その吸引力には、ほとほと困らされるものだ。
◆◆◆抜け出せません。抜け出させて!◆◆◆
……皆さんこんにちは、兼おはようございます。
もしかしたら寝る前に見る人もいるかもしれないのでご機嫌よう、古明地さとりです。
今現在進行形で寝間着なのですが、それはご容赦くださいね。
さて、最近寒くなって参りました。お鍋とかみかんとかおでんとか何故か食べ物ばかりが恋しくなって来る季節の境目だと思います。
ですが。私にはそれよりも恋しい、普段愛しいこいしよりも恋しいかもしれない物が冬だけに出来てしまうのです。
「さとり様」
そう、ここは地霊殿。地底の奥深くに存在する、忌み嫌われた妖怪しか住んでいないところです。
地上では秋から冬になったようで、木枯らし一号とやらが吹いたそうです。つまりこれからもっと寒くなってきますね。
この時期は全ての生物は蓄え、活動的にならなくなります。地中に潜ったり、洞窟に入ったりして、冬眠をしたりする生き物もいるのです。うちのペットも同様、皆集まって寄り添ってます。
要は皆迫る寒波にうち震えてるいうわけですね。ええ、重々分かりますとも。
「さーとーりー様ー」
…ぬぐぐ。まあ前置きはこれくらいにしておきましょう。
今の私は、実際こうして話してるほど悠長な時間は無いのですから。
「お布団から出てくださいよ、さとり様ぁぁぁ…!」
「いや、いやです! この部屋の、この場所だけが、今冬の私の居場所なのです……!」
布団の中でした。
……え? まーたありきたりな、と思いましたか? 何をおっしゃいますか。
少し再確認してみましょう。あ、ボタン押して戻ってはいけませんよ。
まずこの時期の布団はもはや至高の極み、一度ベッドに入れば驚異的な吸引力で瞬く間に眠気に誘われてしまう。言うならばミニサブタレイニアンサン。
もふもふのベッドに体を預ける感触。朝でなおかつ低血圧な私にこの環境は極楽すぎた。そう思いません?
自分が寝ていた間の余熱と、やわらかなパンヤや羽毛に包まれる感覚。自分の体が入ってる間ぽかぽかあったかいんですよ。お燐風に言うと体温ですにゃ。
なお今布団にくるまりながら見てる人は、晴れて私と同類、仲間入りというわけです。さあ、一緒に布団にくるまりましょう……?
「いーかげんにしてくださいっ! あたいだって寒いんですよ、さとり様だって頑張ってください!」
「主権限を行使しますっ」
「……ベッドごと灼熱地獄にキャリーしますよ」
「ひい怖い。お燐ったらいつからそんなに偉くなったんですか? あなたの餌代も私が支払ってるんですよ?」
「横暴だ!? この人暗にあたいの食事減らそうとしてる!?」
「……ふむ。覚検定五級合格です。おめでとうございますおりん……」
ぽんっと頭の中で合格の判を押しながら、地に潜む蛇のように布団の奥に埋まる。
こうして布団に頭まで入ると、ちょっとだけ、ちょっとだけと目を閉じたくなってしまいますね。
今外ではお燐が何とか布団をひっぺはがそうとしてますけど、私には第三の目があります。どこからはがそうとするか読み取ることができるのです。
子供がこんな能力持っていたら、冬は毎朝熱い攻防になってしまいますね。……え?
お前が言うな、ですって? 自分のことは棚に上げます。
だって地底の嫌われ者ですもん。
「んぎぎ、さとっり様っ」
「……そんなに出てほしいのですか、お燐」
「そりゃそうですよ! しっかりしてくださぁい」
「今後大いなる不幸があなたを苛み、普段の日常が静かに蝕われていく災難が起きるとしても私を起こしますか」
「どれだけ寝たいんですか!?」
ぴーんと耳を逆立てながらだむだむ地団太するお燐。
つまり私はそれくらいねむらい……眠たいと言うわけですよ。
外の冷え冷えとした空気には、私の弱いお肌が耐えられないのです。そんな私はちょっとだけ乾燥肌。
いっそのこと普段の日常生活にも布団を用いて暮らしたいものです。布団ちゃんという愛称もすでに考え済み。
アフターケアどころか先まで計画的に見据えている私に隙はなかったのでした。
「うーん。もう、そんなさとり様あたいは見たくないですよ……」
「そうですね。ですが裏を返せば、このような私を見れるのはお燐だけなんですよ」
「せめてもう少しましなものが見たかったですよあたいは」
「へぇ。お燐ったら、私のそういうところが見たいんですねぇ……ふふ、やらし」
「ゆ、誘導尋問みたいなことしないでくださいよ! というか何でこういうときだけ布団から顔出すんですか!?」
「恥ずかしがるお燐がかわいいからじゃいけませんか」
「……そ、そんな言葉が、あたいに通用すると思います?」
通用するから言っているのですよ、お燐。
顔を赤くしながらそっぽを向く彼女をじーっと眺めながら、そっと絡まってた尻尾を撫ぜる。さらさらな、よく手入れされた尻尾がまた心地よい。
ペットはやはり良い。人間よりも感情が直接的で、何より扱いやすい。
しかし、それもあくまで上っ面。口ではそういうけども、私にとってはとても大事な家族なのです。
それはお燐だけでもない、おくうや他のペット達にも共通して言えること。あの子らのいない私を考えることが出来ないくらいに、愛情は深い。
昔はペットの世話や管理は半ば放任していたのですが、あの地霊異変があってなお、若干の恐怖を伴いながらも私を慕ってくれていた。
危機本能優れる動物ならば、地霊殿に誰もいなくてもおかしくないはず。それなのに誰も逃げ出さなかったのです。
「お燐」
「にゃ、は、はい」
名前を呼ぶ。出来るだけ優しく。
少しまごついてはいたものの、しっかりと返事をしてくれた。
「ほら、お燐もそんな寒いとこにいないで、一緒に布団に入りましょう? とても温かいですよ」
「だ、ダメですよ。本来起きる時間からもう大分時間がたってるんですよ?」
「時間なんて、この地底では関係ありません」
そう言いながら、そっとお燐をベッドに連れ込む。
彼女も反応出来なかったのか、思ったより容易に中に入れることが出来た。その体は、少し冷たい。
「さと、さとり、様」
「なんですか? お燐。私がこういうことをするのは変?」
「いえ、その……ふに」
「何も言わなくて良いですよ。私には全て分かりますから」
その冷たさを紛らわすように、ぎゅっとする。
そして、小さい私の体をいっぱいに使い、大きい彼女の肢体をしっかりと抱きとめてもみる。手やふとももに氷を触ったようなひんやり感が伝わってきました。
私はこいしみたいにストレートな感情は出せない。けれども、せめて喜ぶことくらいはしてあげたいのです。
心の奥の、根幹にある感情。その気持ちを傷つけないように、繊細に汲み取る。
覚り妖怪にはこんなことも出来るのですよ、お燐。分かっているでしょうけど。
「ん……今日もさとり様はずるいです」
「そうですね、やり方としてはちょっと好ましくないかもしれません」
「さとり様が悪いんですからね。あたいを布団の中に入れたのも全部、あなたのせいです」
体を丸め、私の近くまで顔を寄せてきたお燐がそう言ってくる。
ほんのりとした朱を交えながら、ずいと私に迫ってきますね。
時と場合と雰囲気によってはこの後キスとかでもするんでしょうけど、お燐にそんな気持ちはないみたい。
ただ読み取れることは『一緒にいたい』ただそれだけでした。一途なものです。
「私が悪いのでしたら、どうしますかお燐。いや、それとも……どうしたいんですか?」
「む、むむ。あたいはそのー、そのままでいたいです」
「不器用な子ですね」
「あたいがそうなったのは、さとり様のせいでしょうに」
「そうでしたっけ?」
「ええ」
赤く、波立ったお燐の髪を手櫛で梳きながら、言葉少なめになっていく私。
何と言いましょうか、一緒に布団に入ると言葉さえも必要無くなってきます。心と体が近いからでしょうか。
……言い換えると、また眠気が襲ってきたようですね。ああ、布団はずるい。全く勝てる気がしませんよ。
「はふ……ん、ふぁ……」
周りがぼんやりと暗くなり、小さな欠伸が出る。ぼぅっと涙で滲む視界。
お燐には悪いですが、このまま寝てしまおうか。そう片隅に思った矢先でした。
「……しょうがないですね、さとり様は」
「んむ……?」
むにっとした感触。視界が急に真っ暗になる。
大きな物に包まれ、体中がぽかぽかする。ああ、そうか。お燐が私を抱き締めています。
長い間いたので大分温かくなったみたいで、余すことなく肌がくっつく感覚がします。本来お燐の体温は私よりも高いのです。
いいですね、こういうのも悪くありません。布団の相乗効果が抜群みたいです。
「ほら、寝ましょう? 凄く目がとろんってしてますよ」
「めがとろん……?」
「それはデストロンです。じゃなくて、それだけ眠そうにしてたらどうしようもないじゃないですか。仕事は後であたいがどうにかしときますんで」
「あらあらかしこ」
あっという間に眠りに追い込まれ、微睡みながら私はほにゃりと一つだけ思ったのでした。
結局、お燐だけではなく私も不器用なんだなと。ペットは飼い主に似ると言いますが、実にその通りでしたね。
そう思ったのは、真似してるのか彼女が私の髪を同じように手櫛でぎこちなく梳いているからで。……至純にかわいいペットだと思いました。
「それじゃあ、私はまた寝ますから。おやすみなさいおりん……。」
「……分かりました。ゆっくり休んだら今度こそ、この布団から出て下さいね」
「善処しときまふ……ん」
布団からも抜け出せないけれど、ペット依存からもこの先抜け出せないかな。
そう結論付けた頃には、私は既に眠ってしまってました。
まあ、明日になれば今考えてることも、ぽっかりと忘れていることでしょう。
毎日のことと比べれば、これもまた詮無きことですから、ね?
◆◆◆
一方その頃、さとりの部屋の反対側の一室。
「ちょっとちょっとおくうさん? あの、何か色々と激しいハグをやめてくれませんかね?」
「うに……ふゅー」
「ぎごごご。こいしちゃんはどうすればいいのかな? 選択肢が欲しいんですけど」
私こと古明地こいしちゃんが、ペットのおくうに抱き枕にされていた。
先ほどからやけにぎぅーされて、既に私の体は微妙に感覚が無くなっている。
おかしい。私は先ほど部屋の中でくんずほぐれつするお姉ちゃんとお燐を見た上で、それなら私もとおくうに一緒に寝ようと頼んだはずだ。
あれほどほのぼのした空間にゃ、こいしちゃんは似合いませんぜ。ということでおくうに頼んでみたんだけど、おくう自身が早々に寝てしまった。
素晴らしく健康的だけど、何でそんなに寝るのはやいの?
一応私主の妹だよ? ねえ。
「いかんなあ。どうしてこんなになっちゃったのかなぁ」
「むにゅー、やあらかー」
「あ゛ー。お願い噛まないでおくう。私のおはだは卵肌かもしれないけど、それはゆでたまごじゃないぞー」
しかも寝相には定評がないみたいで、私の体を上四方固めみたいな形をして寝ている。
そんな固め技してなかったら今頃私はおっぱいふかふかーとか言って遊んでたんだろうけど、どうも無意識に気づかれてしまったようだ。
寝てる人にふしだらなことは考えちゃいけないわよね。こいしちゃんが新しく得た教訓でした、まる。
強いていいとこを挙げるなら凄いあったかいのだけども、こう密着されると逆に熱い。というかおくうの体温が高すぎる。
布団がミニサブタレイニアンサンなら、こっちは本場の地獄の人工太陽である。しかも毛布込み。
あ、もしかしたら痩せられるかもとか思いながら、私は吹き出る汗を拭うのでした。
「くー。やばい、意識が飛びそう……。だれかー。へるーぷ。しおしおの干物になっちゃうよー。美味しくはないよー」
ぱたぱたぱたぱた、とシーツに手をうつ。怪我して飛べない鳥のように。
いっそのこと、あれね。抜け出そうとせずにおくうに近い喜びを味わってしまおうか。お燐には内緒で。
舌を半分くらい出しながら、じとーとお姉ちゃん譲りの半目にもなる。
これだけ苦労してるのだから、せめてそれくらいの役得は欲しいものだ。
そう頭の片隅で思いながら、私は無意識に身を任せることにしたのだった。もう少し伝えたいけど、生憎リポーターがダウン寸前なのです。ご容赦下さい。
「おくう、あづい。こいしちゃん抱き枕はもう限界です。あ。ああ。これが、もしかしてこれが燃える恋心なのかしら……?」
明日になったら、これもまたいい思い出になるのかもしれないけど。
その前に、誰か私を抜け出させてくださいな。
自堕落なさとり様もいいな。チクショウ、妹にしたい
此方も最近はベットが恋しいです。
>お燐風に言うと体温ですにゃ。
猫神様懐かしいw
なんというかすごい共感しながら読みました、さとりさんは私より数段上の睡眠環境をお持ちのようですが、本当うらやましいです。
おかげで心もほっかほかです
>>3さん
最後の言葉に興味が沸いたので、その固め方詳しく聞かせてもらいませんでしょうか。
>>4さん
それでも働かざるもの食うべからずという言葉のように、そうは上手くはいかないものです。
だから寝る時くらいは充実した時間を送りたいものですね。
>>9のバターピーナッツさん
この時期だけは非常に強くなるアイテム、布団ちゃん。後春にも強くなります。
妹にしたらしたで、また起こすのに苦労してしまいそうです。
>>12さん
正月には親戚の猫を抱いてきました。ふあふあで柔らかかったなあ。
出来るだけ全員に見どころがあるようにしてみました。
>>13さん
最近はアラームを止めたと思ったら、また寝ていたということがしょっちゅうになっております。
猫神様は自分の猫好きに拍車をかけた存在となっていますとも。
>>17さん
ありがとうございます!
読み終わった後きちんと眠ることが出来たのでしょうか。
>>19さん
そう、あれが、あれこそが布団ゾーン……!
>>24さん
眠くてふにゃふにゃになる女の子はとっても素敵だと思います。
就寝前、あるいは起床直後は特にいいですね。
>>25さん
いやっふううぅぅぅぅぅ!!
>>30の奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます!
>>31さん
猫風味にしたら誰だってああなるはずです(棒
寝ながら進めるという体験も踏まえた上での話なので、こんな感じで寝ているのかなという想像も若干入っています。
眠るというのは中々不思議なものです。いつ寝たか分からないまま、朝を迎えていたりするのですから。
>>40さん
和んだまま寝てみるのも、いいかもしれません。
それに近いのが、春のぽかぽか陽気で寝るときなのかな。
>>51さん
よく布団に飲まれてしまうので、いっそのことこの話をそのままにしてみようかというのが事の発端でした。
共感の声もある程度あって、内心ほっとしています。
>>54さん
後はトイレやお風呂などもネタが生まれる場所ですね。
布団とは長い付き合いをすれば、もしかしたらネタを生み出す場所として操れるのかもしれませんね。今のところよく負けますが。