Coolier - 新生・東方創想話

天気雪

2010/11/27 21:16:17
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 雪が降っている。雨上がりのあと、虹が出て、その虹が消えてしまう前に青空から雪が降ってきた。
 長く生きてるけどはじめてのことだな、とにとりは思った。
 将棋盤をはさんで向かい側には椛がいて、この変な天気にも気づかず盤面を見てうんうんうなっている。
 耳がぴんと立って、警戒心をあらわしている。
 その耳がぱたぱた、と二三度動くと、椛は座ったままの姿勢で跳ねるように後ろに飛び退いて、将棋盤から離れた。
 何事かと驚いている一瞬に射命丸文が大量の風を纏って突っ込んできて、将棋盤とにとりを轢いてはね飛ばして後方の壁にぶち当たって止まった。


◆ ◇ ◆


「いやはや、申し訳ない」
「まったくです」

 お茶を入れてやりながら、椛がえらそうに注意する。自分の家でもないのにえらそうだな、とにとりは思ったが、別ににとりの家でもない。妖怪の山にたくさんあるフリースペースのひとつで、滝つぼが近くにあることから夏は涼しくて河童と天狗の双方に人気がある場所だった。冬は寒いので、にとりや椛のような若い妖怪しか使わないけど。

「にとりさんは丈夫なので大事なかったですが、これがふつうだったら人殺しですよ。河童殺しです。尻子玉どんなにもってきても勘弁されません」
「あやや」
「あはは、もみ子は大げさだなあ」

 すりむいたおでこに唾をつけながら、てへっ、とにとりは笑った。そのまま椛に近づき、間髪入れず抱きしめて押し倒す。

「慰謝料は椛の体で払ってもらおうか!」
「きゃあー!」
「あやや!」

 椛をもみもみしながら写真を撮られたりしているうちに、時間が過ぎた。
 高い位置にあった太陽が山の稜線に近づいて、少しずつ空が赤く染まっていく。文はちらりと外を見てから、三本目のフィルムをカメラから取り出し、厳重にかばんにしまった。それからふたりをひっぺがすと、少し真剣な顔になって言った。

「ふたりとも、空を見てください。何か気づきませんか?」

 金星が見えた。その横っちょの高い木のてっぺんに、丸い形の闇がひっかかっているように見えるのは、ルーミアかな、とにとりは思った。
 それよりも、

「雪が降ってる……」

 と、にとりはつぶやいた。文が突っ込んでくる以前から降り続いていた雪だ。雲はひとつもなかった。どこから降っているのか、わからなかった。

「天気雪でしょ? ときどきあるよ。雨上がりの時は虹も出てたんだよ」
「ええ、私もそれを言いたくってここに来たんですけど、事故ったので忘れていました」

 でも、と文は言う。これだけ長い時間降っているのはめずらしいです。近くに冬の妖怪がいるのかもしれませんね。
 冬の妖怪は冬そのものよりも寒くって、ほんとうに寒さのかたまりで、下手に近くによると妖怪でも凍え死んでしまうのだ、と言う。

「文様もですか?」

 信じられなそうに椛が言う。文は笑う。

「風を上手に使って、寒さが届かないようにすることも、できるかもしれませんが。油断してたら危ないですよ」

 川を凍らせられたら困るな、とにとりは思う。
 冬の妖怪とは何度か博麗神社の宴会で顔をあわせていたが、あんまり立ち入った話はしなかった。河童としては妖怪よりも人間と親しくなりたかったし。(でも、人間はほとんど来ていなかった。人間の神社の宴会なのに)
 そいつはレティと呼ばれていて、氷精やルーミアなんか、子どもっぽいのと一緒にいて面倒をみていたように思う。
 そういえばルーミアがあのへんにいたような、と思ってもう一度外に目を向けたところで、文が

「彼女、ああみえて恋多き女性なのですよ」

 と言い出した。
 にとりと椛は顔を見合わせると、お茶を淹れなおし、お茶請けに羊羹と煎餅を用意した。


◆ ◇ ◆


 レティさんは、わりと長く生きている妖怪です。私もはっきりと知っているわけじゃないですけど、まあ、初めて会ったときには、もうあの姿でいましたね。
 一度、里の人間にお願いして、人間がつけている幻想郷の記録を見せてもらったことがあるんですよ。幻想郷縁起といって、稗田家がつけているんです。え? そうそう、にとりさん。あっきゅんですあっきゅん。
 その幻想郷縁起でも、かなり昔から出ていましたね。冬にあらわれる、とか、出会うと血行が悪くなる、とか。
 でも、おかしいと思いませんか? 妖怪が頻繁に人間の前に姿をあらわすようになったのは、ここ最近のことなんです。人食いの妖怪なら、注意の意味も込めて記載されるでしょうけど、レティさんは好んで人を襲うことはない。せいぜい運悪く出くわしたときにちょっぴり寒くしてやるくらいです。まあ、虫の居所が悪ければ、殺しちゃうこともあるかもしれませんが。
 鬼みたいに人とのつながりが強い種族なわけでもないですし、そもそも冬にしかあらわれない妖怪なんて、レアで、そう毎度毎度書かれなくてもいいんじゃないか、と、私はそう考えたわけです。
 ですので、取材したんですよ。レティさん本人に。
 そしたら話してくれましたね。若いころ、ちょっとしたロマンスがあって、それがどうも人間の里で語り継がれているようなの、ですって。

 人間の若者が冬山にやってきて吹雪に閉じ込められて山小屋にいたんです。何しに来たのか、は、レティさんは忘れてしまったみたいですけど。それで三日も吹雪がやまなくて、食べ物もなくてどんどん衰弱していくのを、レティさんは知っていたわけです。
 いっそのことひとおもいに殺してやろう、と思って、レティさんは山小屋の扉を開けました。男はびっくりしたけど、話すうちに落ちついて、いろいろわかってくれたみたいでした。
 レティさんが冬の妖怪であること。この吹雪はまだしばらくやまないので、男はまず間違いなく、このまま死んでしまうだろうこと。
 ここで私に殺されるのと、あと数日かけてゆっくり死んでいくのとどっちがいい、とレティさんは訊きました。もちろんひまつぶしの質問でしかなくって、男がどう答えようと、すぐに殺してしまうつもりだったんですけどね。
 冬山に入るのは、死ににいくようなもの。そのへんはきっちりしないといけません。
 男は答えました。
「死ぬのは嫌だ」
 と。
 そうでしょうね、とレティさんは言いました。でも、死ぬのよ。私はいつ死にたいかを訊いたの。
 すると、男はこう言うのです。
「まだ死にたくない。せめて、あんたのような美しい女を抱いてから死にたい」


◆ ◇ ◆


「きゃー、きゃあーっ!」

 椛が尻尾と耳と手足をばたばたさせて、目をつぶって暴れだした。にとりはごくり、と唾を飲み込む。

「そ、それで。どうしたんよ。レティは、レティは」
「まあ、順番というものがありますよね」

 文は一息ついて、舌で唇をぺろり、と湿らせると、

「服を脱ぎました」
「きゃあーーーきゃああーーーああああーーーーーっっゲホゲホゲエッホウェッホウェッホ!」
「もみ子、うるさい!」

 にとりはのびーるアームを伸ばして暴れ回る椛の首根っこを捕まえた。きゅう、と音をたてて椛は静かになった。頬が真っ赤になっていて、もみじを通り越してりんごのようだった。にとりも似たようなものだ。

「つ、続きはっ」

 ご期待のところ、何なんですけどねえ、と言って、文は続けた。少し声が小さくなった。

「ふたりとも服を脱いで、向い合って、男はそういうことに慣れているのか、綺麗な裸だな、とかなんとか言ったそうですよ。こら、椛、少し落ち着きなさい。
 薪の火が赤々と燃えていて、レティさんは真っ白なはずの自分の肌に、火の色がついているのを、不思議に思ったそうです。
 でもね、男がレティさんの手をとったとき、こう言ったんですよ。
 『冷たいな』って。
 そりゃ、レティさんは冬の妖怪だから、冷たくて当たり前なんです。でも、レティさんはそのとき、気づいてしまったんです。
 『このまま抱かれたら、私を抱いた瞬間に、この男は死んでしまう』と。
 自分の肌の冷たさに、目の前の死にかけの男は耐えられない、と思ったんです。
 そんなレティさんの思いには気づかず、男は、よっぽど豪胆な男だったんでしょうね、こう、がばしゃーと、覆いかぶさってくるわけですよ。最後だと思うと気合が入ったのかもしれませんけど。
 でも、レティさん、その瞬間に、ぱっと消えちゃったんです」

 にとりはぽかん、とした。

「消えちゃった?」
「ええ、男の前からね。あとには真っ裸で、死の直前の欲望でぎんぎんになった男がひとり。
 しばし呆然として、それから外を見ると、ずっと降り続いていた雪がいつの間にかやんで、すっかり晴れていたそうです」

 首根っこを押さえられて、床にへばりついていた椛が、そのままの格好で疑問を口にした。

「それ、レティさんが雪を降らせてた、ってことですか?」
「さあねえ」
「殺そうと思ってたのに、死んでしまうから、って消えてしまうなんて、おかしいじゃないですか」
「そうですねえ」

 椛は不思議そうな表情で、わかんないです、わかんないです、と連呼している。にとりが口を開いた。

「その話が伝わってるってことは、男は生きてたってことだよね」
「ええ。そのまま晴れたので、男はなんとか里まで帰れたそうです。しかもその年は、その吹雪を最後に春になっちゃったそうなんですよ。寒かったわりには、短い冬だったそうです」

 それでね、と、文は続ける。

「男が里に帰って、元気になったころ、もう春になっているのに、一度だけ雪が降ったそうなんですよ。今日みたいに、晴れているのに降ってくる、天気雪だったんです」

 おおおおお、と、ふたりはどよめいた。
 文は喉の奥で、くっくっく、と笑うと、立ち上がってスカートの埃を払った。

「さて、ご静聴ありがとうございました……ご静聴? ともあれ、ありがとうございました。私はそろそろ戻って、明日の新聞の準備をしますよ」
「おっと、危ない。私も今夜は哨戒の当番の日なのです。お先に失礼します!」

 と言って、椛は文よりも早く飛び立っていった。にとりは残ったお茶を飲み、羊羹をぱくつきながら、文に声をかけた。

「ちょっと待ってほしいんだ。もぐもぐ」
「何でしょう。あ、羊羹もうないじゃないですか」
「お煎餅もないよ。私が食った!
 ……それでね、ちょっと訊きたいんだけど」
「だから、何でしょう」

 にとりはえへん、と咳をすると、

「さっきのレティの話さ、あれ、文さん自身の話だったりして」
「……どうしてそう思うのですか」
「おかしーと思うんだあ。レティって、そんなこと話すような奴だったっけ、と思って。それもあんな、微に入り細を穿ち、さあ。話してるとこあんまり想像できないよ。
 吹雪の話だって、嵐に置き換えれば、文さんだってできそうじゃん。
 それに幻想郷縁起、私も読んだことあるんだよ。文さんだって、ずいぶん昔から出てきたよ。新聞作ってるからだろうけど、それだけのことかねえ?
 あと、最後の天気雪ね。あれ、さすがに出来すぎだった。ちょっとリアリティなくなっちゃったよ」

 にとりは右眉をぴこん、と上げると、目をそらして外をみている文の顔を覗き込んだ。

「そんなわけで、私は今の話が、根っからの創作か、でなければ文さんの名前だけを変えて、あとちょっと味付けした体験談かなあ、と思ったんだけど……こら、どこ見てるの」
「あそこ。ほら、ルーミアさんがミスティアさんを襲ってますよ」
「ごまかさない!」
「性的にですよ」
「ナヌッ」

 ついそっちをガン見した隙に、文は外に出て、飛び立つ体勢に入っていた。しまった逃がしたか、と思う。今からでは捕まえられない。

「まだ降ってるけど、雪、弱まってきましたね」

 と、文が言う。

「にとりさん。やっぱりね、晴れた日に雪が降っても、積もらないんですよ。
 では、またいずれ!」

 と言って、天狗の中でも一番速いと言われる速度で、帰っていってしまった。
 残されたにとりは、やれやれ、とぼやきながら、お茶の片付けをして、あの捏造新聞記者のことだから真相は闇の中だけど、それにしてもどきどきするような話だったな、と思った。それから双眼鏡を取り出してルーミアとミスティアがくんずほぐれつしているのをきっちり最後まで見てから帰った。
 自分が今作っている、「男のひとの前でも緊張しない機」が完成すれば、今日の話みたいなこと、私にもできるかな、と思いながらその日はぐっすり眠った。

 翌日、文々。新聞を読むと、虹を背景にした天気雪の写真と、すごく楽しそうな表情の自分が椛をもみもみしている写真がでかでかと載っていた。









 
三作目。雨上がりのあと虹といっしょに降る雪、というのは、東北が誇るシンガーソングライター、伊奈かっぺい氏の『雪やどり』からいただきました。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1589002

では、またいずれ!
アン・シャーリー
http://tami0427.blog78.fc2.com/
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コメント



0.1050簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
このエロガッパ!と叫びたくなりました。
はてさて、天気雪の真相やいかに?
6.100奇声を発する程度の能力削除
このにとりはwwww
真相が凄く気になる…
14.100名前が無い程度の能力削除
にやにやしてしまうじゃないか
17.100名前が無い程度の能力削除
良いよ
19.90幻想削除
ほんわかほんわか
24.90名前が無い程度の能力削除
妖怪って惚れた晴れたの話もそういやあるんですよね
そう言う話は非常に面白い
29.90名前が無い程度の能力削除
この話しを、面白いと思ったのが私です。