星熊勇儀は忌み嫌われた妖怪が集う地底世界『旧都』に住む鬼である。
地上の山にいた頃には四天王と祭り上げられていて『力の勇儀』とも呼ばれていた。勇儀はその呼び名を誇りに思っていて、皆の力となるべく、弱きを助け強きをくじくべくその力を振るっていた。
旧都に移り住んでからもその役目は変わらず、街道を見回り警備に明け暮れていた。
何せ嫌われ者の性根が捩曲げがった輩が集まった街だ。初めの頃は何かと衝突が多く勇儀がその場を収めることも多かった。
それでも長い時を経て一緒に過ごす内に気心が知れていく。いつしか喧嘩はぱたりと途絶え、勇儀の出る幕は失われていった。一抹の寂しさもないわけではなかったが、これでいいのだ。これこそが星熊勇儀が望んだ、誰しもが笑って暮らせる妖怪の都というあるべき形なのだ。そう自分に言い聞かせていた。
それでもやはり、行き場を失った喪失感が胸を締め付ける。それ以前よりも増して杯を仰ぐ回数が多くなった。入り浸っている居酒屋は顔馴染み、言わずとも勇儀の心は知れているだろう。言葉もなく酒瓶を運び、回収をしていく。
そんな日々が続いている折に、事件は起こった。
勇儀はそれに、気付けなかった。それどころか、勇儀に先んじて、問題を解決するべく立ち上がったのは地底の者ではなく地上の人間であった。
事件を起こしたのは地底世界の幼き領主が住まう館、地霊殿で飼われているペットで馴染みの者たちである。勇儀は人間に地霊殿へと案内をしたのみで、解決したのはやはりその人間であった。
何かが崩れた気がした。否、何かではない、勇儀自身の存在意義だ。
平和になりきった旧都。喧嘩をしている者を止めることもできず、悪者を成敗することもできず、そして問題が起こることがあってもそれに気付くこともできない。
――私なんていてもいなくても同じではないか。
事件の兆候は地上でしか確認ができなかったから仕方がない話だ。土蜘蛛も橋姫も揃って勇儀に非はないと言葉をかけた。
でもそれでは納得できない。今勇儀の目の前にあるのは「気付けなかった」という事実。慰めの理由もそれを裏付けるだけで、何の救いにもならない。
――もっと力が必要だ。今よりももっと。
「準備はいいですか?」
頭上に響く河童の声。河城にとり、件の地霊殿の事件の後に知り合った技術者の河童だ。
「ちょっと感傷が過ぎたみたいだ。もう、大丈夫さ」
勇儀は目を開け、仰向けのまま河童の顔を見る。しかし逆光でその表情を伺うことはできなかった。いくつもの強い光が勇儀に向けられている。勇儀は再び目を閉じる。
「覚悟を決めたんだ。私は新たな力を得る。どんなことがあっても地底の皆を守れるように」
だからこそ、勇儀は河童の元を訪れたのだ。正しくは地底に来た河童に声をかけたという流れだがそんな細かいところはどうでもいい。河童なら勇儀の望むものを授けてくれると直感したのだ。
「一度初めてしまえばもう後には退けませんよ、この――」
――肉体改造手術は。
「親からもらったこの体ぁ、カラクリ仕掛けにするのは忍びないが親父もお袋もわかってくれるだろうよ」
「わかりました。場合によっては体と機械が馴染まないこともあります。ですから今回の、最初のオペでは一ヶ所のみに施術します。どこに致しますか?」
「――だ。そこを頼む」
「な、今、何て……!? 最初にそこへメスを入れるとは……。なるほど、それが勇儀さんの決意の現れというわけですね。承りました、きっとご希望通りの、いえそれ以上のものを約束しましょう」
「それじゃあ、頼むよ」
にとりは静かに、大きく頷いた。
勇儀は意識が朦朧になるのを感じた。麻酔が効いてきたようだ。
「では、これからオペを始めましゅ!」
噛んだ。
「大事なところで噛むなぁ!」
「失礼、噛みました」
急に起き上がってはみたものの、麻酔には抗えず静かに体が倒れていく。背中がぶつかった感触もなく、奈落へと果てしなく落ち続けるかのような錯覚。同時に意識も、深遠の底へ――
勇儀の意識が落ちるのと同時に、にとりによる肉体改造――サイボーグ化の手術も厳かに始められた。
ここは旧都の入口、地底と地上を繋ぐ橋の上。
往来の出入りを見張る橋姫、水橋パルスィは目を閉じて腕を組みながら、欄干にもたれかかっていた。居眠りをしているわけではない。ここでの仕事に慣れ切ったパルスィには足音さえ聞こえれば、誰何をすることもなく判別ができる。
行商が車を引く音、子供たちが追いかけっこに興じる音、憩いに訪れた男女の道中――
「ふぎぎぎぎ、むひぃ……!」
溢れ出る嫉妬心を必死で抑える。パルスィが聞きたいのはそんな音ではないのだ。
パルスィは、もう数日も旧都を空けている鬼のことが気にかかって、待ち侘びていた。そのため普段よりもいささか気が立ってい、パルスィはそう自己分析することで心を落ち着かせようとしていた。
すると、聞き馴染みのある音が少しずつパルスィの元へと寄ってきた。
「やあ!」
パルスィは目を開け声の主を見る。
「ヤマメかあ……」
「素っ気ないねえ。もっと歓迎してくれてもいいんじゃなあい?」
現れたのは土蜘蛛の黒谷ヤマメ。パルスィと絡むことの多い、気心の知れた妖怪である。
「わかってるくせに……」
「あはは、ごめんね。でも私だって気持ちは同じだよ。ここ、いいかい?」
「別に構いはしないわよ」
「じゃあ遠慮なく~」
ヤマメはパルスィの隣で、同じように欄干に背をもたれる。
「あの娘は一緒じゃないの?」
パルスィが言っているのはヤマメと親しくしている釣瓶落としの少女、キスメのことである。ヤマメとキスメは一緒にいることが多く、当然のことながらついて来てるであろうと思っていた。
「ああ、キスメならとっくにここに来てるよ」
「えっ……!」
パルスィは驚くと同時に、それを見つけた。欄干の、パルスィとヤマメの間の辺りに鈎が引っかかっている。そこから垂れ下がる縄の先に桶に入った少女がふらふらと揺れていた。
「……私も勇儀待つ」
「ま、そういうことだから三人で気楽に待とうよ」
「気楽にって言われてもね……。難しい処置だって聞いたわ」
「大丈夫だって。河童は何かにつけて難癖つけるから気に入らないけどね、技術があるのは確かだよ。きっと成功する」
「だといいわね」
勇儀はこの三人には肉体改造手術のことを打ち明けていた。
「勇儀は一人で何でも背負いすぎなのよ……」
パルスィは呟く。勇儀から話を聞かされたときも同じ言葉をかけた。しかし勇儀の決意は固く、止めることはできなかった。
「ああ、一体どんな姿にされてしまうのかしら……」
「どんな姿でも勇儀は勇儀だよ」
「わかってるわ。だから私は、私たちは勇儀がどう変わってしまっても受け入れる」
「……私も平気」
三人の意志もまた固いものであった。
そして待ち続ける一同の耳に、聞き覚えのある下駄の音。続いてジャリと、擦れる鎖が鳴らす音。
星熊勇儀、旧都を守るべく新たな力を手にした鬼が三人の前に現れた。
「待たせたね……」
三人はひとまず胸を撫で下ろした。勇儀の姿に大きな変化は見られない。顔つきがより一層逞しくなった気がするが、それは満ち足りた自信のためだろう。
そして視線はさらに上へ――
「うぇ……!?」
パルスィが矢庭に呻き声を上げた。ヤマメが心配して顔を除き込む。
「どうしたのパルスィ?」
「な、によ、あれ……」
パルスィは勇儀の角へ向かって指を差した。ヤマメとキスメはそちらへと視線を投げる。勇儀の角はぱっと見変化がないように思えたが、その先端をよく見ると、以前とは明らかに違う何かが――
「「「な、何かハミ出てるううううううううううううううう!!!」」」
「どうしちゃったのよ、勇儀!? その……」
パルスィは言葉尻を濁す。
「……ハミ毛は」
「ハミ毛言うな! これは河童より授けられし≪七ツノ贖罪(ユウギウェポン)≫の一つ≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫だよ」
「何それ!? というかクラッカーってあんた……」
「これはハミ毛じゃなくてヒモ毛だ」
「微妙に響きもハミ毛っぽい!?」
確かに色と形は似ていたが、よもや本当にクラッカーにしてしまうとは……
パルスィたちが言うところのハミ毛は、クラッカーのひもの部分であった。
「……勇儀かっこいい」
「うん。惚れ惚れするね。マジパネェっす」
「そんなこと言われたら照れるじゃないか……。手前味噌だけど私も気に入ってるんだ」
「え、何私少数派なの!? これかっこいいと思うのが普通なの!?」
パルスィの前に突きつけられる一対三の構図。
「まあ、よく見たら悪くは、ないわねぇ……」
あっさりと意見を翻した。
「ねえねえ、勇儀引っ張っていい? 引っ張っていい?」
「まあ待て慌てなさんな、ヤマメさんよ。丁度試運転がてら引いてもらおうとしたところさ」
「やったね! でも、そのひもを引くと何が起こるの?」
「この≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫は、ひもを引くことににより発動するウェポンだ。その名の通りひもを引くとクラッカーが紙テープを発射するかのごとく私が発射されるんだ」
自らの身を弾丸として放つ、最終奥義。
奇しくも勇儀は最初の施術で最終奥義を身につけていたのだった。
「だから引っ張るときには誰もいない方向に向けて引っ張るように」
「わかった!」
では早速、ヤマメはそう言わんばかりに勇儀の角――≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫を掴む。
「ふぐぅ……ダメだ!」
ヤマメは両手で掴んでいた≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫を放した。
「私の力じゃ≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫ごと勇儀の体を持ち上げるのは不可能だよぉ!」
「仕方ない。パルスィも手伝ってくれ」
「何で私が――わかったわやればいいんでしょう、やれば」
パルスィはヤマメと一緒に持ち上げようとするが、重心が偏り過ぎているため二人がかりでも持ち上げることはできなかった。
「パルスィ、勇儀の体の方持って支えてよ」
「そしたら私まで飛んでっちゃうでしょ!」
「ちょっと放してくれ。まず対策を練ろう」
勇儀たちは≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫をいかにして使うかを話し合った。結論としては、強力な大砲とも言えるそれを扱うには砲台が必要という結果に至った。しかし今、そんなものが都合よくあったりはしない。
「また日を改めて試してみるか」
「うーん。できれば今引きたいところなんだけど、仕方ないね」
「……ちょっと待って」
今まで口をつぐんでいたキスメが怖ず怖ずと話しかける。
「……それなら、この桶を使えばいいと思うの」
「桶だって!?」
キスメは言葉がしどろもどろになりながらも、計画の内容を語った。
そして十分後。
「ようし、こっちは準備できたよ」
ヤマメの声は桶の中でこもっていた。桶は口の側を下に伏せられている。
その中からヤマメは外の勇儀たちに合図を送った。
「わかった。こっちも始めるよ」
勇儀は桶の上に手をつき、そこで逆立ちをする。そして腕をゆっくり曲げていき、桶の底を角でグサリと刺した。手を離し、気を付けの姿勢。
「見事な一点倒立だわ……」
パルスィはその姿勢の美しさに惚れ惚れしながら眺めていた。当然ながら桶の中からはその姿が見えず、ヤマメから不満の声が上がった。
「私も見てみたかったけどね……。でも私にはこのひもを引くという役目があるから」
ヤマメは暗闇の中手探りで角の先のひも、≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫の引き金(トリガー)に手をかけた。
桶の中のヤマメがこのひもを引くことによって、勇儀が真上へと発射される。この桶は即席の発射台というわけだ。
「発射準備よーい!」
ヤマメが桶の中で威勢のいい声を上げる。ひもを握る手に力を込め、そろりと少しずつひもを引いてゆく。
「……あ」
「どうしたの、キスメ?」
「……今思い出したんだけど」
「何を思い出したの?」
「……作用と反作用」
「ああ、壁を押すときには、同時に壁に押し返される力が働いてるというものでしょう」
「……あれ、勇儀をものすごい勢いで押し出すんでしょ?」
「そしたら桶に刺さった角には逆に、勇儀に押し返される力が――ヤマメちょっと待って!」
パルスィの制止も虚しく、ヤマメは引き金を引いてしまっていた。
一瞬辺りは静寂に包まれる。よもや不発か、そう思った刹那周囲に響く轟音。
衝撃波が巻き上げる土煙を手で遮りながら、パルスィはその指の間越しに発射台の方を見やる。
角から解き放たれた勇儀は凄まじい速度で真上に打ち上げられ、同時に、残った角は桶ごと地底世界のさらなる地下へと沈んでいく。桶に入ったままのヤマメの安否が気になるところだが、打ち上げられた勇儀を見届ける。
地底世界の天井にあたる岩盤をブチ抜き、さらに地上までの数層の岩盤を貫いて新たな風穴を開ける。
きらりん☆と効果音を立てて勇儀は星となった――星熊だけに。
「勇儀いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
勇儀は空の彼方、宇宙へと飛び立ってしまった。戻って来る保証はない。
パルスィは膝から崩れ落ち、地面に何度も拳をぶつけ慟哭する。
その後、地中に埋まったヤマメが救出された。
ヤマメは一命を取り留めたが、勇儀は地底に帰ってくることはなかった。
生きているか、死んでいるか。それすらもわからないまま日々は過ぎていく。
「私、最近よく考えていることがあるの」
水橋パルスィは語る。
「勇儀は身をもって伝えてくれたのよ、強すぎる力はいつか自分の身を滅ぼすと。皆に同じ轍を踏ませないために、自分自身を犠牲にしたのよ」
心なしか目の端に雫が滲んだように見えた。パルスィは咄嗟に真上を見上げた。勇儀の開けたもう一つの風穴に視線を送る。
「それでも信じずにはいられないの。あの穴から見える星のどれかに勇儀はいて、たくさんの笑顔に囲まれていると。そしていつか――」
この旧都に返って来てくれると。
パルスィはその時を待ちながら、橋姫としての日々を過ごす。
その手には勇儀の帰還を祝うための、赤いクラッカーが握られていた。
――っていう夢をみたの(はぁと
(こいしちゃんの夢日記より抜粋)
あと作者さんのお名前にネタ臭がするのは私だけ?
≪許されざる堕天使の元に落とされた天地を裂きし雷鳴の轟きの調べ(ユウギクラッカー)≫のしつこさがじわじわくるw
『わたしってそんなにメンズナッ○ル愛読してるイメージあるー? それどこ情報? どこ情報さー?』
俺が思い描く作品を打ち込み終わった時の作者様
『カチャカチャカチャ……ッターン!』
勇儀姐さんの見事な一点倒立に俺も惚れた。
その時姐さんのスカートがどんな状態だったか分からないことだけが心残りだ。
いや、発想……むしろあとがき…………もう、全部ずるいwww
あとがきはこっちのセリフだよwww
雰囲気いいな
文章上手いし
だがそれ故に私の腹筋は崩壊したのです……勇儀姐さんかっこよすぎるぞw
(笑いました。面白かったです)
パルスィの「ふぎぎぎ、むふぅ」でまず噴いた
なんだよこのあとがきww