1 挨拶
「ハーイ! 風見Youか!?」
2 遺言
私はリグル。リグル・ナイトバグといいます。
蟲の妖怪です。たまに、蟲の王って呼ばれることもあるけど、しがない蛍妖怪です。
生まれは幻想郷の外にある、山奥でした。谷底の森の側を流れる、清らかな川のほとりです。
はじめは普通の蛍として、仲間と夏の夜を飛び、次の世代の命のために、精一杯輝く毎日を送っていました。
けど、木々の緑が朱色に変わり、野草に霜が浮かぶ頃になり、仲間達が命を燃やし尽くした後も、なぜか私は、お腹の光を失いませんでした。
一人ぼっちで飛ぶ闇は、とても寂しくほろ苦く、浮き世の悲哀が冷気となって、羽根に染みつくようでした。
紅葉が地面を覆い、その上を銀白が塗りつぶしても、やはり私はまだ、生きていました。
凍えてしまっても、吹雪に見舞われても、決して死ぬことはできませんでした。
本当に辛い日々だった。そんな時、ある方に出会いました。
彼は私と同じ、季節外れの蛍でしたが、私よりもずっと年上で、風格のある方でした。
外見は年老いていたけれど、背中のマントが勇ましく、星のように澄んだ瞳の持ち主だったことを、今でも覚えています。
彼こそは蟲の王であり、自身が古株の妖怪であることを、私に明かしてくれました。
そして実は、妖怪なのが、彼だけでないことも。
寒さに震えていた、ちっぽけな私もまた、彼と同じ、妖怪の身であることを、その時に知らされたのです。
蛍の妖怪は、数が少ないらしく、彼は百年あまり、同族と会わずに過ごしてきたそうです。
けれども、せっかく私という存在に出会えたというのに、遠くない未来、命が尽きようとしているとか。
私は彼にすがりつきました。
独りは嫌です。仲間達の死を、これから夏が来る度に、孤独に見届けなきゃいけないなんて、耐えられそうにありません、と。
彼は羽織っていたマントを、私に与え、告げました。妖怪の楽園、幻想郷の存在を。そこならば、同じ妖怪の仲間がきっとできる。独りにはならないだろう、と。
マントを失った彼は、みるみるうちに憔悴していきました。けれども、その目の光は、最後まで私の心を、温かく照らしてくれていました。
私は彼のマントを受け継ぎ、幻想郷を目指しました。
途中、多くの苦難が待ち受けていましたが、決して歩むことを止めませんでした。
その後どうやって私が、この楽園にたどりつけたのかは、覚えていません。
けれども、父は正しかった。私は幻想郷で、掛け替えのない仲間と出会うことができたのだから。
そう……掛け替えのない……。
お父さん。
偉大な蛍の妖怪であった貴方に、少しでも近づけたら、そう思っていたのに。
私の妖怪としての命も、どうやらここで途絶えることになりそうです。
過ぎし日の思い出が、氾濫した川のように、目の前を流れていく、今の私は、そんな体験をしています。
これがきっと、走馬燈というものなのでしょうね。実物を見たことはありませんが、どんなものかよくわかりました。
現在、私は、死の淵に立っています。絶望的な未来を前にして、何もできずに、震えています。
こうしてここで、朽ち果てる瞬間を待っているのは、掛け替えのない仲間、彼女達との絆が原因なのです。
強気でお転婆な、氷の妖精、チルノ。
如才なくて機転の利く、夜雀の妖怪、ミスティア。
素直で人懐っこい、宵闇の妖怪、ルーミア。
みんな、私の大切なお友達です。
彼女達と私は、いつも一緒に行動し、絆を深め合い、この幻想郷に生きているのです。
それを裏切ったりなんて、できないのです。また一人ぼっちになるのが、怖いから。
ああ……でも……でも……何でこんなことに?
今日の遊びは、『悪戯ゲーム』でした。
自分以外の仲間が考えた悪戯を、他の誰かにやってもらう、というゲームです。
もちろん、度の過ぎた悪ふざけや、危険な試みを頼むような真似はしません。
蟲達の威光を取り戻すために、日々努力はしていますけど、授かったマントを汚したりするようなことは、嫌ですから。
けれども、今日の『悪戯ゲーム』には、ちょっと変わった趣向が加わりました。
悪戯を仕掛ける対象、『何』と、その悪戯の内容である『どう』をそれぞれ決めて、バラバラにして、くじ引きのようにして引きなおし、それを実行するという遊びに変えてみたのです。
思ってもみない組み合わせが出来そうですし、私も含めて皆、好奇心に突き動かされて、試しにやってみることにしたのです。
けどまさか……こんなことになるなんて、思いもしません。
私が引いた組み合わせは「『風見幽香』に『元気よくアメリカ風にダジャレの挨拶する』」でした。
風見幽香。
幻想郷において、危険度Sランクの大妖怪、『花』と『恐怖』を操る程度の能力の持ち主。
彼女の戯れで増えた屍は、残らず草花の栄養となる、そう聞いています。
言うまでもなく、若輩者の蛍妖怪でしかない私とは、太陽とゾウリムシ程の差が横たわっています。
すれ違うだけで、膝を屈してしまうような相手なのに、元気よく挨拶、ダジャレ付きで、アメリカ風に。
何なのこの悪戯。「とりあえず滅んでこい」。いっそ、そう書かれていた方が潔いものです。
ちなみに私が書いたのは「『博麗神社のどこか』に『お賽銭を投げてくる』」でした。『お賽銭箱』ではなく、『どこか』としたところがポイントです。
あの紅白の巫女も怖い存在ではありますが、お賽銭が絡むと上機嫌で相手してくれます。
誰の迷惑にもならない悪戯、そう思いませんか?
私は泣きながら問いました。
風見幽香なんて名前、入れたのは誰なの、と。
一番話を分かってくれる友達、ミスティアが手を上げました。
彼女は申し訳なさそうに、自分が書いた悪戯を説明してくれました。
「『風見幽香』を『遠くから見つめる』」
なるほど。これは確かに、そこまで怖くはありません。
いくら恐ろしい妖怪だとしても、数百メートル……いや、数キロメートル離れた位置であれば、危険度はそれだけ薄まるのですから。
なまじ混ぜてしまったがために、私は千分の一の距離で、その妖怪と会話までしなくてはならなくなったのです。
ただの会話ならまだいい。
『元気よくアメリカ風にダジャレの挨拶する』ですって?
こんなとんでもない発想の持ち主は、ルーミアでした。
彼女が書いたのは「『通りすがる者十名』に『元気よくアメリカ風にダジャレの挨拶する』」でした。どうして挨拶だけで止めてくれなかったの。
「私アメリカ生まれだからー」。そうなのかー。
ちなみに、かすりもしなかったチルノのお題は「『インド人』を『右に!』」でした。それが最強の証だというなら、私には到底目指す縁のない頂だと確信します。
その後、どん底まで落ち込んだ私に、友人達は話しかけてきました。
「大丈夫よリグル。いくらあの風見幽香だって、一日一殺がポリシーじゃないんだから、謝れば許してくれるはずだわ。ちんちん♪」
ミスチー。励ましてくれるのは嬉しいけど、その語尾じゃ安心できないよ。
貴方の世渡り上手の秘訣は、時折発せられるその独特な鳴き声なの?
「風見幽香さん、ごめんなさい! 悪気はなかったんです! ちんちん♪」で、私の命が助かると思っているの?
「リグル! あたいは前にそいつと、弾幕ごっこで戦ったことあったけど、平気だったわ! 全身から、ありとあらゆる汁が出たけどね!」
チルノの本質は氷だから、それはただの水だったのよね。
なんでわざわざ汁に変換するのよ。せめて涙とか冷や汗にしてよ。
私からありとあらゆる汁がでたら、色々な意味でアウトじゃない。
「リグルにいい情報があるよー。風見幽香って妖怪はねー。鬼と殴り合えるくらい強くて、一日の内に23時間は誰かを虐めることを考えていて、生意気な奴の体の一部をねじ切ってコレクションしていて、晩飯に妖精を二、三人食うそうなのだー」
ルーミア、その情報のソースはどこなの?
仮にそれが本当だったとして、私の心の支えになるとでも思ったわけ?
私はどこもねじ切られたくないよ。妖精と間違われて食べられない保証だって無いわよ。
しかし、この遊びを止めようとか、私の悪戯を考え直してあげようとかいう意見は、一つも出ませんでした。
「みんな、それぞれの苦難を乗り越えて、より一層堅い絆で結ばれよう!」とか。
何かいいこと言われちゃって、私も反対するタイミングを見失ってしまいました。
ミスティアは「『インド人』を『遠くから見つめる』」ミッションへと向かいました。
「困難なミッションね……」じゃないわよ。インドって元から遠くにあるでしょうが。
ここは幻想郷なんだし、カレーの匂いを頼りに探せば、インド人くらいすぐ見つかるわよ。
ルーミアは「『博麗神社のどこか』を『右に!』」の作業に向かいました。
その『!』に意味はあるわけ? 『どこか』にしたのは私だけど、せめて狛犬の向きを変えるくらいのことしないと、納得できないよ。
神社の左側に落ちてるゴミを、右側に移動したくらいじゃダメなんだからね。わかってる?
チルノは「『通りすがる者十名』に『お賽銭を投げてくる』」でした。
彼女は「『愛し狂う・ゼニガタ・フォール』ね!」と張り切っていました。
どこでそんな名詞を知ったのか分からないけど、彼女の新しいスペルカードが増えそうです。どちらかというと、投げ技みたいな名前ですが。
結局、どの悪戯も、私のよりはマシで、楽に思えました。
だけど……私には、与えられたその命がけの任務を遂行するしか、道は残されていなかったんです。
そしてお父さん、私はやっちゃいました。
妖怪の山から飛び降りる覚悟で、太陽の畑を突っ切り、向日葵に囲まれて、お茶を飲んでいた彼女に、堂々と挨拶しました。
「ハーイ! 風見Youか!?」
ってね。
お題の通り、アメリカっぽく、駄洒落も混ぜましたよ。片手も上げて、数年来の友人みたいに、気さくな感じで。
いきなり闇夜に放り込まれた、まだ昼間で空も晴れてるのに、そんな気分になりました。
私が挨拶した直後、向日葵畑の向日葵が、一斉にこちらを向きました。
その中心で、彼女は笑っていました。そう、笑っていたんです。
直後に始まった走馬燈に、遺言を意味する独白を乗せて、今に至ります。
ここまで回想したというのに、時の流れというのは、意外に鈍いものですね。
テーブルほどもある花に腰掛けていた風見幽香女史が、今ようやく立ち上がったところなんですから。
太陽の光が、こんなに冷たいと感じるなんて。外の世界の冬よりも、はるかに凍てついた日差しです。
私といえば、片手を馬鹿みたいに上げたまま、棒立ちになることしかできていません。
「風見幽香さん、ごめんなさい! 悪気は無かったんです! ちんちん♪」と、ミスティア風に謝ろうにも、声が出ないんです。
チルノのように全身から汁を流す余裕だってありません。蝉の抜け殻になったようです。
ただ、私は笑顔でした。笑顔のまま、頬の筋肉が硬直していただけですが。
幽香さんも笑顔でした。彼女の笑顔は、晩餐前の魔王のようでした。
一歩、一歩、と赤のスカートが近づいていくるにしたがって、バラの棘で全身を蝕まれるような、そんな刺激が走ります。
なけなしの涙を浮かべて、震えることしかできません。こうしている間に、走馬燈が既に三周してしまいました。
ああ、私の一生って、こんなに短かったんでしょうか。無性に虚しさを感じます。
途中で出てきた、好物の黒砂糖で作った水ようかん、もう一度食べたかったなぁ……。
息も吸えず立ちすくむ内に、彼女が背負った太陽と手に持った大きな日傘が作る影が、こちらの足まで届く距離になりました。
私よりも色が薄く、少し長い緑の髪。けど、他はまるで似ていない。凄まじい威圧感。
父からさずかったマントが、こんなに頼りなく思えるなんて。力の差は歴然、本能は逃げるを通り越して、潔く諦めることを告げてきます。
ついに、彼女は、後半歩の距離に来て、私に向かって、手を伸ばしてきました。
不気味なくらい汚れのない指が、私の喉元に向けられ、さらに、瞼のすぐ側まで来ました。
永遠の闇が、痛みとともに訪れるその瞬間を、私は予期しました。
もう友人の姿も、夏の夜の天の川も、蛍達のダンスも、見られなくなってしまうのです。
しかしその指は、剣呑な形を保ったまま、私の後ろ髪を、すくっただけでした。
うなじから背中まで、冷たい電気が走り抜けました。声をあげて泣きたくなった。
けれども、その一瞬の気のゆるみさえ、彼女が持つオーラは許してくれません。
ついに彼女は、私の顔に、あの禍々しい笑みを近づけ、赤く細い瞳で、こちらの両眼を覗きこんできました。
視線が網膜を貫いてきて、脳波が停止しそうなほど、私の緊張は極限に達し、心臓は今にも破裂しそうなほど鳴り響いています。
彼女は、そんな私の髪の毛を、指でいじりながら、耳に唇を寄せてきました。
そして、そっと囁きました。
「イエ~ス。アイム、ゆうか・かざーミー」
……お父さん。
このドキドキって、もしかして、恋なのでしょうか?
『風見幽香』に『 お賽銭を投げてくる』
という組み合わせもなかなか厳しいな
幽香ちゃんお茶目やな!
これは惚れるわwww
最後までの追い詰められる感じとラストとの間、面白かったです。
それはさておき、開幕で腹筋を持っていかれました。この発想は出てこなかった。
理想のテンポと評するに相応しい構成と内容、お見事です。
もう恋でいいと思いますw
そして、なぜか湧き上がるこの清々しい気持ちに満点投入。
でも残り3人の悪戯も、相手によっては結構ハードだと思いますよw
面白いw
しかし自分のキャラ分かっててやってるからゆうかりんも作者も人がわるい(笑
どうでもいいけど賽銭を投げる為に博麗神社から賽銭を持ち出すチルノを妄想した
おちゃめ幽香Goodです!
リグル生還!
リグルが汁にならなくてよかったです。
お茶目な幽香可愛いよ幽香
胸が呼吸困難で苦しいw
なにがなんだか分からなかったですが面白かったwww
一番ツボだったのは何故か「インド人を右に!」でしたw
ゆうかりんやっぱりいい人だね!!!ゆうかりん!!!
でも本当は構って欲しかったんじゃないかと思ったり…
なんともコメントが難しいのですが……。無駄がないって素敵です。
しかも出落ちだけじゃなく最後の落ちもしっかりしていて面白かったです
つかみも遺言もギャグも恐怖展開もオチも全てがww
これは間違いなく恋w
最初の一行で「ああ、リグル死んだな」と思ったんだ。
こんな返しがくるとはね…
主に最初と中間と最後が面白かったです。
死ぬかと思いましたwww
風見幽香を右にしてみたいですねぇ
遺言でもうあかんかった・・・。この流れは反則や・・・。
『遠くから見つめる』のは悪戯の範疇なのか・・・? と思ったけどチルノを見てたらどうでもよくなりました!
そこからの「『博麗神社のどこか』を『右に!』」への流れはもはや芸術すら感じます。ちんちん♪
それでいて最後まで楽しく読ませるセンスにはホント感動です。
短い中でもカルテットの個性を遺漏なく表現する力、只者とは思えません。
特に感心したのはチルノ。
右に! の3文字で彼女という存在を描写するとは!
すごいです。
リグルの遺書的モノローグから一斉に振り向く向日葵などを通じてUSCの恐怖にリアリティを肉付けし、最後に見事にオトす。きれいです
木葉梟さんの作品はハズレなしですねまじで。
楽しく読ませて頂きありがとうございます。
これくらいスッキリしたギャグ、テンポの方が好きです
【朗報】 リグル氏無事生還
郎h(ry