※某シューティングゲームとのクロスオーバーです。
※擬人化されています。
※以上の要素が含まれています。苦手な方はごめんなさい。
森近霖之助が愛用のストーブの灯油が切れていることに気付いたのは、しんしんと雪が降り始めた夜のことだった。
「参ったな」
霖之助は爪を噛んで呟く。こんな時間になるまで灯油が切れていることに気付かなかったのは失策と言えた。燃料の灯油を取引してくれる八雲紫とは連絡の取りようがないし、何より幻想郷の夜は冷える。半妖の彼と言えど、急激に下がり始めた気温の中で一晩を過ごすのは好んだことではない。
「……久しぶりに使ってみようか」
少し考え込んだ後、霖之助は香霖堂の裏手の倉庫に向かった。そこから引っ張り出してきたのは陶器製の壺の様な器具。霖之助の持つ「道具の名前と用途が判る程度の能力」によれば、その用途は「冬に温まるために使う道具」と評されるだろう。ようするに火鉢である。ストーブを手に入れてからすっかりお役御免となりほこりを被っていたこの火鉢だったが、取っておくものだなと霖之助は思った。
火鉢の中に小石を敷き、さらにその上に灰を被せる。あとは熱した炭を3本ばかり適当な間隔で並べて入れて、準備完了。部屋全体にまで暖気が広がるには時間がかかるが、無いよりは充分に温かかった。
換気のために少しだけ窓を開けると、見える夜空にはどんよりとした雪雲がかかり、星も月も覆い隠していた。静かに降り続く雪もあり、今夜の冷え込みは厳しいに違いない。こんな夜に来る客はもう無いだろうと、霖之助が入口の戸の鍵を閉めようとしたときだった。
「……ん?」
何かの気配を感じた霖之助が、思わず呟いて扉へと視線を向けると。
かちゃり、と小さな金属音を立ててノブが回り。
きぃ、と軋んだ音をたてて扉が開き。
かららん。カウベルが一度、音を立てた。
――開いた扉の隙間からそっと顔を出したのは、少女。放たれる弱弱しい妖気と鉄の香りは、彼女が人ではなく妖に属する存在だとすぐに霖之助に気付かせた。真っ黒な外套にすっぽりと身を包み、緋色の髪がそれに対比され一層強く見える。しかしその燃え上がるような髪とは対照的に、浮かぶ表情は困惑であり、おどおどと店の中をうかがっていた。
「……どちらさまかな?」
霖之助のつぶやきに、少女はぎょっと目を見開いて視線を向けた。少女の側からは店内の商品が邪魔になり、声がかかるまで霖之助に気付いていなかったのだろう。少女は相当驚いたのか、こちんとそのまま固まってしまった。沈黙が香霖堂を包む。
「……とりあえず入りなさい、そこは寒いだろう」
扉の隙間から入り込む冬の風を懸念し、霖之助はそう少女に声を掛けた。なぜこんな夜に少女が門を叩いたのかは分からないが、再びこの寒空の下に放り出せるほど彼は優しさが無いわけでもない。面倒なことになったな、くらいは思っていたが。
少女はその言葉に若干戸惑いの表情を浮かべたものの、容赦の無い寒さに負けたのか、おずおずとその小柄な身を扉から滑り込ませ――少女がいきなりすっ転んだ。突然の転倒に今度は霖之助が驚かされ、慌てて少女に駆け寄る。
「大丈夫か?」
少女は霖之助の問いには答えず、幾らか半泣きで赤くなった鼻を抑えながら顔を上げた。傍にかがんだ霖之助の肩を支えにし、やっとこさという表現がぴったりな、おぼつかない足腰でふらふらと立ち上がる。危なげな足取りはどこか身体が不自由なのかとも霖之助に思わせたが、それよりも少女の冷え切った手のひらの方に霖之助は気を取られた。
服の上からも伝わるその冷たさは、少女が長い時間寒冷な空気にさらされていたことを示している。ふむ、と霖之助はあごに手を当てて――少女の手を取った。
少女は一瞬驚いたが、気にせず霖之助はその手を引き――火鉢に両手をかざさせる。ほこほことした温かみは少女にも確かに伝わったようで、またも驚きの表情を浮かべたが、それには困惑よりも喜びが多く含まれている事は見て取れた。
「――、――、――」
少女は霖之助を振り返り、にこりと微笑む。聞いた事の無い言語だったが、それが悪い意味での言葉ではないということは霖之助にもその表情から読み取れた。
◇◆◇◆◇
翌朝。昨晩の雪雲はその身に蓄えたはらわたを吐き出しきったようで、既に雪は止んでいたが、雲自体は未だ空を覆い隠している。くるぶしほどまで雪は積もっており、窓から見える外の景色は一面雪化粧をしていた。
昨晩にやってきた緋色の髪の少女は、火鉢をいたく気に入ったようで今も両手をかざしている。ほっこりと表情を丸めている少女を眺めて、妙なことになったものだと霖之助は軽くため息をついた。
昨晩、冬の夜に放り出すのも酷という事で、結局霖之助は一晩少女を泊めることにした。言葉は通じないものの、身振り手振りで何とかどこから来たのかという質問を伝えると、天井を指差すばかりであり、どうにも要領を得なかった。が、霖之助はある程度の推論をその脳内に展開している。
恐らくは、昨日今日あたりに「化けた」ばかりの、若い若い妖怪なのだろう。化ける前の何か――恐らく鉄で出来たもの――の香りも、妖気も抑えていないのだから。それならば天井つまり空を指さすという行動にも、「行く宛てが無い」という意味であろうということも分かる。加え、手足に障害があるというより、動かし方自体をよく知らないという言い方の方が似合うぎこちなさもその推論に説得力を持たせていた。
しかし、この少女をいつまでも宿らせるわけにもいくまい。さてどうしたものか――
――カランカランカランカラン。
カウベルの音が派手に香霖堂内に響いた。不意打ち気味ではあったが、霖之助からすればこんな鳴らし方をする客(ではないが)など一人しかいないため、さして驚きは無い。
「よぉう香霖! ストーブで暖まりに来てやったぜ」
「出来ればそれ以外の目的で来て欲しいんだが」
「おお、香霖ってば大胆な台詞じゃないか。ま、こんな可愛い乙女の私を前にしちゃ無理も無いか」
「……あぁそうかい」
白と黒を基調にしたエプロンドレスに、右手に持つのは魔女の象徴の箒。鍔広の三角帽子から覗くのは、癖のある金色の髪の毛。現れ出でたるは普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。いつもの格好に加え、今日は左手にバスケットを携えていた。
霖之助は魔理沙の台詞に呆れきった嘆息とともに返事をすると、魔理沙はたちまち頬を膨れさせて見るからに不機嫌な表情を作った。
「何だ何だ。随分と酷い態度じゃんかよ」
「少なくとも理由が分からないほど魔理沙は頭が悪いと僕は思っていないんだがね」
「けっ、せっかくこれを作ってきてや……あ?」
ずかずかと店内に入り込んできた魔理沙の足が止まった。視線の先には緋色の髪の少女がとまっている。少女は魔理沙の来店に多少驚いていたようで、びっくりしたように眼を丸くして魔理沙を見つめていた。
「……えー、っと。こ、香霖、コイツはどうしたんだ?」
「あぁ、昨日の夜にここに来てね。森で迷ってしまったようだから保護していたんだ」
「昨日って、ことは……と、泊まったのか?」
「……そりゃそうだろう」
怒っていたかと思えば今はわたわたとする魔理沙を、霖之助はよく分からないという面持ちで眉をひそめた。少女の方もおろおろと交互に視線を霖之助と魔理沙に移している。
「……あ、あー、そうだ。悪い香霖、急用思い出した! 暇つぶししてる暇なんてなかったんだぜ!」
「……どうしたんだい、魔理沙?」
ぽりぽり頬を掻きながら引きつった笑みを浮かべてそう言い出す魔理沙に、霖之助も少し心配気味に問うた。しかし魔理沙はその質問には答えず、乾いた笑いを返すばかり。そのまま後ずさりの形で背後の扉へ向かい――「風邪引かないようになんだぜー!!」あっというまに箒に飛び乗っていってしまった。
「……何だったんだ一体。……何か失言があったかな」
霖之助は開け放たれた扉を閉めると、小さく呟いた。霖之助にとって魔理沙は妹分のような存在であり、決して邪険にしたいとは思っていない。ゆえに、もし今の様子がおかしい理由が自分にあったのなら責任を感じるし、謝りたいとも考えていた。
「……、――、……」
背後からの異国の言葉。振り返ると、少女が悲しげな表情を浮かべて霖之助の方を向いていた。言葉の意味は分からなかったが、その表情と声の調子で今の言葉が恐らく謝罪の意味か何かを含んでいるのだろうということは理解できる。喧嘩をさせてしまった、と思ってしまったのかもしれない。
「あ、いや……君の責任ではないよ。喧嘩をしたわけではないから」
そう霖之助が言ったが、少女の表情は変わらない。言葉が違うということをすぐに思い出し、今度は身振り手振りを交えて出来る限り簡単な言葉を使ってみるが、うまくいかずじまい。目の前で少女がしゅんとしているというのは好ましいものには思えない。霖之助は、困ったなと髪をかき上げた。
――そうだ。
ふと霖之助は思い立ち、腰をあげて商品の棚へ向かった。少女は、唐突に席を立った霖之助を不思議そうに見つめている。霖之助は棚から一つの商品を取り出すと、少女の髪にそれをとりつけた。
それは小さな花飾り。燃えるように赤い少女の髪の色とよく合う、白い色の花だ。
「それを譲ろう。女の子なら、そう言う物は好きだろう?」
少女はきょとんとした顔で髪飾りをいじっていたが、ふと棚の上に置かれた鏡で自分の姿を見て、ぱっと笑顔を花開かせる。その笑顔を見て、霖之助は安堵のため息をついた。
「――、――、――」
笑顔のままに少女は霖之助に何事かを言った。昨日にも語りかけられたものと発音がよく似ていたため、御礼を言われているのだろうということは推測できる。霖之助は少しぎこちなさそうに微笑みを返した。
◇◆◇◆◇
「それで逃げてきちゃったと?」
「否定できない自分が悲しいんだぜ……」
場所は変わって博麗神社。魔理沙は炬燵に身体をつっぷし、完全にノックアウト状態。その魔理沙を、紅白の二色の巫女装束に身をつつんだ少女、博麗霊夢はあきれ果てたジト目で見下ろしていた。
「別に誰がいたっていいじゃない、せっかく作ったんだから渡してきちゃえば良かったのに」
「無理無理無理だぜ。いくらなんだって、知らんヤツが居たらびっくりするに決まってるだろ」
霊夢が炬燵に入りながら問うと、魔理沙はふてくされたような目で霊夢を見上げながら答えた。そして視線を炬燵の上のバスケットに移し、落胆を示す息を吐いた。
炬燵の上には一つのバスケットが置いてあり、それは先ほど香霖堂へ持っていったものと同じ物だ。中身は蜂蜜をたっぷり使ったアップルパイ。アリスのアドバイスも受けて作ったそれなりの自信作だ。霖之助は半妖であるがゆえに基本的に食事は必要ないが、この冷え込みに参っているだろうと思い、せっせと魔理沙がこしらえたものである。
しかし先ほど渡し損ねてしまった。おかげでアップルパイもすっかり冷めてしまっている。
「あぁー……もう食べちまおうかなこれ」
「……好きにしなさい」
魔理沙の呟きに霊夢は興味も無さそうに言葉を返すと、お茶を一口すすった。魔理沙はその霊夢の反応にますますぶすくれたが、かといって当たる気力もなく、ただぼけっとする以外に何もしようがない。
……それにしても、と魔理沙は思案を巡らせる。あの緋色の髪の少女は、何者なのだろう? 自分は一目見ただけで会話もしていないのだから「何者なのか」という疑問自体が幾分か的外れなのだが、それでも不可解な感覚が魔理沙の中に残っていた。
あの少女からは妖気を感じたから妖怪である事は……いや、それすらも確定していない。妖怪でも人間でも、生物ですらないような、不可思議な印象が魔理沙には焼き付いていた。そう、あれはまるで――
……ォン……
「……ん?」
思考の海に沈んでいた魔理沙を引き揚げたのは、何かの振動音。かすかに聞こえたその音に、魔理沙は身を起こした。
「……何、今の?」
霊夢の聴覚にも今の音は届いていたらしい。怪訝な表情を浮かべて、頭上の天井を睨む。
……ドォン
――ピシッ
若干大きくなった振動音に数瞬遅れ、何かがひび割れるような音が、乾いた冬の空気を通して響いた。
「!」
霊夢の表情が仕事のときのそれに切り替わる。すぐさま炬燵から出て傍の御祓い棒を引っ掴むと、障子を開け放して部屋を飛び出した。
「お、おい!」
魔理沙も慌ててその後を追い部屋を飛び出す。そのまま魔理沙が境内にまで出ると、神社の上方を見つめる霊夢の姿があった。魔理沙は傍にかけより、ひとつ息をついた。
「ど、どうしたんだよ急に」
「……魔理沙あれ見なさいよ」
霊夢の促しに、魔理沙は同じ様に神社の上へ視線を上げると。
「……な、んだありゃあ」
――蜘蛛の巣がそこに張っていた。
空間に放射状の亀裂が走り、バチリバチリとエネルギーを発散する場を求めている。ドォン、とまた一段階大きくなったあの音が再び鳴り響くと、その亀裂は更に範囲を広げた。
「……何かが結界を破ろうとしてる、みたいね」
霊夢がしかめ面をして言った。
幻想郷という土地は博麗大結界という巨大な結界に護られている。これは物理的に存在するようなものではなく、論理的に存在しているものであり、当然目には見えない。元々非常に強力で破れるような代物でもないのだが、百歩譲って破れたとしても、「ひび割れ」という目に見える形で損傷が表れるなど――
ドォン!!
一際大きく音が炸裂し、蜘蛛の巣の半径が一気に広がる。中心部分の空間は今にも剥がれ落ちそうな状態になっており、既に限界を迎えていた。
「お、おいおい。こいつはやばいんじゃないのか……」
魔理沙が冷や汗と共に言葉をこぼした。魔理沙は結界について詳しいわけではないが、目の前のこれを見て楽観的で居られるほど図太くも無い。
「……神社から幻想郷に入り込もうだなんて、いい度胸してるやつだわ」
霊夢は御祓い棒を構え、いつでも術式を展開できるように備える。魔理沙もこの状況で何もしないわけにもいかない。八卦炉をその手に持ち、特大の魔法をぶち込める体勢をとった。
そして。
――蜘蛛の巣が一瞬で蜂の巣に変貌した。
飛び出してきたのは侵入者ではなく、無数の弾幕。結界を穿ったのは暴力の具現だった。
「なっ!?」
霊夢が驚愕の声を上げる。千歩譲って結界の損傷が目に見えるのはいい。だが、単なる弾幕で結界を破るなど、いくらなんでも――!!
「霊夢ッ!!」
魔理沙の鋭い声が飛び、霊夢はほとんど反射のみで横っ飛びすると、刹那の間に続けざまの流れ弾が着弾する。それに続いて魔理沙も半ば転がるようにして死角へとたどり着き、その凶弾から逃れた。
連射は続き、その間休み無く弾幕は石畳を抉り木々をなぎ倒し続けた。射撃が水平に二往復ほど繰り返された後、狂気にも似たその乱撃が止んだとき、二人は心からの安堵を抱いた。
そして穴から、ゆらりと姿を現したのは――
「……っ……」
今度は魔理沙を驚愕が襲う。
――緋色の髪に黒の外套。そこにいたのは香霖堂にいたあの少女だった。
何故結界の向こうからという疑問が魔理沙の心中を埋め尽くすが、すぐに合点が行った。姿は瓜二つだが、目つきが全く違う。あれは別人だと。
現れた少女は、ゆらゆらふらふらと危なっかしく浮かんでいた。その状態でキョロキョロとあたりを見渡し、さらに手を握っては開くのを繰り返している。まるで身体の動かし方をしらない、赤ん坊のようなしぐさだった。
「……何よ、あいつ……」
「……香霖のとこにいたのとそっくりだ」
「え?」
「さっき話したろ、香霖のところに知らない妖怪が――」
その時。まるで霊夢と魔理沙のかすかな会話が聞こえたかのように。
少女の瞳が、ぎょろりとこちらを向いた。
人間でも、妖怪でもない。機械のような、昆虫のような、何も宿らぬ無機の眼。その目に射抜かれて、ゾワァと霊夢と魔理沙の背中に悪寒が這い登った。
しかし少女は大した興味も無さそうに、すぐに視線を二人から逸らし――途端に表情を一変させて顔を上げた。あの目を限界まで見開いて、何かを感じ取ろうかとするような仕草。数秒の硬直の後――大気の鳴動と同時に、爆発的な加速で少女が飛び去っていった。
「……!!」
その飛び去っていった方角を目にして、魔理沙の表情がこわばった。
「……魔理沙?」
霊夢の呼びかけにも答えず、魔理沙はじっと、その方角を見つめる。まさか、あちらは。
「――待ちやがれっ!!」
魔理沙は咆哮し、箒に飛び乗ると幻想郷トップクラスのスピードを証明する最高のスタートを切る。一瞬で最高速まで加速をすると、霊夢が次の瞬きをする間には魔理沙の姿は豆粒の大きさになっていた。
「ちょっと!?」
慌てて霊夢も後を追おうとするが、バチリという結界の割れる音がその足を止める。割れた結界の部分に目を向ければ、今にも砕け散りそうなほど不安定な状態にあった。いくらなんでもこれを放置しておくわけにもいかない。
「あぁもう!」
霊夢は追跡をあきらめ、修復のための術式を出来る限りの最速で組み上げ始めた。
◇◆◇◆◇
「……!」
火鉢のそばで温まっていた少女が、弾かれたように窓へと視線を向けた。その動きに霖之助もつられて本から視線を少女に移す。
「……どうかしたのかい?」
「……」
霖之助の問いに沈黙を持って少女は答えた。ただじっと、視線を窓……そのずっとずっと向こうへ視線を固めたまま、動かない。霖之助も怪訝さをかくさず、もう一度問いかけようとしたところ――いきなり扉へ走りだそうとした少女がすっ転んだ。
昨晩と同じような唐突な転倒に霖之助は面食らったが、デジャヴを感じながらも少女に駆け寄って助け起こす。二度目のためか前回よりはスムーズに立ち上がると、またもすぐさま扉へと向かおうとするが、やはり足腰が安定しないらしく転びそうになる。
「……外に行きたいのか?」
もう一度少女を支えなおして霖之助が問うと、コクコクと少女は首を縦に振った。
……ここで霖之助は二つの選択肢を得る。一つはこのまま少女を放り出すこと。ただ追いだすのが早くなっただけであり、しかも自分から外に行きたいというのだからなんら問題は無かった。ただ、雪化粧した道のりをこの足で少女が目的地まで進めるとは到底ありえまい。
もう一つの選択肢は……。
「……行先はどこだい」
ひょい、と霖之助は少女をおぶり、扉を開けてから尋ねた。少女は霖之助の行動に仰天したが、霖之助は気にした様子もない。小柄な見かけ相応に軽く、運動が得意ではない霖之助でもほとんど重さを感じなかった。
もう一つの選択肢とは、少女を目的の場所まで連れていくこと。霖之助には珍しい合理性を欠いた選択でもあった。疲れるのは自分だけで、何の得もない。それでもこちらを選んだ理由を述べるならば……結局霖之助もなかなかの御人よしだということだろう。
いくらかあわあわとしていた少女だったが真意を悟ったようで、少女はあの言語で何事かを言いながら向かうべき道を指さした。ちょうどそれは香霖堂の東の方角。地理を広く見れば博麗神社への道でもある。霖之助は雪で覆われたその道を、足を取られないように、かといって遅すぎもしないちょうど中間の速度で駆けだした。
◇◆◇◆◇
魔法の森近くの上空を翔ける影が二つ。先行するは黒と赤、後を追うは黒と白。
「待て、こんにゃろう……!」
魔理沙が風圧にギリギリと歯を食いしばりつつ、あの少女に必死で食い下がっていた。
あの少女が向かっている場所は、この方角からすれば……香霖堂。何が目的であるのかは分からない。だが、先行するあの少女と瓜二つの姿をした少女が香霖堂にいたことを考えると、香霖堂の方へ飛んでいることは偶然だとは思えなかった。
「待てっつってんだ、こらぁ……っ!」
魔理沙の何度目か呼びかけか、ようやく少女があの能面の表情のままに振り返る。そのまま少女は緩やかにスピードを落とし始め、やっと止まる気になったのか、と魔理沙が考えた直後。
ドウンッ
二つ、弾幕が少女から放たれた。赤と青の二色、それぞれ単発の自機狙い。弾幕といえば派手さであるこの幻想郷においては、ひどく淡泊なものだった。
――その弾速が尋常でなかったという点を除いて。
「(――はやs……避k)」
真正面から来た何の細工もないそれに魔理沙は全く反応できず、刹那の間もおかずに弾幕が迫り――
――針の穴を通すような正確さで魔理沙と弾幕の間に、何かが割って入り弾幕をはじき出した。
「……え?」
魔理沙も何が起こったのか理解できず、呆けたままに目を丸くさせた。一方の少女も今の弾幕で完全に仕留めたと思っていたのか、無表情だったその顔の上にわずかに驚きのそれが混じっている。
「今のは、少々いただけないわね」
魔理沙の聴覚が背後からの声をとらえた。後ろを向くと、そこには自分と同じ金の髪。両手の指からは人形繰りの糸が伸び、その身の横に2体の人形を侍らせている。
「……アリス?」
「他の誰かにでも見えるの、魔理沙」
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは眉をひそめて言った。そんな操り主の反応とは正反対に、「シャンハ-イ」「ホラーイ」という特徴的な声とともにかわいらしく上海人形と蓬莱人形がおじぎをする。そこまで来て、アリスがあの高速弾幕を防いでくれたのだということをようやく魔理沙は理解した。
「……た、助かったぜ、アリス」
「全く、帰ろうと思ったら……それで、何なのかしらあいつは?」
アリスは眼前の少女に鋭い視線を向ける。少女はあのガラス玉のような瞳をアリスに向け、じぃっと値踏みするように見つめていた。魔理沙たちと少女の距離は、声は届き、かつ撃ちあいになったとしても若干の余裕があるもの。ちょうど弾幕ごっこを始めるときと同じほどの間合いで向かい合う形となっている。
「私にもよくわからん……ただ、結界をぶち破って入ってきた」
「結界って……博麗大結界のことよね? それを破って幻想郷に来たってこと?」
「おう、博麗神社なんて真正面からな」
「……なるほどね、だからあんな速い弾幕を平然と撃ってきたってこと」
弾幕ごっこは、あくまで妖怪と人間がある程度対等に戦える「ごっこ」にすぎない。だからこそ、妖怪は撃とうと思えば撃てる高速の弾幕や回避不可能の弾幕は決して作ろうとしない。
にもかかわらずあの少女は、あれだけの速度の弾幕を放ってきたのだ。考えられる理由はひとつ。彼女がこの郷のルールを知らない、外の存在だということ。
「……それで? 魔理沙はなんであんなのに喧嘩を売っていたの?」
「あー、うー……」
香霖堂へ向けて全速力で駆けていたから、と言うのは憚られた。
むぐむぐと煮え切らない言葉を返す魔理沙にアリスは息を吐くと、正面の少女に向き直る。
「言えないならいいわ。――どうにもあちらさんは、物騒な手段での解決を取ろうと思っているようだし」
緋色の髪の少女は滞空の状態で、あきらかに戦う意思をみせている。
魔理沙一人の追跡ならまだしも、アリスも同時に振りきることは無理だと判断したのだろう。
空に紫電が走り、妖気が渦を巻くのが視覚できるほどにもなっていた。
「さてと、魔理沙。――どうする?」
アリスが魔理沙を振り返って問う。
あの少女は弾幕ごっこという幻想郷のルールを知らない。そして今から開かれる戦端でも、そのルールを知ろうとも守ろうとも思わないだろう。
だから「人間」である魔理沙の弾幕は、通用するかわからない。
それをふまえて魔理沙は答えた。
「決まってるだろ。――弾幕で挑んでくるなら、弾幕で答えてやる」
魔理沙にも意地がある。
その答えにアリスはニッと笑みを浮かべた。
「それは重畳。――来るわよッ!!」
アリスの檄と同時に二人は左右にバラける。
「『8|_4<|< |_@|/[-el』」
脳をずたずたに食い荒らすような声音で少女が何事か呟き――少女の胸元から無数の針が飛び出してきた。
スズメバチの針を思わせるそれらは扇状に拡散し、恐ろしいまでの攻撃範囲となって魔理沙とアリスに襲いかかる。その弾速も尋常でなく速い。
「――ッ!」
不可避。アリスはその三文字を脳に出現させる合間の時間だけで、瞬時に防衛のためのスペルカードを発動させた。
――戦符「リトルレギオン」。
6体の人形がアリスを守るように囲み、同時に障壁を展開する。直後、先陣の針が障壁に到達し、続けて後続の針が激しい勢いで着弾し始めた。連続して激突する針が火花、障壁の破砕片、そして跳弾を周囲に撒き散らす。気を抜けば一瞬で障壁は食い破られるだろう。障壁を魔力で修復しながら、アリスは魔理沙の方へ視線を向けた。
魔理沙は猛追する針の群れから辛うじて逃げ回っている。魔理沙の飛行速度は妖怪にも劣らないが、あの針の弾速はそれ以上だ。その差を魔理沙は弾幕ごっこの経験と鍛えられた先読みで補っていた。
しかしその集中力は永遠に続くことはない。感覚が鈍ってきたことを魔理沙が自覚した瞬間――針がわずかに肩を掠め、その肉を食い破った。
「魔理沙!」
思わずアリスが魔理沙に叫ぶ。
しかし、魔理沙は痛みに顔をしかめるでもなく――逆にニヤリと笑みを浮かべてみせた。
こいつの弾幕、速い代わりに、軽い。
針一つの威力が低いのをカバーするため、この速さと量で撃ち出していることに気付いた魔理沙は、スペルカードを発動させた。
一撃一撃が軽いのならば――全てかき消してやればいいッ!!
「魔符「スターダストレヴァリエ」!!」
発動と同時に無数の星屑が現出し、針と激突する。量と速さは劣るものの威力で勝る星屑たちは、針を打ち消しながら緋色の髪の少女へ向け直進し――爆発を巻き起こしながら直撃した。
「ぃよっしゃぁ!」
魔理沙がガッツポーズを取り、吼える。あれだけの弾幕が直撃したのだ、相当なダメージは与えられている筈。アリスでさえ、そう思った。
――しかし、爆煙が晴れたその場には、平然としたままでいる少女の姿があった。
薄い水色をした結界らしきものに護られ、少女には煤一つついていない。
あの無表情を顔に張り付けたまま、何事も無かったかのように滞空していた。
「……な」
「危ないッ!!」
驚愕で動けない魔理沙の元に辿りついたアリスが怒声を放ち、再び魔法の壁を出現させる。
その壁の出現とほとんど同時に、緋色の髪の少女は第二陣を放ってきた。
青色の単発弾を複数個連結させ、ワインダー状となった弾幕。それらが無数に飛び出してきた。
生きた大蛇のごとくしなる弾幕は、獲物である魔理沙とアリスをその牙にかけんと襲いかかる。
「ぐっ!!」
「アリス!?」
その一群が魔法障壁に激突した瞬間、壁を越えて衝撃が伝わりアリスがくぐもった声を上げた。
先ほどの針の弾幕よりはるかに重い。見る見るうちに障壁が削られ抉られ小さくなっていく。
「アリス、捕まってろ!」
耐えきるのは無理だと本能が警鐘を鳴らし、魔理沙はアリスをひっつかんで一気に上昇した。アリスもすぐさま体制を整えて箒に跨る。さらに続けて、逃走経路をなぞるかのように連結された青い弾幕が追撃してきた。
先ほどとは違い、今度はアリスを抱えている状態のため箒のスピードが目に見えて落ち、あっというまに肉薄された。
「――これならどうだぁッ!!」
八卦炉を構えた魔理沙の激昂が空に高く響き渡る。
先ほどのスターダストレヴァリエよりもはるかに威力が勝り、かつ己が最も得意とする魔『砲』。
「――恋符「マスタースパーク」!!」
八卦炉から放たれた極太の白き閃光が走る。
その光線は迫りくる青い弾幕たちを一瞬にして消滅させ、そのまま緋色の髪の少女までを飲み込んだ。
二度目の爆音が幻想郷を揺らす。
撃ち込んだ物は幾度となく自分を救ってきた得意中の得意スペル。自信はあった。
――しかし魔理沙の勘は同時にこうも告げている。いつもの手ごたえが無い、と。
――事実、緋色の髪の少女はやはり無傷だった。
爆煙の向こうからは汚れ一つ無い、戦闘が始まってから変化の無い、少女の姿がある。
彼女はまたもあの薄水色をした結界に護られており、無表情のままに魔理沙たちを見据えている。
「……オイオイ、洒落になってないぜ」
魔理沙が帽子をいじくりながら茶化すように言った。しかし、その顔には汗を流し、必死に打開策を模索していることが見て取れる。
相手方の少女は動かない。だがその無表情は、「まだやるのか」とでも言いたげであった。
一方アリスは何も言わず、沈黙のままに少女を見る。
……問題はあの障壁。魔理沙の火力ですら傷一つつかない。
だがアリスは、それを驚愕や畏怖ではなく、違和感として受け取った。
――何かタネが仕込まれている、と。
「魔理沙」
「?」
「あの娘の障壁に二回スペルカードを打ちこんでいるけど、どちらの方がダメージを与えられたと思った?」
唐突に放たれた質問に、魔理沙は少しだけ怪訝な表情を浮かべて背後のアリスを振り返る。そんなささいなことが、この状況を打破できるのだろうか?
「……そうだな、スターダストレヴァリエを打ちこんだ方が手ごたえは感じたぜ。なんてか、マスタースパークの時の方があの障壁が硬くなったように思えた」
しかし、魔理沙はアリスのことをよく知っている。彼女が無駄な質問など一切しないことを。
その言葉を聞いてアリスは少し逡巡した後、魔理沙に耳打ちをした。
「良い、魔理沙? ……、……、……」
「……――! ……なるほど。突拍子もないけど……試してみる価値はありそうだな」
アリスの耳打ちに、魔理沙はニヤリとした笑みで答えて。
――直後に放たれた第三陣の弾幕を、二人は左右にバラけて回避した。
少女の放つのは、今度は赤と青の二色の弾幕だった。青の弾幕は周りを囲うように回転させ、赤の弾幕は放射状に延ばしている。回転の遠心力によって弾幕はすさまじいスピードで弾きだされながら魔理沙とアリスへと向かっていった。
緋色の少女の周囲を守りながら回転する弾幕は、接近戦を許さない。さきほどの魔理沙とアリスの会話が聞こえていたのかいないのか、二人の秘策を警戒するように、少女が放つ弾幕は今までの攻撃的な弾幕よりやや守備重視のものに思えた。
――いや逆か。アリスは回避と防御を続けながら思う。
本当にあの少女がこちらを警戒しているのなら、もっと苛烈な弾幕による圧倒的な火力で押しつぶしにかかるはず。にも関わらず、彼女は敢て、守りに回っているのだ。その理由は一つ。
「やってみろ」という、挑発。
あの無表情からは想像もできないが、なかなかどうして、曲者のようだった。
「――行くぜぇッ!!」
魔理沙の声がひときわ大きく響き渡ったのはその時。
魔理沙が弾幕の網を抜け、さらに高く上昇をしていた。
追撃の弾幕が追いつくまでの僅かな間に、魔理沙はスペルカードを発動させる。
「恋心「ダブルスパーク」!!」
莫大な魔力の奔流が、空に迸った。白い閃光が二つ、魔理沙の八卦炉から撃ちだされていく。
威力も攻撃範囲も単純に倍加するが、もちろん消費する魔力も二倍。加え、コントロールも目に見えて落ちる大味なスペルカードだ。
魔理沙は暴れ馬を無理矢理に乗りこなすかのように、その魔力の大砲を強引に横薙ぎする。閃光は赤と青の弾幕をまとめてその腹に収め、その中心にいた少女をも食らった。三度目の爆発と轟音の後――そしてまたも同じ光景を魔理沙は視界にとらえた。
当然のように、何事もなかったように、あの水色の壁に守られた少女の姿。今までと全く同じ……いや、微妙に異なっているか。
それは少女の表情。浮かんでいるそれこそ無表情だが、そこから僅かにひとつの感情が読み取れた。
――失望。何かを考え付いたかのように思わせておきながら、結局は単なる力押し。それでは拍子抜けもやむなしだろう。
「……安心しろよ」
魔理沙はにやりと笑いながら、通じぬ言葉で語りかけた。
ぴくり、と緋色の髪の少女が反応する。
「本命は、まだだ」
――瞬間、少女の目の前にたゆたう爆煙の向こう側から、一発の弾幕が飛び出してきた。
それは、たった一発。あの星屑やレーザーに比べれば、雀どころか蟻の涙にすら劣る威力。そんな弾幕が、鋭く、速い一撃となって緋色の髪の少女へせまりくる。切り裂かれた煙の向こう側に、少女はアリスの姿を捕えた。
そして、その一筋の弾幕は――水色の障壁を『すり抜けた』。
少女の無表情が崩れ、驚愕があらわになる。
躱せない。それを少女が認識した時。――かつん、と弾幕は軽い手ごたえを持って少女の顎を揺らした。
たった、それだけ。ダメージなど無に等しい。それなのに――少女は目の前が真っ暗になった。
◇◆◇◆◇
緋色の髪の少女が大きく体勢を崩したのを見て、アリスは自分の予想が的中したのを確信した。
少女を守るあの障壁のカラクリは、より「強い」エネルギーに比例して頑強になるというもの。だからこそ、スターダストレヴァリエよりもマスタースパークに対して硬くなったと推測できる。それなら、護る必要もないほど「弱い」威力の攻撃ならば――その考えは、正解だったようである。
顎を揺らされることで、その振動は脳にまで響く。少女はぐらりぐらりと中空で揺れた後――重力という怪物の舌にからめとられて、地上へと落下していった。
「――ってやべぇっ!!」
魔理沙が箒の速度を最大にまで一気に引き上げ、落下していく少女へと向かっていく。この高さだ、気を失ったまま地面にたたきつけられれば、無傷では済まないだろう。地上が目前にまで迫った距離で、魔理沙は少女に手を伸ばし――
大地に打ちつけられる直前に少女は身をひるがえし、さらに受け身を取りながら地面に着地した。それでも運動エネルギーを相殺しきれなかったか、雪面を大きく滑り、大木にぶつかったところでようやく止まる。
「うおわたたたたっ!!」
「魔理沙!!」
今度の問題は魔理沙であり、あれだけのスピードで地面へ一直線に降下したため、急ブレーキをかけようにも慣性は容赦なく魔理沙を地面を引きつけ――アリスの伸ばした糸によって事なきを得た。
アリスと魔理沙はそのままゆっくりと地上へと降り立つ。緋色の髪の少女とはだいぶ距離があり、奇襲をされる恐れはない。一方、少女はダメージが抜けきっていないのか、片膝立ちでうずくまり、右手で額を抑えている。
だが少女の目は決して萎えていない。むしろ炎のように燃え盛り、隙あらば攻撃を打ちこんでくるであろう気概を見せていた。魔理沙とアリスも油断なく、少女を見据える。
軋む空間にひりつく空気、いつ戦闘が再開されてもおかしくない殺気に満ちた森の中。
――そんな場所に水を差したのは一つの足音だった。
「……ん?」
「……何?」
「……?」
魔理沙、アリス、少女が三者三様にその音に対して疑問を抱き。木々の間から一つの影が飛び出してきた。
その姿は。
「……な?」
「……え!」
「……!」
――燃え盛る炎のような緋色の髪と静かな闇を思わせる黒い外套。たったひとつ異なる点は、白い花の髪飾り。
うずくまっている少女と全く瓜二つの少女が、魔理沙とアリスの前に立ちはだかっていた。
足はがくがくと震えており、生まれたての小鹿の様。それでも両手をいっぱいに広げ、背後の少女を守るように。
「……ぶ、ぶんしんのじゅつ?」
「いやアリスそんなんじゃないぜ。あいつは……」
呆けたように言うアリスに魔理沙が続ける。たった今あらわれたもう一人の少女の正体は、恐らく――その言葉を続ける前に、またも駆け足の音がそれを遮った。
「……急に飛び降りて走り出したかと思えば……というか、そんなに速く走れたのかい」
香霖堂の店主、森近霖之助が木々の間から荒い呼吸をしながら姿を見せた。
膝に手をついて呼吸を整え、霖之助は顔をあげる。
そこには何故か妹分と人形遣い、たったいま背負っていた少女と、それに瓜二つの少女。
……さすがの彼と言えど、状況はどうにも理解しがたかった。
「香霖! お前、なんでここに」
「いや魔理沙、それは僕の台詞なんだが……」
「ちょっと魔理沙、そもそもあのそっくりな子は誰なのよ?」
わいのわいのと喋る人間と半妖と魔法使い。両手を広げていた少女はあわあわと視線を動かし、ついにはすがるような眼で、後ろの少女を振り返った。
――うずくまっていたはずの少女は、立ちあがっていた。
今までの間で回復したのだろう。頬に一筋だけ傷が走っていたが、しっかりとした足で一歩を踏み出し、ざくりという湿った雪を踏みしだく音を森に響かせた。その音で魔理沙とアリスは少女の方へと視線を向け、そしてまた臨戦態勢を取る。
「……まだやる気かよ」
少女は魔理沙の問いかけには答えない。あの無表情のままである。
再び張り詰め始めた空気に、だれしもがごくりと唾を呑んだ。
「――はい、そこまで」
だから場違いに落ち着いたその声が響いた時、そこにいた全員の気が抜けてしまった。
そして、パンパンという柏手(かしわで)の音によってその声の聞こえてきた方向をみやる。
ふわりとした金髪と、和洋中全てが混ざり合ったような奇妙な服。
いつからいたのか、どこから来たのか。全ての境界が曖昧な女が、ゆらりと地面に舞い降りた。
「双方、気を収めなさい。この勝負、八雲紫が預かりましたわ」
◇◆◇◆◇
それから半刻程。一同は博麗神社のお茶の間で輪になっていた。
もちろんこの状況に至るまでに、紫がスキマで魔理沙たちを神社へと速達したり、結界の修復をしていた霊夢の怒声を浴びるなどの一悶着を経て、ようやく落ち着いたところである。
「「「機械?」」」
霊夢、魔理沙、アリスの3人が口をそろえて言った。
髪飾りをつけた少女が少し反応を見せた。こちらは先に香霖堂にいた方の少女だ。
魔理沙たちと弾幕戦を行った頬傷のある少女の方は、会話に興味がないのかぼうっとした無表情で窓に視線を向けている。
「そうね。この子たちは元々、外の世界の機械。外、とはいっても、直接の外の世界ではないけれどね。妖気を浴びた結果として一時的に妖怪化してしまったそうなのよ。
髪飾りの子が幻想郷に迷い込んでしまって、もう一人の子はそれを探しにこちらへ」
隣に座る紫がにこやかな笑みを浮かべたまま、少女たちがどうしてこのようなことになったのかを説明した。
「成程、道理であれほど転んだり上手く立てなかったりしたわけだ」
霖之助が納得したようにうんうんと首を縦に振る。
「機械の付喪神、ねぇ……機械が妖怪化するなんて、聞いたこともないけれど」
霊夢が茶をすすりながら呟いた。その視線の先に髪留めの少女がいる。髪飾りの少女は霊夢に見られていることに気づいたか、横に座る頬傷の少女に少しだけ寄った。
「そうでもないわよ。昔からデウス・エクス・マキナというものがいるしね。アリスさんならご存知かしら?」
唐突に話を振られてアリスは少し驚いたようだったが、少し息をついてから会話に加わった。
「機械仕掛けの神のことね。あれと彼女たちは、別物のように思うけれど」
「あらあら、それはどうして?」
「あれは元から機械によって作られた神だけれど、彼女たちは機械そのものが妖怪となった。妖気に当てられただけで妖怪化するには、少々無理があると思うけれど」
「そうかしら? 彼女たちはこれでも、千年は生きているそうよ」
今度こそ紫を除く全員の目がまん丸になって、一斉に二人の少女へ向いた。髪飾りの少女はその視線から逃れるように、頬傷の少女の後ろに隠れる。一方の頬傷の少女は、相も変わらずさしたる興味もなさそうに窓から空を眺めていた。
「もっとも、近年まで封印されていたそうだから。動いている時間という意味ではもっと短くなるようだけれどね」
「……確かに千年も存在していられるなら、妖気を浴びただけでも妖怪化出来るかもしれないわね」
千年と言えば、大妖怪の寿命にも匹敵する。アリスも疑念が晴れたようで、一つうなずいてから呟いた。
「あー、でも、まぁ……」
ぽりぽり、と今度は魔理沙が頬を掻きながら煮え切らぬような言葉を吐く。
「なんて言うか、それにしちゃあ……機械っぽくないよなぁ、あんたら」
その言葉が予想外だったのか、霊夢とアリスが少し驚いたように魔理沙を見た。
「いやいや、確かに表情があんま変化ないのは機械らしいぜ? でもそっちの髪留めの方は感情があるように思えるし、私らと戦った方も……あんたの弾幕は血の通ったもんに思えた」
すっ、と窓の方を向いていた少女が、初めて視線を魔理沙に向けた。言葉は分かっているはずもない。けれども、闘った者同士で分かりあう何かを感じ取っているようだった。
「……ふふ、魔理沙の言うこと、一理あるかもしれないわねぇ」
紫が気味の悪い微笑みでそう言った。
頬傷の少女は魔理沙を見つめていたが、くいくいと外套を引かれて視線をそちらに移す。髪飾りの少女がじっとその顔を見上げていた。
「彼女たちは、血と涙の代わりにオイルを、温かい体の代わりに冷やかな合金を持っている。それは感情を持てない理由には、ならないでしょうね」
ふう、と頬傷の少女は息をはき――髪飾りの少女の髪をしゃくしゃくと撫でる。
紫はその様子を見て、あの気味の悪い微笑みをやめ、温かな血の通った笑みを少女たちへ向けた。
「――失礼をする」
そこへ、凛とした声が通るのと同時に障子が横へと滑った。
廊下に坐しているのは、九尾の狐にして八雲紫の式神、八雲藍である。
「準備が整った。元の世界へ、お送りしよう」
◇◆◇◆◇
やや強い風に木々が揺れる。博麗神社の石畳の上の空間に、人二人ほどが通れる隙間があいていた。
隙間の向こうは白い靄のようなものに包み隠されており、内部は不鮮明である。
「ここをまっすぐに抜ければ、お二方の元いた世界だ。視界は少し悪いかもしれないが、一本道だから迷うことは無いだろう」
藍の身振りを交えた説明は二人の少女にも伝わったようで、こくりと頷いた。
「いや、でも悪かったな。仲間を探しに来ただけなのに、喧嘩売っちまって」
「二人がかりでの勝負になってしまったし、もし今度があったなら、ここのルールにのっとった弾幕勝負をしましょう」
「……石畳とかの弁償は勘弁してあげるわ。次に来ることがあったら静かに頼むわよ」
魔理沙、アリス、霊夢がそれぞれ言葉を告げる。頬傷の少女は三人の顔をゆっくりと見渡して――ぎぎぎ、と軋む音が聞こえてきそうなほどぎこちなく――微笑みを浮かべて見せた。
一瞬の沈黙の後。ぷ、と魔理沙が噴き出したのを皮切りに、霊夢とアリスもくすりと笑う。笑われたのが不服なのか、頬傷の少女は僅かにむくれた。それがまた、今まで彼女に抱いていた冷徹な機械の印象を崩してしまい、またも三人はけらけらと笑った。
一方、髪飾りの少女はとてとてと霖之助に歩み寄る。ん、と霖之助が声をかけようとすると、少女は――髪飾りを外して、霖之助へと差し出した。
「……ふむ」
霖之助自身は譲ろうと考えていたので返ってこなくても良い品物だったが、返してくれるという少女の優しさを無碍にすることは出来まい。あるいは対価を無しに物を受け取るのは失礼だと考えたか。
ツケという口実で幾度となく商品を持ち帰っていく魔理沙と霊夢にも見習わせたいな、と霖之助は思った。
「確かにお返しいただきました」
髪飾りは少女の手から霖之助の手に移る。その時、ほんの少しだけ少女の瞳に名残惜しげな光が宿ったのを霖之助は見逃さなかった。
「またここにいらっしゃった時には、とてもお安い値段で、お譲りしますよ」
霖之助の言葉に、うつむいていた少女の顔があがる。そして、花がゆっくりと開いていくように少女の顔の上に笑みが広がり、弾けんばかりに満開になった笑顔で少女は霖之助の手を取ってぶんぶんと振った。
頬傷の少女が髪飾りを外した少女を呼び、二人は隙間の前で一度振りかえる。
頬傷の少女は魔理沙とアリスと霊夢へ小さく一度、髪飾りを外した少女は霖之助へ大きく三度、手を振った。
別れを告げた二人の少女は、隙間の中へと消えていく。
靄に隠れて姿を完全に捉えきれなくなるほんの数秒前――その影が緋(あか)い蜂のように見えたのは、誰かの錯覚だったのだろう。
◇◆◇◆◇
さて、その後は解散となり、自宅の香霖堂に到着した森近霖之助を、意外な人物が待ちうけていた。
「よう、香霖。遅かったじゃないか」
「……君の飛ぶスピードと僕の歩く速度を比べられても困るんだがね」
行儀悪くカウンターに腰掛けて帽子のつばを上げたのは、霧雨魔理沙その人だった。
にひひ、歯を見せて魔理沙は笑うと、カウンターから離れ霖之助の前に立つ。
「外寒かったろ? 今日はこの冬三番目くらいの冷え込みらしいぜ」
「それはまた随分と中途半端だね。……いやまぁ、確かに寒いな。何か温かい物がほしいところだ」
「だよなだよな!?」
突如、魔理沙が目を輝かせて大声を出したので、霖之助は少し驚いて二歩ほど引きさがる。――そしてその衝撃で、忘れていたことを思い出した。
「だ、だからアップルパイを作ってやr」
「しまった!!」
何かを喋りだそうとした魔理沙の横をさっと抜け、霖之助は愛用のストーブへと駆け寄る。もちろん燃料の残量を示すメーターはすっからかん。
――せっかく八雲紫と出会えたというのに、灯油のことを忘れてしまったとは……。
彼らしからぬ初歩的なミスであった。仕方ない、これからしばらくはこの火鉢に頼ることにしようと魔理沙を振りかえった。
「魔理沙、すまないがストーブの灯油を切らしてしまっていてね。お望みの温かさを用意してやれそうにない。
今日は冷え込むようだし、冷え込みが本格的になる前に帰っ……たほ……う、が……」
――振りむいたそこには最終鬼畜兵器がいた。
ゴゴゴゴゴ、という効果音が背景にあってもなんら不自然さはない。
黒と白の怪物が、そこにいる。
ゆっくりと、八卦炉を、構えた。
「『果たしてここまで朴念仁か。腹立たしいまでに鈍感である』」
「ま、魔理沙、ちょ、ちょっと、お、落ち着いてくれ。それに言葉遣いが何かおかしい」
「『だがもっとも望ましい形に進んで来ているのはとても愉快だ。我が香霖鈍感改竄素敵計画は香霖の強い命を以ってついに完遂されることになる』」
「な、な、な」
「『いよいよもってピチュるが良い。そしてさようなら』」
――閃光、それに続く轟音。
どかーんと、真冬に季節はずれにもほどがある打ち上げ花火が舞いあがった。
≪終≫
※擬人化されています。
※以上の要素が含まれています。苦手な方はごめんなさい。
森近霖之助が愛用のストーブの灯油が切れていることに気付いたのは、しんしんと雪が降り始めた夜のことだった。
「参ったな」
霖之助は爪を噛んで呟く。こんな時間になるまで灯油が切れていることに気付かなかったのは失策と言えた。燃料の灯油を取引してくれる八雲紫とは連絡の取りようがないし、何より幻想郷の夜は冷える。半妖の彼と言えど、急激に下がり始めた気温の中で一晩を過ごすのは好んだことではない。
「……久しぶりに使ってみようか」
少し考え込んだ後、霖之助は香霖堂の裏手の倉庫に向かった。そこから引っ張り出してきたのは陶器製の壺の様な器具。霖之助の持つ「道具の名前と用途が判る程度の能力」によれば、その用途は「冬に温まるために使う道具」と評されるだろう。ようするに火鉢である。ストーブを手に入れてからすっかりお役御免となりほこりを被っていたこの火鉢だったが、取っておくものだなと霖之助は思った。
火鉢の中に小石を敷き、さらにその上に灰を被せる。あとは熱した炭を3本ばかり適当な間隔で並べて入れて、準備完了。部屋全体にまで暖気が広がるには時間がかかるが、無いよりは充分に温かかった。
換気のために少しだけ窓を開けると、見える夜空にはどんよりとした雪雲がかかり、星も月も覆い隠していた。静かに降り続く雪もあり、今夜の冷え込みは厳しいに違いない。こんな夜に来る客はもう無いだろうと、霖之助が入口の戸の鍵を閉めようとしたときだった。
「……ん?」
何かの気配を感じた霖之助が、思わず呟いて扉へと視線を向けると。
かちゃり、と小さな金属音を立ててノブが回り。
きぃ、と軋んだ音をたてて扉が開き。
かららん。カウベルが一度、音を立てた。
――開いた扉の隙間からそっと顔を出したのは、少女。放たれる弱弱しい妖気と鉄の香りは、彼女が人ではなく妖に属する存在だとすぐに霖之助に気付かせた。真っ黒な外套にすっぽりと身を包み、緋色の髪がそれに対比され一層強く見える。しかしその燃え上がるような髪とは対照的に、浮かぶ表情は困惑であり、おどおどと店の中をうかがっていた。
「……どちらさまかな?」
霖之助のつぶやきに、少女はぎょっと目を見開いて視線を向けた。少女の側からは店内の商品が邪魔になり、声がかかるまで霖之助に気付いていなかったのだろう。少女は相当驚いたのか、こちんとそのまま固まってしまった。沈黙が香霖堂を包む。
「……とりあえず入りなさい、そこは寒いだろう」
扉の隙間から入り込む冬の風を懸念し、霖之助はそう少女に声を掛けた。なぜこんな夜に少女が門を叩いたのかは分からないが、再びこの寒空の下に放り出せるほど彼は優しさが無いわけでもない。面倒なことになったな、くらいは思っていたが。
少女はその言葉に若干戸惑いの表情を浮かべたものの、容赦の無い寒さに負けたのか、おずおずとその小柄な身を扉から滑り込ませ――少女がいきなりすっ転んだ。突然の転倒に今度は霖之助が驚かされ、慌てて少女に駆け寄る。
「大丈夫か?」
少女は霖之助の問いには答えず、幾らか半泣きで赤くなった鼻を抑えながら顔を上げた。傍にかがんだ霖之助の肩を支えにし、やっとこさという表現がぴったりな、おぼつかない足腰でふらふらと立ち上がる。危なげな足取りはどこか身体が不自由なのかとも霖之助に思わせたが、それよりも少女の冷え切った手のひらの方に霖之助は気を取られた。
服の上からも伝わるその冷たさは、少女が長い時間寒冷な空気にさらされていたことを示している。ふむ、と霖之助はあごに手を当てて――少女の手を取った。
少女は一瞬驚いたが、気にせず霖之助はその手を引き――火鉢に両手をかざさせる。ほこほことした温かみは少女にも確かに伝わったようで、またも驚きの表情を浮かべたが、それには困惑よりも喜びが多く含まれている事は見て取れた。
「――、――、――」
少女は霖之助を振り返り、にこりと微笑む。聞いた事の無い言語だったが、それが悪い意味での言葉ではないということは霖之助にもその表情から読み取れた。
◇◆◇◆◇
翌朝。昨晩の雪雲はその身に蓄えたはらわたを吐き出しきったようで、既に雪は止んでいたが、雲自体は未だ空を覆い隠している。くるぶしほどまで雪は積もっており、窓から見える外の景色は一面雪化粧をしていた。
昨晩にやってきた緋色の髪の少女は、火鉢をいたく気に入ったようで今も両手をかざしている。ほっこりと表情を丸めている少女を眺めて、妙なことになったものだと霖之助は軽くため息をついた。
昨晩、冬の夜に放り出すのも酷という事で、結局霖之助は一晩少女を泊めることにした。言葉は通じないものの、身振り手振りで何とかどこから来たのかという質問を伝えると、天井を指差すばかりであり、どうにも要領を得なかった。が、霖之助はある程度の推論をその脳内に展開している。
恐らくは、昨日今日あたりに「化けた」ばかりの、若い若い妖怪なのだろう。化ける前の何か――恐らく鉄で出来たもの――の香りも、妖気も抑えていないのだから。それならば天井つまり空を指さすという行動にも、「行く宛てが無い」という意味であろうということも分かる。加え、手足に障害があるというより、動かし方自体をよく知らないという言い方の方が似合うぎこちなさもその推論に説得力を持たせていた。
しかし、この少女をいつまでも宿らせるわけにもいくまい。さてどうしたものか――
――カランカランカランカラン。
カウベルの音が派手に香霖堂内に響いた。不意打ち気味ではあったが、霖之助からすればこんな鳴らし方をする客(ではないが)など一人しかいないため、さして驚きは無い。
「よぉう香霖! ストーブで暖まりに来てやったぜ」
「出来ればそれ以外の目的で来て欲しいんだが」
「おお、香霖ってば大胆な台詞じゃないか。ま、こんな可愛い乙女の私を前にしちゃ無理も無いか」
「……あぁそうかい」
白と黒を基調にしたエプロンドレスに、右手に持つのは魔女の象徴の箒。鍔広の三角帽子から覗くのは、癖のある金色の髪の毛。現れ出でたるは普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。いつもの格好に加え、今日は左手にバスケットを携えていた。
霖之助は魔理沙の台詞に呆れきった嘆息とともに返事をすると、魔理沙はたちまち頬を膨れさせて見るからに不機嫌な表情を作った。
「何だ何だ。随分と酷い態度じゃんかよ」
「少なくとも理由が分からないほど魔理沙は頭が悪いと僕は思っていないんだがね」
「けっ、せっかくこれを作ってきてや……あ?」
ずかずかと店内に入り込んできた魔理沙の足が止まった。視線の先には緋色の髪の少女がとまっている。少女は魔理沙の来店に多少驚いていたようで、びっくりしたように眼を丸くして魔理沙を見つめていた。
「……えー、っと。こ、香霖、コイツはどうしたんだ?」
「あぁ、昨日の夜にここに来てね。森で迷ってしまったようだから保護していたんだ」
「昨日って、ことは……と、泊まったのか?」
「……そりゃそうだろう」
怒っていたかと思えば今はわたわたとする魔理沙を、霖之助はよく分からないという面持ちで眉をひそめた。少女の方もおろおろと交互に視線を霖之助と魔理沙に移している。
「……あ、あー、そうだ。悪い香霖、急用思い出した! 暇つぶししてる暇なんてなかったんだぜ!」
「……どうしたんだい、魔理沙?」
ぽりぽり頬を掻きながら引きつった笑みを浮かべてそう言い出す魔理沙に、霖之助も少し心配気味に問うた。しかし魔理沙はその質問には答えず、乾いた笑いを返すばかり。そのまま後ずさりの形で背後の扉へ向かい――「風邪引かないようになんだぜー!!」あっというまに箒に飛び乗っていってしまった。
「……何だったんだ一体。……何か失言があったかな」
霖之助は開け放たれた扉を閉めると、小さく呟いた。霖之助にとって魔理沙は妹分のような存在であり、決して邪険にしたいとは思っていない。ゆえに、もし今の様子がおかしい理由が自分にあったのなら責任を感じるし、謝りたいとも考えていた。
「……、――、……」
背後からの異国の言葉。振り返ると、少女が悲しげな表情を浮かべて霖之助の方を向いていた。言葉の意味は分からなかったが、その表情と声の調子で今の言葉が恐らく謝罪の意味か何かを含んでいるのだろうということは理解できる。喧嘩をさせてしまった、と思ってしまったのかもしれない。
「あ、いや……君の責任ではないよ。喧嘩をしたわけではないから」
そう霖之助が言ったが、少女の表情は変わらない。言葉が違うということをすぐに思い出し、今度は身振り手振りを交えて出来る限り簡単な言葉を使ってみるが、うまくいかずじまい。目の前で少女がしゅんとしているというのは好ましいものには思えない。霖之助は、困ったなと髪をかき上げた。
――そうだ。
ふと霖之助は思い立ち、腰をあげて商品の棚へ向かった。少女は、唐突に席を立った霖之助を不思議そうに見つめている。霖之助は棚から一つの商品を取り出すと、少女の髪にそれをとりつけた。
それは小さな花飾り。燃えるように赤い少女の髪の色とよく合う、白い色の花だ。
「それを譲ろう。女の子なら、そう言う物は好きだろう?」
少女はきょとんとした顔で髪飾りをいじっていたが、ふと棚の上に置かれた鏡で自分の姿を見て、ぱっと笑顔を花開かせる。その笑顔を見て、霖之助は安堵のため息をついた。
「――、――、――」
笑顔のままに少女は霖之助に何事かを言った。昨日にも語りかけられたものと発音がよく似ていたため、御礼を言われているのだろうということは推測できる。霖之助は少しぎこちなさそうに微笑みを返した。
◇◆◇◆◇
「それで逃げてきちゃったと?」
「否定できない自分が悲しいんだぜ……」
場所は変わって博麗神社。魔理沙は炬燵に身体をつっぷし、完全にノックアウト状態。その魔理沙を、紅白の二色の巫女装束に身をつつんだ少女、博麗霊夢はあきれ果てたジト目で見下ろしていた。
「別に誰がいたっていいじゃない、せっかく作ったんだから渡してきちゃえば良かったのに」
「無理無理無理だぜ。いくらなんだって、知らんヤツが居たらびっくりするに決まってるだろ」
霊夢が炬燵に入りながら問うと、魔理沙はふてくされたような目で霊夢を見上げながら答えた。そして視線を炬燵の上のバスケットに移し、落胆を示す息を吐いた。
炬燵の上には一つのバスケットが置いてあり、それは先ほど香霖堂へ持っていったものと同じ物だ。中身は蜂蜜をたっぷり使ったアップルパイ。アリスのアドバイスも受けて作ったそれなりの自信作だ。霖之助は半妖であるがゆえに基本的に食事は必要ないが、この冷え込みに参っているだろうと思い、せっせと魔理沙がこしらえたものである。
しかし先ほど渡し損ねてしまった。おかげでアップルパイもすっかり冷めてしまっている。
「あぁー……もう食べちまおうかなこれ」
「……好きにしなさい」
魔理沙の呟きに霊夢は興味も無さそうに言葉を返すと、お茶を一口すすった。魔理沙はその霊夢の反応にますますぶすくれたが、かといって当たる気力もなく、ただぼけっとする以外に何もしようがない。
……それにしても、と魔理沙は思案を巡らせる。あの緋色の髪の少女は、何者なのだろう? 自分は一目見ただけで会話もしていないのだから「何者なのか」という疑問自体が幾分か的外れなのだが、それでも不可解な感覚が魔理沙の中に残っていた。
あの少女からは妖気を感じたから妖怪である事は……いや、それすらも確定していない。妖怪でも人間でも、生物ですらないような、不可思議な印象が魔理沙には焼き付いていた。そう、あれはまるで――
……ォン……
「……ん?」
思考の海に沈んでいた魔理沙を引き揚げたのは、何かの振動音。かすかに聞こえたその音に、魔理沙は身を起こした。
「……何、今の?」
霊夢の聴覚にも今の音は届いていたらしい。怪訝な表情を浮かべて、頭上の天井を睨む。
……ドォン
――ピシッ
若干大きくなった振動音に数瞬遅れ、何かがひび割れるような音が、乾いた冬の空気を通して響いた。
「!」
霊夢の表情が仕事のときのそれに切り替わる。すぐさま炬燵から出て傍の御祓い棒を引っ掴むと、障子を開け放して部屋を飛び出した。
「お、おい!」
魔理沙も慌ててその後を追い部屋を飛び出す。そのまま魔理沙が境内にまで出ると、神社の上方を見つめる霊夢の姿があった。魔理沙は傍にかけより、ひとつ息をついた。
「ど、どうしたんだよ急に」
「……魔理沙あれ見なさいよ」
霊夢の促しに、魔理沙は同じ様に神社の上へ視線を上げると。
「……な、んだありゃあ」
――蜘蛛の巣がそこに張っていた。
空間に放射状の亀裂が走り、バチリバチリとエネルギーを発散する場を求めている。ドォン、とまた一段階大きくなったあの音が再び鳴り響くと、その亀裂は更に範囲を広げた。
「……何かが結界を破ろうとしてる、みたいね」
霊夢がしかめ面をして言った。
幻想郷という土地は博麗大結界という巨大な結界に護られている。これは物理的に存在するようなものではなく、論理的に存在しているものであり、当然目には見えない。元々非常に強力で破れるような代物でもないのだが、百歩譲って破れたとしても、「ひび割れ」という目に見える形で損傷が表れるなど――
ドォン!!
一際大きく音が炸裂し、蜘蛛の巣の半径が一気に広がる。中心部分の空間は今にも剥がれ落ちそうな状態になっており、既に限界を迎えていた。
「お、おいおい。こいつはやばいんじゃないのか……」
魔理沙が冷や汗と共に言葉をこぼした。魔理沙は結界について詳しいわけではないが、目の前のこれを見て楽観的で居られるほど図太くも無い。
「……神社から幻想郷に入り込もうだなんて、いい度胸してるやつだわ」
霊夢は御祓い棒を構え、いつでも術式を展開できるように備える。魔理沙もこの状況で何もしないわけにもいかない。八卦炉をその手に持ち、特大の魔法をぶち込める体勢をとった。
そして。
――蜘蛛の巣が一瞬で蜂の巣に変貌した。
飛び出してきたのは侵入者ではなく、無数の弾幕。結界を穿ったのは暴力の具現だった。
「なっ!?」
霊夢が驚愕の声を上げる。千歩譲って結界の損傷が目に見えるのはいい。だが、単なる弾幕で結界を破るなど、いくらなんでも――!!
「霊夢ッ!!」
魔理沙の鋭い声が飛び、霊夢はほとんど反射のみで横っ飛びすると、刹那の間に続けざまの流れ弾が着弾する。それに続いて魔理沙も半ば転がるようにして死角へとたどり着き、その凶弾から逃れた。
連射は続き、その間休み無く弾幕は石畳を抉り木々をなぎ倒し続けた。射撃が水平に二往復ほど繰り返された後、狂気にも似たその乱撃が止んだとき、二人は心からの安堵を抱いた。
そして穴から、ゆらりと姿を現したのは――
「……っ……」
今度は魔理沙を驚愕が襲う。
――緋色の髪に黒の外套。そこにいたのは香霖堂にいたあの少女だった。
何故結界の向こうからという疑問が魔理沙の心中を埋め尽くすが、すぐに合点が行った。姿は瓜二つだが、目つきが全く違う。あれは別人だと。
現れた少女は、ゆらゆらふらふらと危なっかしく浮かんでいた。その状態でキョロキョロとあたりを見渡し、さらに手を握っては開くのを繰り返している。まるで身体の動かし方をしらない、赤ん坊のようなしぐさだった。
「……何よ、あいつ……」
「……香霖のとこにいたのとそっくりだ」
「え?」
「さっき話したろ、香霖のところに知らない妖怪が――」
その時。まるで霊夢と魔理沙のかすかな会話が聞こえたかのように。
少女の瞳が、ぎょろりとこちらを向いた。
人間でも、妖怪でもない。機械のような、昆虫のような、何も宿らぬ無機の眼。その目に射抜かれて、ゾワァと霊夢と魔理沙の背中に悪寒が這い登った。
しかし少女は大した興味も無さそうに、すぐに視線を二人から逸らし――途端に表情を一変させて顔を上げた。あの目を限界まで見開いて、何かを感じ取ろうかとするような仕草。数秒の硬直の後――大気の鳴動と同時に、爆発的な加速で少女が飛び去っていった。
「……!!」
その飛び去っていった方角を目にして、魔理沙の表情がこわばった。
「……魔理沙?」
霊夢の呼びかけにも答えず、魔理沙はじっと、その方角を見つめる。まさか、あちらは。
「――待ちやがれっ!!」
魔理沙は咆哮し、箒に飛び乗ると幻想郷トップクラスのスピードを証明する最高のスタートを切る。一瞬で最高速まで加速をすると、霊夢が次の瞬きをする間には魔理沙の姿は豆粒の大きさになっていた。
「ちょっと!?」
慌てて霊夢も後を追おうとするが、バチリという結界の割れる音がその足を止める。割れた結界の部分に目を向ければ、今にも砕け散りそうなほど不安定な状態にあった。いくらなんでもこれを放置しておくわけにもいかない。
「あぁもう!」
霊夢は追跡をあきらめ、修復のための術式を出来る限りの最速で組み上げ始めた。
◇◆◇◆◇
「……!」
火鉢のそばで温まっていた少女が、弾かれたように窓へと視線を向けた。その動きに霖之助もつられて本から視線を少女に移す。
「……どうかしたのかい?」
「……」
霖之助の問いに沈黙を持って少女は答えた。ただじっと、視線を窓……そのずっとずっと向こうへ視線を固めたまま、動かない。霖之助も怪訝さをかくさず、もう一度問いかけようとしたところ――いきなり扉へ走りだそうとした少女がすっ転んだ。
昨晩と同じような唐突な転倒に霖之助は面食らったが、デジャヴを感じながらも少女に駆け寄って助け起こす。二度目のためか前回よりはスムーズに立ち上がると、またもすぐさま扉へと向かおうとするが、やはり足腰が安定しないらしく転びそうになる。
「……外に行きたいのか?」
もう一度少女を支えなおして霖之助が問うと、コクコクと少女は首を縦に振った。
……ここで霖之助は二つの選択肢を得る。一つはこのまま少女を放り出すこと。ただ追いだすのが早くなっただけであり、しかも自分から外に行きたいというのだからなんら問題は無かった。ただ、雪化粧した道のりをこの足で少女が目的地まで進めるとは到底ありえまい。
もう一つの選択肢は……。
「……行先はどこだい」
ひょい、と霖之助は少女をおぶり、扉を開けてから尋ねた。少女は霖之助の行動に仰天したが、霖之助は気にした様子もない。小柄な見かけ相応に軽く、運動が得意ではない霖之助でもほとんど重さを感じなかった。
もう一つの選択肢とは、少女を目的の場所まで連れていくこと。霖之助には珍しい合理性を欠いた選択でもあった。疲れるのは自分だけで、何の得もない。それでもこちらを選んだ理由を述べるならば……結局霖之助もなかなかの御人よしだということだろう。
いくらかあわあわとしていた少女だったが真意を悟ったようで、少女はあの言語で何事かを言いながら向かうべき道を指さした。ちょうどそれは香霖堂の東の方角。地理を広く見れば博麗神社への道でもある。霖之助は雪で覆われたその道を、足を取られないように、かといって遅すぎもしないちょうど中間の速度で駆けだした。
◇◆◇◆◇
魔法の森近くの上空を翔ける影が二つ。先行するは黒と赤、後を追うは黒と白。
「待て、こんにゃろう……!」
魔理沙が風圧にギリギリと歯を食いしばりつつ、あの少女に必死で食い下がっていた。
あの少女が向かっている場所は、この方角からすれば……香霖堂。何が目的であるのかは分からない。だが、先行するあの少女と瓜二つの姿をした少女が香霖堂にいたことを考えると、香霖堂の方へ飛んでいることは偶然だとは思えなかった。
「待てっつってんだ、こらぁ……っ!」
魔理沙の何度目か呼びかけか、ようやく少女があの能面の表情のままに振り返る。そのまま少女は緩やかにスピードを落とし始め、やっと止まる気になったのか、と魔理沙が考えた直後。
ドウンッ
二つ、弾幕が少女から放たれた。赤と青の二色、それぞれ単発の自機狙い。弾幕といえば派手さであるこの幻想郷においては、ひどく淡泊なものだった。
――その弾速が尋常でなかったという点を除いて。
「(――はやs……避k)」
真正面から来た何の細工もないそれに魔理沙は全く反応できず、刹那の間もおかずに弾幕が迫り――
――針の穴を通すような正確さで魔理沙と弾幕の間に、何かが割って入り弾幕をはじき出した。
「……え?」
魔理沙も何が起こったのか理解できず、呆けたままに目を丸くさせた。一方の少女も今の弾幕で完全に仕留めたと思っていたのか、無表情だったその顔の上にわずかに驚きのそれが混じっている。
「今のは、少々いただけないわね」
魔理沙の聴覚が背後からの声をとらえた。後ろを向くと、そこには自分と同じ金の髪。両手の指からは人形繰りの糸が伸び、その身の横に2体の人形を侍らせている。
「……アリス?」
「他の誰かにでも見えるの、魔理沙」
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは眉をひそめて言った。そんな操り主の反応とは正反対に、「シャンハ-イ」「ホラーイ」という特徴的な声とともにかわいらしく上海人形と蓬莱人形がおじぎをする。そこまで来て、アリスがあの高速弾幕を防いでくれたのだということをようやく魔理沙は理解した。
「……た、助かったぜ、アリス」
「全く、帰ろうと思ったら……それで、何なのかしらあいつは?」
アリスは眼前の少女に鋭い視線を向ける。少女はあのガラス玉のような瞳をアリスに向け、じぃっと値踏みするように見つめていた。魔理沙たちと少女の距離は、声は届き、かつ撃ちあいになったとしても若干の余裕があるもの。ちょうど弾幕ごっこを始めるときと同じほどの間合いで向かい合う形となっている。
「私にもよくわからん……ただ、結界をぶち破って入ってきた」
「結界って……博麗大結界のことよね? それを破って幻想郷に来たってこと?」
「おう、博麗神社なんて真正面からな」
「……なるほどね、だからあんな速い弾幕を平然と撃ってきたってこと」
弾幕ごっこは、あくまで妖怪と人間がある程度対等に戦える「ごっこ」にすぎない。だからこそ、妖怪は撃とうと思えば撃てる高速の弾幕や回避不可能の弾幕は決して作ろうとしない。
にもかかわらずあの少女は、あれだけの速度の弾幕を放ってきたのだ。考えられる理由はひとつ。彼女がこの郷のルールを知らない、外の存在だということ。
「……それで? 魔理沙はなんであんなのに喧嘩を売っていたの?」
「あー、うー……」
香霖堂へ向けて全速力で駆けていたから、と言うのは憚られた。
むぐむぐと煮え切らない言葉を返す魔理沙にアリスは息を吐くと、正面の少女に向き直る。
「言えないならいいわ。――どうにもあちらさんは、物騒な手段での解決を取ろうと思っているようだし」
緋色の髪の少女は滞空の状態で、あきらかに戦う意思をみせている。
魔理沙一人の追跡ならまだしも、アリスも同時に振りきることは無理だと判断したのだろう。
空に紫電が走り、妖気が渦を巻くのが視覚できるほどにもなっていた。
「さてと、魔理沙。――どうする?」
アリスが魔理沙を振り返って問う。
あの少女は弾幕ごっこという幻想郷のルールを知らない。そして今から開かれる戦端でも、そのルールを知ろうとも守ろうとも思わないだろう。
だから「人間」である魔理沙の弾幕は、通用するかわからない。
それをふまえて魔理沙は答えた。
「決まってるだろ。――弾幕で挑んでくるなら、弾幕で答えてやる」
魔理沙にも意地がある。
その答えにアリスはニッと笑みを浮かべた。
「それは重畳。――来るわよッ!!」
アリスの檄と同時に二人は左右にバラける。
「『8|_4<|< |_@|/[-el』」
脳をずたずたに食い荒らすような声音で少女が何事か呟き――少女の胸元から無数の針が飛び出してきた。
スズメバチの針を思わせるそれらは扇状に拡散し、恐ろしいまでの攻撃範囲となって魔理沙とアリスに襲いかかる。その弾速も尋常でなく速い。
「――ッ!」
不可避。アリスはその三文字を脳に出現させる合間の時間だけで、瞬時に防衛のためのスペルカードを発動させた。
――戦符「リトルレギオン」。
6体の人形がアリスを守るように囲み、同時に障壁を展開する。直後、先陣の針が障壁に到達し、続けて後続の針が激しい勢いで着弾し始めた。連続して激突する針が火花、障壁の破砕片、そして跳弾を周囲に撒き散らす。気を抜けば一瞬で障壁は食い破られるだろう。障壁を魔力で修復しながら、アリスは魔理沙の方へ視線を向けた。
魔理沙は猛追する針の群れから辛うじて逃げ回っている。魔理沙の飛行速度は妖怪にも劣らないが、あの針の弾速はそれ以上だ。その差を魔理沙は弾幕ごっこの経験と鍛えられた先読みで補っていた。
しかしその集中力は永遠に続くことはない。感覚が鈍ってきたことを魔理沙が自覚した瞬間――針がわずかに肩を掠め、その肉を食い破った。
「魔理沙!」
思わずアリスが魔理沙に叫ぶ。
しかし、魔理沙は痛みに顔をしかめるでもなく――逆にニヤリと笑みを浮かべてみせた。
こいつの弾幕、速い代わりに、軽い。
針一つの威力が低いのをカバーするため、この速さと量で撃ち出していることに気付いた魔理沙は、スペルカードを発動させた。
一撃一撃が軽いのならば――全てかき消してやればいいッ!!
「魔符「スターダストレヴァリエ」!!」
発動と同時に無数の星屑が現出し、針と激突する。量と速さは劣るものの威力で勝る星屑たちは、針を打ち消しながら緋色の髪の少女へ向け直進し――爆発を巻き起こしながら直撃した。
「ぃよっしゃぁ!」
魔理沙がガッツポーズを取り、吼える。あれだけの弾幕が直撃したのだ、相当なダメージは与えられている筈。アリスでさえ、そう思った。
――しかし、爆煙が晴れたその場には、平然としたままでいる少女の姿があった。
薄い水色をした結界らしきものに護られ、少女には煤一つついていない。
あの無表情を顔に張り付けたまま、何事も無かったかのように滞空していた。
「……な」
「危ないッ!!」
驚愕で動けない魔理沙の元に辿りついたアリスが怒声を放ち、再び魔法の壁を出現させる。
その壁の出現とほとんど同時に、緋色の髪の少女は第二陣を放ってきた。
青色の単発弾を複数個連結させ、ワインダー状となった弾幕。それらが無数に飛び出してきた。
生きた大蛇のごとくしなる弾幕は、獲物である魔理沙とアリスをその牙にかけんと襲いかかる。
「ぐっ!!」
「アリス!?」
その一群が魔法障壁に激突した瞬間、壁を越えて衝撃が伝わりアリスがくぐもった声を上げた。
先ほどの針の弾幕よりはるかに重い。見る見るうちに障壁が削られ抉られ小さくなっていく。
「アリス、捕まってろ!」
耐えきるのは無理だと本能が警鐘を鳴らし、魔理沙はアリスをひっつかんで一気に上昇した。アリスもすぐさま体制を整えて箒に跨る。さらに続けて、逃走経路をなぞるかのように連結された青い弾幕が追撃してきた。
先ほどとは違い、今度はアリスを抱えている状態のため箒のスピードが目に見えて落ち、あっというまに肉薄された。
「――これならどうだぁッ!!」
八卦炉を構えた魔理沙の激昂が空に高く響き渡る。
先ほどのスターダストレヴァリエよりもはるかに威力が勝り、かつ己が最も得意とする魔『砲』。
「――恋符「マスタースパーク」!!」
八卦炉から放たれた極太の白き閃光が走る。
その光線は迫りくる青い弾幕たちを一瞬にして消滅させ、そのまま緋色の髪の少女までを飲み込んだ。
二度目の爆音が幻想郷を揺らす。
撃ち込んだ物は幾度となく自分を救ってきた得意中の得意スペル。自信はあった。
――しかし魔理沙の勘は同時にこうも告げている。いつもの手ごたえが無い、と。
――事実、緋色の髪の少女はやはり無傷だった。
爆煙の向こうからは汚れ一つ無い、戦闘が始まってから変化の無い、少女の姿がある。
彼女はまたもあの薄水色をした結界に護られており、無表情のままに魔理沙たちを見据えている。
「……オイオイ、洒落になってないぜ」
魔理沙が帽子をいじくりながら茶化すように言った。しかし、その顔には汗を流し、必死に打開策を模索していることが見て取れる。
相手方の少女は動かない。だがその無表情は、「まだやるのか」とでも言いたげであった。
一方アリスは何も言わず、沈黙のままに少女を見る。
……問題はあの障壁。魔理沙の火力ですら傷一つつかない。
だがアリスは、それを驚愕や畏怖ではなく、違和感として受け取った。
――何かタネが仕込まれている、と。
「魔理沙」
「?」
「あの娘の障壁に二回スペルカードを打ちこんでいるけど、どちらの方がダメージを与えられたと思った?」
唐突に放たれた質問に、魔理沙は少しだけ怪訝な表情を浮かべて背後のアリスを振り返る。そんなささいなことが、この状況を打破できるのだろうか?
「……そうだな、スターダストレヴァリエを打ちこんだ方が手ごたえは感じたぜ。なんてか、マスタースパークの時の方があの障壁が硬くなったように思えた」
しかし、魔理沙はアリスのことをよく知っている。彼女が無駄な質問など一切しないことを。
その言葉を聞いてアリスは少し逡巡した後、魔理沙に耳打ちをした。
「良い、魔理沙? ……、……、……」
「……――! ……なるほど。突拍子もないけど……試してみる価値はありそうだな」
アリスの耳打ちに、魔理沙はニヤリとした笑みで答えて。
――直後に放たれた第三陣の弾幕を、二人は左右にバラけて回避した。
少女の放つのは、今度は赤と青の二色の弾幕だった。青の弾幕は周りを囲うように回転させ、赤の弾幕は放射状に延ばしている。回転の遠心力によって弾幕はすさまじいスピードで弾きだされながら魔理沙とアリスへと向かっていった。
緋色の少女の周囲を守りながら回転する弾幕は、接近戦を許さない。さきほどの魔理沙とアリスの会話が聞こえていたのかいないのか、二人の秘策を警戒するように、少女が放つ弾幕は今までの攻撃的な弾幕よりやや守備重視のものに思えた。
――いや逆か。アリスは回避と防御を続けながら思う。
本当にあの少女がこちらを警戒しているのなら、もっと苛烈な弾幕による圧倒的な火力で押しつぶしにかかるはず。にも関わらず、彼女は敢て、守りに回っているのだ。その理由は一つ。
「やってみろ」という、挑発。
あの無表情からは想像もできないが、なかなかどうして、曲者のようだった。
「――行くぜぇッ!!」
魔理沙の声がひときわ大きく響き渡ったのはその時。
魔理沙が弾幕の網を抜け、さらに高く上昇をしていた。
追撃の弾幕が追いつくまでの僅かな間に、魔理沙はスペルカードを発動させる。
「恋心「ダブルスパーク」!!」
莫大な魔力の奔流が、空に迸った。白い閃光が二つ、魔理沙の八卦炉から撃ちだされていく。
威力も攻撃範囲も単純に倍加するが、もちろん消費する魔力も二倍。加え、コントロールも目に見えて落ちる大味なスペルカードだ。
魔理沙は暴れ馬を無理矢理に乗りこなすかのように、その魔力の大砲を強引に横薙ぎする。閃光は赤と青の弾幕をまとめてその腹に収め、その中心にいた少女をも食らった。三度目の爆発と轟音の後――そしてまたも同じ光景を魔理沙は視界にとらえた。
当然のように、何事もなかったように、あの水色の壁に守られた少女の姿。今までと全く同じ……いや、微妙に異なっているか。
それは少女の表情。浮かんでいるそれこそ無表情だが、そこから僅かにひとつの感情が読み取れた。
――失望。何かを考え付いたかのように思わせておきながら、結局は単なる力押し。それでは拍子抜けもやむなしだろう。
「……安心しろよ」
魔理沙はにやりと笑いながら、通じぬ言葉で語りかけた。
ぴくり、と緋色の髪の少女が反応する。
「本命は、まだだ」
――瞬間、少女の目の前にたゆたう爆煙の向こう側から、一発の弾幕が飛び出してきた。
それは、たった一発。あの星屑やレーザーに比べれば、雀どころか蟻の涙にすら劣る威力。そんな弾幕が、鋭く、速い一撃となって緋色の髪の少女へせまりくる。切り裂かれた煙の向こう側に、少女はアリスの姿を捕えた。
そして、その一筋の弾幕は――水色の障壁を『すり抜けた』。
少女の無表情が崩れ、驚愕があらわになる。
躱せない。それを少女が認識した時。――かつん、と弾幕は軽い手ごたえを持って少女の顎を揺らした。
たった、それだけ。ダメージなど無に等しい。それなのに――少女は目の前が真っ暗になった。
◇◆◇◆◇
緋色の髪の少女が大きく体勢を崩したのを見て、アリスは自分の予想が的中したのを確信した。
少女を守るあの障壁のカラクリは、より「強い」エネルギーに比例して頑強になるというもの。だからこそ、スターダストレヴァリエよりもマスタースパークに対して硬くなったと推測できる。それなら、護る必要もないほど「弱い」威力の攻撃ならば――その考えは、正解だったようである。
顎を揺らされることで、その振動は脳にまで響く。少女はぐらりぐらりと中空で揺れた後――重力という怪物の舌にからめとられて、地上へと落下していった。
「――ってやべぇっ!!」
魔理沙が箒の速度を最大にまで一気に引き上げ、落下していく少女へと向かっていく。この高さだ、気を失ったまま地面にたたきつけられれば、無傷では済まないだろう。地上が目前にまで迫った距離で、魔理沙は少女に手を伸ばし――
大地に打ちつけられる直前に少女は身をひるがえし、さらに受け身を取りながら地面に着地した。それでも運動エネルギーを相殺しきれなかったか、雪面を大きく滑り、大木にぶつかったところでようやく止まる。
「うおわたたたたっ!!」
「魔理沙!!」
今度の問題は魔理沙であり、あれだけのスピードで地面へ一直線に降下したため、急ブレーキをかけようにも慣性は容赦なく魔理沙を地面を引きつけ――アリスの伸ばした糸によって事なきを得た。
アリスと魔理沙はそのままゆっくりと地上へと降り立つ。緋色の髪の少女とはだいぶ距離があり、奇襲をされる恐れはない。一方、少女はダメージが抜けきっていないのか、片膝立ちでうずくまり、右手で額を抑えている。
だが少女の目は決して萎えていない。むしろ炎のように燃え盛り、隙あらば攻撃を打ちこんでくるであろう気概を見せていた。魔理沙とアリスも油断なく、少女を見据える。
軋む空間にひりつく空気、いつ戦闘が再開されてもおかしくない殺気に満ちた森の中。
――そんな場所に水を差したのは一つの足音だった。
「……ん?」
「……何?」
「……?」
魔理沙、アリス、少女が三者三様にその音に対して疑問を抱き。木々の間から一つの影が飛び出してきた。
その姿は。
「……な?」
「……え!」
「……!」
――燃え盛る炎のような緋色の髪と静かな闇を思わせる黒い外套。たったひとつ異なる点は、白い花の髪飾り。
うずくまっている少女と全く瓜二つの少女が、魔理沙とアリスの前に立ちはだかっていた。
足はがくがくと震えており、生まれたての小鹿の様。それでも両手をいっぱいに広げ、背後の少女を守るように。
「……ぶ、ぶんしんのじゅつ?」
「いやアリスそんなんじゃないぜ。あいつは……」
呆けたように言うアリスに魔理沙が続ける。たった今あらわれたもう一人の少女の正体は、恐らく――その言葉を続ける前に、またも駆け足の音がそれを遮った。
「……急に飛び降りて走り出したかと思えば……というか、そんなに速く走れたのかい」
香霖堂の店主、森近霖之助が木々の間から荒い呼吸をしながら姿を見せた。
膝に手をついて呼吸を整え、霖之助は顔をあげる。
そこには何故か妹分と人形遣い、たったいま背負っていた少女と、それに瓜二つの少女。
……さすがの彼と言えど、状況はどうにも理解しがたかった。
「香霖! お前、なんでここに」
「いや魔理沙、それは僕の台詞なんだが……」
「ちょっと魔理沙、そもそもあのそっくりな子は誰なのよ?」
わいのわいのと喋る人間と半妖と魔法使い。両手を広げていた少女はあわあわと視線を動かし、ついにはすがるような眼で、後ろの少女を振り返った。
――うずくまっていたはずの少女は、立ちあがっていた。
今までの間で回復したのだろう。頬に一筋だけ傷が走っていたが、しっかりとした足で一歩を踏み出し、ざくりという湿った雪を踏みしだく音を森に響かせた。その音で魔理沙とアリスは少女の方へと視線を向け、そしてまた臨戦態勢を取る。
「……まだやる気かよ」
少女は魔理沙の問いかけには答えない。あの無表情のままである。
再び張り詰め始めた空気に、だれしもがごくりと唾を呑んだ。
「――はい、そこまで」
だから場違いに落ち着いたその声が響いた時、そこにいた全員の気が抜けてしまった。
そして、パンパンという柏手(かしわで)の音によってその声の聞こえてきた方向をみやる。
ふわりとした金髪と、和洋中全てが混ざり合ったような奇妙な服。
いつからいたのか、どこから来たのか。全ての境界が曖昧な女が、ゆらりと地面に舞い降りた。
「双方、気を収めなさい。この勝負、八雲紫が預かりましたわ」
◇◆◇◆◇
それから半刻程。一同は博麗神社のお茶の間で輪になっていた。
もちろんこの状況に至るまでに、紫がスキマで魔理沙たちを神社へと速達したり、結界の修復をしていた霊夢の怒声を浴びるなどの一悶着を経て、ようやく落ち着いたところである。
「「「機械?」」」
霊夢、魔理沙、アリスの3人が口をそろえて言った。
髪飾りをつけた少女が少し反応を見せた。こちらは先に香霖堂にいた方の少女だ。
魔理沙たちと弾幕戦を行った頬傷のある少女の方は、会話に興味がないのかぼうっとした無表情で窓に視線を向けている。
「そうね。この子たちは元々、外の世界の機械。外、とはいっても、直接の外の世界ではないけれどね。妖気を浴びた結果として一時的に妖怪化してしまったそうなのよ。
髪飾りの子が幻想郷に迷い込んでしまって、もう一人の子はそれを探しにこちらへ」
隣に座る紫がにこやかな笑みを浮かべたまま、少女たちがどうしてこのようなことになったのかを説明した。
「成程、道理であれほど転んだり上手く立てなかったりしたわけだ」
霖之助が納得したようにうんうんと首を縦に振る。
「機械の付喪神、ねぇ……機械が妖怪化するなんて、聞いたこともないけれど」
霊夢が茶をすすりながら呟いた。その視線の先に髪留めの少女がいる。髪飾りの少女は霊夢に見られていることに気づいたか、横に座る頬傷の少女に少しだけ寄った。
「そうでもないわよ。昔からデウス・エクス・マキナというものがいるしね。アリスさんならご存知かしら?」
唐突に話を振られてアリスは少し驚いたようだったが、少し息をついてから会話に加わった。
「機械仕掛けの神のことね。あれと彼女たちは、別物のように思うけれど」
「あらあら、それはどうして?」
「あれは元から機械によって作られた神だけれど、彼女たちは機械そのものが妖怪となった。妖気に当てられただけで妖怪化するには、少々無理があると思うけれど」
「そうかしら? 彼女たちはこれでも、千年は生きているそうよ」
今度こそ紫を除く全員の目がまん丸になって、一斉に二人の少女へ向いた。髪飾りの少女はその視線から逃れるように、頬傷の少女の後ろに隠れる。一方の頬傷の少女は、相も変わらずさしたる興味もなさそうに窓から空を眺めていた。
「もっとも、近年まで封印されていたそうだから。動いている時間という意味ではもっと短くなるようだけれどね」
「……確かに千年も存在していられるなら、妖気を浴びただけでも妖怪化出来るかもしれないわね」
千年と言えば、大妖怪の寿命にも匹敵する。アリスも疑念が晴れたようで、一つうなずいてから呟いた。
「あー、でも、まぁ……」
ぽりぽり、と今度は魔理沙が頬を掻きながら煮え切らぬような言葉を吐く。
「なんて言うか、それにしちゃあ……機械っぽくないよなぁ、あんたら」
その言葉が予想外だったのか、霊夢とアリスが少し驚いたように魔理沙を見た。
「いやいや、確かに表情があんま変化ないのは機械らしいぜ? でもそっちの髪留めの方は感情があるように思えるし、私らと戦った方も……あんたの弾幕は血の通ったもんに思えた」
すっ、と窓の方を向いていた少女が、初めて視線を魔理沙に向けた。言葉は分かっているはずもない。けれども、闘った者同士で分かりあう何かを感じ取っているようだった。
「……ふふ、魔理沙の言うこと、一理あるかもしれないわねぇ」
紫が気味の悪い微笑みでそう言った。
頬傷の少女は魔理沙を見つめていたが、くいくいと外套を引かれて視線をそちらに移す。髪飾りの少女がじっとその顔を見上げていた。
「彼女たちは、血と涙の代わりにオイルを、温かい体の代わりに冷やかな合金を持っている。それは感情を持てない理由には、ならないでしょうね」
ふう、と頬傷の少女は息をはき――髪飾りの少女の髪をしゃくしゃくと撫でる。
紫はその様子を見て、あの気味の悪い微笑みをやめ、温かな血の通った笑みを少女たちへ向けた。
「――失礼をする」
そこへ、凛とした声が通るのと同時に障子が横へと滑った。
廊下に坐しているのは、九尾の狐にして八雲紫の式神、八雲藍である。
「準備が整った。元の世界へ、お送りしよう」
◇◆◇◆◇
やや強い風に木々が揺れる。博麗神社の石畳の上の空間に、人二人ほどが通れる隙間があいていた。
隙間の向こうは白い靄のようなものに包み隠されており、内部は不鮮明である。
「ここをまっすぐに抜ければ、お二方の元いた世界だ。視界は少し悪いかもしれないが、一本道だから迷うことは無いだろう」
藍の身振りを交えた説明は二人の少女にも伝わったようで、こくりと頷いた。
「いや、でも悪かったな。仲間を探しに来ただけなのに、喧嘩売っちまって」
「二人がかりでの勝負になってしまったし、もし今度があったなら、ここのルールにのっとった弾幕勝負をしましょう」
「……石畳とかの弁償は勘弁してあげるわ。次に来ることがあったら静かに頼むわよ」
魔理沙、アリス、霊夢がそれぞれ言葉を告げる。頬傷の少女は三人の顔をゆっくりと見渡して――ぎぎぎ、と軋む音が聞こえてきそうなほどぎこちなく――微笑みを浮かべて見せた。
一瞬の沈黙の後。ぷ、と魔理沙が噴き出したのを皮切りに、霊夢とアリスもくすりと笑う。笑われたのが不服なのか、頬傷の少女は僅かにむくれた。それがまた、今まで彼女に抱いていた冷徹な機械の印象を崩してしまい、またも三人はけらけらと笑った。
一方、髪飾りの少女はとてとてと霖之助に歩み寄る。ん、と霖之助が声をかけようとすると、少女は――髪飾りを外して、霖之助へと差し出した。
「……ふむ」
霖之助自身は譲ろうと考えていたので返ってこなくても良い品物だったが、返してくれるという少女の優しさを無碍にすることは出来まい。あるいは対価を無しに物を受け取るのは失礼だと考えたか。
ツケという口実で幾度となく商品を持ち帰っていく魔理沙と霊夢にも見習わせたいな、と霖之助は思った。
「確かにお返しいただきました」
髪飾りは少女の手から霖之助の手に移る。その時、ほんの少しだけ少女の瞳に名残惜しげな光が宿ったのを霖之助は見逃さなかった。
「またここにいらっしゃった時には、とてもお安い値段で、お譲りしますよ」
霖之助の言葉に、うつむいていた少女の顔があがる。そして、花がゆっくりと開いていくように少女の顔の上に笑みが広がり、弾けんばかりに満開になった笑顔で少女は霖之助の手を取ってぶんぶんと振った。
頬傷の少女が髪飾りを外した少女を呼び、二人は隙間の前で一度振りかえる。
頬傷の少女は魔理沙とアリスと霊夢へ小さく一度、髪飾りを外した少女は霖之助へ大きく三度、手を振った。
別れを告げた二人の少女は、隙間の中へと消えていく。
靄に隠れて姿を完全に捉えきれなくなるほんの数秒前――その影が緋(あか)い蜂のように見えたのは、誰かの錯覚だったのだろう。
◇◆◇◆◇
さて、その後は解散となり、自宅の香霖堂に到着した森近霖之助を、意外な人物が待ちうけていた。
「よう、香霖。遅かったじゃないか」
「……君の飛ぶスピードと僕の歩く速度を比べられても困るんだがね」
行儀悪くカウンターに腰掛けて帽子のつばを上げたのは、霧雨魔理沙その人だった。
にひひ、歯を見せて魔理沙は笑うと、カウンターから離れ霖之助の前に立つ。
「外寒かったろ? 今日はこの冬三番目くらいの冷え込みらしいぜ」
「それはまた随分と中途半端だね。……いやまぁ、確かに寒いな。何か温かい物がほしいところだ」
「だよなだよな!?」
突如、魔理沙が目を輝かせて大声を出したので、霖之助は少し驚いて二歩ほど引きさがる。――そしてその衝撃で、忘れていたことを思い出した。
「だ、だからアップルパイを作ってやr」
「しまった!!」
何かを喋りだそうとした魔理沙の横をさっと抜け、霖之助は愛用のストーブへと駆け寄る。もちろん燃料の残量を示すメーターはすっからかん。
――せっかく八雲紫と出会えたというのに、灯油のことを忘れてしまったとは……。
彼らしからぬ初歩的なミスであった。仕方ない、これからしばらくはこの火鉢に頼ることにしようと魔理沙を振りかえった。
「魔理沙、すまないがストーブの灯油を切らしてしまっていてね。お望みの温かさを用意してやれそうにない。
今日は冷え込むようだし、冷え込みが本格的になる前に帰っ……たほ……う、が……」
――振りむいたそこには最終鬼畜兵器がいた。
ゴゴゴゴゴ、という効果音が背景にあってもなんら不自然さはない。
黒と白の怪物が、そこにいる。
ゆっくりと、八卦炉を、構えた。
「『果たしてここまで朴念仁か。腹立たしいまでに鈍感である』」
「ま、魔理沙、ちょ、ちょっと、お、落ち着いてくれ。それに言葉遣いが何かおかしい」
「『だがもっとも望ましい形に進んで来ているのはとても愉快だ。我が香霖鈍感改竄素敵計画は香霖の強い命を以ってついに完遂されることになる』」
「な、な、な」
「『いよいよもってピチュるが良い。そしてさようなら』」
――閃光、それに続く轟音。
どかーんと、真冬に季節はずれにもほどがある打ち上げ花火が舞いあがった。
≪終≫
このような拙作をここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
また、人類の宿題をひとつ減らしてくれたシューティングゲーマーMON氏にも、この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。
それでは失礼しました。
ケイブシューやったことないけど、噂には聞いてます
いい感じにすらりと読めて、充分興奮しました。
素直な展開の寄せ集めとは感じましたが、やはりクロスなんてするからには素直な展開でないとだし、逆に素直な展開だからこそ興奮したとも言えますし。
差し引いた10点は、モテる霖之助が嫌いな俺のいちゃもんですので、お気になさらず……
いつかケイブネタやろうと思ってたのに先を越されたw
不覚にもデスレネタなのに気付くのが遅れたのが悔しいですw
ブラックレーベルはBlackLevelではなくBlackLabelだとか緋蜂さまふたりは開幕針弾連射しないよとかブラックレーベルなら洗濯機なんとか避けられるレベルなんじゃないかとかボムバリアの持続短けえwとか、あと大復活なら最終鬼畜兵器じゃなくて極殺獄戮至高兵器キリサメ・ディザスターなんじゃとか突っ込みながら読んでました。
でもさくさく読み進め、楽しめたので90点。
え、私?大往生B-Ex4面で全滅する腕ですよ…
なのでコアな部分は他の方にお譲りするとして。
素直に面白かったです。で、噂によるとまだ人類の戦いって終わらないんですよね……
……乾杯。
だけど私に大往生をプレイさせたのは緋蜂の弾幕なのです。
圧倒的な暴力の塊に私は魅力されました。
いつか絶対たどり着いてやりたい。そう思いました。
彼が、MON氏が緋蜂を墜としたと聞いた瞬間、狂喜乱舞しました。あれを墜とす人間がいたのか! と。
それと同時に、胸を踊らせました。人間にも倒せるんだ、と。
緋蜂はいつか倒したい存在です。
だから、最終鬼畜兵器の名前が入ったタイトルを見た瞬間、私はクリックをしていました。
とても面白かったです。
このSSを書いていただき、ありがとうございました!
楽しく読めましたw
なるほど。
返信をば。
>2さん
ケイブシューも面白いですよー。
とはいっても自分は下手すぎて全然できないんですがorz
素直な展開と言っていただきどうもです。
>>5さん
ありゃ、同じことを考えていた方がいらっしゃいましたか。
出来れば貴方のその作品もいつか読みたいです。
うわぁぁぁぁleetのスペルミス赤っ恥ものです/(^o^)\ ご指摘ありがとうございます。
あ、針弾については、弾幕ごっこをした彼女は、「一人」で出てきたので針の方を撃ってきたようです。「二人」で弾幕する時には赤青の弾幕になるようですが。
それと洗濯機の方は今回は撃ってませんね。三つしか攻撃を行っていないので。
ボムバリアの方は俺設定です(^p^)
キリサメディザスター吹いたwwww 確かに大復活ならそっちの方がしっくりきますねww
楽しんでいただき、ありがとうございます。
>>7さん
GAMEバンドの公式ブログにあることですね……いやはや、どんな闘いがこの先にあると言うのか……
自分には永遠にたどり着けない境地の話……乾杯。
>>9さん
読了多謝です。
面白いと言って頂けて幸いです。
>>14さん
なんと熱い御方か! その熱意があれば、いつの日か倒せる日が必ず来るでしょう。
圧倒的な力というのはすごく魅せられますよね。
応援しています、頑張ってください!
そしてお褒めの言葉をありがとうございます。このSSを読んでいただき、どうもでした。
>>17さん
魔理沙の台詞はcaveの中でも特に人気の高いキャラクターのパロディでっす。
お読みいただき、ありがとうございます。
>>18さん
あれまで来たらえらいことになりますがなwww
>>21さん
はい、あの方です。
そして敗北した彼女らは、一度幻想郷に逃げ込みました。
けれども元気が出た今となっては、今までとなんら変わらず、挑戦者の前に立ちふさがり続けるでしょう。
某ラスボスの弾幕が目に浮かぶような丁寧な表現、話作りが非常によくできてて面白く読ませて頂きました
この手のバトルものSSをあまり読んだことがなかったのですが、かのゲームに相応しい雰囲気がしっかりにじみ出てると思います
東方とのクロスとしての絡みも十分で、知らない人も十分に楽しめる作品ですね。素敵でした!
夜空さんからコメントを頂けるとはまさに恐悦至極。援助交際などを読ませていただいております。
STG最強と名高い某ラスボスの弾幕を文字にするという恐れ多いにもほどがある所業でしたが、
目に浮かぶようとまで誉めていただけるとは作者冥利に尽きます。
caveをあまり知らない方にも楽しんでいただけるように書いたつもりですが、失敗したらどうしようとも心配しておりました。
なので、そう言っていただけるととてもうれしいです。
コメントありがとうございました!
擬人化緋蜂の二人(匹?)が可愛くてキャッキャウフフしたいです><
大佐「萌えるがよい」
擬人化したのでちょっとビクビクしてましたが、そう言ってくださるととてもうれしいです。
コメントありがとうございましたー
緋蜂かわいいよ緋蜂
コメントどもです。
ツインビーをぐぐってみました。おお、だいぶ昔のゲームなんですね。
プレイできる機会があったらやってみたいです。
可愛いと言ってくださってありがとうございます。
面白いと言っていただき、ありがとうございます。
コメントどもでした。
ボムバリアのただ避けるしかない絶望感が欲しい気もしますが、まあ緋蜂さんも本気ではないということなので、これはこれで。
感想ありがとうございます! 自縄自縛シーケンスなどを読ませていただいております。
井上淳哉氏のイラストは自分も大好きです。
絶望感を出せていなかったのは自分の描写不足でした……精進いたします。
それでは失礼しました。
あの不敗伝説を破られれば、そりゃあ落ち込みますよねw
しかし、一つ間違いが…
"彼"は『一人の人間』ではなく、最早『一柱の神』または、それすら超越した存在だと思われますね…
ちなみに自分は大往生は1-4ゲームオーバー安定です。
大復活は]-[|/34<#!様の後光拝めたのになぁorz
P.S
]-[|/34<#!様の第二形態の人間型が想像以上に格好いい女の娘でビックリ。
しかし最近はzatsuzaやらドゥーム様やらに真ボスの座を追いやられて可哀想で…
はっ…!この流れは幻想入りに…!?
コメントありがとうございます。
機械だって、落ち込んだり悩んだりすることもあるのです。ましてや本当の意味での無敵無敗を誇っていたのですから。
でも今は元気が出たようで、またいつも通り、第二の撃破者が現れるまで、挑戦者たちを迎え撃ち続けることでしょう。
それを破ったあの方ですが、いえいえ彼は人間ですよ? あの人はきっと最初から最後まで、人間としてあの所業をやり遂げたのだと思います。だからこそ、凄いのです。……まぁぶっちゃけ人力チートレベルだとは思いますがねw
ちょ、大復活そこまでいったんですか。自分はそれすら雲の上の話なんですが/^o^\フッジサーン
そしてそのボスが幻想入りするフラグがががが。あれまで来たらすさまじい弾幕戦が繰り広げられそうですね。
それではどもでした。
戦闘シーンはどうなることかと思いました。
コメントありがとうございます。
こんなに遅い返信になってしまい、申し訳ありません。
元となった作品もここまでに出てきている単語をぐぐればすぐに出てくると思います。
読んでいただきありがとうございました。
にしても、まさかこのあと最大往生で蜂が少女で二人出て来るとはw
未来は分からないものですw
2年越しの返信となってしまいましたが、お読みいただき、ありがとうございます。
確かに再大往生はびっくりしましたね……w