妖怪の山、晩秋、朝6時。
はるか東に薄明かりのみが見え、空気は肌に刺さる冷たさ。
射命丸文は、
「さて、服や布団も干したことだし…」
今日も朝早くから、日常に飛び立った。
「といっても、ちょっと今日はタイミングが悪かったですかね……」
早くに目が覚めたからそれだけ取材にも早く出たわけだが……人が起きるにはまだ早いし、妖怪が活動しているには遅すぎた。
誰にも会えずにふらふら飛んだ15分間は、ただ寒さを感じただけだった。
「うーん、誰かいないかなぁ」
肌寒さに人恋しさもすこし混ざり、切なげにきょろきょろと辺りを見回す。
ふと背後を振り替えると、妖怪の山に後光が差していた。
「んー……そこそこいい眺めですし、久々に風景写真でも撮ろうかなー」
なんて、山の端から出ようとしている光にレンズを向けようとして……
「あや?」
見つけた。森の中、沼のところでなにやらはしゃいでるらしい、
氷精の姿を。
「うん、日の出写真はまた今度にしましょう♪」
そこにネタがあるなら、何よりもそれを優先する。それがジャーナリストってもんでしょ?
「ふふーん。こんなに夜も更けてたら、さすがのあんたも動きが鈍いわね!この寒さはすべてあたいに味方しているわ!今こそ決着をつけてやる!」
沼では、チルノがいつものように大ガマに対峙していた。が……
「いっけー!『パーフェクト…」
「あのー……」
「ふえ?……ちょっと!あたいのさいきょーっぷりを今からこいつに見せつけてやるんだから、邪魔しないでよ!」
「いや、そうはいっても……」
「あによ」
「大ガマさん、寝てますよ?」
「……え?」
大ガマは見事に冬眠していた。
「むう。さいきょーのあたいを前にして狐寝入りとは、やるわね!」
「狸寝入りです」
「そうともいうわね!」
ー豆知識ー
狸寝入りを英語でいうと、
「Fox sleep」(狐寝入り)
ー閑話休題ー
「狸寝入りではないと思うのですが……」
「さいきょーのあたいを無視するやつは、月に代えてやらないといけないわ!」
「元ネタを一瞬で思い起こすのが難しいボケ方はやめてください」
「『フロスト……」
「ちょっと待った!」
なおも攻撃しようとするチルノをなんとか止める。
「もう!さっきから邪魔ばかり!なにかあたいに望みでもあるの?!」
「望みも恨みもありませんが、寝ている相手に攻撃するのは卑怯ですよ?」
「ひきょーとさいきょーは響きが似てるから問題ない」
キリッとした表情で断言するチルノ。
「意味がわかりません……最強なら卑怯なことなんて絶対しませんよ?」
「そーなのかー」
「そーです。だから最強を名乗るなら、寝ている相手に攻撃してはいけませんよ?」
「なるほど。あたいはさいきょー。ゆえに今は、あんたには攻撃しないであげる。感謝しなさい!」
「……zzz」
もちろん大ガマは寝続ける。
「むむ、さいきょーのあたいに感謝もせずに寝ちゃうとは、あんたなかなかやるわね!さすがあたいの盟友ね!」
「いつ盟友になったんですか」
「ついさっき」
「あぁそうですか……」
そんな問答をしているうちに、日は出て、朝6時は半を過ぎた。
森の中なので日差しなど届かず、むしろ寒さは増しているように感じる。
「ほら、そろそろお友だちも起きてくるんじゃないですか?湖へ戻りましょう」
「んー?大ちゃんは早起きだよ?あたいが起きたら大体もう起きてるもん」
「へぇそれは早いですね」
「あんたとの決着はおとといにしといてあげるわ!じゃあね!」
特に突っ込みも入れずにチルノと飛び立つ。
日差しがあるぶん上空の方が幾ばくか暖かい……はずなのだが。
(上着着てきた方がよかったかなぁ)
横に氷精がいるせいか、相当寒い。
ミニスカートとハイソックスの間の少し出ている肌の部分とかが特に寒い。
西の空はまだ暗く、東の空は朝焼けている。
(後で霊夢さんにこたつ借りよう……)
霊夢にしてみればしごく迷惑な話である。
湖周辺は、霧のせいかさらに寒かった。
「……これは……やばい」
「ん?なに?震えてるの?……はっはーん。さいきょーのあたいのそばに長くいすぎて、威圧されたのね!」
「よくわかりませんが、あなたが原因なのは変わり無いです」
「ふっふっふ。ついにあたいはさいきょーの威圧感まで身に付けてしまった!あぁ、あたいさいきょーすぎる……」
ほほを赤く染めてそこに手を当て、まぁ要するに自己陶酔するチルノ。
「……ナルシスト……」
「なるしすとってなに?」
「さいきょーってことですよ。ある意味で」
「ふーん。さいきょーならなんでもいいや。大ちゃーん!……ありゃ?」
チルノが大妖精に喋りかけた、太めの木の根っこのすき間をチルノに続き覗き込むと……
「あやや、寝てるじゃないですか」
「あれー?おかしいなー?一緒に朝ごはん食べたはずなのに……大ちゃん、起きてー」
「あ、チルノさん……」
中に入って、大妖精を揺り起こそうとするチルノ。
寝ているところを起こすのは気が引けるので止めようとしたが、遅かったようだ。
「……んむ……チルノちゃん?……あ、ごめん。寝ちゃってた。おかえり」
「うん。ただいまー」
「すみません、起こしてしまって……」
チルノに続いて申し訳なさげに木のすき間に入る。
中は以外と広く、それほど寒くもなかった。
「あっ、天狗さん?おはようございます。別に気にしなくていいですよー」
「そうですか?ありがとうございますー」
「いえいえ」
本当にいい子だと思う。
「で、なんで天狗さんがここに?」
「いや、大ガマさんにちょっかいだしてるチルノさんを見かけたので、取材ついでについてきてるわけですけど」
「ちょっと!ちょっかいとは何よ!あれはあたいのれっきとしたせいせんなんだから!」
「そんな言葉どこで覚えてくるんですか」
「……たぶんそれ私かも……」
「……え?」
少々予想外。
「そーよ。大ちゃんは物知りだからね!さいきょーのあたいに色んなこと教えてくれるのよ!」
「……ほう?」
「例えばね……いかくしゃげき!」
「……」
「後はね……じゅうたんばくげき!」
「……」
ひょっとしてチルノが使う少々難しい言葉の大半は大妖精ゆずりなのか。
それはそうと例が物騒すぎるのですが。
「チルノちゃん、戦闘系の言葉だけはすぐ覚えるんですよ」
「……ていうかそもそもあなたはどこからそんな知識を手に入れたんですか……」
「たまに湖のほとりに本とか落ちてるんですよ」
どこかの魔理沙が図書館から逃げる間に落としたりするのだろうか。
木の根のすき間の中……大妖精の部屋?を見渡すと、確かに1スペース、十数冊ほど本が並んでいる所が見える。
しかし……
「え、あれ魔導書じゃないんですか?」
「え?はいそうですけど……」
「……読めるんですか?」
「……読めないんですか?」
本を一冊取ってぱらぱら。
星図がちらっと見えた。
馬の絵が書いてあった。
……ペガサスだろうか。
周りに書いてあった文字は、何一つ分からなかった。
「……恥ずかしながら読めませんね」
「……そ、そうなんですか……」
なんかすごくかわいそうな人を見る目で見られてしまった。
「あ、あのですね、魔導書なんてのは普通魔法使い以外は読めないものなのですよ?」
「え?そうなんですか?」
大妖精の頭の上にはてなマークが浮かんだのがよく視えた。
「……なんで読めるんですか?」
「え?でもなんか普通に……ねぇチルノちゃん?」
「え?あたい読めないよ?」
さも当然といった調子で答えるチルノ。
「え!?でもいつも読んでるじゃん!」
「見てるだけだよ。何書いてるか全然わかんない」
「……そう、なんだ」
「……普通に読めるんですか?」
「はい……実際に使うのはなかなか難しいですけど、読むだけなら……」
大妖精あなどりがたし。
時々見せるワープはもしかして魔法だったのか。
明日の一面はこれかな……でもなんか悔しいなぁ。
今度少し魔法をかじってみようかしら、なんて思ったりした。
さて、時刻は7時を過ぎた。
そろそろ霊夢も起きているだろう。
「じゃああんまり長居するのもあれなので、そろそろお暇しますね」
「あ、はい、またいつでもいらしてください」
「ありがとうございますー。ではまた」
そう言い残して霧の湖を飛び出し、博麗神社へ急ぐ。
「寒い……早く暖まらないと風邪ひいちゃいます……」
太陽はすでにだいぶ昇ってきているものの、風はいまだ刺すように冷たい。
「冬の間はチルノさんのそばに長居するのは控えるようにしましょう……」
とっくに感覚のない指先を擦り合わせながら、ひたすらこたつのことを考えていた。
博麗神社に音速で着地する。
境内の石畳に小規模な穴が開いた気がしたが細かいことは無視。
駆け足で縁側へ向かい、少し暖かさがにじみ出ている障子を開けると、
「ほらね、やっぱり来た」
「お見事~。さすがの勘といったところかしら~♪」
「……なんであなたが居るんですか?」
四畳半の和室に置かれたこたつに入っていたのは、もちろん霊夢。
それに加えてなぜか、メルラン・プリズムリバー。
「あら、いちゃいけない~?」
「い、いえそんなことはありませんが」
「今日は早く目が覚めたからなんとなしにここに飛んできただけよ~♪」
「さいですか……」
と適当な返答をしつつ、オレンジ色に彩られたこたつ布団をめくる。
「…………あのー……」
「あんたのいつもの入り方って寒いのよね。丁寧に布団をめくってから入るから」
だからって結界張らんでもいいじゃないですか。
こたつの4面のうち霊夢の座ってる1面と、メルランの座ってる1面を除いた2面に結界が張ってある。
自分をこたつに入れる気はさらさらないようだ。
……しかし暖まらないわけにはいかないのである。風邪ひいちゃいそうなんで。
「……よし、それじゃあちょいとお邪魔しますね♪」
「え、ちょ、ま、冷たいって!」
簡単な話だ。
霊夢の座ってるところ以外に結界があるのなら霊夢の横に座れば問題ないのである。
当然抵抗はしてくるが、純粋な力勝負で天狗が人に負ける訳ない。
案の定、あっさりこたつに入ることに成功した。ぬくぬく。
「あー暖かい……」
「ちょ、横に入られたら余計に寒いじゃない!」
「だってここしか入れる場所無いじゃないですかー」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ2人を笑顔で眺める騒霊1人。
「仲良しね~♪」
「えへへ、やっぱりそう見えます?」
「もう、冷たいからあんたさっさと出て!」
「ヤです」
即答。
霊夢のまゆがひくついた。
手にはすでにスペルカードを持たれている。
いつぼこぼこにされてもおかしくない。
……しかし、実は問題ない。
「『夢想……」
「ここで使ったらこたつも壊れちゃいますよ」
「ぐぅ」
そう。冬はまだこれから。
幻想郷の長い冬をこたつ無しで過ごすことは特A級のミッションインポッシブルなのだ。
霊夢が今こたつを犠牲にできるわけがない。
「ふふふふ、これで私のこたつライフは安泰ですねーって痛い!」
文の頭に針が刺さった。
20本ほど。
「痛い!空気が冷たいから余計痛い!すごく痛い!」
痛みで転げ回りつつも足はちゃんとこたつの中に入っているあたり、さすがと言うべきか。
「これに懲りたら早くこたつから出やがりなさい」
「うぅ……でも、そろそろ私の体も暖まってきましたし、もう特に冷たくは無いんじゃないですか?」
確かにもう入ってから一分ほどたっている上、さっき転げ回った熱で文の体はそれほど冷たくはなくなっていた。
「…………はぁ……もういいわ、好きにして……」
「やったっ♪」
ついに文は霊夢に勝った。
第136次こたつ進入作戦、成功。
「へ~すごいわね~。あの霊夢が折れたわ~♪」
「ふふん。私を甘く見ちゃいけませんよ?」
「パパラッチと飛ぶことしか能がないただの変態天狗かと思ってたけど、見直したわ~♪」
「ちょっとそれどういうイメージ持ってたんですか!?」
こたつをばしばし叩いて抗議する文を無視し、おもむろにこたつから出るメルラン。
「そろそろ姉さんが朝ごはん作り終えるだろうから、帰るわね~♪」
「ん。またいつでもいらっしゃいな」
「ありがと~。じゃまたね~♪」
「ちょっとー!今のは軽く名誉毀損ですよー!?」
文の叫びもむなしく、メルランはふわふわと飛んでいってしまった。
「んーでもあんたのイメージなんてそんなもんじゃない?」
ひらひらと手を振りながらさも当然という風に言う霊夢。
「霊夢さんまでそんなこと言うんですかー……?」
「一度ターゲットにされたらひたすらついてきて、盗撮に盗撮を重ね、有無も言わせず強制インタビューさせられたあげく、言ってもいないことをあれやこれや書かれたらそりゃろくでもない印象持たれるわよ」
「……今だいぶ傷つきました」
「事実じゃない」
どうにも納得いかないという顔の文。
「私そんなにひどいですか?」
「自覚ないのがまたたち悪い……」
「……言ってもいないことといってもインタビュー内容から容易に推測できることしか書いてませんよ……?」
「その推測の9割5分は間違ってるのよ」
「えぇー!?嘘だぁ!?」
「なんでそこで嘘つかなきゃならないのよ」
文は心底ショックを受けた様子だった。
霊夢は内心頭を抱えていた。
面白半分で書いてたならまだしも、どうやら本人は確信をもって書いていたらしい。
そんなんだからいつまでたっても批判しかされないんじゃない……
「うぇー、てことはまさかいままでそうとは気づかず事実でないことをいっぱい載せてた……?」
「何をいまさら……」
「…………えぇー……」
相当ショックが大きかったのか、畳に突っ伏して落ち込む文。
こんな光景も珍しい。
……可愛い……。
……いやいや待て。落ち着け私。
「……て、ていうかあれだけの批判があってなんで気づかないのよ」
「知られちゃまずいことだったから怒ってるのかなーとか思ったりして……」
自信家で頑固者なのだ。
どれだけ批判されても自分が信じたものは信じ抜く。
……だがその信じたものの9割5分は間違いだったわけで。
「あはは……なんかもう、どうでもよくなってきた……」
「あ、文?大丈夫?」
「霊夢さんが心配してくれるなんて珍しいですねーあはは」
「今のあんたを見て心配しない人のほうが珍しいわよ」
再び畳に突っ伏す文。
それを黙って見つめる霊夢。
数分後、文がようやく口を開いた。
「……霊夢さん」
「な、なに?」
「今週いっぱい、新聞止めても良いですか?」
もう一生書かないとか言い出すかと思った。
ちょっと一安心。
「なんで私に聞くのよ。自分で決めなさいよそれくらい」
「いやまぁ、唯一まともに読んでくれてる霊夢さんの意見は聞いておきたいのです」
「私が唯一?ほんとに信用ないのね……」
「あはは……ほんとにそうですねー……」
「……一週間でも一ヶ月でも、気持ちが整理できるまで休めば良いと思うわ」
「……はい。ありがとうございます……はぁ」
まぁでも、今気づけただけマシじゃないかな?
一週間後か一ヶ月後かには戻ってきて、良い記事を書いてくれるはずだ。
きっと。
「……さて、そろそろ朝ごはんにしないと」
「あれ?まだ食べてなかったんですか?」
鳩時計は7時半過ぎを差している。鳩はうるさいのでいちいち出てこないよう壊されている。
「今日は起きてから一度もこたつから出てないわよ?」
「……じゃあなんで湯飲みにお茶が入ってるんですか」
こたつの上には湯飲みが2つ。メルランと、霊夢のお茶だ。
「メルランにお茶っ葉の場所教えたら入れてきてくれたのよ」
「あぁ、なるほど……そういえば、朝起きてからなにも飲んでないや。喉乾きました……」
上着忘れたり水飲み忘れてたり、今日なんか忘れっぽいなぁ……
気分が落ち込んでるせいか、少し自己嫌悪が強くなっている。
「メルランの、口つけてなかったはずだから飲めば?」
「あ、そうですか。……じゃあいただきますねー」
と言いつつ霊夢のお茶に手を伸ばす。
「ちょ、それ私の!メルランのはこっち!」
「やだー私霊夢さんのがいいー」
霊夢の目がすっと暗くなった。
「……今日の晩ごはんは烏の手羽先に決定」
「ちょっと待って私が悪かったですですからそのどこからともなく出してきた文化包丁をしまって下さい」
「こう後ろからぐさっと」
「やめてー!」
ついに文はこたつから出た。
霊夢から逃げた。
文に向かって笑顔で文化包丁を振り回す霊夢。
「うーん、こたつに入ったままだと追い回せないわね……」
「追い回さないという選択肢は無いんですか?」
「あると思う?」
「ないと思う」
「よろしい。粛清の時間よ」
「きゃー!?」
なんと霊夢までこたつから出た。
4畳半の和室は戦場と化した。
「れ、霊夢さん……やりすぎですよ……」
「あー、うん。これはさすがにやりすぎた」
数分後、戦争は終結した。
黒羽26枚が散乱する畳の部屋の真ん中で、何があったのかこたつがひっくり返り、しかし湯飲みは2つとも一滴たりともこぼれず畳の上に直立していた。
「あーあ、障子に穴が開いちゃった。寒いわー」
「ごめんなさい」
「あーあ」
「とりあえず文化包丁しまって下さいよ」
霊夢は両手に文化包丁を持っていた。
なぜか天井にも一本刺さっている。
「はぁ。過ぎたことは仕方ないわ。朝ごはん作ってくる」
「はい。いってらっしゃーい」
「あんた片付けといてね」
「うぇー!?」
笑顔で文に文化包丁を向ける霊夢。
「よろこんで片付けさせていただきます」
「よろしい。そもそもの発端はあんたなんだからそれくらいやりなさい」
「Yes,ma'am.」
是非曲直庁に問い合わせるまでもなく悪いのは文なので、反論の余地は無いのである。
というわけで、霊夢が朝ごはんを作っている間、文はこたつをもとに戻したり天井の包丁を引き抜いたりタンスを漁ったりしていた。
「とはいっても結界張ってあってほとんどの棚は開けられないんですけどねー」
などと言いつつも開けれる棚は全て開けているあたり、やはりさすがである。
一息ついたとき、喉がかわいていることを思い出した。
「……あぁ、忘れてました」
そういえばお茶が飲みたくて駄々をこねたのが戦争の発端だった。
すっかり忘れていた。
やっぱり今日は忘れっぽい。
「んじゃ、……えーと、霊夢さんのお茶は、と……」
棚は開けたままほっておいて、畳の上に直立している2つの湯飲みを見比べる。
模様は同じ、量もほぼ同じ。しかし、どちらかと言えば量が少なくなっている方の湯飲みのふちが、少し濡れて光を反射している。
「ん、こっち……ですね。えっと、じゃ、じゃあ、いただきます……」
少し濡れている部分が下にくるようにして、ゆっくりと口に近づけ……
「それ!」
「げふっ!?」
上から、ご飯を盛った茶碗と卵焼きをのせた皿を持った霊夢が落ちてきた。
亜空穴である。
文の後頭部に霊夢の右足がクリーンヒット。
「まったく、人んちのタンスを勝手に漁るなってのに……」
「…………」
「あら?気絶しちゃった?……ま、いいや。どうせ悪いのはこいつだしほっておこ。いただきまーす」
蹴られた衝撃で、湯飲みの濡れたふちに唇が一瞬しっかりと触れていたことに、気絶している文は結局気づけなかった。
「ん……うーん、痛たた」
「あら、ようやくお目覚め?」
後頭部の謎の鈍痛に顔をしかませながら起きると、
「あれ?霊夢さん?というか今は……」
「もうお昼よ」
霊夢が昼ごはんを食べていた。
時計は12時30分を回っている。
「あやや、私いつのまに寝ちゃってました?」
「……ま、気にしなくていいんじゃない?」
朝、何か大事なことをしていたような気がするが……思い出せない。
「……ま、気にしなくていいですかね」
「そうそう。のんびりいきましょ」
「というわけで私ものんびりお昼ごはんを……」
といいながらこたつの上を見やるが、
「あれ?私の分は?」
「なんで気絶してるやつにお昼ごはんを作らなきゃならないのよ」
「えー、霊夢さんひどーい……って、え?気絶?」
「あ。えと、いや、何でもない。睡眠と気絶を間違えたのよ」
「……さいですか?」
明らかに動揺したように見えたが。
「うん。それだけの話。とにかくあんたの分はない」
「うーん……今から作ってくれなんて言ったら」
「殴る」
「ですよねー」
さて、どうしたものか。
「……この後の掃除手伝いますよ」
「あんたがき……寝てる間にもうやったわ」
プランA、失敗。
想定内。
「そこの障子、張り直しますよ」
「あんたがやると雑になるからいい」
プランB、失敗。
まだいける。
「明日黒豆せんべい持ってきますよ」
「昨日買いだめしたからいい」
「え、マジですか」
プランC、失敗。
ちょっと厳しい。
これは仕方ないかな。
「あとで300円お賽銭入れるのやめにしようかなー」
「今朝4000円入ってたから別に気にしないわ」
「嘘ぉん!?」
「残念でした」
プランSまさかの失敗。
……負けた!文は霊夢に負けてしまった!
ちなみに4000円入れたのはメルランである。
霊夢がメルランに対しどことなく親切だったのはこれが理由。
「うぅ……仕方ない……昼飯抜きますか……」
「何で!?」
「お腹がすくのより霊夢さんのそばから離れる方がヤなんです」
「はぁ?何言ってんのよ」
「あーあ、お腹すいたなー」
「知らないわよ」
「あーあ」
「……」
「あー」
「……」
「あ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……っあぁもう!鬱陶しい!分かったわよ!作りゃいいんでしよ!?」
「わーい!ありがとうございますー!」
逆転のプランX、成功。
文は結局霊夢に勝利した!
「……あんたさ、ホント友達なくすわよ」
「霊夢さんは裏切らないって、私信じてます」
「……はぁ。なんかもう疲れた」
「あや?大丈夫ですか?」
「誰のせいだ……」
霊夢が昼ごはんを作っている間、タンスを……漁ろうと思ったけどやめた。
何か悪寒がしたのだ。
しばらくして、霊夢がそうめんを手に台所から戻ってきた。
「……ってそうめん!?」
「えぇそうめんよ」
もう秋も終わりかけ。
季節外れにも程がある。
「この前物置を掃除してたらなんか奥から出てきたのよ。いつ買ったのか記憶にないんだけど」
「ちょ!?それ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。文だから大丈夫」
「えぇー……」
すごく不安だ。
「大丈夫よ。そうめんだもの。腐りはしないしゆでたときに殺菌もできてるし」
「それはそうなんでしょうけど」
「なによ、せっかく作ってあげたのに文句しかないの?」
文句しかありません。
しかし今日は、そんなことを面と向かって言う度胸と元気がない。
「ていうかさっき霊夢さんはそうめんじゃなくて湯豆腐食べてましたよね?」
「ほこりかぶってたそうめんを進んで食べるやつはいないわよ」
「ほこりかぶってたんですか!?」
ちょっと待って。
そんなものを食べさせようとしないで下さい。
「おっと。数ヵ月前とほこりかぶってたを言い間違えたのよ」
「どんな言い間違いですか!?ていうか数ヵ月前の!?」
「そりゃそうよ。夏に買ったやつの買い置きに決まってるじゃない」
「あー、それもそうですねー」
「一年数ヵ月前のかもしれないけどね」
「うわぁ」
「つべこべ言わずに食べないと、夢想天生を30分耐久にして追い回すわよ」
完全に脅迫だ。
「うう……いただきます」
「はい」
おとなしく従う以外に選択肢はなかった。
とりあえず一口食べてみる。
「あや?味自体は普通ですね」
「そりゃそうよ。腐ってもそうめんよ」
「え?!」
「……腐ってないわよ」
「あーよかった」
その後も恐る恐る食べ進めたが、特に問題は無いようだった。
主に胃腸部に関して。
お腹も空いていたので一気に最後まで食べてしまった。
「ごちそうさま。杞憂でしたかね」
「最初っからそう言ってるじゃないのよ」
「秋の終わりににそうめんは少し寒かったですが」
「文句を言わない」
「すいませーん」
時刻は1時を回った。
文も霊夢もこたつでのんびりしている。
「ねぇ文」
「なんですかー?」
「これから私人里に買い物に行こうと思うのだけど」
「あ、そうですか?じゃあ一緒n」
「留守番お願いできる?」
「何で!?」
まさかのお留守番係である。
「なんでって言われても、さすがに誰もいないのはまずいでしょ?」
「えー。私も霊夢さんとお買い物したいですよー」
「そう言われてもねぇ……」
テッテッテッ テッテッテッ テーテテー♪
「そんなときはこの一品!『にとりのオートロックドアー』!扉が閉まると自動でロック!いかなる攻撃にも256発まで耐えr」
「お前は帰れ」
「ひゅい!?」
突如サウンド付きで売り込みに来たにとりを、これ以上無いほど冷たくあしらう霊夢。
「あんたはこの場に必要のない妖怪よ」
「ひどい!その言い方はひどい!微妙にパクってるあたりさらにひどい!」
「まぁまぁ、話だけでも聞いてやりましょうよ霊夢さん」
「あんたは私と出かけたいだけでしょ」
「ギクリ」
見事に図星。
「そもそもわざわざオートロックにしなくても普通に鍵つければいい話じゃない」
「うーんまぁそういう特殊な見方もあるかな」
「……ま、結論から聞くわ。いくら?」
「75万3000円になります」
「高い。いらん。帰れ」
「うぅ……どーせこうなるだろうと思ってたよーだ」
涙目になりながら強がるにとり。
「分かってるならいちいち売りに来るな」
「……しょうがないなぁ。これ、普通の鍵。4万5800円になります」
「高いわよ」
「じゃあお客さんだけに特別。70%オフの1万3740円で」
「それが元々の値段でしょう?」
ズバリと言う霊夢。
「ひゅい!?何でわかったの!?」
「あんたのいつものやり方じゃないの」
「あれ?そうだっけ?」
「分かったら帰れ」
「仕方ない。出血大サービス、10000円ポッキリで」
「今初めて言うけど結界張っとけば鍵なんて要らないのよ」
「ひ、ひどい!?うわあぁぁぁん!」
にとりは泣きながら走り去っていった。
「ふぅ。やっとうるさいのがいなくなったわね」
「ていうか結界張れば良いなら私が留守番する必要無いじゃないですか」
「結界なんて張るわけないじゃない。疲れるもの」
「わぁひどい」
まさに外道巫女。
「……あれ?そういえば昨日黒豆せんべい買いだめしたとか言ってませんでしたっけ?」
「言ったわね」
「二日連続で買い物ですか?」
「4000円もあるのに使わない手はないでしょう?」
何言ってんのこいつ?みたいな目で文を見る霊夢。
「いやいや……貯金とかしないんですか?」
「紙切れ貯めて何が楽しいのよ」
「いや楽しい楽しくないの話ではなく、貯金は大切ですよ?」
「紙切れに価値はない。物に価値があるのよ」
「正論に聞こえますけどたぶん間違ってます」
お金は価値のある紙切れです。
あと硬貨のこともたまには思い出してあげて。
「ま、とにかくこの4000円は今日中に使いきるわよ」
「まぁそこら辺は個人の自由ですけどね」
「あと文」
「はい?」
「黒豆せんべい買いだめしたってのは嘘だからね」
「なんですと!?」
真顔でしれっと言われたから完全に信じ込んでしまった。
「ひどい!霊夢さんひどい!」
「まだまだ修行が足りないわね。じゃ、留守番よろしく」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「やなこった」
「あそこを見てください!」
「え?」
そこには黒猫が一匹。
にゃーん。
「あら、お燐じゃないの」
「彼女に留守番頼めば良いと思います!」
「お燐抱いてるとあったかいから文よりお燐を連れてこっと」
「霊夢さーん!?」
すごく裏切られた感。
文はだいぶ霊夢に依存している。
「あーはいはいわかったわかった。一緒に来れば良いじゃない」
「あ、ありがとうございます!」
「……さ、ここらで種明かしをしましょうか」
「へ?」
「この神社には今萃香もいるから勝手に出掛けてもなにも問題ないのよ」
「……」
文は心底霊夢を恐ろしく感じた。
「……霊夢さん?」
「何?」
「……歩いていくんですか?」
「空飛ぶの疲れるじゃない」
人里へ向かう道の途中、文は霊夢に疑問をぶつけた。
文としては一秒でも長く霊夢とお買い物がしたいのである。
一緒に歩いていくのが悪いとは言わないが、霊夢を連れていきたい店も色々あるわけで。
時間が惜しいのだ。
「うーん、飛ぶのが疲れるなら私に乗って行きません?」
「……ごめん、何言ってるのかよくわからない」
「いや、だから私の背中に乗らないかと」
「あ、ごめん言い直すわ。意味がわからない」
霊夢が再び『何言ってんの?』みたいな顔で文を見る。
「私としては早く買い物がしたいわけで」
「いいじゃない別に。歩くのもいいものよ?」
「うーん……でも」
「文」
「!」
少し霊夢の語調が強くなる。
「いつでも言い負かせると思ってたら大間違いだからね」
「っ……はい」
ここは素直に負けを認めるしかない。
結局30分ほど歩いて、人里で買い物を始めた。
日はとっくに天頂を過ぎたが、まだ空は蒼い。
ところで買い物に出たとき女の子が一番はしゃぐのはどんな店でしょう?
「霊夢さん霊夢さん!綺麗じゃないですか?このネックレス!」
当然ジュエリーショップである。
多々例外あり。
「確かに綺麗ではあるけれど……綺麗だから似合うというわけでもないと思うわよ?」
「何言ってるんですか。霊夢さんなら何でも似合いますってぇ」
ごますりでもするのかという勢いで霊夢を落としにかかる文。
「私がつけるの?巫女服にこんなきらびやかなネックレスを付けたがるあんたがわからないわ」
「ま、騙されたと思って試してみてくださいよぉ」
「うーん。じゃあちょっとだけ付けてみるけど。あとあんた、さっきから語尾がうざい」
「あ、すいません」
騙されたと思って付けたネックレスはやはり巫女服に合っているとは言えなかった。
「やっぱり合わないわよ。これは」
「うーん、そうですかねぇ……」
「あんたがかければ良いじゃない。巫女服の私よりは合うでしょう」
「巫女服じゃない霊夢さんなら似合いそうなものですけどね」
霊夢の意見を見事にスルーする文。
「自分がかける気は全くないのね」
「霊夢さんいっつも同じ巫女服だから端から見てるとおしゃれさせたくなるんですよ」
「余計なお世話よ」
といいつつも霊夢はそこまで嫌がってはいないようだった。
むしろ宝石を見て回るのを楽しんでいるようにも見える。
霊夢といえど女の子なのである。
きれいなものは当然好きなのだ。
「えへへー、お揃いですねー♪」
たっぷり15分はかけて宝石を見てまわったふたりは、お揃いのペンダントを買い、その後喫茶店に入った。
「巫女が十字架ってのもどうなのかしら」
「別にいいじゃないですか。異文化の融合、美しいですよ?」
「そういう問題じゃあないと思うけど」
お揃いの十字架。
ダイヤ風にカットされた石がクロスの真ん中に埋め込まれている。
……まぁどうせガラスなんだろうけど、今言うことではない。
「切支丹巫女。斬新な新ジャンルですね」
「斬新すぎるわよ」
「十字架に囚われし巫女とか」
「嫌よそんなの」
「ですよねー」
この幻想郷では十字架に囚われてはいけないのである。
「ていうかそれを言うなら切支丹天狗もどうなのよ」
「どうというと?」
「日本の妖怪が切支丹てのもどうなのっていうことだけど」
「んー、でも普通にいますしねぇ」
「いるの?!」
霊夢には予想外だったらしい。
そりゃそうだ。
皆さんにも予想外だったでしょう?
(↑何様)
「えぇまぁ、少数ではありますがちゃんといますよ。日曜には教会で説教とかやってますよ」
「へー、いるんだ……」
と、そんな風に切支丹談義をしている間に店員が水を運んできた。
「ご注文、何にいたしましょう?」
「私はホットココアでいいわ」
「んじゃー私はこのホットぶどうジュースなるものを」
「は!?」
「かしこまりましたー少々お待ちくださーい」
店員はノーリアクションで奥に下がっていった。
「え、ちょ、文?」
「なんでしょう?」
「えーと色々突っ込みたいけど、あえてひとつ聞くなら」
「はい」
「頭、大丈夫?」
霊夢が本気で心配そうな顔で文を見る。
あぁ、心配されるのもいいなぁと思いつつ、デジャヴを感じる。
朝もこんな目で見られたような。
「私自身はいたって正常だと思ってますけどね」
「いやいや、ホットぶどうジュースって何よ?!それまともな飲みものじゃないでしょ絶対?!」
「未知との遭遇ですね」
しれっと言う文。
「絶対不味いわよそれ!口ごと爆発してジ、エンドが目に見えてるわよ!」
「霊夢さん、今の発言はさすがに喫茶店の方に失礼だと思います」
「あ、ごめんなさい……じゃなくて!」
いつになくまくしたてる霊夢。
それを尻目に文は文花帖を取りだし、
(ふむ……やはり霊夢さんは突っ込み属性っと……)
「ちょっと!文?聞いてる?!」
「はいはい聞いてませんよー」
「ちょっ……はぁ、もー、あんたといると調子狂うわ……」
「でもそれが楽しかったりもしてるんじゃないですか?」
「な、そ、そんなわけないわよ!」
(……ツンデレ属性を追加っと……)
文的になかなかの収穫があった会話が一段落した頃、問題の飲み物がやって来た。
「はいこちらホットココアとホットぶどうジュースになりまーす」
「あ、どうもー」
「ってなにこれ!?」
ホットココアはまぁ普通にホットココアだった。
それに対してホットぶどうジュースは、色こそ普通に紫だが……
「完全に煮たってるじゃないの!」
湯気がもくもくと出て泡もぷつぷつ立っている。
温度にして70~80℃と言ったところか。
「うーんこれは少々予想外」
「少々なの!?」
いつもの淡白さはどこへやら、いまや霊夢は完全に突っ込み役になっている。
「こうあんまり熱いとすぐには飲めませんねぇ」
「程度ってものを知らないのかしらここは」
昼間とはいえ晩秋、霜月である。
空気はそこそこ冷たく、こんなに熱いものをいきなり飲めば猫でなくとも舌を全面やけどしてしまう。
「ぶどうの匂いすごいですね……」
「ホットココアが少々美味しくなくなってしまうくらい匂うわね」
「煮たってますからね」
「何を考えてこんなのメニューに入れたのかしら」
全くもって謎である。
「そろそろ一口飲みますかね」
「文……死なないでね?」
「大丈夫です。霊夢を残して死にやしませんよ」
文はある種の幸せを感じつつ、そろそろと一口含む。
「…………!」
「……文?」
「あー、そうきましたか……」
「え、何?」
「……アルコール入りのジュースでした」
「はぁ!?」
なんと酒であった。いや、この場合ワインと言うべきか。
「え、熱燗!?……ではないわよね、ワインだし」
「これまた新ジャンルですね」
「だからいちいち斬新すぎるのよ!ていうか昼間からそれって大丈夫なの?!」
「……大丈夫なんじゃないですか?仮にも天狗ですし」
さらっと言う文。
さすが天狗である。
「……まぁ、それもそうか。じゃ、ちゃっちゃと呑んでぶどうの匂い消してちょうだい」
「あ、はい」
ようやく霊夢はいつもの調子を取り戻したようだ。
ちなみにホットぶどうジュースはちゃんと「酒」の部分に書かれていたのだが、文が天狗だと分かっていた店員はあえてなにも言わなかった、ということだったそうな。
そんな感じで人里を楽しんでいたふたり。
時刻はだいたい6時前。
幻想郷は赤く染まっている。
「さ、そろそろ帰りましょ」
「はい。お腹もすいてきましたしねー」
「ていうかほんとに平気なのね」
「あやや?心配してくれてました?」
「まさか」
そんな他愛もない会話をしつつ、夕暮れのなかを歩いて神社に戻る。
飛んだ方が確かに早いのだが、なぜか二人ともそんな考えはなかった。
「……あ」
「どうしました?」
「醤油買うの忘れてたわ」
「あや、だったら私が戻って買ってきますよ」
「いいわよ、全くないって訳でもないし」
本人たち(特に霊夢)に言うと否定されるのだろうが、本当に仲が良く見える。
神社についた頃には、空には一番星が光っていた。
鴉の鳴き声がいくつか聞こえている。
「……あんたはまだ帰らないの?」
「あや?帰ってほしいですか?」
「そういうわけじゃないけど。あんまり遅くまでいるとなんにも見えなくなるわよ?」
「む、そこまで鳥目はひどくないですよ」
鳥といったって天狗は妖怪である。
主な活動時間帯は夜だし、目もある程度ちゃんと闇に対応している。
「少なくともその辺の人間よりは見えてますよ」
「へー、それは意外な話ね」
「いつも思うんですけど霊夢さん、いくら博麗だからって妖怪をなめすぎてますよ?」
「博麗だからねぇ。どれだけなめてても殺されやしないし。はい、晩御飯できたわよ」
「全くもう……いただきます」
あくまでのんきな霊夢。
実際ほとんどの確率で霊夢が妖怪に殺されることなど無いのだろう。
博麗大結界のこともあるし、何より霊夢自身がとてつもなく強いので。
妖怪で最強と言われるあの八雲紫でさえ、霊夢が本気を出せばどうなるかわからない。
……まぁ霊夢が本気を出すことなどないし、この二人が全力でぶつかることなどありはしないだろうが。
晩御飯はニジマスだった。
恐らく妖怪の山で採れたものだろう。
最近、妖怪の山産のものはよく人里にも出回っている。
妖怪の山の魚や山菜などと、人里でとれる野菜や家畜の肉などの間で、一種の貿易関係のようなものが成り立っていた。
「平和になりましたねぇ」
「……私はそんな昔のこと知らないけど」
「あぁ、そうでした」
「……平和、なんでしょうね」
平和のありがたみと言うのは、崩れたときを目にしていないとやはり分からないものなのだろう。
「博麗のお陰ですよ」
「そうね。感謝なさい」
「はいはい。ありがたやー」
そんな平和な晩御飯の最中、
「……霊夢、いるわね?」
十六夜咲夜が神社に現れた。
「どうしたのよ、こんな時間に」
「あら、私にそういった時間の概念は無いようなものよ?」
「あとこんな時間といってもまだ7時ですけどね」
「あら、天狗もいたのね」
「ええ、ずっといました」
無視される理由が分かった今となっては少し心が痛む。
このメイドにも迷惑かけてたんだろうなぁ、私は。
「ま、とりあえず用件を言うわ。妹様を止めてくれる?」
「何?あの子また暴れてるの?」
「ちょっとしたきっかけで、ね。今回はちょっと、私たちの手には負えないわ。今パチュリー様とお嬢様が止めてるけど、それもいつまで持つか……」
「ふーん。それはまた大変ね」
「ええ、大変です。できるだけ早急に動いていただけると助かりますわ。では、私は加勢してきますので」
と、言い終わるか否かの内にメイドの姿は無くなっていた。
一刻を争うほど急いでいたようだ。
「……全く。動くかどうかも言ってないのに……」
「でも動くんですよね?」
「もちろん。で、あんたはついてくるんでしょう?」
「当然!」
食べかけの晩御飯を残して、ふたりは満天の星の下へ飛び立った。
紅魔館を目指して飛ぶふたり。
「それにしても、あのメンバー総出で止められないとなると、結構まずいんじゃないですか?」
「うーん……いつものようになんとかなるでしょ」
「ほんとにのんきですねあなたは……」
「悪い?」
「悪いとは言いません。逆にそれが強さでもあるのかもと思ってます」
「ま、なんでもいいけどね」
ふと顔をあげて空を見る。
向こうの天球にはペガサス座。
はるか古代、人を乗せ、空を翔んだという天馬。
その姿を見ていると……自然に口から言葉が出た。
「……霊夢さん、背中、乗りませんか?」
「……またそれ?」
「私の方が速いです……紅魔館には、早くついた方が良いのでしょう?」
「……私を乗せて、そんなに速く翔べるの?」
「……幻想郷最速を、あんまりなめないでください、霊夢さん」
その時の文の眼は、とても力強かった。
今は任せるべきだと、いつもの勘がささやいた。
「……じゃあ、お願いするわ」
そう言って、背中に捕まると、
「振り落とされないよう、しっかり捕まっていてくださいね」
そんな優しい気遣いの声のあと、
光が、後ろへ流れた。
正直、どこまでの速さに霊夢が耐えられるのかはよく分からなかった。
ただ、その背中にしがみつく腕は、少しも緩むことなくしっかりしていたので、とばせるところまでとばした。
……これだけとばしても、ペガサスの姿はなにも変わらない。
(……まだ、あなたには届かないのでしょうか)
それとも、速さの問題ではないのだろうか。
(……でも、今は)
背中の人間に頼まれたことを成し遂げること。
(それができれば、途中で落としたあなたには勝てますし、ね)
彼女の背に乗る大切な人の目的地、紅魔館はすぐそこに迫っていた。
文は霊夢の安全を最優先に、紅魔館に近づきつつ減速した。
その玄関前の広場は、ひどい有り様になっていた。
「……ずいぶんとまぁ、壊しに壊したものね」
背中の霊夢が呟く。
倒れているのは5人。
美鈴、小悪魔、パチュリー、咲夜、それにレミリア。
「見事に……全滅してますね」
「妖精メイドが見当たらないわね……咲夜が避難させたのかしら」
「素晴らしい上司ですね。妖精だから死なないというのに……」
「足手まといだと思ったんじゃないの?」
「あ、そうかも」
それらの躰の中心に立つ、フランドール・スカーレット。
左手にレーヴァーテインを持ち、なにもせず、たたずんでいる。
「……?我にかえったのでしょうか?」
「いや……違う。文、ここでいいわ。止まって」
「え?」
霊夢が、夢想天生を発動した。
「巻き込まれるわ。後は私だけで行く」
「え、待ってください!」
あなたを連れていくのが私の役目。
途中で降りてしまったら、役目を果たせていないことになる……
文は後ろ手に霊夢をしっかりつかんだ。
「文。離して!」
「あなたを紅魔館まで連れていくのが私の役目です!」
「何をいってるのよ!?止まって!離して!離れてて!!」
「イヤです!!!」
私は、ペガサスと同じではない……!
「聞き分けなさい!あのフランはね、壊せるものが来るのを待って……」
霊夢が訴えた言葉の最後は、くぐもったグシャッという音でかき消された。
いつのまにか、フランドールがこちらを向いていて、
妖しげに笑みを浮かべていて、
その右手が、しっかりと握られていた。
『Grip and Crash』
文は、空から墜ちた。
そこに、霊夢を残して。
文は地面に向かって墜ちていく。
霊夢がこちらを見ている。
「あぁもう、だから言ったのに……」
「……アナタハ、コワレナイニンゲン?」
霊夢はフランの方に向き直る。
「……ええ、たとえあなたといえど壊せはしないわ」
「……フフ、ジャア……ナニシテアソブ?」
「……弾幕ごっこ」
……結局、私もペガサスに過ぎなかった。
いや、星座になれない分、ペガサス以下かもしれない。
……でも、乗せてきた人間は、死にはしないだろう。
……そこだけ、あなたに勝てたかな?
結局、私は関係なし。
霊夢さん頼みですけど、ね……
後頭部に土のような感触を一瞬得、そこで文の意識は途切れた。
「ふぅ……」
ようやく片付いた。
確かに今夜のフランは狂暴が過ぎた。
夢想天生を10分も続けるとさすがに霊力の減りが激しいのだ。
まだ限界にはほど遠いが。
倒れたフランはとりあえず放置して、霊夢は門に向かって歩く。
「……文」
『霊夢を残して死にやしませんよ』と言ってくれた妖怪は、門のすぐ内側に倒れていた。
「…………」
「……あぁ、やっぱりもう終わってたか」
「……魔理沙」
上空から、箒に乗った霧雨魔理沙が下りてきた。
「いまさら何しにきたの?」
「いや、咲夜がな、『霊夢だけでも大丈夫だとは思うけど、一応』ってことで、私に後詰めを要請したんだ」
「ふうん。さすがしっかりしてるわね、そういうとこは」
「……しかしまぁ、今回は一段とひどいなぁ」
魔理沙がため息をついて辺りを見回す。
紅魔館は半壊。
倒れているのは先ほどの5人に加え、文と当事者のフラン。
「よく毎度毎度こんなに殺せるもんだ」
「魔理沙」
諫めるような霊夢の声。
「あぁ、違う違う。もちろん『死んでいやしない』よ。ただあっちは」
フランドールの方を指差す。
「殺したつもりでいるんだろ?」
「……どうかしら、『結局死なない』ってわかっているからこそ、思いきれるんじゃない?」
「そりゃあれか、最初のときお前が『死ななかった』のが原因ってことか」
「……そうなるかもね。でもあの時『死んだまま』の方が良かった、とかは言わないでしょ?」
「もちろん。あと霊夢。『死んでいやしない』」
「あぁ、そうだったわね」
……しばし沈黙。
「……常々何とかしてやりたいとは思ってるんだが」
「え?」
「フランだよ。ああ見えて我にかえったときのショックの受け方は大きいんだ、あいつ」
「……そうなの?」
きょとんとした顔で聞き返す霊夢。
「お前は毎度異変解決したら後のことは気にしないからなぁ」
「毎度毎度気にしてたら身が持たないわよ」
「へぇ、霊夢でも持たないことってあるんだな」
「無いわよ。気にしてないからね」
「だな。……まぁ、とりあえずフランとレミリアの復活まで待機だな。あー寒い」
いそいそと八卦炉を出す魔理沙。
無言で一緒に暖をとる霊夢。
「……帰らないのか?」
「あんたが色々言うからフランのことが気になって」
「……文もそこにいるし、か?」
「…………まぁ……そういうことでいいわ」
「はは、素直じゃないな」
「うるさい……」
フランドールは1時間ほどで目を覚ました。
「んむ……」
「あ、フラン……」
「……まりさ?……れいむも……」
ぼーっとした顔で二人を見るフランドール。
「二人とも……どうし……!」
なにかに気づいたらしく、辺りを見回す。
動かない躰、計6体。
「……!……ま……まり……さ……わた……わたし……ま……また……!」
「フラン」
「……!魔理沙!まりさぁ!」
魔理沙に泣きつくフランドール。
フランの狂気の顔しか普段見ることのない霊夢は、そのギャップに少々驚く。
「魔理沙!まりさ!ごめんなさい!ごめ……っく、ごめんなさい、ごめんなさい……ひっく」
「フラン、分かった、分かったから、な。とりあえず落ち着け」
「まり……っく、ごめ、んなさい、っく」
「大丈夫。大丈夫だから」
そして霊夢は、魔理沙にも驚いた。
魔理沙のこんなに優しい声を、霊夢は聞いたことがなかった。
「まりさ……っく、ほんとに?ひっく、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。自分の姉さんを信じな」
「でも……っく、あいつは私を、ひっく、500年、閉じ込め……っく」
「おいおい、495年だろ?」
「5年くらい、っく、かわりないわよ……ひっく」
「私とお前があってから今までの半分よりも多いぞ?」
「……あ、大きいや、っく、あ、あはは、ひっく」
「大きい大きい。美鈴の胸よりも大きい」
「あははは、それは、っく、大きすぎる、あはははは、ごめんね、魔理沙」
「わかればいいんだ」
フランドールはこうしてすぐに泣き止んだ。
魔理沙は毎回フランをなだめているのだろうか。
霊夢はすこし魔理沙を見直した。
自分にはとてもこんな芸当はできないと思った。
レミリアの復活にはそれからさらに数時間かかった。
「う……」
「遅い」
「あたっ!」
復活直後のレミリアをはたく霊夢。
「いきなり何するのよ!」
「復活遅い。寒いじゃないの」
「無茶言うなー!」
「お姉さまぁ!」
「わとと」
レミリアに飛びつくフランドール。
「お姉さま、ごめんなさいっ!」
「フラン……あぁ、私も悪かった。次からは気を付けるよ」
「……で、結局今回フランが暴れた理由ってなんなんだ?」
魔理沙が訊いたとたんに赤面するフランドールと冷や汗を流すレミリア。
「……うん、まぁ、ちょっとしたことだ。ちょっとした。な、フラン」
「ふぇ!?……う、うん。そう。ちょっとしたこと」
「……何をしたんだお前らは……」
「はいはい、原因とかどうでもいいから、ちゃっちゃとやっちゃって、レミリア」
「あ、あぁ」
まだ少し動揺の色が見えるが、レミリアは目を閉じ、額に手を当てる。
数分後、レミリアは倒れている5人の方へ歩いていき、自らの額に当てていた手をそれぞれの額に当てる。
「終わったわ。これでみんな『死んでない』わよ」
「んじゃ、あとは」
「……私の出番、ね」
いつのまにか門のところに八意永琳が立っていた。
「毎度毎度ジャストタイミングだな」
「あらそうでもないわよ?今日は10秒ほど早くついたわ」
「誤差の範囲じゃないの」
霊夢達と雑談しつつ、てきぱきと治療を済ませていく。
「……はい、私の方も完了したわ」
「ほんとにどうやって治してるんだろうな」
「ひしゃげた内蔵をもとに戻すくらい、造作もないわ」
「……めちゃくちゃな薬師だ。ていうか薬師だよな?医師じゃないよな?」
「ええ。専門ではないから少々やりにくいのは確かだけど、幻想郷の者たちは特別丈夫だからやりやすいのも確かなのよね」
月の技術というのはいったいどうなっているのか。
「ま、あと十数分もしたら皆さん起きるでしょう。では私はこれで」
「ああ、お疲れ様。疲れ果てても死なないんだろうがな」
「あらやだ、不死でも疲れるのは嫌ですわよ?」
そういい残して永琳は門から出ていった。
「ほんと都合のためだけに来てるようなもんだな」
「でも彼女がいないと完全に生還は出来ないんでしょう?」
「まぁそうなんだが」
ともかくあとは、目を覚ますのを待つだけだ。
……?
……意識がある。
なんで意識があるのだろう……
……?
なんで意識があるのがおかしいのだろう?
よく思い出せない……
……?
……頭が重い。
なんで頭が重いのだろう……
……?
そういえば私は地面に頭から墜ちたような。
だったら頭が重いのも当然か……
……?
なんで私は墜ちていたんだろう。
私が空から墜ちるなんてあり得ない……
……?
外から攻撃されたから?
なんで攻撃されたんだっけ……
……あぁ、思考ができない。
頭が重い。
ジャーナリストは常に、理性のアンテナを張らなければ……
……?
そういえばなぜ自分はこんなところで眠っているのだろう?
そもそもここはどこだろう?
……?
自分は眠っていたのか。
だったら起きないと。
ネタを探しに行かないと……
……?
起きるってどうやるんだっけ……
ええとたしか、こんな感じに瞼を……
「……う、ん」
「……あぁ、やっと起きた……」
「……ん……霊夢、さん?」
「ふぅ。良かった」
起きると目の前に霊夢がいた。
どうやら自分を心配してくれていたようだ。
……何故?
「……あの、霊夢さん?」
「……そもそも」
「っ、はい」
何故か霊夢が急に説教口調になった。
「私の静止を無視して突っ込むからこうなるの。私の勘はいつでも合ってるんだから、ちゃんと従いなさいよ」
……あ、この言葉で何となく思い出した。
霊夢と共に紅魔館に向かって、フランに壊されて、墜とされたのだった。
「……なんで生きてるんでしょう、私……」
「……『奇跡的に生き残った』……とでも言えばいいのかしら?」
「……そうですか……」
「……『死んだ』方が良かった?」
「い、いえ、そんなことは……」
「…………よかった」
「え?」
ぎゅっ……
霊夢が文に抱きつく。
「れ、霊夢さん?」
「よかった……」
「………ご迷惑、おかけしました」
「ホントにね」
文も霊夢の背中に手を回す。
抱き合ったままふたりで笑う。
「あはは……ごめんなさい」
「ふふ。絶対許さない」
「ちょ、霊夢さん……」
「冗談よ。あはは」
しばらくそのまま、笑っていた。
「……さ、帰りましょ」
「……はい!」
霊夢が文を離して立ち上がる。
文もあとに続いて立ち上がるが、
「……霊夢さん?」
霊夢はもう一度、文に抱きつく。
今度は、背中から。
「お詫びに、乗せて帰るくらいはしなさい」
「……はい!喜んで!」
今度はちゃんと神社まで、霊夢を送り届けよう。
無茶はせず、確実に。
あなたに勝つために。
「……次は、負けませんよ」
今は地平線の下にいる、
ペガサスに勝つために。
これにつきるかなぁ。
>あと初めてXperiaから投稿するので変なことになってるかもです
作品の出来映えを道具の所為にするのは褒められません。
Xperiaからなので変にっていうのは文字化けなどが起こっていないか心配だと言う意味で、作品の出来映えとは関係ない発言です。
今後誤解されるといけないので消しておきます。
君みたいなのがそそわを衰退へ向かわせるんだよねぇ。
誰も言わないかもしれないけども最低の作品だね。
ただちょっと長いですかね
次回も期待です!!!
おそらく意図的に混ぜた箇所かと思います。
読みづらかったなら申し訳ないです。
>>6さん
やはり行き当たりばったりじゃうまくはいかないか。
次からはちゃんと計画を立てておくことにします。
>>20さん
批判したいなら全部読んでからにしてほしいです。
冒頭だけで全部を判断されるのはあまり気分がよくないです。
ただ、冒頭で読者をつかめなかった点は反省したいと思います。
>>23さん
ありがとうございます!
自分でも少し長ったらしいかもなと思った節はあったのですが、
削る勇気が持てなかったです。
今から思えばそんなに気を張る必要もなかったんですよね。