Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷の作り方

2010/12/12 00:47:02
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 山間にある猫の額ほどの僅かに開けた土地。そこに二十ほどの家々が軒を連ねる集落があった。一本の細長い山道を挟むように左右に十軒が並ぶその山村は、しかし昼間だというのに全く人の気配がしなかった。

 そんな村に足音が響く。からころ、からころと、細く険しい山道だというのに、まるで都の大路を行く小娘のように、軽やかに下駄の音を響かせて進む一人の女がいた。緑溢れる山間にあってひときわ眼を惹く金色の髪を背後に流し、そして身の丈を覆う並々とした毛並みの狐の尾を九つ持つ女だった。



 「ここも随分と静かになったものだ」



 山村をぐるりと見渡し、零すようにして言った言葉の先、集落の門にあたる家を見て、女は眼を細めた。
 その家の玄関戸は刀傷が刻まれ、刻んだと思しき刀は未だ玄関戸に食い込んだまま。刀は幾度も切り結んだからなのか、はたまた滅多やたらと振り回したからなのか、見るも無残に刃こぼれし、こぼれた刃からは幾筋もの赤い糸が柄へ垂れていた。
 女は柄からさらに下へと視線を下ろす。そして折り重なるようにして倒れている男達の死骸を目にした時、忌々しそうに溜息を吐いた。


 上になっている死骸の背中には玄関戸と同様に刀傷が無数に刻まれているのだろう、もはやどこが傷なのかさえ分からないほどのおびただしい血でどす黒く彩られていた。女は血溜まりなど気にも留めず無造作な足取りでその死骸の傍までいくと、下の死骸を見るために、下駄の先で上になった死骸の脇腹を軽く蹴り上げた。女の仕草に見合わず、死骸はまるで蹴鞠のようにぽんと宙に舞い、そのままごろごろと山道を下り、うねった道から外れて弧を描いて崖の下へと消えていった。

 が、蹴り飛ばした女は坂を転がるそれを見ることなく、既に下の死骸に見入っていた。その死骸は崖下へと消えた死骸とは異なり、背中は綺麗なまま、ただ一本の包丁が突き刺さっていただけだった。女はそれを見、細かった目をさらに細めると、先ほどの死骸同様にこれもまた脇腹を軽く蹴り上げて玄関戸の前から退かした。


 と、蹴り上げた際に僅かにひらりひらりと紙片が数枚舞い上がり、そして血溜まりへと紙片が沈んでいった。


 女はまだ舞っている紙切れすべてを掴み、また血溜まりに沈んだ紙切れすべてを摘むと、ぐしゃりとそれを握り潰し、そしてそれをそのまま懐に仕舞い込む。そして、家の中へと入るべく、刀で滅多切りにされた扉に手をかける。一度手をかけ、しかし、がたりと音がするのみで開かないとみるや、無造作に扉の取っ手を掴むとそのまま扉を引き抜いた。


 生木が爆ぜるような音を立て、扉の半分が女の腕の動きにあわせて家の外へと引き摺り出される。女は扉を死骸同様にそのまま山道へと無造作に放り投げると、薄暗い家の中を覗き込んだ。
 家の中では、囲炉裏の脇で女子供が奥の壁に頭を向けて折り重なるようにして倒れ伏していた。倒れ伏した先、壁の下には辛うじて人の形に見える棒が一本立っていた。



 「ここも神仏に縋って死んだか」



 他の家も同様であろうという諦めを胸中に仕舞い込んだまま、女は深い深い溜息を吐いて、家を後にした。



 ◆ 



 薄暗い部屋を幾つも幾つも抜けた先に、果てが見えないほどのただただ広い一室が構えられていた。そこはただ一人のためだけの空間であった。
 ゆらゆらと赤黒く揺れる鬼火が延々、広間の縦横に広がっている中、その部屋の主または虜囚のような女が一人、文机に向かい座っていた。文机には山のように積まれた紙、そして墨が乾ききった筆と硯が載せられていた。
 何一つ物音のしないその広間にあって、衣擦れの音さえさせずに女はただただ文机の前に座っていた。その姿は時間が停滞しているかのように錯覚するほど微動だにしなかった。



 それが続いた。



 と、揺れるだけだった鬼火が一斉に爆ぜ、踊り狂う。


 部屋の果てから青白い狐火が一つ、文机へと向かってくるのに合わせて、鬼火の踊り狂うリズムが上がる。
 そして、およそ十間の間を持って青い鬼火が静止する。鬼火の狂乱が止むと同時、九尾の女が姿を現した。女は部屋の主に向かい、恭しく座礼をし、



 「失礼致します」



 その声に、命が吹き込まれたかのようにようやく文机の前で止まっていた女が動く。



 「何かしら、藍?」



 薄くつり上がった唇から零れた平坦な声に、女の尾そのすべてが総毛立った。それを隠せぬままに藍と呼ばれた女は一層頭を下げて答える。



 「ご報告申し上げます、紫様。村が五つ予想より早く潰れました。また九つほどの村が数ヶ月のうちに同様の状態になるかと思われます。九つの村のうち、既に一つでは友好的だった家の者が発狂、また二つでは嫌疑をかけられ殺害されておりました」 



 その報告に、紫と呼ばれた女は暫し目を瞑った。長い沈黙が広間を支配した。黙祷を捧げているかのようなその沈黙も、総毛立たせた藍には部屋の主が単純に自分の報告を吟味しているに過ぎないことを理解していた。



 「そう」



 紫の短い一言が聞こえ、その一言でどっと藍の体から冷や汗が流れ落ちた。




 「詳細な経過については現在白沢に纏めさせていますが、何分歳が歳なので、纏めるに一、二ヶ月はかかる見込みです」
 「構わないわ。あらましだけでも把握しておきたいから、それを頂戴」
 「は」



 深く一礼したのち、僅かに身を起こすと懐から、ところどころ千切れまた血糊がついた冊子を取り出すと、恭しく両手で紫へと差し出す。と、置いた先の畳に墨を垂らしたような黒いにじみが出来たと同時、冊子がずぶずぶとにじみに沈み込んでいく。



 「藍」



 沈む冊子に構うことなく短く己を呼ぶ紫の声に、はっ、と藍は呼びかけに応じると共に、また深々と頭を垂れる。



 「下がって良いわ」
 「ははっ」


  
 藍は額を畳に擦りつけるか否かというほど深々と頭を下げると、一陣の風となって広間から藍はその姿を消す。ぼぅ、と鬼火が風が通り抜けると同時、大きく膨らみ、そして、また何事もなかったかのようにゆらゆらと揺れだす。
 揺れる鬼火に照らされる文机には、先ほどまでの紙の山、乾いた筆と硯の他に、ところどころ千切れまた血糊で固まっている冊子が載せられていた。


 紫は暫くの間、冊子を手にしたまま、藍が訪れる前と同様、微動だにせずそれを眺めていた。


 ◆


 藍が退室してから暫くして、ふ、と停滞していた空気が揺らいだ。空気をかき乱す源は文机の上だった。机の上の空間が裂けるとそこから一冊の茶ばんだ本が滑り落ちてきた。
 紫はそれを空いたもう一方の手で掴むと、片手一本でさっと頁を捲り始める。


 捲られる頁には、いろはの一文字と干支の一組が書かれていた。そして紫の手は、ぴたりとある頁で止まる。
 そこには、村の軒数、男女の数、年齢から始まり、どの家がどこの村の出身だったかはおろか、個々人の行動履歴、病歴、妖怪への態度に至るまで網羅されていた。


 ぽちゃりぽちゃり、と硯に墨が落ちる音が響いた。紫は机の上に転がしたままにしていた筆を手に取りその先を僅かに墨に浸すと、いろはの一字と干支の一組が書かれた箇所に大きくペケを記す。紫は無表情に、それを五回くり返した。

 そして、ペケを記した村に住んでいた者の出身の村まで遡り、さらにそこに記されているペケの横に、新たにペケを記す。それをまた、五つ分、延々とくり返した。




 「これで八割方は駄目になったのね」




 零れるような呟きが鬼火が踊る広間に消える。いろは四十七字に干支六十組の都合二千八百二十村。その八割、二千超の村々が紫と呼ばれた女の計画の犠牲となっていた。もっとも、紫に言わせれば、計画通りに事が進んでさえいれば死なずに済んだはずの、要らぬ犠牲であった。
 私達妖怪を滅ぼそうとする存在でさえなければ殺さずに済んだのに、と紫はペケの一字を眺めてそう呟く。


 無表情に冊子を眺める女の正体は妖怪。名は八雲紫。
 妖怪が数多く住まう幻想郷。その数多の妖怪にあってなお抜きんでて優れた知恵者。賢者と称されるモノの一人として、とある計画のお膳立てを一手に任されている屈指の妖怪は、しかしままならない進捗具合に諦めさえ覚えていた。


 妖怪拡張計画という増長した人間にこれ以上妖怪が押されないようにと実行された計画。その先を見据えた、博麗大結界構築計画。それは、もう一段強固な結界によって人間の流入を拒むことで、妖怪の楽園である幻想郷その安定化を実現させる計画なのだが、その計画を補完するための計画が行き詰まっていた。



 行き詰まっている計画の名は、幻想人交配計画。
 妖怪を畏れ、しかし妖怪に害を為さない、妖怪に優しい人間を安定的に生み出す計画だった。



 妖怪拡張計画が成功し、その意味が幻想郷の妖怪に浸透する中、賢者達に予期できなかった事態が起きた。それは、人間の変調だった。あるものは妖怪への執拗な敵意を持つようになり、またあるものは逆に妖怪を全く畏れなくなっていた。

 この変調は、妖怪が人間によって世の片隅に追いやられる前に妖怪だけの楽園を作る計画を進めていた賢者達を震え上がらせるに足るものだった。刃向かうならば滅ぼすしか無く、そして楽園内の人間は死に絶え、妖怪もまたその存在を認めるものを失い死に絶える。あるいは、妖怪を畏れない者しかいなくなれば、妖怪はこれまたその存在を維持することが出来ず死に絶えてしまうからだった。

 これとよく似た光景を、妖怪達は神が人間によって世の片隅へと追いやられる際に見ていた。それ故に、この変調に危機感を募らせ、人間の質を維持しようと有象無象を幻想郷へ掠い、結果、人間の増長が起こり数度手を噛まれるなど、その数十年は混乱の二文字で簡潔に言い表すことが出来る、実に苦々しい時間となった。



 そしてある年、賢者達は一つの結論に達した。居ないのならば、作ればよい、と。そして始まったのがこの幻想人交配計画だった。



 幻想郷へ混乱を持ち込まないよう、人間の里に似た環境を探しあるいは作り出し、幻想郷を維持するために必要な数と同じだけの人間を用意し、里と同じようにストレスを与えるために多くの式神を放ち、妖怪に好意的な人間を捜し、それを交配し増やす。
 言葉にすればこれほどたやすいことが、しかし二千超を超える村、頭数にして万を数える人間を潰しても、なお実現させることが出来なかった。


 計画の当初など、白沢の力を利用して、妖怪に好意的な人間に仕立て上げた上で交配させれば手短に済むと楽観していた。が、次の代では本来の人間の性が出てしまい頓挫する。また妖怪に好意的な人間ばかりを集めた村を作ると次の代には妖怪を畏れなくなるなど、全くと言って良いほどままならなかった。
 また、中にはその閉鎖的な環境から逃げ出そうとして滅びるケース、今回のように妖怪に扮した式神に楯突き自滅するケース、順調に行ったケースでも一度の疫病で血が近すぎたのか全滅するケースなど、人間の脆さ故に遅々として進むことはなかった。



 当たり前のように使った脆い人間という言葉。その言葉に紫は一人の人間の事を思い出していた。



 ◆



 一度だけ関係を持った人間。一本の桜のために死んだ彼女。その言葉。すべての人間が貴女のようだったら私達妖怪も気楽に生きられるのにと嘆いた私に対し、貴女は苦笑し、



 「普通の人間はね、紫。貴女達と何かをするなんて考えないわ。まして生活を共にするだなんて、虎と添い寝するようなものだって、考えるものよ」



 あのとき追い縋ろうとする自分はなんと答えたか。そう、確か



 「なら、また貴女を見つけましょう。三千世界を巡ってでも、また貴女の魂を見つけましょう。そしてまた共に――」




 ◆




 ああ、何故忘れていたのか、と紫は身震いを一つする。そして残った五百あまりの頁、またペケをつけた二千を超える頁、合わせて二千八百二十村。そのすべてをめくり直すと、一つの方法を採ることを決めた。




 「妖怪に好意的な彼女を用意しましょう。妖怪を畏れる彼女を用意しましょう。妖怪を愛する彼女を用意しましょう。妖怪に涙する彼女を用意しましょう。妖怪のために生き、妖怪のために死ぬ彼女を用意しましょう」



 それは、基本に立ち返ったものだった。無いのならば作れば良い。そして、作れないのならば探し出しあてがえばよいのだと。
 遺伝だけでなく、魂の有り様そのものが妖怪に都合の良いものを、幻想人としてしまえばよいのだと。



 「彼女を揃えましょう」



 それは輪廻そのものに手を加えることで、妖怪に都合の良い人間を効率的に用意するという修正案であった。そしてそれはとりもなおさず、紫にとって忌々しい是非曲直庁と手を結ぶことを意味していた。
 紫にとって、是非曲直庁は今の今まで不倶戴天の存在であった。が、その憎しみを上回るだけの価値がこの瞬間、曲直庁にはあった。

 そして曲直庁が相手であるという事実、このことは紫にとってなによりも重要だった。なぜなら、つけこむのにこれほど楽な相手がいなかったからだ。なぜなら、曲直庁の資金繰りは悪化の一途を辿っており、一部地獄の閉鎖、獄卒の首切り、果ては罪人による中有での露天など、まさに地獄の沙汰も金次第な状況にあったからだった。


 そして既に紫は、幻想郷からの人間が妖怪との縁があることで高い渡し賃を持つことになること、そして幻想人がもたらす収入を提示すれば、閻魔が異を唱えても庁そのものが折れるだろうことまで読み切った。


 
 そこまで考え、紫は薄く口を吊り上げると、



 「生存のために人間を食い物にする妖怪と、金のために人間を食い物にする地獄とどちらが残酷なのかしらね」




 ひっそりと微笑んだ。

 笑みを浮かべたまま紫は、机の上にペケを書き終えた後、転がしたままにしていた筆を手に取る。その先をたっぷりと墨に浸すと、文机の紙を一枚たぐり寄せ、是非曲直庁へと文をしたため始める。一つの疑問を抱いたままで。













 「どれだけ飼育すれば、私達は巡り会えるのかしらね。幽々子」
短い作品ですが、忌憚のない御意見・御感想を頂戴出来れば、と思います。
では、これにて失礼。
天井桟敷
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コメント



0.610簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
箱庭育成ゲームと思ったらギャルゲーだったでござる
4.80名前が無い程度の能力削除
何かぐったりしてしまった
6.70名前が無い程度の能力削除
妖怪に友好的かつ畏れるとか薄氷の上に立つかの如きバランスの人間を量産とかそりゃ無理だなぁ
10.80奇声を発する程度の能力削除
こういう感じは好きです
12.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷の設定を見事に生かした佳作です。
幻想人交配計画の遂行に伴う紫の行動がもっと直接に描かれていると、
紫の最後の疑問が生きてきたと思います。
16.80名前が無い程度の能力削除
前途多難だなあ。