月がまるで魔力を盛ったかのように輝いている夜。誰もいない寂れた寺に一人の少女が入ってきた。その少女は寺に誰もいないのを確認すると、何も言わず寝る準備をしていた。ふとしたはずみで、寺の奥の間を見ると、何かがぴかっと光った。
「なんだ?」
不思議に思って調べてみると、そこには寺には似つかわしくないきれいな鏡が置いてあった。その鏡を見た瞬間彼女は驚きの声を発した。なんと鏡の中にいる自分の姿が動いたのだ。さらに驚くことには、鏡から飛び出してきて、話しかけてきたのだ。
「ああ、こんばんは。やっとあなたから抜け出せたわ。これで私は自由よ。」
そういうと、声をかけるまもなくその分身は寺から出て行った。
さびたぼろや。映姫はそれの前に気難しげな様子で立っていた。やがて何かを決心すると、いつもやっているようにその家の中に入り、住人の名前を呼んだ。
「八雲紫、いるんでしょう?おはなしがあります。出てきてください。」
そういうが早いが、空間が裂け、そこには疲れた顔をした隙間妖怪が立っていた。顔色は悪く、表情が無い。
「何かしら閻魔様?」
彼女はぐったりした様子でそういった。
「だいじょうぶですか?また幻想卿のことで何かあったんですか?」
「人手が足りないのよ。それだけよ。それよりも用件をお願い。」
「実は」映姫は是非曲直庁から危険な鏡が盗まれて地上に隠されたことを話した。そしてその鏡がもたらした被害についても語った。
「鏡を見たものの分身が人や町を襲っているようなのです。しかもその分身があろうことか不老不死なのです。そこであなたに協力を頼みたいのです。」
紫はいつものほほ笑みを取り戻しながら、映姫が持ってきた問題に協力することに応じた。
「そのかわり、」
紫は映姫にあることを話した。
「いいでしょう。その条件で。本来ならばあまりよくないことですがしかし背に腹は変えられません。」
映姫は紫が突然笑い出したのを見て何か不信感を感じたが、それが具体的に何かまではわからなかった。しかしとりあえずその家を後にした。
「さて忙しくなりそうね。」
紫はひどくゆがんだ笑みを浮かべていた。
「ちょっと尋ねたいんだが。」
「ああなんだい、お嬢ちゃん。」
「最近ここらで人殺しが起きなかったかい?」
「そういえば聞いたことがあるぜ。なんでもかわいい少女の姿をしていて、泊めてくれって頼んでくるんだそうだ。それで泊めてやると、突然狂ったように暴れだしその家のものを皆殺しにするんで怨霊の仕業だとうわさされているそうだ。」
「それがどこで起こったかわかるかい?」
「いや、たまたま人のうわさで聞いたぐらいだからなあ。」
「そうか。ありがとう。」
もんぺにお札をべたべたと貼り付けている奇妙な格好の少女はため息をついた。彼女の名は藤原妹紅という。いろいろなことがあって不老不死になった人間なのだが、数年前、ある鏡を見てから各地で自分の分身と思わしき者が、人を殺しまわっているらしく、その行方を追っていた。
「まただめだったか。」
妹紅は重々しく言葉を吐く。分身はおそらく自分と同じで死なないから、いつまでも人を殺し続けるだろうと思うとやりきれなさがこみあがってきた。それは自分の分身なのだ。今までに自分が思ってきたことが具現化したんではないかと想像してはつらい気持ちになった。そんなことを思いながら町の外の出ると、いきなり男女の二人組みに道をふさがれた。
「とうとう見つけたぞ、親の敵!」
妹紅はぎょっとした。そしてこの男に何が起こったのかを悟った。しかしどうすればいいのだろう?
じぶんは、死なない。
「よくも、よくも俺の母ちゃんと父ちゃんを殺しやがったな。許さん、許さんぞ。」
そういった途端に二人は自分に襲い掛かってきた。妹紅は抵抗しようとしたが、力が入らない。自分が起こしたことの罪悪感で胸がいっぱいになっていた。それでもつかまらない程度には身をかわした。
「彩花、そっちを頼む。はさみうちにするんだ。」
「わかりましたわ。」
彩花と呼ばれた女性はすばやく妹紅の背後に回りこみ、その背を押さえた。ありえない!妹紅は思った。人間が出せるような力ではないのだ。
「つかまえましたわ。あなた、いまです。」
「よしカクゴしろ。」
妹紅はあらん限りの力であがいたが、いかんせん後ろにいる女性の力がすごいので、どうすることもできなかった。そこでさっきの罪悪感が戻ってきた。妹紅は力が抜けていくのを感じた。そうなったとき妹紅はあきらめた。妹紅はこの人たちが自分は死なないことを知ったとき、どう思うだろうかと想像してみた。そこまで考えたとき妹紅は「またか」と思った。そして目の前にいる男が自分に手をかけようとしたとき、突然、力強い声が聞こえてきた。
「そこまでです。この棒が見えないのですか?私は閻魔です。この人間は私が預かります。」
「大丈夫ですか?」
妹紅はびっくりして口も利けなかった。自分が閻魔にあうなど夢にも思っていなかったからだ。
「残念ですが、あなたを迎えに来たわけではありませんよ。それは不可能です。私が来たのは別の用件です。そこのふたり、とくにあなた。復讐はとてもよくありません。そんなことをすればすぐにでも地獄に落ちてしまいますよ。」
「閻魔さま、そこをどいてください。殺させてください。お願いします。そいつは極悪人です。ですからぜひとも私の手で。」
「やめなさい、この人間はその殺人とは何の関係もありません。」
「しかしそっくりなんですよ、なにからなにまで!私ははっきり顔を見ました。こいつです。まちがいありません。」
「いいかげんにしなさい。とにかくやめるのです。そして隣にいる女性と一緒に平和に暮らしなさい。それがあなたにできる善行です。」
男は不満を顔の浮かべていたが、さすがに閻魔様には逆らうのは愚孝とわかったらしく、「彩花、いったん引くぞ。」と言った。
「残念ですね、後一歩のところでしたのに。」彩花は悔しそうに言った。
閻魔は突然あることに気づいたらしく、
「あなたはいったい何をしているのです?」と訊いた。
「私は私の好きなようにやっているだけよ。」
そういって二人はこの場を去っていった。
「私の名前は四季映姫といいます。」
妹紅は閻魔の強力なプレッシャーにひるんでいた。怖そうな人だ。妹紅はそう感じた。
「だいじょうぶですか、あなた?とにかく私はあなたにお話しがあってきました。あなたが是非曲直庁で問題になった「穢れの鏡」を見てしまったと言う報告があがっているのです。そしてどうやらそれは間違いないようですね。」
「それで、その「穢れの鏡」ってやつはいったいなんなんだ?」
「その鏡を見た人間の抑圧していた欲望を具現するものです。もちろんあなたが悪いわけではありませんよ。しかしそう入ってもあまり意味はありませんね。」
とそこで一口ついでから映姫はまじめな顔で言った。
「その分身の情報を提供するために私はやってきたのです。そこで一人協力者を呼んであります。とりあえずその協力者のもとまできてくれますね?」
有無を言わせぬ口調だったが、妹紅はうなずいた。理由はいろいろあるだろうが、これは自分の不始末なのだ。それをなくすことができると考えると少し元気が出てきた。
映姫についていくとそこはとても古そうなぼろ屋だった。しかし中に入った途端、いかにも生活感あふれる部屋になったので驚いた。さては妖怪の棲家か?と思ったが、この際どっちでもいいと考え直した。おくまで入っていくとそこには気味の悪い笑みを浮かべている女性が待っていた。
「はじめまして、藤原妹紅さん。わたしは八雲紫と申しますわ。」
「そんなに警戒すること無いじゃないの。」
妹紅は目の前にいる女性から眼が離せなかった。わけのわからない混沌があるように思えた。こんなわけのわからない相手を前にして油断するわけにはいかなかった。
「そんなに緊張することはありませんよ。ここでは、ですが。では八雲紫。説明をお願いします。」
「わかったわよ。せっかくの閻魔様のお願いなんだから、まじめにやるわよ。」
そして紫は話し始めた。妹紅の分身のことを。人を何人殺したかを。人を何人裏切ったかを。
居場所はわかった。しかし妹紅はやりきれなかった。映姫は気に留めるなといってくれたが、それでも罪悪感は恐ろしいほど募っていった。紫は話し続けた。
「分身を消す方法は簡単よ。あなた自身の力で分身を倒せばいいわ。そうすればあなたの魂が元に戻るわ。」
妹紅は独りで瞑想がしたいといってその場から離れていった。映姫は紫に「そういえば幻想卿はどうですか?」と訊いた。紫は一瞬仮面のように表情が固まったが、すぐいつものニヤニヤ笑いに戻って、
「ええ、順調ですわ。」
となめらかに言った。映姫はまたあの不信感を感じた。そして「彼女に言ったことは本当ですか?」と訊ねた。紫は「それはあなたが一番よくわかるんじゃないかしら?」とかえした。映姫は不安になって妹紅のほうに向かった。紫は再び死んだような表情にもどり、外の景色を眺めた。そこには一本の花が不自然に咲いていた。紫はにやっと笑った。
「何を考えているのかしらあいつ。もしかしたら、ああ、そういうことね。あの男のことがすきなのね。あいつったら、やっぱり変わってるわね。」
彼女はこうわざとひとりごとをいいながら、花から目をそらした。
村はずれの小さな小屋。そこで彩花は何かに耳を澄ましていたが、何か情報を得たのか男にうれしそうな表情で話しかけた。
「あなた、奴の居場所がわかりましたわ。」
「なに、ほんとうか!」
男は彩花からそのことを聞くと「おい、出かける準備だ。」といった。
彩花は「ええ、わかりましたわ。」といって出かける準備をしながら鬼のような表情してつぶやいた。
「わたしはスキマだろうが、閻魔だろうが、不老不死だろうが殺してみせる。あいつの計画なんてぶち壊してやるわ。」
ある農家の家に一人の娘がやってきて、今晩の宿を頼んできた。その家の人たちは喜んでその娘を泊めた。いろいろな歓待をされて夜食が運ばれた瞬間に娘は言った。
「ああ、だめだわ。ぜんぜん足りない。」
そういったかと思うと、いきなり手から火を出しはじめて、家の人たちに襲い掛かった。家の人は全員慌てふためいて助けを求めたが、娘は、
「だめですよ、そんなこといっちゃあ。」
と受け付けない。そして最後の一人を殺そうとしたとき、男女の二人組みが入ってきて、男のほうが、
「てめえ、今度こそ殺してやる。」
そういって、彩花と同時に攻撃を加えようとした。しかし娘はひょいとかわしたかと思うと、黒く燃える鳥を手から出して、男のほうを狙った。彩花は一瞬空間のゆらめきを感じてそれを警戒したため動けなかった。黒い火は男の体に直撃し、男は倒れた。彩花がよってきて、
「あなた、あなた、どうしてこんなことに。」
と泣きながら叫んだ。男はその様子を見てなぜ彩花が自分についてきてくれたかを悟って、ふっと笑って、
「罰が当たったんだ。あの閻魔様の言うことをきいてりゃこんなことにはならなかったな。ごめんな、お前の愛に答えられなくて。」
と言って息絶えた。彩花は娘をものすごい形相でにらみつけた。たちまち回りにどす黒い妖気が漂い始めた。
「ころしてやるわ。けど簡単には殺さないわよ。じっくりいたぶって、引きずって、切り刻んで上げるわ。」
「何だ、あなた妖怪だったの。でも残念。私は殺せないわよ。」
そのとき妹紅と映姫が家に入ってきて、この惨状を目の当たりにした。彩花が憎しみの目で娘をにらんでいるのを映姫が気づき、大声で言った。
「やめなさい、風見幽香。あなただってわかっていたでしょう。こうなることぐらいは。」
「うるさいわね。ぐちゃぐちゃ言うとあなたも殺すわよ。」
「妹紅、あなたはあの娘の相手をしなさい。私はこっちの奴を相手にしますから。」
「わかった。あんたも気をつけなよ。」
そういって妹紅は自分の分身と対峙した。
「あら、こんにちは。元気でしたか。」
「黙れ。もうお前の出番は終わりだ。」
分身は笑みを絶やさず話し続けた。
「私はあなたが今までやりたくてやりたくて仕方なかったことをしただけですよ。迫害してきた奴を殺したい。家族のようなぬくもりを破壊したい。あなたもそう思っていたでしょう?」
「それももう終わりだ。」
妹紅は手から真っ赤に燃える鳥を作り出して相手に投げつけた。しかし分身のほうも黒い火の鳥を作り出して相殺させた。妹紅は結界つきの札を投げつけたが、これも同じ仕方で相殺された。
「どうやら勝負はつきそうに無いわね。もうあきらめてくれないかしら。」
妹紅は黙って答えずに、なにやらぶつぶつ呟いて、花火のような玉を作り出し、相手に向かって打ち出した。分身はそれも相殺した。玉は辺りに四散した。
「無駄ですよ。あなたの攻撃方法はみんな知っていますからね。」
そういったとたん、四散した玉が元に戻り再び活動を始めた。分身はかなり動揺したが、再び相殺した。しかしまた玉は再生し、分身のほうに向かっていった。
「なんなのよ、これは?」
「終わらない攻撃さ。私の命と同じく。」
分身のほうは明らかに追い詰められていた。額に大量の汗がにじんでいた。
「なぜよ。まだまだぜんぜん足りないのよ。愛が。ぜんぜん空虚が埋まらないのよ。」
「わかった。安らかに眠れ。」
諭すようにこういうと、玉が分身の心臓を打ち抜いた。分身は哀れな表情をして倒れた。
終わった。これで元に戻る妹紅は安心したようなため息をついて、映姫のいるほうに向かおうとした。突然、空間が裂け、大量の虫が妹紅をおそった。肢体は裂けばらばらになった。空間から何もでなくなると金髪の女性が現れ二つの肉体を確認していった。
「さて、計画は順調ね。」
「こんな結果になってしまうなんて……」
映姫は途方にくれていた。さすがの映姫でもあの恐ろしい強さだった幽香を相手にしていて、突然現れた紫に対抗できなかった。幽香は何とか制圧したもののこれからどう動くべきかわからなかった。紫は妹紅の体を元に戻していた。そしていかにも取り澄ましたふうに映姫に話しかけた。
「では閻魔様。約束のものをくださいな。」
「永遠亭のことですね?わかりました。」
映姫は最近うわさになっているなぞの住民たちについての情報を話した。紫はにやりと笑ってこういった。
「じゃあさっそく、妹紅さんをその医者に見せないといけないわね。」
映姫は顔をしかめた。紫はわざとらしく質問した。
「あら、何かしら、閻魔様?何か不満でもあるのかしら。」
「なんでも……ありませんよ。」
「あら、そう。つれないわね。そういえば幽香は妹紅さんといっしょに幻想卿に連れて行く予定ですから。よろしくお願いしますね。」
「……今回はどれくらい計画通りだったんですか?」
「計画?ただ結果としてこうなっただけですわ。それに幻想卿にまた住人が増えるのは喜ばしいことでしょう?」
映姫は紫に抗議しようとしたが、ふとあることに気づいた。これが本物の紫ではないことに。これは紫の分身だった。映姫は紫の分身をみて複雑な思いを感じたのだった。
「なんだ?」
不思議に思って調べてみると、そこには寺には似つかわしくないきれいな鏡が置いてあった。その鏡を見た瞬間彼女は驚きの声を発した。なんと鏡の中にいる自分の姿が動いたのだ。さらに驚くことには、鏡から飛び出してきて、話しかけてきたのだ。
「ああ、こんばんは。やっとあなたから抜け出せたわ。これで私は自由よ。」
そういうと、声をかけるまもなくその分身は寺から出て行った。
さびたぼろや。映姫はそれの前に気難しげな様子で立っていた。やがて何かを決心すると、いつもやっているようにその家の中に入り、住人の名前を呼んだ。
「八雲紫、いるんでしょう?おはなしがあります。出てきてください。」
そういうが早いが、空間が裂け、そこには疲れた顔をした隙間妖怪が立っていた。顔色は悪く、表情が無い。
「何かしら閻魔様?」
彼女はぐったりした様子でそういった。
「だいじょうぶですか?また幻想卿のことで何かあったんですか?」
「人手が足りないのよ。それだけよ。それよりも用件をお願い。」
「実は」映姫は是非曲直庁から危険な鏡が盗まれて地上に隠されたことを話した。そしてその鏡がもたらした被害についても語った。
「鏡を見たものの分身が人や町を襲っているようなのです。しかもその分身があろうことか不老不死なのです。そこであなたに協力を頼みたいのです。」
紫はいつものほほ笑みを取り戻しながら、映姫が持ってきた問題に協力することに応じた。
「そのかわり、」
紫は映姫にあることを話した。
「いいでしょう。その条件で。本来ならばあまりよくないことですがしかし背に腹は変えられません。」
映姫は紫が突然笑い出したのを見て何か不信感を感じたが、それが具体的に何かまではわからなかった。しかしとりあえずその家を後にした。
「さて忙しくなりそうね。」
紫はひどくゆがんだ笑みを浮かべていた。
「ちょっと尋ねたいんだが。」
「ああなんだい、お嬢ちゃん。」
「最近ここらで人殺しが起きなかったかい?」
「そういえば聞いたことがあるぜ。なんでもかわいい少女の姿をしていて、泊めてくれって頼んでくるんだそうだ。それで泊めてやると、突然狂ったように暴れだしその家のものを皆殺しにするんで怨霊の仕業だとうわさされているそうだ。」
「それがどこで起こったかわかるかい?」
「いや、たまたま人のうわさで聞いたぐらいだからなあ。」
「そうか。ありがとう。」
もんぺにお札をべたべたと貼り付けている奇妙な格好の少女はため息をついた。彼女の名は藤原妹紅という。いろいろなことがあって不老不死になった人間なのだが、数年前、ある鏡を見てから各地で自分の分身と思わしき者が、人を殺しまわっているらしく、その行方を追っていた。
「まただめだったか。」
妹紅は重々しく言葉を吐く。分身はおそらく自分と同じで死なないから、いつまでも人を殺し続けるだろうと思うとやりきれなさがこみあがってきた。それは自分の分身なのだ。今までに自分が思ってきたことが具現化したんではないかと想像してはつらい気持ちになった。そんなことを思いながら町の外の出ると、いきなり男女の二人組みに道をふさがれた。
「とうとう見つけたぞ、親の敵!」
妹紅はぎょっとした。そしてこの男に何が起こったのかを悟った。しかしどうすればいいのだろう?
じぶんは、死なない。
「よくも、よくも俺の母ちゃんと父ちゃんを殺しやがったな。許さん、許さんぞ。」
そういった途端に二人は自分に襲い掛かってきた。妹紅は抵抗しようとしたが、力が入らない。自分が起こしたことの罪悪感で胸がいっぱいになっていた。それでもつかまらない程度には身をかわした。
「彩花、そっちを頼む。はさみうちにするんだ。」
「わかりましたわ。」
彩花と呼ばれた女性はすばやく妹紅の背後に回りこみ、その背を押さえた。ありえない!妹紅は思った。人間が出せるような力ではないのだ。
「つかまえましたわ。あなた、いまです。」
「よしカクゴしろ。」
妹紅はあらん限りの力であがいたが、いかんせん後ろにいる女性の力がすごいので、どうすることもできなかった。そこでさっきの罪悪感が戻ってきた。妹紅は力が抜けていくのを感じた。そうなったとき妹紅はあきらめた。妹紅はこの人たちが自分は死なないことを知ったとき、どう思うだろうかと想像してみた。そこまで考えたとき妹紅は「またか」と思った。そして目の前にいる男が自分に手をかけようとしたとき、突然、力強い声が聞こえてきた。
「そこまでです。この棒が見えないのですか?私は閻魔です。この人間は私が預かります。」
「大丈夫ですか?」
妹紅はびっくりして口も利けなかった。自分が閻魔にあうなど夢にも思っていなかったからだ。
「残念ですが、あなたを迎えに来たわけではありませんよ。それは不可能です。私が来たのは別の用件です。そこのふたり、とくにあなた。復讐はとてもよくありません。そんなことをすればすぐにでも地獄に落ちてしまいますよ。」
「閻魔さま、そこをどいてください。殺させてください。お願いします。そいつは極悪人です。ですからぜひとも私の手で。」
「やめなさい、この人間はその殺人とは何の関係もありません。」
「しかしそっくりなんですよ、なにからなにまで!私ははっきり顔を見ました。こいつです。まちがいありません。」
「いいかげんにしなさい。とにかくやめるのです。そして隣にいる女性と一緒に平和に暮らしなさい。それがあなたにできる善行です。」
男は不満を顔の浮かべていたが、さすがに閻魔様には逆らうのは愚孝とわかったらしく、「彩花、いったん引くぞ。」と言った。
「残念ですね、後一歩のところでしたのに。」彩花は悔しそうに言った。
閻魔は突然あることに気づいたらしく、
「あなたはいったい何をしているのです?」と訊いた。
「私は私の好きなようにやっているだけよ。」
そういって二人はこの場を去っていった。
「私の名前は四季映姫といいます。」
妹紅は閻魔の強力なプレッシャーにひるんでいた。怖そうな人だ。妹紅はそう感じた。
「だいじょうぶですか、あなた?とにかく私はあなたにお話しがあってきました。あなたが是非曲直庁で問題になった「穢れの鏡」を見てしまったと言う報告があがっているのです。そしてどうやらそれは間違いないようですね。」
「それで、その「穢れの鏡」ってやつはいったいなんなんだ?」
「その鏡を見た人間の抑圧していた欲望を具現するものです。もちろんあなたが悪いわけではありませんよ。しかしそう入ってもあまり意味はありませんね。」
とそこで一口ついでから映姫はまじめな顔で言った。
「その分身の情報を提供するために私はやってきたのです。そこで一人協力者を呼んであります。とりあえずその協力者のもとまできてくれますね?」
有無を言わせぬ口調だったが、妹紅はうなずいた。理由はいろいろあるだろうが、これは自分の不始末なのだ。それをなくすことができると考えると少し元気が出てきた。
映姫についていくとそこはとても古そうなぼろ屋だった。しかし中に入った途端、いかにも生活感あふれる部屋になったので驚いた。さては妖怪の棲家か?と思ったが、この際どっちでもいいと考え直した。おくまで入っていくとそこには気味の悪い笑みを浮かべている女性が待っていた。
「はじめまして、藤原妹紅さん。わたしは八雲紫と申しますわ。」
「そんなに警戒すること無いじゃないの。」
妹紅は目の前にいる女性から眼が離せなかった。わけのわからない混沌があるように思えた。こんなわけのわからない相手を前にして油断するわけにはいかなかった。
「そんなに緊張することはありませんよ。ここでは、ですが。では八雲紫。説明をお願いします。」
「わかったわよ。せっかくの閻魔様のお願いなんだから、まじめにやるわよ。」
そして紫は話し始めた。妹紅の分身のことを。人を何人殺したかを。人を何人裏切ったかを。
居場所はわかった。しかし妹紅はやりきれなかった。映姫は気に留めるなといってくれたが、それでも罪悪感は恐ろしいほど募っていった。紫は話し続けた。
「分身を消す方法は簡単よ。あなた自身の力で分身を倒せばいいわ。そうすればあなたの魂が元に戻るわ。」
妹紅は独りで瞑想がしたいといってその場から離れていった。映姫は紫に「そういえば幻想卿はどうですか?」と訊いた。紫は一瞬仮面のように表情が固まったが、すぐいつものニヤニヤ笑いに戻って、
「ええ、順調ですわ。」
となめらかに言った。映姫はまたあの不信感を感じた。そして「彼女に言ったことは本当ですか?」と訊ねた。紫は「それはあなたが一番よくわかるんじゃないかしら?」とかえした。映姫は不安になって妹紅のほうに向かった。紫は再び死んだような表情にもどり、外の景色を眺めた。そこには一本の花が不自然に咲いていた。紫はにやっと笑った。
「何を考えているのかしらあいつ。もしかしたら、ああ、そういうことね。あの男のことがすきなのね。あいつったら、やっぱり変わってるわね。」
彼女はこうわざとひとりごとをいいながら、花から目をそらした。
村はずれの小さな小屋。そこで彩花は何かに耳を澄ましていたが、何か情報を得たのか男にうれしそうな表情で話しかけた。
「あなた、奴の居場所がわかりましたわ。」
「なに、ほんとうか!」
男は彩花からそのことを聞くと「おい、出かける準備だ。」といった。
彩花は「ええ、わかりましたわ。」といって出かける準備をしながら鬼のような表情してつぶやいた。
「わたしはスキマだろうが、閻魔だろうが、不老不死だろうが殺してみせる。あいつの計画なんてぶち壊してやるわ。」
ある農家の家に一人の娘がやってきて、今晩の宿を頼んできた。その家の人たちは喜んでその娘を泊めた。いろいろな歓待をされて夜食が運ばれた瞬間に娘は言った。
「ああ、だめだわ。ぜんぜん足りない。」
そういったかと思うと、いきなり手から火を出しはじめて、家の人たちに襲い掛かった。家の人は全員慌てふためいて助けを求めたが、娘は、
「だめですよ、そんなこといっちゃあ。」
と受け付けない。そして最後の一人を殺そうとしたとき、男女の二人組みが入ってきて、男のほうが、
「てめえ、今度こそ殺してやる。」
そういって、彩花と同時に攻撃を加えようとした。しかし娘はひょいとかわしたかと思うと、黒く燃える鳥を手から出して、男のほうを狙った。彩花は一瞬空間のゆらめきを感じてそれを警戒したため動けなかった。黒い火は男の体に直撃し、男は倒れた。彩花がよってきて、
「あなた、あなた、どうしてこんなことに。」
と泣きながら叫んだ。男はその様子を見てなぜ彩花が自分についてきてくれたかを悟って、ふっと笑って、
「罰が当たったんだ。あの閻魔様の言うことをきいてりゃこんなことにはならなかったな。ごめんな、お前の愛に答えられなくて。」
と言って息絶えた。彩花は娘をものすごい形相でにらみつけた。たちまち回りにどす黒い妖気が漂い始めた。
「ころしてやるわ。けど簡単には殺さないわよ。じっくりいたぶって、引きずって、切り刻んで上げるわ。」
「何だ、あなた妖怪だったの。でも残念。私は殺せないわよ。」
そのとき妹紅と映姫が家に入ってきて、この惨状を目の当たりにした。彩花が憎しみの目で娘をにらんでいるのを映姫が気づき、大声で言った。
「やめなさい、風見幽香。あなただってわかっていたでしょう。こうなることぐらいは。」
「うるさいわね。ぐちゃぐちゃ言うとあなたも殺すわよ。」
「妹紅、あなたはあの娘の相手をしなさい。私はこっちの奴を相手にしますから。」
「わかった。あんたも気をつけなよ。」
そういって妹紅は自分の分身と対峙した。
「あら、こんにちは。元気でしたか。」
「黙れ。もうお前の出番は終わりだ。」
分身は笑みを絶やさず話し続けた。
「私はあなたが今までやりたくてやりたくて仕方なかったことをしただけですよ。迫害してきた奴を殺したい。家族のようなぬくもりを破壊したい。あなたもそう思っていたでしょう?」
「それももう終わりだ。」
妹紅は手から真っ赤に燃える鳥を作り出して相手に投げつけた。しかし分身のほうも黒い火の鳥を作り出して相殺させた。妹紅は結界つきの札を投げつけたが、これも同じ仕方で相殺された。
「どうやら勝負はつきそうに無いわね。もうあきらめてくれないかしら。」
妹紅は黙って答えずに、なにやらぶつぶつ呟いて、花火のような玉を作り出し、相手に向かって打ち出した。分身はそれも相殺した。玉は辺りに四散した。
「無駄ですよ。あなたの攻撃方法はみんな知っていますからね。」
そういったとたん、四散した玉が元に戻り再び活動を始めた。分身はかなり動揺したが、再び相殺した。しかしまた玉は再生し、分身のほうに向かっていった。
「なんなのよ、これは?」
「終わらない攻撃さ。私の命と同じく。」
分身のほうは明らかに追い詰められていた。額に大量の汗がにじんでいた。
「なぜよ。まだまだぜんぜん足りないのよ。愛が。ぜんぜん空虚が埋まらないのよ。」
「わかった。安らかに眠れ。」
諭すようにこういうと、玉が分身の心臓を打ち抜いた。分身は哀れな表情をして倒れた。
終わった。これで元に戻る妹紅は安心したようなため息をついて、映姫のいるほうに向かおうとした。突然、空間が裂け、大量の虫が妹紅をおそった。肢体は裂けばらばらになった。空間から何もでなくなると金髪の女性が現れ二つの肉体を確認していった。
「さて、計画は順調ね。」
「こんな結果になってしまうなんて……」
映姫は途方にくれていた。さすがの映姫でもあの恐ろしい強さだった幽香を相手にしていて、突然現れた紫に対抗できなかった。幽香は何とか制圧したもののこれからどう動くべきかわからなかった。紫は妹紅の体を元に戻していた。そしていかにも取り澄ましたふうに映姫に話しかけた。
「では閻魔様。約束のものをくださいな。」
「永遠亭のことですね?わかりました。」
映姫は最近うわさになっているなぞの住民たちについての情報を話した。紫はにやりと笑ってこういった。
「じゃあさっそく、妹紅さんをその医者に見せないといけないわね。」
映姫は顔をしかめた。紫はわざとらしく質問した。
「あら、何かしら、閻魔様?何か不満でもあるのかしら。」
「なんでも……ありませんよ。」
「あら、そう。つれないわね。そういえば幽香は妹紅さんといっしょに幻想卿に連れて行く予定ですから。よろしくお願いしますね。」
「……今回はどれくらい計画通りだったんですか?」
「計画?ただ結果としてこうなっただけですわ。それに幻想卿にまた住人が増えるのは喜ばしいことでしょう?」
映姫は紫に抗議しようとしたが、ふとあることに気づいた。これが本物の紫ではないことに。これは紫の分身だった。映姫は紫の分身をみて複雑な思いを感じたのだった。
続き物ならそうと分かるように前書きなりタグなりで知らせた方がいいよ。
この短さで一話というのも短すぎる。せめて2~3倍は欲しい。
話は…、つまらないってわけでもないけど、面白くもない。あくまでこれは私の感想なので。
続き物なんです、よね?では次回に期待します。がんばってください。
もっと読む人に伝わりやすい文を書けばずっと魅力が増すと思います
おおかたの粗筋は面白そうだと思えるのに、読んでいくと展開が早くて、場面場面のできごとを理解するのが精いっぱいでした。
主人公を妹紅か映姫に絞ってもうちょっと詳しく心情を書き込むと、感情移入しやすかったかもしれません。
地の文の書き出しは一字下げると読みやすくなるように感じます。
彩花の正体はおお、と感心しました。