木枯らし吹き、秋の香りも流されていった、冬の始まり。
博麗霊夢は紅魔館で優雅に紅茶を楽しんでいた。
「これうまっ。あ、これもうま! 咲夜すげええ!」
「ふふ、ありがと」
「あー! 霊夢、それ私の!」
あまり優雅ではなかった。
「いいじゃない、あんたはいつも食べてるんだし。私はゲストなんだから。譲り合いの精神よ」
「一方的に譲れと強要することを譲り合いと呼ぶのなら、あなたは国語を勉強し直しなさい」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは霊夢の口に消えていくクッキーを見て、ため息を吐きながらそうつぶやいた。
事の始まりは霊夢が紅魔館にお茶をたかりに来たこと。
事の終わりは霊夢が満足すること。それがいつもの日常だった。
しかし、本日の霊夢はそれだけでは満足しなかったらしい。レミリアに向かって質問を投げかけた。
「ねえレミリア。お昼はまだよね?」
「もちろんまだよ。本来ならお茶の時間でもないけれど」
「それなら一緒に食べにいかない? 人間の里においしいおそば屋さんができたんだけど」
「そばやぁ? そば屋なんてどこも一緒――」
ザクリッチ。
「痛ぁッ!?」
吸血鬼であるレミリアが視認できないほどの速さで針がレミリアの手に刺さった。
「殺すわよ?」
「ご、ごめんなさい……」
霊夢の本気の目に、思わず心からの謝罪をしてしまったレミリアだった。
「あ、と……お、おそば屋さんだったわね! ううん、知らないわ。つ、連れてってほしいな~?」
「あら、あんたでもおそばとかに興味あるのね」
「うんうん! すっごく興味ある! ダカラハリシマッテ」
霊夢はにんまりと笑い、機嫌良く言う。
「うはは! そう、なら仕方がないわね。連れていってあげる。その代わり、あんたの奢りだからね」
「や、やったー……ん?」
霊夢の機嫌が戻り、一安心するレミリアだったが、脇で「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐く咲夜を見てレミリアは悟った。
(は、はじめから奢らせるつもりだったのか……!)
ハメられた悔しさを感じつつも、大体いつも通りのことなので、すぐに気にしなくなったレミリアだった。
「お嬢様のカリスマ値が減っていく……」
咲夜のつぶやきは聞こえない振りをした。
「ここまで来たはいいけどさ。そもそも冬におそばって微妙じゃない?」
「あらそう? 私はオツなもんだと思うけどね。今日みたいな小春日和だと、結構昼間は暑いし」
「それはそうだけど」
そんな話をしながら歩を進める。
程なくして見えてきたのは、そば処『葉月』
新鮮な食材と確かな腕前で人里の人気を博している新進気鋭のそば屋である。
レミリアと霊夢、そして咲夜はそば屋に着くと、その長蛇の列に目を張った。
「す、すごい人気ね」
「正直、ここまでとは……」
「予約しておいてよかったわ」
「今なんと!?」
「今なんと!?」
予想外の言葉にレミリアと咲夜は思わず聞き返す。
「人気店ってわかってたからね。感謝しなさいよ、私のおかげですぐ入れるんだから」
恐ろしい。人の金を使うこと前提に予約まで取っておいたのか。
レミリアは改めて博麗の巫女の恐ろしさを再認識した。(悪い意味で)
「さ、入りましょ」
「え、ええ……」
促されるままにレミリアは暖簾をくぐる。
入った瞬間飛び込んでくるのは楽しげな昼食時の喧噪――ではなく、黙々とそばや天ぷらをかき込む真剣な色の静寂であった。
「いらっしゃい」
笑顔とともにお茶が差し出される。
なるほど店員の人当たりの良さも繁盛の一因となっているのだろう。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
「あ、今頼んじゃうわ。私は天ざるそば。あんたたちは?」
「え? あ、じゃあ私もそれ」
「私もお嬢様と同じもので」
「天ざる三つね」
「かしこましました」
一礼をして下がる店員。徹底されている。
「ちょっと霊夢! 他人のことも考えなさいよ!」
「なにが?」
「ちょっとはメニュー見せてくれてもいいじゃない!」
「そばなんてみんな同じなんでしょ?」
「むぐ……」
根に持ってらっしゃる。
基本的に日本というものが好きなのだろう。霊夢はお茶を愛し、お団子を愛す。そばにも同じだけの思い入れがあるのだろう。
「だ、だからってぇ……」
それでもイマイチ納得ができず、レミリアは頬を膨らませる。
「もう頼んじゃったんだから仕方ないでしょ。それに、天ざるはお昼の一番人気よ」
「そうなの? それなら、まあ……」
しぶしぶ引き下がるレミリアを見て、咲夜は「カリスマ値向上は絶望的ですわ」とため息を吐いていた。
「お待たせいたしました」
目の前に置かれた天ざるそばを見て、レミリアは思った。
(…………普通ね)
そう、普通。どこからどう見ても普通なのである。
量が多いわけでもない。天ぷらの種類が豊富なわけでもない。
ただただ、普通であった。
「伸びないうちに食べなさいよ」
「ぅわ、わかってるわよ」
うぅ、箸は苦手だ。
たどたどしくそばを掴み、口に入れる。
「ちがーう!」
「ひえっ」
怒鳴られた。なぜ。
「あんた、ふざけんじゃないわよ。そばってもんは啜ってなんぼでしょ! お嬢様ぶってんじゃないわよ」
「お嬢様なんだけど……あ、いえ、なんでもないです」
ふん、と鼻を鳴らし霊夢は言う。
「見てなさい。これが正しいおそばの食べ方よ」
霊夢はそばを掴み、つゆに一瞬だけ浸すと豪快をそれを啜りだした。
ずずずずずずず!
がしがしと咀嚼し、嚥下。
霊夢はいい笑顔を向けて言う。
「こうよ」
「ほむ」
ああも満足げに言い放たれると、本当に食べ方次第で味が変わってくるような気がするから不思議である。
(……やってみよ)
そう決めると、レミリアは先に霊夢がしたように、豪快にそばを口に運んだ。
ずずずずずずず!
先ほどはいきなり霊夢に怒鳴られたから、味もなにもわかったもんではなかったが、心に余裕を持って臨むと、ここのそばのおいしさがよくわかる。
噛んでまず最初に思うことは「堅い」だ。しかしその堅さは、きちんと茹でられていないことからくる堅さではない。しっかりと茹でられた上で堅いのだ。歯を通すと、そばの一本一本がぷつり、と音を立てて切れていく。噛むごとに伝わってくる確かな弾力。噛むことに楽しさを覚える嬉しい仕上がりだった。それがそばのために計算して作られた濃い目のつゆと絡まって、絶妙な清涼感を与えてくれる。
「むう…………おいしい」
「でしょ?」
なぜ霊夢が自慢気なのかわからない。
「薬味を入れてもおいしいわよ」
そう言って霊夢は小さな皿を指さした。その中には、ネギ、わさび、そして大根おろしが盛られている。
「三倍おいしいわよ」
「三倍」
言われた通りに入れてみる。ネギはどっさりと。わさびと大根おろしは半分ずつ。
わさびと大根おろしがつゆに溶け込んでいく様、その中をネギが泳ぐ様は、それは一つの海で、とてもキレイだった。
そばを啜る。喉に流れる清涼感はそのままに、今度は辛みというそばの立て役者が味覚を刺激してくる。
わさびの痛烈な辛さは鼻から抜け、新鮮な大根の辛さは後から後から舌にじわりと届いてくる。ネギのシャキシャキ感も口の中の刺激に一陣の風を吹かせていた。
「三倍おいしい!」
「でしょ?」
だからなぜお前が偉そうなんだ。
そんな文句も引っ込むほどおいしい。
そば……そばすげぇ!
「お嬢様、天ぷらもおいしいです。サクサクふわふわ」
サクサクふわふわ。
なんと魅惑的な表現をしてくれるんだ咲夜は。
咲夜はこのそばを一旦忘れ、天ぷらに走れと言う。残酷だ。
OK走ろうぜ、どこまでも。
いきなり主役の海老天に手をつける。箸から伝わる重量感は、良い海老を使っていることを示していた。
つゆをつけ、がぶりと噛みつく。サクっといい音を上げる衣のすぐ下からは、身のぎっしりと詰まったぷりぷりの海老が顔出す。噛むごとにぎゅっと弾力を返す海老は、もはや肉だ。噛めば噛むほど味が出てくる。ナスも負けてはいない。サクサクの衣と、スポンジのような食感のナス、どちらもしっかりとつゆを吸って、じわりとそれが舌に染み込んでいく。最後はピーマン。きりりと引き締まるような苦みが天ざるそばという一つの作品を引き締めた。
「悔しいけれど、どれもこれも本当においしい……」
レミリアは、そばなんてどこでも同じ、と考えていた過去の時分がどうしようもなく恥ずかしく感じていた。
そう思っていた時期は、そのままおいしいそばと出会えなかった期間だ。
しかし、恥ずかしく思うと同時に、レミリアは感謝もしていた。連れてきてくれた霊夢に。そして、おいしいそばを提供してくれる店に。
「つ、連れてきてくれて……あ、ありがと……」
「何言ってんの? あんた」
「だ、だからぁ! 連れてきてくれて――」
ぴと、と霊夢はレミリアの口に人差し指を置いた。
「あんたが言わなければいけないことは、これを食べ終わった後の『ごちそうさま』よ。おっきな声でお店の人に言いなさい」
「あぅ……うん」
霊夢はにこりと笑って続ける。
「さ、私たちだけが客じゃないんだから、急いで食べるわよ」
「う、うん!」
そうして、少女たちの昼食時は過ぎていった。
「ふう、食べた食べた」
「おいしかったぁー!」
「また来ましょうね、お嬢様」
噂通りの味を魅せつけられた三人は、満足な表情で席を立った。
「咲夜、よろしくね」
「はい…………あ」
「ん、どうしたの咲夜?」
「……お財布を忘れてしまいましたわ」
「…………」
「…………」
霊夢は逃げた!
咲夜も逃げた!
レミリアは捕まった!
「ま、待ってぇー!」
「お嬢ちゃんが待ちなよ」
「ひぃ!?」
蕎麦粉をこねるため鍛えられた太い腕の店の主人はレミリアの肩を掴み、(怖い)笑顔で言った。
「皿洗い……しようか」
「りゅ、流水はらめぇぇええええ!」
レミリアの悲痛な叫びが人間の里に響きわたった。
おしまい
あー蕎麦食べたくなってきたわ
あぁ善いそば食べたい
ところで葉月さんのイメージが筋肉隆々のオッサンで決定しましたが構いませんね?
天ざる食いたくなりましたよ、しかし今は眠れない午前二時だった・・・。
>人の金を使うこと前提に予約まで取っておいたのか。
わろたw 霊夢ねえさんパネえっす・・。
「スポンジ」「国語」←なんとかなりませんかねえ(汗)
あと、ため息を吐きながらつぶやくってのは少しごてごてしてるので
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは霊夢の口に消えていくクッキーを見て、ため息を吐きながらそうつぶやいた。
↓
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットはそうつぶやいて、霊夢の口に消えていくクッキーを見ながらため息をついた。
こっちなら分かりやすいでしょ!
誰しも蕎麦を奢らせるか命を無くすかがだったら間違いなく前者を選ぶ。
だから、カリスマが下がったではなく脅迫されたと見るべきだ!……と、マジレスwww
やっぱりお腹空いたなぁ。
私にも蕎麦を食べなかった時期がありました。なにを考えていたんだ、あの頃の私。
ああ蕎麦食べたい蕎麦蕎麦蕎麦!!!
※6には申し訳ないけど、「ため息を吐きながらつぶやいた」の方が読みやすいなあそば
勿論個人的にはだけどそば
あと吸血鬼捕まえる店主ぱねぇ
幻想郷に生きる人々は逞しいんやな…吸血鬼くらい捕まえられないと生きていけないんやな…
あと…店員さんマジぱねぇッスwww
今日もそば食べようかな
キャラの口調がイメージとかけ離れて誰が喋ってるのやら何やら。
最初の三つの会話、初めてあなたの作品を読む人に果たして通じるかどうか。
短いのに違和感がどうも。
そういう印象を感じました。
ああ、ざるそばが食べたいっ! 寒いけど。
ただ、一つ気になった点で、
>「ここまで来たはいいけどさ。そもそも冬におそばって微妙じゃない?」
確かに冬に冷たいざるそばは変かもしれませんが、これだけだと暖かいそばの可能性もあるので少し変かなと思いました。
冬に暖かい年越しそば食べるのは普通だし。
蕎麦ネタは歪さんの夜泣き蕎麦の話以来久しぶりです(歪さん帰ってこないなぁ…)
ああ、今すぐ蕎麦が食べたい。
けど葉隠ってうどんじゃなかったか?
そばもあったのか
今日の夕飯は暖かい蕎麦にするか。ざるは寒くて食う気がしない・・・
是非ご一緒させてください、霊夢さんw
ざるそばならいくらでも!
きっとそうだよ。
そして文章の密度の差から、料理の描写へのこだわりが感じられますww
やっぱり蕎麦、うどん、焼きそば、ラーメンとかは音をたてて食べたほうがおいしいですよね!
蕎麦でもどうぞ!
>2
強くなくちゃ幻想郷で店を開けないのかもしれません。
>3
構います。勘弁してくださいw
>俺はO型さん
そう描写すると、私が考えていたレミリアの行動が別のものになってしまうので、やっぱり今のままの描写にしておきます。
ありがとうございました。
>8
そうですね、下がるカリスマなんて元から……おっと。
>9
たぶん取りに行ったんですよ本当は! ……きっと。
>12
語尾にそばがついてる……!
>15
幻想郷の住人は強いのです。
>16
その効果音は「ピコ」だと可愛いですね~。
>18
店主大人気www
>奇声を発する程度の能力さん
いってらっしゃいませ!
>27
ち が い ま す ! (`□´)
>30
そば打ち教室! 昔やったなぁ。
自分で作ったそばは格別ですよねー。
>31
万人共通のキャラクターイメージというものは存在しないので、申し訳ないと言うしかありませぬ。
>36
一言言わせてください。
失念していた……!orz
その通りですね。超うっかり。穴があったらさらに深く掘りたいです。
>39
私が書きたい。
それだけじゃいけませんか?
>40
週一ですか! プロのそばラーですね。
>44
残念、葉月なんです!
>50
ありがとうございます。
我慢しなくて……いいのよ?
>51
そこに七味も入れれば、ぽかぽかです。
>エクシアさん
探せばどこにでもちらほらあると思うので、隠れた名店探しをしてみるのも面白いかもしれませんよw
>54
ありがとうございました!
>55
ざるそばはいいものですね。つるつるさっぱり。
いくらでもいけます。(2枚までなら)
>58
そう、信じましょう……。
>神田たつきちさん
店主は私じゃないですよ!
行きたいですけれどw
>mthyさん
麺類は音立てデフォですよね!
ただしパスタ、てめーはダメだ。
>63
ですね~。
おいしい店を発見すると、ほんと得した気分になりますw
新鮮な食材(系のネタ)と確かな(料理を異常に美味しそうに表現する)腕前で読者の人気を博している(あと体重増加にも貢献している)新進気鋭の作家さんである。
…いや、料理と関係ないテーマの作品も好きですよ!
ああ、スーパーのお惣菜でもいいから天ぷら買って蕎麦食べたい。
蕎麦屋『葉月』現実支店の開業を強く要求します
なんとありがたいお言葉。
頑張ります。
>69
一度食してみたいものです。
>70
残念ながら筋肉はありませんが。