1
氷精が冬の妖怪と遊ぶ季節に、私は椅子に座りながら、いつもの問題について悩んでいた。
その問題は文章にするとたった一行。至って単純な問題である。が、このことについて考えると私はいつも戸惑い、ついに考えることを放棄しまう。
その問題とは、
『私は、魔女になるべきなのか?』
と言うものだ。
何行も続く式の計算ならば、努力すればいつか出来る。ところがこの問題について、私の脳は努力する前に止まって動かなくなってしまう。人間であることに私は一種の誇りを持っている一方、寿命を気にせず強力な魔女というものに憧れを抱いているのもまた事実なのだ。
……私は、今までこの問題から逃げていた。
だが、もうそろそろ何とかしなければいけない時だろう。今日こそは、この長年の問題の答えを出そう。そう私は決心した。
勿論、私一人の力では無理だ。だが、此処は幻想郷。様々なものが集まる楽園である。つまり、このことについて相談できる魔女も勿論居る訳で。
『こんな事で悩むなんて、いい加減私らしくないからな。とりあえず他人の話を聞いてみよう。』
そう思いながら家のドアを開けると、木枯らしがヒュウヒュウ言いながら私の肌を刺す。それに逆らうように、私は箒に乗り、まず魔法の森にいる魔女の家へと向かった。
箒はスピードをぐんぐんと上げて、アリスの家へと真っ直ぐに向かった。
2
「そうねぇ……」
アリスの家に着き、アリスに先の悩みを話したところ、彼女は視線を空中に向けて考え込んだ。
私が来てから、人形が二人分の紅茶を作っている。その時に出る「かたかた」という音以外は、何も聞こえなかった。ただ、静かだった。
そして、数分だろうか、数十分だろうか、それとも数十秒だったかもしれない、そうしてついに彼女はこっちを見て、口を開いた。
「……魔女になるって言うのはね魔理沙、確かに素晴らしい事よ。寿命も気にしなくなれば、食べ物だって食べなくても良い。でも……」
彼女はそこで一瞬口を閉ざして、続きを話した。
「……大事な物を失うわ。人間の頃の、大事な物を。それはなんて言うんでしょうね、言葉では上手く表現できないわ。でも、それは魔女になってからは、もう取り返せない物なの。魔理沙、貴方はまだ私達から見れば若いから、魔女になれば何でも出来て何でも手に入ると思っている。でも、あなたが魔女になるとあなたにとって大切な物が見えなくなってしまう……そんな気がするわ。」
ここでまた彼女は口を閉ざしたが、急に彼女は口調を強めて言った。
「そうね、じゃあ貴方が魔女になることを勧めてあげるわ。そして協力すれば私の研究もはかどるだろうし。」
「なんだよ、さっきと言ってることが違うじゃないかよ。」
そして、彼女はその反応を待ってましたとばかり言い切った。
「だって、私は『魔女』ですもの。」
そこで、ちょうど人形が紅茶を持ってきた。何も言えなくなってしまった私は、いたたまれなくなりその紅茶に口を付けた。
紅茶は私が予想してたよりも熱く、少し舌を火傷しそうになった。
3
アリスに別れを告げた私は、次に紅魔館の中にある大図書館の主を訪ねた。
「あら魔理沙、本を返しに来てくれたのかしら?」
「残念ながらそれは違うぜ。今日は相談したいことがあってだな……」
と先の悩みを話した所、パチュリーはアリスとは違い、すぐ私にこう言った。
「確かに、貴方の向上精神は素晴らしいわ。貴方を支えているのはまさにそれでしょう。だけどね、魔女にもやはり才能が必要な時はあるわ。私が見るところ、貴方はそこまで多大な才能を持っていないわ。貴方が魔女になった時、隣にいくら努力しても追いつけない才能を持っている人を見て、果たして貴方はこの選択を後悔しないで居られるかしら。」
「……それは、だな。」
言葉が、出ない。それは天才 ~例えば「人間」でありながら才能豊富で、私がいくら努力しても追いつけそうにない友人である博麗霊夢とか~ と付き合っていると日々感じることであるから。
「……まぁ、もしかしたらそう言うものに対しても努力で何とかなるかもしれないわね。私は努力家ではないから、残念ながらそれは分からないわ。私はただこうやって本を読み、知識を蓄えることしかできないし。そう考えると、別に才能が有っても無くても関係ないのかしら。もし魔女になるなら歓迎するわよ。私に言える事はこれまでね。」
その時、咲夜がクッキーと共に姿を現した。クッキーを机の上に置いてさっと去っていく「人間」の事を思いながら、私はクッキーを一つ、さくっと囓った。
そのクッキーは、私を包み込むかのように甘かった。でも、ほんの僅か、何処かにしょっぱさを感じた気がした。
4
紅魔館を出ると、すぐ近くに湖がある。そこで、案の定氷精と冬の妖怪が遊んでいた。私は箒を一旦降りて、その二人の様子を眺めながら物思いにふけっていた。
『妖精と妖怪、それもまた私と価値観が違うだろう。どう人間と魔女について思っているのだろうか。』
そう考えていると、いつ近づいたのだろうか、二人が目の前にいた事にはっと気がついた。
「おい、いつかの人間!どうしたのよそんな変な顔して!」
「何か悩みがあったら聞くわよ?」
折角だ、話してみよう。と言うことで先の悩みを話したら、二人はそれぞれこう言ってきた。
「最強になるのに何が悪いの?別に魔女になればいいじゃん。」
と、チルノが無邪気にそう言う一方で、
「人間のままが良いわよ。そう易々と種族を変えるべきじゃないわ。」
と、レティは落ち着いて言う。
「何で?最強になれるなら別に問題ないじゃん!」
「いい、チルノ。それぞれ個体には定めがあるの。花ならば基本春に咲いて冬に枯れる、雪ならば冬に積もり春に溶ける。……人なら、限られたわずかな寿命の中精一杯生きる事が定めだと思うわ。それは私達みたいな、人でないものには出来ないことなの。これは、とても重要な事よ。」
「でも、折角強くなれるのに……勿体ないじゃん。」
「チルノ、強さよりも大事な物はあるのよ。逆に言えば、いくら強くても、その大事な物が欠けていたらその強さに何の価値もないわ。」
「……あたいにはよく分からない。」
「いいのよ、いつか気付く時が来るから。慌てなくて良いの。」
こうやって二人が話している中、私はずっとそれらを聞いて、考え込んでいた。
レティが近くにいるので、湖周辺にだけ局地的に雪が降り、その雪は私の足を埋めかけていた。木枯らしは余計強くなってきて、私の肌は痛い痛いと言っている。
「まぁ、こうやって言ってても、勿論どう考えるかは貴方の自由よ。別に魔女になったところで貴方を嫌ったりはしないわ。次に会う時が楽しみね。」
とレティは微笑みながら話を纏めた。
そして、私は二人に挨拶をして再び箒に乗った。
私の箒は、ゆっくりと次の目的地へと向かった。
5
次に私が向かったのは命蓮寺だった。そこにも一人、私の知っている種族「魔法使い」が居る。
「なるほど。普段活発な貴方にもそう言う悩みがあったのですね。」
私が聖に先の悩みを話すと、彼女は少し考え……というよりも、悩み始めた。顔がそう物語っていた。
寺のわずかに空いた隙間から風がヒュウヒュウと入ってくる音がする。静かだった。
だが、アリスの時と比べれば少し早く、聖は口を開いた。
「……魔女は、凄いです。望むことを何でも出来ます。貴方のような人間より遙かに多くの魔力を持ち、また時間を掛けて多くの事を考えることができます。ですが……」
彼女は、俯きながら話を続けた。
「……その力が、破滅を導くこともあります。力のベクトルを間違えてしまうと、どうしようもない事態に陥ります。特に貴方の場合は、好奇心旺盛でしょうから、尚更危険でしょう……そう考えると、私は貴方に人間のままで居て欲しいですね。……貴方がそのような事になっては可哀想ですから。」
またもや、私は何も言えなくなってしまった。
目の前にいる、聖白蓮。……妖力を使う為、妖怪を助けたあまり魔界に封印された悲劇の僧侶。
確かに、今の幻想郷は平和だ。だが、もし魔女になった私が誤って少しバランスを崩したら?……もしかしたらその時、封印されるのは魔女になった私であるかもしれない。そう考えた時、
「大丈夫、幻想郷は全てを受け入れますわ。」
声が、した。柔らかくそれであって、なお芯がある声だった。
6
そこには、いつから居たのだろうか、八雲紫が立っていた。
彼女は口を扇で隠しながら言った。
「確かに、この幻想郷の維持は大変ですわ。これほどの強い力を持ったものが沢山居る楽園ですもの。私の力でも危ういのは事実よ。もしかしたら明日には幻想郷は無くなっているかもしれない。でも、」
そこで彼女は扇をパチン、と閉じて、真っ直ぐにこちらを向いて言い放った。
「私は、出来る限りこの楽園を守って行くわ。私の目が黒いうちは、幻想郷は絶対維持してみせる。この楽園を誰もが笑い合える世界にする。勿論、貴方が人間だろうと魔女だろうと。」
そう彼女は微笑みながら言った。
八雲紫は、普段はとても胡散臭い奴である。言っていることも本当か嘘か分からない事が多い。
だが、何故か、私は目の前に立っている妖怪が言ったその言葉が、まさにその通りであり、絶対に違えないだろうと信じる事が出来た。
ふと聖の方を見ると、彼女も微笑んでいた。それだけで、私には十分だった。
私は二人に礼を言い、その場から去った。
命蓮寺を出て、私はあれほど先まで吹いていた木枯らしが止んでいるのにふと気がついた。
そして、六人の話を聞く内に、人間であることも、魔女になることも、どちらも良い様に思えてしまっていた。
ついに私の求めていた解答は出なかったのである。
7
「結局、結論は出なかったかぁ……」
私はそう独り言をぽつりとしながら、聞いた話を纏めてみた。
アリスやチルノ、そして聖が言ってた様に確かに魔女は素晴らしい。魔女の能力は間違いなく自分を楽にしてくれるだろう。
だが、アリスは何かを失うと言った。レティは定めに背くと、聖は危険だと言った。
今でも、私は魔法を使うことは出来る。パチュリーが言っているように才能に満ちあふれているわけではないが、少なくとも生きていける。
……そうだ、私は、まだ生きていける。
『お前らが考えるほど簡単に、この「人間」霧雨魔理沙は死なないんだよ!』
そう思うと、いつもの自分が戻ってきた気がした。私は箒に乗った。
その時、私の目に一つの花が飛び込んできた。
……その花は茎は細く、花も小さく、私が踏もうと思えばすぐに潰れてしまう花にも関わらず、冬の寒さの中で自信を持って咲いていた。ただ美しかった。
私は心の中でその花に、がんばれよ、と応援する時、
私の箒は、ふらふらとしながら、とてもゆっくりと博麗神社の方へと向かっていた。
でも面白かったよ
これからも書き続けてうまくなってくれ
期待を込めての点数で
これからも頑張ってください
ただ、魔理沙が才能ないというのには少しひっかかりました。