Coolier - 新生・東方創想話

友達のつくりかたとQED Erat

2010/12/13 00:28:07
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 「ただいま帰りましたわ」
「お帰りなさいませ、紫様」
八雲紫の式神――八雲藍は恭しく主に一礼した。主である八雲紫は式の出迎えに微笑んで応える。
「湯が沸いております。お入りになりますか?」
「ええ、ありがとう。いただくわ」
紫は玄関から家の中へと上がる。藍は主の食事を作るために台所へと向かった。四半刻もしたくらいで、紫が白い肌をやや赤くして上がってきた。洋風の華美なドレスではなく、簡素な、だが、さっぱりとした気品が醸しだされた浴衣姿だった。紫は畳の間の真ん中にある卓袱台の前に座り、静かに物思いに耽っていた。あまり時間をおかず、式が料理をもってきた。
「橙は今日はいないのかしら?」
普段、何かと式にくっついて歩く式の式の姿が今日は見えなかった。今日は妖怪の山に帰ることもなく、主人と主人の主人の家に泊まる予定だったはずだ。藍は苦笑して言う。
「今日一日中、遊びっぱなしでしたから。もう疲れて眠ってしまいました」
「本当に子供ね、あの子は」
「ええ、まったく。そろそろ落ち着いてきてほしいものです」
「何を言ってるの。あなただって、昔はあの子とそんなに変わらなかったわ」
紫はくすくすと笑う。藍は肩を竦めながらも、配膳をしていた。
 「いただきます」
紫は目の前の食事に手を合わせた。藍は「召し上がれ」と微笑む。
 藍のお酌で、冷酒を猪口に注いでもらう。紫はそれを一息でぐっと飲み干した。
「……どうやら、仕事は成功したみたいですね」
主の上機嫌な様子に藍はそう言った。藍にお酒のお代わりを注いでもらいながら、紫はうなずく。
「ええ、ちゃんとスペルカードを使ってもらえる契約を取りつけてきましたわ。それから、新しい異変を起こすことも」
「それはそれは……」
藍は主の手際のよさに目を丸めた。
「大成功ですね。しかし、あの吸血鬼たちがこうも素直に紫様の言うことを聞くとは妙ではないでしょうか?」
「いいえ、そんなことないわ」
紫はもう一杯、冷酒をあおる。お新香に箸をつけながら、紫は言う。
「あの吸血鬼たちは決して頭の悪い連中じゃないわ。前の戦争でもう十分懲りてるでしょう」
藍が空いた主人の猪口を再び満たす。紫はアルコールに頬を赤く染めながら笑った。
「彼女たちはもう、私たちには勝てないってことはわかってるからね。だから、遊びでもいいから、『決闘』で勝てる道を選んだ。そう言う意味では、非常に賢い選択よ」
紫はつい先程まで、向かい合っていた吸血鬼の少女の顔つきを思い出す。聡明な彼女は紫の提案の重要性を深く理解していた。
「スペルカードルールは人間と妖怪の新しい関係性の始まり。幻想郷の要である博麗の巫女を中心に回る歯車ですわ。やがて、他の妖怪たちもスペルカードルールを使うようになる。そうなれば、スペルカードは幻想郷の共通言語として重要な意味をもつようになります。あの吸血鬼たちはそのことをちゃんと見通していました。スペルカードルールに従えば、窮屈な思いをしないで済む、と。無駄に肩意地を張るような馬鹿の集まりではないことは確かですわ」
「『私たちには勝てないってことはわかってる』ですか……」
藍は左手を顎に当て、目を細めた。
「……私はあの吸血鬼が諦めたようには思えませんが」
「あら。どうして、そう思うの?」
「いえ、確たる証拠はありませんが。でも、いかにも執念深そうな連中じゃないですか」
笑いながら尋ねる紫に対し、慎重な式の眉は厳しげに曲がっていた。そして、藍は口に出すのも忌々しいかというように言った。

 「それに……地下室の『アレ』もまだ残っているじゃないですか」

 「……藍、『アレ』なんて言うのをやめなさい。彼女はれっきとした女の子だわ。怖いのはわかるけれど、女の子を『アレ』呼ばわりするのは許さなくてよ」

 紫は上機嫌から一転して、不快気に眉をひそめた。真剣に怒っているようだった。しばらく主と式は睨みあっていたが、やがて根負けしたように、藍は深々と「申し訳ありません」と頭を下げた。紫はそのまま己の式に厳しい視線を注いでいたが、やがて表情を和らげた。
「まあ、確かに彼女の能力は、恐ろしい兵器になりうるけどね。だけど、彼女自体はとても優しい女の子よ。隙間から覗いてたから、よくわかってるわ」
「……しかし、気がふれている、と外の世界では言われていたのではないですか?」
藍は納得できないという口ぶりで訊いた。紫はうなずきながらも言う。
「ええ、彼女は何らかの心の病気を抱えているわ。原因はまだわからないし、診断もつけられないけど、ね。彼女の情緒不安定は、まあ、一筋縄で解決できるものじゃないでしょうね。だけど、それは確かに病気なの。病気にも不治の病はあるけど、彼女のものはきっと治せるものですわ」
紫の目はどこか遠くのものを見る目だった。その表情は普段胡散臭いと呼ばれているものではなく――限りなく優しい母親の笑顔だった。
「それに私があの紅魔館のお嬢様を信用しているのは彼女がいるためでもあるのよ」
紫はまた冷酒に口をつける。彼女の顔は上機嫌のものに戻っていた。

 「あのお嬢様は自分の妹を兵器として使わなかったわ」

 藍は言葉を失って、紫が嬉しそうに語るのを見つめていた。
「核兵器よろしく、戦場に一人向かわせれば、私たちの軍勢はあっという間に壊滅してしまったでしょうね。まあ、私やあなたがいるから、それでも妹君を撃破して、最終的には勝利を手にすることはできたと思うけど」
「……けれども、あの吸血鬼はそれをしなかった」
藍が神妙な面持ちで呟いた。紫は笑顔でそれにうなずいてみせる。
「あの吸血鬼は戦争の勝利以上に大切なものを知っていた。戦局が不利になろうとも、自分の守るべきものを失わなかった」
紫は藍に温かい視線を向ける。
「そして、何より、家族想いだった。大切な家族を抱えていた。あのお嬢様は自分の妹様を本当に大事にしていたのよ」
「家族想いに、悪人はいないわ」と、紫は笑った、「……利害が対立することはありますけどね」
 突然、がらりと襖が開いた。その向こうには、先刻会ってきた吸血鬼と同じくらい幼い容姿の少女が立っていた。女の子は目をこすりながら、言った。
「ん~~~~~~。あ、紫さま、お帰りなさい」
「ただいま、橙」
紫は橙に微笑みかけた。式の式である猫叉の少女はなおも眠そうに目を擦っていた。親代わりの式が微笑んで橙に問いかける。
「どうした、橙。寝てたんじゃないのか?」
「うん、おトイレに起きたの。そしたら、帰りに、居間に明りが点いてたから」
ふわぁ、と橙が欠伸をする。その可愛らしい仕種に紫は思わず頬が緩むのを覚えた。藍もまた笑いを堪えきれないようだった。
「こら、みっともないぞ、橙。紫様の前ではちゃんとしなさい」
「でも、眠いんだもの」
橙は二本の尻尾をだらんと垂らしていた。本当に可愛らしい娘だ、と紫は目を細め、式の式に話しかけた。
「橙、今日は何をしてたの?」
「ええっと、今日は猫たちの相手をしたり、森でリグルちゃんとか、ミスティアちゃんたちと遊んでました」
「そう。いい子ね」
「はい」
また、ふわぁ、と橙が欠伸をした。藍が橙に注意する――顔はずっと緩みっぱなしだったが。
「橙、早く布団に帰りなさい。風邪を引くぞ」
「わかりましたぁ。藍さま、紫さま、お休みなさい」
「お休み、橙」
「お休みなさい」
主と主の主に見送られ、橙は寝床へと戻っていった。紫は襖が閉められるまでじっと橙の帰っていく姿を見つめていた。だが、襖が閉じた後も、紫はその方向から視線を外すことはなかった。藍は主人が襖の向こうに、何か遠くのものを見ていることに気づいた。やがて、紫は呟くように言った。
「橙は友達と遊べていいわね」
「……………………」
「それはきっと本当に素晴らしいことなんでしょうね」
紫のしぼり出すような声に、藍は言葉を失った。式の主は苦しそうに眉をひそめていた。
「永い間、一人きりで――友達もいないで閉じこもっているというのは、どんな気持ちなんでしょうね……」
藍はしばらく主の言葉に答えず黙っていたが、やがて、言った。
「……紫様、」
「……何かしら?」
「先程の言葉、お許しください」
紫が振り返ると、藍は深々と頭を下げていた。式の声には深い反省の色が見えた。
「私の短慮でした。恥じ入るばかりです」
「……わかればいいのよ」
紫は式の言葉に応え、杯をあおった。そのまま空けた猪口を式に差し出す。窓の外は満天の星空だった。きっと明日も良く晴れるだろう。

 「太陽の嫌いな吸血鬼はどんな異変を起こすのかしら――?」

 紫は今年の夏を楽しみに思い、藍によって再び注がれた酒を、また一口で飲み干した。



















 「紅符『不夜城レッド』とか、どうかしら?」
「あー……それはやめたほうがいいんじゃないかなあ……」
「じゃあ、魔符『全世界ナイトメア』は?」
「うーん……ごめん、お姉さま、それはないよ……」

 妹――フランドール・スカーレットは、私――レミリア・スカーレットのスペルカードの命名について口をとがらせていた。私はフランとテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
 木製で、少し斜めになっているテーブルの上に、たくさんの紙が広げられている。どれも私がもってきた紙だった。真っ白な紙がほとんどだったが、いくつかの紙にはスペルカードとしての名前が書かれていた。スペルカードルールについて書かれたマニュアルも机の上に置かれている。私とフランは二人でスペルカードを作っている最中だった。
 あの晩の後、私は美鈴に呼んでもらった咲夜とスペルカードについて話した。これから紅魔館は、新しく幻想郷の決まりとして定められたスペルカードルールに従う、と。最初、咲夜は珍しく目を大きく開けて私の話を聞いていた。人間と妖怪の新しい関係を築こうとする幻想郷の動きについて驚いていたのか、それとも、そんな生温い提案を了承した私を意外に思っていたのか。だが、その興味もすぐに失せてしまったようで、すぐに咲夜はいつも通りの無機質な表情に戻り、私の言葉に機械的な相槌を送っていた。妖精メイドたちにもスペルカードルールに基づく戦い方を徹底させ、紅魔館の警備に備えるように、という私の命令に「了解しました」と短く答えて去って言った。メイド長の無愛想にももう慣れっこである。まあ、咲夜は優秀であることは確かで、メイド長としての咲夜は十分に信用に足る働きをしていた。咲夜は覚えの悪い妖精メイドたちの教育も上手くやっている。私が異変を起こすころには、妖精メイドたち全員が弾幕ごっこの仕方を身につけていることだろう。
 フランはスペルカードのマニュアルを手にとって読んでいた。読書好きのフランは興味深げに命名決闘法について細かく書かれた文章に目を集中させている。人間と妖怪の共存を探る法案は、495年間地下室に引きこもっていた妹にとっても驚きに値するものらしい。フランは感心するような口調で言う。
「今までなかったルールだね……変わってるけど、成功したらすごいと思う。実際にゲームをやってみたら面白そうだしね」
 
 実際、スペルカードはおもしろいものだった。
 
 弾幕ごっこの基本ルールは、弾に当たれば負け、である。だが、戦う意志がある限り、または、戦う前に宣言していたスペルカードの枚数がゼロにならない限り、決闘を継続することができる。そのほか、細かいルールが存在するのだが、基本的には気が済むまで戦っていい、ということなのだろう。スペルカードルールはその意味で、わかりやすいルール――というか、私たちが今まで経験してきた戦いとそう変わるものではなかった。戦いとは諦めた者の負けである。勝つことはないかもしれないが、諦めない限り負けることもなく、それはいつの時代も変わらない――なるほど、弾幕ごっこでも十分決闘になりうるのかもしれなかった。
 また、弾幕の見た目も派手なのもよかった。弾幕ごっこは、見世物としても十分通用するくらい芸術性に溢れたものだった。 まだ私は一回も弾幕ごっこをしていなかったが、戦っている当事者としてもきっと楽しいものだと想像することができた。敵の弾をよく観察し、集中力を研ぎ澄まして抜け道を探る。密度の濃い攻撃の嵐に飛び込んでいく感覚は、きっと心が震えるほど楽しいものだろう。
 あとは、スペルカードをつくるのがけっこう簡単だということも評価できる。
 基本、スペルカードの中身は自分の得意技である。普通は特に名前もないその技に、あえて命名をするのがスペルカードルールである。要はスペルカードの本体は、その名前だということだ。逆に言えば、名前さえつけてしまえば、それでスペルカードになってしまうのである。自分の能力をスペルカードに変換できるということは、スペルカードの差別化にもなると考えられた。遠くない未来、個性あふれた色彩豊かな弾幕が、幻想郷を華やがせることだろう。

 「ふーん……自分の技に名前をつけるのか。要は、命名することが大事なんだね」

 フランが命名決闘法の冊子をじっと見ながら言う。フランの声には少し身構えているような固さが感じられた。暗号文でも解読するように、フランは数枚のプリントに目を走らせていた。
 緊張しているようだが、とりあえず、フランはスペルカードを拒絶するということはなかった。今は興味をもって、スペルカードルールの話に耳を傾けてくれていた。

 フランの様子を見ながら、私はパチェの言葉を思い出す。

 『……危険かもしれないわよ』

 私はフランの地下室に下りてくる前、先にパチェの図書館に寄っていた。これから、フランのところに行ってくるわ、と伝えた私に対して、親友は、『……死んでも灰は拾わないわよ』と本から目を離さずに答えた。その目は親友の私にしかわからない程度に細められていた。私は七曜の魔女の言葉に答えることなく、フランの地下室へと降りた。
 パチェの言うことはわかる――フランの力の暴走を恐れているのだ。

 フランのもつ能力――『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。

 フランは右手の中に、ありとあらゆるものの『目』を呼び寄せることができる。その『目』というのは、その存在を保っている力が、もっとも緊張している部分のことをいう。ダイヤモンドの加工を例に挙げればわかりやすいだろうか? ダイヤモンドはある面にそって割れやすいという性質がある。それを劈開性(へきかいせい)というが、職人たちはこの割れやすい面にそって力を加えることで、ダイヤモンドを加工していく。フランの破壊の能力も同じだった。ある存在を破壊しようとするとき、『目』に力をかければ、ほんのわずかな魔力でその存在を破壊することができるのだ。フランはありとあらゆる存在の『目』を右手の上に移動させることができる。フランはその『目』を握りつぶすことで、どんなものでも破壊することができた。

 そして、その破壊の能力はときとして暴走する能力だった。

 暴走の理由が、能力の存在自体にあるのか、それともフランにあるのかはわからない。
 だが、どちらにしろ、思い出したように――本当にふと思い出したように、大きな『発作』が起こるのだった。フランの私室の扉――今の扉より一つ前の扉は数年前にその暴走が引き起こし た爆風と灼熱で形も残らず蒸発してしまった。小さな『発作』は頻繁にあった。机が壊れる。椅子が崩れる。本が破れる。毎日ではないが、一週間に一度は彼女の周りのものが壊れるのだ。そんなことが何百年と続いてきたのだった。
 それはきっとフランの能力による破壊なのだろう、と考えられた。
 だから、周囲の者がフランの能力を刺激しないようにしようと考えるのは当然だった。
 そして、それが進んで、フランに関わることを忌避し、彼女の周りから人が去っていくのもまた必然だった。

 ……それはともかく、フランにスペルカードに触れさせること自体が問題になっていたのだった。

 フランは495年間、ほとんど誰かを傷つけるために魔法を使ったことがない。
 
 地下室にこもっているのだ。敵などいるはずがないから、攻撃魔法を使う機会がない。読書家であり、魔法少女でもあるフランは魔導書を読むことも多かったし、ちょっとした魔法を使ったり、パチェから簡単な魔法を教わることもあっただろうが、魔法を敵を殺すために使ったことは一度もなかった。もちろん、いざというときに備えて、いくつかの攻撃魔法を覚えてはいるだろうが、それを使用することはほとんどなかった。   
 
 一つ例外があるとすれば、それは『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』である。

 フランの暴走のときに発動する魔法――破壊の能力だけが、フランの何かを傷つけようとするときの魔法だった。 

 だから、パチェは――そして、私もまた考えずにはいられなかった。
 
 弾幕ごっこがフランの能力の暴走を誘発しないか、と。

 弾幕ごっこは遊びである。しかし、真似事とはいえ、他者に弾をぶつける――傷つける必要があるのだ。 
 
 その行為はフランの破壊の能力を刺激しないだろうか。

 私とパチェはそのことを恐れていたのだった。

 フランがテーブルの上の紙を一枚拾う。天罰『スターオブダビデ』と書かれたスペルカードと、法案をちらちらと見比べる。そして、手元に置いてある真っ白な紙に目を落とす。フランの顔はどこか困ったような感じだった。フランは白紙のスペルカードに向けていた視線をそのまま私へと移動させる。
「……スペルカードが幻想郷にとって大切なものだったことはよくわかったよ」
フランは一言一言丁寧に紡ぎだすように話した。
「人間と妖怪の新しい関係性を築くためのものだよね。殺し合いではなく、遊びという一つのルールに則って、勝ち負けを決める。そうやって人間と妖怪、妖怪と妖怪同士が切磋琢磨することで、幻想郷の活気を保とうという話だよね」
利発で聡明な妹はしっかりとスペルカードルールについて理解していた。地下室に引きこもってはいるが、フランはパチェからいろいろな本を借りて読んでいるため、知識は豊富だし理解力もあった。私はフランの言葉にうなずく。
「ええ。これから、弾幕ごっこは幻想郷の共通言語になるのよ。己の意志を通すために、自分の力量を相手に示す言葉にね」

 ――あの結界の管理者の言うように、自分の思念の強さ、美しさがその強さの単位となるのかは、まだわからないけれども。 

 私がフランにスペルカードを教えようとする理由は二つあった。

 一つは、紫が言ったようにフランのストレス解消のため。

 もう一つは、フランに幻想郷のコミュニケーションの道具となるであろうスペルカードルールを身につけさせるためだった。

 まず、前者についてだが、私たちはフランの能力の暴走の理由をいまだ知ることができないでいた。だが、私もパチェも(そして、私と同じくフランと長い付き合いである美鈴も)、その原因の見当をつけていた。つまり、地下室に閉じ込められていることこそが、フランの『発作』を引き起こすストレスなのではないか、ということだ。地下室に幽閉されていることへの不満が、無意識的に能力の『発作』という形で現れているのではないか(ちなみに、フランはいつも自分がものを壊したことを覚えていないようだった)。だから、昨晩、あの胡散臭い隙間妖怪がテラスで語ったように、フランの憤懣を取り除いてやらなければならないのだろうと思った。そして、上手くいけばフランが魔力の扱い方を覚えてくれるのではないか、と。能力の使用は、魔力の制御に通じるものがある。フランは弾幕ごっこを通じて、破壊の能力を制御できるようになってくれれば、と私はそんな期待も抱いていた。また、能力の暴走は余剰な魔力の放出だとも考えられる。なら、破壊の能力を使えないくらいに、フランに魔力を使わせてしまえばいいのではないだろうか。弾幕ごっこで疲れ果てるまで遊べば、フランも精神的にも魔力的にも満足してくれるのではないか、と思っていた。

 そして、後者である。私はフランに言った通り、スペルカードルールは幻想郷のコミュニケーションの主流になるのだと考えていた。たとえ殺し合いが廃止され、遊びのもとに決闘が行われるとしても、実力主義という妖怪の世界の本質は変わらないと私は思った。何千年と続いてきたように、これからも幻想郷において『強さ』という概念は、妖怪たちが自らの意思を主張するための必要不可欠な道具となるだろう。殺し合いというルール無用の様式から、ルールによって管理された弾幕ごっこへと移行しても、強い者が勝つことに変わりはない(……紫曰く、美しい者が勝つそうだが、強い者はたいてい美しいものではないだろうか?)。ただし、その変化は『強さ』の質に影響を与えることだろう。スペルカードルールによって、戦闘の条件や様相が変化するのである。そして、その基準から外れたものは認められない。決闘として容認されないのである。ならば、早めに弾幕ごっこのやり方に慣れておくほうが賢い方策だと言えるだろう。そして、スペルカードルールでは死者は出ない。殺し合いでは死人が出るため、仕掛ける側も受ける側も慎重にならざるをえなかった。だが、絶対に死者がでない決闘が存在するのだとしたら、両方とも、そんな慎重さなど簡単に投げ捨ててしまうだろう。つまり、人間と妖怪、あるいは妖怪同士の戦闘の数自体は、スペルカードルールの導入前よりも劇的に増えることが予想された。この意味で紫は非常に賢かったと思う。妖怪同士の実力の競い合いはむしろ今までよりも活発になるのだから。悔しいが、私は結界の管理者の叡智に脱帽せざるをえなかった。当然、弾幕ごっこで敵味方とも自分の意志を通そうとする場面が増えてくるのだろう。それならば、弾幕ごっこは幻想郷の新しい言語と同じだと言えた。これから幻想郷で生きていくとしたら、スペルカードルールは意志伝達のための必需品であると私は考えていた。
 だから、フランがこれから幻想郷で生きていくとしたら、スペルカードルールを覚えなければならないと思う。幻想郷の一員となるには、フランは弾幕ごっこができる必要があるのだ。
 
 ……もし、紫の言うように、遊びとしての弾幕ごっこが、競争だけではなく、友情を与えてくれるとするならば。
 


 フランもきっと友達をつくることができるんじゃないか、と私は考えていた。

 

 そして、私は次のことを確信していた。



 友達をつくることができれば、フランはもう地下室に閉じこもっている必要などない。



 そのことは、フランが外の世界へと解放されることの何よりの証明に思えたのだった。



 私はそんなことを考えながら、フランが命名決闘法の冊子を読む姿を見つめていた。

 「……それで、これが『友達のつくりかた』なの?」

 やがて、上目づかいで私を窺いながら、フランは尋ねた。緋色の双眸から戸惑いの色が見えていた。私はしっかりと首を縦に振った。
「ええ。フランもスペルカードルールを覚えれば、友達を作れるようになるわ」
私の言葉を聞いてフランを伏せる。相変わらず、何かを強く考えているような顔をするフラン。フランは唇をぎゅっと一文字に閉じていた。
 
 今日のフランはあまり元気があるように思えなかった。いつもなら、フランのほうから私に飛びついてきて、にぎやかに話したり、遊んだりするのだが――そして、その通りに、フランは部屋に入ってきた私に抱きついてきたわけだが――、『友達のつくりかた』という言葉を聞いてから、フランは何かに怯んでしまっているようだった。さっきから、ずっとスペルカードのプリントを読んでいるが、それは内容を頭に入れようとしてるというよりは、他に何をするべきかわからなくて困っているから仕方なく視線を向けているという風だった。そして、今、フランはすっかり黙りこくってしまった。

 私はフランに合わせて何も言わないでいた。フランが口を開くまで黙っているつもりだった。そうやって、私とフランはおんぼろのテーブルを挟んで向かい合っていた。

 何も言わないで、フランをじっと見つめていると、私は改めて自分が緊張していることに気づいた。心臓の拍動に震える体を椅子に抑えつけて、私はフランの前に座っていた。
 
 私はこの緊張の正体をわかっていた。
 
 これから、私はフランから何百年と聞かなかったことについて――あえて、聞こうとしなかったことについて聞くのだ。
 ……正直言うと、怖かった。一秒先、フランの口から出てくる言葉について想像するだけで、体の芯が凍りついてしまいそうなほどだった。永い間秘められてきたフランの本心を聞くことは、私にとって易しいことではなかった。そして、それは今、フランを強く抑えつけている感情なのだろうと察しがついた。フランにとっても、その気持ちは触れがたく、重たいものなのだろう。
 しかし、今さら退くわけにもいかない。私は今、フランとまっすぐに向かい合わなければならなかった。フランから逃げることだけは嫌だった。
 願いと不安が入り混じった気持ちで私はフランの言葉を待った。
 
 やがて、フランが口を開いた。小さな唇から出てきた声は少しだけかすれていた。



 「……友達って何だろう?」



 フランはうつむき、絞り出すように言う。

 「どういう人を、友達っていうんだろう……?」

 フランが顔を上げる。だが、その目は私に向けられているわけではなく、フランの心ははるか遠くのものを見つめていた。そして、その言葉もまた、私に――私だけに向けられたものではなく、もっと大きなものに問いかけられた言葉だった。フランは足元を確かめるように慎重な口調で語る。
 
 「私も本とか小説とか読んだりしてるから、友達っていうのがどんなものかはわかるよ……わかる、っていうよりは想像できるものかな……。だけど、」

 フランは私を見つめる。今度こそ私を見て、フランは尋ねた。

 「……友達って何かな?」

 フランの緋色の目は真剣な光を灯していた。

 私はその質問にすぐに答えることができなかった。フランもまた、即答を求めていなかったようで、じっと黙って私の答えを待っていた。

 ……そこから説明しないといけないか。
 
 私は心のうちでため息をつく。少し考えればフランの疑問は当然のものだった。フランは生まれて間もなく、地下室に閉じ込められてしまった。これまでのフランの人生での人間関係はかなり限られていた。私、私とフランのお父様、お母様、パチェ、美鈴……合わせて5人だけ。ちなみに、理由はわからないが、お父様、お母様は、フランの心のなかでは曖昧な存在になっているらしく、この中にカウントできるかどうかも怪しかった。その意味では、フランは生まれてから495年間、3人としか関係を築いていないことになる。

 フランの人生の辞書には友達という言葉は載っていないのだ。

 改めて自分のしてきたことの罪深さを思い知らされる。フランが自分で言った通り、文章から友達という言葉を知ることはできたかもしれないが、経験の伴っていない言葉にどれほどの価値があるのだろう。495年間、フランの口から友達という言葉が出てきたかどうか、私は思い返そうとしたが、無駄な努力に終わってしまった。パチェが一番フランの友達に近く――というか、恐らく友達と言える間柄なのだろう。美鈴は臣下だが、フランとも仲が良く、ときどき馬鹿話をしたりするから、友達の範疇にかいるかもしれなかった。だが、あの魔女も門番も、自分から友達なんて言葉を出すようなキャラじゃなかった。フランの頭のなかでは、友達という言葉は、ぼんやりとした概念にすぎないのだろう。

 どのくらい時間が経っただろうか。私はけっこう長い間、フランの質問の答えを考えていた。フランもまた私を急かすことなく、待っていてくれた。……我ながら格好悪い姉だと思う。まあ、それも今更である。格好悪い姉ながらも、私は頑張ってフランの問いに答えることにした。

 「……そうね。難しい質問で、たぶんすっきりとした答えをあげられないかもしれないけど……簡単に言えば、」

 私はフランの幼くも真剣な顔を見返しながら言う。

 「自分の側にいてくれる人……かしらね」
 
 私は言葉につまりながらもそう答えた。
「まあ、パチェとか美鈴を考えればわかるわ。ちょっと雰囲気は違うけど、あんなようなものよ。ある意味、私もフランにとって友達かもしれないわね。ちゃらんぽらんでゆるゆるな関係だけじゃないけど……とにかく、話をしたり、遊んだり、いっしょに何かをしてくれる人を友達っていうんじゃないかしら?」
フランはしばらく私の顔をじっと見ていたが、やがて、また考え込むような顔になって、目をそらした。フランはうつむいて、小さな声で呟く。

 「……私と友達になってくれる人なんて、いるかな――?」

 胸が裂けてしまいそうな言葉だった。顔を上げることもなく、フランはそれ以上何も言うことはなかった。私も何も言えなくなり、重い沈黙が、小さな地下室を支配していた。
 
 ……やっぱり、そうなるのよね。

 フランの言葉は私も想定していた。この優しい妹なら、こんな言葉を言うかもしれないとは思っていた。だが、本人の口から聞かされるそれは、想像以上に苦しく、悲しい言葉だった。
 
 フランも知っているのだ。
 自分が他者から拒絶される存在だと。
 495年間、今までずっと拒絶されてきて。
 フランは自分を『そういう者』だと思い込んでいるのだ。 

 ……どうするかな。

 フランの顔を見ながら、私は心のなかで呟く。その暗い表情から、フランの思っていることが手に取るようにわかる心地だった。この未知の出来事に、ひどく弱気になっている妹に対して、私は何をしてあげられるか考えていた。

 ……しばらく考えて、私は行動を起こすことにした。
 
 「……まあ、とにかくやってみない?」

 私は努めて微笑みながら、フランに尋ねた。自分でもちゃんと笑顔になっているかどうか不安だった。
「友達をつくるために弾幕ごっこをするかは、ともかく、弾幕ごっこというものをやってみないかしら?」
フランは私の顔を見て、しばらく黙っていたが、やがて、こくりと頷いてくれた。弾幕ごっこ自体が嫌だというわけではないようだった。フランが了解してくれて、私の顔から緊張が弱まる。ようやく微笑むことができた気分だった。「じゃあ、フランのスペルカードを作らないとね」と私はテーブルの上の白紙を一枚取って、フランに渡した。
 
 ……とにかく始めないと。

 私の心のなかは必死だった。
 何であれ、まずはフランに弾幕ごっこの方法を教えなければ、と思っていた。
 今ここでチャンスを逃したら、次の機会はないのではないだろうか。
 
 弾幕ごっこでは死人は出ない。

 このルール以上に、フランのためのルールが存在するとは、私は思えなかった。
 フランは魔力の制御が苦手だ。そして、それに反して、フランの魔力は質、量ともに圧倒的だった。だから、破壊の能力を使わずとも、フランは魔法による攻撃でたいていの妖怪を殺傷してしまうだろうと考えられた。人間など言うまでもない(……実際、お父様やお母様、私は、フランが人間を狩ろうとしたら、生け捕りにすることができずに消し炭に変えてしまうだろうと想像していた)。

 だが、スペルカードという境界が存在する限り、フランは決して誰かを殺すことはないのだ。

 スペルカードルールは、この優しいフランにとって、最高のルールに思えた。今こそ、フランの力が恐れられることがない世界が来たと私は考えていた。
 
 だから、この機会を逃したら、きっとフランはずっと一人ぼっちになってしまう気がしたのだ。

 それだけは……

 それだけはどうしても……

 それだけは、どうしても嫌だった……
 
 「それで、私のスペルカードなんだけど……」
フランは困った顔をしていた。さきほどとは違う種類の困惑。学校の授業に筆箱を忘れてきたという様子だった。
「私の得意技って、特にないんだけど……」
フランは少しだけ恥ずかしそうな顔で告白した。先に述べたとおり、フランは攻撃魔法をあまり使ったことがなかった。当然、得意技なんてあるはずがない。
 だが、このことについては、私はすでに考えてあった。
 私は自分の椅子に立てかけておいたモノを持ち上げた。
「わかってるわ、フラン。そういうときに、こんなアイテムよ」
私は、黒い異形の棒をフランの前に示した。フランの目が驚きに見開かれる。

 

 魔杖レーヴァテイン。



 フランの部屋に寄る前に、紅魔館の宝物庫からもってきたものだった。
 フランはひしゃげた音符の形にも見える杖をおずおずと受け取った。レーヴァテインを受け取って、フランはさらに驚いたような顔をする。魔法少女であるフランは、この魔杖を手に取るだけで、その価値を一瞬にして理解したようだった。
「……お姉さま、これ、すごい道具なんじゃ……」
「ええ、そうよ。スカーレット家の家宝ね」
レーヴァテインは世界を滅ぼすと言われた伝説の魔杖だ。実際、伝説なんて虚飾であり、そこまで大げさな破壊力はない。それから、杖のくせに炎の剣になるという、杖なのか剣なのかどちらかはっきりしろよと言いたくなる武器だが、人間、妖怪双方を恐れさせてきた実績があるのは確かだ。どうしてレーヴァテインがスカーレット家の家宝になっているかはわからない。私はこの魔杖を幻想郷に来る前、餞別代りにお父様とお母様に渡されたのだった。
 「フランは魔力の操作に慣れてないでしょ。だから、それを使って、まずは力の制御の練習をすればいいわ」
私が言うと、フランがやや頬を赤くした顔でうなずく。さっきまでの及び腰な様子とは一転して、妹は目を輝かせて、与えられたマジックアイテムに夢中になっていた。
 実は、私もレーヴァテインの存在を宝物庫に入る前まですっかり忘れていた。今言ったように、フランにレーヴァテインを与えたのは、魔力の使い方を学習させるためだった。自転車の補助輪のようなものである。マジックアイテムの補助があれば、魔力の制御の練習も簡単になるのではないかという考えだった。宝物庫に入り、何か使いやすいものはないかと探して見つけたのが、このレーヴァテインだった。伝説の魔杖なだけあって、壊れにくいところも魅力的だった。
 「レーヴァテインを使って、何かスペルカードを作ればいいのよ」
「スペルカードって、武器を使った技にも適用されるの?」
「そうね。ナイフ投げとか、剣で切りかかるっていうのもアリみたいだから、レーヴァテインを使っても何も問題ないわ」
「じゃあ、安心だね」とフランは私から受け取った白紙にスペルカードの名前を書きこむためにペンをとる。だが、フランはすぐには名前を書かなかった。
「……名前、どうしよう?」
「ん? 別に何でもいいんじゃない? まあ、そのスペルカードの意味を表す名前が一番いいみたいだけど、そんなに真剣に考えなくても大丈夫よ」
「うーん……何がいいかなあ」
「大回転『スマッシュ・レーヴァテイン』とかは?」
「……お姉さま、ごめん、それなんかやだ……」
フランが申し訳なさそうな、だが、明らかに嫌がっているような声を出す。そんなに私はネーミングセンスがないだろうか。少し落ち込んだが、一方、フランは意を決したようにさらさらとスペルカードの名前を紙に書きつけた。



 禁忌『レーヴァテイン』


 
 それがフランの最初のスペルカードの名前だった。

 ……『禁忌』か。

 まあ、今は考えるのはやめよう。

 せっかくやる気になったのだから、弾幕ごっこをしよう。

 私は自分を励まして椅子から立ちあがった。

 「じゃあ、今日はスペルカード一枚で弾幕ごっこをしてみましょう」
私も机の上の一枚、天罰『スターオブダビデ』を手に取る。そして、部屋の中の扉に向かう。フラン軽い足取りで、私の後に続いた。
 扉を開けると、そこには広大な空間が広がっていた。
 『遊戯室』と呼んでいる部屋だった。運動場のようなものである。人間の世界で言う体育館程度の広さがあり、高さも建物4階建分くらいの大きな部屋だった。フランはここで飛ぶ練習をしたり、私と鬼ごっこをしたりと、軽い運動をすることができた。
 
 私とフランは『遊戯室』の真ん中まで進む。そして、とりあえず3メートルくらいの距離をとって、私とフランは向かい合った。
 
 私は、半分緊張、半分期待のフランの顔を見ながら思う。
  
 スペルカードを使うことで、フランはどうなるか。そして、私は灰になっていないか。
 
 怖くないわけがない。下手をすれば、私は数分後に命を落としているかもしれないのだ。
 だが、これしか方法はなかった。
 フランが、私たち以外の妖怪や人間と接していく方法。
 フランの友達のつくりかたは今のところ、これ以外ないのだ。
 まあ、私なら蝙蝠一つ残れば復活できるから、大丈夫だろう。
 私は前向きになることにした。
 もう後ろ向きになるのは飽き飽きだ。
 私はスペルカードをしっかりと握って、フランに正面から向き合う。

 フランがスペルカードを天に掲げた。

 「……禁忌『レーヴァテイン』!」

 小さく、だが、力強い声でフランは自分のスペルカードの名を呼ぶ。レーヴァテインが、フランの魔力に応えて震える。

 奇妙奇天烈な形をした黒い魔杖から緋色の閃光が放たれ、その中から巨大な炎の剣が顕現した。

 「……うわあ」

 フランが、ため息のような歓声を上げる。フランは頬を紅潮させて、自分の作りだしたスペルに視線を注いでいた。レーヴァテインの眩しい光を浴びたフランの顔に、活力がみなぎってくるのがわかる。この心穏やかな妹にも、私と同じく闘争を楽しみとする吸血鬼の血が流れていることを感じた。フランの表情からはもう緊張はや不安は消え、いつものように私と遊ぶことを楽しみにする少女の笑顔が浮かんでいた。私の心からも、地下室に来てからのわだかまりが吹っ飛んでいた。かわりに戦いの高揚感が心のなかに沸き立たっている。私とフランは笑い合って言葉もなく、後へと飛んで距離をとった。

 フランがわくわくした顔で、私にレーヴァテインの切っ先を向ける。 
 
 緋色の輝きは紛れもなく、一薙ぎで山を焼くといわれる魔杖のそれだった。

 だが、スペルカードルールが働いている今、多くの人妖に恐れられたその一撃は、無力な子供を殺すことさえできない。
 
 この世で一番安全な魔法の杖だった。

 「どう? 制御できそう?」
私が尋ねると、フランは興奮に火照った顔でうなずく。
「うん。大丈夫。初めてだけど、使いこなせると思う」
レーヴァテインは同じ形を保ったまま、ごうごうと紅い光を放って燃え続けていた。「試しにちょっと振ってみるね」と、フランが何もない方向にレーヴァテインを振り下ろす。一本の緋色の閃光が『遊戯室』を走り、刀身から放たれたいくつもの炎の弾が飛翔する。一度だけでなく、二度三度、四度五度と、フランは強弱や振り幅を変えながら、何度も巨大な炎の剣を振って見せた。レーヴァテインから放たれる美しい弾幕を見て、少女は「うわぁ……」と感慨深げにため息をもらす。うむ。言葉通り、フランがレーヴァテインを使うことに特に問題はないようだ。喜びに少し頬を赤らめたフランが、はしゃいだような声で私に尋ねた。
「で、この弾を相手に当てればいいんだよね。一発だけでいいの?」
フランはもうすっかり弾幕ごっこをやる気分になっていた。私はフランの楽しそうな笑顔につられて微笑みを返す。
「いや、一発だけじゃないわ。相手が諦めるか、スペルカードを使い切るか、ね」
「……降参するっていうのはわかるけど、使い切るっていうのは?」
「スペルカードの枚数のことよ。スペルカードは何枚ももてるからね。一枚のスペルカードに使える時間は制限があるから、その時間が経ったら、別のスペルカードに変えないといけない。枚数分だけスペルカードで攻撃してみて、相手が諦めなかったら、こちらの負け。枚数内で、相手をぎゃふんと言わせられたら勝ちよ」 
うんうんと私の言葉にうなずくフラン。「他に質問はあるかしら?」と尋ねてみたが、特にないようだった。
「今日はフランは『レーヴァテイン』一枚で、私は天罰『スターオブダビデ』一枚で勝負ね。今回はスペルカードが一枚しかないから、制限時間を延ばしましょう。……じゃあ、用意はいいかしら?」
私もまたスペルカードを取り出しながら、フランに問う。フランは両手でレーヴァテインを握り、私に緋色の刃を向けた。フランのどきどきとした表情。私もまた戦闘前の心地よい緊張感を楽しんでいた。不安は何もない。朗らかな気持ちのなかで、私の口から自然に言葉が漏れていた。
 「……こんなに月が紅いから――」
「お姉さま、地下じゃそんなことわからないよ」
フランが横槍を入れる。だが、私は何食わぬ顔で答えた。
「いいのよ。これは決闘なんだから。格好良くて楽しければ何でもいいの」
「……決闘……決闘かぁ――」
フランは何度か口の中で『決闘』という言葉を繰り返し、やがて、はにかんだように笑った。
「何だか気恥ずかしいね」
「あら、フランは嫌かしら?」
「まさか。物語みたいで何だか格好いいよ」
文学少女でもあるフランはそう言って微笑む。私も笑んで口上を続ける。

 「こんなに月が紅いから――」

 私はもっていたスペルカードを掲げた。フランもまた剣を構え、虹色の翼を揺らして飛翔する。

 「記念すべき夜になりそうね」

 私とフランの初めての弾幕ごっこが始まった。









 結果、レミリア・スカーレットは灰になった、ということはなかった。

 私とフランの初めての弾幕ごっこは何の問題もなく、安全に終了した。

 「……けっこう弾って痛いね」
「……そうね。でも、実戦に比べたらかなりマシだわ。スペルカードルールって本当にすごいのね……」
「それにしても、明日は筋肉痛だなぁ……あはは」
「たぶん、私もそうね……久しぶりにいい汗をかいたわ」
フランは『遊戯室』の床に寝転がり、ぜえぜえと肩で息をしていた。対する私も息を切らしながら、スカートが汚れるのを気にすることなく地べたに座り込んでいた。 フランの弾が当たった場所が少し痛む。だが、それもじきに消えるだろう。実際の戦場の攻撃に比べれば、弾幕の弾の威力は大したことがなかった。これがギャグ漫画効果というやつだろうか。『コメディで顔に押し付けられるパイをライフルで撃ち込まれる』程度の痛みだった。熱さについても、弾に当たった瞬間は焼きゴテに触るような強烈なものを感じたが、数秒後には何ともなくなっている。直接レーヴァテインで殴られたりもしたが、鉄パイプで殴られるよりは全然マシだったと思った。紫が言っていたように、確かに弾幕ごっこでは死人は出そうにない。お互いちょっと服が破れていたが、怪我になるようなダメージは負っていなかった。よほどひどくやられない限り、重傷になることはないだろう。
 最初の弾幕ごっこは私の勝利だった。フランの圧倒的な戦闘経験と飛行経験の不足がその理由だろう。だが、フランは良く戦った。お互い、激しい弾のぶつけ合いで、体のあちこちがずきずきと痛んでいた。フランは私より何倍も多くの弾を喰らっていたが、最後まで降参の意思を示すことはなかった。結局、スペルカードの制限時間が切れるまで(今回はカード1枚だけだったので、特別に規定の時間の5倍くらいの時間で弾幕ごっこをすることにした。結果、二人ともほとんど魔力全開で戦っていたように思う)、戦いは続いた。だから、明確に私が勝ったわけではなかったが、まあ、判定で私の勝ちということになった。

 でも、フランはとても活き活きと弾幕ごっこをしていた。

 フランは純粋に弾幕ごっこを楽しむことができたと思う。

 弾幕ごっこを終えたフランは、すっきりとした顔をしていた。

 「うーん、悔しいなあ……」
フランが天井を仰ぎながら言う。本当に悔しがっている声だった。私の妹は穏やかな性格だったが、同時に負けず嫌いでもあった。そして、努力家でもあるフランは「次は負けないからね」と張りきるように言って、私に強気な笑顔を向けるのだった。そんな風に無邪気なフランがとても微笑ましかった。
 「ねえ、フラン、どうだった?」
私はフランの晴れ晴れとした顔を見ながら、尋ねる。
「弾幕ごっこはどんな感じだった?」
私の言葉にフランは微笑んで答えた。
「……楽しかったよ」
フランの笑顔は明るく、清々しかった。その言葉だけで、私は弾幕ごっこをしてよかったと思う。フランはさらに続けて言った。
「あと……弾幕がものすごく綺麗だった」
私はさきほどまで『遊戯室』で繰り広げられれていた弾幕ごっこを思い出す。目蓋の裏に弾幕の華麗な波飛沫を見つめながら、私はうなずいた。
「……ええ。綺麗だったわね」
目を開けてそう言うと、フランは眩しい笑顔を見せてくれた。
「お姉さまの弾幕、すっごく綺麗だったよ」
「……………………」
「紅くて、強くて、とても格好良かった」
「……あなたの弾幕もとても美しかったわ」
「そう? そうなら嬉しいな」
フランが嬉しそうに笑う。私は紫の言葉を噛みしめるように思い出しながら、フランの微笑を眺めた。妹の微笑は視界が潤んでしまうほど眩しいものだった。
 そして、私とフランはまた口を閉じた。私たちは呼吸を整えながら、ただじっと寄り添っていた。
 やがて、フランが私に話しかけた。
「ねえ、お姉さま」
「……うん?」
「正直に言うと……私、安心したんだ」
「……『安心』?」
フランは穏やかな顔をしていた。床に寝転がったまま、綺麗な緋色の瞳で私を見上げる。フランは一つ一つ、真摯に紡いだ言葉を私に伝えてくれた。
「……もしかしたら、失敗するかも、って思ってたから」
私は言葉を失ってしまった。けれども、フランは続けた。
「レーヴァテインを渡されたとき、本当にうまく制御できるか、ちょっと不安だったの。すごいマジックアイテムで使いやすそうで信頼できたけど……それでもひょっとしたら、魔力の扱いに失敗するんじゃないかって。それで……」
少しだけ細められた目の奥に、フランの瞳がきらきら光っていた。

 「……それで、お姉さまを傷つけちゃうんじゃないかって」
 
 私は黙ってフランの言葉を聞いていた――聞かなければならなかった。フランは休むことなく、言葉を続ける。
「でも、大丈夫だった。レーヴァテインを使い出してから、ああ、自分でも大丈夫なんだなあ、って思えた。私でも弾幕ごっこができるんだ、ってわかって安心したんだ……」
フランは優しい顔をしていた。私は胸が締め付けられる思いだった。フランも私と同じことを考えていたのか、と思うと、ため息が出そうだった。そして、私は理解していた。フランが私にあえて付き合ってくれたということを。フランは怖い思いを抱えつつも、私と一緒に遊戯室に入ってくれたのだということを知った。
 フランの緋色の瞳が真っ直ぐに私を見ていた。そこにはとても強い感情が宿っている気がした。
「……それで、これが『友達のつくりかた』なんだね」
声色からは、フランが何を考えているかわからなかった。ただ確認するような口調。私は正直にうなずいて答えた。
「ええ。私はそう思っているわ」
「……そっか」
フランはうなずき、天井に目をやった。岩の天井で、いくつかの照明以外には、ただひたすら暗い茶色だけが広がっているようなつまらない景色だった。空に浮かぶ月は遥か遠くにあった。フランはそんな何もない天井を見つめながら、また考え込むようにうつむいてしまった。

 「……ねえ、フランは友達について、どう思ってる?」

 私は勇気を奮って尋ねた。フランがこちらに顔を向ける。フランは少し困惑しているようだった。

 「フランは、友達は欲しい?」

 この質問こそが今回の本当の問題だった。私の問いかけにフランは真面目な表情を返した。妹はしばらく口を閉じて考え、それから静かな声で答えた。

 「……わからない」

 それがフランの答えだった。フランは弱々しく微笑んでいた。

 私はフランの儚げな微笑を見つめながら、もう一つ質問をする。

 「……じゃあ、フランは、外に出たい?」

 苦しそうで、つらそうで――それでも笑顔を続けているフランに、私は訊く。

 「フランは、外に出たいと思う?」

 その質問にも、フランは小さく首を横に振るのだった。

 「それも……わからないや」

 495年間、地下室で暮らし続けていた妹は、私に霞んだ頬笑みを向けていた。

 「よくわからないんだ。私には――」

 フランは『遊戯室』を見渡して、困ったように首をかしげる。

 「――ここしかなかったから」

 そして、ため息をつくフラン。空っぽの息が耳のなかに残響する。

 「お姉さまはどう思っているかわからないけど、」

 495年間閉じ込められてきた妹は、小さく微笑んで、一人ごちるように告白した。

 「実を言うと、私はそんなに不幸でもないんだ」

 ……私は何も言えなかった。でも、フランの言葉はやむことはなかった。

 「普通の人から見れば、私はたぶん不幸なんだろうけど……でも、私はそんなに自分のことを不幸だとは思わないんだ」
 
 「地下室にいなきゃいけないというだけで、私はひどい扱いを受けてるわけでもないし、こうして495年間無事に生きてこられたしね」と、フランはうつむきながらも笑う――だけど、その笑顔は私には見るのもつらいほど、痛々しかった。

 「だから、私はよくわからないんだ」

 「ごめんね、お姉様」と言って、フランは本当に申し訳なさそうな微笑を私に向けた。フランは謝る必要も、そんな顔をする必要はないというのに――むしろ、謝らなければならないのはこちらなのに。それでも、フランは優しく、悲しそうにそうやって微笑むのだった。

 私は黙っていた。今まではフランの言葉を聞く以外の選択肢はなかったが、今度は黙ることしか方法はなかった。黙って、私はフランに何をするべきか、何をしていけないか、そして、そもそも何かをすること自体正しいのか、考えていた。
 
 私はフランの目を見る。

 フランは緋色の目をこちらに向けて、うつむき加減に微笑んでいた。

 その暗い赤をよく心のなかに刻みつけて、私はまた考える。

 今こそ――判断し、決断しなければならないときだった。

 それも一番正しい判断をし、最適な方法を決断しなければならない。

 間違えた方向に進めば、本当にとりかえしのつかないことになる。

 それだけは勘弁だった。

 「……ねえ、フラン」
私はついさっき確認したことをフランに尋ねる。
「弾幕ごっこは楽しかった?」
方向の変わった私の質問に、フランは一瞬きょとんとして、微笑を浮かべてうなずく。
「うん。楽しかった。すごく楽しかったよ」
その微笑には少しだけ、明るさが混ざっていた。
「……じゃあ、」
私は緊張に震える自分を励ましながら、フランに提案した。
「明日もいっしょに弾幕ごっこをしない?」
その言葉にフランは目を丸くする。私は怯む気持ちを押しのけて、言葉を続けた。
 「明日だけじゃなくて、これから毎日、弾幕ごっこをやりましょう。弾幕ごっこでいっしょに遊びましょう」
 ……これが今の私の最善だった。現状維持でしかなく、姑息にも見える提案。だが、これ以外、たとえ少しずつであっても前進する方法はないように思えた。
 弾幕ごっこを続けること。
 たとえ、フランが地下室から出て、幻想郷のなかに入っていこうとしなくても……それでも、その方法だけは教えてあげたかった。
 私はもう一度、私の言葉に驚いているフランの目を見る。
 まだ、緋色の瞳には寂しさと悲哀の陰が映っていた。


 ――私は、自分のフランを見る目を信じた。


 「友達をつくる云々は置いておくとして……どうかしら、フラン? 明日から、私といっしょに弾幕ごっこをしない?」
「……あー、えーと、その……」
「それとも、私と弾幕ごっこするのは嫌?」
私が意地悪っぽく尋ねると、フランは慌てて、ぶんぶんと頭を振った。
「ううん、そんなことないよ。弾幕ごっこ、面白かったもの。毎日やってくれるなら、私も嬉しいよ」
「じゃあ、決まりね」
私は強いて微笑んでみせる。フランは少し戸惑っているようだったが、うん、とうなずいてくれた。 
 それから私たちはフランの部屋に帰った。フランは汗と汚れを落とすために、お風呂に入った(一応、フランの部屋には生活するのに必要最低限の設備は整えられていた)。そのあと、私はフランと弾幕ごっことまったく関係のないおしゃべりをしてから、地上に帰ることにした。
 フランは扉まで私を見送りに来てくれた。
「じゃあ、フランも弾幕考えておいてね。実戦で使うような攻撃じゃなくてもいいわ。弾幕ごっこにしか使えないものでも構わないから」
「うん。わかったよ、お姉さま。また明日ね」
「ええ。また明日」
会話をしながら、私は地下の通路へと出る。フランも扉の閉まるギリギリのところに立った。
 
 私はフランに挨拶をするために、地下室のほうを振り向く。

 フランの姿が目に映った。
 
 私とフランの間には、一歩分の距離もなかった。
 
 1メートルも離れていない向こうで、フランが微笑んでいた。
 
 優しく、寂しそうに。

 落ち着かないほど、その距離が遠かった。

 「じゃあね、お姉さま」

 フランがそう言ってひらひらと手を振る。

 そんな健気な姿でも、妹の微笑には悲しげな陰が映っていた。
 
 ――ああ、そうだ。
 
 フランの顔を見て、私はフランを見る目が正しかったことを確信した。
 
 地上に帰る私を見送るフランの瞳は、いつも心がかき乱されるような儚い緋色だった。
 
 「……どうしたの? お姉さま」

 別れの挨拶を言うことも、施錠の呪文を唱えることもせずに、突然黙り込んでしまった私に、フランが不思議そうに尋ねる。

 気付くと、私はフランに抱きついていた。

 こんな寂しそうなフランを見て、腕を伸ばさないでいられるか。

 突然の抱擁に驚くフランの耳元で、私はお願いした。

 「……私を信じて」

 フランの顔は見えなかったが、息を呑むのが気配でわかった。 

 「誰かといっしょに遊ぶのは、きっと楽しいから」
 
 私は心の真ん中から言った。

 「誰かといっしょにいるのは、きっと楽しいから」

 フランの小さな体を思いっきり抱きしめる。

 「ちょっとでいいから……私に、つきあってちょうだい……」

 しばらく沈黙が続いたが、やがてフランが口を開いた。落ち着いた声だった。
 
 「――わかったよ、お姉さま」

 フランはどこか恥ずかしそうに頬を赤くしていた。

 「――私、頑張ってみるよ」

 フランは、はにかんだような温かな微笑を見せて、うなずいてくれた。

 















 「どうやら殺されなかったようね……」
地下室の帰り、書斎に立ち寄った私に、七曜の魔女はまずそう言った。パチェは紫水晶の瞳に鋭い光を宿していた。私はそれに肩をすくめて答える。
「ええ、殺されてたまるもんですか。あちこち痛い思いはしたけどね」
私はパチェの前に座る。パチェの司書をしている小悪魔がやってきて、私に紅茶を淹れてくれた。パチェは弾幕ごっこによって埃まみれになってしまった私に細めた視線を送る。
「ずいぶん暴れてきたみたいね」
「まあね。なかなか楽しかったわ。紫が言った通り、弾幕ごっこは安全な遊びだった。フランも満足していたわ」
「妹様が満足した、ね……まあ、力の暴走がなかったことは喜ぶべきね」
「ええ、私たちの杞憂に終わったわ」
「でも、これで安心できるわけでもない」
「もちろんよ」
二人で紅茶をすする。やはり咲夜の淹れた紅茶のほうが美味しかった。不味いというわけではないが、咲夜の紅茶に慣れると物足りない感じがする。あのメイド長は無愛想だけれども、紅茶を淹れる腕が一流であることもまた間違いなかった。パチェは魔導書を読み上げるかのように淡々と今後のことについて話を進めた。
 「一度目の弾幕ごっこは成功……でも、二度目が成功するとは限らない」
「そうね。フランの暴走のタイミングは、はっきり言って全くの不明だわ。たまたま今回暴発しなかっただけかもしれないし、あるいは、今日のストレスが次回に持ち越されるだけかもしれない。そうなれば、次は却って暴走しやすくなっていると言える」
「そして、何より……」
「弾幕ごっこは目的であると同時に、手段でもあるということ。弾幕ごっこを習得するだけでは、本来の目的の半分しか達成されていない」
 
 今回のことだけでは、弾幕ごっこがフランに与える影響がどの程度のものか、正確に知ることは不可能だった。

 先ほども言ったが、まず、弾幕ごっこがフランの能力の暴走を引き起こすのではないか、という懸念が存在していた。私は弾幕ごっこがフランの魔力の制御の練習と、『運動』不足の解消に使えるんじゃないかと期待していたが、逆にフランが攻撃魔法を使うことが、破壊の能力を刺激するのではないかという不安も感じていたのだった。今回の弾幕ごっこがフランのストレス解消に役立ったか(私としては、フランは楽しそうに遊んでいたし、本人のストレス自体は減ったんじゃないかと思うが……)、もしくは、フランの破壊の能力の暴走を誘発させることになったかはまだわからないのだった。もっとも、このことはフランの暴走の原因が完全にわからないということから来ていた。少しでもそれを知ることができれば、と思うが、情報量が足りなすぎるため、今のところ見当さえ付いていない。だが、ここで止まるわけにもいかなかった。暴走の原因の探索も含めて、私たちは弾幕ごっこを慎重に続けていくしかなかった。注意深くフランの様子を見続けることしか方法がない。まあ、覚悟はすでに決めてあるから今さら議論するようなことではなかった。一回目の覚悟が出来たのだから、二回目以降に問題などないのだ。
 そして、もう一つ。フランが弾幕ごっこを身につけるということで、何を得るかということだ。
 何度も言ったが、弾幕ごっこはこれからの幻想郷において、お互いの意志を主張するツールとなる。フランが幻想郷へと出ていくとしたら、スペルカードルールを熟知する必要があった。だが、それもフランの意志次第だ。フランが『友達のつくりかた』を覚えるかは、フランが決めることなのだった。
 「どちらにしろ、続けるしかないわね……」
私は紅茶をすすりながら言った。パチェも「まあ、ね」とうなずく。
「妹様は経験が薄すぎるからね……弾幕ごっこは、魔法の練習だけじゃなくて、体を思いっきり動かせる遊びでもある。妹様は遊ぶことにも慣れないといけないのかもしれないわね」
フランは遊ぶことを知らないわけではない。でも、へとへとになるくらいに遊んだことはないんじゃないかと思う。地下室での遊びはせいぜい、傾いだ机の上でトランプをしたり、『遊戯室』で鬼ごっこをする程度だった。フランは遊ぶことにも絶対的な経験値が不足していた。フランには誰かといっしょに思いっきり遊ぶという経験が必要なのだった。
 「ま、今、考えるのはこんなものかしらね……」
私は紅茶のカップを置いて、背伸びをする。さて、この後はどうしようか。咲夜には、メイド妖精に弾幕ごっこの仕方を教えるように言っておいたが、どうなっているだろうか。流石に一日では無理だろうが、一応確認しておく必要がある。それから、門番隊の訓練についても美鈴に訊かなければならなかった。久しぶりの運動で疲れていたが、休むのはもう少し後だった。
 そんなことを考えていると、パチェがじっと私を見ていた。深い紫の瞳に強い光が宿っている。パチェは沈思黙考していたようだが、それまで膝の上に開いていた本を机の上に置いた。

 「……レミィ」

 パチェが本当に真面目になっているときの声――滅多なことでは聞くことができない声だった。

 「妹様は地下室に暮らしていても、別に自分を不幸と思っているわけじゃないって言ったんでしょ?」

 賢き七曜の魔女は、まっすぐに私を見ていた。私は何とかパチェの視線を受け止める。パチェは毅然とした口調で続けた。

 「……じゃあ、無理に友達をつくる方法を教える必要はないんじゃない?」

 私はパチェに言葉を返すことができなかった。ただ、親友の真剣な顔を見つめることしかできなかった。

 ……さすが、パチェだな。

 私は心のなかでため息をつきながら、そう思った。そして、同時に心の深い部分でパチェに感謝する。パチェもまたフランのことを真面目に考えてくれていることがわかったからだ。親友は珍しくも厳しい声で続ける。
「弾幕ごっこを妹様に教える理由はわかるわ。レミィの最終目標は妹様を地下室から解放すること。自分の力で友達をつくれるようになれば、外に出しても安全だろう――レミィはその証明が欲しいのね……」
パチェはそこいったん言葉を切って顔を伏せる。パチェは迷っているようだった。次の言葉を続けるべきか、魔女は深く悩んでいたようだが、意を決したように言った。

 「でも、妹様が別に外の世界を望んでいるわけじゃないのだったら、無理に外に連れ出そうとする必要はないんじゃないかしら?」

 パチェは人の幸福はその人のものでしかないということを信じている人種だった。この親友は、幸福というものが他人に左右されるほど安っぽい物ではないことを理解できる賢人だった。

 パチェはうつむいたまま、苦しそうな口調で続けた。

 「……成功すると決まっているなら、それもいいかもしれないわ。でも、成功する可能性がどの程度かはわからないのよ。100%ではないのは確かだし、むしろ失敗する可能性のほうが高いかもしれない。そして何より、失敗したときの代償は、たぶん妹様にとって大きなものになるでしょう……」

 ……パチェの言うとおりだと思った。

 私は、フランに対して『友達は欲しい?』と尋ねたことを思い返す。

 あの質問は確認の意味もあったが、同時に私の願望もこめられているものだった。

 フランは現状に満足しているかというと、たぶん、それはノーだろう。不幸ではないと本人は言っていたが、それは満足という意味ではあるまい。だが、『安定』しているのは確かなのである。毎週一度、フランの周りで家具が壊れ、何十年に一度、大きな力の暴走があったとしても、無事にフランは495年を生きてこれた。フランは『安定』のなかで、そこそこ不幸でないくらいの人生を送ってこられたのだ。

 では、今ここで、弾幕ごっこを覚えるということは、その『安定』を壊すことにはならないのか。

 フランは言った。

 『――ここしかなかったから』と。

 自分の世界は、地下室しかなかったから、と。

 弾幕ごっこを覚えさせるというのは、フランに別の世界を見せるということだった。
 フランの『安定』した世界に、新しい世界を連れ込むということ。
 フランは弾幕ごっこをするとき、自分のよく知らない世界に投げ込まれることになるのだ。
 もちろん、それが成功するなら問題はない。
 フランが新しい世界にも適応して生きていけるなら、フランの世界は広がり、きっとフランも新しい楽しみや喜びを見つけることができるのだろう。
 
 でも、もし失敗したら?

 地下室と別の世界を見せて――でも、その世界ではフランは生きていけないということが示されてしまったとしたら?

 希望を与えるだけ与えて、それが手に入ることのない望みだとわかってしまったとしたら?

 そのとき、フランはどれほどの孤独感を味わうのだろうか。

 どんな絶望を感じることになるのだろうか。

 そして、厄介なことにまだ問題は終わらない。

 ……いや、むしろ本当の問題はこちらのほうかもしれない。

 その新しい世界は、フランにとって完全に未知の世界ではないのだ。

 その世界とは、『私たちの住んでいる世界』以外の何物でもないのだから。

 これは想像だが――フランもまた、『私たちの世界』というものを強く感じているんじゃないだろうか。

 フランの地下室を訪ねる者は少ない。今、この幻想郷には、私、パチェ、美鈴の3人しかいなかった。フランにとって私たちの位置づけは複雑だろう。恐らく、フランの世界の住人でありながら、同時に外部の世界の住人、という二重の存在になっているはずだ。
 フランにとっては、私たちしか話す相手はいなかった。だから、フランの世界の住人は、フランも含めて4人しかいないのだ。フランには他に関係する対象がいない。以上も以下もなく、フランの世界はこの4人だけで打ち止めだった。自惚れではなく、フランにとって私たちの存在はフランの世界にとって重要な存在なのだと思った。
 そして、一方、私たちはフランの地下室に降りてきても、やがては地上に帰らなければならない存在でもあった。なら、否が応でもフランは私たちが帰っていく世界というものを強く認識させられているのではないかとも考えられるのだった。私たちの後姿から、フランは自分の世界に対して、決して交わることのない世界――『地下室の外の世界』を見ていたんじゃないだろうか。
 だから、私たちはきっと、フランにとって世界の仲間でもあり、外部の人間でもあるのだろう。
 
 では、弾幕ごっこの習得に失敗してしまったとき、

 姉たちの住む世界では、自分は生きることはできない、とフランが思ってしまったとき、

 フランの目に私たちはどんな風に映るだろうか。

 フランは私たちにさえ、疎外感の視線を向けるようになるんじゃないだろうか。

 そうなったら――フランは本当に一人ぼっちになってしまうんじゃないだろうか。

 パチェの言いたいことはそういうことだろう。
 フランに弾幕ごっこを教えるのは、フランに新しい世界を教えること――新しい希望を与えることだ。だが、それが果たされなかった場合、フランは感じる必要もなかった絶望を――それも立ち直れなくなるような絶望を味わうことになる。失敗する確率についても、パチェは決して低くないと考えているだろう。
 そして、それをフランが望んでいるならともかく、望んでいないのに、努力を強要することは正しいのか、と。フランを自分から苦難に進ませるようなことをしていいのか――そう、パチェは言っているのだろう。

 ……それは私も考えたことだった。

 フランに『友達は欲しい?』と、『外に出たい?』と、そう質問をしたとき、私はそのことを考えていた。
 そんなリスクを冒してまで、フランに弾幕ごっこを――『友達のつくりかた』を教える必要があるのか。
 フランに外に出る努力を強要する権利が私にあるのか。
 今まで散々、フランに孤独を味あわせてきた私に、それをすることは許されるのか。
 
 パチェは真剣な表情と声で私に尋ねる。

 「それについて、レミィはどう思っているの?」

 パチェの紫色の強い視線が逃げることは許さないと言っていた。私は親友の意思を正面から受け止めるしかなかった。

 パチェの質問は難題だった。
 この問題には正解がない。
 リスクを冒してでも進むか、あるいは、リスクを恐れて諦めるか。
 そして、どちらかを選んだとして、私は自分に対して――何より、フランに対して胸を張ることができるのか。
 だから、この問題に正解はない。
 あるのは、戦うか避けるかだけだった。
 
 それでも――

 前に進もうと考えるなら、私は『信じる』しかないのだろう、と思った。

 答えが出ない問題について、人は考えるのをやめなければならない。答えがないのだから、考えても仕方がない。
 けれど、それでも何かをしなければならないときならば、人は選ばなければならないのだ。
 私は止まっていることは許されなかった。
 もうすでに始めてしまった私は、ここで引き返すか、このまま進むかを選択しなければならなかった。
 
 だから、この問いに存在するのは、どちらかを選択しなければならず、その選択に自信をもてるのかということだけ。

 私が自分の選ぶ方法を信じることができるかということなのだ。

 もう、信じるべき道は決まっていた。

 私はパチェの質問に答える。

 「私は、フランにとって弾幕ごっこを覚えるのは価値があると思うわ」

 パチェは相変わらず私に真面目な視線を送り続けていた。私も負けずに言葉を続ける。

 「そもそも、仮定についてなんだけど、」

 私は地下室でのフランの瞳の色を思い出していた。

 「フランは本当に、不幸ではないのかしら?」

 暗く深い緋色の光。
 言葉にできない、フランの心の奥の感情。
 言葉にするには深すぎる495年の想い。
 私は自分のフランを見る目を信じて、パチェに伝えた。

 「違うわ、パチェ。確かにフランは地下室暮らしは不幸ではないと言った。けれども、きっと、それは本当ではないわ。フランとしても嘘をついているわけではないだろうけど、本心ではないと私は思う。本心ではないというよりも、言葉にできないと表現したほうがいいかしらね……これは私の推測でしかないけれど、フランは本当は不幸というものを感じているんじゃないかしら?」
 その意見はレミィの主観でしかないし、傲慢ではないかしら、と非難する視線を、パチェは私に向ける。その通りだ。私のこの推論は何の根拠もない。フランの言葉の通りに従えば――そして、フランの意思表明を尊重するとすれば、私の言葉は間違い以外の何でもなく、とんでもない押しつけだということになる。

 けれども、私は見たのだ。

 フランの寂しそうな目を。

 フランの優しくて――でも、この上なく寂しそうで悲しそうな目を。 
 それに気付けないなら、私はフランの姉じゃない。
 フランはきっと寂しいのだと私は確信していた。
 そう思って放っておけるほど、私は物分かりのいい吸血鬼ではなかった。

 「495年間もあんなところに一人でいて、寂しくないわけがないわ」
  
 知人じゃなくてもわかるくらいに、パチェがきつく目を細める。だが、私はかまわず続ける。私にはまだ言うべき言葉があった。

 「それに、あの子、不幸じゃないとは言ったかもしれないけど、幸せだとは言わなかったわ」
 
 幸せ。

 幸福。

 あのとき、フランの口から幸せという言葉が出てくることはなかった。
 フランが不幸ではないとして――
 では、フランは幸せなのだろうか。
 フランにとって幸福という言葉はどんな意味をもつのかわからないが。
 そもそも、それを認識しているのかさえもわからないが。
 でも、それがひどく悲しいことに思えた。

 「確かに自分が幸福だなんて誰しもが胸を張って言えることではないかもしれないけど……でも、フランは自分が幸せだとは言わなかったということは確か。代わりに出たのは、不幸ではないという、どこか曖昧な言葉だったわ。……もっとも、不幸でなければそれでいいという人間も多いけどね。でも、私はフランの言葉に納得することができない」
私は紅茶の紅い水面に視線を落とす。水面は静かに揺れていた。私は自分の言葉がパチェにとって不愉快であること、そして、フランにとってこの上なく失礼なものであるとわかりながらも言った。
「はたして……フランは幸せを感じたことが、どれくらいあるかしら?」
パチェは憎悪さえも感じさせるように頬を歪める。
「フランは生きていて、私たちと同じくらい幸福を感じてくれたかしら?」
そこまで言ったところで、パチェが口を開いた。不快感を隠そうともしない声でパチェは言った。
「失礼なやつね。それにものすごく傲慢な奴……」
ここまで怒っているパチェは久しぶりだった。
「レミィは尊大な奴だと思っていたけど、それだけじゃなかったのね。まさか傲慢な奴でもあったんなんてね」
「あら? 悪魔にとって、それは褒め言葉だわ」
「茶化さないで、レミィ。私は本気で腹が立っているんだから」
「でも、不幸でないという言葉と、幸せだという言葉――信じるとしたら、私は断然、後者を選ぶわ」
パチェは厳しい目で私を見据えながらも黙ってくれた。
「『最大多数の最大幸福』。人の幸せは人それぞれであり、数量化することなんてできない、って否定されているけどね。けど、私は信じるわ。人の幸福は他人が口出しできるような単純なものではないかもしれないけど、幸せだと感じる回数が多いほど、確かに人生は豊かになっていくのよ」
 それに、と私はパチェに真っ直ぐと視線を向ける。

 「私はフランの姉なんだから」

 他人では、その人の幸福にとやかく言う権利はないかもしれないが――

 「フランは私の妹なんだから」
 
 私はフランの家族なのだから。

 「まず、姉である私がフランの幸せについて考えてあげられないで、他の誰がフランのことを考えてあげられるの?」

 パチェはじっと私を見ていた。紫水晶の瞳から、憎悪という感情はいつの間にか消えていた。代わりに、私の覚悟を見据えるような真剣さだけがたたえられていた。私の頬は自然に緩んでいた。
「……きっと、友達がいたほうが楽しい人生を送れるはず。人生は楽しければ楽しいほうがいいわ」
私は普段は訊かないようなことを親友に尋ねる。
「ねえ、パチェは私が友達じゃなかったほうがよかったかしら? こんな吸血鬼の友達なんて、いないほうが幸福だったかしら?」
「……その質問は卑怯すぎるわ」
パチェがそっぽを向いた。七曜の魔女の顔は少し赤くなっていた。ぶつぶつと愛すべき親友は文句を言った。
「ほんと、嫌な奴……尊大で傲慢で失礼で卑怯で……何でこんな奴が私の親友なのかしら……」 
私はくすくすと笑ってしまった。パチェは不機嫌そうに黙り込んでしまう。今にも机の上の本を手にとって、私を無視し始めそうな感じだった。私はかまわず、パチェに微笑みかける。
「パチェ……きっと、フランも友達がいたほうが楽しいわ」
七曜の魔女は黙ったまま、私の言葉を聞いていた。
「……それに、私もフランといっしょに遊びたいもの」
私は目をつぶって想像した、フランといっしょに生活する紅魔館の暮らしを。
「いっしょに散歩したり。いっしょにパーティーを開いたり。いっしょに紅茶を飲んだり。いっしょに弾幕ごっこをしたり、いっしょに月を見たり……きっと、今の生活よりも何倍も楽しい生活だわ」 
私の語る声に、パチェは、そうか、と呟いた。目を開けて親友を見る。パチェは怒るというか――呆れた顔をしていた。やれやれと言った感じで、紫紺の長い髪をかき上げる。パチェの口調は、ようやく納得がいったという感じだった。
「妹様が寂しいというより――あなたが寂しいのね、レミィ」
予想外の言葉に私はきょとんとしてしまった。だが、七曜の魔女は肩を竦めて続ける。
「これじゃ、妹様のほうが大人だわ。実は自分のほうが寂しいなんて、まるっきり子供じゃない」 
文句を呟くパチェを見ながら、私は納得していた――ああ、寂しいのは自分もなのかもしれない、と。私は反論することなく、パチェの文句について考えていた。
 最初にフランを幽閉したのは私ではなくお父様とお母様だったが、私は幻想郷に来てからもそれを引き継いでフランを地下深くに幽閉し続けていた。幻想郷に来る前から、フランを地下から救えずにそのまま放置していたことを考えると、それは私がフランを495年間幽閉していたことと特に変わるわけではない。それなのに寂しいなんて、わがままにもほどがあるというものだ。
 だが、私は耐えられなくなったのだ。
 危険だという理由で、フランを閉じ込め続けることにも。
 妹が自分のそばにいてくれないということにも。
 だから、今回のことは、フランだけじゃなくて、私自身のためでもあるのかもしれない。
 「ほんと、似たもの姉妹よね、あなたたちは……」
やれやれとため息をつきながら、パチェは頬杖を突きながら言う。
「まあ、でも、今回の件はきっと、妹様のためにもなるのでしょうね」
そう笑う魔女の顔はとても優しげだった。
「あなたが妹様のことを真剣に想っているのは疑いようもないし――せっかくだから、協力してあげるわ」
これで話はお終い、とでも言うかのように、パチェは机の上の本を開いた。紫色の瞳はすでに文字の列を走っていた。そうして、親友は勝手に話を終わらせてしまったのだった。
 私は無愛想な魔女に話しかける。
「ねえ、パチェ」
「何よ、レミィ」
「あなたの捻くれっぷりも相当なものよね」
「……余計なお世話よ」
親友の魔女はむっとした顔をして、本を読み続けた。
  

















 パチェの図書館を出た後、私は門番隊の詰め所に向かっていた。
 今の時刻は夕方をすでに過ぎている。とっくに太陽は地平線の下に落ちて、群青の美しい夜のとばりが幻想郷をすっかり覆っているころだった(ちなみに今日、私は正午くらいに起きた。フランの起床時間に合わせるためである。フランは地下室暮らしなので、活動時間帯がけっこう不規則だった)。日傘を差す必要もなく、私は門番隊の詰め所にいる美鈴に会いにいった。
 正門近くに設けてある一階建ての建物へと向かう。
 その途中、私は正門と紅魔館本館の間に広がる庭園を眺めていた。
 庭園には彩り豊かに様々な花が植えられていた。もう夜に入ってしまったから、開いている花は少なかったが、昼に窓から覗いた時はたくさんの花が顔を上げて咲いていた。私は夜でもぽつぽつと開いている小さな花々に目を向けながら、一つのことを思い出した。そういえば、この花々を世話しているのは、美鈴だったな、と。私は幻想郷に来る前の美鈴を思い返して、肩を竦める。日向で花壇の花を育てるというよりも、戦場に無数の死に花を咲き散らせる――それが一昔前の美鈴のイメージだった。
 美鈴は幻想郷に来て、変わったのかもしれない。
 じゃあ、他にも変わることはあるのだろうか。
 そして、これから、変えることができるものはあるのだろうか。
そんな意味のないことを考えながら歩き、門番隊の隊員である妖精たちの挨拶を受けながら、私は詰め所にたどり着いた。
 木製のドアを開けて中に入る。
 
 門番長の美鈴が机に突っ伏して寝ていた。

 「……………………」

 思わず絶句する。他に誰かいないかと部屋を見渡すが、美鈴一人だけのようだ。美鈴は、すぴーすぴー、と気持ちよさそうに寝息を立て、容姿相応の少女のように、へにゃっとした顔で居眠りしていた。
「……………………」
私はそっと美鈴に近づいて、その頭を叩くために手を上げた。できるだけ痛く叩いてやろうと、美鈴の後頭部をよく狙う。

 私の右腕が動き出す一拍前、突然、美鈴が顔を上げた。

 戦意に満ちた顔で飛び起きた美鈴は、殺意のこもった目で私を睨み――それが私であるとわかると表情を緩めた。 
「あ、おはようございます、お嬢様」
「……おはようございます、じゃないわよ」
私は美鈴の頭の上に構えたげんこつを下ろす。寝ているときでも、身の危険を瞬時に察知する、戦場の勘は健在のようだった。いや、そもそも昼寝をするなよ、という話なのだが……。私は、ふわぁとあくびをしながら背伸びをする美鈴に話しかける。
「何昼寝してんのよ。……今は夕方だから、『夕寝』だけど」
「いやあ、つい」
「つい、じゃないわよ」
ため息をつく私に対して、美鈴は安心したように笑う。
「それにしても、お嬢様でよかった。咲夜さんだったら、私相当叱られてますからね」
「当の雇い主より、メイド長のほうを恐れるなんてね……相変わらず失礼な臣下だわ」
「いえいえお嬢様、ほんと、咲夜さん怖いんですよ。お嬢様もきっとビビります」
「まあ、私もあの仏頂面の咲夜が般若の形相になったら怖いと思うけどね」
「いや、あの仏頂面のままで、凍えるような殺気を放たれながら、怒られるんですよ」
「なおさらビビリものね」
「この前も居眠りしてて、無表情+めっちゃ怖いオーラで起こされましたからね」
「そして、貴様、前も居眠りしていたのか」
「このままだといつかナイフ投げられるようになるかもしれません。くわばらくわばら」
美鈴が手をこすり合わせて、咲夜の雷が落ちないように祈ってみせた。対する私は、全く反省の色のない美鈴に、呆れ果ててしまった。グングニルでも喰らわせてやろうかと思ったが、この後、美鈴が咲夜の投げナイフの標的にされる運命を何千個も幻視したので、今は控えておくことにした。
「……それにしても、あの紅美鈴が昼寝とはね。疲れてるわけではなさそうだけど……それとも、何か企んでるのかしら?」
「いいえ、何も企んでませんよ。お嬢様の忠実な臣下である私に企み事などございません」
美鈴は急に顔を引き締め、白々しい答えを返した。私は長年付き合ってきた赤髪の少女を黙って見つめる。私の白い目で見られても美鈴はしばらく真面目な顔を保っていたが、やがて堪え切れなくなったようで、ぷっと噴き出した。私が肩をすくめて首を振ると、美鈴は子供をなだめるかのような口調で言う。
「お嬢様、美鈴は本当に何も考えておりません。ご安心ください。ただ、幻想郷に来てもうけっこう経ちますから、そろそろ緩めてもいいかな、と思っただけです」
「幻想郷はのどかなところですからね」と、美鈴は微笑む。だが、私は美鈴の言葉に困惑せざるを得なかった。以前から、美鈴は飄々としていて、食えない奴だったが、幻想郷に来てから、さらに考えていることがわからなくなったような気がする。……まあ、そのことはおいおい何とかしよう。私は話を進めることにした。
 「それで、スペルカードの訓練はどんな感じかしら?」
私は門番隊の詰め所に来た要件について尋ねる。美鈴にも門番隊にスペルカードルールの教育を行うように指示していた。美鈴は滔々と訓練の経過について話す。
「さすがに今日一日で全部教育することはできませんけどね。スペルカードルールという概念を完全に教えるのにあと2、3日というところでしょうか。門番隊の隊員も妖精ですからね。学習能力を考えると、もう少し時間が必要になります。あと、弾幕のフォーメーションについてはさらに時間がかかる見通しです。1か月半、というところでしょうか。……何も明日から博麗の巫女に喧嘩を売るというわけでもないですよね?」
「ええ。異変の実行は8月を予定しているわ。今が6月だから、まだ十分に準備の時間はあるわね」
私は、美鈴を睨みつけ、釘を刺しておいた。
「……だからって、サボらないようにしなさいよ。弾幕ごっこが遊びとはいえ、紅魔館が舐められることのないようにね」
「わかってますって。心配しないでください」
笑いながら、美鈴は答える。まあ、それほど心配はしていないけど。美鈴は飄々としていながらも、なんだかんだで私の頼んだことはきっちりと遂行してくれるだろうから。だが、どうにも調子が狂う。こんなに、のほほんとしている美鈴はあまり見たことがなかった。これが西欧の戦場で悪鬼のごとく恐れられていた紅美鈴なのだろうか。
 「……まあ、いいか。それから、美鈴、あなた、もうスペルカードはつくった?」
私は美鈴の様子については置いておくとして、もう一つの要件について話すことにした。私の質問に、美鈴はうなずく。
「ええ。今日で3枚くらい作りましたよ。けっこうおもしろいですね、弾幕考えるの」
どうやら、美鈴もスペルカードルールが気に入っているようだった。
「ただ、殴りと蹴りがあんまり活躍できないんじゃないかという感じはしますけどね」
「弾幕ごっこだからね。でも、そのうち、格闘戦主体の弾幕ごっこもできるようになるでしょ」
確かに美鈴の言うとおり、弾幕ごっこは格闘戦よりは遠距離からの攻撃が主となるものだった。近距離での殴り合いが得意な美鈴向けではないかもしれない。だが、美鈴はそれほど不満でもないらしく、「まあ、たまにはこんな遊びもいいですかね」と執着する様子はなかった。美鈴がスペルカードを作ったことを確認して、私は本題に入る。
「じゃあ、美鈴はもう弾幕ごっこができるのね?」
「はい、お嬢様。……これから一戦しますか?」
「いえ、それもいいんだけど……」
楽しそうに小首をかしげる美鈴の誘いを、私は断る。それから、私はためらいを感じながらも――こんなときまで躊躇を覚える自分が少し腹立たしかった――美鈴に尋ねた。
「あの子と弾幕ごっこをしてくれないかしら?」
私の言葉に美鈴は急速に表情を収斂させた。
「フランお嬢様ですか……」
美鈴は呟くように言い、今日見てきたなかで一番真面目な顔をする。
 美鈴は私の元教育係だった。その付き合いの始まりは私が生まれたころまで遡る。だから、美鈴は紅魔館で私と一番時間を多くともにしてきた妖怪だった。495年間姉妹をしてきたフランよりも長い。美鈴は妹の教育係ではなかったが(というより、存在自体が半ば秘密であったフランには教育係を立てることもできなかった……)、フランのこともよく知っていた。フランも美鈴に懐いている。この紅魔館で、私の次にフランを理解しているのは、この元教育係の門番長であろう。
 「……昨日の話を実行するということですね」
美鈴が顔を上げて私を見る。少しどきどきした。悔しいことだが、私は美鈴に叱られるとき、少し親に怒られているような感じを覚えるのだ。だからって、素直にその言葉を聞くつもりはないが、パチェのときのように反対されるかな、と考えると、少し気後れする気持ちになるのも確かだった。
 だが、心配は無用だった。うつむき気味の私に対し、美鈴はこっくりとうなずいていた。
「わかりました。時間のある時に、フランお嬢様のお相手をしましょう」
美鈴はいつものどおり、朗らかな笑顔を浮かべていた。
「門番のシフトが私ではないときに声をかけていただければ、いつでもご一緒します。私一人では行かないほうがいいでしょう。お嬢様といっしょのほうが妹様も安心するでしょうし」
「それでいいですよね」と美鈴は何でもないことのように言う。私はちょっと拍子抜けしていた。強く反対されるとは思わなかったが、こんな二つ返事で受けてくれるまでは予想していなかった。
「……ええ。それでいいわ。お願いね、美鈴……」
驚きを隠すこともできずに、私はおずおずとうなずいていた。私がじっと美鈴の顔を見つめていると、赤髪の少女は肩をすくめた。元教育係がにやにやと頬を緩ませて、私に尋ねる。
「もしかしたら、反対するとでも思ってました?」
美鈴は的確に私の心中を言い当てていた。私はぐっと言葉に詰まったが、素直にうなずくことにした。そんな私を見て、美鈴はくすくすと笑う。
「反対なんかしませんよ。私だって、フランお嬢様を495年間見てきたんですから」
美鈴は優しい翡翠色の瞳をしていた。穏やかな声で、紅魔館最年長の妖怪は話し始めた。
「本当に小さいころにフランお嬢様は地下室に入ってしまいましたからね。それから495年間、フランお嬢様は外の世界に出ていらっしゃいません。お嬢様ほど頻繁に妹様にお会いしたわけではありませんでしたが、妹様がどのような心地でいらっしゃるかは想像がつきます」
「それに何より、」と美鈴は500年間私を励ましてきてくれた笑顔を浮かべる。

「レミリアお嬢様が決意されたことですから」

 美鈴は力強い声で保証してくれた。

 「私は、レミリアお嬢様がフランお嬢様のことをどんなに想っていらっしゃるかについても、存じているつもりです」
美鈴は力強く微笑んでいた。
「お嬢様が決められたことですから、きっと間違いはないのでしょう。反対するにも、その理由がありません」
美鈴の笑顔に私は驚きと――それ以上の爽快感が心のなかを広げていくのを感じた。そして、同時に悔しいと思う自分がいた。やはりこの元教育係にはまだ敵わないなあ、と。でも、そんな気分は――思わず微笑んでしまうくらいに――不思議と悪いものではなかった。
「……じゃあ、そういうことだから、よろしくね」
「ええ。了解しました、お嬢様」
門番長が力強くうなずく。美鈴は500年間、私を励まし続けてきた、最高の笑顔をしていた。私はそれを見て、本当に満足した気持ちになった。「じゃあね」と私は美鈴に手を振って、出口に向かう。「それではまた」と美鈴も明るい声で返事を返す。私は晴れやかな気分で、詰め所の扉を開いた。

 ドアを閉めるとき、詰め所のなかを振り返ったら、美鈴がまた机に突っ伏していたので、グングニルしておいた。

 
 
 



 

 詰め所から本館に戻ってきて、風呂に入り、夕食をとった後、私は居室で紅茶を飲みながら、新しいスペルカードについて考えていた。
 スペルカードはただ単純に弾幕の弾数増やせばいいというものではなかった。確かに弾幕を構成する弾の種類や数が増えた方が強力な弾幕になり、見た目も派手になるが、弾幕ごっこで使う弾幕の規則として、必ずどこかに逃げ道ができるような弾幕にしなければならないのである。つまり、やたらめっぽうに対戦相手を負かす弾幕ではいけないということだ。それはスペルカードルールの『美しきものが勝つ』という理念にも通じていた。だから、洗練された弾幕と言うのは、難易度が高いながらも常に敵に勝機を与え、かつ華麗であるという条件を満たすものである、と言えるだろう。弾数の少ない弾幕でそれを達成することができるのならば、さらに良い弾幕である。スペルカードルールは自分の使う弾幕をいかに面白いものにするかという楽しみもあった。
 明日のフランとの弾幕ごっこにどんな弾幕を使おうかと楽しみながら考えていると、自然と紅茶を口に運ぶ手が進む。カップが空になったので、メイド長の咲夜を呼び出すことにした。
 「咲夜、いる?」
「――こちらに」
空中に声をかけて、一秒もしないうちにメイド長は私の脇に控えていた。手にはすでに紅茶のポットが握られている。相変わらずの仕事ぶりに感嘆せざるをえなかった。そして、咲夜は相変わらずの抑揚の乏しい口調で私に尋ねた。
「……紅茶のお代わりですね?」 
「ええ。お願い」
咲夜が私のカップに紅茶を注ぐ。咲夜の動きは、流れるように洗練された動作だった。この動き一つが、咲夜がいかに優秀なメイド長かを証明していた。
 だが、咲夜の顔には薄い微笑が浮かんているだけだった。皮膚の下に入れた曲がった針金で引っ張って、無理やり笑顔を作っているような、そんな冷たさがあるのだった。愛想笑い一つも上手くできない咲夜に逆に感心しそうになってしまいそうだった。
 咲夜の愛想が本当によくなるときが来るのかねえ……と、私は昨日の美鈴の言葉を思い出しながら、思った。美鈴は慣れだとか言っていたが、その慣れは本当に来るんだろうか。やがて、咲夜が紅茶を淹れ終わった。ポット片手に恭しく一礼する咲夜は、人形のように涼しい顔をしていた。
「……ご苦労様、咲夜」
労いの言葉をかけると、咲夜がまた優雅な仕草で頭を下げる。咲夜の動作からは一切、隙というものを見つけることができなかった。……ま、おいおい、だね、と今は諦めることにする。と、そこで、私は咲夜に言いつけていたことを思い出していた。
 「そういえば、咲夜、スペルカードルールのことなんだけど、妖精メイドたちはどこまで覚えたかしら?」
私がそう尋ねると、咲夜は表情を変えることなく、信じられない返答をした。
「本日中に、全員に伝達し、ルールを完全に暗記させました」
私は思わず固まってしまった。咲夜はよそよそしげな目で私を見下ろしていた。
「……本当に?」
あっけにとられる私に対し、咲夜は何でもないことのように頷く。
「はい。全員、一人残らずにスペルカードルールを把握させました。質はともかく、スペルカード戦を行うだけならば明日からでも可能です」
咲夜の声は透き通っていて、よく耳に響いた。私はとても驚いていた。美鈴の門番隊でも、まだ完全に教え込むことができていない。それを、普段雑用をしている妖精メイドたちに、単純なルールとはいえ、たった一日で覚えこませるとは。とても信じられなかったが、咲夜は嘘をついているようにも見えなかった。
「ふむ。天晴れな仕事ぶりだわ、咲夜」
「ありがとうございます」
慇懃にメイド長は頭を垂れた。だが、咲夜は私の称賛の声ににこりと頬を動かすことさえなかった。
 私は咲夜の優秀さに感服していたが、やはり物足りなさを感じずにはいられなかった。鉈やチェーンソーを振り回す殺人鬼のホッケー仮面のほうがまだ表情豊かだろう。私はなんとかして咲夜の鉄面皮を攻略したいという、2日に一度くらいにやってくる衝動を感じる。勝算はなかったが、私は冷たい顔のメイド長に戦いを挑む。
「そうだ。褒美をあげたいんだけど、何か欲しいものはない?」
「ありがとうございます。ですが、お嬢様のお気持ちだけで十分でございます」
「まあまあ、そう言わずに」
「誠にありがたいお言葉ですが、本当にお嬢様のお心だけで十分でございます」
「なら、何か一つ、咲夜を笑わせられるギャグを言うわ」
「…………。……ありがとうございます」
「じゃあ、行くわよ……」
「はい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……え、えーと……」
「…………」
「……えーと、えーと……」
「…………」
「……その、えーと……」
「…………」
「……ふ、布団が吹っ飛んだ!」
「…………」
「布団が吹っ飛んだ!」
「…………」
「……ふ、布団が吹っ飛んだぁああッ!」
咲夜は涼しげな蒼い瞳で、滑るどころか思いっきり吹っ飛んでしまった私を見下ろしていた。眉をひそめることも、くすりと微笑むこともない。いつも以上に、咲夜の視線が冷たかった。いや、そりゃ、このギャグはあまりにも酷いと思うが、もう少しリアクションがあってもいいんじゃないだろうか。というか、咲夜が反応してくれないと、私が、寒い駄洒落を吐いてしまい、ごり押ししてまで取り繕おうとする惨めな幼女にしか見えないんだが……。
 やがて、咲夜は無表情のまま「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。咲夜の空色の瞳に、控えめながらもこちらを馬鹿にする気持ちが宿っているのがわかった。やっぱりやめるべきだったか。勢いと適当で言いだしてみて、上手いギャグが思いつくかなあ、と軽く考えていたが、そうもいかなかった。やはり慣れないことはするものではない。けれども、自業自得だとわかってはいるが、少しくらい咲夜のフォローが欲しかった……。しかし、このメイド長はいつ愛想がよくなるのだろうか。美鈴の言っていたことは本当なのだろうか。さすがに、この後数十年間、メイド長が鉄面皮のままかと考えると、窮屈さを感じる。私は心のなかでため息をつきながら、話を元に戻すことにした。
「それで妖精メイドたちの練兵はどんな感じかしら?」
「メイドによる弾幕フォーメーションについては、今後の訓練によって練成していく予定です。こちらはルールを教えるのと異なり、かなりの時間がかかると思われます。十分な仕上がりには1か月半ほど必要な見込みです。……お嬢様の予定はいかがでしょうか?」
「ああ。私は大丈夫だよ。そうだね――2ヶ月半後、8月の下旬くらいに間に合わせてくれればいい。時間は足りる?」
「はい。十分な時間だと思います。それから、弾幕訓練中は、妖精メイドたちの家事の時間を減らすことになりますが、それもよろしいですか?」
「うん。まあ、妖精メイドの家事能力は高くないしね。むしろ、弾幕ごっこの練習をしていても、普段とそう変わりないでしょう。咲夜の計画に任せるよ」
「承知いたしました」
淡々と喋り、咲夜はまた事務的に頭を下げる。これで話は終わりだった。私は咲夜の報告に満足しながらも、ああ、今日も咲夜の鉄面皮に勝てなかったな、と少し残念だった。まあ、おいおい時間が経つのを待つしかないだろう、と自分に言い聞かす。
 「……では、お嬢様、失礼いたします」
咲夜が退室のために頭を下げる。私もそろそろ寝る時間だった。
「うん、いいよ、咲夜。今日は御苦労様……」
と、言いかけたところで、一つの考えが頭に思いついた。これなら、咲夜の違った反応が見られるかもしれない。今日はあと一つだけ、無愛想なメイド長を話をすることに決め、私は彼女を呼び止めた。
「そうだ。咲夜はスペルカードは作った?」
私の質問に、咲夜がぱちくりと瞬きする。少し期待のもてる反応だった。
「……はい。あまり多くないですが」
「何枚?」
「……3枚です」
咲夜は慎重に答える。私の言葉の意図を探っているようだ。無表情を保っているが咲夜は明らかに警戒していた。もしかしたら、今から弾幕ごっこを挑まれると考えているのかもしれない。あるいは、もっと酷いことをされるのではないかと――。私は自分のひねくれ心が動くのを感じる。これは咲夜をからかえるかもしれない、と。私は咲夜の懸念とその根本について気付いていたが、会話を続ける。
「ふむふむ。見せてくれるかしら?」
「…………」
「……どうしたの?」
「……こちらです」 
たっぷり10秒思考した後、咲夜は3枚のスペルカードをポケットから取り出し、私に差し出した。ふふふ、そっちの道を選んだか。どうやら、咲夜は私の意地悪さをまだ理解していないようだった。だが、見せることを拒むよりは、こちらのほうがまだ可愛げがあると言えるかもしれない。
 私はわざと気色ばんで言った。
「駄目じゃない、咲夜」
「……はい?」
咲夜は私の前にスペルカードを突きだした状態で固まっていた。何を言ってるのか理解できないという表情。私は咲夜の顔を見て、少し溜飲が下がるのを感じる。私は咲夜に偉そうながらも講釈を垂れてみせる。
「咲夜はスペルカードは何が大切かわかってる?」 
「……弾幕そのものだと推察しますが?」
「そうね。でも、それだけじゃないわ。弾幕ごっこをするときに戦略的に大事なことがあるの」
「……何でしょうか?」
「名前よ。スペルカードの名前が大切なの」
私はフランに、名前なんて適当でいい、と言ったのを棚に上げて、咲夜にでたらめな説教をする。
「名前、ですか……?」 
「ええ。名は体を表すと言うように、スペルカード名前は弾幕を表す。スペルカードの本質はその名前――名前に込められた言霊だからね。つまり、スペルカードの名前は戦うまで知られてはいけないの。たとえ、主である私にも、知られてはいけないものだと覚えておきなさい」
「……では、その主であるお嬢様に見せろと言われたときも、断ればいいのですか」
目を細めて問う咲夜に、私はにやりと笑う。
「そのときはそのときで私は怒る。主である私の命令に背いたのだから」
「……なるほど」
咲夜は小さく眉をしかめた。私はそれを見て、やった、と小躍りしたい気分になった。雇い主として性格が悪いなあ、と心の中で反省するが、でもまあ、咲夜も咲夜で愛想の悪さが酷いのだから、おあいこということで勘弁してもらおう。数秒の間もなく、咲夜は自分がからかわれていたことに気づいたようで、さらに苦い顔をする。私はにやにや笑いがとまらなかった。
 「……では、ご用はお済みですか」
「うん。今度こそ、御苦労様、咲夜」
「それでは、お休みなさいませ」
咲夜が膝の前で手を揃え、腰の高さまで頭を下げる。いつも通りの流麗な動作だったが、声のトーンと頭の下げる勢いが、少し荒っぽいようにも感じられた。
 そして、私は咲夜が時間の能力でいなくなる前に、最後に声をかけた。
 「あ、そうだ、咲夜」
「……なんでしょうか、お嬢様」
咲夜はいつもの無表情に戻っていたが、また小さく眉が動いた。まだ何かあるのか、と主君以外にはわからないようなしかめ面をするメイド長に、私は言った。

 「いつも、いろいろありがとう」

 私の労いの言葉に、咲夜が目を見開く。私はその綺麗な蒼色の瞳に、本当に満足することができた。

 「今日のことを含めて、咲夜はよくやってくれていると思う。明日からもよろしく頼んだよ」 

 咲夜は驚いた顔のまま、固まっていた。私は優秀なメイド長に笑顔をむける。
「紅茶美味しかった。それじゃあ、お休み」
「……お休みなさいませ、お嬢様」
咲夜は再び一礼する。そして、そのまま、時間の能力を使って、私の私室から去っていった。咲夜は頭を下げたままだったので、最後にどんな顔をしていたのかはわからなかった。でも、そんなに悪い顔をしていなければいいな、と思った。

 私はすっきりした気分で、カップに残った紅茶を飲み干す。
 
 紅茶は冷えてしまっていたが、やはり美味だった。














 「美鈴! もう一回! もう一回、やろう!」

 「……あー、はいはい、フランお嬢様。ちょっと待ってください……よっこらしょ、っと」

 はしゃぐ声に誘われ、埃まみれになった美鈴が椅子から立ち上がる。美鈴は苦笑しながらもフランがいる方向へ歩いていった。美鈴の服は砂埃で汚れているだけでなく、ところどころ破れていた。対するフランも美鈴ほどではなかったが、服にいくつか泥がつき、裾が少しささくれ立っていた。けれども、フランは本当に楽しそうに、無邪気な笑顔を浮かべ、美鈴を呼ぶのだった。私はそんなフランと美鈴の後姿を、椅子、テーブル、ティーセットを用意した『遊戯室』の片隅から見送るのだった。

 弾幕ごっこを知ってから、もうすぐ1カ月が経つ。

 いろいろなものが、少しずつ、確実に変わり始めていた。

 妖精メイドたちは咲夜の指揮の下、弾幕フォーメーションの練習に明け暮れていた。日々、退屈な雑用に追われていたメイドたちにとっていい刺激になっているようだ。咲夜は鬼軍曹として厳しく、そして、的確な訓練を行っているらしい。本当に咲夜は優秀な人材だった。
 美鈴の門番隊もまた、弾幕ごっこの集団戦の訓練を行っていた。こちらは戦闘が本職であるにも関わらず、メイド隊よりもゆるやかだった。どういうことか、と美鈴に尋ねると、美鈴はにやにや笑って、こう言った、『本気で訓練したら、お嬢様たちの出番がなくなっちゃうじゃないですか』、と。本当に、この門番長には敵う気がしない。私と美鈴のやりとりを聞いていた咲夜は、珍しく、少しだけ目を丸くしていた。
 ちなみに、咲夜と美鈴のスペルカード戦の強さも、部隊訓練への真剣度と比例しているようだった。咲夜はかなり真剣にスペルカードの研究をし、強力な弾幕を作りだしている。主にとって最後の砦はメイド長である、という自負があるのだろうか、無愛想なのは相変わらずだが、やはり仕事には忠実なメイド長だった。たぶん、本人の性格が根本的に真面目なのだろう。対する美鈴は、やはり、弾幕ごっこがあまり強いとは言えなかった。七色の弾幕は見る者の心を奪ってしまうほど華麗だが、いまいちパターンが読みやすく、避けられ易い。だが、実戦向きじゃないわね、という私のコメントに、『綺麗な方がいいじゃないですか、遊びなんですから』と飄々として答え、そしてやはり、『私は前座ですから』と、にやりと笑うのだった。こちらが嫌になってしまうほど賢い門番長だった。美鈴は完璧なまでに私の意図を理解し、それに対して最善の行動をとっているのだから。……だが最近、いろいろ理由つけてるけど、こいつサボりたいだけなんじゃないか、とも思えてきた。まあ、美鈴は咲夜にシメてもらうことにしよう。美鈴は私よりも咲夜の言うことを聞くみたいだし。……主人として、なんかイラだたしいが、あいつはそういう奴だから、と納得せざるをえなかった。

 そして、私とパチェはスペルカードの開発に力を入れていた。2ヶ月後に、一大イベントが待ち構えているのだ。私はフィナーレを飾るにふさわしい、強力で美しい弾幕を考え出さなければならなかった。パチェは異変のことはさほど興味がないようだったが、スペルカードには関心があったらしく、研究の合間の時間を使って、かなり強いスペルカードを作りだしていた(また、使い魔である小悪魔にも熱心に弾幕ごっこについて教えていた。いや、むしろ、小悪魔と向かい合っていたほうが、熱心だったか。……使い魔煩悩のひねくれ者め)。
 スペルカードと1か月ほど付き合ってきたが、いろいろとわかったことがあった。それは自分のスペルカードだけでなく、相手の弾幕と向かい合うときにも理解できるものだった。

 その一つとして、スペルカードを攻略するということは、謎を解明することなのだと気付いた。

 この前説明したように、スペルカードは原則として、必ず相手が回避できるように作られていなければならない。隙間なく作られた弾幕の壁なんて、もってのほかで、絶対にどこかに逃げ場所を作る義務があるのだ。つまり、どんなスペルカードもどこかに弱点があり、そこを探し出すことで、相手の弾幕を打ち破ることができるのだ。

 それはつまり、スペルカードを使うことは、相手に対して、この弾幕を越えることができると保証しているということ。

 弾幕によっては、すぐに避けられる隙間を探すことができる。どこに、どのタイミングで、どのように動けばその弾幕を攻略できるか――その答えがすぐに見つかる弾幕もある。

 だが、同時に、初見ではわからないものもある。

 巧妙に作られた弾幕は弱点が見つかりにくい。思わぬところから弾が飛んできたり、対峙するだけで圧倒されて、どうやったって避けられる場所なんてない、と思いこんでしまうこともある。

 けれども、いくら強力な弾幕でも、何度か弾に当たり、痛い思いをし――それでも何度かその弾幕を経験することで、どこに『本質』があるのか理解できるようになるのだ。

 それは謎解きなのだと思う。

 時間をかけながら、思考錯誤をして見つけていく謎解き。

 『弾幕には必ず答えを用意してあるから、解いてみろ』

 それが弾幕ごっこのルール。

 ミステリーと同じだ、と思った。

 フランが好んで読む、ミステリーと。

 ミステリーもまた、謎が存在する。誰が犯人で、どのような動機があり、どんな手口で犯行を行ったのか。それを読者や視聴者が推理し、理解していく。それがミステリーだ。『犯人も、トリックも、そして、犯行動機も用意してあるから、解いてみろ』――ミステリーとは、ある意味、作者から読者に当てられた挑戦状なのである。

 だが、1つだけ違うとしたら――

 それは、常に答えは自分で見つけなければならないということだろう。

 小説や映画でも、必ずと言っていいほど、ラストに探偵役が犯人を名指しし、トリックや動機を明らかにしていく。読者や視聴者が答えに至らなくても、最後には答えを教えてくれる。

 けれども、スペルカードは少し違う。弾幕ごっこの場には読者はいない。観衆はいるだろうが、彼らは弾幕ごっこに参加しているとは言い難い。弾幕ごっこの場には、自分と、そして相手しかいないのである。

 弾幕ごっこでは、自分は探偵役で、相手は犯人役。

 自分で相手の出題する謎を解かなければならない。

 迫る無数の光弾を目の前に、己の恐怖や焦燥、絶望を抑えつけて、弾幕の『本質』を自分の知恵と心で見抜く。

 それが弾幕ごっこなのだ。 

 それに気付いた私は、紫の言葉の意味が少しだけわかった気がした。

 そして、当のフランはというと――

 「……うわぁ、危ない!」

 美鈴の虹色の弾幕がフランに殺到する。気弾の奔流に飲み込まれるフランは小刻みに翼を打ち、微調整を繰り返しながら、無数の光条の合間を泳ぐように飛翔した。

 「まだまだぁ……!」
 
 フランは七色の迷路を飛びまわり、弾幕のわずかな間隙に逃げ込む。そして、両手で構えたレーヴァテインを大きく振るった。緋色の閃光が空間を裂き、色様々な気弾の波々を薙ぎ払って、目標へと一直線に疾走する。虹色の弾幕の中心にいる美鈴を真っ直ぐに見上げるフランの顔は、最高に活き活きとしたものだった。

 この1カ月、フランは弾幕ごっこを楽しんでいた。完全にスペルカードを気に入ったらしい。最初、戸惑っていたのが嘘みたいなくらい、フランは弾幕ごっこに夢中になっていた。
 私は、友達や外に出ることの話を、フランとはしないようにしていた。毎日、パチェや美鈴を連れて遊戯室で弾幕ごっこを楽しむことに集中していた。それは諦めたからではない。今は、とにかくフランが弾幕ごっこに慣れるのが大切だと考えたからだった。友達の話や、外の世界のことはまだステップが一つ先の話。今は、495年間ろくに使わなかった攻撃魔法の制御の仕方や遊びの中のルールや体の動かし方、そして何より、感情の動かし方を学ぶべきだと私は考えていた。
 フランもまた、弾幕ごっこに積極的に協力してくれた。フランは新しいスペルカードを作ることも楽しんでいた。適当な思いつきで作るような私と違い、フランはじっくりと一つのスペルカードを熟成させていくタイプだった。そして、意外にもフランは冒険家でもあった。たとえば、禁忌『カゴメカゴメ』というスペルカードがある。このスペルは2つの弾幕を組み合わせているという点で、普通のスペルカードと異なっていた。2つの弾幕のコンビネーションは制御が難しく、失敗すると、弾幕ごっこにならない可能性がある。けれども、フランはこの弾幕がけっこう気に入っているようだった。制御や安全性のことを考えて、威力、弾数、弾の軌道を簡単・単純にしてあるため、あまり強力な弾幕にはならなかったが、実験的なスペルカードとしては成功したと、フランは喜んでいた。スペルカードはフランの創作意欲を満たしてくれるものでもあったのだ。
 そして、特に喜ぶべきことは、この1カ月、フランの発作が一度も出ていないということだった。
 弾幕ごっこを始めてから、フランの部屋で、破壊の能力の発作が出ることは一度もなかった。もしかしたら、大きな暴走の力が貯まっているのではないかとパチェといっしょに不安になったりしたものだったが、フランの精神状態も不安定になるということはなかったし(というか、むしろ明るくなったと言ってもいいくらいだ。躁状態のようなおかしな明るさではなく、穏やかなまま雰囲気が明るくなったのだ)、弾幕ごっこ中でも魔力の異常な不安定さはなかった(フランが魔力操作に不慣れということで、少し失敗したことは数度あったが)。このことは私とパチェを小躍りするくらい喜ばせてくれた。つまり、弾幕ごっこはフランにとってストレス解消の道具になったわけだ。能力の発作が起きないのも、フランのストレスが減ってきたからなのだろう。私たちの目的の一つは無事に果たされたということだ。

 「……まあ、今のところは成功ということかしらね」

 椅子に座って考えごとにふけっていた私に、頭の少し上から声が降ってきた。パチェだった。私や美鈴、フランと同じように服が少し汚れていた。美鈴の前に、フランと弾幕ごっこをしていたのはパチェだった。パチェはやれやれという感じで、私の隣の椅子に腰を下ろした。
「成功、というよりは、大成功というだわ、これは」
私はすぐ横のテーブルからポットをとって、紅茶を親友のカップに注ぐ。
「難しいとは思っていなかったけど、ここまで順調にいくとまでは考えていなかった。第一段階はもうクリアできたようなものだわ」
「……確かにね」
私とパチェはフランと美鈴の弾幕ごっこを観戦しながら話をしていた。フランは禁忌『レーヴァテイン』から、禁弾『スターボウブレイク』にスペルカードを変更した。地面を走り回る美鈴に、この世の原色全てを集めたような弾幕が降りかかる。絨毯爆撃のようなフランの弾幕を美鈴は半笑いで避け続けていた。フランは地面をちょこまかと動き回る、門番長とその周囲の地面目がけて、一生懸命スターボウブレイクを撃ち続けた。
 私は二人の遊んでる姿を見て、頬が自然と緩むのを感じた。パチェは呆れたような顔をしていた。
「……やれやれ。美鈴、本気じゃないわね」
「本当にね。どうしてかは知らないけど、あいつ、最近サボり癖がついてね。弾幕ごっこでも本気を出さないのよ」
「……私はわかる気がするわ」
「…………」
「……もう幻想郷では、美鈴は本気で戦うこともないかもしれないわね」
「……そうかもしれないわね」
「妹様も……本当にタフね。今までの鬱憤を晴らしているみたいだわ」
「もう4回連続で勝負してるかしらね。本当にフランは弾幕ごっこを気にいったみたいだわ」
私は空になったカップをソーサーに戻した。パチェも紅茶を飲み終わったようだ。私はポットを掲げると、「いらないわ、ありがとう」と首を振った。私が自分のカップに紅茶を注いでいると、パチェは少し真面目な声で話し始めた。
「……それで、第二段階の見通しは、レミィとしてはどうかしら?」
「第二段階、ね……問題なのは、そっちなのよね」
私はカップの紅茶をすすりながら答えた。フランと美鈴の弾幕ごっこの様子が目に入る。フランは禁弾『スターボウブレイク』から、禁忌『クランベリートラップ』にスペルカードを変更するところだった。最後の光弾を空中で避け、体勢を崩した美鈴に、上下左右前後から、包囲するように緋色の弾幕が迫る。だが、さすがは美鈴といったところか。体を強引に捻り、紙一重でそれをかわす。代わりに華符『セネギネラ9』を発動して『クランベリートラップ』を相殺した。美鈴は少し本気になったのか、スペルカードを発動してすぐに体勢を整えると、フランに向かって矢のように跳躍した。美鈴の高速移動によって、弾幕にプレッシャーがかかり、光弾の嵐が大きなうねりをもって、竜巻のようにフランに襲いかかる。フランは慌てながらも、弾幕を弾幕で防御しようと新たなスペルカードを切った――禁忌『恋の迷路』。フランを中心に回転する濃密な弾幕が美鈴の『セネギネラ9』と衝突して、いくつもの華麗な小爆発の花を咲かせた。

 「――『禁忌』、『禁弾』か」

 私といっしょにスペルカード戦を観ていたパチェが呟く。七曜の魔女はどこか切なそうに目を細めていた。
「……この属性名にはどんな意味が込められてるのかしらね?」
私はパチェの言葉に、同意のうなずきを返すことしかできなかった。
 スペルカードの名前は二つの要素でできている。それは属性名と本体名である。
 たとえば、私のスペルカードの一つに、紅符『スカーレットマイスタ』というのがある。このスペルカードにおいて、属性名は【紅符】であり、本体名は【『スカーレットマイスタ』】である。属性名と本体名の違いとしては、基本、属性名は短く、本体名が長い、または、属性名は他のスペルカードと重複することがあるということか。また、弾幕ごっこの最後に使うスペル(ラストスペルという)や、ここ一番の勝負に使うものは、あえて属性名をつけずに、本体名だけしかつけないスペルカードもある。
 まあ、一応分けているが、私としてはそれほど重要な意味を感じていなかった。スペルカードにとって名前は確かに重要なものだが、咲夜に言ったように、そのスペルカードの名前を知ったからといって実際にどんな弾幕を発動するかなど、想像することもできないのだから。私としては、そんなにスペルカードの名前にこだわっているつもりはなかった。

 だが、それはあくまで『私にとって』の、話だろう。

 フランにとって、そうであるかは別物なのだった。

 「妹様は自分の弾幕に、『禁忌』とか、『禁弾』とかつけているけど……これは、妹様の命名なのよね……」
パチェは確認するように私に尋ねる。それにもやはり、私は黙ったまま、肯定のために首を縦に振ることしかできなかった。 





 禁忌『クランベリートラップ』

 禁忌『レーヴァテイン』

 禁忌『フォーオブアカインド』

 禁忌『カゴメカゴメ』

 禁忌『恋の迷路』

 禁弾『スターボウブレイク』

 禁弾『カタディオプトリック』

 禁弾『過去を刻む時計』





 フランの使う弾幕の名前には全て、『禁忌』あるいは『禁弾』という属性名がつくのだった。
 そして、それは全部フランが自分で考えたものだった。
 
 「『禁忌』は――額面通り、禁じられているという意味……『禁弾』というのは、禁断にかけているんでしょうね。あるいはそのまま禁じられた弾か……でも、どちらにしても、意味していることは同じだわ」
パチェが冷静に分析する。この勘のいい魔女なら、フランがどうしてそんな属性名を自分の名前につけたか、もう想像できているだろう。
 弾幕ごっこをしているフランを見やる。緊張に口元を引き締めながらも、楽しそうに目が輝いている。いい顔だった。フランは本当に活き活きと弾幕ごっこをしていた。

 フランは誰かと弾幕ごっこができるのを、とても喜んでいた。 
 
 誰かといっしょに遊べるのを。

 でも。

 フランの使っているスペルカードは、『禁忌』や『禁断』という名前だった。

 私は息苦しさに、ため息をつくことしかできなかった。

 あのとき、私が感じた息苦しさもこれと同じだった。

 フランが初めて自分のスペルカードに、禁忌『レーヴァテイン』と名付けたときと。

 「きっと、妹様はまだ悩んでるんでしょうね……」
パチェは私ではなく、少し離れたところで、弾幕ごっこをしているフランを見ながら言う。
「いや、悩んでる、なんて言い方じゃ生温いかもしれない……ずっと、妹様は苦しんでいるんでしょうね」

 『禁忌』、『禁断』。

 その意味はあまりにも明らかだった。

 フランはまだ、自分が禁じられた存在だと考えているのだ。……いや、まだ、じゃない。パチェの言ったように、今でも自分のことを、禁忌たる、禁断の存在だと考えているのだろう。



 495年間、ずっと。

 ずっと、自分が世界から禁じられ、切り離され。

 自分のそばから、誰もいなくなってしまう存在。

 誰とも、いっしょにいられない存在。

 

 「……『禁忌』、『禁弾』とは、そういう意味なんでしょうね……」
パチェが小さな掠れた声で言う。七曜な魔女は、らしくなく気弱に目を細めて、フランを見ていた。そして、紫水晶の瞳に真剣な色を混ぜて、私を見る。
「どうする、レミィ? 第2段階に行くのは難しいかもしれないわよ……」
 
 第2段階。

 第2段階とは、誰かと一緒に――私、パチェ、美鈴以外の誰か、フランが今まで会ったことのない誰かと、フランに弾幕ごっこをしてもらうという段階のことだ。フランの世界を地下室からさらに広げるための段階。私がフランにスペルカードを教えた、そもそもの目的だった。
 第1段階は先ほど言ったように、フランが弾幕ごっこのやり方をマスターするというものだ。この段階はもうほぼクリアしたと言っていい。フランは弾幕ごっこの方法を間違えたりしないだろうし、攻撃魔法の制御も失敗したりしないだろう。だから、もうステップアップの準備はできていると考えていい。

 だが、第2段階へのステップには、第1段階とは異なる努力が必要なのである。

 第1段階では、ただ自分の状態と向き合って努力すればいい。だが、第2段階ではそれだけでは――自分一人の力だけでは足りないのだ。第2段階ではさらに別の努力が必要なのだった。

 一言で言ってしまえば、それは社交性だ。

 けれども、それは『一言』ならば三文字で足りるが、実際にフランに求められているのは、言葉などでは説明するのに到底及ばない、重厚な経験だった。
 
 それは「記憶」と言ってもいい。

 あるいは「思い出」とも――
 
 小さな成功、小さな失敗、大きな成功、大きな失敗――人間に限らず、妖怪も生きてきて多くの経験をする。いろんな人々の中で得た、喜びや悲しみ。そしてそれが生まれた状態、それを作り出すための方法。人と一緒にいる温かさへの憧れ、人と一緒にいる冷たさへの覚悟。そういったものの複合体を、人は社交性と呼ぶ。社交性とは、人と上手く付き合うための方法という定義では、必ずしも十分ではないのだ。人はそれぞれの記憶に従って、一人一人個性ある社交性を身につけていく。
 けれども、フランにあるのは、地下室の記憶だけだった。495年間で、暗い部屋に、たった数人と過ごした記憶しかないのだ。495年間で少しずつ、フランは人との付き合い方、マナー、ルールなどを学び、本や小説で人の感情についてよく知ることができたが、それでも足りない。仮に、フランが他人の前で、完璧に社交性のある人物として振る舞えるとしても(そして、私たちはきっとフランは誰が相手でもちゃんと話ができるだろうし、しっかりとした態度で行動できると確信していた)、明らかに欠如しているものがあるのだ。
 
 それは、希望だ。

 自分が、誰かと一緒にいることを許してくれるという、希望。

 人の輪のなかに存在する自分を想像したときに生まれる、自分への信頼感。
 
 それがなければ、人は誰かと一緒にいられない。

 自分が誰かと遊んでいる姿を想像できなければ、人は誰かと一緒にいられないのだ。 
 
 ……『禁忌』、『禁弾』という属性名は、そのことを意味しているのではないか。

 たとえ、上手く弾幕ごっこができても、フランは誰かを上手く弾幕ごっこに誘うことはできないだろう。

 自分を、禁忌、禁断と思いこんでいるがゆえに、フランは禁忌、禁断の存在でしかいられない。

 それが、フランにとって欠けているものだった。

 誰にとっても当然だけれども、フランにとってだけ当然ではない概念。

 地下室にずっと閉じ込められていたフランだけが、得ることのできなかった概念。
 
 それゆえに、フランの外側からは教えることが難しい概念。

 社交性とは、記憶なのだから。

 フランの記憶には、誰かと一緒に過ごした思い出は多くないのだから。

 だから、フランは自分の力で、社交性を身につけなければならない。

 フランは私たち以外の誰かといっしょにいる記憶を、作らなければならない――

 「……まあ、準備は進めているけどね。だいたい1ヶ月後に、ステップアップの第2段階に移行できる予定よ」
「……異変のことね」
今回の異変――8月末に太陽を隠してしまおうと考えている異変は、八雲紫との取引の代金であるのと同時に、紅魔館の宣伝の意味もあった。そして、この異変によって、幻想郷の中心的人物の一人である、博麗の巫女とやらを紅魔館に呼び寄せることも私の狙いだった。現在、幻想郷において紅魔館は非常に目立たない存在となっている。『戦争』に敗北した後、そこそこ幻想郷の妖怪たちとの関係は落ち着いてきているが(騒霊楽団とやらのライブ会場として、紅魔館前を提供したことがあった)、それでも紅魔館は日陰者なのだ。つまり、情けないことだが、紅魔館と交流を行う妖怪は極めて少ないということを意味している。今の状態だと、幻想郷の中で引きこもり状態なのはフランだけでなく、私たち紅魔館そのものも同じということになのだ。フランと遊んでくれる他人を探すどころではないのである。
「それで、レミィは今回の異変で博麗の巫女とやらと弾幕ごっこをして、紅魔館のプロモーションをする、と」
「ええ。そろそろ紅魔館の服役期間も済んだころでしょう。是が非でも、このイベントは成功させなくちゃね」
美鈴が自らのことを『前座』と呼んだのも、それが理由だ。せっかくのお客を門のところで追い返すわけにもいくまい。もちろん、紅魔館の力をアピールするために、それなりの実力で対応させてもらうが、徹底的に叩き潰すつもりはない(それこそ、美鈴に本気を出されては困るのだ。今、フランとの弾幕ごっこ中にも、またちょっと本気を出したらしく、彩符『極彩颱風』を使いながら、自ら突進してキックによる弾幕発射という反則じみた攻撃をしていた。あれだけ激しい弾幕で動きを制限しておいて、そこに突撃+高速の弾幕攻撃とか、卑怯以外のなんでもなかった。やられたフランは「ちょッ!? 美鈴、それはないって!」と、少し涙目になっていた)。博麗の巫女がどんな人物かは知らないが、そこそこ良好な関係をもてる人物ならいいな、と私は期待していた。
 「……それで、あと1ヶ月、時間を開ける理由は?」
「妖精メイドの弾幕フォーメーション練成のためね。妖精メイドの訓練は咲夜と美鈴に任せているけど、そこそこ順調よ。……あとは、フランのための時間ね。こちらは予想よりもずっと順調だったから、長すぎるくらいだけど」
「……あと、1か月ね」
「ええ。1か月よ」
「……長いわね」
「……ええ。そこそこ長いわ」
パチェのため息交じりの言葉に、私は答えた。パチェは紫水晶の眼を静かに閉じていた。私も同じように目を閉じる。あと1か月何もなければいい、と。そして、できることなら、何か進展があれば、とも。それから、私とパチェは何も言葉を交わすことなく、フランと美鈴の方向を見やった。弾幕の光が弱まってきている。二人の戦いも決着だった。フランの禁弾『カタディオプトリック』と、美鈴の彩符『彩雨』が打ち消し合い、お互いのスペルカード戦は終わったようだった。

 「あー、楽しかったー!」

 フランが美鈴と手をつなぎ、笑顔で戻ってくる。服は美鈴と戦う前よりも、さらにぼろぼろになっていた。破れたブラウスの下に、下着のキャミソールの肩紐が見えたが(……じゅるり)、フランはとても元気そうだった。「ありがとう。楽しかったよ、美鈴。また今度やろうね」と、向日葵のような笑顔を美鈴に向けていた。
「……やれやれ。フランお嬢様はもっとお淑やかな方だと思ってましたが……やはり、お嬢様の妹君ですね」
美鈴の皮肉に私は肩をすくめることで応える。美鈴の服も焼き焦げている場所が増えていた。心優しい門番は苦笑いしながら、手を握ってにこにこしている主君の妹を眩しそうに見下ろしていた。
 「ねえ、今度はお姉さまと弾幕ごっこしたい!」
遊戯室の片隅にいる私たちのところに帰ってきて、開口一番がこれである。私もパチェも美鈴も苦笑せざるを得なかった。私はフランの活き活きとした笑みに、自然と目が細くなるのを感じた。
「もう、4回もしたでしょ、フラン。少し休んだら?」
「平気、平気! 私はまだまだ頑張れるよ!」
本当にタフな妹だった。思わず噴き出してしまうくらいに。この笑顔を見られるだけで、弾幕ごっこを教えた甲斐があったと思った。
「お姫様のご用命とあっては仕方ないわね。行くとするかしら」
私が椅子から立ち上がると、やった、と、フランが嬉しそうな声を上げた。すでに一戦している私のドレスも、ところどころ切れたり汚れたりしている。私は歩きながらフランに向かって、手を伸ばす。フランは私の手をぎゅっと握り返してくれた。
 「ねえ、お姉さま、今度は何枚で勝負する?」
『遊戯室』の中央に向かいながら、私とフランは話をしていた。
「そうねえ……今日は2回目で疲れているから、3枚くらいでいこうかしら?」
「えー? 3枚じゃ時間的に短すぎるよ。せめて5枚で勝負しよう?」
フランが唇を尖らせて不満を訴える。私はやれやれと肩をすくめて苦笑せざるを得なかった。 
「フランは本当に元気ね。……じゃあ、リクエストにお答えして、5枚でいこうかしらね」
私が言うと、フランが、やったと満面の笑顔になった。ころころと表情の変わるフランは可愛かった。でも、こんなにフランが感情を表に出すようになったのは、弾幕ごっこを始めてからだ。美鈴が言っていた通り、フランの印象は、地下室で本を読む、穏やかな物静かな少女だった。そう考えると、フランは弾幕ごっこを知ってから、ようやく容姿相応に感情を表現できるようになったのかもしれなかった。フランはだんだんと空白の495年を取り返しつつある――そう考えると、言いようもない嬉しい気持ちになるのと同時に、切なさと申し訳なさを感じずにはいられなかった。
 そして、私はフランに一つのことを尋ねた。
「ねえ、フラン」
それはあまりにも当たり前のことで、もしかしたら興を殺ぐような質問だったかもしれないけれど、私は訊かずにはいられなかった。
「弾幕ごっこはおもしろい?」
「うん、楽しいよ。すごく楽しい」
フランは微笑みながら答えた。弾幕ごっこを始めた最初の日とは違う、軽やかな口調。フランは自然に私の言葉に答えてくれた。
「毎日やってるけど、全然飽きないよ。弾に当たると痛かったり、難しい弾幕を避けきれなくて、うがあーー! てなったりするけど、それだって楽しくなっちゃう。何度も当たりながら、弾幕の避け方を見つけ出したときは最高の気分だよ。ほんと、忘れられないくらい爽快だね」
「だからね、夢中になっちゃって、やめられないよ」と、フランは微笑んだ。思わずこちらも微笑んでしまうほど、無邪気な笑顔。フランの笑顔には暗い陰はなかった。
 そして、フランは楽しそうに話を続けた。フランの視線は、これから弾幕ごっこのコートとなる『遊戯室』の真ん中に――いや、それよりもずっと先にある何かを見ていた。
「もっとたくさん、弾幕をしてみたいな」
「…………」
「もっと、いろんな弾幕を見てみたいな……」
「…………」
フランは夢見る少女のように呟いた。私はフランの横顔を見ながら、二つのことを思う。一つは、フランのその願いは困難であるに違いないということ。フランがその願いを達成するまで、たくさんの苦しみを経験していかなければならないだろうということ。そして、もう一つは、それでも、フランが願ってくれるならば、いつの日か叶うのではないかという希望だった。フランがいろんな弾幕に触れるのを――いろんな人たちと会い、話し、遊びたいと願っているなら、きっと夢は実現するんじゃないかと、私は考えずにはいられなかった。

 その願いが叶うまで、

 そして、その願いが叶ってからもずっと――

 私はフランの右手をぎゅっと握る。
 
 私はずっと、フランの味方で在り続けよう。
  
 私はフランの笑顔に微笑みを返しながら、心のなかで誓った。

 それから、私たちは他愛のない話を続けた。フランは私の横で、とても眩しい笑顔を浮かべていた。




  
 私との弾幕ごっこのあと、フランは完全にエネルギー切れになったようで、お風呂に入ってからすぐにベッドに入って眠ってしまった。
 枕元には、8枚のスペルカードがきちんと重ねられて置かれていた。フランはスペルカードをとても大事にする子だった。フランは大切な遊び道具を常に丁寧に扱っていた。
 そんな弾幕ごっこが大好きで、疲れ果てるまで遊び続けた少女は、天使の寝顔をしていた。
 破壊の能力も、495年の孤独も関係ないような、愛らしい少女の寝顔だった。 
 私とパチェ、美鈴は佇んで、フランの寝顔を見ていた。地下室は静かだった。フランの小さな寝息だけが響いている。静かすぎて、穏やかすぎて、ここが地下室だということを忘れそうになるくらいだった。
 そうしていると、美鈴が呟いた。

 「妹様は弾幕ごっこができるんですかね……」
 
 美鈴はいつものような飄々とした笑顔ではなかった。口元を引き締め、つらそうに目を細め、健やかに眠っているフランを見つめながら言う。

 「お嬢様と、パチュリー様、私……とは、妹様も弾幕ごっこをできるかもしれません。でも、他の人たちと――外の世界の妖怪や人間たちとも弾幕ごっこができるんでしょうか……」

 そうして、美鈴は口を閉ざした。美鈴も気づいているのだった。

 みんな、気付いていた。



 みんなが、みんな――



 パチェも何は言わずに、少しだけ目を細めてフランの安らかな顔を眺めていた。

 「……信じるしかないわ」

 私はフランの寝顔を見つめたまま言った。二人が私を振り返るのが視界の端に映る。私は二人に視線を返すことなく、そのままフランを見つめ続けた。

 「フランを信じるしかないわ。この子を信じることしか、私たちにはできない」

 私は自分の目にしっかりとフランの寝顔を刻みつける。

 「私は、フランを信じる」

 フランは穏やかな寝息を立てながら、優しい寝顔をしていた。










 
 



 「……大丈夫、フラン?」

 私はフランに声をかけた。私の声に、うつむいていたフランが首を上げる。フランは目をぱちくりとさせて、「え、お姉さま、何?」と上擦った声で返事をした。私は「……いいえ、何でもないわ」と答えたが、フランの様子に不安を感じずにはいられなかった。

 あれからさらに、1週間が過ぎた。その間もフランは発作で室内の物を壊すこともなく、また、精神が不安定になることもなく、元気に弾幕ごっこをして毎日を過ごしていた。そして、今日もフランと弾幕ごっこをしようと私とパチェは(美鈴は門番隊のシフトのため来られなかった)フランの地下室に降りてきたのだった。

 だが、今日は様子がおかしかった。

 今のように、フランがぼんやりとした様子なのだった。顔を伏せてうつむきがちになり、ただそこに突っ立ったまま動かなくなってしまう。時折、はっと目覚めたように首を振って、元に戻るのだが、気付くと心ここにあらずの状態になってしまう。そして、また声をかけたり、肩をゆすったりすると、寝ぼけていたところを吃驚させられたかのように我に返るのである。それから、しばらく意識がはっきりしているようなのだが、またいつの間にかフランは電池切れの機械のように止まっていて、自分で起きたり、私たちに起こされたりを繰り返すのだった。

 私はフランの姿を見ながら、急いで500年間の記憶を探っていた。はたして、フランがこんな『症状』を出したことがあったのかどうか。10分ほど考えてみたが、はっきりしなかった。たぶん、数回はこんなこともあった気がするが、ほとんど印象に残っていない。そもそもフランの『症状』はそれほど頻繁に出てくるものではなかった。今のところ、一番多いのが、1週間に1回、何かフランの部屋の家具が壊れることだったが、弾幕ごっこを始めてから1か月、その『発作』は止んでいる。その次は、情緒面での『発作』だった。フランはときおり情緒不安定になり、一日中、酷く不機嫌になってしまうことがある――しかも、それは鬱々とした不機嫌さで、外側に向かって爆発するというより、心の内側にある何か悪いモノを中心にして、フランの周囲の空間自体が捻じれているような、とても近寄りがたいものだった。だが、それも1か月に1回あるかないかである。2週間ほど前にこの状態になったときは、私たちも――そして、何よりフランからの強い提案によって、その日だけ弾幕ごっこを休止した。けれども、翌日には綺麗さっぱり、その発作は消えていたし、特に目立った問題はなかった。
 だが、このように、ふわふわとした感じのフランはあまり見かけることがなかった。もっとも、印象に残っていないということは、その前後で大きな事故や事件が起こっていないということでもあるが、油断はできない。むしろ、今のフランの状態は慣れていないために、私は得体のしれない不気味さを感じていた。

 (……レミィ、今日の妹様は変よ)

 パチェの紫色の瞳も、私に危険を訴えていた。私も小さく首肯する。見れば、フランはまた、ぼーとしていた。これから弾幕ごっこを始めようとしているのだけれど、今のフランで大丈夫だろうか?
 私は少し緊張しながら、再び意識が飛びかけているフランに話しかける。
「ねえ、フラン、今日は無理そうだったら、また明日にしない?」
「焦ることはないんだし」とフランに伝える。また私の言葉によってこちらの世界に戻ってきたフランは、無表情から一転して急に意識が目覚めたような驚いた顔をし、そして、すぐに気不味げに顔を曇らせた。
「……え? 私、無理そうに見える?」
「……ええ。なんかちょっと今日のフランは上の空だわ……調子は大丈夫?」
「うーん……確かに自分でも少し変な感じはするけど、そんなに酷くはないと思う……」
私に指摘されて、フランも少し緊張した顔をしていた。本人としても自覚はあるようだ。どうしたものだろう……ここで弾幕ごっこをやめるべきか、弾幕ごっこをしながらも様子を見るべきか。ちなみに、私はもう弾幕ごっこがフランの精神にとって有害なものだとは思わなくなっていた。弾幕ごっこを始めてから、フランは攻撃魔法の制御方法もだいぶ上手くなってきたし、性格も明るくなっている。貯まりがちなストレスも解消できているみたいだし、今の私には、弾幕ごっこの悪い点は思い浮かばなかった。このゲームがフランの攻撃性を刺激するのは確かだけれど、今のフランにとって、それは大きな問題になるだろうか?
 「ねえ、フランは今日も弾幕ごっこをやりたい?」
私はフランに尋ねる。すると、引っ込み思案なところがある妹は悩むような顔をして、顔を下げてしまった。フランとしても自分の『体調』に自信がないのだろう。……うん。フランが乗り気ではないなら、無理に弾幕ごっこをする必要はないと思う。一日休んだくらい大したことではないのだ。それにたまには休憩も必要である。今日は休むことにしよう。
 だが、そう思って口を開きかけたとき、フランは下を向いたまま小声で言った。
「……今日も、弾幕ごっこしたい……」
舌の先まで出かかった言葉を、慌てて喉の奥まで引っ込める。私は金色の前髪で隠れてよく見えない、フランの顔をまじまじと見つめてしまった。
「……弾幕ごっこ、したいの?」
「うん、したい。……今日も弾幕ごっこしたい」
私はいろいろなことに驚いていた。フランの声は小さいながらも真剣さが感じられるものだったこと。フランが控えめながらも、はっきりと自己主張をしたこと。そして、うつむいていたフランが顔を上げる。フランの顔を見て、また驚いた。フランはこちらが気圧されるような、真面目な顔をしていた。こんなフランの頼みを無下に断るわけにはいかなかった。
「……どうしても、弾幕ごっこしたい?」
「うん……どうしても」
「大丈夫? 無理してない?」
「うん、大丈夫。無理してないよ」
やや小さな声だったが、しっかりと私に告げるフランは、いつもどおりのフランに見えた。私はそれに納得し、ちゃんと答えることにした。
「……わかったわ、フラン。じゃあ、準備をしましょう」
笑顔でフランにそう答えると、フランは少し堅かったが、愛らしい微笑を浮かべてくれた。やはり、その笑顔はいつもの明るいフランのものだった。パチェが、少しだけ心配そうな顔をしているが、大丈夫、と視線で伝えると、了解したようにうなずいてくれた。私とフランは手をつないで『遊戯室』の真ん中へと歩いていった。
 「今日はスペルカード10枚で勝負だよ」
遊戯室の真ん中で私と向かい合い、フランは自信たっぷりな微笑を浮かべていた。その笑みには、もう不安定なところは見られなかった。私はフランと適当な距離をとりながら、応答する。
「10枚? 新しいスペルカードを作ったの?」
フランのスペルカードは昨日までは8枚だった。それが10枚に増えているということは、スペルカードが2枚加わったということだろう。私の言葉に、フランは嬉しそうに微笑む。
「うん。これまでのなかでも、一番と二番の自信作だよ。楽しみにしててね、お姉さま」
「フランの自信作か……これは、気を引き締めないわけにはいかないわね」
「お姉さまは何枚、スペルカードを使うの?」
「そうねえ……今日は多めに7枚でいかせてもらおうかしら」
そこで、フランはにやりと笑った。ふわふわとした感じなどない、力強い笑みだった。
「10枚じゃなくていいの? たぶん、足りなくなるよ」
フランの言葉に口元がつり上がるのを感じた。心の奥底から、戦闘前のわくわくとした高揚感が湧き上がってくるのがわかる。もう私の心から不安な気持ちは消えていた。私もフランに挑戦的な笑みを返す。
「あら? 心配してくれるのかしら、フラン。でも、私は姉だもの。このくらいのハンデはつけてあげなくちゃね」
「ありがとうございます、お姉さま。でも、お姉さまの評価がとんでもない勘違いだったということを、よくよく教えてあげるよ」
「まあ。楽しみにしてるわ、フラン。じゃあ私も今日はあなたを徹底的にやっつけてあげるわね」
普段とは違った、棘のある言葉の応酬も、弾幕ごっこの前では刺激的な演出だった。今から、『決闘』をするために自分の心を奮い立たせるのだ。相手も自分も本気でなければ面白くない。そのためなら、多少の悪意の言葉も楽しい遊び道具となる。
 私とフランは翼をはばたかせて宙へと浮かび上がり、さらに距離をとる。視界の端、遠くに審判役のパチェが手を振り上げるのが見えた。私は右手に一枚のスペルカードを、フランは右手にスペルカード、左手にレーヴァテインを握って戦いが始まる合図を待っていた。
 引き締まった静寂が『遊戯室』のなかに満ちる。聞こえるのは、自分の口から微かにもれる呼吸音と、熱い血潮を全身に送り届ける心臓の音だけ。私とフランはお互いから目を離すことなく、微笑を浮かべていた。
 そして、七曜の魔女が始まりの合図を下す。地上にいるパチェが、何でもないようにすっと腕を振りおろし、いつもと変わらず聞きとるのも苦労するような小さな声で――だが、そのさりげない動作はしっかりと私とフランの目の奥に映り、小さな声はしっかりと耳の奥に届いていた。



 「――始め」



 「――天罰『スターオブダビデ』!」「――禁忌『クランベリートラップ』!」



 私とフランは、瞬き一つの差もなく、スペルカードを展開した。














 それから数十分、私とフランの弾幕ごっこは佳境を迎えていた。フランとの弾幕ごっこはいつも通り激しかった。お互いに服のあちこちが破れている。フランも禁忌『レーヴァテイン』を使った後、飛ぶのに邪魔になったレーヴァテインを地面へと手放していた。現在、私の残りスペルカードは3枚、フランは2枚で、戦況はやや私が優勢である。けれども油断はできない。ここまでの8枚は今までに、フランが使ってきたスペルカードだったから、避けるのもだいぶ慣れていた(禁弾『スターボウブレイク』に至っては、絶対に弾が来ない安全地帯があるので、動くこともなくクリアすることも可能だ。私からそのことを教えてあげるべきなのかもしれないが、自分の弾幕の弱点はやはり自分で見つけるべきである。というか、そんなドジっ娘なところのあるフランが可愛かった)。だが、ここからが初見の弾幕だ。フランが自信作と豪語するくらいだから、かなりの猛攻を覚悟しておかなければならないだろう。
 「さすが、お姉さまだね」
フランは感嘆するように呟くが、その顔には諦めの感情は一つも混ざっていなかった。
「でも、ここから先はそうは上手くいかないよ?」
フランは自分が押されている状況でありながらも、自信満々に微笑んでいた。自分のスペルカードによほど自信があるのか――いや、自信があるのは自分のスペルカードだけではないだろう。それは紛れもなく、自分の実力に対する自信なのだ。私はフランの成長を感じて、自然と頬が緩むのがわかった。
「あら? ここから先がフランの『自信作』の弾幕なのね。楽しみだわ」
「うん。目が回るほど楽しませてあげるよ、お姉さま」
フランは不敵な笑みを浮かべながら、一枚のスペルカードを頭上に掲げる。直後、スペルカードからフランの周囲へと凄まじい魔力が広がっていくのを感じた。今までのスペルカードとレベルが違う……! 地下室の空気が凄まじい量の魔力と強い攻撃の意志で歪んでいく。フランの表情も引き締まり、遊びやふざけといった余計な感情が流れ去っていた。ただ緋色の瞳が真剣さに輝いていた。私は翼をひとつはためかせ、全ての空間の動きに神経を集中させる。
 そして、フランは呟くように――それは荘厳さに溢れるように、神聖さすらも感じさせる声で、スペルカードの名を呼んだ。



 「――秘弾『そして誰もいなくなるか』――」



 瞬間、地下室の空気が沸騰した。

 目の前に弾幕が生じたのを見つけたのと同時に、横と後ろで空気が燃え上がるのがわかった。開幕からいきなり、私は前後左右から魔法弾の群れに囲まれていた。翼を打ち、わずかな隙間に体を滑り込ませる。だが、そのすぐ後に、別の弾幕の包囲が待ち構えていた。その弾幕も皮一枚でぎりぎり避けることができたが、すぐにその後から新しい弾幕が牙をぎらつかせて飛び込んでくるのが見えた。

 ――何よ、この凄まじい弾幕は? どうなってんのよ?
 
 次々と向かってくる攻撃を避けながら、魔法の感覚を研ぎ澄ませ、弾幕の向こう側を探った。そして、私は自分が今どんな状況に置かれているかを理解して、思わず息を呑んだ。凄まじい魔力の渦が巨大な壁になって戦場を完全に包囲していた。
 
 ――空間制圧魔法。

 弾幕を発生させる魔力の密室――それがこのスペルカードの正体のようだ。フランの魔力は、戦場一帯の空間を変質させていた。地下室の空間自体を魔法弾を射出する砲台へと作りかえる――これが、秘弾『そして誰もいなくなるか』というスペルカードだった。
 ……フランはどうも本気らしい。この魔法だけで『禁忌』から『禁弾』のスペルカード8枚分以上の魔力を費やしているんじゃないかという凄まじい弾幕だった。消費魔力と弾幕攻撃の費用対効果を考えると、やり過ぎな演出じゃないかという気がしないでもなかったが、弾幕ごっこらしいといえば、これ以上の弾幕もないのかもしれなかった。
 だが、このままやられっ放しというわけにもいかない。反撃をして、この弾幕の嵐を治めなければならなかった。私は再度襲撃してきた弾幕をかわし、フランが元いた場所に体を向ける。戦場となっている空間すべてに視線を走らせた。
 
 しかし、私は驚かずにはいられなかった。

 ――フランがいない……?

 どこを見渡してもフランの姿はなかった。視界に入るのは、私を撃墜しようと飛んでくる色彩豊かな弾幕だけだ。フランは完全にこの戦場から姿を消していた。
 
 そして、私はやっと理解する。

 このスペルカードの『本質』を。

 時間耐久スペル、というのがこのスペルの『本質』らしい。時間切れになってこちらが勝つか、時間制限まで耐えることができずに撃墜されるか。我慢比べという奴だ。フランは透明化の魔法でも使っているか、この魔力の壁の向こうにいるか――どちらにしろ、こちらはフランに攻撃を行うことができず、フランが『満足』するまで、弾幕に耐えなければならないということだ。こちらから反撃できないのは反則じゃないかという気持ちになるが、一応、ルールとして許されているようなので、文句を言わずにつきあうしかない。こんな大技を可能とするフランの魔力量と飛びぬけた発想には、肩を竦めることしかできなかった。

 ただ、私は少し違和感を感じていた。

 こんな一方的な弾幕ごっこはフランらしくないな、と。

 フランは、相手と正面向き合って勝負するのが好きなプレイヤーだった。
 
 それなのに、こんな相手を一方的に攻撃するような――否、『試す』ようなスペルを使うなんて。

 そして、秘弾『そして誰もいなくなるか』という、名前。
 
 このスペルの形と、スペルの名づけ。

 そこにはどんな意味があるのだろうか?
 
 私は忙しい弾幕を避けながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。
 
 ……まあ、いいや。

 そんなことは後でフランに直接尋ねればいい。今はこのスペルカードを終了させるために、全力を尽くすことにしよう。

 私は余計な思考をいったん置いて、前後左右から迫ってくる弾幕に集中した。
 
 時間切れを待っているうちに、弾幕の激しさが増してゆく。防御のためにスペルカードを使うのはあまりやりたくないことだが、そろそろ限界かもしれない。まだ『いなくなる』わけにはいかない。私は、私を『いなくしよう』とする弾幕に向かって、スペルカードを切った。

 「冥符『紅色の冥界』!」

 紅の弾幕が、私を取り囲むように迫る七色を切り裂き、さらにその向こう側の弾幕の渦を粉砕する。しばらく紅と七色のせめぎ合いが続く。そして、『紅色の冥界』が終えても、フランの弾幕はまだ止む気配がなかった。『紅色の冥界』だけでは足りないようだ。

 なら、さらにスペルカードを上乗せするだけだ。

 「紅符『スカーレットマイスタ』!」

 2枚残ったスペルカードのうち、さらに1枚のスペルカードを使う。残り1枚になってしまったが、私は最後の1枚までフランに付き合ってあげないといけないのだ。次の弾幕もフランの自信作だというのだから見てあげないと可哀想だろう。なら、1枚でも残ればとりあえずの目標は達成である。だから、私は迷うことはなかった。
 紅の弾幕の防壁が、膨大な魔力の光弾を撃ち落とす。いよいよ激しさがエスカレートしていく弾幕を、負けじと紅が相殺する。魔法の密室の最高潮を紅の光が疾駆する。
 
 そして、クライマックスが終わり、『遊戯室』に静寂が訪れた。

 「……力押しだね。ほんと、ため息しか出ないよ、お姉さまには」
気付くと、私の手の届く距離にフランがいた。苦笑いするフランに、私はにやりと笑って見せた。
「力押しだろうとなんだろうと、生き残ればいいのよ」
「正しすぎて何も言えないよ……。もう、本当にお姉さまは強引なんだから」
「でも、強引じゃなかったら、お姉さまじゃないね」と、フランはさらに苦笑いをした。やや息が荒い。どうやら、あのスペルカードでかなり魔力を消費したようで、少し疲れているようだった。だが、フランの緋色の瞳はまだきらきらと輝いていて、戦意はまだ尽きていなかった。心地よい疲労に浸るにはまだ早い。私とフランは合図もなく、再び後へと跳び、最後の戦いのための距離をとった。
「次のが一番の自信作かしら?」
「ううん。一番は今の、秘弾『そして誰もいなくなるか』だよ。この次は二番目だね。……でも、これもけっこうすごい弾幕だよ」
「でしょうね……クライマックスもすごかったけど、素敵なカーテンコールになりそうだわ」
お互いにスペルカードは残り一つだ。次の衝突がこの弾幕ごっこの終わりになるだろう。そして、フランは最後まで気を抜かせてはくれなさそうだった。本当に遊び甲斐のある妹である。
 私は残った一枚のスペルカード、『レッドマジック』を握っていた。対するフランも一枚のスペルカードを手にしているのが見えた。手に汗をかかない程度の心地よい緊張がまた心のなかに昇ってくる。高揚感に鼓動が強くなるのを感じながら、私はフランが動き出すのを待った。



 ……………………。

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 ……………………………………………………………………………………。



 ……あれ?

 ……なかなか攻撃が来ないな?

 フランはスペルカードを手にしたまま固まっていた。一分もそうしている。どうしたのかと思って、フランに近づいてみると、何か悩むような表情をしていた。
「どうしたの、フラン? 何か問題でもあった?」
私が尋ねると、フランは慌てたように肩をびくりと震わせた。
「えーと、その……」
「何か悪いことでもあったの? 気分でも悪い?」 
「いや、うーん、そういうことじゃないんだけど……」
フランは申し訳なさそうな顔をしている。しばらく、うーん、と言って考え込むような素振りをしていたが、やがて言いづらそうに、ごにょごにょと話し始めた。
「あのね、お姉さま、今から使おうとしていたスペルカードなんだけど……」
フランは叱られる子供のように縮こまりながら、白状した。
「……まだ名前決めてないの」
「……? まだ名前決めてない?」
「うん……あんまりいい名前が思いつかなくて……どんな弾幕にするかは決まってるんだけど……」
スペルカードの本質は名前である。名前を付けることで、人や妖怪を殺傷させる攻撃が、遊びのための弾幕になるのだから。スペルカードに名前は絶対に必要なものだった。
「ふむふむ、名前を決めてなかったってことは、私は『そして誰もいなくなるか』で倒せるつもりだったと。つまり、私はその程度の相手だと。お姉さま如きには、わざわざ10枚目まで出す価値はないと。フランは私をそんな風に侮っていたわけね。それはそれは……」 
私がにやっと笑いながらフランを睨んでやる。もちろん、フランに悪意がまったくないとわかっていての意地悪だが。そして、予想通り、フランは一生懸命に首を横に振って弁解し始めた。見てて可愛くなるほどの慌てぶりだった。
「そんなことないよ! 本当に思い浮かばなかっただけだからね! ……本当だからね!」
「はいはい。わかったから。とにかく早く名前を考えてちょうだい」
フランはスペルカードを握ったまま(恐らく白紙のままだろう)、腕を組み、首をひねりながら考え始めた。凝り性のあるフランらしく、名前にも強いこだわりがあるようだった。
「うーん、何が良いかなあ……」
「スペルカードの名前は確かに重要だけど、そんなに深く考える必要はないわよ?」
「それはわかってるんだけど、うーん……」
「禁布『フランちゃんは履いてない』でもいいのよ?」
「履いてるよっ! 私、ちゃんとドロワーズ履いてるよ! 私、ドロワーズ履いてるもん! ちゃんと履いてるもんっ!」
「あーはいはい。とにかく何でもいいから、早く決めなさい」
「うーん……ごめんなさい、お姉さま。もうちょっと待って……」
そう言って、フランはうんうん言いながら考え始めた。少し興がそげてしまったが、まあ、ゆっくり待つことにしよう。
  
 そして、私はフランを待った。



 ……………………。

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 ……………………………………………………………………………………。



 ……遅いな。

 ……いいかげん攻撃してもいいかしら?
 
 もう10分くらい経つだろうか。だが、フランから答えは返ってこなかった。このままではせっかく温まった体が冷えてしまう。いらいらし始めた私はフランに声をかける。
「ねえ、フラン、決まった?」
「…………」
「フラン、そろそろ始めない?」
「…………」
「ねえ、フラン? おーい、フラン、聞こえてるー?」
「…………」
「フラン? フランってばー?」
「…………」
フランから返事はなかった。考えごとに集中しているのだろうか。フランはうつむいたままだった。私はため息をつく。いくらなんでも時間をかけ過ぎだろう。こだわるのはいいが、時間というものを考えてもらいたい。というか、フランがこんなに人を待たせるのは珍しかった。それほどのこだわりがあるのだろうか? いや、いつものフランなら、『ごめんなさい。またあとでゆっくり考えればいいや』と言っているところだ。ちょっと今のフランは妙だった。

 と、そこで、私は自分の言葉にひっかかりを感じた。



 ――『いつものフラン』なら? 



 私の脳裏に、弾幕ごっこを始める前のフランの様子が甦る。

 あのときのフランも、今のフランみたいに反応が薄かった。

 あのときのフランは、明らかに様子がおかしかった。
 


 『あのときのフランは、明らかに様子がおかしかった』。



 ――ようやく、私はフランの異状に気付いた。

 私は慌てて、フランの元へと飛ぶ。思わず、フランの肩を掴んで強くゆすっていた。

 「フラン!? フラン、大丈夫!?」

 反応はなかった。肩を揺らしてもフランの体はがくがくと揺れるだけだ。腕は組まれたままだったが、力がほとんど抜けて緩くなっている。フランの顔は無表情で、視点も虚ろだった。私の声も聞こえていないだろう。息はしているし、翼も動いているが、まるで抜け殻になってしまったかのようだった。どう見てもフランの状態は異常だった。

 「レミィ! 妹様を下に連れてきて!」

 地上にいたパチェが叫んだ。パチェもフランの異変に気付いたらしい。親友の魔法なら、今のフランを回復させる手立てがあるかもしれない。私はパチェの言葉に従い、フランの肩を抱こうとして腕を伸ばし――



 ぱんっと、



 腕を払われた。



 「え――?」

 私は茫然としてしまった。そして、どんっと胸を突き飛ばされる。私はそのまま後ろへと下がってしまった。

 フランだった。

 力の抜けていたフランの体が、機械のように動き出していた。

 刹那、フランの顔を見つめる。

 フランは相変わらずの無表情だったが、

 その緋色の瞳の向こうで、

 ぐるぐると、

 得体のしれないモノがうごめき、

 フランは虚ろな生気を感じさせない目で、



 けれども、



 『フラン』は確かに、



 私を睨んでいた。



 瞳の無慈悲な冷たさに私の背筋が凍りつき、畏怖で胸がぐっと締め付けられるのと同時に、
 


 『フラン』は私に見せつけるように右手を胸の前に置き、



 ばっと、右手を開いて、







 きゅっと、右手を握りしめた。







 直後、私の脇腹が爆発した。



 ――何が起きたかわからない。いや、何が起きたのかは理解できている。だが、感覚が理性に追いついていかなかった。いや、理性が感覚においつけないのか? ……よくわからない。けれども、とにかく理解に対して、実感が遅すぎた。視線を落とすと、右の脇腹がえぐれているのが見えた。肋骨下半分が全部粉々になって使い物にならないのがわかる。肝臓も、人間なら再生できないくらいにぐちゃぐちゃになっているだろう。ビチョビチョと、横っ腹に開いた穴から壊れた蛇口のように血液が流れ落ちる音が聞こえた。骨盤も上半分が砕けているか――まあ、腸は間違いなく3つ4つに分断されてしまっただろう。太いゴムひものような腸の切れ端が、崩壊した脇腹からぶら下がっているのが見えた。腕を動かそうとするが、どうやら、右腕も肘から先がなくなっているようだ。破壊の能力で抉られた肘から、白い骨と赤色の肉が醜く覗いていた。
 私は何かが腹から喉へと昇ってくる感覚に任せて、口の外にそれを吐いた。それは赤い液体だった。……血、だろうか? 背中を丸めて、私は自分の血を嘔吐していた。落ちた血が床を暗く濡らしているのが見えた。とれてしまった腕の先が床に転がっていた。千切れた腕はまるで不良品の玩具のようだった。
 痛みは感じない。ただ力が体から抜けていくのがわかった。わけもわからず、酷く疲れた気分になる。とにかく飛ばなきゃ、と思って、翼を動かそうするが、すでに感触はなく、力も全然入らなかった。
 
 このまま、落ちる――と思ったとき、



 「……お姉さま?」



 という、フランの柔らかな声が聞こえた。

 翼が完全に動かなくなり、重力に身を任せる以外に選択肢がなくなったとき、私はフランに無事な左腕を掴まれ、そのまま柔らかい両腕に抱きかかえられた。

 「お姉さま!? お姉さま、お姉さま、お姉さま――いや、いやぁ……そんな、いやああ――!! お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま……!!」
フランは絶叫していた。顔をぐしゃぐしゃにして、ただお姉さまと叫び続ける。フランは私の血で服が汚れることも気にせず、強く私の体を抱きしめていた。

 「レミィ!!」

 パチェが飛んできたらしい。狂ったように、お姉さま、を連呼するフランに手を伸ばす。
「妹様、レミィを渡しなさい!」
「え、パチュリー……」
「いいから早くしなさい!」
「あ、うん……」
パチェは半ば強引にフランから私を奪い取った。そして、そのまま私の耳元で怒鳴り声を上げる。
「レミィ! 生きてる!?」
「……ええ、なんとか」
「私が誰だかわかる!?」
「えっと……紫もやしの魔女でしょ?」
「意識ははっきりしてるみたいね……傷の具合は――」
パチェが私の傷口に目を向ける。顔をしかめながらも、パチェは冷静に私の怪我の具合を見ていた。パチェが落ち着いた声で呟く。
「とりあえず、致命傷ではないわね……でも、失血死する可能性はあるわ……」
言うと、パチェは『遊戯室』の出口に向かって飛んだ。乱暴に接地して突進するようにドアをくぐると、フランの使っているベッドに私を寝かした。
「妹様! ベッド借りるわよ!」
「う、うん……」
パチェが珍しく怒鳴り声を上げ続けていた。おろおろとパチェの後ろをついてきたフランは、ただ魔女の言葉にうなずくことしかできなかった。
「霊的な破壊はない、か。物理的な破壊だけみたいね……でも再生まで時間はかかるし、油断はできないわね」
ぶつぶつと私の怪我の具合についてアタリをつけながら、パチェは私のすぐ右横に立ち、腹の傷の上に両手を当てて、治癒魔法を展開する。意識はけっこうはっきりしていた。一桁の計算はできるし、二桁の計算も……できなさそうになかったが。まあ、パチェの言葉を理解するくらいなら問題はなさそうだった。
 フランは私のすぐ左横に立っていた。涙をぼろぼろと零して、じっと私を見下ろしている。やり場のない小さな手がぎゅっと胸の前に置かれていた。私もぼんやりとした頭でフランを見つめ返していた。ふと、頭を撫でてやろうかと思って、左腕を伸ばそうとしたが、ぴくりとも動かなかった。私は酷く疲れた気分で、フランを見ていることしかできなかった。
 どれだけ時間が経っただろうか。パチェは魔法を収束させた。
「……一応、応急処置は終わった。これ以上のことは美鈴の気功で何とかしてもらいましょう……」
パチェが私の体を抱きかかえる。この知識と日陰の少女にそんな腕力があるとは驚きだった。パチェは私の体を持ち上げたまま、挨拶もなく、フランの私室を飛び出した。
 
 地下室からでていく瞬間、フランの姿が見えた。

 フランは、ぐしゃぐしゃの泣き顔で、私の血で黒く染まったスカートの裾をきつく握りしめていた。















 
 地下室から出てきた私たちを最初に迎えたのは、メイド長の咲夜だった。あの無表情のメイドが今まで見たこともないような必死の形相で、何があったのか、と 血みどろの私たちに駆け寄ってきた。パチェは説明もほどほどに医務室に美鈴を呼ぶように言った。咲夜も二つ返事でパチェの言葉に従い、門番長を呼びに行った。トラブルの対処にも慣れているのだろう。実に優秀なメイドだと思った。そして、パチェは私を抱えて医務室にまで運んだ。
 医務室にはすでに美鈴と咲夜がいた。美鈴は顔をしかめ、これはまた派手にやりましたね、と右の脇腹と肘から先の右腕がなくなった私に言った。私はベッ ドに寝かされ、美鈴の気功による治療を受けた。吸血鬼の再生能力もあったため、数時間で私の右脇腹と右腕は元通りになった。
 『傷口は派手でしたけど、霊的破壊がなかったのが幸いでしたね』
美鈴はそう笑って言った。門番長はどんなときでも笑う少女だった。けれども、その笑顔がありがたかった。悲しいことも暗いことも吹き飛ばす笑顔。私は美鈴のこの笑顔に何度も励まされたものだった。
『霊的に壊されたら、再生能力自体も落ちますからね。妖怪にとって霊的な傷は致命的ですから。今回は幸運だったと思うべきでしょう』
まあ、次回はもっと気を付けてくださいね、と美鈴は言って去っていった。去り際、美鈴は微笑んでいたけれど、笑顔に映った悲しげな陰を隠すことはできなかった。
 『――私は何も言わないわ』
パチェは淡々と言った。
『今後のこともレミィに従ってあげる。レミィが決めたなら、それに協力してあげる。だけど、無茶はしないでね……』
パチェはそれだけ言って図書館に戻った。パチェの表情は相変わらず無表情で読めなかったが、私を担いでくるのに体力を使ったのか、それとも精神的に疲労したのか、帰っていく後姿から、彼女がとても疲れていることだけはわかった。私は親友の背中に頭を下げた。改めて、もつべきものは良き友人と良き従者だな、と私は思い知った。
 治療が終わって、私は医務室から私室に戻っていた。何とか自力で歩けるくらいには回復した。これからフランのところに行ってもよかったのだが、今日はもう動かないように、と美鈴に言われていた。普段、従者たちに我が儘を言っているのだから、今日くらいは自重してようと決めた。今、フランの様子は、美鈴が見に行ってくれていた。
 
 ベッドから窓の外の夜空を見て、思う。

 ――フラン、落ち込んでないかなあ。
 
 と。

 いや、たぶん、落ち込んでいるに違いなかった。窓の外には白い月がきらきらと輝いていた。明日には満月になっているだろう。けれども、とても月見を楽しんでいられるような気持ちじゃなかった。フランの泣き顔が強く頭に残って離れなかった。あんな風な、フランの酷い泣き顔を見たのはいつ以来だろうか。いや、ひょっとすると初めてかもしれなかった。
 
 どうしようか、と思った。
 
 これからどうすればいいのだろうか、と漠然と考えていた。
 
 ああ、やっちゃったなあ、とため息をつくことしかできなかった。

 正直、何もかもが終わってしまったような気がした。

 この1カ月間のことだけではない。

 495年続けてきた、微細な努力の山も――何もかもすべてが、だ。

 この495年は耐え忍ぶ歳月だった。
 暗く苦しい日々だったけれど、それでも守れたものがあったのだ。
 確かにフランの狂気の発作は起こっていたが、大きな事故を起こしたことはなかった。フランが誰かを傷つけたり、殺そうとしたことは一度もなかったのだ。
 そして、フランは私を殺すようなことなどなかった。もちろん、数回、発作に立ち会ってしまったこともあった。けれど、服がちょっと破れたり、髪や翼の先が焦げたり、という程度で、命に関わる傷を負ったことはなかった。

 でも、今日、その前例が出来てしまった。

 今まで必死に隠してきた可能性が暴露されてしまった。
 495年間、私たちは地下室で、フランが誰かを傷つけるしかない存在であるという、絶望の可能性を隠してきた。そもそも、フランを地下室に閉じ込めたのは、まさにそのためだった。フランが誰も殺すことがないように――フランが現実として世界の実害とならず、同時にフランがそんなことで自分を責めることのないように、と私たちはそのためにフランをあんな暗い地下室へ押し込んだのだった。
 そうやって、私たちはフランにいろんなことを隠してきた。
 しかし、隠して、誤魔化してきたけれど、それは確かに希望だった。
 この絶望から目をそむけることができれば、そのまま何もかも上手くいくんじゃないかという希望。
 しばらく我慢していれば、何の惨劇を起こすこともなく、何の悲惨な目を見ることもなく、フランはいつの日か外の世界に戻ってこられるんじゃないかという、ささやかな願い。
 今日まで1カ月間、弾幕ごっこを続けてこられたのも、その希望のおかげだった。

 だけれど。

 495年間、必死につなぎとめていた、その細い希望の糸さえ切れてしまった。

 そして、今、フランはその代償として、どれほどの絶望を味わっているのか――

 どうすればいいのだろう、とただ思う。

 どうすればいいのだろう、とその言葉しか頭に浮かばなかった。
 
 「私が悪かったんだろうか……」

 誰に聞かせるでもなく、私はひとり呟いていた。空の上の月は白く光るだけで、何も答えてくれなかった。
 
 ――フランに弾幕ごっこを教えなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。
 
 言葉が頭のなかで反響する。私にはこの自問に、自信をもって、否、と答えられなかった。私にはわからないことだらけだった。そして、そうじゃないかと肯定しそうになっている自分がいた。たとえ、フランが外に出ていくのに必要なことだと理性で理解していても、私は今、フランに弾幕ごっこを教えたことを後悔していた。フランからかすかな希望さえ奪ってしまったのは、自分のせいではないかと思うと、私は、ベッドの上で頭を抱えて寝返りを打つことしかできなかった。

 そして――

 「――無理だったんだろうか?」

 本当の問題が頭のなかに昇ってきた。
 
 フランが誰かと遊べるということは無理だったのだろうか。

 弾幕ごっこではどんなことがあっても死なない――この絶対に思えるようなルールがあっても、不可能だったのだろうか。

 フランは一生、満足のいくまで誰かと遊ぶことすらできないのだろうか。

 フランは死ぬまで、独りなのだろうか。

 私はこの1カ月間、フランが外に出て遊ぶ姿を想像してきた。

 私たちと紅茶を美味しそうに飲むフラン。
 見知らぬ妖怪とも弾幕ごっこを楽しむフラン。
 夜のテラスでゆっくりと月が昇り沈んでいくのを眺めるフラン。
 満開の桜の下で花々を見上げるフラン。
 
 他にもいろんな遊びを私たちといっしょに興じるフランの姿を思い描いてきた。

 どの想像のフランも笑っていた。
 とても嬉しそうに。
 目を輝かせて。
 フランは思いっきり人生を味わっていた。
 本当の世界というものに触れて、幸せそうだった。
 
 ――それは全部、妄想なのだろうか。

 禁忌でしかない妹に対して抱いた、惨めな姉の妄想なのだろうか。

 歯を食いしばって、私はまたごろりと、ベッドの上を転がった。
 
 ……どうしてこんなことになった?

 どうしてフランがこんな目に遭わないといけないんだ?
 
 あの子が何をしたんだ?

 あの子は何も悪いことをしてないじゃないか。

 仮に悪いことをしようとしても、地下室の中に閉じ込められて、何もできやしなかったじゃないか。

 それとも、これがフランなのか?

 これが【フランドール・スカーレット】という概念なのか?

 フランにはこんな運命しか与えられないのか?

 「……ふざけるな」

 言葉は自然に漏れた。ふざけるな、と自問に対して、私は答えにならない答えを返していた。けれども、それしか思い浮かばなかった。歯を食いしばって、私は理不尽な自分の問いかけにふざけるなと言うことしかできなかった。

 それだけは絶対に許せなかった。

 フランが寂しい想いをすることだけは、許せなかった。

 フランが寂しいと私も寂しくて胸が痛くなる。

 フランが苦しいと私も苦しくて仕方がない。

 フランが悲しいと私も悲しくてやりきれない。

 フランが不幸なら、私も不幸しか感じられなかった――

 だから、私はフランの不幸が許せないのだ。 

 ――本当のところ、何でもよかったのだ。
 
 友達だろうと家族だろうと。
 
 ただ、フランに誰かといっしょにいて欲しかった。

 フランに寂しい想いをしてほしくないということが、本当だった。
 
 フランには、どんな人とも仲良くなれる力をもって欲しかった――

 「……でも、どうしようか」

 私は再び自問する。
 自分が悪いか、弾幕ごっこが悪いか、それは置いておこう。それよりも、私たちはこれで終われないということが重要だった。映画だったら、ここで『Fin』と字幕が出てくればいいところだが、生憎私たちの世界には続きがあるのだ。いや、どこまでいっても終わりなどない。こうして私は息をしているし、フランもまだ地下室で生きているのだ。そして、たぶん、明日もまだ生き残っていることだろう。

 今、私たちは生きている。

 それは絶望と希望の両方を意味する事実だった。

 「……絶望は敗北の苦しみと悲しみしか、生むことはない」

 私はもう一度寝返りを打ち、仰向けになって、天井を睨みながら呟く。

 「でも、希望は反撃への意欲とそのやり方を与えてくれるわ……」 

 私は自分によく聞かせるために、声に出して言った。



 コンコンッ。



ドアをノックする音に、私は思考の世界から現実の世界へと連れ戻された。上半身を起こし、寝返りを打ち続けて乱れた衣服を整え、「入っていいよ」と答えた。

 「失礼します」

 咲夜だった。呼びつけもなしで、咲夜が自分から私の部屋に入ってくるのは珍しかった。咲夜は真面目な――今までの無愛想な表情とは違う、真剣な顔をしていた。私は彼女の表情から、この主君に対して必要以上に不干渉なメイド長が、どんな用件で私の部屋に入ってきたかを察する。咲夜はいつも通り瀟洒な姿勢で私の部屋を歩き、ベッドの傍らに立った。彼女の蒼い瞳が意思の強さで輝いていた。私と咲夜の目があった瞬間だけ、沈黙が下りた。だが、一瞬のためらいを吹っ切ると、咲夜はよく通る声で私に尋ねた。
「お嬢様、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
……どうやら、私の察しは正しかった。尋ね事の内容も大体見当がつく。その問いは、私にとって話したくないことだろうけれど、答えないわけにはいかなそうだった。咲夜はメイド長で私の一番の従者だ――少なくとも、立場的には、私、フラン、パチェの次に紅魔館のトップである。心配も――まあ、咲夜でもたぶん心配してくれただろう。彼女にも知る権利はあると思った。私はうなずいて、咲夜に続きをうながした。
「お嬢様のお怪我をされたことですが――それは地下室の『誰か』のせいなのですか?」
咲夜は本当に察しのよいメイドだった。いきなり核心に迫ってくる。私を抱えたパチェが咲夜に会ったのは、地下室を出てからしばらく後だから、地下室から出てくるのを見られてはいないはずだった。でも、よく考えると、メイド長をしている咲夜がよく把握していない場所は、フランの地下室だけだ。私があんな酷い怪我をするとしたら、地下室以外にないには考えられない。勘の良い咲夜なら『犯行現場』が地下室だと容易に想像がつくだろう。
 私は咲夜とフランをまだ引き会わせていなかった。まだ咲夜が紅魔館に来てから、それほど経っていなかったから、そして、咲夜がやはりか弱い人間の身だったからだ。吸血鬼の力にかかれば、人間などぼろ雑巾も同じである。咲夜は人間にしては強かったが、その体の耐久性は所詮人間のものでしかない。そのため、人間に会ったこともなく、力加減のよくわかっていないフランと会わせるのはまだ危険だと判断していた。
 咲夜にはフランの食事を地下室に運んでもらっていた。地下室の扉の横には、小さなポストがあって、そこから食事を受け取れるようになっていた(フランの洗濯物もそこでやりとりしてもらっていた)。まるで監獄のようだったが、扉を開けるキーワードを無駄に多くの人間に知らせるわけにいかないということも事実だった。咲夜はそこに誰が住んでいるのかも知らされず、毎日フランのところに食事を届けていたのだ。
  私は咲夜の質問にどう答えようかと悩んだ。どうフランについて説明すればいいのか。そして、天井を仰いでいると、一つの言葉が頭に思い浮かんだ。私はそれを自然と口にしていた。

 「……U.N.オーエンか」

 どうして、この言葉が、と自分でも思う。だが、少し考えて、それがフランを表すのに一番ふさわしい言葉なのかもしれないと気付いた。咲夜は一瞬、きょとんとした顔になったが、すぐに私の言葉の意味を理解しようと頭を働かせているようだった。
「U(ユナ).N(ナンシー).オーエン……アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』ですか?」
「そう。よく知ってるじゃない。“Ten little Indians,And Then There were none.”――『そして誰もいなくなった』 の犯人の偽名、というか、通称というか、自称ね。UNKNOWN――『正体不明』にかけた名前らしいわね」
 私は、その外の世界の小説をフランから借りていた。ミステリーの金字塔と言われるほどの物語で、ミステリー好きのフランも、大のお気に入りだった。他にも『すべてがFになんとか』など、いろいろな本をフランに教えてもらった。本好きのフランは、姉に自分の好きな本を読んでもらえることをとても喜んでいたものだった。
 私は咲夜を見る。咲夜はひたすらに真剣な目で私を見つめていた。私は何も知らないメイド長に尋ねる。
「ねえ、咲夜にとって、あの子はどんな存在?」
「『あの子』――地下室にいらっしゃる方のことですか?」
「ええ。地下室のあの子のことよ」
私は咲夜の澄んだ青色の瞳を見つめながら訊いた。
「あの子が私にこんな深手を負わせた、と聞いたら、あなたはどう思う?」
咲夜はすぐには答えを出せなかった。完全なメイド長は悩んだ表情をしていた。でも、それは数秒だけで、毅然とした理性の眼差しで私を見据え、はっきりと言った。
 
 「――正直、恐ろしいと思います」

 咲夜には媚びやへつらいというものはなかった。容赦のない、だが、どこまでも誠実な蒼い瞳に対して、私は素直にうなずくことができた。
「……そうでしょうね。その考えで正しいわ。残念だけど、あの子は危険で恐ろしい存在なのよね……」

 破壊の能力。

 狂気。

 禁忌。

 禁断。

 再び、フランにまつわる忌々しい言葉が次々と心のなかに浮かびあがってくる。けれども、私は今、それを強く実感しなければならなかった。そして、どれも正しいことだと認めなければならなかった。私は苛立たしさに歯噛みすることしかできなかった。

 でも、私はここで終わらせるわけにはいかなかった。

 私にはもっと肯定しなければならないことがあった。

 「あなたたちにとって、あの子はU.N.オーエンと同じなのかもしれないわね……」
咲夜は何も言わなかった。沈黙を守り、メイド長は私を見つめるだけだった。私は一人になっても、言葉を吐き続けた――否、吐くのをやめることができなかった。
「U.N.オーエンの正体は快楽殺人者。芸術的な殺人がしたいなんて馬鹿げたことを思いついた狂人。本当に正体不明なのは、そいつが10人のなかの誰かということじゃなくて、その歪みきった不条理な動機じゃないかしら? ミステリーの本筋は誰が犯人で、どんなトリックを使ったのかということを解き明かしていくことだから、動機は二の次にすぎないけどね。でも、私にとっては、この意味不明な殺人動機のほうがよほど謎だし、一番気持ち悪い問題だわ」

 そして、私はフランのことを思い出していた。

 私を『破壊』しようとしたときのフランの目に宿った狂気を。

 あの狂気もまた、正体不明以外の何でもなかった。
 
 私に、そして、たぶんフラン自身を含めた誰にさえも理解することができない意味不明。

 誰にも理解されないから、その思念は狂気と呼ばれるのだ。

 「U.N.オーエンは全員殺す。自分以外の人間をすべて殺して、最後に自分も殺す。館には誰も残らない。館には狂気しか残らない。そして、誰もいなくなった。ただ殺人芸術を完成させたいからという、誰にも理解できない理由で。あの小説の犯人は完全に狂っていた。どう推理しても、あの犯人は異常だった」

 そして、きっと――

 「あのときのフランもまた、異常だった……」

 それは認めなければならない事実だった。

 「そして、」

 私は、フランの瞳の奥に見た――空虚のなかに渦巻く憎悪を思い出していた。

 私の心を震撼させた狂気が頭のなかに甦っていた。



 「狂気は、恐怖だわ……」



 知らない。
 理解できない。
 想像できない。

 それは人を恐怖させるには十分な条件だった。

 「人は『わからない』ものに恐怖を覚える。妖怪も例外ではないわ。ひたすらに破壊の方向に向かう狂気なんて、意味不明の典型例でしょうね。人が対象を人として――その人を同種の人間として理解できるのは、その人を『わかって』あげられるから。その人のことを知っていれば何も問題ないし、知らなくても行動が理解できれば納得する。理解できなくても、想像することができれば安心する。……でも狂人は違う。その3つのどれにも当てはまらない。狂人はモノか概念でしかないわ。人として見なすことができない。その意味では、殺人マシーンという表現が一番近いのかしら……。そして、正常な人間の目からは、その行動の原動力になっているものが殺人芸術の追究であろうと、病的で発作的な破壊的情動であろうと、大した差はないのでしょうね。だから、あの子はあなたたちにとって、U.N.オーエンと同じなんでしょう……」

 けれども――

 私は、冷たい視線だけを返してくる窓の外の月を睨みながら言った。
 
 「でも、本当にU.N.オーエンは人を殺したかったのかしら? もしかしたら、別の結末を探しだすこともできたんじゃないかしら?」

 月は満月よりも欠けていた。小さくも埋めることができない不完全な月に、ぐしゃぐしゃになったフランの泣き顔が映っていた。



 「少なくとも、あの子は、私を壊そうとなんか――殺したいとなんか思っていなかったわ……!」



 必死に私を呼び続けるフランの声が聞こえる。

 歯を食いしばって、ぼろぼろと涙を流しているフランの泣き顔が見える。
 
 弾幕ごっこが楽しいと答えるフランの声が聞こえる。

 もう一度遊ぼうと、私に手を差し出すフランの笑顔が見える。

 友達をつくるのはどういうことなんだろうと、悲しく呟くフランの声が聞こえる。

 それでも、私を信じると言ってくれた、フランの優しい顔が見える。



 いつだってそうだった、フランの本当の心がわかる。



 QEDを出すのに、これ以上の証拠は必要なかった。



 『どうしようか』だって?

 我ながら、愚問だった。

 私のやることは、すでに決まっていたじゃないか。
 
 「私は絶対に諦めないわ。あの子の気持ちは私がよく知っている。誰がなんと言おうと、私はフランが優しい子だというのを理解している。誰もが、U.N.オーエンは彼女なのか、と疑っても、私はそれを必ず否定してやる! 幸せなQED以外は認めない! 私は絶対にフランをあの檻から――495年の檻から救い出してみせる!」

 咲夜は黙って私の話を聞いてくれていた。そして、しばらくの沈黙の後、咲夜は口を開いた。

 「……そのフランという方は、お嬢様にとって大切な方なのですか?」

 今まで聞いたことのないような穏やかな声だった。私は驚いて、窓の向こうの月から咲夜を振りかえった。
 
 咲夜は微笑していた。

 それは優しくて、清らかで――思わず見惚れてしまうような、真心のこもった笑顔だった。

 それは今までのような作り物のものではなく、彼女にとって本来浮かべるべき微笑だった。

 「……ええ。こんなことを言うのも恥ずかしいけど、私の命よりもずっと大切なものでしょうね……」

 私は驚きを心のなかに収めながら答える。メイド長は温かな笑顔のまま、うなずいた。

 「では、私も信じることにいたします」

 さらに、静かな驚きが波紋のように心の中に広がっていった。咲夜はそんなことも構わずに続けた。

 「他の誰がフラン様の悪口を言っていたとしても、私は、フラン様がお優しい方であると、信じることにします」
 
 ぽかんとしているだけの私に、咲夜は誓うような強い笑顔を浮かべる。

 「私のご主様が信じるならば、メイドの私もそのことを信じさせていただきます」

 咲夜の綺麗な蒼色の瞳が、優しく微笑んでいた。

 「私も、レミリアお嬢様といっしょに、フラン様のことを信じることにいたします」



 ――この日から、私の咲夜に対する印象は変わり始めた。















  
 翌日、私はパチェといっしょにフランの部屋の前に立っていた。
 地下室の大きな扉は重く、私たちの目の前に立ちふさがっていた。簡単な魔法を呟くだけで開くはずのその扉が、今はとてもつもなく堅く高い壁に思えたのだった。
 パチェは風邪マスクを外しながら言った。
「レミィ、入らないの? 入るんでしょ」
私はうなずいた。だが、足が動かなかった。パチェはそんな私の姿を見て、やれやれと肩をすくめた。
「あなたは被害者なんだから、何も怖気づく必要はないでしょう。そんな申し訳なさそうな顔をすることはないわ」
「わかってるわ、パチェ。わかってるんだけど……」
フランの発作からすでに一晩が経っていた。けれども、フランの部屋から出て行くときに見たあの泣き顔が、いまだに目蓋に張り付いているのだった。そして、私は地下室に来る前に、美鈴から訊いた報告を思い出していた。
 『かなり、まずいかもしれませんね……』
あの事件の後、美鈴が私の代わりにフランといっしょにいてくれたのだった。今日の朝、起きたときに、私は地下室から帰ってきた美鈴からの報告を受けた。
『まったく、と言っていいほど元気がありません。私の言葉にはちゃんと従って下さるのですが、心ここにあらずで、自分からはほとんど動こうとされません。空っぽのような目をされて、ただ涙を流していらっしゃいます。励ましの声をおかけしても、首をふらふらと横に振って、自分が悪いんだ、とうめくようにお答えになるだけでした……。何とか、血濡れの服をお着替えさせることは出来ましたが、食事をとっていただくのは無理でした。しばらくして、疲れていらっしゃったのでしょう、いつの間にやら椅子に座ったままお休みになられたので、ベッドにお運びいたしました』
『お休みになられたのが、今から5時間ほど前ですかね。ようやく休んでいただけました。ですが……苦しそうな寝顔をされていました』と、美鈴はため息をつきながらフランの様子を教えてくれた。
『自殺の恐れは、ないと思います。今はただショックに打ちのめされて、茫然とされているのでしょう。ですから、衝動的な自殺はなさらないとは思いますが……むしろ問題はこれからでしょうね。一晩寝て、起きて、ショックから理性を取り戻して、冷静にトラウマに直面されたとき、あの優しい妹様が耐えられるか……。とにかく、申し訳ありませんが、今の私にはこれ以上のことはできません』
そして、美鈴は私の目を見た。
『きっと、レミリアお嬢様以外の者では、フランお嬢様をお助けすることはできません……』
深緑の強い瞳が、真剣な光を放っていた。
『フランお嬢様のこと、よろしくお願いしますね……』
私も、美鈴の報告にため息をつきながらも、うなずくことしかできなかった。
 私は美鈴の言葉を思い出しながら、改めて、地下室を見やる(ちなみに、美鈴は報告の後、門番隊のシフトに戻った。私が起きるまでずっと不眠で、眠っているフランの側に付き添っていてくれたようだ。咲夜にバレない程度にゆっくりシエスタしてくれ)。この扉を開けなくても、中の様子がわかるようだ。ポストに入れられた咲夜の食事にも一切手がつけられておらず、冷たくなっていた。
 「……フラン、きっと落ち込んでいるでしょうね……」
自分で言いながら愚問だと思ったが、今の私にはこんな言葉しか思いつかなかった。自分がフランを助けるんだということは決心できても、まだ、具体的にフランに何をしてあげられるのかについては、考えついていなかった。考えようとしても、何も思い浮かばない自分が情けなかった。
 だが、隣にいたパチェは呆れたように目を私に向けていた。七曜の魔女は、私の考えを知ってか知らずか、突然、私の右手を掴んだのだった。
「だから、お姉さんのあんたが元気づけなきゃならないんでしょうが。とにかく、さっさと入る」
パチェは私の右手を引きながら、開錠の呪文を唱えた。扉の隙間から、暗闇の廊下へとほのかな光が漏れる。スライドして開く扉の間に親友は無理矢理私を引っ張りこんだ。七曜の魔女はときどき、ひどく強引な行動を起こすのだった。
 部屋の中は一応、灯りがついていた。部屋の奥に小さな光源があるのがわかる。フランは眠るとき、ベッドサイドに灯りがないと不安がる子だった。美鈴が部屋からでていくときにつけていったのだろう。フランは寝ているのだろうか? 私は扉のすぐ横にある天井灯のスイッチを入れた。

 一瞬だけ眩しさに目を細め、明るさに慣れてきて――私は驚いた。

 床にはフランのスペルカードが散らばっていた。中には皺がもう直せないくらいに曲がってしまっているのもある。毎晩、フランは眠るとき、自分の枕元にスペルカードを丁寧に重ねていたというのに。弾幕ごっこで使うはずの大切な道具は、紙くずのように投げ捨てられていた。 

 そして、フランはベッドの上に――いなかった。ベッドの上には毛布が乱暴にめくられている。掛け布団は、床にだらしなく丸められて転がっていた。

 フランはどこにいるのだろうと視線をさまよわせる。あの鮮やかな赤い服と、虹色の綺麗な翼が、なかなかつかまらなかった。

 そして、私はようやく見つける。

 フランはベッドの脇に座り込んでいた。ぐしゃぐしゃの毛布を肩から被るようにして、床に縮こまっていた。最初、もう一枚毛布が丸まって落ちているだけかと思ったが、それは紛れもなくフランだった。

 「――フラン?」

 私の呼びかけに、フランの頭が動いた。がさりと、肩にかかっていた毛布が床へと落ちる。フランの顔が見えた。私はフランの緋色の瞳を捉え、フランは私の紅色の瞳を捉えていた。

 「……お姉さま?」

 数秒ほど見つめ合ってから、膝を抱えて座り込んでいるフランがかすれた声で呟いた。曇った緋色の瞳が私を映していた。目がいつもより赤いのは吸血鬼だからではないだろう。目の下に酷い隈が出来ている。白く滑らかな頬が、いくつもの水の線で濡れていた。
 やがて、フランの目から新しい涙が流れ始めた。ぐしゃりとフランの顔が歪む。フランは私から視線を逃して、再び顔を膝に押し付けてしまった。
 
 「フラン――」

 「ごめんなさい!」

 私の呼びかけを拒絶するかのように、フランが顔を伏せたまま叫んだ。だが、私は動かずにはいられなかった。私は駆け寄って、体を丸めて震えるフランを抱きしめる。フランはパジャマのままだった。そのパジャマの腕のところにいくつも線のような血がにじんでいる。美鈴が着換えさせたからと言っていたから、それは私の血ではないのは確かだった。フランの爪が、赤く濡れていた。フランは嗚咽のなかで言葉を続けた。
 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで……! 私が弾幕ごっこしようなんて言うから……! 私が弾幕ごっこしたいなんてお願いしたから……! あんなこと言わなきゃ……あんなこと言わなきゃ……!」 

「……そんな、フラン……」
フランの泣き声が耳の奥を揺さぶる。私は、動かない頭で何を言えばいいのか、歯を食いしばって考えていた。フランにどんな言葉をかければ泣きやんでくれるのか。いい言葉など一つだって浮かばない。けれど、私はとにかくフランに何か言わなきゃと必死になっていた。 
 「そんなことないわ、フラン。あれは事故でしょ? フランは私を壊したくて壊そうとしたわけじゃないでしょ? フランは何も悪くないわ。だから、そんなに自分を責めないで?」
けれど、フランは私の言葉を頭を振って否定した。フランの涙に濡れた瞳がきらきらと光っていた。フランの目が、苦しみと悲しみと、何より、怒りで――自分に対する怒りと後悔で歪んでいた。必死なのは私だけではなく、フランもそうだった。
 「そうだけど、違うの! あれは防げたの! ……私がお姉さまの言葉に素直に従って、やめよう、って頷いていれば、こんなことにはならなかったの! ……だから、私がお姉さまを壊したのと何も変わらないんだよ! ……どうして、どうしてあのときの私は、あのときの私は、あんな馬鹿なこと……!」 
フランの口から己を呪う言葉が紡がれていく。それでも、私は引き下がるわけにはいかなかった。
 「でも、私はこうして生きてるわ、フラン。見て? もう、どこも壊れてないから。私は元気満点よ? フランは私を壊してないわ」
頑張って微笑みかけるが、フランの顔がいっそうぐしゃぐしゃになるだけだった。
「そんなことないよ! 私の能力は本当に何でも壊しちゃうんだよ! ……本当に、壊しちゃうんだよ……!」
 慟哭のなか、フランは私に訴え続ける。
「自分でもわかるの、この右手の中に存在する『目』がどういうものか、どれだけ危険かって……これを潰すだけで私は本当にどんなものでも壊せて殺せるんだって……! 今回、お姉さまは助かったけれど、それは運が良かっただけかもしれない……! もし次があったら、私はお姉さまを殺してしまうかもしれない……!」
 フランは495年間、静かに抱え続け、隠し続けてきた不安と悲痛を吐き出し続けた。
「私の手のなかに、どうしてそんな危険なものがあるのかわからないのに、それがあるんだよ!    触れただけで壊れてしまいそうな命の『目』が、私の手に入ってくるんだよ! ……ねえ、なんで、そんな恐ろしいものが私の手のなかにあるの? どうして、私は壊したくないものの命を握っているの? どうして、私は大切な人を殺さないといけないの!? ねえ、どうして、どうしてっ……!?」
「……フラン」
私は黙って、妹の名前を呼ぶことしかできなかった。この優しく、悲しい妹を、ただ抱きしめることしかできなかった。フランは震える体で、私に寄りかかった。
「壊したくないんだよ……本当に、壊したくないんだよ……でも、なんでそれなのに私は壊しちゃうの……? なんで私にこんな力があるの? ねえ、なんで私は、こんな奴なの? こんな、誰かの邪魔になる奴にしかなれないの……?」
そんなことは……と言いかけて、私は口をつぐんだ。この私に何が言えるというのだろう? すべてを理解してしまったフランに――そして、誰よりもフランドール・スカーレットについて理解してしまったフランに、どんな言葉をかけてあげられるというのだろう? 私にできることはただ黙って、フランの言葉を聞いてあげることだけだった。
「……自分が危険なのはわかってた。でも、私は生き続けてきた。地下室なら誰にも迷惑をかけないから、生きていてもいいかなと思った。そして、長い時間破壊の能力について考えないようにしてたら、能力の使い方も忘れてきた。私自身が自分から使うことなんてなくなった。右手の『目』もなんだかぼんやりとしてきて、私はあんまり破壊の能力を自覚しなくなっていった」
 「でも……」とフランは呟く。妹の目から大粒の涙がこぼれた。フランは私の胸にすがって言った。 
「弾幕ごっこをやり始めてから、少しずつ、それも変わっていったんだ……」
フランの言葉に、私ははっとする。私はこのとき、弾幕ごっこの思いもよらなかった副作用に気づかされていた。
 「……弾幕ごっこを始めてから、右手の『目』がだんだんはっきりと見えるようになってきた。攻撃魔法について慣れるようになって、それと同じころに、破壊の能力が存在感を増してきたの。私は自分に何でも壊せる力があることを思い出してきたの……」

 何てことだ、と私は愕然としていた。
 これまでのフランは時折暴走する以外、自分の力を使うことはなかった。だから495年の時間の中でその力はだんだんと鈍ってきていた。
 だが、弾幕ごっこで魔力の使い方を練習するうちに、破壊の力を使う感覚も戻ってきたのだ。
 もちろん、それはフランの力が暴走しているという意味ではないだろう。
 それはフランの家具が壊れないようになったのを見ればわかる。むしろフランは自分の力をコントロールすることを覚え始めたのだ。
 だが、それは同時に、より鮮明に破壊の力と触れ合うことを意味していた。
 フランは自分の手の中に全ての命が握られていることに気づいたはずだ。
 フランはより強く自分の特異な能力を意識させられたはずだ。
 そのことがフランの暴走につながったかはわからないが――
 たとえ、フランが自分の意思で私を破壊したのでなくても、そんなときに暴走が起これば、必ず自分を責めるだろうと容易に想像がついた。
 もっと早く気づいていれば、と思う。
 私たちがフランの力について、話し合うことができていれば、フランが一人でこんな不安を抱えることは防げたはずなのに。
 弾幕ごっこの笑顔の裏側に、こんなフランの不安があったと知って、私は自分の無力さ思い知らされていた。
 私はより強く、フランを抱きしめることしかできなかった。

 「……でもね」と、フランが鼻をすすりながら言う。そのとき、フランが少しだけ微笑んでくれた。

 「弾幕ごっこね、楽しかったんだよ」

 それは、優しく穏やかで――何より、目が霞んでしまうほど儚い微笑だった。

 「弾幕ごっこは楽しかった。こんなに楽しい遊びは生まれて初めてだった。お姉さまと遊ぶのも楽しかった。パチュリーと遊ぶのも、美鈴と遊ぶのも楽しかった。皆といっしょに遊べて楽しかった。こんなに楽しいことはなかった。……だから、やめられなかった」
フランは笑顔を続ける。「それにね、」とフランはいつもの優しい笑顔を浮かべて言った。

 「お姉さまと約束したから」

 その言葉に、私は本当に何も言えなくなってしまった。

 「お姉さまと、いっしょに友達をつくりかたを勉強するって、約束したから」

 フランの緋色の瞳から、綺麗な涙がぽろぽろと零れる。

 「私ね、少し、頑張ったんだよ?」

 フランは、涙を流しながら笑う。

 「あの日――お姉さまと弾幕ごっこを一緒に頑張るって約束して、私も頑張ることに決めたの。弾幕ごっこを上手くできるようになれば、そのうち友達のつくりかたも覚えられるようになるから、頑張ろうって。友達をつくることがどういうことか、外に出ることがどんなことか、私にはよくわからないけど、いつまでも今のままじゃいられないってことは私でもわかった。今のまま、独りで地下室で待つのはもう嫌だし、もし、たくさんの人と遊ぶことができるなら、そっちのほうがいいもの。だから、お姉さまがいっしょに頑張ってくれるなら、私でもいつか外に出られるようになるんじゃないかって思ったんだ」

 フランはそうして私に微笑みかけた。

 「だから、私、弾幕ごっこ、頑張ったんだよ?」

 ……私は本当に後悔していた。
 他の何でもない、フランを侮っていたことを後悔していた。
 フランは私が考えていたよりもずっと前向きだった。
 自分からスペルカードに向かい合って努力していたのだ。
 自分のことを禁忌、禁断と考えて苦悶しながら。
 破壊の能力に怯えながら。
 でも、決して諦めることなく、弾幕ごっこを続けてくれたのだ。
 そして、フランは私のことを信じてくれた。
 ちゃんと私との約束を守って、頑張ってくれた。
 ……許せなかった。
 こんなに努力してくれたフランに、何もできないでいる自分が許せなかった。
 
 「でも、それも、もう終わりだね……」

 疲れきった声でフランは言った。

 「どんなに努力したって、私が狂っていることは、何も変わらないもの」

 フランがぽろぽろと涙を流す。

 「もう嫌だよ……」

 涙が服を濡らすのを私は見ていることしかできなかった。

 「もう自分の力で何かを壊すのは嫌。狂っている自分が誰かを殺すようなことは嫌。あのときも、気づいたら、お姉さまが血を吐いてた。自分の知らない自分がお姉さまを殺そうとしていた。もう、こんなの嫌だよ……こんなに痛い気持ちは嫌、こんなに苦しいのは嫌、殺したくない人を、大切な人を、お姉さまを殺すなんて……絶対に、嫌――」

 フランは声を上げずに、私の胸の中で泣いていた。もはや誰も言葉を紡ぐことはできなかった。世界の終わりのような地下室に、フランのしゃくりあげる声だけが響いていた。
 ……どれほどそうしていただろうか。やがて、フランが顔を上げた。フランは私の顔を真っ直ぐに見つめていた。泣き終わったフランの顔は不気味なほどに清々しかった。

 「……ねえ、お姉さま、傷は大丈夫なの?」
突然のフランの質問。私は嫌な感じを覚えながら答えた。
「……ええ。すっかり元通りよ。安心して」
「そう、よかった……」
フランが安心したように長い息を吐く。突然のフランの変化に私は困惑していた。フランはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、お姉さま。一番初めに訊かないといけないことだったのに」
「……いえ。気にすることじゃないわ」
「うん、でも、よかった。お姉さまが助かって、本当によかった……」
フランはどこか救われたような顔をしていた。すでに苦しみから解き放たれたようにフランは微笑んでいた。嫌な予感に心臓がばくばくと震えていた。
 フランは微笑んで言った。
「……ねえ、お姉さま、お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
透き通った緋色の瞳が私を見つめていた。私はフランから目を離すことができずに、うなずいた。
「……ええ。フランの頼みなら、いつでも聞いてあげるわ」
フランは優しく笑った。綺麗な微笑を浮かべて――綺麗なだけの微笑を作って、フランは続けた。
「……ありがとう。お姉さま。じゃあ、お願いを言うね」

 フランは祈るように目を閉じて言った。



 「――私を、殺してください」



 私はフランの微笑を見ていた。
 
 フランが閉じていた目を開く。
 
 瞳の濡れた緋色が私の瞳に映る。 



 フランは私の目を見つめ返しながら言った。

 「今まで私が甘かったんだよ。こんな危険な力を持っているのに、皆と一緒に生きていけるのかも知れない、なんて希望を持ってた。気がふれてるのに、誰かわたしを認めてくれる、なんて空想してた。だけど、今回のことでようやくわかったんだよ。そんなの私の甘い考えでしかなかったんだって。友達をつくるのはやっぱり無理だったんだって」

 私の静止した心に、フランの微笑が映る。

 「それにね、いいんだよ。私には大事なものがあるし、そんな大事なものを破壊したくない。それを守って死ねるんなら――私が死ぬことでそれが守れるなら、私は死んだってかまわないんだよ。そっちのほうが自分の手で壊すより、はるかにマシだもの」

 フランはうつむいて笑った。

 「それにね、私、独りじゃ生きられないし、ね……」

 フランは歌うように言った。

 「私は独りじゃ生きられない。でも、独りになるしかない。私は何でも破壊する。破壊を無くすには、私がいなければいい」

 フランは結論付ける。

 「だから、私が死んでも、何も問題はない」

 そして、フランは優しい笑顔で、私にお願いをした。



 「だから、お姉さま、よかったら私を殺してください――」



 ……静かだった。

 目の前には、祈るようなフランの顔。

 傍らには、先ほどから言葉を挟むことができずに、悲しそうな顔をしているパチェ。

 そして、ここに私の静かな心が存在していた。

 だが、その静止した心の奥から、何かがやってくる気配を、私は感じていた。


 
 ――これが、運命か。



 心のなかに言葉が自然と芽生える。そして、私は『運命』という言葉に納得していた。

 落ち着かなかった。

 心は静かなのに、私はひどく落ち着かなかった。
 
 普通の人間ならどうやってフランをとめようか必死で考えるんだろうが、私はそんなことも考えず、不安定なまでに心が奮えるのを感じていたのだった。

 「……それが、フランのお願い?」

 私はフランに尋ねる。フランはこくりと運命を受け入れるようにうなずいた。フランの顔はまるで、いつも通りのように穏やかだった。それが当たり前だというように、フランは微笑んでいた。





 ……ふざけるな。





 私は心のなかで笑っていた。何もかもがおかしくて仕方がなかった。どうして、こんなときにおかしさを感じるのか。もしや狂っているのは、フランドール・スカーレットではなく、私レミリア・スカーレットなのではないかと思ってしまうほど、私は笑いたくてしょうがなかった。馬鹿みたいに黙っている自分も、辛気臭い顔をしているパチェも、救われたようなフランの顔も、この地下室も、破壊の能力も、495年の歳月も、禁忌も、禁断も、何もかもを笑い飛ばしたくなるような気持ちだった。

 ――そうか、これが運命か。

 私は何もかもを理解していた。

 ――これが、フランドール・スカーレットの運命で、

 私はようやく、自分のなすべきことを理解していた。

 ――そして、レミリア・スカーレットの運命か。

 私は、フランドール・スカーレットに何をしてあげられ、何をしてあげるべきなのかを理解していた。



 私は言葉を紡ぐために、大きく息を吸った。








 いいわ。

 このくそったれな運命がフランドール・スカーレットの運命だと言うならば、

 フランドール・スカーレットでも破壊できない、運命というものがあるのなら、








 この私が、そのふざけた運命をぶち壊す――!!








 「パチェ!!」
私は、珍しく沈痛な面持ちで黙りこくってしまったパチェを呼ぶ。私に大声をかけられたパチェはびくっと肩を震わせていた。
「今すぐ、お茶会の準備をして!」
「え? ……お茶会?」
何を言われているのかわからないという顔をするパチェ。フランもぽかんとした顔をしてしまっていた。ただすべてを理解している私だけがこの場を支配していた。
「ええ。お茶会。咲夜にお茶会の準備をするように伝えて」
「ああ……うん、お茶会ねえ……」
ようやくスイッチが入ったように、パチェが動き出す。……いや、お茶会なんかじゃ足りないか。私は扉に向かうパチェの背中に新たな声をかける。
「ちょっと待って、パチェ。紅茶じゃ足りないわ。……酒よ! ちょっと宴会やるから酒もって来なさい!」
「酒ぇえッ!?」
「ええ。咲夜に言って、持ってこさせて。200年もののワインがごろごろあったでしょ。一本じゃ足りないわよ。一ダースで一本の計算だから、そこのところよろしく。足りなそうだったら、ブランデーでも何でもいいから。つまみは……フランが空きっ腹だろうから、けっこう重めの料理にして。でもまあ、つまみは出来上がり次第でいいわ。先に酒よ。とにかく酒をもってこさせて」
「……りょ、了解……」
パチェはうなずき、慌てたように地下室から出て行った。フランはパチェの後姿を呆然として見送っていたが、やがて、我に返り、顔を真っ赤にして私に食いついてきた。

 「……ちょっと、お姉さま、私は真剣に……」

 「フラン」

 私は強い声でフランを制した。私はもう何にも惑わされなかった。私は落ち着いてフランに話しかける。

 「私は確かにあなたの言い分は聞いたわ。そして、その意味もちゃんと理解している。でも、これじゃあ、ちょっと不公平だわ。私がフランのお願いを聞いてあげたのだから、今度はフランが私の願い事を聞いてくれる番じゃなくて?」

 私はあえてフランを睨みつけるように見る。それでフランは黙り込んでしまった。フランは困惑と不安に眉を歪めていた。怖がらせてしまったか、と思い、私は表情を緩めてフランの頭を撫でながら、言い聞かせる。ブロンドの髪はいつも通り、さらさらと心地よかった。

 「まあ、お姉さまの話を聞いてちょうだい。そんなに焦ることはないわ。……本当に殺してほしいなら、ちゃんと私がこの手で殺してあげるから」

 私は不思議そうな顔をしているフランに微笑みかける。

 「そういえば、あなた、お酒初めてだったわね。お酒の楽しみ方を知ってから死んでも、遅くはなくってよ」















 それから、フランの地下室で酒盛りが始まった。フランがいつも使っているおんぼろなテーブルに、紅魔館でも最高級のワインやブランデー、それからつまみが所狭しと並べられていた(つまみはゆっくりでいいと言ったのだが、流石は瀟洒な従者。仕事が早い)。酒と料理の量が多かったので、置けなかった酒は床に置いている。普段着に着替えたフラン(パチェと咲夜が酒をもってくる間に着替えさせた)は、ただびっくりとした顔をしていた。
 私とパチェは、すぐに酒を飲むことにした。最初、困惑気味だったパチェも、私に合わせて、突然の酒宴を楽しむことにしたらしい。最初はワインから開けた。1杯目は、長い時間醸成されたワインの味と芳香を楽しむ。2杯目からはでたらめに呑むことにした。
 フランはぽかんとして、次々とグラスを煽る私たちの姿を見ていた。
 
 「どうしたの、フラン? 飲まないの?」

 私はフランに尋ねた。顔が少し熱くなってるから、フランには赤い顔に見えているだろう。フランの前にはワインの注がれたグラスがあったが、フランはえ、え、と慌てることしかできなかった。
「……まあ、始めてだから、わからないか。ま、酒のルールなんてお堅い場所での話だからね、何も気にすることはないわ。ほら、ぐいっと、飲んでみなさい」
ちなみにフランはこれまでにアルコールというものを摂取したことがなかった。酒を飲ませて酔っ払ったフランの精神状態がどうなるかわからなかったからだ。だが、もはやそんなことはどうでもよかった。私はフランに自分の分のワインを飲むように促す。フランはおずおずと手を出して、グラスをもってはみたが、口をつけるのにためらっているようだった。

 うーむ、仕方ない。
 
 私は、フランにとりあえずグラスをテーブルを置くように言った。フランは黙って私の言葉に従う。私はそれを見届け、椅子から立ち上がる。そのまま、フランの後ろに回り――反応できないフランを羽交い絞めにした。
「え? ちょっと、お姉さま!? いきなり、何!?」
フランは慌てて抵抗するが、私は全力で押さえにかかっていたので、逃げることはできなかった。
そして、私はパチェへと視線を走らせる。
「パチェ、ワイン1本お願い!」
「……了解」
パチェが1本のワインの栓をポンッと抜いて、立ち上がる。これだけのやりとりで意志が通じるのだから、親友とはいいものである。パチェはワインを手にしたまま、無駄な抵抗を続ける妹の前に立った。
「え、パチュリー……? いったい、何を……?」
椅子に抑えつけられているフランは緊張した顔でパチェを見上げる。赤い顔をしたパチェが、ぺこりと頭を下げた。

 「……許してね、妹様」

 パチェが瓶の口を、ちょうどフランが喋ろうとして口を開いたところに突っ込んだ。

 「もがもがもがもがもがもが!!」

 強引にフランの口にワインを流し込む。口の端からワインが零れようとも、私たちは気にしなかった。逆さのままの瓶を振り、もう一滴も落ちてこないことを確認してから、パチェはワイン瓶を妹の口から取り外した。人間だったら急性アルコール中毒で死ぬかもしれないが、生憎、フランは吸血鬼だったから何も心配はしなかった。

 フランの顔はすっかり赤くなっていた。
 
 瓶を外すと、フランは大きく咳き込んだ。

 「ちょっと!? お姉さま、私を殺す気!?」
「あら? さっきまで殺してくれ、って頼んでいた奴の言葉とは思えないわね。それより、お酒の味はどうかしら?」
「うーん……苦くて、あんまり美味しくない……」
「へえ……フランは味覚がお子ちゃまね。お酒が美味しいと感じられないなんて可哀想に」
私はにやにやと笑って、フランを挑発する。酒が入って、やや陽気になっているパチェもにやにやと笑っていた。案の定、フランはそれに乗ってきた。
「私は子供じゃないもん!」
「でも、お酒が美味しくないんでしょ。まるで子供だわ」
「そんなことないもん! 見てなさい!」
そう言って、フランはテーブルに置いてあったワイングラスを一気に傾けた。一息でそれを飲み干す。いい飲みっぷりだった。フランはグラスを空にすると、力強く吼えた。
「どうよ!」
私とパチェはぱちぱちと拍手をする。フランは誇らしげに胸を張っていたが、我慢が続かなくなって苦そうな顔をした。
「うぅ……やっぱり苦いよお……」
「大丈夫よ、フラン。少しずつ慣れるから」
私はフランの頭を撫でて慰めた。フランは心地よさそうに目を細めていた。
 









 「へえ、幻想郷に来てから新しいメイド長の人が入ったんだ」
「ええ。優秀なメイド長だわ。でも、これが無愛想でねえ……最近は良くなってきたけど、その前までは酷かったのよ」
「まあ、けっこうレミィもいじって遊んでたから、おあいこだと思うけどね」
「ふーん。でも、いつもご飯美味しかったなあ。この料理もその人が作ったんだよね?」
「そうよ。料理と同じくらい、愛想がよければ言うことなし、なんだけどね」
「それもそのうち解決するでしょ。まあ……そのうち、だけどね」


 それから、私たちはいろいろな話をしながら飲んだ。

 美鈴がいつも昼寝をして咲夜に怒られていること。小悪魔が毎日三回は失敗すること。霧の湖にいる少し頭の足りない氷精の話などなど。咲夜のつくってくれた美味しいつまみを口にしながら、私たちは数時間と話をし、笑い合った。

 「そういえば、レミィと妹様に会って、もうずいぶん経つわね」
酒の席では自然と話題は昔のことに向くものである。パチェはさらに赤くなった顔で、ブランデーをちまちま飲みながら言った。私も、イカの足のあぶり焼きを噛みながら答える。
「そうかしら? 私はそんなに感じないけど」
「ああ、レミィはそうかもね。よく考えたら、この幼女、私より四百歳も年上なのよね」
「幼女言うな」
私たちが笑うと、これまたすっかり顔が赤くなり、明るくなったフランが訊いた。
「私がパチュリーに会ったのは、お姉さまに紹介されたからだけど、お姉さまとパチュリーはどうやって出会ったの?」
フランの質問に、私とパチェは顔を見合わせてしまった。私たちは二人とも、ぐっと言葉に詰まり、そのまま黙り込んでしまった。
「あ……嫌なら、話さなくてもいいんだけど……」
私たちが沈黙していまい、縮こまるフラン。パチェは難しそうな顔で、腕を組み、「むー」と唸った。私もパチェの真似をして、「むーん」と呟いた。やがて、パチェは首を捻って言った。
「……まあ、あんまり話したくない話よね……」
「まあね」
私もそれにうなずく。フランは申し訳なさそうな顔をして謝る。
「そうだよね。ごめんなさい。変なこと聞いて……」



 「でもまあ、殺し合いになったわよね」
 「そうね」



 「え?」
フランが目を丸くする。パチェは腕を組んだまま、目を瞑る。私は2本目のイカの足を食べながら、またうなずいた。パチェは先を続ける。
「経過は話したくないけど、殺し合いになって、お互いぼろぼろになって、それで二人ともダウンして、それから起きて、まあ仲良くしていこうってことで同意して、それでまあ、今に至る、マル」
フランはびっくりした顔のまま、パチェの話を聞いていた。私もなにやらむず痒い気持ちで、パチェの言葉に答える。
「あー……どこの青春ドラマだよって、感じよね。夕暮れの土手で殴り合って、二人ともぼこぼこになって、起き上がって握手、みたいな。思い出すと、恥ずかしいったらないわ」
「まったくね」
私とパチェは笑い合った。フランだけが不思議そうな顔で私たち二人を眺めていた。
「……殺し合いしたの?」
フランの短い呟きに私はうなずいてみせた。
「ええ、したわ。これでもか、ってくらい」

 遠く昔の風景が思い起こされる。自分に殺意を向ける七曜の魔女と、七曜の魔女に敵意を向ける自分の姿が目に浮かんだ。私たちは全力でお互いの命を狙い、全精神をかけて殺し合った。
 だが、その姿はもう埃をかぶり、霞んでいて――今は、不機嫌そうに本を読む親友と、その横で淡々と紅茶を飲んでいる自分の姿が強く重なるのだった。

 私は先を続けた。喉から出る声は。自分でも驚くくらい優しかった。
「それから先も喧嘩することがあった。お互いにこんな性格だから慣れるのに苦労した。最初は殺し合いみたいな喧嘩を何度もやった。だけど、だんだん落ち着いてきて、今は私とパチェはちゃんと友達をやっているわ」
「……ときどき、認めたくなくなるけどね」
紫の魔女の憎まれ口が心地よかった。そして、私の言葉の先をパチェが請け負った。フランに話しかけるパチェの目は優しかった。
「妹様。人間関係というのはね。切れるときは切れるし、でも、切れないときは切れないものなの。片方が切ろうとしても、もう片方がそれを許さないこともあるし、どんなにその関係を繋ごうとしても、相手が嫌がって捨ててしまおうとすることもあるわ」
フランは仰ぐようにパチェの顔を見ていた。
「弾幕ごっこと同じでね、一人では成立しない。二人以上いなければ人間関係は成立しない。人と人との交流は相手と自分がいなければ、成り立たない」
「だけどね、」とパチェはブランデーを飲み干しながら、言った。
「最初にどちらかから話しかけなければ、人間関係は絶対に生まれてこないのよ。もちろん、両方が同時に動くこともある。でも、必ず、どちらかからの働きかけがなければ人間関係は生じえない
――そして、逆を言えば、どちらかから働きかければそこに人間関係が生まれる可能性がある」
「そう、たとえ、」と言って、パチェは、私のほうをちょっと見た。

 「相手がどんな残酷な悪魔であっても、自分がどんな冷酷な魔女であっても」

 フランはただ真っ直ぐに、パチェを見ていた。

 「関係ないのよ」
と、パチェは微笑んだ。
「自分がどんなに非道い人格をしていても――自分を望んでくれる人間がいれば、その人は独りにならずに済むし、自分から相手を望むのなら、相手もひょっとしたら応えてくれるかもしれない。もし、相手が自分を望んでくれるんだったら、自分がその人に好意をもつ限り、応えてあげればいい。もし、自分が相手を望むなら、仲良くするように努力すればいい。相手が嫌がるようなら、自分を好きになってくれるまで悩み続けて行動すればいい。相手が自分を拒絶するのと、自分が相手を求めることは何の関係もない。確かにそれは不毛な我慢比べに終わるかもしれないけれど、本当にその人のことを望むなら、きっと自分が真に何をしなければならないのか、それに気づくことができるはず」
フランはパチェの話にじっと耳を傾けていた。パチェは空になったグラスを振って微笑みながら、言った。

 「そして、たとえ、自分が誰かを傷つける存在だとしても、自分が誰かを苦しめ続けなければならない禁忌だとしても、手を差し伸べてくれる誰かがいるなら――その手をとることができれば、そこに人間関係は生まれるのよ」

 パチェの透き通るような紫水晶の瞳が、フランを見つめていた。フランは静かにパチェの言葉を受けとめていた。

 「その人の手をとることはとても簡単だわ。その人は、心の底からあなたを望んでくれているのだから。その手は決して戻されることはない。たとえあなたでも、その人の権利を拒絶することはできない。その人はその人の権利をもって、あなたに手を差し伸べ続ける。どんなに言っても、諦めの悪いその人は、自分の権利を取り下げることはない。だから、あなたがしなければならないことは、たった一つ。あなたも自分の手を差し出して、その手を握ることだけ。あなたが、その人のことを望むだけ――」 

 「でしょう、レミィ」と、パチェは私を見る。「ええ、そうね」と私それに強くうなずいた。そして、私はグラスに残ったブランデーを飲み終える。ちょうど、これが最後の酒だった。もう酒は一滴も残っていない。酒宴はこれで終わりだ。私は空になったグラスをテーブルに置き、フランに真っ直ぐに臨んだ。



 「私のお願いを言うわ、フラン」



 フランも私をしっかりと見てくれていた。



 「私は、フランを望むわ」

 

 私の本当の願いを、フランに伝える。



 「私は私の権利をもって、フランを望む。私はフランといっしょにいたい。フランといっしょにいると楽しい。フランに死んでほしくない」



 どうか、この願いがフランに届いてほしい、と祈る。



 「私はフランといっしょに生きたい」



 私はフランに返答を求める。



 「フランは、私を望んでくれないかしら?」



 フランはうつむいた。それから、フランはしばらく黙り続けた。私は先を促すことはしなかった。何時間経とうとも、フランの答えを待ち続けるつもりだった。

 やがて、フランは目を伏せたまま、震える声で言った。

 「……私が死ねば、お姉さまは傷つかない」

 私とパチェは黙って、フランの搾り出すような声を聞いていた。

 「……私が死ねば、お姉さまを殺すことはない。私の大事なものは守られる。私は大事なものを壊さないで済む」

 「だけど、」と、フランは顔を上げて、私を見た。目から涙が溢れていた。フランの声は涙に霞んでいた。

 「それじゃ、お姉さまといっしょにいられない」

 フランは吐き出すように言った。肩ががたがたと震えていた。

 「お姉さまは私といっしょにいてほしいと言ってくれる。お姉さまは私を傍においてくれる。お姉さまは私を望んでくれる。そして、私も、」

 フランは目を乱暴にぬぐい、嗚咽のなか、叫んだ。

 「私も……お姉さまと一緒にいたい」

 破壊の悪魔は再び、顔を伏せる。

 「お姉さまを殺したくないよ」

 U.N.オーエンは懺悔し続ける。

 「お姉さまを殺すなんて嫌だよ……」

 495年間閉じ込められ続けた少女は語り続ける。

 「だけど……いっしょにいたいよ……!」

 妹は泣きじゃくりながら告白する。

 「いっしょにいたいよ、死にたくないよ!」

 最愛の妹は泣きながら願う。

 「私、死にたくないよ……!」

 フランは言う。

 「私、お姉さまといっしょに生きたいよ……!」

 「……わかってるわ」

 私は椅子から立ち上がって、フランを抱きしめた。

 「わかってる。フランは死にたくないなんてこと、最初からわかってるわ」
 
 あのとき私が笑い出したくなったのは、このことなのだ、と私は気づいた。
 フランは殺してくれと言った。けれど、そんなの嘘だということが私は無意識でわかっていたのだ。 その嘘があまりに突飛だったから、フランがそんなくだらない運命を受け入れようなんて馬鹿なことを考えていたから、私の魂が笑い飛ばそうとしたのだ。
 もっと賢い解決法があるのに、それに気づかないフランが可笑しかったのだ。
 
 「あなたは生きてていいのよ、フラン」
私はぽんぽんとフランの頭を叩く。フランは私の胸から顔を上げた。緋色の目はまだ涙に濡れていた。
「……だけど、それだと、お姉さまをまた……」
フランはそう言って、また涙を溢れさせた。……やれやれ、まったく泣き虫なんだから。私は苦笑しながら、ハンカチで涙を拭いてやった。
 
 「大丈夫」
 
 私はそうフランに言い聞かせた。

 私は確信していた。

 フランはすんすんと鼻を鳴らしながら、私に尋ねる。
「……大丈夫って? 何が大丈夫なの?」
「そう、大丈夫なのよ」
フランはよくわからないという顔をしていた。私は安心させるようにフランの背中をさする。私は真っ直ぐにフランを微笑みかける。
「ちゃんと方法があるわ。フランでもちゃんと生きていける簡単な方法が」
「……簡単な方法?」
「ええ」

 このとき私は小さな嘘をついた。
 私がこれから言うことは決して簡単なことではない。
 単純ではあるかもしれないけど、簡単ではない。
 難しくて、苦しくて、ある意味残酷で、とても簡単なんて言える方法ではないけれど。
 でも、単純だからこそ、何よりもわかりやすくて、何よりもみんなが理解できて、何よりも正しい方法。
 フランに残された、たった一つの単純で、難しくて、正しい方法。
 けれども、このがんばり屋の妹――495年の孤独に耐えられた妹なら、決して不可能なことではなかった。

 そう。

 「ここまできたら解答は一つしかないじゃない」

 きっと、大丈夫なのだ。

 「運命の能力者であるレミリア・スカーレットが予言してあげるわ」

 私はフランドール・スカーレットに誓う。

 「フランはいつか必ず、破壊の能力を抑えることができるようになる。フランは破壊の能力で誰を傷つけることもなくなる。フランは誰からも危険だと言われて恐れられるようなことはなくなる。フランは地下室から出て、外で友達と遊ぶことができるようになる――」

 私はいつかのフランの笑顔を想像しながら言う。

 「フランは、私たちといっしょに幸せに生きることができる」

 フランの真剣な顔を見ながら、私はたった一つの方法を伝える。
 
 「フランドール・スカーレット。その日が来るまで――その日は必ず来るから――その日までずっと――努力しなさい。その日が来ることを信じなさい。どんな苦難があなたを襲おうとも、決して諦めることなく、ゆっくりと、焦らずに、賢く生きなさい。生きて、必ず幸せになりなさい」

 そして、私は、あのときようやく理解できた自分の運命を答える。

 「それまで、私はずっとフランの傍にいるわ」

 このとき、この世界のレミリア・スカーレットは自分の意志で自分の運命を決めた。

 「私もフランといっしょに努力し続ける。フランといっしょに生きられるように頑張る」

 私はフランの体を抱きしめた。

 「だから、頑張りなさい、フラン」

 フランも私のことを抱きしめ返してくれた。ぎゅっと、私の服を握る手に力がこもった。私は強いて、フランに強気な笑顔を見せた。

 「できないとは言わせないわ。この『スカーレットデビル』の言葉よ。残酷で狡猾な『スカーレットデビル』が、あなたに私と一緒に生きろと命じてるの。無理だなんて、とてもじゃないけど言えないわよ」

 フランがくすりと笑った。弱々しかった緋色の瞳に希望が戻ってくるのがわかった。

 「フランドール・スカーレット。努力なさい。努力して、自分を磨きなさい。自分のことを知りなさい。努力して、自分の強さを誇れるようになりなさい」
 
 涙のなか、それでも、フランは強く微笑んでいた。
 
 「私は、あなたのことを信じてるわ」

 私は、綺麗なだけじゃないフランの微笑を見つめていた。

 「……努力するから」

 やがて、フランが言った。フランの声は嗄れていたが、もう弱々しさはなかった。いつもの穏やかで優しくて、でも強くて元気いっぱいな妹の声だった。

 「努力して、みんなを傷つけないようにするから。努力して、ずっとお姉さまといっしょにいられるようになるから」

 フランの誓いを、私は確かに聞いた。私は、心のなかにあった全部の不安な感情が消えていくのを感じていた。
 
 私はフランに囁く。


 「約束よ」


 「……いや、違うよ」


 フランは強い声で否定してみせた。


 「約束なんて、言葉じゃ足りないよ」


 今のフランの不敵な笑顔が、いつか必ずの笑顔と重なる。


 「契約だよ」


 「……それでこそ、私の妹だわ」

 



 今宵は満月。





 地下室の天井を透かして、空に浮かぶ月が見える気がした。
 






,
■このSSはどうせ東方priojectの二次創作作品に決まっています。
実在するいかなる個人、団体、事件とも関係がありません。
ましてや、東方projectの原作と直接的な関係などあるはずもありません。

 投稿4作目EX版、中編です。
 稚拙な文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

 中編です。後書きに書くことないので、妹様のキャラの書き方について書いてみます。駄作者の言うことなので、話し半分にお聞きください。

 妹様の書き方として、私はいくつかのポイントを考えています。
①狂気
②孤独
③プラスのオプション(弾幕ごっこ、レミリアとの関係、オリジナル要素など)

 妹様のイメージとしてはやはり、狂気っぽいところがありますね。書き方は人によって分けていいと思います。そもそも2次創作なので、好きなように書きましょう。原作に忠実でないと嫌だと言う方は、原作を考察しながら書いてください。
 あと、孤独属性にはやはり注目すべきかな、と思います。この孤独性についても人によってさまざまな書き方がありますね。その人のもってる孤独感が出ると思います。
 それから、オプション、です。むしろ、ここでこそ妹様の書きわけが決まると思います。お嬢様との関係も考察に値しますし、破壊衝動(これはむしろ狂気に近いですけど)についても書くことはあると思います。まったく関係のないものも構いません。むしろ、そういうものがキャラクターを多面的に映し出すものだと考えています。
 無在の場合ですと、

①狂気:発作的狂気、発作的破壊衝動、発作的情緒不安定、発作的多重人格、など
②孤独:地下室からは出ている、紅魔館のなかでふらついていることが多い、会話などは普通に可能、いろいろなキャラと絡むことも可能、臆病だが一度会話に入れば普通にコミュニケーションできる、など
③オプション:お姉さま大好き、総受け、弾幕ごっこ大好き、基本的に性格は優しめ、穏やか、ギャグではツッコミ担当、読書家、など

 でしょうか。
 まあ、ぶっちゃけ、妹様が書けないから書けるようになるというより、妹様が書きたいと思うほうが重要だと思います。こうして要素を並べてみても、なんか説明が物足りないな、と感じれば、それで成功だと思っております。言葉にできない物こそ、キャラクターの本質だと無在は考えます。

 長々と駄文失礼しました。では、リメイク後篇、Demonstrandumに続きます。

 追記:……なんかこれ、読み返してて、全然役に立たないような気がしますね。でも、一応、残しておきます。あとで私にとって何かの肥やしになるかもしれませんので。

12/22:遅くなって申し訳ありません考察・妄想・設定集アップロードいたしました。
    作者の下のリンクから飛んでください。パスワードは、sosowa、です。

2011/4/2:euclid様、誤字指摘ありがとうございました。修正させていただきました
無在
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http://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/186166
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
次でラストだよ!
6.無評価コチドリ削除
どこまでもレミリア様の苦悩&ライオンハートに悶えまくりのErat。
大団円のイメージを頭に描きつつDemonstrandumへ。

やっと気付いた。俺無印読んでるよ。
だけどゴメンナサイ、結末がどうなったかどうしても思いだせない。
ミスティアヘッドな俺を許して下さい。でも面白かったって記憶は確かにあるんだなぁ、これが。
7.100名前が無い程度の能力削除
やっぱり、いいなあ
後編へ
12.100名前が無い程度の能力削除
無在紅魔館に舌鼓を打ちつつ後半へ
14.100名前が無い程度の能力削除
フランが可愛い過ぎます!
16.100名前が無い程度の能力削除
いいねいいね!次は後編だ。
23.90euclid削除
この中編の最初と最後で見え隠れする某作品の影。
旧作の後書きを思い出します。

しかし氏のフラン嬢は本当に可愛らし過ぎてちょっとどうにかして下さい。
>「だから、お姉さま、よかったら私を殺してください――」
から
>「契約だよ」
まで、ただでさえそれ以前までも異常なほどに魅力的に描かれていたフラン嬢が、更に揺るぎのない愛しさと切なさと優しさを得てしまい、死屍累々な心持なのです。

あと、泣きそうになんてなっていませんからね!?
24.100名前が無い程度の能力削除
まずはその幻想ぶt(ry