寝ている自分しかいないはずの部屋で、声がした。
「んがあああああああ」
無意識に出ている自分の叫び声だった。
右足の土踏まずをツっていた。
足跡に合わせて
布団の中で丸くなり土踏まずを触ると、パンパンに膨らんでいた。
触るだけでも痛い。
何もしなくても痛い。
こむら返りとも言うらしいけどどうでもいい。痛い。
「んぎぎぎぎ」
布団の端を咥え全力で噛む事で気をそらす。
同時に右足の親指をグイと伸ばすと若干だが痛みが引いた。
足がツるなんていつ振りだろう。
メリーと境界探しに色々なところへ出かけるようになったころはしょっちゅうツっていた。
運動不足なのに山登りや徒歩での探索をしたのが原因だった。
あの頃からそろそろ一年。
最近ではちょっとした山へ登ったくらいなら筋肉痛になることもない。
学力以上に体力が伸びた一年だ。どうなんだろうこれ。
運動増えても食事の量も増えて体重変わらなかったのは今後に向けての改善点かななどと悩んでいるうちに、足の痛みは軽くなっていた。
意識はとっくに覚醒していたため素直に起きる事にする。
今日はメリーと境界探しの約束もあるし、たまには待ち合わせに間に合うように行動しようじゃないか。
むくりと上半身だけ起こして時計を確認する。
「あんれま」
とっくに待ち合わせの時刻を過ぎていた。
何が「たまには待ち合わせに間に合うように」だ。いつもよりヒドいじゃないか。
ため息しつつメリーに連絡を取ろうと携帯を探すと、ベッド脇の机の上にメモ用紙があることに気付く。
メモ用紙には見慣れた綺麗な字で一文だけ。
他人のお金で食べる紅茶とケーキはおいしいかしら
どうやらメリーがわざわざ家まで来て起こそうとしてくれたようだ。
彼女は私の家の鍵を持っているわけではないけど、無くしたときのための隠し場所は知っている。
なぜかって、私が場所を忘れるからだ。
そこまで考えが辿りつくと同時に体が動く。
「やっば!」
布団を抜け出しながらババッと寝間着を脱ぎ捨てる。
鞄や今日着る洋服は寝る前に用意しておいた。
子供のようだけど、朝弱いのでこうしておかないと忘れ物をする。
去年もこの時期よく着ていたのと同じ服装に着換え終える。ちょっとは服を買い足そうか。
靴下を履きながら考え、朝食の代わりと冷蔵庫の栄養ドリンクを一本取り出し一気飲み。
喫茶店で何か口に入れればたぶん大丈夫。
鏡で寝ぐせと目やにだけ処理し、家を出る。
いつもの待ち合わせ場所である近所の喫茶店に向かってかけ出した。
◆ ◆ ◆
メリーは目立つ。
キレイなガイジンはお店に行けば窓際に案内されるのが常だ。
今日もいつものように通りから一番目立つ席に座っていた。
格好は動きやすさを重視してか普段のふりふり要素はなくパンツルックだが、それでも店の華になっているのが羨ましい。
店員に待ち合わせであることと紅茶とサンドイッチのセットを注文として告げメリーの待つ席に向かう。
結構待たせたつもりだったけど、まだメリーは一杯目の紅茶のようだ。
メリーがいつも二杯目に使う砂糖がまだ使われた形式がなかった。
「ごめん、お待たせメリー」
「おはよう、蓮子。でも大丈夫よ。そんなには待ってないから」
「そうなのかな。寝坊しちゃってさ……ごめんね」
「そんなに謝らないでもいいのよ? それに寝坊くらい誰だってするわよ。次は遅れない、でね?」
「むー? うん、善処するよ。あとここは私が払うね」
「……せっかくだからそうしてもらおうかしら。ありがとうね」
何だこの微妙な距離感は。
いつものメリーとは違う。
普段ならば
「あなたはコレだから全く。日本には早起きは三文の得とか五分前集合とかことわざや習慣があるくらいなのにあなた本当に日本人なの実はハワイ出身なんじゃないの」
という感じのが軽く十五分は続く。
その間私の奢りとなる紅茶もケーキもバクバク食べて、それを止めようとすればそのたびに説教が五分延長する。
小さくなって殊更反省してるように見せなければならない。
そもそも遅刻した時に払ってありがとうなんて言わない。
まるで別人だ。
(でもどっかで見たような反応だなぁ)
店員の運んできた紅茶に砂糖を一つ落とし、かき回せながら記憶を探る。
(……もしかして、一年前の再現?)
一年ほど前、秘封倶楽部としてまだ数えるほどしか活動していないときに似たような事があった。
私は今日と同じように待ち合わせに大遅刻し、メリーはそれについて怒りはしなかった。
今振り返ればその時はお互いまだ知り合って日も短く遠慮も距離も残っていたから我慢したのだろう。
その時期でも既に話が盛り上がれば今とあまり変わらないノリだった。
とはいえメリーは一日の最初に顔を合わせたときには少し固く、私はツッコミが足りなかった。
気がする。
どうやらメリーはその時の再現をしようとしているようだ。
疑惑はメリーの発言によってすぐに確信に変わる。
「今日は結界があるっていう噂が前からある山へ行ってみない? 都市伝説の類だけど近場だし」
記憶している一年前のその時とまったく同じセリフだった。
どう?と少し上目遣いで首を傾ける。
可愛い。
しかし裏があるのではと疑っている私にはただの笑顔には見えない。
(そうやって私の反省を促そうとしてるのか怒りを抑えているのかなぁ……)
メリーは時々こうして私をおちょくって遊ぶ。
時々というのは遅刻したり忘れ物をしたり、要するに怒らせる事をしたときだ。
ここで私がタイムスリップだの記憶喪失だの言い出したらメリーのにやにやとした笑い顔を見るハメになっただろう。
今回は珍しく指摘される前に気付く事ができた。
さて、気づいたはいいけれどどうしようか。
案その一、すぐ指摘。
却下だ。楽しんでいる最中のメリーの気分を害して説教が始まったらたまらない。
案その二、乗っておいていい所で指摘。
私は気持ちいいだろうけど、それでこれ以上メリーを不機嫌にするのはやはり得策とはいえない。
案その三、トコトン付き合う。
メリーには笑われるけれど気分は良くなってもらえるだろう。
……遅刻の罰だなぁ。
しょうがない、乗ってやろうじゃないか。
記憶を辿りながら口を開く。
「そうだね、行ってみようか。でもそこ入山の許可がいるとこだよね。どうするの?」
「ふふ、それについては案があるの」
「ほほう?」
「ほら、これを見て」
一年前にも見た新聞記事だった。
と言ってもデータを表示しているだけなので劣化等はしていない。
私は今では都市部でしか見れなくなった紙媒体の新聞も好きだけれど、データでは読まないというがんこおやじではない。
記事は社会面の小さな写真付きの物で、写真の下には
空を飛ぶ野生のオオタカ
とあった。場所は京都近くの山となっている。
「オオタカねぇ。これをどう使うのかしら、まいぇりぇいぃさん」
「無理しなくてメリーでいいわよ」
「ごめんなさい」
未だに言えないマエリベリー。
初対面でメリーと名付けたのは私だ。
「だからいいっていってるでしょ。それで、このタカをダシに使うのよ」
「あーもしかしてタカを見たいから入ってもいいですかとか言うつもり?」
「もう言ったわ。そして許可も貰った」
「はやっ」
「日本のタカを見たいんですってちょっとイントネーションずらして言ったら一発だったわ」
「やるねぇ」
この手は今ではメリーの十八番となっている。
結界探しにうろついてるところを現地民に見つかれば興味を盾にする。
それでもダメそうな場合はメリーが母国語を喋り私が通訳すればなんとかなってしまう。
日本人は外国人には甘い。特に可愛い女には非常に。
「それにしても”貴重な野生のオオタカ”ねぇ」
「京都近辺って事なら貴重じゃないかしら?」
「まぁねぇ。でも所詮オオタカでしょ?」
「所詮オオタカねぇ」
「野生のクマタカなら鳥好きの人間が大喜びするんだろうけど」
「オオタカは環境に適応してきた鳥だもんねぇ」
「二十一世紀頃には都市部での巣作りも確認されたくらいだから、歴史は長いわ」
「食物連鎖の頂点に立つ動物が環境の変化に柔軟に対応ってのはそれだけで研究対象になったようだけど」
「王様はたいていワガママで国が滅びれば追われるんものなのに」
「環境の変化にうまく対応するなんて、人間だったらいい王様だ。歴史に残るよ」
そうだね、とくすくす笑い合う。
今のところだいたいは記憶通りに演技できている。
メリーにも不機嫌な様子は今のところ見えない。
物事を我慢できない私のツッコミ癖を熟知しているメリーのことだ、既に「私が気づいている」事にも気づいているだろう。
それでも止めないのはきっと、楽しんでいるからだ。
メリーが止めるまでは私も止めない事に決めた。
記憶の扉を開く。
確か次は。
「ところで蓮子、オオタカって漢字で書ける?」
そうだそうだ、こうだった。
メリーが端末を手書きモードにして差し出す。
一瞬答えを書こうとも思ったが、既に演技をすることを決めていたので前と同じ答えを書く。
大鷹
「タカってこうだっけ?」
そして同じ答えを言った。
メリーは返された端末を見て、満足そうに笑う。
「タカの字は合ってるけど、秘封倶楽部としては五十点ね」
「へぇ、オオが違うんだ?」
「大でも間違いではないんだけどね」
「どんな字?」
メリーが指を動かして端末に文字を書く。
蒼鷹
「へぇ。アオなんだ。でもこれソウヨウとも読めて意味もあるよね、偉そうな役人みたいな」
「うん、そうよう」
「……それはどうかと思うよ、メリー」
ここまでやるかマエリベリー。
小さくなってるのまで同じ。
顔を真っ赤にしつつも大滑りしたギャグを繰り返すとは中々の根性だ。
褒めないし讃えないけど酒の肴にはなるね、うん。
ここで助け船を出さない事も考えたけど、結局あの時と同じように出してやった。
「それで?なんで蒼なの?」
「……えっとね。オオタカは背中が蒼いからアオタカと呼ばれていたのがそのうち訛ってオオタカになったらしいわ」
「別に大きいわけじゃないんだっけ」
「えぇ。ほらさっき名前出たクマタカ、ちなみに漢字はベアーの熊じゃなくて正しくは豆腐の角に頭ぶつけてなんたらの角でクマがね」
「……」
「ん?なぁに?」
「うん、まぁいいから先進めて」
この時期からずっとメリーの日本語の知識は微妙に偏っている気がしている。どういう人に教わったのか。
メリーは私の遠い目の理由を考えたようだが、結局は説明を続けた。
私がもう知っているのと同じ説明を。
「実はオオタカよりクマタカのが実際の大きさでは二回りくらい大きいの」
「へぇ。オオタカって小さいんだ」
「そうなのよ。トビっているじゃない、ほらよくカラスと喧嘩してる」
「あぁあれもタカだねそういえば」
「そのトビも実はタカとしては大きい方なのよ。オオタカより一回り大きいトビ、トビより一回り大きいクマタカて言ったところね」
「トビってカラスよりちょっと大きいくらいだよね」
「あ、そこに気づいた?」
「うん。要するにオオタカって大きさはカラスくらいってことだよね?」
「だいたいそうね。翼の長さは全然違うんだけど」
「うーん、なんか可愛く感じるぞオオタカ」
「結界見れなくてもオオタカが見れればいいくらいの気持ちでいきましょうね」
「そだね。それじゃいこう、まずはお弁当の確保と私の朝御飯だ」
「はいはい」
◆ ◆ ◆
はて、一年前はどんなお弁当だったかな?
踏み出しながら考える。
機械清浄とは違う自然の空気。
二人の足音以外には鳥のさえずりや木々の揺れる音だけがする世界にいた。
山登りは、楽しい。
弁当については昨日の朝ご飯も思い出せないので諦めた。
まだメリーからの「終了宣言」は出ていないが、弁当や道中に何を話したかまではまったく覚えていなかった。
なので頭を空っぽにすることにした。
あの時の私はたぶん山登りに必死で、頭が空っぽだったはずだ。
一年で体力がついた分楽だったが、余計なことは考えずに黙々と歩を進める。
メリーもあまり口は開かず、自然を堪能しながら歩いている。
ほどなくして山の頂上付近に到着。
「絶景かな!」
「ってほどじゃないけどいいわね」
「うん」
カタルシスを感じるほどの光景ではないが、遠くに見える都市部と保護され濃い緑の手前のコントラストは美しい。
天気も快晴。あの時と同じだ。
「それでメリー、結界は?」
「……残念」
一年経っても変わらなかったようだ。
去年はここでたしか。
ピィー
「え」
「あら?」
空を振り仰げば、ゆったりと旋回するタカの姿があった。
あの時と、同じ。
「目的の片方は果たせたわね」
「そだね」
あの時と同じように出てくるなんて、自然も中々役者だ。
鷹がもう一つ鳴いた。
◆ ◆ ◆
「それじゃ蓮子、また学校で」
「うん、またね」
手を振り別れる。
山を降り、居酒屋へ直行。
これも一年前というか、いつも通り。
結局別れる時まで演技は続いていたが、まぁ最後に言ってもしょうがない。
それでももう別れたし、これにて閉幕だ。
上機嫌で鼻歌を歌いながら家にたどり着く。
風呂へ入るかそのまま寝て朝風呂するかをほろ酔い気分で考えながら、暗い廊下を通り部屋の電気を点ける。
「え……?」
酔いが、醒めた。
朝家を出た時とは部屋が違っていた。
あった物がなくなっている。
泥棒か。
ベッドカバーやカーテンの色が変わっている。
泥棒じゃない?
それに、この家具の配置は。
家具の色は。
「あの時の、私の部屋……?」
頭が混乱の極みに達したので、とりあえずふらふらと流しに近づき、水を飲んだ。
一息ついて見回しても、部屋の様子は変わったまま変わっていない。
「ど、どういう」
冗談か、よっぽどな人物にストーキングでもされているのか。
演技をしていたメリーの仕業かと思う。
しかし、今朝起きた時は部屋はいつも通り。
お店でメリーは私を待っていたし、その後はさっきまで一緒だった。
誰かに相談しようと携帯を開く。
やはりこういう時はメリーだろうか、それとも警察かと待ち受け画面を見つめて気付く。
機種自体は一年前と変わっていない。
待ち受けの画面も購入時から変えていない。
それでも表記には異常があった。
「土曜、日……」
画面の日付は私の記憶する日付と同じだが、曜日が一つ違った。
私の記憶では今日は日曜日だ。
曜日が一つ違う、
慌ててカレンダーを呼び出す。
私の記憶と一年違う表記が「今日」として表示されていた。
「どうなってんのよ……」
◆ ◆ ◆
風呂から上がり、水を一口。
部屋を見渡す。
この一年で買った物はやはりないままだった。
あれから私は、とりあえず外に出た。
空を眺め星を見る。
星を見れば時間は分かる。しかし日時の日は分からなかった。
今までそれを知りたいと思った事はなかったけれど、初めて知りたいと思った。
月に目をやり、場所を確認する。
ここは私の家で間違いなかった。
酔っ払って違う家に入った訳ではない。
次は酔っ払っているのか夢を見ているのかを確認するために風呂へ入り出てきたところだ。
風呂の中で携帯でネット上の新聞やサイトを見て「今日」が一年前であることも確認。
そして風呂から上がり水を飲んだところへ戻る。
結果として、私は夢を見ているわけでも泥酔しているわけでもなく、ここは私の家で、今は一年前だ。
状況はまとまった。
頭はこんがらがった。
ベッドに倒れこみ、考えを整理する。
(タイムスリップって奴かなぁ)
分からない事は大きくわけて三つ。
(まずは、いつスリップしたのか)
朝起きたときは正常だった。
喫茶店へ行った後からが問題だ。
メリーとは今日一日「演技をしている」はずだった。
ただ一日の内容があまりにも一年前と酷似しているので、どこかでタイムスリップをしたのか朝部屋を出た時点でしたのかが分からない。
分からない事その二。
一年前、今からでいえば一年後の私はどうしているのか。
大地震にでも巻き込まれて何かの拍子にこうなったのかということも考えられる。
それなら結構わくわくどきどきで楽しそうだ。
その三。
時間軸がどうなっているのか。
私の主観時間を書きだしてまとめてみた。
00年9月1日土曜日、メリーと山へ。
01年9月1日日曜日、遅刻。メリーと一年前の再現として山へ。
帰宅すると、日付が00年9月1日土曜日に。
「今」から一年後、つまり私にとっての二度目の01年9月1日日曜日に私は辿りついたとき、どうなるのか。
タイムスリップした私としなかった私がぶつかり合うのか。
何かが起こりずれた時間の流れが、一年後には元に戻る予定で、私はたまたまそれに気づいたのか。
(……駄目だ、余計混乱した)
唸りながら考え込んでいると日付が変わっていた。
00年9月2日、日曜日。
二度目の時間だ。
メリーに相談することも考えたが、結局しなかった。
なぜかといえば「00年9月1日の深夜に宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンには連絡をした」ということは私の記憶にないからだ。
時間軸が完全にずれている事が分かっていれば別だが、今のところはどうやら過去に戻っただけで時間の流れ自体には変化はない。
それを証明するのがあのタカだ。
一年前の動きをほぼトレースしていた私達の前に現れたタカは、時間の流れが一年前と同じ事を示す第三者であった。
ならば、私にとって過去になかったことは「二度目の私の記憶」に上書きするわけにはいかない。
時間の軸がもし乱れて、一年後の運命が私の記憶と変わっていたら。
誰かと誰かが仲良くなっているかもしれない。
あの芸能人カップルは結婚しなかったかもしれない。
私とメリーの関係も、違っているかもしれない。
一年経ち、メリーと私の記憶とは違う関係になっていたら私は耐えられるだろうか。
喧嘩をし秘封倶楽部が別れているかもしれない。
他のメンバーが加入しているかもしれない。
(……たぶん耐えられないな)
まだ何も分かっていないけど、それでも一つだけ決めた。
メリーには、頼れない。
メリーには、頼らない。
一つとはいえ重要な方針を決めたところで眠気がやってくる。
部屋の電気を消し、睡魔に身を委ねた。
◆ ◆ ◆
目が覚めて最初に確認したことは、ベッドカバーの色の確認。
その次に家中の時計の確認。
最後にテレビとインターネット。
「夢じゃなかった……」
一晩眠っても私の周り、私の時間は元に戻っていなかった。
食欲がなかったので紅茶を飲みながら今後の方針について考える。
メリーに頼らない事は昨日決めた。
その理由は、私の記憶と同じ秘封倶楽部を一年後に存在させるため。
なら私がすべき事はなにか。
「同じ一年を繰り返す、か」
可能なかぎり記憶通りの生活を送る。
秘封倶楽部の活動として行った場所、行なった事。
さすがに食事の内容までは覚えていないが、秘封倶楽部の一年の記憶は色濃く残っている。
過去にタイムスリップし、過去に無かった事をした結果未来が変わるというのはSFではよくある題材だ。
しかし、それはあくまでSFの世界の話で、さらに言えば記憶に沿って過ごした場合に同じ世界にたどり着くのかも分からない。
それでも私はその可能性にかけてみようと思った。
オオタカは、環境の変化に対応して生き残ってきた。
国が滅びたくらいで逃げ出す王様に私はなりたくない。
それでも、もし一年経った時点での私とメリーの関係が大きく違っていたら。
その時は、その時に私の横にいるメリーに話そう。
◆ ◆ ◆
「洋服よーし、鞄よーし」
時計に目をやると、短信と長針が頂点で重なった所だった。
01年9月1日日曜日。
一年。
人生の中では小さな単位で、地球上の歴史から見たら一瞬。
宇宙から見れば欠片ですらない時間。
そんな一年を私は慎重に過ごしてきた。
自分だけが知っている一年をなぞるように。
足跡に合わせて、足を踏み出してきた。
その結果なのかそういう運命だったのか、私とメリーの仲は私の記憶とほぼ同じ程度に良い。
一度目で行った場所で行ってない場所はないし、一度目で行けなかった場所には行っていない。
それに秘封倶楽部の活動は一回程度で色褪せるような薄い物ではない。
二度目なりに自分の発見もあった。
そして、今日約束があることも同じ。
朝起きてもし時計が正しい時間を示していれば、この一年の事をメリーに話そう。
きっと驚いて、楽しんでくれるはずだ。
一年かけてやっとこの一日に追いついた。
足跡のない道への期待を胸に、目を閉じた。
◆ ◆ ◆
「ねぇ蓮子、ねぇってば」
「むにゃむにゃ」
待ち合わせの時間を過ぎても連絡すらないし繋がらないからわざわざ来てみればこれだ。
さっきから揺すってみたり叩いてみたりしてみたがまったく起きる気配はない。
「んもうまったく」
しょうがない、メモ書きでもして店で待っていよう。
もちろん待っている間のお茶代ケーキ代は蓮子持ちだ。
メモを机の上に起き、部屋の鍵を閉め、隠し場所として何故か教えられている場所に鍵を戻す。
……蓮子が隠し場所を忘れるからだろうか。
店に戻ると店員に先ほどと同じ窓際の目立つ席に案内される。
あまりこういう扱いは好きではない。今日は動きやすい格好で着飾っていないので気恥ずかしい。
外国人も多いこの街で客寄せをするなら私より蓮子を目立たせた方が正しいのではないかとも思う。
通りに面しているのは待ち合わせには便利なのだけれど。
愛想だけは良い店員が紅茶を置いていく。
一杯目は何も入れずに飲むようにしている。
味の好みとしては砂糖を少し入れたいのだけど、せっかくのおいしい紅茶なので最初の一杯はそのまま。
一口飲み、カップを置く。
そろそろ来るかしら、蓮子。
オチの発想はいいと思ったんですけどストーリー自体に面白みを感じられなかったのが残念でした
オチで驚かせるタイプの作品だったのかもしれないけどそれで減点が
ハッピーエンドは良いものさ
夢と現の境界を越えることも楽しいけれど、
過去と現在と未来をまたにかける秘封倶楽部ももっと増えてくれたらうれしい。
続きが気になりますね
この読後感は何ともいえず良いものですな。
ちょっとだけストーリーが物足りない感じがしましたのでこの点数で。
なんだかドキドキしました。
でも、もう一波乱あればもっと盛り上がったかもしれない。