タイトルに意味はありません。
前作・命蓮寺爆風伝を読んでから読んでいただければ幸いです。
がくがくと震えながら四つの小さな瞳が聖を見つめる。
「星、ナズーリン」
びくっと二人が身を竦める。
聖はそんな二人を怯えさせないよう、僅かに体を屈め、ゆっくりと一歩を踏み出した。
次の瞬間、弾かれたようにナズーリンが押入れの中から飛び出した。
まるで疾風。しゅぱんと聖の横をすり抜けようと試みる。
が、そこはそれ。聖白蓮は緩やかに、しかし無駄の無い動きでふわりとナズーリンを抱き上げた。
「ナズーリン。何故逃げるのですか?」
短い手足をわたわたさせて、おぶおぶと顔を振る小さくなってしまった賢将に、聖は優しく微笑みかける。
――押入れに、背を向けて。
それはそうだ。聖白蓮ならば、ロリの一人や二人捕縛する事などなんの苦労も無い。
そう。逃げるロリであるのならば。
「がおぉぉぉーーー!!」
「なむんっ!?」
突如として聖の全身に稲妻が走った。
聖人の御不浄の菊より全身を駆け抜けていった衝撃に、思わず聖の目が見開かれる。
「くらえ! “しょうさまけん”ひっさつ! あぶそりゅ~とじゃすてぃす!!」
グリッと捻られた柄杓。
アナ……御不浄の菊を焼く痛みに思わず腕が、全身がわなわなと震える。
――脱力。
「なずーりん! にげるよ!!」
「だー!」
聖の手から逃れたナズーリンの手を握り、でででででっと走り抜けて行く。
――聖白蓮は聖人である。
行く先々でありがたがられ、手を合わされることはあった。
死の間際に許しを乞われた事もあった。
長く生きてきた。それこそ、とても長く。しかしその中で、御不浄の菊を強襲されたことなぞ未だかつてなかったのだ。
だらりと垂れた聖の手。僅かな硬直。
そして、次の瞬間。
聖の体が弾けたように、飛んだ。
廊下を走り、右へ左へと走る星とナズーリン。逃げろや逃げろ。鬼が来る。
ぴょいんと中庭へと飛び降りた二人の目の前に。
静かに佇む“絶望”がいた。
「――ふぅぅ……ふふふ……星。覚悟はできてますね……?」
怒っておられる。これ以上無いほどに聖は怒っていた。
ぺたんとその場に尻餅を着いてしまったナズーリンの前に立ち震えながら“しょうさまけん”を構える。
「や、やるきかー!? このっ、“しょうさまけん”でやっつけ」
一瞬星を襲った疾風。気がつくと、いつの間にかしょうさまけんが無くなっているではないか。
「ふえ!?」
「柄杓は村紗に返しますね?」
ニコリと笑う聖の手にはしょうさまけん。
一瞬取り返そうとする星だったが。
こぉぉぉぉ、と聖から湧き出る正体不明の気配に虎の本能は警鐘を鳴らす。
いかん! このままじゃ危ない危ない危ない……!
じゃり、と聖が一歩前に踏み出す。
じり、と星は一歩下がりそして、ナズーリンの存在を思い出した。
(わたしは、おうさま。おうさまは、なかまをまもる)
ぐっと拳を握り、キッと聖を睨みつける。
聖の顔が今までに無いほど素敵な笑顔になった。
――笑顔とは、本来攻撃的なモノである。
敵を前に、笑みを浮かべる事で敵に恐怖を抱かせる、攻撃の意識の表れであるとも取れるのだ。
普段の聖の笑顔は慈母の浮かべる優しい微笑み。だが、今のその笑みは違う。
三日月のように歪んだ口は、まるで獅子が牙を剥くが如く。
ごきゅりと星の喉がなった。
怖い。おしっこがもれてしまいそうだ。
「……か、かかってこいがおー!!」
「喝っ!!」
轟音と共に振るわれた震脚。
大地は振るえ、大気は戦慄き、思わず鳥たちは飛び立ち、中庭が震脚によって凹む。
ぼわっと尻尾を膨らませた後、ぺたんとそのまま尻餅を着く星。
あまりの恐怖にナズーリンは耳を押さえたまま硬直している。
相変わらず“こぉぉぉぉ”とオーラを放つ聖。
絶対に赦されない。
ナズーリンのミニマムな脳がそれを把握した瞬間、ナズーリンのお股から溢れちゃいけない何かがあふれ出ていた。
星は考える。何故こうなってしまったのか。
目が覚めて、ナズーリンに会って、この幻想郷を征服する約束をして。
お腹がすいたからご飯を食べに行ったら、村紗が生意気にもカッコイイ武器を持っていたから有効活用してやろうと思っただけなのに。
……泣かせてしまったのは、ちょっと可愛そうだったけれど。
でもでも。
じゃり、と聖がもう一歩前に出る。
「はい、ストップ」
そこに水を差したのは、此処に本来やってくるはずの無い人物。
「……何の御用ですか? 八坂様」
八坂神奈子であった。
――――――――――――――――――――――――――
「ふう。座らせてもらうよ」
ぎしり、と畳に腰を下ろし、八坂神奈子はごきりと首を鳴らした。
「……それで、なんの御用ですか?」
にっこりと笑顔を取り繕うも、神奈子の目から見れば平静でない事がバレバレである。
だが、神奈子はそれを意に介さず、聖にも座るように促した。
――他人の家でも遠慮はしない。これぞ八坂神奈子の特技・ゴッド無礼講。
「そちゃですが、どーぞだもん」
「ああ、すまないね」
一輪が、来客用の湯のみを持ってくる。
一先ず話を始める前に神奈子はずずっとそれを啜った。
……冷たい。むしろお茶じゃない。水だった。
ちらりと神奈子が一輪のほうを見やると、期待に目を輝かせているではないか。
「……旨い。流石聖殿のお弟子さんだな」
そういってくしくしと頭を撫でてやると、ぎゅっとピンク色のあみぐるみを抱きしめながらピスピスと鼻息を荒くする一輪。
「すごいもん! ほめられたもん! いちりんすごいもん!」
小声であみぐるみに語りかける一輪を見てこう、ムズムズとこみ上げる何かを咳払いで押さえつけ、聖のほうへ向き直った。
「――さて。本題だが」
口を開いて直ぐ、神奈子は静かに頭を下げる。
これに面食らったのは聖のほうだった。
「あの、八坂様。頭を上げてください」
「いや、すまない事をした。彼女らがこうなってしまったのはウチの者の責任なんだ」
ゆっくりと頭を上げる神奈子は、静かに事の発端を話し始めた――
東風谷早苗は現人神である。
決して起こる筈の無い事象を起こす力を持った奇跡の人。
彼女の力は凄まじく、正に神の御業を持って世の人々に奇跡をもたらすスーパー巫女だ。
そんな彼女には心配事があった。
信仰と言う物を求めてやって来た幻想郷。順風満帆な布教活動のはずだったが、暗雲が立ち込めてきたのはつい先ごろ。
ド偉い上に優しく美人でダイナマイトボディの尼さんがやって来てしまった。
曰く彼女の姿絵は飛ぶように売れ、週に一回開かれる法話はわかり易いだけでなく、とても面白い。
そんなライバルが出来てしまったのだ。気が気ではない。
二柱は気にすることは無いと笑っていたが、責任感に溢れる早苗としては、それを看過するわけにはいかない。
――考えた。考えた。考え抜いた末に倒れてしまった。
うんうんと魘されながら、ふと、思ってしまう。
あのお寺が、大変なことになれば。
きっと布教どころじゃなくなるはず。
そうすればきっと。また信仰が増すはず。
――そうすれば、きっと。二柱といつまでも笑って暮らせるはず。
それは強すぎる思いになり。
『ぶえっくしょいスウィーーッッ!!』
くしゃみと一緒に暴発してしまった。
「八坂様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「答えられる事ならなんでも答えよう。八坂の名に誓って」
「……あの、彼女達は元に」
「うぁぁぁぁん! すわこのばか! ぶさいこ!!」
「~~~~~!!」
襖を蹴破り、涙目の星と、下にかぼちゃぱんつしか履いていないナズーリンが神奈子と聖の間を駆け抜ける。
どたどた走り抜ける二人によって神奈子に出された湯飲みが派手に転がった。
「こらっ! 待ちなさいって! 意地悪なんてしないから!」
更にその後ろを追跡するのは土着神の頂点・ミシャグジさまこと洩矢諏訪子。
足元に転がる湯飲みに気づかぬままの彼女を当然のように襲うのは転がった湯飲み。
「びゃああああ!?」
これ以上無い程、豪快にすっ転ぶ諏訪子は一回転、二回転。
受身も取れずに天井を仰ぎ、その痛みに悶絶する。
「ぐ、ぐぬぬ……! な、なんて逃げ足の速い……!」
てろーっと出た鼻血を拭い、再び二人を追いかける為、諏訪子はびよんと飛び跳ねた。
突然のことにびっくりして硬直している一輪の頭を優しく撫でた後、聖は静かに口を開く。
「襖を戻すの、手伝っていただけますね?」
「はい」
神に拒否権などない。
――――――――――――――――――――――――――
聖の部屋に場所を換え、静かに二人は話を続けていた。
「そう、ですか。元に戻す方法が……わからないと」
「ああ。早苗自身、暴走した末に起こしてしまった奇跡だから、今の所お手上げらしい」
方ややや豪快な、方やどこか艶やかなため息が同時に零れる。
つい先ほど、聖が入れたお茶を同時に一口。
「……本当にすまない事をしたと思っている。あれの保護者として、心より――」
「そんな。お止しください。此度の件、八坂様も東風谷さんも悪くありません」
少し前からずっとこんな感じである。
それにしても、妙なところで義理堅い神だ。
そして、再びの間。
現状はほぼ手詰まりに近い。
そんな折、トントンと聖の部屋の戸を誰かがノックする。
「神奈子様……聖様」
「ああ、なんだ早苗」
失礼します、と静かに戸を開け、早苗が顔を出した。
「――あの、実は」
「……ひじりぃ……」
おず、と早苗の陰から顔を出したのは村紗。
何か大切な話をしている事は理解していたようだが、聖に会いたくてべそをかいていたらしい。
そこを早苗に見つけられ、連れてこられたようだった。
「……そう、ですね。少し、一息入れましょうか」
聖が優しく微笑むと、釣られたように村紗ははにかむ。
「……かわいいなぁ」
思わず神奈子の頬も緩んでしまった瞬間だった。
「お昼は何に……えっと、まさか精進料理、ですか?」
早苗の問いかけに、聖はにっこりと微笑む。
それを聞いた村紗の、ほんの少し残念そうな顔を早苗は見逃さなかった。
「あの。一つお願いがあるんです。今日のお昼なんですが――」
命蓮寺の一角。柄杓を取られ、戦力が激減した最強無敵団は雌伏の時を迎えることとなる。
“しょうさまけん”を奪われた星、そしてお漏らしによって履き慣れたおぱんつから年代物のかぼちゃぱんつに替えられたナズーリン。
今攻められれば亡国の憂き目に会うのは必定。故に、彼女達は慎重になる。
すでに占領されたアジトに戻り、兵糧であるお煎餅を回収し、物置という第三国に亡命政府を樹立するに至った。
ばりばりとお煎餅を貪り、隙を伺うほか無い。
「……すわこ、ぶさいこ……!」
ナズーリンの怒りがふつふつと蘇る。
お漏らしなんてしていない。あれはお股にだけ一杯汗が出ただけなのだ。
だというのにあの極悪妖怪は自分を捕らえ、あまつさえぺろんとおぱんつを脱がしたのだ。
万死に値する。
「とにかく、おなかいっぱいになって、こんどこそげんそーきょーをせいふくするぞ!」
「だー!」
潜伏している彼女達の耳に、憎き敵の声が飛び込んできた。
さっと星が人差し指を立て“静かに”とジェスチャーを送る。
ここで見つかれば、亡国は間違いない。
「星? ナズーリン? どこですか?」
恐怖の記憶が蘇る。あの時の聖は本当に怖かった。
今度捕まれば、きっと今日のお夕飯にされてしまう。
二人はごくりと息を呑む。
――さて。困ってしまったのは聖だ。
客人が折角昼食を作ってくれているというのに、二人が見つからなければその昼食も冷めてしまう。
きょろきょろと周りを見回し、二人の痕跡を探すも、影は無し。
「聖様。あの二人は見つかりましたか?」
とたとたと聖のもとに、エプロン姿の早苗が駆け寄る。
が、聖の顔を見て苦笑するしかできない。
「本当に、申し訳ありません。私の不徳のせいで」
「そ、そんな! そ、そうだ。聖様、ここは私に任せてください」
空気が重くなりそうなのを察知して、早苗はすかさずフォローをしつつ、どんと自らの胸を叩く。
未だ成長を続けるミラクルフルーツがぷるっと揺れた。
「……こほん。でわでわ……」
すぅっと大きく息を吸い、一つ、間を置いて。
「わーっはっはっはー!! 私は悪い巫女だー! 聖白蓮をやっつけちゃうぞー!!」
良く通る声。廊下を駆け抜けて命蓮寺に響き渡る。
と、同時に物置から僅かに聞こえる物音。
少しして、どたどたと聞こえてくる二つの足音。
「だめー!」
「ねえさんからはなれるもん!!」
泣きながら早苗の足に飛びつく村紗と、あみぐるみを抱きしめながら早苗の裾を引っぱる一輪。
「わーっはっはー! お前達なんかへっちゃらだぞー! ガオー!」
「あ、あの、東風谷さん?」
困惑する聖にウインクを一つ。
ひょいひょいっと足元の二人を抱え上げる。
「さーて、この一輪と村紗はどうしちゃおうかなー? そうだ! 聖を頭からパクッと食べた後に私の子分にしちゃおう!」
「ひじりをたべちゃだめー! うぇぇぇぇん!!」
「おまえなんかのこぶんにならないもん!! おまえなんか……おまえ、なんか……うぇっ、うぇぇっ……!」
泣き出してしまった二人に、おろおろする聖にゆっくりと早苗は近づいていく。
「ふぅっふっふ……た~べ~ちゃ~う~ぞ~!!」
早苗の顔が、聖の顔に近づいていく。
その刹那。物置の戸が開け放たれた。
「がおぉぉぉーーー!!」
金色の弾丸と化した星が、早苗の腰に飛びつく。
「っっ! みんなを、はなせ! このっ! わるもの!!」
子供の攻撃とはいえ、早苗の細い体には結構響く。
げふっとか、ウッ、とか呻きながら、早苗は丁寧に一輪たちを降ろした。
「……ごしゅじん!」
ナズーリンが早苗の足に飛びつく。
少しでも時間を稼ぐ為に。参謀としては下策と言わざるを得ない。
「ひじりといっしょににげて!」
ぽかぽかと早苗の胸を叩きながら、星は叫ぶ。
聖が勝てないような悪者相手に、自分が勝てるとは思えない。
けれど。
「ふ、ふっふっふ! お、ゲフッ!? お前の攻撃なんか効かないぞ! 寅丸星!! げっ」
けれど。星も。ナズーリンも。
「うるさいうるさい! ひじりをやっつけようとしたり、いちりんたちをなかせたりするおまえなんかにまけないぞ!」
「はやく! にげて!」
――皆のことが、なんだかんだで大好きなのだ。
だが。
早苗はべりっと星を引っぺがし、ナズーリンを抱え上げて邪悪な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ! 皆に意地悪するお前達の攻撃なんて、私には効かないぞ! おまえも子分にしてやる!」
ナズーリンは絶望していた。
彼我の戦力差は圧倒的だと言うことぐらいわかっていた。
けれど。けれど。
時間を稼ぐくらいはできると思っていた。
――意地悪をして、村紗を泣かせてしまったお詫びに。皆を逃がす時間ぐらいは何とかなると。
『ごしゅじんがあいつをたたく。なじゅはあいつのあしにとびついて、うごきをとめる』
情けない。自分は天才参謀だと思っていたのに。
ぎゅっと唇を結ぶ。涙が零れそうだった。
「まけない! わだじはみんなをまもるんだ!!」
星は涙を浮かべながら、それでも早苗に立ち向かう。
「寅丸星! ナズーリン!」
廊下の向こうから、響いてくるのは凛とした声。
視線が、そちらに集まる。
「へ? ……げ、げぇっ!? お、お前は正義の神様・ヤサカーン!」
呆然とする早苗の目に映るのはみかんの空き箱を身に纏い、バケツみたいな帽子で顔を隠した謎の神。
神は腕を組み、星に向かって語りかける。
「お前が、真に仲間を思い、仲間を守りたいと思うのならば! 聖と村紗に――ごめんなさいをするんだ!!」
一瞬、キョトンとする子供達。
はっと慌てたように早苗が口を開く。
「し、しまった! 私はいい子に攻撃されるとやられてしまうんだ!!」
それを聞いた星とナズーリンは、ぎゅうっと手を握る。
本当は。
ずっと罪悪感があった。本当は、謝りたかった。
けれど。“謝る”ことはなんだかかっこ悪いような気がして。
結局、謝ることは出来なかった。
でも。でも今ならば。皆を守る為にも。そして、心の底から言える。
「「ひじり! むらさ! ごめんなさい!!」」
ぽろっと零れた涙。それを聞き、早苗はにっこりと微笑んだ後、二人を丁寧に降ろす。
「う、うわぁぁ! い、いい子のぱわーが……やられたー!!」
大げさに苦しみながら、くるくると回って廊下の隅っこに倒れる早苗に目もくれず、子供たちが聖に飛びつく。
「うえぇぇぇん! ひじりー!!」
一番初めに、聖を守る為に早苗に飛びついた村紗。
「うぇぇぇぇん!! ねえさん! ごわがっだもーーん!!」
恐怖に震えながらも、聖のために勇気を振り絞った一輪。
「ごべんなざいー!! うぁぁぁぁん!!」
「ごめんなじゃいー! ふぇぇぇぇん!!」
皆を守ろうと、必死の覚悟で立ち向かった星とナズーリン。
四人を抱きしめながら、聖の瞳からも涙が零れる。
「ええ。ええ。皆……よく頑張りましたね……」
聖は涙を零しながら思う。
この子達は、小さくなってしまっても。
やはり、自分の大切な家族なのだと。
「いよう大根役者」
くししと意地の悪い笑みを浮かべる諏訪子の脇を通り抜け、おもむろにみかん箱を脱ぎ捨てる。
「しかし。神奈子があんな事進んでやるとは思わなかったわ」
「……早苗だけじゃ、見てられなかったからな」
「ふーん」
興味なさげに諏訪子は鼻の頭を軽く掻き、神奈子の肩をポンと叩いた。
「帽子、返すの後ででいいよ」
神奈子は答えない。
諏訪子もそれ以上は何も言わない。
涙もろいくせにプライドが高く、泣き顔を見られるなら死ぬとか言い出す神が相手だ。
そこら辺を弁えているが故に、彼女と神奈子は長い間上手く言っているのだろう。
「ま、後からゆっくり来なよ。あんまり遅いと神奈子の分も食べちゃうけど」
そう言って諏訪子はペろりと舌を出し、ぴょんと部屋から出て行った。
前作・命蓮寺爆風伝を読んでから読んでいただければ幸いです。
がくがくと震えながら四つの小さな瞳が聖を見つめる。
「星、ナズーリン」
びくっと二人が身を竦める。
聖はそんな二人を怯えさせないよう、僅かに体を屈め、ゆっくりと一歩を踏み出した。
次の瞬間、弾かれたようにナズーリンが押入れの中から飛び出した。
まるで疾風。しゅぱんと聖の横をすり抜けようと試みる。
が、そこはそれ。聖白蓮は緩やかに、しかし無駄の無い動きでふわりとナズーリンを抱き上げた。
「ナズーリン。何故逃げるのですか?」
短い手足をわたわたさせて、おぶおぶと顔を振る小さくなってしまった賢将に、聖は優しく微笑みかける。
――押入れに、背を向けて。
それはそうだ。聖白蓮ならば、ロリの一人や二人捕縛する事などなんの苦労も無い。
そう。逃げるロリであるのならば。
「がおぉぉぉーーー!!」
「なむんっ!?」
突如として聖の全身に稲妻が走った。
聖人の御不浄の菊より全身を駆け抜けていった衝撃に、思わず聖の目が見開かれる。
「くらえ! “しょうさまけん”ひっさつ! あぶそりゅ~とじゃすてぃす!!」
グリッと捻られた柄杓。
アナ……御不浄の菊を焼く痛みに思わず腕が、全身がわなわなと震える。
――脱力。
「なずーりん! にげるよ!!」
「だー!」
聖の手から逃れたナズーリンの手を握り、でででででっと走り抜けて行く。
――聖白蓮は聖人である。
行く先々でありがたがられ、手を合わされることはあった。
死の間際に許しを乞われた事もあった。
長く生きてきた。それこそ、とても長く。しかしその中で、御不浄の菊を強襲されたことなぞ未だかつてなかったのだ。
だらりと垂れた聖の手。僅かな硬直。
そして、次の瞬間。
聖の体が弾けたように、飛んだ。
廊下を走り、右へ左へと走る星とナズーリン。逃げろや逃げろ。鬼が来る。
ぴょいんと中庭へと飛び降りた二人の目の前に。
静かに佇む“絶望”がいた。
「――ふぅぅ……ふふふ……星。覚悟はできてますね……?」
怒っておられる。これ以上無いほどに聖は怒っていた。
ぺたんとその場に尻餅を着いてしまったナズーリンの前に立ち震えながら“しょうさまけん”を構える。
「や、やるきかー!? このっ、“しょうさまけん”でやっつけ」
一瞬星を襲った疾風。気がつくと、いつの間にかしょうさまけんが無くなっているではないか。
「ふえ!?」
「柄杓は村紗に返しますね?」
ニコリと笑う聖の手にはしょうさまけん。
一瞬取り返そうとする星だったが。
こぉぉぉぉ、と聖から湧き出る正体不明の気配に虎の本能は警鐘を鳴らす。
いかん! このままじゃ危ない危ない危ない……!
じゃり、と聖が一歩前に踏み出す。
じり、と星は一歩下がりそして、ナズーリンの存在を思い出した。
(わたしは、おうさま。おうさまは、なかまをまもる)
ぐっと拳を握り、キッと聖を睨みつける。
聖の顔が今までに無いほど素敵な笑顔になった。
――笑顔とは、本来攻撃的なモノである。
敵を前に、笑みを浮かべる事で敵に恐怖を抱かせる、攻撃の意識の表れであるとも取れるのだ。
普段の聖の笑顔は慈母の浮かべる優しい微笑み。だが、今のその笑みは違う。
三日月のように歪んだ口は、まるで獅子が牙を剥くが如く。
ごきゅりと星の喉がなった。
怖い。おしっこがもれてしまいそうだ。
「……か、かかってこいがおー!!」
「喝っ!!」
轟音と共に振るわれた震脚。
大地は振るえ、大気は戦慄き、思わず鳥たちは飛び立ち、中庭が震脚によって凹む。
ぼわっと尻尾を膨らませた後、ぺたんとそのまま尻餅を着く星。
あまりの恐怖にナズーリンは耳を押さえたまま硬直している。
相変わらず“こぉぉぉぉ”とオーラを放つ聖。
絶対に赦されない。
ナズーリンのミニマムな脳がそれを把握した瞬間、ナズーリンのお股から溢れちゃいけない何かがあふれ出ていた。
星は考える。何故こうなってしまったのか。
目が覚めて、ナズーリンに会って、この幻想郷を征服する約束をして。
お腹がすいたからご飯を食べに行ったら、村紗が生意気にもカッコイイ武器を持っていたから有効活用してやろうと思っただけなのに。
……泣かせてしまったのは、ちょっと可愛そうだったけれど。
でもでも。
じゃり、と聖がもう一歩前に出る。
「はい、ストップ」
そこに水を差したのは、此処に本来やってくるはずの無い人物。
「……何の御用ですか? 八坂様」
八坂神奈子であった。
――――――――――――――――――――――――――
「ふう。座らせてもらうよ」
ぎしり、と畳に腰を下ろし、八坂神奈子はごきりと首を鳴らした。
「……それで、なんの御用ですか?」
にっこりと笑顔を取り繕うも、神奈子の目から見れば平静でない事がバレバレである。
だが、神奈子はそれを意に介さず、聖にも座るように促した。
――他人の家でも遠慮はしない。これぞ八坂神奈子の特技・ゴッド無礼講。
「そちゃですが、どーぞだもん」
「ああ、すまないね」
一輪が、来客用の湯のみを持ってくる。
一先ず話を始める前に神奈子はずずっとそれを啜った。
……冷たい。むしろお茶じゃない。水だった。
ちらりと神奈子が一輪のほうを見やると、期待に目を輝かせているではないか。
「……旨い。流石聖殿のお弟子さんだな」
そういってくしくしと頭を撫でてやると、ぎゅっとピンク色のあみぐるみを抱きしめながらピスピスと鼻息を荒くする一輪。
「すごいもん! ほめられたもん! いちりんすごいもん!」
小声であみぐるみに語りかける一輪を見てこう、ムズムズとこみ上げる何かを咳払いで押さえつけ、聖のほうへ向き直った。
「――さて。本題だが」
口を開いて直ぐ、神奈子は静かに頭を下げる。
これに面食らったのは聖のほうだった。
「あの、八坂様。頭を上げてください」
「いや、すまない事をした。彼女らがこうなってしまったのはウチの者の責任なんだ」
ゆっくりと頭を上げる神奈子は、静かに事の発端を話し始めた――
東風谷早苗は現人神である。
決して起こる筈の無い事象を起こす力を持った奇跡の人。
彼女の力は凄まじく、正に神の御業を持って世の人々に奇跡をもたらすスーパー巫女だ。
そんな彼女には心配事があった。
信仰と言う物を求めてやって来た幻想郷。順風満帆な布教活動のはずだったが、暗雲が立ち込めてきたのはつい先ごろ。
ド偉い上に優しく美人でダイナマイトボディの尼さんがやって来てしまった。
曰く彼女の姿絵は飛ぶように売れ、週に一回開かれる法話はわかり易いだけでなく、とても面白い。
そんなライバルが出来てしまったのだ。気が気ではない。
二柱は気にすることは無いと笑っていたが、責任感に溢れる早苗としては、それを看過するわけにはいかない。
――考えた。考えた。考え抜いた末に倒れてしまった。
うんうんと魘されながら、ふと、思ってしまう。
あのお寺が、大変なことになれば。
きっと布教どころじゃなくなるはず。
そうすればきっと。また信仰が増すはず。
――そうすれば、きっと。二柱といつまでも笑って暮らせるはず。
それは強すぎる思いになり。
『ぶえっくしょいスウィーーッッ!!』
くしゃみと一緒に暴発してしまった。
「八坂様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「答えられる事ならなんでも答えよう。八坂の名に誓って」
「……あの、彼女達は元に」
「うぁぁぁぁん! すわこのばか! ぶさいこ!!」
「~~~~~!!」
襖を蹴破り、涙目の星と、下にかぼちゃぱんつしか履いていないナズーリンが神奈子と聖の間を駆け抜ける。
どたどた走り抜ける二人によって神奈子に出された湯飲みが派手に転がった。
「こらっ! 待ちなさいって! 意地悪なんてしないから!」
更にその後ろを追跡するのは土着神の頂点・ミシャグジさまこと洩矢諏訪子。
足元に転がる湯飲みに気づかぬままの彼女を当然のように襲うのは転がった湯飲み。
「びゃああああ!?」
これ以上無い程、豪快にすっ転ぶ諏訪子は一回転、二回転。
受身も取れずに天井を仰ぎ、その痛みに悶絶する。
「ぐ、ぐぬぬ……! な、なんて逃げ足の速い……!」
てろーっと出た鼻血を拭い、再び二人を追いかける為、諏訪子はびよんと飛び跳ねた。
突然のことにびっくりして硬直している一輪の頭を優しく撫でた後、聖は静かに口を開く。
「襖を戻すの、手伝っていただけますね?」
「はい」
神に拒否権などない。
――――――――――――――――――――――――――
聖の部屋に場所を換え、静かに二人は話を続けていた。
「そう、ですか。元に戻す方法が……わからないと」
「ああ。早苗自身、暴走した末に起こしてしまった奇跡だから、今の所お手上げらしい」
方ややや豪快な、方やどこか艶やかなため息が同時に零れる。
つい先ほど、聖が入れたお茶を同時に一口。
「……本当にすまない事をしたと思っている。あれの保護者として、心より――」
「そんな。お止しください。此度の件、八坂様も東風谷さんも悪くありません」
少し前からずっとこんな感じである。
それにしても、妙なところで義理堅い神だ。
そして、再びの間。
現状はほぼ手詰まりに近い。
そんな折、トントンと聖の部屋の戸を誰かがノックする。
「神奈子様……聖様」
「ああ、なんだ早苗」
失礼します、と静かに戸を開け、早苗が顔を出した。
「――あの、実は」
「……ひじりぃ……」
おず、と早苗の陰から顔を出したのは村紗。
何か大切な話をしている事は理解していたようだが、聖に会いたくてべそをかいていたらしい。
そこを早苗に見つけられ、連れてこられたようだった。
「……そう、ですね。少し、一息入れましょうか」
聖が優しく微笑むと、釣られたように村紗ははにかむ。
「……かわいいなぁ」
思わず神奈子の頬も緩んでしまった瞬間だった。
「お昼は何に……えっと、まさか精進料理、ですか?」
早苗の問いかけに、聖はにっこりと微笑む。
それを聞いた村紗の、ほんの少し残念そうな顔を早苗は見逃さなかった。
「あの。一つお願いがあるんです。今日のお昼なんですが――」
命蓮寺の一角。柄杓を取られ、戦力が激減した最強無敵団は雌伏の時を迎えることとなる。
“しょうさまけん”を奪われた星、そしてお漏らしによって履き慣れたおぱんつから年代物のかぼちゃぱんつに替えられたナズーリン。
今攻められれば亡国の憂き目に会うのは必定。故に、彼女達は慎重になる。
すでに占領されたアジトに戻り、兵糧であるお煎餅を回収し、物置という第三国に亡命政府を樹立するに至った。
ばりばりとお煎餅を貪り、隙を伺うほか無い。
「……すわこ、ぶさいこ……!」
ナズーリンの怒りがふつふつと蘇る。
お漏らしなんてしていない。あれはお股にだけ一杯汗が出ただけなのだ。
だというのにあの極悪妖怪は自分を捕らえ、あまつさえぺろんとおぱんつを脱がしたのだ。
万死に値する。
「とにかく、おなかいっぱいになって、こんどこそげんそーきょーをせいふくするぞ!」
「だー!」
潜伏している彼女達の耳に、憎き敵の声が飛び込んできた。
さっと星が人差し指を立て“静かに”とジェスチャーを送る。
ここで見つかれば、亡国は間違いない。
「星? ナズーリン? どこですか?」
恐怖の記憶が蘇る。あの時の聖は本当に怖かった。
今度捕まれば、きっと今日のお夕飯にされてしまう。
二人はごくりと息を呑む。
――さて。困ってしまったのは聖だ。
客人が折角昼食を作ってくれているというのに、二人が見つからなければその昼食も冷めてしまう。
きょろきょろと周りを見回し、二人の痕跡を探すも、影は無し。
「聖様。あの二人は見つかりましたか?」
とたとたと聖のもとに、エプロン姿の早苗が駆け寄る。
が、聖の顔を見て苦笑するしかできない。
「本当に、申し訳ありません。私の不徳のせいで」
「そ、そんな! そ、そうだ。聖様、ここは私に任せてください」
空気が重くなりそうなのを察知して、早苗はすかさずフォローをしつつ、どんと自らの胸を叩く。
未だ成長を続けるミラクルフルーツがぷるっと揺れた。
「……こほん。でわでわ……」
すぅっと大きく息を吸い、一つ、間を置いて。
「わーっはっはっはー!! 私は悪い巫女だー! 聖白蓮をやっつけちゃうぞー!!」
良く通る声。廊下を駆け抜けて命蓮寺に響き渡る。
と、同時に物置から僅かに聞こえる物音。
少しして、どたどたと聞こえてくる二つの足音。
「だめー!」
「ねえさんからはなれるもん!!」
泣きながら早苗の足に飛びつく村紗と、あみぐるみを抱きしめながら早苗の裾を引っぱる一輪。
「わーっはっはー! お前達なんかへっちゃらだぞー! ガオー!」
「あ、あの、東風谷さん?」
困惑する聖にウインクを一つ。
ひょいひょいっと足元の二人を抱え上げる。
「さーて、この一輪と村紗はどうしちゃおうかなー? そうだ! 聖を頭からパクッと食べた後に私の子分にしちゃおう!」
「ひじりをたべちゃだめー! うぇぇぇぇん!!」
「おまえなんかのこぶんにならないもん!! おまえなんか……おまえ、なんか……うぇっ、うぇぇっ……!」
泣き出してしまった二人に、おろおろする聖にゆっくりと早苗は近づいていく。
「ふぅっふっふ……た~べ~ちゃ~う~ぞ~!!」
早苗の顔が、聖の顔に近づいていく。
その刹那。物置の戸が開け放たれた。
「がおぉぉぉーーー!!」
金色の弾丸と化した星が、早苗の腰に飛びつく。
「っっ! みんなを、はなせ! このっ! わるもの!!」
子供の攻撃とはいえ、早苗の細い体には結構響く。
げふっとか、ウッ、とか呻きながら、早苗は丁寧に一輪たちを降ろした。
「……ごしゅじん!」
ナズーリンが早苗の足に飛びつく。
少しでも時間を稼ぐ為に。参謀としては下策と言わざるを得ない。
「ひじりといっしょににげて!」
ぽかぽかと早苗の胸を叩きながら、星は叫ぶ。
聖が勝てないような悪者相手に、自分が勝てるとは思えない。
けれど。
「ふ、ふっふっふ! お、ゲフッ!? お前の攻撃なんか効かないぞ! 寅丸星!! げっ」
けれど。星も。ナズーリンも。
「うるさいうるさい! ひじりをやっつけようとしたり、いちりんたちをなかせたりするおまえなんかにまけないぞ!」
「はやく! にげて!」
――皆のことが、なんだかんだで大好きなのだ。
だが。
早苗はべりっと星を引っぺがし、ナズーリンを抱え上げて邪悪な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ! 皆に意地悪するお前達の攻撃なんて、私には効かないぞ! おまえも子分にしてやる!」
ナズーリンは絶望していた。
彼我の戦力差は圧倒的だと言うことぐらいわかっていた。
けれど。けれど。
時間を稼ぐくらいはできると思っていた。
――意地悪をして、村紗を泣かせてしまったお詫びに。皆を逃がす時間ぐらいは何とかなると。
『ごしゅじんがあいつをたたく。なじゅはあいつのあしにとびついて、うごきをとめる』
情けない。自分は天才参謀だと思っていたのに。
ぎゅっと唇を結ぶ。涙が零れそうだった。
「まけない! わだじはみんなをまもるんだ!!」
星は涙を浮かべながら、それでも早苗に立ち向かう。
「寅丸星! ナズーリン!」
廊下の向こうから、響いてくるのは凛とした声。
視線が、そちらに集まる。
「へ? ……げ、げぇっ!? お、お前は正義の神様・ヤサカーン!」
呆然とする早苗の目に映るのはみかんの空き箱を身に纏い、バケツみたいな帽子で顔を隠した謎の神。
神は腕を組み、星に向かって語りかける。
「お前が、真に仲間を思い、仲間を守りたいと思うのならば! 聖と村紗に――ごめんなさいをするんだ!!」
一瞬、キョトンとする子供達。
はっと慌てたように早苗が口を開く。
「し、しまった! 私はいい子に攻撃されるとやられてしまうんだ!!」
それを聞いた星とナズーリンは、ぎゅうっと手を握る。
本当は。
ずっと罪悪感があった。本当は、謝りたかった。
けれど。“謝る”ことはなんだかかっこ悪いような気がして。
結局、謝ることは出来なかった。
でも。でも今ならば。皆を守る為にも。そして、心の底から言える。
「「ひじり! むらさ! ごめんなさい!!」」
ぽろっと零れた涙。それを聞き、早苗はにっこりと微笑んだ後、二人を丁寧に降ろす。
「う、うわぁぁ! い、いい子のぱわーが……やられたー!!」
大げさに苦しみながら、くるくると回って廊下の隅っこに倒れる早苗に目もくれず、子供たちが聖に飛びつく。
「うえぇぇぇん! ひじりー!!」
一番初めに、聖を守る為に早苗に飛びついた村紗。
「うぇぇぇぇん!! ねえさん! ごわがっだもーーん!!」
恐怖に震えながらも、聖のために勇気を振り絞った一輪。
「ごべんなざいー!! うぁぁぁぁん!!」
「ごめんなじゃいー! ふぇぇぇぇん!!」
皆を守ろうと、必死の覚悟で立ち向かった星とナズーリン。
四人を抱きしめながら、聖の瞳からも涙が零れる。
「ええ。ええ。皆……よく頑張りましたね……」
聖は涙を零しながら思う。
この子達は、小さくなってしまっても。
やはり、自分の大切な家族なのだと。
「いよう大根役者」
くししと意地の悪い笑みを浮かべる諏訪子の脇を通り抜け、おもむろにみかん箱を脱ぎ捨てる。
「しかし。神奈子があんな事進んでやるとは思わなかったわ」
「……早苗だけじゃ、見てられなかったからな」
「ふーん」
興味なさげに諏訪子は鼻の頭を軽く掻き、神奈子の肩をポンと叩いた。
「帽子、返すの後ででいいよ」
神奈子は答えない。
諏訪子もそれ以上は何も言わない。
涙もろいくせにプライドが高く、泣き顔を見られるなら死ぬとか言い出す神が相手だ。
そこら辺を弁えているが故に、彼女と神奈子は長い間上手く言っているのだろう。
「ま、後からゆっくり来なよ。あんまり遅いと神奈子の分も食べちゃうけど」
そう言って諏訪子はペろりと舌を出し、ぴょんと部屋から出て行った。
とても和みました
よい子は見ていて和みますねぇ…
成長を続けるミラクルフルーツもええなぁ むらむらするなぁ