Coolier - 新生・東方創想話

2010/11/28 18:55:44
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 図書室に吸血鬼が来た。
ずかずかと進むレミリアの先には、製本された紙束に埋もれる紫の塊がある。
「図書室の魔女さんや」そう呼ばれ、塊は蠢き起き上がる。陰鬱な視線には、赤の瞳が映し出される。
魔女のよく知った彼女は、そして二の口でこう言った。

「理想郷の類を信じる?」

パチュリー=ノーレッジは考えた。
出した答えはこうだ。

「存在しないわ」










 魔法とは、自然に帰結する力の行使、術者の魔力によって物理法則・事象に干渉する行為であると、魔女は言う。

「私のは前者が本職だけど、後者もかじってはいるわ。だから言える。理想郷は無い」
「召還儀式が存在する時点で、別世界は存在してるという事実はあるよ」
「レミィ、私達からみたその世界が理想に見えたとして、そこの住人が理想郷だと思ってるという根拠が無いわ」

だから無い。そう締めくくると、またしても読書に没頭する。
話す事はもう無い。というより、その話題に興味がない様子である。
話を半ば強制的に終わらされたレミリアだが、その口の弧はより一層濃くなる。
悪魔の笑みは暫くの間、本の要塞へ引き篭もる魔女へと向け続けた。
ニヤニヤとこちらを見続ける友人がいい加減鬱陶しくなったのか、パチュリーは読みかけの本を閉じて視線を上げた。

「何?」
「理想郷に行く。パチェにも手伝ってもらうよ」
「・・・・・魔女の話しは聞いておくものよ。呪われても知らないわ」
「魔女は、悪魔の囁きに耳を傾ける物だろう?」
「・・・何をすればいいの?」
「火、水、木、金、土、日、月の因子を集めて欲しい」
「あと、儀式の準備と進行、でしょ」
「流石はパチェ、話が早くて助かるわ」

くっくと喉を鳴らし、レミリアは踵を返した。上機嫌なのか、大きな蝙蝠の翼をぱたぱたとはためかせる。


 やがて、少女の姿が消えた事を確認すると、彼女は一つ溜め息をついた。
いつも半ば強引に、かつ自己中心的に話を展開させる友人には、彼女もいい加減慣れた。疲れるが。
 さて、と、パチュリーは思う。
何か考えているようで、その実何もかも行き当たりばったりな友人は、そもそも何処へ行きたいのか。

アヴァロンか。
エリュシオンか。
エルサレムか。
はたまた、東方の地ならば桃源郷か。華胥国か。

どれも吸血鬼、魔女向けではない。ならば、それ以外の何かだろう。
いずれにせよ、調べなければどうしようもない。
この図書室の本は粗方読んではいるが、忘れた事や見落としたこともあるだろう。
見返さなければならない。
最後に腰を上げたのはいつだったか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、パチュリーは立ち上がった。

 しかし、彼女は失念していた。自身が思いの外、本を読んでいたことを。読んで、そこかしこに積み上げ過ぎていた事を。
ずらされた椅子は、後ろに堆く積みあがった本の塔を突き崩した。
知識の詰まったそれの崩れる様は正にバベルの塔の如くであったが、下に居た魔女には知る由もない。
天辺に詰まれていた辞書、その角が、彼女の脳天に直撃した。
衝撃はか弱い少女の身体を貫通し、「ブキュ!?」という不思議な音と鼻水を噴射させる。
 彼女の、本日最後の発言であった。










 幻想郷。
調べた結果、該当するのは極東に存在するであろう地であった。
あまりに遠い。
更には、そこへ赴くには海が隔てている。
パチュリーは平気ではあるが、クライアントであるレミリア、そして、その妹であるフランドールは吸血鬼だ。
船旅でも最低数日掛かる。彼女達とて、一溜りも無い。
となれば、自らを向こうへ召喚させなければならない。
丁度、幻想郷なる場所は幻想となるモノを引き寄せる結界が存在するという、何とも都合の良い説明があった。
ならば、それに召喚されれば良い。
方法としては、前述した七つの因子に、レミリアの運命、フランドールの破壊の二つを合わせた、計九つの因子を使用する。
運命で儀式の成功を確実とし、破壊の因子で幻想郷に穴をあけ、侵入する。そういう手筈だ。
しかし、それを成すには立ちはだかる壁を越える必要があった。

力が足らなかったのだ。

それはパチュリー自身だけの力、魔力だけではなく、レミリア、フランドール両名の魔力をも合わせた話である。
レミリアの魔力は悪魔としては高い方だが、吸血鬼としては普通と言わざるを得ない程度である。
フランドールの魔力は姉のそれを大きく上回り、量だけで言えば必要十分ではある、しかし、それもコントロールしきる事が出来ればの話であり、今の彼女ではそれは望めない。
更には、フランドールは地下の自室から出てこない。自然流出した魔力を利用するので精一杯だろう。
どちらにせよ、絶対値が不足している。魔力を増幅させる物が必要であった。
 そこで、パチュリーが目を付けたのは賢者の石であった。
魔術的な解釈での賢者の石とは、マジックアイテムの一つである。
これは魔力の増幅/加速に最も最適であった。尚且つ、それぞれの属性を持たせることも比較的容易であった。
七つ因子を封じるにはもってこいだったのである。

「けれど、問題が二つあるわ。一つ目は、一つの石に一つの属性しか付与出来ないこと。二つ目は、材料に魔力を持った存在が必要と言う事」
「つまり、私かフラン、パチェの一部を材料に組み込まなければならないと?」
「貴女が言った理想郷がもし幻想郷だとするならば、そんなものでは済まないわ。妹様クラスでも四つ分、標準の吸血鬼ならば丸々使って二つ分、魔女の魔力ならば、一人丸ごと。そして、それを最低でも七つ」
「この私に同族殺しをしろと?」
「吸血鬼が血の繋がりを大切にしているのは知っているわ。もう、吸血鬼の数も少ないこともね」

そんな事は出来ない、そう魔女は言った。親友に辛い思いをさせるわけにはいかないと。
ただ、しかし、とも魔女は言う。

「魔女が興味を持つのは、ただ己の道を究める事、ひたすらに研究し、自らを高みへと導くことよ。それ以外は、大して興味も無いわ」
「なるほど」

合点がいったのか、悪魔の口が弧を描いた。
その弧は丸く丸く、血の滴る三日月のようであった。










丸い丸い、満月が霧を赤く染める夜。
滴るような血の赤が、街に降り掛かる夜。
気味の悪い、悪魔と魔女の夜だ。
このような夜に人が出歩く筈も無く、皆一様に、不気味な闇を遠ざけようと寄り集まり、暖炉と燭台に火を灯す。それもまた外を染め、幻の劫火に焼かれるようにも見えた。
郊外とてその例に漏れず、森に囲まれた古びた洋館をも、焔の幻影は包んでいた。
 その夜の元、一人月明かりを浴びる少女は、光源と同じ色の瞳で眼下を眺める。
瞳に映るのは、館の中の親友と七人の魔女。足首まで埋まる赤い絨毯に、赤いテーブルクロスに乗る豪華な食事、真っ赤なワイン。外の怪奇を受け入れるような装飾だ。

 レミリア=スカーレットは声無く哂い、霧となって消えた。





 ここまでは旨くいった。パチュリー=ノーレッジは確信していた。
今回の宴(サバト)は急な日程でありながらも、彼女の新作の発表という事で皆集まったのだ。
恐らくは嘲笑し、扱下ろし、そうでありながら注意深く観察し、自身の研究の参考とする為に。
それで、と、招待された一人が言う。

「今回の新作は何かしら?」
「そうね、そろそろ準備してくるわ」

そう言うと、ワインを一口含んで彼女はドアへ歩き出す。

 それが合図だった。レミリアが動く。
否、動いたのは霧だ。月明かりとは異なる血の赤に染まった霧が、窓を突き破って館へ充満していく。
客人が何事かと思う前に、今度は絨毯が、テーブルが、料理が、そして彼女達が白く固まっていく。
解呪の魔法も、紡ぐ魔力を赤い霧が拡散してしまって思うようには行かず、あっという間に石化していく。
辛うじて理解したのは、絨毯の裏に潜む存在、大規模な魔方陣が予め用意されていた事だけだった。

「合図から三秒。良いタイミングねレミィ」
『運命通りよ。分かっているとは言え、退屈だわ』

七つの石膏像を、赤い霧が冷たく見下ろす。霧の赤は収束、練り上げられ、再び少女の姿となった。
操者を失い、少女の羽ばたきで霧が晴れる。

「霧になったのではないのね」
「ある物を使った方が早いのさ。で、大々な魔方陣で捕まえて、この後どうするつもりかしら?」

そう言いながらも、この魔方陣が捕獲だけの簡単な物ではない事は、レミリアにも理解できた。
が、複雑に絡み合った不可思議で幾何学的な紋様は、パチュリー独自の解釈も相俟って、他の魔法使いにも解読に多大な時間が掛かるであろう代物だった。
魔法使いではないレミリアにはもう、前衛芸術か幼稚園児の塗り絵にしか見えない。
胡散臭いものでも見ているかのような彼女に、しかしパチュリーはぶつぶつと何事か呟いているだけである。
説明するつもりは無いらしい。大人しく見ていれば良いと言うことだろう。

 パチュリーの呟きは続く。眺めていて、それが呪文であるらしいことはレミリアも理解した。
そして、この複雑怪奇な紋様が、一つの巨大な精製機であることも。
 既に七つのヒトガタは崩れており、中からは歪な結晶体が顔を出している。どれもが同じ色をしているが、パチュリーが一つ区切りを付ける度に、一つまた一つと別の色を帯びていく。
火、蝋燭を媒体に、天井をも焦がす熱を因子とした。
水、芳醇なワインが全て枯れ、気化した水が因子となる。
木、テーブルが跡形も無く崩れ、結晶が飲み込む。
金、落ちた金の食器と燭台が溶けて混ざり、吸われる。
土の五行。そして、月明かり。
最後、日の因子を結晶へ入れ始めた時、一瞬、魔女が目配せした。
なるほど。と、レミリアは退室する。日は吸血鬼にとって毒、その因子を入れ込むのだ。

 友人が居なくなったことを確認すると、パチュリーは詠唱を開始した。
光が、万物への恵みであり紛うモノを洗う日が、部屋を満たしていく。

「清浄と豊穣と不毛の者/我等が天へ仰ぐ者/聞け/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 集い/集い/集い/集い/折り/重なりて/登らず/沈み/揺予い/
 求める者へ/貸し与えよ」

他の石と同じく、光は言葉の通り、結晶への流入と圧縮を繰り替えしていく。
全ての光が封入され終えた時、部屋には魔方陣と魔女、他の石以外は全て燃え落ちていた。
酷い光景だが、まぁ向こうにも大工は居るだろう。そう思うと、彼女は顔を覗かせた吸血鬼を見る。

「出来たわよ」
「確かに七つ。残りの二つの内、一つはここに居るけれど、もう一つはどうするのかしら?」
「館ごと転移させるから、これそのものを方陣としてるわ。魔方陣の中のものは動かさない。だから、むしろ妹様には出て来て貰わない方がいいわね」
「私は?」
「この館はレミィの所有物でしょ。言わば貴女そのものみたいなものだから、館の中なら何処に居ても良いわ。運命は転移のレールみたいなものだから、一番外側である館を魔方陣の外周に設定してるの」
「そう-----」

じゃあ、と言いかけたレミリアだが、不意に口を閉じた。
疑問符を浮かべたパチュリーは、しかし疑問以外を口にした。

「振動ね・・・」

館が震えていた。地震とは性質の異なる、空気が震える振動。
それが何なのか、彼女にはすぐ分かった。
賢者の石が震えていたのだ。休む暇は、無さそうである。

 元々、この儀式は一晩掛けて行う予定であった。
それが、この振動で一気に繰り上げざるを得なくなった。こうなることを予測できなかった苛立ちと、これからどうすべきかという計算、そして少しの焦りが、パチュリーを行動に移す。
魔女は魔道書を広げた。

「パチェ?」

レミリアの呼びかけに、彼女は目配せだけで返事をした。
口は別の生き物のように呪文を唱え、唸りを上げ始めた石の制動に明け暮れる。
説明する余裕が無いと見たレミリアは、ふむと唸って黙る。が、やがて堪えられなくなったのか一つの表情を形作った。
悪魔の笑みだ。

「まぁ、振り落とされないようしっかり手綱を握っててよ。あれは私たちを幻想郷へ連れて行ってくれる。石にされた魔女共の怨念と、最早最後の一人となった魔女を幻想にしようとする、結界との引き寄せ合いなんだからね」

口上を始めた吸血鬼をパチュリーが見る。先程とは違う、恨みがましさを籠めた視線。知っていてさせたのかという憤りが、ありありと見て取れる。
レミリアはそれに笑顔で答える。朗らかな少女の、天使のような愛らしい笑みだ。
そんな親友を心の中で鬼と罵りながらも、彼女の口は制御に必死だ。心境を楽しんでいるのか、悪魔は声無く笑った。
否。声は有った。ただ、それを掻き消すほどの大音量が館を襲ったのだ。
それは地響きのようであり、怒号のようであり、怨嗟のようであり、渇望の叫びのようであった。空間そのものを揺らす程の異変にも関わらず、外は静寂を保っている。これは館でのみ起こっていた。
 その外の風景も、静寂はそのままに変容する。
光なのか闇なのかもはっきりしない、色と言う概念に当て嵌める事も出来ないような景色となり、釣られるように石の音も高鳴っていく。
底なし沼のヘドロの中を泳ぐような情景の中だが、パチュリーは周りに目もくれない。ただ一心に、賢者の石の制御のため、呪文を唱えている。特に気にしているのは、日と月の石。その二つに、ヒビが入っているのを見つけてしまったのだ。
転移の最中、石の出力は上がる一方である。放って置けば石は砕け、彼女の努力は無駄に終わってしまうだろう。それをさせないための制御ではあるが、所詮はその場繋ぎ。元々の耐久性を伸ばすことは、今の状況では不可能である。
その事実が、彼女をより一層集中させた。

 始まりが唐突であれば、終わりもまた唐突だった。
石からの怨嗟の声が抜けたかと思うと、外の風景が割れる。水分の抜けた土くれのように。或いは、爆ぜ割れる硝子のように。
魔方陣に組み込まれた性質、フランドールの破壊の因子が働いたのだ。これは転移を阻害しようとするもの、あるいは選別の結界を自動で排除しようという、能動的自衛機構であった。要は、力づくで突入しようという魂胆である。
 果たして、それは成功した。
途端に賢者の石が鳴り止み、それを囲んでいた方陣も力を失う。
外は深い相変わらず深い霧であったが、明らかに雰囲気は異なっていた。整えられた庭の空気ではなく、野生の青臭さと透き通った水の臭いが、割れた窓から漂っていた。
月ももはや赤くなく、只々、静かに見下ろしている。










「という話がね」
「あったのか?」
「あると良いわね」
「無かったのか?」
「どうかしら」
「どっちなんだ・・・」

いつの間にか沸いて出た白黒の話相手になりつつ、魔女は本をぺらりと捲った。
実のところ、この本は一度読んでしまっている。読み終わった直後にこの人間が来て、しかもこの本を持って行かれそうだったので、仕方なく彼女は読む振りをしている。
 いつもの闖入者である霧雨魔理沙が言うには、賢者の石に関する資料が欲しいらしい。
調子が良ければスペルカード戦で使用し、ついでに撃退しようと考えたパチュリーであったが、残念なことに、喘息の調子は今一であった。
これまた仕方なく、石に関する話を喋っている。

「それで、日と月の石は、結局壊れたのか?」
「幻想入りした時点で半壊してたわ。外見はヒビで済んでたけれど、中身はぐずぐずだった。元々、一度の使用に耐えられればいいというコンセプトだったから問題は無かったわ」

むしろ、今使っている他の石の耐久性が予想以上なのだと伝え、紅茶に口をつける。
とにかく、

「賢者の石を人の身で作るのには無理があるわ。それこそ人道に反するし、そんな事ばかりしていれば妖怪化するわよ」
「それは御免被るぜ。私は人間のままでいたいんだ。でも、そうだな。魔力媒体だけなら森のきのこで代用できるかもな」
「砕いたらふりかけになるんじゃない?」

あくまで諦めない魔理沙に、パチュリーは溜息をついた。一方の白黒はというと、何故かふりかけに反応している。ご飯派としては見過ごせないのだろう。
そろそろ読む振りも飽きたので、彼女は本を閉じた。手は、厄介者を追い払う素振りだ。
が、当の厄介者がそれで帰る筈もない。おもむろに分厚い本を手に取ると、振りかぶって落とす。
角が、彼女の脳天に直撃した。
衝撃はか弱い少女の身体を貫通し、「ブキュ!?」という不思議な音と鼻水を噴射させる。

「持ってくぜー」
「持って・・・か・・・・」

 彼女の、本日最後の発言であった。
よく調べもせずに書き出したので、難産でした。
あと、われながら呪文がひどいと思います。
夢藍(むあい)
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最後ひでえ
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かつての魔理沙的魔女×7と見た
鬼畜過ぎる
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んん?