「よってらっしゃいみてらっしゃい。ほらほら、そこのお姉さんも、お兄さんもここのお店はどれも産地直送、取れたてだよ~♪ 買わなくてもいいからぁ、見ていっておくれよ」
「いらっしゃ~い、いらっしゃ~い!」
活気のいい声が飛び交う中で、あたいとお空も負けじと声を張り上げる。
こらこら、お前たちも頑張ってアピールというか宣伝活動をだね。
え? なになに?
こんなところで何してるのかって?
おやおや、怨霊一号君妙なことを言うものだねぇ。
見てわからないかい? ほらほら、この指先から上を見てごらんよ。いつも上を覆っている岩の塊なんて全然ないだろう。この場所こそが光差す世界、最近地底と交流を持ち始めた外の世界で……
え? そういうことじゃない?
ああ、ああ、そういう細かい場所のことね。そういうことは早く聞いておくれよ。恥ずかしい思いをしたじゃないか。いいかい、あれがお前たちの元の姿だったかもしれない、人間って種族。それが多く暮らすこの集落が人里って場所なのさ。地底で言えば旧都ってところかね。家とか見たことあるだろう。地底よりはちょっとだけ、こじゃれた感じだけどね。
顔の横で浮かぶ怨霊に教えたとおり、あたいたちは広い通りで腰を下ろしている。目の前ではどこにコレだけの人間が住んでいたのかと疑いたくなるほどの人の群れ、群れ、群れ。あたりを見渡して興味深そうに周囲を見渡す人が多いね。
で、そういう人たちを狙って。
「やすいよー、朝取れたての野菜がなんと、二つので一個分の値段だ! いまだけ、いまだけの大安売りだよ。おっと、奥さん、そっちを手に取るかお目が高い!」
あたいの左右にずらっと並ぶ物売りたちが声を張り上げるわけだ。売り物も食べ物から着物、日用品から趣味の本まで本当にいろいろだったねぇ。中には美味しそうな湯気を出すお店もあって、昼食前の鼻をくすぐってくるってもんさ。
確か、このお祭りみたいなのは『大市』っていうやつで。何日かに一回あるらしい。
あたいも地上に死体を捜し――じゃなくてぇ~、ちょぉっと出掛けたときにね。偶然見つけたんだよね、こういうこと。でね、人間たちが妙に楽しそうにしてるからさ。あたいたちも試しにやってみたわけだよ。お店ってヤツを。さとり様も、
「あなたとお空は地上に遊びに行くことも多いでしょうから、実践の中で常識を学ぶべきです」
「あ、お燐! もしかして、今のさとり様の真似?」
「ふふーん、せ・い・か・い。あたいの声真似もなかなかのものじゃないかい?」
「うん、さとり様が寝起きで変な声してるときに凄い似てた」
「……それは似てないんじゃないかねぇ?」
まあ、そういうさとり様のお墨付きも貰ったから、人里に出入りする妖怪に聞いて、大市の日を教えて貰ったってわけさ。見てご覧よ、この日のために用意した緑の風呂敷を地面に広げて、綺麗な葉っぱや竹をお皿に商品を並べたこの店を。木製の骨組みがしっかりしてる店もあるけど、あたいの地底で鍛えた陳列センスでまったく見劣りなんてしない。
適度な料の商品をくっつけすぎず、隙間が空き過ぎないように並べて、一つ一つがしっかりと見える配置を心がける。そして商品名をしっかり札に書いて、すぐ近くに置く。しかも雰囲気を出すために、ちょっとした小物も後ろに立てかけてある。
特に看板なんて凄いよ。なんせ勇儀が心を込めて書いてくれたからね!
「……なのに、何でお客さんこないかねぇ」
「高いのかな? もしかして」
「いやいや、それはないよお空。あたいも事前に下調べしたからね、今扱ってる商品は相場よりもかなり良心的だし、鮮度も抜群だ。お昼ごはんや夜の材料にばっちりだと思うんだけど」
下調べもした。
店の外観も整えた。
あたいたちが目一杯の笑顔で声をかけても居る。
なのに、人間たちは困ったように笑うだけで、足を止めようとしないんだ。
何か大きなミスでもおかしているとでもいうのだろうか。あたいたちのお店を避けるように扇状に並んでこちらを眺めて去っていく感じ。
「……お燐、やっぱり」
そんなあたいの横で、お空が急に暗い顔をして羽を小さくたたむ。
こんな態度をとっているとき、何を考えているかなんて手に取るようにわかるよ。
「馬鹿なことを考えるんじゃないよ、お空。あたいたちは地霊殿のお空とお燐で、さとり様のペット。たったそれだけの存在じゃないか。もう忌み嫌われた地底の妖怪なんかじゃないよ」
「うん、……うん! そうだよね、お燐! 頑張ろう!」
「そうそう、それでこそいつものお空だよ! よーし、あたいも声出していくぞー!」
ぱんっとお互いの手を軽く合わせて、また客引きを始めてみる。
精一杯の笑顔で、尻尾も、耳も、怨霊すら使って!
「あ、あのぉ。ちょ、ちょっと商品見せてもらってもいいですか?」
「お、おおおお、お燐っ! お燐!!」
「あはははは、ダメだねぇ。そんなおおはしゃぎしたらお客さんが驚いちゃうじゃないか」
そしたらほらぁ! 来てくれたじゃないか。
お空と一緒に座ったまま飛び跳ねたくなる衝動を押さえ込んで、客引きのときよりも少し控えめな笑顔で、お客さんを見上げる。ほうほう、コレは中々好青年じゃないかい。
「ようこそ、お兄さん」
おや、おやおや?
さすがさとり様、言うとおりに実践したら、なんだかお兄さんからいい感じで緊張感が取れたよ。今こそ再度お店の名前を言って商品をアピールするべきだよね。
「もぎ立て新鮮、産地直送、秋の山に転がる逸品『お燐とお空の死体屋』へようこそ!」
「え?」
おや、お兄さんの動きが止まった。
これはチャンスだよ。興味を持ってくれたってところだからね。ここであたいとお空は視線を合わせて、こくりっと頷く。
「えっと、あの。し、死体屋?」
「うん、そうそう。看板版の通り一杯いぃぃぃっっぱい死体集めてきたんだぁ~、ほらほら、これも、これも今朝ばらばらにしてきた猪の死体だから、そんじょそこらのお店とは死肉の活きが違うよ! って、お燐が言ってた!」
びくっとお兄さんが震えた、やるねお空。
あたいもセールストークってやつを頑張るとするよ。
「ほらほら、お兄さん。なんでも遠慮なく言っておくれよ。妖怪だからって変なことはしないよ、あたいたちは美味しい死体を提供してみんなに喜んでもらいたいだけなんだ」
「え、えっと、じゃあ……この、看板に書いてあるもぎ立てって何のことですかね? お肉以外にも何か果物みたいなものを置いているんですか?」
「違う違う、お肉のことだよ。もぎ立てって使わないかい?」
「だってお肉にもぐものなんて」
「あるじゃないか、ほらほら」
「えぇっと何だろう、わからないなぁ……」
ふむ、人間はこういう言い方しないのかねぇ。
あたいはお兄さんへ営業スマイルを向けたまま、死体の一つを手にとって新鮮さを見せ付けながら教えてあげた。
うん、たった一言。
「首」
「……え?」
またお兄さんの動きが止まる。
あたいの手の中にある死体をじっと見つめて、目を丸くした。
そして口元を歪めて笑ってるから、手ごたえはあるんじゃないかな。
よし、たぶん後一押しだ。
「首だよ、首。こう、コキャってもぐんだよ♪」
「……へぇ、す、すごいんですね」
「しかもね、その後鮮度が落ちないようにこう鋭い爪でね。ざくざくって血飛沫を飛ばしながら切り裂いてできたのがこの死体さ。どうだい、綺麗なもんだろう。死体なのに全然腐敗臭がしないんだよ。血が滴りそうなこの色が実にそそると思わないかい? ねえ、お兄さん?」
台詞を口にしながら微笑み、死体を頬に擦りながら流し目。
ふふ、ほんのり漂う色気がお兄さんの食欲を刺激して、完璧に商品の虜だねぇ。
「さ、さようならぁぁぁぁぁぁああああっ!」
「え、ちょ、ちょっと! お兄さんっ!」
あれ、あれれ、帰っちゃったよ。
おかしいねぇ、あたいの作戦では……
『な、なんて美味しそうな肉なんだ全部ください!』
『おやおや、せっかちなお兄さんだねぇ。そんな太っ腹なお客さんには、この怨霊君もサービスしちゃうよ♪』
『お肉や怨霊だけじゃなくて、あなたも――』
『だ、ダメだよお兄さん。あたいには心に決めた人がっ! お、お兄さぁぁぁん』
って感じになるはずだったんだけどねぇ。どこで作戦が崩れたのやら。あたいが腕を組んで唸り声を上げていると、お空がちょんちょんって肩を叩いてきた。なんだか不機嫌そうな顔で。
「お燐、ダメだよ。そんなんじゃ全然ダメ」
「え、本当かい? どこが悪かったか教えておくれよ」
「うん、やっぱりあんな風に美味しそうな死体を目の前に出されたらさ」
「目の前に出されたら?」
「ほら、調理する時間も我慢できなくなってその辺のお店に入っちゃうんだよ!」
「……っそれだよ! お空!」
あたいそんなこと全然気がつかなかったよ。
やっぱりお空は、天才――
「この、動く天災どもっ!」
「いたぁっ!?」
すこーんっと。
お空の言葉に胸を打たれていたら、何かがあたいの額に直撃した。あたいの頭でバウンドしたそれは、ちょうどお空との間に落ちる。なんだろうね、これ。黒と白の模様がくねって混ざった、見覚えのある球体なんだけど。
と、あたいが悩んでいると、それを投げつけたと思われる人物が無遠慮にその球体を持って行く。
「おや、巫女のお姉さんじゃないか! お店を見に来てくれたのかい!」
「誰が好き好んで変態気質な店に足を運ぶって言うの! あんたたちのせいでこっちは予定を大幅変更よ」
よくわからないけど、なんだか不機嫌そうだ。
なんでこんなところにって聞こうとしたけどやめておいた。この霊夢ってお姉さんも人間には間違いないから、人里にいても不自然じゃないか。
でも、あたいみたいに無害な妖怪に攻撃を仕掛けるなんて酷いねぇ。
「じゃあ何しに来たって言うのさ。嫌がらせに来ただけならどこかに行っておくれよ。あたいたちは商売の途中なんだから」
「そうだよ。頑張って死体を売らないといけないんだよ」
「あのねぇ、さっきから聞いてれば死体死体って、人間社会では肉って言う方が多いのよ。わかる?」
「あっはっは、何をいってるんだいお姉さん。そんなのわかってるよ。あたいはその上でオリジナリティってやつを加えてみたのさ!」
「あのね……そのオリジナリティのおかげで、私のとこにまで苦情が来たのよ。人里の中に大通りに死体を売ってる妖怪がいるって。人肉かもしれないから調べて欲しいって!」
「うわー人里でそんなことをするなんて常識のないやつらもいたものだねぇ」
「あんたたちよ! あ・ん・た・た・ち!」
「え、ええええっ!? お燐も私も人間の死体なんて売ってないよ?」
「それだけ怪しい店だと思われてるのよ。それぐらいわかりなさいよね!」
「うにゅ?」
怪しい店と言われてもねぇ。確かに死体屋っていうのが人間社会に合わないのはわかったけど、それ以外のどこが怪しいのやら……
あたいたちの店の前で仁王立ちする霊夢を見上げつつ、首を傾げてみるけど。思いつかないんだから仕方ない。
「わかんない? わかんないなら教えてあげるけど、その後ろのやつなに?」
「え、何ってコキャってした後の猪の頭の毛皮に決まってるじゃないか。やだねぇお姉さん。こうやって証拠を置くことで安心安全な商品であることを示しているわけじゃないか」
「あのね、この青空の下の爽やかな露店で、そんな生々しい物体を置くやつがどこに居るのよ……」
「ここに」
「ええ、だからありえないの、タブーなのよ。それにねぇ、なんで地上に持ち出しちゃいけないはずの怨霊を堂々と展開しているの?」
「ふふん、個性あるイルミネーションってやつだね。わかんないかなぁ、お姉さんには」
「そのやってのけた感のある顔が妙にいらっと来るわね。一応まだ怨霊は持ち出し禁止だから、早く地底に送り返して。それとこの看板の字が力強すぎて余計に怖い」
「……ふん、さっきからけちばかりつけるようだけどね。じゃあお姉さんはどうやったらお客さんに来てもらえるかわかってるっていうのかい?」
「あのね、今のあんたたちの設定なら、簡単すぎるのよ。貸してみなさい」
ふん、急に出てきて何ができるって言うんだい。
看板も下げちゃうし、怨霊も返しちゃうし。
おまけに『猪の死体』っていう品物の名前も書き直して、値段もちょっと吊り上げちゃうし。これでどうやって売るって――
「はい、完売」
「……え?」
「だから、完売」
あれ? 一時間も、いやその半分も経ってないのに全部売れちゃったよ。
あたいたちがあれだけ苦労したのが嘘みたいに……
「さ、桜を使ったね! お姉さん!」
「人聞きの悪いこと言わないの。こんなの簡単なことじゃない。あなたたちの商品は確かに物が良い。それに比べて値段が良心的過ぎた。妖怪が売ってるだけで怪しまれるのに、格安で売りすぎると余計に疑われてしまう。だから私は適正価格よりも少しだけ下げて、普通の安売りの値段にしたわけよ。それでもお買い得なんだから、人里の奥様方には大人気ってこと」
「くぅ、こんな、何の面白みもないやり方にあたいとお空の店が敗れるなんて……」
「あんたたち商売に何を求めてるのよ……ま、私がここにいたって言うのも安心感の一つにつながったとは思うけどね。品が良いなら奇を狙う必要なんてないってことよ。それでも、何かを狙いたいって言うならほら、アレ」
敗北感に打ちのめされたあたいの肩を叩き、霊夢は店の行列のある一点を指していた。三つほど隣の店にはね、あたいと似た姿の化け猫がいて美味しそうな川魚をどんどんお客に手渡していく。
「面識があるかどうかわからないけど、あっちは橙っていう猫の妖獣。その後ろで待機してるのは八雲藍っていう狐の妖獣ね。あそこも社会勉強でお店をやっているみたいなんだけど。美味しい、安いだけじゃないのよね」
何が違うのか。
あたいはそれをすぐ見つけることができた。その店の横に立てられた、店の名前。それがちょっとへんてこだったのさ。
『違いがわかる猫の店』ってね。
「……これは、考えたものだねぇ」
この地方の猫は魚が好きっていう認識があるから。その猫の親玉である橙が持ってきた魚がまずいはずがない。
それを看板が暗に表現しているんだよ。
しかも特徴のある名前だから、一度覚えてもらえたら忘れられることも少ない。
「藍が考えたことらしいんだけど、商品が書いてなくても大体何を売っているかもわかる。猫という単語の先入観を利用したいい方法だと思う。そういう独特のもので押せばいいんじゃない。あんたたちも」
「んー、あたいたちの特性を生かした上手いやり方か……」
「そうそう、頭を使うならそういうとこで使いなさいよ。じゃあね、私の助力はここまでだから。後はあんたたちがうまくやりなさいな。まったく、人が美味しい茶葉を選ぶ時間を邪魔してくれちゃって」
ふふ、なんだかんだ言いながら助けてくれるんだから優しいところもあるのかもしれないねぇ。陰陽玉の攻撃はちょっと痛かったけど。
でもこれで新しい商売の手掛かりは得たよ。
「お燐、今度は私たちだけで全部売っちゃおうね!」
「うんうん、頑張ろうねぇ。お空!」
決意を新たに、一緒に座るお空と両手を合わせた。
地霊殿独特の名物品で、人里の人間は霊夢を驚かせてやろうと誓ったのだ。
「はーい、皆さんよってらっしゃい見てらっしゃい。地霊殿の名高い地獄烏、霊烏路空特製の一品が本日限定販売だ!」
「こんな小さいのに凄い力を持ってるの、本当に凄いんだから!」
「本日はこの――『核物質』を大特価でっ!!」
――捕まった。
爆笑しちまったよ!持ってけドロボー!