「てゐ」
「はい」
朝食を食べていると、めずらしく姫様が顔を出して、てゐに白くて丸くてもこもこしてる物体を手渡していた。
兎の死体だった。
「死んだの」
と、報告するように、姫様がつぶやく。
師匠は無言でご飯を食べている。
私は何を言えばいいのかわからなかったが、とりあえず朝なので、挨拶することにした。
「おはようございます。姫様も、ご飯召し上がりますか」
姫様がこちらを見る。起き抜けで顔も洗っていないはずなのに、なんとなく気品があるように見えるのは、さすがだと思う。
おかずを確認すると、姫様はじろり、と師匠をねめつけた。
「海苔とアジと卵だなんて、ありきたりだわ。今朝はハンバーグが食べたかったのに」
「昨日のうちに言ってもらわないとね」
と言って、姫様のお茶碗にご飯をよそう。
姫様は不機嫌そうにしながら、それでも座って、たっぷり食べた。
姫様がおかわりをするとき、兎もおかわりするのかしら、と師匠が訊いた。姫様は、ええ、とこたえる。
それで新しく兎を飼うんだな、とわかった。
いつものことだけど。
◆ ◇ ◆
姫様のペットの兎は(厳密に言うと、私もそうなんだけど)二十羽ほどいる。これらは姫様の部屋の近くで暮らしていて、姫様手ずから世話をされている。いわばエリート中のエリートペット兎といえよう。
永遠亭全体では数えきれないほどの兎がいるが(てゐが管理していて、私も全体像は把握していない)、そのうちから姫様がよりすぐったのだ。ほんとうは百羽くらい欲しがったんだけど、師匠に「輝夜が世話できるのはいいとこ二十くらいよ。欲張りなさんな」と言われて断念したんだとか。
良い判断だったと思う。二十羽の兎のうち、すでに三羽が死んだ。理由はわからない。ちょうど寿命だったのかもしれないし、変にストレスがあったのかもしれない。
兎が死ぬと、姫様は死体をてゐに手渡し、竹林に埋めてもらう。それから新しいものを飼う。常に数は二十で、増えも減りもしない。
得点がたまったら永琳に言って、もっと増やしてもらう、と姫様は言う。
「得点ですか?」
「そう、得点よ。兎を幸せにする得点」
私は首をひねった。
それなら二十羽なんて飼わずに、一羽の兎に徹底的に手をかけてやればいいのに。
「何を言ってるのよ。一羽でもらえる得点なんてたかが知れてるでしょ。二十羽いれば二十倍になるじゃない」
「はあ」
よくわからない話だった。やっぱり、生まれが違うなあ、と思う。
とにもかくにも姫様は兎を飼うのに熱中し、妹紅との殺し合いも最近は頻度が減ってきているようで、師匠も私たちも良いことだと思っていた。
兎に囲まれてモフモフしている姫様はとても幸せそうだった。
てゐに付き合って、死んだ兎を埋めに行く。横には今までに死んだ二羽のお墓があり、三羽目のが並ぶのを見ると、ちょっと良くない感じがした。
良くない、と感じたのは何故だったか。後から考えたことだ。
てゐはめずらしく神妙にしている。同族を埋めるのは、やはり辛い。月の兎である私でもそう思う。
「それもそうだけどね。でもね、私が黙ってるのは、怖いからだよ。朝食の時だって、下手に反応を見せちゃったら、どうなるかわからないから」
「?」
私はよくわからない、教えて教えて、という顔をした。鏡を見て血の滲むような練習を繰り返した、超媚び媚びの表情だ。これをやると師匠がなんでもやさしく解説してくれる。一時期のように狙ったパンチラを見せなくても良いので、大変助かっている。
てゐにも効いたようだったが、てゐはやっぱり意地悪だった。
「鈴仙ちゃんには、わっかんないかもなぁ~。永琳様のお気に入りだしね」
「教えてよぅ」
「そうねえ。永琳様、今朝、おかわりする、って言ったでしょ。そういうことなんだよ。取り換えがきくのさ」
「?」
「いや、もうその顔はいいから」
「新しく兎を飼う、ってことでしょう。死んじゃったんだからしょうがないじゃない」
「いやまあ、そうなんだけどね」
「何よ、歯切れが悪いじゃない。気持ち悪いなぁ」
「永琳様に訊いてみるといいよ」
と言って、てゐはぴょんぴょん跳ねて行った。
◆ ◇ ◆
「てゐがそんなことをね」
師匠はいつものように、淡々と薬の調合をしている。役に立つもの、立たないもの、あらゆる薬がこの弩級えーりんラボ(師匠命名)にはそろっている。風邪薬や、悪夢を見る薬、摂取すれば数十分は火山に落ちても大丈夫な座薬、なんてのもある。実験体は私だ。
「あの子は長く生きてるからね。健康増進活動にも余念がないし、そういうことには敏感なんでしょう」
「姫様、変なお世話の仕方をしているんでしょうか」
私はたずねてみた。ふたりの口ぶりからして、姫様はもしかしたら兎を虐待しているのかな、と思ったのだ。そもそも姫様に兎の世話ができるのかどうかもあやしいし。
「輝夜はとてもきちんとお世話をしてるわよ。けちのつけようがないほど、献身的にね。でもやっぱり、生き物だから、どうしてもときどきは調子がおかしくなったりするのよ」
「それはそうでしょうが」
「ウドンゲ」
師匠が私の名を呼ぶ。師匠がつけてくれた、私だけの名前だ。だいぶ慣れたけど、それでも呼ばれると嬉しくって、しっぽのあたりがぴりぴりとしてしまう。
「私はあなたのことがとても好きよ」
「はい。抱いてください!」
「あとでね。それで、輝夜もあなたのこと大好きなのよ。それはわかってね」
「はい。ときどき耳をモフモフしてもらいます」
「輝夜の兎たちも、そうしてるわね。同じことなのよ。てゐが言った、おかわりする、の意味はね。正確に言うと、あなたたちはお茶碗だ、って意味なのよ」
さっぱりわからなかった。
必殺わからないフェイスをすると、師匠は困ったように笑ってから、こう付け加えた。
「お茶碗は、ご飯をいれる容れ物でしょう。輝夜はご飯が食べたいのであって、お茶碗は、割れたら取り替えるの」
その夜、また一羽の兎が死んで、朝に姫様が死体を持ってきた。やっぱり姫様は、兎を殺しているんだ、と私は考えた。
◆ ◇ ◆
「得点はたまりましたか」
と、私は姫様にたずねる。姫様は
「なかなかね」
とこたえる。姫様は、ほんとうに細心の注意をもって、兎の世話をする。でも生き物だから、ときどきは病気になってしまう。一度病気になった兎は、その日のうちに姫様に殺される。
「だって一度でも病気になったら、百点満点の人生じゃないじゃない。幸せ度、ちょっぴり減点だわ。リセットして、はじめからやり直しよ」
と言って、兎たちをモフモフする。兎たちは気持よさそうにしている。姫様は満足そうだ。
「二十羽っていうのは最初に永琳と決めたからね。一羽死ねば、次の新しいのが飼えるのよ。その兎を目いっぱい幸せにしてあげるの。死んだのの幸せをそのまま引き継いで、しかもこれから満点人生をおくれるチャンスがあるんだから、いいことずくめじゃない。私はほんとうに優しいわね」
そうでしょう、と姫様が言う。ええ、と私はこたえる。
私たちは幸せをいれる容れ物なのだ。同じ量の幸せが、いつでも周りにあるのなら、容れ物のかたちなんて、姫様にはどうでもいいこと。
「鈴仙も、私のペットで幸せね。こっちいらっしゃい、耳をモフモフしてあげる」
私は姫様に膝枕をしてもらう。耳を優しく撫でられて、毛が整っていくのがわかる。
「それとも」
と、姫様が言う。
「鈴仙は、私が兎を殺しているのを知って、怖くなっちゃったかしら。幸せ度マイナスになっちゃって、もう満点人生をおくれないかしら」
「そんなことないです」
と、私はこたえる。
「はい」
朝食を食べていると、めずらしく姫様が顔を出して、てゐに白くて丸くてもこもこしてる物体を手渡していた。
兎の死体だった。
「死んだの」
と、報告するように、姫様がつぶやく。
師匠は無言でご飯を食べている。
私は何を言えばいいのかわからなかったが、とりあえず朝なので、挨拶することにした。
「おはようございます。姫様も、ご飯召し上がりますか」
姫様がこちらを見る。起き抜けで顔も洗っていないはずなのに、なんとなく気品があるように見えるのは、さすがだと思う。
おかずを確認すると、姫様はじろり、と師匠をねめつけた。
「海苔とアジと卵だなんて、ありきたりだわ。今朝はハンバーグが食べたかったのに」
「昨日のうちに言ってもらわないとね」
と言って、姫様のお茶碗にご飯をよそう。
姫様は不機嫌そうにしながら、それでも座って、たっぷり食べた。
姫様がおかわりをするとき、兎もおかわりするのかしら、と師匠が訊いた。姫様は、ええ、とこたえる。
それで新しく兎を飼うんだな、とわかった。
いつものことだけど。
◆ ◇ ◆
姫様のペットの兎は(厳密に言うと、私もそうなんだけど)二十羽ほどいる。これらは姫様の部屋の近くで暮らしていて、姫様手ずから世話をされている。いわばエリート中のエリートペット兎といえよう。
永遠亭全体では数えきれないほどの兎がいるが(てゐが管理していて、私も全体像は把握していない)、そのうちから姫様がよりすぐったのだ。ほんとうは百羽くらい欲しがったんだけど、師匠に「輝夜が世話できるのはいいとこ二十くらいよ。欲張りなさんな」と言われて断念したんだとか。
良い判断だったと思う。二十羽の兎のうち、すでに三羽が死んだ。理由はわからない。ちょうど寿命だったのかもしれないし、変にストレスがあったのかもしれない。
兎が死ぬと、姫様は死体をてゐに手渡し、竹林に埋めてもらう。それから新しいものを飼う。常に数は二十で、増えも減りもしない。
得点がたまったら永琳に言って、もっと増やしてもらう、と姫様は言う。
「得点ですか?」
「そう、得点よ。兎を幸せにする得点」
私は首をひねった。
それなら二十羽なんて飼わずに、一羽の兎に徹底的に手をかけてやればいいのに。
「何を言ってるのよ。一羽でもらえる得点なんてたかが知れてるでしょ。二十羽いれば二十倍になるじゃない」
「はあ」
よくわからない話だった。やっぱり、生まれが違うなあ、と思う。
とにもかくにも姫様は兎を飼うのに熱中し、妹紅との殺し合いも最近は頻度が減ってきているようで、師匠も私たちも良いことだと思っていた。
兎に囲まれてモフモフしている姫様はとても幸せそうだった。
てゐに付き合って、死んだ兎を埋めに行く。横には今までに死んだ二羽のお墓があり、三羽目のが並ぶのを見ると、ちょっと良くない感じがした。
良くない、と感じたのは何故だったか。後から考えたことだ。
てゐはめずらしく神妙にしている。同族を埋めるのは、やはり辛い。月の兎である私でもそう思う。
「それもそうだけどね。でもね、私が黙ってるのは、怖いからだよ。朝食の時だって、下手に反応を見せちゃったら、どうなるかわからないから」
「?」
私はよくわからない、教えて教えて、という顔をした。鏡を見て血の滲むような練習を繰り返した、超媚び媚びの表情だ。これをやると師匠がなんでもやさしく解説してくれる。一時期のように狙ったパンチラを見せなくても良いので、大変助かっている。
てゐにも効いたようだったが、てゐはやっぱり意地悪だった。
「鈴仙ちゃんには、わっかんないかもなぁ~。永琳様のお気に入りだしね」
「教えてよぅ」
「そうねえ。永琳様、今朝、おかわりする、って言ったでしょ。そういうことなんだよ。取り換えがきくのさ」
「?」
「いや、もうその顔はいいから」
「新しく兎を飼う、ってことでしょう。死んじゃったんだからしょうがないじゃない」
「いやまあ、そうなんだけどね」
「何よ、歯切れが悪いじゃない。気持ち悪いなぁ」
「永琳様に訊いてみるといいよ」
と言って、てゐはぴょんぴょん跳ねて行った。
◆ ◇ ◆
「てゐがそんなことをね」
師匠はいつものように、淡々と薬の調合をしている。役に立つもの、立たないもの、あらゆる薬がこの弩級えーりんラボ(師匠命名)にはそろっている。風邪薬や、悪夢を見る薬、摂取すれば数十分は火山に落ちても大丈夫な座薬、なんてのもある。実験体は私だ。
「あの子は長く生きてるからね。健康増進活動にも余念がないし、そういうことには敏感なんでしょう」
「姫様、変なお世話の仕方をしているんでしょうか」
私はたずねてみた。ふたりの口ぶりからして、姫様はもしかしたら兎を虐待しているのかな、と思ったのだ。そもそも姫様に兎の世話ができるのかどうかもあやしいし。
「輝夜はとてもきちんとお世話をしてるわよ。けちのつけようがないほど、献身的にね。でもやっぱり、生き物だから、どうしてもときどきは調子がおかしくなったりするのよ」
「それはそうでしょうが」
「ウドンゲ」
師匠が私の名を呼ぶ。師匠がつけてくれた、私だけの名前だ。だいぶ慣れたけど、それでも呼ばれると嬉しくって、しっぽのあたりがぴりぴりとしてしまう。
「私はあなたのことがとても好きよ」
「はい。抱いてください!」
「あとでね。それで、輝夜もあなたのこと大好きなのよ。それはわかってね」
「はい。ときどき耳をモフモフしてもらいます」
「輝夜の兎たちも、そうしてるわね。同じことなのよ。てゐが言った、おかわりする、の意味はね。正確に言うと、あなたたちはお茶碗だ、って意味なのよ」
さっぱりわからなかった。
必殺わからないフェイスをすると、師匠は困ったように笑ってから、こう付け加えた。
「お茶碗は、ご飯をいれる容れ物でしょう。輝夜はご飯が食べたいのであって、お茶碗は、割れたら取り替えるの」
その夜、また一羽の兎が死んで、朝に姫様が死体を持ってきた。やっぱり姫様は、兎を殺しているんだ、と私は考えた。
◆ ◇ ◆
「得点はたまりましたか」
と、私は姫様にたずねる。姫様は
「なかなかね」
とこたえる。姫様は、ほんとうに細心の注意をもって、兎の世話をする。でも生き物だから、ときどきは病気になってしまう。一度病気になった兎は、その日のうちに姫様に殺される。
「だって一度でも病気になったら、百点満点の人生じゃないじゃない。幸せ度、ちょっぴり減点だわ。リセットして、はじめからやり直しよ」
と言って、兎たちをモフモフする。兎たちは気持よさそうにしている。姫様は満足そうだ。
「二十羽っていうのは最初に永琳と決めたからね。一羽死ねば、次の新しいのが飼えるのよ。その兎を目いっぱい幸せにしてあげるの。死んだのの幸せをそのまま引き継いで、しかもこれから満点人生をおくれるチャンスがあるんだから、いいことずくめじゃない。私はほんとうに優しいわね」
そうでしょう、と姫様が言う。ええ、と私はこたえる。
私たちは幸せをいれる容れ物なのだ。同じ量の幸せが、いつでも周りにあるのなら、容れ物のかたちなんて、姫様にはどうでもいいこと。
「鈴仙も、私のペットで幸せね。こっちいらっしゃい、耳をモフモフしてあげる」
私は姫様に膝枕をしてもらう。耳を優しく撫でられて、毛が整っていくのがわかる。
「それとも」
と、姫様が言う。
「鈴仙は、私が兎を殺しているのを知って、怖くなっちゃったかしら。幸せ度マイナスになっちゃって、もう満点人生をおくれないかしら」
「そんなことないです」
と、私はこたえる。
なんというタイムリー
原作だとよっちゃんや師匠のほうがこっち寄りで、姫はむしろ
ちゃんとわかってるほうな感じでしたが。
おもしろかったです。
時々入る変態発言はギャグなんだろうか、雰囲気に溶けこみすぎて判断に迷う。
優曇華のキャラがちょっと掴みにくかったなあと感じました。
・・・必殺わからないフェイスが見たい
書き方次第ではもっと化けそうだけど、十分すぎるほどだ。
東方キャラの思想、哲学には興味を引かれます。