「ふう・・・・・・・・・」
溜息をつくと幸せが逃げる。
子供達に良く投げかける言葉だ。
溜息をつくなんて、産むものが何一つとしてない。
楽しいと思えばどんなときでも、楽しいことはあるのだ。
わざわざ溜息をつくような心象に陥って、心を貧しくする必要はない。
いつでも笑顔を忘れずに、泰然と構えていればいいのだ。
課せられた何らかの問題に対し、落ち込んでいる暇があるのなら、解決に向かう努力をするというでもいい。
だから溜息など・・・・・・
溜息をつくなど、実に
「私らしくないことだな」
そう独りごちてみて、やはりもう一度、溜息がつきたくなる。
「ふう・・・・・・・・・」
誰もいない部屋でつく溜息は、少々芝居がかっているとともに、反響のなさに一層のやるせなさを感じさせる。
・・・・・・普段は、らしくないじゃないか」など、反応を返してくれる者がいるのだから、なおさらだ。
書き物机の上。
散らばった紙の類、書道具。
見上げてみれば、明かり窓からは煌々とした光。
日中とは異なる、少し届くまで時間がかかるというような、そんな、力の抑えられた明かり。
今夜は満月だ。
妹紅は今頃、輝夜と果し合いの最中なのか。
―――殺し合いなど、すべきではないだろう――
そんな言い方でしか、引き止めることの出来ない私だ。
―――うん、普通じゃないのは分かってるさ。・・・・・・それでも、私にとって、大切なことなんだ。あいつと殺しあうのは。あいつと、満月の夜に語り合うことは――
だったら、
(殺し合いなどせずに、分かり合えば良いではないか――)
と、答えを知っているというのに、口にしない私だ。
・・・・・・教師としては、失格だな。
妹紅と出会って、私の尺度ではそう短くない月日が経っている。
竹林の孤独な少女。
同情から始まった交友は、いつしかかけがえのないものとなっていた。
口の悪さの中にある、素直な優しさ。
長い月日を超えたが故の、動じることのない深み。
人里の守護者と、賢者と呼ばれる私と、彼女のどちらが人格者だろうか。
ほぼ全員が前者と答えるだろう。
しかし、本当にそうなのか。
あの様々な過去を含んで、それでいて透明な笑顔。
妹紅の強さは、私の想像を超えたところにある。
そう・・・・・・私は妹紅のことが、分からない。
歴史の編纂作業を追え、私は既に獣化を解いていた。
いや、本当のことを言えば、まだまだもう一段落作業をすすめることも出来る。
しかし、どうにも筆を進めたいと思えない。
情けないと思いつつも、心身が定まっていない状態で、正しい歴史を書き記せるのかという問題もある。
今日のところは打ち切って、寝ることにした次第だ。
・・・・・・ただ、分かっていたことだが、結局こうして何をすることもなく、不安を見つめるだけの無駄な時間を過ごしてしまっている。
まったく、度し難いものだな。
人間の感情というものは。
満月を見つめる。
あの月は、いったいどれほどの時間、地上を見つめ続けてきたのだろう。
私の生涯などより、幻想郷の歴史などより、この国の生まれなどより、遥かに長い時間。
ずっと、ずっと地上を見つめ続けている。
―――大切なことなんだ――
妹紅の言葉が蘇り、胸が苦しくなる。
眉をしかめ、こめかみを手で押さえても、引くことはない痛み。
お前は、お前の心を・・・・・・
考えても、仕方がないことだ。
あの永遠亭の月の姫は、妹紅とどれほどの時間を共有したのだろうか。
いや時間の問題ではない。
それに冷静に考えてみれば、彼らが知り合ったのは幻想郷ではないか。
長く見積もっても、数百年……
数百年、私の寿命を積み重ねても、届かない時間。
それほどまでの、歴史。
いや問題は、時間のことではない。
腕を組んで、胸を圧迫して何かを抑える。
そうしないと、溢れてしまいそうなのだ。
永遠を生きるもの同士、決して私には到達できない次元で、彼女達は繋がっている。
妹紅とともに暮らし、日常を共有し、多くのことを支えあっていても、その心の奥底、抽象的な物言いだが、魂のような部分で、彼女を理解することは出来ないのではないか。
結果として共に生きているのは私だ。
しかし、本当のところ理解しあえているのは、彼女らのほうではないのか。
人里の一番の理解者など、笑ってしまうというものだ。
ああ、月の姫よ。
貴様は知っているのだろう。
妹紅の精錬を重ねた強さの裏にある、深奥を。
私が、私が、……これほどまでに知りたいと願っても、実際を重ねても、知りえないことを……
月はもう、窓から見えなくなっている。
空も白み始め、もうすぐ夜が明けるのだろう。
結局、眠れなかったな。
なぜ眠れなかったのか。
それは歴史だ。
形の上ではこんなにも近くにいるのに、どうやっても上回ることが出来ない、彼女達の積み重ねてきた、歴史。
私が生を受ける前から続けられ、そして生を終えた後も紡がれていくだろう。
その圧倒的な厚みに、私は今、怯えているのだ。
「ただいま~っと、……って慧音、寝てないのか?」
思考の終わりのない流浪を貫く、1つの声。
「妹紅……」
「なあ慧音、いくら満月の夜は獣化するからって、一睡もしないのはよくない。今日だって寺子屋だろう」
変わらない、晴れ晴れとした表情。
ただその表情を、服にへばりついた血糊も含めて、何か特別なものではないのかと、勘ぐってしまう。
「どうしたんだよ。……もしかして、また心配で眠れなかったとか?」
「……ああ」
「全く慧音は。心配せずとも、私はどうしたって死なないし、ちゃんと帰ってくるさ」
「………ああ、そうだな」
そうだ。
妹紅は帰ってくる。
だから、それでいいのではないか。
実際は、ここにあるのだ。
本当なんて、確かめようがない。
ただ、妹紅の隣にいるのは私だ。
それは歴史において何よりも重要な、事実だ。
「どうした、また難しいこと考えてるのか? まだ寺子屋の時間まで少しあるからさ、少し寝なよ。私がちゃんと、起こすからさ」
今は、彼女のことを信じよう。
私の方からは、そうすることしか出来ないのだから。
溜息をつくと幸せが逃げる。
子供達に良く投げかける言葉だ。
溜息をつくなんて、産むものが何一つとしてない。
楽しいと思えばどんなときでも、楽しいことはあるのだ。
わざわざ溜息をつくような心象に陥って、心を貧しくする必要はない。
いつでも笑顔を忘れずに、泰然と構えていればいいのだ。
課せられた何らかの問題に対し、落ち込んでいる暇があるのなら、解決に向かう努力をするというでもいい。
だから溜息など・・・・・・
溜息をつくなど、実に
「私らしくないことだな」
そう独りごちてみて、やはりもう一度、溜息がつきたくなる。
「ふう・・・・・・・・・」
誰もいない部屋でつく溜息は、少々芝居がかっているとともに、反響のなさに一層のやるせなさを感じさせる。
・・・・・・普段は、らしくないじゃないか」など、反応を返してくれる者がいるのだから、なおさらだ。
書き物机の上。
散らばった紙の類、書道具。
見上げてみれば、明かり窓からは煌々とした光。
日中とは異なる、少し届くまで時間がかかるというような、そんな、力の抑えられた明かり。
今夜は満月だ。
妹紅は今頃、輝夜と果し合いの最中なのか。
―――殺し合いなど、すべきではないだろう――
そんな言い方でしか、引き止めることの出来ない私だ。
―――うん、普通じゃないのは分かってるさ。・・・・・・それでも、私にとって、大切なことなんだ。あいつと殺しあうのは。あいつと、満月の夜に語り合うことは――
だったら、
(殺し合いなどせずに、分かり合えば良いではないか――)
と、答えを知っているというのに、口にしない私だ。
・・・・・・教師としては、失格だな。
妹紅と出会って、私の尺度ではそう短くない月日が経っている。
竹林の孤独な少女。
同情から始まった交友は、いつしかかけがえのないものとなっていた。
口の悪さの中にある、素直な優しさ。
長い月日を超えたが故の、動じることのない深み。
人里の守護者と、賢者と呼ばれる私と、彼女のどちらが人格者だろうか。
ほぼ全員が前者と答えるだろう。
しかし、本当にそうなのか。
あの様々な過去を含んで、それでいて透明な笑顔。
妹紅の強さは、私の想像を超えたところにある。
そう・・・・・・私は妹紅のことが、分からない。
歴史の編纂作業を追え、私は既に獣化を解いていた。
いや、本当のことを言えば、まだまだもう一段落作業をすすめることも出来る。
しかし、どうにも筆を進めたいと思えない。
情けないと思いつつも、心身が定まっていない状態で、正しい歴史を書き記せるのかという問題もある。
今日のところは打ち切って、寝ることにした次第だ。
・・・・・・ただ、分かっていたことだが、結局こうして何をすることもなく、不安を見つめるだけの無駄な時間を過ごしてしまっている。
まったく、度し難いものだな。
人間の感情というものは。
満月を見つめる。
あの月は、いったいどれほどの時間、地上を見つめ続けてきたのだろう。
私の生涯などより、幻想郷の歴史などより、この国の生まれなどより、遥かに長い時間。
ずっと、ずっと地上を見つめ続けている。
―――大切なことなんだ――
妹紅の言葉が蘇り、胸が苦しくなる。
眉をしかめ、こめかみを手で押さえても、引くことはない痛み。
お前は、お前の心を・・・・・・
考えても、仕方がないことだ。
あの永遠亭の月の姫は、妹紅とどれほどの時間を共有したのだろうか。
いや時間の問題ではない。
それに冷静に考えてみれば、彼らが知り合ったのは幻想郷ではないか。
長く見積もっても、数百年……
数百年、私の寿命を積み重ねても、届かない時間。
それほどまでの、歴史。
いや問題は、時間のことではない。
腕を組んで、胸を圧迫して何かを抑える。
そうしないと、溢れてしまいそうなのだ。
永遠を生きるもの同士、決して私には到達できない次元で、彼女達は繋がっている。
妹紅とともに暮らし、日常を共有し、多くのことを支えあっていても、その心の奥底、抽象的な物言いだが、魂のような部分で、彼女を理解することは出来ないのではないか。
結果として共に生きているのは私だ。
しかし、本当のところ理解しあえているのは、彼女らのほうではないのか。
人里の一番の理解者など、笑ってしまうというものだ。
ああ、月の姫よ。
貴様は知っているのだろう。
妹紅の精錬を重ねた強さの裏にある、深奥を。
私が、私が、……これほどまでに知りたいと願っても、実際を重ねても、知りえないことを……
月はもう、窓から見えなくなっている。
空も白み始め、もうすぐ夜が明けるのだろう。
結局、眠れなかったな。
なぜ眠れなかったのか。
それは歴史だ。
形の上ではこんなにも近くにいるのに、どうやっても上回ることが出来ない、彼女達の積み重ねてきた、歴史。
私が生を受ける前から続けられ、そして生を終えた後も紡がれていくだろう。
その圧倒的な厚みに、私は今、怯えているのだ。
「ただいま~っと、……って慧音、寝てないのか?」
思考の終わりのない流浪を貫く、1つの声。
「妹紅……」
「なあ慧音、いくら満月の夜は獣化するからって、一睡もしないのはよくない。今日だって寺子屋だろう」
変わらない、晴れ晴れとした表情。
ただその表情を、服にへばりついた血糊も含めて、何か特別なものではないのかと、勘ぐってしまう。
「どうしたんだよ。……もしかして、また心配で眠れなかったとか?」
「……ああ」
「全く慧音は。心配せずとも、私はどうしたって死なないし、ちゃんと帰ってくるさ」
「………ああ、そうだな」
そうだ。
妹紅は帰ってくる。
だから、それでいいのではないか。
実際は、ここにあるのだ。
本当なんて、確かめようがない。
ただ、妹紅の隣にいるのは私だ。
それは歴史において何よりも重要な、事実だ。
「どうした、また難しいこと考えてるのか? まだ寺子屋の時間まで少しあるからさ、少し寝なよ。私がちゃんと、起こすからさ」
今は、彼女のことを信じよう。
私の方からは、そうすることしか出来ないのだから。
大人なけーね,いいですね。
小編楽しみにしてます。
ちょっと気になったことをば。
前半はリーダが「・・・・・・」で表されていて、途中から「……」になっていますので、後者に統一した方が良いかと。
ダッシュで挟む時に、前がダッシュ3つ、後ろがダッシュ2つになっており違和感を覚えました。
それと個人的な感想ですが、時々入る一字下げが、段落を表しているのでしょうがこの文体にはなんとなく不自然な気が。統一感がないように見えてしまいました。