※自分で言うのも何ですが、とても読みにくいです。
草木も眠る丑三つ時。夜道に佇む屋台が一つ、周りに転がる死体はいっぱい。いや、死んでない死んでない。泥酔してるだけ。だいたいこいつら、昼間過ぎからわざわざ地上くんだりまで出向いて宴会だって馬鹿みたいに飲んで、それからさらに飲みたりないからって適当な屋台でまた飲んで、からっぽの頭に酒つめ込んで夢の世界へこんばんはだとか、本当にばっかじゃなかろうか、ルンバって感じで、
ああ、妬ましい妬ましい
なんて思うわけがあるかってんだ。こんちくしょう。
♪
そもそもどうして私がこんなところにいなけりゃいけない。
今日も平和に一人ぼっちで橋を眺めて心落ち着かせていたというのに、突然地底の妖怪たちが現れたかと思うと古明地の奴が水橋さんも行きましょうなんて言ってきて、本人小さいくせにバックに多数の妖怪がついてると何となく断り辛いっていうか別に予定があるわけでもないし、顔つないでおいてほうが得かもしれないとかあまりにつき合い悪いと言われるのも嫌だなとか考えちゃうし、まぁ全部後づけの理由なんだけどとにかく頷いてしまったおかげで波にさらわれて地上へ出てみたらこれが眩しいのなんのって、確かに暦の上だと春だけれども何あの太陽久しぶりに見るけどめっちゃ元気やないのって思わず数年ぶりにあった親戚みたいなこと呟いたまではよかったけれど、良く考えたら地底にいたときの格好のままだから暑いの当然なのに加えて集団のおかげで密度が高くて酸素が薄くて頭に血が上ってきて、薄っすらと三途の川が見えてきたと思ったけども渡しも何もいないから三途じゃねえなこれと結論づけて一息ついて、最後尾に下がって新鮮な空気に触れたり顔なじみの妖怪とお前もいるのかよみたいな挨拶交わしたりしていたら何やら神社らしきものが見えてきたわけで、出てきたのはこないだいきなり襲われてさっくり負けて先へとずいずい進んでいった紅白の巫女で一瞬ひるんだりしたけどどうせ向こうは私のことなど覚えていないだろうと思い直し、だって自分が負けた相手は覚えているけど自分が勝った相手の顔なんて覚える気なんてさらさらないんだからきっと他人もそうなんだろうというだけなんだけど多分間違ってないっていうか案の定巫女は私のこと覚えてなくって安堵したやらちょっと悲しいやらで周りもだいたい同じ感じと安心したけど覚えられてる奴は少しだけ羨ましく思ったりして、そもそも今日は地底の連中が地上に迷惑かけたらしいのを手打ちにするために宴会を開くとやらで私は何の関係もないのに連れてこられて心底勘弁してほしいと思ったわけで、まぁ巫女との面通しは済ませたから後は隅っこで目立たなくして少しは見知った連中と当たり障りのない話をして過ごせばいいわけだからと軽く考えていたらそうは問屋が卸してくれず、どうやら地上の連中は知らない顔を見ると話しかけようとする積極的な連中が多いようで私はその度に水橋ですーどうもーって挨拶して地上は暑いですねーとか太陽死ねばいいのにとかやっぱり当たり障りのないことを喋ったりするのだが、なにせ語ろうと思えば分身を出してそちらに弾幕が打ち込まれたら大玉を乱射するようなスペルカードの仕組みについてなど何時間でも語れる分野はあるけどそれを実行に移すといつの間にか周りから人がいなくなったりする危険性があるためであり、そうやって無難にキャッチボールをこなしていると会話が途切れたタイミングで相手はまた別のところへ移っていってそれとともに私のことは特段覚えておく必要のないその他大勢扱いになるけどまぁそれは私が本気を出さなかったからで水橋パルスィの真の凄みを知らずに終わった不幸な奴と思えば別に傷つかないし、そもそもこっちだって相手の顔なんて碌に覚えてなんかいないのだからお互い様だとわざわざ思うこと自体が既に意識しすぎているような気もしないためこれ以上は考えず、そうすると後は手持ち無沙汰に酒を飲みつつ眼前に繰り広げられる妖怪模様を肴にしていれば自然と時間も過ぎていくわけであり、日も暮れた頃にようやくお開きになりそうな雰囲気でやれやれと思ったところで頭空っぽ系妖怪どもが飲み足りないだの言いだすし巫女はこの時間なら屋台が開いてるだの言うしでまだまだ帰れなさそうな感じになって、まぁ自分くらいはいなくなっても構わないだろうと適当な場所で別れる算段をしていたらまた古明地の奴が水橋さんも行きますよねなんて言ってきて、面倒だとかお前と一緒にいたくないんだよとか思う暇もなく頷いてしまったおかげで結局一緒に行くことになってしまい、夜を往く妖怪の一団に紛れてしまってさあ大変というわけでもなくぬるい流れに身を任せて進んでいけば人気のない場所にぽつんと屋台が一軒見えてきたわけであり、そこは初めて見る妖怪が切り盛りしている屋台だったのだけど宴会で十分食べてきたから軽いつまみと酒でいいだろうということで飲み始めて今に至るというのだから、やっぱり私がここにいなきゃいけない理由なんてないわけだ。
なお、文字にすると千八百字は下らないと思われる分量の独白を延々としたのは、すべて覚り妖怪対策である。いくら心を読むといってもここまでやったらさすがに途中で面倒になって諦めるだろうが、用心に用心を重ねて悪いことは何もない。
何まだ読んでんの? あんたよあんた。勝手に心中覗いて何ニヤニヤしてんのよ。鏡でも見なさい。気持ち悪いじゃない。
こうやって定期的にカウンターを繰り出しておかないと不安になるのだ。ちなみに、古明地は向こうでペットたちと飲んでいる。こっちは生き残りも少なくなってきて、私は独りで静かに酒を楽しむことができている。他人と接することは必ずしも苦痛ではないのだけど、自分本来の姿でいることができないというのはそれなりにストレスを覚えることだから、できれば誰とも関わりをもたずに生きていれたらいいと思う。もっとも、いいとは思うがまったく交わりを絶つこともできない。その最たる例が古明地さとりなのだ。
今から考えると若気の至りとしか言いようがないのだけど、私は彼女と知り合う以前から心を読まれる可能性への対策として、お前がこちらを窺っているのは判っているぞ、とか、無駄なことは止めろ、などのメッセージを振り撒いていた。ある日、同じように周囲に思念を飛ばしたところ、参りました、などと言いながら奴が現れたのである。偶然のことだったが、その時の私は平然としたもので、さもすべてお見通しだったかのような態度をとった。そのおかげで古明地は何か勘違いをしたらしく、私に他者とは微妙に異なる態度をとるようになり、他者はそれを見て私に対する評価を改めた。見方によっては嫌われ者どうしが微妙につながりをもっておくことで周りへの牽制としたといえるかもしれない。つまりは友情と打算の二重構造というやつである。そしてこのつながりは、後に古明地が地上から地底に移り住むことになったときに、私を誘い、地上と地下を結ぶ縦穴の番人というポストを用意するという形になって現れた。その選択は絶妙のように思われたが、彼女は人よりも多くの情報を得ることができるのだから、当然の結果なのかもしれない。まあ思いやりのない妖怪ではないのだけれど、所詮は上から目線のものなので、鬼のような連中にはとことん嫌われるし、ペットたちからは好かれるのだが、これも当然の結果なのだろう。個人的にはそこまで嫌いではないのだが、おっと、あいつを甘やかしてやる義理もない。酒をお供に思考を進めると勝手な方向に行っていけないから、ここらで打ち切りとしよう。
ちょうど酒も切れたところだったので、周辺にある器やら杯やらを幾つか重ねて屋台へ向かう。やはり赤提灯は風情がある。酒飲みはまるで誘蛾灯に引き寄せられるが如く、止まれのサインを無視して甘い罠に身を堕とす。そして終着駅で、これまで聞いたこともないような歌声を耳にするのだ。ほら近づくにしたがって何かのメロディが聞こえてくるじゃないか。
「嫉妬心、嫉妬心、俺達は~♪ 打たれ弱さはどんなときも負けやしないさー♪」
良く判らない歌だった。ふぁさ、と格好良く暖簾を上げることはできず、微妙に手に絡むそれを持て余しながらもカウンター越しに歌う屋台の主と目が合う。
「何それ」
「さあ?」
「知らないで歌ってたの!?」
「いや、私はその瞬間の心象風景を歌に昇華させるだけだから、あえてそれが何かまでは踏み込まないようにしてるのよ」
「いきなり真面目に答えるな」
「む、すまぬ」
意外とものわかりの良い妖怪だ。名前を聞くとミスティア・ローレライといって、焼き鳥をこの世から撲滅するために八目鰻屋を始めたというファンキーでモンキーなベイベーであった。
「じゃあその八目鰻とやらを一つ。それから酒」
「お姉さんの好みは辛口?」
「旨い酒がいいな。それとお姉さんじゃないわよ」
「いやいや、どう考えても年上でしょ」
「ちょっと、まぁ千は軽く超えてるけどさ」
「ほらー、私まだ七百ちょっとだし」
「うわ、何かショック」
「そんなお姉さんには特別に良いお酒出しちゃいましょう」
ローレライは酒瓶から枡になみなみと注いで出してきやがった。自分が年上であることを認めがたかった私は、現実逃避のために出された枡の中身を確認することもなく一気に呷る。口に入った瞬間はすっきりした感じのくせに、喉元を過ぎると甘味がまろやかな広がりをみせて、酔いがぐるっと体を駆け巡る。これは旨いし、そして効く。酒には強い方なんだけど、これは予定外に回ってしまいそう。
「これいいね。何てお酒?」
「えっと、『鬼ころし 純米大吟醸』って書いてあるよ」
「ちょい待ち」
「どしたん?」
「いやぁ、道理で効くはずだと思って。ああ名前聞いたら急に酔いが」
「何か権威に弱い人みたいだけど」
いやいや、違うのよ。鬼ころしっちゃあ、鬼も酔うほど強い酒、って謂われのある逸品なわけだから、それが広く知れわたっているかぎりはその酒を飲んだら鬼は酔ってしまうわけよ。そういうものなんだから。そういう概念的なやつには滅法弱いんだから。それでこれでも半分くらいは鬼なんでやっぱり鬼ころしにはやられてまうんよ。あかん、地がでてきとるやん。
「まぁ、鬼は鬼ころし飲んだら酔っ払っちゃうってことなんよ」
「ふーん、厄介なのね」
「だからもう一杯ちょうだい」
「あいどうぞ。でも普通はだから止めとく、になるんじゃないの」
「手軽に酔えるんなら飲まんと損やし。佳い酒は微酔に飲んで、桜は七分、月は更待。宥座は満ちるとひっくり返るのよう」
「何を言ってるか全然判んないから、はいもう一杯。鰻用意するから、これはゆっくり飲んでいってね」
「あぁ美味し。適当にやりながら待ってるえ~、はようしてや」
タン、と目打ちが鳴る。目が痛くなるほど高く澄んだ鉦の音で鳴り響いて、身を縛りつけるから、せめて心だけは閉ざさないように、私は酒を舌で転がす。細長い、細長い、鰻を裂く耳新しい音は、生命の音を消してくれる。中骨を見せてくれたりもするしね。
「裂きたい背中、って感じかしら」
「ハッ。っていうそのスタンス、それ以上やっちゃダメだよ」
「とりあえず水橋パロディですとか言っとけば何とかなるかなと思ってる」
「自分を切り売りするのはどうなんだろう」
「ネタましいネタましいって言うキャラ設定なんやけどね」
「どうでもいいけど、うちは腹開きだし、それに八目鰻には中骨ないのよね」
「むむむ」
「何がむむむよ」
外見だけはまったくもって鰻なわけだけれども、八目鰻と普通の鰻は別物だったみたい。厳密に言えば魚じゃないのよ、とか言われてもはいそうですかと素直に信じる気にはなれん。しかし開いていく様を見ると、確かに軟骨のような感じであってしっかりとした中骨は存在しない。ちなみに鰻を裂いていく手捌きは見事の一言に尽きる。傍目にも、鰻裂き包丁が楽しげに踊っているのが判るし、あっちゅう間にあの細長かった鰻が見慣れたサイズに出来上がってゆく。
「お姉さんは肝とか大丈夫なほうかな?」
「基本的には食べられるもんは何でも食べるよ」
「じゃあこいつも後で試してもらおう。お酒に合うのよね~♪」
かくして肝と軟骨はまとめて別皿に移され、綺麗になった八目鰻はこれから串を打たれるところ。頭は残したままで、金串を四本、頭から順次尾に向けて串を通してゆく。まぁ人間の基準で串打ち三年、裂き八年というくらいだから、あの裂きの技術を見た後ではそれなりに安心していられる。ほれ見ろあの扇形。あれが焼き上がる姿を想像しただけで酒が進むわ。その酒は相変わらずぐいっといった後の鼻に抜けてゆく感じが素晴らしい。もう焼きに専念してもらうために手酌でいかせていただきましょう。
炭火の調子を確かめて、まずは皮から焼き上げてゆく。パチっと音を立てるあたり、やる気十分と見た。火床を軽く均して、しばらく炭が本調子になるのを待っとる間に、さきほどの肝と軟骨を叩いて叩いてミンチにする。タンタンとリズミカルに鳴るまな板に合わせて鼻歌も流れるサービスつきでテンションが上がる。手慣れとうなあ。
「ちょいとローレライはん」
「呼ばれ慣れないなあ、それ。ミスティアでいいんだけど」
「じゃあミスティね」
「なぜ省いた」
「私パルスィだもん。でさ、その技術はいつごろ手に入れはったん」
「うーん、二百年前ぐらいかなぁ。そのときは普通の鰻だったんだけど。八目鰻はこっちに来てからかな。カワヤツメが増えてきてるのもあって」
「そりゃあ熟練するわ」
「でも店は最近なんだよね~。人里とそれなりに交流するようになって、焼鳥屋を見つけてからかな。許せんつうのもあったし、商売的にもいけると思って」
「意外とちゃっかりしてるんだ」
ぱたぱたと団扇で熱を対流させると、だんだんと皮が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。個人的にはぱりっと、少し強めに焼いたほうが好みなので、ミスティにはその旨お願いした。ちなみに八目鰻は普通の鰻と違って歯ごたえが強く、ふっくらと焼き上げるやり方には合わないとのことである。焼き方については問題なさそうなのでその点については安心。
皮目にしっかり焼きを入れたところでさらに串が打ち上げられる。四本の間に一本ずつ串を通して、いよいよ身を焼いていくっちゅうわけ。もちろん炭火の端っこに肝焼きの串が乗っているのを見逃す私ではないから、そちらが何気なく返される度に具合をチェックしている。つくねのような感じに仕立てられていて、楽しみは尽きない。
「ちょいとお姉さん」
「それこそ呼ばれ慣れないわね。水橋パルスィという名前があるけど」
「パルスイート?」
「カロリーオフちゃうよ」
「みずはっち」
「一部の人からお叱り受けそう。危険危険」
「パリィ!」
「誰が前衛や」
「チェルスィ」
「はママの味とか言わせんといて」
「バルス」
「目がぁ~目がぁ~って何させるのよ」
「んもう、全然ダメじゃない。何だったらいいのよ」
「普通でいいのよ」
「ちぇっ。で、パルスィの訛りはどこのものなの?」
「西の方よー。こっちの暮らしも長くてだいぶ中和された感じになっとるけど。まぁいろいろあってこうなったわけ」
長い年月を経たおかげで、今では懐かしい思い出として振り返ることができる。もともとは大陸の西方で橋に仮寓し水を司る神として崇め奉られていたのだけど、異教の広まりとともに土地を追われ、流れ流れて東の果てまでやってきてしまった。故地を去ってから四百年は流亡していただろうか、力の源を失ってよくもまあそこまで生き長らえたと思うが、さすがに限界が訪れようかとしていたところで、とある鬼に出会った。片腕を斬り落とされた上に封印されてしまい、在り方のバランスが崩れた彼女はだんだんと存在それ自体が薄まっていって、それでもなお世のすべてを妬んでいた。消えゆく間際に暴発してはいけないと思って、わが身に引き取ることとしたのである。
習合して初めて判ったのだが、彼女は橋姫として人々から恐れられていた存在であったのだ。両者ともに橋に縁があったのだから、この出会いは必然だったのだろう。神格は半減してしまったものの、祀られる存在となったことで信仰は回復した。人を守れず、人を失い、人を捨てたはずの自分が再びのうのうと暮らしてゆくことについては、しばらくわだかまりを解くことができなかった。まだ人に捨てられた神のほうが矜持を保っていられるだろう。私は最早、過去の私を未だに信ずるその心に対して、何も応えてやることができないのだ。こうやって目の前を流れてゆく白い煙を見ていると、不意に過去の情景が映し出されるような気がして、鼻の奥がつんとする。
「ミスティ、ちょっと煙が目に入っちゃったんだけど、何か拭くもんでもある?」
「あらごめん。ちょっと待ってね。あいよっと」
「良い匂いよね。涙まで美味しくなっちゃいそうなくらい」
「酒と泪と鰻と女って感じかな」
「泣いた私は忘れてしまいたいことにでも包まれたんかな」
「ん、何かあったの」
「別に。特にないです、ってところだけど、まぁ昔のこととか。ミスティはどこが故郷なん」
「さあ?」
「知らんのかい」
「私を忘れた故郷のことを、どうして覚えてられようか~♪」
「おお、ええこと言うね。あんたも飲むか」
「もうちょっとで焼き上がるから、そしたら私もいただこうかな」
器なんぞが用意されて、いよいよ鰻が火から上げられるときがやってきたようである。身にはたっぷりとたれが掛けられ、皮は硬くならないように一度だけたれを掛けるというその配慮にはこれまた涙が出そうになるじゃあありませんか。とはいえ、辺りに漂う香ばしい匂いとあの照りからすると普通の蒲焼きなのだけど、食べやすい大きさに切る様子を見ると、確かに歯ごたえのありそうな感じを受ける。やはり鰻と八目鰻は別物やという認識を新たにして、さあお待ちかねの賞味タイムといきましょう。
まず見た目。いわゆる鰻の蒲焼きを前にしたときに感じる柔らかそうなふっくら感はなくて、どちらかというと焼き鳥に近いんかな。
次に香り。遠くからだとたれの焼けた匂いしかしなかったけど、近くだと八目鰻それ自体の魚臭さが少し感じられる。カワヤツメ、と言っていたからなるほど川魚臭であると納得する。これは好き嫌いの対象となる可能性があるが、私としてはまったく問題ない。まぁ野生のもん食い慣れとったら違和感覚えるかどうかも怪しい程度よね。
箸でつまむと、やはり弾力がある。鰻のように箸で切れたりはしなさそう。口内に放り込んで一噛みすると、コリッとした食感。これに負けずに噛んでやると、きたきた、じゅわっと香ばしさが口に広がって、思わず口角が上がる。十分にもぐもぐしたところで酒と一緒に胃に流し込んでやると、これはなかなか。
「旨い!」
「お~良かった。じゃあ八目鰻に乾杯ってことで」
「乾杯~。初めて食べたけど八目鰻いいねえ。」
「こちとら鰻しか出さない鰻屋だからファミレスの鰻に負けるわけにはいかないのよ」
「ファミレス!?」
「良く知らないんだけど、外の世界にそう言った人がいたんだって。私も真似しようと思って」
「職人気質ってやつか。でも結果美味しいんだから最高」
幸せという言葉を辞書で引くと、美味しいもんと美味しい酒があることと書いてある。いや書いてあるに違いない。だから幸せに違いない。とはいえそうなると、あまり酒を飲む機会がない今の私は幸せが少ないということになりそうである。そしたらこれからは少し飲むようにしようか。誰と飲むよ、参ったな。心当たりも、ないこともないけど、この屋台にちょいちょい来るくらいがいいのかも。
「よし。ミスティは地底で店出そか」
「何を言い出したかと思ったら、急にどうしたのよ」
「地上は通いにくいのよねえ」
「嬉しい申し出だけど、ちょっと無理かな」
「いきなり失恋しちゃったわ」
「誰か代わりを見つけてくださいな」
だから心当たりがないわけじゃないんだってば。仕方がないので八目鰻を口に運ぶ。うめえ。癖になりそう。
「その様子だと、あてがありそうね~」
「悪い奴じゃないんだけど、ちょいと面倒なのよ」
「どこらへんが」
「素直じゃないっちゅうか、気の使い方が下手なんやね。さり気ないつもりがばればれでさ」
「うんうん」
「また相手のこと考えてるにしては相手の望むものを提供できてないわけよ。今日だって、さ」
「本当はどうしてほしかったのよ」
「言うかいそんなこと」
「ちぇっ。つまんないの」
意外と油断ならんかった。まぁ仮に奴が上手くやったとしたら、私は今ここにいないわけだから、それはそれでという感じもする。しかし数百年来の付き合い方を変えてみるのであれば、ちょっと考えてみる必要がありそうだ。
「ミスティは仲良いのとかいるん?」
「それなりにいるけど~」
「きっかけは何が多いんやろ」
「やっぱり一緒に飲んでからかな」
「ですよねー。じゃあ決まりってことで、後は飲み食いに集中。せっかくだからミスティと飲み明かそ」
「あいあい。そろそろ肝焼きも食べごろだから、試してみてね」
それからは、もう何でもありってことで色んな酒を飲み比べたり利き酒やってみたり調子っぱずれな歌を一緒に歌ってみたり屋台の常連客の話を聞いたり地底の妖怪どもの話をしたりとやっていたら自然と時間も過ぎていった。肝焼きは蒲焼きよりさらにクセのある味だったけど当然美味しくいただいた。聞くと八目鰻は視力回復に効果があるらしい。だから、靄がかかっていた私の視界が今日で少しだけ澄んだのも、きっと八目鰻の効用なんだろうと思うことにした。
そして明け方、まだ太陽は顔を出していないものの空は白くなってきた辺りで、一足先に退散することにする。何しろ春といったらこの時間帯である。とはいえ、さすがに疲れたから今日の地底と地上は通行し放題ということにして寝ることにしよう。どうせ通行人といえば周囲の死体どもが起きあがって家に戻っていくぐらいなんだし。
古明地の様子を見に行くと、ペットたちと一緒にぶっ潰れていた。何かむにゃむにゃ言ってるから耳を近づけてみたらいきなりはっきりした声で『お前は今日、ここで死ぬ……そして私の心で永遠に生きるであろう』なんて言い出しやがる。どないな夢見てはるんですか。めっちゃびびったやん。ちょっとどきどきして思わず周りとか窺ってみたりしたけど誰も起きる気配がなくてほっとする。ほっとしたついでに少し腹が立って、せっかくだから仕返しの一つでもしてやろうという気になった。それで、とりあえず屋台に戻って、ミスティアに依頼事をした。
「ミスティ、あのさ、ちょいとお願いがあるんだけど」
「はいな。できることならやるよ」
「この鬼ころしの残りをくれないかしら」
「それぐらいなら構わないけど、新しいの出そうか?」
「ううん、これでいいの。それで、古明地さとりっていうちっこくて性格悪そうな妖怪がいるから、そいつに渡してちょうだい」
「酷い言い草ね」
「ここからが大事なんだけど、ミスティ、今日私と一緒に飲んで、楽しかった?」
「ん、楽しかったよ」
「ありがと。それなら大丈夫だ。で、これを渡すときに『これを飲んでたひとは気分良く帰っていったよ』って言ってほしいの」
「何だかややこしくなってきたね。私忘れっぽいから大丈夫かなぁ」
「後は、さっきの私の様子を思い浮かべてくれればいいから」
「それなら何とかなりそう。それでさ、これをするとどうなるわけ?」
「秘密。上手くいくかどうか判らないし。まぁヒントは、私水橋パルスィは、嫉妬心を操る妖怪なのですってことかな。じゃあお願いね」
「あいよ。ではまたのお越しをお待ちしてますー」
♪
家に帰りついた私はさっさと寝て、夕方前に一度起きることにした。風呂に入ってさっぱりして、普通ならご飯にするけど、今日はさすがに食欲がない。適当に過ごして、またさっさと寝ることに決める。徹夜なんかして生活リズムを乱してしまったから、なるべく明日から通常営業に戻したいのだ。
まずは日記を昨日と今日の分まとめてつけてしまうことにする。どうしても神社から屋台にかけてのことが中心になるが、ミスティアのおかげでなかなか楽しいものとなったのは良かった。最後の仕掛けは、自分の見立てでは三日後なんだけど、さてどうなるだろう。と思ったところで玄関戸が音を鳴らす。
トントン
これはちょいと効き目が強すぎたかしらんと思いながら引き戸を開けると、案の定であった。
今日も楽しい徹夜かな。まったく、今日は家飲みなんだから、多少酔っ払っても大丈夫なことぐらい、判ってるよねえ。
最後にさとりにやることもニクいねぇ
テンポがいいものだから最初の長文も気持ちよく読めてしまいました橋姫様ごめん
面白いからもっとやれ