「なぁ、アリス。命蓮寺には七色飯ってのがあるらしいぜ」
「七色飯? なに、七色に光とでもいうのかしら」
七色飯とは何とも興味の引かれるワードである。
魔理沙が興奮した様子でアリスの家へとやってきた。
「聞いてくれよ!」と興奮した様子で言うのを見て、どうせまたつまらない事だろうと思っていた。
しかし、魔理沙の言葉は、その期待を良い意味で裏切ってくれたのである。
魔法使い達は天狗に劣らず、最近の噂に敏感である。
気になる噂ならその噂の真相を調べ、何か魔法に繋がるものがないかと探るのだ。
もともと魔法使いは研究をして魔法に繋げる事が多いため、気になることは徹底的に調べたくなるのだ。
それは、魔法使いに生まれた者としての性なのかもしれない。
ともかく、魔理沙は七色飯という響きがとても気になって仕方が無かったのだ。
七色から連想されるのは、やはり虹だろう。
虹のような輝きを放つ飯がこの世に存在したとなれば、これは一目みたいと魔理沙の中の意欲を駆り立てた。
そして、一体どうして七色に発光するのかを調べる必要もある。
そう思うだけで魔理沙は心踊る思いだった。
情報源は、命蓮寺から少し離れた人里。
昨日、買い物の為に人里へ出かけた際、聖が買い物をしているのを見かけた。
声をかけようと思ったその時、聖はお店の商人にこう言ってみせたのだ。
「以前、私のお寺で七色飯を食べたのですが、たまにはああいうのも良いものですね」
その言葉を魔理沙は一度は耳を疑った。
両の耳に手をやり、耳がしっかりついているかを確認する。
そもそも、聖が嘘をつくなんて考えられないのだ。
幻想郷の中でも絶対嘘をつかないランキングがあれば確実に一位になるはずのあの聖がそういった。
このことから、情報に偽りは無いだろうと思われる。
「この情報は天狗には知られていないはずだぜ。いち早く七色飯をこの目で確かめて真相に迫らねばならん」
「そうね、それがいいわ。しかしそうなると天狗の目は怖いから軽率な行動は命取りになるわね」
魔理沙の話に、アリスも乗り気のようだった。
しかし、この話が天狗に流れてしまっては意味が無いのだ。
自分たちだけが知っている秘密であり、流れてしまっては面白くない。
天狗に流れる前にその真相を知る事で、満足感を得ると共に優越感に浸る事すらできる。
故に慎重な行動が求められるのである。
「まぁ、そうだな。しかし天狗はどこから沸いてくるかわからんし、対策を取るのは難しい」
「二人で行動すると目にとまるというか不自然に見えるから、一人で行動したほうがよさそうね」
「あぁ、それが良いな」
情報を得た人里は、天狗の中でも活発に活動をする文が良く出没する場所である。
ネタが少ない幻想郷では、小さな事でも逃してはならない。
人里で人間と仲良くなり、それで情報を聞きこみ、それを糧として新聞を書くのだ。
となると、聖から情報を聞き出すのも時間の問題だし、怪しい行動を取ればすぐ目に付く。
ゆっくりしている時間など二人には無かったのだ。
「まぁ、引きこもりのアリスが人里に行ってちゃ不自然だろうし、ここは私に任せるといい」
「言い返せないから困るわね……。任せてもいいの?」
「私は何でも屋だぜ? 何でもできるから何でも屋なんだ、やってやるよ」
親指を突き出し、自信満々の様子。
それを見たアリスは小さく笑いながら、「任せたわ」と返した。
「それじゃあ行ってくる」
そうして魔理沙の調査が始まったのである。
◆
情報を集めるにあたって、とりあえず本人に聞くのが一番良いことは誰もがわかることだ。
しかし、それじゃ面白くないと魔法使いは口を揃える。
一口に魔法使いと言っても、どのようにして魔法を生み出すか、またはどんな魔法を使うかなど、様々な魔法使いがいる。
そんな魔法使い達はそれぞれの誇りにも似っており、なかなかそれ以外の事を認めようとしないのだ。
頑固、と言えば簡単なのだが、そうではない。
他人の意見も受け入れつつも、持論を崩されるのが嫌で、負けず嫌いという面もあるのだ。
しかし、そんな魔法使い達も、結論に至る間での過程はストレートに結びつくのは面白くないと言う。
違う人から情報を得る、あるいは書物から調べ、そこから想像していく過程が楽しいのだそうだ。
自称魔法使いたる魔理沙も、直接聞くのは面白くない為、考える。
そして思い浮かんだのが、紅魔館へ行くという選択肢だった。
生きる図書館、パチュリーに意見を求めるのだ。
「七色飯?」
小さな灯りで読書に耽っていたパチュリーが本から目を離した。
本に小さなしおりをさして、パタンと大きな本を閉じる。
「あぁ、そうだ。なにか七色飯について知らないか?」
「どこかで見た覚えがあるわね……」
やはりパチュリーはそれについて見た事があったらしい。
これだけの本があるんだ、書いてなきゃおかしいと思った魔理沙の推理は当たった。
しかし、それが一体どんなものか、どんな本に書かれていたのかがわからない様子だった。
「歴史書の中に書いてありませんでしたっけ~?」
すると、本棚の向こうから司書の声が聞こえた。
ここの司書は優秀で、これに関する本がほしいと言ったらたくさん持ってくる。
これほど膨大な図書館の本を大体記憶している知識は素晴らしいと思う。
主人、司書共に素晴らしい人材が揃っている。
「あぁ、そうだったわね。確か外の歴史書に書かれていたわ」
「外の歴史書だと? 昔から外の世界にはそんなものがあったのか……」
昔からそれを食べられていたと考えるのが妥当だろうか。
聖は長い間封印されていたと聞くし、封印される前にそういうものを食べていたのかもしれない。
魔理沙は、聖復活のあの時以降よく話すようになっていた為、聖の事は少しは知っているつもりだ。
歴史について結構詳しいのは、昔の宗教や信仰に関してのものも重なっているからだろう。
何か一つの物事や事件が、それとは違った物事や事件に関連していると覚えやすい。
故にそういった歴史については自然に知識がついたと見られる。
「詳しくは知らないわ。多分記憶に残すものでもないと判断したからかも知れない」
「ふむ、そうか……」
どうやらこれ以上の知識を得る事はなさそうだった。
長居してもパチュリーの邪魔になるし、天狗に知られてしまうかもしれない。
魔理沙は、次の情報を得るためにいち早くこの場を去る事を決めた。
「ありがとな、またわからない事があったら来るぜ」
「それじゃ、また」
◆
次に向かう場所は、やはり人里だった。
情報を得た場所でもあり、ここなら七色飯について知っている者もいるかもしれない。
だが、ここは人が多くて誰に聞けばいいか絞るのも難しいのが欠点である。
しかし、魔理沙は最初からここへ行こうと決めていた場所があった。
それは、情報を初めて得たお店である。
聖と直接話をしていたことだし、もしかしたら七色飯について何か聞いているかもしれない。
そんな思いを胸に商人の元へと向かうのであった。
長い通りを歩いていると、少々古ぼけながらも、お店の顔たる看板がちらりと見えた。
「駄菓子や」と書かれたその看板は、何でも外の世界のものらしい。
それを店先に置いている辺り、ずいぶんと気に入っているのが推測できる。
店先に立つと、少し濁ったガラス張りの戸が、寒い風に吹かれてガタガタと揺れていた。
そんなガラス戸に手をかけると、一気に開き、店内へと入る。
店内は温かく、もう既に薪ストーブを焚いているようであった。
ふと前方を見ると、向こう側に店主の姿が見える。
魔理沙も見覚えがある、小さなおばあちゃんだった。
「おや、魔理沙ちゃんじゃないかい。残念だけど魔理沙ちゃんの好きな飴玉はさっき子供達が買ったので最後なんだよ、ごめんねぇ」
「そりゃ残念だぜ。でも今日はその話題じゃないんだ」
そう言いながら普段飴玉が入っている容器に目をやる。
空っぽになっているのを見ると、どうやら本当に売り切れてしまったらしい。
人里に来た時、時間があればここへ来て飴玉を買っていたのだ。
それだけに、おばあちゃんは魔理沙が来ると飴玉を買いに来たのと勘違いしたのだ。
話が終わったら買おうと考えていただけに、魔理沙は心の中で小さく落ち込んだ。
「昨日さ、聖ってのがここに来たと思うんだけど、その時七色飯について話してなかった?」
「あぁ、そのことかい。確かに話していたねぇ」
「おばあちゃん、聖が七色飯について他に何か話していたか覚えてたら教えてくれないか?」
「そうだねぇ……」
どこか遠い目をしているのは、考えている証拠である。
魔理沙は小さい頃からここにお世話になっていたのでそういった仕草は覚えているのだ。
有力な情報が得られる事を期待しながら、小さなおばあちゃんを見つめる。
「なんでも、集めるのが大変だったとか言ってたねぇ」
「集めるのが大変、か。まぁ、聞いた事無いしそりゃそうだろうなぁ……」
「あとは、何でも若返りとか美肌の効果もあるって言ってたよ」
「ほぉ、そりゃいい」
七色飯は若返りや美肌の効果もあるらしい。
昔の人はきっとそれを食べて長寿であったり、美しさを保ったりしてきたのだろう。
聖は若返りの魔法を使っていると聞くし、なるべく魔法を使わず若返りを試みているのかもしれない。
それなら命蓮寺の者達がそれを食すのも頷ける。
「重要な情報をありがとう、おばあちゃん」
「何をしようとしてるかはよくわからんけど、力になれたようでよかったよ」
おばあちゃんはにっこりと笑って、頬の皺をより深くした。
魔理沙は、情報を貰ったお礼として、飴玉の代わりに小さなチョコレートを買って外に出た。
◆
店内が暖かかったせいか、冬の風が身に染みる様だった。
深く帽子を被りなおすと、ゆっくりと駄菓子やから離れていった。
歩きながら、先ほど買ったチョコレートの封を指で切り、取り出した。
板状のチョコレートの先っぽに歯を掻けると、パキッと心地の良い音を立てて割れた。
口の中で甘いチョコレートを転がし、ゆっくり溶かしながら、人里を歩く。
魔理沙の心は、踊るような気持ちだった。
段々お目当ての者へと近づいていくのは、何か探偵の気分を味わうようなものである。
何か一つの異変を解決しているような、そんな錯覚。
そんな魔理沙の次の狙いは、命蓮寺の中の者に話を聞きたいというものであった。
そう、魔理沙は知っていたのだ、この時間帯になれば命蓮寺の誰かが人里に来る事を……。
「お、来たな」
その予想通り、見覚えのある姿が遠くに見えた。
命蓮寺の方向から見えるのは、頭に花が咲いている、長身の女性。
寅柄の服装が目を引き、頭の花のおかげでとても平和そうにも見える。
この時間帯は、命蓮寺の者が買出しに来る時間帯だったのだ。
先ほどもあった通り、魔理沙は聖と話す機会が多い為、命蓮寺の事も少しは知っている。
掃除や食事、買い物などが当番制になっており、今日は星が買い物の当番だったようだ。
「おいそこの毘沙門天」
「ふぇ? あぁ、魔理沙ですか。どうしたんですか?」
顔を知っていた為か、どこか安心したような表情を浮かべる星。
買い物かごをぶら下げながら歩いている姿は、とてもぴったりで主婦にも見えた。
「この前、聖が七色飯っていうのを食べたって言っていたんだが……」
「あぁ、七色飯ですか。そうですねぇ、あれは私の為に聖が集めてきてくれたので印象に残ってますよ」
「ん?聖の為じゃなくて、星のためだったのか」
魔理沙はちょっとばかり予想が外れ、顔をしかめる。
てっきり聖が若返りとか美肌の為に食べたのだと思っていただけに少し残念だった。
しかし、なぜ星の為なのかが気になるところではある。
「えぇ、そうですよ。ちょっと前に体調を崩していたのですが、精力をつけるためだって言って私に食べさせてくださったのです」
「じゃあなんで聖は、たまにはああいうのもいいですねって言ってたんだ?」
「体調が良くなる見通しが立たなかったから余分に用意したらしいですよ。私はすぐ体調がよくなって、余ったと言うことで皆で食べました。」
「ほぉ~」
体調を崩した時などに精力をつける為に食べることもあるらしい。
若返りや美肌、精力をつける等の効能があるが、きっと他にもあるに違いない。
七色飯なだけあって、七つの効能があるなだろうと魔理沙は推測する。
今出てきた情報は断片でしかない為、十分考えられることだ。
七色に輝き、その色毎にそれぞれの効能を持つ。
これしかないと魔理沙は確信した瞬間であった。
「そうだ、まだその七色飯ってのは残っているかわかるか?」
「どうでしょうか、わかりませんねぇ。一度聖に聞いてみるといいですよ」
「それもそうか。邪魔して悪かったな」
「いえいえ」
優しく微笑んで星は「それでは」と頭を下げた。
あの頭の花はどうすれば枯れるのかなどと想像を巡らせながら、魔理沙は手を振った。
◆
場所は変わって命蓮寺門前。
星と別れた後、寄り道する事無く足を進めていたら、時を数える間もなく着いてしまった。
ふぅ、と深呼吸をして高ぶる気持ちを落ち着かせると、一歩門へと踏み出した。
すると、今日は掃除当番だったのか、聖が竹箒を手に落ち葉を集めているのが見えた。
これは好都合だと言わんばかりに、魔理沙は手を振って聖を呼ぶ。
それに気づいた聖は、手を止めて魔理沙のもとまで歩み寄った。
「こんにちは、魔理沙。今日はどうしたんですか?」
「いやぁ、ちょっとこの前に人里で七色飯について話してたのをこっそり聞いててな」
「盗み聞きですか?いけませんね」
ふふっ、と聖は悪戯っぽく笑った。
それに対して魔理沙も、「すまなかったな」と笑顔で返した。
「で、七色飯にとても興味があるんだが、残ってたら今度くれないか?」
「そうですねぇ、まだ余っていますし別に構いませんよ」
「ほんとか!?」
魔理沙は思わず大きな声を上げ、聖はそれにとてもびっくりした様子を見せた。
まさかこんなに食いつくとは思ってもいなかったのだろう。
ふぅ、と一息つき、聖は続ける。
「明日の晩、命蓮寺にいらっしゃい。ご馳走してあげましょう」
「いいのか? なんだか悪いな。……あ、あと私以外にも一人増えても大丈夫か?」
「もちろんですよ。是非いらしてくださいな」
「そりゃよかった。楽しみに待ってるぜ」
はい、と聖母を思わせるような柔らかな笑みで聖は返す。
今の魔理沙には本当にそれが眩しく見え、心に光が満ちる思いだった。
「それじゃあまた明日!」
「えぇ、それではまた」
ぶんぶんと力いっぱい手を振ると、聖も優しく手を振り返し、魔理沙を見送った。
門を出ると、すぐさま箒に跨り、一目散にアリスの家へと戻っていった。
◆
「え!? もう明日になれば食べられるの!?」
「あぁ、そうだ。私のおかげだな」
「えぇ、本当よ! 流石ね魔理沙!」
「それほどでもないぜ」
心底驚いた様子を見せるアリスに対し、照れるのを隠すのが下手な魔理沙。
魔理沙が家を出ていってから二、三時間程度。
その僅かな時間で七色飯が明日、食べれるようになったのだから、驚くのは無理もない。
しかも魔理沙の分だけでなく、アリスの分までと来た。
いかに魔理沙の行動力が凄まじいかを改めて実感させられたアリスであった。
「でも、七色飯にありつくまでいろんな推理があったんでしょう?貴女の七色飯の推理を聞こうかしら」
「あぁ、そうだな。とりあえずいろいろ話を聞いたんだがな、七色飯ってだけあって、七つの効能があると私は見た」
「へぇ、七つの効能ねぇ」
アリスは顎に手をやりながらも、小さく頷く。
きっとアリスも七色飯という単語だけで様々なものを想像していたのだ。
それと比較しながら、魔理沙の話に耳を傾けていた。
「聞いたところじゃ、若返りや美肌、精力がつくってのがあった。これはあくまで断片的な情報であるからであって、絶対他にも効能があるはずだ」
「なるほど! それは十分考えられるわ。色だけじゃなく、効能も七つ……。素晴らしいわ!!」
想像以上の推測に、アリスは思わず大声をあげる。
いかにもそれっぽい感じの漂う魔理沙の推測は、アリスの心を大きく揺さぶった。
そしてそれは、早く食べてみたいという気持ちを駆り立てた。
「明日が楽しみね、魔理沙」
「あぁ、楽しみだぜ」
まるで秘密基地を作り、ここからどうしようかと考える、真新しくも楽しみでならないような、そんな気持ち。
子供のような好奇心を持ち、底知れぬ想像力を持った者、それが魔法使いである。
もう二人の頭の中には、七色飯しかなかったのだ。
七色飯という、まだ目にした事も無い飯。
七色に輝く飯を求め、頑張る事(魔理沙のみ)約二、三時間、それにありつけることになったのだ。
その至福の時を、一つの夜を越え、また時を経る事で食す事ができる。
「それじゃあまた明日の夜、アリスの家に行くからな」
「えぇ、待ってるわ。それじゃあまたね魔理沙」
「あぁ、またなアリス」
あえてここでは七色飯というワードを出さずに、別れた。
そのワードを出してしまうと、我慢できそうに無かったから。
だから、二人はにっこりと笑って明日を迎える準備をしたのであった……。
◆
「お~いアリス~。そろそろ行こうぜ~!」
ドンドンドンッとドアを叩く音と、魔理沙の大きな声がアリスの家に響いた。
余所様の家に行くと言うこともあって、少しばかりおめかしをしていたアリス。
髪の調節をしていたアリスは、すぐさま鏡から視線を逸らし、椅子にかかったマフラーを首に巻いた。
「はいはい、今行くわ」
部屋の電気を消し、ストーブを消すと、ドアノブに手をかけた。
ドアを開ければ、いつもの服装に手袋とマフラーをつけた魔理沙の姿があった。
この時期は寒い為、マフラーや手袋はかかせない道具である。
元気の塊たる魔理沙も寒さには勝てなかったのだろう。
「おう、早く行こうぜ。待たせちゃ悪いからな」
「そうね。早く行きましょうか」
待たせるのも確かに悪いなぁと二人は感じていた。
しかし、そんな理由よりも遥かに、勝るものがある。
それは、紛れも無く自分たちが早く七色飯を見てみたい、食べてみたいという欲求だった。
二人は、星が綺麗な冬空を泳いだ。
★☆
「ようこそいらっしゃいました。寒かったでしょう、ささ、お入りください」
「お邪魔するぜ」
「お邪魔します」
命蓮寺に着くと、聖が笑顔で出迎えてくれた。
丁寧にお寺の中を案内してくれて、迷う事無く食事の部屋へと辿りつく。
中には囲炉裏があり、優しい暖かさがほんのりと伝わってきた。
「中でお待ち下さい。しばらくしたらお持ちしますので」
「おう、待ってるぜ」
「お願いしますね」
聖は丁寧にお辞儀をすると、静かに部屋の戸を閉めた。
どうやら命蓮寺の皆と一緒に食べるというわけではなさそうだった。
目の前には二つのお膳があるだけで、他にお膳が見られないことから、なんとなくわかる。
しかし、命蓮寺は静かだった。
静寂が部屋の中を包み込み、二人は、自身の鼓動の高鳴りだけが耳に響いていた。
「大丈夫魔理沙? なんか震えてるわよ」
「そ、そんなことない。アリスだって膝が震えてるじゃないか」
「し、痺れてるだけよ。まったく……」
変に興奮してしまって、緊張にも似た感情に襲われる二人。
静まりかえった空間だと、様々な思考が浮かんでは消えていく。
部屋の静けさが緊張をより高めているのだった。
ガタンッ。
突如、戸の方から音が鳴り、二人の肩がビクンと跳ねる。
顔をそちらに向けると、戸ゆっくりと開いていくのが見えた。
そこには一輪と聖がおり、隣には何やらいろんなものが乗っているお盆があった。
「お待たせしました」
にっこり聖は笑うと、部屋にゆっくりと入り、お膳に食材を並べていった。
お寺という事もあって、肉などは無いが、どれも美味しそうなものばかりである。
お膳には数種類に分けられたご飯茶碗と、数々のおかずとがあった。
一輪はお盆を持って退室し、部屋には魔理沙とアリス、そして聖だけとなった。
「それではどうぞお召し上がりください」
「おいおい、待てよ。七色飯はどうしたんだ?七色に輝く飯なんてどこにもないぜ?」
突然お召し上がりくださいなんて言うものだから、魔理沙は冗談だろと言わんばかりに突っ込んだ。
目の前にあるのは、おかずと、七つのご飯茶碗にそれぞれご飯が入ったものだった。
まさか今更になって、「七色飯は用意できませんでした」なんて通用しない。
「へ? 七色に輝く飯……ですか?」
「あぁ、そうだ。七色飯ってんだから、虹のように輝く飯じゃ……え?」
魔理沙が言葉を続けていくと共に、聖の顔に曇りが見えた。
小さく輝く汗が見え、目があちらこちらに泳いでいた。
「あの……勘違いしているようだから言うけれど、七色飯っていうのは昔、体が弱かった将軍様の為に考えられた七種類のご飯の事であって、虹色に輝くような飯じゃないの」
その瞬間、魔理沙とアリスの中で何かが弾けた。
二人の魔法使いの推理は、呆気なくも崩れ去ってしまったのだ。
ただ残るのは、何とも言えない空気と無常なる現実のみだった。
「そうか、私の勘違いだったのか、ハハハ。こりゃ笑えるぜ」
「まぁ、七色に輝く飯なんて無いわよね、何期待しちゃってるのかしら、ハハハ」
二人の目に光は無く、無気力な笑い声を出し続けていた。
流石にこれはまずいと思った聖は、必死になって考えた。
考えた挙句、彼女は魔法を使って二人を慰めようとしたのだ。
「ほ、ほら! 私の髪の毛のようにグラデーションをかけて虹色っぽくなりましたよ!!」
聖なりの気遣いであり、今聖にできる精一杯だった。
はははと声を上げながら笑うも、二人の冷たい視線に我に返る。
笑うのを止め、ちらりと魔理沙を見ると、何とも惨めな笑みがそこにはあった。
「いいんだ聖。ありがとうな」
「ま、魔理沙……」
その言葉に、聖はグラデーションの魔法を止める。
すると、地味な色のご飯に元通りした。
そのご飯を見るだけで、何故か聖は胸が閉めつけられる思いだった。
「ほらアリス、食べようぜ。体に良いらしいし、これを食べて初冬を乗り切るんだ」
「そ、そうね。それじゃあいただきます」
「いただきます」
魔理沙の言葉に我に返ったアリスは、小さく微笑んだ。
二人は箸を持ち、ご飯を口に運びはじめた。
静かに箸を進める二人を黙って見つめるのは、あまりにも辛いことだった。
一種の罰ゲームにも似たような感覚に聖は襲われる。
そんな空気を打破しようと、何か話題は無いかと考える。
しかし、なかなか気の利いた話も思い浮かばず、七色飯の話をする他無かった。
「そのご飯たちは、乾飯・茶飯・粟飯・麦飯・小豆飯・湯取飯・引割飯で七種類です。アミノ酸の中のアルギニンを多く含んでいて、免疫力を高め、若返り、美肌、肥満改善、育毛、老化予防、長寿効果・性機能改善などの効果が……魔理沙? アリスさん?」
ふと二人を見ると、二人とも肩を震わせていたのだ。
よく見ると、瞼から流れ出るものが見える。
魔法使いの実験や試みは成功ばかりじゃない。
たくさん失敗をして、それで学んでいくのだ。
時に涙をする事もあるかもしれないが、それは成功への道へ続いている。
この二人も、きっとこの失敗が何か成功の道へ繋がっているのかもしれない。
そう思えば、今回の失敗も今後の成長に繋がっているのだ。
プラス思考で考えてくれる事を望みながらも、
「あぁ、ご飯茶碗に涙が満ちる……」
聖は、まだまだ若い魔法使い達を見守ることしかできなかった。
「七色飯? なに、七色に光とでもいうのかしら」
七色飯とは何とも興味の引かれるワードである。
魔理沙が興奮した様子でアリスの家へとやってきた。
「聞いてくれよ!」と興奮した様子で言うのを見て、どうせまたつまらない事だろうと思っていた。
しかし、魔理沙の言葉は、その期待を良い意味で裏切ってくれたのである。
魔法使い達は天狗に劣らず、最近の噂に敏感である。
気になる噂ならその噂の真相を調べ、何か魔法に繋がるものがないかと探るのだ。
もともと魔法使いは研究をして魔法に繋げる事が多いため、気になることは徹底的に調べたくなるのだ。
それは、魔法使いに生まれた者としての性なのかもしれない。
ともかく、魔理沙は七色飯という響きがとても気になって仕方が無かったのだ。
七色から連想されるのは、やはり虹だろう。
虹のような輝きを放つ飯がこの世に存在したとなれば、これは一目みたいと魔理沙の中の意欲を駆り立てた。
そして、一体どうして七色に発光するのかを調べる必要もある。
そう思うだけで魔理沙は心踊る思いだった。
情報源は、命蓮寺から少し離れた人里。
昨日、買い物の為に人里へ出かけた際、聖が買い物をしているのを見かけた。
声をかけようと思ったその時、聖はお店の商人にこう言ってみせたのだ。
「以前、私のお寺で七色飯を食べたのですが、たまにはああいうのも良いものですね」
その言葉を魔理沙は一度は耳を疑った。
両の耳に手をやり、耳がしっかりついているかを確認する。
そもそも、聖が嘘をつくなんて考えられないのだ。
幻想郷の中でも絶対嘘をつかないランキングがあれば確実に一位になるはずのあの聖がそういった。
このことから、情報に偽りは無いだろうと思われる。
「この情報は天狗には知られていないはずだぜ。いち早く七色飯をこの目で確かめて真相に迫らねばならん」
「そうね、それがいいわ。しかしそうなると天狗の目は怖いから軽率な行動は命取りになるわね」
魔理沙の話に、アリスも乗り気のようだった。
しかし、この話が天狗に流れてしまっては意味が無いのだ。
自分たちだけが知っている秘密であり、流れてしまっては面白くない。
天狗に流れる前にその真相を知る事で、満足感を得ると共に優越感に浸る事すらできる。
故に慎重な行動が求められるのである。
「まぁ、そうだな。しかし天狗はどこから沸いてくるかわからんし、対策を取るのは難しい」
「二人で行動すると目にとまるというか不自然に見えるから、一人で行動したほうがよさそうね」
「あぁ、それが良いな」
情報を得た人里は、天狗の中でも活発に活動をする文が良く出没する場所である。
ネタが少ない幻想郷では、小さな事でも逃してはならない。
人里で人間と仲良くなり、それで情報を聞きこみ、それを糧として新聞を書くのだ。
となると、聖から情報を聞き出すのも時間の問題だし、怪しい行動を取ればすぐ目に付く。
ゆっくりしている時間など二人には無かったのだ。
「まぁ、引きこもりのアリスが人里に行ってちゃ不自然だろうし、ここは私に任せるといい」
「言い返せないから困るわね……。任せてもいいの?」
「私は何でも屋だぜ? 何でもできるから何でも屋なんだ、やってやるよ」
親指を突き出し、自信満々の様子。
それを見たアリスは小さく笑いながら、「任せたわ」と返した。
「それじゃあ行ってくる」
そうして魔理沙の調査が始まったのである。
◆
情報を集めるにあたって、とりあえず本人に聞くのが一番良いことは誰もがわかることだ。
しかし、それじゃ面白くないと魔法使いは口を揃える。
一口に魔法使いと言っても、どのようにして魔法を生み出すか、またはどんな魔法を使うかなど、様々な魔法使いがいる。
そんな魔法使い達はそれぞれの誇りにも似っており、なかなかそれ以外の事を認めようとしないのだ。
頑固、と言えば簡単なのだが、そうではない。
他人の意見も受け入れつつも、持論を崩されるのが嫌で、負けず嫌いという面もあるのだ。
しかし、そんな魔法使い達も、結論に至る間での過程はストレートに結びつくのは面白くないと言う。
違う人から情報を得る、あるいは書物から調べ、そこから想像していく過程が楽しいのだそうだ。
自称魔法使いたる魔理沙も、直接聞くのは面白くない為、考える。
そして思い浮かんだのが、紅魔館へ行くという選択肢だった。
生きる図書館、パチュリーに意見を求めるのだ。
「七色飯?」
小さな灯りで読書に耽っていたパチュリーが本から目を離した。
本に小さなしおりをさして、パタンと大きな本を閉じる。
「あぁ、そうだ。なにか七色飯について知らないか?」
「どこかで見た覚えがあるわね……」
やはりパチュリーはそれについて見た事があったらしい。
これだけの本があるんだ、書いてなきゃおかしいと思った魔理沙の推理は当たった。
しかし、それが一体どんなものか、どんな本に書かれていたのかがわからない様子だった。
「歴史書の中に書いてありませんでしたっけ~?」
すると、本棚の向こうから司書の声が聞こえた。
ここの司書は優秀で、これに関する本がほしいと言ったらたくさん持ってくる。
これほど膨大な図書館の本を大体記憶している知識は素晴らしいと思う。
主人、司書共に素晴らしい人材が揃っている。
「あぁ、そうだったわね。確か外の歴史書に書かれていたわ」
「外の歴史書だと? 昔から外の世界にはそんなものがあったのか……」
昔からそれを食べられていたと考えるのが妥当だろうか。
聖は長い間封印されていたと聞くし、封印される前にそういうものを食べていたのかもしれない。
魔理沙は、聖復活のあの時以降よく話すようになっていた為、聖の事は少しは知っているつもりだ。
歴史について結構詳しいのは、昔の宗教や信仰に関してのものも重なっているからだろう。
何か一つの物事や事件が、それとは違った物事や事件に関連していると覚えやすい。
故にそういった歴史については自然に知識がついたと見られる。
「詳しくは知らないわ。多分記憶に残すものでもないと判断したからかも知れない」
「ふむ、そうか……」
どうやらこれ以上の知識を得る事はなさそうだった。
長居してもパチュリーの邪魔になるし、天狗に知られてしまうかもしれない。
魔理沙は、次の情報を得るためにいち早くこの場を去る事を決めた。
「ありがとな、またわからない事があったら来るぜ」
「それじゃ、また」
◆
次に向かう場所は、やはり人里だった。
情報を得た場所でもあり、ここなら七色飯について知っている者もいるかもしれない。
だが、ここは人が多くて誰に聞けばいいか絞るのも難しいのが欠点である。
しかし、魔理沙は最初からここへ行こうと決めていた場所があった。
それは、情報を初めて得たお店である。
聖と直接話をしていたことだし、もしかしたら七色飯について何か聞いているかもしれない。
そんな思いを胸に商人の元へと向かうのであった。
長い通りを歩いていると、少々古ぼけながらも、お店の顔たる看板がちらりと見えた。
「駄菓子や」と書かれたその看板は、何でも外の世界のものらしい。
それを店先に置いている辺り、ずいぶんと気に入っているのが推測できる。
店先に立つと、少し濁ったガラス張りの戸が、寒い風に吹かれてガタガタと揺れていた。
そんなガラス戸に手をかけると、一気に開き、店内へと入る。
店内は温かく、もう既に薪ストーブを焚いているようであった。
ふと前方を見ると、向こう側に店主の姿が見える。
魔理沙も見覚えがある、小さなおばあちゃんだった。
「おや、魔理沙ちゃんじゃないかい。残念だけど魔理沙ちゃんの好きな飴玉はさっき子供達が買ったので最後なんだよ、ごめんねぇ」
「そりゃ残念だぜ。でも今日はその話題じゃないんだ」
そう言いながら普段飴玉が入っている容器に目をやる。
空っぽになっているのを見ると、どうやら本当に売り切れてしまったらしい。
人里に来た時、時間があればここへ来て飴玉を買っていたのだ。
それだけに、おばあちゃんは魔理沙が来ると飴玉を買いに来たのと勘違いしたのだ。
話が終わったら買おうと考えていただけに、魔理沙は心の中で小さく落ち込んだ。
「昨日さ、聖ってのがここに来たと思うんだけど、その時七色飯について話してなかった?」
「あぁ、そのことかい。確かに話していたねぇ」
「おばあちゃん、聖が七色飯について他に何か話していたか覚えてたら教えてくれないか?」
「そうだねぇ……」
どこか遠い目をしているのは、考えている証拠である。
魔理沙は小さい頃からここにお世話になっていたのでそういった仕草は覚えているのだ。
有力な情報が得られる事を期待しながら、小さなおばあちゃんを見つめる。
「なんでも、集めるのが大変だったとか言ってたねぇ」
「集めるのが大変、か。まぁ、聞いた事無いしそりゃそうだろうなぁ……」
「あとは、何でも若返りとか美肌の効果もあるって言ってたよ」
「ほぉ、そりゃいい」
七色飯は若返りや美肌の効果もあるらしい。
昔の人はきっとそれを食べて長寿であったり、美しさを保ったりしてきたのだろう。
聖は若返りの魔法を使っていると聞くし、なるべく魔法を使わず若返りを試みているのかもしれない。
それなら命蓮寺の者達がそれを食すのも頷ける。
「重要な情報をありがとう、おばあちゃん」
「何をしようとしてるかはよくわからんけど、力になれたようでよかったよ」
おばあちゃんはにっこりと笑って、頬の皺をより深くした。
魔理沙は、情報を貰ったお礼として、飴玉の代わりに小さなチョコレートを買って外に出た。
◆
店内が暖かかったせいか、冬の風が身に染みる様だった。
深く帽子を被りなおすと、ゆっくりと駄菓子やから離れていった。
歩きながら、先ほど買ったチョコレートの封を指で切り、取り出した。
板状のチョコレートの先っぽに歯を掻けると、パキッと心地の良い音を立てて割れた。
口の中で甘いチョコレートを転がし、ゆっくり溶かしながら、人里を歩く。
魔理沙の心は、踊るような気持ちだった。
段々お目当ての者へと近づいていくのは、何か探偵の気分を味わうようなものである。
何か一つの異変を解決しているような、そんな錯覚。
そんな魔理沙の次の狙いは、命蓮寺の中の者に話を聞きたいというものであった。
そう、魔理沙は知っていたのだ、この時間帯になれば命蓮寺の誰かが人里に来る事を……。
「お、来たな」
その予想通り、見覚えのある姿が遠くに見えた。
命蓮寺の方向から見えるのは、頭に花が咲いている、長身の女性。
寅柄の服装が目を引き、頭の花のおかげでとても平和そうにも見える。
この時間帯は、命蓮寺の者が買出しに来る時間帯だったのだ。
先ほどもあった通り、魔理沙は聖と話す機会が多い為、命蓮寺の事も少しは知っている。
掃除や食事、買い物などが当番制になっており、今日は星が買い物の当番だったようだ。
「おいそこの毘沙門天」
「ふぇ? あぁ、魔理沙ですか。どうしたんですか?」
顔を知っていた為か、どこか安心したような表情を浮かべる星。
買い物かごをぶら下げながら歩いている姿は、とてもぴったりで主婦にも見えた。
「この前、聖が七色飯っていうのを食べたって言っていたんだが……」
「あぁ、七色飯ですか。そうですねぇ、あれは私の為に聖が集めてきてくれたので印象に残ってますよ」
「ん?聖の為じゃなくて、星のためだったのか」
魔理沙はちょっとばかり予想が外れ、顔をしかめる。
てっきり聖が若返りとか美肌の為に食べたのだと思っていただけに少し残念だった。
しかし、なぜ星の為なのかが気になるところではある。
「えぇ、そうですよ。ちょっと前に体調を崩していたのですが、精力をつけるためだって言って私に食べさせてくださったのです」
「じゃあなんで聖は、たまにはああいうのもいいですねって言ってたんだ?」
「体調が良くなる見通しが立たなかったから余分に用意したらしいですよ。私はすぐ体調がよくなって、余ったと言うことで皆で食べました。」
「ほぉ~」
体調を崩した時などに精力をつける為に食べることもあるらしい。
若返りや美肌、精力をつける等の効能があるが、きっと他にもあるに違いない。
七色飯なだけあって、七つの効能があるなだろうと魔理沙は推測する。
今出てきた情報は断片でしかない為、十分考えられることだ。
七色に輝き、その色毎にそれぞれの効能を持つ。
これしかないと魔理沙は確信した瞬間であった。
「そうだ、まだその七色飯ってのは残っているかわかるか?」
「どうでしょうか、わかりませんねぇ。一度聖に聞いてみるといいですよ」
「それもそうか。邪魔して悪かったな」
「いえいえ」
優しく微笑んで星は「それでは」と頭を下げた。
あの頭の花はどうすれば枯れるのかなどと想像を巡らせながら、魔理沙は手を振った。
◆
場所は変わって命蓮寺門前。
星と別れた後、寄り道する事無く足を進めていたら、時を数える間もなく着いてしまった。
ふぅ、と深呼吸をして高ぶる気持ちを落ち着かせると、一歩門へと踏み出した。
すると、今日は掃除当番だったのか、聖が竹箒を手に落ち葉を集めているのが見えた。
これは好都合だと言わんばかりに、魔理沙は手を振って聖を呼ぶ。
それに気づいた聖は、手を止めて魔理沙のもとまで歩み寄った。
「こんにちは、魔理沙。今日はどうしたんですか?」
「いやぁ、ちょっとこの前に人里で七色飯について話してたのをこっそり聞いててな」
「盗み聞きですか?いけませんね」
ふふっ、と聖は悪戯っぽく笑った。
それに対して魔理沙も、「すまなかったな」と笑顔で返した。
「で、七色飯にとても興味があるんだが、残ってたら今度くれないか?」
「そうですねぇ、まだ余っていますし別に構いませんよ」
「ほんとか!?」
魔理沙は思わず大きな声を上げ、聖はそれにとてもびっくりした様子を見せた。
まさかこんなに食いつくとは思ってもいなかったのだろう。
ふぅ、と一息つき、聖は続ける。
「明日の晩、命蓮寺にいらっしゃい。ご馳走してあげましょう」
「いいのか? なんだか悪いな。……あ、あと私以外にも一人増えても大丈夫か?」
「もちろんですよ。是非いらしてくださいな」
「そりゃよかった。楽しみに待ってるぜ」
はい、と聖母を思わせるような柔らかな笑みで聖は返す。
今の魔理沙には本当にそれが眩しく見え、心に光が満ちる思いだった。
「それじゃあまた明日!」
「えぇ、それではまた」
ぶんぶんと力いっぱい手を振ると、聖も優しく手を振り返し、魔理沙を見送った。
門を出ると、すぐさま箒に跨り、一目散にアリスの家へと戻っていった。
◆
「え!? もう明日になれば食べられるの!?」
「あぁ、そうだ。私のおかげだな」
「えぇ、本当よ! 流石ね魔理沙!」
「それほどでもないぜ」
心底驚いた様子を見せるアリスに対し、照れるのを隠すのが下手な魔理沙。
魔理沙が家を出ていってから二、三時間程度。
その僅かな時間で七色飯が明日、食べれるようになったのだから、驚くのは無理もない。
しかも魔理沙の分だけでなく、アリスの分までと来た。
いかに魔理沙の行動力が凄まじいかを改めて実感させられたアリスであった。
「でも、七色飯にありつくまでいろんな推理があったんでしょう?貴女の七色飯の推理を聞こうかしら」
「あぁ、そうだな。とりあえずいろいろ話を聞いたんだがな、七色飯ってだけあって、七つの効能があると私は見た」
「へぇ、七つの効能ねぇ」
アリスは顎に手をやりながらも、小さく頷く。
きっとアリスも七色飯という単語だけで様々なものを想像していたのだ。
それと比較しながら、魔理沙の話に耳を傾けていた。
「聞いたところじゃ、若返りや美肌、精力がつくってのがあった。これはあくまで断片的な情報であるからであって、絶対他にも効能があるはずだ」
「なるほど! それは十分考えられるわ。色だけじゃなく、効能も七つ……。素晴らしいわ!!」
想像以上の推測に、アリスは思わず大声をあげる。
いかにもそれっぽい感じの漂う魔理沙の推測は、アリスの心を大きく揺さぶった。
そしてそれは、早く食べてみたいという気持ちを駆り立てた。
「明日が楽しみね、魔理沙」
「あぁ、楽しみだぜ」
まるで秘密基地を作り、ここからどうしようかと考える、真新しくも楽しみでならないような、そんな気持ち。
子供のような好奇心を持ち、底知れぬ想像力を持った者、それが魔法使いである。
もう二人の頭の中には、七色飯しかなかったのだ。
七色飯という、まだ目にした事も無い飯。
七色に輝く飯を求め、頑張る事(魔理沙のみ)約二、三時間、それにありつけることになったのだ。
その至福の時を、一つの夜を越え、また時を経る事で食す事ができる。
「それじゃあまた明日の夜、アリスの家に行くからな」
「えぇ、待ってるわ。それじゃあまたね魔理沙」
「あぁ、またなアリス」
あえてここでは七色飯というワードを出さずに、別れた。
そのワードを出してしまうと、我慢できそうに無かったから。
だから、二人はにっこりと笑って明日を迎える準備をしたのであった……。
◆
「お~いアリス~。そろそろ行こうぜ~!」
ドンドンドンッとドアを叩く音と、魔理沙の大きな声がアリスの家に響いた。
余所様の家に行くと言うこともあって、少しばかりおめかしをしていたアリス。
髪の調節をしていたアリスは、すぐさま鏡から視線を逸らし、椅子にかかったマフラーを首に巻いた。
「はいはい、今行くわ」
部屋の電気を消し、ストーブを消すと、ドアノブに手をかけた。
ドアを開ければ、いつもの服装に手袋とマフラーをつけた魔理沙の姿があった。
この時期は寒い為、マフラーや手袋はかかせない道具である。
元気の塊たる魔理沙も寒さには勝てなかったのだろう。
「おう、早く行こうぜ。待たせちゃ悪いからな」
「そうね。早く行きましょうか」
待たせるのも確かに悪いなぁと二人は感じていた。
しかし、そんな理由よりも遥かに、勝るものがある。
それは、紛れも無く自分たちが早く七色飯を見てみたい、食べてみたいという欲求だった。
二人は、星が綺麗な冬空を泳いだ。
★☆
「ようこそいらっしゃいました。寒かったでしょう、ささ、お入りください」
「お邪魔するぜ」
「お邪魔します」
命蓮寺に着くと、聖が笑顔で出迎えてくれた。
丁寧にお寺の中を案内してくれて、迷う事無く食事の部屋へと辿りつく。
中には囲炉裏があり、優しい暖かさがほんのりと伝わってきた。
「中でお待ち下さい。しばらくしたらお持ちしますので」
「おう、待ってるぜ」
「お願いしますね」
聖は丁寧にお辞儀をすると、静かに部屋の戸を閉めた。
どうやら命蓮寺の皆と一緒に食べるというわけではなさそうだった。
目の前には二つのお膳があるだけで、他にお膳が見られないことから、なんとなくわかる。
しかし、命蓮寺は静かだった。
静寂が部屋の中を包み込み、二人は、自身の鼓動の高鳴りだけが耳に響いていた。
「大丈夫魔理沙? なんか震えてるわよ」
「そ、そんなことない。アリスだって膝が震えてるじゃないか」
「し、痺れてるだけよ。まったく……」
変に興奮してしまって、緊張にも似た感情に襲われる二人。
静まりかえった空間だと、様々な思考が浮かんでは消えていく。
部屋の静けさが緊張をより高めているのだった。
ガタンッ。
突如、戸の方から音が鳴り、二人の肩がビクンと跳ねる。
顔をそちらに向けると、戸ゆっくりと開いていくのが見えた。
そこには一輪と聖がおり、隣には何やらいろんなものが乗っているお盆があった。
「お待たせしました」
にっこり聖は笑うと、部屋にゆっくりと入り、お膳に食材を並べていった。
お寺という事もあって、肉などは無いが、どれも美味しそうなものばかりである。
お膳には数種類に分けられたご飯茶碗と、数々のおかずとがあった。
一輪はお盆を持って退室し、部屋には魔理沙とアリス、そして聖だけとなった。
「それではどうぞお召し上がりください」
「おいおい、待てよ。七色飯はどうしたんだ?七色に輝く飯なんてどこにもないぜ?」
突然お召し上がりくださいなんて言うものだから、魔理沙は冗談だろと言わんばかりに突っ込んだ。
目の前にあるのは、おかずと、七つのご飯茶碗にそれぞれご飯が入ったものだった。
まさか今更になって、「七色飯は用意できませんでした」なんて通用しない。
「へ? 七色に輝く飯……ですか?」
「あぁ、そうだ。七色飯ってんだから、虹のように輝く飯じゃ……え?」
魔理沙が言葉を続けていくと共に、聖の顔に曇りが見えた。
小さく輝く汗が見え、目があちらこちらに泳いでいた。
「あの……勘違いしているようだから言うけれど、七色飯っていうのは昔、体が弱かった将軍様の為に考えられた七種類のご飯の事であって、虹色に輝くような飯じゃないの」
その瞬間、魔理沙とアリスの中で何かが弾けた。
二人の魔法使いの推理は、呆気なくも崩れ去ってしまったのだ。
ただ残るのは、何とも言えない空気と無常なる現実のみだった。
「そうか、私の勘違いだったのか、ハハハ。こりゃ笑えるぜ」
「まぁ、七色に輝く飯なんて無いわよね、何期待しちゃってるのかしら、ハハハ」
二人の目に光は無く、無気力な笑い声を出し続けていた。
流石にこれはまずいと思った聖は、必死になって考えた。
考えた挙句、彼女は魔法を使って二人を慰めようとしたのだ。
「ほ、ほら! 私の髪の毛のようにグラデーションをかけて虹色っぽくなりましたよ!!」
聖なりの気遣いであり、今聖にできる精一杯だった。
はははと声を上げながら笑うも、二人の冷たい視線に我に返る。
笑うのを止め、ちらりと魔理沙を見ると、何とも惨めな笑みがそこにはあった。
「いいんだ聖。ありがとうな」
「ま、魔理沙……」
その言葉に、聖はグラデーションの魔法を止める。
すると、地味な色のご飯に元通りした。
そのご飯を見るだけで、何故か聖は胸が閉めつけられる思いだった。
「ほらアリス、食べようぜ。体に良いらしいし、これを食べて初冬を乗り切るんだ」
「そ、そうね。それじゃあいただきます」
「いただきます」
魔理沙の言葉に我に返ったアリスは、小さく微笑んだ。
二人は箸を持ち、ご飯を口に運びはじめた。
静かに箸を進める二人を黙って見つめるのは、あまりにも辛いことだった。
一種の罰ゲームにも似たような感覚に聖は襲われる。
そんな空気を打破しようと、何か話題は無いかと考える。
しかし、なかなか気の利いた話も思い浮かばず、七色飯の話をする他無かった。
「そのご飯たちは、乾飯・茶飯・粟飯・麦飯・小豆飯・湯取飯・引割飯で七種類です。アミノ酸の中のアルギニンを多く含んでいて、免疫力を高め、若返り、美肌、肥満改善、育毛、老化予防、長寿効果・性機能改善などの効果が……魔理沙? アリスさん?」
ふと二人を見ると、二人とも肩を震わせていたのだ。
よく見ると、瞼から流れ出るものが見える。
魔法使いの実験や試みは成功ばかりじゃない。
たくさん失敗をして、それで学んでいくのだ。
時に涙をする事もあるかもしれないが、それは成功への道へ続いている。
この二人も、きっとこの失敗が何か成功の道へ繋がっているのかもしれない。
そう思えば、今回の失敗も今後の成長に繋がっているのだ。
プラス思考で考えてくれる事を望みながらも、
「あぁ、ご飯茶碗に涙が満ちる……」
聖は、まだまだ若い魔法使い達を見守ることしかできなかった。
大した情報なく妄想、連想だけを働かせて推定するのは研究とは違うのでは。
魔理沙、アリス、ガンバレwww
評価ありがとうございます。
何のあれもないお話です。
>幻想 様
評価ありがとうございます。
なんかこれを言わせたかっただけなのかもしれません。
>13 様
評価ありがとうございます。
なんか、魔法使いだから(キリッ とか言っといて何気に適当そうだなぁとか思った結果がこれでした。
すみません。
>エクシア 様
評価ありがとうございます。
私も調べてみて驚きました、七色飯恐るべし。
>25 様
評価ありがとうございます。
なんか、研究とかいって頑張ってるけど空回り多そうなのがこの二人って気がする。
>29 様
評価ありがとうございます。
こういう聖は個人的に好きなんですよね、可愛い。
>34 様
評価ありがとうございます。
それは全然知りませんでした、ほぉ……。
>35 様
評価ありがとうございます。
希望とか期待ってのはあっけなく折れたりするものですからね、現実は非情。