蘇ってくるのだ。だが昨日からメリーとずっと一緒に居るために、注射をする隙を見つけられずにいる。最後にうったのがおとついの午後11時すぎ。すでに、40時間以上が経過していた。
 影響がもう出始めている。夕食を妨げている食欲の無さは薬による嘔吐感からではなく、この後に控えているであろうメリーとの行為に抱く拒否感からであった。
 初めて薬が切れた時は、メリーを裏切る想いに突然襲われてとり乱したが、今はまだ少しは薬が体に残っているし、「来る」と構えていたのでまだ耐えていられるが。

(深夜。メリーが眠ったらこっそり注射しよう。それまでは我慢してみせる。絶対にメリーを拒んだりするもんですか……!)

 気合を入れて、歯を食いしばって、その勢いで八宝菜を口にかっ込む。一瞬、喉の奥に逆流の気配を感じるが、構わず飲み込んだ。

「うん! おいしいわメリー! ごはんもおかわり!」

 メリーは、かいがいしく茶碗を受け取りながら嬉しそうに微笑んだ。



 
 夕食後は、一緒に食器を片付けて、お風呂に入って。ソファーにならんで座りゆったりと二人で映画を見ていると、メリーがそっと手を重ねて、求めてきた。蓮子はまるで初めてした時のように、ふんと気合をいれて、そのままソファーでメリーを抱いた。余計な事は一切考えずに、メリーがどうすれば気持ちよくなってくれるか、メリーがどんな風に乱れてくれているか、それだけに集中しようとした。それでも、少なくない嫌悪感が、意識に混ざるのだ。
 己の腕の中で艶かしく喘ぐメリーを愛しく思いながら、同時に、その歪んだ顔に嫌悪を覚える。蓮子は、心から目をそらして、ただひたすらに体を動かし、メリーの花を咲かせた。
 夜更けのベッド。蓮子の隣ではメリーが静かな寝息を立てていた。二度はソファーで、その後はベッドに移って、後戯に近い緩やかな弄りあいをした。一度大きな波を迎えたメリーは、その後はゆるりと蓮子の肩に寄り添って、いつしか眠りにおちていた。満足させてあげられたことに、安心する。
 その代わり、蓮子自身の精神は限界に近かった。一度、達したふりをしたが、その実は頭痛と吐き気に苦しんでいた。薬が、切れ掛かっている。
もともと、弱っていた胃に無理やり物を詰め込んでいたのだ。体も心も、そうとうに消耗していた。

(早く、薬……薬を……)

 もし今薬がきれたら、メリーとの行為を思い出したとき、間違いなく嘔吐してしまう。二度とそんな経験をしたくなかった。蓮子はメリーを起こさないようにそっとベッドから抜け出した。思った以上に体がふらつく。

「寒い……」

秋の夜である。全裸では冷える。タンスから長袖のシャツを一枚取り出して、羽織った。一度メリーの様子に耳を澄ました。等間隔な寝息を確認して安心する。蓮子は足音をたてないように移動して、冷蔵庫の奥に潜めてある注射針を取り出した。そして、トイレに篭る。いっそここで吐いておこうか、とも思うが、その音でメリーが起きてしまうかもしれない。蓮子はにわかに酸味を帯びていた唾をぐっと飲み込んで、便座に座った。肘を露にして、絆創膏をめくると、いくつもの紅点。体の治癒力が弱っているのか、なかなか跡が消えてくれない。針を刺す場所を、とんとんと何度か叩く。さすがに、手つきが慣れてきていた。細い銀を肌に突き刺し、液体を注入する。三分の一は、次回のために残しておいた。針跡を何度か揉んで、袖を戻す。動いたためか、ベッドから出た時よりも嘔吐感が増していた。うっかりすると吐いてしまいそうだった。なるたけ冷静に、何度か深呼吸をする。
 そして、便座から立ち上がり、蓮子はトイレのドアを開けた。家の明かりは消しているから、ドアの向こうは暗闇である。
 
 その暗闇の中――トイレの明かりにボゥと照らされて、全裸のメリーが立っていた。

「ひゃぁっ!!」

 蓮子は驚いて悲鳴を上げた。

「メリー!? な、何してるのよビックリするじゃない!」

 胸を押さえながら、もう片方の注射針を持っている手をすっと後ろに回す。だが、メリーの視線がその後ろに回された腕の動きに気づいていた。
 まずい、まずい、まずい。警鐘が頭に響きわたる。
 メリーは心配した声色で、言った。

「……蓮子。貴方、やっぱりどこか体が悪いんじゃない? 私を抱いてる時も、時々本当に苦しそうな顔をしてたでしょう……最初は私が痛くしたのかと思ってたけど……やっぱり違う……」

 そうだったのか、と悔やむ。隠し通していたつもりだったのだが。

「いや……そんな事無いよ……」

 蓮子は必死に言い訳を考える。
 メリーはやはり蓮子の様子が気になっていて、寝たふりをして、蓮子の様子を伺っていたのだ。きっと今もトイレのドアの向こうで聞き耳を立てていたに違いない。

「何か……後ろに隠してない?」

 メリーの疑惑の視線が、蓮子の隠された手のひらに向けられる。

「な、何も……」
「嘘」
「手、手を、洗ってないから」

 意味の分からない言い逃れをしながら、隠す場所が無いかと必死に頭を回す。けれど、全裸にシャツを着ただけの上体ではこっそりと押し込むポケットすらない。
 すると突然、メリーが思い切った行動にでた。無理やりに蓮子の腕を取ったのだ。

「メ、メリー!?」
「蓮子。私は貴方が心配なの! 隠している事があるなら言って」

 半ば取っ組み合いに近い状態になる。体が揺れて、蓮子の嘔吐感を刺激する。

「メリー、止めて! 危ない!」

 蓮子が手に持っているのは、抜き身の注射器である。

「何がよ!?」 

 頭痛と吐き気と焦燥の中で、蓮子は抵抗する。同時にメリーに針を刺すまいと気遣って、一瞬、飽和した意識が体を制御しきれなくなった。その瞬間、僅かに力が抜けた手のひらから、注射器が落ちた。
 落とした、と気づいたのは、落下した注射器が廊下に跳ねて、その乾いた音を聞いてからであった。

「あっ」

 二人同時にその音に目を向ける。だが、動いたのはメリーのほうが早かった。蓮子の体のだるさが、初動反応を遅らせたのだ。

「何、これ……」

 かすれた声。メリーはしゃがんで手に取った注射器を食い入るように注視している。

「あ……メ、メリー、それは……」

 次の瞬間、注射器を再び廊下に転がして立ち上がったメリーが、ものすごい力で蓮子の肩を掴んだ。顔を迫らせて、唾を飛ばす。

「蓮子! 貴方どうしちゃったの……!? お願いよ説明して!! まさか、何か病気なの!?」

 激しい声には、一言では言いあらわせない幾つもの感情がない交ぜになっていて、メリーの心の混乱を感じさせた。表情にはただひたすらの懇願と、蓮子への心配。そのメリーが急に、はっと何かに気づいた。

「……蓮子。腕の絆創膏の下、見せて!」
「あ、……う……だめ……」
「見せて!」

 メリーは蓮子を無理やり廊下の壁に肩で押し付けて、腕を取った。押しつけられたとき、胃を圧迫されて、吐きそうになる。蓮子は抵抗するものの、体の疲労と、もう隠し切れないという諦めが、それを不十分にする。
 メリーは蓮子の袖を捲り上げて、とうとう絆創膏を引き剥がした。

「……!!」

 メリーは物も言えなくなって、ただ、そこにあるいくつもの紅点を注視する。メリーの頭の中で、紅点と注射器がどうしようもなくむすびついているのだろう。

「その、メリー、あの、あのね」

 ばれた! ばれてしまった! キィンキィンキィンと脳髄で鋭い鐘の音が鳴り響く。背筋は冷えているのに、頭の頂点は奇妙に熱く、そして体が震えていた。心臓の鼓動は早まり、胸が過渡に緊張した。
 ……おそらく、それらがいけなかったのだろう。蓮子は、急激な嘔吐感に襲われた。胃から上昇してくるものを、もう押しとどめる事ができなかった。
 蓮子はメリーを押しのけて、開けたままになっていたトイレに滑り込んで、便器に顔を埋めた。
 そして。

「オロォッ!! オゲェェェェ!!」

 踏み潰されていく蛙のような醜いうめき声、長い長いとしゃ音。メリーの手料理が、便器に落ちていった。

「……カハッ。……ハァッ、ハァッ」

 肺が空気を求める。ラベンダーと、すっぱい匂い。過度に力んだせいで、頭痛が耐え難いくらいに悪化している。まだ、便器から顔を離す事ができなかった。次の波がくる明確な予感があった。

「れ、蓮子……蓮子っ!!」

 背後で、メリーが悲鳴を上げた。駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。

「大丈夫? ねぇ大丈夫!?」

 隣に現れたメリーの顔は、真っ青になっていた。
 蓮子は声をかけてあげたいのに、内なる嘔吐感にもまれて、荒い呼吸と憔悴した視線を僅かにかえすのみ。
 
「救急車を呼ぶ! 蓮子、普通じゃないよ! 病院にいかなきゃだめ!!」

 近頃の蓮子の痩せ方、食欲と元気の無さ、そして腕の注射痕と液体の入った注射器、嘔吐……全てが結びついて、メリーにそう判断させたのだろう。

「ま……!」

 待って、と蓮子は言おうとした。けれど口からでたのは僅かなかすれた空気。
 メリーはどたどたと駆けていく。部屋に携帯をとりに行ったのだろう。蓮子も立ち上がろうとして、しかし嘔吐感に襲われて、また便器に向かってメリーの手料理を吐き出す。
 吐いた後の荒い呼吸の合い間に、メリーが何ごとかがなりたてている声が聞こえた。本当に救急車を呼んでいるのだろう。

(とめなきゃ!)

 蓮子は急に無理やり立ち上がった。すると、突然視界が暗くなって、目の前に青い光点がチカチカと明滅し始める。視界の端から中心にむかって、どんどんその光点が密度を高めていく。

(あ……立ちくらみ……!?)

 なのに、メリーをとめようとして、おぼつかない足取りで、そのまま二歩三歩足を動かす。そこで完全に脳が体の制御を失った。立っていられなくなって、倒れる。
 
 ゴッ! ゴッ!

 二度、鈍い衝撃を体に感じた。おそらく、廊下の壁に向かって倒れたのと、床に頭をぶつけたのだろう。肩と側頭部に鈍痛があった。だがそれも、だんだんと暗がりの向こうに遠のいていく。憔悴した今の蓮子には、ただの立ちくらみも、意識を奪うほどになってしまうらしい。もう、体が動かない。

 ……蓮子! ……蓮子!

 すでに暗くなった視界の向こうに、メリーの悲鳴を聞いた気がした。
 緩慢になっていく意識の中、蓮子は、

(大事になっちゃった……ごめんねメリー。やっぱり、もっと早くに打ち明ければよかった……)

 そして思考が、ぷつりと途切れた。




(――ここ、どこ?)

 気がついたのは、どうやら救急車の車内だった。幼い頃に風邪をこじらせて、一度乗った。あの時の眺めと一緒だった。蓮子は、ストレッチャーに乗せられていた。衣類は、メリーがパジャマを着せてくれていたようだった。まだ、体がとてもだるい。薄っすらと開いた瞼の間から、涙ぐんでいるメリーと、そのメリーに質問をしている救急隊員であろう中年の男性の姿が見えた。まだ、耳か頭かが鈍いようで、はっきりとその内容は聞き取れないが、おそらくはメリーが手にもっている注射器に関する事ではないだろうか。質問の声は、少し厳しい調子に聞こえた。

(メリーは、何も知らないのに……)

「メ、リー……」

 口が渇いていた。力も上手く入らない。頭も痛む。それでもなんとかメリーの名前を呼んだ。
 救急隊員と、メリーが振り向いた。

「蓮子!」

 立ち上がって蓮子に寄ろうとするメリーを救急隊員が止める。

「危ないから座って。まず容態を見るからね」

 隊員は蓮子に、名前や、今日の日付を聞いた後、ペンライトで蓮子の目を照らした。

「ライトの光を追って」

 言われたままに、隊員が左右にゆらしたライトを目で追う。

「気分はどう?」
「ん……全身がだるくて……頭が痛いです」
「痛いところは?」
「いえ……あ、多分倒れた時にぶつけた肩が、少し」
「ふむ……。もう、病院についたから、あとは先生の質問によく答えて」

 隊員の言うとおり、車が停止する。後部ドアの向こうで、ばたばたと人の気配がした。

「くれぐれも言うけど、先生の質問に嘘を言っちゃいけんよ。注射器の事も、ちゃんと話しなさい。君のためなんだから」

 厳しい目で、隊員が釘をさした。もしかすると違法な薬物摂取を疑っているのかもしれない。自業自得ではあるが、蓮子は違うと叫びたかった。メリーが隣でそれを聞いているのも、耐え難い。
 救急車の後部ハッチが開いた。蓮子ののったストレッチャーが外に引き出されて、救急車のパトライトがきらめく夜を仰ぐ。白衣の女医さんと数名の看護師が救急隊員からストレッチャーを受け取る。注射器と蓮子の情報が渡されたようだった。蓮子はどんどんと進む事態をただ傍観する事しかできなかった。ごろごろとストレッチャーが押されて、救急搬送口から明るい院内に入る。その一行には、メリーもけなげについてきていた。

「宇佐見さん?」

 廊下を移動しながら、女医が鋭い口調で聞いた。

「は、はい」

 蓮子は空気に気おされて、緊張してしまっている。

「この注射器を使った?」
「あの、それは……その……」
「ね……貴方を助けるために必要な情報なの。答えてほしい」
「……はい。使いました」
「中身を教えてくれない?」

 蓮子は口ごもった。側で聞いているメリーの事が気になる。

「宇佐見さん?」
「あの……い、今は言えません……」
「どうして? もしかして、覚せい剤?」

 蓮子の視界の端でメリーの表情が歪んだ。

「ち、違います!」
「よく聞いて宇佐見さん、あなたが答えてくれなければ、薬を確かめるために成分を検査しなければならない。貴方の体にも精密検査を行う事になる。薬物を特定しなければ、ただしい治療は行えないの。でも、そのためには親族の同意が必要だから、厳しいようだけど、ご家族を病院に呼ぶ事になるわよ。いいの?」

 後に女医先生から蓮子は聞いたのだが、今のはハッタリであった。緊急時の精検に必ずしも家族の同意を待つ時間は無いのだから、親族の同意は必要ない。けれど蓮子はすっかり騙されて、家族に迷惑がかかる事を恐れて、とうとう口を割った。
 できるだけメリーに聞こえない声量で言おうとした。だが、今の蓮子にはそんな器用なマネはできなかった。口にした声は、はっきりとメリーにも届いていた。

「……レズビアンに、なる薬です……」

 言い終えて蓮子が見たものは、怪訝な顔をする女医の表情と、そして……表情を失ったメリーの顔だった。そのメリーの顔が背景と混ざって後ろにながれていく。
 メリーは病院の廊下に呆然と立ちすくんでいた。
 蓮子は振り返って、離れていくメリーに叫んだ。

「メリー……! ごめん! メリー!」

 メリーは何も答えず、もはや蓮子の顔をみているかもさだかではなく……そして、蓮子をのせたストレッチャーが処置室の押し戸を押し開けた。部屋にはいって、治療が始まる。メリーを取り込んだ廊下の眺めは、だんだんと閉まる押し戸の向こうに、ゆっくりと消えていった。



 
 ひとまずの診断では、栄養失調と大した事の無い結果がでた。だが、「同性愛者になる薬」という情報がすくない使用事例のため、詳細な血液検査が必要になった。また、体に合わない薬を使用し続けた事も明らかになったため、一晩の観察を言い渡されてしまった。病棟にはいるほどではないので、あいている処置室に移動する。
 その処置室での事。蓮子は背を起こしたベッドで自分の腕に流れ込む栄養剤の点滴を眺めていた。点滴のおかげか、ずいぶんと気分は良くなった。
 ベッドの隣には先生がいて、カルテに何かを書き込んでいる。
 『緑』という名前の、眼鏡が理知的な40代の女医さんだった。

「あの、メリーは……」
「一緒についてきたお友達? 廊下の椅子で待っているわ」
「できたら……呼んでくれませんか」
「あのね……声はかけたのだけど……会いたくないって」

 先生は治療中の厳しい様子とは変って、いたわるように蓮子の肩を撫でた。何か複雑な事情があるのを、察したのだろう。

「そう……ですか」

 メリーが今、何を思っているのか、蓮子は恐ろしかった。もっと早く打ち明けていれば、こんな最悪の形で知られる事はなかったのに……、悔やんでも、悔やみきれない。
 だがその後、事態は思わぬ方向に向かった。想像していたよりも、ずっと厄介な事になった。

「宇佐見さん。話しがある」

 仕事があるからと出ていた先生が、奇妙に強張った顔をして処置室に戻ってきた。蓮子は、何か嫌な予感がした。
 蓮子が処置室に移ってから一時間近くが経っていた。まだ、メリーは廊下にいるようだった。

「もう一度確認するけれど、あなたはあの薬、何も知らずにウェブで手にいれたのよね?」
「は、はい。そうですけど……」
「薬の成分についても、知らなかった?」
「はい」
「本当に? あなたはこの薬の成分を事前に知っていて、それで故意に購入したわけではないのね?」
「は、はい。……先生、どうしたんですか」

 四十近くの女医は、顔の皺を深めて、腕を組んだ。ふぅと息をついて、蓮子のベッドの隣に丸椅子を置いて、腰掛ける。蓮子の枕元に肘をついて、じっと目を合わせた。
 その瞳に、詰問するような色を、蓮子は感じた。

「注射器に残っていた薬を調べたらね。日本では法律で禁止されている成分が検出されれたの」
「えっ……」
「体内に蓄積されると、高い確率で嘔吐、発熱、倦怠感の症状を表し始めるの。だから日本では禁止されている……。宇佐見さん、あなたが注射後に苦しんだ症状とも一致するわね」

 その言葉の意味するところを蓮子はまだ完全には理解しきれていない。それでも、顔から血の気が引いていくのがわかった。
 先生は、ゆっくりと慎重に、話をする。

「私達医師には、患者を守るために通報する義務がある」
「け、警察に言うってことですか……」
「……それが規則ね」

 蓮子の唇が震えだしていた。ウェブで薬の輸入について検索していた時、「薬事法違反」という罪についても目を通していた。軽い罰ではない。

「で、でも先生――」

 蓮子がなかばつかみ掛かるように叫んだ時、

 コンコン

 処置室のドアがノックされた。
 
「はい?」

 先生が答えた。

「あの、入ってもいいですか」

 蓮子はハッとした。メリーの声だった。どこか、震えた声だった。

「今は……いえ、どうぞ」

 先生はいったん渋ったものの、一度蓮子を落着かせたほうがいいと思ったのか、入室を許可した。
 ト……と小さな音を立てて、ドアが開く。
 俯いて、肩を落として、小さくなったメリーがそこにいた。

「メ、メリー」

 蓮子は今しがた聞かされた話に気が動転しかけていたが、やっとメリーに会う事ができて、いくらか気を持ち直す。先生の話も気になるし、メリーも気になるしで、頭がせわしなくはあったが。

「先生。蓮子はどうなんですか」

 ベッドの側にやってきたメリーは、赤い目をして、先生に聞いた。廊下で泣いていたのだろう。

「体は問題ないわね。ただ……少し込み入った事になってるの」
「え?」
「守秘義務があって、悪いけど、貴方には聞かせられないの。だから、私はいったん席をはずすから。しばらく二人で話しなさい」

 先生はそう言って、席を立とうとした。

「待ってください!」

 それをメリーがとめた。メリーが蓮子の手を握った。

「メリー……?」
「私もその話を聞かせてください。もう、何も知らずにいたくないんです」

 メリーはじっと先生を見つめる。
 だが先生は首を横にふった。

「ごめんね。親族以外には話せないの」
「でも……」
「ルールなのよ」

 蓮子はそんな二人のやりとりを聞きながら、いつか先輩に聞いた話を思い出していた。

 ――この国では同性婚がまだ法的に認められていないから、二人が親族であると証明できないの。だから、すごく歯がゆい思いをする事もある。

「私は彼女が心配なんです!」
「気持ちはわかるけど、他人においそれとは話せないの。患者を、宇佐見さんを守るためのルールなのよ。わかって頂戴」
「でも……でも……」

 蓮子の手を握るメリーの手に、痛いほどの力が篭った。
 メリーは先生の目をみつめて、はっきりと告げた。

「私は……私は蓮子のパートナーです!」

 先生の視線が、つながれた二人の手の上で止まった。

 パートナー――法的にそのつながりを認められないゲイやビアンのカップルが、互いの間柄を示すために使う、特別な言葉。
 先生も、パートナーという言葉に込められた意味にすぐにピンときたようだった。そうでなくても、二人の間に特別な事情がある事にはすでに察しがついていたのだから。

(ああ……メリー……)

 蓮子はメリーの意志の篭った横顔を見上げて、それを眩しく思った。
 繋いだ手が、何よりも心強かった。

 ――二人で協力すれば、きっとどんな困難にだって立ち向かえる。

(先輩はそうも言ってた。私もメリーに応えるの……!)

「先生」

 繋いだ手に力を込めて、蓮子が言った。

「私はどうせ、先生から聞いた話を全てメリーに伝えます。彼女に隠しごとはしません。だから、彼女も同席させてください」

 蓮子はもう片方の空いた手も、メリーの手に重ねた。二人は互いの瞳を見つめあう。メリーの目にはいくらかの非難の色も、まだ残っている。けれど、どんな苦しみも悲しみも一緒に受け止めよう、という意志が、たしかにそこにはあった。

「……しかたないわね」

 先生は、呆れたように息をついた。

「二人とも、ER(緊急処置室)に運び込まれた事を感謝しなさい。このERには色んな人が助けをもとめてやってくる。とても人には……家族にさえ言えないような事情を抱えた人もね。ホームレスだって。……日々がそんなだから、少しだけ規則にアバウトな医者もいる」

 私みたいにね、と先生は苦笑いした。先生の口調は規則からはみ出す事への懺悔のようにも聞こえた。

「さて、今問題になっている事はね――」

 先生は蓮子が薬を入手するにいたった、動機、方法を事細かに確認した。薬の入手が薬物目当ての故意でなかったことを調べるためだ。100%証明する方法はないのだから、蓮子は全てを事細かに説明をした。二人の瞳の秘密だけを除いて、二人の恋を全て語った。またその過程で、今日までの蓮子の苦悩が、全てメリーの知るところと成った。
 メリーはじっと黙って蓮子の話に耳を傾けていた。ただ時折、繋いだ手のひらに、何かに耐えかねたかのように、キュッと力が篭るのだった。

「でも……変ですよね」

 話を終えた蓮子が、先生に言った。

「え?」
「今も話しましたけど、私、薬を使う前に一度薬剤師会に問い合わせをしてるんですよ。その時に……違法薬物が含まれてるって、なんで言ってくれなかったんだろう?」

 先生は、ふむ、と首をかしげながら、手に持っていた手帳をめくった。

「該当薬物は……ハイソプロロール、ちゃんとオペレーターに伝えた?」

 たしかにその名前には聞き覚えがあった。だが、少し違うような気がした。

「あれ……?」
 
 蓮子は記憶を探った。人よりも少しだけ優れている蓮子の脳は、すぐに詳細な名前を思い出させてくれた。

「先生、違います。私あの時……ハイソクォロールって伝えたはずです」
「ええ?」
「薬箱のドイツ語を読みながら、そう伝えたんですけれど……」

 先生はモバイルを取り出して、何事か検索した。

「……あら確かに、β遮断薬にハイソクォロールっていう名前の薬、あるわね……これは違法な薬じゃない」
「それって……」
「宇佐見さん。貴方ドイツ語の発音を間違えたのね」
「……へ?」
「プロロールをクォロールと誤って伝えたのよ。それがたまたまどちらも実在の薬だった。だからオペレーターも気づかなかったのね。……たしかに、こういう事例は多々ある。紛らわしい薬名も問題なのだけど」

 蓮子は口をあけて、ぽかぁんとした。なんて間抜けな……。見ると、メリーも同じような顔をしていた。
 ただ先生は、まだ厳しい顔をしていた。

「あなたがこの間違いを故意に侵した可能性も、あるけれどね」
「せ、先生そんな!!」

 蓮子が悲惨な顔をすると、先生はクスッと笑った。

「まぁ、話を聞いた限り、それはないでしょ。……ねぇ宇佐見さん」

 と、今度は生徒をしかる教師のような目になって、じっと蓮子を目で押さえつける。

「あなたは、自分がどれだけ馬鹿な事をしたか、もうわかっているわね?」

 蓮子は何も言えず、ただ顔を伏せて頷くしかなかった。

「……はい」
「貴方は誰にも話さず、何の相談もせず、一人で勝手な事をした。そしてこうなった」
「……」
「メリーさんのためを思っての事だというのは分かるけど、貴方はまずメリーさんとよく話合うべきだったのよ?」
「後悔……してます」
「あなたは賢そうだから、後悔からちゃんと学べるわね?」
「はいっ。必ず……!」

 蓮子はメリーの手をぎゅっとにぎって、もう、絶対に隠し事はしないと心に決めた。自分の問題は、メリーの問題、メリーの問題は、自分の問題、二人はそうやって生きていくのだと、心に誓った。
 その蓮子の思いを感じ取ったのか、先生は満足げに頷いた。

「わかりました。あなたが薬物依存患者ではないと、信じましょう。ま、私のカンもあなたは白だと言ってるし」
「あ、ありがとうございます先生!」

 メリーも一緒に頭を下げた。

「後は……二人でよく話し合いなさい。隣のベッドが空いているから、メリーさんは眠る時それを使って」

 蓮子とメリーは見つめ合った。その瞳の間には、語り合わなければならない事が多く残っている。
 先生は退出しようとして、一度振り返った。

「老婆心ながら言うけれど……。長期的に考えた時、セックスは心のつながりを補いえないけど、心のつながりはセックスを補いえるのよ。……それを大切にね」
「……はい」

 二人はともに、真剣な顔をして頷いた。蓮子は思った。自分はそのつながりを軽んじていたのだろうか……と。
 先生が退出して、処置室にはメリーと蓮子の二人きりになった。
 しんとした空気の中で、蓮子はおずおずと言った。

「メリー、本当にごめん……わっ!?」

 蓮子が言い終えるかどうかの瞬間に、メリーが蓮子の胸に抱きついた。顔を埋めて、両の手で蓮子の服を皺がつくぐらいにぎゅっと握り締める。
 
「メリー……」

 少しして、メリーが嗚咽を漏らし始めた。どん、と蓮子の胸を叩く。

「馬鹿馬鹿……蓮子の馬鹿! 馬鹿……! 何で私に何も言ってくれなかったの!? 裏切りもの! 何でも話し合おうっていったじゃない! 私には薬を使うなって言ったくせに! なんでそんなに自分勝手なのよ! 嫌い! 蓮子なんて大嫌いよ! 馬鹿馬鹿馬鹿!! どれだけ心配したと思ってるのよ!!!」

 蓮子の胸に口を埋めたまま、メリーはくぐもった声で何度も蓮子を呪った。
 蓮子は申し訳なくて、そしてメリーが側にいてくれる事が嬉しくて、メリーの頭を抱きしめて、何度も何度も謝った。

「ごめん……メリーごめん。本当にごめんなさい。許して……」
 
 そうしているうちに蓮子の瞳からも涙があふれた。

「ごめん、ごめん、ごめん……」

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっても、蓮子は一切それらをぬぐわず、ただメリーをだきしめて、いつまでもメリーの名前を呼んでいた。




 朝4時すぎ。処置室の電気は見回りの看護師が消してくれた。光は病室のドアからもれる僅かな明かりだけになって、病院特有の静けさが漂った。けれど二人は一向に眠らず、メリーは丸椅子に腰掛けたまま上体を倒して、蓮子のベッドに頬を寝そべっている。背を起こしたベッドにもたれて、蓮子はそんなメリーの前髪をいじっている。

「この数週間は、何だったのかしら」

 気の抜けた声で、メリーが呟いた。

「え?」
「夢だったのかな」
「なんで……そんな事を言うの」
「だって、蓮子は薬で心と体を騙していたんでしょう?」

 メリーは泣き疲れきっていたのか、ベッドに顔を横たえたまま、ぼそぼそとそんな事を言った。
 蓮子はメリーの前髪をいじるのを止めて、頬を撫でた。

「それは違うよ。先生に説明している時もいったでしょ? 私はメリーを抱いてあげたかった。それは薬を使う前からあった気持ちなのよ。薬には……少しそのための手助けをしてもらっただけ」

 メリーは目をつむって、頬をなでる蓮子の手にひとしきり浸った。それから目をつむったまま、眠るように言った。

「蓮子はね……気づかないうちに自分に嘘をついてるの」
「……嘘?」
「蓮子は私を抱きたかったんじゃない。私を誰かにとられるのが恐かっただけ。ノンケの蓮子には、私を抱きたいなんて感情は無いはずだもの」
「それは……」

 そうだったかもしれない、と思ってしまう。人の心は知らず知らずのうちに変化してしまうのだろうか。真実はどうだったか……思い返そうとしてもかつての自分の心は随分と遠くにいってしまった。
 メリーはまた夢うつつに呟いた。あるいは泣きすぎて、感情が麻痺しているのかもしれなかった。

「蓮子が抱いてくれないからって、私が他の人になびくと思った……?」

 蓮子は言い訳をする気はなかった。その資格は自分には無い。だから、素直に言った。

「……恐いよ。もしメリーを誰かにとられると思うと、恐い。そう思うのって、いけない事?」

 少し、むっとしてしまった。
 
「私が怒ってるのはね、蓮子」

 怒ってるようにはとても思えない声で、メリーが言う。あるいは、泣き疲れて感情の出力が麻痺しているのかもしれない。

「蓮子が私を信じてくれなかった事」
「……メリーの事は信じてる。それでもやっぱり私は……恐い。想像するだけで……」
「それって、信じてないって事じゃないの」

 メリーは力なく笑った。

「まぁ、信じきれないのなら、いいよ。蓮子が信じていられるように、ずっと、毎日だって私の気持ちを伝えてあげるもの。けれど……蓮子がそうやって恐がってる事を私に隠してるのなら、私にだってどうしようもできないよ」
「……ごめん」
「蓮子が私のせいで苦しむのなら、私はもう一緒にいられない」
「……いつか、似たような事を私がメリーにいったね」
「あら……覚えてたのね。てっきり忘れたかと思ってた。だって、かってに自分で薬を使っちゃうくらいなんだから……」
「う……ごめん」
「そうよ、謝りなさい……しばらくは毎日謝ってもらうんだから……次また私に黙ってこんなことしてたら……私は蓮子とさよならするから」

 寝言のような声で、メリーはそんな事を言う。本気だろうな、と蓮子は唾を飲んだ。

「蓮子がまた一人で悩んでるんじゃないかって、そんな事を心配しながら生きていくなんて、私には耐えられない。だから……思う事があるなら、その時はちゃんと私に言って。私も言うから。ちゃんと二人で話そ?」
 
 メリーは目をつむったまま、ゆるりと腕を動かして、蓮子の手をとった。そしてその手に頬を撫でさせる。

「必ず。約束するわメリー」
「よろしい……疲れたから、少し眠るね。また、明日、お話しましょ」
「うん。お休みメリー」
「お休み……」

 メリーが小さな寝息を立て始めるまで、蓮子はずっとメリーの頬に手をあてていた。
 それから病院の天井を仰いで、目をつむる。

(私が初めてメリーの気持ちに気づいたあの夜……もう、随分前の事に思える……)

 実際、二ヶ月近くが経っている。
 こんなことになるとは、あの頃は露ほども思っていなかった。
 けれど、あの頃からずっと何一つ変らないことがある。

(私にとってメリーは誰よりも大切な人……)

 それだけはずっと変らなかった。
 蓮子はメリーの寝顔をみやった。メリーの閉じた瞼を指で撫でる。この不思議な瞳が二人の絆のそもそもの始まりだった。

「ん……」

 メリーが小さく喉をならして、蓮子は指を離した。





 翌日家に帰ってからが、また大変だった。蓮子の体内に蓄積されていた薬物は、病院にいるあいだに薬によって中和された。けれどその代わりにまたあの心の不均衡がやってきたのだ。メリーとの情事にたいする嫌悪感は、そもそも蓮子の価値観に備わっていたものなのだから。治療のしようがない。先生いわく、慣れるしかない、との事だった。薬で吐き気を抑える事はできるけれど、そうなると、蓮子は一生薬を飲み続けなければならないと通告された。

「一生、ですか」
「そう。生きているかぎりずっと、ね」

 蓮子は改めて、自分のしたことの大きさに恐ろしくなった。
 二人は大学を休校して、蓮子の家に篭った。蓮子はメリーに介抱されながら、何度も吐いた。メリーとすごした記憶に嘔吐を感じるなんてやはり耐え難い事だったけれど、今度は側でメリーが励ましてくれたから、なんとか我慢できた。メリーにとっても、自分との情事が原因で恋人に嘔吐されるなんて、どれほど複雑な気持ちであろうかという所だが、メリーは気丈に蓮子を励まし続けた。
 蓮子はソファーの上でメリーに膝枕をしてもらいながら、泣きじゃくっていた。

「ごめんね……ごめんね……私、メリーの事こんなに大好きなのに、吐いちゃうなんて……」

 メリーは蓮子の背中をさすりながら、なんでもない事のように、慰めてくれた。メリーは、強い女性だった。

「ノンケのくせに無理するからよ。さぁさぁ、蓮子がどれだけ私の事が好きかはよーく知ってるから、何も気にしなくていいのよ。早くいつもの元気な蓮子に戻ってちょうだい」
「メリィー……」

 そのまま膝枕をしてもらって、眠った。
 ちなみに昼すぎ、蓮子が注文していた新しい薬が届いた。
 メリーが玄関にでてそれを受け取り、蓮子は大変罰の悪い思いをした。

「……まったく。私に隠れてこそこそと」
「う……」

 メリーは机の上に小包をおいて、蓮子を睨んだ。
 amazonでこっそり注文したイヤラシイ本をうっかり母親に受け取られてしまったような、そんな心持ちだった。

「どうする? これ……」
「ん……もう必要ない、けど……うぷっ」

 また衝動が来て、蓮子は用意していた洗面器に顔を向けてゲェゲェと喉を鳴らした。

「あらあら」

 とメリーが背中をさする。蓮子は涙ぐみながら、机の上の小包を見た。
 ヌルリと、甘言が心にしみ込んでくる。

(あれを注射すれば、こうやって苦しむ事もなく、私はまたメリーの事を……)

 強い衝動が、心を侵す。
 するとメリーが、そんな蓮子の視線に気づいて、嘔吐物が手につくのも構わず、蓮子の頬を両手ではさみ、自分の顔に向けさせた。

「蓮子……また薬を使いたいって、思ってない?」
「う……」

 図星であった。
 メリーは強い瞳で、蓮子に言い聞かせた。

「蓮子、自分に負けないで。私と蓮子にあの薬は必要ない。そうでしょう?」
「……う、ん。……ゲェェ! オゲェ! ……でも、やっぱりほしいよぉ。薬がほしいよぉ。メリーを抱いてあげたいよ……」

 メリーはもう何も言わなくていいの、とシィー、シィーと蓮子をなだめながら、肩を抱いた。
 メリーのつきっきりの介抱の甲斐あってか、夜になって、だんだんと嘔吐が治まってきた。まだ若干の気持ち悪さは残っているものの、もう、メリーとの情事を思い返しても、もどしてしまいはしなかった。慣れたのか、麻痺したのか、ようやく心がその記憶を受け入れたのだった。





 外の空気を吸うために、晩御飯を買いがてら、二人は家を出た。冬の夜の冷たい空気が、マフラーの隙間から首筋を撫でる。

「蓮子。腕、組んでいい? 大丈夫?」

 ――恋人として腕を組んでも、いい? それとも気持ち悪い?
 おそらく、そういう悲しい問いかけだったのだろう。

「うん。いいよ」

 蓮子は弱々しく微笑んだ。一日中嘔吐していたのだから、まだ体に疲労感がある。
 メリーが腕を絡める。
 ……薬を使っていた間のような、甘い感覚はもう無い。けれど、嫌悪を感じる事もなかった。メリーの腕の圧力が、ただほんのりと暖かい。
 コツ、コツ、コツ、と口数少なく歩く。
 二人は河川敷の道にでた。幅30メートルほどのありふれた川。土手に街灯はなく、土手の側のマンションからの光にぼんやりと照らされている。人通りも少なく、時折ランニングしている人がいるくらい。

「ちょっと、座っていかない?」

 蓮子が土手の下にある河川公園を指した。小さいけど、一面がコンクリートで舗装された真新しい綺麗な公園。夜になると真っ暗で、ほとんど何も見えないけれど、それがかえっておあつらえ向きで、時折そのベンチに座るカップルの姿がある。

「ん」

 メリーは、こくんとうなずいた。
 西洋風の洒落た木製ベンチの背もたれに、二人並んで背をあずける。
 あたりは暗く静かで、川のしょろろと流れる音と、土手を越えてくる町の唸り。空には月と、僅かに見える冬の星座があって、場所と時間を蓮子に教えた。冷たい風が吹いて、隣にいるメリーの匂いがした。

「キスはね……やっぱり無理みたい」

 唐突に蓮子が言った。それからメリーの手を握る。

「こうやって、手をにぎったり、ちょっと肩を抱いたりはできる。けれど、ベットの中で抱き合ったりは……ちょっと、だめみたい」
「そっか」

 メリーが小さく頷いた。

「ごめんね」
「ううん。蓮子は、ビアンじゃないんだから。いいの」
「……私が寝てる間なら、キスしても」
「もう、またそれ?」

 メリーはちょっと苦笑しながら、蓮子の肘をつついた。

「う……。……でも、メリー。辛くない……?」
「ん……そりゃ、少しはね。でも我慢できるよ」

 メリーは蓮子の不安を照らすように、にっこりと笑った。暗がりの中で、蓮子だけにその笑顔が届く。
 そんな風に笑ってくれるメリーに、心からの感謝と、愛しさを蓮子は抱いた。

「ねぇ、メリー。私考えたの」
「え?」
「普通のキスがだめなら……私達だけの、新しい愛情表現を作ればいいんじゃないかなって」
「新しい愛情表現……?」
「うん。ね、こっちに顔を向けて、目をつむって」
「え、ええ……」

 メリーは少し戸惑いながら、きゅっと瞼を閉じた。
 その肩を抱いて、蓮子は自分の顔をゆっくりとメリーの顔に近づけていく。

「じっとしてて……」

 普通のキスよりも、少し、二人の顔が横にずれていた。蓮子はそのまま狙いを定めて、自分も瞼を閉じ、左目を、メリーの向かって右の目に、優しく触れた。
 互いの眼球が、クンッと押し合って、メリーの瞼が震えているのがよく分かった。互いのほっぺたも、くっついている。

「え、こ、これが……?」
「そ。キスって互いの敏感な場所を相手を感じあう事でしょ。それに、私達にとって、瞳は特別なものでしょう。だから、互いの一番秘密な場所を触れさせあうの。これが私とメリーのキス。……どうかな?」

 顔を離してメリーの顔を伺う。
 メリーはちょっと首をかしげながら、あやふやな笑みを浮かべていた。

「う、うーん……蓮子はおかしな事を考えるのね」
「既成概念にとらわれない自由な発想でしょ」

 蓮子が冗談めかして笑うと、メリーは少し呆れながら、けれど、微笑んだ。

「まぁ、悪くないかもね」
「でしょ? ……じゃ、もう一回」

 今度は互いに互いの肩を抱く。互いに目標を定めるから、頬が触れる其の直前まで、じっとお互いの目を見さだめあう。

「なんか、変な感じ」

 メリーが笑った。
 たしかに、視界一杯にひろがる相手の眼球に、なんだか笑ってしまう。

「慣れよ、慣れ」

 最初に、お互いの柔らかい頬を押し付けあって、互いの顔を固定する。そして今度は瞼を閉じて、ゆっくりと触れさせあった。
 クンッ……とまた眼球が押される。
 最初は二人の瞼の冷たい感触が、しばらくすると、互いの眼球のほのかな温かさが、瞼を通じて行き交った。二人の心のぬくもりが、瞳を介して通じ合っているようだった。

「ん……」

 メリーが強く蓮子の体を抱く腕に力を込める。蓮子もそれに答えて、メリーの体を強く抱いた。互いの眼球が少し沈むくらいに、押し合う。鈍い痛みすら感じる。けれどそれが二人の思いの強さなのだと思うと、痛みが気持ちよさに変るのだった。





 三月初めの朝は、明るく晴れて、青かった。
 蓮子とメリーは、ベランダの窓に空を眺めながら、テーブルを広げて朝食をとる。今日は週末、秘封倶楽部の活動だ。昨日の夜から、メリーは蓮子の家に泊まっている。
 去年の暮れから二人はずっと、友情とも愛ともつかぬ、プラトニックな関係を続けていた。
 だが蓮子にはここ数日、思う事があった。それを今朝、蓮子はメリーに打ち明ける。

「ねぇ、メリー。話があるの」
「なぁに?」
「私ね。またあの薬を使いたい」

 砂糖多めのコーヒーを傾けながら、努めて何気無く言った。けれど、やはり、パンをかじっていたメリーの動きが止まる。
 少し恐る恐る、コップを置いて様子を伺う。

「……何を考えてるの」

 案の定、少し怒った顔のメリーが、蓮子を睨んでいた。

「まぁ、聞いてよ」
「何よ」
「ベッドでメリーと抱き合ってた時。私、すごく幸せだった。また……あの幸せを味わいたい」
「今は幸せじゃないのっ?」

 メリーの声に怒りの色が篭る。たぶん、裏切られたように思っているのだろう。蓮子は慌てて、メリーの側によって肩を抱く。

「そうじゃない、そうじゃないよ。ただ……メリーとすごしたあの時間が、今でも忘れられないの」
「……」
「メリーはあの時の事、思い出さない?」
「……それは……」
「あの時私はメリーを失いたくなくて、ノンケな自分を偽りたくて薬をつかった。けれど今の私は違う。薬を使わなくたってメリーといると幸せ、もちろんメリーを信じてる。その上で使うの」
「……」
「恰好つけずに言うね。私、メリーとまたえっちしたい。……ううん、少し違うかな。メリーとえっちしたいと思えるようになりたい。それにこうも思う。私とメリーがこの先何年も、ううん何十年間も一緒にいるとして……あはは、気が早いかな……身もふたも無い言い方だけど、現実的に考えて体の欲求を耐えて生きる事はできないと思う。そういう時のために手段を用意しておきたいの」

 メリーはまだ黙り込んで、納得のいかない顔をしていた。けれど、ほのかにその頬は赤かった。

「蓮子、あなた、自分があの薬でどんな目にあったか、覚えてないの?」
「もちろん忘れてない。だから今度は、まず、メリーと一緒にお医者様に行って、二人の事を相談する。それからちゃんと検査を受けて、私の体にあった薬を探してもらう。定期的に診察もうけるし、絶対に常用はしない。薬をうつときはメリーの目の前でする。……もちろん、メリーがやっぱりダメっていうなら、使わないよ。ただね、あの薬の事を、二人の人生をおぎなうための薬としてもう一度考えてみたいの」

 メリーは唇を噛んで、俯いていた。
 蓮子はただじっと、メリーの肩を抱いて返事を待った。

「しばらく……考えさせて」
「うん。わかった」
「考えて……もし私がダメって言ったら、蓮子は怒る?」
「まさか。そんなことないよ。……少しは残念だけど、二人でする事なんだから、メリーが嫌なら、しかたないもん」

 メリーはちょっとほっとしたような顔で、よかった、と呟いた。

「蓮子。キス」
「ん。はいはい」

 メリーは一日に一回は必ずキスを求める。キスのたびに、ぎゅぅっと蓮子の体を抱く。もしかしてキスそのものより、抱きしめあう事を求めているんじゃないかな、と蓮子は思ったりもする。きっとメリーもいろいろな欲求を我慢しているに違いないのだ。それは隠し事や秘密とは違う、お互いを思いやる暗黙の了解みたいなものだ。
 今ではもう、目をつむっていても瞳をはずす事なくキスができる。
 クンッと互いの瞳を押し付けあって、ぎゅっと互いの体を抱きしめた。

「この瞳が無かったら……私とメリーは、恋人になれなかったのかな?」
「……かもね。私はビアンで、蓮子はノンケ。……難しかったでしょうね」
「なら、瞳に感謝しないとね。昔は自分の目が嫌いだったけど、今ではこの目を持って生まれてきてよかったと思う。おかげでメリーとこうしていられるもの。できれば、普通のキスもしてあげたいけど」
「私達には私達のやりかたがある。それでいいじゃない」
「そう言ってもらえると、安心するけど」
「薬の事はまた考えるわ。けれど、こうしている間は……私達のキスを楽しみましょ」
「……そうね」

 悩んだり、ケンカしたり、そんな時にはいつもこのキスをしようと二人は思う。
 その行為が、互いの絆を思い出せてくれるのだから。
 ノンケとビアンの奇妙なキスは、普通のキスとはやっぱり違う。
 それが二人の、眼球キッス。





~ 終わり ~
メリー「ねぇ蓮子。眼球を圧迫するのって、あんまりよくないらしいわよ……」
蓮子 「えっ」




『私達の眼球キッス』 
このタイトルを思いついた時、確か電車の中でしたが、思わず物凄いドヤ顔になりました。「いける! これならもうセンス無いとか言われないはず!」 そしたら、たまたま向かいに立っていた茶パツのOLにすごい怪訝な顔されました。自分はその後クールにモンハン3をプレイしていたのですが、その茶パツのOLは私が電車を降りるまで何度もこちらをチラミしてきました。その視線が気になって、集中力が緩慢になり、ドボルベルクに3乙くらいました。腹が立ちました。何回倒しても尾槌竜の尾骨でないし、どうなってんだこれ。いつになったユピテルグローブ作れるんじゃ!

ちなみに他の候補↓
・宇佐見蓮子の奇妙な感情
・秘封妖怪目視録「奇怪! 眼球接吻乙女!」
・現代少女のレズビアンパニック

またタイトルを決めるにあたり、ラグナロクチャットで数名の方にお世話になりました。この場にてお礼申し上げます。

さて、えらく長いSSになってしまいました。
読んでいただけた皆様には本当に感謝です。ありがとうございます。
……以前に書いた勇×パルみたいに、また盛大に爆死するんじゃないかとすごい不安……

お目汚し。

*2010.12/18 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
*2010.12/19 誤字超大量修正。ほんま俺の目って……。指摘していただいた方、本当に本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれません。
*2011.1/10 いただいたご指摘に従い、さらに誤字修正。重ね重ね感謝……。



 SSについてさまざまなコメントをいただけて、嬉しい限りです。重ねて感謝申し上げます。
 疑問や不快感をいだかれた方もいるようですが、その多くは私の実力不足や表現不足、そしてまた同性愛に対しての不理解に起因していると思います。弁解もありません。
 ただ強く反省したのは、今回のストーリーを考えるにあたって、百合という一種のファンタジーから同性愛という現実の事柄に踏み込んでいたのに、それを自覚せずいつもの調子でただ話がおもしろくなるように、都合の良い解釈を沢山はさんでしまったという事です。それが多くの不快感の要因になっていると思います。オタクをおもしろおかしく描いたマスメディアのような事を、自分はやってしまったように思います。それだけは、気づくべきでした。

 こちらとしても沢山の事を考えさせられました。ありがとうございます。
KASA
http://
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コメント



0.3410簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
生々しい薬中毒の描写に少し戸惑いましたが、面白かったです。
ただ、最後に蓮子がまた薬を使いたいと言い出すところはちょっと納得がいかないのでこの点数で
4.80名前が無い程度の能力削除
秘封はこういうの似合うなあ……
オチはもうちょっと考えてほしかった
6.100名前が無い程度の能力削除
投稿なさる度に整っていく文章と、初期から変わらぬガチレズ度のギャップが素敵です
7.90名前が無い程度の能力削除
前作とは違う感じの物語でした
非常に面白かったのですが…ちょっと心のなかがモヤモヤするのでこの点で
10.100奇声を発する程度の能力削除
うわぁお…
最近こういう秘封が増えてきたような…?
13.100名前が無い程度の能力削除
設定は流用してるけどあれをこうもってきたのか・・・いやはや力の篭ったssを読ませて頂きました
互いの奇妙な能力が依存心を生み、そしてその不思議な眼が問題解決の手段にもなったんだと思うとなんだか心が晴れやかです・・・東方関係あったね的な意味で

ふと思いましたがここまでメリーに親身になってもらっても、相棒がいつか他の人に取られる心配を拭えない蓮子にとっては、これが一番良い結末だったんじゃないでしょうか
メリーがレズビアンじゃなくなる薬を使ったとしたら、今度は彼氏に取られて活動が出来なくなる心配なんかしなきゃいけないわけだし・・・

そうだ!最終的にはメリーさんの能力が進化してあらゆる境界を操るようになれれば全てスッキリ解k・・・嘘ですすいません
タイトルも最初は引いたがちゃんとオチに繋がったので100点で!
15.100名前が無い程度の能力削除
こういう真正面から同性愛というタブーにぶつかってゆく作品は大好きで、コレはそのなかでも極上品でした。
そうだよクスリというとイメージ悪いけどつまりそれは幸せになるツールに過ぎないんだよ。
使うべきには使い使いこなし乗りこなし、二人はきっと幸せになってゆくと思うのです。
16.100名前が無い程度の能力削除
素敵です
19.100名前が無い程度の能力削除
タイトルに引っ張られて来ました。二人の特別な絆が感じられる終わり方がとてもよかったです。
24.90ulea削除
イメージソングは倉橋ヨエコの「線を書く」ってかんじ。。
書いて消して求めて拒んで引っ張って突っぱねて。
秘封ちゃんは本番よりも、ちゅっちゅに至るまでの過程がたのしい。えへへ。
25.100アン・シャーリー削除
素晴らしい
一点誤字?発見しました

>「だって、私と蓮子はどこまでいってもただの友達。じゃあ私は、もしいつかメリーに彼氏ができた時、笑っておめでとうを言わなきゃいけないの? ……言えるわけないわ……ごめんね。全部私の我がまま」

蓮子に彼氏ができた時、でしょうか。
安易に蓮子がビアンに目覚めちゃったりしないところに、いろんな意味で愛を感じます
26.90名前が無い程度の能力削除
蓮刈が両方ビアンでちゅっちゅして幸せに暮らしました~なんてのは冷静に考えると凄く低い確率の話ですものね……。
面白かったです。
28.90コチドリ削除
百合が前提条件として語られる作品も多い東方世界。
それらと比較して云々とは言いません、その文脈でも素敵な作品は多々ありますしね。
単純に恋愛ものとしてとっても面白かった。愛の形がヘテロか否か、とか、セックスの有無に関係なくね。
……ゴメン、二人の絡みにはちょっとドキドキしました。

薬物の使用に関しても個人的な是非は置いておいて、これだけ丹念にそこへ至る蓮子の心情やメリーとのやり取りを
描いて下さったんですもの、文句などありません。
ラストの目と目でキッスにも微笑ましい気持ちになりました。
これからも山あり谷ありなんだろうけど幸せになるんだぜ、お二人さん。

最後に。
やっぱりちょっと誤字・脱字が多いなぁ。上の方の指摘以外にも蓮子とメリーを取り違えている台詞もあるし。
物語が盛り上がってラストに収束していく後半に特に顕著だったので、心が萎えかかりました。
これほどの力作ですもの、早く読者に見せたい気持ちは理解できるつもりです。
それに恥じない素晴らしいクオリティだとも思います。でも、だからこそ投稿前にもう一度チェックして欲しかった。
そこだけが少し残念でした。
30.100厨2削除
そこら中に散らばるリアリティに感慨を感じます。特に偏頭痛の描写が秀逸。。。
ゆかりんは友情出演かな?それともメリーとの関係がなんかあるのかな。
32.100名前が無い程度の能力削除
最後のまた薬を使いたい という台詞に一瞬焦りましたが
ちゃんと医師と相談するみたいで安心してしまった(安心する場所がおかしいかもしれませんがw)
34.100玖爾削除
大変失礼ですが、読後感のみで評価した場合、50点以上にならないと思います。
今も寒気と体の震えが止まりません。
しかし、冷静に思い返せば「完璧」であるところがさらに怖い。
前作の刷り直しであるといった前書きがありましたが、
あれから二歩三歩十歩と踏み込んで、「バカ! もういいって! 止めろ!」と叫びたくなるようなところまで突き進む展開はリメイクとしてもすばらしいものだったと思います。
KASAさん独特の、わりと自重しない描写力も存分に発揮されたようですし。
よって100点と評価させていただきます。
言いたいことがまだあるような気がするけど、とりあえずこれで失礼。
35.20名前が無い程度の能力削除
このテーマをガチレズとは無縁な人に理解させることができるか。
少なくとも自分は全く理解できなかったのでこの点数で。
37.50名前が無い程度の能力削除
いろんな考えがあると思いますが、
私自身真性のビアンですがこれを読んでみて「不快」
という言葉しか出ません。
話の内容が悪いとか、変な表現があるとか言う部分が理由ではありませんが
作者が男性?or女性? ノンケ? レズ?ゲイ?かはわかりませんが、
ノンケというのではあればあつかうにはデリケートすぎるお話でしたね。
人の心は千差万別ですが、ビアンの私には「なにもわかってない」という感想です。

けど話の構成としては良かったと思います
38.無評価名前が無い程度の能力削除
結局蓮子はメリーを好きなのかそうじゃないのかという疑問が起こりました。
私は好きに見えたのですがどうでしょうか。
そうでないならメリーに対する気持ちは単なる所有欲ということになり、そういうのはあんまり好きじゃないなと思いました。

これは私個人の意見なのですが、同性が好きである、ということと、同性に性欲を抱く、ということは別カテゴリーなのかどうかはわかりませんが(私は別だと思うのですが)、どちらかといえば前者をクリアしちゃったらもうノンケじゃないと思うんです。たとえキスとか具体的な行動を取らなくても。
そういう意味で、この物語の登場人物たちの価値観と私の価値観は合わなかったな、という印象です。

申し訳ありませんがフリーレスでお願いいたします。
39.100名前が無い程度の能力削除
よかった
おもしろかったわけではないし、感動したわけでもないけど、すごく心が動きました
メリーにけなげさを感じたり、自分勝手な蓮子にイライラし通しだったり、なんだかけなげすぎるメリーに不安を感じたり
蓮子の自分勝手さに対する怒りから「お気に入り」とは言えませんが素晴らしい作品だと思いました
41.100名前が無い程度の能力削除
読みながら、同性の友人に告白されたところを想像して、構わんかもなあと思った程度にはホモっ気ある人間なんですが、
精神的な愛情と肉体的な欲情がそこまで密接に結びついているとは、どうも思えんのですよね。
まあまともな恋愛自体したこともないのでどうとも言う資格もないのかも知れんのですが、友愛と恋愛の差異がどれほどのものなのかなあと。
肉欲が伴うか否か、は肉体的な特質であって愛情とは独立にあるような気がしてならんのですよ。
その目で見ると、最初のほうのメリーの蓮子に対する台詞に違和感があるんですよね。何というか「俺のこと好きなんだったらヤらせてくれよ」って
彼女に言ってる男みたいな下卑た感じ。そら蓮子も嫌悪感あるだろうって感じで、今一入り込めなかったというか。

ううん、自分とも無縁じゃない話題なもんで少々考えすぎてしまいます。
ともあれ、これだけ考えさせてくれる切っ掛けをくれたことへの感謝として、この得点を入れておきます。
44.90名前が無い程度の能力削除
うん、素晴らしい。
どんな形であれ、愛って素晴らしい感情だね。

それと、

>「蓮子が私のせいで苦しむのなら、私はもう一緒にいられない」
>「……いつか、似たような事を私が蓮子にいったね」

この部分は誤字でしょうか?前後の台詞と合わせると、上がメリー、下が蓮子だと思われ、それなら蓮子の台詞がメリーの台詞の様に取れてしまうので一応指摘させて頂きます。

これだけの長編で仕方がないとは思いますが、序盤の方にも誤字と思われるものもありましたので、誤字分だけ点を引いてこの点数とします。
最初に申し上げた様に、素晴らしい作品と思います。これからも頑張って下さいね。
46.100身も蓋も無い程度の能力削除
「彼氏とかつくらないし、そうね、結婚もしない。メリーがずっと私の一番」こんなことを蓮子にされてしまえば、
心も体も満たす恋人を作ることも、探そうと心を向けることさえまだ若いメリーはできなくなるのではないか、
蓮子に最初に抱いた印象は「身勝手」でした。けれど起承転結の転が連続するような泥の沼へ蓮子がわざわざ踏み込んでいくにつれ
寓話の主人公のような向こう見ずさ、人魚姫しかりシンデレラの義姉しかりのハッピーエンドが望めなさそうな気配の内の幸福感が
ついついとスクロールバーを滑らせ、気づけば着地地点に半分驚き半分納得している。思えば最初の時点で互いに特別な好意を与え合う
唯一の存在という要素は示されていたわけだし。それにしてもKASAさんはドSだなあ。
47.100名前が無い程度の能力削除
とにかく秘封が好きな者としては「二人が分かり合えて本当に良かった」ですね。
特に、最後の眼球キスは素晴らしいアイデアです。
アレでお話が完全に昇華したように感じました。
49.100名前が無い程度の能力削除
中盤の蓮子の悲嘆がダイレクトに伝わって恐ろしかった。
最後は救いがあって本当に良かった。

正誤表は先を越されました。感感俺俺、俺俺はありませんでしたが違和感を感じた等も修正した方がいいかもしれません。
こんなに素晴らしい作品なのですから、後世に残すくらいの気持ちで瑕瑾は直して貰えればと一読者の感想でした。
50.70名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃないぜっ、こういう話!

ただ蓮子の「同性とセックスしたことに対する嫌悪感」ってのはちょっと度が過ぎてるような気がしたんだぜ

ただのノンケは流石に吐いたりはしないんだぜ
しかも相手は親友ってんなら尚更不自然だぜ

別に言う必要ないけど、かく言う私もノンケなのに親友に迫られてしたことがあるんだぜ
そう悪くはなかった

つまり、この蓮子はノンケとかいうレベルじゃなくて、同性愛嫌悪者レベルだぜ…

ノンケを履き違え過ぎなんだぜ

女に抱かれたって親友ってんならそれなりに興奮するもんさね

なんていうか、うん。

違和感がぱないぜ!

こういう話は体験したことやそういう話を聞いてよく吟味してから晒すべきだね。
お姉さんとの約束だぞ!
51.100名前が無い程度の能力削除
確かに私が同性の友人に告白されたら蓮子みたいに、まず嫌悪感をいだくんだろうと想像しました。百合作品も読みますし、理屈の上では男どうしだろうが女どうしだろうが同性愛を差別するつもりはありませが、その対象が自分になると考えると作中の蓮子の感情も理解できてしまいます。
そもそも百合作品で主役となる二人が二人とも同性愛思考をもっていればその心理や行動は普通の男女の恋愛作品と大差ないものになってしまうと思います。都合よくその二人が同性愛思考をもっているのも現実ではなかなかないものですし。そういう意味ではこの作品は同性愛作品として非常に楽しめました。
53.無評価名前が無い程度の能力削除
KASAさんに一つだけ質問があります。

貴方は現実にこの様な問題に悩んでいる人たちに向かって
「あなた方のような関係をテーマにこのssを書きました」
と胸を張って紹介できますか?
54.無評価KASA削除
>>55

いや、とてもできませんね。
もし私が読み手を取得選択できるなら、そういう方々の目に触れないよう、隠すでしょう。
55.100名前が無い程度の能刀削除
大変な力作を受け止めた、けど読者として受け止めきれてるのか?といった感じです。
ストレートなので同性愛については想像or妄想するしか無いのですが、同性相手ならこの反応も普通なのかは判断
つかないです。
ただ、告白された際に外見含めて好みでない異性より魅力的な同性のほうがいいような気がしますね。
蓮子がどう感じたか、これが読み終わった後でも理解できたと言い難く、まだ頭がぐるぐるしてます。

危うい二人がどんな結末を迎えるのかについては文句無しに引き込まれました、他の作品も見に行ってみます。
57.90名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。いろいろ考えられさせますがいい終わり方だったんじゃないですかね。私は好きです。秘封倶楽部の絆の強さを感じ取れて。でも同性愛カップルとしては成立はしてないんでしょうねきっと。ssがメリー視点ではないので、この終わり方でメリーが本当に納得してくれているのか分からないのが歯がゆいです(そういった仕様なんでしょうけど)。

同性愛者の気持ちというのは分からないけれど、別に異性愛者だって考え方は人それぞれで違うんだから同性愛者だってそうなんでしょう。一つでくくるマネは決して出来ない。
そういった意味ではあくまでも「作中の秘封倶楽部はこういった考えの持ち主である」との前提で読む必要がありますね。デリケートなんて言ったら死ネタを扱うやつなんかなんていったらいいのか分からないし。文句をつける方は読んでから不快になってしまったようですし、タグに注意書きをつけておけば解決すると思いますよ。死ネタで同じような批判が出てしまった作品ありましたからね。物語の展開上隠さなければならないなら仕方ありませんがこのssはそうでもない。そういった作者独自の同性愛者に関しての設定がありますとタグ付け出来ますし。

メリーを振り回す蓮子の優柔不断っぷりが目につきますが自分が蓮子と同じ立場におかれたらどうなるのかと考えると批判は出来ないです。
私にはメリーの気持ちを想像出来ても理解することは出来ないし、蓮子の異能による孤独も体感することは出来ないし、ましてや問題に直面してズバっと決断出来るのかなんて。蓮子の意見がわがままなのは承知ですがそこも含めて未熟な人間なんでしょう。歪な関係がいつか壊れない事を願いつつ。

ですが作品に引き込まれたのは確かです。直面する問題が珍しい類ですけど、「秘封倶楽部の絆を問うss」として分類して読んでいいんですよね?
59.70名前が無い程度の能力削除
自分の同性愛のイメージは、
他人同士ならゲイでもレズでも好きにして下さい、という感じ。
自分が告白されたら多分嫌悪はしないだろうが、まずお断りするだろう。

見る分にはレズは特に問題ないが、ゲイはちょっと勘弁したい。
自分が男だからなのと、やっぱり男より女のほうが外見的に丸み・柔らかさがあるからかな。


まあでも、やっぱり、クスリはイカンね。
クスリに溺れていく発端って、やっぱり恋愛関係が原因ってのが多いのかなー、
と勝手に推測してみる。


こんな私ですが、作品は普通に楽しめました。
61.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品でした。
個人的には秘封ものの中でもベストクラスです。
69.100名前が無い程度の能力削除
同性でセクロスなんてできるわけねーだろ気持ち悪い。
ってのがノーマルな人の考え方。だから蓮子の反応は正常。
そうであっても、
メリーの為にそれを乗り越えようとするところにドラマがある訳で。
端的に申し上げて感動しました。よかったよ。
ホモ以外は801禁止なんて意見には耳を貸す必要は当然無い。
なら村上春樹だって同性描写は許されないって理窟になるし、勿論そのロジックはおかしい。
俺個人は百合薔薇大好きです。
71.100名前が無い程度の能力削除
ドキドキしました。あなたの秘封は至高。
73.100名前が無い程度の能力削除
エクセレント!もうそれしか言えない。
素晴らしい作品をありがとう。
74.100名前が無い程度の能力削除
どうしてこうなった…。デリカシーがないとかそういう次元じゃない。
余りにも自分勝手で卑怯で残酷にこれでもかとメリーを弄ぶ蓮子に吐きそうになりました。
とマジレスしちゃうほどハマって読んでしまったのは、作者なりの秘封愛が詰まっているからだと思う。
特に眼球キスの発想には蓮子が、ひいては作者が真剣に解決策を考えたことが如実に現れてると思う。
煮詰まった時ほどおかしなこと考える的な意味でw
この作品を読んでよかったし、これからもあなたの作品を読みたいと思っている俺がいる。GJ。
75.100名前が無い程度の能力削除
圧倒的な心理描写の巧みさと効果的な場面描写のお陰で
スルスルと読めました。
少し気になったのはノンケやビアンって言い方が同性愛の人達に
とって一般的なのかどうかかな。
いや実際なんて呼ぶのか知らないけど、同性愛の人達って自分たちを
そういう風にカテゴライズすることに抵抗あるんじゃないかと。
でもメリーが蓮子の為にあえて抵抗がある言葉でも使っていたのかな
と愛の深さを勝手に想像してみたり。

タイトルのセンスは...どうしてこんな発想が出来るのかw
テンプレートに凝り固まった頭しか持たない自分には妬ましい。

内容にちょっと生々しい表現があって、ギリギリかなぁと。
それが理由でこんな素晴らしいSSが叩かれでもしたら
悲しいし。
前のストレートな百合も良かったけど、今回のはその更に先のレベルへ
行ってる気がする。
最後に蓮子がクスリを再び使うかもって下りをあえて描いたことで
綺麗ごとじゃない深みのある作品に仕上ったのかな。
賛否あるだろうけど個人的にはそれが高評価をつけたくなった一番の
理由です。
76.100名前が無い程度の能力削除
KASAさんの秘宝への愛をひしひしと感じました。
77.無評価名前が無い程度の能力削除
いろんなコメントがあるけど真摯に表現しようとする気持ちがあるのなら
自重する必要はないと思う。
同性愛はデリケートな問題だけど、腫れ物に触るような扱いは逆に偏見を
助長するだけ。
ただデリケートな分、書く以上はどれだけ長くなりそうでも端折らず
必要なこと全てを書き切る覚悟で。
このSSはそういう意味でも過不足ない素晴らしい作品だったと思う。
78.40名前が無い程度の能力削除
好きなんだけど、その行為に吐き気がするほど(実際吐くほど)
気持ち悪いって極端だなーw
ぶっちゃけノンケでもそのうち慣れてくると思うよ。
特に容姿が優れた異性同士なら。
昔の小姓とか好き嫌い構わず掘られ続けてそれでも生きてたんだし。
まあ物語を面白くするためにそういう加工をしてるんだろうけど。
不必要までにビアンビアン連呼する部分とか。

それはさておき一つの作品として見て蓮子が物凄く不快。
最後二人は別れてメリーが誰かと仲良さそうに歩いてるのを蓮子が
眺めて涙してるようなENDでいいんじゃない?とか思うほど。
82.90名前が無い程度の能力削除
同性愛者の友人がいますが、「レズ」も「ビアン」も
呼称としては好きではないようです。
あと他の方と同じく、吐くほどの嫌悪感というのは行き過ぎかなぁと。

でも個人的にはとても面白く読ませて頂きました。
感情というものは、本人にもわからない・どうしようもない事もありますし
これもひとつの形だと思います。
また、蓮メリは老夫婦なイメージでしたが、いい意味でぶち壊されました。
この作品に出会えて良かったと思います。
83.90名前が無い程度の能力削除
途中、このあとの展開を考えて鬱になったりもしましたが、
結局杞憂に終わる結末となっていて、さっぱりした気分です。
改めて、二人の絆の強さに気付きました。

そしてタイトルですが、一番上のでも良かった気もしたのは秘密。
85.100名前が無い程度の能力削除
メリーが実家に旅立ったあたりから、
薬でビアンになった蓮子の元に帰って来たのは、薬でノンケ(むしろ同性愛嫌悪)になったメリーだった・・・
という悲惨なオチを想像してしまったので、二人が結ばれたときは本当になんというか・・感極まりました!

蓮子の拒否反応が極端過ぎると意見が出ていますね、蓮子が極度の同性愛嫌悪に陥るような伏線があればまた違ったのかも。
87.100名前が無い程度の能力削除
上の方が書きたかったことを全て書かれているw
メリーが実家に旅立ってから、ノンケになる薬を使い、ノンケになって戻ってくるのではと戦々恐々としておりましたが、杞憂に終わって良かった。

蓮子の拒否反応はちと過剰に思いました。慣れるものです、続けていると。始めはあったはずの嫌悪感も薄れていきます。個々で違うかとは思いますが。

蓮子はひどいなと思いましたが想い故なのだし、仕方ないですね。
メリーの強さには涙が出そうになりました。
読めて良かったと心から思います。ありがとうございました。
88.100名前が無い程度の能力削除
読んでよかった
89.100名前が無い程度の能力削除
あまりない感じの内容で面白かったです
90.100名前が無い程度の能力削除
この作品で同性愛者の方が良くも悪くも思ったり、そうでない方が嫌悪だったり愛好の思いを持つかもしれない。
そういうのは承知の上でもうとりあえず置いといて、
とにかくこの作品を読み終わって『はああぁー……』とため息が出るくらい心を揺さぶられた、という事を伝えたい。

「眼球キッス」というワードは『そうきたかァー!』と心の中で叫ぶほどビビッとワードでした。素晴らしい発想です。
91.100Rスキー削除
メリーの切なさと蓮子の切実さ加減、読んでいてまるで現実のことのようでした。
心理描写とセリフが凄い!
92.100陽のあたる丘削除
非常にこの作品に惹かれました。

薬の影響から立ち直るときのメリーの支えに感動しました。私は経験がないですが、薬から立ち直るときには家族の支えが一番大切といわれる、そのワンシーンを見せられた気がしました。

ホモセクシュアルについて扱っていただいたこともよかったです。私はノンケですが、私の大切な先生がホモセクシュアルだったので
そういう方を扱ったものがもっといろんな人たちの間ではなされればと思ったのです。

また私自身同性愛の友人に対して強い抵抗を抱いてしまったので、吐き気までは大げさでも、乗り越えるプロセスが大変でした。だから同性愛の友人との壁を乗り越えるSSがあってほしいと思いました。

もちろん、同性愛の方で不快な思いをされる方がいらっしゃるのは配慮が必要だと思います。ただKASAさんのSSに賛成です。
ただあまりお互いが言いたいこと言えないというのもさびしいもの、むしろ、ノンケのほうからも言いたいこと、書きたいことを書いて、同性愛の方の間で、これは同性愛の経験とは違う!と思うならこう変えてほしい!とか、リアルなSSを書いて、お互いのことを伝えあえばいいのだと思います。

お互いに気を使い縮こまってしまうより、これから出てくるであろう同性愛の人や、マイノリティの人たちと率直に話し合えるようなそんな場になれば素敵だなあと思いました。
94.100名前が無い程度の能力削除
自分語りになりますが
私、学生時代に親友に同性愛者として告白されたことがあります。
その時私は反射的に相手を突き飛ばしました。
普段は同性愛に対し「体質のようなもの」と思っていたし、その親友が同性愛者だということは知りませんでしたが親愛していました。
親友の告白に対し本能的に排斥感情と嫌悪感が生まれた自分に驚き、本当に恐ろしくなりました。
……で、そんな自分から見るとこの蓮子の拒否反応、全然過剰には見えません。というか感情移入してしまうほどです。
色々と見解はあると思いますが、自分としては
『こんな人間も本当にいるということを理解してもらいたい』ですかね。
とにかく、二人のすれ違い、話の展開が素晴らしかったです。
95.80名前が無い程度の能力削除
何というか…分かります。
何が分かるか分かりませんが、分かります。

未熟な蓮子視点だからこそこういう文になるんでしょうね。
氏の文章は好きなので、まだ書きたいことに書くことが追いついてないように思えるところもありますが、応援してます
96.100何か書きたいBlueMan削除
とても面白かったです。感動しました。

ここで終わるか、と思っても更に物語が進んでいくので、最後まで気が抜けず(いい意味で)に楽しむことができました。

また、感情描写などもとても上手で、どんどんと作品に引き込まれていきました。

同性愛については読後にいろいろと考えたのですが、自分では考えを纏めきることはできませんでした。
他の方々のコメントを拝見しても様々で、本当に難しいテーマなのだと思います。

ともあれ、今は
「この作品の蓮子とメリーが幸せになれたらいいなぁ」
と願う限りです。

こちらの作品を読んだ後で「メリーに首ったけ」も読ませていただきました。
読後にはどこかすごく安心していました。あちらも良い作品です。
97.100名前が無い程度の能力削除
さぁ深夜のグロ小説が始まるのか!と思ったらとても心が温まりました。
どうしてくれるw
99.100名前が無い程度の能力削除
終始ハラハラさせられました
王道なテーマを現実突き付けながらがっつり書ききった話は大好きです
いつも通り個人的に少し納得出来ないオチだけどそれがKASAさんクオリティなんだと思ってます
今回のタイトルは秀逸
100.100お嬢様・冥途蝶削除
注射針のような痛々しいお話!KASAさんはネタはアレだけど表現力抜群だよね~!
みんなのコメントの真剣さっ!でもレズとかはどうでもいいのよ!KASAさんの表現力
をもっと話題にするべきじゃないの!?私は大ファンになっちゃったわ!  お嬢様
>メリーの手料理が、便器に落ちていった
この表現のなんて鋭く絶望的なことでしょう。私はKASAさんは幻想郷のお話よりもサ
イケデリックな現代劇の方が切れ味があると思います。以前のお話もそうでしたがすばら
しい表現力でした。応援しております。                 冥途蝶
101.80名前が無い程度の能力削除
私が普通だとして、普通の男はホモなんて嫌悪の対象でしかありませんが、
ならば普通の女性はレズに対してどう感じているのか、
結構ベタベタしてるし、そんな嫌でも無いんじゃないか。
その疑問に一石を投じてくれた作品でした
この作品の場合は両極端だったから参考にはなりませんでしたが(笑)

ただ、このネタは東方でやる必要はなかったかなーと思ったのでこの点数。
コンプレックスを共通して持ってる二人が居ればなんでもいいよねこれ
108.100名前が無い程度の能力削除
幻想板の秘封スレでいつも二人のちゅっちゅを見てて、このSSのタイトルから「ああまたギャグちゅっちゅかw眼球ww」って思ったら
今まで読んできた秘封SSの中でも5本の指に入るくらいガチだった
そして面白かった。やっぱり恋愛っていいね
109.無評価名前が無い程度の能力削除
もっと色々感想書きたいけど何か書いていいかわからないというか
やっぱり恋愛っていいね、ってなんだそりゃって自分で思ったので。

このSSは自分にとって、今見ている百合の秘封倶楽部の過去として最高の物語で、
こういう事を乗り越えてきて今の二人の関係なんだな、とキャラを見るたびに思い出す作品になると思います
幻想板での二人のちゅっちゅもこの過去を越えてきていると思うとより好きになれそうです
この設定を借りて自分でも何か二人の物語を書いてみたいと思ったり
すごく浸れました。書いてくれてありがとうございました。
111.90名前が無い程度の能力削除
素晴らしいと思いますが
やはり最後の展開に納得がいかないのでこの点数で
112.80名前が無い程度の能力削除
もうやめて!と思いつつも、先の展開が気になって
読む手を止めることができませんでした。
117.100名前が無い程度の能力削除
いつ落下するかとはらはらしながら読み進めていたのですが、何とかハッピーエンドにたどり着いてくれたようでほっとしました
120.100名前が無い程度の能力削除
ここまで現実的に描いた秘封SSをいまかつて読んだ事があっただろうか?いや、ない!(反語)

現実にそういう方々の事を俺はよく知らないので本当にリアルかどうかはわかりませんが、かつてないほど深くつっこんだ作品でした。

だから、少々自分勝手過ぎる蓮子が逆に人間くさいというか、リアリティがあって良かったと俺は思います。

手に汗握る展開と(リアルかどうかはさておき)ここまで深くつっこんだ作者さんに敬意を表して。
121.100名前が無い程度の能力削除
そういった嗜好を持っていない自分からすると不自然な点はよくわかりませんが、先が気になって仕方がないグイグイ来る文章でした
面白かったです
122.100愚迂多良童子削除
前々からよくタイトルを耳にしていたので読んでみたけれど、やっぱり同性愛は
葛藤と共にあったほうがいいですねえ。

あつぼったいは布や紙が厚いと言う意味だったはず。
ってこれ、前も言った気がする。
127.80名前が無い程度の能力削除
何事もやってみるもんさ!
129.90名前が無い程度の能力削除
秘封でSSを書く上での問題がありありと出ていますね。
眠っている間ならキスしても云々あたりで終わりだと思い「いやあ面白いSSだった」と思ったのですが、スクロールバーがまだ大量に余っていてびっくり。もちろん、蛇足になっていない素晴らしいお話でした。
作品を書く上で(特にこういったテーマでは)ある方向に力を持ったベクトルみたいなものが空気を取り巻いているのが常ですが、それを壊さず犯さず損なわずを綺麗にまとめていると感じられました。そういった書き方に対する矜持を理解できていない人たちもいるようですが……(特に『私こそが』という人々が)。
131.70名前が無い程度の能力削除
面白かった!面白かったんだけど
KASAさんが男性か女性かわかりませんが
女性で吐くほど同性にキスすることに嫌悪を抱くのなら
それはその人が嫌いなんじゃ…と思ってしまいます
男性同士だと、その傾向の無い人はどんなに気の置けない親友だろうが嫌だという人は多いのでしょうが
女性だとそこまで心理バイアスが掛からないのでは?
私自身はそういった志向を持っていないと思っています
学生時代に同性から告白されたこともありますが、驚きはしても、嫌悪感は特に持ちませんでした
思春期の女の子なら、友情と愛情と独占欲がごっちゃになることはありがちですし
過度なスキンシップもよくあることです
もちろん、作品内の蓮子の人格形成上の独自設定で、厳格なキリスト教やユダヤ教の家庭で育ったか、性に恐怖や嫌悪を感じる経験(相手の性別に関わらずこれがあると、性的な対象にされることに恐怖を抱くようになることがある)があったなどの条件があるなら別ですが
特に説明が無いので、そこにものすごく違和感を感じます。何せホモフォビア並みの反応ですので
それを何とかする「薬」の存在もまた同様で、性的な志向が(嗜好ではなく)薬物で変更可能という設定には首をひねってしまいます
それが開発されるとしたら、利用目的は性犯罪者の更正でしょうね
リアリティという意味では「ねーわw」としか感じませんでした
134.100名前が無い程度の能力削除
私なら今まで親友だと思っていた同性にいきなり告白されたら嫌悪感を露にします
身体を求められたら吐くかもしれません

でも人の心は千差万別なんですよね
どの様に思うかは人による不思議
137.90名前が無い程度の能力削除
まさかのシリアス… タイトルから極甘かと思って避けてたけど、そう来たか……面白かったです。
140.100非現実世界に棲む者削除
素晴らしく甘い蓮メリごちそうさまでした!
141.100名前が無い程度の能力削除
ビアンとノンケがゲシュタルト崩壊
ノンケと聞くと某漫画が思い出されて集中できなかった...
143.90名前が無い程度の能力削除
恐らく難しいテーマだったでしょう。
しかしそれを秘封の二人にうまく沿わせていると感じました。
確かにオチは少し薄い気はしましたが、それ以外は適度な甘さと苦さで非常に良かったです。
146.100名前が無い程度の能力削除
私はバイセクシャルの男です。女性の同性愛者についてはわかりませんが、好みじゃない、バイに目覚める前だった私の、ゲイの男性に対する私の反応は蓮子そのものです。その点すごくリアルだったなぁと。(共感したの俺だけ?)
私は「常識(感情)」と「少し人とは違う友情、絆」の板挟みになった蓮子の物語だと読みました。
147.100名前が無い程度の能力削除
メリーに薬の服用(?)が知られてしまう場面では、蓮子に同情してしまって思わず読むのをいったんやめてしまいました。
素晴らしい作品でした。
149.100Yuya削除
眼球キッスはセンスねえわ……理解できない。でもまあ2人だけの特別なことだし理解出来なくていいとも思う。
薬使う描写とメリーに対する蓮子の思いの生々しさが最高でした。読みたくないけど読みたい。そんな感じ
151.100名前が無い程度の能力削除
東方から離れていてもKASAさんの作品を読み返す度、東方クラスタにもどってしまう…。
自分の中でこのSSは殿堂入りというか偉大で、何回も読み返してしまっています。
ふわふわしたご都合主義的百合から一歩踏みこみ、葛藤を見事に描き切った作品だと思います。互いのズレを抱えながらも絆を深めていく二人が丁寧に描かれていて素敵だと思います。理想の秘封です。
152.90名前が無い程度の能力削除
あまり見ない感じのSSで面白かった