Coolier - 新生・東方創想話

幸せ永遠亭

2010/11/28 13:37:26
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「てゐ」
「はい」

 朝食を食べていると、めずらしく姫様が顔を出して、てゐに白くて丸くてもこもこしてる物体を手渡していた。
 兎の死体だった。

「死んだの」

 と、報告するように、姫様がつぶやく。
 師匠は無言でご飯を食べている。
 私は何を言えばいいのかわからなかったが、とりあえず朝なので、挨拶することにした。

「おはようございます。姫様も、ご飯召し上がりますか」

 姫様がこちらを見る。起き抜けで顔も洗っていないはずなのに、なんとなく気品があるように見えるのは、さすがだと思う。
 おかずを確認すると、姫様はじろり、と師匠をねめつけた。

「海苔とアジと卵だなんて、ありきたりだわ。今朝はハンバーグが食べたかったのに」
「昨日のうちに言ってもらわないとね」

 と言って、姫様のお茶碗にご飯をよそう。
 姫様は不機嫌そうにしながら、それでも座って、たっぷり食べた。
 姫様がおかわりをするとき、兎もおかわりするのかしら、と師匠が訊いた。姫様は、ええ、とこたえる。
 それで新しく兎を飼うんだな、とわかった。
 いつものことだけど。


◆ ◇ ◆


 姫様のペットの兎は(厳密に言うと、私もそうなんだけど)二十羽ほどいる。これらは姫様の部屋の近くで暮らしていて、姫様手ずから世話をされている。いわばエリート中のエリートペット兎といえよう。
 永遠亭全体では数えきれないほどの兎がいるが(てゐが管理していて、私も全体像は把握していない)、そのうちから姫様がよりすぐったのだ。ほんとうは百羽くらい欲しがったんだけど、師匠に「輝夜が世話できるのはいいとこ二十くらいよ。欲張りなさんな」と言われて断念したんだとか。
 良い判断だったと思う。二十羽の兎のうち、すでに三羽が死んだ。理由はわからない。ちょうど寿命だったのかもしれないし、変にストレスがあったのかもしれない。
 兎が死ぬと、姫様は死体をてゐに手渡し、竹林に埋めてもらう。それから新しいものを飼う。常に数は二十で、増えも減りもしない。
 得点がたまったら永琳に言って、もっと増やしてもらう、と姫様は言う。

「得点ですか?」
「そう、得点よ。兎を幸せにする得点」

 私は首をひねった。
 それなら二十羽なんて飼わずに、一羽の兎に徹底的に手をかけてやればいいのに。

「何を言ってるのよ。一羽でもらえる得点なんてたかが知れてるでしょ。二十羽いれば二十倍になるじゃない」
「はあ」

 よくわからない話だった。やっぱり、生まれが違うなあ、と思う。
 とにもかくにも姫様は兎を飼うのに熱中し、妹紅との殺し合いも最近は頻度が減ってきているようで、師匠も私たちも良いことだと思っていた。
 兎に囲まれてモフモフしている姫様はとても幸せそうだった。

 てゐに付き合って、死んだ兎を埋めに行く。横には今までに死んだ二羽のお墓があり、三羽目のが並ぶのを見ると、ちょっと良くない感じがした。
 良くない、と感じたのは何故だったか。後から考えたことだ。
 てゐはめずらしく神妙にしている。同族を埋めるのは、やはり辛い。月の兎である私でもそう思う。

「それもそうだけどね。でもね、私が黙ってるのは、怖いからだよ。朝食の時だって、下手に反応を見せちゃったら、どうなるかわからないから」
「?」

 私はよくわからない、教えて教えて、という顔をした。鏡を見て血の滲むような練習を繰り返した、超媚び媚びの表情だ。これをやると師匠がなんでもやさしく解説してくれる。一時期のように狙ったパンチラを見せなくても良いので、大変助かっている。
 てゐにも効いたようだったが、てゐはやっぱり意地悪だった。

「鈴仙ちゃんには、わっかんないかもなぁ~。永琳様のお気に入りだしね」
「教えてよぅ」
「そうねえ。永琳様、今朝、おかわりする、って言ったでしょ。そういうことなんだよ。取り換えがきくのさ」
「?」
「いや、もうその顔はいいから」
「新しく兎を飼う、ってことでしょう。死んじゃったんだからしょうがないじゃない」
「いやまあ、そうなんだけどね」
「何よ、歯切れが悪いじゃない。気持ち悪いなぁ」
「永琳様に訊いてみるといいよ」

 と言って、てゐはぴょんぴょん跳ねて行った。


◆ ◇ ◆


「てゐがそんなことをね」

 師匠はいつものように、淡々と薬の調合をしている。役に立つもの、立たないもの、あらゆる薬がこの弩級えーりんラボ(師匠命名)にはそろっている。風邪薬や、悪夢を見る薬、摂取すれば数十分は火山に落ちても大丈夫な座薬、なんてのもある。実験体は私だ。

「あの子は長く生きてるからね。健康増進活動にも余念がないし、そういうことには敏感なんでしょう」
「姫様、変なお世話の仕方をしているんでしょうか」

 私はたずねてみた。ふたりの口ぶりからして、姫様はもしかしたら兎を虐待しているのかな、と思ったのだ。そもそも姫様に兎の世話ができるのかどうかもあやしいし。

「輝夜はとてもきちんとお世話をしてるわよ。けちのつけようがないほど、献身的にね。でもやっぱり、生き物だから、どうしてもときどきは調子がおかしくなったりするのよ」
「それはそうでしょうが」
「ウドンゲ」

 師匠が私の名を呼ぶ。師匠がつけてくれた、私だけの名前だ。だいぶ慣れたけど、それでも呼ばれると嬉しくって、しっぽのあたりがぴりぴりとしてしまう。

「私はあなたのことがとても好きよ」
「はい。抱いてください!」
「あとでね。それで、輝夜もあなたのこと大好きなのよ。それはわかってね」
「はい。ときどき耳をモフモフしてもらいます」
「輝夜の兎たちも、そうしてるわね。同じことなのよ。てゐが言った、おかわりする、の意味はね。正確に言うと、あなたたちはお茶碗だ、って意味なのよ」

 さっぱりわからなかった。
 必殺わからないフェイスをすると、師匠は困ったように笑ってから、こう付け加えた。

「お茶碗は、ご飯をいれる容れ物でしょう。輝夜はご飯が食べたいのであって、お茶碗は、割れたら取り替えるの」

 その夜、また一羽の兎が死んで、朝に姫様が死体を持ってきた。やっぱり姫様は、兎を殺しているんだ、と私は考えた。


◆ ◇ ◆


「得点はたまりましたか」

 と、私は姫様にたずねる。姫様は

「なかなかね」

 とこたえる。姫様は、ほんとうに細心の注意をもって、兎の世話をする。でも生き物だから、ときどきは病気になってしまう。一度病気になった兎は、その日のうちに姫様に殺される。

「だって一度でも病気になったら、百点満点の人生じゃないじゃない。幸せ度、ちょっぴり減点だわ。リセットして、はじめからやり直しよ」

 と言って、兎たちをモフモフする。兎たちは気持よさそうにしている。姫様は満足そうだ。

「二十羽っていうのは最初に永琳と決めたからね。一羽死ねば、次の新しいのが飼えるのよ。その兎を目いっぱい幸せにしてあげるの。死んだのの幸せをそのまま引き継いで、しかもこれから満点人生をおくれるチャンスがあるんだから、いいことずくめじゃない。私はほんとうに優しいわね」

 そうでしょう、と姫様が言う。ええ、と私はこたえる。
 私たちは幸せをいれる容れ物なのだ。同じ量の幸せが、いつでも周りにあるのなら、容れ物のかたちなんて、姫様にはどうでもいいこと。

「鈴仙も、私のペットで幸せね。こっちいらっしゃい、耳をモフモフしてあげる」

 私は姫様に膝枕をしてもらう。耳を優しく撫でられて、毛が整っていくのがわかる。

「それとも」

 と、姫様が言う。

「鈴仙は、私が兎を殺しているのを知って、怖くなっちゃったかしら。幸せ度マイナスになっちゃって、もう満点人生をおくれないかしら」
「そんなことないです」

 と、私はこたえる。
功利主義の考え方のひとつである総量功利主義では、今後生きていても幸せになる見込みがない個体はすぐ処分してしまって、さっさと次の個体を育てたほうが良い、という定立があります。置き換え可能テーゼと呼ばれます。
あんまりにも邪悪だ、として、功利主義が批判される典型的な事例のひとつとなっています。
アン・シャーリー
http://tami0427.blog78.fc2.com/
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コメント



0.1870簡易評価
5.90奇声を発する程度の能力削除
うわぁお…何か最後の所で謎の寒気が…
6.50名前が無い程度の能力削除
丁度今、マイケル・サンデル読んでた罠w
なんというタイムリー
7.100名前が無い程度の能力削除
これは怖いよー。しかしそこもまた輝夜らしさだと。
13.80名前が無い程度の能力削除
こんなんだから輝夜はゲーム好きみたいな印象がある。
14.80名前が無い程度の能力削除
雰囲気が凄い好みだったのですが、ギャグが浮き気味に感じてしまいました。
16.90名前が無い程度の能力削除
素敵です
17.100名前が無い程度の能力削除
最後の問答が怖い
18.80名前が無い程度の能力削除
姫さまならやりそうだから、困る
24.90名前が無い程度の能力削除
市民あなたは幸福ですか?
25.90名前が無い程度の能力削除
解説しすぎ。
28.80名前が無い程度の能力削除
いいですね、背筋がぞっとする。こういうのが輝夜と永遠亭の持ち味の一つだと感じます。
31.90名前が無い程度の能力削除
おぉ、このSSには短いけれど引き込まれるものがありますねぇ

原作だとよっちゃんや師匠のほうがこっち寄りで、姫はむしろ
ちゃんとわかってるほうな感じでしたが。

おもしろかったです。
32.100名前が無い程度の能力削除
最後が怖い。話が分かりやすかった。これぐらいで丁度いいです。
時々入る変態発言はギャグなんだろうか、雰囲気に溶けこみすぎて判断に迷う。
39.80名前が無い程度の能力削除
これはなかなか良いですね…永遠亭組はこういう暗さが似合うような気がします。
優曇華のキャラがちょっと掴みにくかったなあと感じました。
45.100名前が無い程度の能力削除
幸福は義務です

・・・必殺わからないフェイスが見たい
46.100名前が無い程度の能力削除
最後の問いに「イエス」と答えたら鈴仙はどうなったのだろうか
50.80名前が無い程度の能力削除
ほう
54.100保冷剤削除
参考にします。こんな話が読みたかった。勉強になります。
書き方次第ではもっと化けそうだけど、十分すぎるほどだ。
56.90名前が無い程度の能力削除
原作らしい雰囲気だろうと思います。
東方キャラの思想、哲学には興味を引かれます。
59.80名前が無い程度の能力削除
グロテスクです。